【ダンガンロンパ】辺古山「猫のいる生活」

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63 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/14(火) 17:37:56.08 ID:PdWpZk630
『あんたに飛び込む気はねぇが、飯の用意は助かるぜ』

 俺が言葉を発した瞬間、獄原の顔が明るくなった。

獄原 「わあっ! ペットは飼い主に似るっていうけど、声と喋り方まで似てるんだぁ!! スゴイよ!!」

「!」

獄原 「キミのお名前は?」

 こいつ、動物の言葉が解るのか?! そういや昔、狼に育てられたんだったか。なるほどな。だったら話は早いぜ。

『似てるもなにも、俺がその本人だぜ、獄原』

獄原 「……? 本人……? キミが星君って言いたいの……かな? えっと、星君は人間なんだ。それから、キミは猫さんで、キミのお名前を……」

 獄原は獄原なりに頭を悩ませながらも、俺は猫という存在であること、飼い主である俺とは別の存在だという、俺以外が聴けば、何言ってんだと言われても仕方のない説明をしようと頑張っている。頑張っているところを悪いが、バッサリと斬り込んで会話の主導権を奪う。

『それがな、朝目覚めたらこの姿になっていやがった』

『つまり、俺が正真正銘の星 竜馬だぜ』

 獄原の動きが止まる。しかし直ぐに獄原の眼と口が大きく開き、驚きの声を発した。

獄原 「ええっ?! そうなの!?」

王馬 「何ひとりで喋ってんのゴン太。気持ち悪っ」

 獄原が隣で大きな声を出したために、王馬は耳を塞いで、げんなりした顔で獄原を見上げる。

獄原 「ち、違うよ! この猫さんがね、自分は星君だって言うんだ!!」

 獄原の言葉に、王馬は“あー?”と言いながら、眼は訝しむように細められる。

王馬 「ゴン太の頭はついに壊れちゃったみたいだね」

 まあ、ふつうならそう思うだろうよ。俺だって同じ立場なら、一瞬だけでも獄原を疑う。なぜ一瞬なのかは、獄原の為人がそうさせる。こいつが嘘を吐くはずがない。むしろ疑う自分の方がどうにかしていると思うくらいには、信頼している。だから、疑うとしても一瞬だ。
 だが、王馬が本心で疑っているのかは疑問だがな。王馬は獄原の揶揄い易さだけではなく、嘘を吐けないところも気に入っているだろうからだ。

獄原 「本当だよ! ど、どうしたら信じてもらえるかな…」

王馬 「可哀想にゴン太……」

獄原 「どうしてゴン太が可哀想なの……? あ、そうじゃなくてね?!」

 王馬の胸中は解らないが、しかし獄原も、にわかには信じられない現象を、王馬に理解させたくて、言葉をみつけようと頭を抱える。紳士をめざしている獄原からすれば、嘘を吐いていると思われるのは、気分のいいもんではないだろう。
 しかし俺を前に繰り広げられる、終わりの見えない押し問答に辟易して嘆息する。猫の姿だと、うるせぇと一喝することができねぇのが面倒だ。一喝したところで可愛い鳴き声なんて、やるせなくなる。

『獄原、王馬は俺の言葉が通じねぇんだ。理解させようとするだけムダだ』

獄原 「で、でも…」

『行こうぜ』

 ベッドから飛び降りて、獄原に部屋から出る意思をみせるが──俺の体が急に上へと引っ張られ、足が地面から浮いた。そのまま体がぐんっと持ち上がり、体を回転させられる。対面した相手、俺を持ち上げた犯人は王馬だった。
64 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/14(火) 23:03:58.54 ID:PdWpZk630
王馬 「なー、おまえ本当に星ちゃんなの? 元々マスコットっぽい見た目だったのに、また随分と可愛くなっちゃったよねー!」

「……」

 俺の伸びた胴をぶらぶらと揺らして遊びながら、楽しそうにニヤニヤしてやがる。クールじゃねぇが、相手がこいつとあってか、可愛いと言われてちょいと頭にきた。
 今、両の前足の付け根を持って支えられ、胴は伸びた状態だ。猫飼いの俺は、猫の足のバネの強さを知っている。付け根の支えを軸にして、胴体を振り子のように勢いをつけて王馬の胸元を蹴りつけた。

王馬 「痛って!」

獄原 「えぇっ?!」

 王馬が掴む力を緩めた隙に、蹴りつけた反動をつかって脱出する。

王馬 「反抗的な猫だなぁ。ま、それならそれでつまらなくないけどさー」

 不機嫌そうに唇を尖らせながら胸元をさすっていたが、すぐに口元を歪めてにやりと笑う。こいつの変わり身の早さが不気味だ。

獄原 「星君! イヤならイヤだって言ってくれたら、ゴン太が王馬君に通訳するのに!! 蹴るのはヒドいよ……!」

獄原 「王馬君も王馬君で、星君にイタズラしたらダメだよ!」

 少々良くない空気が俺と王馬の間に流れたため、獄原は慌てて俺達をそれぞれ悪いと、諌めようと割って入る。

王馬 「え? オレがいつ星ちゃんにイタズラしたのさー? 持ち上げただけじゃん。変な言い掛かりはやめてよねー!!」

王馬 「夢でも視てんじゃない? やっぱりゴン太の頭、かなりヤバいよー。 心配だから、腕の立つ闇医者紹介しようか?」

王馬 「ゴン太みたいな底抜けにバカ正直なヤツは珍しいから、ちょっと頭覗かれたり、人体改造くらいは されたりするかもしんないけどねー」

 しかし、相手は王馬だ。暖簾に腕押し。のらりくらりと話を逸らそうとする。
 ゴン太とキーボのヤツは大体こんな調子で、王馬の暇潰しの相手をさせられている。キーボはともかく、ゴン太の方は都合よく使われているなんて、理解しちゃいねぇだろうが。

 このままコイツらを放っておいたら、始業までここに居ついちまいそうだな。仕方ねぇ。

『……悪かったな』

 俺の謝罪をきいた獄原は、王馬から目を離して俺に振り向いてから、もう一度王馬に満面の笑顔を向けて振り返ると、興奮に声を弾ませながら通訳をする。

ゴン太 「王馬君ッ! 今、星君が謝ってくれたよ!」

王馬 「へぇ……」

 訝しむように呟いて俺を一瞥するが、いつもの調子のいい胡散臭い笑顔を貼り付ける。本当にこいつは、腹になに抱えてんのか解りやしねぇ。

王馬 「うん! 全然オッケーだよー! 大好きな星ちゃんを、オレが許さないワケないじゃーん!!」

王馬 「それに、ゴン太はオレと違ってクソがつくくらいのバカ正直なヤツだから、この猫が星ちゃんだってのも、信じてやるけどさ」

王馬 「ご飯だっけ? 用意したげるから詳しく聴かせてよね」



65 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/15(水) 18:24:44.70 ID:rQ/7d1wt0



王馬 「うわぁ…マジで猫缶食べてるー」

王馬 「マジで星ちゃん、人としてのプライド捨てちゃってるの?」

王馬 「もう獣じゃーん!」

 猫になってしまった俺が、箸やスプーンを握れるはずもない。用意された皿の中の飯を、猫のように口だけで食べていると、王馬が言葉とは正反対の好奇心に満ちた眼で、俺をジロジロと観察している。
 鬱陶しいが、相手すればつけあがるのは解っているから、目の前の飯を黙々と食う。しかし案外いけるんだな、猫缶。

獄原 「王馬君、人が食事しているところを邪魔をするのはマナー違反だよ」

王馬 「人じゃないじゃん。猫だよ」

獄原 「そ、それはそうなんだけど、そうじゃなくて……ね、猫さんにだってしたらダメだと思うよ!」

 ……ふたりでまた不毛な会話をはじめる気か? コイツらは本当に、俺の話を聴く気はあるのか?

王馬 「ま、今はとりあえず、その話は置いとこうよ」

王馬 「星ちゃんの話聴きたいからさ」

獄原 「あ、うん! そうだね!」

 不毛な会話に発展するかと思ったが、王馬が俺に向きなおる。普段は余計なことしか喋らないクセに、優先して話さなきゃならねぇことがあるときは、自分から外しにいっていたとしても、軌道をすぐに自分で修正する。テキトーなのか、意図的なのか、よく解らん。
 飯を食べ終えた俺も、座ってふたりを見あげて話す体勢になる。

『つってもな……俺も朝起きたらすでにこうなっていたからな……』

『むしろ、俺の方が説明してもらいたいもんだぜ』

 この現象を説明しろといわれても、当事者である俺が1番理解できていない。それを示すように、やれやれと首を振ってみせる。

獄原 「朝起きたら、すでにこうなっていたそうだよ」

 獄原も首を傾げながら、王馬に俺の言葉を通訳する。

王馬 「じゃあさ、猫になにか祟られるような悪さしたりしてなーい?」

王馬 「よく言うよね。猫の祟りは強くて執拗だって」

獄原 「ね、猫さんの祟り?!」

王馬 「そのせいだったりしてー」

 猫の祟りと聴いて、獄原の顔色が蒼ざめる。こいつはこうした王馬のテキトーな嘘をすぐに信じちまう。いい加減学んでくれと思う。とはいえ、いつもなら、祟りなんてそモンありえねぇと一蹴してしまうところだが、今のこの状態じゃあ、その可能性が高いのかもしれねぇと思えてしまう。だが、今明確に答えられるのは……

『するわけないだろ』

 短くそれだけ答えた。今の生活で猫に関わる機会なんてそうない。あったとしても、祟られるようなマネを猫相手にするワケがない。
66 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/15(水) 18:25:56.12 ID:rQ/7d1wt0
獄原 「してないって」

王馬 「ふーん。だったら、他に思いあたることないの?」

 猫……猫といえば、飼っていたあいつくらいしか……まさか……あいつの身になにかあったか?

『今は預けちまってるが…昔飼っていた猫くらいしか思い当たらねぇな』

獄原 「星君、猫さん飼ってたんだ。うーん…もしかして、その子になにかあったのかな?」

 俺が猫飼いだと解った獄原も、俺と同じことを考えたようだ。

獄原 「ねぇ、星君。その預けた人の連絡先が解るなら、ゴン太が代わりに連絡して、猫さんの安否を確認してみるよ」

 獄原の表情や声色から、上辺だけの心配ではないことが解る。確かに確認すれば、俺も獄原も安心はできるが……。

『気にはなるが、そこまでの面倒はみさせられねぇよ。気持ちだけ受け取っとくぜ』

 俺の返答に、獄原は寂しそうに見つめてくる。

獄原 「……本当は気になるんじゃないの?」

『……まぁな』

 それをしちまうと、未練ができちまいそうなのが困る。なるべくなら確認しないでおく方が、まだいい。あいつに何かあってこうなってるってんなら、なおさら。全部このまま引き受けてやるから、元気にやっていて欲しいと願う。

王馬 「訳さなくても、ゴン太の独り言でなんとなく察したけど……」

王馬 「飼ってた猫なんでしょ? 薄情なんだねー、星ちゃん」

王馬 「さすがは殺人テニスでマフィアを潰しただけあるよね!」

『どうとでも言え』

 笑顔で煽る王馬を短くあしらう。コイツの煽りをまともに相手するのは時間の無駄だ。

獄原 「違うよ! 星君の声が寂しそうなの、ゴン太解るよ!!」

 王馬の言葉をきいた獄原は、勢いよく立ち上がり、真剣な眼差しで王馬を見据えて感情的に反論する。

獄原 「星君は薄情な人なんかじゃないって、ゴン太は知ってる!」

王馬 「あいにくと、オレにはソレがさっぱりなんだよねー。殺人犯だし。だから死刑囚なんじゃん。立派な悪いヤツだよ」

獄原 「王馬君はどうして悪意のある言い方ばかりするの? ゴン太は悲しいよ……」

『もういい。この話はなしだ』

 今度はぶつかりあおうとしているふたりを制止する。俺なんかのことでわざわざ争う必要はない。殺人犯であることは、間違いのないことだからな。
 俺の言葉に、獄原は驚きながら身を乗り出す。

獄原 「ダメだよ! もしかしたらその猫さんがなにか手がかりになるかも知れないんだよ?!」

『俺はこのままでいい』

 獄原の眼が大きく見開く。

『獄原。俺は戻してくれなんて頼んでないぜ』

獄原 「それは……そうだけど!! 星君は人間なんだよ? 猫さんのままなんて、いいワケない!!」

 獄原には悪いが、一瞥してから嘆息する。

『あんたが熱くなったところで、俺の考えは変わらねぇよ』

獄原 「どうして? どうして諦めてるの?」

 獄原の瞳に涙が溢れる。どうして俺のことなんかで涙を流そうとしているんだ? 真剣になれるんだ?

(こいつのお人好しには参るぜ…)

(こんな世話の焼かれ方は苦手だ…慣れちゃいねぇんだ)
67 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/15(水) 22:12:26.67 ID:rQ/7d1wt0
王馬 「星ちゃん、ゴン太泣かしたんだー。健気に星ちゃんのことを考えてるゴン太を泣かせるなんて、どうしてそんなヒドいことするのさ!」

『お前は少し黙ってろ』

 俺の言葉自体は通じないが、鳴いて睨めば俺がなにを言っているかの想像はつくはずだ。とくにコイツだからな。解らないはずがない。

王馬 「それ、怒ってるつもり? 迫力に欠けるねぇ」

 挑発するように両腕を広げてくつくつと笑う。こいつを黙らせるなら、確かに人間に戻った方がよさそうだ。

獄原 「どうしてふたりは直ぐに争うの? こんな大変な問題が起きているときは協力し合うべきだよ……」

 睨みあう俺たちに、悲しそうな表情をした獄原は弱々しく呟く。ついに気持ちが決壊した獄原の瞳から、涙が伝い落ちていく。

王馬 「あーあ、マジで泣いちゃったよ」

王馬 「星ちゃんのせいだからね!」

『……』

 それに関しては否定できない。王馬と言い争うことで結果、獄原の涙は流れた。大元の原因は俺にある。このままそっとしておいてくれたほうが、俺にとってはありがたいんだが……やれやれだぜ。

『獄原…あんたの気持ちは充分伝わってる』

『だけどな、戻れるのかどうかは解らねぇが、死刑囚である俺にこの先がない以上、今の姿の方がまだ生きている意味を見いだせるかも知れねぇんだ』

『しばらくこのままでいさせて欲しい』

獄原 「……うぅっ」

 俺の言葉で獄原がなにを思ったのかは解らないが、なにかを言い返すこともなく、黙ってはらはらと涙を零す。

(悪いな、獄原)
68 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/15(水) 22:13:10.10 ID:rQ/7d1wt0
王馬 「ねぇ、キミらが何話してんのか、俺さっぱりなんだけどー? 仲間ハズレやめてくんなーい?」

 獄原の通訳がなければ、ただの猫の鳴き声にしか聞こえていない王馬は、自分が理解できないうちから話を進めている俺達の様子に、不満気に唇を尖らせていた。

獄原 「星君…しばらくこのままでいたいって……」

王馬 「あー。そりゃそうだよねー。人間に戻ったって、ここを出ちゃえば、いずれは絞首刑で処される身だもんね」

王馬 「そりゃ戻りたくないよねー」

獄原 「でも……それでもやっぱり……間違ってるままなのは……っ……ゴン太には解らないよ……」

ㅤ獄原の啜り泣く音だけが聞こえる中、王馬が口を開いた。

王馬 「だったらオレが星ちゃん飼うよ!」

『は?』

ㅤ自分の耳を疑い、次に王馬の頭を疑った。

獄原 「えええっ?!」

 この発言に、さすがの獄原も困惑の声をあげた。
 唐突にこいつは……本気で言ってるのか?

王馬 「元人間、元クラスメイトの猫なんて、ペットとしてつまんなくなくて、サイコーじゃん!」

王馬 「喋れたらもっとレアだったのになぁ」

 俺達の困惑に構わず、王馬は愉快気で饒舌に、勝手なことを言いはじめた。

王馬 「このままでいいって言うけどさ、星ちゃんだって、本当なら困るでしょ? 自分の面倒を自分でできないんだからさ」

王馬 「でも、この学園基本ペット禁止だから、この提案って、星ちゃん次第なんだよね」

王馬 「野生の獣としてやってくつもりなら、それならそれで構わないよ? 星ちゃんが選んでよ」

 確かに。いきなり猫になっちまった俺が、そのままいきなり外に出て、いきなり野生猫の生活をするというのは難しいモノがある。だが、あの監獄の中にも慣れたんだ。どれだけ過酷だろうが、劣悪だろうが、いずれは順応できる自信はある。

『テメェに飼われるのだけはゴメンだぜ』

獄原 「えっと……王馬君に飼われるのだけはイヤだって……」

王馬 「だよねー! 知ってた!」

王馬 「じゃあ、ゴン太が飼う?」

獄原 「飼うって言いかたはしたくないから、一緒に暮らすって言わない?」

『それはそれでどうなんだ……?』

 というか、いつの間に当然のように、俺を飼う飼わないの話になってやがる? 一番安心できる、田中のような才能持ちに任せるだとかの発想はないのか? いや、そもそも俺の意見をきけ。
69 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/15(水) 22:19:16.45 ID:rQ/7d1wt0
王馬 「とにかく、星ちゃんがどうしたいかなんだよね。ガチで野生の猫になりたいなら、これまでの星ちゃんとの思い出も泣く泣く忘れて“目の前の迷い猫”を今すぐにでも引っ掴んで追い出さないといけないからさ」

獄原 「そ、そんな…」

 獄原の顔が青褪め、俺を見る。

王馬 「だってそうでしょ? 中身が元人間だからって、人間捨ててるようなヤツを、オレなら特別扱いしないよ。学園側だって、星ちゃんが一芸でも披露して、つまらなくない実験体だって、なんらかの利用価値があるとみなさない限りはただの猫。すぐにでもおん出すんじゃないのー? 置いとくだけムダだもん」

 学園の生徒でなくなってしまったとなれば、王馬の対処は間違っていない。正論だ。王馬の話に獄原の顔から、ことさら色が消えて白くなる。

『おちつけよ、獄原。あんたも昔は山で過ごしていただろう』

獄原 「で、でも、それは山の家族がゴン太を育ててくれたからで……」

『大丈夫だ。見通しは甘いのかもしれないが、俺はガキじゃねぇし、覚悟もある』

獄原 「ゴン太は星君を大切な友達だと思ってるんだ…だから、ゴン太は星君と一緒にこの学園を卒業したい……もしそんな形で学園から出ないといけなくなっちゃったら、ゴン太は悲しいよ……」

 他のヤツらなら、その場限りの言葉で納得させようとしているようにしか受け取れないが、獄原の場合は、心と言葉が純粋に直結していて、一切の誤魔化しがないことを解っている。
 だからなのかも知れねーが“大切な友達”という、簡単に使える道徳的な安い言葉でも、獄原が言うと、すんなりと受け取れる好い言葉に変わってしまう。ここまでの言動が、獄原の俺に対する考え方の全てなのだろうと思うと、なかなかクるものがある。

王馬 「ゴン太の発言から推測すんの面倒だなー」

 また体がヒョイっと浮き上がって、何かの上に座らされた。その何かは、王馬の膝の上だった。
 しかもさっきの蹴りを学習したこいつは、今度は俺を後ろ向きにして前足の付け根を持つことで対策しやがった。引っ掻くこともできねぇ……。

王馬 「星ちゃんの意向としては、もうこの学園をでる方向で固まってんだし、いいじゃん?」

王馬 「じゃあ、外へ行こうか?」

 何を考えているのか読めない瞳で、俺の顔を上から覗きこんでから、俺を抱えたまま王馬は立ち上がって、扉に向かう。そのまま俺を学園の外へ連れ出そうとしている王馬に、獄原が慌てて進路を塞ぐ。
70 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/16(木) 12:25:39.45 ID:Yn/S07zg0
獄原 「ま、待ってよ! 王馬君!! もう少し話し合おうよ!」

王馬 「もう充分話したと思うけど? まだゴネる気?」

 立ち塞がる獄原に、王馬は眉を顰めて見上げ、溜息を吐く。話し合いたい獄原と、さっさと行動に移したい王馬との対立。対立の原因である俺としては、獄原が大人しく退いてくれる方が助かるんだが。いや、待てよ ────

『……王馬、ちょいと待ってくれ』

獄原 「あ、星君も待ってって言ってるよ!」

 俺の待ったに、獄原の顔が安堵で少し明るくなる。悪いが、獄原が望んでいるような話ではないと、心の中で断っておく。

王馬 「んー? 星ちゃんは野生猫になりたいんでしょ? それとも、やっぱり人間に戻りたいっていう捨てきれない未練でもあんの?」

『そうじゃねぇ』

獄原 「っ! …………違うみたい……」

 願いとは真逆の俺の返答に、獄原は沈痛な面持ちになり、がっくりと肩を落とす。

王馬 「じゃあなに?」

 ── 俺は思い出し、気付いた。今、この姿だからこそやれること。それは──辺古山の夢を叶えてやれる、と。
 俺だったら、辺古山を怖がったり、逃げたりもしない。中身が俺だという点を除けば、辺古山が、今まで触りたくても触れなかった動物に、触れられるということ。こんな俺でも、できることがあるなら、最後にやれることをやってから出て行きたい。

『学園を出る前に寄りたいところがある』

獄原 「うう……学園を出る意思は変わらないんだね……え、えっと、寄りたいところがあるんだって」

王馬 「ふーん? どこに行きたいの?」

 上から俺の考えていることを探ろうとしているのか、瞳を覗き込まれる。瞳の動きで動揺しているかを判断するためだろう。

『とりあえずこの部屋から出してくれさえすれば、自分で行く』

獄原 「出してくれたら自分で行くって」

 獄原の通訳に、王馬は眼と口許を三日月のように歪めて笑う。

王馬 「目的を言い渋るその感じ、女のとこに行くんでしょー? やらしいんだー」

 俺に何を期待しての発言をしてるんだ? コイツは。

『勝手に想像してろ』

獄原 「か、勝手に想像してって」

王馬 「うん! ねっちょりな想像しとく!」

 満面の笑顔で答えたかと思うと、イヤにあっさりと手を離した。もう少し鍔迫り合いするもんだと思っていただけに、肩透かしをくらった気分だ。

王馬 「ゴン太ー、星ちゃんの代わりに扉開けたげてよ」

獄原 「え? う、うん!」

 獄原は王馬に言われるままに扉を開いた。開かれたその先の光景は、見慣れているはずなのに、この部屋とは比べものにならないほど広い世界が広がっていた。
71 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/16(木) 12:27:44.20 ID:Yn/S07zg0
『……王馬、どういうつもりだ?』

獄原 「王馬君。星君がどういうつもりだって訊いてるよ?」

獄原 「寄りたいところにいってらっしゃいってことじゃないの……?」

王馬 「一度この学園から出ちゃったら、星ちゃんはそのまま、やりたいことを諦めて去るタイプだろうからっていう、オレなりの情けをかけてあげてんだよ」

王馬 「これは本当。嘘じゃないよ」

「…………」

 王馬は嘘つきだが“嘘じゃないよ”と言ったときは、それが本気なのだということは解っている。情けをかけるなんてことを、こいつでもするのか。

王馬 「用が終わったらこの部屋の前にでも居てよ。さよなら言わずに出ていかれるのは寂しいからさ」

獄原 「王馬君……」

 獄原は真に受けているみたいだが、俺には見え見えだ。

『嘘なんだろ』

 訊かなくてもいいが、溜息混じりに一応、訊ねる。

獄原 「え? 嘘?」

王馬 「にししっ! 嘘だけどね!」

獄原 「えええええっ?!」

 寂しがっている王馬に共感していたのだろう獄原は、王馬の嘘にショックを受ける。

『こいつがこんな殊勝なこと言うはずがないだろ…』

王馬 「さっすが星ちゃん! オレの良き理解者だよね!」

 扉は開いた。なら、こいつにこれ以上付き合ってやる必要はねぇ。王馬の軽口には答えず、獄原に話しかける。

『獄原、いろいろと済まなかったな。オレのことで真剣になってくれたこと、礼を言う』

『ありがとう』

 俺の言葉をきいた獄原は、複雑な顔をして目を伏せていたが、寂しさを隠し切れていない笑顔を俺に向けた。

獄原 「後でここに戻ってきてね? 王馬君も言っていたけど、さようならを言ってからお別れしたいから」

『解った。一度戻ってくる』

 伝わるかは判らないが、俺も笑って答える。
72 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/16(木) 12:28:24.56 ID:Yn/S07zg0
『王馬』

獄原 「あ、王馬君」

王馬 「ん? なに?」

『獄原の説得に関しては礼を言う』

 王馬に礼を言う日が来るとは想わなかったが、ありがたかったことに間違いない。獄原とサシだったら、話の決着がつかなかっただろうからな。

獄原 「ゴン太を説得してくれたこと、ありがとうだって」

 いや、それだとニュアンスがだいぶ違ってくるだろ……。

王馬 「ふーん?」

 王馬は意外だと言いた気な顔で俺を見下ろす。

『獄原…正確に伝えてくれ』

獄原 「あれ? ゴン太間違ってる?」

 俺の指摘で、獄原は疑問符を浮かべていそうな顔で、俺と王馬をあたふたと交互に見やると、王馬はオーバーに反応する。

王馬 「え? 間違えてんのゴン太」

獄原 「ま、間違えてないよ?! あれ? 間違えてるのかな???」

王馬 「あーあー、まったくゴン太は使えないよねー。猫の通訳もまともにできないのー?」

 また王馬が獄原で遊ぶだけの、意味のない会話をはじめた。付き合って眺めているつもりのない俺は、構わず部屋を出た。

 一歩、部屋の外へ踏み出す。今の自分が猫だからだろうか? 見慣れたはずの外が、全くの別世界に映って見える。あらゆるモノに見下ろされているような錯覚さえするほど、広く、大きい。

 辺古山の居所はどこだろうかと、なるべく探しまわることのないように、目ぼしい場所を考える。

(この時間に向かうなら剣道場か)

 目眩がしそうなほど広大な敷地を駆け出す。不思議なほどの開放感に胸が高揚する。人生を捨ててから動くことがなかった、心が動いている感覚を思い出す。

(俺は……間違いなく生きてるんだな……)

 忘れていたモノを全身に感じながら、目的地の剣道場を目指した。



73 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/16(木) 18:07:45.33 ID:Yn/S07zg0



 良くないことをしている自覚からの罪悪感と、猫に触れている興奮で、心臓は今にも爆散して臓物をぶち撒けてしてしまうのではないかと、危機感すら覚えるほど荒々しい。呼吸も喉で詰まるようでままなっていない。

猫 「にゃー」

 私は……私はなにをしているのだろうか?
 今、私の腕の中にある柔らかくて暖かい、心を至福に満たしてくれる生きた毛玉を……猫を……衝動に任せて部屋に連れ込んでしまった……。

猫 「にゃー」

 この学園の寄宿棟は、動物に関する才能を持つ者以外のペット飼育は禁止されている。私の才能は《超高校級の剣道家》……自分が動物から嫌われていることを合わせても、ペットを飼うなど縁遠い。

(だが! 手離したくない!!)

猫 「ゔにゃーッ!」

 私を見つめている猫を抱き締める。力が入ってしまったのか、苦しそうに猫が身じろぐ。

「す、すまなかった」

 ハッとして猫を床へとおろす。すると、猫は背筋を伸ばして、両足を床に着いてちょこんと座り込む。

 可愛い。存在がもう可愛い。

(まず形からして反則だ! この全体的に丸く、頭から尾にかけてしなやかな曲線!! 耳の形なんて最高ではないかっ!!)

(はっ!)
 
 私になにか訴えかけているのだろうか? 先ほどからずっと、私と目を合わせてくる。

(ご飯か? トイレか?)

 どうして私には田中のような才能が備わっていないのだ……猫の気持ちがまるで解らない……。
 しかし、猫の目線が私の後ろに向いた。私の背後には扉しかない。それはつまり──

「外に出たいのか?」
74 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/16(木) 18:08:23.56 ID:Yn/S07zg0
 私の問いかけに、猫は“にゃー”と鳴いて答える。もしかして、言葉が解るのか? いや、解っていようといまいと、いきなりこんな知らない場所に連れ込まれたら、不安にもなるか。その気持ちはよく解る。解るのだが──

「私はお前を手離したくない…」

「できることなら、ずっと私の飼い猫として、ここにおいておきたい」

 私から目を離さない猫の頭を撫でる。たったそれだけなのに、幸せになれる。
 なんど試みても、このふわふわとした手触りをおさめられなかったのだ。こんな機会がまたあるとは限らない。ならばせめて、もう少しだけでも時間が欲しい。許して欲しい。

「……しかし、それは私の都合だ……お前はここから出たがっているようだからな……」

 私を哀れんだ神が、ひとときの幸せを与えてくれたのだと思って、諦めてしまおう。どうにしろ、この部屋はペット不可なのだ。隠しながらうまく飼える保証もない。


 猫に対する執着、未練を断ち切ることを決めてから、私は撫でる手をとめた。


「……外に……出してやろう」

 猫を抱えようと両手を差し出しすと、猫が後ろへと退がった。

「え?」

 出たがっていたであろうはずの猫が踵を返し、元から備え付けられいたソファの上へと飛び乗り、座り込んだ。
 まさか……私の気持ちを察して、残ろうとしてくれている、のか? 話かければ鳴いて答えるような聡い猫だ。つまりは、そう捉えても良いのか?

 戸惑う私を一瞥した後、猫はそのまま体を丸め、寝る体勢に入った。やはりそれは、この部屋に腰を落ち着けるということだろうか?
 そうなのか? そういうことなのか? そうならば、そうなのだとしたら……! 確かめてみよう。思い上がりの勘違いだったら……悲しい。

「私の飼い猫になってくれるということか?」


猫 「にゃー」


 愛らしい鳴き声が、私の問いに答えた。電光石火の速さで胸がギュウッと締めつけられた。即死級の衝撃だった。勿論これは比喩で、死にはしない。しかしその次には、満開の花が咲き乱れる、春の陽気のような暖かさに包まれた。
 今、人生の1/3の目標を達成できた瞬間だ! もちろん、残りは、坊ちゃんの命をお護りする使命だッ!

(あぁ、あぁ……なんて! なんて幸福な日だろうかッ!!)

 胸にこみ上げ、昂ぶる感情に、涙が溢れてしまいそうだ! 

 寝付こうとしている猫を驚かせてしまうのを避けるため、猫を抱き締めたい衝動をグッと! グッと! 抑え込んで耐えた。

「そろそろ、私は部屋を出ないといけない。休みの時間には様子をみに戻ってくる」

「それまで、いい子にしていてくれ」

 私の言葉に答えるように、猫は短く鳴いた。



75 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/17(金) 23:17:27.39 ID:JYcML8FE0



 辺古山が出ていってから、寝たフリをやめて目を開ける。
 まず考えたのは、部屋で別れた獄原のことだ。

(用が済んだら戻ると約束しちまったのにな……アイツは確実に俺の心配をするだろうな)

(しばらくは俺を探しまわるかもしれねぇな……朝でアレだったからな……)

(……考えなしに居座るのはマズかったか)

(悪いことしちまったな……すまない、獄原……)

 戻ると約束をしたクセに、無責任にソレをあっさりと破るようなマネをしたことを反省する。

 改めて、体を起こして辺古山の部屋を見回す。こざっぱりとしていて、あまり女の部屋という印象を受けない。原因は、元々ある備え付けの家具を使っているからかも知れない。まぁ、ゴテゴテと飾りたてたような、女っ気のする部屋より、気持ち的には遥かに過ごし易いか。

(しかし、俺が自ら飼い猫生活を選ぶとはな)

 学園の外へ出ると決めていたはずだったが……辺古山のヤツがらしくない寂しげな表情をするもんだから、つい同情して残ることにしちまった。

(ったく、らしくねぇよな……)

 部屋の中とはいえ、自由度の低さでいえば檻の中とそう変わらない。

(これからは、食事と睡眠を繰り返しながら、辺古山の帰りを待つだけの飼い猫……か)

(だがまぁ、ホンモノの檻の中よりマシなのは、間違いねぇか)

 新入りが受ける“歓迎”という名の洗礼からはじまって、看守に目をつけられない程度の陰湿な嫌がらせ……避け方を覚えるまでの間は、まさに地獄といってもいい環境だったあの頃と比べれば、なんてことはない。

 しかし、なにもすることがないってのも困ったモンだな。ここを出た方が、やること、やれることは多そうだ。この部屋でできそうなことなんて、思考を巡らせるくらいしか、することがない。だがそれだと、余計なことばかりを考えてしまいそうだ。
 囚人である俺が、先をみようとしたところで、すっぱり途切れている。ならば後ろを振り返るしかない。しかし、情熱を注いで打ち込んでいたすべてを不意にした愚かしさ──大切なものを自分の手からとり落とした愚かしさ──それらをわざわざ振り返るなんざ、なんともお笑い種だ。
76 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/17(金) 23:18:52.76 ID:JYcML8FE0
(だが……)

 ここに来るまでの間に蘇った、あいつがいて、テニスができさえすれば概ね満たされていた頃のような“生きている”と実感し、高揚したあの感覚──

 全てが許された気がした

 喜びが全身に溢れた

 自分という存在に意味があるように思えた

 ──それらが嘘のように今は残っていない。虚しさの去来。

(アレはなんだったんだろうな。名残惜しく感じちまうのは……生への未練か……)

(…………まったく……クールじゃねーな……星 竜馬……)

 あんなモノ、忘れてしまった方がいい。

(忘れてはいけないのは、自分の過ちの方だろう?)

(死にたくはねぇ。けど、その日はどんな姿だろうと訪れる。それまでに、ケジメはつけなきゃなんねぇ)

(あいつを不幸にした罰と、テニスで殺人を行使した罪の清算は、死をもって終える)

(忘れるべきは自ら棄てた“未来”への“期待”と“希望”だ)

(……それでいい……それが正解だろう……?)

 幸い、今の俺はただの猫だ。猫にテニスは必要ない。余計な期待や希望をもたなくて済む。

(…………)

 “あの頃の星 竜馬はもういない”と、言ってきていたが、結局は過去を気にして、戻りたがっている自分をみつけ、ふいに乾いた自嘲を零す。

(今の俺は辺古山に飼われる、ただの猫だ)

(俺の存在する意味も理由も、それでいい)

(…………猫らしく、寝ておくか)

 ようやく思考を止める。瞳をとじただけの不完全な闇から、意識が落ちてほんとうの闇へ落ちていく。


77 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/21(火) 02:04:04.61 ID:n4bVmGDB0


(私が猫を飼う…か)

 今、こうしている間にも、自分の部屋で猫が留守番をしているのだろうと考えると、自然と頬と口許が緩んでしまう。

(今頃はもう夢の中かもしれんな)

 しかし、浮かれてばかりではダメだ。必要なモノを買い揃えなければならない。放課後にホームセンターに向かわねばな。ペットショップだと、動物たちが私に怯えて騒ぎだしたりしてしまうからな……。

「あ」

(いやまて……放課後に買いに行くまで……餌がないということではないか………。トイレだって……)

 今こうしている間にも、猫は私の部屋で過ごしている。猫に必要なモノがなにひとつとして備わっていない部屋で、だ。腹を空かせて鳴いていたり、トイレをしたがっているかもしれない……!
 すっかり気分が舞いあがってしまって、なにも考えていなかった! 休んでペット用品を買いに行ってしまうか?! この学園は才能テストで結果を出せてさえいれば、出席や授業態度に関して問題はないのだしな!

 逡巡した後、結論を出す。

(よし! 今日は休んでしまおう。先に坊っちゃんに連絡しておかねば)

 携帯機を取り出し、見慣れた番号にかける。それほどの時間もかからず、電話はとられた。

九頭龍 『おう、ペコ。朝っぱらから電話してくるなんざ、どうした』

「申し訳ありません。今日は授業を休もうと思いまして、ご連絡をさしあげました」

九頭龍 『なっ?! 休むって、オメー体調悪ぃのか?!』

ㅤ坊っちゃんの声色が焦っている。九頭龍組に拾われた、道具に過ぎない私に、いつだってこのお方は、お心を砕いてくださる。坊ちゃんの道具たる私に、その必要はないのに。それでも……嬉しく思ってしまう私は道具であることをつらぬけないダメな道具だ。

「いいえ。むしろ体調はよいぐらいです」

九頭龍 『? んじゃあ、なにか用事か?』

「はい。急なことで申し訳ありません」

九頭龍 『……なんか妙なことじゃねーだろうな?』

ㅤ坊っちゃんに事前に予定を伝えていないということが、これまでなかったことだったためか、探るように問われる。猫を飼うための道具を一式揃えるためなどと、言えない。

「血を見たり、複雑な内容ではありません。ご安心ください」

「極めて個人的な用事です」

九頭龍 『そんならまぁ……いいけどよ』

 坊っちゃんにならば、隠す必要はないのかも知れないが……校則を破っているという後ろめたさからか、つい隠してしまった。

(くっ! 主人に隠し事をするダメな道具で申し訳ありませんっ!!)

「今日はあなたのお側に着けません。道具でありながら、申し訳ありません」

九頭龍 『学園内なら、ペコが心配するような事態はそうそう起きねぇよ。つーか、自分を”道具だ“ってのをやめろって言ってんだろ』

「いいえ。私は道具です」

「それより、くれぐれも周りにはお気をつけください」

九頭龍 「……オメーも気をつけろよ」

ㅤ嘆息しているのが電話越しでも解る。私が道具であることを、坊っちゃんが否定しても……どれだけダメな道具だとしても、私自身は否定してはいけないのだ。

「はい。ありがとうございます」

「それでは失礼します」

 通話を切ると、私は部屋へ戻るために踵を返した。

(私がいない間、なにもなければいいが……しかし、猫も急を要する)

(制服のまま学園の外に出るのは、さすがに目立ってしまう。いちど着替えてから、ホームセンターへと向かおう)

(あの猫は今頃、夢の中だろうか? 起こさぬようにせねば)

 そんなことを考えながら、いつもと比べ足取りも軽く感じながら、自室へと戻った。


78 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/21(火) 02:04:51.92 ID:n4bVmGDB0


ガチンッ

ガチャッ

「!?」

 鍵を解錠する音と、扉を開ける音で闇に沈み込んだ意識は浮上し、自然と瞼があがる。

(……辺古山が出て行って、時間はそう経ってねーはずだが…)

 見上げて時計をみれば、HRがはじまる時間だ。

(……忘れものでも取りに帰ったのか?)

 顔をあげると、部屋に入ってきた辺古山と目があう。俺をみた辺古山は幸せそうな笑顔で俺の元に駆け寄る。はじめてみる辺古山の満面の笑顔に驚いて思わず固まってしまう。

辺古山 「ああ、よかった! やはり夢ではないのだな…!」

辺古山 「実はこれまでのことは夢で、扉を開けたらお前はいないのではないかと、不安だったぞ」

 呆然としているところを持ちあげられ、抱えられる。これまで動物に触れたくても触れさせてもらえなかったせいか、触れても逃げない存在が現れたことを、なかなか現実のできごとだと信じきれていないようだ。そんな辺古山に少し同情する。

ㅤ舞い上がっていることが恥ずかしくなったのか、辺古山はすぐに俺をおろす。

辺古山 「起きていたのか? それとも起こしてしまったか?」

辺古山 「起こしてしまったのなら、すまない」

 体を丸めなおしている俺に、申し訳なさそうに謝る辺古山。意味が伝わるかは解らないが、尻尾を揺らして問題ないことを示す。その動きをみて、辺古山の頬と目許が、これ以上は緩まないだろうというくらいに緩みきる。

(しかたないとはいえ……これは……崩れすぎだろう……筋肉が崩壊しているレベルだぞ……)

ㅤ幸せそうなのはいいことではあるんだが……これほど俺が猫になったことで、辺古山に多大な影響を与えるとは思わなかった。

辺古山 「私はだいじなことに気付いたのだ。私がいない間の、お前の食事やトイレについてだ」

(……なるほど)
79 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/21(火) 02:05:20.07 ID:n4bVmGDB0
 辺古山はクローゼットを開け、制服を脱ぎはじめた。着替えを見ないように顔を伏せる。衣擦れの音は耳を伏せても、どうしたって届いてしまう。深く考えもせずに、男である俺が居座ってしまっていることを申し訳なく思う。知らない内に、男を部屋に上げているうえに、一つ屋根の下なんざ、辺古山からしたら卒倒モンだろ。

辺古山 「心配になって戻ってきた。今日の授業は出ずに、今からお前のモノを買い揃えてこようと思う」

 着替えを終えた辺古山はこちらにまで歩み寄り、俺と視線をあわせるように屈む。今日で何度めになるだろうか、頭を撫でられる。長年竹刀を握り続けたことでできているタコの硬さを感じとる。こいつからは何者にも負けてはならないという気概が常にみえる。テニスで常に上をみていた、あの頃の俺を思い出させる。

(まただ……)

 投げ捨てておきながら、ふいに片鱗を見つけたら、また自分から拾いに行ってしまう。自分の頭の悪さに眩暈がする。


(あ? ちょっと待て……トイレ……?)


 俺は失念していた。生物にはつきものの、排泄という生理現象。これから辺古山のペットとして飼われるとなれば、見られる挙句にその後始末をさせることになる……ってことだよな……?
 排泄しているところ自体は、頭が見える程度の低い仕切りがあるとはいえ、看守に見られながらするからまだ慣れている。だが、排泄物自体を見られるとなると、話はまた別だ。

(まだなんの面識もない人間なら、多少の羞恥心はあっても、すぐにやり過ごせるだろうが……それなりの交流がある人間にその手の世話を……しかも女にされるのはさすがに耐えられねーぞ……!?)

(クソッ! ホントになんで居座ることにしちまったんだ!!)

 自分の覚悟の甘さと短慮に嫌気がさす。

(自我まで猫になっていたら、こんなことでいちいち悩みもしなかったんだろうが)

 人間としても、猫としても、今の俺は半端者だ。改めて覚悟しないとなんねぇようだ。

(でなけりゃ、胃と心が潰れちまう……)

 頭と胃が痛んでいるところに、辺古山が先ほどと同じように、俺の頭を撫でる。

辺古山 「改めて行ってくる」

「…………にゃー」

 そして、はじめに辺古山が部屋を出たときと同じように、短い返事を返してもう一度送り出した。

 もう、なるようにしかならならねーんだ……せっかくあいつが俺のために、いろいろと買い揃えてくるってんなら、興味を示すくらいのことはしてやろうじゃないか……。あいつにとって初めて触れ合うことができた猫であり、飼い猫なんだ。できる限り、落ち込ませないようにしないとな。
 飼い猫ってのも大変だな。まあ、あいつら猫は、そんな殊勝なことを考えちゃいないだろうが……。興味のあるモノと、ないモノへの反応が素直だ。そんなところが可愛いんだがな。

ㅤ重いため息を吐いてから、いろんな思考を振り払うために瞼を閉じた。



80 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/21(火) 02:06:40.05 ID:n4bVmGDB0



(あいつの名前を考えてやらねば……どんな名前がいいだろうか?)

ㅤホームセンターに向かう道中、猫の名前をどうするかを考えていた。考えてみて解るが、名付けというのは、なかなか難しい。自分のネーミングセンスに自信がない。しかしこの先ずっと呼ぶ名前なのだから、慎重に、大事に決めてやりたい。あの猫にすっかり魅了されてしまっている私は、頭の中はあの猫のことばかりだ。ㅤ“自分の言葉を理解できるだろう”と、招いてまだ初日の──それどころか、たった一時間程度の猫に、なぜかそんな絶対的な信頼を寄せている。


(そういえば……統領はどのように私の名前を考えて授けて下さったのだろうか……?)

ㅤ私は生まれて間もなく捨てられた身の上。それを拾ってくれたのは九頭龍組だ。私に名前をくれたのは、御頭様。私の人生は九頭龍組の中に在った。それはこれから先も変わらない。

 しかしこの悩む時間も楽しいモノだな。猫のことが頭にあるだけで、胸が暖かくなる。これが、尊いという気持ちか……!


ㅤ猫の名前をあれこれ考えるあまり、前方を見ることをつい怠りがちになりながらも目的地となるホームセンターを目指す。
ㅤふと前を見れば、一匹の茶トラが塀の上で尻尾を垂らし寛いでいる姿をみつける。

ㅤ(猫…!)

ㅤ数分前にはじめて猫に触れられたとあって、猫との接触に自信がついた私は、期待と高揚で暴れる心臓を抑えきれないまま茶トラへと近づいた。

茶トラ 「ニ゛ャ゛ヴヴヴヴッッ!!」

「あ……」

ㅤおそらく私は、ただならぬ殺気を発していたのだろう。威嚇しつつ飛び跳ねながら塀を降り、姿が見えてはいないが、音からしてその場を一目散に去ってしまったようだ。

(やはりあいつが特別なのだな……)

ㅤ物悲しさが胸に去来するが、私にはあの猫がいるじゃないかと気持ちを立て直す。

(あいつとの出会いは運命なのかもしれないな)

ㅤ運命などと、らしくないとは思うが、そう感じずにはいられない。あの猫への愛着と、元よりその気だが、大切にしなければという想いがいっそう湧いて仕方がない。胸がほんのりと熱くなるのが解る。

(あぁ、あいつを撫でたくなってきた…早く買い物を済ませて帰ろう!)

ㅤ急がずとも部屋で待ってくれていると解ってはいても、1秒でも早く帰り、1秒でも長く一緒に今日を過ごしたいと思ってしまう。
 坊っちゃんをお護りする道具でなければならない身でありながら、なんと無様なことか。解っている。解ってはいるのだ。しかし口元の綻びを引き締めることも、弾む心を抑え込むことができないまま、私は止めていた歩みを再開した。



81 : ◆AZbDPlV/MM [saga]:2025/01/21(火) 02:07:59.99 ID:n4bVmGDB0



辺古山 「お前の名前を決めたぞ」

 部屋に入って来た辺古山は、手にした大荷物をその場に置くと、直ぐにこちらへ駆け寄り、俺を抱き上げる。辺古山は見たこともないほどの輝いた笑顔をみせていた。

 名前……そうか。飼い猫になるのなら“星 竜馬”ではなくなるのは当然か。新しく名前が与えられるとなれば、いよいよ猫としての人生が始まるのだという実感が沸くな。

辺古山 「お前は“リュウ”だ」

 “リュウ”か ── 悪くない。

辺古山 「これから宜しくな、リュウ!」

「ニャウ」

 新しく名付けられた名前を呼ばれ、短く答えた。
 感極まったらしい辺古山は、俺を抱き締めると、身体を左右に揺らしながら、どこからそんな音を発しているのか、不安になるような甲高い唸り声を漏らしている。

(この先の生活が思いやられるな……)

 それなりに一緒に過ごしていけば、今よりは落ち着いていくだろうが……落ち着く、よな? いや、落ち着いてくれ、頼むから……。

 猫側から見た人間がどう映るのか、身に染みた。反応を示さない猫達の気持ちが、解った気がする。無反応が、全てをやり過ごす最適解だと学んだ。

辺古山 「まずはご飯と水を用意するから、待っていてくれ」

(朝飯なら、獄原と王馬のヤツにもらったんだが。どうしたもんかね……)

 そんなことを考えていると、辺古山が荷物から深皿を二枚取り出し、バスルームへと消え、直ぐに戻ってくると、皿の水気を拭いて俺の前に置いた。どうやらこれが俺の食器らしい。

辺古山 「カリカリとウエットの、どちらがいいのか解らなかったから、両方買ってみたのだが……食べてくれるだろうか?」

 さっき食べたのは、ウエットタイプだったからな。乾燥タイプはどうなんだろうな? 食べてみたくなった俺は、乾燥餌の袋に近づいた。

辺古山 「どうした? こっちを食べたいのか?」

 問われたので、鳴いて答えた。辺古山は破顔し、デレデレと弛んだ顔で俺を撫でる。

辺古山 「ならば、こちらを用意しよう」

 乾燥餌の袋を開封すると、中身を皿の中へ適量移していく。乾燥餌が袋から雪崩れるザラザラという音と、餌が皿と打つかる、カランカランと軽やかな音が響いて、餌の匂いが鼻腔を擽る。その様子を眺めているうちに、俺の意思と関係なく、尻尾が勝手に左右に揺れていた。コレは、猫化の影響か? 餌が入った皿から、辺古山に視線を移すと、俺は面食らう。

「?!」

辺古山 「ぐすっ……と、尊い……」

 餌を待つ俺の姿に感極まったらしい辺古山が、涙を流していた。

辺古山 「本当に……本当の本当に、私が猫に餌を与えているのだよな? リュウは待ってくれているのだな? 可愛いさの極みッ! 愛くるしいッ! うぐぅぅ……っ!!」

 次から次へと、瞳から涙を零して泣いているが、どうしていいのか解らない俺は、気まずさを覚えながらも、カリカリを口にしてみた。
 ウェット餌と違って、噛めば硬いペレットが砕け、カリゴリという音が歯から伝導して頭蓋骨に響く。なるほどな。こっちも悪くない。視線を上げると、辺古山が泣きながらカメラを構え、しきりにシャッターを切った。

辺古山 「くぅ……っ! メモリを大量に買い込まなければっ!!」

(おいおい……どれだけ俺の世話だかで金を溶かす気だ?)

 辺古山の懐具合を心配しながら、ゆっくりとペレットを味わった。



82 : ◆AZbDPlV/MM [sage]:2025/01/21(火) 02:21:27.78 ID:n4bVmGDB0
やっと星君のペット名まで辿り着きました。星 “竜”馬と九頭“龍”で、どちらにもリュウが付く共通点があったため、名前はリュウにしました。ペコちゃんは恩がある九頭龍組由来で付けてます。

後もう1レス分ありますが、まだ先になる予定で、しかもそこに至るまでが未定です。早く投下できるように、なるだけ頑張ります。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2025/01/23(木) 00:37:25.79 ID:Ka/VEFnF0
見てます
84 : ◆AZbDPlV/MM [sage]:2025/01/27(月) 15:02:43.91 ID:k7s/KvFh0
>>83
ありがとうございます!
こちらは月1ペースでやっていけたらなぁと思ってますので、よろしくお願いします。

ペコちゃんとリュウ(猫星君)
https://imgur.com/a/
85 : ◆AZbDPlV/MM [sage]:2025/01/27(月) 15:04:57.63 ID:k7s/KvFh0
https://imgur.com/a/XIKp0te

貼れてない?
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