ある門番たちの日常のようです

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235 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/07(木) 14:44:39.02 ID:y5a/8HOy0
「っと、青葉がやらせませんよ!!」

「叢雲、対空戦闘に移る!!撃ぇっ!!」

『……!?』

『────……』

『『『────!!!』』』

2隻の軍艦によって張り巡らされる対空弾幕。爆炎に呑み込まれ、火線に貫かれた敵機が吹き飛ぶが、その数は両手の指で数えられる程度にしかならない。残る20機強の機体は、散開と集合を繰り返し砲火の隙間をくぐり抜け肉薄してくる。

「Огонь!!」

(*#゚―゚)「撃ち方、始め!!」

「Fire, Fire, Fire!!」

一機一機の形までくっきりと見え始めた頃に、今度は我が輩たちが構えるアサルトライフルやサブマシンガンが火を噴いた。時速600km/hオーバーの敵機を“狙い撃つ”ような所行は仮に“海軍”であっても無理難題に等しく、反撃というよりは妨害行動に近い形で奴等の進路に弾丸をばらまく。それでも加速を付けすぎていた一機が真下から弾丸に貫かれて爆散し、肉薄を欲張った一機が被弾して煙を噴きながらあらぬ方向へふらふらと飛んでいく。

そして攻撃を受けなかった大半の機体が、そのまま対地攻撃へと移行した。

「くぅ………!!」

「っ」

「ヌァアアアアアアアア!!!?」

口内の機銃から迸る20近い火線。大半は叢雲と青葉に降り注いだが、狙いがそれた一本は叢雲のやや後ろにいたロシア兵を貫く。肩口から抉り取られた左腕が鮮血と共に地面に転がり、兵士の口からは甲高い悲鳴が漏れた。

『『『────……』』』

「っ、よくも!」

【Ball】達はそのまま我が輩たちの頭上を飛び去ると、叢雲が放った追撃の弾幕を悠然と躱しながら付近を飛行していたMi-28に獲物を見つけたピラニアの如く群がる。

コンマ1秒ほどの間すら置かず、蜂の巣になった【ハボック】が黒煙と炎を撒き散らしながら市街地に叩きつけられた。
236 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/07(木) 15:13:51.41 ID:y5a/8HOy0
更なる追撃が来るのではないかと身構えた我が輩たちだが、幸い【Ball】の編隊はMi-28の撃墜で戦果としては幾らか満足したらしく再びトゥロマ川の方へと飛び去っていった。

(#ФωФ)「対空警戒と深海棲艦の新手に引き続き注意を続けろ!グルージズェ、負傷者の様態は!?」

「左腕が完全に断裂、出血多量!物陰に運び治療します!」

(#ФωФ)「バークマン、貴様も治療の手伝いに回れ!少なくとも救護のヘリが着くまでは保たせるようにしろ!」

「Yes sir!!」

周囲への警戒は切らさぬようにしつつ、即座に被害状況の確認と部隊の立て直しに移る。また、飛び交う無線に耳を懲らして港湾部全体の戦況把握も忘れない。

《敵の空襲により負傷者3、死者1!後送許可を求む!!》

《此方皐月、敵艦載機の空襲で二名重傷!一回護衛しつつ下がるよ、ごめん!!》

《こっちも二名やられた、補充人員は送れるか!?》

( ФωФ)「……チッ」

攻勢自体が止まったわけではないが、死者ではなく“負傷者”が多数出たことによって幾つかの部隊がその護衛や治療のために動きを縫い止められている。少なくとも鈍化に関しては避けることができそうも無い。

「……申し訳ありません。青葉と叢雲さんが着いていながら」

「失態ねほんとに……あんなに撃墜できないだなんて」

( ФωФ)「爆装・雷装無しであの数を揃えた【Ball】単体編成などいかに貴様らとて止められる方がどうかしている。気に病む必要は皆無である」

対空格闘能力に優れる【Ball】は、【Helm】はおろか艦娘達の一部戦闘機すら上回る空中機動性を誇る。通常は戦爆連合として爆装ないし雷装した【Helm】の護衛として現れることが多いため、その脅威的な回避運動能力を駆逐艦や重巡が直接体験する機会はあまりない。

ただ、ひとたび交戦となればこの通り“海軍”の艦娘でも地上・海上からの迎撃は容易ではなくなる。球体という特殊な形状故に狙うこと自体が難しい上、装備が機銃のみの場合兵装重量による動きの制限もないため軽やかな動きで飛び回る【Ball】を1隻や2隻如きの弾幕で根絶やしにすることはほぼ不可能と言っていい。
237 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/07(木) 16:13:00.73 ID:y5a/8HOy0
無論【Ball】はその特性上爆装・雷装時の機動力低下が【Helm】よりも激しい、爆装時の搭載可能弾薬量が【Helm】に比べて大きく落ちるなど欠点も多い。つまり、空母棲姫等が扱うごく一部の特種仕様機体を除くと艦娘それ自体に対する決定力にかける。通常兵器に関しても、複合装甲を持つ戦車や装甲戦闘車、対空砲車には有効打を与えられないケースがある。また最高速度は結局近代戦闘機に遠く及ばないため、追いかけっこになれば追撃のしようが全くない点は【Helm】と共通の弱みだ。

だが、生身の人間や装甲の薄い車両、そして何よりも戦闘ヘリなど機銃で十二分に火力が足りる戦力に対しては【Helm】以上の脅威にすらなる。

まさしく、今の我が輩たちのように。

『『『─────!!!』』』

蜂の群れの羽音を何千倍にも増幅したような音を残して、また別の【Ball】の編隊が対空砲火を擦り抜けて此方の上空を席巻する。今まさに降下体勢に入ったMi-24が一機ローターを破壊され、垂直落下した機体が地面に叩きつけられて炎の塊となった。

上空では、ハッチを開き空挺部隊の投下を行うイリューシン-76の内一機が【Ball】の群れに襲撃されていた。数十の白い球体がまるで巨象に群がる蟻の如く輸送機の周りを飛び回り、機銃弾を雨のように浴びてエンジンや主翼、尾翼をやられた機体がたちまち炎に包まれ空中でバラバラになっていく。

《GhostよりCaesar、ロシア軍のMi-24、Mi-28が次々と深海棲艦側の艦載機に撃墜されている!》

《空挺部隊搭載の輸送機隊も幾つか降下中にやられてるぜ!このままじゃあ援軍の被害がデカくなる!!》

敵は、完全に【Ball】を主力とした攻撃にシフトしている。明らかに対空砲火による撃墜率が落ち、そのくせ艦娘への攻撃報告は少ない。
たまにあっても叢雲と青葉に行われた機銃掃射程度で、対空射撃の妨害以上の意味はない攻撃ばかりだ。

( ФωФ)(………戦線こそ一進一退だが、“海軍”と深海棲艦とでは実際に損失している戦力に大きな差がある。奴等、まずは“人的資源”から削りに来たか)

ならば、次の奴等の狙いは自ずと絞られる。






('、`*川《統合管制機より地上部隊各位、ロシア軍主力部隊が間もなく空域に侵入します!!》
238 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/07(木) 20:33:51.44 ID:y5a/8HOy0
まるでその通信が聞こえていたかのように、そしてその通信を待っていたかのように。

深海棲艦側の戦列から、一斉に無数の──それ以外に表現のしようが無い──艦載機が空へと舞い上がる。トゥロマ川から、対岸から、市の近隣から、何百、何千というレシプロエンジンの音が響いてくる。

《【Fighter】武蔵よりCaesar、凄まじい数の敵機が発艦している!!全機が此方に向かってくるぞ!!》

('、`;川《統合管制機よりCaesar、深海棲艦の航空隊は確認した限り近隣地域含め20カ所以上から出現!総数は1400から1500と推測!》

《【Ghost】摩耶よりCaesar、こんなんこの火力じゃ1/10も食い止めきれねえぞ!!突破される!!》

《此方【Fighter】不知火、敵航空隊は全て我々へ攻撃は仕掛けず後方への浸透を目指す模様。狙いは恐らく、ロシア軍の主力空挺部隊です》

上空で集まった敵航空隊は、艦載機の大群というよりは巨大な雲のように蠢きゆっくりと頭上に広がっていく。不知火の報告通り此方には爆弾一発すら落ちてこず、全ての機体が此方の弾幕を突破して進軍を強行する構えを見せていた。

────さて。この動き自体は、こちらの予想通りのもの。

( ФωФ)「戦艦部隊全艦に通達!!弾種三式弾に切り替え、全火力を敵艦載機部隊に集中!!」

ここからが、正念場だ。

(#ФωФ)「主砲、撃ちぃ方ぁ、始めぇ!!!」
239 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/07(木) 21:05:07.90 ID:y5a/8HOy0
《西村艦隊の本当の力……見せて上げる!

主砲、副砲、撃て!!》

《気合い、入れて、行きます!!

撃ちます、当たってぇ!!》

《遠慮はしない─────撃てェーーーっ!!!》

総計40基を越える戦艦部隊の砲塔が、一斉に唸った。35.6cm連装砲が、41cm砲が、そして46cm三連装砲が、次々と火を噴き砲弾を吐き出す。

撃ち上げられた砲弾は上空へと夜気を切り裂いて、進軍してきた敵編隊の進路上に躍り出るようにして駆け上がった。

『『『『──────!!?』』』』

ぐわら。

編隊の先鋒が艦娘達の頭上に、そして主砲弾頭の間近まで迫った瞬間、そんな音を残して百を優に超える砲弾が一斉に空ではじけた。砕けた弾頭からは更にごま粒のように小さな子弾が、一発当たり996個という途方もない物量でばらまかれる。

『『!!!?!?!?』』

『『『───………』』』

『『ッッッッッッ!!!?』』

撒き散らされた極小の焼夷弾は、次々と敵航空隊に付着し燃え上がる。これが一発や二発なら大した損害にもなるまいが、なにせ40基の主砲弾による一斉射。

さながらそれは、空に築かれた火炎の防壁だった。火に巻かれた敵機は墜落し、みっちりと隊伍を詰めて押し寄せてきたため互いにぶつかり合って更に燃え広がり、隣へ、また隣へと燃え移っていく。

編隊の前衛数百機が瞬く間に火達磨になる。陣形が乱れ、後続機が前衛の友軍機を避けようとてんでんばらばらに逃げ惑う。しかしながら三式弾による子弾の飛散範囲は思った以上に空間を圧迫しており、自然敵機は幾つかの大きな塊に分かれてその空間を大きく迂回する羽目になった。
240 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/07(木) 21:56:08.71 ID:y5a/8HOy0
(#ФωФ)「航空隊全機、総攻撃に移れ!全火力を投入し最大限損害を拡大せよ!」

《《《Roger》》》

すかさず、今度は此方の航空隊が周囲から分散した敵群体にジェット音を高らかに鳴らしながら肉薄する。大半は空対空兵装に切り替えたF-35だが、本来対地攻撃専用機であるはずのA-10も二個編隊ほど混じっている。

『『『──────!!!!』』』

瞬間、敵編隊全体が雷雲のように瞬き銃火が四方八方へと伸びる。敵のものでありながらいっそ美しさすら感じてしまうほどに苛烈な弾幕が航空隊を迎え撃つが、なにせ彼らは百戦錬磨の“海軍”航空隊だ。

《Shots fired!!》

《All unit, Break Break!!》

迸る弾丸を躱し、射線から逃れ、火線の僅かな隙間を擦り抜け、悉くを回避する。無傷で銃火の嵐を抜けた銀翼の精鋭達は、あらゆる方向から腹を空かせた猛禽類の如く“獲物”に襲いかかった。

《Albatross-01, FOX-2!!》

《Lightning-04, FOX-2!!》

《Warthog-01, gun gun gun!!》

『『『ッッ!!!!?』』』

空対空ミサイルが突き刺さり、爆発が膨大な数の敵機を焼く。

アベンジャーガトリング砲が唸り、吐き出される弾丸が敵機を引き裂き打ち砕く。

上空から、下方から、正面から、あらゆる方向から飛来する近代兵器の業火の前に、敵機の群れは悶え、のたうち、悲鳴を上げる。

航空隊の猛攻撃によってあちこちを炎に包まれながら苦し紛れの火線を放ちつつ蠢く敵群体の有様は、さながら全身から血を流して苦しむ巨大な一匹の獣のように見える。
241 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/07(木) 22:34:06.08 ID:y5a/8HOy0
十何発目かの空対空ミサイルが群体の中で弾け、少なくとも20機は下らない敵機が爆発に吹き飛ばされた。間髪を入れず“傷口”に別角度からバルカン弾が撃ち込まれ、更に幾つかの機体が砕けてぼとぼとと墜落していく。

『『───!?!?』』

『『………───!!?』』

《砲弾絶やすな!撃て、撃て、撃て!!》

《敵編隊の前に炎の壁を造るの……!ロシア軍の方へは絶対に向かわせないで………!》

航空隊の波状攻撃から敵群体が唯一逃れられる方向が“前”だが、そちらも武蔵と扶桑の指揮の下で間断なく戦艦部隊が撃ち上げる三式弾によって塞がれている。行き場を失った巨大な黒い塊は相変わらずろくな反撃も出来ぬまま四方から攻撃を受け続け、損害は加速度的に増加する。

────だが、当然此方が全くのノーリスクで航空隊を封じ込められているわけではない。

(*;゚ー゚)「敵艦砲射撃、来ます!!」

(#ФωФ)「足を止めるな、駆け抜けろ!!」

戦艦部隊の全火力を対空砲火に割いたことによって、港湾部のヒト型、分けても敵の戦艦による砲撃が猛威を振るい始めていた。反撃が出来ない状態の武蔵達に砲撃を向けさせないためにも前衛部隊の攻勢は必須であり、今までのように「敵に一方的な出血を強いながら前線を進退させる」という方式は使えなくなった。

可能な限りの戦力を動員した突貫に、敵艦隊は狙い通り食いつく。ただその結果として、軽巡、駆逐が主力で重巡すら数隻しか投入されていない我が輩たち前衛に凄まじい量の艦砲射撃が殺到した。
242 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/07(木) 23:10:32.31 ID:y5a/8HOy0
周辺に飛来した砲弾が次々と炸裂し、熱風が頬を撫でる。大地震のような揺れにともすれば足を取られそうになるが何とか踏ん張り、倒壊した施設の残骸や砲撃痕を飛び越えてとにかく前進していく。

《敵の砲撃だ!散開s

《至近弾で半数がやられた、後t

飛び交う通信は苦境の報告が激増し、それが爆発音を残して不自然に途切れることも珍しくはなくなってきた。地上に関して言えば、此方の損害も着実に増えている証拠だ。

『ォオオオオオオォッ!!!!』

(*゚ー゚)「正面に軽巡ホ級2隻、ト級1隻を確認!ホ級の内1隻は恐らくflagshipです!!」

「右手にも軽巡ト級、随伴艦に駆逐イ級3隻、更に三時方向からは【Ball】20機前後!!」

(#ФωФ)「叢雲は左手敵航空隊を対空砲火で足止め、青葉は正面の敵艦隊を撃滅!

我が輩含め歩兵隊は右手の敵をやれ、行くぞ!」

「「「了解!!」」」

『ウォオオオオオオオッ!!!!』

我が輩が指示を出すのとほぼ時を同じくして、図体がでかい方───ホ級flagshipが背中の主砲塔を此方に向ける。三段重ねの主砲の最上段が火を噴き、二発の砲弾が此方に向かう。

「ふっ!!」

「覇ぁっ!!」

着弾の間際、青葉が右足を、叢雲が槍をそれぞれ上に向けて一閃する。

『────ア?』

ホ級flagshipの間の抜けた声を残して、二発の砲弾は小気味の良い金属音を残して遙か彼方へと飛んでいった。

「………この娘らジェダイ騎士かなにかなの?」

グルージズェが、我が輩の横を併走しながらまたも呆れた様子で呟く。

ロシア軍の間で日本に対する勘違いが広まらないか心配になる。
243 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/07(木) 23:32:27.12 ID:y5a/8HOy0
本日ここまで。明日は出張先への移動と諸々の作業があるので21:00ぐらいから更新できればと思います
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/08(金) 00:32:07.44 ID:YzPVXAKA0
おつおつ
245 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/08(金) 21:07:25.61 ID:1z/IxxL8O
『『────!!!』』

「残念、通さないわよ!!」

叢雲はそのまま左手から、急降下してきた【Ball】のを迎撃する。機銃掃射と高角砲によって進路を遮られた編隊は一機が機銃の餌食となり、他の機体も突貫適わず忌々しげに上空で反転し離れた位置で隊列を立て直しにかかる。

「今よ、行って!!」

「援護感謝します、っと!!」

なおもしつこく弾幕で追いかけて【Ball】たちの牽制を続ける叢雲の後ろを青葉が駆け抜ける。艤装を身につけているとは思えない軽やかな足取りでカモシカのように肉薄する彼女に正面の艦隊から今度は機銃掃射が降り注ぐが、速度は微塵も落ちない。

『グォオオオオオオッ!!』

「─────せいやぁっ!!!」

flagshipを守ろうとでもしたのか、前に進み出たホ級通常種が小柄な力士ほどもある拳を振り下ろす。それを、青葉は鋭い呼気を吐き出しながら裏拳でそれを左に受け流した。

『ギッ…………!?』

食らったホ級の拳は“流される”どころではない。ゴキリとイヤな音がして、ホ級の手首があらぬ方向にねじれ、手の甲からは皮膚を突き破って白い骨の破片のようなものが露わになる。

苦悶の声を漏らして蹌踉めいたホ級の懐に、青葉が飛び込む。
246 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/08(金) 22:11:14.27 ID:1z/IxxL8O
「えいやっ!!」

気合いと共に手刀が一閃される。

声だけを聞けば、空手部辺りで稽古に精を出す年頃の少女のように爽やかで可憐なものだ。きっと朝方に街角で耳にしたなら、微笑ましい心地になれることだろう。

『ギィイイイイイイイイッ!!!!?』

尤も、声の主が作り出した光景には微笑ましさなど微塵も存在しない。

青葉の手刀を受けたホ級の腹部がバックリと割れて、体液がぼたぼたと滝のように傷口から流れ出す。悲鳴と共に腹を抑えて前のめりに身体を曲げたホ級に対し、青葉は既に次のアクションに移っていた。

「そいっ!!」

『グカッ』

頭上辺りまで降りてきたホ級の顔面に、上段蹴りが炸裂する。先程の殴打を受け流したときと同じ様な音がして、ホ級の頭部がぐるりと後ろ向きになるまで回転した。

『『ォアァアアアアアアアッ!!!!!』』

「ほっ………と!!」

通常種とはいえ瞬く間に1隻を、それも艤装を使わず素手で撃沈した青葉が脅威と見られるのは当然の帰結だ。ホ級flagshipとト級が後退しながらありったけの武装で弾幕を放つ。

艦種としては格下ながら流石にflagshipのフルバーストとなれば青葉でも勝手が違う。先程倒したホ級の屍体で射線の一部を遮りつつ、後ろへ跳んで躱す。

『ゴォアッ!!!!』

そこに、待っていましたとばかりに巨大な黒い塊が突っ込んでいく。

体長5メートル、体重800kgを誇るイ級が、青葉の身体をはね飛ばそうと勢いよく頭部を振り上げる。

(#ФωФ)「────斎藤!!」

(#・∀ ・)「あらほらさっさ!!」

『グギィイイイイッ!!?』

その寸前、眼球と腹部に二本の剣が突き刺さった。
247 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/08(金) 23:03:31.68 ID:1z/IxxL8O
(#ФωФ)「ふんっ!!」

『グギギィキイイイイッ!!!!!?』

グチュリとあえて音を立てるようにして、束の辺りまで埋まったブレードを捻る。

眼球を捏ねくり回されるという、人間がやられたなら痛みでショック死してもおかしくない行為。痛覚がある様子の深海棲艦としてもそれは耐えがたい激痛らしく、一際耳障りな絶叫が上がった。

『ア゛ア゛ア゛ア゛っ!!?』

( ФωФ)「下がれ!!」

(・∀ ・)「ほいほいっと!!」

大きなダメージではあっても致命傷には程遠く、膂力の差は歴然なのでちょっとした身動きでも此方にとっては命取りになる。手負いのイ級が本格的に暴れ出す寸前に刃を抜き取り、そのまま奴の身体を蹴って背後に転がる。

「РПГ!!」

間を置かずにグルージズェの指示が飛び、4人が背負っていた対戦車砲───RPG-16を構えて放つ。四発のPG-16V HEAT弾が、今し方我が輩と斎藤によって穿たれたイ級の傷跡付近に次々と着弾した。

『ガッ、ギィイイイイイイッ!!!?』

「Огонь!Огонь!」

傷口に塩どころか成形炸薬弾を撃ち込まれたイ級は、砕けた甲殻と噴き出る体液をそこら中に撒き散らして激しく頭を振る。二本の貧弱な足では当然まともにそんな激しい運動を続けられるはずもなく、二度目の砲撃で横合いから殴りつけられたイ級は更に大きな悲鳴を上げながら横転する。

(#ФωФ)「青葉はそのままホ級flagshipを追撃、ただし敵戦艦隊の砲撃もある以上深追いはするな!」

「了解です!!」

(#ФωФ)「5人白兵装備で続け、一気にイ級の息の根を止める!!椎名以下残りの部隊は広場突入と同時に右手警戒、グルージズェは椎名を援護するのである!!」

(*゚ー゚)「了解!」

「Да-с!!」

指示を受けた青葉が此方へ軽い敬礼を残して更に前へと駆けていき、その後を追うような形で我が輩もまた走り出した。

目指す先には、横倒しになった駆逐イ級。
248 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/08(金) 23:55:57.81 ID:1z/IxxL8O
一歩踏み出した瞬間、計ったように港の方から砲弾が飛来した。ほんの3メートルほど横で火柱と土煙が上がり、“海軍”の兵士が1人吹き飛ばされて目の前を横切っていく。

上半身と下半身が引き千切れ臓物や肉片を飛散させる“それ”が通過する間際だけは、誰かがAV機器の0.1倍速ボタンを押したかのようにゆっくりと周辺の光景が流れていった。頬を掠める幾つかの石礫も、吹き飛ばされた兵士の生気がない虚ろな眼も、立ち上がろうと正面路地の中程で悶えるイ級のひび割れた身体も、新たに飛んできた敵艦の砲弾も、全てがはっきりと我が輩には見えていた。

(#ФωФ)「怯むな!!」

二歩目を踏み出した足が地に着いた瞬間に時の流れは戻り、口の中に飛び込んできた砂利を吐き出すことすらせず我が輩は叫ぶ。もう一つの砲撃で飛来した瓦礫を身をかがめて避け、右手に装備した白兵用ブレードを構えて今まさに起き上がりつつあったイ級の横っ面に飛びかかる。

(#ФωФ)「ふんっ!!」

『グガァッ!!?』

登山家がツルハシを岩壁に打ち込むような要領で、刃を再び奴の巨体に捻り込む。狙う余裕がなかったため先程のように急所への一撃とはならなかったが、それでも新たに穿たれた傷でイ級の体躯がびくりと震えた。

「Attack!!」

川 ゚々゚)「キヒヒッ!!」

『グゲッ、ゴァアアッ!!?』

我が輩が跳び下がってから間を置かずに、更に二度、三度と斬撃や刺突が叩き込まれ苦痛に呻く声が後に続く。特に三番目に突っ込んだ女───クルエラ=レイトストの斬撃は一際深く的確にイ級の甲殻を抉り、露出した肉繊維からは青い血がジュクジュクと滲み出ている。

『ガァアアア………ッ!』

それでも、艦娘よりは遙かに貧弱な人間の攻撃ではよほど連続的に急所に攻撃を集中できない限り絶命させるのは難しい。

目の前のイ級も、だいぶ弱々しいながらも威嚇の唸り声を上げながら起き上がっていた。此方から距離を取るようにじりじりと後退しているが、逃げる様子も無い。仕留めるどころか、まだ戦う力すら残っているようだ。
249 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/09(土) 22:35:57.36 ID:F5NmazMOO
だが、後退させた時点で既に此方は十分に目的を果たしている。

『ォオオアアアアアアアッ!!!』

(*#゚ー゚)「ト級以下敵艦隊後続接近!撃て、撃て、撃て!」

「奴等の足を止めろ!РПГ!!」

『アァオオッ!!?』

『ガァッ!?』

先行したイ級が青葉への強襲に失敗した上に我々に絡まれたことで、混乱からか動きが止まっていた軽巡ト級ら後続3隻。奴等が立ち直る前に、イ級が追いやられたことで空いたスペースに椎名らとグルージズェ達が飛び込んで一瞬で隊列を組み得物を構えた。

RPG-16が火を噴き、HEAT弾を右頭部に食らったト級の身体が衝撃で揺らぐ。アサルトライフルとサブマシンガン併せて40挺近くが火を噴き、両脇のイ級二体が弾幕の圧力に前進を阻害される。

(*#゚ー゚)「グルージズェさん、アサルトライフルによる射撃は向かって左手のイ級に集中を!AK-12でも眼を狙えばイ級の前進を十分食い止められるはずです!!」

「Да-с.!」

(*#゚ー゚)「“海軍”兵各位、白兵戦闘用意!私が右手イ級の眼を潰します、怯んだ隙にト級を牽制しつつ近接戦闘で一気に勝負を付けて!!」

「「「Yes?mom!!」」」

(*#゚ー゚)「Shoot!!」

指示を出し終えるや、椎名は右手に括り付けられた対深海棲艦用のクロスボウを構える。ぴゅんっと軽い風切り音を残して漆黒の矢が放たれ、銃火が飛び交い爆風が逆巻く中をポインターの赤い軌道に導かれるようにして飛翔する。

『ギッィイイイイイイイイッ!!!!?』

『オァアアアッ……ゲァッ!?』

寸分違わぬ狙いで眼球に突き刺さる矢。腕がないため抑えることも適わず、巨躯を振り乱して周囲の倉庫や家屋の残骸を踏みつぶし吹き飛ばしながらのたうち回るイ級。

ト級の方にもロシア兵からの砲撃が突き刺さり、連携で建て直す間を与えない。

(*#゚ー゚)「Attack!!」

号令一過。6人の“海軍”兵が剣を構え、射線を遮らないように姿勢を低く低く保ちながらのたうつイ級に突進する。

さながらその姿は、大型の草食獣に襲いかかる腹を空かせた獰猛なオオカミの群れ。
250 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/09(土) 23:25:12.30 ID:F5NmazMOO
undefined
251 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/09(土) 23:29:38.47 ID:F5NmazMOO
「───ッ……」

(*;゚ー゚)「っ!?」

直上から放たれた銃火。群れの先頭でオオカミの内一頭が振りかざした牙は届くことなく、足下にできた紅い水溜まりに穴だらけになった身体が倒れ込む。

「なっ────がッ!?」

「Shit……!!」

更に1人が、胸から頭に掛けて何十という風穴を穿たれ斃れた。残る兵士達も進路を掃射に遮られ、慣性に逆らった無理な姿勢での停止を強いられる。

『─────ガァアッ!!!!』

「…畜しょ」

生まれた一瞬の隙、それが致命的だった。

苦痛を堪え、なんとか体勢を立て直したイ級が咆哮と共に砲弾を吐き出す。残りほんの10Mもない距離まで肉薄していた突撃隊は、ソレが仇となり、回避も防御も許されない。

肉の一片も悪態の一つすらこの世に残すことを許されず、彼らは一瞬でその場から掻き消された。

「上空に敵機!また【Ball】だクソッタレ!!」

(;ФωФ)「来るぞ、散開せよ!!」

『『『────!!!』』』

オオカミの群れを仕留めた、球状に白色という奇天烈な形状をした忌々しい鷹共が空を飛ぶ。零式艦上戦闘機の「栄」に非常によく似ているとされるエンジン音を鳴き声の代わりに空へ響かせつつ、20機ほどの【Ball】からなる編隊は今度は最初のイ級を包囲している我が輩たちへと突撃してきた。

《ロマさん、申し訳ありません!其方に敵の航空隊が……!》

(;ФωФ)「っ、たった今会敵したばかりである!」

機銃掃射を横っ飛びで躱したところに、青葉からの通信が入る。真っ先に謝罪の言葉が飛んできたが、【Ball】の機動力を考えれば敵の援護砲撃も飛んでくる中で乱戦の真っ最中である彼女が食い止められた可能性はほぼない。

久し振りに、“悔しさ”という感情がわいて出る。恐らくあのホ級2隻の後退は、この空襲を我が輩たちに確実に差し向けるために青葉をあえてより深い位置まで踏み込ませるための餌。

裏をかかれたワケだ、深海の化け物共如きに、我が輩が。
252 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/10(日) 00:56:39.17 ID:7eXIMkUKO
(;ФωФ)「【Ghost】叢雲!此方に対空砲火は回せるか!?」

《そっちにもう40機ほどたこ焼き野郎が増えてもいいならやって差し上げるけど!?》

《予め申し上げますと青葉もしばらく後戻りは難しいです!地下から更に3体のハ級が出現、全てelite!

流石にこの数に群がられると全部処理するのは時間が少々かかるかと!》

叢雲達の側にも敵の増強が来ている。艦娘と我が輩たち人間部隊の引き離すための策は万全というわけだ。

『───!!』

『…! ──……!!!』

(;ФωФ)「散開せよ!!」

「ぐぁっ」

自身の迂闊さに歯噛みする間もなく、今度は散開した【Ball】が四方八方様々な角度から地表の我が輩たちに向かって弾丸を浴びせてくる。複雑に絡み合う火線は此方に思うように回避させる間を与えず、1人が短い呻き声を残して地に伏した。

『ギィアアアッ!!!』

「Ahhhhhhhhh!!!!?」

必然、包囲が解けて眼前のイ級は自由を取り戻す。【Ball】の火線を飛んで避けた兵士の1人が着地際に奴の顎に捉えられた。

いかに傷を負っていようとも、生ける軍艦と人間とではあまりにも膂力に差がありすぎる。顎に少しだけ力が込められると、ザクロが握りつぶされるような音を立てて右半身が食いちぎられる。

『ウォアッ!!』

(;・∀ ・)「うぜぇぞこの深海魚野郎!!」

上げていた悲鳴をピタリととめたその白人兵の屍を放り捨て、イ級は続けて斎藤に狙いを定める。斎藤は流石の反射神経でこれを躱すどころか斬撃すら加えたが、立て続けに激しい運動を強いられて力が入らなかったか薄く甲殻を削るだけに終わった。

(;ФωФ)「おのれ───ぬぅっ!」

『──────』

此方に向けられた横っ面に飛びつくべく突貫するが、足下にめり込んだ銃火がそれを阻んだ。10mもない高度を飛び過ぎながら【Ball】によって放たれた数百発の弾丸が、眼前でアスファルトを砕きながら駆け抜ける。

『ゴォアッ!!!』

急停止で崩れた態勢。そこに突っ込んできた黒く巨大な塊に、咄嗟に反応することができなかった。

(; ω )・∴゚「ガフッ……」

振りかぶられた頭部が、我が輩の身体を吹き飛ばす。
253 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/10(日) 01:36:05.65 ID:7eXIMkUKO
undefined
254 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/10(日) 01:37:51.76 ID:7eXIMkUKO
咄嗟にクロスした両腕に、序で全身の骨に、内蔵にと巡に衝撃が伝播していく。それらの痛みを脳が知覚する前に、二度目の衝撃が今度は背中から襲ってきた。

(メ; ω )「ゴホッ……ガフッ……」

酸素を求めて肺が激しく収縮運動を繰り返し、全身の血液が早鐘のように鼓動する心臓によって凄まじい速度で駆け巡る。チカチカと頭の中で星が飛んでいるような感覚と最早痛みを通り越してただの熱としか感じられない激痛が、本来手放されるはずだった我が輩の意識を繋ぎ止めた。

『   !!    !!!』

(#・∀ ・)「    !」


川*メ゚々゚)「   ッ」

いきり立つイ級と立ち上がれずにいる我が輩の間に、斎藤とクルエラが立ち塞がってブレードを振るう。耳は一時的に機能を失っており、イ級の叫び声すら全く聞こえない。ただその中にあっても、クルエラが頬の傷口から血が流れているのすら構わず狂気じみた笑みを浮かべているのが薄らと見える。

(;メ ω )(なるほど、椎名と同類の人種であるか………)

脳の、妙に冷めた箇所がそんな場違いな分析を呟く。もう一人の狂人枠の方を見ることは未だ身体ダメージ的に適わないが、おそらく歓喜に濡れた笑顔を浮かべて敵艦隊と対峙していると容易に想像が付いた。

(メメ ω )(しかし、本当に腹立たしいな)

思考はそのまま、今我が輩自身が置かれている危機的状況のことに移ろう。

全く、今の自分には嫌悪と怒りしかわいてこない。敵が【Ball】主体の航空隊に切り替えて港湾部の空襲を行ってきたという戦況の変化に対応しきれず、“海軍”の精鋭艦娘でも捉えきれない高機動攻撃に苦戦している中でも敵の眼を此方に引きつけるための正面攻勢に固執し、挙げ句あからさまな釣り手に引っかかって指揮官自身が動けなくなる────現場主義が聞いて呆れる、味方の足を引っ張る無能の極み。
255 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/10(日) 01:46:47.17 ID:7eXIMkUKO
(メ# ωФ)(………)

我が輩にもし作戦指揮官としての立場がなければ、自由を取り戻した瞬間に自らののど笛を掻き破り絶命していたかも知れない。この作戦の成功と、そしてその先にある目的のためにここで死ぬわけにはいかないが、その寸前まで追い詰められたことへの怒りはなかなか治まらない。

(メメ ωФ)「………フンッ」

この期に及んで、胸に沸いたのは“我が輩自身”に対する反省や後悔ばかり。作戦ミスのせいで不必要に死んだかも知れない部下達への悔恨や懺悔が小指の先程も浮かばない自身の心情への嘲りも含めて、思わず笑いが漏れた。

嗚呼。何と弱い“人間”の身よ。この様なときばかりは、やはり心底羨ましくなる。











(#T)「ぶちかませコブラァアアアアッ!!!!!」

この男の、あらゆる意味での“強さ”が。

(メメФωФ)「………オエッ」

やっぱ無しで。
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/10(日) 07:08:47.22 ID:QDEEfcXDO
このオッサンおでこに「肉」って書いてあるやろ
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/10(日) 08:29:39.63 ID:4zqVTDZko
ヒト型をマッスルインフェルノで非ヒト型に刺してそうなマッチョがいますね…
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/10(日) 11:55:24.42 ID:9X8Gb/uA0
おつおつ
人類側にとって最精鋭部隊とはいえ、いくらなんでも消耗率が高すぎる…
259 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/10(日) 23:39:47.19 ID:ei6k8IN/0
よく勘違いされがちだが、第二次世界大戦期に量産された大口径の対空砲────所謂「高射砲」、或いは「高角砲」と呼ばれる類いの兵器は航空機へ直撃させることを目的には設計されていない。あれらの砲が期待されたのは爆発時に撒き散らされる破片で敵機に損傷を与えて飛行を阻害することであり、言ってしまえば対空の榴弾。直撃撃墜の例もある程度存在はするが、全体から見ればやはり少数派となる。

確かに命中した場合“スーパーフォートレス”と謳われたB-29すら粉砕するほどの威力であったが、どんなに遅いものでも時速数百キロ前後で高高度を飛行する機体に狙って砲弾をぶち当てろなどどだい無理な話だ。ましてや爆撃機や雷撃機を遙かに上回る旋回性能で飛び交う戦闘機を“狙って”撃墜するなど、本来なら夢物語に他ならない。

故に、我が輩は興味がある。

『『『─────!!!?』』』

ランダムに散開飛行する【Ball】の機影が同一射線上にたまたま重なった一瞬を“狙って”放たれたたった一発の砲弾によって、内半数が撃墜された艦載機共の母艦の心境に。

「───第2射行くよ!地上部隊、衝撃と墜落機に注意!!」

青葉型重巡洋艦2番艦・衣笠。所謂【改ニ】改装を完了している彼女の左手に装備される艤装は、“海軍”技研が(あの間抜け極まりない刻印が為された手榴弾と共に)開発した最新鋭装備である20.3cm連装砲の3号型。

史実においても高射砲としての役割を兼任できるように最大仰角を通常型から大幅に上げられた経緯があり、技研の話に寄れば実際従来の20.3cm砲と比較して実に25%の対空能力向上を果たしたという。

「そぉ〜〜〜れいっ!!!」

まぁ我が輩が記憶する限り、マッドサイエンティストの集まりである技研もこの新型砲の弾を“敵の戦闘機に狙って直撃させる”使い方は説明していなかったと思うが。

『『『!!!?!?!?』』』

衣笠改ニの砲撃が再び空を駆ける。統率する母艦が混乱していたらしい【Ball】は、愚かにも丁度残余機隊が衣笠へ攻撃を掛けるべく空中での集結を完了していた。

「ストライクってね!!いや、二回撃ったしスペアかな?」

たった二発の砲撃で、我が輩たちの頭上から敵の機影が消え去った。
260 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/11(月) 00:06:08.05 ID:l+qHlvoF0
(#T)「よくやったぞコブラぁ!」

「だから衣笠って言ってんじゃん!!」

白い球体から火の玉へと姿を変えてちりぢりに落ちていく【Ball】の残骸を眺めながら仁王立ちする衣笠の上を飛び越えて、新たな人影が───忌々しい「昔馴染み」が円形となっているこの広場に踏み込む。身長196cm、体重118kgの化け物じみた体格を誇るそいつは、自身の巨躯すら上回る巨大な棒状の何かを掲げて斎藤たちと対峙するイ級めがけて疾走する。

『!? ゴァアアアアアアアアッ!!!!!』

(#T)「Muscle!!!!!!!!」

急に現れた新たな敵を認識し、其方を向いて威嚇の咆哮を上げるイ級。奴は耳をつんざくどころか物理的な衝撃すら与えてくるその大音声を、ムカつくほど完璧な発音の叫び声で掻き消し得物を右手で力一杯振るった。

『ギッ』

(メ・∀ ・)「えっ」

川メ゚々゚)「あひょ?」

何が起きたのか解らず、斎藤も、クルエラも、固まる。

“縦に”両断されたイ級の全身が、綺麗に二等分に分かれて砂煙を上げながら地面に斃れた。

(#T)「次ィいいっ!!!」

(*メ;゚ー゚)そ「えっ、あれ!?マッさん!!?」

筋肉野郎は止まらない。完全に人間やめてる声量で咆哮しながら総崩れ寸前だった椎名達の戦列も通り抜け、此方へ迫るト級ら敵艦隊に真っ正面から突撃する。

『『『グゴァアアアアッ!!!』』』

一瞬戸惑うように揺れたト級達の艦列は、直ぐに建て直されて機銃掃射が放たれた。

奴等からすれば、“人間ただ一人”の自殺行為に等しい突撃。面食らったが対処は易いという判断なのだろう、迎撃するにあたって策を弄する様子は無く、ただ力任せに銃火を奴の進路上にばらまいた。

( T)「ハッ」

無策ながらも濃密な弾幕。だが奴は、迫ってきたそれを鼻で笑う。

我が輩はよく知っている。それはト級達にとって考え得る限り最悪の選択肢であると。

あの筋肉モンスターと邂逅した時点で、奴等には全速力での逃走以外の選択肢は残されていなかったのだ。
261 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/11(月) 02:33:50.06 ID:l+qHlvoF0
undefined
262 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/11(月) 02:37:37.97 ID:l+qHlvoF0
地を削り、アスファルトを砕いて迫る何条もの火線。奴に対して致命傷になるかどうかは定かでない──軍艦の機銃掃射が致命傷じゃないかも知れない時点でおかしいのだが──にしても、直撃すればただではすまないだろう。

そう、それはあくまでも「直撃すれば」の話。


(#T)「────うぉらぁっ!!!」

『ガァッ!!?』

だが、銃火が奴の位置まで届いた時には既にその姿が路上にない。

自らが愛用する白兵装備を地面に渾身の力で叩きつけた奴の身体は、長柄武器である“それ”を起点に棒高跳びの要領で空中へと身を躍らせる。“筋肉モリモリマッチョマンの変態”を地で行く体格の大男がディズニー映画の一コマのような動きで飛翔する様はなかなかにシュールな絵面だが、ト級達は完全に不意を突かれた形となる。

『ギィッ………!!』

跳び上がりつつ地面から得物の刃を抜き、宙を舞いながら構え直し、一回転して着地する変態筋肉野郎。

その眼前、奴の間合いに三つの“艦影”がある。ト級達は間合いを取ろうと慌てて下がり始めるが、その動きは遅きに失している。

『ギグァッ……』

一閃。向かって左手、イ級の頭部が斬り落とされる。

『カッ』

二閃。横薙ぎに刃が振られ、ト級の三つ首はのど笛を裂かれて同時に青い血を噴出する。

(#T)「うぉらぁあっ!!!」

『ギィッ!!?』

三閃。凄まじい速度で突き出された一撃はイ級の装甲を側面から粉砕し、その下に隠されていた肉を深々と突き破り身体の反対側まで一息に刺し貫く。

(#T)「ふんぬっ!!!」

『ギァ………アァ……』

そのまま刃を引き抜く。支えを失ったイ級は、最期に弱々しく一声鳴いた後横倒しになって絶命した。

(メメФωФ)「……相変わらず人間やめておるな、彼奴は」

「ええ、全くです」

(メ;ФωФ)そ「ぬぉっ!?」

ようやっと身体を起こしながらぼやいていると、誰かの手が我が輩の首根っこを掴んで立ち上がらせる。

助け起こして貰った身でなんだが、ゴミ箱を漁っていて近所の主婦につまみ出されるどら猫のような扱いには眉を顰めざるを得ない。

どうしても顔に浮かぶ不機嫌さを隠せずに振り向くと、肩の辺りで煌めくは超弩級戦艦クラスの眼光。
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/11(月) 13:55:50.68 ID:Cnwwws1A0
一騎当千にしたって振り切れすぎてませんかねえ…(白目
別動部隊を除けば青葉、武蔵、衣笠、不知火になるんかな?
264 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/13(水) 09:48:33.39 ID:/vwn68xm0
その少女───陽炎型2番艦・不知火は、駆逐艦娘であるという点もあって決して背は大きくない。
頭頂部が丁度我が輩の肩口に来る程度。小学校最終学年女子の平均身長より幾らか小さいだろうか、少なくとも150cmは恐らく越えていまい。

体付きについても所謂「第六駆逐隊」や睦月型の大半(並びに軽空母約2隻)ほど極端に幼いわけでもないが、まぁ外見上での年相応といったところ。きっちりと胸元で結ばれたリボンに新品みたいに糊が利いた純白の手袋、若干桃色がかった頭髪は後ろで綺麗に束ねられ、服装にも乱れが小指の先程も見られない。我が輩を引っ張り起こした後は直立不動となった姿勢とそれらを重ね合わせると、さながら文武両道の生真面目な女学生のようだ。

「…………」

(メメФωФ)「………」

「…………」

(メBФωФ)「…………」

………んで、眼力がもの凄い。細められた両眼の奥で煌めく光はよく研がれた日本刀のそれで、見られていると自然と身体の芯が震えてくる。

目を反らしたくても反らす勇気が沸かない。頬に冷や汗を伝わせながら、我が輩は戦場のど真ん中であるにも関わらずたっぷり3秒間動きを完全に停止させてしまった。

この光景を見て我が輩の姿を嘲笑う者もいるかも知れないが、その権利がある人間は冬眠直前で空腹の極みにあるヒグマを前にしても平常心を保てる人間に限定されるとだけ言っておく。

「…………不知火に何か落ち度でも?」

(メメФωФ)「助け起こしていただき誠にありがとうございます」

ヤバい、眼だけで敵を殺せるタイプの奴だコレ。

「それで、准将。不知火達の司令官はあの通りですが、貴方はさほど戦闘能力が高いわけではありません。

“海軍”の兵力不足は十分理解しておりますが、作戦の全体的な指揮官であることを考慮すればやはり准将は前線に出るべきではないかと思いますが」

(メメФωФ)「…………遠回しに足手纏いと言われておるな、これは」

「はい、その通りです」

(メメФωФ)「言い切りおってからに」

艦娘達の直属の上司は各艦隊の提督だが、その更に上位指揮が我が輩にあたる。一応“海軍”内における階級も彼奴より我が輩の方が高い。いわば「上官の上官」にこうも歯に衣着せない物言いができるのは、やはりあのバカの教育の賜物であるな。

無論、別に褒めてはいない。
265 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/13(水) 10:29:26.58 ID:/vwn68xm0
ド正論の極みな上に、不知火はこの指摘を純粋な気遣いとして口にしているので別段腹は立たない。……例え事実でも真っ向から足手纏いと言われて効く部分は多少あるが。

( T)「要約すると数が多いだけのクソ雑魚ナメクジにすら苦戦しちゃうようなイボ痔マンは邪魔なんで机に座ってて下さいってことだな」

(メメФωФ)「要約しなくていいのである死ね」

( T)「てめえが死ね」

因みにこやつの場合純度100%の悪意でぶち込んできているので普通に腹立たしい。

その巨体で音もなく戻ってきてんじゃねえよ、縮地法でも会得してんのか。

(メメФωФ)(こいつの場合会得してても全然不思議じゃないのが恐いな)

( T)「え、何見つめてんの。やだ気持ち悪い死んで」

(メメФωФ)「ストレートに聞くけどお前バカか?」

( T)「金剛扱いとはいい度胸だな工廠裏こいや」

(メメФωФ)「お前んとこの金剛多分出るとこ出たら勝てるぞ」

一応10年近い付き合いとなるわけだが、こやつの真っ正面に立つことだけは未だにもう一つ慣れることができない。

我が輩の身長は178cm。日本人の平均的な数値から考えれば決して低い方ではない。しかしながら2mに届こうかというこやつと相対するとどうしても見上げる形になる。

所謂「うどの大木」ならデカ物でも気圧されることはないのだが、海自にいた頃から「最早マゾヒストの域に達している」と評判になるほど訓練外の時間もトレーニングに明け暮れていたこのバカは全身をくまなく鍛え上げている。0.1tオーバーの体重は大凡が筋肉によるもので、ただでさえ無駄にデカイ身体はそれによって2倍にも3倍にも巨大に感じられた。

(メメФωФ)「貴様、また白兵装備は“それ”か」

( T)「俺に取っちゃ一番使いやすいからな」

この時点でもう十二分な威圧感を更に増幅させているのが、こいつが肩に担ぐ得物である。

一言で言えば、それは馬鹿でかい矛だ。

長さは凡そ5M程で、その1/4近くを占める少し反り返った刃の部分は太く鋭い。日本の刀のように“斬る”ことに特化した芸術的な美しさがある造形とは言い難いが、代わりにあらゆるものを断ち、貫き、砕いてくれるような無骨な頼もしさが備わっていた。

もしもキングダムを知っている人間がそれを見たならば、直ぐにピンとくるものがあるだろう。

王騎の矛。

それを2倍ほど長くし、真っ黒に染め上げたかのような代物を奴は肩に軽々と担いでいる。“海軍”提督専用の少し古めかしいデザインの軍服や奴が顔に付けている専用マスクも相まって、戦隊ヒーローの必殺技を一発耐える系怪人にしか見えない。

(メメФωФ)(そういやキングダム48巻そろそろ発売するのに47巻もまだ買えてねえ)

48巻は10/19発売予定、47巻はコンビニ・書店などで好評発売中だ。中華統一にいよいよ動き出す秦の動きを見逃さないためにも、女房を質に入れてでも買わなければならない。

( T)「何ノルマ達成してんの?」

(メメФωФ)「何言ってんのお前」
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/14(木) 01:03:46.58 ID:q9cg5K/A0
新刊来月か…買わなくちゃ(使命感

…あの矛を再現するのも凄いけど、その長さだと輸送や連携に支障がでそうなw
まあ目的地に( T)を放り込んで、後は自由裁量ならいいんだろうけど
267 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/14(木) 23:08:18.91 ID:IZ8XAPjH0
「…………最前線のど真ん中でいつものノリ出してないで戦闘に集中して下さい」

(メメФωФ)「マジごめんなさい」

( T)「命だけは助けて下さい」

眼だけで敵を殺せるタイプの奴だコレ。

あと、「さっきお前も直接的には関係薄い話振ってきたじゃん」って言ったらしこたま蹴飛ばされるタイプでもある。

(メメФωФ)「各位、被害状況を」

(・∀ ・メ)「ウチら突撃隊は2名減ってるっすね。生き残ったのは准将の他に俺とクルエラ、後松野っす」

(*メ゚ー゚)「私達の方は突貫した6名が全滅、正面艦隊の砲撃で更に1人やられました」

「ロシア軍も3名の死者を出しています。他に負傷者数名」

(メメФωФ)「なかなか逝ったな」

とはいえ、【Ball】による大規模空襲からここまで時間にして15分。損害が“この程度で済んだ”のなら御の字だ。

(メメФωФ)「Caesarより統合管制機、港湾部全体での戦力の損失は?」

('、`*川《空域突入直後に敵対空砲火によって撃墜された分も含めて、陸戦隊の損害は約30%です。艦娘の轟沈・中大破は未だ無し、航空隊についても被撃墜は3機で収まっています》

《ロシア軍主力部隊は市街地各所に降下、随時展開中。機甲師団の投入も間もなく開始。

また、敵艦載機部隊は航空隊の迎撃により完全に進軍停止》

(メメФωФ)「市街地南方・中央から接近してきていた敵の挟撃艦隊はどうなっておる?」

('、`*川《現状“海軍”の別働隊が完璧に封じています。ロシア連邦軍の一部部隊も転進して加わっており防衛線は盤石です》

(メメФωФ)「ふむ………」

ロシア軍主力の降下展開開始。この報が入ってきた瞬間、我が輩は港湾部の防衛ライン崩壊がほぼ有り得なくなったと確信した。

深海棲艦に対する空路輸送は、高速で大量の戦力を投入できる反面輸送隊が迎撃されれば一気に大損害を被ることになる諸刃の剣だ。深海棲艦側もそれはよく理解しており、特にオスプレイや大型輸送機は艦娘より優先して攻撃されることも少なくない。

そして、最も大きな損害が出やすい着陸間際の安全を確保できたことは此方にとってこの上ない僥倖だ。

(・∀ ・)「んで、作戦進捗としてはどうなんだよ准将さん」

(メメФωФ)「多少は狂ったが結果はこちらの希望通りであるな」

( T)「あぁ、イボ痔クソ雑魚禿げの作戦総指揮官殿が死にかけたこと以外はな」

(メメФωФ)「黙れ」
268 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/14(木) 23:19:43.64 ID:IZ8XAPjH0
“海軍”は所属する艦娘も人間も飛び抜けた精鋭揃いだが、組織の性質上その前には常に“少数”の2文字が付きまとう。今回の作戦に関しても、投入できた兵力は“海軍”にしては上出来だが潤沢には程遠い。

深海棲艦との圧倒的な物量差を踏まえれば、コラ湾の封鎖によって敵艦隊の浸透をある程度抑えられたとしてもどこかで限界は来る。故にムルマンスク防衛の最大の鍵は、投入されるロシア軍の主力部隊をいかに少ない損害で合流させるかにかかっていた。

('、`*川《ロシア輸送機隊、2S25 スプルートSDの投下を開始。落下傘開きます》

《敵艦載機隊、未だ航空隊の波状攻撃と戦艦部隊による三式弾の壁を突破できず。空挺戦車、全て順調に降下中》

(メメФωФ)「機甲部隊に関しては特に手出しさせてはならん、各位【Ball】の動きにも気を配るのである!最悪温存している空母艦載機を投入しても構わん!」

今、その最大目標はほぼ達成された。コラ湾のパラオ鎮守府艦隊も未だ敵増援の侵入を食い止めており、少なくとも現在のムルマンスクに殺到している敵戦力を封じ込めながら押し返すには十分な兵力が揃いつつある。

(メメФωФ)「【Ghost】叢雲、其方の状況は?」

《【Ball】の奴等は追い返したわ、此方の損害は軽微!》

(メメФωФ)「ご苦労、間もなく前進する故合流せよ」

《叢雲、了解!》

(メメФωФ)「【Fighter】青葉、其方の────っ」

無線機越しに聞こえてきたのは、砂漠に吹き荒れる砂嵐を彷彿とさせる耳障りな雑音。もう一度呼びかけてみた物の、同じ様な音が延々と流れるだけで青葉の声は一向に返ってこない。

「………准将、どうかしましたか?」

(メメФωФ)「貴様らのところの青葉と通信が繋がらん」

( T)「あん?んなわけな………うおっ、マジだ」

不知火の問いかけに応えながら隣の筋肉に無線を投げ渡す。筋肉野郎はマスク越しでも解るぐらいはっきりと顔を歪めたあと、再び無線機を此方に投げ返してきた。

( T)「向こうの故障か?まーた技研が遊んだのかよ」

(メメФωФ)「流石に命綱の通信機器で“実験的な試み”をしている余裕はないのである、当然しっかりと信頼の置ける物だ。ましてや砲雷撃戦にも耐えられる“艦娘仕様”だぞ?」
269 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/15(金) 00:03:27.67 ID:6MJtYdP50
敵中での完全な孤立は艦娘、人間を問わず最も命取りになりかねない行為だ。当然猛者揃いの“海軍”でもそこは変わらず、万一起こってしまったときの命綱である通信関連機器は精度・強度何れにおいても何重もの品質チェックと利用テストが入ってようやく実装される。

勿論100%故障が有り得ないと断言をするつもりはないが、艦娘仕様の無線となると今述べた通り尚更考えづらい。

(メ*゚ー゚)「となると、青葉ちゃん自身に何かあった可能性は………」

(メメФωФ)「…………」

( T)「…………」

「…………」

(*メ;゚ー゚)「ごめんなさい、あまりにも非現実的なことを言ってしまいました」

(メメФωФ)「何、気にするでない」

( T)「誰にでも失敗はあるさ」

「落ち度のない人間なんていませんので」

いつもなら絶対にしないであろうレベルの世迷い言を口走ってしまった椎名が悄気返り、それを我が輩、筋肉野郎、不知火が慰める。

ただでさえ演習で戦った相手の大半にトラウマを植え付ける強さを持った艦娘が勢揃いする筋肉野郎の鎮守府の中でも、あの青葉の戦闘能力は頭一つどころではなく抜けている。無論完全無敵というわけではないし中大破経験もしばしばあるのだが、それでも彼女をよく知る我が輩たちの想像力では「何かがあった青葉」を思い浮かべることができなかった。

ああいや、一応浮かびはしたな。ただ、ル級の生首を高々と掲げる青葉とかイ級を蹴り砕く青葉とか敵艦隊の屍が周囲に山と転がる中で微笑み佇む青葉とか、厳密に言うと“敵に何かをしている青葉”の姿だっただけで。

(メメФωФ)「………」

思い返してみたが、そもそもあまりにも日常的だから「何かある」に含めるべきでもないな。

まさに今日も目にしてるしそんな光景。

( T)「……やっぱ、ねえな」

(メメФωФ)「うむ、絶対無い」

もう一つ状況証拠的な点を上げると、青葉の身に本当に“何か”が起きていればそもそも我が輩たちはこんなに暢気な会話をする暇が無いはずだ。仮に通信すらできないほどの致命的な状況なら青葉を潰した深海棲艦が大挙して雪崩れ込んでくることになるため、この広場は今なお激戦地帯────もとい、筋肉無双劇場公演会場となっていたに違いない。
270 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/15(金) 00:51:28.91 ID:6MJtYdP50
(メメФωФ)「統合管制機、ベルゲンより出撃した敵の大規模航空隊は今どの位置まで迫っている?」

('、`;川《管制機よりCaesar、たった今大本営より連絡がありました》

心配するだけ無駄なキチガi………ゴホン、最上の信頼を置ける艦娘についてこれ以上考えても仕方ないと、通信を今度は管制機に繋げる。

応えたオペレーターの声は冷静ながら張り詰めた空気が感じられ、あまり芳しくない報せであることが直ぐに察せられた。

('、`;川《よくない状況です。ロシア空軍による迎撃作戦がフィンランド上空にて敢行されましたが、失敗。敵艦載機群は空域を突破、あと15分ほどでムルマンスク上空に差し掛かるとのことです》

(メメФωФ)「敵の損害状況については入ってきているか?」

('、`;川《ロシア空軍は“イツクシマ式”の迎撃で敵機多数を撃墜した模様ですが…………ベルゲンからの増援が迎撃中にも途切れることなく投入され続け、最終的には出撃当初より“増えた”可能性が高い、と》

(メメФωФ)「マジか」

敵の天文学的な物量を考えれば突破されること自体は不思議では無かったのでその点は予想通りではある。

だが、流石に「予定より戦力が増強された」というのは少々聞き捨てならない。

('、`;川《ロシア空軍の迎撃部隊は途中で【Black?Bird】による攻撃を受けたようです。敵航空隊に損害を思うように与えられなかったのはこれが原因かと。

なお、【Black?Bird】は航空隊の退却を見届けた後全機がベルゲンへと帰還したとのこと》

(メメФωФ)「合点がいったのである………クソッタレめ」

【Black?Bird】───ルール地方上空で、深海棲艦の“泊地”攻撃を狙った米軍航空隊を一方的に殲滅した深海棲艦の新型航空機。第4世代戦闘機に十分ついて行ける機動力と高い旋回能力を併せ持ち、北欧やフランス上空の制空権を瞬く間に奪い去った黒い悪魔。

なるほど、こいつが出てきたというのなら話は大きく変わる。実際我が輩たちが市街地に突入する際にもF-35がこやつらと戦闘し追い払っているのだから、向こうでも出てきてもおかしくは全くない。

寧ろ、その新手がこちらまで進出してこなかったのは不幸中の幸いと言えよう。
271 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/16(土) 09:07:27.46 ID:7vrOjZjGO
市街地の各所からは艦娘と深海棲艦双方が撃ち鳴らす艦砲射撃の轟音に混じり、時折それより遙かに軽い戦車の砲声が聞こえてくるようになった。しかもそれは時を追うごとに数を増やし、鳴り響く間隔は短くなっていく。

それらの音源がおそらくは、空挺戦車2S25 スプルートSD。小規模の艦娘戦力しか持たないロシア連邦軍が沿岸部機動防御の切り札として開発した最新鋭兵器である。配備開始は今年の春からで生産台数は決して多くないはずだが、砲火の量からして投入された数はおそらく50は下るまい。

空母艦娘が未だに配備されない中での敵航空隊迎撃に、精鋭部隊と新兵器の惜しげも無い投入。ムルマンスク死守に掛けるロシアの本気度が伺えた。

('、`;川《ロシア政府より大本営に入電。連邦三軍は現状で投入可能な全ての戦力を使い果たした、もうこれ以上の戦力は動かせないという内容です》

(メメФωФ)「現状ロシアは内政不安と広大な沿岸防衛の問題を抱えている、これだけ支援を捻出してくれただけでも十分である」

かつてナチス・ドイツやアメリカ合衆国と世界の覇権を争った大国は、その責務を充分に果たしている。ただし故に、彼らは「見合った結果」が得られなければ我が輩たちへの不信感を募らせることだろう。

“海軍”側としても資金面や人員面でロシア連邦と軋轢を生むことは避けたい。それに事実上日米が実権を握っている現状から“海軍”に批判的な中国がロシアの不満につけ込んで手を組む可能性があり、そうなれば先日締結されたばかりの三国協定崩壊や最悪“海軍”の弱体化にも繋がる。

国家間において、愛から来る無償の奉仕や友情が為す永久の協力は幻想である。全くの皆無とはいわないが、国と国が手を取り合うには基本的にgive-and-takeが無ければ成り立たない。

ヨーロッパにおける“愚かな失態”を繰り返さないようにするためにも、我が輩たちは“海軍”の国際的な価値を今一度示す必要がある。

(メメФωФ)「【Fighter】、瑞鶴に準備させろ」

( T)「【Muscle】」

(メメФωФ)「しつこすぎるのである死ね」

( T)「てめーが死ね」

ロシアからの「Give」に対して、どれほどの「Take」を示せるのか。

コレは、元よりそういう性質の戦いだ。
272 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/16(土) 23:14:37.74 ID:7vrOjZjGO
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273 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/16(土) 23:16:53.27 ID:7vrOjZjGO
後方で補給を終えたらしき4機のF-35が、猛然と頭上を飛び去っていく。彼らが低空から上昇しつつミサイルを放つと、4発の銀槍は巨大な雷雲のように渦巻く敵艦載機の群に突き刺さり爆炎を上げる。

……持ち堪えてはいるが、此方の航空隊の弾薬補給が追いつかず徐々に波状攻撃の間隔が間延びしつつある。正面を食い止める火炎の壁についても、あと五分と撃ち続ければ三式弾は切れるはずだ。

ここにベルゲンからの臓増強部隊が到着すれば、間違いなく押し切られるな。

(メメФωФ)「【Caesar】より各艦隊提督に通達、空母艦娘総員の全航空隊発艦を許可。

まず空襲をかけてきている【Ball】の編隊を殲滅、しかる後上空の群体に突入しこれを撃破。その後、そのまま此方に向かってきたベルゲン発の増援部隊を迎撃する」

( T)「瑞鶴、聞き及んだ通りだ。存分に暴れろ」

他の提督達も隣の筋肉同様配下の艦娘達に指示を下していき、しばしその様子が無線で混ざり合って聞こえる。

そして我が輩の耳は、爆発的な歓声によって一瞬機能を失った。

《【Fighter】瑞鶴、了っっっっっ解!五航戦の本気、見せて上げるわ!!》

《【Ghost】加賀、命令を受諾。────鎧袖一触よ、心配しないで》

《同艦隊龍驤、いっくでぇえええ!!艦載機の皆、ぶちかましたれぇ!!!》

《【はうんどどっぐ】鳳翔、出撃致します。実戦ですか………よい風ですね!!》

《ひゃっはーーーーー!!!パーーーっと行こうぜ、パーーーっとなぁ!!!》

(メメФωФ)「最後せめて名乗れよ」

戦力温存のため、そして敵航空隊を最大限引きずり出すために最前線に配置されながら雌伏の時を強いられた空母艦隊。ようやくその枷から解き放たれた彼女達は、文字通り「引き絞られた矢」であった艦載機を一斉に空へと撃ち上げる。
274 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/17(日) 00:33:53.97 ID:g+HEhH2qO
狩りが、始まった。

『─────!!!?』

『『!??!?』』

『『『─────………』』』

本来空対空戦闘に優れるはずの【Ball】達は、我が輩たちへの対地襲撃に夢中になった結果自然と低空を飛び回る形に“誘導”されていた。掃射時間を長くしてより大きな被害を我が輩たちに与えるため軌道も平坦となっていた奴等を捕捉することは、百戦錬磨の此方の艦載機隊からすれば造作も無い。

エンジンが吠え、翼が翻り、火線が空を焦がす。白い玉がそこかしこで火の玉に変わり、本体から取れた線香花火を思わせる動きでふらふらと市街地に転落していく。

《【Ghost】加賀よりCaesar、市街地低空の【Ball】を殲滅。制空権を確保》

加賀からその報告が届くまで、時間にして1分かかったかどうか。

とにかく60秒に満たない時間で、鬱陶しく陸戦隊への空襲を繰り返していた白玉の群れは一つ残らず殲滅された。

《【Fighter】瑞鶴、敵主力群体への一番槍は貰ったわよ!全機、上がって!!》

《負けませんよ。鳳翔航空隊、【ふぁいたぁ】瑞鶴さんに続いて下さい!!》

攻撃は終わらない。零戦の【栄】発動機が、紫電改の【誉】が、96式艦戦の【寿】が、主人達の声色と同じぐらい歓喜に満ちた唸りを上げて機体を空へと駆け上がらせる。

『『『!!!!!???』』』

夜空に混じりてなお黒い敵艦載機の群体に、真下から火線が突き刺さる。翼の日の丸を爆光の中で輝かせつつ、艦載機隊は巨大な黒雲の只中へと斬り込んでいった。

(;・∀ ・)「…………すっげ」

内側から食い破られて、群体が一瞬で霧散する。なおも四方からのミサイルとバルカン弾に殴打されながら壮絶なまでの速度で小さくなっていく敵群体の有様に、斎藤が頬に汗を垂らしながらぽつりとこぼす。

(;・∀ ・)「何度か見たことあっけど、やっぱ尋常じゃねえわ」
275 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/18(月) 23:12:45.12 ID:a0En00hS0
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276 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/18(月) 23:13:51.51 ID:a0En00hS0
三式弾と空対空ミサイルによる十字砲火で大きなダメージを負っていたとはいえ、未だ此方を遙かに上回る規模を保っていた敵の艦載機群。それを、かつて中国や太平洋の大空を舞ったレシプロ機が尋常ならざる数的不利を物ともせずに食いちぎり蹂躙する。

四分五裂した敵群体はムルマンスクの空から逃れようと試みた。F-35やA-10は友軍相撃を避けるため攻撃を停止して包囲網を解いており、三式弾も一時的に打ち止めとなっている。空間は広く空き、離脱軌道を取ることは難しくない。

が、ゼロ戦を始めとした帝国海軍が誇る名機達はそれを許さない。

背後から食らいつき、下から突き上げ、友軍機と共に挟撃し、正面から堂々と打ち掛かり、まるで太った鳩を撃ち落とすみたいに容易く敵機を狩っていく。

確かに、圧巻の光景だ。同じ“海軍”に所属する身として彼女らの練度をよく知り、斎藤のように幾度か似たような光景に居合わせている者さえそれに目を奪われる程度には。

ましてやロシア軍兵士各位は初見である。ただでさえ「巨大な怪物を笑顔で蹴り砕く重巡艦娘」やら「非ヒト型とはいえ深海棲艦を白兵戦で殺戮する人間の部隊」やら「ドデカイ矛をぶん回して生ける軍艦を三枚卸にする変態筋肉塊」やらを見せられ続けている彼らはとうとう理解力が擦り切れてしまったらしく、今にも「君はドッグファイトが得意なフレンズなんだね!」とでも言い出しかねない表情で誰もが空を見上げていた。

(メメФωФ)「Caesarより提督各位、“本番”はこの後である。

ベルゲンより進撃中の敵増援艦載機群到達まで一〇分を切った、速やかに“狩り”を中断し戦闘態勢を取れ。燃料や弾薬の残が怪しい機の補給も忘れるな」

《《《了解》》》

無論、肝心の瑞鶴達は“手慣れたもの”でこそあれ油断はない。此方から指示が飛ぶや【Helm】達を追い回していた艦載機達は殆どがその動きをピタリと止め、上空で編隊を組み直し更なる敵の襲来に備えていく。
277 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/18(月) 23:45:01.07 ID:a0En00hS0
………百数十メートル彼方の唇の動きを読める程度には我が輩は自分の視力に自信があるが、流石に“海軍”側の航空隊の損害の有無は目測で判断することは難しい。

しかしながら逆説的にいえば、“仮に出ていたとしても目算では気づけないレベルの損害”しか受けていないとも言える。

(メメФωФ)(僥倖であるな)

いつの時代も、寡兵が大軍を粉砕するという戦果はセンセーショナルだ。欧州とロシア連邦の命運がかかった戦いでその戦果が上がったという事実は、ロシア連邦や他の“海軍”の存在を知る国々にもこの上ないアピールとなるだろう。

無論、間もなくムルマンスクへ到達するベルゲンからの大規模な敵増援を跳ね返せなければその衝撃度は半減を免れない。だが、逆に其方にも痛撃を与えて制空権を維持することができたなら“海軍”として上げた戦果に更なる付加価値を付けることもできる。

そして慢心・油断ができるような彼我戦力差ではないが、空母艦娘達の平均的な練度や各提督達の指揮能力を考慮すれば全く絶望的な差というわけでもない。“付加価値”を得られる可能性は低くないはずだ。

思わぬ苦戦を強いられ死にかけはしたが、今ではそれすら“付加価値”を高める一因となりつつある。敗色濃厚の戦況を僅かな航空機で一挙に跳ね返した空母艦娘達という箔がついたことを考えれば、あの死を覚悟した数十秒も決して無駄ではなかったといえる。

( T)「クソみてえなこと考えてるときのツラだな」

ふと、首筋のあたりに冷気を感じる。無線越しの指示を終えて振り返れば、“昔馴染み”が酷く冷たい視線を我が輩に向けていた。

口元を真一文字に結び巨矛を肩に担いだまま仁王立ちになる様は、?形像のような迫力に満ちていた。
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/19(火) 11:01:56.09 ID:JaH+YxAA0
おつおつ
頭が良すぎるからこそ慮外の事に足元を掬われたりするしなあ…
279 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/20(水) 20:04:28.29 ID:zaZUfR/t0
(メメФωФ)「クソとは心外である。我が輩は“海軍”准将としての職務を全うしているに過ぎん」

( T)「あぁそうだろうな准将殿」

ぴくりと、奴が担いでいる矛が揺れた気がした。

もしかしたら我が輩に突きつける一歩手前で堪えたのかも知れない。

( T)「でも職務だろうがなんだろうが、自分の立てた作戦で死んだ奴使って損得勘定の算盤はじくのが悪趣味なクソ行為であることは変わんねえぞ」

(メメФωФ)「………筋肉は本当に万能であるらしい。まさかとうとうテレパスまで取得とは」

( T)「筋肉が万能なのは当たり前だろ。キン肉マン五千兆回読め。で、だ」

益々、突き刺さる視線が厳しくなる。顔全体をマスクで覆っているにもかかわらずそれが解るのは奴が強い感情を込めて睨んできているからか、或いは単に──双方不本意ながら──昔馴染み故の機微か。

( T)「今はクソ雑魚深海ウジ虫の殲滅が先だから深くはツッコまねえがな。一応、何かの間違いで、マッスル神の嫌がらせによって、この上なく不快なことに、俺はお前と顔見知りのような何かだ」

(メメФωФ)「どんだけ我が輩とのつながり否定したいんだよ流石に少し傷つくぞ」

( T)「映画【モンスター・トーナメント】の存在ぐらい否定したい。

……一応顔見知りのよしみってことで一つ忠告する。もう少してめえは周りに頭のレベルを合わせろ」

(メメФωФ)「………」

他人の鼓膜を破壊するために声を上げているのではと訝しみたくなるこの男が、周りに聞こえぬように配慮しながら囁く姿を我が輩は初めて見た。

( T)「てめえはウチの鎮守府の連中すらドン引きする“冷血非道ロマさん”だが」

(メメФωФ)「お前ボケないと死ぬ病か何か?」

( T)「俺はお前が、河了貂萌えのド変態ではあっても意味も無くゲスな考えする奴じゃないと思ってるつもりだ」

(メメФωФ)「前半のくだり間違いなくいらねえのである殺すぞ」
280 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/20(水) 20:32:16.18 ID:zaZUfR/t0
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281 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/20(水) 20:35:56.44 ID:zaZUfR/t0
( T)「杉浦六真は常に先を見据えて、二手三手どころじゃなく一仕事が“終わった後”やら“その次の仕事”のことまで考えながら動く。俺含め脊髄で目の前の敵ぶっ倒してるだけの下っ端組なんかとは比べものにならないぐらい広い視野で判断を下す人間だ。

でもな、その“視野”から見える景色はお前にしか解らねえんだよ」

我が輩の肩に、奴の左手がぽんっと軽く置かれる。

火傷の跡だらけの、酷くゴツゴツした一握りの岩のような手だった。

( T)「将棋と同じだ。プロ棋士にとっちゃ何十手も先を見据えて打った効果的な手でも、ド素人や初心者には解説されない限りその意図は解らない。独りよがりにお前にとっての最善手を打ち続けても、理解できないなら誰もついて行きようがない。

何もかも噛み砕いて教えてくれとは言わんが、せめて大まかな脳内ぐらい共有しろ。下手したらお前自身も気づかない内に道踏み外すぞ────あぁ、もう一つおまけで付け加えるけどな」

(メメФωФ)「………っ」

囁き声が、低く唸る猛獣のような調子に変貌した。

肩の骨が、軋む。僅かに奴の手に力がこもり、爪が、指が、肉に食い込み血管を圧迫する。神経が擦れるような痛みを脳が感知し、咄嗟に歯を食いしばって最後の意地で痛みの声を上げることだけは避ける。

( T)「今し方俺は“知り合い”としての義理は果たしたから、お前がこの後どんな選択をしようが口は挟まない。アドバイスを無視するなり弁えるなりお前に任せる。

───だけど、どんな理由があっても。どんな言い訳を並べ立てても」

肩を掴んでいた左手が離れ、直後に一閃される。

一陣の風が吹き、我が輩の右頬に新たな傷が薄らと口を開く。

青葉に勝るとも劣らない速度の、手刀だった。

( T)「さっきみたいな表情で弾かれた算盤の珠に、もしウチの鎮守府の奴等が含まれたら────俺は間違いなくお前をムカデ人間より酷い目に遭わせる。それだけは覚えておけ」

(メメФωФ)「……怖いと言えば怖いが、どうにもしまらんなその脅しは」

言うだけのことを言って踵を返したデカイ背中に向かって、我が輩はそういって肩を竦めて見せる。

冷汗は出ず、代わりに真新しい傷口から赤い血の筋が頬を伝わり落ちていく。
282 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/20(水) 22:33:57.39 ID:zaZUfR/t0
それにしても、随分と自分の部下となった艦娘達に入れあげたものだ。奴が“海軍”に入ることになったいきさつを知る身としては、その事には少し驚きざるを得ない。

否、寧ろ“だからこそ”なのか。………まぁ、考察の意義は大いにありそうだが今すべきことではないので後回しにする。

(メメФωФ)(………)

不知火と衣笠の元へと、戻っていく奴の背中を見ながら、“アドバイス”の内容を思い出す。

思わず、苦笑いが口元に零れた。

(メメФωФ)(すまんが、言われたのが少し遅かったようだな。もう我が輩は“戻れん”のである)

道など、疾うの昔に踏み外している。

“海軍”准将として、我が輩はあまりに多くを知りすぎた。共通の敵の出現による全人類の共和など夢のまた夢で、単に引き金を引いていないだけで未だ各国は机を中央に囲んで互いに銃口を突きつけ合っている。机の上に置かれたパイには“艦娘”という文字が刻まれ、机上の戦争である“国際政治”の勝者にはそのパイがより大きく切り分けられる。

(*゚ー゚)「ロマさん、マッさんと何を話していたんですか?」

(メメФωФ)「うむ、少しな。彼奴よりによってキングダムの発売日を忘れたらしいのでそれについて雑談をしていた」

(*;゚ー゚)「キングダム………あぁ、私あの絵の感じ苦手で」

(メメФωФ)「それ間違えても彼奴の前で言うでないぞ」

“机上の戦争”に勝つために。

深海棲艦と国際社会の外圧、二つの脅威から日本という国を守るために。

我が輩は、“蛇の道”に足を踏み入れることにした。
283 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/20(水) 23:01:36.08 ID:zaZUfR/t0
後世に世界が、そして日本という国が残っていたとして、歴史家達が“海軍”という組織について紐解いた時我が輩の諸行を見てなんと言うだろうか。程度の差はあれ、碌な評価ではないことはおそらく間違いあるまい。

「【Ghost】叢雲、到着したわ!損傷は軽微、まだまだ戦えるわよ!」

(メメФωФ)「よし!各位再度の進撃用意!椎名、白兵装備の点検を全員にもう一度徹底させろ!」

(*メ゚ー゚)「了解です!」

だが、我が輩が死した後の世界で我が輩について何をどう言われようが知ったことではない。そもそも語られる世が残されなければ何の意味も無いのだから。

“海軍”として、あらゆる手段を用いて深海棲艦を駆逐する。

自衛隊として、いかなる手段も辞さず日本国を守る。

職務を果たし、存在意義を満たすために、我が輩は例えその先に断崖絶壁が広がっていようとも今の道を歩む。

他者を足蹴にし、部下を捨て駒にし、人命を損得で勘定し、上に昇り詰めるために策を講じ、時に味方をだまし、悪友さえ利用する。

それらこそが、今の我が輩が歩む道。

(・∀ ・メ)「准将殿、部隊再編完全に完了だ!」

(*メ゚ー゚)「市内各地の艦隊、陸戦隊も体勢立て直しました!ロシア軍主力部隊も機甲師団を中核として深海棲艦と戦闘中!」











(メメФωФ)「────攻勢再開!!ムルマンスクを何としても死守せよ!!」

それらこそが、今の我が輩の“日常”である。
284 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/20(水) 23:34:31.90 ID:zaZUfR/t0



2017?4/23
基礎訓練期間を終えて、今日から私も正式に海上自衛隊付の「艦娘」として大洗鎮守府に着任することになった。基本は警備府での哨戒任務からと聞いていたのだが、私は成績が優秀だったそうでいきなり通常規模の鎮守府勤務だ。
誇らしい限りなので、この気持ちを日記に付けておきたいと思う。

2017?4/26
着任から三日が経過した。今日は演習に参加。
提督はとてもいい人で、所属する艦隊も旗艦である山城を中心に非常に練度が高い。
特に山城は本当に並外れた戦闘能力を持っている。聞けば、所謂「ヒトケタ組」なのだそうだ。
なるほど、道理で。
私も早く彼女のように縦横無尽な活躍を見せたいものだ。

2017/5/10
赴任からそろそろ一ヶ月となる今日、遂に海上での初任務に就いた。巡視船【しきしま】と共に近隣海域の哨戒を行う。
深海棲艦の駆逐が日本近海ではほぼ完全に終わっていることもあり、敵との遭遇はなかった。
………平和は良いことなのだが、正直少し残念だ。
あ、いやいや。いかんいかん……
285 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/20(水) 23:49:49.95 ID:zaZUfR/t0
2017/5/18
近隣の警備府に用事があり早朝哨戒の帰り際に立ち寄ったのだが、門番が所謂“双子”で少し面食らった。
アレほどそっくりな兄弟というのはなかなかお目にかかれない、雷と電も真っ青だろう。
少し立ち話をしてみたが、なかなか愉快な奴等だった。今度酒でも酌み交わしてみたいものだ。



2017/5/19
明日は例の学園艦とか言う超巨大船の帰港時護衛ということで、入念な事前会議が行われた。
提督からは近隣の警備府も支援につくし日本近海なのでそこまで緊張しなくて良いと言われたが、やはり気を引き締めるに越したことはない。



2017/5/20
大洗女子学園の護衛はつつがなく完了した。自衛隊が使っている方の【かが】まで導入した大がかりな護衛だったが、天気明朗にして波低しで若干大袈裟だったように思う。とはいえ、深海棲艦相手に“過ぎたるは及ばざるが如し”はないので仕方ない面もあるが。
それにしても、これほど巨大な艦を教育の場として海に浮かべられるほど日本が発展してくれていたことは嬉しい限りだ。
今夜はあの巨大な艦影を肴に飲もう。
286 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/21(木) 00:18:10.39 ID:M1x5lU2S0
2017/6/3
訓練をサボった望月を探しに行ったら、奴は部屋でテレビを見ていた。あにめいしょんという奴で、何かクラゲみたいなキャラクター(( ^^ω)←絵にするとこんな感じ)が少年と交流する話らしい。
望月を叱るつもりで部屋に突入した私は、うっかりこのあにめいしょんを一緒に見入ってしまった。
結果、私も一緒に提督に怒られる。
一生の不覚だ……

2017/6/11
アメリカ合衆国の空軍が海上で捕捉した深海棲艦を数隻撃沈したらしい。
かの国は艦娘がアイオワとサラトガの二種だけなのだが、質と量を兼ね揃えた圧倒的な軍事力で深海棲艦との戦いも優位に進めていると聞く。
あんな馬鹿げた力の持ち主と戦争していたのかと思うと背筋が寒くなる。

2017/6/15
鎮守府の食堂テレビを眺めていたら、大洗女子学園とは別の学園艦が創立記念日を迎えたとかでニュースになっていた。何でも創立90年目の節目の年であるそうだ。
………私が進水した年と同じじゃないか、何か照れくさいな。
よし、今夜はあの巨大な姉妹と夜空を通じて酒を酌み交わすことにしようかな。
287 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 14:36:24.54 ID:M1x5lU2S0
2017/6/16
おかしい。
私が記憶する限り、大日本帝国の軍艦として戦っていた時分にあんな巨大な船は見たことがない。
昨日はついつい流してしまったが、進水年まで同じなら流石に覚えているはずだ。
それとも、“軍艦”としての記憶の残り方には個人差があるのだろうか?
或いは、広い広い海原でたまたま会っていないだけなのか。



2017/6/22
どうしても学園艦のことが気になってしまい、提督に他の学園艦はどれくらい前からあるのか聞いてみた。彼は少し驚いたように目を丸くした後、創立30年もたってないものから100年以上の歴史があるものまで様々だと答えてくれた。
有り得ない。あんなものが近海に複数浮いていたのに、軍艦だった頃の私が気づかない可能性があるだろうか。
それとも艦娘化に伴う記憶障害のような副作用?
あぁ、頭が痛い。飲まないとやっていられない。



2017/6/28
ここ何日か任務中や休憩中に同僚達に“学園艦”について聞いているが、どうも要領を得ない。
それは何かを隠しているとかそういった類いではない。この件については“話が通じない”のだ。
彼女達は皆学園艦を認識している、なのに学園艦の話題、特にある特定の内容に触れると彼女達は皆口を揃えてこう言う。
「ごめん、今何て言ったの?」
彼女達の、心底不思議そうな表情が恐ろしい。
288 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 17:22:26.30 ID:M1x5lU2S0
2017/7/4
在日米軍、海上自衛隊、そして横須賀や呉の“司令府”所属艦娘達による大規模訓練が行われたとニュースでやっていた。
……ここに来た頃の私なら、自分も一刻も早くこんな場に参加できるよう研磨を積まなければと決意を新たにしたことだろう。
でも、今の私は胸に渦巻く疑問に悶え、とても士気を奮い立たせる気にならない。
いったい、私はどうなってしまったんだろう。


2017/7/10
オランダ領キュラソー島近海にル級を旗艦とした深海棲艦が出現。アメリカ、オランダ、ベネズエラの海軍がこれを迎撃し殲滅に成功したらしい。
……深海棲艦の活動は再び活発になりつつあるのに、私はなにをやっているのか。


2017/7/20
私は未だに信じられない。
今朝やっていたニュース、アレが本当ならば、私が“可能性の一つ”として考えていた選択肢の中で、最も有り得ない物が真実だったと言うことになる。
何故、あんな物があそこにある。
何故、かの船が未だに残っている。
この“日本”は、私の
289 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 17:48:55.82 ID:M1x5lU2S0


《眼が覚めたようだね、製造No.83。

あぁ、安心してくれ。ご覧の通り我々は君に危害を加えるつもりはない。拘束も加えていなければ周りに武器を持った人影もないだろう?》

《ただ、部屋に関しては戦車道にも使われる特殊カーボンを何十層にも渡って重ねた強固な壁を用意させて貰った。艤装を使えるならいざ知らず、君達の腕力を持ってしても破壊は困難なので悪しからず》

《……回りくどく話を続けてもこんがらがるだけだ。単刀直入に行こう。

君の書いていた日記は押収し、我々の方で読ませて貰った。乙女に対する仕打ちではないことを重々承知しているが、我々人類にはそういったものに配慮をする余裕が現在なくなりつつある。

そして少なくともこの二、三ヶ月で完全に無くなる可能性が極めて高い───我々はそう予測している》

《我々が非人道的な手法で君を連れ去る直前、最後に日記に書かれていたであろう内容………これは正しい。艦娘にも一般にも公にされていないが、君は真実に辿り着いた。───本来艦娘の諸君には辿り着けない、辿り着いてはいけない“真実”に》

《フィクションの世界なら君はこのままひっそりと消されるところだな、ハハハ………うむ、笑えない話だったな、すまない。話しにくいのでカメラを悪鬼羅刹の形相で睨むのをやめてくれ》

《さて、ここから先の話だが、まず君には“全ての真実”を包み隠さず伝えよう。だが一方で、君に“今後に関する選択肢”は現時点では存在しない。

なので、最初にしておかなければならない挨拶をすませておくよ》







(`・ι・´)《私はアルタイム=スモールウッド。この“艦隊”の総提督を担っている。

“海軍”へようこそ》
290 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 19:38:22.71 ID:M1x5lU2S0









少女の足が一閃される。短い呻き声を残して、ホ級flagshipの頭部がすっ飛んでいく。青い血が断裂面から噴水のように噴き出して、周囲の倒壊した家屋の瓦礫を染め上げた。

「おっ………と」

絶命し斃れ行く20メートル越えの巨躯に潰されぬよう、少女─────重巡洋艦娘・青葉は適度な高さまで地面が迫ったところで軽やかにホ級の肩から飛び降りた。トンッと響いた小さな足音は、直後にズンッという背後のバカでかい死骸の転倒音で掻き消される。濛々と舞い上がった雪煙を吸い込んでしまい、青葉は思わず数度咳き込んだ。

「ふっ────と!」

視界が奪われ続けるのを嫌い、彼女は即座に雪煙の中から転がり出て構えを取る。………が、半径百メートル以内に転がるのは瓦礫と屍体の山ばかりで動くものなど一体たりともいやしない。
291 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 20:02:43.42 ID:M1x5lU2S0
「…………うーん」

一度構えを解いて、青葉は足下に転がっていたイ級だかハ級だかの下顎を拾い上げてみる。これでもかと言うほど意味の無い行為なのだが、どうにも拍子抜けしてしまった彼女は次の行動への思考を取り戻すのに若干のタイムラグを要している。

「まさか、本当に一発の弾丸も使わずに済んでしまうとは思いませんでしたねぇ………」

下顎を手の中で玩びながら、誰にともなく呟く。彼女の口調は例えば期待外れな大作映画を見終わった後のような、緊張感が微塵も感じられない場違いなものだった。

改めて、青葉は周囲の屍体の山を眺めてみる。優に30を越えるそれらは全て非ヒト型で、艦種も死に様もバリエーション豊かだ。

ただ、ほぼ一撃から、多くても三撃以内に絶命しているという点は悉く共通している。

「手応えがなさ過ぎるなぁ、幾ら非ヒト型だからってさ」

本来喜ばしいことであるその感想を、青葉は心底不満げに口にする。それがタチの悪い冗談ではない証拠に、彼女の口元はへの字に曲がり眼の奥にはいっそ怒りに近い光が宿っていた。
292 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 20:27:04.36 ID:M1x5lU2S0
しばしその表情のまま腰に手を当てて固まっていた青葉は、彼方で炸裂した爆発音でようやく我に返る。

『ウォオオアアアアアアアアアアアッ!!!!?』

視線を其方に向ければ、丁度flagshipと思われる大型のト級が吹き飛ばされた左頭から煙を上げながら斃れていくところだった。

舎弟である──尤も青葉個人としては決して本意の関係ではない──武蔵の砲撃かとも思ったが、直ぐに違うと思い直す。彼女は衣笠と並ぶ艦隊屈指の砲撃戦の達人だ。あんなデカい的の即死させることができない部位を砲撃するなんて有り得ない。

ともあれ、自身の周りが静かなだけで戦闘はまだ続いている。青葉は杉浦や彼女の提督に繋げるべく無線のスイッチを入れた。

「【Fighter】青葉よりロマさん、聞こえ────ひゃあっ!?」

ザリザリザリと、爪で粗い岩の表面を掻き毟っているような不愉快な雑音が鼓膜を揺さぶる。提督や時雨、衣笠あたりに聞かれれば向こう三年はからかわれそうな情けない声が口から飛び出し、青葉は赤面しつつ自身が1人であることに感謝した。

「………あー、司令官?司令官?聞こえますか?ワレアオバ、ワレアオバ─────ダメみたいですね」

続けて彼女の提督にも通信を試みたが、彼女の表情が雑音の不快感に歪むだけの結果に終わる。立て続けに統合管制機、他の艦隊の提督、“海軍”航空隊といった具合に無線のチャンネルをまわしていくが、結果は変わらない。

「………最前線単身で通信手段喪失は、流石にちょっと不味いかな?」

少しだけ、青葉の表情が曇る。自身の実力を客観的かつ正確(よりやや控えめ)に見積もっても、この戦場に集う並みの深海棲艦を相手取って不覚を取る可能性は低い。ただし“低い”とはつまり“皆無”ではなく、流石に友軍の援護も全く得られず“不覚を取った”場合のサポートが受けられない現状は青葉と言えどなるべく続けたくは無かった。
293 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 21:59:10.69 ID:M1x5lU2S0
「…………」

ふと、青葉は気づいた。ここまで考てようやく違和感にたどり着いた自分へ若干の苛立ちを感じつつ、彼女は周囲の様子に全神経を集中しながら再び構える。

「静かすぎる、よね」

独りでに、言葉が漏れた。

ムルマンスク全体では未だに激しい戦闘が続いているのに、彼女の元には眼前の敵艦隊を殲滅した後は砲弾一発さえ飛んでこない。【Helm】一機すら現れない。

杉浦から言われた、「深追いはするな」という指示が今更ながら脳裏に蘇る。

(ああ、青葉の悪い癖だよこれ)

例え思い直せば歯応えの欠片もない敵に対しても、「戦闘」というだけで理性が飛んでしまう。

おびき寄せられ、戦場の外れで孤立した─────自身の状況を、青葉が正確に理解したその瞬間。









「────っ!」

一発の砲弾が、彼女の横を掠めて駆け抜けていく。
294 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 23:05:19.67 ID:M1x5lU2S0
艤装内の装置が起動し、周囲に船体殻が展開する。まともに命中すれば青葉の左半身ぐらいは吹き飛ばしていたであろう砲弾は、不可視の防壁の上を滑り逸れていく。

軌道が変わった砲弾は後ろでイ級の残骸に直撃し、弾薬に誘爆したのか巨大な火柱が上がった。

更に二発、三発、四発と砲弾が向かってくる。回避進路も同時に塞ぎながらの見事な射撃だが、青葉の飛び抜けた動体視力はこの内直撃コースにある砲弾が高角砲クラスの小口径弾であることを見抜く。

「せや!!!」

一歩も動かず、右腕を横に振る。信管が作動しなかった砲弾は弾かれてくるくると回転しながらあらぬ方向へ飛んでいき、20m程向こう側で改めて破裂した。

「───もうっ!」

息継ぐ間もない。両側で主砲弾二発が轟音を奏でるのと同時に、姿勢を可能な限り前傾にして駆け出す。

五発目、六発目の砲弾が低い弾道で相次いで頭上を通過。六発目の砲弾は船体殻の上部スレスレを削り、微かに火花を散らした。

「っ」

ほんの3Mほど背後から、熱と突風が爆発音に併せて吹き付けてくる。青葉はその場で跳び、あえて風に身を任せて宙に身を躍らせた。

「くぅっ………?!」

後押しされた身体はしかし、先程倒したばかりのホ級flagshipの屍に衝突して直ぐに止まる。肉体部分に当たるよう姿勢は制御したが、それでも衝撃に一瞬息が詰まる。

「うぇ………」

あと、ぶよぶよした腐敗臭が凄まじい肉塊に正面から飛び込んでいった結果肉片や体液を全身に浴び、腐った魚をすり潰した汁を頭から被ったような気持ちを味わう羽目になった。

二度とやるものかと、青葉は固く心に誓う。
295 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/21(木) 23:31:35.72 ID:M1x5lU2S0
ともあれ、爆風を利用して一気に移動距離は稼げている。

青葉はホ級flagshipの影に隠れながら、この日初めて起動した20.3cm連装砲と15.5cm単装砲に弾薬を装填した。

「索敵も砲撃も雷撃も────青葉にお任せ!!!」

『ッ!』

路上に飛び出しながら立て続けに二発、主砲を放つ。距離にして直線100mほどの位置に立っていた“人影”が横に跳び、砲弾を躱す。

「追加取材入りまーす!!」

『────!!』

間髪を入れず、着地際に併せて副砲も射撃。第4世代戦車でも一撃で吹き飛ばせる威力を誇るその砲弾に向かって、“人影”は起き上がり様に勢いよく拳を振り上げる。

天高く打ち上げられた砲弾は、更に50m程先まで飛んだ後ようやく地面に突き刺さって火柱を上げた。

『♪』

「わわっ、とと!?」

“人影”の手元で銃火が瞬いた。機銃弾が雨霰と飛来し、ホ級の屍と地面を削ってあたりに肉片や石片を撒き散らす。

「っくぅ!?」

塞がれた視界、そこに紛れてすかさず飛んできた砲弾を、ボクサーのダッキングのような動きで辛うじて躱す。

1分に満たない僅かな攻防で、青葉は痛感した。

今までの深海棲艦と、この個体は格が違うと。
296 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/22(金) 00:06:31.69 ID:VgaczIdP0
「このっ!」

15.5cm単装砲が二度続けて火を噴いた。砲弾はしかし彼我の距離を考慮してもあまりに低く、案の定二発とも“敵艦”の遙か手前で地面に突き刺さる。

だが、命中はせずともその爆発は視界を、射線を奪うには十分な大きさだ。先程向こうがやってきた機銃掃射など比べものにならない量の土埃が火柱と共に舞い上がり、“人影”の周囲を覆う。

はずだった。

『────ッ!』

向こうはそれを読んでいたのだろう。砲撃が炸裂した瞬間にその身が凄い速さで横へ跳ぶ。地面を一回転して態勢を素早く立て直した“人影”は、そのまま両手の艤装を青葉に向けた。

「よーく、見えますねっと!!」

尤も、当の青葉はその時既に主砲を放っていたのだが。

『────ッ!!!?』

“彼女”は心底面食らった様子で眼を見開きながら、青葉に照準した艤装を咄嗟に足下に向ける。

「───なっ!?」

『…………ッ!!!』

迷わずの発砲。今度は青葉の眼が見開かれた。至近距離で炸裂させた自身の砲撃の爆発によって身体を後方に吹き飛ばし、直撃弾となるはずだった青葉の砲弾四発は“人影”が一瞬前まで立っていた位置に着弾し次々と巨大な火柱を上げる。

「まずったなぁ………!」

奇しくも自らの目眩ましを敵に提供してしまう形となり、舌打ちと共に艤装を構えながらバックステップでその場から下がった。

じっとしているという選択肢は案の定悪手だったようで、一秒と経たずに粉塵を切り裂いて飛来した砲弾がそこに突き刺さる。

「わわわ!?」

直撃したわけではないのでダメージはほぼなかったが、咄嗟の後退だったため姿勢は不安定。爆風に押されて青葉の身体は仰向けに地面に倒れる。

「…………ちぃっ!!」

更に、追撃の砲声が二つ三つとあたりに響く。咄嗟に地面を転がり再びホ級の屍の影に隠れた青葉の身体に、頭からぱらぱらと大量の砂粒が降り注いだ。

「うわぁっ!!?」

四発目の砲弾は、絶命したホ級の艤装部分にめり込む。

目の前を光が覆い、鼓膜を轟音が揺らす。

今度は自身の意志とは関係無しに、青葉の身体が熱を感じつつ宙に浮いた。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/22(金) 02:15:46.71 ID:GmMW/RQA0
おつおつ
いよいよ真打ちかな?はたまた新勢力か
298 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/22(金) 22:33:48.95 ID:VgaczIdP0
艦娘の艤装は、現代科学の粋を集めて作られたスーパーテクノロジーの塊だ。
“海軍”印の艤装となれば(謎の大爆発を起こす可能性がある点を除けば)世界最高水準の装備であり、例えば高所からの落下時や大口径砲の使用時に受ける衝撃の吸収機能などは一般的な艤装のそれを大きく上回る。

とはいえ、それでも吸収できる衝撃には“限度”というものがある。

軽巡洋艦とはいえ軍艦1隻分の弾薬が至近距離で爆発したことによって吹き飛ばされ、凄まじい速度で地面に叩きつけられた際の衝撃は当然限界値を大きく上回っていた。

「─────っあぐ!?」

空中で態勢を整え、何とか足から着地する。が、全身に走った激痛は艤装が軽減してなお並みの物では無く、意識が飛びかけて青葉の視界がぐらりと歪む。

『────………!!』

その様子を見てトドメを刺す好機と捉えたか、青葉が着地すると同時に爆煙の向こう側から敵は猛然と突撃を開始する。

実際、本来ならこれは英断だ。常人どころか、並みの練度なら艦娘ですら耐えることはできなかったであろうダメージ。奇跡的に意識を失わずとも、しばらくはまともに動くことすら困難になる。

「…………このっ、程度でぇ!!!!」

故に、意識を保つだけにとどまらず反撃に移れた、この青葉が規格外なのだ。

「ぐぅっ………!!」

『─────ッッッッ!!!?』

主砲撃によってただでさえ不安定だった姿勢は崩れ、青葉の身体は子供のでんぐり返りのように後ろへと一回転した。しかし突進してきていた敵影の方も今度こそ避けきれず、爆風と直撃弾の衝撃によって壁に当たったゴムボールのように来た道を跳ね返される。

再び、彼我の間に距離が開く。

ただしそれでも、交戦開始直後は150Mはあった間合いは、今や20Mほどまで詰められていた。
299 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/22(金) 23:00:17.50 ID:VgaczIdP0
バチ、バチ。

短く二回、自身を覆う船体殻が艤装が上げた火花に合わせて明滅する。

本来無色不可視の防壁が、僅かに黄色くなっているのを青葉は視認する。

(………小破、ですか)

損傷としてはさして大きな物では無いが、それでも艤装の稼働率に僅かながら支障を来す。当然、決して喜ばしいことではない。

嗚呼、なのに。

(─────青葉、なんで満面の笑みなんて浮かべちゃってるんでしょうねぇ)

別に、今まで小破どころか中破・大破も経験しなかったわけじゃない。“海軍”設立間もない頃は物量差に加えて此方が押し込まれていたことも手伝って、遙かに危機的な状態を迎えたことも数え切れないほどある。

だが、それらはあくまでも“物量に押されて”のこと。押し寄せ群がる、一向に減らない深海棲艦の大艦隊にダメージを蓄積させていった結果だ。
では一体一体の手応えはというと、特にあの筋肉ムキムキの変態に鍛え上げられて以降はまるで感じたことはない。姫や鬼なら多少手こずるかといった程度で、基本的には(あくまでも彼女を筆頭とする“海軍”水準で)凄まじい数量以外の面で深海棲艦が脅威となることはなかった。

いつ以来だろう。【単艦同士の攻防】で自身が明確な損害を受けたのは。

何ヶ月、否、何年ぶりだろう。これほど心の底から高揚できる、命をかけていると実感できる戦いは。

「いや、ホント─────司令官の悪いところばっかり似ちゃいましたね。青葉って」

全身を震わせるほどの、青葉の歓喜に応えるように。









『──────♪♪』

紅い瞳を爛と光らせて、“彼女”も………【重巡リ級elite】もまた、歯を剥き出しにして笑った。
300 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/22(金) 23:00:38.17 ID:VgaczIdP0
バチ、バチ。

短く二回、自身を覆う船体殻が艤装が上げた火花に合わせて明滅する。

本来無色不可視の防壁が、僅かに黄色くなっているのを青葉は視認する。

(………小破、ですか)

損傷としてはさして大きな物では無いが、それでも艤装の稼働率に僅かながら支障を来す。当然、決して喜ばしいことではない。

嗚呼、なのに。

(─────青葉、なんで満面の笑みなんて浮かべちゃってるんでしょうねぇ)

別に、今まで中破・大破を経験しなかったわけじゃない。“海軍”設立間もない頃は物量差に加えて此方が押し込まれていたことも手伝って、遙かに危機的な状態を迎えたことも数え切れないほどある。

だが、それらはあくまでも“物量に押されて”のこと。押し寄せ群がる、一向に減らない深海棲艦の大艦隊にダメージを蓄積させていった結果だ。
では一体一体の手応えはというと、特にあの筋肉ムキムキの変態に鍛え上げられて以降はまるで感じたことはない。姫や鬼なら多少手こずるかといった程度で、基本的には(あくまでも彼女を筆頭とする“海軍”水準で)凄まじい数量以外の面で深海棲艦が脅威となることはなかった。

いつ以来だろう。【単艦同士の攻防】で自身が明確な損害を受けたのは。

何ヶ月、否、何年ぶりだろう。これほど心の底から高揚できる、命をかけていると実感できる戦いは。

「いや、ホント─────司令官の悪いところばっかり似ちゃいましたね。青葉って」

全身を震わせるほどの、青葉の歓喜に応えるように。









『──────♪♪』

紅い瞳を爛と光らせて、“彼女”も………【重巡リ級elite】もまた、歯を剥き出しにして笑った。
301 :>>300ミス ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/22(金) 23:11:52.37 ID:VgaczIdP0
しばしの間、両者は沈黙のまま視線を交わしていた。

まるで何年も愛し合っていた恋人同士のように見つめ合いながら、

まるで何年も互いの命をかけて戦ってきた仇敵同士のようににらみ合いながら、

青葉と重巡リ級eliteは、廃墟と化した街の一角に佇む。

「『─────………!!!』」

動いたのは、同時。



獲物を見定めた肉食獣のように獰猛な視線で相手を見据える。



森の中を駆けるカモシカのように軽やかな足取りで距離を詰め。





2人は全く同時に、眼前の“敵”めがけて互いの拳を突き出した。
302 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/22(金) 23:19:44.09 ID:VgaczIdP0
限界まで積み荷を載せたダンプカー同士が最高速で正面衝突したような轟音が辺りに鳴り響く。

突風が逆巻き、砂煙が舞い上がる。大和の46cm砲の炸裂と見紛うばかりの衝撃。

その中心で、この光景を生み出したのが身長160cmに満たない二つの人影の交錯だと、誰が信じられようか。

『………ッ』

「───っふぅ!」

青葉とリ級eliteは、拳を突き出した体勢のまま衝突した独楽のように互いを弾き合う。着地した二人の足が地面を削り、がりがりと耳障りな音を立てて10Mあまりの距離を滑走する。

『──────キヒッ♪』

「……………アハッ♪」

、、、
嗤った。

二人の少女が。

2隻の重巡洋艦が。

2匹の怪物が。

互いに見交わし、眼を見開き、白い歯をこぼし。

抑え切れぬ狂喜を、狂気を滲ませて、再び嗤った。

「あはははっ!!」

『ギヒィッ!!』

嗤いながら、両者は同時に右腕の主砲を放つ。20mもない空間の中心で互いの砲弾が交錯し、それぞれ相手めがけて飛んでいく。

爆発音は聞こえず、代わりにキンッと甲高い金属音が鳴った。

両者の足下に、手刀で両断された砲弾が力なく転がる。
303 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/22(金) 23:39:51.24 ID:VgaczIdP0
攻防は止まらない。既に砲弾の残骸が地面に到達したときには両者ともその場におらず、再び0距離で構えを取っていた。

リ級が裏拳を放ち、青葉がそれを上からはたき落とす。

すかさず顎に向かって掌底を放てば、これをリ級が肘打ちでそらす。

突き出される手刀。身体を捻り躱す。

そのまま足を伸ばして蹴り。膝で受け止められる。

弾かれ様に腹打ちの拳。両手の平で受け止める。

そのまま投げの体勢へ移行。身を捻ってリ級は見事に足から着地した。

手をふりほどかれその勢いを駆っての回し蹴り。ダッキングで躱す。

そのままボディブロー……は、跳び下がって避けられた。

追撃で踏み込んだところにかかと落としが降ってきた。咄嗟に横に転がって免れる。地面が鈍い音を立てて10数センチも陥没する。

飛び起きながら顔面にパンチ。向こうの左手に受け止められる。

リ級から渾身の右フック。此方も受け止める。

『───ッ!』
「───ッ!」

両手が塞がった状態で、2人は勢いよく互いに頭を振りかぶる。

骨と骨がぶつかる鈍い音。2人の額から青と赤、2種類の色の血が流れ出て、ぽたぽたと足下に落ちていく。
304 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/23(土) 00:07:31.47 ID:RsYd+3xJ0
「………やっぱり、貴女“あの”リ級ですね?」

互いの額がピタリとくっつき、ルビーのように紅い二つの瞳がまさに“目の前”で踊る中、青葉は歯の隙間から絞り出すような──はっきり言って外見美少女が出すものとしてはあまりにも相応しくない──声でリ級に語りかける。

「大本営から聞いてますよ。リスボン沖事変、そしてベルリンの戦いに現れた、異様に高い戦闘能力と明らかに他の深海棲艦と比較して豊かな情緒を併せ持った特殊個体の話。

断片的な話しか聞いてませんが、それでもすぐに解りましたよ。青葉達の“同類”の1人だってね」

青葉は、また嗤っている。額から流れてくる血に顔面を染め上げながら、心底愉快そうに、心底愛おしげに嗤っている。

「行動パターンを見る限りどうも“お気に召した”方がいるかなと思ってたんですが………まさかはるばるロシアまで来るとは。お気に入りさんが諸事情で出てこなくて、ちょっとした暇つぶしにでも来たんですか?」

『──────キヒッ』

リ級もまた、笑い声を漏らす。言葉での返答はなかったが、その表情が何よりも雄弁に問いの答えを示していた。

「ええ、ええ。青葉達は幸運ですねぇ。お互い、思わぬ“お楽しみ”に出会えました………さぁ」

もう一度、2人は頭を振りかぶる。

激突した額の皮膚が更に深く裂け、2色の相反する色の血が混ざり合いながらあたりに飛び散る。

東の空が微かに白み始める中、ムルマンスクの街に佇む2匹の血濡れの化け物は笑みかわす。








「──────この世界の“はぐれ者”同士、仲良く殺し合いましょう。

ねぇ?“バグ”さん?」
305 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/23(土) 00:09:48.03 ID:RsYd+3xJ0
今回分終わりです。>>300のミス連投は軽く死にたくなりました。

明日からの(,,゚Д゚)たちのパートでひとまずこの話は最終章となります。
最後までおつきあいいただければ幸いです
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/23(土) 01:38:11.26 ID:pZ7RGFqA0
おつおつ
確かに遊軍として方々を駆けずり回るドク達とは運がよくなきゃ遊べないよね(白目
…青葉で釣れたならまだマシだろうけど、一歩間違えば本陣強襲から大惨事もあったのかw
307 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/24(日) 23:21:58.51 ID:KiIh6cLg0





扉を開けた瞬間、入り口僅か数センチのところを弾丸が一発掠めていく。

舞い上がった雪混じりの粉塵が地面に落ちきる間もなく、何十挺という数のAK-12が下手くそな学生コーラスのように一斉にがなり立てた。5.45x39mm弾が嵐のように扉前の空間を駆け抜け、正面のシャッターも弾雨に撃たれて甲高い金属音を途切れることなく鳴らし続けている。

(,,゚Д゚)「そりゃあおいそれと出しちゃくれないわな」

「こんなところに逃げ込んだら当たり前でしょ」

単に“扉の前”に敵がいなかっただけで、俺達の籠もる倉庫自体は守備隊側にきっちり包囲されているらしい。まぁ、2番艦が後ろで愚痴るとおりわざわざ逃げ道皆無のどん詰まりに飛び込んだ敵を捨て置くのはバカの諸行だ。罠でも警戒したのか、数や火力に任せて踏み込んでこなかったあたり敵は寧ろ慎重に過ぎるとさえ言える。

………勿論、目論見がなきゃ俺だってこんな間抜けな場所に転がり込んだりはしない。

(,,#゚Д゚)「衝撃注意!!!」

倉庫全体に聞こえるよう叫びながら、俺はあの不愉快な絵が描かれた手榴弾をピンを抜いて放り投げる。ファルロがすぐさま俺の警告をロシア語に言い直し、突撃体勢を作っていた全員が床に身を伏せる。

コロコロと床を転がる色々とふざけた手榴弾は、倉庫前面のシャッターの前で回転を止めた。

(,,; Д )「ぬぉっ……!」

巨大な光が、炸裂した。
308 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/24(日) 23:51:58.38 ID:KiIh6cLg0
ズンッ!!!とヘソのあたりが冷えるような音が響き、身体の下で地面が激しく揺れる。

手榴弾一個から放たれたとは到底思えない“爆発”。至近距離から諸に受けた前面シャッターは、当然の帰結として規格外の爆発エネルギーによって無数の破片に姿を変えながら“外側”に向けて飛び散った。

「paaaa!?』

「ложись!!』

「Болеть……Болеть……』

「Санитар!!』

鉄の散弾は、狙い通り敵の築いた包囲網に殺到する。ガラスが割れる音や敵兵の絶叫と悲鳴が響き、たちまち血の臭いが此方まで漂ってくる。

(,,;゚Д゚)(マジで技術部何造ってんだよ)

ホ級が(文字通り)木っ端微塵になった時は内部弾薬に誘爆したせいもあったのかと思っていたが、この惨状を見る限り手榴弾それ自体の威力もやはり常軌を逸していたようだ。

……というか、投げる位置を心持ち遠めにしておいて本当によかった。倉庫の前面部分はほぼ7割方消し飛んで天井まで吹き飛ばされており、少しずつ白み始めた夜空がぽっかりと空いた穴から暢気に俺達を見下ろしている。
309 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/25(月) 00:39:20.14 ID:8GpORR1a0
技術部のイカレぶりには一言どころではなく文句があるものの、ともあれ敵の包囲部隊は突如として発生した大損害に著しく混乱している。

飛び交う悲鳴と怒号に統率は感じられず、濃密だった弾幕は今やバラバラと申し訳程度に飛んでくるだけ。

────畳み掛けない手は、ない。

(,,#゚Д゚)「突撃!!」

(#゚∋゚)「Guys,Go!!」

(# ̄⊥ ̄)「давай! давай! давай!!」

三つの国の、同じ意味を持った叫びが飛ぶ。生ける軍艦三名を含んだ3ダースの軍人達が、一斉に武器を構えて立ち上がる。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」

外へと身を投げるように転がり出た瞬間、頬と足下を掠めて立て続けに二発の弾丸が飛んでいった。間髪を入れず姿勢を正しながら反射的に撃ち返すと、膝立ち姿勢でAK-12を構えていた敵兵が1人100mほど先でもんどり打って地面に斃れる。

(,,#゚Д゚)「正面の敵はまだ抵抗力を有している、確実に始末しながら前進しろ!」

「ウゥアッ……』

後続に叫びながらもう一つ連射。負傷した味方を引き連れて物陰に隠れようとしていた奴を撃ち倒す。

引き摺られていた方も腰に手を伸ばしたが、これは直ぐ後ろに着いたファルロが鉛弾で黙らせた。
310 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/25(月) 01:52:22.29 ID:8GpORR1a0
(,,゚Д゚)「あんな甘えたことほざいてた奴が元同僚や元部下に銃口向けられるかどうか心配してたんだがな!」

( ̄⊥ ̄)「なめて貰っちゃ困る、提督になる前は“Frogmen”の候補だったんだ!」

「カッハ………』

ファルロのAK-12が再び火を噴く。右肩にシャッターの破片を突き刺しながらも銃口を向けようとしていた敵兵が、喉から噴き出る血を抑えながら崩れ落ちた。

( ̄⊥ ̄)「Гангутの安否が解らず動転していたのは事実だが、祖国のために全てを尽くす覚悟は軍に志願した頃からすませているさ!」

(,,゚Д゚)「そりゃ頼もしいお言葉だ!」

地面にめり込んで屹立したやや大きなシャッターの残骸の裏側に滑り込み、それを盾としながら射撃。鉄骨が突き刺さっているBRDM-1の影から撃ってこようとした敵兵の頭蓋骨が弾けて、頭を無くした胴体がビクビクと気味悪く痙攣しながら車体に寄りかかって踊る。

(,,゚Д゚)「……しかしよくもあんな骨董品がこの最前線に残ってんな、あの偵察車ソ連の頃の採用じゃなかったか?」

( ̄⊥ ̄)「この国のただっ広い沿岸部を守り抜くには四の五の言っていられなくてね、基地によってはKV-2を現役に復帰させたところもあるぐらいだぞ」

(,,゚Д゚)「プラウダ学園生が泣いて喜びそうだな。装甲車はだいたいが潰れてるがまだ盾としては十分役割を果たしてる!注意しろ!!」

「了解!!」

“海軍”の1人が、返事と共に手榴弾のピンを抜き放り投げる。

装甲車の残骸の下に潜り込んだそれは、BRDM-1一台とその周囲にいた人影8人ほどを纏めてこの世から跡形もなく消し去った。
311 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/25(月) 22:06:46.90 ID:8GpORR1a0
俺達が籠もっていた倉庫は、半円形に展開した80人ほどの部隊によって包囲されていた。ソヴィエト連邦時代からの骨董品とはいえ機関銃付の装甲車も所持していた事を考慮すると、【艦娘】の3人以外には突破がかなり辛い相手だったに違いない。

(,,#゚Д゚)「押し込むぞ、動く奴は片端から撃ち殺せ!」

(#゚∋゚)「俺達は前段部隊を左翼から突破する!

Follow me!!」

だが、初っ端の“奇襲”で敵包囲部隊は早々に1/3近い戦力を失っている。間を置かず全戦力で畳み掛けた結果、俺達は主導権を早々に握った上で攻勢に出ることに成功した。

(# ̄⊥ ̄)「奴等は同胞ではない、祖国を脅かす反乱者だ!銃口を鈍らすな、皆殺しにしろ!!

шагом-МАРШ!!」

「「「ypaaaaaaaa!!!」」」

ことに、ファルロたち密造酒マフィa……ロシア軍残党部隊の攻めの苛烈さは尋常ではない。鬼気迫る表情で銃を構え、弾丸一発一発に気迫を込めるようにして放ちながらかつての同僚を、仲間を殺す様には正直背筋に走る震えを抑えることができない。

散発的とはいえ反撃の銃火は敵側も上がっていくのだが、足下や頬を火線が掠めても眉一つ動かさない。怒りに燃える眼で前方だけを見据え、雄叫びを上げながらファルロ達は“反乱者”を粛正していく。

「отступать!!』

銃撃戦開始から五分と経たず、相手の指揮官と思わしき男が掠れた声で叫んだ。

既に残り半数を切っていた敵兵は、近くの負傷者を抱え起こしながら転げるようにして退却を開始する。
312 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/25(月) 22:48:43.54 ID:8GpORR1a0
「包囲部隊、退却を開始!」

(,,#゚Д゚)「次が来るぞ、遮蔽物の確保急げ!」

動向自体には注意を払いつつも、一先ず包囲網に関しては元々崩せさえすれば殲滅の必要性はない。目に付いた敵2、3人を射殺した後は、倉庫からふっ飛んできたと思われる鉄の柱が突き刺さって横転しているBRDM-1の内一台の影に隠れる。

江風と村田、それからロシア兵と“海軍”兵がそれぞれ1人ずつ俺の後に着いてきた。

(,,;゚Д゚)「合図があるまでは動くな!それと残弾の管理はしっかりと……うおっ!?」

野外に展開していた敵は、包囲部隊だけではない。その更に100M程向こう側────ついさっき俺達が鎮守府本舎からの攻撃を受けたバリケードのあたりに、もう一段敵の防御陣地が待ち構えている。

そこから、何十条という火線が此方に向かって延びてきた。俺達が隠れた装甲車にも次々と銃弾が突き刺さり、甲高い金属音と共に連続的な火花を上げる。

主力部隊はおそらくこちらなのだろう。兵力規模は少なく見積もっても前段の包囲部隊と比較して3倍から4倍はある。中にはRPG-16と思われる筒を担いでいる人影も幾つかあり、装甲車の数は優に10台越えの充実ぶりだ。

巨大な戦力を誇る敵主力部隊は、しかしながら数に飽かせて突撃してくるような真似はしない。後退していく包囲部隊の存在を考慮してか幾らか控えめではある物の、それでも豊富な火力投射によって俺達の進軍を妨げることに注力している。

「……こりゃ凄いですね。まさに弾幕ですよ」

(,,゚Д゚)「全くだ」

反撃しようにも、手や頭を出せば途端にミンチのできあがり。とてもじゃないが動けたもんじゃない。

装甲車の影で縮こまる俺の耳に、インカムから女の声が飛び込んできたのはその時だ。
313 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/25(月) 23:19:49.82 ID:8GpORR1a0
('、`*川《統合管制機よりWild-Cat以下第1波空挺団各位に通達、今より120分後に“海軍”航空隊とアメリカ空軍によるトゥロマ川流域全体への大規模空爆が敢行されます。

特に港湾施設への攻撃は重点的に行われるため、鎮守府付近で活動中の部隊は十分な注意を払ってください》

(,,゚Д゚)「…………Wild-Catより統合管制機、それは作戦指揮官の【Caesar】も了承済の内容か?」

('、`*川《当然。寧ろ准将が大本営に具申し許可が出た形です。ロシア連邦政府も、日本政府の脅はk……要請を快諾しました》

あのインテリイボ痔野郎。

(,,゚Д゚)「Wild-Catより統合管制機、イボ痔糞准将に至急伝言を頼みたいんだが」

('、`*川《作戦参加者の中にコールサイン【イボ痔糞准将】なる部隊・人員は存在しないため却下します。アウト》

解ってて言ってるだろこのアマ……!あ、本当に切りやがった!

( ̄⊥ ̄;)「ヨシフル少尉、どうしたんだ!?」

(,,#゚Д゚)「あと2時間後にムルマンスク全域を対象とした大規模な空爆が始まる!鎮守府奪還を急いだ方が良さそうだ!」

「は?あのイボ痔糞眼鏡野郎何言ってんの?絶対膝小僧の皿蹴り割ってやるからね」

(,,#゚Д゚)「あぁ無事帰れたら是非とも盛大にやってくれ!!」

2番艦の愚痴に思わず八つ当たり気味な返答をしてしまいながらも、無線のチャンネルを別の場所に合わせる。

元々ここからは短期決戦を強いるつもりだったのである意味では予定通りなのだが、想定外の事態が起こった場合に軌道修正の方向性が残り時間によって大きく制限されるのが痛い。

ここからはノンストップで一気に行く。

(,,#゚Д゚)「村田、発煙筒に点火しろ!!」

「了解!点火します!!」
314 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/25(月) 23:54:56.23 ID:8GpORR1a0
村田が点火した20cm程の筒から、深緑色の煙が濛々と吹き出して天へと昇っていく。こっちが目眩ましをするつもりだとでも思ったのか、包囲部隊が退却し終えたことも手伝って敵の銃火が更に激しさを増す。

だが、俺達はこの煙を“使って”何かをするつもりは毛頭無い。煙を“上げる”ことそれ自体が目的だ。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりRabbit、緑色の煙が見えるか!?」

《此方Rabbit、よく見えるぞWild-Cat。

それと付け加えるが、目標地点の制圧を完了している。我々は配置についた、いつでも撃てるぞ!》

(,,#゚Д゚)「よし!」

待ち望んでいた答え。思わず身体の前で強く拳を握り締める。

(,,#゚Д゚)「支援砲撃、煙の噴出地点から西100M地点に要請!

鎮守府本舎には当てるな、確実にその“手前”を狙ってくれ!」

《承った───卯月、派手にかませ!!》

《りょーかい!うーちゃんに、お任せだっぴょん!!》

ドンッ、ドンッ、ドンッ。
間隔を置かず、渾身の力で撃ち鳴らされた太鼓のような音が無線から三度響く。束の間の静寂の後、今度は力なく吹かれる笛の音を思わせる風切り音が彼方より聞こえてきた。

「──────В укрытие!!!?』

「Нет!Нет!』

「отступ

奴等がその音の正体に気づいたときには、既に遅い。

睦月型駆逐艦4番艦・卯月による三発の艦砲射撃が、緩慢な動作で散開を計った敵部隊のど真ん中で炸裂した。
315 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/26(火) 00:41:31.43 ID:S9ZMkwjX0
旧式艦艇である睦月型駆逐艦の能力は、はっきり言ってしまうと極めて低い。取り柄と言えば燃費だけで最前線や中枢部隊に配備するメリットは殆ど無く、実際自衛隊所属の睦月型に一線級艦隊で活躍する個体はほぼ存在しない。

酷な話をすると無保有国に対する艦娘のレンドリースが可能となった際に、最も“国防に対する影響が少ない”睦月型を優先するという旨が既に自衛隊並びに内閣で決まっているらしい。
あくまでロマさんからの受け売りではあるが、感情論を度外視した場合理に適った内容のためおそらく真実だろう。

───だが、それはあくまでも対深海棲艦戦力として、艦娘の中で強弱を語った場合の話だ。

《【Rabbit】うーちゃんより【わいるどきゃっと】、艦砲射撃の効果を教えるっぴょん!》

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりRabbit、敵陸戦隊損害甚大!砲撃を続行されたし、オーバー!」

《りょうかーい!睦月型の本当のチカラぁ!》

旧式だろうが、艦娘の中では貧弱な性能だろうが、彼女達もまた“軍艦”だ。装備が12cm単装砲であっても歩兵が扱う携行火器とは比べものにならない威力を誇り、射程距離も多くの陸戦兵器を凌駕する。

つまり対人間ならば、例え睦月型であろうとも一隻、二隻で十二分に脅威となり得る。

《撃ぅてぇ〜、撃ぅ〜てぇ〜い!》

第2波艦砲射撃は、七発。炸裂する砲弾に装甲車が燃え上がり、四肢を吹き飛ばされた兵士達が地面に転がる。俺達に向けられていた火線は砲弾が炸裂する度に10個単位で纏めて途切れ、悲鳴と断末魔、呻き声が変わってあたりを満たす。

「うひょっ!?」

指示を出そうとした指揮官の1人の真後ろで、砲弾が炸裂する。ねじ切れた首が此方まで飛来して装甲車の屋根でバウンドし、驚いた江風が素っ頓狂な声を俺の後ろで上げる。
316 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/26(火) 01:06:40.68 ID:S9ZMkwjX0
「おい【Rabbit】卯月、少し派手にやり過ぎじゃねえか?!こっちのトラウマが増えたらどうしてくれンだよ!」

《ダウトもいいとこだっぴょん!地獄の血みどろなんちゃら鎮守府の奴等が最も“とらうま”なんて言葉から縁遠い存在であることは周知の事実だっぴょん!》

(,,゚Д゚)「いや、それは違うぞ。確かにこいつらは概ね樹齢うん千年の大木より図太い神経の持ち主だがトラウマが全くないわけじゃない」

《……意外だっぴょん》

(,,゚Д゚)「時間が無いから割愛するがな」

具体的に言うとお前の先輩にあたるあっちの鎮守府の卯月はトラウマ抱えてる筆頭格だぞ。因みに「ウン○マン事件」の報告書を読んだロマさんは笑いすぎて吐いたらしい。

ともあれ、10発目の砲弾が着弾した頃には敵部隊からの火線は完全に止まり、隊列は建て直しようが最早ないほどに崩壊していた。人肉の破片や千切れ飛んだ四肢、黒焦げになった生首などが至る所に転がり、兵力がバリケードや装甲車の周囲に密集していたことも災いしてまともに動ける状態の兵士は1割もいない。

実に効率的な殺戮だ。最弱艦種とはいえ“海軍”所属の艦娘、仕事のやり方はきっちりと心得ている。

敵兵力が強大な状態のままであれば、時雨や江風、Верныйに関しても乱戦に持ち込まれることで起きる多対一の攻防下での“事故”の危険性を拭いきれなかった。だが、ここまで痛めつければ何かが起こることは有り得ない。

(,,#゚Д゚)「時雨、江風、正面敵部隊の残りカスを掃討しろ!行け!」

「「了解!!」」

嬉々とした笑顔を浮かべて、悪魔2匹が装甲車の影から飛び出し駆けていく。
317 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/26(火) 08:54:49.08 ID:S9ZMkwjX0
残存戦力は1割程度とはいえ、元の母数から考えれば例え1割でもそれなりの数にはなる。

卯月の砲撃から生存した敵主力部隊の1割、凡そ30名。荒い息の中で立ち上がったそいつらは、向かってくる時雨と江風に銃口を────否、その先に装着された“銃剣”を構えた。

「давай!!!』

「「「ypaaaaaaaaaa!!!』』』

30名が、指揮官の号令一過突撃してきた時雨と江風に四方から飛びかかる。狙うは言うまでもなく“白兵戦”。

歩兵の自動小銃程度では、それこそ極めて貧弱な睦月型の船体殻にすら碌なダメージを与えられない。その点で考えれば、確かに急所に攻撃できれば一撃必殺が見込める白兵突撃によって一縷の望みを繋ぐやり方は間違いではない。

加えて、満身創痍とはいえ向こうはよく訓練された正規軍人の集団。一般人や訓練不足のゲリラ兵が刃物を持っているのとはワケが違う。“一縷の望み”どころか、向こうはおそらく本気で時雨と江風を殺すつもりだったのだろう。

「五月蠅い」

「クァッ』

尤も、最初に交戦した1人の上半身が時雨の振り下ろした拳で“潰れた”瞬間に、それがいかに無謀な試みかを奴等は思い知っただろうが。

「江風、今度は僕の方に多くちょうだい」

「約束はできねえな時雨姉貴。さっきも言ったけど、早いもん勝ちだ!」

「もうちょっと姉を敬いな───よっと!!」

腹から上が肉と骨と血液がぐちゃぐちゃに混じった塊に変わり、腸を垂れ流しながらビクビクと痙攣する下半身。その足首辺りを掴んだ時雨は、眼前の光景に固まってしまった別の兵士めがけて叩きつける。

「』

悲鳴すら、上げる間もない。乾いた破砕音と共に横合いから打撃を食らった兵士の身体が鋭角に折れ曲がる。肋骨や背骨、腰骨が立て続けに肉を裂いて体内から飛び出し、外れた何本かが地面に落下してカランカランといやに軽い音を奏でた。
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/27(水) 01:52:33.20 ID:5z3BmRNA0
流石に威力が違えば凄いことになるな…
寝返った連中は処分されるだろうけど、最終的に漏れ伝わる逸話も酷そうなw
319 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/27(水) 21:16:09.03 ID:SCDtIfhW0
白兵戦闘が深海棲艦や艦娘に対して一定の効果を発揮する理由は、奴等が“軍艦である”という点に集約される。大半の陸戦兵器を凌駕蹂躙し得る火力も、鼻先まで肉薄されてしまえば自身を巻き添えにする可能性が跳ね上がりおいそれとは使えない。無論艦砲射撃の衝撃に耐えうる強靱な身体の持ち主を相手にするわけだから接近してからも油断はできないが、肉体部分に刃さえ通すことができれば銃弾や砲弾を湯水のように使って船体殻や甲殻を削るよりも遙かに効率的に奴等を殺すことができる。

とはいえ、では肉弾突撃が無敵の必殺技かというと残念ながらそうはならない。要は“通常兵器に比べると”急所を一撃で突ける分まだ勝ち目があるというだけで、成功させるには相応の作戦と彼我の状況の的確な分析、そして何より実行する部隊の高い練度が必要になる。例えばフランス陸軍がやらかしたパリでのアレは、教科書に載せたいぐらい典型的な“最悪の白兵戦”だ。

いかに深海棲艦が砲雷撃戦を前提としていて殆どの個体が白兵戦を想定していないとはいえ、なんの策もなくまっ正面から突撃すればある程度は対処できる。というかそれ以前に近づく前に圧倒的な弾幕に大半は接近できず薙ぎ払われることになるため、まぁ言ってしまうなら集団自殺と何一つ変わらない。

さて、では何とか四苦八苦して敵との距離を詰めることができたとして、もしそいつが“白兵戦の心得もあった場合”はどうなるのか?

「ふぅっ───」

その答えが、今この瞬間俺の目の前で作り出されている光景だ。

「ほっ!」

「グァッ………ァアアアアアアアアアッ!!!!!?』

時雨は軽い調子で息を吐き、軽い調子でそのロシア兵に足払いをかけた。次の瞬間その兵士の両足は膝から下が千切れて吹き飛び、仰向けに地面に転がることになったそいつが絶望的な表情で叫び出す。

「アァアアッ、ウァア゛ッ……』

「耳障りだから静かにして」

断末魔は、そいつの頭部が踏み砕かれたところで止まった。その両側から、銃剣を構えたガタイのよい2人が勢いよく時雨めがけて突進する。
320 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/27(水) 22:50:23.37 ID:SCDtIfhW0
ほんの5メートルもない距離からの突撃。全くの同時にタイミングを合わせることができたなら、或いは微かに勝機を見いだせたかも知れない。

だが、一方的は虐殺劇に対する焦りと動揺がそうさせたのか、兵士二人の動きは一見機敏でもただ飛びかかっただけだった。

「ypaaa────アッ!?』

右手から飛びかかった大柄な兵士の銃剣をつかみ、引き寄せる。驚いて眼を見開いたそいつの顔面に向かって、突き出されたのは時雨の肘。

「ブッ』

「よいしょ」

「〜〜〜ッッッ!!?』

破裂音がして、顔面のど真ん中に大きな穴が開く。がくりと力が抜けた身体からAK-12を奪い、慌てて停止しようとしたもう一人の喉元めがけてもう一度突き。

「プァッ』

「ギッ……!!?』

吹き出した血には目もくれずに、屍の肩口を蹴って銃剣から外すとそのままAK-12を別の敵に投げつける。北の大地の二刀流投手も裸足で逃げ出す剛速球を叩き込まれたそいつは、デパートに売っている昆虫採集の標本のように横倒しになったトラックに縫い付けられた。

「────!』

その背後から、飛びかかる人影。この部隊の中でも手練れに位置する兵士なのか、今までに比べて鋭い動きだ。

尤も、時雨からすれば誤差に過ぎないが。

「惜しい惜しい」

「чёрт………!』

首だけ動かし、突き出された銃剣を躱す。そのまま振り向いた時雨が胸に掌を添え、自身の運命を悟ったその兵士は悪態をつく。

「覇!」

肋骨を粉砕し、筋肉を断裂し、時雨の掌底がそいつの背中からとび出した。
321 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/27(水) 23:45:00.37 ID:SCDtIfhW0
ファルロの“元”同僚共は、人類全体の命運を握る重要拠点の守備隊だっただけあってその練度は決して低くはない。そりゃあ俺達“海軍”程とは言わないが、動きは艦砲射撃から辛うじて生き延びた直後であることを考慮すると寧ろよくこれだけまだ鋭く動けると感心する。

並みの────白兵戦を不得手とする“普通の”艦娘や深海棲艦のヒト型相手なら、殺れていた可能性も充分にありそうだ。

(,,゚Д゚)(残念ながら相手が悪いどころの話じゃなかったが)

( ̄⊥ ̄;)「………С ума сошёл」

ワンカップ酒の一つもあればいいお供になったんだがと悔やむ俺の後ろで、ファルロが冷や汗を浮かべながら呟く。……まぁ、この光景を初めて見る人間からしたらわりかし刺激が強すぎるわな。

“人類の味方”だと言われる存在が、反乱者とはいえその人類を危機として殺して回っている姿なんて。

「イヒッ……!」

満面の笑みで江風が漆黒の手斧を振るう。袈裟懸けかから斬撃を受けた敵は文字通り身体を“切り裂かれ”、断面図に沿って上半身が滑り落ちる。両断された屍体を飛び越えて別の獲物へと向かう直前、頬に飛んだ返り血は江風の舌になめ取られた。

「八人めぇ!時雨姉貴、そっちは何人やれたよ!」

「11人目。悪いけど、今度は僕の方が勝つね」

「はっ、まだまだ勝負はこれからってね!

──────うおりゃあっ、9人めぇ!!!」

「12っ、と」

江風の斧が生首を天高くに跳ね上げ、時雨の投げたトランプのスペードマークを思わせる黒い刃───言うなれば忍者の「くない」が脳天を貫通する。

残りは10人ほど。頃合いだ。
322 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/28(木) 08:22:21.95 ID:nq20RMMM0
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCoyote、近接航空支援行けるか?!」

《CoyoteよりWild-Cat、ウチのお嬢さんはその指示を待ちくたびれていたぞ!

───鎮守府で交戦中のチームより航空支援要請が来た!全機上げろ!》

本当に、“それ”を飛ばす瞬間を待ち望んでいたのだろう。2kmに満たない距離だったとはいえ、通信からほんの数秒と経たずにその機影は現れた。

スリムなボディを持つ物が多い大日本帝国の名機達の中でも、そのフォルムはとりわけ鋭敏だった。ダーツの矢のようにほっそりとした造りの機体の先端には三枚羽のプロペラが一つ付き、アツタ発動機の力で猛烈に回転している。下部に伸びる二本の着水用フロートがその機体のシルエットを独特のものにし、俺にはまるで今まさに獲物に襲いかかろうとしている猛禽類のように見えた。

緑色を基調とした機体色と、翼に燦然と輝く紅い日の丸。70年前にこの機体で太平洋の空を駆っていたパイロット達の中に、自分たちの相棒が小型化した挙げ句ロシアの空を再び舞うことになるなんて想像できた奴が1人でもいただろうか。

「Обнаружен самолет противника!!』

「Огонь! Огонь!』

窓という窓から一斉に放たれた弾丸の雨の中を平然と擦り抜けて、三つの機影────多用途水上機【晴嵐】が鎮守府本舎に肉薄する。

計六門の機銃が火を噴いた。鉛弾が窓を割って壁を貫き、その裏側にいた人体を粉砕して物言わぬ肉片へと変えていく。

下から上へと、ビルに沿うようにして行われた機銃掃射の時間は凡そ10秒程度だろうか。

その10秒で、本舎からの射撃は完全に沈黙した。

《────【Coyote】伊-401よりWild-Cat、第一次近接航空支援を完了!効果の程を報告されたし!》

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCoyote、効果は絶大だ!反転して目標に再度の攻撃を要請したい!」

《了解!──さぁー…伊400型の戦い、始めるよ!!》
323 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/28(木) 21:41:39.57 ID:nq20RMMM0
輸送機・輸送ヘリによる最前線や作戦海域への空輸は艦種を問わず全ての艦娘が可能だが、ウイングスーツや落下傘を用いた“空挺”となると投入できる戦力は駆逐艦と軽巡洋艦に事実上限定される。

一応戦艦や重巡洋艦、空母の艦娘が空挺をできないわけではない。ただ重量の関係から装備できる艤装が小口径の単装・連装砲か機銃・高角砲程度に限定されるため、前線火力を低下させてまで彼女達を投入する意味合いは自然薄くなる。空挺作戦は基本的に“対人戦”が主となる区域で行われるため、駆逐艦や軽巡でも船体殻と最低限の艤装を活かせば充分に制圧し得るというのも重火力の大型艦を“空挺”から遠ざける要因だ。

ことに空母艦娘は艦載機運用のために膨大な艤装を装備する必要があり、戦艦や重巡以上にハードルが高い。着艦用の飛行甲板、補給用の燃料に弾薬、自衛用の対空火器も皆無だと厳しく、加賀や赤城のような矢変化型の艦娘なら艦載機の弓矢も必要になる。

艦娘が操る艦載機戦力の“空挺による前線運用”───必須ではないにしろ魅力的な案だが実現は当分できないと誰もが、ロマさんでさえ思っていた。

潜水空母、伊-401が実装配備されるまでは。

《此方Sparta Team、鎮守府敷地内に突入したが敵多数に包囲されている!航空支援は寄越せるか?!》

《【Coyote】伊-401よりSparta、安心して!そっちにも別途三機送ったよ!》

《OK、機影確認!感謝する!》

“パナマ運河を爆撃し米海軍の太平洋への戦力投射を阻害する”という、壮大な(そして血迷っているとしか言いようがない)作戦を実行するために設計された水上戦闘機【晴嵐】と、その母艦の内の1隻である伊-401。当初大本営が描いた青写真からは大きく外れたものの太平洋の海原で猛威を振るった武勲艦とその艦載機だが、現代に転生した結果その特色が最大限に活かされた舞台はまさかの地上戦だ。

大がかりな着艦艤装も艦載機展開用の特殊艤装も必要とせず、発艦用のカタパルトは9mm機関拳銃とほぼ同じ大きさ。運用可能な艦載機である晴嵐は数こそ最大6機と少ないが、組み立て式でパーツも発艦するまではポケットサイズのため此方の運搬も容易いと来ている。

対深海棲艦としては数があまりにも少なすぎるが、例えば今回のように“人類”を相手にした戦闘ではかなり頼れる戦力になる。
324 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/28(木) 22:42:14.89 ID:nq20RMMM0
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、状況を報告せよ!」

《こちらSparta、民兵に囲まれていたが晴嵐の爆撃で向こうの包囲網が崩れた!現在態勢を立て直して応戦中!》

《ChaserよりCoyote、こっちも民兵に群がられている!航空支援を頼む!》

《【Coyote】伊-401、要請受諾!Spartaの方から1機そっちに回すね!》

深海棲艦にも共通することだが、運用される艦載機は小型でこそあれ火力や機動力は現実に第二次大戦で運用されていた“それ”とほぼ遜色がない。

対策が取れていたり対抗運用できる空母艦娘や艦載機が存在するなら話は別だが、そうでない場合攻撃を受けた側にとって響き渡るレシプロエンジンの音は悪魔の高笑いと何一つ変わらないだろう。

(,,゚Д゚)「Wild-Catより【Coyote】伊-401、もう一度だけ本舎に掃射を頼みたい!今度は裏手側に2機回してくれ、それが終わり次第補給に戻るんだ!」

《了解!じゃっ、いっくよーーー!!!》

3機の晴嵐が急上昇し、鎮守府本舎の200mほど上空まで舞い上がる。2機が錐揉みしながら裏手へ、1機が宙返りをして再び表側へと機首を向けてそれぞれ猛然と急降下を開始する。

《がん、がん、がーーーーんっ!!!》

ややはしゃぎ気味のハイテンションな声で覚えたての符号を叫ぶ“しおい”の意志を反映してか、機銃の火線は両側から挟み込むような形で本舎に突き刺さりその表面を蹂躙した。

応射は幾らかあったが、まさに空を“舞う”ように飛び回る晴嵐には全く当たらない。軽やかに貪欲に反復攻撃を繰り返し、凡そ30秒にわたって本舎を徹底的に嬲り続ける。

《───支援完了!Wild-Cat方面の晴嵐、全機帰投します!》

三つの機影が俺達の頭上から去ったときには、本舎はエメンタールチーズのように穴だらけになっていた。

(,,#゚Д゚)「総員、出ろ!鎮守府本舎に突入する!!」
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/29(金) 08:42:31.04 ID:seMaO/cro
おつ
326 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/29(金) 23:04:49.83 ID:GYmyvYAMO
本日更新完全無理です、申し訳ありません。明日の朝と夜で2更新予定です
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/30(土) 01:51:51.39 ID:OtTGuN/A0
おつです
328 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/30(土) 08:13:20.84 ID:U4rZd3EOO
周りの奴等に呼びかけ、俺自身AK-47を構えつつ物陰から立ち上がる。あちらこちらから黒い煙をブスブスと吹いている正面本舎に銃口を向けて警戒してみるが、此方に弾丸が飛んでくる様子はない。

窓際に展開していた奴等は殲滅したか奥に引っ込めさせることに成功したようだ。とはいえ敵の総兵力的に抵抗がコレで打ち止めの筈がないし、“海軍”航空隊と米軍による爆撃の件もある。

時間は有限だ、急ごう。

(,,゚Д゚)「Ostrich、手筈通り裏手に回れ!」

( ゚∋゚)「了解した。総員続け!

Go go go!!」

( ̄⊥ ̄)「Верный、ウチの奴等を半分率いて“海軍”の別働隊を援護しろ!」

「承ったよ、司令官。

……Вперёд!!」

Ostrich率いる別働隊が、右手に分かれて鎮守府本舎を迂回するような形で移動を開始。直ぐ後にはВерныйとロシア兵が続く。

(,,゚Д゚)「艦娘が人間に指示を出すのか」

( ̄⊥ ̄)「彼女は頭の回転が速いし、兵士達からも慕われている。何より、この鎮守府で一番強い。何か問題があるか?」

(,,゚Д゚)「いや、ただ驚いただけさ」

そも、提督や将軍階級の人間まで最前線で銃器構えてドンパチやってるブラック軍隊がとやかく言える立場ではない。

(,,゚Д゚)σ「寧ろ羨ましい限りだよ。“海軍”の艦娘はハチャメチャな強さとひき替えに脳味噌どっかに忘れてきた奴ばっかりだからな」

大理石でできた太い柱に支えられた、玄関口の屋根の部分に到達したところでその「脳味噌を忘れてきた連中」にハンドサインを出す。既に迎撃部隊の殲滅を終えていた時雨と江風が、本舎の窓を油断無く睨みつつ俺達の元へ駆けてくる。
329 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/30(土) 08:48:06.16 ID:U4rZd3EOO
(,,゚Д゚)「窓に新手の敵影は!?」

「無い。奥の方で人が動いているようにも見えなかった」

( ゚∋゚)《Wild-Cat、此方Ostrich。裏手に着いた、敵影無し》

( ̄⊥ ̄)「Верныйも問題なく後続している、向こうも準備が整ったようだ!」

(,,#゚Д゚)「よし!江風、派手にぶちかませ!!」

「あいよぉっ!!」

合図を受けた江風が十メートルほどその場から下がり、走る。助走を付けて跳躍すると、その勢いのまま鎮守府本舎の扉に向かって右足を突き出した。

「江風キーーーーーーック!!!」

これまた「どこの重要文化財ですか?」と聞きたくなるような、荘厳な造りの巨大な扉。パッと見た限りは木製かと思われたそれは、跳び蹴りが直撃した際の音から察するに表面部分だけで内部は分厚い鉄板でできていたらしい。

戦車砲さえ防がれそうな堅牢な防御力も、艦娘が放つ渾身の一撃の前にはベニヤ板と変わらない。打撃点を中心にぐしゃりと中折れしながら、両開きの扉が内側にゆっくりと倒れていく。粉砕された蝶番の残骸が、俺達のところまで飛んできてコンクリート製の床を転がっていく。

「────штурм!!』

「「「ypaaaaaa!!!』』』

瞬間、扉の内側で待ち伏せていた反乱軍の奴等が一斉に飛び出してきた。20人ほどの伏兵部隊は誰1人銃を持たず、全員がコンバットナイフを構えてラグビーのスクラムのようにデカい図体を連ねて着地した直後の江風に殺到した。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」

「ガッ………!?』

俺達全員が後に続いて飛び込んだのとほぼ同時だったため、その刃は一つとして届かなかったが。
330 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2017/09/30(土) 09:59:11.08 ID:U4rZd3EOO
爪が食い込むほど強い力で喉を鷲掴みにされて、お伽話に出てくるドワーフのようなちりちり髭が生えたツラが苦痛に歪む。微かに漏れる呻き声は、こめかみにナイフをぶち込むとピタリと止んだ。

(,,#゚Д゚)「せいっ!」

「ウオッ!?』

白目をむいて崩れ落ちた敵の向こう側から、ナイフを抜く間もなく伸びてきたデカイ掌。撥ねのけて、毛がやたらと濃く触り心地が不快な腕を取り、捻り上げながら足を払う。

投げ飛ばされた2メートル近い巨躯がぐるりと一回転し、地面に叩きつけられた。後頭部をしたたかに打ってビクビクと震えるそいつの喉に、さっきの屍体から抜いたナイフを突きたてる。

肉繊維に、自分が掛ける力に従ってずぶりと刃物が沈んでいく感触が手に伝わる。刺された側は目に灯っていた蒼い殺意に僅かに恐怖が混じり、しばしの身悶えがを経て光そのものが失われた。

(,,゚Д゚)「……!」

一瞬止まった動作。背後で気配。振り向くと、そこには左手に握った銀色の刃を俺に向かって今まさに突き出してくる人影。

「よっと」

その頭部が、脳漿と骨片と肉塊を撒き散らしながら砕ける。時雨は足先にこびりついた眼球をハイキックの延長の動きで振り落とすと、そのまま“くない”を熟練のショートストップのように軽やかに投擲した。

「ズァッ』

右手から突進してきていた敵の眉間を、黒い塊がドデカイ穴を空けながら貫通する。
331 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/09/30(土) 23:09:19.50 ID:U4rZd3EOO
時雨の“くない”は目標を貫いてからも10m程飛翔した後、重力に従って落下し床で一度カツンと乾いた音を鳴らしてバウンドする。それを合図にしたように撃ち抜かれた敵が前後の穴から血を吹き出して倒れ込み、撥ねた赤い飛沫が鎮守府内の白い壁に染みを作った。

「───Clear」

足下に転がる20と幾つかの“人間だったもの”が身じろぎ一つしないことを確認して、“海軍”兵の1人がナイフに付着した脂をウィングスーツで拭いながら告げる。

……噎せ返る血の臭いに壁に張り付いた脳漿や眼球の残骸、千切れた腕やら足やらが正面の階段にまで吹っ飛んでいる様を「綺麗」と表することに疑問を抱かないでもないが、軍隊用語なのでそこは仕方が無い。

(; ̄⊥ ̄)「………仮にも北欧防衛の任に選ばれた精鋭部隊の強襲を、よくもこうまで一方的にあしらえるものだな」

(,,゚Д゚)「なんならお宅も自ら武器持って深海棲艦とステゴロ繰り広げてみるか?ル級の生首掲げて高笑いするキチガイの後ろ2ヵ月もついて回りゃ世の中のだいたいが大したことないように思えてくるぞ」

( ̄⊥ ̄)「……遠慮するよ」

(,,゚Д゚)「そりゃ残念だ」

半ば本気の感想だが、ファルロの人柄を考えるとそれは正しい選択でもあると思う。

今回のような裏切り者ならともかく、まともな部下や同僚が目の前で7割方死に絶える戦場の存在なんて知らない方が幸せだ。

尤も、間もなくそれが再び世界中で当たり前の光景になるかも知れないわけだが。
332 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/01(日) 00:35:25.56 ID:z5UIO6u1O
(,,゚Д゚)「それでファルロ、ガングートが反乱軍に拘束されているとして監禁できそうな場所は?」

( ̄⊥ ̄)「………真っ先に浮かぶのは地下独房だ。機関艤装を外した状態の艦娘なら戦艦でも壊せないよう、戦車道の戦車に用いる特殊カーボンを加工した金属で作られた格子がある。

提督としての執務室も最上階だが司令室はまた地下だ。此方は部屋自体の造りは牢屋以上に頑丈でもある、可能性としてはこの二部屋が最も高いな」

(,,゚Д゚)「地上階で可能性のあるフロアは?」

( ̄⊥ ̄)「本舎ではないな。……ガングートは正直なところ火力、馬力などのスペック面では日本やドイツで運用される主力艦に比べるとかなり劣るが、それでも“戦艦”だ。拘束具も拘束部屋も、並みのスペックなら容易く粉砕して脱出できる」

(,,゚Д゚)「………なるほどね」

となると、考えられる可能性は三つ。

一つ、ファルロが今上げた通りの部屋に拘束されている。

一つ、ここ以外の区画で適当な拘束施設がある場所に移動されている。

一つ────既に殺害されたか裏切ったか、どちらかの形で拘束する必要がなくなっている。

できれば三つ目の可能性はあまり考えたくないが、“最悪”は既に想定するべきだ。

(,,゚Д゚)「もう一つ聞きたい。地下司令室と独房は近いか?」

( ̄⊥ ̄)「距離は離してある。それにフロアも違うな、独房は地下三階、司令室は地下二階にある。

とはいえあくまで本舎と面積は大して変わらない、せいぜい五分程度の移動で行き来できるな」
333 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2017/10/01(日) 21:02:28.94 ID:9pbkn8HwO
本日は再び更新厳しいです。
出張(出向?)期間が本日で終わる(はず)なので、明日から更新安定させられるように頑張ります。

本当に、今回亀更新続きで申し訳ありません
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/02(月) 01:19:25.83 ID:38DS9K1A0
ドンマイです
リアルが大変ならあまり無理せずに、こちらはいくらでも待てますしw
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