球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」

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22 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 20:51:27.46 ID:wQv5FyAe0


「……お願いだ……時々で良いから返事をして欲しい……話しかけても誰も答えてくれないのは本当に辛いんだ……」


そして悲しみを押し殺した声で、少女は大佐に懇願した。

その軍艦・球磨の言葉と声色を聞いた大佐は、思わず想像してしまった。


西洋下穿(ズボン)の裾をぎゅうと握りしめながら冷たく震え、涙を浮かべて唇を噛み締め、「お願い行かないで」と、自分から離れ行く人々の姿を成す術もなく眺めている少女の姿を。

23 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 20:52:51.01 ID:wQv5FyAe0


――思い浮かべてしまった。


大佐はその少女の声色と情景に折れ、苦笑して諦めた様に溜息を吐いた。


「そうさな、分かったよ……1年か2年程は、この艦に着任する事になるだろうしな。忙しくなければ何時でも話しかけていい」


そして大佐は、月明かりの様な柔和な目を中空へと投げかけ、口を開いた。

24 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 20:54:22.08 ID:wQv5FyAe0


「それは本当か!?」


大佐の言葉を聞いた少女は、ぱあっと曇天から光芒が差し込んだ様な歓声を上げた。


「ただし、他の水兵が居ない所で話しかけてくれ。流石に精神病科の独房で生涯を送りたくはないからな」

「分かった! ありがとう、本当に嬉しい! 球磨は一寸古いところもあるけど、頑張る! ええと……」

25 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 20:55:50.98 ID:wQv5FyAe0


――なんともまぁ、ぬらりひょんな道連れが出来たものだ。

――だが、これもまた面白かろう。


「――大佐だ。よろしく頼むよ、球磨」


大佐は昔好んで読んだ、とある帰化人作家が著した怪奇文学作品集の内容を思い出しながら、軍艦・球磨に己が名前を告げた。

大佐が浮かべたその表情は、月明かりの様に柔らかな笑顔であった。

26 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 20:56:44.27 ID:wQv5FyAe0


「こちらこそよろしく! ――大佐」


そして軍艦・球磨は、日の光の様に温かくも力強い声色で、大佐に返事した。

27 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 20:58:09.53 ID:wQv5FyAe0


 ……………………………… 


――――1200、予定通り、軍艦・球磨は抜錨した。


この時を以て、球磨と大佐は、軍艦と人間という奇妙な関係で結ばれた。

そして軍艦・球磨は、大佐と多数の水兵を従え、馬公要港部へと向かう為、帝国の栄光と誉、そして大佐と数々の水兵の想いをその胸に抱き、天高く日輪が栄える水平線を進んで行った。

28 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 20:59:28.47 ID:wQv5FyAe0



――――その進む先が、二度目の「大戦」という、帝国の斜陽であるとも知らずに。


29 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:01:13.85 ID:wQv5FyAe0



 ……………………………… 
 ………………………………


30 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:02:38.29 ID:wQv5FyAe0


『……提督! ……起きるクマ!』

「ん……ぁ……?」

『……何時まで寝ているんだクマぁ!!』

「……ぅぐあっ!?」


その言葉を皮切りに、少女の手から放たれた鉄槌パンチが、寝ていた壮年の男の腹部へと叩き落された。

加減はあったとは言え、無抵抗の状態で攻撃を受けた男は、成す術も無く腹の中の空気を全て吐き切り、そして飛び起きた。

31 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:04:16.08 ID:wQv5FyAe0


「コホッ……ガハッ……ぃ……痛ってぇ……球磨ぁ……もうちょっと優しく起こしてくれないかな……?」

「うるさいクマ! 今何時だと思っているクマっ!」

「ええと……1200かな……?」

「何寝ぼけているクマっ!? 0630だクマ! そんなに寝てたら、いくら提督でも普通に首が飛ぶクマ!」


鳶色の長い髪と瞳、バネの様なアホ毛をぴょこぴょこと揺らし、そして語尾に「クマ」を付け、その男へと噛みついている、端麗な顔立ちの艦娘。

白衣のセーラー服を纏った「艦娘・球磨」は、呆れた表情で、あどけなさが残り、どこか間延びした声色を、その男「提督」へと浴びせていた。

32 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:06:05.54 ID:wQv5FyAe0


「妹たちはとっくに起きて食堂に居るクマー。球磨もお腹がすいたクマ。これだから秘書艦は大変だクマー。ちなみに今日の給養当番は大井だクマ。基地の皆も大喜びだクマ。球磨も大喜びだクマ。だからちゃっちゃと身支度を整えろクマー」


提督は先程、球磨の拳が叩き込まれた腹部をさすりながら、申し訳なさそうな表情で球磨に言葉を投げかけた。


「ごめんよ、すぐに行くからさ」

「クマ」


分かればいい、と言わんばかりに返答した球磨は、ふんすと鼻を鳴らし、独り言の様に提督へと言葉を紡いだ。

33 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:07:26.93 ID:wQv5FyAe0


「……それにしても起床ラッパが鳴ってもなお、提督が起きて来なかった事なんて、今まであったクマかー?」


球磨は「珍しい事もあるな」という表情の儘、提督が普段寝泊まりしている部屋の扉、そのドアノブに手を掛け、提督の私室を後にした。

34 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:08:40.43 ID:wQv5FyAe0


「……夢、か」


毛布に身を包んでいた提督は、柔和な目で部屋の真正面を見据え、幾分か朧げな意識の儘、先程の夢を思い出していた。

しかしチクタクと一秒毎に刻まれる時計の音により、その夢の記憶が刻々と削られていく。

やがて先程までありありと目に映っていたであろう叙景から鮮明さが失われ、「軍艦・球磨」と「大佐」という断片的な記憶のみが残滓として、提督の脳裏に留まっていた。

35 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:09:55.08 ID:wQv5FyAe0


「球磨が秘書艦になってからもう2年が経つのかぁ……」


提督は誰に語るでもなく、自分自身へと語る言葉を虚空へと投げかけた。

恐らく、長らく秘書艦として提督に尽くしてくれた球磨、つまり純粋に単純接触回数が多かった球磨だからこそ、あんな形で夢に出てきたのであろうと、提督は先程見た夢の解釈を行っていた。

36 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:11:24.68 ID:wQv5FyAe0


「僕が一等海佐(大佐)である事と、何か関係があるのかな……でも所詮、夢の話だしなぁ……」


提督は一つ大きな溜息を吐き捨て、「夢は夢である」と最終的な結論を出し、その夢の記憶断片をさっさと脳裏の片隅へと追いやった。

寝ぼけてふわふわと定まらない意識の儘、提督は寝床から起き上がると、さっと寝床を正し、ばしゃばしゃと洗面台で意識を覚醒させ、ぱっぱと身嗜みを整え、黒ネクタイをぎゅっと締め、着慣れた常装冬服にすっと袖を通し、制帽をひょいと被ると、ちゃっちゃと部屋を後にした。

37 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:12:58.79 ID:wQv5FyAe0


 ……………………………… 


僕たちはもうずっと昔から戦争をしていた。

確か僕が大学を卒業後、国防海軍に入隊して間もなくの出来事だったかなと記憶している。


――――「深海棲艦」と呼ばれる存在が突如、日本国近海を中心とした世界各国の海域に出現し、航行する船舶を無差別に襲ったのである。

38 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:14:39.47 ID:wQv5FyAe0


直ぐに深海棲艦掃討の為、各国の軍隊で連合軍が結成され、総力を挙げて深海棲艦と戦った。


だけど、最新兵器を駆使して戦った各国が得たものは、惨敗という成果のみ。

無駄に各国の人命や軍事力、ひいては国力を削ぐ結果となってしまった。


某国が躍起になって核兵器の使用を国連安保理決議案で提出したけど、それは結局、反対大多数で否決された。

39 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:15:45.84 ID:wQv5FyAe0


その理由は2つあった。

1つ目は、仮に倒せたとしても、核兵器を使用した際に発生する環境破壊等のデメリットが大きすぎる為。

そして2つ目は、これは僕がずっと不思議に思っている事だけど、当初危惧されていた最悪のシナリオ。

「深海棲艦が陸に攻めてきて人間を駆逐する」と言った動きを、一切見せなかった為である。

40 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:17:21.38 ID:wQv5FyAe0


結果はどうあれ、これにより海路による大規模輸送が不可能となり、資源輸入国だった日本の経済、そして世界経済は緩やかに変わっていった。

それが停滞なのか衰退なのか、はたまた発展なのかは、僕には分からなかった。

少なくとも言えるのは、その後、深海棲艦に対する積極的な軍事介入が次第に行われなくなり、各国も半ば諦めた状況で、自国の政治形態を内政重視にシフトせざるを得なくなった。

その為、他国間での貿易が活発に行われなくなり、少しずつ経済が停滞、そして技術水準が過去の時代へと遡行していったのである。

41 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:18:40.88 ID:wQv5FyAe0


――――これが歴史書にも綴られている、現代史の一幕であった。


――――それから暫くの後、今から大体4年前に、「艦娘」という存在が現れた。

42 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:19:54.76 ID:wQv5FyAe0


聞けば「妖精さん」なる存在が生み出した、「旧日本海軍の艦艇の魂」をその身に宿し、「艤装」と呼ばれる海上走行および戦闘が可能になる武装を操る事で、軍艦艇に近しい戦闘力を得る事が出来る、深海棲艦と戦う為の唯一の存在らしい。


何度聞いても奇々怪々なオカルト話だ。


艦娘が現れた当時、それは大騒ぎとなった。

非人道的な人体実験、デザイナーベビーなど、軍部の闇が取り上げられたりもした。

僕も気になって、自分の地位を利用して、独自に調べてみた事もあった。

43 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:21:21.10 ID:wQv5FyAe0


でも、そうした形跡は何一つとして見つからなかった。

僕が最も信頼を置いている地方総監部(鎮守府)司令官に聞いてみても、首を横に振るばかり。

また彼女たちに出生を聞いてみても、生まれた時の記憶は殆ど無いと答えるばかりだ。


言ってしまえば、管理職である僕でさえ、彼女たちがどのように生まれたのか、一切分からないのである。

こればっかしは、神さまのみぞ知る。

44 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:22:42.21 ID:wQv5FyAe0


でも正直な所、彼女たちの出生について、僕はそこまで熱心に調べなかった。

何故なら、そんな事を考えている暇があったら、唯目の前に居る彼女たちの為に心血を注ぐべきかなと、僕は考えていたからだ。

つまり彼女たちの存在そのものを懐疑したり否定したりしてみても、其処に存在しているであろう以上、僕にはどうしようも出来ないのである。

結局の所、どの様な生まれであれ、彼女たちが今この瞬間、生きているという現実。

彼女たちの実存について、おいそれと反証を挙げる事が、僕には到底出来なかったのである。

45 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:23:52.13 ID:wQv5FyAe0


話は変わって、これは僕たちの仕事なんだけど。


――――何故、深海棲艦が出現したのか。

――――深海棲艦は何の為に攻撃を行うのか。


その原因の究明、ひいては海上防衛及び制海権奪回の為、現在の国防海軍の一部門に位置し、「艦娘」との親和性を高める為に、旧日本海軍の階級制度と用語を並行的に採用した艦娘管理部門、通称「大本営」が置かれたんだ。

46 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:25:30.14 ID:wQv5FyAe0


それで僕の主な仕事はと言うと、昔よりも往来するようになった輸送船や艦艇、また近海任務にあたる別の部隊が攻撃がされた際に、直ぐに出撃して対応する後援救助部隊の役割を担う艦娘の司令官として。

そして万が一、深海棲艦が陸に上陸した際の足止めと陸空軍への早期警戒を促し、近隣住民を避難させる、警備基地の司令官として。

こうした後方任務を主とした、小規模な海軍警備施設の司令官、言うなれば後詰の司令官を、僕は任されていた。

47 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:26:56.38 ID:wQv5FyAe0


 ……………………………… 


――――1200、日本国近海航路、海上警備ルート、地点C。


「もう提督と知り合ってから2年も経つクマかー」


三冬統べたる帝さえも、うつらうつらと舟を漕ぐ、穏やかな小春日和の真昼時。

其処には太陽光を乱反射させ、水銀の様にさらさらと光る海面を、幾分か防寒を施した格好で滑っていく、五つの影があった。

48 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:29:28.78 ID:wQv5FyAe0


「にゃ? 球磨ちゃんって、此処に着任してから、もうそんなに経つのかにゃ?」


浅紫色のショートヘヤーを揺らせて、語尾に「にゃ」を付け、静かな口調で喋る艦娘。

球磨型2番艦「艦娘・多摩」。


「あー、球磨姉ちゃんの方が着任時期早かったもんねー」


黒檀色のおさげを揺らせて、ゆるゆるとした口調で喋る艦娘。

球磨型3番艦「艦娘・北上」。

49 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:31:16.04 ID:wQv5FyAe0


「そう言えば、長く着任している割には、球磨姉さんと提督との間で不思議と浮いた話は聞かないわねぇ」


栗毛色のセミロングを揺らせて、礼儀正しい口調で喋る艦娘。

球磨型4番艦「艦娘・大井」。


「大井姉、流石に歳の差を考えた方がいいと思うぜ……で、そこんとこどうなんだよ、球磨姉?」


深碧色のショートヘヤーと黒外套をはためかせ、男勝りな口調で喋る艦娘。

球磨型5番艦「艦娘・木曾」。

50 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:32:48.03 ID:wQv5FyAe0


「別に提督とはなんにもないクマ。上司と部下、提督と艦娘の関係、それ以上でもそれ以下でもないクマ」


そして妹たちの熱に浮いた眼差しを真っ向から受けているのは、この後援救助部隊の旗艦である艦娘。

球磨型1番艦「艦娘・球磨」であった。


彼女たちは、「艤装」と呼ばれる装備を用いて水上を走り、本日の軍務である近海海路の海上警備任務の為、予め定められた巡回ルートを航行しながら、色恋話に花を咲かせていた。

51 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:33:47.49 ID:wQv5FyAe0


だが、話の中心に居る球磨は、そうした話題とはどこかずれた表情。


「それに球磨は、そんな事考える余裕がない程、それはもう提督の事が心配だクマ」


――――憂いの表情を浮かべて、妹たちに呟いた。

52 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:35:06.74 ID:wQv5FyAe0


「心配にゃ?」


多摩は球磨の言葉に首を傾げると、球磨の言葉の真意を訪ねた。

寸秒の後、球磨は妹たちに母親が浮かべる様な柔らかな笑顔を向けて、口を開いた。

53 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:36:50.39 ID:wQv5FyAe0


「提督はこう言っちゃ何だけど、軍人向けの人間じゃないクマ」


球磨が発したその言葉に、先程まで熱に浮いていた妹たちの視線が、一気に疑義の眼差しへと変わる。

54 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:39:02.34 ID:wQv5FyAe0


「球磨姉さん、それはちょっと信じられないわ。あれだけ的確な指示を飛ばせる司令官なんて滅多に居ないわ。それこそ、何であれだけの実力がありながら後方部隊の司令官を務めているのか不思議なくらいに……」

「それにアイツ、確か司令官になる前は航空電子整備員(センサーマン)で降下救助員だったか? それで次は特警隊、その後は特警隊幹部教官ときた。バリバリの叩き上げじゃねぇか。そんな奴に球磨姉はよく軍人向けじゃないって言えるな」


その球磨の言葉が「信じられない」という表情で、大井と木曾は反論した。

55 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:40:11.45 ID:wQv5FyAe0


「んー、球磨姉ちゃんは提督の何が心配なのさー?」


今度は北上が球磨に、その言葉の真意について訪ねた。

球磨は柔らかな笑みを浮かべながら、妹たちに向かって答えた。

56 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:41:16.01 ID:wQv5FyAe0


「提督は優しすぎるクマ」


そう答えた球磨は、先程の笑みとは打って変わり、凛とした威厳のある表情を妹たちに投げかけた。


「優しすぎるのは軍人としても司令官としても致命的だクマ。いざという時に公の勝利よりも個の救済を優先して大局を見失う、そんな危険を孕んでいるクマ。まぁ、それは提督自身も十二分に理解しているみたいだクマ」


その真剣な球磨の表情に、妹たちは無意識に姿勢を正し、唯々球磨の言葉を傾聴していた。

57 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:42:33.06 ID:wQv5FyAe0


「だから主力部隊で活躍できる才能があるのに、提督はあえて後詰の司令官に甘んじているクマ。正直な所、何で提督が未だに軍人をやっているのか、球磨にも分からないクマ」


球磨は一通り話終わると、空を一瞥し、ふう、と溜息を吐いて一呼吸しようとする。

しかしその寸前、無機質な電子音、作戦司令室からの無線連絡が部隊全員に鳴り響いた。

58 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:43:45.50 ID:wQv5FyAe0


「噂をすれば何とやらクマ……こちら軽巡洋艦・球磨。どうぞ」

『軽巡洋艦・球磨、こちら作戦司令室。並びに部隊各員へ。友軍からの救援要請を捕捉。針路2-2-5、距離20海里(マイル)。救援に向かえ。どうぞ』


無線から聞こえてきたのは、作戦司令室で球磨たち後援救助部隊の作戦状況をモニタリングしている、提督の静かな声であった。

その静かな声は、これから始まるであろう戦いへの誘いの声でもあった。

59 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:44:51.32 ID:wQv5FyAe0


「軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。了解した、直ぐに移動する。通信終わり」


球磨は無線を切ると、ふう、と溜息を吐いた。

そして一呼吸の後、凛とした表情で妹たちを見据え、司令を下した。


「これより本部隊は、友軍の救援に向かうクマ。戦う準備は出来ているクマか?」

60 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/20(日) 21:47:08.14 ID:wQv5FyAe0



※ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。本日分の投稿は以上となります


なお本作品は、既に書き溜めを終えております。
筆者の時間が許す限り、完結までちまちまと投稿させて頂きたく存じます。

少々長い作品となってはおりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
何卒よろしくお願い致します。


61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/20(日) 21:58:44.16 ID:stfvIzYYo
(誰かレスしてやれよ…)
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/20(日) 22:41:45.77 ID:BH5U1HH/0

期待
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 01:14:35.93 ID:9+q/5lXA0
おつおつ
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 11:13:08.19 ID:ffIXmK1Ro
タイトルと最初の流れだけでなんというか、(いい意味で)今後が想像出来たので

泣く準備は整った。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 12:15:58.97 ID:nb/Vml/Ao
こういう語り口、大好物。



期待してるので、キリキリ投下しやがれください。
66 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:17:32.89 ID:XBnaHpLy0

こんばんは。

コメントをお寄せ頂きありがとうございます!
一人、コツコツと投稿する身としては、非常に励みになり、嬉しい限りです!

早速ですが、本日分の投稿を開始致します。
67 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:19:37.42 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


――――1240、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西20シーマイル。


『嫌っ……! こないで……!』


球磨たち後援救助部隊の向かった先に見えたのは、深海棲艦の攻撃に曝される、4名の駆逐艦娘で構成された小隊の姿だった。

複数の深海棲艦からの攻撃に対し、一人の駆逐艦娘が味方を護りながら、息も絶え絶えに戦っている様子が窺える。

他の3名の仲間は既に大破しており、碌に動けない状況であった。

68 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:22:09.46 ID:XBnaHpLy0


「こちら軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。目標並びに敵影を捕捉、攻撃を開始する」


球磨はすぐさま無線で、提督に指示を仰いだ。


『軽巡洋艦・球磨、こちら作戦司令室。並びに部隊各員へ。攻撃を許可する』


戦闘許可の命令と同時、球磨は縦一列の単縦陣で背後から追従する妹たちに、精悍な声で言葉を投げかけた。


「北上、大井。挨拶代わりだクマ、派手にぶちかましてやれクマ」

69 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:24:16.11 ID:XBnaHpLy0


その球磨の言葉を合図、艦娘・北上と艦娘・大井は、脚に装着した艤装の出力を「最大戦速」に切り替え、先陣を切って、戦闘海域へと突入する。


「おー、敵がわんさか居るねー。大体30ぐらいかなー? 大井っちはどう思う?」

「おしいわ、北上さん。正確には32だわ」


敵を見据えた北上と大井の二人は、同時に魚雷発射管の安全装置を外し、同時に角度を調整した。

70 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:27:57.07 ID:XBnaHpLy0


「20射線の酸素魚雷、いきますよー」

「九三式酸素魚雷やっちゃってよ!」


そして開幕魚雷による、二人同時の速攻攻撃。

艤装改造を経て、軽巡洋艦から重雷装巡洋艦へと艦種を昇華させた二人が最も得意とする攻撃である。


圧搾空気と共に吐き出された40発の酸素魚雷の魚群が、寸分狂いなく複線軌道を描き、救援目標の駆逐艦娘小隊の脇をすり抜け、調定深度を維持し、潜行する。

敵艦隊の足元へと到達した魚雷は儘、起爆した。


敵も突然の援軍、しかも大量の酸素魚雷の波に飲み込まれた事により、32居た敵艦隊の数を、一気に半数近くまで減らした。

71 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:30:04.40 ID:XBnaHpLy0


「砲雷撃戦! 各員散開クマっ!」


魚雷到達を確認した球磨は、凛と声を張り上げ、更なる司令を妹たちに下す。


「砲雷撃戦、用意にゃ!」

「本当の戦闘ってヤツを、教えてやるよ!」


その言葉を合図、艦娘・多摩と艦娘・木曾は、救援目標の駆逐艦娘小隊の脇をすり抜け、其々二手に分かれ、そして敵へと突貫していった。


この二人の戦い方は、対極に位置した。

72 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:32:34.95 ID:XBnaHpLy0


「そこにゃ!」


艦娘・多摩は、煙幕弾を周囲にばら撒いて敵と自分の姿を隠し、己の聴覚と感覚を頼りにした間接砲撃戦法で次々と敵艦を沈めていく。

また掴み所がない自身の動きで、相手のリズムを乱しながら敵を倒す、搦め手攻撃を得意とした。

自由奔放な戦闘スタイル。


「弱すぎる!!」


艦娘・木曾は、軍刀による突撃、主砲による砲撃と雷撃をメインに、基本に忠実、かつ鋭敏な動きで次々と敵艦を沈めていく。

オールラウンダー、基本に忠実という事は、それだけ自身のリズムが崩れる事が無い。

それはどんな状況、どんな敵でも対応できるという、戦闘においてかなり大きな強みである。

英姿颯爽な戦闘スタイル。

73 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:34:30.69 ID:XBnaHpLy0


「大井っちー、そっちに行ったよー!」

「了解よ、北上さん! 挟撃するわ!」


次いで前線に出た、艦娘・北上と艦娘・大井は、息の合ったコンビネーションで分散した敵を挟撃し、各個撃破していく。

以心伝心の戦闘スタイル。


四人は、其々の個性を最大限に生かし、其々が取りこぼした敵を他の姉妹たちがフォローしていく形で、次々と倒していく。

敵からすれば、次は誰から、どんな攻撃が飛んでくるのか、全く未知数な状況であった。

だからこそ、この球磨型四人の突貫部隊に敵う者は、此処には誰も居なかったのである。

74 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:37:22.77 ID:XBnaHpLy0


球磨は、妹たちが戦っている隙に、目標の駆逐艦娘小隊まで近付くと、妹たちが戦っているのを呆然と眺めている駆逐艦娘に声を掛けた。


「大丈夫クマか?」

「私たち……助かったの……?」


その球磨の言葉に、先程まで一人で戦っていた駆逐艦娘は、安堵により体の芯から力が抜け、倒れそうになる。

その駆逐艦娘の身体を、球磨は優しく抱きとめると、柔らかな声を掛けた。

75 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:38:53.94 ID:XBnaHpLy0


「よく頑張ったクマ」


他の駆逐艦娘たちも「自分達がもう少しで死ぬところだった」と言う恐怖、そして「助かったのだ」と言う安心から、ぽろぽろと涙を零し、球磨たちに対し、口々に感謝の言葉を並べていた。

76 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:41:33.89 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


「球磨ちゃん、こっちは片付いたにゃ」

「球磨姉、こっちも終わったぜ。まぁ、当然の結果だ」


敵艦隊の掃討が終わった妹たちは、球磨と駆逐艦娘小隊に合流し、そして球磨に声を掛けた。

77 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:43:07.86 ID:XBnaHpLy0


「お疲れクマー。多摩、北上、大井はそこの動けない3人を頼むクマ」

「了解だよー、球磨姉ちゃん」

「分かったわ、球磨姉さん」


大破して碌に動けず、意識が朦朧としていた駆逐艦娘3人を多摩、北上、大井が其々手を貸す事になる。

それを確認した球磨は、無線をオンラインにし、目標の確保を報告した。

78 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:44:37.10 ID:XBnaHpLy0


「こちら軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。目標を確保、大破4名、内要救護者3名、轟沈なし。これより戦闘海域を離脱する」

『軽巡洋艦・球磨。こちら作戦司令室。了解した、離脱後、地点A(ポイントアルファ)へと向かえ。その娘たちが所属している鎮守府の別部隊が護衛として地点Aに向かっている。合流して、身柄を引き渡した後、そのまま帰投しろ』

「了解。通信終わり」


球磨は戦いの終りを告げる様に、一つ溜息を吐き、妹たちに撤退の号令を出そうとする。


そして口を開き、言葉を声に出そうとしたその瞬間。

79 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:45:55.80 ID:XBnaHpLy0


「……! まずいわ、球磨姉さんっ! 敵の増援よっ!」


――――大井の言葉によって、球磨の言葉は遮られた。


大井の電探(レーダー)に感あり。

そう、戦いはまだ終わっていなかった。

80 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:47:06.24 ID:XBnaHpLy0


大井は電探に煌々と光る無数の反応を、唯々忌まわしげに見据えていた。

その大井が告げた悪報に、北上、多摩、木曾が「好ましくない」と、一様に表情を浮かべ、口を開く。


「本当まずいねぇ、このまま戦おうにもチビ達庇いながら戦える自信はないよ」

「逃げようにも負傷者担ぎながらだと足も遅くなるにゃ。どう頑張っても逃げ切れないにゃ」

「……どうすんだよ、球磨姉?」

81 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:49:00.17 ID:XBnaHpLy0


いくら練度が高い部隊でも、護衛対象ありでの戦闘。

しかも対象は全員大破している。

風前の灯火である護衛対象を護りながら戦う。

当然、困難を極めるであろう事は、全員が容易に想像出来た。


例え、交戦自体は可能でも、護衛目標の喪失はまず免れない。


駆逐艦娘たちの脳裏には死神が横切り、自分達の死の幻影が鮮明に映る。

そして駆逐艦娘たちは、真っ青な表情を浮かべ「死にたくない」と呟き、唯々身体を震わせていた。

82 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:50:17.55 ID:XBnaHpLy0


しかしこの状況で、たった一人。

たった一人、艦娘・球磨だけが、涼しげな表情を浮かべていた。


「……これより本部隊は戦闘海域外まで離脱するクマ。多摩、北上、大井はそのまま要救護者3名の搬送を任せたクマ。木曾は部隊の後退の掩護を頼むクマ。離脱後、援軍到着まで地点Aにて待機だクマ」


球磨は、寸秒の熟考の後、楚々とした声で部隊に命令を下した。

83 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:51:52.73 ID:XBnaHpLy0


「ちょっと待って下さい……それじゃあ、敵艦隊はどうするのですか?」


かろうじて動ける状態にある駆逐艦娘の1人が、その震える唇を無理やり開き、球磨に問いかけた。

駆逐艦娘のその問いに球磨は、子を諭す様な優しげな笑みを浮かべ、返答した。

84 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:52:54.82 ID:XBnaHpLy0


「なぁに、簡単な話だクマ」


そして球磨は、信念を纏った様に熱く、凛と気高い、まるで琥珀石の如く輝く己が眼差しを、その駆逐艦娘へと投げかけて、言葉を繋いだ。

85 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:54:05.23 ID:XBnaHpLy0



「敵艦隊は球磨が引き付けるクマ」


86 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:56:45.21 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


――――1315、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Aから北東4シーマイル。


「ごめんなさい……」


後援救助部隊および目標・駆逐艦娘小隊、戦闘海域より離脱、合流地点へと移動中。

多摩、北上、大井、木曾の後ろを追随する駆逐艦娘は、俯き、すすり泣きながら、さっきからずっと謝罪の言葉を並べていた。


「本当にごめんなさい……」


その駆逐艦娘の様子に堪え兼ねた木曾は、その場に立ち止ってから振り返る。

87 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:57:56.98 ID:XBnaHpLy0


「なぁ……さっきから何だってんだよ、辛気臭い。別にお前が謝る様な事は何もないぜ」


そして呆れた口調で、駆逐艦娘へと言葉を投げかけた。


「だって……私たちのせいで、貴女たちのお姉さんは……」

88 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 21:59:33.90 ID:XBnaHpLy0


――そう、この駆逐艦娘は思った――。


恐らくこの人たちのお姉さんは、私たちを逃がす時間稼ぎの為に、あえてその場に残ったのだ。

自分の身を挺して、私たちを逃がそうとしてくれたのだ。


撤退するあの瞬間、遠くから迫り来る敵艦隊の影が見えた。

駆逐艦や巡洋艦、空母だけではない。

戦艦もたくさん居たのが見えた。

89 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:00:30.32 ID:XBnaHpLy0


あれだけの数を相手だ。

艦種が「戦艦」とかなら、まだ一人で対処は出来ただろう。

でも言いたくはないが、この人たちのお姉さんの艦種は、「軽巡洋艦」であった。


――考えたくはないが、いくら頑張っても、なぶり殺しにされる――。

90 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:01:32.05 ID:XBnaHpLy0


先程、球磨に投げかけられた母が浮かべる様な柔らかな笑顔を思い出した駆逐艦娘は、心が締め付けられる感覚を急に覚えた。


「ごめんなさい……貴女たちのお姉さんではなく……私があの場所に残っていれば……!!」


その感覚に耐えきれなかった駆逐艦娘は、ぽろぽろと涙を零し、そして大きな声を上げて泣き、目の前に居る木曾に向かって叫んだ。


だがその先の言葉は、泣きじゃくる駆逐艦娘の目の前へと近付いた木曾が。

91 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:02:29.09 ID:XBnaHpLy0


「ありがとな。球磨姉の事を心配してくれて」


――――駆逐艦娘の頭に自身の手を乗せた事によって遮られた。

92 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:03:58.02 ID:XBnaHpLy0


そして、ぐしゃぐしゃと駆逐艦娘の髪を撫でながら、先程、球磨が浮かべた様な柔らかな笑顔を向けて、木曾は更に言葉を紡いだ。


「一つ良い事を教えといてやる。球磨姉の事は、別に心配しなくてもいいぜ」


その言葉の意味があまり理解できなかった駆逐艦娘は、しゃくり上げながら、木曾に真意を訪ねた。


「でも……あんなに……いっぱい敵が……」

93 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:05:11.97 ID:XBnaHpLy0


その駆逐艦娘の問いに、多摩、北上、大井が傍に近付き、木曾と同じ様な表情を浮かべ、其々が言葉を並べた。


「あの程度、球磨ちゃんなら、どうってことないにゃ」

「だって球磨姉ちゃんは、スーパー北上さまよりスーパーだからねー」

「そうね、球磨姉さんなら心配ないわ」


そうして木曾は、駆逐艦娘に向かって、己が姉を誇る様に、高らかに宣言した。

94 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:05:58.50 ID:XBnaHpLy0



「そうさ。なにせ俺たちの球磨姉は最強だからな」


95 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:07:48.63 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


駆逐艦、巡洋艦、空母、そして戦艦。

其々10数えた所で、球磨は数えるのを止めた。

敵艦隊からすれば、球磨の事はたかが軽巡洋艦の艦娘一人。

味方に置き去りにされた生贄の山羊としか見ておらず、進撃速度を緩めずに球磨へと近付いてくる。

96 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:08:34.51 ID:XBnaHpLy0


「久々に腕が鳴るクマ」


海風が舞い、波がヒソヒソと囁いている。

球磨は、その透きとおる海風と波に、そっと抱き締められていた。

97 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:09:22.06 ID:XBnaHpLy0


すう、と球磨は優しく息を吸い込む。


心身が海世界に溶け、同調し、満たされる感覚を感じながら、これから始まる戦いを前に、球磨は静かに心を燃やした。

しかし球磨の表情は、間もなく戦いの狼煙が上がるとは思えない程、とても穏やかなものであった。

98 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:10:15.75 ID:XBnaHpLy0


球磨は静かに、海鏡に反射して琥珀色に輝く自身の長い髪を海風に梳かしながら、琥珀石を抱いた瞳で、その肉薄する敵艦隊を見据えていた。

その凛とした表情で、穏やかにその時を待った。

99 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:11:44.42 ID:XBnaHpLy0


そして、雷鳴轟く敵艦隊一斉砲撃を旗揚げに。


「迎撃戦に移るクマ」


――――白波を蹴立て、球磨は加速した。

100 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:13:07.55 ID:XBnaHpLy0


左脚、右脚、左脚を前に出し、其々の脚を軸にしながら、身体を斜めに倒す重心移動操舵(セルフステアリング)のみで、ジグザグと之字運動を行い、球磨は敵艦隊へと突貫していく。

その道中、球磨へと目掛け、敵の砲弾が雨の様に降り注いだ。


到来する敵の砲弾が眼前に迫り、そして球磨に直撃するであろう、その刹那。

101 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:14:26.14 ID:XBnaHpLy0


「……当たるものかクマっ!」


球磨は、脚艤装の出力を上げ、その際に発生する反動(トルク)を利用し、傾いた身体を引き起こす事により、敵砲弾の雨を最低限の動きで掻い潜った。


「どこを狙っているクマっ!」


敵から見れば、己の放った砲弾が球磨に当たる瞬間、まるで球磨の身体が蜃気楼の如く揺らぎ、砲弾がすり抜け、後方に着弾するといった状況である。

102 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:16:19.68 ID:XBnaHpLy0


――コイツは普通の艦娘じゃない。


これにより敵艦隊も、先程までの球磨に対しての認識を改める事になる。


時折、上空から降り注ぐ艦載機の機関砲や艦爆攻撃に対し、球磨は動きに必要最低限の緩急をつけながらそれを躱すと、高角砲で敵機を正確に撃ち落としていく。

上空に気を取られている隙がチャンスだと感じた敵駆逐艦は、球磨に対して突貫攻撃を試みる。

103 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:17:32.26 ID:XBnaHpLy0


「無駄だクマ」


しかしあろうことか、球磨は上空の艦載機を落としながら、前方から迫りくる敵駆逐艦に主砲砲塔を向け、視認せず的確に射抜いた。


球磨は止まらない。

104 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:19:26.44 ID:XBnaHpLy0


――あの小娘の息の根を止めてやるっ!


それを見た敵戦艦は、艦隊の先頭に立ち、接近し幾分か狙いやすくなった球磨に対して、精密砲撃を行う。

球磨は眼前まで迫った敵戦艦の砲弾を見据えた儘、脚艤装の艦底(ソール)で海面を蹴り、空中に自身の身体を投げ出すアクセルジャンプで、砲弾を回避した。

105 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:21:26.93 ID:XBnaHpLy0


「魚雷発射クマー!」


そして着地と同時、球磨は脚艤装に装備した魚雷発射管から数発の魚雷を、敵艦隊に向かってばら撒いた。


「……!」


敵戦艦はすぐさま、雷撃防御の為、眼前の海面へと砲弾を叩き込む。

球磨が発射した魚雷は、敵戦艦が射出した砲弾で浪打った波浪に全て呑み込まれ、その鋭敏な信管が誤作動を起こし、敵艦隊の眼前で大きく水柱を上げた。

106 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:22:21.04 ID:XBnaHpLy0


――何とか凌いだか……!


魚雷直撃を免れた敵戦艦は安堵の表情を浮かべた。


しかし、その刹那。

107 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:23:35.34 ID:XBnaHpLy0


「やるなクマ。だが、そんな表情を浮かべている暇があるクマか?」


――――敵戦艦の耳に響いたのは、死霊の先触れであった。

108 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:24:30.34 ID:XBnaHpLy0


水柱を隠れ蓑に、既に敵艦隊の眼前へと移動していた球磨は、霧散した水柱から大きく飛び出した。


突如、目の前に現れた球磨。

敵戦艦も突然の出来事に動揺し、接近を許した球磨に対し、一手、行動が出遅れる事になる。


球磨は琥珀色に輝く目で、眼前の敵戦艦を捉えた。

109 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:25:47.92 ID:XBnaHpLy0


「餞別だクマ」


そして球磨は、背中に携えた艤装の格納管から魚雷を数本引き抜き、先駆けの敵戦艦の脇、すり抜け様、居合の一閃の如く、魚雷を敵戦艦の目の前へと落とし、敵艦隊列隊中枢を突っ切り、背面を取る。

敵戦艦魚雷命中轟沈の手ごたえと同時、通過した敵艦隊へと振り向いた球磨は、主砲と副砲の雨を敵艦隊に浴びせた。

110 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:29:58.56 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


こうした球磨の動きには秘密があった。


球磨は言ってしまえば、見た目通り、身体も精神も、年端のいかない「少女」だ。

今は深海棲艦と言う異形の怪物と同等、或いはそれ以上に渡り合ってはいるが、それは「艤装」という対深海棲艦装備の恩恵が大きい。


「艤装」を取り払ってしまえば、それは只の「生身の女の子」。

普通の人間の少女と何ひとつとして変わらないのである。

111 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:31:39.76 ID:XBnaHpLy0


しかし進水してからその身が沈むその瞬間までの約25年間、海を航海し続けた「軍艦・球磨」。

その海上での風と波の流れの読み方は、それだけの時間、記憶として、或いは感覚として、その「魂」に刻まれているであろう。


そして球磨は、その「軍艦の魂」を己が身に宿した、「艦娘」として生を受けた存在なのである。

112 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:33:16.88 ID:XBnaHpLy0


波を押し分けて進む、艦隊の動き。

風を切り裂いて進む、砲弾の動き。


世界を支配する重力、海に浮かぶ自身の浮力、または艤装を使用した際に生まれる揚力や推進力、或いは風の抵抗。

それらの感覚を元に、敵の動きや砲弾の風を切る気配に対し、自身の身体の動かし方における最大効率を叩き出し、それを実行する。

113 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:35:01.08 ID:XBnaHpLy0


そうした海世界全体の風や波の気配を繊細に感じ取りながら戦う、軍艦艇と人間の境界に生きる、「艦娘」本来の戦闘スタイル。

それが最高練度を極めた、艦娘・球磨の最大の強みであった。

114 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:37:41.95 ID:XBnaHpLy0


 ……………………………… 


その後も球磨は、軽巡洋艦の機動力と海上戦術を駆使して、次々と敵艦を海に沈めていった。


海原の風と波を味方につけ、対空で蚊トンボを落とし、雷撃で進路を抉じ開け、火力で敵を黙らせる。

先程まで居た敵艦隊は、ものの数十分もしないうちに、撤退を余儀なくされる程、壊滅状態であった。

115 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:39:14.68 ID:XBnaHpLy0


――霧が濃くなってきた。


気が付くと、辺り一面に海霧が広がっており、球磨の目には撤退する敵艦隊の姿が滲んで見えていた。

粗方の掃討を終えた球磨は、無線をオンラインにし、現状を報告すべく口を開いた。


だが、その瞬間。

116 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:40:13.01 ID:XBnaHpLy0


「こちら軽巡洋艦・球磨。作戦司令室、応答を……!?」


――――風を切り裂き、殺意を纏って向かってくる砲弾の気配を、球磨は背面より感じた。

117 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:41:12.04 ID:XBnaHpLy0


速やかに球磨は脚艤装の出力を上げ、左に身を翻した。

刹那、球磨の右腕を砲弾が掠め、小破とまではいかないが、掠り傷を受けた。

その直後、砲弾の発射音が海原から球磨の耳に響き渡った。


「くっ……!」

118 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:42:07.52 ID:XBnaHpLy0


――球磨は、頭のギアの切り替え速度を上げながら思った――。


狙いが恐ろしい程、正確だ。

海霧の中、しかも射程外距離(アウトレンジ)からの砲撃で、この命中精度。


――これ程の手練れは初めてだ――。

119 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:44:25.04 ID:XBnaHpLy0


直ぐに球磨は、臨戦態勢を取り、砲弾が飛んできた方向へと振り向り、先に視線を投げかける。


そして、砲弾の射手を見据えた球磨は、一見して戦慄した。


「……こちら軽巡洋艦・球磨より作戦司令室。提督、ちょっとマズい事になったクマ」


球磨は、冷や汗を一つ落とし、先程オンラインにした無線に対し、目の前の事実を語った。

120 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:46:00.81 ID:XBnaHpLy0


『軽巡洋艦・球磨。こちらも衛星から状況を確認しているが、海霧が酷い。だが、敵影を一瞬だけ捉えた』


提督は無線越しから、何時に無く真剣な声色で、球磨に言葉を返した。


『軽巡洋艦・球磨……これは命令だ、即刻撤退しろ。既に部隊は、救援目標を引き連れ、戦闘海域を離脱し、目標の引き渡しを終えている』


提督と無線を交わしつつ、海霧に見え隠れするソイツの姿を、球磨は冷静に分析した。

121 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/21(月) 22:48:03.26 ID:XBnaHpLy0


ソイツは、長らく陽を浴びなかった様な乳白色の肌をしており、その肌上に黒衣の水兵服を着込み、更にその上から外套を無造作に纏わせている。

脚に覆っている艤装は、軽装甲ではあるものの、鉄屑を集めた様に歪な形をしており、他の深海棲艦が装備している艤装以上に、艤装の形を成しているのかも怪しいものであった。

深海棲艦特有の歯を剥き出しにした意匠の連装砲を背中から覗かせたソイツの身体は、副砲である速射砲、対空高角砲、そして魚雷発射管と思われる、まるでスクラップを集めて造ったかの様な兵装に飾られていた。

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