【艦これ】「泊地を継ぐもの」

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65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/08(火) 23:02:24.42 ID:9JaFrlOPo
気をつけてないぞ
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:02:32.92 ID:xy6mxyet0
 妹が読み上げると、私は思わずため息を吐いてしまった。
「十月というと、九ヶ月前のことだねぇ。あー私は受験勉強してたわ……」
「そうだな。ということは、これは間違いなく前任司令官時代のものとなるね。
 ふむふむ、なるほど前任司令官は初期艦の吹雪とケッコンした訳か……」
「お兄ちゃんは、五月雨ちゃんとケッコンするの??」
「何言ってるのかな、私は年下には興味ないから……」
「つまり熟女好きってこと? ふーん?」
「おいっ、違うから!」
「はい、しー。下に五月雨ちゃんいるんでしょ? さわいじゃだめだよー」
 そういわれ、私は怒り顔で黙る。同年代が恋愛対象なのに……。
「あれ? まだ箱の下になんか写真っぽいのが……」
 妹が小箱をひっくり返すとひらひらと一枚のプリクラサイズの小さな写真がベッドの上に落ちた。
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:04:19.90 ID:xy6mxyet0
「おぉっ? これは、吹雪ちゃんと司令のツーショットじゃん??」
 私も妹が持っている写真を覗く。
「本当だ……って、すごく美形でイケメンな司令官じゃないか!!」
 クールで端正な顔立ち、女にも見えなくない白い肌、凛とした風格に、私は「なるほど」を思わず連発してしまった。
「何が『なるほど』なんよ?」
「いや、どおりでここの寝室に初めて入ったときにいい香りがしたり、司令官用の風呂に一髪のシャンプーにコンディショナーとか専科の洗顔フォームがあったりした訳だ。
 こりゃ、こんなにイケメンだったら美容にも気を使うだろうなぁ」
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:05:14.55 ID:xy6mxyet0
 いやはや、しかしこの前任のイケメン司令には是非とも会ってみたいと思った。
 写真を見るだけで一会の価値のある男であることが感じられた。
 引継ぎの際に会えればよかったのだが、突然の異動か、外せない重要任務でもあったのだろう。
 明石中佐が何も話さなかったことを見ると、大本営からの重要秘密任務といったところか。
 まぁ、時間が空いたときでも、上官に取り合って頼めば会う事は可能そうにみえる。
「……よく見てみると写真の吹雪ちゃんってかわいいよね〜。改二にもなると、田舎いも娘からかわいい田舎娘になるんだねー」
 妹よ、お前は何様か。
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:06:04.39 ID:xy6mxyet0
「とりあえず、明日は柱島泊地人事部にこの事を打電しよう。このケッコン指輪を早く持ち主のとこに返してあげなければ」
「だね。でも、こんな大切なものを忘れるなんて、ちょっと変かも」
「いや、急用とか重用任務があってすぐさま異動だったのかもしれないよ。因みに他のたんすや引き出しはお前が来たときは空だった?」
「うん、空っぽ」
「じゃあそう言う事さ。引き出しの鍵がベッドから落ちてきたという事はその時は見つけられなかったって訳。
 まぁ、あとで新しく入ってくる艦娘が鍵見つけたらそれでいいんだし」
「そだね、私らGJじゃん!」
「だな!」
 私はそう言って思わず妹の頭をぽんと撫でた。
 こうやって妹と盛り上がるのは久しぶりなような気がした――。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:07:21.82 ID:xy6mxyet0

 翌朝、テーブルを囲んで妹と五月雨と一緒にシリアルとシーザーサラダを食べていると、妹が五月雨に昨夜の話をしはじめた。
……ってお前から切り出したら私らの関係を怪しまれるだろ……。
「そういえばさ、私、昨夜に部屋ですっごいの見つけちゃったの」
「そうなの? それって??」
 五月雨が瞬時に話に食いつく。
「おぉ〜。五月雨ちゃん食いつきがいいねぇ」
「えへへ、なんかすごいのって聞くと興奮しちゃうから……」
「そうなんだ〜。でで、なんだと思う??」
「……うーん、思いつかないよ。私の改二の改装設計図だったらいいなぁ……」
 そんな事を五月雨は口にする。
 そう、五月雨は改の艤装までは開発されているが、改二の艤装は未だ開発されていないのである。
 これは、大本営が彼女の艤装開発者に開発依頼をしていないからだ。
 しかも、現状として五月雨の艤装開発者は他の艤装開発者と比べると最も大本営とのコンタクトが少ないと言われている。
 まさに、五月雨改二の開発の可能性は0に近いのである……。
「ごめんね、それじゃあないんだよ。でも、きっと驚くと思うよ〜。
……見つけたものは、なんとなんと前にいた司令官と吹雪ちゃんのケッコン指輪!」
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:08:12.90 ID:xy6mxyet0
 その言葉と、同時に北上から出されたケッコン指輪の小箱を見て、五月雨は口に手をあて驚いた表情をした。
 そして、驚きからか少々固まっている。
「どしたの? 五月雨ちゃん、すごい驚いてるけど。やっぱりすごい発見だよね〜。こんなのそうそうある事じゃないし」
「あ、うん、これはすごい驚いちゃうよ……ぜんぜん予想できなかった……」
「そりゃそうだよ〜。私は昨日のうちに司令にも報告しておいたけど、すごく驚いてた」
 私は「あ、ああ」と返す。
 それから、妹は指輪を見つけた経緯やら手紙のことや写真のことを話し、実際にそれを五月雨に見せていた。
 五月雨もその話を半ば興奮した様子で聞いていた。
「〜まぁ、とりあえず、この事はうちの司令を通じて、柱島に伝えることになったから、指輪とかは、前にここにいた吹雪ちゃんに返すんだけどね〜」
「ああ、持主の子も心残りだと思ってるだろうから、早く返してあげなければ……」
「そうですね、そうした方がいいと思います。ですが、もしできることならその指輪を少し貸してくれませんか?」
「ああ、少しくらいならいいが……。でもなぜ?」
 五月雨がそんなことをお願いしてきたので、私は訊き返した。他人のケッコン指輪なんか借りてどうするのだろう。
「わっ、私にもじっくり見せて欲しいんです……。私だって女ですから、ケッコン指輪の事もちゃんと知っておきたいんです……」
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:08:53.46 ID:xy6mxyet0
 五月雨は頬を赤めてそう言った。
 恥ずかしそうにする態度に私は思わず「かわいい」と小さく呟いてしまった。
 よく分からない理由ではあるが、まぁ、少しくらいは貸してあげてもよいだろう。
「そ、そうか。午後には柱島に連絡するから、昼食頃には返してほしい」
 私はそう言って、五月雨に指輪や手紙が入った小箱を渡したのであった。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:09:48.02 ID:xy6mxyet0

 その日の午前中は、五月雨は欠番であり、妹は北上として隣島の竹ヶ島泊地の軽巡の子と一対一の演習をしていた。
 私は桟橋に行って、双眼鏡を片手に演習を見守る。
 北東に二海里の地点で、妹の北上と軽巡名取が砲撃戦を展開していた。
 向こうの泊地の名取も新人なのか若干足取りがおぼつかない様子であった。
 妹の北上のほうは、余裕そうな足取りである。
 連日、演習や哨戒をおこなっているので、周りの新人と比較すると圧倒的に錬度が上がっているからだ。
 つまり、軍配は演習を始めた時点で北上に挙がっているようなものである。
 ただ、妹は得意の雷撃を撃って演習を終了させる事はせず、徐々に名取の動きを見極め、彼女に接近していった。
 評価が高くなるゼロ距離勝利にしたいのであろう。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:10:42.12 ID:xy6mxyet0
 と、私の後ろで聞き覚えのあるハスケィボイス。
「吹雪の指輪、見つけたそうですね」
 明石中佐であった。
「ああ、昨日の夜、北上が見つけてくれた」
「そうですかい。まさか、まだ部屋にあるとは……」
「あれ、明石中佐は吹雪中佐が指輪を置き忘れたことを知らないのか?」
「はははっ、一泊地の司令があの吹雪を吹雪中佐なんて呼ぶのははじめて聞きましたよ。
 ええ、てっきりあんなものは持って行ったと思ってました……」
 そう言って、明石中佐は煙草を過熱式煙草に刺して、これを吸い始めた。
「あんなもの?」
「あ、いえ、何でもありません。ただ、私がそういうことに興味ないだけです」
 確かに明石中佐は恋やらケッコンやらには興味がなさそうだ。
 そもそも人間関係に興味がないようにも思える。
 これまでご飯を一緒にしたことがないし……。
 彼女はまさしく典型的な一匹狼であった。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:11:48.34 ID:xy6mxyet0
「中佐は、どこかのアニメ映画の女性整備士に似ている……」
 私は前を向きながら、そうぽつりと口にした。
「……女の整備士は初めてかい?」
「……いえ、前にもどこかで」
 お互いに微笑。
 このネタで分かり合える相手が身近にいて驚いた。そして同時になんか嬉しかった。続いて私がこの映画の一台詞を口にする。
「……前任者のことなんですが……」
「……それなら、うちのボスに聞いてみな」
 明石中佐はそう返すと、煙草を再び口にくわえたのであった。
 と、ちょうど、演習が終わり、無線機で妹が真面目な口調でゼロ距離勝利を知らせた。
 私も双眼鏡を覗き、妹の勝利を確認する。
 妹が構える演習用14センチ単装砲の銃口が名取の頭を捉えている。
――まさにチェックメイトである。
 こうしてみると相手の名取がかわいそうにみえるが、演習だからと言って力を抜く訳にはいかないのである。
 彼女らが生き残るためには過酷で手加減なき演習が必要なのだから――。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:12:31.18 ID:xy6mxyet0

 妹と名取の演習が終わり、私は一足先に司令部庁舎に戻っていた。
 ちょうど、二階に上がったとき、奥の自室へと向かっていた五月雨が見えた。
 五月雨は私に気付いてあわてて振り返ると、つまずき、転んだ。
 ドジすぎないか。でもそんなとこでドジをするのが五月雨なのである。
「お、おい、大丈夫かよ」
「えへへ……私は大丈夫です。でも、心配かけてごめんなさいっ」
 こんなドジな子が海の上に立つと、途端に歴戦のつわものの如く戦うのだから驚きである。
 私は五月雨に手を差し出すと、起き上がるのを手伝った。
「司令官、ありがとうございます!」
 と、五月雨のスカートの右太もも付近に血が付いているのが見えた。
 しかも、初めて会ったあの時よりも多く付いていた。あたりどころが悪かったのだろうか。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:13:13.14 ID:xy6mxyet0
「五月雨、大丈夫か。何かすごいすりむいたみたいだけど……」
「あ、いえ、大丈夫です! こんなの入渠すればほほいのほいですから!」
 そういうと、五月雨はいそいそと、階段を降りて入渠施設へと走っていった。
「あ、五月雨ちゃんただいま〜。あれ、スカートに血ついてるけど大丈夫??」
「う、うん、大丈夫! 今から入渠してしてくるから!」
 丁度、妹が帰ってきて、五月雨に声をかけるのが聞こえた。
 そして、妹はこちらに上がって来た。
「あれ、おに、司令官じゃん。ただいまー。五月雨ちゃんどうしたの?」
「振り返ったら転んだ。ホントに心配になるよ」
「そう? 私、ここに入ってきたとき、五月雨ちゃんが階段から降りてくるのみたけど、太ももに傷があったようには思えなかったけど……」
「え? どういうこと?」
「そのままの意味だよ。五月雨ちゃんは怪我してないようにみえるってこと。まぁ、私の勘違いかもしれないけど……」
「そ、そうか……」
「うん。あ、私が着替えたら、吹雪ちゃんの忘れたものを司令室に届けにいくねー」
「了解、よろしく」
 そして三階に上がり、妹は自室へと帰っていった。私も司令室へと戻る。
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:14:12.77 ID:xy6mxyet0

 それから十五分くらいして、司令室をノックする音が。
「どうぞ」
「五月雨です! しつれいしますね」
 そう言って五月雨が部屋に入ってくる。
「大丈夫か」
「はいっ、大丈夫です、この通りです!」
 五月雨は少しスカートを巻くし上げて、右のふとももをちらりと見せる。
 純白で艶があり、もっちりした太ももが……。
 ああ、いい太もも……。
 いい太もも!
「そ、そうか、それは良かったよ。
――でも北上が、五月雨は怪我してないように見えるって言ってたよ」
 私の発言に、五月雨は一瞬だけだが不機嫌なような顔をした。しかし、すぐに彼女は顔を緩めた。
「それは、何かの見間違いですよ〜。それに私の怪我、そんなに傷口大きくなかったですから〜」
「そうか、はは、そうだよなぁ」
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:14:41.15 ID:xy6mxyet0
 と、「北上入るよ〜」の声とともに、こんどは妹が司令室に入ってきた。
「あ、五月雨ちゃんも来てたんだ〜。司令官、机の引き出しに入ってた吹雪ちゃんのもの持ってきたよ〜」
 そう言って、妹は紙袋を私の執務机の上に置く。
「そういえば、私も吹雪さんのケッコン指輪返しにきました! 司令官、ありがとうございます!」
 北上に続き、五月雨もスカートのポケットからケッコン指輪の小箱を私に差し出した。
「いちおう、中のも確認してください。私、ドジって入れ忘れてるかもですし……」
 五月雨がそういうので、私は小箱を開ける。指輪と手紙と写真が入っているのを確認。
「ああ、ちゃんと入ってるよ。ありがとう」
 そして、私は指輪の小箱を紙袋の中に入れた。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:15:35.03 ID:xy6mxyet0
「あ、そういえば、司令官。吹雪ちゃんのネックレスって、もしかしてもう持って行った?」
 北上がふいとそんな事を尋ねた。
「ネックレス? そんなもの持って行ってないよ。だいいち、部屋に鍵かかってるから私は入れないだろ」
「そうだよね〜。今朝みたときは確かにあったはずなんだけど〜。五月雨ちゃんは知らない?」
「北上さんからネックレスの話は聞いたけど、私は知らないよ。どんなものかもまだ見てないし、部屋に入る鍵もないもの」
「だよね〜。うーん……」
「ちゃんと、ひきだしの奥まで確認したのか?」
「そりゃあ、もちろんだよ。でも、見当たらないの。部屋の鍵かけてたのになんでだろう」
「うーん、部屋に入れるとしたら前任司令官の時代からいた明石中佐だが、彼女はそんなの興味ないし……」
「でも、ちゃんと確認した方がいいと思います!」
 五月雨がそういうので、内線で明石に繋ぐ。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:16:54.88 ID:xy6mxyet0
「あ、明石中佐? もしかして、北上の部屋からネックレスを持っていったりした?」
「持って行ってないですよ。そもそもそういうの興味ありませんし。でもなぜ?」
「いや、指輪の件で、ほかにも防身銃と腕時計とネックレスが今朝まではあったんだが、ネックレスがさっき見たときは無くなってたから……」
「そうですか。まあ、私は前任司令官時代からいたから少佐は疑ってるのでしょうが、私は本当に知りませんよ。
 それに、さっきまで一緒に北上さんの演習を一緒に見ていたじゃないですか」
「あ、そうだったな……疑って悪かった……」
 そう言って、私は受話器を下す。
「まぁ、気がかりではあるが、仕方が無い。これ以上みんなを疑っても仕方ないからな。
 もしかしたら違う場所から出てくるかもしれない。
 取り敢えず、指輪と護身銃と腕時計を先に持主のところに返すことにするよ」
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:17:33.52 ID:xy6mxyet0
 私はそれから二人を退出させ、柱島に指輪の件について電報を打電した。
 すると直ぐに返電があった。
『そういう報告を待っていた。
 ついては本日十三時より、本泊地人事部と貴泊地司令官との電話会談を求む。
 猶、会談内容は秘匿事項もあるので外部に漏れない様注意せよ』
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:18:41.20 ID:xy6mxyet0

 十三時、私は二人に泊地近海の対潜哨戒任務を命ずると、司令室の内鍵を閉めて、柱島泊地の人事部に電話を入れた。
 向こうは直ぐに出た。
「はい、こちら、柱島泊地人事部の海城工(かいじょう たくみ)と申します。五神島泊地司令少佐でよろしいでしょうか」
 若い男性の声が受話器越しに聞こえる。なかなかのイケボイスだ。
「はい、私が五神島泊地の司令です。この度は、吹雪中佐の忘れ物の件につきまして連絡差し上げました」
「分かっております。あ、あと、私の階級は大尉なので、そんなに硬い言葉でなくても大丈夫です」
「そうなのですか。それではお言葉に甘えて。
 さて、先の電報の通り、吹雪中佐の元自室からケッコン指輪と護身銃と腕時計が昨夜見つかりました。
 そこで、当たり前の事ながらこれを持主のもとに返したい。どうすれば良いでしょうか」
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:19:28.53 ID:xy6mxyet0
 私の質問に対し、海城は少しの間、沈黙した。
「……えっと、失礼しました。
 取り敢えず、それらはこちらで預かりますので、明日にでも宇和島基地から輸送艦を送り、回収することにします。
 ですが、正直なところを申しますと、吹雪大佐のもとへ返すことはできません」
「な、それはなぜ? あと、吹雪大佐ということは、昇進されたのですか?」
 またも沈黙。
 電話のノイズが長くじりじりと聞こえる。
 いったい、何を躊躇っているのだろうか。
 私は、もう一度、同じ質問を繰り返そうとする。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:20:41.54 ID:xy6mxyet0
 その時だった。
「はい、吹雪大佐は昇進されました。――――轟沈後に」
「え?」
 私は海城の回答に反射するように、ため息のような疑問符を吐いた。
「轟沈されたのです。吹雪大佐は」
「それは、どういう経緯で?」
「それを今回伝えたく、このように電話会談しているわけです。
 本当は貴殿にはこの事は伝えるつもりはありませんでした。
 しかし、指輪を発見されたと言うことで、貴殿には過去に五神島泊地で起きた事を知って頂き、『その事』について協力して欲しいことがあるのです。
 もちろん、これは司令官の職務の域を超えていますので強制はできません。
 そして、そもそも貴殿がその事実を負える覚悟がないのであれば、私どもは伝えるつもりもありません」
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:22:13.38 ID:xy6mxyet0
「なるほど。やはり、この司令部はいわく付きだった訳ですか。
 そして、北上が着任した日の電報に、『司令官は、毎日一度は本人事部に泊池の状況を報告・打電すること』と言ったような命令をしたのは、貴職が『その事』について調査しているからなんですね」
「ええ、その通りです。これについては今後も、続けて頂きたいと思います」
「分かりました。それならば、私も『その事』について知りたい。覚悟はできています。そして、出来る限り協力したい所存です」
「それは助かります。では、貴殿が着任する二ヶ月前の五月十日に起きた『豊後水道沖夜戦事件』について話していきます」
「豊後水道沖夜戦事件?」
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:22:54.91 ID:xy6mxyet0
「はい。事件を簡単に説明すると、当時の五神島司令が作戦遂行中に失踪し、本泊地に所属していた七隻の艦娘のうち六隻が豊後水道沖で轟沈した事件です」
 驚愕。
 私がここに着任する前にそんな悲惨な事件が起きていたのか。
 そして、その七隻のうち生き残った一隻というのが、非戦闘艦である明石中佐と言う事は言われなくても分かった。
 中佐はそんな辛い過去を背負っていたのか……。
 これまで中佐にその過去をえぐるような事を度々訊いてきた事に、私は後悔の念が込み上げてきた。
 今すぐ謝りたいと言う気持ちに駆られた。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:23:40.06 ID:xy6mxyet0
「……五神島司令、もしもし? 聞こえてますか?」
「あ、ああ、すいません。で、続けてください」
「はい、この事件については、不可解な点が多いのですが、とりあえず、事件事故調査委員会の報告をもとに事件を説明していきます」
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:25:12.74 ID:xy6mxyet0
 受話器越しに海城が紙を捲る音が聞こえ、彼は説明を始めた。
「まず、当時の戦力ですが、五神島には六隻の戦闘艦と一隻の非戦闘艦が在籍していました。
 非戦闘艦の一隻は明石中佐で、お分かりの通り唯一の生き残りです。
 そして戦闘艦の六隻は、当時の階級でそれぞれ吹雪中佐、秋月少佐、五月雨少佐、大井中佐、摩耶少佐、瑞鶴大佐です」
「一世代前の司令部にも駆逐艦五月雨がいた訳ですか」
「そうです。ただ、世間一般に言われるドジな五月雨とは違い、彼女は凛としており優秀な艦娘だったと聞いております。
 昇進も早かった。着任して一年程で少佐ですから。普通は、二年以上はかかります」
「なるほど、となると、吹雪中佐もなかなか優秀だったんですね」
「そうですね。二年半で中佐も中々です。そもそも前司令の時の五神島は少数精鋭の泊地で有名でしたから」
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:26:07.90 ID:xy6mxyet0
「そんな泊地がなぜ……?」
「それをこれから説明します。調査委によると〜〜〜〜」
 それから海城は「豊後水道沖夜戦事件」の説明を長々延々とはじめた。
 彼の話の要点をまとめると次の通りである。……要点をまとめても長いので、そこは理解いただきたい。
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:28:49.57 ID:xy6mxyet0
 一、五月十日十七時半頃、『瑞鶴(改二)』を旗艦として『摩耶(改二)』と『秋月(改)』が豊後水道沖で哨戒活動中に、軽母ヌ級四隻とロ級三隻、敵の艦載機群を発見、これを迎撃。

 二、瑞鶴は烈風改と流星改を展開し、敵艦載機と敵空母と対峙。
 しかし、上がった敵機六十余は、通常ならば脳筋にも編隊に集中攻撃を仕掛けるが、今回は碁盤目状に大きく分散して飛行。
 撃墜するのは容易くなるが、秋月や摩耶の得意の対空砲による一斉掃討ができず非効率的な戦闘を強いられた。
 結果、戦闘が長引く。

 三、瑞鶴の艦載機は、軽空母をものの三十分で三隻撃沈、敵駆逐艦も全隻撃沈させる大戦果を挙げる。しかし、艦載機の撃墜数は伸びず。全隻無傷なことから三隻は別々に行動する事を決意し、分散。十八時十五分には最後の軽母ヌ級を撃沈。

 四、十八時二十一分、突如瑞鶴に魚雷が命中、小破。
 夕日が海面で反射し、雷跡の確認が難しくなった事が原因。
 瑞鶴は母港と周辺泊地に応援を要請、分散していた摩耶と秋月も瑞鶴の方へと集結。
 三隻は敵駆逐や軽巡を索敵するも、それらしき艦は見つけられず。よって、敵潜の攻撃と断定。

 五、五神島司令は十八時二十三分に『大井(改二)』と『五月雨(改)』を出動させ、その十五分後に『吹雪(改二)』が出動。
 吹雪出動の電報を最後に、司令官本人からの打電は途絶える。

 六、十八時三十六分、瑞鶴より「敵潜ヨ級二隻を撃沈。雷跡より最低残り四隻存在、早急に支援欲す」と電報。

 七、十八時四十五分、周辺泊地の支援部隊の第一軍が、瑞鶴の発した座標に到着。
 しかし、周辺海域には何も見当たらず。後続して他の泊地部隊が同地域に到着。

 八、十八時四十八分、瑞鶴より母港との無線が通じないと柱島泊地に電報。
 その十五分後、ヲ級一隻とツ級三隻を発見と柱島に電報。
 さらに十九時十三分には、敵の「弾着観測射撃」ならぬ「雷着観測雷撃」により摩耶が小破したと電報。

 九、十九時二十四分、部隊旗艦瑞鶴からの位置情報付きの最後の電報が柱島及び周辺泊地に入る。
「大井と五月雨が合流、更に支援を欲す」
 これ以降、瑞鶴部隊からの電報は途絶える。

 十、周辺泊地支援部隊によると二十時現在、支援部隊は五神島泊地の部隊とは合流できず。
 打電しても応答しない事から、支援できないとして一部を残し二十時十五分に解散。

 十一、二十時二十分、明石より「司令官が行方不明」と柱島に電報。

 十二、二十二時十七分、残りの周辺泊地支援部隊が待機していた場所より十一海里離れた豊後水道沖で大規模爆発を確認。
 支援部隊は爆発地点に向かう。

 十三、二十二時二十分、柱島と五神島(明石)は出撃した各六隻に対して安否確認の打電を行うものの返答なし。

 十四、二十二時三十八分、支援部隊が爆発のあった海域に到着。
 敵の残存艦載機とみられる数十機と交戦するが、敵機は直ぐに撤退。
 なお、海域には敵味方の残骸が多数浮翌遊しており、吹雪、五月雨、秋月、大井、瑞鶴の艤装や衣服の残骸を回収。敵ヲ級、ツ級の残骸も確認。

 十五、二十三時一分、明石より「未だに六隻の安否不明。搭載燃料からして六隻の作戦行動可能時間は過ぎた」と柱島に電報。

 十六、五月十一日、十二日、十三日になっても司令官行方不明、六隻の安否は不明。
 柱島泊地の捜索隊と海上保安庁にも捜索を協力してもらうものの発見できず。

 十七、五月十四日二十三時三十分、柱島泊地は六隻が行方不明になってから九十六時間経過したこともあり、六隻は轟沈、亡失したと判定。
 なお、本事項は「豊後水道沖夜戦事件」として重大機密事項となる。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:30:10.96 ID:xy6mxyet0
 要点説明の筈がかなり長くなったが、これが「豊後水道沖夜戦事件」なのである。
「……本当に悲惨な事件だ。しかし、話を聞く限り、ひょっこり誰かしら生きてそうな気はしますが。
 誰も轟沈を確認していない訳ですし」
「それは有り得ません。生存しているのに伝えない事は重大な軍規違反です。
 捜索活動だって税金で行われている訳ですし、そもそも生きている事を隠すメリットがありません」
「そうですよね。では、前任の司令官はなぜ失踪したのでしょうか?」
「そこです。調査委によると、この事件は前任の司令官が深海棲艦側の内通者であり、六隻は司令官と深海側の共同作戦によって全隻轟沈したと言う結論に至っています。
――つまり、前任者はこの事件を機に深海側に寝返り、司令部を離れたからと言うのが今の答えです」
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:31:45.76 ID:xy6mxyet0
「前任者が内通者……そんなことがあるのか……」
「調査委の調査した結果では、ですが。
 ただ確かに言える事は、事件日の深海棲艦側と前任司令官の動きは常軌を逸していました」
「……そうですね。人間側と深海側が結託しないと起こり得ない事が起きてますし……。
 普通の深海棲艦なら戦闘時間を延ばして潜水艦に有利な夜戦で潰そうなんて策は考えつかない筈。
 今ある戦力でゾンビの如く正面からかかってくるのが一般的ですから……」
「はい。軽空母部隊が囮であり、かつ潜水艦部隊の目の役割をしていた事も、この事件が初めての事例となりました」
「軽空母部隊が、潜水艦の目?」
「そうです、軽空母部隊が沢山の艦載機を目標の上空に打ち上げることで、潜水艦は浮上しなくても正確な雷撃を安全な深い場所から撃つ事ができるという戦法です」
「それが、雷着観測雷撃……」
「はい、こちらの弾着観測射撃から発想したのでしょうが、深海側は私らの戦術を真似る事はあっても自分達から新しい戦術を考えることは出来ません。
――つまり、これはこちら側の人間が発想し深海棲艦側に教えたと言うことです」
「そんな、ばかな……。つまり雷着観測雷撃を発案したのが前任司令官というのか……?」
「調査委の報告ではそうなっております。それを抜きにしても、瑞鶴の電報から間違いなくあの事件が雷着観測雷撃が行われた初めての事例です」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:32:51.51 ID:xy6mxyet0
「……とにかく、この事件が人間の内通者と深海棲艦の共同作戦であった事は十二分に理解した。
 しかし、一番分からないのは、前任司令官が深海棲艦側の内通者になったことだ。正直、信じられない」
――そうだ、司令官という艦娘を守り、国民の命を守る職務に就く者がそんな事をするなんて考えられない。
 それに深海側について何のメリットがあるのだ。
 あの容姿端麗な前任司令官が深海側の人間だったとして、そちら側についた納得できる理由を知りたい。
「――理由は、彼女がなり損ないの艦娘だったからですよ」
 彼女? なり損ないの艦娘?
「えっ、はい? ど、どういうことですか?」
「そのままの意味です。前任司令官は女性司令官であり、艦娘のなり損ないでした」
 女性司令官……言われてみれば、納得できる。
 寝室に入ったときの優しいかおり、風呂場のシャンプーに洗顔料、そして、吹雪とのツーショット……。
 そして、その女性司令官は艦娘のなり損ないだった?
「前任司令官が艦娘のなり損ないというのは、つまり、少しは艦娘であったということ?」
「まぁ、そうなりますね。艦娘訓練学校を卒業して一ヶ月だけ柳井泊地に所属していましたから。
 ただ、適合者ではあったそうですが、艤装を装備しても思うように動作しなかったらしいです」
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:33:59.06 ID:xy6mxyet0
「思うように動作しない?」
「はい。一般の人が艦娘の艤装を着けるとどうなるかは知ってますよね?」
「ええ。普通に沈んでいきます。自沈して前進することもできない」
「前任司令官もそれに近かったようです。
 もちろん適合者ではあるので、一応航行はできたようですが、少しでも気が緩むと自沈していったそうです。
 結局、彼女は演習で自沈して溺れかけたのを最後に部隊から解任され解体となりました。
 優秀でしたので、解体と同時に司令官候補生として抜擢されたのは救いだとは思いますが」
「……前任司令官にそんな過去があったとは……。因みに前任司令官の適合艦は何だったのですか?」
「当時、艤装が開発されて実装されたばかりの駆逐艦初月でした」
「通りで容姿端麗でイケメンな訳だ……。
 しかし、前任司令官が男装していたのはなぜ? 写真や手紙を見ましたが、女性とは気付かなかった……」
「そうとう自分自身にコンプレックスがあったのだと思います。
 実際、上官は彼女が男装し、自身の性別を艦娘に対し偽ることを許可していたそうです」
「よくそんな事が許されましたね」
「彼女は出来損ないの艦娘でしたが、天才な頭脳をもっておりましたから。加えて階級は三年で少佐から将補にまで昇進しましたし……」
「それは許される訳ですね」
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:35:09.36 ID:xy6mxyet0
「はい。しかし、あの事件以降は、司令官が自分の性別を偽ることは軍規によって正式に禁止されました。
 そんな訳で一部の司令部では変な騒ぎが起きたみたいですが……」
「そ、そうなんですか……。で、話を戻しますが、前任司令官は自分のコンプレックスが原因で深海側に回ったという事になりますかね?」
「まあ、そうなります。調査委の報告によると、前任司令官は事件前に自身が女である事や艦娘のなり損ないであった事が泊地内の艦娘にばれて、自身の自尊心を著しく傷つけられたことから、深海棲艦側と結託して事件を起こしたのではないかとあります」
「いやいや、自分のプライド傷つけられただけでそんな事しますか?」
「人の価値観って様々ですし、人って結局は感情で動く生き物ですから有り得るのではないでしょうか?
 少佐も自分のプライド傷つく事をされたら腹が立つでしょう?」
「ま、まあ、そうだけど……。因みにばれた理由はなんですか?」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:36:01.94 ID:xy6mxyet0
「それは分かりませんが、事件の一週間前に吹雪中佐から柱島に苦情があったのです。
『司令官の過去や性別を偽る事は卑怯です。何故これが許されるのですか? 軍規で司令官の性別や過去を偽る事を禁止してください』……と」
「……いかにも真面目な子が多いと言われる吹雪らしい訴えですね。
 ですが、これはちょっとキツイ。私も自分の過去は偽りたいですし……」
「え、ええ……。取り敢えずそんな経緯で、前任司令官はこの事件を首謀し、深海棲艦側に寝返ったということです」
「うーん、恐らくそうなのでしょうが、私は納得できません……」
「そう仰ると思いました。
 また、調査委の委員も納得はしていない筈です。
 事件後、調査委や私ら人事部は五神島泊地の立ち入り調査を二日間に渡って行いましたが、事件に関する手がかりは何一つ見つけられませんでしたから」
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:36:57.03 ID:xy6mxyet0
「つまり、泊地日誌、司令官の日記や日誌、艦娘日誌や日記が消えていたということかな?」
「おお、よく分かりましたね。仰るとおりです。事件の事を隠すかのごとく、明石中佐の工廠日誌と日記以外は全て無くなっていました。
 それ以外はなんともないのです。深海側に渡ったら不味い暗号表や戦術書、艦娘解体新書などの機密文書も全て残っておりました。
 ただ、この泊地で起きた出来事が分かる日誌や日記系だけが全て無くなっていたのです」
「どおりで、調査委の報告が曖昧模糊としておりすっきりしない訳か……」
「はい。明石中佐にも聞き込み調査を行いましたが、彼女は一匹狼で泊地内の人間とあまり関係を持たず、工廠に籠もって職務をされることが多かったので、事件に関する有力な手掛かりは一つも得られませんでした」
「そうですか。でも中佐も相当ショックだったとは思います」
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:38:10.72 ID:xy6mxyet0
「ええ、聞き込み調査でもかなり落ち込んでおられました……。
 結局のところ、所詮は小さな泊地で起きた事件の調査でしたから調査委の予算が底を尽きるのも早く、納得しないままで調査結果をまとめざるを得なかったのです。
 それで、あの作戦や新戦術を考案出来る者、艦娘の行動を把握できる者は前任司令官しかおらず、加えて作戦遂行中に失踪したという行為の異常性を決め手として、事件を起こした経緯の確たる証拠や事件経過の記録には乏しいが、首謀者は前任司令官以外考えられないと言った結論に至ったのです」

 私は電話越しにそれを聞き、窓の方を向いて相手に悟られぬようため息を吐いた。
 私自身も話を聞く限りでは、消去法で前任司令官がこの事件を深海側と共謀したと言う結論に至った。
 が、それでも、納得できなかった。
 私もまだ着任して三週間程の司令官ではあるが、司令官の大変さ、そしてなにより艦娘たちのかわいさを理解している。
 プライドが傷付けられようが自分の育てたかわいいかわいい艦娘に牙を向ける事なんて私には到底できない。
 否、私は男だからか? 女だったら「女の敵は女」というように、牙を向けることができるのだろうか……?
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:39:16.32 ID:xy6mxyet0
「……もしもし? 少佐、聞こえてますか?」
「あ、ああ。すいません、考え事をしてました。因みにだが、海城さんはこの事件についてどう思ってますか?」
「私ですか? 立場としては前任司令官が首謀者という調査委の考えと同じです。
 ただ、この事件についてはこれで調査を終わりにする事はできません。
 この事件は深海棲艦と人間が繋がっているので、事件の全容を解明することは敵の内情を知る事にも繋がります。
 どういう経緯で事件が起きたのか。
 どうやって深海側とコンタクトをとったのか。
 そして首謀者であろう前任者は今どこにいるのか。
 これらの手掛かりはまだ五神島の中に絶対あるでしょう。
……ですから、少佐には是非とも今回の話を踏まえて、事件の全容解明に協力して頂きたいのです。
 この事件を真に解明できれば、少佐も私も昇進は確実でしょう」
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:40:22.48 ID:xy6mxyet0
「昇進と言う報酬が有ろうと無かろうと、私はやりますよ。
 心に渦巻くこのもやもやを晴らしたいですし。
 それに、これは此処のあとを継ぐ者の使命でしょう」
「そう言って頂けて光栄です。それでは、今後も事件解明に向けて協力お願いします。
 あと、この話は明石中佐にはしても良いですが、他の艦娘にはしないで下さい。
 過去にそんな事があったと知ると怖がって任務に支障が出る可能性もありますから」
「了解です。では、また何か新たな発見があったら、報告しますね。あ、あと、吹雪大佐の遺品は明日回収に来るという事でいいですか?」
「はい、明日の午前中には」
「お願いします。因みに遺品は遺族に返されるということで?」
「そういう事になります。腕時計だけですが」
「腕時計だけですか。護身銃は備品として返されるのは分かりますが、指輪の方は?」
「それもまた備品なので。艦娘の能力が上がるだけあって普通の指輪とは違いますから」
「……と言う事は、まさか使いまわされたりと言う事も……?」
「ありますよ。後に任務報酬で最初に手に入る指輪は、その殆どが過去に使用されていたものです。あ、これもここだけの話にしておいて下さい」
「えぇ……は、はい……。では、明日はお願いします」
「こちらこそです。今日、話をして少佐が五神島泊地の司令でよかったと思いました。ありがとうございます。それでは……」
 こうして、最後にケッコン指輪に関する衝撃的な事実を聞いて、私は一時間半近い長電話を終えたのであった。
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:41:37.20 ID:xy6mxyet0

 それから、私は椅子を回転させ、司令室の窓を眺める。
 ふと、愛々傘に目がいく。
 シレイ/フブキ、そしてその上にそれを隠そうとする傷跡。
 これは恥ずかしくなったからじゃなくて、仲違いしたからなのだろうか。
 たしかに、大好きだった者に自分のコンプレックスを触れられ卑怯者扱いされるのは辛い事だと思う。
 同時に頭にくるかもしれない。
……だが、それだけであんな事をするのだろうか。

 ふと、テレビで流れたこれまでの事件の数々を思い出す。
 どれもよくよく考えればくだらない理由で他人をあやめている。
 でも当事者にとって、それは重大事なのだろう。
 彼女もそうだったのだろうか。
 優秀だったにも関わらず、艦娘としてはなり損ないで、
 それをとてもコンプレックスに思っていて、
 少しでも悪い様に触れたら爆発するようなものだったのであろうか。
 私は、紙袋から指輪の小箱を取り出して開け、初月司令官と吹雪の写真を見る。
 初月司令官は優しく笑っている。
 その笑顔の裏側に何を抱えていたのだろうか。
 嫉妬? 憎しみ? 劣等感?
 分からない。

――と、窓から二人が哨戒を終えて砂浜に上がってくるのが見えた。
 陸に上がったとたんに五月雨は砂浜にどじっと転ぶ。それを妹が笑って、手を差し伸べていた。
 私は写真を小箱に戻し、それを紙袋に仕舞う。それから、二人が司令室に報告しに来るのを待ったのであった。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:42:30.55 ID:xy6mxyet0

「司令、しつれいしまーす!」
「ただいま〜」
 少しして、五月雨と妹が司令室に報告に来た。
「お疲れ、対潜哨戒はどうだった?」
「敵潜水艦はいませんでしたが、自暴自棄イ級ちゃんを一匹狩りました!」
 五月雨がそうはつらつと報告する。ああ、かわいい。
 と、初月司令の時代にも五月雨がいたのを思い出す。
 前任司令官の五月雨も着任した頃はこんな感じでほわほわしてて、成長していくなかで垢抜けていったのであろうか。
 そして、目の前の五月雨も海上では中尉ながらに少佐ぶりの戦いをすると言うので、彼女もいずれはドジなんかしない、大人の女性になってしまうのだろうか……。
 いや、それもいい。それもいいぞ。
 私は五月雨を自然と見てしまった。
 清流の様な綺麗さの長い髪、
 ぱちりと透き通った目、
 ふにふにしてそうな頬、
 ちょうどいい控えめな胸、
 上着とスカートの間から見えるくびれ、
 もっちりして艶のある太もも、
 すらりとした脚…………。
 あ、ああ……。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:43:08.63 ID:xy6mxyet0
「しっ、司令官? 司令官? 私の事をじろじろ見てどうしたんですか?? 怪我なんてしてないですよ?」
「あ、ああ、いや、自分でも気付かないうちに怪我してたりすることってあるからさ……」
「そうなんですか? でも、心配してくれてありがとうございますっ!!」
「いやいやー五月雨ちゃん、司令官の言葉にだまされちゃだめだって〜」
「何言ってるんだ北上、私の言葉に嘘はないぞー」
「そう〜? いやらしい目で見ていたように思えるけど。五月雨ちゃんはどう思う??」
「どっちにしても、司令官は私のことを気にしてくれてるので嬉しいです!」
 あー、天使だ。これは将来、素晴らしい女性になるぞ。
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:43:59.22 ID:xy6mxyet0
「五月雨ちゃんは純粋だね〜。私の負けだよ。五月雨ちゃんみたいにもっと純粋になるわ」
 妹よ、お前には五月雨のような純粋さは無理だ。
 でも、妹も性格に裏表はないから、そう言う意味では純粋か。
 何だかんだ言って素直だし……。
「って、司令官どうしたの? 私になんか用?」
「いや、北上の事も怪我無いか確認してた」
「えっ…………」
 妹にドン引きされた。そりゃ当たり前か。
「まぁ、今日は二人ともお疲れ様だ。ゆっくり休んでほしい。夕食は、今日は私が作る」
「ありがとうございます!」
「んじゃ、ゆっくりさせてもらうよー」
 二人はそう言って、部屋をあとにしようとする。
「あ、二人とも」
「ん?」
「どうされましたか??」
「五月雨も北上も私は家族と思っている」
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:44:39.10 ID:xy6mxyet0

 その日の夕食は自分でカレーを作ることにしたが、結局、隣には五月雨がいる。
「別に休んでいてもいいんだよ。昨日も昼に手伝ってくれたし」
「いえ、私がここの皆さんのお腹事情を一番しってますから! それに、あんなこと司令官に言われたら隣にいたくなります!」
 私はそれを言われて顔が赤くなってしまった。五月雨が家族か……。
「そういえば五月雨は兄弟姉妹とかいるのか?」
 じゃがいもを切りながら私は彼女に尋ねる。
「私は妹が一人いますよー」
「となると、妹も艦娘でしかも涼風という感じかな」
「その通りです! 司令官も分かってるのかもですけど……」
 そう言いながら五月雨は私が切ったじゃがいもを沸騰した鍋にいれる。
「何がだい?」
「全国のすべての五月雨には妹がいて、しかも涼風って事です!」
「初めて聞いたよ。そうか……」
 となると、初月司令官の五月雨にも妹の涼風がいたという事になる。残された妹の方はとても辛いことだろう……。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:45:28.68 ID:xy6mxyet0
「……司令官、どうしたんですか??」
「あ、いや……五月雨は妹と会ったりラインとかで話したりしてるのかなと思って……」
「……最近は会ったり話したりしてないです。お互い忙しいですし……」
「そうか……休番日とかは、会いに行ってもいいんだよ。妹さんも柱島泊地の所属だよね?」
「うん、そうです。……平群島泊地にいます」
「柱島のすぐ傍のとこじゃないか。でも、ここからそう遠くないし、今度の休番日そこの司令官に話つけておくから、行ってきたらどうだ」
 私は豚肉を鍋にいれながら五月雨にそう勧めた。
「お気遣いありがとうございます……でも、大丈夫です。妹のほうが忙しいですから。
 それよりも、司令官は兄弟いたりするんですか??」
 その質問がくるとは思ったが、どう答えようか。
「わ、私か? 私は歳の離れた妹がいる」
 すると、五月雨は興味深そうに私の顔を覗き込んで来た。
「やっぱり! いると思いました!」
 こ、これはまさかばれているのか!?
 と、このタイミングで妹が食堂に入ってきた。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:46:25.26 ID:xy6mxyet0
「それで、司令官の妹さんは今なにをされてるんですか??」
――そこにいる。が、それは上官の命令でアウトだ。
 カウンタ席に座った妹もその質問を聞いていたのか、私に視線を据えていやがる。
「え、あ、妹とはあまり連絡とってなくてね。
 大学受験うまくいかなくて二浪してて、今年三月の時点でもうまくいってないって聞いたから三浪してるんじゃないかな、あははは……」
 それを聞いてた妹の視線がまじ怖ええ。
 やべぇ、こわすぎ。
 そしてなんだそのポーズは。
 かの道化師の「表に出ろ」ってか?
「そうなんですか〜。でも司令官の妹さんって、ゆるくて甘えっ子なイメージです」
「そうだよ、妹はかわいいよ」
 ちゃっかり機嫌をとってみる。でもだめだ。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:47:17.18 ID:xy6mxyet0
「ですよね〜。私の妹もかわいくてしょうがないです!
 あっ、北上さんは兄弟とかいるのかなっ??」
 妹は突然の問いにあたふたする。
「えっ、あっ、私? 私はおにいちゃ、あ、兄がいるよー」
「北上さんってお兄ちゃんって呼ぶの!? かわいい!」
 五月雨の反応に妹は顔を赤らめる。顔を赤らめる妹は意外とかわいかった。
「ううー。五月雨ちゃんからかわないでよー」
「だってかわいいんですもん。で、北上さんのお兄ちゃんは何してるの??」
 妹は私に一瞬視線を合わせてにやつく。
「えー、兄は就活失敗して、警備会社でアルバイトしてるみたいだよー。ホントかどうかは分からないけど。
――もしかしたら、警備会社じゃなくて自宅警備員の間違いかも」
 こいつめ。やりおるな。
 妹はしてやったりみたいな表情をこちらに向ける。
 あとでお仕置きしてやろうか。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:48:23.99 ID:xy6mxyet0
「そ、そうなんだね。でも、お兄ちゃんとか私も欲しかったな〜」
 私がなってもいいんだよ。と言いたいところだがそれはやめておいた。
 そうこうべらべらお喋りしている裡に、ざっと6人前はあるであろうカレーができたのであった。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:49:22.31 ID:xy6mxyet0


 夜、私は明石中佐にカレーを届けに司令部庁舎を出て工廠に向かった。
 工廠の前に立つと、私はインターホンを押す。
 明石中佐はすぐに出てきた。
「あ、少佐ですか。こんばんは。どうされたんですか?」
「今日の夕食のカレーを届けにきた。六人前つくったんだが、なんか食べすぎたのか、一人前しか残らなかった。申し訳ない」
「いえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ」
 そう言って、明石中佐は紙袋に入ったステンレス製の弁当箱を受け取る。

「あ、あと……、これまで考えずあの事を色々訊いてしまって、ごめんなさい!」
 私は明石中佐に頭を下げる。
「……前任司令官や事件のことを聞いたんですか」
「はい……」

 明石中佐はちょっと待っててと言い、カレーの入った紙袋を部屋に戻すと、過熱式煙草と煙草の箱を右手に工廠から出てきた。
 一緒にロシアンブルーのアカトゥルフも出てくる。
「私は大丈夫ですよ。ただ、上官から命令されていたので、話さなかっただけです」
 そう言って、煙草を過熱式煙草に刺すと、それを口に持っていった。
「でも、色々と辛い経験をされたと思う……」
「ええ、事件のあとは辛かったです。六人一気に失いましたからね」
 明石中佐は工廠の壁によりかかり、煙草を一旦口から離すとため息を吐いた。
 薄らと白い煙が口から漏れる。
 私と明石中佐の間にはアカトゥルフが座り、夜空を眺めている。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:50:35.97 ID:xy6mxyet0
「……身近な人がいなくなるという経験を私はまだ経験していないけれど、想像しただけで怖い……」
「そう、他人の死は寂しさや悲しさ、孤独を感じさせるだけでなく、自分の死を彷彿させるので怖いことです。
 私らが無限でないことを教えてくれるから……」
「はい、中佐が少し前にそれに遭ったと思うと居た堪れない」
「でも、艦娘というのは、轟沈した後は深海棲艦となります。
 そしてそれを轟沈させればまた人間として戻ってきますし、そう考えれば死とは違います。
 この世に存在している訳ですから。
 つまり、また、何処かで会えるかもしれませんし、前向きに捉えれば自分自身の抱える辛さは乗り越えられます」

 そして、合間を挟んで中佐は煙草を吸う。

「……そう言う訳で、轟沈というのは、結局は沈みゆく子達の方が残される者達よりもずっと辛いんですよ。
 いくら、轟沈したあと深海棲艦となって、そしてまた轟沈されて人間として戻って来たとしても、記憶が無くなってしまえば、それはもう死ぬ事と変わりないじゃないですか。
 ごく希に、深海棲艦になった時やその前の記憶を持っている艦娘がいますが、大抵の子達の記憶やこれまでの思い出は轟沈時に失われます。
 これまで積み重ねたものや記憶、思い出、そして自我や性格すべてが轟沈と共に無になるのです。
――これって、『死』と変わりありませんよね?」
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:52:05.54 ID:xy6mxyet0
「あ、ああ」
 珍しく明石中佐は熱く隣で語っていた。
 アカトゥルフにはそれが子守唄に聞こえているらしく、中佐の足元で丸くなって寝ている。
「人が『死』を真に恐れるのは、死ぬまでの痛みや過程とかではなくて、自分自身の積み上げた全てが崩壊して無に帰すからです。轟沈も同じです。
――果たして、身体という入れ物は一緒でも、自我や記憶を失ったあとに作られる『自分』は轟沈する前の『自分』と一緒でしょうか?」
「私には分からない。が、記憶や思い出を失っては、轟沈前の自分と復活後の自分の連続性はないだろうなぁ」
「ええ、少佐の言う通りです。
 そこで人生が途切れているのですから、私には、それは一種の『死』であると思いますよ。
 そして、轟沈する子はその絶望に浸りながら沈んでゆく。
 まだ若くてやりたい事もいっぱいあると言う時期に……。
 これほどの絶望があるでしょうか。
 私はそう言う意味で、残された自分自身の辛さよりも、沈んだ子の事を思うと辛いんですよ……」

 明石中佐はうつむき加減で嘆息を吐くと、残りの煙草を吸う。
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:53:05.67 ID:xy6mxyet0
「……中佐は仲間想いなんだな」
 それを聞いた明石中佐は煙草を口から離すと、笑わせないでくれと言うように鼻で笑った。
「私がですか? そんな事ないですよ。
 少佐も知っての通り、私は一人で行動する事が多いですし、それに、本当に仲間想いならこの事件を防げた筈です。
 仲間想いなら私が疑われるような事はない筈です……!」
「疑われる?」
 明石中佐は煙草を吸い終え、過熱式煙草から吸殻を取ると、それを携帯灰皿に入れた。
「ええ。それは疑われますよ。そりゃあ、私だけ生き残ったら、真っ先に疑われるのは私じゃないですか」
「でも、中佐は当たり前だが犯人ではなかった。アリバイがあった訳だ」
「はい。まぁ、アリバイというよりは、私は事件に関わっていないので、当然ながら事件に関する情報も出てこなかったから疑いが晴れたと言った方が正しいですがね」
「それで結局、あの事件については、全容が全く分からないと言う訳か……」
「えぇ。私がもっと司令官や艦娘と関わりを持っていれば、何があったのかもはっきりしたと思うと後悔の念が込み上げてきます……」
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:55:20.00 ID:xy6mxyet0
 明石中佐はそう言って、煙草をもう一本吸うのかスカートのポケットに手を伸ばした。
「――中佐、この事件はここの司令官である私が必ずや解明してみせます。
 それが、この五神島泊地のあとを継ぐ私の使命と考えている――」

 私は中佐の前に立って、そう意を決した。

 中佐は煙草を取るのをやめると背中を壁から離して、小さくため息を吐く。
「少佐の気持ちは凄く嬉しいです。……が、これは少佐のする事ではありません。
 貴方はこの事件に関わった訳でもなければ、探偵でもないです。
 おそらく、柱島泊地の人事部の人間に協力を頼まれたのでしょうが……。
 まぁ、私は少佐には、この事件とは距離を置いて、しっかり司令官としての務めを果たしてもらいたいと思います」
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/08(火) 23:56:26.07 ID:xy6mxyet0
「中佐は事件の全容を知りたくないのか?」
「もちろん知りたいですよ。……でも、少佐の事を思えば、関わって欲しいとは思いません。
 少佐の性格からして、事件解明の途中できっとどこかで命令違反や軍規違反を起こす事になるでしょうから」
「なっ、それはどういう事だ??」
 明石中佐は私の問いに答えず背を向けると、アカトゥルフを抱いて、工廠の中へと帰っていくのであった――。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 00:05:33.26 ID:hojLDG6p0

 今夜はここまでです。明日もまたニーズがあれば記しましょう。
 五月雨に栄光あれ……
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/09(水) 00:22:49.29 ID:eTC/+P63o
今から読むけど、ここで言われる「改行してくれ」ってのは
「他のSSみたいに一行ごとに余分に改行して行間を開けろ」ってことだぞ
いわゆる小説投稿サイトみたいに予め読みやすく行間開けてあるサイトじゃないからなここ
もったいないから次回からやれば読者増えると思う
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 00:33:34.06 ID:hojLDG6p0
なるほど、そういう事なのですね。
このSSの世界では改行とは、一行あけるということでしたか。了解です。
人生初の投稿で全く分からないものでして......。
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/09(水) 01:00:58.47 ID:L16fMuOI0
おう、いいから続きかくんだよ
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/09(水) 11:21:11.15 ID:WPyICZHXO
すべての五月雨に妹がいるなら
北上にも姉妹が……?
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/09(水) 11:52:48.37 ID:knCqosGIO
ネット小説でよく見られる手法としては地の文と会話の間には一行空ける
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/09(水) 12:19:50.22 ID:KHqcEHTso
この先の展開が透けて見える部分があるけど、続きはよ
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:23:15.84 ID:hojLDG6p0
SS作法ありがとうです。
ではでは、本日も参ります!
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:24:16.17 ID:hojLDG6p0
***

 翌日の午前中、私は司令室で仕事をしていると、窓から見知らぬ三隻の艦娘がこちらへと向かっているのが見えた。
 
 おそらく、吹雪の遺品を回収しに来た宇和島基地の子だろう。私は、紙袋を持つと、司令室を出て、桟橋へと向かった。

「おっ、司令官じゃん。もしかして、今からそれ返しに行くの?」

 司令室を出て階段を下りようとすると、妹が私を呼び止める。

「北上も外みてたか。そうだよ。今から渡しにいくよ」

「んじゃ、私もついてくー」

 こうして、妹と一緒に桟橋に行く事になった。

 二人で桟橋に行くと、向こうも私らに気付いたらしく、白いカチューシャをつけたショートの髪の子が手を振ってくれた。
 
 他のもう一人は吹雪型の子であると分かったが、大きな籠を肩に掛けたセクシーな格好の女性は何の艦種艦名だか見当がつかなかった。

「一番のりぃぃ!」

 少しして、白いカチューシャの艦娘が桟橋ではなく、砂浜に上陸してきて勝鬨を上げたような声を出した。

「あ、君は?」

 私の問いに、白カチューシャは胸を張る。

「ふふーん。あたしの事も分からんのかい?? あたしは宇和島基地の海軍少尉、谷風さんだー!」

 これが陽炎型の艦娘か。キャラ濃いな。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:24:56.47 ID:hojLDG6p0
↑↑↑よくわからないですが、こんな感じですか??
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:26:24.54 ID:hojLDG6p0
「へぇ〜。キミが谷風ちゃんかぁ〜。面白いねぇ!」

 妹が谷風に近づいて、艤装やら格好やらを眺める。

「おぉー、あたしの事がおもしろいなんて分かってるねぇ。北上曹長は」

「あれ、私のこと知ってるの〜??」

「えー知ってるともとも! なんせあたしは、こんぐこっ!」

 谷風は頭を叩かれる。いま到着したセクシーな格好の艦娘に。

「うちの谷風が迷惑をおかけしました。今回は柱島泊地に輸送する物をお預かりしに来ました」

 おっ、おっ、近くで見ると余計セクシーじゃあないか。なんだこの側乳と腰とムチムチなふとももが見える格好は。
 
 エロい、エロすぐる。艤装の開発者の悪意を感じるぞ。

 いや、いけないのはこの子ではないか。胸にお尻に太ももと、身体が豊満すぎる。

「……? どうされましたか? 私に何かついてますか?」

「い、いや、見た事ない艦娘だなと思って」

「あ、すいません! まだわたしの事を紹介していませんでした! わたしは、宇和島基地で中尉として補給艦をしております神威と申します」
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:27:31.37 ID:hojLDG6p0
 ああ、これが神威か。いやー、アイヌ美人とはまさにこのことか。あー。

「んじゃ、あたしからは、このド田舎娘のいそなみんを紹介してあげるわ」

 谷風は神威の影に隠れていた三つ編みでツインテールの艦娘をひっぱってくると、私の前に持ってきた。人見知りなのか、とてももじもじしている。

「い、磯波です。准尉です……」

「はいはいよく出来ましたー! んで、このいそなみんは凄く地味だけど、良く見ると…………なんか襲いたくなっちゃいません?? ふごっ!!」

 またも谷風は神威に頭を叩かれた。しかし、私は思わず谷風の言われたとおり磯波を良く見てしまった。

 確かに髪型もなんか田舎っぽいし、胸も控えめで、雰囲気もかなり地味であるが、その地味さが逆に清純さを引き立たせており、とてもかわいい。偽りのない純粋なかわいさを感じた。

「……い、磯波のこと、そんなに見ないでください。恥ずかしいです……」

「あ、ああ、ごめん。で、神威さん、これが今回、預かってほしいものでして」

 私は神威に紙袋を手渡す。神威はそれを預かると、輸送先のシールを紙袋に貼った。

「了解です、確かに預かりました。それで、私たちの方からも今日は渡すものがあります」
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:28:26.53 ID:hojLDG6p0
 神威はそういうと、籠の中からA3サイズの立方体のダンボール箱を出して私に渡す。

 い、意外と重い。こんなものを宇和島からここまで持ってきてくれたのか……。

 磯波も肩かけから書類を出すと、妹にそれを渡した。

「これは、北上さんの雷巡改装用の部品と説明書が入ったものです。あとで、ここの明石さんに渡しておいて下さい」

 そうか、妹はもう軽巡洋艦から雷巡洋艦となる時期になったのか。早いものだ。

「でも、雷巡になるには、昇進試験に合格しないといけない! そんな訳で北上曹長、五日後の昇進試験はこのあたしと組むことになったから宜しくたのむよっ!」

「組むって?」

「あれー、聞いておらんのかい! 曹長から准尉の昇進試験は二対二のダブルスで、勝った方が昇進できるのさ。
 で、ペアは軽巡の場合は駆逐艦なんだけど、北上曹長のペアはあたしになった訳よ」

「なるほどねー。つまり、相手も曹長の軽巡と少尉の駆逐艦という感じ??」

「ずばりそうだっ! まぁ、あたしが見た感じ、北上曹長は勝てるよ。あたしと組むからってのもあるけどよ」

「それは心強いねー。よろしくたのむわ〜」

 妹は谷風に右手を差し出し、握手する。頑張れ、妹。兄として応援しているぞ。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:30:10.97 ID:hojLDG6p0
***


 それから四日間は、妹と谷風は毎日宇和島と五神島の中間地点である戸島近海で猛特訓を行った。

 変人に見える谷風も訓練では真面目で面倒見がよく、妹は色々と学ぶことがあったという。

 そんな谷風が妹の昇進試験一日前の夕方に五神島まで妹と一緒にやって来た。

「たのもう! たのもう!」

 谷風は上陸するなり声を張り上げる。

「どうしたんだ、谷風」

「いやー、私が谷風ちゃんに五月雨ちゃんの事話したら是非とも戦いたいって譲らなくてさ」

「おう、そうだっ。ここの五月雨中尉とぜひとも演習させて頂きたい所存だっ」

「ああ、五月雨が許可するなら私は別によいが……」

「ありがたい! ここで待っているぞ」

 谷風はかくっと頭を下げて礼を言うと、その場に胡坐をかいて座った。こりゃあ、演習させてくれるまで帰らなそうだ。

 私は司令部庁舎に戻り、二階に上がると五月雨の部屋のドアをノックした。

「司令官だー。五月雨いるかー?」

 しかし反応はない。ここにはいないのか?? もう一回強めにドアをノックする。

「おおーい、五月雨? 寝てるのかー? 司令官だぞー」

 本当にいないのか? 私はドアノブを回し、ドアを開けようとした。

 が、開かない。いったいどこにいるんだ?

 私はスマホを取ると、五月雨に電話した。

 五月雨はすぐ出た。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:30:54.47 ID:hojLDG6p0
「五月雨、どこにいるんだ? 宇和島基地の谷風が五月雨と演習したいってよ」

「とっ、と、トイレですっ!! 谷風ちゃんの事は分かりましたから先に行ってて下さい! あとで、工廠前で会いましょう!!」

「あっ、ああ、そうだったのか。すまなかった……。分かった。先に下に降りてるよ」

 私は通話を終えると、下に降りて、妹と谷風が待つ海岸へと向かった。

「司令、どうだった〜?」

「いまトイレにいるから、終わったらこっちに来るってよ」

「よっしゃあ! これでかつる!」

 谷風が胡坐をかきながら鼻息を荒くする。

「でも谷風ちゃん、うちの五月雨ちゃんは強いよ〜。少佐なみの強さを持つって戸島泊地の司令官さんのお墨付きだからね」

「あたしゃだって強いよ。なんせ中学の時の女子百メートル、山口県大会三位だし! 神速の谷風さんに勝てるかなっ??」

 と、五月雨が司令部から出てきて工廠に向かっていくのが見えた。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:32:43.05 ID:hojLDG6p0
「おー、あれが五月雨中尉か、凛としておるなっ!」

 谷風は五月雨に手を振る。五月雨はそれに気付くと作ったように笑って手を振り返した。私は、五月雨の方へと駆けて行った。

「すまん、さっきはトイレ中なの知らなくて……。谷風と演習してくれるか?」

「はい、しますよっ!」

 その口調は少し怒っていた。

「ごめん、五月雨……」

 すると、彼女は私の手を引っ張って工廠裏へと連れて行った。

「もうっ、さっきので出るものも出なくなっちゃったじゃないですかっ!」

 そう声を上げて、五月雨はスカートの右ポケットからイヤーピースみたいなのを取り出す。そして、ぶんぶん振って私にめがけて投げつけた。

 当たったあと、下を見てみると、耳栓が四つ落ちていた。

「ごめんよ、まさかトイレに入ってるとこだとは思わなかった……」

 私は内心、なんでトイレ中に外から呼んだだけで怒ったのか疑問に思っていたが、これが女心を分かっていないと言う事なのだろう。

 便秘とか生理とか、女の子にはそう言う悩みがあるわけだし、ここは大人しく謝っておいた。

「もーっ、これから私を呼ぶ時はラインか電話にして下さいね! 急に部屋に来られるとびっくりします」

「は、はい……ごめんなさい……」

 こんなに怒った五月雨は初めてであった。

 申し訳ないと思いながらも、ぷんぷん怒る五月雨をかわいいと思ってしまったのは私だけの秘密である。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:33:55.17 ID:hojLDG6p0
 その後、五月雨はすたすたと工廠の中へ入り、艤装の装着をし始めた。

 私は五月雨が投げつけた耳栓四つを拾い上げる。

 耳栓を見ると、二つは「犬」、もう二つは「ねずみ」と小さくボールペンで書かれているのを確認した。

 若干耳栓の形が違うので、判別用に書いているのだろう。耳栓に名前をつけるところ、五月雨らしくてかわいいなと思った。

 それから五分ほどして艤装を装着した五月雨が出てきた。

「ほら、耳栓返すよ」

「……」

 五月雨は黙ったままそれをぎゅっと受け取ると、谷風のいる海岸へと足早に向かっていった。

「これはこれは五月雨中尉、あたしとの演習をみとめてくれて誠に有難う」

「どういたしましてですよー。谷風ちゃんの話は北上さんから聞いてたから、いつか私に演習を申し込んでくると思ったよ。私も谷風ちゃんの神速の味を拝見させてもらうね。
 で、訓練用魚雷はコストかかるから演習用の12.7センチ連装砲を各一丁でいい?」

「ええ、もちろんですとも! 砲撃戦でもあたしゃあ負けませんよっ!」

 谷風は張り切った口調で五月雨に意気込む。それを見て五月雨は笑いながら、演習用の12.7センチ連装砲一丁を谷風に渡した。

「これでかつる!」

「私もまけませんよ!」

 こうして、二人の戦いは幕を切って落とされたのである。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:36:30.81 ID:hojLDG6p0
「んでは、審判はこの五神島泊地司令少佐が行う。戦闘時間は十五分、範囲は約一海里四方とする。あと、レーダーにフィールドの座標を入れておいたから、フィールド外枠の0.2海里手前まで接近すると無線の短信音で知らせるよう設定してある。あとは何時もの演習通りである」

「……司令、漁船が近くにいますが大丈夫ですか?」

「あー、ありゃあ、大丈夫。一海里以上は離れているよ。それにあたしゃあ逃げるつもりはないからね。常に五月雨中尉の0.3海里以内で戦う覚悟よ」

「谷風ちゃん、なかなかの相手とみえるね。私もなんだか燃えてきましたっ!」

「では、演習を開始するので、それぞれの配置について欲しい」

 五月雨と谷風はそれぞれ十時と二時の方向に移動し、お互いの距離を0.3海里ほどとった所で止まった。

 そして、二人から演習開始をしてもよいと言う無線の入電を確認。

 私は無線のマイクを口に近づけた。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:37:37.69 ID:hojLDG6p0
「演習開始!」

 直後、谷風は五月雨に向かって疾風の如く突っ込んでいった。

 そして、谷風は有無を言わず神速の突撃を加えながら連装砲を発射する。

 それに対し、五月雨はすっと避け、落ち着いた様子で連装砲の反撃を加える。

「わわっ、司令官みて! はやっ!」

 なんと、谷風は減速するのではなく更に加速した。

 模擬弾は谷風の後方へと軌跡を描き海へと突っ込んでいった。

 谷風は水を得た魚のように更に速度を速め、五月雨の後ろを取ろうとした。

 が、五月雨は大きくは移動せずに、常に谷風の方を向きながら回るので、谷風は彼女の後ろを取れずにいた。

 そして、たまに谷風から発射される砲弾も五月雨は華麗に避けた。

 私自身、五月雨の演習を間近で見るのは初めてであったが、ここまですごいとは思いもしなかった。

 相手から発射される砲弾に動じもせず、青い綺麗な長髪をなびかせ華麗に避ける姿は、まさに歴戦の兵士そのものであった。

「谷風ちゃん、そろそろ私が反撃しちゃってもいい?」

 無線で五月雨の余裕そうな声が聞こえた。それを聞いて、私はなんかゾクゾクしちゃった。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:38:44.91 ID:hojLDG6p0
「いやぁ、五月雨中尉は強い。でも本気じゃないのが残念。あたしはもっと五月雨中尉に動いて欲しいんだけどね……」

「戦では体力消耗しない様にできる限り動かないのが基本だから、無駄な動きをしていないだけ。もちろん、避けることに関して言えば私も本気ですよ。谷風ちゃんの砲撃は正確だから、ちょっとでも気を抜かしたら当たっちゃうよ」

「くぅう、そう言ってくれると有難い。でも、あてなきゃ意味がない!」

 谷風はそう叫ぶと、急速で旋回して五月雨と距離をとろうとした。

 が、五月雨がここに来て谷風を追いかけはじめた。

「お尻、私に見せちゃっていいのかなっ??」

 その五月雨の声に私はまたもゾクゾクしてしまった。というか、今の五月雨は何時もの五月雨と違う人間のような気がした。

「……なぁ、北上、五月雨って戦いになるとこんな感じなの?」

「うん、そだよー。冷静で好戦的で凛としてて、かっこいいよ〜。でも、今のはなんかちょっと違うし異常だね。司令、さっき五月雨ちゃんを怒らせる事でもしたの??」

「あ、ああ。彼女を呼びに入った時、トイレに入ってたみたいで、それにも関わらず大きな声で呼んでしまったから怒ったみたい……」

 妹は「ふーん」と言って、五月雨のほうを見る。

 すでに五月雨は谷風の後ろをとっており、距離は離されているものの、このままではもう少しでフィールドの外枠近くにまで達するだろう。
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:40:52.02 ID:hojLDG6p0
 と、谷風の無線から短信音が響く。谷風は左旋回を始めた。加えて、速度も落ちている。

 それを五月雨は見逃さず、旋回中の谷風を後方から狙い撃ちながら、距離を狭めていった。

「あいたっ、ももに当たりやがった!」

 谷風が無線越しに声を上げる。一方で五月雨はじりじりと近づきながら的確に谷風のふとももを狙い撃ちする。

 谷風は逃げまどったが、足に被弾するたび、速力が落ちていった。

「ひゃっ、あんっ! うぐぐぐっ、五月雨ちゅーい、私のももばかり狙ってどうする??」

「谷風ちゃん得意の速力を封じさせて戦意を喪失させてあげているんですよー。相手の得意とする戦力を封じるのは戦いのキホンっ。
 相手が、射撃が得意なら砲門を狙い、雷撃が得意なら雷装を狙い、速力が自慢なら脚を狙い撃つことで、決定打を防ぐだけじゃなく、相手の戦意を喪失させちゃうこともできるからね! でも、これは射撃が得意な子に限りますが〜」

 五月雨は胸を張って得意気に言うと、更に谷風のももを狙い撃ちした。

「あっ、いたいよっ、はぅっ。まだ、あたしは撃つ事ができるっつうのに、何を弱気になってるんだっ。あっ、いたっ! うぐぐ!」

 谷風は五月雨になんとか撃ち返すが、もう正確な射撃は出来ておらず、五月雨は避けることなく、更に近づきながら砲撃を続けた。

「ちょっ、司令官! 明日の昇進試験もあるんだから、このぐらいにしてあげてよ! 私が昇進できなかったらどうしてくれるの??」

 妹が私の肩をどつく。私は我に返った。

「あ、ああ、ごめん。そうだな、谷風はよく頑張った」

「うん、早く演習を終わりにしてあげて!」
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:42:02.74 ID:hojLDG6p0
 こうして私は二隻に対して無線をつなげた。

「演習やめ!」

 私が合図すると、五月雨はこちらを一瞬振り返る。

 直後、我に返ったかのように連装砲を仕舞い、しゃがみ込んだ谷風のもとへと駆け寄った。

「わわっ、谷風ちゃん、大丈夫? ごめんね、ちょっと私、やりすぎちゃった……」

 無線からいつもの口調の五月雨の声が聞こえる。五月雨は谷風に手を差し伸ばした。

「いや、だ、大丈夫だよぉ。それに気にしなくていいよ。本気出して欲しいって言ったのは、あたしだからさ」

「でも明日の北上さんの昇進試験、一緒に頑張って欲しいのに、こんなに谷風ちゃんの脚を傷つけちゃった……」

 谷風のももは赤く腫れていた。模擬弾とはいえ、被弾すると無傷で済むわけではない。

「だいじょぶだいじょぶ! こんなの入渠すればすぐに治るさ! 五月雨中尉の風呂貸してくれない??」

「もちろんいいよ! 使って使って!」

「有難い! これでかつる!」

 二人はそんな会話をしながら砂浜へと戻ってくる。その後方には、さっきフィールドの近くにいた漁船もこちらへと向かって来るのが見えた。

「さっきのあの漁船、どうやら五月雨と谷風を追っているようだが?」

 私が五月雨と谷風に無線を入れる。

「……あ、それは、あたしのとこの司令官さまが乗ってるんだよ」

「え?」
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:43:21.56 ID:hojLDG6p0
 それから谷風と五月雨が砂浜に戻ってくると、後続して桟橋に一隻の漁船が接岸した。

 すると、漁船から護衛として袴姿の神風型の艦娘を左右に揃えた、五十代の厳ついオールバックの司令官が出てきた。

「ふむ、貴様がここの後継者となった新人少佐か」

 厳つい司令官は降りるなり私の方に目を据える。私は思わず背筋を伸ばす。

「はっ、はいっ! 私がここの五神島泊地の司令少佐であります!」

 私はそう返事するが、それを無視して彼は砂浜の五月雨へと足を進める。

「わっ、私になんでしょうか!!」

 五月雨も驚いて、背筋をぴんと伸ばす。

「ふむ、この子が戸島泊地司令将補から、少佐ほどの腕前がある中尉と言われている五月雨か。この目で演習を見させてもらったが、なるほどこの子は少佐レベルの強さがある。
――っと、我は宇和島基地の司令をやっている少将だ」

 なるほど少将の面な訳だ。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:44:52.80 ID:hojLDG6p0
「それで、私になんでしょう……?」

 まじまじと五月雨を見回す宇和島基地の司令を前に、彼女は訊き返す。

「五月雨よ。こんなしけた司令部は辞めて、宇和島に来ないか?

 今の五月雨にはここは勿体ない。我々の基地に来れば、もっと大きな任務ができるし、報酬も増えるぞ。……これはお前の将来の為を思ってのことだ。どうだ?」

 宇和島基地司令は圧力をかけて、五月雨に問う。

 それは、「来たらどうだ」ではなく、「来い」と命令しているのと変わりなかった。

 んにしても、しけた司令部と言われるのは誠に遺憾である。

「……お心遣いありがとうございます、宇和島基地司令少将。
 しかし、私は現司令官の初期艦であり、五神島泊地に望んで来ている身です。ですから、お断りさせて頂きます。
……それに、ここのみんなは家族みたいなものですし、私にしか出来ない事も沢山ありますから離れる訳にも行きません」

 五月雨はそうキッパリと断った。それを見た宇和島基地の司令は口角を曲げて鼻で笑う。

「やはり、昇進や名声、金に興味のない『駆逐艦五月雨』らしい発言だな。どおりで中尉な訳だ。……まあ好きにするがよい。我は貴様の異動を推薦することはできても、異動させる事はできないからな」

 それから今度は宇和島基地の司令は妹に目をつけた。

 今度は何を言うつもりだ、と考えていると特に妹には何も言わずに彼は私の方へと向かってきた。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:45:54.08 ID:hojLDG6p0
「あの女、貴様はちゃんと教育しているか??」

 宇和島基地の司令は私に向かってそう尋ねた。

「もちろんです。およそ一か月で准尉に昇格できる試験を受けられる権利を得るくらいには教育させています」

「違う!」

 彼は、腹を震わせそう怒鳴った。

「あの女は、敬語というのを知らんのか。曹長の身分の癖に、谷風や、更には我に対しても生意気な口で話しかけてきた」

「そういう性格でして……」

「もしや司令官である貴様に対しても敬語を使わんのか」

「ええ、そういう性格ですから……」

 もしやも何も、妹が兄に対して敬語を使う訳ないじゃないか。

 というか、谷風も私に対して敬語ではなかった気がするが。

「貴様は甘い! 敬語が話せない艦娘の司令官だなんて、それだけでも貴様の昇進や評価響くぞ。
……あの女が敬語を使わないことがあったら、土下座させて尻を素手で叩くぐらいの調教をしてもいいんだからな」

 私はそれにははいも何も答えられなかった。と言うかそんなの出来る訳ないだろ!

 妹のほうをちらと見ると、彼女は口を固く閉ざしていたが、その目は怒りに満ちていているのが兄の目からは直ぐに分かった。
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:47:27.13 ID:hojLDG6p0
「……宇和島基地の少将さんさー、あんたの所の谷風ちゃんも私の司令には敬語喋ってなかったよー。それに、今の発言なに? セクハラで訴えられても知らないよー」

 妹は私の横に立つと、宇和島基地の司令の言葉に動じず反論した。

「ふん、我に口出しするとはたいした度胸だ。まぁ、貴様らのようなしけた場所にいる輩に敬語なんていらんから谷風もそうしているだけだ。なぁ、谷風?」

「はっ、はひっ……司令官さまっ!」

 谷風がびくっとしながらそう答える。

「んで、我が言ったことがセクハラ? ふざけているのか。これは、な、『教育』だよ」

「それじゃあ、宇和島基地では、先ほど仰られた様な事をされているのでしょうか?」

 もしそうだとしたら、神威さんも、谷風も、そしてあの地味で清純な磯波ちゃんまで目の前のチンピラみたいな司令官にそうされていることになる……。

「ああ、そうだよ。当たり前だろ?」

 くそ! 何と言うことだ。神威さんが、磯波が!

「貴様、今、この前来た神威と磯波のことを考えただろ?
 ああ、あの子たちにもしてるさ。特に磯波は頭が悪いから毎日一回以上は『教育』させている。
 もちろん、上達した時はちゃんとご褒美をあげて褒めてやるんだ。こうやってアメと鞭を上手く使い分ける事で艦娘というのは強くなっていくんだよ。
 まぁ、このアメと鞭の教育方法は、この我にしかできないものだがな。他の司令官じゃ無理だ。なんせ我は艦娘の調教師だからな」
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 17:48:18.94 ID:hojLDG6p0
 こいつは真性の、クズだ。

「谷風ちゃんは、それでいいの??」

 妹が谷風に訊く。

「い、いいに決まっているじゃないかっ! あたしは司令官さまのお陰でここまでこれたんだから!
 負けたときとか戦果をあげられなかったときは『教育』されちゃうけど、勝った時とか戦果あげたときは沢山ご褒美くれるもんね!」

 それを聞いたクズ司令官は谷風の方へよると、彼女の頭をやさしく撫でた。

「ははは、そうだそうだ。でも、今日は帰ったらお前をじっくり『教育』しなければな」

「はっ、はいっ! 司令官さまっ、あたしの事たくさん『教育』しちゃってくださいっ!!」

 隣の妹がそれを愕然とした表情で見ている。無理もない。谷風は昇進試験のペアなのだから……。

「という訳で我々はこの辺で失礼するぞ。この島にいると不吉だしな」
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 19:59:21.45 ID:hojLDG6p0
 クズ司令官はそう言うと、再び妹の近くへとやってきた。

「お前も一緒に乗っていくか? みっちり『教育』させてやるから、いい子になるぞ」

 その言葉が怖かったのか、妹は私の手を反射的に強く握る。私も妹の手を握り返した。

「ははは! まぁ、お前の明日の勝利は保障してやるよ。谷風にも勝った時のご褒美と負けたときの『教育』の中身を言ってあるしな。あのご褒美なら谷風も勝ちにいくだろう。お前も有難く思うがよい」

「……谷風ちゃんのご褒美とセクハラってなんなのさっ?」

「それは明日にでも谷風に聞けばよい」

 それからクズ司令官と谷風、従者の艦娘二人は漁船に乗り込むと、元来た海路を戻っていったのであった。

 結局、谷風はうちでは入渠することはなかった。

 漁船が去ったあと、妹は五月雨を気にせず、泣きそうな顔で私に抱きついてきた。

「こ、こわかったよー、おっ、し、司令官っ……! それにあんなの酷いよ。谷風ちゃんもあんな子だなんて……っ!」

 私は黙って妹を撫でながら、五月雨のほうを見つめる。

 五月雨も相当ショックだったのか、何も言わずに放心状態でそこに立ち尽くしていた。

「……ううっ、私、司令官のとこに所属されてホントによかったよ……。あんなとこだったら、私、私……っ!」

「そうだな……北上……」

 自然と私も妹を抱きしめる。妹がもしも、自分の司令部所属でなく、あんな司令部の所属になったらと考えると、戦慄した。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 19:59:48.12 ID:hojLDG6p0
「五月雨も大丈夫か?」

 私は手招きして五月雨に呼びかける。五月雨は我に返ると、こっちに来た。

「私は大丈夫です。……動揺してしまいましたけど……」

「ああ。あと一つ約束するが、私は五月雨や北上にあんなアメと鞭みたいな事は絶対にしない。体罰とかセクハラとかは、そんなの上官のストレス発散や性欲、地位欲を満たす為の醜い行為に過ぎないからな」

 そして私は、まず妹に小指を差し出す。妹も小指を出して、ゆびきりげんまんする。

「こんな事しなくても、司令官はそんなことしないの分かってるよ……」

 それから今度は五月雨に小指を差し出す。五月雨は何も言わずに私と小指を交わした。その小指は小さく震えているように感じた――。
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:00:54.98 ID:hojLDG6p0
***

 その日の夜は、明日に備えて二十一時半には消灯した。

 が、なんか下がどたどたと煩い。寝室の下階と言うと五月雨の部屋だが、壁を叩いているのかそんな感じの音がこっちにまで響いてきた。

 そして、それから間もなく、五月雨が何かを叫んだような声が聞こえてきた。

 私は何事かとベッドから飛び降りると、五月雨の部屋へと全速力で走った。

 二階に降りると、既に浴衣姿の五月雨が泣き面で部屋の前に立っていた。

「ど、どうしたんだ? すごく下がうるさかったけれど……。なんかストレスでも溜まっているのか?」

 五月雨は黙って頷くと、私の方へとよってきて、手を引っ張った。

 そして、そのまま五月雨に引っ張られるがままに、司令部庁舎から外に出た。

 夏の夜の砂浜は涼しく、波の音と虫のこえが静かに響き渡る。五月雨は砂浜で私の手を離すと、私の正面に立った。

 そして、ぎゅうと抱きしめる。
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:02:08.28 ID:hojLDG6p0
 突然抱きしめられ、私はどうしてよいか分からなかった。

「……司令は、私のこと、撫でたり、抱きしめてくれたり、しないんですか??」

 い、いや、こんなかわいい五月雨を撫でたり抱きしめたりしたらいけない気がするのだ。

 私はなんと返せばよいのか分からず、夜空を見上げながら黙ってしまった。

「……北上さんにはなんで出来るんですか??」

「それは……北上はフレンドリーというか、なんか馴れ馴れしいから撫でたり抱きしめても許してくれるというか……」

 私は五月雨には目を合わせず、上を向いたままそう言った。目を合わせたら妹と自分の関係がばれそうだからだ。

「目を見て話してくださいっ!」

 五月雨に声を上げられ、思わず顔を下した。

 すると、私を抱きしめた五月雨が上目遣いでうるうるした表情で私を見つめていた。

 そ、そんな表情されたら、私は……!

「私だって、私だって、時には北上さんみたいに接して欲しいです! 私たちは、ここに一緒に暮らす家族なんだから、平等に接して欲しいんです!
 でも、明らかに同じ時間を過ごしているはずなのに、司令と北上さんはまるで出会う前から仲が良い感じに私にはみえるんです……。
 北上さんは会った時から司令に慣れてましたし、痴話喧嘩はするし、今日みたいに撫でたり抱きしめたりするし、二人ってホントは兄妹ですよね……??」

 五月雨は抱きしめる力を強くして、そう迫ってきた。

「…………」

 どう言おうか考える私に、五月雨は小さくため息を吐く。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:03:13.70 ID:hojLDG6p0
「黙秘する司令もかわいいです。でも、もう今ので分かっちゃいました。やっぱり司令と北上さんは兄妹なんですね」

「うう、何で分かった?……あっ!」

 やられた!

 と、同時に五月雨はにやっと笑って私からくるりと離れる。

 浴衣の裾もひらりと花を咲かした。

「あ、やっぱりそうなんですね!」

「ぐぐぐ、こうやって私の口を滑らせるなんて、五月雨もそんな訊き方ができるのか……」

「えへへ……。私だって、司令と北上さんがもらった命令を妹が着任した時に受けてますから。
 二人の関係が分かる行為をしちゃいけないとかお互いを信じてとかの紙を司令はもらいましたよね??」

「あ、ああ。でも、五月雨は五日くらい前に妹が涼風として艦娘をしている事を私に明かしてたじゃないか」

「それですけど、上官に聞いたところ、別にばれちゃったり関係を明かしたりしてもいいんです。それだけじゃ解任とか解体とかないですから!
 あの命令の本当の意味って、作戦とか戦闘で兄弟姉妹を贔屓しちゃいけないって事らしいです。作戦とか戦闘で兄弟姉妹を贔屓して失敗になる事を防ぐためらしいです。
 実際にそういう関係で贔屓しちゃった司令官や艦娘が命令違反で停職処分されることがありましたし」
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:04:25.72 ID:hojLDG6p0
 なるほど。つまり、あの命令は兄弟姉妹で着任した人全員に出される命令だったのか。

 てっきり訳ありな命令だったから、ここに私と妹の二人を配属したことにも意味があるのだと思っていたが、そうでもないらしい。

「そうか……五月雨はいつごろから分かってたのか?」

「もう初日には分かってましたよ〜。初対面とは思えない感じでしたから! 司令も北上さんも兄妹であることを隠そうとしている感じが見てて面白かったです!」

「うぐぐ、五月雨もなかなか観察力のあるとこあるんだな……」

「えへへ……でも……」

 五月雨は声のトーンを落とすと、私を再び抱きしめてきた。

「司令と北上さんが兄妹なんて羨ましいです……。ずるいです。だって、本当に家族なんですから。とーっても強い信頼もあるんですから……」

 すると、五月雨はしばらく黙り、私の胸に顔をうずめた。

 それからちょっとして、五月雨は上目遣いで私を見つめてきた。その顔はとても不安そうな顔であった。

「どうしたんだ? さっき下で怒ったり叫んだりしたのと関係あるのか……」

「う、うん。……まず、今日はごめんなさい。私、ちょっと感情的になっちゃって司令にあんなにきつく当たっちゃった……。
 北上さんと司令のことが羨ましくて羨ましくて、嫉妬、しちゃったのかもしれません……。
 この四日間、ずっと北上さんの昇進試験の対策に司令はつきっきりでしたから……」

「僕の方こそごめん。五月雨の気持ちをちゃんと考えてあげられなくて……」
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:05:07.83 ID:hojLDG6p0
 それから五月雨は視線を下す。

「――司令は、ホントに私のこと、信頼してますか? 私のこと、信じてくれますか?」

「もちろんだよ。僕らは家族だから、五月雨の事は信じてるし信頼してる」

「ホントですか? それなら北上さんと同じ様に私のことも妹みたいに接して欲しいです」

 五月雨は上目遣いに訴えてくる。

「ああ。僕からすれば五月雨も妹みたいなものだよ」

 すると五月雨は私の胸をぽかと叩いた。

「それなら私のこと、抱きしめてくださいっ! なでなでしてくださいっ!」

 こんなかわいい五月雨にそう懇願されたら、もう抱きしめて撫で撫でしてしまう!

 私は五月雨を右手でぎゅっと抱きしめ返し、左手で五月雨のつやのある綺麗な髪を撫でた。

 ああ、これが五月雨の温もりか。

 五月雨の身体は華奢でやわらかく仄かな体温を手から感じた。

 そして、撫でる髪はさらりと手に馴染み、顔を髪に近づけると、椿のような優しい香りがした。

 恐らく、使っているシャンプーやトリートメントは一髪であろう。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:06:17.65 ID:hojLDG6p0
「えへへ……お兄ちゃんって私も呼んでいいですか??」

「五月雨にそう呼ばれるのは恥ずかしいな……」

 そういうと、五月雨はぷくーと頬を膨らます。

「兄さんっと言う方が五月雨らしいよ」

「そう、ですか? うんっ。では、兄さんって呼びますね!」

 私は自分の頬が赤くなったのが分かった。「兄さん」でも恥ずかしいのには変わりない。

 すると、五月雨は構わず私のことをより強く抱きしめた。

「兄さんはずっと私の味方ですよね??」

 五月雨は私の目を見つめてそう尋ねる。

「ああ。もちろんだよ。僕はずっと五月雨と北上の味方だよ」

 五月雨はその答えに納得しないようで、アヒル口をした。

「私と北上さんが対立したらどっちの味方ですか??」

 それを聞いた私は、五月雨の頭をぽんと叩いた。

「意地悪な五月雨だね。僕はどっちもの味方だから、お互いが対立しないようにするよ」

「ごめんなさいっ。でも、兄さんがずっと私の味方ってこと、約束してください!」

 五月雨はそういうと、右小指を私に差し出した。私も右小指を彼女の小指に交わらせる。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:07:02.25 ID:hojLDG6p0
「約束ですっ! 私と司令も、兄妹と同じくらい信じて信頼してずっと味方でいる事を約束してくださいっ。私もずっと司令のこと信頼して味方でいますから!」

「ああ、約束だ。五月雨と僕はお互いに信頼し味方であることを……」

 その後は、流れで五月雨は私の寝室で寝ることになった。

 もちろん、やましい事とかあんな事こんな事はしていないのは、言うまでもない。

 ただ、ベッドでこんなかわいい五月雨と一緒に寝るとなると、興奮してね、もう、やばい。

 五月雨の寝顔とかはかわいくてたまらない。

 こうして、私はこの子の永遠の味方であることを自分の心の中で誓い、眠りについたのであった。
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:08:07.58 ID:hojLDG6p0
***

 翌朝、起きると既に五月雨は横におらず、食堂で朝食をつくっていた。私も一緒に手伝う。

 それから妹の北上も食堂に来て、いつも通りの朝食をとった。

 朝食を食べ終えた頃に、桟橋に昇進試験会場の佐伯泊地まで運んでくれる小船が到着した。

 それから私らは各自で用意を済ませると、桟橋に向かった。

 私や五月雨も他にやることがないことから妹について行く事にしたのである。

 桟橋では明石中佐とロシアンブルーのアカトゥルフが見送ってくれた。

「北上、今日は貴女の為にしっかりと艤装を整備しておきましたよ。存分に戦ってらっしゃい」

 中佐は顔を緩め北上に微笑みを見せながら、煙草を吸った。

「ありがとー明石さん! 私、必ず、曹長から准尉になって帰ってくるよー」

 妹は中佐に敬礼する。

「では、明石中佐、今日は私たちが帰ってくるまで、この泊地のことをお願いしたい」

「ええ、大丈夫ですよ。任せてください」

「ありがとう、よろしく」

「では、行きましょう!」
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:09:01.24 ID:hojLDG6p0
 こうして、私たちはクルーザータイプの小船に乗り込んだ。

 船に入ると、谷風や他の艦娘が六、七人ほどおり、司令官という立場の人間は私一人だった。やはり私は暇人司令官なのだろう。

「あー、谷風、おはよう。一緒の船だったんだな」

 私が谷風に声をかける。

「おはよう! 五神島泊地司令少佐っ! 北上ちゃんに五月雨中尉もおはよう!」

 谷風は気さくに挨拶する。五月雨は笑顔で返すが、妹は昨日のことからか声のトーンを落としたぶっきらぼうな挨拶を返した。

「もうもう北上ちゃん、昨日はごめんよー」

 すると、妹はクルーザーの室内から黙って出て、室外のバルコニーに出た。

 私もあとを追い、その後を五月雨と谷風がつけた。バルコニーを出た妹に谷風が近寄ると、妹は怒った様な表情をした。

「谷風ちゃんの本心はなんなの? あんな基地ってるとこにいて嫌じゃないの?」
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:10:00.40 ID:hojLDG6p0
「……あたしは嫌じゃないよ。ちゃんと司令は私を成長させてくれるし」

「セクハラも成長の源なの?」

「セクハラじゃない! あたしが成長するために必要な『教育』だよっ!」

「それじゃあ今日、私は負けるから『教育』されたら?」

「それは嫌だっ! あんなに頑張ったんだから一緒に勝とうよ!」

 谷風は反射的に妹の両肩を掴んでそう声を荒げる。

「……やっぱりセクハラじゃん。負けたらセクハラされるから勝ちたいんでしょ?」

「ううっ……。そうだよ、ホントはあたしだって嫌だよ……。でも、頑張ればご褒美もらえるしっ!」

 宇和島基地のクズ司令はホントにアメと鞭を使い分けるのが上手なのだろう。

「でも、多くの司令部はセクハラないんだよ? うちも勿論ないし」

「知っているさ、そんなの」

「じゃあ何で誰もそれをやめさせようとしないの?」

「あたしのとこはそういうの許されちゃうからだよ」

 谷風は豊後の海を遠い目で眺めながらそう言った。

「許されちゃうってどゆこと?」

「……北上ちゃんって、なぜあたしが足速いか分かる?」
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:12:49.66 ID:hojLDG6p0
 急に話題が変わり、北上がため息を吐く。

「そんなの私には分からないよ。それと許されちゃうのがなんか関係あるの?」

 谷風は妹を睨む様に見つめながら、口を小さく開いた。

「……あたしが、足速いのはね、万引き常習犯だったからだよ。
 家が貧しくてさ。困っちゃうよねー。仕方ないよねー。
 盗んでは逃げてを繰り返してたら、部活やってないのにいつの間にか女子で県内三位の速さになっちゃった。
 でも、高校に入る前についに捕まっちゃってさー」

 私と五月雨もそれを後方で聞いていたが、その言葉の重みに圧倒されて、何の口出しもできなかった。

「そして、いそなみんは親が小作人で貧しくて、しかも部落差別を受けてるとこの出身なの。神威中尉も親がアイヌで似たような差別を受けてまともに収入がなくて貧しいのよ。
…………今ので分からない?」

 谷風は妹から目を離すと、海に向かって唾を吐いた。

 妹は谷風の話に何も言葉を返すことができなかった。

「つまりさ、あたしの基地ってみんな貧しいか犯罪者か社会のクズ共の集まりなんだよ。
 そんな奴がセクハラ訴えても上官は見向きもしねえんだよ。
 そもそもウチの司令官さまは、幹部からはあたしらみたいな社会のゴミを社会的勝者へと導いたり更生させたりする事で有名なんよ。
 だからあそこでの方針はなんでも許されてしまうし、宇和島にくる艦娘は皆そう言う子が選ばれてくるわけなんだよ! 分かった?」

 小柄な体格には似合わないドスを効かせた声で、谷風は妹にそう吐露する。

 谷風を止めたいところだが、驚愕すぎて体が動かなかった。

「後ろの司令少佐さんとか五月雨中尉もご理解頂けたかな?」

 私と五月雨は黙って頷く。
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:14:28.95 ID:hojLDG6p0
「で、でも谷風ちゃんは嫌なんだよね……やめるって方法もあるのに、どうしてやめないのって……あっ、やめてっ!」

 妹のその言葉に谷風はぷつりと切れた。気付いたときには、妹の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。

「おい、落ち着け、やめろ谷風!」

 私が止めようとしても、谷風は離さなかった。

「ふん、やっぱり二浪するだけ甘ったれてるね、北上ちゃんは。二年間なんもしなくても生きていけるのを当たり前に思って生活してたでしょ?
 でも貧しいとそんな事するなんて許されないんだよ。働くか盗むかしなきゃ生きていけない。
 だけど、艦娘になれば凄くいい給料で働けるし、艦娘として働けなくなってもその後の就職はいいとこ行ける。
 大手とか公務員とか海保や自衛隊の幹部とか……。
 まさに人生大逆転できるんだよ。
 そっから逃げる? ふざけてんの?」

 谷風はそう言い切ると、持ち上げていた胸ぐらを投げるように離した。

 妹が泣いて倒れる。私は妹の傍に寄った。

「これはさ、あたしゃにとって、神様がくれた人生大逆転の切符って思っているんだよ。
 私がその一万人の一人に選ばれたのはさ、神様があたしを見込んでいるからさ。
 それを無駄にしたくない。だからここで弱音を吐いてられんのだよ」

「谷風……」

 彼女の言っている事は正論であった。だから私も何も言えなかった。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:17:00.84 ID:hojLDG6p0
「まぁ、世間一般に見たらブラックなんだろうけど、あたしゃ、司令官さまに救われたんだよ。
 少女院入って少しした時、ウチの司令官さまが来て、適合者かどうかの簡易検査をしたんだよ。
 そしたらさ、施設のなかであたしだけ陽炎型駆逐艦の適合者って反応したんよ。
 その時の司令官さまの言葉が今にも忘れられないね。『社会のド底辺から這い上がってみないか?』って。
 痺れたよ。で、試験受けたら駆逐艦谷風だったわけさ。なるほど船になる夢を見てきたわけだよ。
 そんな訳で、あたしは司令官さまには感謝してもしきれないんだよ。『教育』ははずいし、とっても痛いから嫌だけど、あたしは罪深い女だからね。これまでやってきた事の罰だと思って司令官さまにあたしの桃を差し上げてるよ」

 そう言って、谷風は自分の尻をぽんぽんと叩いた。

 と、涙目の妹が谷風のことをぎゅっと抱きしめた。

「ううっ……ごめんね、とってもごめんねだよ、谷風ちゃん……。私、谷風ちゃんのこと考えずにあんなこと言っちゃって……」

 すると谷風は顔を緩めて、気さくで優しい表情に戻って、妹を撫でた。

「分かってくれれば、あたしは別にいいんだよ。北上ちゃん」

「ううぅっ、谷風ちゃんホントにホントにごめんね……」

「そ、そんなに謝られてもこまる!
 あ、そうだっ! あたしが北上ちゃんを一回『教育』させてあげる!」

「ふぇ?」
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:35:46.13 ID:hojLDG6p0
……妹は嫌がると思ったが、気がすまないらしく、大人しく船上で土下座をはじめた。

「ほらほら、もっとお尻上げて」

 私と五月雨の前で妹が土下座してお尻を谷風に出している。流石に生尻ではないが、なんか見ているこっちが恥かしくなってきた。

「は、はずかしいよぉ……」

「これが『教育』だしね。……って、うっほ、北上ちゃんもいいお尻してるなぁっ!」

 谷風が妹のお尻を撫でながらそう言うので、妹はとても赤面している。

「ううっ、司令官も五月雨ちゃんも見ないでっ。特にそこの変態司令官っ!」

 そりゃ、そうだろうな。でも、変態ではない。私は紳士である。

「じゃじゃ、北上ちゃんを『教育』しちゃうぞ!」

「手加減なく強く叩いてっ////」

 あれ、意外と妹ってマゾなのか。いや、これはホントにマゾかもしれない……。

 なんか兄として複雑な気分になる。と、谷風が思い切り妹の尻を叩いた。

「ひゃんっ、はぁっ//////」

 すると、五月雨は何かに目覚めたように、谷風の横に来た。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:36:40.71 ID:hojLDG6p0
「あ、私も北上さんのこと叩いていい?」

「はぅ?? さ、五月雨ちゃん??」

 五月雨は妹の横に立つと、にっこりと笑った。

「五月雨中尉、ま、まあ、あたしゃ別にいいけど……」

「じゃあ、するね」

「ちょちょ、五月雨ちゃん恥かしいよ〜。それに私は五月雨ちゃんに謝るようなことしたっけ??」

「うん、してるよ〜」

「はぅぅ//////」

 恐らく、昨日のことを考えると、五月雨の妹への嫉妬かなんかだろう。でも、五月雨ってこんなにサドっ気あったか?

「それじゃあ、手加減なく叩いちゃうね」

「うぅっ、五月雨ちゃんっ//////」

 五月雨はそのきれいなすらりとした手を、ぴしゃりと妹の尻に容赦なく振り下ろした。

 ペシンッ!!

「いやっ、あんっ//////!」

 綺麗な音が船上に響いた。

 室内の子たちに見られていないか不安だ。

 しかし、五月雨の叩き方はまるで慣れたような手つきであった。

 と、五月雨が急に我に返ったように、跪いた妹のことを起こしてあげた。
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:38:10.22 ID:hojLDG6p0
「わわっ、ごめんね! 北上さんのこと思いきり叩いちゃった!」

「ううっ、五月雨ちゃん、顔がマジだったよー」

「ありゃあ、まるで昨日の五月雨中尉のようだったなぁ」

 五月雨はぺこぺこしながら妹に謝る。これもドジというのか? 五月雨が分からなくなってきた……。

 それから妹は立ち上がると、谷風に右手を差し出した。

「谷風ちゃん……今日は絶対に勝とうね。私、がんばるよ」

「そうこなくっちゃっ! 北上ちゃんを『教育』したことだし、これで絶対かつる!」

 そう語気を強めて、谷風は妹と強く手を結んだ。

「……それで、谷風ちゃんの今回の報酬とお仕置きってなんなの〜? ペアとしてちゃんと知っておきたくてね」

「ご褒美は、新型高温高圧缶改二だぞよ! 司令官さまがあたしの為に柱島の明石に作ってもらったんだってさ! めっちゃ欲しいし、こりゃあ勝つしかないね!」

 速さを極める谷風にとってはこれが本当に嬉しい褒美なのだろう。

 宇和島の司令がアメと鞭の使い分けが得意なのが良く分かった。

 しかし、やはり私自身は、例え宇和島の子たちが社会的弱者だろうが「教育」みたいな体罰を与えるのはおかしいと感じた。

 だって、こんなの自分の性欲を上手い理由つけて発散したいだけじゃないか。

 轟沈のリスクを無視すれば待遇も給料もよすぎる「艦娘」という職業は、そういう彼女たちにとっては辞める事ができない仕事である。

 たとえ自分が辞めようとしても、同じく貧しい親が許さないだろう。

 宇和島の奴はそれを悪利用して、自分の欲の赴くまま好き放題やっているだけじゃないか。

 結局、貧しい子達を上から目線で踏んづけて楽しんでいるだけじゃないか。
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:38:41.69 ID:hojLDG6p0
「――それで、お仕置きはなんなの〜?」

「うっ、それはすんごく恥かしくて言えないよ!」

「そなの? まぁ、谷風ちゃんにはそんな恥かしい目にあって欲しくないし、私は頑張るよ。
 きっと、谷風ちゃんが成長して強くなれば、その司令官から認められてお仕置きされなくなる日が来ると思うよ〜」

「そだね! あたしが強い艦娘になれば、司令官さまは毎日あたしにご褒美してくれる日がやってくる!」

 二人がそんな会話をしているのを見て、私は小さく嘆息を吐く。

……おそらく、谷風にそんな日がやってくることはないだろう。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:40:44.10 ID:hojLDG6p0
***

 昇進試験会場である佐伯泊地に到着すると、私は試験に参加する妹と谷風とは別れて、五月雨と一緒に行動した。

 昇進試験と言っても一般人からすれば、一日に様々な艦娘を近くで見られる機会なので、佐伯泊地の海岸には見物客が多く来ていた。

 加えて休日ということもあり、屋台が出ていたりして半ばお祭状態である。

 私と五月雨は屋台に行って、適当に冷たい飲み物とかき氷を買うと、海岸に二人腰を下した。

 今日は曇りだが暑い。既に、目の前の佐伯湾では昇進試験が行われており、重巡四隻が砲撃戦を展開していた。

 いやー、訓練用主砲と模擬弾を使ってはいるが、こうやって近くで見ると音に水柱と迫力がある。

 観客の歓声も興奮に満ちていた。

「司令に問題です! あの子は何ていう艦娘でしょう??」

 五月雨がかき氷のストローで、臙脂色のセーラーでショートの髪型の重巡を指す。

 あのセーラーを着たツインテールでお嬢様出身の子が多いとされる三隈の事は、まぁ、気になるので知っていたが、ボーイッシュな彼女の艦名は知らなかった。

「みくまみくま、みくま……み、くま!?」

「はい、知らないんですね。司令……」

「ああ、知ってのとおり艦娘が三人しかいない司令部だから、こういうのに疎いんだよ」

「分かってますよ〜。だから、司令にも勉強して欲しいなって。あの子は最上型重巡の最上さんですよー。
 ネームシップ知らないのに、同じ最上型の三隈さんを知ってるのってどしてですか?」

「あ、いや、育ちが良い子に私は興味があるから……。あ、もちろん、五月雨もそう言う意味では好きだぞ!」
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/09(水) 20:41:30.99 ID:hojLDG6p0
「わわわっ、司令、急にびっくりですよ〜! じゃあ次いきますよ! 次っ!」

 五月雨が頬を赤くして、次の子をストローで指す。五月雨はやっぱりかわいいなぁ。

「ああ、あの子か……」

 いや、あの子と呼べる歳か、彼女は!? 格好はなんかOLっぽいし、見た感じ二十五くらいに見える。いや、三十代でもいけるぞ。

 少なくとも、私よりは年上であることは間違いない。あ、そう言えば、たしか妙高型は歳が二十代半ばに集中していると聞いたことがある。

「あれは妙高型だよね?」

「そうです、そうです! となると〜」

「たしかー、あの女性は神奈川の地名にあった気がする。あ、箱根だ!」

「し、司令……。もっと勉強してください……あの方は足柄さんです」

「おー、場所的には同じじゃないか。箱根でいいよもう。温泉好きそうだし」

「だめです」

 私は駆逐艦と軽巡、戦艦の名前は一通り覚えたが、重巡とか軽空母、潜水艦などにはまだまだ疎かった。

 まぁ、色々な艦娘と関わる機会があまりないからなのであるが……。
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