【艦これ】「泊地を継ぐもの」

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165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:43:11.64 ID:hojLDG6p0
「……そういえば、こんな事訊くのもあれなんだけど、五月雨ってSなのかい? それともMなのか?」

 私の質問に五月雨は戸惑った表情をする。

「わ、私ですか? 司令がそんな事訊くなんて……。どっちに見えますか?」

「意外とSなのかい? さっきのとか昨日のとか見てると、そうなのかなってね」

「さ、さっきのとか昨日のはちょっと新鮮で興奮しちゃっただけです!!
 なんか心が自然と興奮しちゃって。……私って、S、なのかもです。
 あ、でも、そんなにSじゃないです!
 女の子なので、ちゃんとMなとこもあって……り、両刀使いって感じです!」

 五月雨ってむっつりすけべなのか??

 なんか嬉しいようなそうでもないような……。

「まぁ、五月雨もいい年頃だもんな。男ほどじゃないけど、そういうのとかにも興味あったりするだろうし」

「うー、からかってるんですか??」

「すまんすまん、五月雨とこう言う話するのが新鮮でね」

「……別に司令が話したければ、夜にでも私を呼んでもいいんですよ?」

「五月雨……。んっ?」

 突然、顔を合わせて話していた五月雨が驚いたように目を大きく見開いた。その焦点は私ではなく、私の後方にあっていた。
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:44:29.90 ID:hojLDG6p0
「どうした?」

「あっ、司令っ!」

 直後、五月雨は立ち上がり、私の右手を思い切り引っ張って走り出した。

「急にどうした!」

「とにかく走ってくださいっ!」

「なぜ!?」

「追われるからです!!」

 意味が分からない。何に追われるのだ。

 と、後ろの方で女の子がこちらに向かって叫んでいる声がした。

「姉さん! 姉さんなんでしょっ!?」

 走りながら振り返ると、そこには五月雨によく似た艦娘が私たちをかなりのスピードで追いかけていた。

 ああ、あれが白露型の涼風か。

「姉さんって呼んでるけど? もしかして五月雨の妹?」

「ぜんぜん違います! うちの妹は平群島だから、昇進試験あっても柱島に行くので、こっちには来ません!」

 それから五月雨は、屋台が並ぶ通りの人混みのなかを私の手を引っ張ったまま疾風のごとく突っ込んでいった。

 人と人の間を縫うように私らは走ったのだ。

「五月雨姉さんっ! 五月雨姉さんっ! 私だよ!」

 後ろの方で呼ぶ声がしたが、五月雨は見向きもせず、屋台裏の陰に隠れた。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 21:53:28.87 ID:hojLDG6p0
「はぁ、はぁ……。とりあえず、ここで一旦休みましょう」

「いったいどうしたんだ。あの涼風は五月雨を姉さんと呼んでいたけど」

「それは嘘です! とにかく捕まってはいけませんよ!」

「なぜ??」

「あっ、近くにきてます!」

 そしてまた、五月雨は私の手を引っ張りながら屋台裏を走りめぐった。

「姉さん、待って! 少佐の五月雨姉さんでしょ!? 止まってよ!!」

 私らを見つけた涼風がそう必死に叫びながら追ってくる。しかし、五月雨はそれには動じず、有無を言わず走った。

 やがて、涼風との距離は離れていった。

 そして、五月雨は屋台横の木陰を見つけると、その裏に腰を下ろして、私の手を離したのであった。

「はぁ、はぁ、はぁ……。こんなに走ったのは久しぶりです」

「いったいなんなんだ。捕まってはいけないってなんだよ?」

「――司令は知らないですか? 特定の艦娘に起こる精神疾患の代償捕獲病を……」

「代償捕獲病?」

「はい。さっきの涼風さんはその病気に罹っていました。この病気は姉妹で艦娘をしている子が片方を亡くすと、その代償として亡くした艦と同種の艦を捕まえて自分の姉妹にしようとするものです」

「そんなの初めて聞いたよ」

「ええ。だってこの病気になるのは、血縁関係のある姉妹が揃って艦娘になる五月雨と涼風、それと扶桑と山城だけですから……」

 なんかおっかない病気だな。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 21:54:16.34 ID:hojLDG6p0
「で、なんで見ただけで分かったのか?」

「目ですよ。病んでる目なんです。さっきは一発でやばいと分かるものでした」

「そうなのか……」

「ええ。叫んでいることからして、きっと、少佐の五月雨のお姉さんを亡くされたのだと思います……」

――少佐の五月雨、少佐の五月雨…………。

「――っ!」

 その五月雨って、豊後水道沖夜戦事件で轟沈した五月雨少佐ではないのか!?

 直後、私は立ち上がる。その涼風に会いたいと思ったからだ。

「何しようとしてるんですか!」

 私が元来た道に体を向けると、五月雨は私の腕を力強く握った。

「私はあの子に会いたい」

「何を考えているのですか! 司令が人質になったらどうするのですか??」

「そんな事ないさ。私は大丈夫だ」

「大丈夫じゃないです! 相手は病んでいるのです。あなたを人質に私の身柄を捕獲しようとします」

「そんな事したら、あの子は軍規違反で海没処分されてしまうではないか」

「そう言うことです! そして司令も、病気と分かっていながらあの子と接したとして減給&始末書ものです! 代償捕獲病は亡くした姉妹と同種の艦に会わなければ徐々に落ち着いてきますから。司令はそれをぶり返してよいのですか?」

 五月雨の正論であった。
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 21:54:58.29 ID:hojLDG6p0
「……申し訳なかった。ついつい私も興奮してしまって……」

「そうですか……。ちなみに何で会いたいと思ったのですか?」

「……」

 私はそれには答えられなかった。隣で五月雨は小さくため息を吐く。

「――たまに、司令をみてると不安になります。司令自身や私たちのことよりも好奇心の方が強くなっていることがありますから……。もちろん、探究心があるのはいいことです。でも、自分自身のこととか、私や北上さんの事とかも考えて行動してほしいです……」

「ごめんよ、悪かった……」

 私は五月雨に頭を下げる。五月雨の言う通り、私は好奇心が強く、それ故、何度かこれまでの人生で後悔したこともあった……。

「……司令、ちゃんと私のこと、守ってくださいね?」

「ああ、言われなくても分かってるよ。五月雨は私の大事な大事な家族なんだから」

 それから五月雨の頭を二回ぽんぽんと撫でてあげた。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 21:56:34.56 ID:hojLDG6p0
「なんか、私、この格好じゃ落ち着かないです。司令みたいに今日は私服でくればよかったです。
……あ、北上さんの試験までまだ時間ありますし、服屋さん寄っていいですか??」

「ああ、そうだね。一緒に行こうか」

 私がオーケーを出すと、五月雨は嬉しそうにした。

 今日は、五月雨は休番日だし、せっかく人里に来たのだから五月雨にはもともとそうさせるつもりであった。

 妹の方は、休番日は一人で島の外に出かけていく事が多かったが、五月雨は私の手伝いをしてくれたりと、この一か月間は休みに島外に出かけることもなかった。

 こうして私らは二人で試験会場を離れ佐伯市街地に入ると、カントリースタイルのアパレルに入った。

「正直、この格好でお出かけするの、恥ずかしいです……。司令、はやく買いましょう」

 確かに、五月雨のセーラーは街中では目立ってしまう。普通のセーラーと違って少し露出多いしちょっと派手な気もするし……。

 まぁ、島風とか雪風とか前に会った神威さんのと比較すればたいした事はないが……。

「そうだな。あと、司令と呼ばれるのも恥ずかしい……」

「あっ、ごめんなさいっ。となると、兄さんって呼びますね」

 それも恥ずかしいが、家族だしな。うん。

「それじゃあ、適当に選んできますね!」
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 21:57:56.72 ID:hojLDG6p0
 五月雨は上機嫌に言うと、服を選び始める。

 こうやって見ると、五月雨も普通の女の子なのだ。

 恋やらおしゃれやらなんやらに一番興味がある年頃を艦娘として過ごす彼女は、そういうのを制限されてしまう。

 それがたとえ、彼女の意思で艦娘になったとしても、私にはそれは少し悲しいことの様に思えた。

 ふと、茨木さんの「私がいちばんきれいだったとき」という詩が脳裏に浮かぶ。

 ああ、早くこの戦いが終わればいいのにな。

 私は冷房の効いた店内の中、そんな事を思う。

 と、行きの船内での谷風の言葉を思い出す。

 逆に彼女のような子たちにとって、「艦娘」は救いの仕事だ。

 なんと皮肉なことか。

 機会均等を謳う日本社会。

 しかし、彼女のような存在は身分が固定していることを教えてくれる。

 親の所得が子の所得を映し、豊かさは豊かさを受け継ぎ、貧しさは貧しさを受け継ぐ。

 それを救う「艦娘」という仕事も、結局は弱者には厳しい。勝ち組になれるやら更生やらを理由に好き勝手している。

 数年前にどっかの首相が言ってた一億総活躍社会やらなんやらが馬鹿馬鹿しく思える。

 去年あったオリムピックも灼熱地獄のオリムピックとなり、それが終わると炭化したようにさびしくなって、景気も何もかも萎んでいった。

――まさに今は不景気だ。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:00:00.48 ID:hojLDG6p0
 そんな中で、つい最近の日経新聞で読んだのだが、小中学生のなりたい仕事ランキングが出ていた。

 私は苦笑した。

 小学生と中学生の女子のなりたい仕事ランキングに「艦娘」があるのだ。

 しかも、公務員の次に来ている。四位の人気だ。

 そりゃあ安定しているし高給だし、色々と活躍していてかっこいいから人気で憧れのお仕事なのだろう。

 しかし、艦娘は国家公認のアイドルではない。

 艦娘は兵士であり兵器であるのだ。

 自ら兵器になりたいと思う少女が増えたと考えれば、日本社会も狂気の時代に突入したのだろう。

「……兄さん? 兄さん? 聞こえてますか?」

「あ、ああ。ごめん、考えごとしてた……って、うほおお、かわいいな!」

 目の前にはチェックのワンピに麦わら帽子の五月雨が。

 これは、いい! かわいすぐる!

「えへへ、兄さんにそう仰ってもらえるなんて、うれしいっ! あっ、もう会計は済ませましたのでいきましょう!」

「そうか、じゃあ戻ろうか」

 こうして、私らは店をあとにしたのであった。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:06:10.67 ID:hojLDG6p0
***

 二人で喋りながら会場に戻ると、妹と谷風の試験時間の十分前になっていた。ちょうどいい時間に戻ってきた。

 私と五月雨は、妹の試験が行われる海域の海岸に腰を下ろすと、試合が始まるのを待った。

 しかし、改めて五月雨のチェックのワンピ姿を眺めると似合っており、かわいいなと思った。

 ああ、やはり五月雨を初期艦にしてよかったと思う瞬間である。

 初期艦は司令官候補生学校を卒業する時にたしか五隻から選べた。

 たしか、吹雪、叢雲、電、漣、五月雨だった気がする。

 その中で、叢雲か五月雨で迷ったような覚えがある。

 吹雪は特徴がないのが特徴だし、電は条約違反の幼さだし、漣は変人ぽさそうで素人には扱いにくそうだし、自然の流れで叢雲か五月雨の二択になった。

 まぁ、冷静になって考えてみれば、何をどう考えても五月雨なのだが。

「……司令? 私のことそんなに見つめてどうしたんですか??」
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:32:18.23 ID:hojLDG6p0
「いや、やっぱり私は初期艦を五月雨にしてよかったよ」

「わわっ、急にびっくりです! でも、兄さんにそう言ってもらえて私は幸せです♪」

 あゝ、心が洗われる。五月雨の精神洗浄能力は半端ではない。彼女のお陰で私は今、どれだけ紳士になれていることか……。

 と、試験海域に四隻の艦娘が入ってきた。北上と谷風、そして相手は……。

「あ、あれは、さっきの涼風じゃないか」

 私は彼女を思わず指差し、そう漏らした。隣の五月雨が息を飲む。

「……びっくりです。まさか、北上さんと谷風ちゃんの相手だとは思わなかったです……」

「だなあ。あの涼風はこんな状態で試験に出ても大丈夫なのだろうか」

「大丈夫だから出ているのだと思います。でも、さっきの事がありましたから、試験に響くかもです」

「となると、勝利の利はこっちにあるという訳か。それで、相手の軽巡の子は何というんだい? 軽巡にしては、兵装をいっぱい積んでいるように見えるけど……」

 私は、橙色のセーラーリボンにライムグリーンのスカートの艦娘を指さして五月雨に尋ねる。

「あれは、兵装実験軽巡の夕張さんですよ〜。司令の言う通り、普通の軽巡よりも兵装を多く積めるのが特徴です」
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:33:58.07 ID:hojLDG6p0
 五月雨はいつも通りの口調で私に説明してくれたが、さっきの事がトラウマなのか、彼女の視線は涼風の方に向いていた。

そしてその視線は、何を考えているのか分からない複雑な視線であった。

「……ああ、あれが軽巡夕張か。なかなか手ごわい相手だな。……で、五月雨。もしさっきの事で不安なら、この試験は見なくても大丈夫だよ」

 私がそう言うと、即座に五月雨は首を横に振った。

「私は大丈夫です! 向こうだって、私が着替えたから気づかないでしょうし。それに、北上さんと谷風ちゃんの事を応援したいです! その為にここまで来たんですから!」

「そうだな。じゃあ一緒に応援しよう」

 それから間もなくして、試験が始まるのか、四隻は所定の位置についた。

西側に北上と谷風が、東側に涼風と夕張が対峙する形だ。

海上のスピーカーからは、試験のルールや注意事項について、淡々と流れ始めた。

「〜〜〜それでは最後に、本試験の対戦相手について紹介致します。
 本試験について、東軍の昇進試験者は宿毛泊地の夕張曹長、支援者は土佐沖ノ島泊地の涼風少尉。
 西軍の昇進試験者は五神島泊地の北上曹長、支援者は宇和島基地の谷風少尉となっております。
 なお、旗艦は昇進試験者が務めるものとします」
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:36:03.60 ID:hojLDG6p0
 そうか、あの涼風は土佐沖ノ島泊地所属なのか。皆、近場の泊地の子たちじゃないか。

――と、試験開始を知らせる砲撃が佐伯湾に鳴り響いた。

 そして、開始と同時に谷風は夕張の方へと猛スピードで突っ込んでいった。

 一方で涼風は妹の方へと突っ込んでいった。

 妹はと言うと、余裕そうな表情で突っ立っていた。おいおい、何してあがる。

 それから間もなく突っ込んでくる涼風が北上に向けて砲撃を開始。

 北上はそれを眺めながら攻撃をかわした。

 正直、危なっかしく見えた。妹には五月雨の真似をするのはまだ早いだろう。

「あの距離の砲撃ならかわせますし、外れます。北上さんの判断力も成長してますね」

 隣の五月雨が落ち着いた口調でコメントする。なに、今のは正しい判断らしい。

 一方で谷風と夕張はというと、互いに砲撃戦に入っていた。

 谷風は得意の速力で、相手の弾数を無力化する戦法をとっているのか、夕張の周りをぐるぐる回りながら砲撃を加えていた。

 夕張はその策に嵌るがごとく、谷風にむけて砲撃を繰り返すが当たらない。

 妹と涼風の勝負も均衡している。

 見た感じ、涼風は接近戦に持ち込みたい感じであるが、妹はそれを寄せ付けないよう砲撃を繰り返す。

 双方共に結構な近さで砲撃しており、涼風の方が多く被弾していた。

 しかし、彼女はそれでも妹から離れようとせず距離を縮めていった。

 妹もまた、意地なのか涼風との距離を離さずに砲撃を続ける。そろそろ雷撃してもいい頃のような気がした。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:38:08.31 ID:hojLDG6p0
 一刹那、妹の主砲のリロードの時間を逃さなかった涼風は妹に急接近し十二.七センチ連装砲の火を噴いた。

 妹はそれを反射的に間一髪でかわす。

 見ているこっちの心臓が止まりそうだ。

 そして直後、涼風は妹の真横を通過した。

――何か北上に対して言っているようであった。

 妹は驚いたような表情を涼風に向けると彼女のあとを追った。

 妹もまた、涼風に対して何か言っているようであった。

 それから、妹と涼風は砲撃を交わしながら互いに何かを言い合いながら戦っていた。

 いったい何をこんな時に喋っているのだ。相手の涼風は練度が高い上官であるので、話す事に気を取られてしまい、隙を突かれたら終わりである。

「あの子、北上さんのことを挑発して正常な判断を削ごうとしてるように思えます……」

 五月雨が不安そうな口調でそう言った。たしかに妹はさっきと比べると動揺しているように思えた。

 とは言え、見た感じは妹よりも涼風の方が被弾しているし、谷風と夕張に至っては、ほぼ、谷風に軍配があがっていた。

 あとは、夕張を戦闘不能にすればこちらの勝利は確実であろう。

 もちろん、慢心は禁物。涼風に妹がやられたら逆転負けだ。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:40:23.50 ID:hojLDG6p0
 それから夕張はペアの涼風に助けを求めるがごとく、涼風の方へと逃れようとした。

 が、谷風は夕張の脚を狙って砲撃し、それを食い止める。

 夕張の嫌がる悲鳴がこっちにまで聞こえて何だか罪悪感に襲われた。

 一方でとなりの五月雨はそれを見ながらうんうんと頷いている。

 五月雨自身は谷風が昨日の演習を活かしている事に嬉しさを覚えているのだろう。

 こうしてついに、夕張は雷撃でも容易に仕留められるくらいの船速にまで落ちてしまった。

 谷風は腕で額の汗をぬぐうと、魚雷を三斜線、夕張に向けて発射した。

 直後、涼風が夕張に向けて、魚雷を二斜線発射した。何事か。味方に撃つなんて血迷ったか。

 と、となりの五月雨が「あららー」と言いながら弱気に笑った。
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:41:25.72 ID:hojLDG6p0
「谷風ちゃん早くよけないと当たっちゃいます〜」

「え、何に?」

「あの子の魚雷です」

「え、あれは夕張に当たるんじゃ……」

 しかし、涼風が夕張に向けて放たれた魚雷はもう当たってもいいはずなのに爆発しない。

 一方夕張の方は最後の力を振り絞り、谷風から放たれた魚雷を一つ主砲で爆破させた。

「魚雷というのはですね、放たれたらいったん、海中に潜るんです。だからあの距離なら夕張さんにはすり抜けちゃいます。そしてすり抜けた魚雷は浮き上がって直線上にいる谷風ちゃんに……」

――な、なるほど。

 それから間もなく爆音二つ、水柱二つ。

 一つは谷風が放った魚雷が夕張に着雷。

 そしてもう一つは涼風が放った魚雷が谷風に着雷したのであった。

 魚雷は演習用と言えど、火力は凄まじく、谷風と夕張は弧を描くように吹っ飛んだ。

 谷風と夕張の悲鳴、そして妹が谷風を呼ぶ叫び声がこっちにまで聞こえた。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:42:36.76 ID:hojLDG6p0
「……残り三分ですね。このまま北上さんがあの子の攻撃を逃れられれば戦術的勝利、北上さんがあの子を仕留められればS勝利になりますね」

 五月雨の言葉に私は黙って頷いた。

 海上の谷風と夕張は急所に当たったのか、大破して沈みかけていた。

 救助の艦娘四人が担架を持ってフィールドに入り、二人を乗せると、海域から離脱した。

 その後、妹と涼風は黙々と互いに撃ち合っていた。

 涼風の魚雷は残り二本、そして妹はまだ一発も撃っていないので四本残っている。

 出し惜しみをせず、上手いタイミングで撃ってほしいものだが、お互い高速機動かつ近距離で撃ち合っているので魚雷の撃ちようがなかった。

 妹が涼風の脚を狙って機動を遅くすれば雷撃のチャンスをつくれるが、そこまでの砲術精度はまだ持っていない。

 まぁ、私からすれば、練度の高い艦娘の砲撃をうまく避けられているだけでも昇進するにはもう十分だと思った。

 と、試験終了を知らせるサイレンが鳴り響いた。

 終わった。

 私は背伸びをして、試合の結果が発表されるのを待った。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:44:18.44 ID:hojLDG6p0
「只今の試験の結果は、北上曹長と谷風少尉の西軍が戦術的勝利を収めましたので報告致します。また、試験結果より、北上曹長は本日付で准尉に昇任とします」

 妹の勝利と昇進を知らせるアナウンスを聞き、私は思わず嬉しくなって「よっしゃ!」とガッツポーズする。

 五月雨も嬉しそうに「やりましたっ!」と声を弾ませ、私に抱き着いてきた。

 もう、かわいいんだから。

 思わず、私は五月雨を撫でてしまった。

 もちろん、妹のことも後でたくさんなでなでしてあげなければ。

 海上にいる妹の方をみると、涼風と喋っていた。

 そして、涼風は大切な事を言うかのように手を口に当てて、妹に何かを伝える。

 妹は真面目な顔でうんうんと頷いているように見えた。

 それから二人は握手をしっかりと交わすと、それぞれのテントの方へと戻っていったのであった。

 まさに、戦中の敵は、今の友と言うべきか。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:47:04.84 ID:hojLDG6p0
 それから、私は妹に集合場所をラインで伝えると、五月雨と一緒に屋台の方へと行き、自分と五月雨のぶんのソフトクリームを買った。

 五月雨にはオーソドックスにバニラソフトを買って彼女に渡した。五月雨は嬉しそうに受け取る。

 あ、ちなみに私は断じて変な妄想とかで彼女にバニラソフトを買ったのではない。

 五月雨が純白のバニラソフトをぺろぺろと舐めるところを見て興奮するために買ったわけではない。

 もしそう言う事をやるなら、バニラソフトじゃなくてミルクソフトでするし……。

 と、五月雨は早速もらったバニラソフトをちょこっと舌を出してぺろっと舐めて食べ始めた。

 白いバニラソフトが五月雨の舌の上に乗り、口の中へと幸せそうに引き込まれていく。

 おまけに五月雨らしく口のまわりに白いバニラをつけちゃって……。かわいい。

 あゝ、私もバニラソフトになりたい……。

「し、司令? どうしたんですか?? 司令のソフト、溶けちゃってきてますよー」

「おっと、すまんすまん、五月雨が幸せそうに食べるから私まで幸せになっていた……」

 ほんとうに五月雨をみていると幸せになれる。

 私は抹茶ソフトを食べながら五月雨のソフトを舐める姿を眺めた。

 ああ、かわいい。守りたい、この笑顔……。

「今日は、北上さんの成長したとこを見れて、私、嬉しかったです。私が教えたこと、ちゃんとできているし、私もちゃんとセンパイとして役目を果たしているって知れて良かったです!」

 私の右横で五月雨は満足そうな表情でそう言った。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:48:30.54 ID:hojLDG6p0
「ああ、北上も先輩が五月雨で本当に良かったと思うよ。今日、こうやって北上が勝てたのも五月雨のお陰だしな」

「そう言われると照れくさいです……。私、これからも北上さんとは艦娘ではセンパイとして、人生ではコウハイとしてお互いに成長していければいいなって思います」

「ははは、北上はまだまだ幼いところがいっぱいあるから、五月雨のほうがお姉さんだぞ」

「そんなことないですよ。人当たりのよさとか、フランクさとか、心の余裕さとかを見ると北上さんは私よりもだんぜん大人ですよ!」

 たしかに妹は誰に対しても平等に接するとこがある。それは、八方美人ともいえるし、お人好しとも言える。

「そうだな。私自身も北上のそう言う所にはかなわないしな」

 私はそう言って抹茶ソフトのコーンをかじった。

 ちょうど、スマホにラインが入る。妹からで、あと十分したら谷風と一緒にこっちに来られるとの事であった。

「……にしても、さっきの涼風は北上に何を話しかけていたのかなぁ……」

 私は残りのコーンをかじりながら、思わずため息と一緒に漏らしてしまった。

 隣の五月雨もその言葉に同調するように小さくため息を吐く。

「私には分かりません……。それと、試合中にずっと北上さんから離れなかったのも気になります。あの子の腕なら、もっといい戦いができたはずなのに……」

 やはり、あの涼風は轟沈した五月雨少佐の妹なのだろうか。

 妹が五神島泊地の所属と知って、試合中に色々と尋ねようとしていたのかもしれない。

 いや、それしか考えられなかった。これは妹にあとで、さっきの試験での会話のことを聞くしかないだろう。

 それから少しして、私は自分と五月雨のコーンの紙を捨てがてら、屋台に妹と谷風のぶんのソフトクリームを買いに行った。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:49:16.31 ID:hojLDG6p0
 五月雨のもとへと帰るとちょうど良い時間で、すでに北上と谷風が戻っていた。

「おー、お疲れ二人とも! よく頑張ったよ」

「司令少佐! ただいま帰ったよ!」

 谷風が私に敬礼して挨拶する。

「おにっ、あっ、司令官っ、私、ついに准尉になったよ〜!!」

 妹が嬉しそうに、胸元の准尉の階級章を私に見せる。妹の小さな胸の上の階級章も誇らしげだ。

「よしよし、よく頑張ったよ。頑張った二人にソフトクリーム買ってきたぞ」

 私は妹の頭を撫でながら二人にそう言って、まず、谷風にソフトを渡す。

「まず、谷風には夕張メロンソフトクリームだ」

「おおっ、夕張ちゃんを倒しただけに夕張メロンのソフトクリームかい! いいねぇ! ありがとよ、司令少佐っ!」

 谷風は嬉しそうに夕張メロンソフトを受け取ると、ぺろぺろ美味しそうに舐め始めた。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:50:26.84 ID:hojLDG6p0
「んで、北上には……ミルクソフト!」

 ふははは、この乳白なミルクソフトを妹にはあげよう。

 もちろん、これは私が興奮するためではない。

 たまに妹から兄の私に対して発せられる生意気な物言いのおかえしである。

 妹はおとなしく、私の前でこのミルクソフトをぺろぺろするとよい!

「んんっ、司令官、ありがと。……でも、なんでミルクソフト?」

「ほら、北上ってミ・ル・ク好きだろ? 成長したいだのなんだので……」

 それを聞いた妹は顔を赤らめる。そして、ぷんぷんとした表情を私に向けた。妹をいじるのは意外と楽しい。

「ちょ、司令官の変態っ! やっぱり変態司令官なだけあるね。まぁ、好きだからいいけどさ」

 そういって、妹はぺろぺろとミルクソフトを舐め始めた。

 どうやら私の真の意図には気付いていないらしい。

 妹は乳白色のミルクソフトを舌にからめると、ぼーっとした表情で口内へと運んでいく。

 そして、ミルクソフトが溶けて、下の方へとたれていくと、妹はそれをすくう様に下から上へとちろっと舐めた。

 それから今度はソフトの上の部分をくりっと舐める。

 舐める反動で下唇に白いミルクがついて、妹はそれを下でぺろりとぬぐった。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:51:56.25 ID:hojLDG6p0
「……司令官? さっきから私のことじろじろ眺めてるけどなに?」

「いや、別に。もっと舐めてていいんだぞ」

「はい?」

 それから妹は持っているミルクソフトを眺める。

 そして何かを察したらしく、妹は急に頬を赤く染め始めた。

 すると、怒った表情で、私の口元にミルクソフトをバッと近づけた。

「もー、この変態司令官っ! 司令官も舐めてよ!」

 妹はそんなことを私に要求してきた。私にも恥ずかしい思いをしろということか。

「これは北上のために買ってきたんだから、全部食べていいんだぞ?」

「でも舐めて」

「なぜ舐めなきゃいけない?」

「うううううっ、司令官の変態!」

「なんでそうなる? 私はただミルクソフトを北上に買ってあげただけなのに」

「もー、とにかく舐めてよー」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:53:25.11 ID:hojLDG6p0
 妹は私の口元にミルクソフトをつける。私の唇にミルクソフトがつく。これは間接キスになるが、妹はそれでいいのか?

「はいはい、食べればいいんだろ? 間接キスになるけどいいか?」

 その言葉に妹はもっと顔を赤らめると、ミルクソフトを差し出していた手を引っ込めて、はむっと口にソフトを頬張った。

 上唇と下唇にミルクソフトがついて、鼻にもミルクがついた。

「もうっ、見ないでよ〜!」

 ぷんぷんと怒る妹はかわいかった。妹にミルクソフトを買ってあげたのはまさに正解だった。

「北上ちゃんも司令少佐も仲良いねぇ」

 谷風が一部始終を見ていたらしく、そんなことをつぶやく。

「ええ、司令と北上さんはとっても仲良しですよ……」

 五月雨のその顔はなんか、怒っているようにも見えた…………。
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 22:57:17.83 ID:hojLDG6p0

 Windows10が更新したがっているので、今夜はここまでです。
 なんかストーリーが中だるみしている気がしますが、一人でもニーズがあれば記しましょう。
 ああ、十勝の牛さんからとれたミルクソフトなめなめしたい……
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 00:52:57.34 ID:sq3tny2Wo
この司令官、女物のシャンプーを香りだけで嗅ぎ分けたり
教育をなんだかんだ傍観したり
妹にアイス舐めさせたり
とんでもないぞ
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/10(木) 01:05:49.12 ID:5tZUrcxA0
甘ちゃんすぎて早死にするタイプだな
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:17:38.79 ID:yoGsi3kr0

 それから私ら四人は遅めの昼食をとると、南中頃には五神島や宇和島に向かう帰りのクルーザーに乗り込んだ。

 船に乗り込むと、疲れていたのか谷風と五月雨はすぐに寝てしまった。谷風はいびきをかいて、泥のように眠るほどであった。

 一方で、妹は起きており、時折、船窓を眺めながら、スマホをいじっていた。

「北上は疲れてないのか?」

「そりゃあ疲れてるよ。でも、いまはやることあるしさ」

 そういって、妹はふたたびスマホの画面を見つめる。

「そういえばさ、さっきの試験のときに、涼風と何喋ってたのかい?」

「あー、あのやりとり司令官にも見えてたんだ。……あれはね、涼風ちゃんが私の弱点見抜いてこっちに話しかけてきたんだよ〜」

「え、そうなのか?」

「そうだよー。びっくりしたよ。今日の試験で、私、一回も魚雷撃たなかったでしょ? あれ、実は魚雷発射管が故障してたからなの。それを涼風ちゃんが見抜いて、私に指摘しにきたんだよ。それじゃあアンフェアだから、涼風ちゃんが直し方教えてくれたの。まぁ、直している間に狙われるから、直しはしなかったけどね」

 妹はそう私に言うが、私は半信半疑であった。

「本当にそうなのか?」

「本当にそうもなにも、そうだよ。そうじゃなかったらなんなのさ?」

「……」

 どうやら、妹は涼風に五神島のことを訊かれた訳ではないようだ。だが、あきらかにあの涼風の行動には不可解な点が多かった。とりあえず、今日のことは柱島泊地の人事部に報告しなければ。

 目の前の妹は、どうしたのとでも言う様な表情を私に向けると、顔を下ろした。そして、スマホをポチポチしながら、船内で時間をつぶすのであった。私は妹の姿をみながら、うとうと。ああ、ねむい…………。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:18:34.50 ID:yoGsi3kr0
「……司令官? 起きてよ、着いたよ。司令官、ほら!」

 妹が私の肩を揺すって私を起こす。ああ、私、寝ていたのか。

「お、おはよう、もう着いたのか」

「そうだよ、いくよー」
 
北上の手を支えに私は起き上がって、伸びをする。となりの谷風は依然としてぐうぐういびきをかいて寝ていた。

ちらりと腹を出しているのが、谷風らしい。そんな谷風のそばに妹が寄って、腰をおろした。

「谷風ちゃん、今日はありがと。じゃあ、また会おうね」

 妹は谷風の寝顔を撫でながら、彼女の耳元でささやく。谷風は寝ながら幸せそうな顔を妹に向ける。妹は、静かに谷風の頬にキスをすると、「大好き」と呟いたのであった。

 それから私たちは船をあとにした。桟橋に降り立つと、明石中佐が待っていた。

「おかえりなさい。あ、北上、昇進できたんだねぇ。おめでとう」

 中佐は妹の胸の階級章を見て、小さく手をたたきながら、出迎えてくれた。

「はい、明石さんのおかげで、准尉になれたよ〜。ありがとう!」

「いえいえ、私はただの工作艦。やることをしただけだよ。そして、北上。今日から貴女は軽巡じゃなくて雷巡となるのよ」

 そう言うと、明石中佐は厚みのある風呂敷を妹に渡した。

「明石さん、これはなに??」
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:19:24.22 ID:yoGsi3kr0
「雷巡北上の制服だよ。これからは、これが貴女のユニフォームとなるからね」

「なるほど〜。ありがとう、明石さん! 私、雷巡としても頑張るよ〜」

 妹は頭をぺこりと下げて、明石に礼を言った。

「あと、そこのスーツケースに入ってる軽巡用の艤装は私が回収しておくから、そのままにしておいて。艤装も、これからは強力な雷撃を撃てる雷巡用の艤装になるから、明日からまた練習だね」

「はい! あ〜、雷巡の私、新しい艤装、わっくわくするよ〜♪」

 雷巡となることに心躍らす妹を見て、明石中佐も顔を綻ばす。私もまた、妹が雷巡になることに嬉しさを感じていた。聞くところによると、雷巡は甲標的を積むことで、先制雷撃を撃てるらしい。

そしてなにより、雷巡という名前の通り、そこらの駆逐艦や軽巡にはできない強力な雷撃を行えるのだ。

まさに、男のロマン。そしてそれを妹ができるというのだから、心躍った。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:20:27.20 ID:yoGsi3kr0
「とにかく、今日は北上の昇進記念という事で夕飯を豪華にするぞ! 明石中佐もくるか?」

「私ですかい? 私は北上の新しい艤装の最終整備もありますし、申し訳ないですが、いつも通りということでお願いします」

「そうか……。たまには明石中佐と飯を一緒にできればいいのだが、そう言う事ならばよろしくお願いしたい。いつも艦娘のことを思ってくれてありがとう。今日は明石中佐にもいっぱい料理を作るよ」

「いえいえ、私はただの工作艦です。工作艦として当たり前の事をこなしているだけですから……」

ハスキィボイスで自分のことを謙遜する中佐。もちろん、私からすれば明石中佐は立派な工作艦であり、家族の一員と思っている。

ただ、彼女には心の壁がある。私は彼女と話すたび何時もそれを感じていた。それは紛れもなく、明石中佐がまだ前任司令官の所属として人事上でも精神面でも取り残されているからである。

今も、中佐はたったひとり、初月司令の艦娘としてその孤独の中にいるのだ。

 だから私は、豊後水道沖夜戦事件の真相を解明し、そして、本泊地を発展させて中佐を正式に我が泊地の所属にすると心の中で誓っている。これは、後任の司令官としてではなく、仲間としてなすべき当たり前のことだから……。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:21:48.68 ID:yoGsi3kr0
 この日の夕飯は、佐伯の街中で買ってきたローストビーフに白ワイン、そして私と五月雨でつくったトマトバジルピザにミートドリア、サラダというメニューとなった。

 なんか、お祝いとか良い事があると、いつもイタリアンになってしまってる気がするが、まあ皆好きだからいいのである。

 そして三人で、テーブルを囲んで乾杯。相変わらず妹の飲みっぷりは豪快であった。五月雨はワインを一口飲むと、サラダをしゃりしゃりと食べはじめる。

 なんか、今日の夕飯は黙々とみな食事を頬張っていた。今日は朝から慌ただしく、疲れが溜まっているし、お腹も減っているからだろう。

 ただ、食事に集中するこの感じは、悪い沈黙ではなかった。私は、食べる妹の姿と、食べる五月雨の姿を眺めながら、食事を楽しむ。

 変態かもしれないが、女の食べる姿を観察すると、普段では見られないような結構いい表情をするのである。

 まさに食するという幸せの表現がそこで見られるのである。

 ローストビーフをはむはむ食べる妹、ピザのチーズを伸ばしながら口の中へと食していく五月雨……。

 ああ、食べる女ってどうしてこうも興奮させられるのだろう……。
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:22:59.15 ID:yoGsi3kr0
 それから少しして、最初に会話を切り出したのは妹であった。

「そいえば、五月雨ちゃん。私が今日昇進したら、お願い一つ聞いてあげるって言ってくれたよね〜」

「う、うん。そうだよ」

「じゃあ、前から言ってたあれでお願いね!」

「あれって何ですか〜?」

「もうもう五月雨ちゃん、とぼけちゃだめだよー。五月雨ちゃんのお部屋で一緒に寝るって約束したじゃん〜」

 五月雨はその言葉に困惑した表情をみせる。

「北上さん、それは私、困っちゃうよ〜。私の部屋、見られるの恥ずかしいもの……」

 あれ、五月雨は彼女の部屋を妹にも見せたことがないのか。なんか意外である。

「そんなこと言わない言わない! 私たち、『家族』でしょ? だったら水入らずで恥ずかしいとこも見せてよ〜」

「うううっ、私が北上さんの部屋で寝るのじゃだめなの??」

「それは、前にも何回かしてるじゃーん。だから今度は私が五月雨ちゃんの部屋に行って一緒に寝たいよ〜。まだ一回も五月雨ちゃんの部屋みたことないしさ〜」

 妹はワイングラスを片手に五月雨にねだった。

「恥ずかしいよ。恥ずかしい、恥ずかしい……!」

 五月雨の方は恥ずかしいの一点張りである。やっぱり五月雨はむっつりすけべなのだろうか。部屋に入ったら淫らなおもちゃやらなんやらがあるのかもしれない……。

 ああ……。

 あ、いや、私は紳士である。五月雨が部屋でそういうことをしている事をしているのを妄想していたわけではない。
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:23:48.09 ID:yoGsi3kr0
「いいじゃん、女の子同士なんだしさ。
――それに私は五月雨ちゃんのコトをもっと知りたい。そして私はどんな五月雨ちゃんでも受け入れられるから……。だって家族だもん。私には隠さなくていいんだよ?」

 妹はグラスをテーブルに置くと、急に真面目な顔をして五月雨に視線を据えてそう言った。五月雨はその言葉にとても戸惑った表情をみせた。

「北上さん……それってどういうことなの、かな?」

「そのままの意味だよー。私たちはここで一緒に暮らす家族でしょ? 私は五月雨ちゃんには隠しごとはしないし、五月雨ちゃんも私には隠しごとはなしだよ? それに、いつでも私は五月雨ちゃんの味方だよ」

 妹の言葉に五月雨は視線をそらさずに黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「うん、そうだよね。私だっていつでも北上さんの味方だし、大切な家族……。だから少し考えてみるね」

 隠し事は私にもしてほしくはないが、これがおそらく女同士の付き合いというものなのだろう。そこに、私が入る隙はなかった。ああ、羨ましい。

 それから、妹は私と喋りながら食事をしたが、五月雨は考えこみながら食べていた。そんなに迷うことなのなのだろうか。迷う五月雨をいじってみたいとも思ったが、そういう雰囲気でもないので、それはやめておいた。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:24:51.84 ID:yoGsi3kr0

 夕食が終わり風呂に入ったあと、私は久しぶりに明石中佐に夕食を届けにいくことにした。

 ただ届けるだけじゃなく、中佐とお喋りしたいので、釣り道具を片手に桟橋で晩酌にしようと思ったのだ。

 工廠前のインターホンを押すと、煙草をくわえた明石中佐が少ししてから出てきた。

「ああ、少佐ですか。こんばんは。それは……」

「夕飯持ってきたよ。なんか今日も結局あまりのこらなかったけど、酒はある。よかったら一緒に桟橋で飲まないか?」

「ええ、いいですよ。ちょうど少佐に話したい事がありますし。少し待っててくださいな。私も酒をもってきます」

 中佐は吸っていた煙草を加熱式煙草から外すと、携帯吸い殻入れにいれた。そして、工廠に戻ると、瓶焼酎を左手に持って出てきた。一緒にロシアンブルーのアカトゥルフもついてくる。

「これ、新しくでた朱霧島ですよ。これまでの赤霧島よりガツンとくるんですねぇ」

 名焼酎の霧島か。中佐はたしかに酒には強そうだ。

 私らは桟橋に腰を下ろすと、私は袋に入ったワインとピザとローストビーフを中佐の横に出しておいた。

「あ……」

 そうだ、こんなとこに置いたらアカトゥルフが食べてしまうのではないか。が、遅かった。アカトゥルフはピザとローストビーフの匂いを嗅ぎ始めた。ああ、やってしまった。

「大丈夫ですよ。アカトゥルフは食べません」

 隣の中佐は落ち着いた様子で言った。そして彼女の言う通り、アカトゥルフは食べ物には口をつけず、そこを離れた。

 その後、私の横へとやってきて「にゃあ」と鳴いた。早く釣りを始めろと言うことなのだろう。

「普通の猫なら食べてしまいそうなのに、アカトゥルフは利口だなぁ」

 私はアカトゥルフを撫でながらそう言った。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:25:55.68 ID:yoGsi3kr0
「まぁ、猫が食べていけないものは拒否するようになっているだけですがね」

「それは、どういうこと……?」

「あれ、少佐にはまだ言ってませんでしたっけ? アカトゥルフの右目のこと」

 明石中佐はローストビーフをつまみながら私に尋ねる。

「アカトゥルフの右目?」

 私はアカトゥルフを見る。左が青色、右が黄色のオッド・アイがこっちを見つめ返す。

「彼女、もともとはオッド・アイじゃないんですよ。アカトゥルフはもともと両目とも青色だった。でも今の右目には眼球型AIコンピュータが埋め込まれています」

「……!!」
 なっ、そうなのか!? 私はアカトゥルフに顔を近づける。アカトゥルフは驚いたような表情をするが、私に視線を据えたままだった。

 たしかに……。

 よく見てみると、アカトゥルフの右目の瞳孔はカメラのレンズのように回転しながら大きくなったり小さくなったりしていた。

 これはとても精巧にできている。ちゃんと観察しないと分からない程のものであった。

 と、アカトゥルフは右手を私の額にのせて、顔を離すように押した。

 ああ、すまんすまん、猫だってそんなに見つめられると恥ずかしいよな。

「でも、なぜ……?」

 私はコップにワインをトクトク注ぎながら中佐に訊く。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:26:49.10 ID:yoGsi3kr0
「この子、捨て猫だったんですよ。雨の日に呉鎮守府の裏口に捨ててあったのを、呉の明石少将が見つけたんです。かなり衰弱しており、しかも、右目が感染症にかかっていたのですよ。少将はすぐに海軍医大附属動物病院に連れていったそうですが、右目を摘出しなければ助からないと言われたそうです。命には代えられないと少将は子猫の右目の摘出手術を決断。その時に医者から、子猫を開発中であった眼球型AIコンピュータの被験体にさせてくれないかと頼まれたそうです」

 中佐はそこで一旦言葉を切ると、持っていた朱霧島を二つのおちょぼに注いだ。中佐は一つを私に手渡す。私は小さく頭を下げて、それを飲んだ。

 喉が熱い。隣の明石中佐は平気そうな顔で飲んでいる。整備士という仕事柄なのか、酒にはやはり強いようだ。

「――で、呉の明石少将は、アカトゥルフを被験体にしたわけか」

「まぁ、結論から言うとそうですね。この眼球型AIコンピュータは人間の失明者の視力回復を目的に開発されましたが、その前段階として動物実験が必要だったのです。そしてそのタイミングでこの子が病院に運ばれた訳ですよ」

 中佐はアカトゥルフを撫でながら説明する。アカトゥルフは気持ちよさそうに身体を伸ばして中佐の隣に伏せた。

「もちろん、手術が失敗しても亡くなってしまいますし、仮に成功しても眼球型AIコンピュータが猫の脳に大きな負荷となれば神経障害を起こして亡くなってしまいます。アカトゥルフの前に行った犬や猫での実験ではそれで全てが失敗して亡くなったそうですよ」

「そんな状況でよく、呉の明石少将は被験体として差し出したなぁ」

「ええ。でも、事前に設計図や手術の手法を見せてもらったそうで、少将は熟練の工作艦の立場から、手術は成功すると確信したそうです。事実、手術は成功してここにアカトゥルフがいるわけですから」

 さすが工作艦。艦娘の艤装を作れるだけあって、機械工学だけでなく生物工学の心得も十分にあるから、医学についても自然と知識が涵養されるのだろう。

「なるほど……。でも、まさかアカトゥルフがそんな生い立ちとは思わなかった。しかし、なぜ、そういう意味ではすごい猫がこんな所にいるのかい?」

 その問いに、中佐はローストビーフを箸でつまみ食べて、私が持ってきたワインを一口飲んでから答える。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:27:57.85 ID:yoGsi3kr0
「……アカトゥルフは手術後、リハビリを重ねながら、人間の眼球型AIコンピュータを開発するにあたって必要なデータを色々と採取されたようです。そして、それが終わると、漸く少将のもとへと返されたんですがね……」

 そこで明石中佐はため息を吐いて、ワインを一口する。

「まぁ、命の恩人とはいえ、そんな危険な手術や開発実験に差し出した少将のことをアカトゥルフはよく思ってなかったらしく、なつかなかったんですよ。あと、そもそも、呉鎮守府は猫禁止ですし……」

「ああ、聞いたことがあるなぁ。呉鎮守府が猫禁止なのは。たしかちゃんとした理由があったような……」

 と、ちょうど釣り竿にぷるると反応がきたので、ひょいと持ち上げた。小さなアジが釣れる。中佐の横で伏せていたアカトゥルフは途端に起き上がって、くれくれと私の肩を叩いた。釣り針からアジを外して手に持ちアカトゥルフに差し出すと、アカトゥルフは尻尾の方を加えてアジを受け取る。そして、ピチピチあばれるアジをバリバリ食べ始めた。

「ありますよ。艦娘の鎮守府として呉鎮が開設したての頃に、鎮守府と司令部間の情報通信を行うネットワークがダウンする事件があって、それの犯人が鎮守府内に侵入してネットワーク機器のコンセントを引っこ抜いた猫だったのですよ。それ以来、呉鎮守府は猫禁止になりましたし、鎮守府と司令を結ぶネットワークがダウンすると猫のイラストが出てくるようになったんですよねぇ。『猫る』とはまさにそう言う事です。『バグる』のエピソードと同じなんですよ」

 ああ、そうだった。うちでも一回だけ猫ったが、猫ると遂行中の任務は中断せざるをえなくなり、艦娘は退却することになる。

 あの時はいつもの豊後水道の哨戒任務であったが、大きな任務や作戦で猫るとかなりの損失を食らうことになる。

 あゝ怖い。

「それで、話を戻すと、アカトゥルフは呉鎮守府にはいられないから、私のいるここ五神島で引き取ってくれないかと少将が私に連絡をしたんですよ。たしか、今から一年十カ月前のことでした。当時、私はちと辛いことがあったので、私の高校時代の先輩である少将が心配して、アカトゥルフをかうことをすすめてくれたんですよ」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:29:07.15 ID:yoGsi3kr0
 一年十カ月前……吹雪中佐が前任司令官とケッコンする一年前のことである。中佐に何かあったのだろうか。
「ちと辛いことって……?」
「まぁ、端的にいえば、大切な人を亡くしたんですよ」

「……それは艦娘……?」

「それ以上は答えたくはありません」

「す、すまなかった……」

 中佐は隣で、煙草をポケットから取り出して加熱式煙草に差し込む。嘆息を吐くと、吸い始めた。

「私の過去なんて少佐は知る必要などないでのですよ。少佐は、貴方の指揮下の艦娘の事だけを背負えばよいのです」

 一匹狼な明石中佐らしい発言である。しかし中佐は女性であり、しかも私と同じくらいでまだ若い。だから私には何となく彼女が虚勢を張っているようにもみえた。

「あ、ああ……」

「まぁ、そんな訳で私はアカトゥルフを引き取ることにしたのです。司令官も猫好きだったので、快諾してくれましたよ……」

「前任司令官も猫好きだったのか」

「ええ。引き取ってから、司令官はよくアカトゥルフと遊んでましたよ。かなり懐いてたと思います。泊地の子たちからも好かれ、アカトゥルフも病気もせず元気にここまで成長してくれました。健康でいられるのは眼球型AIコンピュータに健康状態を調べるプログラムやら、さっきの猫が食べてはいけない物をAIが分別してくれるプログラムやらが入ってるからでもありますが」

 アカトゥルフは幸せものだな、と私はアカトゥルフを眺める。

 アカトゥルフは顎を動かして「にゃあ」と鳴いた。早く二匹目を釣れということか、はいはい。

「……っと、すいません、アカトゥルフの事を長々と話してしまって……」

「いえいえ、こちらこそアカトゥルフの事を知れてよかった。んで、中佐が話したかったことってこの事なのかい?」

「ぜんぜん違いますよ。本当は、少佐とはちょっと話しながら酒を飲みかわす程度にして、本題を伝えて、帰ってもらうつもりでした。ついついアカトゥルフの話で盛り上がってしまいました……」
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:30:31.95 ID:yoGsi3kr0
 中佐は白波の少し立つ宇和の海を眺めながらそう言うと、吸っていた煙草を口から離した。その表情はすこし、不安そうにも見えた。

「中佐、本題というのは……」

「本題というほどのものじゃあないですよ。ただ、今夜は時化るかもしれないから、少佐は早く帰って中にいた方がいいと伝えたかっただけです」

「時化るって……? 海は時化ない予報だが」

「そう言う意味じゃありませんよ」

 明石中佐はそう言って、煙草の吸殻を携帯吸い殻入れに仕舞う。

「……つまり、どういうことなのか?」

「単に少し嫌な予感がするという事です。もう二十時四十分です。はやく帰られた方がいいですよ。まぁ、私の勘ですがね」

 そう言うと、中佐は夕食が入ったタッパーの蓋を閉じて、紙袋に戻し、片づけをはじめる。嫌な予感、なにが嫌な予感なのだ?

「――嫌な予感って……?」

 私もリールを巻きながら釣り道具を片付ける。明石中佐は何らかの根拠があって言っていることは間違いない。

「いや、少佐も分かってると思いますが、北上は昇進したら五月雨の部屋で一緒に泊まる約束を五月雨にしてたじゃないですか。でも五月雨は明らかに乗る気じゃありません。だから、喧嘩になるかもという事です。私の気のせいかもですが」

 なるほど、そのことか……。

「たしかに、私もそれは気になってた。五月雨は、私はもちろん北上にもまだ自分の部屋にいれたことがない。今日も夕飯のときに五月雨は自分の部屋を見られるのが恥ずかしい恥ずかしいとか言ってたし……」

「うーん、なぜ恥ずかしいのかは私も知りませんが、そうなるとやはり嫌な予感がしますね」

「私が北上に諦めるよう言った方がいいのかな?」

「それは良くないと思いますよ。二人の約束にはなっているみたいですし、北上のフラストレーションが溜まるのもよくないと思います。まぁ、軍である以上、共同生活は当たり前ですし、この泊地はシングルルームじゃないので、艦娘が増えればいずれ五月雨の所も共同部屋になります。ですからここは二人をそのままにした方がいいですね。まぁ、喧嘩が加熱し過ぎているようでしたら止めに入ればよいと思います」

「中佐の言う通りだな。ありがとう。お礼に残りのワインは貰っていいよ」

 私は桟橋から釣り道具を片手に立ち上がる。

「じゃあ、貰っときます。タッパーとかグラスは私が洗っておきますんで、少佐はこのまま帰って大丈夫ですよ」

「ああ、よろしくたのむ。明石中佐、今日は朝からありがとう」

 私は中佐に礼を言って、背を向ける。さあ、司令部に帰ろう。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:31:12.78 ID:yoGsi3kr0
「――少佐、これからが少佐の手腕が試されるときです。色々あると思いますが、頑張ってください。私も応援してますから……」

 明石中佐は私の背中をそっと押すように言う。私は振り返らずその場で小さく頷くと、その場をあとにしたのであった。
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:33:04.93 ID:yoGsi3kr0

 司令室に帰ると時刻は既に二十一時五分前となっていた。

 三階に昇るとき、二階の奥の部屋を見たが、五月雨や妹はいなかった。

 何事もなく、もう部屋に入ったのだろうか。それとも、まだなのだろうか。

 帰って早速、私は柱島人事部の海城に今日の事を打電することにした。

 内容は勿論、轟沈した五月雨少佐の妹と思われる土佐沖ノ島泊地の涼風少尉が、うちの五月雨を五月雨少佐と誤認して呼び止めようとしたことだ。

 報告を終えて、少しすると電話がかかってきた。海城からであった。

 海城は詳しく今日の事を聞かせて欲しいと言ってきたので、誤認された経緯を彼に伝えた。

「なるほど状況を理解しました。はい。伝えるのが遅くなりましたが、土佐沖ノ島泊地の涼風少尉は、まさに轟沈した五月雨少佐の実の妹です。やはり、まだ彼女は姉が轟沈したことを受け入れられないのでしょう……」

「はい。あの時を振り返ると、彼女の無邪気な言動に心が締め付けられます……」

「そして、辛い事をフラッシュバックさせないためにも五月雨中尉がそれを瞬時に察知し、彼女と距離を置こうとしたのは正しい判断ですし、凄いと思いました。ただ――」

 海城はそこで一旦言葉を切った。何か引っかかることでもあるのだろうか。

「……代償捕獲病というのは聞いたことがないですし、よく判断できたなと思います」

「聞いたことがない?」

「ええ。ただ、代償捕獲病ではないですが、涼風少尉は事件後にPTSDになったので、艦娘の間ではこれをそう言っているのかもしれません。実際に親しい艦娘を亡くすと防衛機制の代償行動として、似たような艦娘に接近して気を紛らわすというのは良く聞きますし」

「なるほど。あと、五月雨いわくその涼風は目が病んでいるから判断できたと言ってました。私にはそうは見えなかったですが、艦娘の中ではそう言うのが分かるのかもしれません」

「目が病んでいる……ですか。目は口ほどに物を言うといいますが、そうなのかもしれません。と、お休み前に少し長く喋ってしまいましたね。五神島司令、今日も報告ありがとうございました。引き続き、気になる事があれば連絡ください。因みに指輪を発見したあとに、泊地内から何か出てきたりしませんでしたか?」

「いえ、特に何も出てきてないですよ。まぁ、また何かあれば連絡します」

 そう言い、私は受話器を置いた。時刻は二十一時三十三分であった。

 二十分ほど話していたが、その間は特に何もなかった。

 もう、こんな時間だ。おそらく今頃は妹も五月雨も仲良く部屋に入って談笑しているところだろう。

 私も今日は疲れたしもう寝ることにするか。

 私は座った状態で、手を両手に挙げて伸びをすると、大きく欠伸した。
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:33:55.41 ID:yoGsi3kr0
――と、その時だった。

 机の上の簡易無線機がモールス信号を受信した。

 これは…………救難信号ではないか!

 私は慌ててペンを取ると、メモ帳に和文化した救難信号を走り書きした。

「SOS SOS ヒブリジマ ホクトウオキ 2カイリ コショウシンスイダ……」
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:34:41.07 ID:yoGsi3kr0
 しかし、救難信号を受信している途中に、階下から悲鳴にもとれる五月雨の怒鳴り声が私の耳を突き刺した。

「だめええええええっっ!!! ぜったい、だめええええええっ!!!」

 このタイミングで、明石中佐の懸念が的中してしまった……。最悪なタイミングだ。

 一瞬、下の騒ぎを放っておくことも考えたが、五月雨から発せられたその怒鳴り声は、昨晩聞いたもの以上に深刻なものであった。

 あんな五月雨の怒声は聞いたことがない。

 私の体は反射的に、立ち上がっていた

 救難信号の無機質な短信音も悲鳴をあげる。

 しかし、今の私には頭に入ってこなかった。

「…………ッ!」

 日振島北東沖なら日振島泊地や戸島泊地の方が早く救助に駆けつけられる。それに、いまの状態では救助どころではないだろう。

 そう自分に言い聞かせて、この救難信号を無視。

 直後、私は司令室を飛び出し、階下へと転がるように駆けていった。

 二階へと到着すると、五月雨が自分の部屋の扉の前で紅潮して突っ立っていた。妹はその前に尻を着いてしゃがみこんでいる。

 と、五月雨と目線があった。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:35:32.45 ID:yoGsi3kr0
「司令、来たんですね。北上さんを止めてください」

「……北上との約束なんだろ?」

「……」

「そだよ。五月雨ちゃんと約束してたのに、私が来たら入らせてくれないの。入ろうとしたら、めっちゃどなってきて、しかも突き倒された」

 妹は不機嫌そうに言うと、立ち上がり浴衣の埃を払う。

「だって、あんな約束、北上さんが一方的にしてきただけじゃないっ!!」

「そんなことないし。私は五月雨ちゃんがオーケーしてくれたの覚えてるもん」

 喧嘩は平行線をたどる。

「五月雨、どうして北上をいれたくない?」

 私が横から五月雨に尋ねる。その質問に五月雨は膨れた顔で私を睨み返す。

「だめなのはだめだからです!!」

「何がだめなのかい?」

「…………」

 沈黙する五月雨に私は近づき、正面に立つ。

「……五月雨、僕たちはさ、一緒に生活する家族なんだよ。僕だって北上だって五月雨には自分の部屋みせているし、夕飯の時に言ったように隠し事はしてない。だからさ、五月雨も恥ずかしがらなくていいんだよ。それに北上はすごく楽しみにしていたんだ。約束というのもあるけど、五月雨にはそれを理解してほしい」

 私は五月雨に視線を据えてそう言葉を紡いだ。

 目の前の彼女は、口を固く閉ざしてそれを聞いていたが、やがて、嘆くようにため息を吐いた。
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:36:24.25 ID:yoGsi3kr0
「やっぱり、司令は私の味方じゃないんですね。大好きな妹さんの味方なんですね」

「そんなことない、五月雨の事も味方だ! 味方だから…………っ!」

 私は必死の言葉でそう伝える。しかし、五月雨の焦点は後ろの妹にあっていた。

「……ッ! 五月雨ちゃん、なんで知っているの!?」

 後ろを振り返ると、妹は驚愕な表情をしていた。そうだった。関係がばれている事を妹はまだ知らなかった。

「北上、五月雨には私らの関係はばれている……」

 私の言葉に妹は「そっか」と一言納得した返事をした。

「――私たちは確かにこの泊地では家族みたいな存在です。司令も北上さんもここでは大事な家族と思っています。でも、やっぱり公私の分別をつけることは大切です。そして、それの境界線を私はこの部屋に引くべきだと思います」

 五月雨は開き直ったような口調で、私と妹に対してそう意思を示した。

 ただ、彼女の言葉には矛盾があった。五月雨は北上の部屋によく泊まっているし、つい昨日も一緒に私の部屋で仲良く寝たばかりであるからだ。

「五月雨、嘘を吐かないでくれ。五月雨はそんなこと考えない!」

「…………」

 図星だったようだ。思わず私はため息を吐いてしまう。それを見た五月雨は申し訳ないような面立ちをして頭を下げる。
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:37:11.42 ID:yoGsi3kr0
「ごめんなさい。でも、私はこれだけは譲れません。これからも司令と北上さんと仲良くしたいから……。北上さんと司令にはこのことを分かってほしいです」

 私はそう言われ何と返せばよいか戸惑った。

 理由は分からないが五月雨もまた、明石中佐と同じように自分に心のバリアを二重三重に張っている。

 本当はもっと水入らずで、そういうとこを相談しながらお互いの関係を深めていければいいのだが、そう簡単ではない。

 おそらくこれ以上言っても彼女は通さないだろう。
 
「分かった。こっちこそ、詰め寄ってごめん。……北上、そういうことだから、戻るよ」

 心のつっかえが取れないとてももどかしい気分であるが、私は五月雨に背を向ける。

 妹はまだ、五月雨の方を向いたまま突っ立っていたので、私はそっと肩を叩く。妹は我に返る訳でもなく、突っ立ったままだったので、先に戻ることにした。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:38:05.25 ID:yoGsi3kr0
「――――豊後水道沖夜戦事件」

 妹から発せられたその言葉に私は反射的に立ち止まる。な、なぜ妹がそのワードを!?

「五月雨ちゃん、その事件の生き残りなんだってね」

 続けて妹はそう口にする。私は心臓の高鳴りを抑えながら、静かに彼女の方へと身体を向けた。まさか……ね。

「えっと、北上さん、豊後水道沖夜戦事件って何のことかなぁ?」

 五月雨は知らないのか、事件について訊き返す。

「私、聞いたよ。五月雨ちゃんも分かってるだろうけど、今日ね、私、五月雨ちゃんの妹に会ったんだよ」

 土佐沖ノ島泊地の涼風のことだ。なるほど、あの時、やはり涼風は姉のことを妹に色々尋ねていたのだろう。

「うん、私もその涼風には遭って、追いかけられたよ。でも、その子、他の五月雨と勘違いしているの。だから私はその五月雨じゃないんですよ」

 五月雨は落ち着いた表情で、そう返す。

「じゃあ質問変えるけど、なんで五月雨ちゃんは五日くらい前に吹雪ちゃんの指輪を見つけたときに、指輪を借りたの? あと、吹雪ちゃんのネックレス持って行ったのって五月雨ちゃんでしょ?」

 妹の言葉に五月雨の表情が硬くなる。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:39:36.07 ID:yoGsi3kr0
「あの〜、北上さん、吹雪さんの指輪を借りたことと涼風に何の関係があるのかな?? あと、私のことを犯人にするのやめてください! 私はネックレスの事は知りませんから」

「……知らないフリをしないで! 私は五月雨ちゃんの事ぜんぶ聞いているの。五月雨ちゃんが部屋に入れてくれないことも何となく分かってるんだよ!」

 語気を強めて問い詰める妹に、五月雨は黙る。

 そして妹は浴衣の裾からスマホを取り出した。

「私ね、今日、涼風ちゃんと対戦したあとに、ラインのID教えてもらったの」

 そう言って、ラインのアイコンを妹はタップする。

「あれってそうだったのか……。つまり、試合中に涼風に話しかけられてたのって本当は何だったんだ?」

 私も気になることだらけで、妹に口をはさむ。

「それはね、ホントの事言うと、涼風ちゃんが、『君のとこの五月雨は一回死んでいる』って言われたんだよー」

「……私を死んでいるなんて、失礼なひと。そんな人の言うこと信じているの??」

 五月雨は顔をしかめながら妹に口を尖らす。

「もちろん、私だって最初は何言ってるんだろーこの子って思ったよ。だけど、とても伝えたいって意思を感じたのさ。んで、試合中には涼風ちゃんから、五月雨ちゃんの事について三つ聞いたよ。

 一つに、五月雨ちゃんが涼風ちゃんの姉であること。二つに、五月雨ちゃんは二カ月半前の事件で轟沈していること。三つに、五月雨ちゃんの階級は轟沈後の昇進を含むと中佐になっていること。以上をね」

 妹は三本指を立てて振りながら、そう言った。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/21(木) 13:40:27.52 ID:yoGsi3kr0
「二カ月半前は八島にいるし、さっきから言ってますけど、私の妹は平群島泊地の所属なんですよ!! 変なこと吹聴されたんですよ。北上さんはっ!」

 五月雨は紅潮して妹に反論する。妹はそれを聞いて小さくため息を吐いた。

「もう、妹の涼風ちゃんが今のを聞いたら悲しむよ? 私だって衝撃的だから、試合中は半信半疑でいたよ。で、試合後に涼風ちゃんの方から、さっきのこと色々教えたいなってラインのID教えてくれたの」

「…………」

 五月雨の方は妹の言葉に返すこともなく、黙ったままであった。

「まー、はやいとこ、私が涼風ちゃんの話を信じた理由を教えてあげる」

 そう言って、妹は、スマホをポチポチする。そして、五月雨にスマホの画面を見せた。

「…………ッ!!」

「――涼風ちゃん、今年の春に、ここ来たって言ってたよ。これはその時の写真なんだってね。これって、涼風ちゃんと五月雨ちゃん、そしてここに前までいた吹雪ちゃんと秋月ちゃんだよね?」

「…………」

 五月雨は黙ったまま、妹が見せるスマホの画面を凝視した。
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/23(月) 10:18:12.31 ID:0rR/t9eDO
続きはよ
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