ことり「前略 木漏れ日の貴女へ」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:45:20.12 ID:+NyjqKO10


『東京のスクールアイドル、山で事故?』

4年前のその記事は、当時ちょっとした騒ぎになった。

彼女たちはまだ無名だったが、美しい少女たちを襲った悲劇に、世間は同情し興奮した。

怪我をしたのは9人のうち1人だけだった。

事故の際ずっと近くにいたという少女は、引きこもったままついぞ出てこなかった。

本当に事故だったのかと訝る声も少なくなかった。

怪我をした少女は、立ち入り禁止の場所に入り、足を滑らせただけだったと発表された。


少女は意識不明の重体のまま、病院で眠っていた。

記事が騒がれたのはここまでだった。


少女の意識は戻らなかった。

世間は真相がただの事故だったことに落胆していた。


彼女はまだ眠っている。

もはや彼女が世間話の種になることはない。


彼女はまだ眠っている。

数人の影がやせ細った腕にゆらゆら落ちた。



「私ね、一年前に、日本に帰ってきたの」

「もうすぐ戻らないといけないんだけどね。今は夏の終わりだけれど、ロシアって涼しいのよ。……って、こんな当たり前のこと言ってたら、私がポンコツみたいね」

「今日はね、話があってきたの。信じられる? あの娘がお見舞いに来たのよ」

「ね、海未?」

「もう、絵里ったら、人が悪いですよ……」

「……」

「……」

「「くふっ」」


くつくつと押し殺した笑い声が病室を浸し、煙のように消えた。


「ああ、そう、そうだったわね、話よ。話があるの。どこから話そうかしら……」

彼女の長い髪の一房に、金の髪が触れる。


「そうね、ここから始まったのよ。遅すぎるくらいだけれど」






「夏の終わりにね、海未から手紙が来たの」





      *



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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:47:26.72 ID:+NyjqKO10

      *


『拝啓 

 まだまだ残暑が厳しい日々ですが、いかがお過ごしでしょうか。

 なんて、私たちの間柄では不要な挨拶かもしれませんね。

 突然このような形で連絡を取ったこと、貴女は驚かれていると思います。

 封筒を取り落としなどしなかったでしょうか。貴女は少しそそっかしいところがありますからね。

 
 さて、こうして筆を執ったのは、今が8月の末だからです。
 
 夏の終わりは世界の終わり、とはよく言ったもの。

 絵里はどんな時に夏の終わりを感じますか。

 蝉の声が薄くなったときでしょうか。

 寝苦しくて夜に目を覚ますことがなくなったときでしょうか。

 台風が窓を鳴らすことが増えたときでしょうか。

 ああそうそう、向かいの家ですが、最近猫を飼い始めたのが窓から見えまして。

 先週は玄関先でだらしなく寝ころんでいたのが、今朝はふてぶてしい顔で歩き回っていました。

 これも夏の終わりの効果でしょうか。

 
 私はそうした景色や、音や、空気を感じるたびに、何やら物悲しい気分になるのです。

 何か大事なものを失ってしまったような気分にたまらず、手紙を書いているのです。

 いつの日からか、私の机に栞が置いてあるのです。

 勿忘草を押し花にして、ラミネート加工したものだと思います。
 
 
 私は、何を忘れているのでしょうか。

 この小さな部屋から出られず、何故日々をただ無駄に過ごしているのでしょうか。

 おかしいと思われるかもしれませんが、まだ外には恐怖で出られないのです。

 私は、この栞を誰からもらったのでしょうか。

 この栞の送り主は、私に何を忘れるなと迫るのでしょうか。

 
 夏の終わり、空色の勿忘草。私の頭にはある言葉だけがぐるぐると回っているのです。

 あの日を忘れるな、と――。


 長々とすみません。もし、絵里が何か知っているとしたら、教えていただけないでしょうか。
 
 お身体に気をつけてお過ごしください。  

 
 敬具

 8 月 31 日

 園田海未


 絢瀬絵里 様』
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:48:26.97 ID:+NyjqKO10


『前略 園田海未様


 手紙をありがとう。確かに堅苦しい挨拶はいらないと思ったので、前略としてみます。

 日本は残暑ということだけれど、ロシアはそれほど暑くありません。


 貴女が言う通り、手紙の宛て名を見た途端に心臓が止まりそうになりました。取り落としはしませんでしたが。

 可愛らしい便箋を見て、海未らしい文面を見て、少し泣いてしまったことを追記しておきます。

 それにしても、あの頃から貴女は他人の気持ちを見抜くのが得意ね。今考えれば、私のことだってほとんどお見通しだったように思えるわ。

 そういうところ、全く変わっていないのね。

 
 夏の終わりは世界の終わり。

 初めて聞いたけれど、心に響く言葉ね。特に私たちには。

 私たちの世界が終わったのは、3年前の夏の終わりだったから。

 
 ただ、そのことで貴女にはいくつか確認があるの。

 言いにくいけれど、貴女の状態については理解しているつもりよ。

 ここまで仄めかしておいて卑怯かもしれないけれど、私には、貴女がすべてを知ることが正しいかどうかわからない。

 
 外に出られないということだけれど、手紙を送るだけでとてつもない進歩ではないのかしら。

 その調子でだんだんとよくなるわ。

 お母様は何ておっしゃっているのかしら。私もお世話になったし、意に反することはしたくないわ。

 そのうえで、という話であれば、お返事をもらえると嬉しいです。


 かしこ(これってどういう意味?)


 9月 10日

 絢瀬絵里』

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:49:47.10 ID:+NyjqKO10

『絵里へ


 思い切って挨拶を抜いてみました。この方がしっくりくるのではないでしょうか。

 「かしこ」というのは、女性が手紙の末尾に使う、相手に謙譲の意を伝える表現のようです。

 推測になってしまうのですが……かしこまりました、に近いものがあるのではないでしょうか。

 いずれにしても、私相手に使う必要はありませんよ。


 母についてですが、実は手紙を出したいと言った途端に泣かれてしまいました。

 好きなことを書いていいから、いつでも手紙を出しなさい、というのが母の台詞です。

 新聞やテレビは見せてもらえませんが(というより見ようとすると私が拒否反応を起こしてしまいます)友人相手ならいい、と。

 ですので、母については気にしなくても大丈夫だと思います。


 さて本題ですが、3年前のあの日、私たちに「何か」があったことは覚えています。

 しかし、何があったか。どうして私はこんなに怯えているのか。一番大事なところが、霧がかかったかのように思い出せないのです。

 
 あの日、私たちは皆で山に登っていました。

 その途中で、その「何か」が起こったのです。

 私は穂乃果と2人で先頭を歩いていました。これは何となく記憶にあるのですが。
 
 私たちは、だいたいこのようなことを話していた気がします。


 ――「海未ちゃん暑いよー……。穂乃果水筒のお水なくなった……」

 ――「一度にたくさん飲むからでしょう。あんまり飲みすぎては後に響きます。次の休憩場所まで我慢しましょう」

 ――「うぅ……。わかったよぅ。……あ、綺麗な蝶!」

 ――「え、どこですか?」

 ――「ぷはあ! 生き返ったあ!」

 ――「ああ、こらっ! 飲みましたね!?」


 この記憶は正しいのでしょうか。


 この20日程、勿忘草の栞が目に入るたびに、妙な動悸がします。

 それに、チーズケーキ。好物の饅頭と一緒に届くのですが、最近は食べるたびに心のどこかで引っ掛かりを覚えるのです。

 
 栞と、チーズケーキ。きっとこの2つが、私が忘れている「大事なこと」に関係しているのだと思います。
 
 
 今さら、と思われるかもしれませんが。

 私は、私がここにいる理由が、真実が知りたいのです。

 3年間も迷惑をかけ続けているのです。

 願わくば、もう一度、立ち上がりたいのです。



 9月 19日

 園田海未』



      *
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:51:07.40 ID:+NyjqKO10


      *




真姫「それで日本に飛び帰って来たってわけね、エリー」

赤色の髪を指に巻き付けながら、彼女は言った。

こういう癖は変わっていない。

私たちは駅前の喫茶店で、和栗パフェなんて秋らしいものをつついていた。


絵里「そうよ。私、どうすればいいのかしら。真姫は医学部でしょ? 知っているかと思って」

真姫「私が目指しているのは外科医よ。精神科医じゃないわ」

絵里「それでも、基礎は大学で教わっているでしょ?」

真姫「……まだ半年だけよ」

真姫は面白くなさそうに口を尖らせると、一転、真剣な顔で向き直ってきた。


真姫「エリー」

絵里「な、何かしら」

真姫「この話はもう、私たちの手が及ぶ範囲を超えているわ。プロに任せなさい」

絵里「でも……!」

真姫「納得できない?」

絵里「そうよ! だって、私たち仲間だったじゃない! あんなに一緒にアイドルをやっていたじゃない!」

真姫「途中までね」

絵里「それでも!」

真姫「ロシアに逃げた人が何を言うの? 私たちの絆は永遠だとでも言うつもり?」

絵里「……それは」

痛い言葉だった。私は卒業後、亜里沙を日本に置いてロシアに留学していた。

推薦の申し出を受けた理由に、「あの日」から逃げるため、がなかったと言えば嘘になる。


真姫「私たちは今、8人なのよ。9人じゃない。もう、音楽の女神じゃない」


絵里「……にこはどうしてるの」

そう言うと、真姫は苦虫を噛み潰したような顔をした。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:52:00.09 ID:+NyjqKO10


真姫「働いているわ」

絵里「病院で、でしょう」

真姫「ただの調理場のバイトよ。大学の学費のためでしょ」

絵里「違うわ。あの娘のためよ。貴女が医学部に進んだのだって」

真姫「……家のためよ」

絵里「嘘」

真姫「嘘じゃないわ」

髪の代わりに、真姫はマドラーを指で弄っている。

目は合わなかった。


絵里「にこだって諦めてなんかない」

真姫「もうあの日から3年も経つのよ。にこちゃんにも、諦めてって言ってるわ」

絵里「本人は何て?」

真姫「うるさい、ですって」

絵里「ああ……」

にこらしいと思った。

同時に、ロシアに行った自分のことをどう思っているだろうかと、少し怖くなった。


真姫「にこちゃんたちには会ってないの?」

絵里「まだよ。この後会う予定だけど……真姫も一緒に来る?」

真姫「……医学部はもう休みじゃないんだけど。まあ、今日はついて行ってもいいわ。にこちゃんに釘を刺さないといけないし」

また髪の毛を触りながら、真姫はそう言った。




      *
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:53:12.61 ID:+NyjqKO10


      *



にこ「この阿呆馬鹿エセロシア!!」

開口一番、にこに罵倒された。

私たちは別の喫茶店のテラス席に移動していた。

周りの客が何事だろうかと振り返る。


にこ「さっさと高飛びしておいて、今度はあの娘にあの日のことを伝えたいですって!? 冗談じゃないわ!」

絵里「……」

希「まあまあにこっち。えりちだって、何も逃げたってわけじゃないんよ」

にこ「あんたは絵里に甘すぎる! こいつは飛びついたのよ! 日本から抜け出して、私たちからも、あの日からも抜け出す選択肢に……! なのに今更そんなことっ!」

絵里「……ごめんなさい」

希「えりちは悪くない。悪くなんかないんよ。ウチだってにこっちだって、いつまでもこのままじゃいられない」

にこ「……」

希の言葉を聞いて、にこはぶすっと黙りこくった。

見かねて真姫が口を挟む。


真姫「エリーがやろうとしていることは、あの娘に真実を伝えるだけじゃない。私たちだって、知らなくてもいいことを知るかもしれないわ」

真姫「私たちが3年間も見ないようにしていた、薄暗い真実を見つけてしまうかもしれない。それは――」


真姫「それは、とても愚かなことよ」

絵里「……」

真姫「それでも?」

絵里「……ええ。手紙を読んで思ったの。私たちは忘れてはいけないのよ。あの日のことを、真実を知るまで」


絵里「だって、知りたいって、そう言ってたのよ」



「「「……」」」

8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/21(金) 18:53:40.10 ID:DR7/T0Wc0
クソSSやね
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:54:01.76 ID:+NyjqKO10


真姫「……はあ、何を言っても無駄ね。にこちゃんたちはどうするのよ」

にこ「……私は信じてる。海未のことも、ことりのことも」

絵里「……私だって」

希「えりち、ウチもできることがあれば――」

真姫「希、あなたは今年の夏から就活があるんじゃないの?」

希「ああ、うん……。インターンとか、いろいろやね……」

歯切れの悪い回答だった。


真姫「花陽の相談にしょっちゅう乗っているみたいだけど、自分のことは大丈夫なの」

希「うん……何とかするよ」

絵里「……希」

希「あはは、そんな心配そうな顔せんといてよ」


その時、希の顔はどんなだっただろうか。

きっと、ただ空虚な、がらんどうの顔だったのだと思う。





希「ただ、そうやなあ。ウチらが社会人って、信じられる?」


「「「……」」」


少しだけ冷えた風が私たちの服を揺らした。


希「どこに落っことしてきちゃったかなあ……」

小さく呟く希の声が、耳の奥の奥でこだました。

10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:55:02.55 ID:+NyjqKO10


にこ「絵里、あんた真実が知りたいって言ったわね」

絵里「ええ」

にこ「それは、好奇心?」

絵里「もちろん、違うわ。うまく言葉で説明できないけれど……」


絵里「そうね、希の言葉を借りるなら、私は『落っことしてきて』しまっていたのよ、私の何もかもを、あの日に」


真姫「……」

にこ「……そう」


にこ「……私、そろそろ病院のシフトだから」

絵里「にこ!」

にこ「何よ。言っておくけど、あんたの留学のこと、許したわけじゃないから」

絵里「ごめ――」

にこ「でもね」



にこ「戻ってきてくれて、よかった」


絵里「……え?」


にこ「上手くやんなさいよ」


にこはそのまま振り返らずに、空を見上げながら雑踏の中に姿を消した。




絵里「……」

希「さっきも言ってたやん。にこっちは、ずうっと信じてるんよ。いつかことりちゃんが目を覚ますって」

真姫「……馬鹿な人」

絵里「真姫、お願い。どうしたらいいか教えて」


真姫「エリーって、こんなに頑固だったかしら。全く、誰に似たのよ」




      *

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:56:06.78 ID:+NyjqKO10


      *


『園田海未様


 返事が遅くなってごめんなさい。実は私、日本に帰って来たのよ。

 向こうの学校は一年間の休学扱いにしてもらったの。そのゴタゴタでしばらく手紙を出せなくて。


 貴女の言いたいことはわかったわ。
 
 でも、一度に全部を教えてあげることはできないの。刺激が強すぎる、ですって。

 貴女が自分で思い出せるように、貴女の質問に答える形で少しずつ進めていくわね。

 きっとその方がいいわ。貴女しか知らないことだってあるはずだし。

 大丈夫よ。音ノ木坂の誇る最後の卒業生、それも未来の名医の言うことだもの。

 
 さて本題だけど、貴女の記憶はほとんど正しいわ。でも、少しだけ違うところがあるわね。

 まず、山に登ったのは本当。夏の終わり、夏休み最後の日、8月31日。

 ちょうど、貴女が最初の手紙を書いた日ね。

 言い出したのは海未だった。山登りと言えば海未よね。

 今だから言えるけれど、私たちはあんまり乗り気ではなかったのよ?

 まあ、それはもうどうでもいいわよね。


 麓まではバスで行って、そこから少し歩いて登り始めたわ。

 ハイキング程度と聞いていたのに、想像したよりきつくて驚いたわ。山登りって大変なのね。 

 貴女が先頭を歩いていたのは本当。でも、穂乃果と2人ではなかったはずよ。きっと、3人だったはず。

 よく見ていたわけではないけれど、会話が少し変だもの。


 まず、『――「お水なくなった」』

 これは穂乃果らしい一言ね。あの日、穂乃果は早々に自分の水を飲んでしまっていたから。

 でも、『――「ぷはあ! 生き返ったあ!」』

 これはおかしいわ。だって穂乃果は水を持っていないのよ。

 海未はたまにぼうっとしているけれど、カバンの中の水筒を取られたらさすがに気づくでしょ?

 穂乃果は誰から水をもらったのかしら。



 10月 12日

 絵里より』
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:57:08.73 ID:+NyjqKO10

『絵里へ


 お返事ありがとうございます。一月ほど経ったでしょうか。もう来ないかと思っていました。

 日本にいるとのこと、嬉しく思います。これからは返事も早くもらえますね。

 会いに行けない自分の不甲斐なさが情けありません。


 未来の名医……真姫ですね。

 彼女の言うことなら信頼できそうです。

 これからもお返事をいただければ幸いです。


 手紙を待つ間、あの日について毎日考えていました。

 やはり、私は先頭を2人で歩いていたような気がします。

  
 穂乃果の水については心当たりがあります。

 あの日、暑くなるとの予報を見た私は、食事と一緒に水を余分に詰めていたのです。

 穂乃果がすぐに水筒を空けてしまうことはわかっていましたからね。

 それを渡してあったのだったと思います。

 これでも十年以上の付き合いなのですよ。


 あの日のことをずっと考えていたので、少し別のことも思い出してきました。

 どうして3年後の今になって、こんなに思い出すのでしょうか。

 
 絵里たちはあの日、最後尾を歩いていましたね。

 時折、道が合っているか確認してくれていました。

 やはり3年生は頼りになります。

 こうして絵里が手紙読んでくれていることだって、どれだけ私の救いになっているか。


 だからこそ、怖く思うのです。

 私はなぜ、こんなに怯えて暮らしているのでしょうか。

 栞を見るたびに、自分で自分の目を潰してしまいたくなるのはなぜでしょうか。

 私は何をしてしまったのでしょうか。

 絵里、こうしてやり取りすることで、私は貴女との関係も壊してしまうのでしょうか。

 
 私は、怖いのです。



 10月 16日

 海未より』

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:58:36.12 ID:+NyjqKO10


『園田海未様


 貴女を不安に思わせてしまったこと、謝らないといけないわね。これからはできるだけ早く返事を出すわ。

 それと、私とどれだけ手紙をやり取りしようと、私と貴女の関係性が変わることはないわ。

 私にとってμ'sの皆は、いつだって最高の仲間なの。

 でもね、無理にとは言わない。


 最初の手紙でも書いたでしょう。

 私は全てを知ることが、正しいかどうかはわからない。


 でもね、知りたいと思った時には、きっと知るべきなのよ。


 だからまず、手紙に書かれていることだけには触れておかないとね。

 まず水の件だけれど、貴女たち幼馴染の力には、驚かされてばかりね。

 私からすれば羨ましいわ。

 
 私たち3年生の件は手紙の通りよ。希とにこと最後尾を歩いていたわ。

 けれど、私たちが特に頼りになるわけではないのではないかしら。

 褒めてもらえるのは嬉しいのだけれど、海未だって道の確認には加わっていたでしょう?


 それに、大切な幼馴染の体調を気遣って準備を怠らなかった貴女こそ、頼りになるわ。

 もっと自分に自信を持ってもいいんじゃないかしら。

 
 10月 21日

 絵里より』



      *

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 18:59:49.80 ID:+NyjqKO10


      *




街には早めの木枯らしが吹き始めていた。

2人は、駅でぼうっと手を繋いで立っていた。


凛「……絵里ちゃん」

花陽「帰って来てたんだね」

絵里「久しぶりね、凛、花陽」

凛「……」

花陽「うん、久しぶり……」


力なく笑う花陽は、少し痩せたようだった。目の下にも隈がある。

凛は髪を伸ばしていた。昔見せた快活さは鳴りを潜め、すっかり大人しい女性という風貌だった。


絵里「もう少し喜んでくれてもいいじゃないってのは、わがままかしら」

凛「……無理だよ、そんなの」

小雨のような声だった。



花陽「随分と急だったみたいだね」

絵里「……話すと長くなるんだけどね」

花陽「大まかには希ちゃんから聞いてるんだ……。ことりちゃんの件だよね」

絵里「むしろ、海未の件と言うべきね」

花陽「……そっか、まだ……」

凛「……海未ちゃん」

もぞもぞと落ち着かなさげに、凛は身を捩った。


絵里「いつか絶対会って話せるわ」

凛「……わかんないよ、そんなの」

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:00:44.77 ID:+NyjqKO10


凛「……ねえ」

凛「絵里ちゃんは何しに来たの?」

絵里「え、だから私は……」

凛「逃げてきたんだ」

私の言葉にかぶせるように、凛がそう言った。

鈍い黄色の光が、長くなった前髪から覗いている。


花陽「り、凛ちゃん」

絵里「凛、違うわ。逃げていたのは音ノ木坂を卒業するころの私、留学に飛びついた私よ」

凛「ううん、絵里ちゃんは逃げてきたんだ。ロシアから、日本に」

絵里「どういうこと? 私は真実を知りたいだけよ」

花陽「……真実」

絵里「だって、私たちは事故について何も知らないわ。倒れているあの娘を見つけただけ」

凛「ダメだよ、絵里ちゃん」

絵里「私は知りたいの。どうして事故が起こったのか。どうしてことりは眠ったままなのか」

凛「ダメだよ」

絵里「全てを知ったうえでなきゃ、救えないの」



凛「絵里ちゃんっ!!」

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:01:28.22 ID:+NyjqKO10


絵里「り、凛……?」

凛「ふー……っ、ふー……っ」

花陽「凛ちゃん、落ち着いて、ね?」

凛「ごめん……」

花陽「……ううん」


花陽「絵里ちゃん、にこちゃんにはもう会ったんだよね」

絵里「もう会ったわ。思いっきり怒鳴られたけれど。逃げてたくせにって」

花陽「そっか……」


それきり、私たちは何も話さなかった。

あの日のことを聞こうとして、凛の顔を見てやめた。


別れ際、凛が小さな声で呟いた。



凛「違う、違うよ絵里ちゃん。にこちゃんは間違ってる」


凛「絵里ちゃんは、そのままでよかったんだ。ロシアにいたままで、よかったんだよ」




      *

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:02:20.16 ID:+NyjqKO10


      *


From 絢瀬絵里

To 小泉花陽


花陽へ


こんにちは、絵里です。

この前会ったばかりなのにメールしてしまってごめんなさい。

あの頃は毎日メールやLINEを送り合っていたと思うと、寂しい話ではあるのだけれど。


メールしたのは、聞きたいことがあるからなの。

この前、花陽と凛と会ったじゃない?

あの時の凛の様子が気になって。


ねえ、花陽は何か知っていること、ない?



絵里より        10月25日
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:03:01.14 ID:+NyjqKO10


From 小泉花陽

To 絢瀬絵里


絵里ちゃん


メールありがとう。

大学の課題が残っていて、返信が遅れてごめんなさい。


ねえ絵里ちゃん、凛ちゃんに直接メール送ってないよね?

もし送っていたら、出来るだけ早く「何でもなかった」ってメールを打ってあげてください。


凛ちゃんが絵里ちゃんにああいう対応をしちゃったのは、少し事情があるからなんだけど、私からは話せません。


でも、海未ちゃんには関係ないよ。

だから、これ以上凛ちゃんにその話をしないであげて。

お願いします。


久しぶりのメールなのにこんなことを書いて、本当にごめんなさい。

私も凛ちゃんも、絵里ちゃんのことは、今でも大切に思っています。本当だよ。



花陽       10月27日

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:03:50.81 ID:+NyjqKO10


From 絢瀬絵里

To 小泉花陽


花陽へ


忙しい中、返信してくれて本当にありがとう。

凛が何か事情を抱えているってこと、わかったわ。

メールはもともと送っていないし、これからも下手に送らないようにする。


凛だって、頼れる仲間で、可愛い後輩だもの。

もちろん花陽だってそうよ。


そういえば、この前は結局話せなかったことがあるのよ。

希から聞いているかもしれないけれど、私は今、あの日のことを少しずつ手紙に書いているの。

でも、もう3年も前の話だし、私が覚えているのは事故が起こった後のことばかり。

警察とか、病院とか……そういうのね。印象が強かったもの。


暗い話ばかりでごめんなさい。

花陽は山に登っている時のことで、何か覚えていることはない?


お暇なときに返信ください。



絵里より      10月27日



      *

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:04:56.13 ID:+NyjqKO10

      *


『絵里へ

 
 貴女の自信を持ちなさいという言葉に、少し目が潤みました。

 せっかくそう言っていただけたので、多くを思い出してから返事を書こうとしたら、遅くなってしまいました。


 ですが、おかげで少しずつあの日のことを思い出してきています。

 絵里の手紙が私に力を与えてくれるのです。

 
 あの日、私たちは休憩を、午前に1回、昼食のために1回、夕方に1回取りました。

 最初の休憩は小川の近くでしたね。

 水に近い岩場は少し空気がひんやりしていて、過ごしやすかったのを覚えています。

 私ははしゃいでしまって、荷物を下ろしてすぐ、辺りの花の写真を撮りにその場を離れました。

 そういえば、買ったばかりのカメラの初期設定が分からずに恥をかいたことも思い出しました。


 きっと誰かが私に使い方を教えてくれたのだろうと思うのですが、誰だったか思い出せません。

 機械に強い、にこでしょうか。

 ああでも、にこは貴女や真姫と一緒に小川に足を浸して涼んでいましたね。

 では他の人なのでしょう。

 それに、肝心の花の写真を撮れたのかどうかもわかりません。



 いまだ穴の多い記憶ですが、少し進歩できたのではないでしょうか。

 このまま思い出していって、身体の震えも止まるといいのですが。

 家族や友人に早くお礼をしなければと思います。

 もちろん絵里にも。


 そういえば絵里、前回の手紙ですが、書いた日にちが絵里の誕生日ではありませんか?

 おめでとうございます。これで21歳ですね。

 お身体にお気をつけて。



 11月 2日

 園田海未』

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:05:28.39 ID:+NyjqKO10


From 高坂穂乃果

To 絢瀬絵里


絵里ちゃん


突然メールしてごめんね。

亜里沙ちゃんがうちに来て、しばらく前に絵里ちゃんが帰って来たって言ってたから。


こっちに顔出してくれないなんてひどいよ。ずっと会ってなかったのに。



穂乃果      11月2日




      *
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:06:30.67 ID:+NyjqKO10

      *




彼女は店先で簾を下ろしていた。

こつこつという足音に気が付くと、一瞬動きを止め、ふわりと身体をこちらへ向ける。


穂乃果「いらっしゃいませ! ……って、絵里ちゃんだ!」

絵里「久しぶりね、穂乃――」


穂乃果の顔を見て、私は一瞬息を止めた。

やつれた、という言葉だけでは言い表せない何かがあった。

頬がこけているからだろうか、髪を無造作にまとめているからだろうか。

それだけではない。それだけなら、私たちは大なり小なり同じだった。


覚悟はしていた。

穂乃果は誰よりも近くにいた。

私たちでは想像もつかないほどに深い絆で結ばれていた。


彼女たちは、3人で1つだった。


穂乃果「久しぶりだね!」

半透明に固まった糊のような笑みを浮かべて、穂乃果は割烹着を脱いだ。


絵里「ごめんなさい、来るのが遅れて」

穂乃果「私こそ、変なメール送ってごめんね! でも来てくれて嬉しいな」

絵里「……私も会えて嬉しいわ」

穂乃果「あ、ちょっと待っててね! まだ片づけが――」

絵里「穂乃果」

穂乃果「……何、絵里ちゃん」

絵里「やつれたわね」

結局、私はそう言った。


穂乃果「あ、あはは、そうかな。うちに来る人、皆そう言うんだ」

穂乃果「近所のおばさんなんて、ひどいんだよ。会うたび会うたび、食べてるかって」

絵里「心配にもなるわよ、今の貴女を見たら」




穂乃果「心配するだけなら、簡単だもんね」

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:07:50.45 ID:+NyjqKO10


絵里「ほ、穂乃っ……」

穂乃果「ぁ……」

穂乃果「ごめんね、またやっちゃった」

絵里「また、って……」

穂乃果「たまにね、こういうこと、言っちゃうんだ。いけないって思ってるんだけど、なんでだろうね」

穂乃果「皆、私の言葉を聞いて、来てくれなくなっちゃった。ダメだよね、私」

絵里「……仕方のないことよ。穂乃果は悪くない」

穂乃果「そっか、そうなのかな」

素っ気なくそう言って、穂乃果はまた店の片づけを始めた。


絵里「そういえば、雪穂ちゃんは……?」

穂乃果「元気だよ。海未ちゃんにお菓子を運ぶの、手伝ってくれてるんだ」

絵里「……」

穂乃果「知ってるでしょ? 海未ちゃん、ほむまん大好きなんだよ」

絵里「……穂乃果、あのね」

穂乃果「だからね、たまにお仕事終わった後に運んであげてるんだ。今日は雪穂の番」

穂乃果「海未ちゃんは運動できてないから、毎日はあげられないんだ。だから、たまーにね」


店の奥から足音が聞こえてきた。

穂乃果の母親が現れ、会釈をする。続いて、雪穂が小走りで飛び出してきた。


雪穂「お姉ちゃん? 今日の分……あ、え、絵里さん! その……お元気でしたか?」

絵里「なんとかね。雪穂ちゃんも、亜里沙が世話になってるわね」

雪穂「いえ、こちらこそ……」


雪穂「お姉ちゃん、今日の分これ? 持ってくね」

穂乃果「うん、ありがと」

雪穂「それとお母さんが、今夜は何がいい、だって」

穂乃果「なんでもいいよ」

雪穂「……そっか」


それだけ言って、雪穂はぺこりと頭を下げると、車に乗り込んでいった。

24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:08:45.55 ID:+NyjqKO10


絵里「……穂乃果」

穂乃果「なあに?」

絵里「ごめんなさい、来るのが遅れて」

穂乃果「あはは、絵里ちゃん、さっきも聞いたよ」

絵里「……ごめん、なさい」


穂乃果「……」

絵里「……」

穂乃果「じゃあ、さ。穂乃果のお願い、聞いてよ。ほんとはね、そのためにメールしたんだ」

絵里「え、ええ! 私にできることなら、なんでも――」



穂乃果「海未ちゃんを、そっとしておいてあげて。ロシアに、帰って」


絵里「……っ」


穂乃果「もう、いいじゃん」

絵里「それは……」

穂乃果「これ以上、どうしようもないよ」

絵里「穂乃果は、諦めたの?」

穂乃果「……」

穂乃果「そうだよ」

穂乃果「皆そうだよ。最初は手伝ってくれたけどさ。あとは心配だけ」


穂乃果「腫れ物を触るみたいっていうんだっけ、こういうの。笑っちゃうよね。腫れ物だよ? あんなに……あんなに可愛かったのにっ!」

だんだんと、穂乃果の語気が強くなっていた。

穂乃果「絵里ちゃんだって、もういいよ。そんなに頑張らなくても、いいんだよ」

穂乃果「私は海未ちゃんと一緒だから。大丈夫だから」
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:09:23.42 ID:+NyjqKO10


絵里「そんなわけ、ないじゃない」

穂乃果「ううん、大丈夫」

絵里「大丈夫なわけない」

穂乃果「大丈夫……っ!」

絵里「穂乃果っ!」

穂乃果「勝手なこと言わないでよっ!」

絵里「何度でも言うわよ! 貴女は大丈夫じゃない!」


絵里「日本にいなかったことは謝る! 逃げたことは謝る! でも、これからは……」

穂乃果「違うっ! 絵里ちゃんはそうじゃない! それじゃダメだよ!」

絵里「どうして!? 仲間を救いたいと思うのがそんなにダメなの!?」

穂乃果「ダメだよっ!」

絵里「……どうしてよ、穂乃果」


穂乃果「……」

26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/21(金) 19:10:24.17 ID:+NyjqKO10


穂乃果「……凛ちゃん」

絵里「凛?」


穂乃果「……絵里ちゃんが留学するって聞いたあとね、凛ちゃんと話したんだ」

絵里「……」

鈍く光る眼で睨み付けてきた凛の顔を思い出した。



穂乃果「よかったねって」

絵里「え……?」



穂乃果「絵里ちゃんだけはちゃんと選べたねって。あの日から離れて、あの日を忘れて、ちゃんと生きられる」

穂乃果「私たちは、皆あの日から進めてない。皆だよ。真姫ちゃんだって希ちゃんだって、口では違うって言うけど、あの日のことを気にしたまんま。でも、絵里ちゃんだけは夢を持てる」


穂乃果「よかった。全員ダメにはならなかった。絵里ちゃんだけは立ち上がった。だったら絵里ちゃんは、私たちと関わっちゃダメだ。もう、帰ってきちゃダメだったんだよ……っ!」


穂乃果「絵里ちゃんだけは幸せにならなきゃって、凛ちゃん、泣いてたんだよ」


絵里「そんなの……」

悲痛な声で叫んだ凛の声を思い返す。凛が、そんなことを。



穂乃果「ねえ絵里ちゃん、3年なんだよ。もう3年前なんだよ」


穂乃果「こんなところで、何をしてるの? 絵里ちゃんは違うよ。絵里ちゃんはここで終わる人じゃない」



絵里「……いいえ、穂乃果」


絵里「私にとって、μ'sは全てだったのよ」




      *

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