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【艦これ】「泊地を継ぐもの」
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:48:45.99 ID:5FDHqpH0O
はじめに:これは四国にある小さな泊地の後継者となった若者素人司令官の日誌をもとに描いた物語です。
つまり戦記みたいな日常みたいな感じです。
同型同艦の子は複数いる世界ですので、これキャラ違うなーとかそういうのはあります。だって、人間だもの。
とりあえず、電子記録として残すだけ残させて下さい。
ではでは……
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1502164125
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:50:12.36 ID:5FDHqpH0O
「はじめまして、五月雨です! 司令官っ、これからよろしくおねがいします!!」
どうやら私は司令官着任試験に晴れて合格したらしい。とはいっても、柱島泊地所属でしかも豊後水道にある名前も知らぬ離島の泊地の司令部に着任することになったのだが。
艀から降りて桟橋に立つと、駆逐艦の五月雨が出迎えてくれた。彼女の背景には初夏の日差しを受けた木造の三階建ての司令部庁舎がいい趣で佇んでいた。これからこの司令部で長い司令生活が始まるのだ。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:50:59.29 ID:5FDHqpH0O
「――司令官??」
「ああ、はじめまして」
私は若干、頭を下げて女子高校生にしか思えない目の前の女子に対して挨拶する。この子がその艦娘なのか。間近に見るのは初めてである。
「ささっ、早速入りましょう!!」
五月雨はそう言い、私に背を向ける。そして、足を踏み出す。あ、そこは桟橋の桁がないとこだ。
「あ」
「あ?……わあわわわ!!」
ドボン。
出会って数分で、彼女は海の底へ……。なんという注意力のなさ。
「し、司令官っ……!!」
「あ、ああ」
私は浮き上がってきた五月雨の手を引っ張った。出会ってすぐ、艦娘というのに触れる事になり、嬉しいのか不安なのかよく分からない感情になった。因みに彼女の手は人間そのものだ。もちろん、艦娘は人間だから人間の感触なのだが……。
「ご、ごめんなさいっ! 私、ドジなんです!」
上官から聞いていたので、分かっていたが、ここまでとは。
と、彼女のスカートの裾に若干血が着いているのに気付いた。ももを擦ったのだろうか。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:51:28.79 ID:5FDHqpH0O
「大丈夫かい? ちょっと擦りむいたようだけれど……」
「わっ! いえ、心配かけてごめんなさいっ、大丈夫です! でも、着替えてきますね!!」
「ああ」
そう言うと、彼女ははやばやと司令部庁舎左隣の小さな入渠施設へと走っていった。
では、私は一足先に司令部庁舎に入って荷物整理でもするか。
「あ……」
司令部庁舎の木目調の両開きの扉の前で、鍵を五月雨から預かることを忘れてしまった。
仕方ない。そう言って私は、荷物を扉の前に置き、桟橋で体育座りなんかして待つことにした。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:52:12.56 ID:5FDHqpH0O
ああ、海は穏やかだ。しかし、ここは四国と九州に挟まれており、瀬戸内海の入り口とも言える場所であるから、要所とも言える。この近辺には良くイ級やら敵潜水艦やらが来るらしい。まぁ、あっさり彼らはやられる訳だが。
それにしてもこの司令部は不思議だ。立会いの元で行われる前任者との引継ぎもないし、そもそも他の艦娘たちの姿も見当たらない。建物からして新しく新設された司令部、というわけでもないし……
「司令官? 司令官?」
「あ、ああ、君か……」
「ご、ごめんなさいっ! わたし、すっかり司令官に鍵を渡すのを忘れてました!」
「大丈夫。それじゃあ行こうか」
「はいっ!」
新しく着替えた五月雨の制服からはダウニィの香りがふわり。そして長い髪がなびくとまさに女性の香り。パンテーンかラックスかダウか一髪かは分からないが、とにかくいい香りである。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:52:59.99 ID:5FDHqpH0O
正面玄関の扉を開けると、木目調の廊下と正面には上階に通ずる木製の古びた階段。すべて材質は木であり、しけた木の香りがした。
「今日からここが、司令官と私が暮らすとこです!」
五月雨がそう言って、眼を輝かす。
「ということは、ここは指揮所や司令室だけでなく、艦娘が住む所や私が住むところもあるんだね」
「はいっ! 私は二階、司令は三階が住むところとなってます!」
「それじゃ、司令室に案内してもらおうかな」
「ええ、かしこまりました!」
そう言い、私と五月雨は古びた階段を上って三階へと行く。一歩のぼるたび木の軋む音と五月雨の長髪から香るいい匂い。
「ここです、司令官」
三階の階段を上がって右奥の部屋が司令室となっていた。私は五月雨から司令室の鍵を貰うとドアを開けて入った。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:54:22.74 ID:5FDHqpH0O
「ここが、今日から執務を行う部屋なんだな」
「ええ、司令官がお仕事するお部屋です」
部屋の真ん中には執務用の設備が入ったダンボールが積まれていた。そして司令用の机と椅子は窓際に置いてあった。床は一部分において机や家具の移動によるものなのか擦れた跡がかなり残っている。そして、壁はところどころに拳大の染みや汚れが付着していた。正直、私が司令官候補生学校で使っていた宿舎の方が綺麗であった。窓からは先程いた桟橋とその先に広がる宇和の海が広がり、日振島などの島が浮かんでいる。眺めは悪くない。
「どうですか、司令官?? 気に入ってくださいましたか??」
「ああ。これから、五月雨先生に色々教わりながら司令官として執務をこなしていくと思うと気分が高翌揚するね」
「わ、私が先生??」
「そうだよ。君は私よりこの仕事の事を詳しく知っているし、他の司令官の仕事ぶりを見てきた筈だから私からすれば色々教わることがあるよ」
「……うん。あっ、司令官っ、私、がんばっちゃいますから! 色々教えてあげますよ〜」
五月雨は両腕を胸元に持ってきて頑張るアピールをしてみせる。自然とした仕草がかわいい女だななんて思ってしまった。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:55:42.73 ID:5FDHqpH0O
「――ところで、五月雨中尉、ひとつ質問いいかな?」
「あっ、はい! どうぞ!」
「この司令部の前任者のことなんだが、普通なら司令部を引き継ぐ時は両者の立会いの元で行うのが慣例というか決まりだが、前の司令官は今どこにいるのかい??」
そう訊くと五月雨は一瞬、大きく目を見開いたように思えた。
「前の司令官のことは……」
数秒間の沈黙。
「……分かりません!」
五月雨はにっこり笑う。なんだそりゃ。上官から聞いてないのか。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:56:44.42 ID:5FDHqpH0O
「分からないって……それじゃあ、君も何も聞いていないんだね」
「はい、それに私は艦娘ですから、司令の人事関係のことはよくわからないです」
「そうか……それならちょっと質問を変えるけど、前の司令官と共にここにいた艦娘たちの事とかは知っていたりしないかい?」
その質問をすると五月雨は顔を曇らせて面倒だなという表情を一瞬したが、すぐに我に返ったかのように微笑んでみせた。
「それも私は分からないです。そもそも、私もつい昨日くらいに違う司令部からここに赴任して来たばかりですから。
――たぶん、ここにいた前の司令官や艦娘たちは違う司令部に異動したんだと思います」
そうか。なるほど。
「それなら、少しくらいはここに残してくれてもいいのにな。君も一人だけじゃ、心寂しいだろう」
「いえいえ、私が選んだ道ですから〜。これから司令官と一緒にやっていけると思うと嬉しいです!」
「そうか、それは私としても心強いし嬉しいな。因みに前の司令部では君はどんなことしていたのかい?」
「……前の、司令部……」
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:57:19.81 ID:5FDHqpH0O
微妙に五月雨の声のトーンが落ちたような気がした。
「ど、どうしたのかい? あんまり良い思い出じゃないとか、ブラック司令部とかだったのかな……」
「い、いえ! そんなんじゃありませんっ。いろいろあったなって……えへへ……」
五月雨は苦笑いしてごまかす素振りをみせた。まぁ、辛い思いでもしたのだろう。近年は連日オリョクル、バシクルに連日東京急行といったブラックな事をする司令部も多いと聞く。私は、そんな事をするつもりはさらさらない。例え上官にきついノルマを課されても、私は艦娘にはできる範囲で無理をさせないつもりである。ノルマは仕事を半ば強制的にさせるために課すものであって、達成する為に設けているのではない。無理に達成してしまうと更に高度なノルマを課せられ、それがブラックへの道となる。もっとも、上官の昇進の材料をわざわざ部下が作る必要はないのだから、ノルマは軽く聞き流すのが丁度良い。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:57:55.38 ID:5FDHqpH0O
「まぁ、私は新人だし、五月雨中尉も良い意味で上手く私を使ってくれると助かる。そうしたほうが、君にも私にもよいだろう」
「私が司令官を使う??」
「ああ、私は新人だから、君好みの司令官にしてもよいんだぞ」
私はそう言って、笑ってみせる。
「えへへ、なんか恥ずかしいけど、嬉しいです。私、なんだかやる気がでてきました!」
「――といっても、艦娘は君一人だろう。単艦で出撃なんてできるのかい?」
「えっと、それは……」
「ごめん、意地悪した。でも、明日くらいにでも新しい艦娘が着任するだろうし、今日はゆっくり休むといい」
「はい、そうしますね!」
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:58:32.86 ID:5FDHqpH0O
その後、五月雨は私に指揮所の案内と私が寝泊りする寝室を紹介してくれた。そして一階の食堂も。しばらくは五月雨が作ってくれるというので楽しみだ。
「艦娘たちが住む部屋も見せて欲しいな」
「それは、秘密です!」
いやいや、今見せても問題はないだろう。
「……なんて……今回は司令官に特別に一部屋見せてあげます!」
五月雨は二階の艦娘が暮らす一部屋を見せてくれると言った。私が冗談交じりに五月雨のいる部屋もみたいと言ったら、彼女はにっこり「それは恥ずかしいので秘密ですっ」なんて返されてしまった。私の寝室の真下に五月雨の部屋があることは教えてくれたが。
「ここが、艦娘が暮らしている一室です〜」
扉を開けると左手に洗面所とトイレがあり、前方に和室の十畳間が広がっていた。和室には二段ベッドが右端に一つ設けられている。そして真ん中には丸テーブルと薄型テレビ。ちょっと狭い感じはするが、温かみの感じる部屋であった。それと気のせいかもしれないが、少し最近まで女の子が使っていたような感じがする。なんか、いい匂いがするのだ。
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 12:59:23.38 ID:5FDHqpH0O
「こうやって見るとつい最近までいたんだなって思えるよ」
「……ですね。司令官もここを沢山の艦娘が居るようなとこにしたいですか?」
「いや、今のままでも私は別に構わないがね」
そういうと五月雨はなんとなく嬉しそうな表情をした。
「でも、それじゃあ何のお仕事もできなくて私も司令官もぶーたろーです!」
「だな、あははは」
と、彼女が身を翻して部屋を背に向ける一刹那、スカートが開いて、綺麗なももがちらと見えた。
あれ?
さっき血がついていたあたりのももに擦りむいたような痕も絆創膏もついていない。
「……どうされました? 司令官? 俯いてなんかしたりして……」
「あ、いや、入渠の力ってすごいんだな、と思って」
「え? あ、そうですよね! さっきの擦り傷もなおっちゃいました!」
そう言って五月雨はちらとスカートを上げてももを私に見せる。ああかわいい。
「――でも、司令官って変な観察力ありますね」
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:00:03.87 ID:5FDHqpH0O
夕方、私は夕飯を食べに食堂に入る。食堂と言ってもカウンタ席とテーブル席を合わせて十人入れるかどうかの小さな所だ。カウンタの奥では五月雨がトマトシチューを作っていた。
……って、量多くない!?
「今日はトマトシチューか。楽しみだよ」
「そう言ってくれて嬉しいです!」
「でも、量多くないかい? これで二人分って多くない? 私は草食だからそんなに食べないけど……」
「……えっ! あ、そうなのですか?? それは残念です……男の人っていっぱい食べる方が多いと思ったので……」
いやいや男の人でもこんなには食べないだろう、と私は苦笑いする。ドジだから作る量を間違えたのだろうか。
「でも、君が作ってくれたものだし作り置きで何日か分けて食べても私は構わないよ」
「えへへ、なんか嬉しいです」
それから私と五月雨はカウンタで二人ならんでトマトシチューとこんがり焼けたフランスパン、そして白ワインを頂いた。まずは、司令官着任記念ということで、乾杯した。五月雨も白ワインを飲む事に驚いたが、よくよく考えたら軍属の者は十六歳くらいから酒が許されるのだ。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:00:46.97 ID:5FDHqpH0O
「こうみえても、私、お酒強いんです」
一口飲んで、五月雨はそんなことを言ってみせる。ああかわいいな。
トマトシチューの方は程よく甘く、私の口にあっていた。ドジだが五月雨の料理は美味しいと分かって私は安心したのであった。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:01:28.24 ID:5FDHqpH0O
夜、私は三階に備え付けてある司令用の普通の風呂に身体をつかった。だが、置いてあったシャンプーとコンディショナーは一髪であった。加えて洗顔料も専科であった。もしかしたら前任者は女性司令であったのだろうか。
風呂を出ると、なんだか散歩に出たい気分になった。私は浴衣の格好で、司令部庁舎を出ると、桟橋に立ち、夜の宇和海を見渡した。おおよそ五、六海里先の戸島付近に三隻程の艦娘が夜間哨戒しているのが見えた。
と、彼女らのサーチライトを照らす先が白く沸き立って水柱を上げているのがみえた。敵潜を轟沈したのだろうか。
それから、私は少しして、庁舎に戻ろうとした。ふと庁舎横にならぶ小さな入渠施設と工廠を見た。……あれ。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:01:56.30 ID:5FDHqpH0O
工廠の明かりが薄ら点いているではないか。五月雨が艤装の整備でもしているのだろうか。そう思ったが、庁舎の五月雨がいる部屋の明かりもぼんやり点いていた。
そんな訳で私は木造の小さな工廠へ向かい、扉を開ける。
――小学校の体育館のような広さの工廠には、整備されて薄明かりの中きれいにかがやく駆逐艦の艤装が三つクレーンに吊るされて並んでいるのが目にとまった。かたや、工廠の端にはスクラップ同然の艤装や開発品、武器みたいなものが散らかっている。その中にはペンギンの成り損ないみたいな物もいくつか転がっていた。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:02:35.78 ID:5FDHqpH0O
「さみだ……ああ、貴方が噂の新人さんですかい」
突然、右からハスキィボイスの女に呼びかけられ私は驚いた。あわてて右を振り返ると桃色の髪をしたこれまた艦娘のような女が立っていた。女はロシアンブルーを抱いていた。猫は私を睨むなり、にゃあと挨拶する。左目が青、右目が黄色のオッド・アイが特徴的な猫である。それから私は視線を女に移し口開く。
「君も艦娘かね?」
「ええ、『艦娘』ですよ。といっても、戦力にはならないですがね」
「となると、あなたが工作艦の明石ということかな」
「その通りです」
「だが、五月雨から聞いたが艦娘はここには一人しかいないと聞いている」
「そして、あなたはおそらく今日一回は本司令部の名簿を見たと思いますが、五月雨しかいないことを確認したと思います」
「ああ。駆逐艦五月雨しか名簿にはなかった。では君は……?」
「ここで艤装の整備や建造、開発をしている明石ですよ」
ハスキィボイスの明石はそう言って、猫を床に下す。猫は私を少し睨むと興味がないのか直ぐに工廠の隅においてあるソファへと飛び乗って伸びるのであった。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:03:17.10 ID:5FDHqpH0O
「それではなぜ、名簿にないのだ?」
「何故も何も、あなたは私の司令官ではないからに決まっているでしょう」
「となると、ここの前任者の所属ということか」
「ええ、そういうことになります。ただ、上官の命令でここに残ることになっているので、私はこれからあなたの命令を受けて開発、建造、整備、解体の仕事をすることにはなります。もちろん、あなたが海域突破報酬……俗に言うドロップで私をこの司令部に編入させる事が認められれば、あなたは晴れて私を指揮下に置く事ができますよ。それまでは、私はあなたから命令されても装備品の改修と出撃、演習、遠征等は行いません――」
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:04:26.29 ID:5FDHqpH0O
「なるほど。よく分かった。ということは、前任者の事を知っているわけだ。
もしよかったら少し――」
「それはできません」
明石は半ば私の言っている事を遮って断った。
「それはどういう訳かな?」
「どういう訳というと、上官の命令、ですかね」
「それは困った。色々気になる事があるのだが……」
「あなたの気持ちは分かります。が、人の状態はいるかいないかの二つ。そして前任の司令官について今はいない。ですから、あなたがここの司令部を任されたのです。あなたはそれだけを理解しておけばいいのですよ」
「はあ……」
空いた口から、私はため息の様な返事をする。
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:05:19.59 ID:5FDHqpH0O
「そういえば、今日の五月雨のトマトシチューは美味しかったですね。あなたはどうでした?」
急に明石は話題を変えて、夕飯の話をはじめた。というか、明石も五月雨の夕飯を食べていたのか。通りで量が多く作られていた訳だ。ではなぜ、そう言わなかったのだろう。
「ああ、美味しかったよ。あと、ここでは司令官は一人だから私のことは司令と呼んでくれてもいいんだよ」
「いえ、あなたは私からすれば司令じゃないので……それにあなたは少佐でしょう?」
鼻につくような言われかたをされ、少々私は苛立ちを覚えた。
「ああ、そうだが。では君の階級はなんなのさ」
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:05:49.67 ID:5FDHqpH0O
「――中佐ですが」
な、中佐だと。まさか私より階級が上の者がこの司令部にいるとは……。
「……申し訳ない、です。ならば、私のことは少佐とでも呼んでください」
「ええ。私のことは中佐とでも明石中佐とでも呼んでくださいな。あと、あなたは此処では司令なのですから、私にはタメで大丈夫ですよ」
「ああ、助かるよ。明石中佐。それで早速なんだが、中佐に建造を頼みたい」
「ええ、今日はもう夜遅いんで、明日起きたらしますよ。で、建造レシピはなににしますかい?」
「あー、では、250・30・200・30で宜しくたのむ」
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:06:20.70 ID:5FDHqpH0O
そう、これは島風や雪風、また、育つと強い阿武隈や由良、摩耶などが出るレシピである。着任したときに上官から聞けた唯一のレシピだ。
「最初から飛ばしてきますねー。最初は無難に30・30・30・30じゃないんですね」
「ああ、最初から狙っていくのが大事だ」
「了解です、それでは待っていてくださいな」
明石中佐はそういうと、工廠に備え付けられている一室に戻っていった。ロシアンブルーもその後に続く。部屋の前で猫は立ち止まると私に顔を向ける。一瞬右目が煌いた様に見えた。その後直ぐに部屋の中へとするりと入っていくのであった。どうやら彼女らはここに住んでいるようだ。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:06:50.69 ID:5FDHqpH0O
翌朝、あんなにあったトマトシチューは既になく、私は五月雨が作ってくれたご飯と味噌汁、塩鯖を頂いた。今日も多くつくられていたが、明石を入れても鯖の数が二尾多いなと思った。
「明石中佐って大食いなのかい?」
「え! あ、そうですよー! 明石さんはいっぱい食べる方みたいです」
「ああ。でも、なんで昨日、明石中佐がいることを教えてくれなかったのかい?」
「えっと、それは、司令官が訊かなかったからです〜。
それよりも、司令官はどこで明石さんと昨日出会ったのですか??」
「それは工廠だが……」
「えっ? 工廠……」
「ああ、そうだが。それがどうした??」
「司令官っ、駄目です!」
「えっ?」
「司令官は、勝手に入渠施設と工廠と艦娘のお部屋を覗いちゃだめなんです!」
「はい?」
入渠施設は分かるが、工廠を覗いちゃだめなんていうことはないだろう。
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:07:28.30 ID:5FDHqpH0O
「工廠も艦娘たちにとっては、神聖というか絶対領域というかんじです。艤装をつけるときに着替えたりもしますから……」
「そうか……規律には特になにも書いてないからいいとは思ったのだが……」
「規律ではなく、慣習というか司令官としてのマナーだと思います」
五月雨はそうはっきりと言うと、ご飯を平らげた。
なんか、悪しき慣習のようにも思えた。が、仕方があるまい。女の子にも見られたくないところがいっぱいあるのだろう。そうでなくても、最近はセクハラとかで退任に追い込まれる司令官も多くいると聞く。私自身も気をつけねばと気を引き締めた――。
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:07:58.90 ID:5FDHqpH0O
午前、司令室で執務を執っていると、桟橋に小船が着いているのが見えた。すると、一人の女子が降りてきた。後ろを太く三つ編みした女子である。なるほど、彼女が新しく着任する艦娘か。
建造のことはよく分からないが、どうやら明石中佐は海軍工廠本部にレシピを伝達し、本部はこの司令部に見合った艦の艤装の生産を命令して、適合者を送るようである。そんな訳で残念ながら見たところ、雪風や島風ではないし、由良や阿武隈、重巡洋艦クラスという感じでもなかった。まぁ、当たり前だが、素人司令部にしょっぱらからそんな優秀な子を送るはずはないのだ。
――にしても、どっかで見たことのあるような気がした。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:08:46.53 ID:5FDHqpH0O
コンコンコン
「どうぞ」
「失礼しま……えええええ!」
「はい? あああああ」
なんでおまえがここにいるのか?
「なんでお兄ちゃんがここにいるの? てか、司令官してるの? えっ、えっ?」
「いやいや落ち着け、私もお前がくるとは思わなかった!」
「なに私とかかっこつけちゃってるの?? お兄ちゃんの一人称は『ぼく』だったよね??」
「いいだろう、私は司令官なんだ。司令官らしくせねば。というより、お前は大学受験どうしたんだよ。二浪しても駄目だったのかよ」
「へえ? お兄ちゃんにそんなこと言われたくないね。お兄ちゃんだって国家一種駄目だったってことでしょ? 上官さんに聞いたけどつい最近着任したって聞いたよ。つまり就職浪人二年もしてたってことじゃない」
「でも、司令官着任試験って難しいんだぞ。三ヶ月間あほみたいな鬼教育の司令官候補生学校通って、その上で司令官着任試験をパスしなきゃいけないんだ。警備会社で二年間アルバイトしていてよかったよ」
「それなら、私だって日本で一万人に一人しかいないと言われる艦娘の適合者だったんだよ! これってすごい事なんだよ。分かる?」
「ああ、分かってるさ。だから驚いてるんだよ。お前が艦娘だなんてね」
「ええ、もっと褒めてくれてもいいんだよ? てか、それよりお前お前言うのやめてくれない? お兄ちゃんって昔は私のこと名前で呼んでくれたよね?」
それを聞いて私は呆れた。上官に聞いてこなかったのだろうか。
「艦娘の世界では、本名で呼んじゃいけないんだよ。ちゃんと教わらなかった?」
「あ、ああ。そういえばそう言われてたよねー。でもお前なんて呼ばずに艦の名前で呼んでほしいわー」
「その艦名を知らないから、お前って呼んでいるんだよ……」
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:09:25.16 ID:5FDHqpH0O
妹は艦娘の制服を着ているとは言え、私自身も着任したばかりだから、まだちょっと見分けがつかないのだ。
「えー。昔、私が船になって戦う夢のことをよくお兄ちゃんに話してたと言うのに??」
「あー、そういえば、そんなこともあったな。よく見ててうなされた夢だろう。でも、それだけじゃ分かんないよ」
そういえば、妹は小学生のころ一時期、船になって敵の船や飛行機と戦ったり、潜水艦を船から落として罪悪感に駆られたりする夢にうなされている事をよく私に話してくれた。艦娘はよく自分がなっている艦の一部の記憶を持っていると言うが、妹もまさにそういうことなのだろう。
「私はね、スーパー北上さまだよ☆」
「は?」
「このネタ知らないの!?」
「知らないよ。だいたい何だよ、その痛いポーズは」
「スーパー北上さまポーズだよ。かの有名な北上さんが編み出したポーズ」
私はため息が出た。こんな妹が海域に出て本当に大丈夫なのだろうか。
「ちょっと、ため息つかないでよ。お兄ちゃんの為にやってあげたのに損したわ」
「はいはい、かわいいね。まぁ、つまるところ、おまえは軽巡洋艦北上という訳だ」
「……え、あ、そうだよ。軽巡北上だよ」
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:10:09.85 ID:5FDHqpH0O
妹は北上か……。噂によれば、成長するととても強力な雷撃が出来ると聞いたことがある。妹にしてはなかなかやるじゃないかと私は感心した。それに初期戦力としては十分だろう。
「で、北上、お前が持っている封筒はなんだい?」
「あ、そういえば忘れてたよ。上官命令でここに着任したら司令と読んでって」
そういうと妹は、私に茶封筒を渡した。
「北上はもう読んだの?」
「まだだよ」
「そうか」
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:11:12.13 ID:5FDHqpH0O
そう言って、私は茶封筒を空け、中に入っていた一枚の紙を取り出した。内容は次の通りであった。
「秘 発呉鎮守府柱島泊地人事部 着五神島泊地司令部少佐 五神島泊地司令部少佐及び軽巡洋艦北上に対し、次の事を遵守することを命ず。
一、両者は兄妹関係にあるが、それを外部に分かるような行為は必ず控えること。
二、両者はお互いを必ず信じること。
上記を遵守できないことが判明した場合、双方の解職もあり得るので注意して職務を全うされたし。なお、本書類は自身の手帳等他人に見られない媒体に記録したのち必ず読めない状態にして廃棄する事。以上」
黙読しながら読み終えると、私らは顔を合わせた。
「なんだこれは……」
「なんだー。なんか普通のことじゃん。お兄ち、司令と私の関係のこととか、二人を信頼しろとかさ。――ってどうしたの司令官?」
どうやら、私と妹がここに配属になったのは何か意味があるようだ。
「これにはちゃんと従えよ」
「いや、分かってるって。せっかく入れたのに、ゲットファイヤーされることなんてしないよ」
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:12:02.01 ID:5FDHqpH0O
「あと、北上、馴れ馴れしい話し方すると、ばれるかもだから、さ……」
「えー、これがアイデンティティだからそこはゆずれないね。まぁ、気をつけるさ」
そういうと、北上はスマホを出して、文書をカメラで撮ると、私から離れた。私も同じくスマホで文書全体を撮って保存した。
「あ、あれ、ここにはシュレッダーないのか。仕方ない破って捨てるか」
そう呟き文書を細かく破るとゴミ箱に捨てた。
「それじゃあ、五月雨中尉も呼んで顔合わせでもするか。そしたら初出撃だ」
「まだ他に一人しかいないの?」
「そうだよ。戦力は五月雨中尉と北上だけ。あとは明石中佐がいるくらい。といっても、彼女は前任者の所属だから、私らが戦果をあげないと明石はうちの所属にならないんだ」
「へぇー。なるほどホントに司令官は素人司令官なんだね」
「悪かったよ。でもこれから大きくなっていくから、一緒に成長していこう」
「そうだね。私もそれなりにがんばるよ。あと、私のことを北上って呼び捨てするなら五月雨ちゃんも呼び捨てにしたほうがいいよ」
「あ、ああ」
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:12:39.86 ID:5FDHqpH0O
それから、私は五月雨を司令室に呼んだ。
「はじめまして! あなたが新しく入ってきた北上さん?」
「そうだよー。私が噂の軽巡北上。まぁよろしくー」
妹の階級は曹長であるから、上官である五月雨には丁寧語くらいで話すかと思ったら、悠々とタメ口を使ってきたのでびっくりした。まぁ、そこが妹らしいのだが。
「知ってる知ってる! あれだよね! えーっと……
スーパー北上さまだよ☆」
五月雨もスーパー北上さまポーズを知っているようだ。艦娘の間では有名なのだろうか。
「お〜。分かってるねぇ〜五月雨ちゃん。あなたが上官でよかったよー」
「私も私も! 北上さんってやっぱり私がイメージしてたのと同じだ〜。フレンドリーですごくやさしいお姉さんって感じだよ〜。これで敬語とかで話されたらどうしようかと考えてたとこ」
「えっへ、照れるねぇ。でも、五月雨ちゃんのが実戦経験豊富だから色々教えてねー」
「はいっ! 私、頑張る!」
はやくも二人は仲良くなっており、私としては嬉しいようなそうでもないような……。まぁ、司令官というのは遠巻きに艦娘の成長を見守るべき存在だから、これは微笑ましいことである。
「では、二人に対して、私にとって初の出撃命令を下す! 本島南部海域の対潜哨戒ならびに近海警備を実施せよ」
「了解です!」
「りょーかい」
いざ、初出撃。司令官の私も気分は恋うように高翌揚していた――。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:13:39.41 ID:5FDHqpH0O
――五神島南部海域
「北上さんはこれが初出撃なの?」
「あー、そうだよー」
「すごいすごい! 私、初出撃のときは前にぐるぐる回転したり、他の子にぶつかっちゃったりしたから……」
「いや、わたしは柱島の訓練学校でちょっと練習してきたしー」
「それでもすごいよ!」
「えっへ、照れるねぇ。でも水上スキーと思えばこんなの簡単だよ〜」
「水上スキーって言うのは禁止です!」
「えー、水上スキーじゃん、どっからどう見ても。私ら艦娘の事をドラマにしたのもそうだったじゃん」
「あ、あれを見てたのね……ぐすん、あれはね……」
「あっ、そだったねー。五月雨ちゃんはかわいそうだよね……なでなで」
「ひどすぎです……だって、ドラマには出たのに盤になったら登場したとこが綺麗に消えてるんだもの……」
「まあさ、ドラマはドラマだし。私らは私らだけにしかできないドラマを作ればいいのよ」
「う、うん。そうだね北上さん……」
「あ、司令官から打電が。レーダーにこの先敵機一機の反応があるって」
「一三号対空電探の感度を上げるね」
「よろしくー」
「あ、ほんとだ。いるよいるいる! こっちに向かってくるね。多分敵偵察機かな〜」
「どうするのー? 対空戦闘するの?」
「うーん、しなくても……いえ、落としましょう」
「りょーかい。この北上さんがやってやりますよー」
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:15:05.84 ID:5FDHqpH0O
――十四センチ単装砲を構え対空戦闘用意。
「……きましたっ!」
「うっつよ〜!」
――十二.七センチ砲と十四センチ単装砲斉射。しかし、敵偵察機には当たらず。敵偵察機は北進し、直線方向に逃れようとした。
「逃がすものですかっ!」
ヴァヴァヴァヴァヴァ
「おりゃー」
ヴァヴァッッヴァッヴァッヴァ
「あっ、追撃やめっ、反転してくださいっ!」
――五月雨急反転。後続して北上も反転。
「えっ、五月雨ちゃんおっかけないでいいの……って、雷跡二斜線はっけんっ!」
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:15:37.81 ID:5FDHqpH0O
「分かってるよ。敵の思惑は私たちに偵察機を追いかけさせて背後から雷着観測雷撃をさせること。もうその手にはひっかかりませんっ!」
――五月雨、北上、雷撃を回避し、雷跡をすばやく溯る。
「なるほどね〜五月雨ちゃんかしこーい!」
「それじゃあ、爆雷投下しますよ!」
「りょーかいっ!」
――五月雨、北上、爆雷投下。
「くらーえー!」
「いっくよー! ゴーシュートっっ!」
――――敵潜水艦爆破轟沈。
「やった!」
「お〜、しびれるねぇ」
――敵偵察機旋回、機銃射撃。
「あ、来たねぇ。くらえー北上砲!」
――敵偵察機一機撃墜
「やりましたー!」
「だねー。初陣が勝利なんて私もついてるよ」
「ではでは帰ろう!」
「はいよー」
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:16:08.58 ID:5FDHqpH0O
初陣は完璧な勝利か。ひとまず安心だ。柱島に報告したら報酬として艦娘一隻でも編入できればいいのだが……。
「ただいま帰還しましたっ!」
「帰ったよ〜」
司令室に二人が上機嫌に報告に来た。まったくかわいいものだ。
「えーっと、只今の出撃の戦果は潜水カ級一隻とその敵偵察機一機を撃沈、撃墜したよー。もちろんこちらの被害はゼロ」
「了解、初陣ながらにしてよい戦果だった。ご苦労様」
それから私は柱島泊地にこれを報告したが、資源と食材を輸送してくれると返電してくれただけで、艦の報酬については何もなかった。まぁ、よくよく考えたらこのぐらいは日常茶飯事だし……。暫くはこの二隻か。いや、建造すれば増やせなくもないが、資源もまだ乏しいし、それは止める事にした。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:16:55.01 ID:5FDHqpH0O
この日の夕飯は、五月雨がスパゲティとピザを作ってくれた。もちろん、量は四人分にしては多いなと思える量であった。
「五月雨ちゃん、これ量多くない??」
妹も同じくして、その疑問を五月雨に投げかけた。
「明石さんが大食いだから〜」
「そなんだ。明石さんは一緒に食べないの??」
「明石さんは夜活動する夜行性だから、あとで食べにくるの」
「うっわ、それで太らないとかうらやましいわ」
「だねー。でも健康的な生活がいちばんだから、明石さんには無理しないでほしいです……」
さて、今日は北上着任記念ということで、昨日に引き続き、ワインでテーブルを囲んで乾杯となった。なんだかんだ言って妹と酒を一緒にするのはこれが人生初めてである。
「かんぱ〜い!」
「今日もお疲れさまだよー」
妹ののみっぷりは意外と豪快であった。喉が渇いた子供がジュースをごくごく飲むような感じでワインを飲みやがった。
「北上は酒強いのかい?」
「あったりまえじゃーん。おにっ……司令官はどうなのよ?」
おいおい、いきなりやめてくれよ、心臓に悪いじゃないか。てかもしかしてもう酔ってる?
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:17:32.63 ID:5FDHqpH0O
「私は普通かな。そもそもそんなに呑まない。司令官たる者は常に正常な判断が出来るような状態になければならないからね」
「ふーん、かっこいいこと言うじゃん」
「そういえば、北上は部屋どこに決まったんだ?」
「あー、私? 私は五月雨ちゃんの勧めで、三階の指揮所の隣の部屋になったよ〜。階段上がって左奥のとこ」
「そうそう、私が北上さんにすすめてあげたんです! 三階のあそこの部屋は広いですし、清潔感もあって眺めもいいですから!」
「私は五月雨ちゃんと一緒でもいいんだよ〜って言ったけど、それは断られちゃったなー。まぁ、部屋はいっぱい余ってるから一人一部屋でもいいんだけどさ」
「ごめんね〜。私、ドジだから寝相悪いし、ベッドから落ちちゃうこともあるから、迷惑かけたくないから……」
「なっるほどね〜。まぁいいよ。でも、私が寂しいときは行ってもいい??」
「えっ、あ、うん」
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:18:09.04 ID:5FDHqpH0O
今日のスパゲティはアラビアータでこれも程よい辛さでなっかなかにうまい味であった。ピザもトマトとバジルの酸味が絶妙でうまい、えっ、私は彼女らの会話の間に入れてない? 仕方が無い。就職浪人を二年続けるとコミュ力も落ちるのだ。しかし妹は、二年浪人してもコミュ力は落ちない。女というのは喋るのが生きがいだからどっかで毎日べらべら喋ってたんだろう。
「そいえば、五月雨ちゃんって前はどこにいたの??」
「…………前に着任してた司令部ということ?」
「うん、そだよ。聞けば五月雨ちゃんも最近ここに着任してきたばかりって聞いたよー」
「――私は、八島泊地にいたよ。それで最近この司令部に編入になったの」
「ほぇー、それでかぁ〜」
「それでって?」
「小船のおっちゃん言ってたよ。ホントは五月雨ちゃんを乗っけてここまで運べって上官に命令されてたみたいだけど、五月雨ちゃん自身がそれを断って単独回航するって打電したから、遠慮しなくてもいいのにって」
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:18:44.67 ID:5FDHqpH0O
「あぁ、それはね……。だって、このくらいの距離なら単独航海できるし、私のために無駄な税金使われるの勿体無いもの……」
それを聞いていて、私は身が引き締まる思いがした。よくよく考えれば、この身の回りすべてが国民の血税で賄われているのだ。だから私たちはその見返りとして、国民を守らねばならないのである。
「なるほどー。だけど、艤装は整備費が凄く飛んでいくから、小船での移動の方が安上がりらしいよ。だからちゃんと命令通りに動けって、上官さんから伝言頼まれたよ」
「……そっか、私、また人に迷惑かけちゃった……」
「ううん、五月雨ちゃんはすごく優しいし、思いやりあるから、そんなに自分を責めることはないよ」
妹はそう言って五月雨を優しく撫でる。
「北上さんありがと……」
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:20:00.70 ID:5FDHqpH0O
夕食を終え、風呂を終えた私は、寝る前に今日一日の事を柱島の人事部に打電した。人事部から私あてに電報で次のような命令が下っていたからだ。
「一、司令官は、今日より毎日一度は柱島泊地人事部に貴泊池の状況を報告・打電すること。主観的に気になった事についても報告すること。なお、打電内容は司令部内外の者には秘密にすること」
いったい何の為なのかは分からないが、まぁ、命令なのだからしょうがない。
打電を終えると、私は席から立とうと椅子を半回転させる。……ん、なんだこれは?
私は、ふと窓枠下の木の壁に、文字が彫られているのを見つけた。
それは愛々傘であった。
「これは…………」
そこには、『シレイ/フブキ』と彫られていたが、その上に痛ましくも無数の切り込みが入っていた。これを消し去りたい強い意志が感じられた。
まぁ、司令部庁舎は一代限りのものではないし、転属で出て行くときに恥ずかしくなったんだろう。私はそれに少し触れて微笑すると、立ち上がり、部屋を後にしたのであった。
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:20:48.10 ID:5FDHqpH0O
真夜中、扉をノックしたり開けようとしたりする音で吃驚して跳ね起きた。幽霊か。
おそるおそる寝室の内鍵を解除しドアノブをまわして開けると……。
――――出た。
「……おっ、お、お兄ちゃん?」
「ひゃっ、はっ、は、はぁ……びっくりさせるなよこんな真夜中に」
妹がびくついた様子で、私の許しなしに寝室に入ってきた。
「なんだよ、眠っていたところに、心臓止まりそうだったんだぞ」
「ごめんよ……」
「で、なんなんだよ。そんなに怯えた表情をして。一人じゃ眠れないのか?」
「恥ずかしいけど、まぁそんなところ。……あのさ、私、久しぶりまたあの夢をみたんだよ」
そう言って、妹は私のベッドに腰を下す。
「ああ、あれか。久しぶりっていうことは小学生以来ってことかな?」
「ううん、高校生になってからもちょくちょく見てたよ。でも、今回はより鮮明に、ね」
「……差支えがないていどに私に話してくれないか?」
「うん……。改めて思うけど、あれって巡洋艦北上が見てきた光景なんだなって思えた夢だったよ。潜水艦魚雷……回天で、まだ若くてかっこいい青年たちを送るの。あれはたぶん練習なんだろうけど、不備が多くて練習でも生きて帰ってこれない事が多いの。それを知ってて送りだすんだからすごくすごく罪悪感に苛むのさ。あんなのやだよ。自分はまだ平和な時代に生まれたとおもう……けど、私だってちょっとしたことで沈むことになるかもしれない……。自分の身体が消える? そんなのやだよ……こわい……こわいよ……」
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:21:38.11 ID:5FDHqpH0O
いつもはあんなに楽観的で明るい目の前にいる妹が、背中を丸めて怯えている。それを見て私はどう声をかければよいのか戸惑った。
「私、けっこう軽い気持ちで、艦娘の適合者試験を受けたの。そしたら合格してラッキーなんて思ってた。入れば高待遇だし、福利厚生もしっかりしてるし、何より自分の秘められた力を活かしていける仕事ができるってことに魅力を感じたよ。けど、今日、初出撃して、そしてまたあの夢見て、とんでもないとこ来ちゃったんだなって……」
「……僕だって怖いさ。着任してから五月雨とお前の命を預かっているわけだが、人命を預かりながらその命を使って敵の脅威と対抗するという仕事にね」
司令官と言う仕事は敵が上陸もしくは空爆をしない限り命の危険は低い。それでも命を預かる身として、死の存在はとても怖いものである。預かる命を失うことは、自分もその瞬間いつか絶対そうなる事を直に認識させるだけでなく、相手をその究極の状態に追い込んだという罪が生まれるからだ。しかもそれは一生かけても消える事の無い事実として残る。
それでも軍隊と言うものは恐ろしいものだ。無意味な轟沈でなく、戦略上や防衛上発生した轟沈なら始末書一枚で形としては許されてしまうからだ。
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:22:07.37 ID:5FDHqpH0O
「まぁ、私はお兄ちゃんを信じるよ。もういまさら引き返せないし……。それに私にしかできないことだってあると思うしさ」
「あ、ああ。なら私はお前と五月雨と明石中佐の命を絶対守る事を誓うよ」
「うん、信頼してる。お兄ちゃんのとこの司令部に編入されてホントよかったよ……」
妹はそういうと、そのままベッドに寝転がる。
「あれ? このベッド新品みたいじゃん。いいなあー」
「ああ、そうだな。寝室のこれだけは新品だ。しかも低反発ベッドで最高だよ。……って、お前は寝るなら向こうで寝てくれ」
「ええー、こわいんだもん」
「いやいや怖いって夢は仕方ないだろ……」
「――夢だけじゃないの」
「はい?」
「さっき、こっち来るとき、下のほうからなんかみしみし足音がして、怖いから差し足で静かにこっちまで走ってきたの……」
「五月雨もたまたま起きてトイレでも行ってたんじゃないの?」
「トイレは各部屋一つあるよ? 司令だって一部屋見せてもらったでしょ?」
「ああ、たしかに」
「それにあの足音は一人じゃない気がしたの……」
「ああ、それって夜活動する明石中佐と猫のものかもな」
「ねこ!?」
北上の目が輝く。
「あれ、知らないのか? 明石中佐はオッドアイのロシアンブルーを飼っている」
「そうなんだ〜。明日見せてもらおっと」
「うん、そうしたらいい。それじゃあ、ほら、寝た寝た」
「えー、部屋まで送っていってよ〜。お兄ちゃんっ?」
「あー、分かった分かった。まったく世話の焼ける妹だ」
こうして、私は妹を寝室まで送り届けると、戻って寝床についた。因みに、廊下を歩いている間は、なんの音も聞こえはしなかった。
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:23:23.12 ID:5FDHqpH0O
翌々日の日没後、私は夕食を食べ終えると、一人で桟橋に座って釣りをしながら夜の宇和の海を眺めていた。
「にゃあ」
「わっ、あ、明石中佐の猫か……」
急に猫に呼びかけられ私は驚いて振り向くと、そこには明石中佐のロシアンブルーが早く釣れとでも言うように待っていた。
「少佐も釣りをするんですかい」
聞き覚えのあるハスキィボイスが頭上でした。見上げると、釣具を持った明石中佐がいた。
「ああ、こういうとこで出来る数少ない趣味だからな」
「そうですね。ここは人と言う人は軍属の者しかいないですし、娯楽も何もない島ですから」
そう、この島は軍の司令部が出来るまでは無人島であった。かなり昔に五十人くらい住んでいたらしいが、五十五年ほど前に最後の民間人が島を離れてからは長らく無人島となったのである。
「おっ、おっ、きたきた」
私は釣竿をひょいと上げる。ちっちゃな鯛みたいなのが釣れた。チビ鯛から針を抜くと、とたんに猫がジャンプして私の獲物を取り上げた。そしてバリバリ食べ始めた。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:24:10.25 ID:5FDHqpH0O
「ははは、少佐はアカトゥルフに気に入られたらしいですね」
「アカトゥルフ?」
「ええ、ロシアンブルーのアカトゥルフ。この猫の名前ですよ。ロシアっぽいでしょう?」
「あ、ああ。ちなみにアカトゥルフは男か?」
「女猫ですが」
「そうなのか……」
私はそう言って、アカトゥルフを見た。月明かりの反射でオッド・アイの右目が光って見える。既に私が釣った魚は食べ終えて、次くれ次、とでも言うようににゃーにゃー鳴いている。
と、明石中佐が煙草を出したのが見えた。反射的に驚いた視線を送ってしまったのか、明石中佐は私が驚いたことに直ぐ気付いた。
「少佐、意外ですか?」
「ああ、艦娘も煙草を吸うということにね」
「まあ、私は非戦闘艦ですから。戦闘艦には許されないですがね。もちろん、周りには配慮して副流煙が出ない加熱式煙草を使っていますよ」
そう言って、箱から煙草を出すと、それを加熱式煙草に刺して吸い始めた。
「因みにだが、煙草を吸い始めたきっかけは?」
「切欠ねぇ……」
明石はくわえた煙草を口から離してため息を吐くと、アカトゥルフの方を見た。その目はどこか遠くを見ているかのようであった――――。
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 13:44:52.68 ID:5FDHqpH0O
……昼はとりあえずここまでです。また夜、投下するかもです。
あと、説明じゃわかりにくいので泊地の間取りも投下しときます。
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 16:00:37.29 ID:xN3R6syE0
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以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 16:02:17.73 ID:xN3R6syE0
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以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 16:04:13.02 ID:xN3R6syE0
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51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 16:08:16.59 ID:xN3R6syE0
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52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/08(火) 17:12:12.94 ID:Gh/R75sX0
改行しろど阿呆読む気も起こらんわ
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/08(火) 20:19:47.96 ID:su4NxSE2O
一応読んでるから次から改行して欲してくれよな
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/08(火) 21:14:00.45 ID:EKiivVlVo
面白いからもったいない
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/08(火) 21:56:34.31 ID:WzAgn9H30
面白いです。
改行してくれると読みやすくなると思います。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 22:55:05.18 ID:xy6mxyet0
なんじゃこりゃ、改行すくなっ!読み辛い!←よく言われます……。気を付けますね。
ではでは
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 22:55:58.18 ID:xy6mxyet0
それから三週間は忙しくも出撃と演習の毎日であった。
出撃は主に豊後水道に入ってくる敵潜カ級の掃討活動であるが、たまに何を血迷ったのか侵入してくる駆逐イ級の邀撃も行ったりした。
演習は近くの日振島泊地や戸島泊地の新人の艦娘達との演習なのだが、殆ど勝利していた。と言うか、五月雨がかなり強いらしい。
つい五日前も戸島泊地の司令官から次のような電報があったばかりだ。
「五月雨は本当に中尉なのか。あの戦い振りなら既に少佐になっていてもおかしくない筈。まあ、上昇志向に乏しい駆逐艦五月雨らしい感じではあるが。
とにかく、今後から本司令部としても貴司令部との演習では新人艦を出すのは止めて、それなりの練度の艦を参加させたい」
そんな事を隣島の司令官に言われ、私は素直に嬉しかった。そして初期艦がこの五月雨で良かったと心底思った瞬間であった。
その日は私が料理を大判振る舞いしてあげた。それを喜ぶ五月雨の笑顔に、私はリア充なひと時を過ごしたのであった。
そんな訳で、妹……北上の連度もたちまち上がり、早くもあと一週間すれば試用期間を終えて、曹長から准尉に昇格できる試験を受けられるとの事であった。
まぁ准尉になってからが大変なのだが……。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 22:56:36.52 ID:xy6mxyet0
私はここ最近の事を振り返りながら今日のみんなの昼飯を作っていた。
よくよく考えたら私もここに着任してもう二十五日目なのだ。
……っと、彼女たちの噂をしていたら五月雨と妹が食堂に入ってきた。
「司令官、外あづい〜、ただいま〜」
「司令、ただいま帰りましたっ!」
「おお、午前中はお疲れー。演習どうだった??」
「やりましたよー! 今日も演習勝ちました!」
「誰と演習したんだ?」
「佐伯泊地の新人の子たち四隻を相手に豊後水道のど真ん中で演習しました! 向こうはたしか……」
「旗艦が鬼怒、あとは朝潮、荒潮、霞だったねぇ。鬼怒とは良い勝負だったけど、駆逐艦の子はみんな幼い感じだから相手するのは気が引けたよー。まぁ、演習だからって甘やかすわけにはいかないけどねー」
北上がそんな事を言いながら食堂のカウンタ席に座る。一方で五月雨は私の隣で料理を手伝い始めた。
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 22:57:41.13 ID:xy6mxyet0
「そうだよなー。十一、二歳くらいの子もいると聞くし……。艦娘ってある一定の年齢超えたら適合者でも艤装使えなくなるんだよね?」
「あー、そうそう。人それぞれだけど、私は軽巡だからあと四年くらいかなー。
たしか、駆逐艦だと、頑張っても二十二歳くらいが限界みたい。それ以上超えると適合者でも艤装が使えなくなるんだって」
なるほど。となると、こうやって皆と一緒にいられるのも何だかんだいって二、三年くらいなのか……。
「でも、某戦艦改二とか例外はありますよー! あの歳で駆逐艦になったみたいですし〜」
「いやーあれは駆逐艦じゃないよー。自称駆逐艦じゃん」
「えへへ、そだよね」
そんな会話を横で聞きながら私は沖縄の料理「タコライス」を作る。ウインナーの入った袋を冷蔵庫から取り出すと手で開けようとした。が、あけられなかった。
「あー、五月雨、これ開けたいんだけど、はさみとかある?」
「ないですけど、私が切りますよー」
五月雨はそう言って、私からウインナーの袋を受け取ると、持っていたカッターナイフで袋をきれいにあける。
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとう」
私はウインナーをフライパンに入れて焼く。じゅうじゅうと荒引きウインナーの香ばしい香りが私の鼻腔をくすぐった。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 22:58:12.90 ID:xy6mxyet0
「そういえば、司令官が作ってるのってなんですか?」
「タコライスだよ」
「タコ、はいってませんよ?」
それを聞いた私と妹は大笑いしてしまった。
「な、なんで笑うんですか!?」
「いやー、五月雨ちゃんかわいい!」
妹が声を上げて笑いながら、台所へと入ってきた。
「タコライスってのはね……」
それから、妹はどんぶりにごはんとひき肉と切っておいたトマト、温泉卵をのせて、最後に、焼きたてのウインナーを入れた。
「これが沖縄郷土料理のタコライス!」
五月雨は「これがタコライス♪」と繰り返しながら目を丸くする。かわいいなぁもう。
こうして、出来上がった五杯分くらいあるタコライスを私らは明石の分である二杯近くを残して、テーブルを囲んで三人で食べた。自分で言うのもなんだが、我ながらにして美味い出来であった。
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 22:59:08.97 ID:xy6mxyet0
その夜、寝ようと思って消灯し、ベッドに入って目を瞑った途端に扉をやや強めにノックされた。何事か。
私は、はいはいと言いながら、電気を点けると内鍵を解除し、ドアを開けた。
「お、お兄ちゃん!?」
妹であった。なかば興奮気味であった。
「何があったんだ? また怖い夢でも見たか?」
「何を言ってるの? まだ二十三時じゃん。寝てもないよ」
「じゃあ、何だ?」
妹は部屋に入って、ベッドに飛び乗り座る。
すると妹は右手でベッドをぽんぽんと叩いて私に座れと合図した。
へいへいと言いながら私は妹の右横に腰掛ける。
「さっきさ、ベッドに入ってもぞもぞしてたら、何かお金が落ちたような音がしたの。
んで、金だっ! って思って灯りを点けてみたら、何かの鍵が落ちてた」
そう言って、寝巻として着ていた浴衣の右裾からF字型の鍵を取り出した。
「ずいぶん、いまどき古風な鍵だな。んで、何の鍵なんだ?」
「もう一発で何の鍵か分かったよ。部屋に備え付けられてる机の引き出しの鍵。
あの部屋に入ってから探してたんだよね〜。貴重品入れられるのあそこくらいしかないし……」
「それはよかったじゃないか。……ってそんな事かよ」
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 23:00:15.89 ID:xy6mxyet0
「違う違う、本題はこれからだよ。それでさ、その鍵で机の引き出しあけたの。
そしたらさ――」
「なんだ?」
妹はそう言って、今度は浴衣の左裾から、正方体の紺の高級そうな小箱を取り出した。
「なんだこれ?」
「えっ、これ見てわかんないの?」
――――分からない筈がなかった。妹にそれを見せられて私もびっくりしているのだ。
「……もちろん司令官なんだから分かる。が、本当にまさかの、あれか?」
「そうだよ、まさかのあれ!」
「――――ケッコンカッコカリの指輪」
でも何故こんな所に?
「うん、そうなんだよー。私もこれが出てきた時はすごく吃驚したよ」
「他には何も?」
「他には艦娘護身用のUSP一丁と高そうな女性物の腕時計とネックレスがあったよ」
「なるほど。……で、指輪は確認したのかい?」
私がそう言うと、妹は紺の小箱を開けて、指輪を取ってリングの内側を見た。
「なんか、イニシャルなのか、S/Fと記されてるの」
そう言って、私にリングを渡してくれた。私もリングの内側を拝見する。
「S/F……司令官、吹雪……」
私の脳裏に、司令室の窓枠の下に彫られている司令と吹雪の愛々傘が過ぎった。
「司令官と吹雪ちゃん?」
「ああ、お前は知らないだろうが、司令室に二人の愛々傘が彫られている。あとから恥かしくなったのか、消そうと上からさらに彫った跡があるが」
「ほぇー、じゃあその人たちの物なのかな……って、なんか出てきた!」
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 23:00:48.98 ID:xy6mxyet0
妹がテンション高めな声で、私の浴衣の裾を引っ張った。
見てみると、妹は指輪が挟まれているスポンジ部を取り出して小箱の奥にあった紙を取り出した。
「なんだ? 手紙か?」
私が訊くと、妹は小さく折られていた紙を丁寧に開いた。
「これはまちがいなく手紙だねぇ。読む?」
「あ、ああ。他人の手紙を読むのは良くないが、気になるからね」
そう言うと、妹は達筆の手紙を朗読調に読み始めた。
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/08(火) 23:01:49.65 ID:xy6mxyet0
「ふぶき、中佐への昇任おめでとう。
ボクの初めての艦娘である吹雪が二年でここまで成長するなんて出会ったときは思いもよらなかったよ。
この二年間、色々あったよね。君はその小さな身体でボクには出来ない事をたくさん成し遂げてきた。
そして、時に笑って、泣いて、怒って、喜んで、その一瞬一瞬を積み重ねるうちに立派になっていった。
それがボクには司令官としてとても嬉しかったよ。
でもそれだけじゃなくて、ますます魅力的になっていく吹雪に恋してしまったんだ。
曹長だったころの吹雪ちゃんはただかわいいだけの存在だったけど、今の吹雪はボクにとって愛すべき存在となってしまったよ。
だから、吹雪にはこれを受け取って欲しい。これからもボクの一番身近な存在でいて下さい。
吹雪の司令官――――二〇二〇年十月十二日」
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