他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
BBS2ch
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報VIP
更新
検索
全部
最新50
ことり「前略 木漏れ日の貴女へ」
Check
Tweet
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 19:10:32.79 ID:Wse8kJywO
こわい
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:11:28.15 ID:+NyjqKO10
*
『園田海未様
私に対しては、好きなペースで返信してくれて大丈夫よ。
まずは、徐々に思い出せることが増えてきているみたいでよかった。
貴女はやっぱり強い人なのよ。
休憩の回数についてはその通りだったと思う。
1回目の小川、気持ちよかったわ。
海未がカメラを持っていたことは、私も覚えているわ。
ただ、ごめんなさい。私は、海未が誰と一緒にいたか覚えていないの。
あの時私は暑くて暑くて、休憩になってすぐに小川に向かったからよく見ていないのよ。
にこと真姫はその前にお菓子を食べていたみたいだった。
私も一口もらったけれど、手作りのクッキー、美味しかったわよ。さすがにこね。
機会があったら、にこか真姫にも詳しいことを聞いてみるわね。
そうね、あの日の流れを思い出せたみたいだから、次は順を追って思い出してみたらどうかしら。
貴女の気持ちは受け取っているつもりよ。
責任感は持たなくていいから、自分のペースでゆっくりね。
あと、誕生日のお祝いありがとう。
貴女は本当に細かいところによく気が付くわよね。
これからもよろしくね。
11月 5日
絵里より』
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:12:44.21 ID:+NyjqKO10
From 小泉花陽
To 絢瀬絵里
絵里ちゃん
凛ちゃんについて、ありがとう。
詳しいことを話せなくてごめんね。
でもね、私も本当は絵里ちゃんにはあんまり色々調べてほしくはないかなあ。
あの日のことを忘れられないのは私も同じだけど、ある程度までわかったらやめておくっていうのも、ありなんじゃないかなあ……。
これからあの日について書こうと思うけど、私のメールで絵里ちゃんが満足して、またロシアで頑張ってくれるっていうのが一番嬉しいです。
じゃあ、書くね。
あの日、私は凛ちゃんと一緒の時間が長かったと思います。
最初の休憩の場所でもそうだったよ。小川の近くで、石ばかりだったところ。
ことりちゃんとにこちゃんがお菓子を作ってきてくれていて、私たちはそれを食べてたんだ。
にこちゃんはクッキーで、ことりちゃんはマカロン。
2人の得意なお菓子だったし、本当に美味しかった。
……なんだか、書いているだけで涙が出ちゃうね、ごめんね。
途中でにこちゃんと真姫ちゃんは足が蒸れたって、奥の方で涼んでいた絵里ちゃんの方に行ったと思うな。
こっちでは希ちゃんが手品をしてくれて、穂乃果ちゃんと凛ちゃんは楽しそうにしてたよ。
昼休みはどうだったかなあ。確か、ことりちゃんとにこちゃんが分担しておかずを作ってくれてたんだよね。
本当に、この2人には頭が上がりません。
あと、真姫ちゃんのお母さんも料理を作ってくれてたよね。やっぱり高級な味がするって皆で騒いでいたことを思い出しました。
少し長くなっちゃってごめんなさい。
夕方の休憩については、私もよくわかりません。
ただ、この時に海未ちゃんとことりちゃんが2人でどこかに行って、その後、あんなことに……。
今書けるのはこれくらいだけど、お役に立てましたか?
絵里ちゃんの幸せを願っています。
花陽 11月10日
*
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:13:49.82 ID:+NyjqKO10
*
真姫「調子はどうなのよ」
この前と同じ喫茶店のテラス席で、真姫がぶっきらぼうに聞いてきた。
絵里「だいぶ記憶が戻ってきているわ。まだいろいろ混乱しているみたいだけれど……」
にこ「……そう」
絵里「貴女たちも、何か覚えていることはない?」
希「そうは言ってもなあ。ウチもえりちが花陽ちゃんから聞いたことくらいしか知らないんよ」
真姫「希、手品なんかしてたかしら」
希「真姫ちゃんたちが足を冷やしに行った後だったんよ」
希「ほら、あそこ石ころばかりで、座るのにちょうどいい岩までは、少し道が入り組んでたやん?」
にこ「確かにそうだったわね。真姫が擦りむいてた」
真姫「……そういえば」
どことなく不満そうに真姫は呟いた。
誰も笑わなかった。不自然な間が空く。
にこ「穂乃果とも会ったって言ってたわよね」
絵里「……ええ、あんまりいい思い出にはならなかったけど」
希「穂乃果ちゃんは何て?」
絵里「ロシアに帰れって」
にこ「……凛と同じね」
絵里「知ってたの?」
にこ「凛のこと? そりゃあ、1回喧嘩したもの。高校を卒業してすぐにね」
絵里「そんな前に?」
にこ「ええ。凛のやつ、私がアイドル養成所に入らなかったことをひどく怒ってた。どうして新しい道に行かないんだって」
にこ「あんなに怒った凛、初めてだったわ。……言ってることも、痛いほどわかった」
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:14:41.64 ID:+NyjqKO10
絵里「でも、にこは病院で働いてる。それに、ロシアに行った私には『逃げた』って」
にこ「だって、そうでしょうが。絵里は新しい人生を歩もうとロシアに行ったわけじゃない。きっと手紙がなくたって、いずれ戻って来た」
絵里「……それは、そうかも」
にこ「凛はね、優しすぎるのよ。穂乃果もよ。自分のことで精一杯なくせに、私たちのこと、本気で心配してる。大きなお世話よ」
希「にこっち、そんな言い方」
にこ「いいえ、大きなお世話よ」
にこ「忘れたの? にこは部長なのよ。アイドル研究部の部長。3年間ずうっと、そうだった」
にこ「部員を守る義務があるの。私だけは諦めちゃいけないの」
希「でもにこっち、あれからもう3年も経ったんよ」
にこ「だから何よ。海未だってことりだって、いつか絶対一緒に話せる日が来る。その時にアイドル研究部がなかったらどうするのよ」
真姫「にこちゃん……」
にこ「それに、私だけ新しくアイドルを始めるですって? ふんっ、身内1人笑顔にできないやつが、ファンを笑顔になんてできるわけない」
にこ「新生活なんてのはね、過去にきっちり幕を下ろして始まるもんなのよ」
にこ「家に帰るまでが遠足って言うでしょ。まだ、誰も帰れてないじゃない」
にこ「私たちは9人であの山にいる。まだ、終わってない」
にこ「絵里、あんたは正しい。あの日に決着をつけないと、私たちのスクールアイドルは終わらない」
*
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 19:15:25.79 ID:cy9jNWCK0
先が気になる
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:16:31.48 ID:+NyjqKO10
*
『絵里へ
前回絵里に頂いた、順を追って考えてみる、という試みは効果的だったようです。
今回は短期間で多くのことを思い出せました。
1回目の休憩については前回お話ししたので、昼休憩からですね。
お昼ご飯は豪華でしたね。にこの手作り料理に加えて、真姫が持ってきた高級料理まで。
登山中に食べるご飯としては豪華すぎるくらいでしたが。
にこと凛が言い合いをしていたことも思い出しました。
確か凛が両手いっぱいの花を抱えて、にこの頭にかけたのでしたよね。
それが料理の中に入ってしまって、言い合いに発展したのでした。
あの2人はよく言い合いをしますが、仲が良いほど、というものなのでしょうね。
さて、本題はここからです。
順を追って2回目、つまり夕方の休憩のことを考えるたび、頭が激しく痛むのです。
おそらく、3年前に会った「何か」に深くかかわっているのだと思います。
それと同時に、不思議な光景が浮かんでくるのです。
私は心地よい葉擦れの音と木漏れ日の中にいて、誰かと話しているのです。
その誰か、がまたわからないのですが……。
ですがその時、私はその相手に、貴女は木漏れ日のような人だ、と言ったような気がします。
我ながら、歯の浮くような台詞だと思いませんか。きっとその人は、優しく笑う、柔らかな人なのでしょう。
そして、私の大切な人なのでしょう。
その人のことを想うたび、顔も名前も浮かばないのに胸の奥がざわつくのです。
思い出せ、思い出せと、机の上の勿忘草が囁くのです。
あと少し、あと少しで届くような気がするのです。
絵里、私はあと一歩、手を伸ばせるでしょうか。
手を伸ばしてもいいのでしょうか。
この甘い記憶が、黒いもので塗りつぶされることになるのでしょうか。
私は、その人に何をしてしまったのでしょうか。
11月 15日
海未より』
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:17:16.82 ID:+NyjqKO10
From 西木野真姫
To 絢瀬絵里
エリーへ
真姫よ。突然メールしてごめんなさい。
どうしても、この前の話が引っかかるの。
どこがって、希の手品よ。
午前中の休憩の時、希は手品をしていて、穂乃果と凛がそれを見て喜んでいたって話だったわね。
ことりと花陽はそれを眺めていて、私たちはにこちゃんとエリーと3人で小川に行って……。
じゃあ、海未はその間、誰と一緒にいたのかしら。
私は、誰かが嘘をついているんじゃないかって思えてならないの。
真姫 11月16日
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:17:57.65 ID:+NyjqKO10
From 絢瀬絵里
To 西木野真姫
真姫へ
わざわざメールありがとう。
確かに、おかしいように思えるわね。
でも、海未にカメラの操作を教えたのはことりじゃないかしら。
メールを見返したのだけれど、花陽は手品の間にまでことりが一緒にいたとは言っていないし。
それに、海未と一緒にいた人については「思い出せない」と言われたのよ。
それなら、ことりの可能性が一番高いんじゃないかしら。
私たちの誰かが嘘をついているなんて、あまり考えたくないわ。
絵里 11月16日
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:19:27.53 ID:+NyjqKO10
From 西木野真姫
To 絢瀬絵里
エリーへ
私もことりの可能性は考えたわ。
でも、あの娘はお菓子を配る時、他人の感想をしっかり聞きたがるじゃない?
自分のお菓子がある場所から離れているところが想像しにくいの。
それにまだあるわ。
お昼ご飯の時、凛がにこちゃんの頭に花をかけたのを覚えてる?
私ははっきり覚えているわ。言い合いにまでなったものね。
でも、凛はあんなたくさんの花をどこで手に入れたのかしら。
歩きながら大量の花を集める、というのは考えにくいわ。
だって、変だもの。私だって気になるはず。
私に凛がそんなことをしていた記憶はないわ。
そう考えると、午前の休憩の時しかありえないのよね。
でも私たちがお菓子を食べていたのは小川近くの石ばかりの場所よね。
もちろん多少の花は生えていたけれど、両手いっぱいに集められるほどじゃなかったはずよ。
海未は花の写真を撮りに場を離れたのよね。
じゃあ、凛はそっちについていったんじゃないかしら。
ほら、あの時、凛と海未って出発の準備に手間取ってなかった?
一緒に動いていたんじゃないかしら。
花陽と希がそう言ったから信じていたけれど、私にはあの場に凛がいたかどうか自信がない。
だとしたら、嘘をついているのは――
考えたくないのは私も同じだけど、真実に辿りつきたいなら、あらゆる可能性を考えなきゃ。
真姫 11月16日
*
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:20:30.76 ID:+NyjqKO10
*
話があると言うと、2人は希の家で話したいと言った。
リビングの机で顔を突き合わせたまま、ゆうに30分は誰も何も話さなかった。
希「……」
花陽「……」
絵里「貴女たち……」
真姫「嘘、ついてたの?」
希「……花陽ちゃん、もうあかんよ」
花陽「……はい」
絵里「どうして……」
真姫「海未と一緒にいたのは、凛。そうよね?」
希「いやっ、ウチが!」
花陽「いえ、私が!」
真姫「……」
絵里「既に食い違っているわけだけれど」
真姫「……私ね、信じてたわ。あれは、ただの事故だって」
希「ちがっ! それは、事故は事故、そこはそうやん!」
真姫「だったら、どうして嘘なんてつくのよ」
希「それは……」
絵里「花陽は、どうなの?」
花陽「……」
真姫「ねえ、お願い」
うっすら涙を浮かべながら、真姫は2人の手をつかんだ。
真姫「何か言って。何か、事情があるんでしょ」
花陽「……っ」
真姫「花陽っ!」
凛「もういいよ、かよちん」
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:21:46.19 ID:+NyjqKO10
希「り、凛ちゃん!」
花陽「どうしてここに……」
凛「最初からいたよ。真姫ちゃんに無理言ってね、ついて行かせてもらったんだ」
凛「凛ね、知ってたんだよ。希ちゃんのお家でかよちんが相談に乗ってもらってたこと」
凛「それが、全部凛のためだったってこと」
花陽「凛、ちゃん……っ」
絵里「どういうこと……?」
凛「今、凛が説明するね」
花陽「凛ちゃん、ダメ!」
凛はゆっくりとかぶりを振ると、ぎゅっと拳を握った。
凛「かよちん、ありがとう。凛、かよちんがいなかったらこの3年間、生きていけなかった」
凛「でも、そろそろ凛も「かよちん離れ」しなきゃいけないのかなって、思ってたにゃ」
久々に、凛の口癖を聞いた。
凛「希ちゃんも、かよちんから相談を受けて、凛を守ってくれてたんだよね」
希「……」
凛「希ちゃんはやっぱりすごいにゃ。にこちゃんのことも支えて、かよちんの相談も受けて」
希「ウチは、何もしてないよ。話を聞いてただけ」
凛「それでも、凛は救われたよ」
凛「絵里ちゃん、真姫ちゃん」
絵里「……」
真姫「……」
凛「あの事故はね、凛のせいなんだ」
*
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:23:20.46 ID:+NyjqKO10
*
あの日、午前の休憩の時ね、凛は海未ちゃんと一緒にいたんだ。
だって、海未ちゃんがカメラの操作にすっごく手間取ってて、見ていられなかったんだもん。
花の写真を撮りたいのにって。
ここまでは、皆も見てたよね。
でね、皆がお菓子を出し始めた時くらいに、海未ちゃんって話しかけたら、
「写真を撮りに行きます。フラワーアタックです!」だって。
何で英語なのって聞いたら、ただの語呂ですって言われちゃったにゃ。
それで海未ちゃんと探検に出たんだ。
近くにはあんまりお花はなくてね、ちょっと藪を越えたほうに入ってみたの。
それで……あの場所を見つけたんだ。
そこはね、小さい広場みたいなところだった。木がぐるっと取り囲んでて、周りは藪だらけで。
でも、広場になっているところは、お日さまの光がきらきらあたってて……。
花もたっくさん咲いてたから、後で皆を驚かせようと思っていっぱい集めて。
あんまりにも綺麗な場所だったから、すぐに海未ちゃんを呼んだんだ。
見通しはよくなかったから、海未ちゃんが危ないですよって声を掛けてくれたんだけど、後から海未ちゃんの方がテンション上がっちゃった。
海未ちゃんね、その日のうちにことりちゃんに何かをプレゼントしたかったんだって。
確かにその場所はとっても静かで、綺麗で、こんなところでプレゼントもらったら嬉しいだろうな、って場所で。
ここで渡したら、って言ったら、海未ちゃんすぐ乗り気になっちゃった。
帰りにもう一回通る場所だったから、そこで渡しますなんて、張り切っちゃって。
2人で盛り上がって、皆のところに戻るのが少し遅れちゃった。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:24:15.31 ID:+NyjqKO10
でね、海未ちゃん、夕方の休憩の時にことりちゃんと本当にそこに行ったんだと思う。
だって、事故があったの、そのすぐ近くだったんだもん。
ほらね、凛のせい。
凛があんな場所見つけなければよかったんだ。
立ち入り禁止の看板なんて、全然気が付かなかった。
あんなこと言わなければよかった。
海未ちゃんのプレゼントなんて、どこで渡したって良かったんだ。
ことりちゃんだったら喜ぶに決まってた。
海未ちゃんならどこで渡しても同じだよ、って言えばよかった。
ううん、花なんて探しに行かなければよかった。
海未ちゃんなんて、カメラ使えないままでよかったんだ。
凛が教えなければよかった。
一緒にことりちゃんのお菓子食べよって、それだけでよかったのに。
凛がちゃんとしてたら、ことりちゃんだってあんなことにならずに済んだのに。
帰りの駅ででもプレゼントをあげてたら、2人とも幸せだったのに。
凛のせいで、2人は不幸になっちゃった。
2人だけじゃないや。μ'sの皆、音ノ木坂の皆、みんなみんな、不幸になっちゃった。
凛、海未ちゃんに話しかけなければよかった。
海未ちゃんについていかなければよかった。
なんであんなこと言っちゃったんだろう。
なんであんなところまで入り込んじゃったんだろう。
なんで、なんでなんでなんで―――――
*
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:25:26.40 ID:+NyjqKO10
*
希「……」
花陽「……」
絵里「……」
真姫「……凛」
真姫がそっと凛の肩を抱いた。
凛「……真姫ちゃん」
真姫「凛のせいじゃないわ」
凛「……でも」
真姫「凛のせいじゃ、ない」
必死に歯を食いしばって、真姫は何かを堪えていた。
花陽「……ごめんなさい」
絵里「え……?」
花陽「嘘、ついて。希ちゃんにお願いしたのも私だから」
花陽「凛ちゃんね、大学に入ったころ、少し変だったんだ」
花陽「だって、入学してすぐに、登山部に入るだなんて言って……何か探すみたいに、急に山に走って行っちゃったり……」
凛「山に入ったら、あの日をやり直せるんじゃないかって思ったんだ。今考えたら、バカみたいだにゃ……」
花陽「1回、本当に危なかったときがあって。それ以来、私がずっと一緒にいるようにしてたの」
真姫「……初めて聞いたわ」
花陽「真姫ちゃんは医学部で勉強が忙しかったから。それに、ことりちゃんのために余分な授業まで取ってたんでしょ?」
真姫「……でも、そんなの」
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:26:26.54 ID:+NyjqKO10
花陽「うん、ごめん。話せばよかったんだと思う。でも……」
凛「凛がね、誰にも知られたくないって言ったんだ」
花陽「結局、希ちゃんにだけは相談してたんだけど……」
希「ウチも、なんにも力になれなかった」
凛「そんなことない」
凛「2人は凛のせいじゃないってずっと言ってくれたよ。凛は、皆にそう言われたらどうしようって思ってて……」
絵里「誰もそんなこと言わないわ」
凛「……海未ちゃんも、ことりちゃんも?」
絵里「ええ、絶対言わない」
凛「そっか……」
真姫「凛、今は大丈夫なの」
凛「最近までちょっと変だったんだけど、今は大丈夫。この前絵里ちゃんに会ったあとね、にこちゃんにも会ったんだ」
希「にこっちに?」
凛「うん。それで、にこちゃんが何を考えてるのか、ちゃんとお話してもらったの」
絵里「それって……」
凛「にこちゃんね、何も聞かずに言ってくれたんだ。何があっても、凛がどんなでも、凛の帰る場所は私が作るって」
凛「それを聞いて、かよちん離れできるかなって。希ちゃん離れできるかなって思ったんだ」
凛「ねえ、希ちゃん、かよちん。凛、ちゃんと向き合えたかな」
希「凛ちゃん……っ」
花陽「うん、うん……っ」
凛「よかった……」
凛「あとね、絵里ちゃん」
凛「凛ね、絵里ちゃんにだけは、凛たちのことなんか気にせずに海外で幸せになってほしかった」
凛「でもね、でも……帰って来てくれて、また会えて、本当はね、嬉しかったにゃ」
絵里「……ありがとう、凛」
*
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:27:35.69 ID:+NyjqKO10
*
『園田海未様
私の考えは、最初から変わらないわ。
すべてを知ることが正しいかはわからない。
ただ、知りたいと思ったのなら、知るべきよ。
前々回の手紙に書いてあった、午前中の休憩の時、海未と一緒にいた人の名前が分かったわ。
凛よ。凛がカメラの使い方を教えてくれて、一緒に「プレゼントにぴったりな綺麗な場所」を見つけたらしいわ。
この「プレゼントにぴったりな場所」って、貴女が前の手紙に書いた「木漏れ日の中」と同じ場所じゃないかしら。
ごめんなさい。今回はあんまり情報量は多くないわね。
ただ、貴女が言うように、「木漏れ日の中」での出来事がきっと重要よ。
それと「プレゼント」
凛は、海未がプレゼントを渡したがっていたと言っていたわ。
誰に、何を渡そうとしたのかしら。
それは、貴女が自分で気づかなければいけないことよ。
最後に改めて。
私は、貴女が何をしたとしても、どんなでも、貴女との関係を変えるつもりはないわ。
私にとって、μ'sは全員が大切な仲間なのよ。
貴女の全てを受け入れる。約束する。
11月 30日
絵里より』
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:28:40.80 ID:+NyjqKO10
『絵里へ
最近、あの日のことを、そしてあの「木漏れ日の中」の光景を思い返すたび、頭痛がひどくなります。
きっと、核心に近づいているのでしょう。
私が忘れているもの、忘れている人。
手紙を書いている今も、すぐそこにあるような、もうすぐ思い出せそうな気がしています。
カメラの操作方法を教えてくれたのが凛だと言う話は、納得できます。
あの娘は普段は私に怒られているくせに、私が困っている時はすぐに近寄ってきますからね。
ただ、私と凛が「プレゼントにぴったりな場所」を見つけたという話は、残念ながらピンと来ませんでした。
午前の休憩の時、カメラを持って四苦八苦していたところから、一向に記憶が戻らないのです。
代わりに、夕方の休憩のことは、だんだんと思い返してきています。
私は誰かを「木漏れ日の中」に誘いました。
絵里が調べてくれた通り、プレゼントを渡そうとしたのです。
おそらく私は、あの場所が彼女にぴったりだと思っていました。
外は暑いはずなのに、あそこだけが涼し気で、日の光を遮る葉と、楽し気に地面で踊る影と……。
柔らかで寄り添うような光を、この上なく、彼女らしいと思っていました。
プレゼントとは、何だったのでしょうか。
私が渡そうとしたプレゼント。
何となく、わかるような気がします。
再三手紙にも書いた、空色の勿忘草の栞。
貰い物だと思っていました。ですが、ひょっとしたら、この栞は渡せなかった物なのかもしれません。
大空を思わせる花の色が、ことりに
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:29:39.54 ID:+NyjqKO10
絵里、すみません。興奮して手紙を破いてしまいました。
書き直すのも億劫なので、失礼ながらそのまま、続きの便箋を用意してしまいました。
でも、許してくれますよね。
ことりです。絵里、ことりです!
どうして忘れていたのでしょう。
どうして彼女のことを忘れられたのでしょう。
ことり、ことり、南ことり!
人に見せる手紙に申し訳ないのですが、繰り返し書かずにはいられないのです。
書いている時に思い出すなんて!
そうです、栞です。
本当は、ことりが留学に行くときに渡すつもりでした。
私を忘れないように、そんな願いを込めました。
ですが、結局穂乃果がことりを連れ戻して、渡す機会はなくなりました。
夏の終わりは世界の終わりなのです。
あの日私はそう言いました。
ことりはその言葉をいたく気に入ったようでした。
夏休み前に留学もキャンセルになって、将来について思うところがあったのだと思います。
だから、私は性懲りもなく持ち歩いていたプレゼントを、あの日に渡すことにしたのです。
世界の終わりに、私のことを忘れてほしくなかった。
どうして、私はことりのことを忘れてしまったのでしょうか。
忘れてほしくないと栞まで用意しながら、どうして。
渡したのは、「木漏れ日の中」です。ああ! いろいろつながってきましたよ、絵里!
そうです、私はあそこにことりを連れて行って、ことりは木漏れ日みたいに優しい人だと言いました。
そこで、プレゼントを渡そうとしました。
そして、そして、何があったのでしょうか。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:30:22.72 ID:+NyjqKO10
ことりは、大切な人でした。
片時も離れず、私と一緒でした。
穂乃果と、私と、3人でした。
どうして、忘れていたんでしょう。
どうして、何があって。
絵里、ことりに会いたいです。
ことりはどこですか。どうしていますか。元気ですか。
ああ、でも、恐ろしい想像をせずにはいられないのです。
あの日、私は部屋から出られなくなりました。いいことが起こったはずがないのです。きっと、恐ろしいことが起きた。
そうでなければ、私は今頃、穂乃果やことりと一緒に楽しくケーキでも食べていたはずなのです。
絵里、ことりに会いたいです。
会いたいんです。
私はことりに何をしたのですか。何をしてしまったのでしょうか。
絵里、助けてください。
震えがとまらなくなってきました。
書いているとちゅうなのに、からだがガタガタふるえています。かん字がうまくかけません。
えり、わたしはことりに会いたいです。
ことりは、どこですか
うみ』
*
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:31:39.94 ID:+NyjqKO10
*
彼女の家の前に行くと、穂乃果が疲れた顔でぼうっと立っていた。
穂乃果「海未ちゃんの様子がおかしいと思ったら……絵里ちゃん、やっぱり来ちゃったんだね」
絵里「ええ」
穂乃果「何しに来たのって、聞くまでもないかな」
絵里「そうね」
穂乃果「海未ちゃんには、会わせないよ」
頑なに、穂乃果はそう言った。
絵里「……通るわね」
穂乃果「通さない」
絵里「どうして」
穂乃果「今、海未ちゃんが『全部』思い出したら、きっと、保たない。壊れちゃうよ」
穂乃果「そしたら、そしたらさ。穂乃果、ひとりぼっちになっちゃうんだよ」
絵里「私はあの娘の強さを信じてる」
穂乃果「私だってそうしたい!」
絵里「なら……っ!」
穂乃果「絵里ちゃんにはわかんないよ!!」
穂乃果は、大声を出した。
絵里「……」
穂乃果「幼馴染が大怪我して! 一生目を覚まさないかもしれないとか言われて!」
穂乃果「それでも、2人で助け合って生きて行こうって、病院にも毎日通おうって、そう思った時にさあっ……!!」
穂乃果は、泣いていた。
穂乃果「『おかえりなさい、ほのか、ごめんなさい、へやからでられません』って、そう……っ、そう言ってさあ……っ!」
穂乃果「私たちの顔も見てくれなくてっ! 家の鏡全部割ってっ!! それを見た時、どう思ったか……っ! 私の気持ちなんか、絵里ちゃんにはわかんないよっ!!」
絵里「穂乃果……」
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:32:47.27 ID:+NyjqKO10
穂乃果「……絵里ちゃん、ロシアに帰って」
絵里「嫌よ」
穂乃果「これ以上、深入りしないで。だって、今さらだよ。前も話したよね」
穂乃果「絵里ちゃんは向こうで活躍できる。絵里ちゃんは私たちに構ってる時間なんかない」
絵里「そんなの、私を誤解してる」
穂乃果「してない」
絵里「してるわよっ!」
絵里「私にとって、μ'sは全てだったっ! どうしたらいいかわからなくて、やりたいことにも素直になれなくて……っ!」
絵里「そんな私に、貴女が手を差し伸べてくれた日から、μ'sは私の全てなの……っ!」
穂乃果「違うよ、μ'sは、絵里ちゃんの21年の人生の中の、たった3か月でしかない」
絵里「それでもよっ! 私だけはあの日のことを気にしないって? バカにしないで! ロシアでだって、貴女たちのことを忘れた日なんてなかったわ!」
穂乃果「でも、向こうにいた」
絵里「帰って来たわ」
穂乃果「じゃあ戻って」
絵里「お断りよ」
穂乃果「絵里ちゃん、頑固だね」
絵里「……貴女に似たのよ」
穂乃果「私に?」
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:33:57.44 ID:+NyjqKO10
絵里「穂乃果は、μ'sのリーダー」
穂乃果「……やめて」
絵里「私は穂乃果に憧れてた。決してへこたれない。一言で、皆を引っ張って行ってしまう」
穂乃果「やめてよ」
絵里「穂乃果は、私たちにとって太陽だった。皆が貴女の背中を見てた。どんなつらいときでも――」
穂乃果「もうやめてっ……!! 海未ちゃんと2人でいいって言ったじゃんっ!」
絵里「貴女は、絶対に諦めない」
穂乃果「私は諦めたっっ!!」
絵里「チーズケーキ」
穂乃果「……」
絵里「手紙に書いてあったわ。いつも届く饅頭にチーズケーキが混ざってるって。3年間、ずっとお菓子を届けていたのは、貴女と雪穂よ」
穂乃果「……」
絵里「貴女はそういう人よ、高坂穂乃果」
絵里「絶対にあきらめない。どんな逆境でも、どれだけ小さな光でも、目を逸らさない」
絵里「思い出してほしい、そのわずかな可能性に賭けて、3年間、ずっとチーズケーキを届け続けた」
絵里「貴女は変わってない。貴女はダメになんかなってない」
絵里「観客のいないライブを踊り切った日から、変わってない」
絵里「変わることのない、私の憧れなの」
絵里「穂乃果。貴女は、諦めてなんか、ない」
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:34:42.77 ID:+NyjqKO10
穂乃果「……」
絵里「通るわよ、穂乃果」
穂乃果は止めなかった。
代わりに、ぽつりと呟いた。
穂乃果「ねえ絵里ちゃん、私さ、全然皆と会ってないんだ。会えるかな、これからも、会って笑えるかな」
絵里「会えるわよ。皆にだって、ことりにだって、海未にだって」
絵里「μ'sは、9人で1つなのよ」
*
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:35:30.20 ID:+NyjqKO10
*
部屋に入ると、彼女はびくりと身体を震わせて、えり、と私の名前を呼んだ。
綺麗だった髪は、ぼさぼさに伸び切っていた。
部屋は、思いのほか片付いていた。
扉の脇に、届いたばかりの饅頭とチーズケーキがあった。
机の上に、くしゃくしゃに丸まった便箋があった。
その隣に、勿忘草の栞があった。
絵里「髪、伸びたわね」
私の言葉に、彼女は視線を落としたまま表情を和らげた。
「まっていました、えり。たすけにきてくれたんですね」
絵里「……そうなると、いいのだけれど」
「え……?」
絵里「真姫が聞いたら、怒るかしら」
「えり、なにを……」
絵里「貴女が会いたいと言ったから。手紙で助けてと言ったから」
絵里「私は貴女の目を覚ましに来たのよ」
絵里「ことり」
*
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:36:23.40 ID:+NyjqKO10
*
8月の末、1通の封筒が届いた。
日本から来たその封筒には、海未の名前が書かれていた。
目を覚ましたのか。そう思って、心臓が跳ねた。
封筒は白地にファンシーな飾りがついたものだった。違和感を抱いた。
すぐに引きこもっていたことりのことを思い出した。
あの日から、ことりは自分のことを海未だと思い込んでいた。
しばらくの間、いくつかの週刊誌が事件を執拗に追いかけていて、病院には連れていけなかった。
結局ことりはそのまま家に引きこもり、3年が経った。
それでも、もしかしたらと手紙を読んだ。
書いたのがことりだということには、すぐ気がついた。
絵里「だって貴女、向かいの家の玄関について書いていたでしょう?」
絵里「海未の家は塀に囲まれているわ。あの娘の部屋からは、向かいの家の玄関なんて見えない」
「……ちがいます、ちがいます、えり」
手紙に書かれた文章は、海未そのものだった。
3年の間にことりはすっかり海未になりきってしまったのだと思った。
同時に、なぜ今頃になって手紙を書くのかと首を傾げた。
ことりは、真実が知りたいのだと書いていた。
倒れた海未の横で狂ったように泣いていたあの時から、一瞬たりとも手放さなかった栞のことを気にしていた。
絵里「最後の機会だと思ったわ。この手紙は、ことりからのSOSなんじゃないかって」
絵里「今を逃せば、次はない。ことりは本当に『海未』になってしまう。そう思ったから日本に来たの」
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:37:32.59 ID:+NyjqKO10
そして、確信した。
ことりは、戻って来られる。
絵里「手紙に書かれていたのは、ほとんどがことりの記憶だった」
絵里「穂乃果に水をあげたのもことり。だって貴女は『食事と一緒に』水を詰めたんですもの。あの日、食事を準備してくれていたのは、にこと真姫と、ことりだった」
「えり……おねがいです……わたしはうみです……」
絵里「海未の行動については、貴女が知っていることしか書かれていなかったわね」
絵里「穂乃果と海未との会話。貴女は、すぐ横で聞いていた。海未がカメラをいじっていたところを、貴女を含めた皆は見ていた」
絵里「でも、海未と凛が何をしていたのかを、貴女は知らない。だって、貴女はにこと一緒にお菓子を振る舞っていたんだもの」
絵里「海未が知らないはずのことも、貴女は書いていた。にこと真姫が私と川で涼んでいたって」
絵里「海未は休憩が始まるとすぐに花を探しに行って、凛と一緒に遅れて戻って来た。ここは、私もよく覚えていなかったのだけれど、凛が教えてくれたわ」
絵里「にこと真姫が川に来たのは、お菓子を食べた後だった。休憩の間まるまるいなかった海未は、にこと真姫が小川に来たのを知らないはずよ」
「やめて………やめてよ………」
絵里「……ことり」
ことりは蹲ったまま頭を抱えていた。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:38:39.91 ID:+NyjqKO10
絵里「ことり、皆が貴女を待ってる。ほら、穂乃果が届けてくれたチーズケーキよ。貴女の大事な幼馴染なんでしょう?」
ことり「やめてぇっ!!」
ぶんと振られた腕に当たり、チーズケーキが床に落ちた。
ことり「あ……あぁ……おそうじ、しなきゃ……」
絵里「ことり?」
ことり「おそうじしなきゃ、きれいにしなきゃ……ここはうみちゃんのへやだから、うみちゃんのへや、きれいだもん、おそうじしなきゃ……」
焦点の合わない目で、ことりはふらふらとタオルを手に取った。
可愛らしい動物がプリントしてあるタオルだった。
ことり「あ……ちがぅ……これ、うみちゃんのじゃない、ちがう、ちがうっ!」
絵里「……違わないわ、ことり。そのタオルは貴女のものよ。ほら貸しなさい、手伝うわ」
私の手が、ことりの手首に触れる。
ことりは弾かれたように私を見上げた。
はじめて、目が合った。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:39:36.23 ID:+NyjqKO10
ことり「えりは、たよりになります」
ことり「そうだよね、そうだんにものってくれるし!」
絵里「ことり……?」
だらんと腕を下げて、ぶつぶつとことりは呟き始めた。
目に光は宿っていないのに、表情だけがくるくる変わっていく。
ことり「なにかそうだんするとしたら、わたしはえりにそうだんしますね」
ことり「わたしも! でもうみちゃん、ことりにも、ちゃんとそうだんしてほしいなあ」
ことり「ええ、もちろんです、ことり。あなたのこともたよりにしていますよ。だからここにつれてきたのです」
ことり「そうなの? うれしいなあ。ここ、すっごくきれいだよね! うみちゃんって、いがいにこういうところ、すきだよね」
絵里「……っ」
息を呑んだ。
絵里「ことり、貴女、それ……っ!」
あの日の、記憶。
ことり「それで、きゅうにどうしたの、うみちゃん」
ことり「ことり、あなたにわたしたいものがあるのです」
ことり「え、ぷれぜんと? うれしい! でも、どうして?」
ことり「なつのおわりは、せかいのおわり。このことばをしょうかいしたこと、おぼえていますか?」
ことり「うん、おぼえてるよ。ことり、そのことば、なんだかすきだな」
ことり「……それはよかった。それで、きょうは8がつ31にち、なつのおわりです」
ことり「うん、そうだねえ」
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:40:37.93 ID:+NyjqKO10
ことり「なつのおわりは、せかいのおわり。ですが、せかいのおわりは、あたらしいせかいのはじまりなのです」
ことり「あたらしい、せかい……」
ことり「あなたはりゅうがくにいかなかった。けれど、きょうはやはり、さいしゅっぱつのひです」
ことり「それは、みゅーずの?」
ことり「ええ。それと、あなたのです。ことり、あなたはりゅうがくをやめましたが、きっとしょうらい、またどこかにいくひがくるのでしょう」
ことり「……そうかも」
ことり「だから、わたしはやっぱり、これをわたそうとおもいます」
ことり「わあ! ありがとう! これ、しおり?」
ことり「ええ。わすれなぐさです。ことりがどこにいっても、わたしのことをわすれないように。あなたのなまえのとおり、うつくしいそらのいろです」
ことり「ことり、あなたは、なにもあきらめてなんか、いません。いつでも、またおおぞらにとんでいける。そのときは、わたしだってほのかだって、あなたのせなかをおしてあげます」
ことり「うみちゃん……」
ことり「ふふっ、すこしかっこうつけすぎですかね」
ことり「ううん、うれしい。それに、このばしょも……」
ことり「あなたらしいばしょだとおもって、えらびました。ことりは、こもれびのようなひとです。ゆらゆら、あたたかくわたしたちをてらして、やさしく、よりそってくれる。ずっといっしょにいたいと、おもわせてくれる」
ことり「……うみちゃん」
ことり「ですが、これでだいじょうぶ。そのしおりがあれば、わたしたちはずっといっしょです。わたしはいつでも、あなたをまっていますから」
ことり「うみちゃん、わたし、わたしね……!」
ことり「うみちゃんのこと、だいすきだよ」
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:41:27.71 ID:+NyjqKO10
ことり「……」
絵里「……」
それからしばらくの間、ことりは黙っていた。
ぽすんと私に身を預けるように、倒れてきた。
絵里「そう……。だから、私に手紙を送ってくれたのね。あの日の貴女たちが、そう言ったのね」
ことり「……」
絵里「その栞は、海未が渡せなかったものじゃなかったのよ」
絵里「ことりは、ちゃんと受け取っていた。海未の、優しいプレゼント……」
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:42:17.04 ID:+NyjqKO10
ことり「……あぁ……」
ことりはくぐもった声を漏らした。
ことり「あああぁぁ……あああぁぁぁぁぁ…………っ……!」
絵里「ことり、どうしたの、ことり!」
ことり「血が、血が!! 海未ちゃんの頭から、血が! とまんない、とまんないよぉ!!」
絵里「ことりっ!」
抱きしめた腕の中で、ことりは必死に身を捩った。
ことり「どうして、わたしなんか庇ってぇ……! ことりが周りを見てなかったのが悪いのにっ……!!」
ことり「やだ、やだやだ! 海未ちゃんっ!! ずっと一緒だって言ったのにっ!! 海未ちゃん、ずっと待ってるって言ったのにぃっ!!」
ことり「違う違う違うっ……! 海未ちゃんはいなくならないっ!! 海未ちゃんはずっとことりのそばにいるっ!! 海未ちゃんは、海未ちゃんは……っ!」
ことり「なんで、どうしてっ!! わたしのせいだっ!! ことりでよかった! 落ちるの、ことりでよかったっ!!」
絵里「よくなんかないっ! 目を覚ましなさい、ことり! 貴女は海未じゃないっ!」
ことり「違うっ!! 私は海未ちゃんっ!! 落ちたのはことり! 怪我したのはことりっ!! 海未ちゃんは元気に生きてるっ!!」
絵里「ことりっ! しっかりしてっ!」
ことり「えりちゃ……そうじゃない! 海未ちゃんはこんな呼び方しないっ! 絵里、ごめんね……違うっ!! 絵里、穂乃果、ごめんなさい、穂乃果、ごめんなさい、ごめんなさ――」
穂乃果「もうやめてええええっ!!」
ことり「ぁ……」
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:43:43.87 ID:+NyjqKO10
絵里「穂乃果……」
真姫「エリー、無茶はダメって言ったじゃない」
絵里「……だって」
真姫「……はぁ」
真姫がため息をついて、身をどける。
穂乃果と真姫の後ろから、6人がゆっくりと現れた。
絵里「皆も……」
ことり「……」
穂乃果「ことりちゃん、もうやめよ?」
ことり「ほのか」
穂乃果「違うでしょ? そうじゃない。ことりちゃん、いつも私のこと、何て呼んでくれてた?」
ことり「ほのか………ゃ」
穂乃果「うん、そうだよ、ことりちゃん。穂乃果ね、ことりちゃんが名前呼んでくれるの、大好きだったんだ」
ことり「ほのか……ゃ……ん……」
穂乃果「もう少しだよ、ことりちゃん」
穂乃果「ほら、見て。皆来てくれた。私が『助けて』ってメールしたら、すぐに飛んできてくれた」
穂乃果「ことりちゃんだって、そうだったんだよね。『助けて』って手紙を書いて、だから絵里ちゃんが来てくれたんだよね」
穂乃果「簡単だったんだよね。私たち、つらいことがあってさ、お互い気を遣うんじゃなくて、逃げるんじゃなくて、1人で頑張ろうとするんじゃなくて」
穂乃果「『助けて』って言ってさ。それで『うん』って返してくれて。私たち、それだけでよかったんだよね」
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:45:09.24 ID:+NyjqKO10
ことり「……」
穂乃果「ね、ことりちゃん。穂乃果さ、寂しい……っ……。大好きな人がさ……っ、2人も話してくれないの、寂しいよ………」
穂乃果「ことりちゃん、お願い。私のこと、助けて」
ことり「……ほのか、ちゃん」
ことり「……う、ん……うんっ………ことり……ずっと、どうしたらいいか、わからなくて……っ! だって、わたしのせいで、わたしのせいで……っ! ごめんなさい、ごめんね、ごめんね……っ」
穂乃果「ことりちゃん……っ」
「「ことり」」
「「「ことりちゃん」」」
絵里「おかえりなさい、ことり」
*
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:46:16.94 ID:+NyjqKO10
*
真っ白な病室に、数人の影が落ちていた。
日は既に傾いている。
少女の腕にだけかかっていた影は、不格好に伸び切っていた。
絵里「これで私の話はおしまい」
絵里「面白かったかしら、ねえ海未?」
ことり「まあまあじゃないですか、絵里」
にこ「ちょっとあんたらその悪趣味な掛け合い、いい加減やめなさいよ」
穂乃果「本当だよ……。1回グーでいっちゃったもんね、私」
ことり「ご、ごめんね穂乃果ちゃん! だって、その、絵里ちゃんが……」
絵里「私のせいなの!?」
希「どう考えてもえりちが悪い。穂乃果ちゃんに謝って」
絵里「ごめんなさい」
押し殺した笑い声が、再び部屋を満たす。
凛「ことりちゃん、そろそろあれを……」
花陽「あ、あの超大作がついに!」
ことり「いや、そ、そんなにはないよ……」
絵里「ことりったら、リハビリの間中、ずっと手紙を書き直していたものね」
穂乃果「穂乃果、何回病院でことりちゃんに便箋買ってあげたんだろう」
ことり「その節はお世話になりました……」
にこ「ま、存分に読みなさいよ。ほら、私たちは退散退散!」
凛「えー、聞きたいにゃー」
希「ウチもウチもー」
にこ「さっさと出るっ!」
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:46:54.90 ID:+NyjqKO10
ことり「……ふふっ、ありがとう、にこちゃん」
海未「……」
ことり「……」
ことり「……全然起きないね、海未ちゃん」
ことり「ずっと運動してなかったから、リハビリしてるうちに夏になっちゃったって言ったら、海未ちゃん怒るかな」
ことり「ねえ海未ちゃん、聞いてほしい話があるの。まとめきれないから、手紙にしてみたんだ」
ことり「じゃあ、読むね」
ことり「前略 木漏れ日の貴女へ――――――」
ぴくりと、柔らかな枝が揺れた気がした。
*
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:48:49.54 ID:+NyjqKO10
*
『前略 木漏れ日の貴女へ
まずは、ごめんなさい。私が足を滑らせたから、海未ちゃん、庇ってくれたんだよね。
私のせいで海未ちゃんが目を覚まさなくて、それが受け入れられなくて……。
海未ちゃんにもらった命、3年も無駄にしちゃった。それも、ごめんなさい。
私たちは、少しずつ進めています。
にこちゃんは養成所に入ったし、希ちゃんはセクシーOL街道まっしぐら。
凛ちゃんと花陽ちゃんは教師を目指すんだって。
穂乃果ちゃんはお店で修行、真姫ちゃんも勉強漬けみたい。
絵里ちゃんと私は、海外に飛ぶことになりました。
絵里ちゃんはロシア、私はフランスだよ。
私は高校を中退しちゃったけど、そういうのを気にしない人が服飾のお仕事を教えてくれるの。
だからね、お別れなんだ。
でも、私たちはずっと一緒だよ。そう言って、海未ちゃんは栞をくれたんだもんね。
あんまりお話できないままになっちゃうけど、大丈夫。
海未ちゃんが起きたら、いっぱい話聞くからね。今は海外との連絡も簡単に取れるんだよ。
そういえば、海未ちゃんはこの書き出しだと不思議に思うかもしれないね。
海未ちゃんは私のこと、木漏れ日みたいって言ってくれたけど、私は少し違うと思うなあ。
だって、木漏れ日は太陽と、木があってはじめてできるんだもんね。
私にとって太陽は穂乃果ちゃん。そして木は、海未ちゃんだよ。海なのに木だなんて、変な感じだね。
でもね、海未ちゃんはとっても頼りになるところもあって、それなのに柔らかいところもあって、本当に木みたい。
木はね、季節によって、葉っぱやお花でおめかしするんだよ。
私も海未ちゃんに似合う服をつくって、着てもらいたいな。
だからこの手紙は、海未ちゃん宛てだけど、穂乃果ちゃん宛てでもあるんだ。
読み終わったら、ちゃんと穂乃果ちゃんにも見せてあげてね。
海未ちゃんは「それじゃあ、ことりはどうなんですか」って言うかもしれないね。
私はね、穂乃果ちゃんと、海未ちゃんと、2人がつくる景色の中を飛ぶ、小鳥なんだ。
自分で言うの、ちょっと恥ずかしいね。
それでね、飛ぶのに疲れたら、木の枝にとまって、お日様の光の中で眠っちゃうの。
だから、また会えるよ。
8月 31日
南ことり』
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:49:20.38 ID:+NyjqKO10
終わりです。お目汚し失礼しました。
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/07/21(金) 19:52:30.82 ID:+NyjqKO10
過去作です。お暇ながあればぜひ。
ダイヤ「あ、この写真…。」
曜「見て!イルカの真似ー!」
花丸「今日も練習疲れたなあ…。」
梨子「ほ、本当にこのメンバーなの…?」
果南「これだから金持ちは……」
鞠莉「果南が…」千歌「戻ってこない…?」
千歌「私のぴっかぴか音頭・タイムトラベル」
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 19:54:57.95 ID:LeUZqQEzO
乙
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 19:56:53.77 ID:cy9jNWCK0
ダイヤの写真の人だったのか
>>51
の展開ビックリした
今回のもテンポもあって凄く良かった、乙
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 20:00:33.55 ID:s6XoZhTKo
乙でした
最後ちょっと反応してるし、海未もいずれは目を覚ますのかな
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 20:02:10.18 ID:HnQN1fIf0
Aqoursだけやってろや
つまらん
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/21(金) 20:21:39.28 ID:q6BEotuTO
つまんね
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 20:53:33.03 ID:07sbUefDo
>>51
と過去作でまんまと2回びっくりさせられたわ
芸風広いし上手いし素直に称賛です
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 22:50:05.13 ID:jZsiTSUSO
乙
見事に騙されました
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/21(金) 23:15:40.10 ID:dKx5W+Sx0
乙
久しぶりの良作だった
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/22(土) 11:40:42.18 ID:Y/IkydSz0
見事に騙されたわ
最初の一文のせいで絵里と海未が犯人なのかと
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/22(土) 13:39:43.57 ID:FmVWyDWjo
いい作品だったわ、乙
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/24(日) 04:39:03.90 ID:QCzUEIQdo
文章が上手くて読みやすいからスラスラ読めたわ
良かったけど悲しい、けど悲しいのが良い
84.36 KB
Speed:0
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報VIP
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
新着レスを表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!
(http://fsmから始まる
ひらめアップローダ
からの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)
スポンサードリンク
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)