【ダンガンロンパ】辺古山「猫のいる生活」

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59 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/13(月) 16:30:48.12 ID:srIrBjX40
「…………」

 けれども、私は賭けてみたい。この猫が、私に触れることを許してくれるかもしれないと。

 再び、中腰になって猫に向かって手を伸ばす。期待と不安で手が震える。口が開いたままになって呼吸が荒くなる。今の私は人にみせられない酷い顔をしていることだろう。しかし、そんなことよりも今、私が優先するべきは、目の前にいる猫に触れられるか触れられないかを、確かめること!!

 私の手が近づいていくにも関わらず、黒猫は私の瞳を見つめて逃げようとしない。こんなことは、はじめてのことだ。

 もふっ

「ふぉおっ!!」

 はじめて触れる生きた猫の毛の柔らかさと艶やかさに、私は喜びと感動で奇妙な声を出してしまう。しかし夢にまでみた、もふもふした動物に触れている! それも気持ちがいいのだ! 撫でる手がとめられないのだ!!
 興奮しながら何度も何度も頭から腰の辺りを繰り返し撫で続ける。

猫「にゃー」

(はっ!!)

 さすがに撫ですぎてしまったか! 鬱陶しがってなのか、それ以外のなにか不満があったのか、身を引きながら鳴かれてしまった……。

「あ……」

 それはそうだ。人間だって、好意をもってもいない相手からの過度な接触はイヤなモノ……猫だって同じだろう……。私は欲望に任せてなんという酷いことをしてしまったのだ……。
 
「すまない…」

 私が謝罪をすると、猫はまだ頭上にある私の掌に鼻先をちょんと押しつけた。
 猫のその行為に、私の胸にきゅうっと締めつけるような、衝動的なトキメキが襲いかかってきた。

 まるで私の言葉や心の内を理解しているように思えて私は────

 私は────


60 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/14(火) 10:46:00.43 ID:PdWpZk630


「……」

  俺の1日は陽が登ろうかという時間からはじまる。これは監獄にいたことにより身についた習慣だ。
 しかし、体を起こそうと腹筋に力を入れたが、その腹筋に力が入らない。少し浮いたとしても、すぐに後ろに引かれたように背中がベッドへと戻っていく。

「?」

 体を起こすだけの簡単な動作。しかし、2、3度同じことを繰り返してみるが──

「にゃー (動かねぇ」

「!?」

(今の……にゃーって声は、なんだ……?)

(いやいや……さすがに聞き間違いだろう……?)

 イヤな予感に焦りが生まれる。いやいや、まさか、俺が“にゃー”なんてそんな猫のモノマネ紛いなこと……。自分の馬鹿げた思考に自嘲してから、もういちど言葉を発してみた。

「にゃー (あー」

 間違いなく、俺から発された声だった。

(冗談だろ?! どうなってやがる!?)

 上体を起こせないならと、体を横に向けて起きあがる。起き上がることができ安堵したが、まだ確認しなくちゃならない。気を引き締め、次に立ちあがろうと脚に力を入れた。バランスを崩しつつも、なんとか立ち上がれた。しかし、立っていられたのも数秒間だけで、すぐに上体が前に傾く。

(立てねーことはねぇけど……やっぱり不安定だな)

そして次に、不安と疑念を取り除くために、視線を手へ落とす。

(はっ……)

 乾いた笑いが込み上がる。そこにあったのは、人間らしさの欠片もない、毛むくじゃらで肉球のついた、可愛い前足だった。

(まったく……笑えねぇなぁ)

(アンジーじゃねーが、こいつは神様からの“人間をやめろ”っつーお告げかも知れねーな)

 非現実的な状況にありながら、どこかそれを受けとめて諦めている自分がいる。悪足掻きしなけりゃならない理由が、俺にはないからだ。冷たい地獄のような監獄の中で、いずれくる処刑される日を待つだけの囚人。それが俺だ。
 マフィアを潰すために、殺してまわり、俺の人生も一緒に添えて、恋人への手向にした。生きていたって、お天道様の下を堂々と歩けないような、もう社会的には死んでいるも同然の人間。世間様だって、もうすでに俺は処刑されて、死んでいると思っているヤツも、いくらかいるだろう。だったら逆にこの先、猫として生きてみるのも悪くないのかもしれないと、らしくなく考えた。
61 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/14(火) 10:47:10.56 ID:PdWpZk630
(しかし、猫になっちまうとはな………だとすりゃ、簡単に部屋からは出られねーか)

(かといって、ずっとここでおとなしくしているつもりもねーが……さて……)

 この部屋の扉は内開き。しかも、ノブは押して引かなきゃ開かねぇタイプだ。今の姿じゃ、この部屋をひとりで出るというのは、やはりムリ筋だろうな。

(連絡なしに休んだとなれば、先公が部屋を訪ねるかも知れねぇが……しかし、それはいつになるかねぇ。今日とは限らねぇからな)

 そんなことを考えてから、扉を仰ぐのをやめた。することも限られているしで、寝ちまおうとベッドに戻ろうとした時──

ピンポーン

 部屋のチャイムが鳴った。時計を見れば6時。大体のヤツは今から起きだすような時間だろう。だとすれば、今起きて活動しているようなヤツは、体育会系で、朝練しているようなヤツらぐらいだろう。この時間に、わざわざ俺なんかを訪ねてくるようなヤツは思いあたらねぇ。
 とりあえず、扉を爪で引っ搔いてみることにした。木製ではない扉を引っ掻けば、爪にイヤな感覚がはしり、不快な金切り音が脳天と耳に響いた。すると、相手に聴こえたのか、扉を何度か叩かれた。その後、なにもなかったように、部屋にまた静寂が戻ってくる。

(なんだったんだ?)

 しばらく扉を仰ぎ見ていたが、これ以上なにも起こらなそうだと判断したところで、踵を返してベッドに飛び乗る。猫になっちまったせいなのか、しばらくして、自分の熱が布団に移って暖かくなってくると、すぐに眠気がさしてきた。

(このまま目を閉じれば気持ちよく眠れそうだな。二度寝なんざ、何年ぶりかね)

 忘れてしまおうとしてきたはずの、在りし日の自分を、ふと振り返る。このまま戻れないようなら、学園の卒業を気にしなくていいし、あの監獄に戻ることもなくなる。そうすればどれだけ楽だろうな。

(しかしそいつはただの逃げだ。殺人を犯しといて、罪を清算しないなんざ、カッコつきやしねぇ)

 いろいろと考えている内に、そのまま眠りに落ちそうになったとき、扉からガチャガチャと奇妙な音が聴こえて、眠りを妨害される。

(なんだ?)

 なかなか鳴りやまない音を不審に思い、ベッドからおりようと体を起こした瞬間、ガチャンと大きな音がするのと同時に、聞き覚えのある声と見覚えのある姿が賑やかに部屋へ入ってきた。
62 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/14(火) 17:37:16.69 ID:PdWpZk630
獄原 「ほ、星君! 大丈夫?! あ、あれ?」

王馬 「あー? なんだよゴン太ぁ。星ちゃんいないじゃーん」

(獄原と王馬?!)

王馬 「っていうか、居たらピッキングしてるときに何かしら反応あるってー」

王馬 「やっぱどっか散歩してるだけだって。星ちゃん、あんな見た目だけどさ、迷子になっちゃうようなお子ちゃまじゃないよ」

王馬 「心配ないって。あ、これ嘘じゃないからね」

獄原 「で、でもゴン太がチャイムを鳴らしたとき、キィィィッて、金属を爪で擦るようなイヤな音が中でしたんだ!!」

 どうやらあのチャイムは獄原だったようだ。確かに、あいつの朝も早い。用務員といっしょに花に水やりをして、それから虫を探したり観察しているのをよく見かける。いつもの時間に俺の姿がなくて、心配で訪ねてきたってところか。

獄原 「星君、いつもだったら校庭を散歩している時間なのに、今日は見かけから、どうしたのかなって。一応校舎にいるかもしれないと思って見て周ったんだ!」

獄原 「それでもいないから、病気かなにかで動けなくなっちゃってるんじゃないかって、心配になって…」

獄原 「チャイムを押したら変な音がしてきたし、やっぱり確かめないとって!!」

 やはりそうか。こいつは本当に底抜けのお人好しだな。
 しかし、マスターキーを借りればいいはずだが……途中で王馬のヤツに出くわしたか? こいつもこいつで“悪の総統の朝は早いんだー♪”とかぬかしながら校庭をぶらついていたりするからな。

『おい』

獄原 「え? あっ!!」

王馬 「んー? 猫?」

 俺の声……今は鳴き声か……を聞いた獄原と王馬は、一斉に俺へと視線を移す。

獄原 「わっ! 猫さんだ! おはようございます、猫さん!!」

王馬 「ありゃりゃ。星ちゃんってば部屋に猫持ち込んじゃってんの?」

獄原 「猫さんは物じゃないよ、王馬君!」

王馬 「寄宿舎へのペットの連れこみは、動物に関する才能があるヤツくらいにしか許可されてないはずだけど」 

獄原 「か、隠して飼ってたのかな? そんな違反する人じゃないと思うんだけどなぁ……あ、じゃあさっきの変な音は猫さんが原因だったんだね!」

王馬 「にししっ! 星ちゃん、いっけないんだー! 先生に言ってやろー!」

 俺の安否を案じながらも、猫姿の俺に笑いかける獄原とは対象的に、小学生しか使わないのようなことを言いながら、王馬は楽しそうにしている。

獄原 「うーん……星君が見あたらないし……お腹でも空いたのかな?」

獄原 「ひとまずは、王馬君の心配ないっていう言葉を信じるよ!」

獄原 「おいで、猫さん! ご飯をあげるよ!!」

獄原 「それから、キミの御主人の星君を探すから、安心してね!!」

 獄原は見た目のゴツさに反して、幼い子供みてーな満面の笑顔を向けて、両手を広げている。飛び込んでやってもいいが、とりあえず遠慮しとく。俺のキャラじゃない。
63 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/14(火) 17:37:56.08 ID:PdWpZk630
『あんたに飛び込む気はねぇが、飯の用意は助かるぜ』

 俺が言葉を発した瞬間、獄原の顔が明るくなった。

獄原 「わあっ! ペットは飼い主に似るっていうけど、声と喋り方まで似てるんだぁ!! スゴイよ!!」

「!」

獄原 「キミのお名前は?」

 こいつ、動物の言葉が解るのか?! そういや昔、狼に育てられたんだったか。なるほどな。だったら話は早いぜ。

『似てるもなにも、俺がその本人だぜ、獄原』

獄原 「……? 本人……? キミが星君って言いたいの……かな? えっと、星君は人間なんだ。それから、キミは猫さんで、キミのお名前を……」

 獄原は獄原なりに頭を悩ませながらも、俺は猫という存在であること、飼い主である俺とは別の存在だという、俺以外が聴けば、何言ってんだと言われても仕方のない説明をしようと頑張っている。頑張っているところを悪いが、バッサリと斬り込んで会話の主導権を奪う。

『それがな、朝目覚めたらこの姿になっていやがった』

『つまり、俺が正真正銘の星 竜馬だぜ』

 獄原の動きが止まる。しかし直ぐに獄原の眼と口が大きく開き、驚きの声を発した。

獄原 「ええっ?! そうなの!?」

王馬 「何ひとりで喋ってんのゴン太。気持ち悪っ」

 獄原が隣で大きな声を出したために、王馬は耳を塞いで、げんなりした顔で獄原を見上げる。

獄原 「ち、違うよ! この猫さんがね、自分は星君だって言うんだ!!」

 獄原の言葉に、王馬は“あー?”と言いながら、眼は訝しむように細められる。

王馬 「ゴン太の頭はついに壊れちゃったみたいだね」

 まあ、ふつうならそう思うだろうよ。俺だって同じ立場なら、一瞬だけでも獄原を疑う。なぜ一瞬なのかは、獄原の為人がそうさせる。こいつが嘘を吐くはずがない。むしろ疑う自分の方がどうにかしていると思うくらいには、信頼している。だから、疑うとしても一瞬だ。
 だが、王馬が本心で疑っているのかは疑問だがな。王馬は獄原の揶揄い易さだけではなく、嘘を吐けないところも気に入っているだろうからだ。

獄原 「本当だよ! ど、どうしたら信じてもらえるかな…」

王馬 「可哀想にゴン太……」

獄原 「どうしてゴン太が可哀想なの……? あ、そうじゃなくてね?!」

 王馬の胸中は解らないが、しかし獄原も、にわかには信じられない現象を、王馬に理解させたくて、言葉をみつけようと頭を抱える。紳士をめざしている獄原からすれば、嘘を吐いていると思われるのは、気分のいいもんではないだろう。
 しかし俺を前に繰り広げられる、終わりの見えない押し問答に辟易して嘆息する。猫の姿だと、うるせぇと一喝することができねぇのが面倒だ。一喝したところで可愛い鳴き声なんて、やるせなくなる。

『獄原、王馬は俺の言葉が通じねぇんだ。理解させようとするだけムダだ』

獄原 「で、でも…」

『行こうぜ』

 ベッドから飛び降りて、獄原に部屋から出る意思をみせるが──俺の体が急に上へと引っ張られ、足が地面から浮いた。そのまま体がぐんっと持ち上がり、体を回転させられる。対面した相手、俺を持ち上げた犯人は王馬だった。
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