死んだはずの妻と出会った話

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36 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/14(水) 23:18:40.40 ID:fF3hGUJcO

すっかり目を覚ました僕は、自分の隣から、子供のように小さな寝息がするのを感じます

目をやると、すやすやと眠る女の子がそこにいました

女の子という表現は、不適切かもしれません

彼女の年齢は、女性と言うにふさわしいものでしたから


ですが、僕の視界に映る彼女は、どう見ても幼い女の子にしか見えませんでした

思えば、僕の妻も、そんな風に眠る女性でした


小さな寝息、顔の近くで丸まった両手、瑞々しい黒髪、長いまつ毛、桃色の唇


――そこで、ふと思います


昨夜の出来事は、本来の妻であれば、決してあり得ないのだと

僕と彼女の愛の営みは、深夜の3時まで続きました

妻であったなら、途中で力尽きてしまっていたはずなのです

妻であったなら、僕が彼女よりも先に目覚めるはずがないのです


僕は、彼女の隣に横になりました

幼い顔が、鼻先数センチまで近づきます


ベッドと彼女の間にできた、小さな空間へ目線を下ろします

その隙間には、彼女の白い肌が覗いています

美しい谷間の傍に、やはりそれは存在していました


――彼女が、僕の妻ではないという、確かな証明でした
37 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/14(水) 23:19:07.32 ID:fF3hGUJcO

「う……ん……」


寝息が途切れたかと思うと、やがて瞼が開かれ、まつ毛が動きを見せ始めます


「……マコト……さん?」


「おはよう、カスミ」


なぜ僕は、その名前で呼んだのでしょう

彼女は間違いなく、僕の妻ではないはずなのに


きっと僕は、認めたくなかったのです

僕はまだ、彼女が妻であることに期待していたのです

頭では、そうではないと理解していても

心では、そうであって欲しいと願うのです


「今、何時?」

「8時を過ぎたところだよ」

「うそ!」


大きな声を上げたかと思うと、途端に身体を起こしました

布団が大きく捲られ、しなやかな肢体が露わになります


白く、きめ細かい肌

豊かな二つの乳房

背中に垂れる、長い黒髪


曲線で描かれた、一つの芸術作品のようでした


「レストランなら、10時までは空いてるはずだよ?」

「レストラン……あ、そうだったね」


振り返った彼女は、ゆっくりと微笑みました


「私達、旅行に来てるんだった」
38 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/14(水) 23:19:33.32 ID:fF3hGUJcO

「もー、笑い過ぎだってば。いつまで笑ってるの」

「いや、だって……おかしくて」

「つい、いつもの癖でさ、仕方ないことなんだよ、主婦としてはね」

「旅行にまで掲げてくるなんて、素晴らしい主婦魂だ」

「酷いよ、バカにして」


頬を膨らませ、目を伏したその顔は、妻が機嫌を損ねた時にする表情にそっくりでした

それは、僕に小さな安心感を与えてくれました


「さて、お土産は何にしようか?」

「温泉饅頭」

「それは……ベタ過ぎない?」

「ベタだからいいの。大体、シンプルだからこそ真価が問われるものなんだよ?」

「そういうものなの……まあ構わないけど」


彼女は、目についたものを買い物かごに次々と入れていきます

帰り道の苦労が予想されます

その場合、苦労を被るのはきっと僕だけなのでしょうが
39 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/14(水) 23:20:03.54 ID:fF3hGUJcO

「マコトさん、これ見て」

「なに?」

「これ、可愛いと思わない?」


それは、何だかよく分からない生き物のストラップでした

恐らくは、この温泉のマスコットキャラクターのようなものなのでしょう

饅頭に顔をつけて、目と足を生やしたような、丸っぽい生き物です


「可愛いかなあ?」

「えー、可愛いでしょ? 可愛いよね?」


僕の反応がよっぽど気にくわないのでしょう

段々と、彼女の顔が詰め寄ってきます


「……うん、可愛い、可愛いよ」

「やったあ! じゃあ、私はこれにするから、マコトさんはこれね」


どうやらそのストラップは何種類もあるようで、妻が手に取ったのは、黄色の饅頭と水色のストラップです

どちらも、饅頭であったならば口にはしたくないような色をしています


「マコトさんが黄色で、私が水色」

「僕が黄色?」

「うん。だってマコトさんには、いつも笑顔でいてほしいもの」


ストラップをみると、なるほど確かに、そのマスコットは笑っていました


「うん……ありがとう」

「これでお揃いだね。絶対つけなきゃダメだよ?」

「うん、分かってるって」
40 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/14(水) 23:22:00.13 ID:fF3hGUJcO
今日はここまで

酉を間違えて入力してしまいました……
この際ですから、前スレを載せます
未完ですが、ご了承ください

男「余命1年?」女「……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495112409/
41 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/17(土) 22:45:49.70 ID:EUakjaa4O

ダークスーツに身を包み、ビジネスバッグを肩にかけた僕は、駅の構内で電車を待ちます

数分してアナウンスが流れ、電車の近づく音が響き渡ります


待っている間、僕は今朝の彼女とのやり取りを思い出していました


『ちょっとマコトさん、ストラップ忘れてるよ』

『持ってるさ、ほら』


僕は鞄のファスナーを開き、真っ黄色な饅頭のストラップを見せます


『見えるようにつけなくちゃ、意味ないでしょ?』

『勘弁してくれよ……目立つじゃないか』

『だからいいの。ちょうだい、つけてあげるから』


渋々ストラップを手渡すと、彼女は慣れた手つきで端の金具に紐を通します


『マコトさんが浮気しようとしたら、ちゃーんと目に入るようにね』

『しないさ。僕が浮気出来るほどモテる男に見えるかい?』

『少なくとも私はそう思ってるんだけど』

『心配しなくていいよ、今日も定時で帰れると思うから』

『はーい、待ってまーす』
42 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/17(土) 22:46:40.36 ID:EUakjaa4O

黄色の饅頭を見つめながら、僕は不思議と温かい気持ちに包まれました

これは、妻と過ごした一年間、感じた記憶が無かったものです




なぜ僕は、妻が死んだ今になって、こんな事をしているのでしょうか


なぜ僕は、彼女に旅行を提案したのでしょうか


なぜ僕は、彼女を妻として受け入れているのでしょうか




答えは、すぐに思い浮かびました




きっと僕は、カスミへの罪滅ぼしをしている気になっているのです
43 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/17(土) 22:47:31.26 ID:EUakjaa4O

僕は、カスミの愛を受け止めることができませんでした


僕は、カスミを笑顔にすることができませんでした


僕は、カスミを幸せにすることができませんでした




不誠実だった僕に対して、変わらぬ愛を注いでくれたカスミに対する、せめてもの償いなのです




こんなことに、意味があるとは思えない

きっといつか、しわ寄せが来るのでしょう


ならばせめて、その時が来るまでは

二人目のカスミを、幸せにしなければなりません




ストラップを見つめながら、僕は誓いました
44 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/17(土) 23:01:55.22 ID:EUakjaa4O

「……どういう、ことですか?」

「どうも何も、当たり前のことだろう」


会社に着くなり、僕はすぐに上司に呼び出されました


「今日から、お前にはいつも通りに仕事してもらうから」




考えてみれば、当たり前のことです

入社してわずか数年の新人が、毎日定時に帰ることができるなんてありえないのです

身内を失くした社員に対しての、せめてもの情けだったのでしょう


普通の会社であれば、ここまで手厚く世話を焼いてなどくれません

僕は、恵まれていたのです


「最近調子がよさそうだし、元気が戻ってきたんじゃないか?」

「そう……でしょうか」

「そうだとも。なんなら、前よりも顔色がよくなったんじゃないかと思うくらいだよ」
45 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/17(土) 23:05:56.39 ID:EUakjaa4O

僕はこれまで、与えられた仕事は問題なく終わらせてきました

運よくその仕事ぶりを上司に見初められた僕は、同期よりも少しだけ早い昇進をしたのです


カスミと結婚したのも、そんな時でした


実際はさほど能力が高くない僕は、同期の中で孤立を始めました

本来であれば僕のものではない仕事も、なぜか僕がするようになりました


次第に僕は、退社時刻が0時を過ぎるようになりました


カスミに夫らしいことをしてやれたのは、新婚旅行が最初で最後でした




デスクに戻ると、同期の鋭い視線が刺さりました


――落ち込んだフリしてサボってないで、さっさと仕事しろよ


自分が、責められているように感じました


それは単純に僕の被害妄想で、本当はそんなことを思ってはいないのかもしれません


ですが、同期が僕を見る目線が、今の僕には怖くて仕方がありませんでした
46 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/17(土) 23:09:41.20 ID:EUakjaa4O

気が付くと、既に深夜の1時を回っていました

彼女の待つ部屋へ帰ることができたのは、腕時計の短針が2時に差し掛かった頃でした


恐らくはリビングで寝ているだろう……と思った僕は、音を立てないように静かに鍵を開け、ゆっくり扉を開きました


「……ただいま」


申し訳程度に挨拶をして、僕はリビングへと向かいます




そこに、彼女の姿はありませんでした
47 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/17(土) 23:24:17.38 ID:EUakjaa4O

「……カスミ?」


ふと、後ろに気配を感じました


振り返ろうとした瞬間、大きな力で傍のソファーに押し倒されました

突然の事に頭の理解が追い付かない僕は、なす術もなく力に支配されました


「……どうしたんだよ、カスミ」


照明をつけていないために真っ暗な部屋の中、彼女の表情を読み取るのは難しそうでした


「……信じてたの」


その声音は、震えていました


「なのに……裏切られた」


僕の顔に、冷たい何かが零れ、頬を流れます


「こんな最悪な気分を、何度も味わされたお姉ちゃんの事を考えたら、私……私……」


彼女は、涙を流していました
48 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/17(土) 23:24:49.41 ID:EUakjaa4O

「……マコトさんのせいだよ」


「何のこと?」


「お姉ちゃんが死んだのは、あなたのせい」


「僕の……せい?」


カーテンの隙間から入り込む月の光に、彼女の手元で何かが反射します


「あんたなんか……あんたなんか……」




顔の真横を通って、何かが床に落ちた音がしました


同時に、身体に乗っていた重みから解放されます


鼻をすする音が、足音と共に遠ざかり……扉の開閉する音を境に、部屋に静寂が訪れました




何が起きたのか理解できたのは、翌朝のことでした
49 : ◆2mwK9kDO1Y [sage saga]:2017/06/17(土) 23:32:17.16 ID:EUakjaa4O
今日はここまでです

余談を少々
前作の評価が低いのは残念ですが、欠点が多かったのも事実です
文章を見直す機会と考えて精進させていただきます
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/18(日) 00:47:08.52 ID:70n4BhM+o
やはり妹か
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/18(日) 00:54:29.51 ID:mYfHyH3A0
わざと小出しにしてるのがみみっちい、まとめて書けないならスレ立てんなカス
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/18(日) 01:00:34.53 ID:Vyybujt3o
うんうんそうだねすごいね
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/18(日) 03:38:55.78 ID:94MVXNjGo
刃物で刺されるかと思った
義兄に体を許した意図は何だろうか
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/18(日) 11:07:42.80 ID:H1rAgrNAO
結婚相手の兄弟姉妹を知らないというのはあるのか?
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/18(日) 16:40:42.61 ID:GZJrk8mGo
家族関係や生い立ちによると思う
56 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:23:50.09 ID:J/H7nJkR0

次の日、僕はいつものように出勤しました


行ってきます、と言っても、返事は帰ってきません

彼女は昨晩出て行ってしまったのですから、当たり前といえば当たり前のことです




会社につくと、大急ぎで昨晩の業務を片付けます

ようやく終わったかと思えば、いつの間にかデスクに置かれていた書類の山を見て、ため息をつきます

山の半分に到達する前に、12時を告げるアナウンスが鳴り響きます

午後からは営業が始まります

今夜も、0時を過ぎることは避けられまいと、更に深くため息をつきました


「おいおい、ため息ばっかだと運に逃げられるぞ」


上司が、僕の肩をポンと叩きます


「申し訳ありません」

「責めてはいないさ。フジミヤも早く飯を食うといい。食わなきゃ、午後からもたないからな」
57 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:25:04.13 ID:J/H7nJkR0

いわれたとおり、僕は社員食堂へと向かいます

手には、コンビニで購入した炭水化物の入っているビニール袋を提げています

食堂のメニューは決して高くはないのですが、いかんせん並ぶ時間がもったいないのです

少しでも早く食べ終え、昼休みのうちに少しでも多く仕事を片付けなければなりません


「フジミヤー、今日もパンだけか?」

「バカ、あいつに声かけんなって、関わり辛いんだからよ」

「高学歴だからって調子乗りやがってよ」


彼らは小声のつもりなのでしょうが、こちらにはすべて聞こえています

返す言葉もありません

僕自身、入社する以前は、周りを見下していたのですから
58 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:26:25.14 ID:J/H7nJkR0

8分ほどでビニール袋を空にして、デスクへと戻ります

全員が食堂ないし外食へ出ていったらしく、フロアには僕以外、誰の気配もありません


質素なチェアーに腰掛け、パソコンのスリープモードを解除します


妻が死ぬ以前の、ありふれた日常です


そのはずです


なぜ僕は、こんなにも気分が落ち込んでいるのでしょうか


定時で帰れるような、恵まれた生活に慣れてしまったから?

妻を亡くしたから?

それとも……彼女がいたから?


頬に違和感を感じ、指で拭います

指先を見ると、わずかに濡れています

雨漏りでもしているのかと天井を見上げますが、5階建ての3階に位置するこの場所が、雨漏りなどするはずもありません


――なぜ僕は、泣いているのだろう


一体、何に悲しむのでしょう

妻が亡くなる以前は、何も感じなかったはずでした


わかりません

理解できません


――自分が、わからない
59 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:27:33.38 ID:J/H7nJkR0

0時を過ぎて、ようやくマンションに戻った僕は、静かに鍵を回し、ゆっくりと扉を開きます

扉を閉めてから、既に彼女はいないのだ、と我に返ります


ソファーに近づくと、暗闇の中で気がつかなかったのか、コツンと何かがつま先に当たります

拾い上げると、それは包丁でした

なぜこんなものが……と思いながら、キッチンのあるべき場所にそれを戻します


冷蔵庫を開き、何も入っていないことを確認します

辛うじて残っていた一缶のビールと、コンビニで買った枝豆を手に、テーブルへ腰を落とします


目の前には、誰も座っていません


重たい腰を上げ、カスミの写真が入った写真立てを自室からもってきて、テーブルの反対側に置きます


『辛くなったら、いつでも言ってね』


妻の口癖でした

写真の中で笑う妻を見ただけで、なぜか僕はそう言われたように錯覚したのです


ここが、潮時なのかもしれない……そう思いました
60 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:28:43.83 ID:J/H7nJkR0

「……どういうこと?」

「私の仕事を、減らしてはもらえないでしょうか」


朝早く出社した僕は、同じく出社していた上司にそう告げました


「減らしてって……だって君、今までちゃんとできてたじゃない」

「深夜まで残業して、ようやく終わらせていたんです」

「でも、それくらいここじゃ普通だよ、みんなそうやってきたんだ」

「僕の担当している仕事の量は、現状他の同期と比べても、あまりにも多いと感じます」


上司は、苦虫を噛み潰したような表情をしました


「残念だな、君には期待してたのに」

「ご期待に沿えず、大変申し訳ありません」

「……わかったわかった、もう君には何も期待しないよ」


声音を低くした彼は、自分のデスクへ戻ると、大きな音を立ててチェアーに腰掛けました
61 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:29:25.31 ID:J/H7nJkR0

「いやー、よくやったなあフジミヤ」

「そう……かな?」

突然同期2人に飲みに誘われた僕は、誰もいない部屋に帰るより、そちらのほうが有意義であると判断しました

「そうだよ。フジミヤ君、こんなの初めてじゃない」


ビール1杯で顔を赤くした女性が、僕に笑顔で語り始めます


「あんなやつに媚びへつらってた君がさあ、大きな進歩だよねえホント」


あんなやつ……とは、きっと上司を指すのでしょう

彼らは、僕の直属の上司を毛嫌いしていますから


「一体どんな心境の変化?」

「別に、何もないよ」

「奥さんが亡くなったこと……関係あるの?」


関係あるかといわれれば、あると答えるしかありません
62 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:30:00.20 ID:J/H7nJkR0
素直に、コクリと頷きます


「そっかー、羨ましいねえ」


ワインを飲み始めた短髪の男性が、物憂げに語り始めます


「うちなんか、しょっちゅう喧嘩してばかりだよ」


すっかり酔ってしまった女性は、彼に指をさしました


「そりゃあ、あんたんとこの奥さんは強気そうだからね。あんたの我侭にはイラついてしょうがないでしょうよ」


我侭、喧嘩


そのワードが、なぜか引っかかりました


「……フジミヤさん? どうかした?」

「あ、ごめんな……ちょっと無神経だったわ」


2人が気を使い始め、僕は我に返りました


「いや、なんでもないんだ」
63 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:30:49.80 ID:J/H7nJkR0

僕らの飲み会は、3次会まで続きました

僕が同期だけで飲みに行ったのは、初めてのことでした


マンションに帰り、リビングの椅子に腰掛けます

静まり返った空間で、僕は電気も点けずに物思いにふけりました


――そういえば、妻と僕は、一度も喧嘩なんてしなかったなあ


僕が何をしても、妻は機嫌を損ねることはありませんでした

昨晩置いた写真立ての、妻の笑顔が目に入ります

僕が何をしても、何を言っても、妻はこんな笑顔で笑っていました


何かが、引っかかりました


妻が生きていた時の僕の行いは、あまりにも不誠実でした

せっかく作った夕食をいらないといわれれば、多少なりとも機嫌を損ねるのが普通です

ですが妻は、何があっても平然として、笑顔を保ち続けていました

いつしかそれは、僕の中で日常となりました
64 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:31:31.11 ID:J/H7nJkR0

どうして妻は、僕に一度たりとも腹を立てなかったのでしょう

どうして僕は、妻の愛を愛であると信じて疑わなかったのでしょう




――僕は、重要な見落としをしているんじゃないだろうか




妻が死ぬまでの僕は、自ら同期との関係を絶ち、直属の上司の言葉だけを信じ、他には耳を貸しませんでした

視野が狭すぎたのだといわざるを得ません


彼女が現れてから、僕の世界は一転しました

彼女に、僕の世界は変えられたのです




『……マコトさんのせいだよ』


『お姉ちゃんが死んだのは、あなたのせい』




妻に妹がいる話など、聞いたこともありません

ですが、もしも彼女が本当にカスミの妹だとしたら……彼女がカスミに瓜二つであることにも、一応は説明がつきます


――何かが、おかしい


僕は、カスミの実家へ足を運ぶことを決意しました
65 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:33:12.86 ID:J/H7nJkR0

「やあ、よく来たね」

「お邪魔します」


インターホンを押すと、義父に快く出迎えていただきました

仏壇に線香を上げた後、妻の遺影を見つめます

妻の隣で、彼女と同じように、義母が笑っていました


「今日は一体どうしたんだい?」


妻がこの世を去ってから、この時まで約半年が経っています

その間、僕がここを訪れたのは、49日が最後でした


「今日は、ご報告があって」


一拍置いて、僕は口を開きました


「カスミさんが、僕の目の前に現れました」


一瞬訪れた沈黙の後、彼は目を大きく開きました


「もちろん、そんなはずはありません。ですが、彼女が幽霊とは思えません」


彼の表情が、大きく歪みました
66 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:35:01.93 ID:J/H7nJkR0

「彼女は、カスミさんのことを姉だといっていました」


息を吸って、吐き出します


「僕に、隠していることはありませんか?」




「そうか……シズクと、会ったんだね」

「シズク……ですか?」

「そうだ。シズクは……カスミの妹だよ」


「どうして、黙っていたんですか?」

「言う必要が無かったからだよ」


彼は、嘲るように言いました


「君もカスミも一流大学を卒業して、君は大手金融会社に就職した」

「立派だよ、これ以上ない理想的な夫婦じゃないか」

「それに対してシズクは、高校を卒業してこの家を飛び出して、音沙汰も無い」

「カスミの結婚式にも、葬式にも参列しない。まったく、ろくでなしの娘だよ」


僕は、息を呑みました


「だから……今までずっと隠していたんですか?」

「隠していたわけではないさ。言う必要が無かった、それだけのことだよ」


言葉が、出ませんでした


「向こうが金輪際縁を切るといって出て行ったんだ。仕方ないだろう?」
67 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:35:31.85 ID:J/H7nJkR0

僕は、どうしたいのでしょう


カスミと共に過ごしたかったのでしょうか

それとも、シズクと一緒に生きたかったのでしょうか


後者だとすれば、僕は酷く残酷な人間に違いありません

前者だとしても、愚かなことには変わりありませんけれど


マンションに帰っても、誰もいません

当然、彼女が帰ってくるはずも無いのです

僕は、シズクの連絡先すら知りません




『……マコトさんのせいだよ』


『お姉ちゃんが死んだのは、あなたのせい』




シズクの放った言葉の意味が、わかりません

僕が殺したはずもありません


カスミの死因は、交通事故でした


……本当に、そうでしょうか


シズクに、会わなければなりません
68 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:36:08.73 ID:J/H7nJkR0

「……驚いた、まさか見つかるなんてね」

「思い出したんだ、昔のこと」


ここは、公園です

中学の時、僕はここで、思いを告げました


『ごめんね……私は、あなたを幸せにはできない』


結局、断られてしまった僕は、それ以来一度も彼女と会っていませんでした


限りなく、小さな可能性でした

ただ、そこにいるかもしれないと思ったのです


記憶をさかのぼること、約10年

中学校を卒業する直前の話です


僕は、とある女の子のことが好きでした

まるで太陽のようにみんなを照らす、活発な女の子でした


彼女の、笑顔が好きでした
69 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:36:49.47 ID:J/H7nJkR0

カスミと初めて会った時、その無邪気な笑顔に、僕は一目ぼれしました

きっと、彼女の影を重ねていたのです




「再会できるなんて、思ってなかったの」


シズクは公園のブランコに腰掛け、空を見上げます


「私の人生で恋をしたのは、あなたが最初で最後だった」

「僕が覚えてるのは、シズクって名前だけだったからさ。最初は似ているだけだと思ってたんだ」


「まさか、君の双子の姉さんだったとはね」

「びっくりした?」

「驚いたさ」


シズクは、苦笑しました


「どうして、ここに来たの?」

「君に会えるかと思って」

「どうして会いたいと思ったの?」

「……聞きたいことがあるんだ」
70 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:37:33.69 ID:J/H7nJkR0

「君はどうして、カスミが死んだのは僕のせいだと、そう言ったんだ?」


シズクは、空から目線を落とし、地面を見つめます


「私ね……家を出てからも、お姉ちゃんとはずっと連絡を取り合ってたの」

「定期的に会ってもいたし、マコトさんの話も聞いてたんだよ」

「それで、いつだったかな……私とマコトさんが同級生だってお姉ちゃんが知ってから、あの人、一変したの」

「交通事故で処理されたけど……ホントは自殺」

「じゃなきゃ、私がこうしてあなたのマンションの鍵をもってるわけ無いでしょ?」


僕は、ただ呆然としていました


「うちね、ちょっと特殊な家庭だったの」

「お父さんがひどい暴力を振るう人でね……お母さんがいなくなって

から、それがもっと激しくなった」


僕は、納得はできないまでも、理解はしました

だから妻は、僕の不誠実さを、腹を立てることもなくただ受け止めたのです

妻の愛は愛ではなく、依存でした
71 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:38:31.74 ID:J/H7nJkR0

「そんな家庭で育った私も、普通じゃないのはわかるでしょ?」

「……ここでさよならした方がいいよ。これ以上私と関わっても、幸せにはなれないから」


シズクは立ち上がり、僕に背を向けて歩いていきました




僕は、シズクの後姿を見て、思います


――僕は、幸せではなかったのだろうか




咄嗟に背中を追いかけ、後ろから強く抱きしめました


「……マコトさん?」


「……僕は、幸せだったよ。君と過ごした日々は、ただ幸せだった」


シズクの腹部にまわした腕に、彼女の細い腕が絡みます


「私も、幸せだった」




シズクは僕の腕を解き、そのまま公園を去っていきました
72 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:39:12.42 ID:J/H7nJkR0

カスミの墓の前で、手を合わせて拝みます


――君は、幸せだったかい?


きっと、返事はノーでしょう

彼女を幸せにしたとは、とても言えませんでしたから


君の分も生きる、なんてふざけたことは言いません

ただ、今は君に謝りたい

そして、礼を言いたい


――君と君の妹のおかげで、僕の世界は変わったんだよ


花瓶には、たくさんの霞草が添えられています
73 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:39:54.43 ID:J/H7nJkR0

「またくるよ」


僕は、彼女の墓に背を向けました


『ありがとう』


カスミの声が、聞こえたように感じました


「……ああ」


僕は、幽霊なんて非科学的な現象は信じません


ですが、この時聞こえた声だけは……彼女の声なのだと、今でも信じているのです
74 : ◆2mwK9kDO1Y [saga]:2017/06/18(日) 19:40:38.40 ID:J/H7nJkR0
完結
こんな面倒くさい話は二度と書かない
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/18(日) 21:42:54.52 ID:xPJAtzqkO

妹との生活をもっと見たかった
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 00:21:12.47 ID:PvDdii1K0


そういわずにもっと書けって
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 08:52:03.68 ID:AdvKVM8QO
その後の妹との再婚まではよ
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 17:28:08.35 ID:UAO9sLVe0
まだか
早よ書いてくれ
79 : ◆2mwK9kDO1Y [sage saga]:2017/06/19(月) 22:27:26.66 ID:xlUei6R1O
一応は完結したつもりでしたがアフターストーリーの需要があるなら書きます
いつになるかはわかりませんが
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 01:22:39.90 ID:lrd7ndOA0
目障りだからどうしても書きたいならsage進行でやれ
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 17:50:27.98 ID:a4XbYEKdO
妹幸せにしてほしい
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/20(火) 21:07:51.41 ID:qtNcYix70
前作といい今作も面白かったです

これ妹と妻が入れ替わってて実は死んだのが妹とかそういう展開だったらいいなとか思ってたんですけど完結ですか...。
次も楽しみにしてるので頑張ってください
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/08(火) 03:41:58.21 ID:urbcrFoy0
もはや存在忘れてそうだよね
84 : ◆2mwK9kDO1Y [sage saga]:2017/08/30(水) 13:01:43.71 ID:5GIjSygcO
現在リアルが忙殺されているため、ssを考える時間がほとんど無いという状況です
来年の3月には多少余裕ができるはずなので、その時にまだスレが残っていれば続編を書きたいと思っています
長期間放置してしまい、本当に申し訳ありませんでした
85 : ◆2mwK9kDO1Y [sage saga]:2017/09/21(木) 21:06:05.98 ID:vu9fssZJ0
この度なろうでアカウントを作成しました
今後はそちらで更新していきます
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