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千歌「私のぴっかぴか音頭・タイムトラベル」
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280 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:35:14.56 ID:smyUCZOA0
――――――――――#5「私とスクールアイドル」
281 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:35:57.09 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
目が覚めた。
ちゅんちゅんと鳥が鳴いている。
カーテンから漏れる陽の明かりが優しく部屋を照らす。
色とりどりの箱が目に入ってくる。
『千歌ちゃん誕生日会』
見慣れた筆跡のカードが床に落ちている。
私の部屋だった。私は床に転がっていた。
隣では、曜ちゃんと梨子ちゃんが行儀よく寝息を立てていた。
千歌「……」
窓の近くでは、ダイヤさんとルビィちゃんがもたれ合ってうとうとしている。
果南ちゃんと鞠莉さん、花丸ちゃんはベッドの上で狭そうにもぞもぞ動いていた。
善子ちゃんは何やら寝袋のようなものにくるまっている。
全員いる。
千歌「戻って、来た……?」
もう一度人数を数えた。
9人いる。
282 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:36:40.65 ID:smyUCZOA0
自信が持てなくて、しばらくぼうっとしていた。
何度数えても、9人だった。
千歌「戻って、きたっ!」
小さく、叫び声をあげた。
千歌「私、私、戻ってきた……!」
9人の世界に。
私の知っているAqoursがいる世界に。
こらえきれなくて、立ち上がった。
パジャマのまま、部屋の外に出る。
まだ明け方だった。
夏らしい暑さを感じながら、家の外に出る。
携帯の画面を見る。
「8月1日」
今日は、私の誕生日だった。
283 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:37:14.39 ID:smyUCZOA0
曜「千歌ちゃーん?」
梨子「もう、いっつも変な時間に起きるんだから……」
目をこすりながら、曜ちゃんと梨子ちゃんが歩いてきた。
曜「あ、千歌ちゃん」
梨子「どうしたの、こんな明け方に」
千歌「……」
言葉が出なかった。
この2人は、私の知ってる曜ちゃんと梨子ちゃん。
今まで出会った「2人」が頭に浮かぶ。
うん、わかってる。
消えちゃったんじゃない。
今までの「2人」の想いは、今目の前の2人に繋がっている。
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:38:00.47 ID:smyUCZOA0
千歌「曜、ちゃん……っ! 梨子ちゃん……っ」
曜「え、え? 千歌ちゃん?」
梨子「なんか、嫌な夢でも見た……?」
ぽろぽろと涙を流して抱き着く私を、2人は優しく受け止めてくれた。
千歌「やっと、戻ってきた! 今度は、もう不安にならないから」
千歌「『皆』に教えてもらったから! 私は、1人じゃないから!」
曜「千歌ちゃん……?」
千歌「私、皆と一緒に、進み続けるよ!」
千歌「頼りないかもしれないけどさ」
曜「……」
梨子「……」
2人は顔を見合わせて、可笑しそうに吹き出した。
曜「頼りないなんて、そんなことないよ。千歌ちゃんの歌詞、私は大好き!」
梨子「もう少し早く書いてくれてもいいとは思うけど、ね」
千歌「ええー」
わざと不機嫌そうな声を出す。
こんなやり取りも、久しぶりだった。
285 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:38:42.79 ID:smyUCZOA0
梨子「でも千歌ちゃんがこういうこと言うの、珍しいね」
千歌「そうかな?」
不思議そうな顔で、梨子ちゃんは私の顔を眺めた。
曜「確かに、どっちかって言うと私の方が多いかもね」
梨子「そうだよね……。だってさ――」
何となく、嫌な予感がした。
これ以上、聞いてはいけないような。
ずっと引っかかっていた痛みに気づいてしまうような、そんな気がした。
梨子「だって、Aqoursのリーダーは、曜ちゃんだもんね」
286 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:39:13.25 ID:smyUCZOA0
#6「私」
287 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:39:45.57 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
練習には、身が入らなかった。
練習開始の合図は曜ちゃんが出していた。
練習終了の合図も曜ちゃんが出していた。
メニューは曜ちゃんとダイヤさんが相談して決めていた。
全て、私がやっていたはずのことだった。
彷徨っていたのは、Aqours全員の夢の世界。
そして「ここ」は、私の夢の世界。
きっと、ずっとそうだったんだ。
これまで歩んできた世界でも、私はずっと夢の中だったんだ。
288 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:40:17.63 ID:smyUCZOA0
千歌「どうして気が付かなかったんだろう……」
1つ目の世界。私は梨子ちゃんと曜ちゃんとしか話さなかった。
2つ目と3つ目の世界では、ダイヤさんが部長をやっていた。練習はすべてダイヤさんが仕切っていた。
4つ目の世界。曜ちゃんが練習を仕切っていた。私はその間、善子ちゃんや花丸ちゃんに注意を向けていた。
曜ちゃんは、気を遣ってくれているのだと思い込んでいた。
5つ目の世界では、そもそも練習に出ていない。
何とか否定しようと思い返すも、気がつかなかった理由だけがボロボロと出てきてしまっていた。
289 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:41:13.25 ID:smyUCZOA0
千歌「私の『もしも』……」
内容は、考えるまでもなかった。
自分のことだから。
私が一番わかっているはずだった。
あの夏、私はリーダーであることに不安だった。
曜ちゃんだったらって、そう思ってた。
曜「千歌ちゃん、どうしたの?」
練習後、鞄をふりふり、曜ちゃんが顔を覗き込んでくる。
千歌「……」
曜「……千歌ちゃん?」
千歌「あ、ご、ごめんね。何だった?」
曜「……」
290 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:42:45.70 ID:smyUCZOA0
どうやったら、戻るんだろう。私は戻りたいのかな。
今までは簡単だった。
Aqoursの誰かが、夢の中にいた。
その誰かが夢から醒めれば、先に進めた。
けれど今回は違う。
夢の中にいるのは、私なんだ。
千歌「私は忘れてない。全部全部、覚えてる」
私はAqoursの一員だった。
「元の」世界の思い出だって、全部覚えている。
千歌「本当に、全部……?」
ううん、違う。私が覚えていない記憶があった。
「移動」するたびに見る景色。
既視感は抱く。けれど、記憶にはなかった。
曜「……千歌ちゃん!」
千歌「え……?」
曜「やっぱり、変だよ。今朝からずっとぼーっとしてさ」
千歌「ご、ごめん」
曜「何かあったなら、話してほしい。こんなでもさ、私リーダーだし。それに何より、千歌ちゃんの友達だから」
ずきりと胸が痛んだ。
291 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:43:45.07 ID:smyUCZOA0
――――
千歌「私、どうすればいいのかな」
ベッドに横たわり、天井を見上げる。
迷いながら、旅をしてきた。やっとここまで来た。
千歌「9人、揃ったんだよね」
千歌「もう、いいのかな。私がリーダーじゃなくても」
練習は、上手く行っているように見える。
曜ちゃんは、ダンスもうまいし、人気だし。
千歌「もう、いいよね。千歌、頑張ったんだもん。ここまで、来たんだもん」
千歌「Aqours、取り戻したんだもん」
『諦めないで。会いに来て』
『もう一度、走り出して』
いつか夢で聞いた言葉がよぎる。
千歌「ここまで、来たんだもん……っ! ちゃんと走り出したんだもん! もう、いいじゃん、これで、いいじゃん!」
歌詞ノートを取り出してみる。
私が知っている曲は、全て書いてあった。
千歌「Aqoursは、もうあるんだよ」
292 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:44:22.01 ID:smyUCZOA0
――――
練習にはやっぱり身が入らなかった。
皆は必死だった。
8月4日。もうすぐ予備予選だった。
Aqoursはもがいて、もがいて、何とか結果を残そうとしていた。廃校を止めようとしていた。
曜ちゃんは完璧なんかじゃなくて、たくさん悩み事を抱えていた。
それを少しずつ分け合いながら、Aqoursは心を通わせていた。
曜「皆が教えてくれたんだ。悔しいって。このままじゃ終われないって。この学校を、守りたいって」
東京での思い出があるから頑張れる。だから、想いを1つに。
曜ちゃんはそう言った。
293 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:46:06.88 ID:smyUCZOA0
皆が東京での思い出を口にするたびに、内浦の海を思い出した。
梨子ちゃんに抱きしめられながら、みっともなく声を上げて泣いた、あの時を思い出した。
皆が廃校の話をするたびに、屋上での夜を思い出した。
温かい光を放つランタンが空を満たした、あの震えるような夜を思い出した。
皆のおかげだと曜ちゃんが口にするたびに、Aqoursの皆の顔が浮かんだ。
この旅で出会った、「皆」の顔。それよりずっと前、一緒に浴衣を着た皆の顔を思い浮かべた。
そんな時、私はふらふらと、海辺で波を眺めるのだった。
千歌「これで、いいんだよ」
チリチリと胸が痛かった。
千歌「皆、頑張ってるじゃん。Aqoursは、輝きかけてる。輝ける。私だって、ここなら、9人でなら――」
曜「……」
294 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:46:49.41 ID:smyUCZOA0
――――
8月8日、夜。
私はまた、海を眺めていた。
細い月が夜空をぼんやりと照らしている。
ぽつりぽつりと瞬く星が、海の黒いうねりに呑み込まれる。
もわりとした風が吹く。
潮の香が漂ってくる。
千歌「……」
明日からは、忘れよう。
だって、予備予選があるんだ。
それが上手く行ったら、盆踊りだって、地方予選だって。
何も、変わらない。私の記憶と、何も変わらない。
Aqoursは9人。
皆が私を助けてくれる。
誕生日会だって開いてくれる。
これ以上、何があるんだろう。これ以上、何を望むんだろう。
曜「……千歌ちゃん」
ざざっと、砂を踏む音がした。
295 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:47:27.67 ID:smyUCZOA0
曜「毎晩、ここにいるね」
千歌「曜ちゃん」
曜ちゃんが潮風に吹かれて髪をなびかせている。
表情は暗くてよく見えなかった。
曜「どうしてここにいるの?」
千歌「……どうしてだろうね」
ぼんやりと答えた私に、曜ちゃんは何も言わなかった。
代わりに私の隣に腰を下ろした。
千歌「砂、ついちゃうよ」
曜「いいの」
千歌「……」
曜「……」
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:48:14.73 ID:smyUCZOA0
曜「千歌ちゃん、今何考えてるの?」
千歌「うーん、曜ちゃんは、すごいなって」
曜「……そんなことないと思うけど」
千歌「そんなことあるよ。水泳だって上手いし、衣装づくりだっていつもすごいし。おまけに――」
千歌「おまけに、Aqoursのリーダーだし」
曜「……」
曜「千歌ちゃんはさ、どうしてここにいるの?」
千歌「え?」
曜ちゃんは、同じ質問を繰り返した。
曜「どうして、ここで立ち止まっているの?」
千歌「曜ちゃん……?」
曜「行かなきゃいけないところが、あるんじゃないの?」
千歌「どうして、どうしてそんなこと……」
一言だって、話していないはずなのに。
何も口にしていないはずなのに。
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:49:03.71 ID:smyUCZOA0
曜「私もさ、よくはわからないんだけど……」
困ったように頭を掻きながら、曜ちゃんはしばらく下を向いていた。
曜「私と千歌ちゃん、春にさ、喧嘩したっけ?」
千歌「……してない、と思う」
していないはずだった。
この世界では曜ちゃんと私は喧嘩をしていないはずだった。
曜「……だよね」
曜「でもさ、なんかした気がするんだ」
千歌「……!」
曜「最近さ、変な気分なんだ」
曜「千歌ちゃんがずっと苦しんでるような気がしてさ」
曜「どこかに行きたい行きたいって、ずっともがいて……。周りには言わないんだけどさ、ここじゃないどこかに、行きたいって」
曜「私はそんな千歌ちゃんとさ、喧嘩したり、言いあったり、千歌ちゃんがつらそうなのを、横で見ていたり」
298 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:49:43.74 ID:smyUCZOA0
曜「……もう1回聞くね」
曜「千歌ちゃんは、どうしてここにいるの? どうして、ここで海を眺めているの?」
どうしてここにいるんだろう。
答えを辿ろうと手を伸ばす。
もっと前に。もっと過去に。私の、最初の場所に。
千歌「……私ね、μ'sに憧れたんだ……」
曜「うん」
千歌「……それでね、スクールアイドル、始めたんだ」
私は、どうしてここにいるんだろう。
きっとその始まりは、そこだから。
299 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:50:24.66 ID:smyUCZOA0
千歌「千歌はおバカで、頼りないんだけど、曜ちゃんが助けてくれるんだ」
千歌「梨子ちゃんも、花丸ちゃんも、ルビィちゃんも、善子ちゃんも」
千歌「果南ちゃんも、ダイヤさんも、鞠莉さんも、助けてくれるんだ」
曜「……」
曜ちゃんは、黙って耳を傾けていた。
千歌「たくさん失敗だってしてさ、悔しくて、叫びだしたくて、それでも必死でもがいて」
千歌「先のことが不安で、どうしようって思って」
それで、気が付いたら「4月」にいた。
千歌「それからだって、同じだよ。必死で立ち上がろうってもがいたんだ。Aqoursを、取り戻したくて」
千歌「そのたびに、また皆が助けてくれたんだ」
曜「……Aqoursは、取り戻せた?」
300 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:51:01.37 ID:smyUCZOA0
千歌「……うん、取り戻したよ」
曜「ほんとに?」
千歌「……」
曜「本当に、取り戻した? 『千歌ちゃん』は、全部取り戻したの?」
千歌「……っ」
息ができなかった。
何かがお腹からせぐりあがって、私の胸を詰まらせていた。
私は、全部取り戻したんだろうか。
私の知ってるAqoursを、全部、全部。
「皆」にもらった言葉が、頭の中に響く。
皆で踊って歌った曲が、歌詞が響いてくる。
歌っている皆の声が、踊っている皆の表情が浮かんでくる。
それだけじゃない。
歌っている時の想いが、踊っている時の想いが、皆と一緒にいるときの想いがぷくぷくと泡のように浮かんでは消えた。
全部、取り戻したんだろうか。
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:51:44.62 ID:smyUCZOA0
千歌「……違う、違うっ! 取り戻してなんか、ない……っ!」
千歌「私が、憧れたんだ…っ! 私が、スクールアイドルを始めたんだ……!」
千歌「私が、輝きたかったんだ! 私が、学校を守りたいって思ったんだ……!」
千歌「私が、悔しかったんだっ! 私が、苦しかったんだ……っ!」
堪えきれずに、立ち上がって叫ぶ。
胸の中で膨らんだ想いのあぶくが、次々と弾けていく。
ぼうぼうと燃え盛るような熱が、私の胃を、肺を、喉を、焼き尽くしていく。
頬を熱いものが伝った。
302 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:52:32.20 ID:smyUCZOA0
千歌「私が、不安だったんだ! 私が、それでももう一度って思ったんだ……っ!」
千歌「私が『皆』と出会ったんだっ! 私が、大事なこと、教えてもらったんだ……っ!」
千歌「私が、帰りたいって思ったんだっ! ずっとずっと、私が選んできたんだっ!」
千歌「全部全部、私なんだ……っ! 私の想いなんだ……っ!」
千歌「私が、『私』がっ!!」
絞り出すように、ねじ切るように、叫んだ。
千歌「私が、Aqoursのリーダーなんだ……っ!!」
曜「……やっと、言えたね」
303 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:53:21.36 ID:smyUCZOA0
そっと、曜ちゃんは私を抱きしめた。
夜の海が、眩い光に包まれていく。
煌々と辺りを照らす光は、私の胸から広がっていた。
眩暈と、体中を巡る熱で、くらくらと視界が歪む。
曜「千歌ちゃん」
曜「それが、千歌ちゃんだよ」
曜「私は、ううん、私たちは――」
曜「いつでも、どこでも、何があっても、千歌ちゃんのこと、信じてるから」
曜ちゃんの腕が白く光っている。
海が白く光っている。
世界が、白く光っている。
そして、私の意識は―――
―――――――
―――――
―――
304 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:54:03.74 ID:smyUCZOA0
『諦めないで、会いに来て――』
305 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/20(火) 04:57:03.84 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
白かった。
床も、空も、周りの景色も、全てが真っ白だった。
『やっと来たね』
どこかから、声が響いてきた。
千歌「……ここ、は……?」
『うーん、私もよくわかんないんだ。ほら、千歌バカだから』
千歌「私の、声……?」
『そうだよ。私、高海千歌』
千歌「私、どうなったの?」
『もうすぐ、帰れるよ。旅が終わるよ』
私の声は、そう言った。
千歌「そう、なの……?」
306 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/20(火) 04:58:29.94 ID:smyUCZOA0
あの日。あの盆踊りの日から始まった旅。
「過去を想う日」
そう言いながら踊った日だった。
『色んな条件が重なっちゃったんだ』
『まず、私――ううん、あなたたちは、船に乗った』
ギイギイ揺れる船の上を思い出す。
『手紙を送った。ランタンにして、たくさん、たくさん……。それが、道になった』
淡島はオレンジ色に包まれていた。柔らかい光だった。
私たちは、そのランタンに過去への手紙を書いた。
『思い浮かべた。もしもこうだったら……。過去を、想った』
もしもの夢。9人分の夢を、私は見てきた。
『そして何より、お盆だった。過去との橋が架かる日だった。道と、乗り物と、想いと……。全部揃えたあなたたちは、過去へ飛んだ』
307 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 04:59:17.96 ID:smyUCZOA0
千歌「ちょ、ちょっと待って、『私たち』ってことは、皆も……!」
『そうだよ。千歌だけじゃない。皆も違う過去に飛んだ。それぞれ迷って選んで、たどり着いた』
「私」が一番遅かったみたいだけど。
私の声が可笑しそうに笑った。
千歌「そう、だったんだ……」
千歌「どうしてそんなに詳しいの? あなたは、私なんだよね」
『そうだよ、私は高海千歌。詳しいのはね、私だったから。全ての始まりは、私で、あなただったから』
千歌「どういう、こと……?」
308 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:00:14.34 ID:smyUCZOA0
『7月15日、私はあなたのところに行った』
千歌「7月、15日……?」
千歌「それって志満姉が言ってた……」
『そう、7月盆。もう1つのお盆なんだって。詳しいことはわかんないけど』
千歌「その時……」
『覚えてるんじゃないかな。「元の」7月15日、あなたが何をしたか』
千歌「私は……」
7月15日。私は、不安だった。
東京でのライブがあったばかりだった。
悔しい思いをして、海の中で泣いたばかりだった。
自信を無くしていた。
千歌「私は、ナスとか、キュウリとかを並べて……」
『そう、精霊馬に、あなたは願った。曜ちゃんがリーダーだったら、上手く行ったのかな。そう願った』
309 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:01:16.19 ID:smyUCZOA0
『だから、私が来たんだ。私は、過去のあなた。あなたが選ばなかった、高海千歌。精霊馬に乗って、私はあなたと一緒になった』
千歌「私と、一緒に……?」
『そうだよ。私は、あなたの中からあなたを見ていた。あなたの願いも、逃げ出したい不安も、全部わかった』
『だから、揃えたんだ。手紙も、想いも。Aqoursの皆に提案までして、過去に戻れるように』
千歌「Aqoursの皆に、提案……。ひょっとして、あの夢の……!」
『そうだよ。あれは、私がやったんだ。あなたはその間、私と交代して眠っていた。だからあんまり覚えてないみたい』
千歌「そういえば、あの時期、たまに気がついたらぼうっとしてた……」
『まさか、あんなにぐちゃぐちゃになるなんて、Aqoursがなくなるなんて、思ってなかった。焦って、ちょっとした言葉しか残せなくて……』
千歌「会いに来て、って……」
『うん、でも、会いに来てくれた』
千歌「……」
310 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:02:05.36 ID:smyUCZOA0
『あなたは、選べるよ』
千歌「え?」
『ここから進むか、ここから戻るか。リーダーだって、辞められるよ。責任だって、負わなくていいんだよ』
『「私」は、どうするの?』
千歌「……」
千歌「梨子ちゃんが、教えてくれたんだ」
『梨子ちゃんが?』
千歌「私は、Aqoursのこと、大好きなんだって」
千歌「曜ちゃんが約束してくれたんだ。いつでもどこでも、絶対待ってるって」
千歌「ダイヤさんが背中を押してくれたんだ。諦めないで、選び続けなさいって」
千歌「ルビィちゃんが励ましてくれたんだ。大好きだったら大丈夫って」
311 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:03:22.89 ID:smyUCZOA0
千歌「善子ちゃんが気づかせてくれたんだ。無駄なことなんかないんだって」
千歌「花丸ちゃんが見せてくれたんだ。その先に奇跡があるんだって」
千歌「鞠莉さんが叱ってくれたんだ。スクールアイドルを信じるんだって」
千歌「果南ちゃんと一緒に考えたんだ。不安も、怖さも……全部全部抱きしめて、先に進んでいけるんだって」
千歌「私は、気づいたんだ。今までの私が……今までの想いが、経験が、過去が、全部全部積み重なって、私になるんだって」
千歌「どれか1つでも欠けたら、私じゃないんだよ」
千歌「そんな私を、皆は信じてくれてるんだ」
『……そっか。見つかったんだね』
千歌「うん、私、先に進むよ」
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:09:32.44 ID:smyUCZOA0
『うん、千歌は――あなたは、先に進んでいける』
千歌「あなたは、どうなるの? これまでの世界の千歌は、どうなるの?」
『私は、たくさんの私たちは、また戻るよ。これまで通り、私の世界で過ごしていくんだ』
『でもね、私たちの想いは、あなたの一部になる。あなたが残した想いは、私たちの一部になる』
『全部の想いが混ざり合って、私になるんだよ』
千歌「私、全部背負っていけるかな」
『大丈夫。あなたはもう、皆から受け取ってるよ』
千歌「え?」
『旅の途中で、もらったはずだよ。8人分の、入部届を』
『あなたはずっと埋めてきたはずだよ、自分の、Aqoursの、歌詞ノートを』
何もない真っ白な空間から、みかん色のノートがゆっくり落ちてくる。
その周りを踊るように、8枚の小さな紙がひらりひらりと舞っている。
313 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:10:43.40 ID:smyUCZOA0
ノートを受け取る。
表紙には、Aqoursと書いてあった。ページをぺらぺらとめくって、また閉じる。
裏表紙には「高海千歌」
――私の名前。
『想いを乗せて、歌詞を書いて、日々を積み重ねて……そうやってページをめくった先には、あなたがいるから』
『皆が悩んで選んだ想いが、入部届には詰まっているから』
『それがあれば、大丈夫』
『それは、あなたの、皆の、大切な――――未来へのチケットだから』
千歌「未来への、チケット……」
『願って。Aqoursの想いに』
千歌「うん」
千歌「私、皆の所へ帰りたい。皆と、未来へ進みたい」
―――――――
―――――
―――
314 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:11:13.44 ID:smyUCZOA0
―――――
―――
315 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:12:50.65 ID:smyUCZOA0
◇―――――◇
8月15日、桟橋の上、日は既に傾きかけ。
予報通り熱帯夜を迎えつつある内浦の海を、熱を孕んだ空気がもやりと包んでいた。
梨子「……なんだか、不思議な気分」
浴衣を着た梨子ちゃんがぼそりと呟いた。
曜「ほんとだよね。とんでもないことに、巻き込まれてさ」
ルビィ「だ、だだ大丈夫だよね、また飛ばされたりしないよね」
千歌「……大丈夫。私たちは、もう大丈夫」
果南「おーい、そろそろ船が出るよー!」
鞠莉「もう、果南ったらまた帯が曲がってるわよ」
全員が目を覚ました時、私たちは浴衣を着たまま、お祭り会場の控室で肩を寄せ合って眠っていた。
時計を見た誰かが大声を上げた。
私たちはお互いの旅の経験も話し合えないまま、慌てて船に乗り込んだ。
でも大丈夫。これから、いくらだって時間がある。
私たちは9人一緒に、未来に向かって進んでいくんだから。
316 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:13:35.29 ID:smyUCZOA0
千歌「ねえ!」
曜「どうしたの、千歌ちゃん?」
千歌「今日が終わったらさ、歌詞を作ろうよ! 次の曲は、皆でさ!」
花丸「皆で、歌詞……楽しそうずら!」
ルビィ「わあ……! 今からわくわくするね!」
善子「ククク……ッ、このヨハネの刻を超えた黙示録が聞きたいって、そういうことね!」
梨子「それは少し違うと思うけど……」
ダイヤ「ええ、でも、いい案ですわね。わたくしたちの、再出発ですわ!」
千歌「ね、でしょでしょ!」
きゃあきゃあと騒ぎながら船に乗る。
私たちを、過去に連れて行った船。
今度は、未来へ。
皆、悩みながらここへ辿り着いたんだ。
私たち、これからなんだ。
千歌「もう、迷わない!」
全部全部抱きしめて、新しい世界へ出発するんだ。
317 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:14:10.91 ID:smyUCZOA0
果南「ふふっ、それも楽しみだけどさ、今日は、まず……」
鞠莉「Yes! 前は途中でくらっとしちゃったけど……盆踊り、楽しむわよ!」
にこにこと笑顔で、私たちは配置につく。
私は先頭で提灯を掲げる。
「「「あっちから こっちから よっといで―――」」」
くるりと回る。
8人分の笑顔が目に入る。
「皆」はどうしてるかな。
それぞれの時間を過ごしているのかな。
それとも、盆踊りに誘われて、見に来てくれているのかな。
318 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:16:39.49 ID:smyUCZOA0
蝶が飛んでいた。
ひらひらと、楽しそうに飛んでいた。
私、帰ってきたよ。
大切な世界に。大切な皆の隣に。
「「「あっちから こっちから よっといで―――」」」
ふわふわと上下に揺れるランタンの灯りの中、私たちの船が出た。
不思議な旅だった。甘くて苦い旅だった。
きっと、ずっとそうなんだろう。
これから味わうこと全部、甘くて苦いんだろう。それでも。
それでも、私たちは感じたもの全部を胸に抱いて、少しずつ少しずつ、歩んでいく。
これは、そんな旅だったんだ。
私のぴっかぴか音頭・タイムトラベル。
―――私が私に出会った物語。
End
319 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:17:30.69 ID:smyUCZOA0
おわりです。長々とお目汚し失礼しました。
320 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 05:18:49.05 ID:smyUCZOA0
以下過去作です。
ダイヤ「あ、この写真…。」
曜「見て!イルカの真似ー!」
花丸「今日も練習疲れたなあ…。」
梨子「ほ、本当にこのメンバーなの…?」
果南「これだから金持ちは……」
鞠莉「果南が…」千歌「戻ってこない…?」
321 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 11:44:08.65 ID:hUgahH4KO
おつおつ〜
感動したよ
322 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 11:45:26.66 ID:daJQN0MyO
おつ
だーっと読んだから帰ってからもう一回読むわ
323 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 11:55:23.99 ID:Dpbg3RwA0
乙乙
久しく読みごたえのあるSSに出逢えた、感謝する。
324 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/20(火) 12:07:39.52 ID:W2/RqEGY0
長けりゃバカみたいに持ち上げられるな
ウザイわ
325 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 16:46:05.97 ID:H8y6/U4p0
面白かった
他メンバー視点の攻略も気になるな
誰視点が一番高難易度だったんだろう
326 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/21(水) 05:34:58.18 ID:XTS2P8dZo
乙
すごい力作だった
327 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/22(木) 20:12:23.90 ID:+OfO5beZ0
冒頭の船で踊るシーンはすでに一度改変られた曜ちゃんリーダーの世界て、最後は直接に最初の世界の8月ヘ飛ばされた…ってこと?
こまけえこと抜きで今回も面白かった乙。
それぞれのもしもは着眼点が良くて、ギャップを見せながらもちゃんとキャラに沿っててみんなかわいい。ダイヤ部長の安心感好き。
328 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/03/24(火) 07:08:22.30 ID:joL8Xqgk0
♪
329 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/03/25(水) 06:23:57.83 ID:lKbhwlCp0
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