千歌「私のぴっかぴか音頭・タイムトラベル」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:06:00.93 ID:smyUCZOA0
サンシャイン長編
地の文あり


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1497888360
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:06:54.86 ID:smyUCZOA0


千歌「みんな! そろそろ準備できた?」

曜「ばっちりであります!」

浴衣姿の曜ちゃんがびしっと敬礼を返してくれた。

8月15日、桟橋の上、日は既に傾きかけ。

予報通り熱帯夜を迎えつつある内浦の海を、熱を孕んだ空気がもやりと包んでいた。


果南「ほらほら、早く船に乗ってよー」

善子「クク……! 箱舟の主は、この堕天使ヨハネよ……」

花丸「船は果南さんのおじいちゃんのだよ」

お決まりの雑談を交わしながら船に乗り込む。


鞠莉「hmm...」

果南ちゃんの帯を締めなおしながら、不意に鞠莉さんが呟いた。

鞠莉「なんだか変な感じね。やっぱりお盆は慣れないわ」

果南「そう? ずっとこうだからわかんないや」

鞠莉「にぎやかなのに、sentimentalっていうか……」

ルビィ「過去を想う日、でしたっけ」

梨子「千歌ちゃんによればね。ちょっとロマンチック……。ふふっ、千歌ちゃんっぽくはないかも」

千歌「ちょっと、失礼だよー!」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:07:33.42 ID:smyUCZOA0


Aqoursに盆踊りに出てほしい。

地区予選出場が決まった直後、そう頼まれた。

もともと盆踊り風の曲を作りかけていただけに、二つ返事で了承した。

「過去を想う日」

それが今回のコンセプトだった。

私が提案したらしいという話に胸を張ったが、実はよく覚えていない。

練習に、ラブライブに、歌詞に、ちょっぴり夏休みの宿題なんかやってみたり。

忙しい生活のせいか、気がついたらぼうっとしていることが増えていた。

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:08:15.08 ID:smyUCZOA0


花丸「マルは素敵だと思うずら。ご先祖様と関わるお盆らしさもあって……」

ダイヤ「ええ。これまでのことを、つい思い返してしまいますわ」

梨子「私は、今ここにいることを不思議に思うかな。昔の私が知っても絶対信じないよ」

梨子「やっぱり、考えちゃうな。もしも、こうだったらって」

ルビィ「ルビィたちが9人一緒にいるの、すごい確率だったのかな……?」

千歌「そうだよ、奇跡だよ!」

善子「もう、千歌さんはそればっかりね」

曜「すっかり口癖だもんね」

千歌「え、そうかなー…?」

皆が静かに笑う。私も笑って、配置につく。

そういえば、船の上で踊るなんて無茶な案が実現したのも、鞠莉さんと果南ちゃんがいたからこそだった。

このメンバーで、この場所で。本当に奇跡だ。

地方予選だって、この9人なら、きっと。


――本当に、そうなのかな。

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:08:47.31 ID:smyUCZOA0


ドンドンと太鼓の重い音がした。

船の先頭で、提灯を掲げて目を閉じる。


千歌「……」


私は梨子ちゃんの言葉を胸の中で反芻していた。

Aqoursの皆の顔を想うたびに、妙な気分になった。

くすぐったいような、縮み込むような、浮いていくような、沈んでいくような。

嬉しいような、恥ずかしいような、そして、不安なような。


そうだ、私はこの時、不安だった。


太鼓が鳴り続けている。

数拍、心で数えた後に目を開ける。



「「「あっちから こっちから よっといで――――」」」



ギイギイ揺れる船の上、控えめに袖を振る。

ぽつりぽつりと、海がランタンの光で埋まっていった。

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:09:24.02 ID:smyUCZOA0


海から見る淡島の岸は、海上の明かりと屋台の電飾で輪郭がぼやけて見えた。

私たちは曲に合わせて足を運ぶ。



「「「あっちから こっちから よっといで――――」」」



くるくると回るたび、暖かいオレンジ色の光が尾を引いた。

曜ちゃんと目が合った。

にこりと笑いかけてくれた。

私は妙な気分を抱えたまま、また回った。

蝶が飛んでいた。

私の持つ提灯の近くを、ひらりひらりと舞っている。

思わず目で軌跡を追おうとして、今度は梨子ちゃんと目が合った。

集中しなさいと目が言っている。

なぜか心がざわついた。

また梨子ちゃんの言葉が頭をよぎった。


――2人は、どうしてここにいるんだろう。

もし、2人が。ううん、皆が。

もし、もし―――
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:09:57.25 ID:smyUCZOA0


唐突に、ぐにゃりと不気味な音を立てて視界が歪んだ。


千歌「あ、れ……?」


強烈な眩暈に襲われる。

明るいオレンジ色だった視界が痛々しい白に染まる。


千歌「う……くぅ……っ!」


手から提灯が落ちる。

足が空を切る。


千歌「ぇ……! や、やだ、助け――…!」


皆の声も、太鼓の音も、だんだんと聞こえなくなっていく。

船も、光も、夜の海も、すべてが白く溶けていく。



千歌「ぁ……」


浮遊感に目をつむり、いっそう強い眩暈に意識を失いかけて――

8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:10:42.62 ID:smyUCZOA0

そしてまた目を開けた。


千歌「ほぇ……?」


最初に目に入ったのは、くすんだ白だった。

ところどころに染みがあるが、やけに見覚えがある。


千歌「ここ、は……?」

私は何か柔らかいものに包まれていた。

先ほどまで私を襲っていた浮遊感は、もう消えていた。

太鼓の音は聞こえず、代わりにカチコチと時計の針の動く音が響く。


千歌「あれ、ここ……!?」


身を起こすと、赤い甲殻類のぬいぐるみがこちらを見つめ返していた。



まぎれもなく、私は私の部屋にいた。

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:11:43.85 ID:smyUCZOA0

#1「私とAqours」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:12:26.38 ID:smyUCZOA0


◇―――――◇


千歌「え、えええ、な、なんで!? 私たち、船の上で……!」

あたふたと布団をめくる。ぬいぐるみは床に転がった。

千歌「私の部屋、だよね……でも、なんか、変……」

少しずつ意識がはっきりしてくるにつれ、私は言いようのない違和感を抱き始めていた。

昨日まで寝ていた自分の部屋。それなのに自分の部屋ではないような。


千歌「あれ、千歌、長袖だ……」

自分の着ている服も妙だった。衣替えなど、とっくの昔に終わっているはずだった。

千歌「お母さん、わざわざ出したのかな……」

私はどうなったんだろう。

船の上で踊っていて、急に眩暈がして、あのまま倒れたんだろうか。

それで家に運ばれて、パジャマも着せられて。


千歌「いやいや、それなら病院だよね」

千歌「うーん……とりあえず、誰かいないかな」

裸足のまま部屋の扉を開けて、廊下に出た。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:13:05.46 ID:smyUCZOA0


廊下は最近にしてはひんやりしていた。

ぺたぺたと歩いていると、黒いスーツを着た美渡姉がいた。

変だ。最近はクールビズだとかで、ジャケットは脱いでいるのに。

美渡「おー、寝坊助。早く降りていかないと遅刻するぞー」

千歌「え……?」

美渡「あ? あんた今何時か分かってないの? ほら早く顔洗って! 新年度だからって曜ちゃんと待ち合わせしてるんでしょ!」

千歌「え、ど、どういう……。曜ちゃん?」

美渡「は…? 昨日あんたが言ってたんじゃん。2年生最初の日は曜ちゃんと登校するんだーって、嬉しそうに」

千歌「新、年度……?」

千歌「い、いや、いやいやいや、盆踊りは? 私どうなったの!?」

美渡「千歌、何言ってんの……?」

美渡姉は訝しげな目を私に向けた。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:13:56.75 ID:smyUCZOA0


志満「あら千歌ちゃん、やっと起きたのね」

階段を上ってきた志満姉も、新学期がどうとか、曜ちゃんがどうとか声をかけてきた。


美渡「志満姉、千歌がおかしい。いや、いつも変だけど、なんというか……」

志満「え? 大丈夫? 熱があったり……」

ぴとっと志満姉が私の額に手を当てる。


志満「おかしいわね、熱はないみたいだけど……」

千歌「志満姉! 私どうなったの? ほら、志満姉たちも盆踊りの会場いたよね?」

志満「……盆踊り?」

千歌「ほら、この前言ったじゃん! 盆踊りに私たちが出るよって! Aqoursの皆で踊るって!」

志満「ええ……?」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:14:24.36 ID:smyUCZOA0

あまりにも話が通じない。

美渡姉にはからかわれているのかと思ったが、志満姉はいたって真剣そうだ。

何かがおかしいという思いで、徐々に鼓動が速くなっていた。


千歌「ねえ、志満姉!」

つい大きな声を出してしまう。

志満姉は少し黙り込んだ後、遠慮がちに口を開いた。






志満「あー、千歌ちゃん? 今日、まだ4月よ?」

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:15:13.76 ID:smyUCZOA0


◇―――――◇


曜「ねえ千歌ちゃん、2年生になってもよろしくね!」

鞄をふりふり、曜ちゃんが笑いかけてくる。

千歌「う、うん……」

曜「……」

曜「……一緒のクラスだといいね! って、私たちの学年は1クラスしかないか、たはは!」

千歌「…あは、はは……」

曜「……」

曜「千歌ちゃーん……さっきの話、やっぱり気になるの? その『あくあ』がどうとかってやつ」

千歌「……っ」

曜ちゃんの何気ない言葉に、ざらりとした感情が胸を撫でる。

結局、美渡姉と志満姉の言う通り、8時ごろに曜ちゃんが迎えに来た。

新学期だから一緒に行こう、そう約束したのは私からだったそうだ。


曜ちゃんが来る頃には、私は携帯の画面も、テレビのニュースも新聞も、全部チェックし終わっていた。

そのどれもが、今日は4月8日であると言っていた。

どうやら私は、今日から2年生になるらしかった。

そして何よりも、曜ちゃんは何も覚えていなかった。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/20(火) 01:15:30.09 ID:fb+6PDJl0
つまんなそうだな
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:16:08.19 ID:smyUCZOA0


千歌「ねえ曜ちゃん、ほんとに何も知らない? Aqoursだけじゃなくて、盆踊りとか……」

曜「盆踊り? 去年一緒に行ったやつ?」

千歌「そうじゃなくて、ほら、サンシャインぴっかぴか音頭を……」

曜「な、なんか変な名前だね。誰が考えたの?」

千歌「誰って……! 誰って、Aqoursの皆だよ! 皆でこれがいいって、決めたじゃんっ!」

急に声を荒げた私に、曜ちゃんはびっくりしたようだった。


曜「え、え、ごめん千歌ちゃん。嫌なこと言っちゃったなら、謝る……」

しゅんと俯いたあと、曜ちゃんは小さく声を出した。

曜「その、『あくあ』についても、私全然わからなくて……。でも、千歌ちゃんが真剣なのわかるから、ごめん……」

千歌「曜ちゃん……」

曜ちゃんは本当に申し訳なさそうだ。

追求したい気持ちをぐっと飲み込んで耐える。


曜「『あくあ』、『あくあ』かあ……」

千歌「……っ…」

ぴんと来ていない曜ちゃんに、無性に腹が立った。

その『あくあ』で悩んで、すれ違って、結局曜ちゃんが真夜中にわんわん泣いたのは、ついこの前なのに。

違った、今日は4月8日だったんだっけ。

私だけ。私だけが、4か月も先の時間を歩んでいた。

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:16:43.68 ID:smyUCZOA0


曜「そ、そういえばさ、転校生の話」

不機嫌そうな私を見て、曜ちゃんは話題を変えた。

千歌「転校生?」

曜「うん、昨日部活の子たちが言ってたじゃん! 東京から来るんだって」

千歌「それって……」

東京からの転校生。4月。今日から2年生。もしかして。

千歌「梨子ちゃんだ……」

曜「えっ! 千歌ちゃんもう名前まで知ってるの?」

千歌「あ、ううん、えっとね」

曜「……?」

梨子ちゃんは、覚えてるかな。

家が隣なこと。お互い悩みを打ち明けたこと。一緒に曲を作ったこと。9人で想いを1つにしたこと。

千歌「覚えてるかな……」

曜「……千歌、ちゃん?」

心配そうに曜ちゃんが覗き込んでくる。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/20(火) 01:17:20.31 ID:Q1HNWGM00
また時間モノか
ラブライブ板でやってチヤホヤされてろや
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:17:23.80 ID:smyUCZOA0


曜「あ、あのさ! 今日の部活のことだけどさ!」

曜ちゃんは、無理矢理出したような明るい声でまた切り出した。

千歌「部活? 曜ちゃんの水泳部のこと?」

曜「そうそう。千歌ちゃん今日も来るよね? 後輩も来るかもしれないしさ、頑張ろうね!」

千歌「……え?」

来るって、水泳部に?

曜「あれ、でも千歌ちゃん水着は? 荷物少ないけど……」

千歌「み、水着?」

曜「うん。今日はタイム更新するんでしょ? せっかく一緒に選抜合宿いけるんだからって」

千歌「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って……」

タイム、選抜合宿。

馴染みの薄い言葉に理解が追い付かない。

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:18:03.00 ID:smyUCZOA0


千歌「私が水泳部? 選抜合宿?」

曜「え、そ、そうだよ! 部内で何人か選ばれるやつ。ほら、絶対一緒に行こうねって、パパと練習したじゃん!」

千歌「……」

千歌「……スクール、アイドルは……」

曜「え……ご、ごめん。私、ほんとにわからなくて……」

千歌「……」

曜「ねえ千歌ちゃん、その、今日は変だよ。何かあったの?」

千歌「……何でも、ない」

変なのは、曜ちゃんの方だよ。美渡姉の、志満姉の、学校の方だよ。

スクールアイドル部も、Aqoursも、何にもない。

代わりに私は水泳部で、しかもそれなりに好成績?

千歌「もう、わけわかんないよ……。何でこんなことに……」

ただ過去に戻ってきただけじゃ、ないのかな。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:18:49.27 ID:smyUCZOA0


学校に着いた後も、私は違和感と闘っていた。

例えば自動販売機。

以前はなかったはずの場所で、ぴかぴかと赤い体を光らせていた。

例えば校舎の壁。

ひびが入っていたはずなのに、知らない間に真っ白に塗りなおされていた。

例えば教室の机。

剥がれた木片や表面に開いた穴に困っていたのに、樹脂製の軽い机に変身していた。


千歌「私の知ってる浦女じゃない……」

ぐでんと机に頬をつける。

慣れない感触に、すぐ顔をあげた。


教室はいつもよりざわついている。

新学期なうえに、転校生まで来るとなれば当然だった。

入って来い、という先生の言葉に、一瞬まわりが静かになる。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:19:36.01 ID:smyUCZOA0


梨子「あの、こんにちは……」

おずおずと入ってきた梨子ちゃんに、どきりとした。

曜ちゃんと話がかみ合わなかったことを忘れて、梨子ちゃんに期待してしまう。

大丈夫。きっと覚えてる。だって、梨子ちゃんだもん。


梨子「桜内梨子です。音の木坂から来ました。ピアノが好きで、コンクールにも出ています」

コンクール。

どくんと心臓が高鳴った。

やっぱり、梨子ちゃんは覚えているんだ。

だって、梨子ちゃんがコンクールに出られるようになったのは最近のことだ。

それまでは気持ちの上で問題があった、そう言っていたんだ。


千歌「梨子ちゃん……!」

嬉しくて、安心して、思わず声を上げる。

驚いた顔をした梨子ちゃんと目が合った。


梨子「あ、えっと、この前の!」

千歌「……え?」

梨子「ほら、道案内してくれた……。えっと……」





梨子「お名前聞いても、いいですか?」

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:20:19.24 ID:smyUCZOA0


◇―――――◇


千歌「……」

家に帰って、自分の部屋。

無言でどさりと鞄を落とす。

出迎えてくれた志摩姉にも、一言も声をかけずに来てしまった。


千歌「……嘘だ」

ぽつりと漏れた言葉とは裏腹に、私はわかってしまっていた。

千歌「嘘だ」

曜ちゃんは、Aqoursのことを覚えていない。

梨子ちゃんは、私のことさえ覚えていない。

千歌「嘘だ……っ!」

違う、そうじゃない。

覚えてないんじゃない。知らないんだ。

私は、今4月8日に来ているんだ。


千歌「嘘だ!!」

叩きつけるものさえなくて、拳をただ握って、また開いた。


24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:21:36.36 ID:smyUCZOA0


千歌「だって、おかしいじゃん! さっきまで、踊ってたじゃん!」

千歌「Aqoursでラブライブに出ようって、そういう話だったじゃん!」

千歌「こんな、魔法みたいな、こんな、こんなの……っ!」

なんとか否定したくて、手当たり次第に引き出しをひっくり返す。


千歌「……!」

とさっと、ノートが床に落ちた。淡いみかん色の表紙だった。


千歌「歌詞ノート……! そう、そうだよ! 私歌詞書いたもん! 皆で歌って、踊って――」

表紙にあったはずの、Aqoursの文字はなかった。

裏表紙に書いたはずの、自分の名前はなかった。

ぺらりとページをめくる。

何も書かれていなかった。


千歌「みんなも忘れちゃったのかな……。Aqoursのこと」

呟いた途端、もしそうだったらと、恐ろしくなった。

千歌「花丸ちゃんも、ルビィちゃんも、善子ちゃんも……」

千歌「果南ちゃんも、ダイヤさんも、鞠莉さんも……」

ぶるりと震える。

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:22:09.29 ID:smyUCZOA0


新品の歌詞ノートを見て、よろよろと椅子に座る。

まっさらなページに目を落としているうち、視界がぼやけてくるのがわかった。


千歌「私の書いた、歌詞が……。みんなで歌った、曲が……」

理不尽だと言う思いが、ぽつりと漏れる。

何もなかった。真っ白だった。


千歌「何もない、なんにもないよ……っ! 何で、どうして!!」

ふつふつと怒りが沸き起こって来た。

拳をノートに叩きつける。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:22:47.89 ID:smyUCZOA0

千歌「わけわかんないよっ! 4月? 始業式? だって、だって、踊ってたんだもん! 私、ちゃんとAqoursやってたんだもんっ!!」

ぽたりぽたりとページに無色の染みができる。

千歌「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」

ノートのページをぎゅうっと握る。

1ページ目が、くしゃくしゃになって千切れていく。


千歌「わかんないよ! 帰してよ! 千歌をもとの場所に帰してよぉ……っ!」


子どもみたいに、手当たり次第に物を投げた。

ガンガンと音を立てて、そこらじゅうに傷ができる。

手元にものがなくなると、声にならない声を上げて、枕を思いっきり殴りつけた。

物音を聞き付けた志満姉に抱きかかえられるまで、ずっとずっとそうしていた。





―――――――

―――――

―――
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:23:20.97 ID:smyUCZOA0


―――


夢を見ていた。光の海だった。

私たちは、9人で浴衣を風になびかせていた。

くるりと身体をひねると、手に持った灯りがちらちらと瞬いた。

私は不安だった。

でも、何が不安だったんだろう。


『もし―――』


誰かの声が聞こえた。

それは私のようにも、Aqoursの皆の声のようにも聞こえた。

28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/20(火) 01:24:42.93 ID:smyUCZOA0


くらりと眩暈がした。

視界が白くなった。

動かない身体の先に、誰かの人影が見えた。


『諦めないで。会いに来て』


『もう一度、走り出して』


誰かの声がした。変に聞きなれた声だった。

千歌「待って…! 誰なの? 皆はどこにいるの!? 待って、待ってよ――――」

曜ちゃんの浴衣、梨子ちゃんの目、夕焼けに染まったAqoursの皆の顔――様々な景色が波打っている。


そのまま視界はだんだんと薄れていき、私は気だるさに包まれながら、意識を失った。






―――――――

―――――

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