日向「神蝕……?」

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12 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/08(水) 17:31:04.04 ID:r4P7jXfa0
日向  「やっぱりか……"超高校級の剣道家"は、持ってたはずなんだけどな……
     まあ、カムクラが消えたんならそれでいい!」

その時だった。化け物と対峙する俺の耳に、ふと声が届く。

生徒A  「よっ……っと、登れないことは、ないけど……キツいな」ズルズル

生徒B  「頑張れ、もうちょっと……」ググッ

生徒C  「おい桑田、無理そうだしさっさと"出口"作ってくれよ」

桑田   「……たりめーだろ……こんなとこ、一秒でもいられっかよ」ボソッ

予備学科の生徒たちと一緒にいたのは、意外な人物だった。
"超高校級の野球選手"桑田怜恩は、塀に手を当てて「すうっ」と深呼吸する。


"出"(いずる)


パアッと光が放たれて、真っ白な壁に教室の扉が生まれた。

生徒A 「やりぃっ!俺いーちばんっ♪」ストンッ

塀の上にいた生徒は、飛び降りるなり扉を開けて……

生徒A 「……って、あれっ?」

塀の中から、扉を開けて出てきた。

生徒B 「おい桑田、お前ちゃんと出口作ったのかよ!」

生徒C 「出らんねーじゃねえか!もっかいちゃんと……」

桑田   「お、おい!前……」

生徒C 「あ?」

桑田の生み出した扉の上に、ズズッ…と召還陣が現れた。
予備学科の生徒たちは悲鳴を上げる間もなく、ばくんっと呑みこまれる。

桑田  「あ、あっ……!」ガタガタ

桑田  「あ゛っ、あああああああっ!!」

腰を抜かしていた桑田は転がるように立ち上がって、逃げ出した。
化け物の腹の中で、丸呑みされた生徒が暴れている。人の形に出っ張った『それ』は
出してくれ、というように腹を叩く。しかし…みるみるうちに消化されてしまった。
残酷だ……。
13 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/08(水) 17:32:03.04 ID:r4P7jXfa0
日向  「くそ、敵が多すぎるっ……!」ブンッ、ザクッ

日向  「ああっ!」ボキッ

ネクタイを『変化』させた刀は耐久性もあまりなかったらしく…
二体目をどうにか切り伏せたところで真っ二つに折れてしまった。
もう変化させられるものは残ってないぞ……
俺たちのパーティーは、文字の使い方が分からない十神と、闘える状態ではない朝日奈だ。
かくなる上は。

日向  「逃げるぞ!朝日奈、今度こそ走れるか?」

朝日奈 「う、うん!」タッ

豚神  「助かったぞ日向……やはり、お前はやる男だな」タタッ

とはいえ、学園内に逃げ場はない。俺たちはだだっ広い校庭を縦横無尽に走って逃げた。
途中、小泉が西園寺の手を引いて走っているのとすれ違ったり、
化け物に囲まれてなぜか高笑いしている狛枝を見たが、他の仲間には出くわさない。

日向  (まさか……死んだりはしていないよな?狛枝は"幸運"だし、ソニアや
     澪田はなんとなく大丈夫そうな気がする。こうなるとやっぱり、
     仲間もいなそうな上に、すぐに怯える罪木が一番心配だ……)タッタッタッ

体育館の出口の所に、霧切が立っているのが見えた。
彼女はこめかみに指を当てて、意識を集中させて行く。太もものあたりにチラッと、
文字が浮かび上がっているのが見えた。


"索"(さく)


瞬間、霧切の前にパッとホログラムが現れた。

霧切  「この現象は"神蝕"というのね……学園長は"始"と言っていたけど……これからもっと
     様々な蝕が現れるということかしら。
     弱点は見た目の通り、頭と心臓部分……四足ということを考えると、脳天を狙うのが
     最も効率がいいようだわ。動きはそこまで素早くない。三つ目ではあるけれど、
     視力も大してよくない……」

その時、一頭の化け物が霧切に気づいた。「ウウ…」と唸る化け物は、前足を振り上げて、

霧切  「――ふっ!」タンッ

さっきまで霧切の立っていた場所に、大きな穴が空く。

霧切  「知能も低いようね。避けるだけなら簡単だわ。私には武器もないし……蝕が終わるまで
     あと数分もない……最初は驚いたけれど、もう大丈夫かも」タタタッ

日向  ("名探偵"に相応しい一文字だな……)
14 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/08(水) 17:33:05.76 ID:r4P7jXfa0
そして、霧切の言葉通り……数分で、俺たちの足元がすうっと明るくなる。
それが、空を覆っていた雲が晴れたからだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
『始』の化け物たちも首をもたげて、唸り声をあげながら歩き出す。化け物が一歩進むごとに
その体躯は透けて、やがて跡形もなく消え去った。
残されたのは血と体液の、すえたような匂いと、血でぬかるんだ地面、そして……
数え切れない死体の山だけだ。


豚神  「……おい、日向。あれはなんだ?」スッ

日向  「島?空に島が浮かんでるのか?」

空に浮かんでいるのは、島だった。
城のようなものが建っていて、目を凝らすと風にはためく布も見える。
さっきまでやけに校庭が薄暗かったのは、あの島が学園をすっぽり覆うように
影を作っていたからか。

朝日奈 「船みたいにも見えるよ!…でも、あんなの見たことない。もしかしてこの変な現象って、
     あの島のせいだったり……」

豚神  「そうとしか考えられんな。決めつけは禁物だが、変化といえる変化はあの島だけだ」


【初日:始
 死亡者数:876名
 生存者数:1624名
 総生徒数:2500名→1624名】

日向  「俺たちは……これからどうなるんだ」

豚神  「それを考えるのは、全員の安否を確認してからだ。……ひとまず体育館に戻るぞ。
     生きているなら、あそこに戻ってくるはずだ」スッ

日向  「あ、ああ……」

日向  (やっぱり、こいつは冷静だな……不思議と頼りになる感じがある)

成り行きで仲間になった朝日奈も連れて、俺たちはひとまず体育館へ帰ることにした。

_______

一旦切ります。Rで立て直すほうがいいのか、それとも…
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/08(水) 18:06:54.09 ID:T9KBe2+4o


豚神の実に頼りになることよ
エロがないならここでいいと思うよ
16 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 12:47:57.39 ID:lcFU0T5b0
>>15
分かった、ありがとう。
SS速報VIPの冒頭に『グロ禁止』とあったので迷ってた。
__________________


俺たちが体育館へ戻ると、生き残った生徒たちがちらほらと帰ってきていた。
とりあえず三人で並んで腰を下ろしたが、仲間達が全員集まるのにはまだ時間がかかりそうだ。
苗木たち未来機関組とも話をしたいので、77期、78期の双方が集まるまでこうして待つ事にした。

罪木  「……ふんっ!」パァァ


"癒"(いやし)


罪木  「ふうっ…あっ、一応治ったと思うので……腕、回してくださぁい……」

声をかけようかと思ったが、忙しそうだ。後にしよう…。
"超高校級の保健委員"である罪木の前には、負傷した生徒がずらりと列を作っている。
罪木は俺の視線に気づくと、「あ、日向さん…」となんともいえない表情をした。
……俺だって、記憶を消せるものなら、消してやりたい。

西園寺 「ふんっ、ゲロブタの奴…いい子ちゃんぶって治療なんかしちゃってさ。
     ああやってりゃ誰にも責められないって思ってんだよ。見え見えだっつーの」

小泉  「日寄子ちゃん、悪口は聞き苦しいよ」

西園寺 「うぐっ…だって、だってあいつ……わたしを殺したんだよ!わたし何もしてないのに!」

小泉  「日寄子ちゃんだって、ずっとあの子をいじめてたじゃない。口を開くたんびに
     "黙れ"とか"あんたに聞いてない"とか、酷い事ばっか言って……パーティーの時だって
     転んだのを笑い者にしてみんなの前で恥をかかせたでしょ。蜜柑ちゃんも悪いけど……
     何もしてないっていうのは違うんじゃないかな」

西園寺 「小泉おねぇ、まさかあいつの肩持つ気なの!?」

西園寺が罪木への仕打ちを正当化するのは間違っているが……
罪木には(絶望病の所為とはいえ)クロだという挽回しようのない負い目がある。
「本当は死んでなかったんだし、いいじゃないか」なんてことは言えるわけがない。
この二人は、なるべく交流させないようにしておくしかなさそうだ……。

朝日奈 「ねえ日向、聞いてる?」

日向  「あっ、ああ…聞いてる……」

朝日奈 「なんか…今日はほんと、二人ともありがとね。私、わけが分かんなくてさ……
     さっきも情けないとこ見せちゃって……ほんと、恥ずかしいや」

頬をかいている朝日奈に、俺たちは「気にするな」と首を振った。
ちらほらと人数が増えてきたのを見て、十神は「ちょっと77期生を集めてくる」と行ってしまう。
苗木たち生き残り組以外との付き合いはどうすればいいんだ?

正直……朝日奈とは初対面だ。お互いのことを知るためにも、何か話すか。
17 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 12:49:17.05 ID:lcFU0T5b0
日向  「そういえば、お前の文字は何なんだ?」

朝日奈 「あのね……」スルッ

何気なく聞いた俺に、朝日奈はジャージをめくって二の腕に刻まれた文字を見せる。

日向  「水……か。そういえばお前は"超高校級のスイマー"だったな」

朝日奈 「正直、闘うって言われてもピンと来なくて…ドーナツが大好きだから"輪"と
     最後まで迷ったんだけど、結局これにしちゃった」テヘヘ

『輪』だったら、チャクラムでも出たんだろうか?
それとも巨大ドーナツがホカホカと湯気をたてて……じゅるり。

朝日奈 「じゅるり?」

日向  「悪い、ちょっと空腹のせいで意識が……もう油芋でもジャパ塩でもいいから食いたい……
     あ、今のは忘れろ。ビームは出ないけど忘れろ」

日向  「でも、イメージだけなら簡単そうだな」

朝日奈 「ほんと?じゃあちょっとここでやってみていいかな。練習。今度は役に立って
     二人に恩返ししなきゃだし……あ、そんないっぱいは出さないよ!ちょっとだけ!」

俺が頷くと、朝日奈は「むむむ…」と眉をしかめ、両手を胸の前で合わせた。


"水"(みず)


朝日奈 「あ、出た!見て見て、すごいよー!」キャーッ
日向  「よかったな、おかげで断水しても安心だ!」

はしゃぐ朝日奈の手のひらで、水が踊っている。どうやら成功したようだ。
これを高圧で出したら、ハイドロポンプみたいに武器として使えるかもしれない。
……が、その想像は朝日奈の「カハッ!」という苦しげな吐息でかき消された。

朝日奈 「ぐっ…ゴボッ、ガボッ……!」ボタボタ

日向  「朝日奈!?」

朝日奈 「ごぼっ…ご、ぐっ、ボォッ…!」ビチャビチャ

日向  「朝日奈!おいっ……しっかりしろ!!」ユサユサ

一体、何が起こっているんだ!?
朝日奈は苦しそうに宙を引っかきながらもがいている。口からは酸素を吸うのに
合わせて水が吐き出され、腕の中の朝日奈は少しずつ重くなって行く。
俺は頭が真っ白になっていた。どうすればいい、どうすれば……
18 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 12:50:22.04 ID:lcFU0T5b0
罪木  「日向さん、私に!」

騒ぎを聞きつけて走ってきた罪木は、朝日奈の背中を強く叩いて揺さぶると、
胸の中の水を一気に吐かせた。ぐったりと目を閉じた朝日奈を床に寝かせて、人工呼吸を繰り返す。

朝日奈 「ケホッ…げほっ!はっ、はぁっ…!」

罪木  「!大丈夫ですか!?」

ヒュー、ヒューと苦しげに息をしている朝日奈が、ぼんやりと視線をさまよわせた。
と、そこで成り行きを見守っていた学園長が近づいてくる。

学園長 「水、か……正直、朝日奈さんには余る文字かもしれないな」

学園長 「四大元素、神、王、国、死……文字には体系があってね。いくつかの"特殊な"文字は、
     扱いに気をつけないと自分に跳ね返るんだ。"水"には形がない。そのまま具現化はできないよ」

罪木  「あ、あの…学園長先生っ……朝日奈さんを念のためにお医者さんに……」

学園長 「それはできない」

罪木  「他にもっ、すごい怪我をしている人がたくさんいるんです!こんな所じゃ
     満足な治療なんて……」

学園長 「ここは、神に見放されし穢れた土地……"卒業"まで、出ることはまかりならない。
     門の鍵で出ようが、塀に穴を空けようが、空を飛んで逃げようが。
     必ずこの学園の中へ戻ってくるようになっている」

罪木  「そんな……」

卒業……というのは、どういうことだ。
コロシアイでは『クロになって学級裁判を生き残る』というゴールがあったが、この場合は……

俺は目を閉じて、ロジカルダイブを行う。学園長は『試練』という言葉を使った。
試練とはすなわち、この『神蝕』のことだ。つまり、卒業とは『神蝕を生き延びる』こと。
『文字を与えた』ということは、『学園長は俺たちの全滅を希望していない』
推理はつながった!

日向  「……仲間を[ピーーー]よりは、ずっとマシだ。お互いを疑って、欺いて、残酷な処刑の
     スイッチを押すよりは……だって、守るのは命一つだけなんだからな」

泣いている罪木と、まだ呼吸が整わない朝日奈の背中をさすって、自分に言い聞かせる。
そこで、演台に戻った学園長がマイクのスイッチを入れる。『あー、あー』とテストをして、
思い出したようにモノクマのぬいぐるみ(スペア)を取り出しマイクの横に置く。
持ってないと死ぬ病気なのか?
テディベアをパーティーに代理出席させた英国首相はいたけどな……

学園長 『さて、生き残った1624名の生徒たちよ、まずは素直に"おつかれさま"と言わせてくれ。
     そして、命を落とした876名の希望たちには、"おやすみなさい"の一言を送ろう。
     時間がなかった所為で、"蝕"について説明できないままだったことは、すまなかった』

学園長 『――空に、島が浮かんでいることに気づいた生徒はいるかい?
     知らないというなら、夕食の後にでも見てみるといい。
     あれは"空島(そらじま)"と云う。この穢れた地とは違う。神聖なる神のおわす処だ』

大和田 「あの学園長……いつの間にカルト宗教にハマりやがったんだ」

女子に大人気だったのによお、と大和田が吐き捨てる。
生き残った生徒たちは、もはや学園長に怒鳴る気力すらないのか、ぐったりと話を聞いていた。

学園長 『"空島の影が、この地に重なる刻(とき)、怪異現る。これすなわち神蝕なり"――。
     あの空島が太陽と重なって、この学園に影を落とすと……"蝕"が発生する。
     今日発生した"始"は、いうなればオリエンテーリングさ。あの化け物たちに遭うことは
     二度とない。……蝕は全て、君たちが刻んでいるのと同じ"文字"から生まれる』

学園長 『今日は、そうだな……2011年4月1日と"しておこう"』

日向  (しておこう……?ということは、外の時間は違うのか?この学園だけ時間の流れが
     隔絶されている?……ダメだ、まだ情報が少ない!)

学園長 『ああ、ただ闘えと言われても、ご褒美がないと張り合いがないだろう』

そう云うと、学園長は見覚えのある青い欠片を取りだしてみせる。
俺たちだけでなく、78期生の手の中にも次々と舞い下りて、輝く。

学園長 『これは、"希望のカケラ"だ。君たちが蝕を生き残るたびに"戻して"あげよう。
     この中には、君たちが忘れてしまった"記憶"が入っている。
     中にはとても思い出したくない過去があるかもしれないが……これも試練と思って、
     受け止めたまえ』

学園長 『卒業式までの一年間、頑張って生き残ってくれ。
     ああ、安心したまえ。予備学科の生徒たちのために、西地区にも二人一部屋の
     学生寮を用意してある……何も心配はいらない。君たちはただ――』


闘うんだ――その先にある"希望"のために。
19 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 12:51:33.67 ID:lcFU0T5b0
その言葉を最後に、学園長は美しいお辞儀をして、舞台袖へ引っこんだ。
残された生徒たちも困惑の表情で顔を見合わせていたが、本科と同じ空間にいるという
居心地の悪さ、血なまぐさい記憶に耐え切れなくなったのか……
一人、また一人と体育館を出て行く。

朝日奈 「罪木ちゃん、さっきはほんとにありがとねー!罪木ちゃんは命の恩人だよ!」ブンブン

罪木  「えっ?えっ?えぇ……?なんでそんなに感謝してるんですかぁ……これを盾に
     何をさせられるんですかぁ……?」オロオロ

朝日奈 「あ、罪木ちゃんのほうは知らないんだっけ。朝日奈葵!"超高校級のスイマー"だよ!」

握りしめた手をブンブンと上下に振られて、罪木はおろおろしている。
一応罪木のほうが先輩にあたるはずだが……まあ、罪木に友達が増えるならそれでいい。

朝日奈 「で、さ。ずっと考えてたんだけど…十神はなんて呼べばいいのかな。
     あっ、太ってる方の十神ね。さっきちらっと聞いたんだけど……あいつ、
     名前ないんでしょ?だけどこのまんまじゃややこしいし……権兵衛じゃ可哀想だし」

そんなことを真剣に考えてくれるのか。

朝日奈 「だから、十神がいる時は"七志 太郎(ななし たろう)"なんてどうかな?」

豚神  「七志か…初めて食した時、肉厚ながらしっとりと柔らかいチャーシューには感動したものだ……
     豚骨系チェーン店では三本指に入る。いいぞ、俺は今日から七志太郎だ」

朝日奈 「あははっ、名付け親になっちゃった!よろしくね、七志!」

日向  「はは…順応性が高いな二人とも」

普通『詐欺師』なんて聞いたらもっと警戒しないか?
そんな俺の思考をよそに、苗木は78期生を集めていた。

苗木  「あれっ、大神さんは?」キョロキョロ

朝日奈 「さくらちゃん、まだ来ないの?……どこ行っちゃったんだろ」

霧切  「安心して、西地区で彼女らしき座標を探知したわ。
     私たちが体育館にいることも知らないかもしれないわね。責任感の強い大神さんだもの。
     きっと予備学科生たちを落ち着かせるのに忙しいんじゃないかしら?後で行ってみましょう」

大神……ドッキリハウスにあった銅像のモデルか。
"索"で探した霧切は「彼女が死ぬということはないわ」と確信しているようだった。

葉隠  「つーか、さっそく文字使いこなしてるとかすげえ……俺なんか発動したらあとは自動だから
     わけわかんねーままだべ」

苗木  「葉隠クンは"予"だっけ?」

葉隠  「的中率はまだ計算できてねーけど、3割は超えてるはずだべ!ただ、ビジョンが次々頭ん中に
     流れこんでくっから、全然便利じゃねーよ……この文字で大儲けしようって思ったのに」ハァ…

十神  「ふん……安直だな」

苗木  「あ、十神クンはなんの文字……ごめん、なんでもない。舞園さん…大丈夫?」

まだ体を抱えて小さく震えている舞園に向き直った苗木は、落ち着かせるように視線を合わせて聞く。
舞園はこっくりとうなずいて、「怖いです」とだけ答えた。

苗木  「無理もないよ…あんな"怖いこと"があって、今度は化け物が出てくるなんて……
     でも、大丈夫だよ。今度こそ僕が舞園さんを守るから。絶対だよ」

舞園  「……桑田君、行っちゃいましたね」

苗木  「……」

舞園  「やっぱり…怒ってるんでしょうか」

苗木  「今は、生き残る事だけを考えよう。少なくとも僕は、また舞園さんに会えてすっごく嬉しいよ」

不二咲 「あ…待って!ねえ、大和田君!僕、大和田君に話が……ああ、行っちゃった」

石丸  「そういえば、僕達を[ピーーー]計画をたてたクロはセレスくんだと聞いたが……彼女は大丈夫だろうか。
     蝕の最中も見なかった……まさか死んだりはしていないと思いたいが……」

石丸  「山田くんもいないな……僕も複雑な心境だが、少なくとも彼らを恨んではいない。
     ただ、"超高校級の風紀委員"を名乗りながら、彼らの不安を取り除いてやれなかったことが
     悔やまれるだけだ。あの極限状況だ。誰もクロとなった者を責められないだろう……全ては
     "運が悪かった"とでも言うしかない。しかしそれを伝えるには、彼らの心の鎧が硬すぎる」

不二咲 「僕ねえ…大和田君にごめんなさいって言いたいんだぁ……知ってるような口きいて、
     傷つけて、死なせることになって、ごめんねって……あんな事になっちゃったけど…
     バカって言われるかもしれないけど…それでも僕、大和田君とまたお友達になりたいんだ」

苗木  「石丸クン、不二咲クン……今は落ちこんでいる時じゃないんだ……こんな時
     だからこそ、皆で力を合わせないと。その前に、紹介したい人たちがいるんだ」
20 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 12:52:45.33 ID:lcFU0T5b0
日向  「……悪い、まずは77期生で情報を共有したいんだ。後にしてくれないか?」

苗木  「えっ?あ、うん」

俺が強めの語気で言うと、苗木は不思議そうな顔をしながら引き下がった。
78期生から少し離れた所に、全員で腰を下ろす。ひい、ふう、みい…よし、全員いるな。
無事だったことに、改めてホッとした。

小泉  「あのさ、さっき十神が教えてくれたんだけど」

豚神  「十神こと七志太郎だ。78期生のいるところでは七志と呼べ」

小泉  「……七志が、"あのジャパウォック島はバーチャルの世界だった"って……千秋ちゃんは
     そのプログラムが作ったAIだったって教えてくれたけど、
     それって、ホントなの?」

どうやら77期生を集めている間に、七志の方で簡単に流れを説明してくれていたらしい。
小泉は「あの千秋ちゃんが人間じゃないなんて……」と悲しむような表情をしている。

九頭龍 「おう。ちなみに現実に出られたのはオレと日向と、終里と……あと、左右田にソニア。
     そんだけだ。後は全員クロになっておしおきか、殺されたか……今ごろお前らは、
     脳死状態でカプセルん中に寝てるはずなんだがな」

花村  「とても信じられないよ……」

狛枝  「でも、大事なのはもう一つの秘密の方だよ。
     ……僕たちが"絶望の残党"だったという事」

声をひそめた狛枝に、西園寺は「えええーー!!?」と叫んでその気遣いをぶち壊す。
78期生が一斉に振り返った。あわててその口をおさえたソニアが「なんでもありませーん……」と
引きつった笑顔で首を横に振る。

日向  「まず、"絶望"という言葉の意味は……」

俺がかいつまんで説明して行くと、仲間たちの表情がどんどん沈んだものに変わって行く。
話を終える頃には、固まって座らされた理由を知った仲間達の蒼白な顔があるだけだった。

小泉  「何よ、それ……あたし達こそが、"世界の破壊者"だったってこと……?」

弐大  「にわかには信じられん……あの島はいわば、現実から離れた流刑地だったというわけか!!」

辺古山 「では、モノクマが我々にコロシアイを強要した理由は……体のいい処刑ということか?」

日向  「空になった肉体を乗っ取るっていうのが真の目的だけどな。未来機関から見れば処刑の手間が
     省けて、かえって都合がよかったかもしれない」

自分で言っていて気分が悪くなる……。
21 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 12:53:24.19 ID:lcFU0T5b0
西園寺 「でもさー。わたし達、なんにも覚えてないんだよ?それで責められたって……」

狛枝  「どうかな。罪木さんは全部思い出していたはずだよ。だからこそ澪田さんを……そして、
     西園寺さんを躊躇なく手にかけられたんだからね」

罪木  「ううっ……」

日向  「おい狛枝、少しは言葉を選べよ。お前だって希望の方にベクトル行ってるだけで
     似たようなもんだろ……五十歩百歩だ」

左右田 「それを言うなら、どんぐりの背比べじゃねーのか?全員が高校中退でS級犯罪者とか、
     裁判ナシで死刑だろ。このカルマ来世まで持ち越しだな」

しかし、不思議な連帯感が生まれているのも事実だ……。

ソニア 「田中さんもファイナルデッドルームをクリアしたんですよね?だったら、狛枝さんが見たのと
     同じファイルを見ていたんですか?」

田中  「いや……俺が込めた弾丸は、ロシアンルーレットの作法に則り一発だけだった。
     手に入れたのはオクタゴンへのパスだけだ。ファイルとやらの存在も、狛枝からの又聞きでな」

豚神  「そういえば、学園長が言ってたな。この"希望のカケラ"に、
     俺たちの忘れている記憶が入っていると。それが、その"人類史上最大最悪の絶望的事件"を
     封じ込めているのか?」

そう言って俺は、いつの間にかポケットに入っていた青い欠片を取りだして見せた。
他の面々も同じように貰っていたらしく、手のひらに希望のカケラを出す。

九頭龍 「…で、こいつをどうするんだ?」

日向  「それは……」


パアッ…


真っ白い光が、視界を包み込む。
それが晴れると……少しずつ、視界がクリアになって……俺の目の前に、テレビがあった。
薄暗い部屋で、古いブラウン管テレビの光だけがある。

『続いてのニュースです。"超高校級の絶望"と名乗るグループによる一連のテロ行為と、
 希望ヶ峰学園との関与が明らかになりました。犯行グループの人数は15人。全員が希望ヶ峰学園の
 77期生であるとの情報が……』

俺は……いや、『カムクライズル』が、ニュースを見ている。
退屈そうに髪をいじりながら、カムクラはリモコンに手を伸ばしてチャンネルを切り替えた。

『ヨーロッパにあるノヴォセリック王国が陥落しました。王宮には暴徒と化した国民が押しよせ……
 ソニア.ネヴァーマインド第一王女はいまだ行方が……』

『各地で猛獣が放たれ、自衛隊が出動しました……指揮しているのは"超高校級の飼育委……』

『日本政府は、非常事態を宣言……もはや国家としては機能しておらず、陥落も近……』

『これが最後の放送です、皆さん、さようなら……世界よ、さようなら……』

テレビ画面がぷつんっと消える。
同時に、俺の視界も晴れた。
22 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 12:53:55.58 ID:lcFU0T5b0
石丸  「なっ……なんだ、今のは……"才能研究科"?僕はそんな教室は知らないぞ……しかし、
     興味深い授業だったな、脳波を調べて才能の出所を探るとは……」

苗木  「僕は文化祭のステージを見ていたよ……舞園さんと澪田さんが一緒に歌っていて……
     山田クンがドラムを叩いてた。他のメンバーはよく見えなかったけど、すごく楽しい記憶だったよ」

霧切  「私は、体育祭の準備で紙の花を作っているところだったわ」

78期生たちが口々に語り合うのを聞きながら、
俺はじっとりと冷や汗が背中に垂れるのを感じた。楽しげな思い出を語り合う78期生とは正反対に、
こちらは。

澪田  「い、今……唯吹が流してたのって……サブリミナル、って奴っすか?ひ、人が……
     一斉に燃えて……あばばばばばばばば」ブクブク

花村  「誰かぁぁぁ!早く火を消してよ、お母ちゃんが天ぷらになっちゃうよおおお!!」

終里  「騒ぐんじゃねーよ花村……空きっ腹のドタマに響くだろーが……」

西園寺 「……ねえ、何なのその扇……なんで針がついてんの……?捨ててよ、それ捨ててぇぇ!!」

石丸  「だ、大丈夫か君たち!?」

不二咲 「保健室に連れてってあげた方が……」

78期生の中から優しいおせっかいが立ち上がるのを、
「そっとしておいてあげて」と苗木が必死に止めてくれた。

九頭龍 「クソッ…!まだ右目が疼いてやがる……!」

狛枝  「今すぐにでも切り落としたい気分だよ…絶望を受肉するなんて、
     過去の僕は一体何を考えていたんだ?」プルプル

罪木  「うう……」ペラッ

罪木  「!手術跡が……ない?」スベスベ

そういえば、江ノ島の体を移植したのは誰だった?……口ぶりから言うと、
狛枝が左手、罪木が子宮、九頭龍は右目だったな。
三人はそれぞれの部位をおさえて、うずくまっている。
脂汗を垂らし、ぐっしょりと濡れた服からは、苦痛の度合いが分かるというものだ。
23 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 12:54:26.43 ID:lcFU0T5b0
日向  「何が見えたのか、嫌じゃなかったら教えてくれないか?」

九頭龍 「フラスコとビーカーのある部屋だ。台の上にすっぱだかの江ノ島が置いてあって……
     んで、三人でジャンケンして……狛枝が左手を」ウプッ

日向  「無理するな、聞いた俺が悪かった」

九頭龍 「いや、ここまで来たら最後まで言うぞ。左手を、ノコギリで……んで、次勝ったオレが
     ビニールの手袋で右目を……人体が味わう最も強い苦痛を感じて絶望したいとかいう
     理解不能な理由で、麻酔なしで指突っこんでえぐってた……手術の方はお前だよな、罪木?」

罪木  「は、はひぃぃ…狛枝さんの手をつけたのも、私みたいですぅ……
     ごめんなさい、ごめんなさい!今すぐ外しますからぁ!!」

九頭龍 「おい錯乱すんな!眼帯から手ェ離せ!!」ギャー

辺古山 「可哀想な坊ちゃん……」

聞いているだけで俺も痛くなってきた……。

豚神  「俺たちが思い出したのは、"絶望"の記憶……それに対して、78期生に与えられるのは
     幸福な学園生活の記憶……まさに"希望のカケラ"だな」

日向  「でも、それは本当に希望といえるのか?だってあいつらは、"仲良しのクラスメート"で
     殺しあった"絶望"を同時に感じているんだぞ。むしろ楽しい記憶なんて、思い出さない
     ままの方が幸せだったんじゃないのか」

豚神  「確かにな……」

日向  「ところでお前、いつまでその見た目のままなんだ?」

豚神  「しばらくはこれで行くつもりだ。そこそこ慣れているしな」

しばらく話している内に、みんなが落ち着いてきた。
そこで、俺はずっと考えていた『方針』を伝えることにする。

日向  「みんな、断片だけど"絶望"については思い出せたよな。だったら……俺がこれから
     言う事もうなずけるはずだ」

日向  「78期生とはなるべく交流を持つな。予備学科生ともだ。俺たち77期はなるべくお互いで
     固まって過ごそう。蝕の時も、それ以外も」

その提案に、全員が少なからず動揺する。

罪木  「えっ……朝日奈さんとも、だめなん…ですか?」

日向  「いや、苗木たち6人とは話してもいい」

ソニア 「どうしてですか!?この非常事態を生き延びるには、78期の皆さんとも力を合わせないと……」

日向  「あいつらを学園に閉じ込めて殺し合わせたのは、俺たちだぞ?」

元を辿れば江ノ島盾子だが、
誰が好き好んで『世界の破壊者』なんかとお近づきになりたいだろうか。

日向  「いいな、お互いが傷つけあわないためだ。78期の奴らには近づくな」

全員の顔を見回して、繰り返す。
ごく、と誰かが唾液を飲み込む音がした。やがて「分かった」「言うとおりにするよ」と答えが返る。
本当は、責められるのが怖いだけかもしれない……。ただ、これが一番いい選択だと、
俺も、仲間たちも心のどこかで信じていた。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/10(金) 13:43:57.31 ID:lcFU0T5b0
× オクタゴン
○ 武器庫 

一旦切ります
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/10(金) 19:41:21.47 ID:ufg7JIS9O

ジャバウォック島ではなくジャパウォック島なのは何か意味が…?
26 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/10(金) 21:27:15.71 ID:tQCVqxeW0
今日はここまで。次回は繋ぎ回になりそう。 
蝕って考えるのむずいね。
27 :ヒヤコ ◆0tW4uIwh5c :2017/03/10(金) 21:46:40.61 ID:tQCVqxeW0
>>25

単純なミスだよ!意味もなにもないよ!
初投稿でミスを連続していて死にそうだよ!
28 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/12(日) 19:13:34.65 ID:uk5v1yXc0
それから一時間ほど経ったころ、体育館の扉のロックが解除された。
……廊下に出ると、死体は全て片づけられたらしく、血の匂いがわずかに残っている。

日向  (死体の匂いってのは、何回嗅いでも慣れないな……)


【食堂】



体育館を出た俺たちは、夕食のために一階にある食堂へ向かった。
探索の時は行かなかったからな……廊下の壁紙も普通のものだし、窓の鉄板もなくなっている。
ただ、モニターと監視カメラはちゃんとあった。何のためなんだ?また中継しているのか、
それとも学園長がモニタリングしているのか……答えはまだ出そうにないな。

食堂の柱には巨大なテレビがある。画面は真っ暗だ。
そもそも、テレビ局があるかどうかすら微妙な所だろう……。


終里  「おっわ!!すっげー豪華なバイキングじゃねーか!!これ全部食っていいのか!?」

弐大  「こら、ちゃんとトレイに乗せんか!」ガシッ

用意されていたのは、サラダからデザートまで何十種類もの料理たち。食い尽くさんばかりの
勢いで飛んで行く終里を弐大が捕まえて、「ワシが入れたる!」とバランスよく乗せていた。
外は崩壊しているはずなのに、学園はどこから食料を調達しているんだ?

終里  「……」じーっ

弐大  「何じゃ、ワシの顔になんかついとるのか?」

終里  「いや…マジで弐大猫丸なんだなって思って……」ペタペタ

終里  (何でかな、おっさんが生身で動いてるってだけでうれしくて、他なんも考えらんねーよ……)グスッ

弐大  「どうした終里ぃ!飯が豪華すぎて嬉し泣きか!?」ガッハッハ

終里  「そう……だよ。そういうことにしとくよ……」ウルウル

日向  「なんか……あれみたいだな」

豪華な食事を見た俺の口から、その不吉な例えが言葉となって出る前に、事件は起こった。

ガッシャーン!!

粉々に砕けた食器の下には、ぐちゃぐちゃのチーズドリアがある。
突き飛ばされて転んだ罪木の尻餅になって割れたものだ。「ふええ…」と涙をにじませる罪木を
見下ろした西園寺は、いつもの調子で「ふんっ」と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


日向  「お前、また罪木をいじめて遊んでるのか。その態度は
     いざという時にお前の首を絞めるぞ。……身をもって学習しただろ」

西園寺 「うっ…だ、だって、こいつがふざけた事抜かしてんだもん!"最後の晩餐みたい"だって!」

罪木  「だって……だってぇ、こんなにたくさんのご馳走……ぜったい、おかしいですってばぁ……
     私たち、もうずっとここから出られな」

西園寺 「あーーっ、そうかよ!じゃあ一人で死んでろゲロブタ!ちょうどいいじゃん、
     わたしを殺した天罰が下ってくれるかもよー?
     そのブサイクな面見なくて済むんなら、明日にでも蝕が来ればいい!!」

日向  「西園寺!聞きたくもない暴言を聞かされる奴らの身にもなってみろ!」

蝕が来ればいい、と西園寺が叫んだ瞬間、周りの生徒たちが冷ややかな視線を向けてくる。
中には歯を食いしばって、恨みがましい目で睨んでいる女子もいた。
とりあえず、ぐすん、ぐすんと泣いている罪木に手を貸して立たせる。
エプロンに皿の破片がついて汚れているので、ナプキンを渡す。
「大丈夫か?」と聞くと泣きながら頷く。

日向  (罪木に悪気はないんだろうが、西園寺もどこで爆発するか分からないのが厄介だな)

日向  「俺が新しいのを取ってきてやるから、お前は朝日奈のテーブルに行ってろ。な?
     それと西園寺……気が立ってるのは皆同じだ。もう子供じゃないんだから、
     言葉は一旦呑みこんでから口に出せ」


ふんっとそっぽを向いている西園寺にも、釘を刺しておく。
とりあえず、罪木の好きそうなおかずを取っていってやる事にした。山盛りのトレイを持って
食堂をきょろきょろ見回すと、すぐに目的の人物と目が合う。
29 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/12(日) 19:14:23.34 ID:uk5v1yXc0
朝日奈 「おーっす、日向!先にいただいちゃってるよー」パクパク


罪木も泣き止んで落ち着いたのか、ジュースをちびちび飲んでいた。
……と、そこで朝日奈の隣からものすごい覇気を感じる。このすさまじい筋肉……まさか……


大神  「大神さくらだ……話は聞いている。朝日奈が世話になったようだな、礼を言おう」ギュッ

日向  「日向創だ、よろしく。…なんで俺の手をニギニギしてんだ?」

大神  「いや、立派な体格に似合わず細い指だと思ってな。あまり鍛えておらぬ者の手だ。
     実に惜しい……お主、格闘技の道に進む気はないのか?」

日向  「ラグビーは微妙に興味があるんだが、格闘技はちょっとな」

日向  (こいつが"超高校級の格闘家"か…ドッキリハウスの像は等身大だったんだな)


食事の間、大神から西地区の話を聞いた。
予備学科の校舎で目覚めた大神は、戸惑う予備学科の生徒たちを率いて『始』を撃破して回っていたらしい。
あれと生身でやり合ったのか?

大神  「予備学科はまさに地獄だ……戦闘に使える文字を持つ生徒がほとんどおらぬ。
     隣で目覚めた女子は"優"であったし、椅子を投げて"始"に対抗した勇敢な男子もいたが、
     そやつの文字は"勉"であった。昼間死んだのは、全員が予備学科だ……。
     我はこれからも、西地区で蝕からあの者たちを守りたいと思っている……それが贖罪となるかは
     分からぬが」

日向  (贖罪……確かこいつは、江ノ島の内通者だったんだっけか。体育館に顔を出さなかったのは
     それも理由のうちなんだろうな)

日向  「でも、一人で大丈夫なのか。だって、闘えるのはお前くらいしかいないんじゃないのか」

大神  「我を案じてくれるのか?よいのだ。それに、予備学科の生徒たちも我を必要としてくれる。
     それだけで十分だ」

罪木  「……強いんですね、大神さんは……それに比べて、私は……」

大神  「罪木よ、あまり己を卑下するな。傷つけることは容易いが、癒すのは難しい」

罪木  「でも…私、ひどいことを言われても言い返せないし……いつも、足がすくんじゃって……」

大神  「"強い"や"弱い"で人を括ることに何の意味がある?
     現在(いま)を満足できる物にする方がよほど、有意義ではないのか。
     我には、人を癒せるお前の方がよほど強いように思えるぞ」

しかし、言われた罪木は浮かない表情だ。

罪木  「わ、わたし……私……さっき、西園寺さんに突き飛ばされた時、ほんとに一瞬ですけど……
     あの人のこと、すっごく"憎い"って思ったんです。私、全然強くなんか…ないんです…」

日向  「!」

罪木  「私がこんなに我慢して"あげてる"のに、それにも気づかないで……色々な理由をつけて、
     人を傷つけて……なのに、皆の輪の中に入れてもらっていて……ずるいって、思ったんです。
     悪いことをしたなって思う前に、"なんでまた会っちゃったんだろう"って……
     日向さんが止めてくれなかったら、私……また」

日向  「罪木、それは当たり前の感情だ。お前が理不尽だと思うのも、悪いことじゃない。
     いつかその気持ちを素直に西園寺へぶつけてみればいい。それをどう受け止めるかは
     あいつ次第だけどな。その時にあいつと分かり合う努力を続けるか、それとも西園寺を
     自分の世界から追い出すかを選ぶのは、お前の自由なんだから」

罪木  「私、また西園寺さんに取り返しのつかないことをするかもしれないんですよ!」

日向  「そうなったら俺が、この厚い胸板で止めてやる。弐大のお褒めにあずかったこの胸板でな!」ドヤァッ

そう答えると、罪木は「ぷっ」と吹き出した。いつもの愛想笑いとは違って、本当に
こみ上げてきた、という感じの笑顔だった。俺は、学級裁判で全てさらけ出したのが、
いい方向に吹っ切れてくれている事を願った。

大神  「日向……お主、本当に予備学科とやらなのか?」

日向  「ああ。俺は正真正銘の凡人だぞ」

大神  「それにしては、随分と77期の者たちから重んじられておるのだな……」

日向  「便利に使われてるだけだ。俺が持ってる才能なんて、せいぜいパンツを脱がせる程度のもんだ」

大神  「パン……なんと?」

おっと、うっかりしていた。
俺は失言を誤魔化すように、ガツガツとチーズドリアをかっこむ。
30 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/12(日) 19:15:29.50 ID:uk5v1yXc0
朝日奈 「あーあ、明日もあさっても、ずーっと蝕が来なきゃいいのになあ」

大神  「空島の影、学園に重なる刻――つまり、午前11時ごろから正午までの60分か。
     その時間帯は要注意だな。一時限目の授業は午前10時から始まる。ちょうど終わる頃だな」

朝日奈 「さくらちゃんは、明日も予備学科に行くんだよね?」

大神  「無論だ。……どうした、浮かぬ顔をして」

朝日奈 「……ううん、やっぱりいいや。さくらちゃんには沢山話したいことがあったんだけど……
     さくらちゃんが決めたんだったら、私は何も言えないや。
     また、生きているさくらちゃんに会えただけで……それだけでいいよ」


かなり無理をしているのは見れば分かった。目じりに涙をためて言う台詞じゃないだろ。
しかし、俺が何か言う前に、朝日奈は「もう、私の見てない所で死なないで」と大神に抱きつく。


大神  「すまぬ……我は知らぬうちに、お主を傷つけておったのだな……」ポンポン

朝日奈 「約束だよ。今度こそ一緒に卒業しよう、さくらちゃん」ギュー

日向  (ますます俺たちの正体は言えないな……)



【寄宿舎】


日向  (えーと、マップによると……)

食堂を出て、向かいがランドリーと大浴場か。浴場の奥にはサウナ、廊下の突き当りには
男女のトイレ。反対側には二階へ上がる階段と、倉庫がある。
二階にはロッカールームと学園長のプライベート・ルームがあるらしい。

日向  「ええと、俺の部屋は……ここか」

『ヒナタ』と書かれたネームプレートを確認してから、ドアを開ける。
コテージに負けず劣らず広い室内には、大きなベッドが一つと壁に備え付けの机、棚があった。
窓からは外の景色も見えて、なかなか快適そうだ。

日向  「うわっ、寝心地最高!」ボスッ

日向  「本科の寄宿舎ってこんないい部屋だったのか……憧れてたけど、俺なんかが入っていいのかな」ゴロン

モノクマ『知らざあ言って聞かせやしょう!』ニュウッ

日向  「うわっ!!なんでお前がここに!?」

モノクマ『あっ、安心して!今回はボク、君たちを殺し合わせたりするためにいるんじゃないから!
     言うなればあれだよ、Windowsの端っこに出てくるイルカ!あれみたいなもんだよ!』

日向  「お前みたいなヘルプはいらないぞ!」

モノクマ『つれないなあ、日向君は…あの常夏の島でくんずほぐれつ、アッツアツの夜を過ごした
     仲じゃないか!』

日向  「モノケモノとの戦いをわざわざ誤解を招く表現に直すなよ!ていうか、お前を操ってんのって
     誰なんだ、まさか学園長か!?」

モノクマ『中の人などいなーーい!!ボクはモノクマ、ゆりかごから墓場まで正真正銘のクマだよ!!!』

ひとしきり叫ぶと落ち着いたのか、モノクマは『まあいいから、ユーの電子手帳をごらんよ』と言った。

日向  「……"超高校級の???"だって?」

モノクマ『だって、日向君も一応は"超高校級の希望"でしょ?でもさ、袋とじって見えないからこそ
     興奮するものでしょ?だから隠したの。ミステリアスな男子って素敵だよね……現実じゃ
     たいてい詐欺師かDV男だけどさ。
     あ、もしかして"パンツハンター"の方がよかった?』

ムカつく事を抜かしながらも、
モノクマは『キミだって、立派な77期の仲間じゃないのさ』と手(前足?)を広げる。


モノクマ『……国籍、民族、石油、資源、国境……文明から生まれた人間どもの下らない争いに、
     "絶望"で終止符を打った、英雄の一人じゃないか』

日向  「――ッ!?」
31 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/12(日) 19:16:08.01 ID:uk5v1yXc0
モノクマ『絶望が息づき始めた頃はね……人間たちは手を取り合ってそれに対抗しようとしたんだ。
     イスラム教徒もキリスト教徒も、黒人も白人も、今まで争ってた奴らみんなで。
     でも、それが段々絶望に侵食されて……最後はもう、しっちゃかめっちゃかさ』

モノクマ『だけど、いわゆる"戦争"も"犯罪"も、統計の上ではゼロになった。これって、形を変えた世界平和かもね!
     弱者だった側から見れば、君たち"絶望"こそが"希望"だったんだからさ!
     空き地に行っていじめっ子のリサイタルを聞かなくていい!
     オッサン上司にイビられながら誰にでもできるような仕事をしなくていい!
     クルアーンとかいう本のせいで殺されなくていい!……君たちは世界の"歪"を正したんだからさ』

モノクマ『だから君たちは全然気に病む必要なんてないんだ!ドンウォーリー、ビーハッピー!
     蝕を生き残って、サクラの季節を迎えよう!ほんじゃ、ばいばいっ!』

言いたいことだけ言って、モノクマはぴょーんっと何処かへ消えた。
残された俺は電子手帳を握りしめて、考える。

日向  「……なんで、モノクマなんかの言葉を素直に聞いてんだ、俺は」

____________

翌日。

日向  「……」シャコシャコ

シャワールームで歯磨きをしている俺に、ドアを『コンコン』と叩く音が聞こえた。
あわてて出ると、ソウルフレンド左右田が「よお…」と気まずい表情をしている。

左右田 「あの、さ…一緒に食堂行かねーか?なんつーか……一人でいるのが心細いっつーか……」

日向  「分かった、ちょっと待ってろ」

パジャマから着替える間も、左右田はそわそわしている。その目が赤い事に気づいて、
俺は自分の神経の図太さに感謝した。夢も見ないで深い眠りについた俺と違って、小心者の
こいつは一晩中『始』の悪夢にうなされていたらしい。

食堂に行くと、すでに何人か起きてきて、朝食をかきこんでいた。

澪田  「和一ちゃん、創ちゃん、おはうぃーっす!!」

日向  「おはよう。…お前、朝から元気だな」

暗に「怖くないのか?」と聞いたのだが。澪田は「ギターかき鳴らすだけでいいんで、
唯吹的には問題ナッシング!」と二の腕の『音』を見せる。

澪田  「今はとにかく生き残ることを考えるっすよ。反省も後悔も、生きてないとできないっすからね」

日向  「誠実だな。左右田、ついでに俺の分の麦茶も頼んだ」ガタッ

豚神  「なるほど、"偽"にはこんなに意味があるのか……ただ"欺く"だけかと思ったが、
     "化ける"や"習慣を変える"というような意味もあるらしい。奥が深いな」ペラッ

そんな澪田の隣で食べながら漢字辞典を引いていた十神は、メモ翌用紙に手早く字義をメモすると、
待っていた他の生徒に「助かったぞ」と渡した。

左右田 「国語辞典とか、漢和辞典が図書室にあったんだけどよ…数が足んねーからああやって、
     順番に回し読みしてんだ。パッと見意味わかんねー文字でも、意外な意味があったり
     すっからな……ほい日向、麦茶」コトン

まるで爆弾ゲームのごとく、生徒たちの間を回される辞典。

日向  (俺も念のために後で調べといた方がいいんだろうか?)

左右田 「なあ…今日って、"アレ"来んのかな……」ソワソワ

豚神  「いや、おそらく今日はないだろう」

左右田 「んな希望論は聞いてねーんだよ!俺なんてメカニックだから"機"なんて分かりやすい
     漢字書いたのに、全ッ然なんも出ねーでよぉー!昨日は時間内ずっと逃げ回ってたんだぞ!」

どうやら十神には、「今日は蝕がない」という確信があるらしい。
その答えは、朝食の後に行った教室で分かった。

生徒A 「大丈夫……私は大丈夫……生き残れる……生きる生きる生きる」ブツブツブツ

生徒B 「うっ、ううっ…ただ希望ヶ峰に憧れてただけだっつーのに……なんでこんな」グスッ

予備学科はAからGまでの7クラスに分けられ、本科は78期、77期それぞれが教室を与えられた。
廊下を歩く間も、文字の入った所をおさえてなにやら呟いている女子やら、
もう絶望し切って泣いている男子やらとすれ違う。そういえば、九頭龍の妹も蘇っているのか?
本人から特に何も言ってこないなら、触れないほうがよさそうだ。
32 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/12(日) 19:17:05.50 ID:uk5v1yXc0

ガラッ

罪木  「あ、日向さん……左右田さん、おはよう、ございますぅ……」

九頭龍 「よお、昨日は寝れたかよ?」

そう言う九頭龍も目が赤い。

西園寺 「きゃははっ、なんでみんなお通夜ムードなの?
     蝕って、気に入らない奴をまとめて消せる大チャンスじゃーん!」

小泉  「……怖い」ボソッ

西園寺 「えっ?今なんて言ったの?」

小泉  「……なんでもないよ」

無理して微笑んだ小泉に、西園寺はそれ以上の追及をしなかった。
そういえば、こいつらの文字を聞いてなかったな。後でそれとなく小泉から聞きだすか?

俺がそんなことを考えている間に、時計が『カチッ』と針を合わせる。
午前11時……"蝕"の時間だ!

……


……

終里  「って…あれ?来ねーぞ?」

と、終里の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ザーッと雨が降ってきた。
俺たちは窓にはりついたが、空島は灰色の雲に覆い隠されて見えない。

豚神  「思った通りだ…空島の影が学園に重なる時、ということは、雨や曇りでは蝕は起こらない。
     これで、夜には蝕が起こらなかった理由も繋がったな」

辺古山 「つまり、梅雨時には蝕の心配がないんだな。安心した」

ソニア 「はあああ…一気に緊張が解けましたっ…」ヘナヘナ

なるほど。十神が余裕だったのは、雨を見越していたからだったのか。

さすがの神蝕も、天気には勝てなかった。
そして俺たちは――また一日、この罪深い命を長らえた。
33 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/12(日) 19:17:43.42 ID:uk5v1yXc0
今日は此処まで。明日は二回目の蝕に行きます。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/13(月) 21:35:18.76 ID:XXAPrf1A0
人間の七海や松田とかは生き返ってないのかな
35 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:49:04.77 ID:ccxguUJC0
>>34
今の所、生き返ってませんということで進めてます。

大浴場に行った後、火照った体を冷やすために外へ出る。
……静かだ。とてもあんな惨劇が起こった場所とは思えない。
しかし、深呼吸する俺のすぐ側を、担架が通りすぎる。袋からはみ出してるあれは…人の手?

作業員A「おい、西地区の寄宿舎で二人首吊ってたらしいぞ。これ終わったら回収な」

日向  (なんだって!?首吊り……まさか)

作業員B 「シャワールームも確認しとかないとな。あそこで手首切ってる奴もいるだろうし……」

作業員A 「死体の回収は"モノクマ"の仕事だろ?」

作業員B 「夜時間だからな。さっさと安置所に送っちまおう」


コトダマゲット!【モノクマの仕事】

死体の運搬も含めたそれらの仕事は『モノクマ』がやっているらしい。
しかし、夜時間は動けないようだ。


日向  (久しぶりの感覚だな。次の雨の日あたりに、今までの情報もコトダマにして整理しておくか?)

ツナギを着た二人の作業員は、すぐそばにいた俺を無視して行ってしまった。

九頭龍 「……やっぱりな」ガサッ

日向  「お前、今の見てたのか?」

九頭龍 「俺はまあ、そこそこ慣れてるけどよ……カタギでこの状況に耐えられねー奴が出てきても
     おかしかねーだろ。運ばれてた死体袋の数、ちょうど10人分だったぜ」

胸糞悪い、と吐き捨てる九頭龍の手が、わずかに震えているのを俺は見逃さなかった。

【死亡者数:10人
 生存者数:1614名
 総生徒数:1624名→1614名】

日向  「あいつらは、外部から来た人間なのか?」

九頭龍 「いや、学園長以外の職員は見てねーぞ……結局、授業は
     モニターに映されるだけだったし、食堂も無人だったろ」

あのバイキングは誰が作ったのか。花村に聞いてみると「あんな深みのない味わいの
料理、"超高校級の料理人"が作るわけないじゃないか!」と怒っていたが……
購買部はセルフレジで、大浴場の掃除もいつの間にか終わっている。

日向  (いや、考えるにはまだ手がかりが足りない。今はとにかく、次の蝕をどう乗り切るか考えよう)

しかし、夜が明けた蝕で俺は後悔する。
何であの時、ロジカルダイブでも何でもして考えなかったのか、と――。


36 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:49:35.11 ID:ccxguUJC0
狛枝  「蝕の予定時刻まであと1分を切ったよ。今日は雲ひとつない快晴だ。脱出も不可能、
     外の情報からも遮断され……この八方塞がりな状況に絶望から立ち直った
     みんなが立ち向かう。その先にはどんな素敵な希望が待っているんだろうね!」アハハハ

日向  (一時間目の数学の間から、狛枝はずっとそわそわしていた。蝕よりこいつをどうにか
     した方がいい気がするが、校則には"生徒同士の殺傷を禁じる"とある……わざわざこんな
     のを校則に定める理由が不可解すぎて怖い)

弐大  「こいつはいっそ清々しいくらい変わらんのう」

終里  「どんな敵が来ようが、まとめてブッ倒す!!そんだけだろ!!!」

西園寺 「ぷっ!この脳筋ちゃんは学習しなかったのかなー?そーやって突っこむ奴から死んでくんだよー?
     ま、あんたが死んでも77期は全然困んないからいいんだけどー」

辺古山 「今のうちに出しておくか」カッ

"刀(かたな)"

辺古山は唐草模様の刻印が施された剣を二本出すと、両手に構えた。
後ろの九頭龍は「わりーな…俺の文字が使えねーせいで」と気まずそうだ。
うなじにある『冬』をおさえてため息をついている。

辺古山 「いいのですよ、坊ちゃん……私にできる償いなど、せいぜいこの程度ですから」

私の後ろにいてください、と頼んだ辺古山は、黒板の上にある時計をちらっと見て表情を険しくする。

辺古山 「小泉……よければ、一緒に来ないか」

小泉  「ごめん。日寄子ちゃんといたいんだ…あっ、ペコちゃんが怖いとかそういうのじゃなくて!
     その……私の文字、役に立たないし。…まだ、距離感とか分かんないから」

小泉は「だから、ゆっくり仲直りしてこう?」と微笑んだ。
喉元に『写』の文字が見える。辺古山はしばらくぽかんとしていたが、少し泣きそうな顔で
「……ああ」と目を伏せた。

澪田  「ひょー!!絶好の野外音響日和っすねー!!」ピョンピョン

豚神  「気をつけろよ、澪田。特に背後と上からの気配にはな」

花村  「ね、ねえ。このフライパンで蝕に対抗できると思う?僕の文字、"食"なんだよ……
     いまいち分かんないんだけど、テフロン加工だから大丈夫かな!?」テルテルテル

狛枝  「君の希望が負けなければね!!死んだら性癖を解放することだって出来ないんだ、
     頑張って生き延びよう!!」

日向  「来る……」

日向  「命がけの闘い……命がけの試練……命がけの……神蝕!」

そして、針が『カチッ』と12の所に来る。

瞬間、視界が真っ白な光に包まれた。



【日向創:Chapter2『龍』】



日向  「…………」

??? 「……い……おーい……大丈夫かね?」

日向  「ん……」

最初に感じたのは、草の匂い。頬を滑る風。そして、知らない声。
ゆっくりと目を開ける。視界に入ったのは、意志の固そうな眉毛の白学ラン。
次に、ドリルのようなツインテールで、フリルの沢山ついたドレスを着た女子。
37 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:52:39.38 ID:ccxguUJC0
??? 「むっ、君は確か……予備学科の日向くんではなかったか?」

日向  「あ、ああ…日向創だ。お前らはたしか、78期の……」

名前が出てこない。本科なら有名人のはずなんだが、
俺の記憶力ではファイルにあった16人の顔を覚えるのが限界だった。

安広  「ともかく、これでやっと話が出来ますわね。私はセ……安広多恵子と申します。
     人呼んで"超高校級のギャンブラー"。以後、お見知りおきを」

ドレスの裾をつまんで優雅なお辞儀をする安広に、俺もつられてきれいなお辞儀を返す。

石丸  「"超高校級の風紀委員"石丸清多夏だ!本来なら77期は先輩に当たるのだが、苗木くんが
     "上下関係を作らないほうがいい"と言うのでな、……不快ではないか?」

日向  「いや、それでいい。どう見ても同い年だしな」

日向  (……俺たちに、気を遣われる権利なんか本当はない)

安広  「――で、ここはどこですの?」

彼女の疑問点に答えるため、俺はあたりを見回した。木と草むらしか見えない。
つまりは森……の中の、ぽっかりと開けた場所。
視線を上にやると、晴れ渡った空に……数字が五つほど並んだスロットのようなものが浮かんでいる。
今の数字は『伍伍参弐壱』。何かのパスワードか?

石丸  「少なくとも、希望ヶ峰学園でないことは確かだ。おそらく"蝕"の一種なのだろうが、霧切くんがいない以上、答えは望めないな」

日向  「あのスロットは……」

安広  「制限時間でしょう。先ほどから少しずつ、一番右の数字が減っています。
     それに、"試練"にルールはつきものですから」

石丸  「とにかく、これが蝕だというなら敵がいるかもしれないのだが……さっきから、やけに静かだと
     思わないか?もしかすると、"始"と同じような方法ではクリア出来ないのかもしれないな」

日向  「なら、とにかく歩いてみよう。向こうに道がある」

安広  「罠かもしれませんわよ?」

日向  「先へ進まないと、どうしようもないだろ」


そう言って歩き出した俺に、安広と石丸が少し離れてついて来る。
おそらくまだ打ち解けていない所為なんだろうけど……『警戒されてるんじゃないか』なんて
考えちまうのは、悲しいな。

一方その頃。


朝日奈 「うう……ここ、どこ?なんか森みたいな所だけど……おーい、さくらちゃーん!
  なえぎー!!……ひなたー!!ななしー!!……つみきちゃーん!いたら返事してー!!」

朝日奈 「……うう」

ガサガサ

朝日奈 「うひゃあ!!!?」ビクーン

??? 「ふっ……我が覇王の気に中てられたか。些か退屈していたところだ。草臥れ果て、
     彷徨い続ける運命を選択する前に、我が眷属が道を示そう」ザッ

朝日奈 (なんかヤバい人きたーーー!!!)

??? 「もう、田中さん。彼女が怯えているじゃありませんか」

朝日奈 (増えたー!!それに意外と普通の名前だったーー!!)

??? 「制圧せし氷の魔王……畜生道のやしない主……人の子は俺をどうとでも、好きなように呼ぶ。
     我が名は田中眼陀夢っ!!この愚かなる旋回舞踏の夢に生きる計算表の一つの点だ!!」

朝日奈 「ええと……」

??? 「そなたの真名は、"特異点"より聞いている。徒花のウンディーネよ、永久に膨張する宇宙卵たる  
     お前たちと我らの間に降る雨はない」

??? 「"超高校級の飼育委員"田中眼陀夢です。プログラムを脱出した77期の一人です。朝日奈さん、
     希望を生み出すあなた達78期と77期の間に壁はないので、どうか気を遣わないでください……
     ふふ、田中さんはいつもこうなんです。分からなかったら聞いてくださいね」

朝日奈 「は、はあ……」

??? 「申し遅れました、私は"超高校級の王女"ソニア・ネヴァーマインドと申します。
     よきにはからってくださいな」

朝日奈 (なんか……悪い人たちじゃないっぽいんだけど……疲れるなあ。蝕始まったばっかなのに)
38 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:53:53.82 ID:ccxguUJC0
田中  「戯言はそのくらいにして……向こうにある扉はどうする?」

朝日奈 「へっ、扉!!?」

言われてみると、道の先にたしかに、龍が刻印された白い扉があった。

田中  「とりあえず、壊すか」カッ


"獣(けもの)"


言うなり田中は文字を発動させ、両手に獣の皮がついた鉤爪をまとう。

朝日奈 「わー!!やめて、せめてもうちょっと考えて……」

ソニア 「当たって砕けろという奴ですね!!」カッ

"生(せい)"

文字を発動させたソニアは、田中のスカーフをつかんで「えいっ!」と意識を集中させる。
その手から青い光が流れこんで、田中の鉤爪がぼんやりと光をまとった。

朝日奈 「ええと……ソニアちゃんは、補助系なの?」

ソニア 「私の文字は、人の能力を強化することができるようなのです。朝日奈さんも行きますか?」

朝日奈 「あー…ごめん、私まだ上手く扱えないからさ。今度頼むね」

その時、扉の龍が『ギョロッ』と目を動かし、口を開く。

龍   『我は"龍"……この試練を生き延びたくば、我を倒し、この中にある鍵を手に入れよ。
     そなたらの持つ"力"か、"知恵"か……それにて道を示』

田中  「くどい」ザクッ

龍の話が終わる前に、田中の鉤爪が扉を引き裂く。

朝日奈 「ちっ…ちょっと!!まだ話が途中だったじゃない!!つーか、扉から血っぽいものが
     垂れて……」

どくどくと血が垂れる白い扉を指さして、朝日奈が怒鳴る。

龍   『"力"を選ぶか……よかろう。では、闘いを始めるぞ!!』ズルッ

扉からズズズ…と抜け出した龍が、空へ舞い上がる。それをぽかんと見送った朝日奈は
「追いかけなきゃ!」と走り出そうとした。

田中  「いや…その必要はなさそうだ」

朝日奈 「へ?」

ソニア 「向こうから来てくださるようですよ?」

龍は空中でぐるっと旋回し、三人目がけて勢いよく下降する。口ががぱっと開いて、牙がむき出しになった。
それに朝日奈が悲鳴をあげたのが先か、田中が地面を蹴ったのが先かは分からなかった。



同時刻、別の場所では――頭脳派チームができあがっていた。
十神、霧切、さらに……大弓を構えた予備学科の『佐藤梓』だ。クラスメイトからは揶揄を込めて
『超高校級の弓道家』などと呼ばれているが、彼女自身にそこまで弓の才能があるわけではない。

佐藤  (いやだなあ…この十神って人、あいつのお兄ちゃんと同じ77期だもん。
     気まずいったらありゃしないよ。まあ、何も言ってこないだけいいけどさ)

彼女は九頭龍の妹とひと悶着起こした過去がある。
この学校で目覚めて蝕が始まってから忘れていたが、十神とチームになったことで図らずも
それを再確認する羽目になっていた。

佐藤  (まあ、いいもんね。さっき龍が言ってたもん。"ここから出られるのは、鍵を持った人間だけ"……
     私にしか聞こえてなかったみたいだし、使わせてもらうわよ)
39 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:54:50.78 ID:ccxguUJC0
豚神  「力か、知恵……霧切、この蝕について基本データは出せるか?」

霧切  「待って、トレースが……終わったわ。この蝕は"龍(りゅう)"タイプは"隔離型"とあるわ。
     前の"始"が固定型。出現する日が決まっている蝕だったみたいよ」

豚神  「学園から異空間へ転送される蝕か……発生の条件が分かればいいのだが。どうやら
     チーム分けもランダムのようだ。まずはここから脱出するのが最優先か」

佐藤  「あの……私にも何か、できることありますか?」

豚神  「焦るな。まずは敵の弱点を探るぞ」ペタッ


"偽(いつわり)"


扉の龍に手をついた十神は、目をつぶって集中する。『偽』の字は、人が象を手なずける象形文字だ。
そこから転じて『ありのままの姿に戻す』という意味を持つ。彼の手の下で、
龍はみるみるうちに透けて、中にぼんやりと『鍵』の形を出した。

豚神  「見えたな。尾に近い下腹のあたりだ」

霧切  「なら、今度は佐藤さんの出番ね。十神くん、外へ誘い出してちょうだい」

豚神  「了解した!」ドカッ

扉を勢いよく蹴った十神に、龍が『力か…よかろう!』と応える。外へ這い出た龍を、
きりり…と弓を引き絞った佐藤が狙う。

佐藤  「はあっ!!」バシュッ

ズドン!!

佐藤  「外したっ……もう一回!!」バシュッ

続けざまに二、三発撃つと、さすがの龍も失速した。そして、四発目でとうとう鍵をかすめる。
空中を落ちてくる鍵を、佐藤は走りよってキャッチした。

豚神  「よくやったぞ、そのまま……」ドスッ 「……あ?」ドクドク

霧切  「佐藤さん、あなた何を――っ!?」グサッ

佐藤  「邪魔しないで下さいよ……さんざん予備学科を足蹴にしてきたあなた達本科を、
     今度は私が踏み台にしてあげるんですから」

くるっと背を向けた佐藤に、足を撃ちぬかれた霧切が「待ちなさい!」と叫ぶ。
しかし、佐藤は振り返ることはなかった。腹を刺された十神も、起き上がろうとして
痛みに悲鳴をあげ、再び地面へ突っ伏す。

豚神  「くそ……!!なぜだ、なぜなんだ……!!予備学科も、本科も、この蝕では
     壁などないはずなのに!…ぐっ…」ボタボタ

霧切  「それより、まずいことになったわ……鍵はまだ、佐藤さんの手に」

豚神  「追いかけるぞ…」

霧切  「でも、その出血じゃ……「傷など、おさえていればいい!!お前だけでも生還しろ!!」

十神はハンカチを引き裂いて、傷口に押し当てる。
なんとか立ち上がる十神を見た霧切は「……似ているのは、見た目だけね」と小さく呟いた。


その頃。日向、石丸、安広チームは……。

安広  「あら、今不思議な声がしましたわ。"此処から出られるのは二人だけ"ですって」

石丸  「なっ…!!」ガーン

安広  「おおかた、嘘でしょうけど。この前の始もそうでしたけど、試練は常に、生き延びる道があります。
     一人の犠牲も出さずに脱出することは可能でしょう?でも、蝕の方でも考えているのですね。
     わざわざチームの一人にだけ嘘を吹き込むなど、惑わそうという意図が見え見えで、   
     張り合いがありませんわ」

石丸  「そういう問題かね!!?」

日向  (やれやれ…こいつを敵に回すのは勘弁したいな)ハァ…
40 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:55:31.71 ID:ccxguUJC0
日向  「で、どうする?龍を誘い出したのはいいが、俺は弓なんて使えないぞ」

『変』で出した鉄パイプを構えた俺が聞くと、安広は「あら、簡単ですわ。私の文字を使えば」と微笑む。


"罠(わな)"


安広  「日向君、龍の気を引いてくださいます?石丸君は反対方向に逃げて小石でも投げながら、
     龍を少しずつ私の方へおびき寄せてくださいな。気が向いたら文字を使っても構いませんことよ」

石丸  「了解した!!」ダッ

日向  「分かった……信じるぞ、安広!!」

安広  (……信じる、ですか……この私が、信頼を受けるなんて……)

安広  (もうそろそろ、嘘をつくのも疲れましたし……悪くありませんけど)カッ!

手を振って、地面に『罠』を仕掛けていく。元はウサギを捕る網からできた象形文字だが、
彼女の想像力――地下のギャンブル階を巡る中で見てきた数多のゲーム器具。
たとえば電流の流れたつり橋、たとえば針天井。それらが文字に広がりを与える。

日向  「――ら、あああっ!!こっちだ!!」ブンッ

石丸  「日向くん、深追いは禁物だ、"下がりたまえ"!!」カッ

日向  「……えっ?」ガクッ

石丸が声をあげると同時に、日向の足が操られるように後ろへ下がる。
次の瞬間、日向が今までいた地面に龍の爪が突き刺さっていた。

石丸  「僕はこうして、相手を"支配"することができるのだよ。恐ろしい文字だろう?」

日向  「いや…おかげで助かった。いい文字だ」

石丸  「……まったく、君という男は分からないな」スッ

差し伸べられた手をありがたく取ると、ちょうど安広も準備が終わったらしい。

安広  「行きますわよ……」カッ

地面すれすれを低空飛行する龍の口が、がぱっと開く。
安広が手を挙げると、その巨体を地面から現れたトラバサミが次々に挟んだ。
まるで活け作りのように、龍は地面に縫いつけられる。じたばた暴れる龍の口を指さして
「日向君、今です!」と安広が合図した。

日向  「は、あああっ!!」ザシュッ

龍の口を、真一文字に切り裂く。真っ赤な血が視界に飛び散って――その向こう、
喉奥に白く光るものが見えた。俺はその勢いのまま龍の首に刀を差し込んで、
ぐいっと切り落とす。

日向  「あった……鍵だ」

安広  「呆気ないものでしたわね。ともかくこれで脱出できますわ……早く学園へ帰りましょう」

日向  「だな。森の景色にも飽きたところだ」

俺たちは並んで歩き出す。闘って龍を誘き出しているうちに、扉からだいぶ離れたところまで
来てしまっていた。石丸がつけておいた樹の印に従って、白い扉を目指す。

石丸  「しかし、君は不思議な人だな。予備学科でありながら癖の強い77期をまとめあげ、
     彼らの司令塔として君臨している……一体、君は何者なんだ?」

安広  「私も不思議ですわ。何の才能もないといいながら、こんな非常事態でも全く
     あわてふためくことがない……今までどんな日常を過ごしていらっしゃったのか、
     興味が沸いて来ました」

日向  「……別に、普通だ」

しまった、78期とはなるべく距離を置くつもりだったのに……。
石丸と安広は、正体不明の予備学科生に興味を持ったらしい。

どう遠ざけようか考えながら扉に鍵を差しこみ、開ける。
そこは学校の校庭だった。俺たちが出てきたのと同じ、白い扉が沢山浮かんでいる。
バスケットゴールの下に仲間達が集まっているのを見つけると同時に、向こうからも声があがった。
41 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:55:57.04 ID:ccxguUJC0
西園寺 「あ、日向おにぃだー!!モブ顔のくせに案外速かったね!死んでたらお焼香くらいは
     してあげようかなって覚悟してるとこだったよー!」

弐大  「応ッ!!お前以外はもうほとんど脱出しておるぞ!!ガッハッハ、一位はこの弐大猫丸が
     いただいた!!残念だったのう!!」

西園寺 「あれれー?わたしの目がおかしくなったのかなー。おにぃの後ろに鹿鳴館とエセ右翼の
     コスプレした頭おかしい奴がいるよー?」

終里  「しっかし、78期の奴らおせーな。まだほとんど出てきてねーぞ?」ガシガシ

左右田 「おい、何ボーッと突っ立ってんだよ!早くこっち来いって!」

日向  「……じゃ、俺はここで」

石丸  「あ、日向君。よかったら今度話を……」

まだ名残惜しそうな石丸を置いて、俺は逃げるように77期の仲間達が座っている所へ戻った。
俺たちは、肩を寄せ合って生きる罪人だ。

……『希望』たちに触れるわけには行かない。

日向  「あ、あいつらは……」

遠くで、扉が開いた。苗木と…たしか舞園さやか、そして桑田怜恩がチームだったらしい。
ものすごく気まずそうなパーティーだが、なんとか協力できたのか、よかっ……

た、と思う前に。
出てきた苗木と桑田はなにやら言い争いを始めた。しばらくして、桑田はぷいっとそっぽを向く。
舞園が止めるのを振り払って、桑田はさっさと歩いて行ってしまった。

日向  (元々は仲良しのクラスメートだったのに……俺たちの所為で……)

日向  (いや、それは後だ…まだ、後回しにしよう……俺にはまだ勇気が出ない……)

考えている間も、次々と扉が開く。その中から、見覚えのある顔が高笑いをしながら出てきた。

田中  「フハハハハッ!!仰々しく形作られた儀式の場だったが、造作もなかったな!!」

ソニア 「うふふ、とにかく脱出できてよかったですね」

朝日奈 「…………」ずぅぅーん

まさかのパーティーだ。日本語の通じない田中と一緒で、よく龍を倒せたな。

日向  「あ、朝日奈…大丈夫か?」

朝日奈 「ひなたぁ……なんなのこの濃ゆい人たち……何言ってるか分かんないし……
     ソニアちゃんはなんかずっと笑ってるし……」はぁぁぁ

日向  「安心しろ、俺たちも全然分かんないし、もう笑うしかないと思ってる」

朝日奈はしばらくすると、元気が出たのか「ねえ」と聞いてくる。
42 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:56:25.59 ID:ccxguUJC0
朝日奈 「あの扉さ……人が出てきたのは白いけど、あっちは黒いじゃない?あれ何なのかな…
     あっ、今あっちの扉も黒くなった!!」

日向  「多分……"失敗"したってことじゃないのか」

朝日奈 「失敗って……」

日向  「向こうで、龍に負けたって事だ。現に、あの黒い扉からはまだ誰も出てきてない」

朝日奈 「ね、ねえ……七志は?あいつ、すっごい頭いいし、絶対さっさと出てきてると思ったんだけど」

校庭の扉が次々真っ黒になっていくのを見て、朝日奈が恐る恐る聞いてくる。

ソニア 「だ、大丈夫ですよ。私たち、たまたま早く出られただけで……ほら、まだ78期の方々でも
     出てきてない方が……」

そう言うソニアの背中側で、葉隠が出てきていた。これで78期のメンバーは霧切以外全員そろったことになる。

朝日奈 「七志……霧切ちゃん……大丈夫かな……あの二人に限って、まさか失敗なんて」

心配そうにぎゅっと胸元をおさえる朝日奈に釣られて、
俺の心臓もどくどくと嫌な鼓動を打ち始めた。第一の事件で倒れていたあいつの死に顔が浮かぶ。
……大丈夫だ。十神なら、きっと。自分に言い聞かせながらも、その不安が消えることはなかった。


――私は生きる。絶対に生きてやるんだ。

九頭龍を殺した時だって、そうだ。あれっ、あいつ下の名前なんて言ったっけ?
思い出せないな……ま、いっか。今さらどうでも……。

佐藤梓は、走りながら思い出していた。
予備学科での鬱屈した日々。九頭龍との因縁。そして――

佐藤  「そうだ、私には力があるんだ……今度こそ本当に、"超高校級の弓道家"になるんだ!!」

不条理なことは、自分でどうにか打開するしかないんだ。
私にはその力があったんだ。だから、私こそ生きるべきなんだ!

龍を狙ううち、いつの間にかずいぶん遠くまで来ていたらしい。
あと少し――あと少しで、出口に……


佐藤  「はあっ、はあ、はあ……あれ?」

そこで、佐藤は違和感に気づいた。
――黒い。ここから白い扉だったはずなのに、そこに鎮座しているのは黒く、血のような生臭い
液体をボタボタとたらす真っ黒な龍だ。

佐藤  「ね、ねえ…何よこれ、なんなの!!?」

龍   『我は人の子に試練を与える白き龍にあらず……人道を踏み外した者に罰を与える黒き龍』

佐藤  「意味分かんないこと言ってないで、早くここから出してよ!!鍵だってここにあるわ!!」

龍   『残り二人の仲間はどうした?』

佐藤  「だって、あんたが言ったんじゃない!!鍵を持った奴だけ出られるって!!」

龍   『戯れの嘘に騙され、仲間を裏切るか……その罪、赦し難し。死をもって償え』

佐藤  「――え?」

逃げる間もなく、黒龍の口からゴオッと炎が吐き出される。
それはみるみるうちに地面を這って、佐藤の体を包み込む。

佐藤  「きゃあああああーーーっっ!!」

そこで、悲鳴を聞きつけた十神と霧切が追いついた。

豚神  「佐藤ッ!?待て、今消して……」バサッ、バサッ

上着を脱いで一生懸命に消そうとするが、もだえ苦しむ佐藤にまとわりつく炎を消すには間に合わない。
数秒も経たないうち、佐藤の体は崩れ落ち、跡形もなく焼き尽くされた。
43 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:57:04.97 ID:ccxguUJC0
霧切  「こんな……こんな、むごいことが……」

黒龍  『その者は大罪を犯した。よって罰を与えた。……お前たちは試練に失敗したのだ。
     この扉が開くことは未来永劫ない』

霧切  「……それは、どうかしら」

黒龍  『なに?』

霧切  「この座標……さっきの白の龍がいた扉と同じよ。つまりあなたは、白の龍が姿を変えただけの存在。
     だったら、その先にあるのは希望ヶ峰学園でしょう?」

黒龍  『それを知って如何にする。すでにそなたらには――』

豚神  「おおおおおッ!!」ダッ

佐藤の焼け跡から立ち上がり、走り出した十神。黒龍が裁きの炎を吐き出すが、十神はそれを
地面に転がって避けると、扉に手をかける。龍は首をもたげて、十神の顔面に炎を吐き出した。

豚神  「ぐ、っ…これしき、のことで……開けッ……開けぇぇぇ!!!」カッ

"偽"


黒龍  『なっ……やめろ、理を曲げるなど、あってはならな……』シュゥゥゥゥ

十神の文字の力で、黒龍がみるみるうちに、元の白龍に戻る。そこで、佐藤のいたところに落ちていた鍵を
拾った霧切が、急いで扉に差し込む。鍵が回るか回らないかのうち、十神は扉をバターンッと蹴破った。

朝日奈 「!霧切ちゃん、七志!!!」ダッ

豚神  「うう……」ヨロヨロ

朝日奈 「ひどい火傷……罪木ちゃん、お願い!」

罪木  「は、はいっ!」パァァ

全身に大火傷を負い、苦しげな呼吸を繰り返していた十神が、罪木の放つ光で少しずつ楽な表情になる。
やがて目を開けた十神は、自分を心配そうに見下ろす仲間たちを見て「馬鹿者」と笑った。

豚神  「十神白夜が……これくらいで死ぬわけがあるか。俺の心配などいらん……」

朝日奈 「うっ……ううっ…よかったよぉ…二人が生きてて……」

ぐすぐすと泣いている朝日奈に、霧切は自分達が出てきた扉を振り返る。
真っ黒に染まった扉の向こう、白い龍が地面に倒れていた。どうやら他の黒い扉は閉じたままらしい。

霧切  「運がよかっただけよ……彼の文字がなかったら、佐藤さんが裏切った時点で詰んでいたわ」

日向  「七志、本当に大丈夫か?……心配したぞ」

豚神  「だから、お前たちのような愚民が案ずるほど俺は落ちぶれて……いや、今はやめておこう」

豚神  「それより、何か飲み物をくれないか。……龍の炎が思ったより熱かったんでな」フッ

朝日奈 「じゃあ……」むむむ

朝日奈 「はいっ!」

笑顔で差し出した朝日奈の手には、冷たい水が波打つコップ。

朝日奈 「えへへ、ちゃんと文字を使えたの初めてかも」

豚神  「……ありがたい」

受けとった『御曹司』は水を勢いよく飲み干して、今度こそ本当に笑顔になった。
44 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:57:45.16 ID:ccxguUJC0
【『龍』死亡者数:34名
 生存者数:1580名
 総生徒数:1614名→1580名】

苗木  「霧切さん!!よかった……生きていて」ホッ

霧切  「あなたもね。それに…外に出たおかげで分かったわ。この蝕の発生条件がね」

霧切  「私たちは1614名いたわ。そして、扉の数はちょうど538個。
     ……一つの扉の中に、3人。つまり、この隔離型は」

苗木  「生徒数が3の倍数の時に来る、だね?」

霧切  「ええ、そうよ。生徒数が3で割り切れる時は要注意ね」

そんな話を苗木たちがしている間、葉隠がなぜか申し訳なさそうな顔で突っ立っている。

葉隠  「あ、あのー、苗木っち……さっき桑田っちがブチギレたのって、多分俺のせいなんだわ……」

苗木  「え?」

葉隠  「ほら、あの希望のパスワード……うっかり口すべらしちまって……このまんまじゃ俺、また
     うっかり江ノ島っちにやらかしそうなんだわ、なあ」

苗木は何が何だか分からないよ、と葉隠を連れて遠くへ行った。

西園寺 「ねえねえ、そろそろ"アレ"来るころじゃない?」

小泉  「あれって?」

西園寺 「決まってるじゃーん!ゲロブタの恥ずかしい所を封じた欠片だよー!!」

罪木  「ひいい!!やっぱり私を狙い撃ちなんですねぇ…!!」

左右田 「おっ、噂をすれば」

空中から、ふわふわと下りてくる青い欠片。
これが二つ目の『希望のカケラ』か……今回は一体どんな恐ろしいものが見えるんだろうか?

日向  「じ、じゃあ……皆、腹ァくくろう、ぜ」

九頭龍 「無理すんなよ。カタギが言うと似合わねーぞ」


パアッ…と欠片が光を放って。
また、どこかへ引っぱられるような感覚。
45 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:58:40.62 ID:ccxguUJC0
そこは、医療器具とベッドしかない、簡素な病室だった。
たしか希望ヶ峰でも一部の人間しか立ち入りを許されない区画の、さらに奥にあった。
そこで、俺と学園長が話している。

『学園長先生もやっぱり、希望ヶ峰学園のOBなんですか?』

何気なく聞いたのだろう。聞かれた当の学園長もぽかんとしている。
やがて『ああ、そうだよ』と頷いた。

『超高校級の探偵という肩書きでね。霧切一族は代々探偵を生業としているんだ。
 学園創立から何度もスカウトは来ていたけど、入学したのは私が最初だ』
『やっぱり探偵って、表には出ないものなんですか』
『うん。だけど私は目立ちたがり屋だったんだ。学芸会でも堂々と主役に手を挙げるようなね。
 学園は私を客寄せパンダにしたから、卒業した後も探偵としては顔が売れすぎて、"完成"しなかった。
 親のすねをかじるのも申し訳ないから、思い切って家を飛び出したのさ』
『……娘さんを置いて?』
『松田君に聞いたのかい』
『あ、はい……すいません』

学園長は『今だって、学園長として顔を出しているのはその名残でね』と椅子にもたれかかる。

『認められたい、もっと見て欲しい、褒め称えられたい、名を残したい。
 そんな欲も、ないと言えば嘘になる。というより、半分はそうかもしれない』

『人生は希望を賭けたギャンブルさ、そうしてたいていは負けっぱなしに終わる。  
 君だってそれが嫌だから、才能を渇望してこの手術を望むんだろう?だけど』

『生まれてこなければ……そもそも賭けることすらできない。
 そして、才能がなければ……勝ちを祈ることすらできない。
 だから、君は何も間違っていないよ。日向君』



左右田 「うおっ、日向!オメー泣いてんのか!!?」

九頭龍 「おい……大丈夫かよ、日向。今度はどんな惨いモンが見えたんだ?」

言われて、俺はようやく自分が泣いていることに気づいた。
涙をゴシゴシと袖でぬぐって「学園長」と答える。

左右田 「は?」

日向  「学園長と、話してたんだ。手術を受ける前の日に。それが見えた」

九頭龍 「こ、今回はずいぶん呑気だな……」

日向  「今分かった、学園長も俺と同じだったんだ……才能さえあれば、才能が全てだって……
     そう信じることで、何とか生きていたんだ。だから、カムクラプロジェクトも」

左右田 「な、一旦落ち着け。いっこずつ話せって」

日向  「悪い。ちょっと一人にしてくれないか」

俺は慰めようとする左右田を振り払って、一人で寄宿舎に歩いた。
後ろでやけに静かになった西園寺や、さめざめと泣いているソニアがいるのは分かっていた。
だけど、今はそれどころじゃなかった。ただ、一人になりたかった。
46 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/13(月) 21:59:06.24 ID:ccxguUJC0
江ノ島 「うわー、最悪なんですけど……なんなの、この"蝕"とかいうやつ!!」

戦刃  「ねえ、盾子ちゃん」

江ノ島 「せっ…かく希望ヶ峰に入ったってのにサイアク!!あたしフツーのギャルだっつーの!!!
     ここ出たらあのイケメン学園長、訴えてやる!!マジ潰す!!!」ぷんすか

戦刃  「ほんとに何も……覚えてないの?」

江ノ島 「お姉ちゃんこそ頭大丈夫?あれ、PTSDとかいう奴なんじゃないの?」

江ノ島 「あたしが"そんな怖いこと"するわけないじゃん!!!……ま、その"コロシアイ"とかいうやつ、
     ドラマとかになったら面白そうだけどさ。お姉ちゃん才能あんじゃない?」

戦刃  「……」

江ノ島 「そん時はあたしが主演してあげっからさあ、お姉ちゃんマジで書いてよ!!」

戦刃  (……どういうことなの?)


_______________

ちなみに佐藤梓さんはあの『サトウ』さんです。梓=梓弓から。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/15(水) 08:55:04.70 ID:uQHuqCjno


セレスは賭じゃなくて罠とはな。石丸は規律の律かな?
そして豚神のとにかく頼りになること…嬉しいけど死にそうで怖い
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/15(水) 14:54:44.34 ID:ZsHXnDB8O
江ノ島さん真っ当な人になってて笑う
本編でもこんな感じならなぁ……
49 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:04:17.66 ID:IXfYRWfn0

キーン・コーン・カーン・コーン……

聞き覚えのありすぎるチャイムの後、部屋のモニターに安楽椅子の学園長が映った。

学園長 『時刻は、夜の10時を回ったよ。間もなく食堂のドアをロックする。まだ残っている生徒は早めに
     部屋へ戻りたまえ……そうそう、初めての隔離型をクリアした君たちに、ご褒美をあげるよ。
     明日の朝、"食堂のテレビモニター"を見たまえ。では、おやすみなさい』

プツンッ…。

日向  (もう夜時間か……今日も色々ありすぎて疲れたな)ボスッ

日向  (生き返った学園長、神蝕、外の世界、俺たちの体……謎だらけだ)

ベッドにうつ伏せになって考える俺の脳裏に、ふと昼間の光景が蘇った。

葉隠  『このまんまじゃ俺、またうっかり江ノ島っちにやらかしそうなんだべ』

日向  「!そうだ、江ノ島!!……江ノ島盾子も蘇ったって事か!!?」

日向  「……でも、あいつがいるならなんで俺たち"絶望の残党"に何もコンタクトを取らないんだ?
     いや、すでに誰か江ノ島と接触しているのか?」

それはない、とすぐに思った。
77期生たちの動向には気を配っているが、隠し事が苦手な奴らばかりだ。
初対面に近い俺でも『悩みがある』ぐらいはすぐに分かったんだ。そんな異変があったら
とっくに気づいている。

日向  「明日、苗木を問いつめるか?……いや、答えてもらえるわけがない。
     かえって俺たちの立場が悪くなるかもしれないな」

日向  (でも、江ノ島の事は放っておけない……明日、こっそり探りを入れてみよう。その為に)

俺は起き上がって、部屋に備えつけのメモ帳を取った。鉛筆でさらさらと簡単なメッセージを記す。

――江ノ島盾子が蘇っているらしい。お前たちは知らないふりをして探れ。  日向

日向  (あとはこれを、全員の部屋のドアに挟んでおくだけだな。西園寺あたりが腹をたてそうな
     気もするが、江ノ島の存在次第で俺たちの命がどうなるか決まるんだ。
     苗木たちが動く前に正体を掴んでおかないとな)


『龍』から一夜明けた日曜日。

一晩考えてだいぶ頭がすっきりしたので、食堂に向かった俺は、テーブルで言い争う二人を見た。

左右田 「だーかーらぁ!!誤解なんだって!!」

西園寺 「人形に顔近づけてハァハァやってたじゃん、わたし見たんだからね!!」

日向  「……左右田、俺たちは親友だ。お前がどんな性癖を持っていても、俺は受け止めるぞ」

左右田 「だからちげーって!!!」

事の起こりは今朝早く。夜明けごろに目が覚めてしまった西園寺は、食堂で水を飲もうと思って
部屋を出た。……が。夜時間には食堂がロックされていることを思い出した西園寺は、
仕方ないので部屋に戻ろうとした。
50 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:04:47.14 ID:IXfYRWfn0
西園寺 「あんたの部屋のドアが半開きだったから、閉めてやろうと思って見たら、
     人間並みにでっかい球体関節人形に頬ずりしてハァハァしてたんだよこいつ!!
     しかも裸の、髪の毛もついてない人形に!!!」

……それはちょっと気持ち悪い。

左右田 「オレにそんなアブノーマルな性癖はねえよ!!」

花村  「左右田くん、今度ちょっとぼくの部屋で語らおうじゃないか。君もTENGAじゃ
     満足できなくなったクチかい?」キラーン

九頭龍 「おいおい、お前、島でソニアに"内骨格を見せてください!!"って告白してなかったか?
     "あなたの骨格は完全なんです!大腸すら愛せます!"ってのも聞いたぞ?」

西園寺 「ほら、どこがノーマルだっての!?こんな人形趣味の性的倒錯者と同じ空気吸いたくないよ!!」

日向  「一旦落ち着け。左右田、西園寺の話は本当なのか?」

左右田 「うう……」

左右田はしばらくブルブルと震えていたが、「やっぱ言えねぇぇーーっっ!!」と叫び、
食堂からびゅーんと飛び出していってしまった。

西園寺 「もう自白してるようなもんじゃん」

日向  (その意見に賛成だ!!…したくないけど)

罪木  「だ、大丈夫ですかね…左右田さん……」

西園寺 「ほっとけば?腹減ったら戻ってくるっしょ」

一応クラスメイトをそんな動物みたいに言ってやるな。

日向  (とりあえず、朝飯食った後に様子見に行ってやるか。その前にモニターだったな)

テレビモニターを見上げると、しばらくして『ピッ』とスイッチが入る。
そして……

『関東地方の今日の天気です。午前中は小雨が降るでしょう。午後になると天気は一旦
 回復しますが、夕方には霧が見られる所もあるでしょう……』

日向  「……は?」

思わず驚きの声が漏れる。
画面に映っていたのは、NHKの気象予報だった。

西園寺 「えっ、外の世界って滅んだんじゃないの?何でフツーに天気予報とかやってるわけ?」

学園長 「うんうん、不思議だよね」

小泉  「そうだよ、だってテレビ局があるわけ……って、学園長!!?」

ナチュラルに混ざってきた声に、俺たちは一斉に振り返る。
そこにいたのは、学園長だ。……山盛りのシリアルを牛乳なしでボリボリ食べている。
51 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:05:29.43 ID:IXfYRWfn0
辺古山 「牛乳はかけないんですか?」

西園寺 「最初に聞くのがそれ!?」

学園長 「いや、牛乳はこうして」グビグビ

小泉  「別々に飲むんなら、かけても同じじゃ……」

学園長 「ぷっはー!あー、この一杯のために生き返ったって感じするなあ」

日向  「生き返った……じゃあやっぱり、学園長も」

学園長 「ああ。私の"肉体"と呼べるものはすでに消失しているよ。まあ、その話は追々するとして……
     あの映像は偽物じゃないし、過去の録画でもない。外の世界ではこうしている間も
     人々が普通に働いて、営みを送っている。もちろん、テレビ局も生きているよ」

小泉  「じゃあ、世界は滅んでないって事ですか!?」

学園長 「そういうことになるね」

日向  「信じられるか!人類史上最大最悪の絶望的事件……あれは日本政府すら陥落させたはずだ!!
     こんな短い時間で復興するなんてありえない、俺たちは徹底的にやったはずだぞ!!」

辺古山 「日向、声量には気をつけろ」

日向  「あ、悪い……学園長、それは一体どういう――えっ?」

一瞬だった。
本当に一瞬目を伏せたうちに、学園長の姿は煙のようにかき消えていた。
そこには、空っぽになったシリアルの空き箱と牛乳パックだけがあるだけだ。

小泉  「き、消えた……!?」

澪田  「ま、まさか今の学園長先生は……あばばばばばばば」ブクブク

九頭龍 「肉体は死んだ、つってたろ。人間やめちまったんだろーな」

日向  「くそ……結局全然情報は聞き出せなかった……!」

辺古山 「ところで日向、私達の部屋のドアにこんなものがはさまっていたんだが……偽物ではないな?」ペラッ

西園寺 「日向おにぃの上から目線な書き方はムカつくけど……」

日向  「悪い。シンプルに書こうと思ったら、ああなった」

西園寺 「やってあげるよ。江ノ島の言いなりになるのもムカつくし、78期の奴らに疑われるのも
     めんどくさいし……」

小泉  「江ノ島盾子、か……正直私にはまだ、色々信じられないことばかりだけど、
     あの人のことは思い出したよ。生き返っているとしたら、ほっとけない。
     学園にいるみんなのためにも、私達のためにも」

九頭龍 「とりあえず、江ノ島をシメて連れてくりゃいいのか?あの女、普通に聞いても答えねーだろ」

日向  「なるべく傷つけないで頼めるか?」

九頭龍 「んじゃ、ペコ……」

辺古山 「はい、坊ちゃん」

辺古山はさすがというべきか。
目配せ一つで、九頭龍の後ろにぴったりついて行く。二人が行ってしまった後、
西園寺は「わたし、おねぇと一緒に江ノ島のこと聞いてくるね」と珍しく自発的に動いてくれた。

日向  「やらなきゃいけないんだ……生き残るために」
52 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:06:04.33 ID:IXfYRWfn0

そのころ、食堂を飛び出した左右田はというと。

左右田 「ふーっ。まさか西園寺に見られてたとはなあ……今度から部屋の鍵は閉めとかねーと」アセアセ

左右田 「変態疑惑がついたけど、まあいっか。これをみんなに見せてビックリさせる計画に比べりゃ、
     どーってことねーもんな!!日向大喜びだろーなー。楽しみだなー」

部屋に戻った左右田は、愛用の工具箱を取り出してなにやら準備を始めた。
シャワーカーテンで覆って隠しておいた『何か』を床に座らせると、丁寧にボルト部分を調節して行く。
それが終わると、内蔵してある人工脳に電気信号を通してテスト。問題なし。
フタを閉じると、人工毛のウィッグをかぶせて固定。

左右田 「あとは眼球を入れてっ……と、完成!!いやー、徹夜した甲斐があったぜホント!!
     あいつら、びっくりすんだろなあ。日向は喜んでくれっかなあ」

一人でパチパチと拍手した左右田は、鍵がしっかり閉まっていることを確認してから
床にぺたんと座りこんだ裸の球体関節人形の所へ戻る。見れば見るほど似ている。そっくりに作ったから
当たり前だが、髪だけが長く床に垂れているので(後で切ろう)と左右田は思った。

左右田 「よし……んじゃ、行くぞ」パンッ

両手を合わせて、集中。


"機(き)"


文字を発動させた左右田は、ゆっくりと合わせた手のひらを開く。
そこには、ぼんやりとした光の玉が浮かんでいた。

左右田 「それっ!起きろー!!」

ふわっと飛んだ光の玉は、人形の口からすぽんっと体内に入って消えた。
閉じられていた人形のまぶたが、滑らかな動きで持ち上がる。二、三回瞬きして、
ガラスの視界に左右田を映すと、人形は口を開いて「あ……」と発声した。

左右田 「オレは左右田。左右田和一。オメーを作った男だ!創造主様だぞ!左右田。言ってみ?」

人形  「そ、うだ」

左右田 「そう、ソウダ。すっげーなオレ。マジで人工生命作っちゃったよ!さすが"超高校級のメカニック"!」

喜ぶ左右田をじーっと見つめて、人形はひたすら繰り返す。

人形  「そう、だ……そうだ、そうだ、さま、そう、だ、さま、そう、ださ、ごしゅじ、んさま」

左右田 「ストーップ!それ覚えさせたらマジで俺は日向に殺される!"左右田くん"だ。左右田くん」

人形  「そうだ、くん」

左右田 「よし。オッケー。んじゃ次、オメーの名前な。オメーは……」

左右田 「ナナミR-type:0001ってのが型番なんだけど……まあ、ナナミでいっか」

人形  「なな、み。わた、し、ななみ」

左右田 「そ。七海だ」ワシャワシャ

左右田 「……しかし、全裸ってのはなあ……いくら人形でもちょっと目に毒だよなあ」ピーン!

左右田 「そーだっ、女子の誰かに服もらおう!!……でも、77期の奴らにはすっかり変態として
     知れ渡っちまったしなあ……」
53 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:07:24.92 ID:IXfYRWfn0

朝日奈 「……で、私に?」

左右田 「おう。これは極秘のミッションだ。誰にも言うなよ。
     無事に達成したら俺の最高傑作"ナナミ-R"を見せてやる。下着はいらねーから上だけでいい」

朝日奈 「よく分かんないけど、いいよ。女の子の服貰ってくるんだよね。待ってて!」ダッ

二つ返事で引き受けた彼女に、いかがわしい用途を疑わないのか?と左右田は聞きたくなった。
……しかし。78期の女子を回って集まったのは。

朝日奈 「えーっと、何これ。タコヤキ柄のTシャツ?舞園ちゃんもこういうの着るんだ……
     あとは、不二咲がくれたどっピンクの靴下だけか……これじゃ足りないよね、多分。
     残ったのはセレスちゃんだけど……くれるかなあ」コンコン

安広  「はい…あら、朝日奈さんではありませんか」ガチャッ

朝日奈 「あ、セレスちゃん。着ない服とかあったらくれないかな?」

安広  「……どなたが着るのです?」

朝日奈 「あ、私ちょっとその…ゴスロリ?とかいうのに興味が……」

安広  「はあ……」

安広  「いいですか?まずゴシックアンドロリータの精神というのは"優雅"の一点に尽きます。
     常に淑女の精神を持ち、美しいお洋服に負けないよう背筋を伸ばすのがまず第一条件。
     髪の毛がボサボサであったり、ノーメイクなどもってのほかですわよ。ですから……」

一時間にわたってたっぷりとゴスロリについての知識を叩き込まれた。
朝日奈がくらくらしている横で、安広はワンピースのフリルを整え、ヘッドドレスと合わせたりしている。

安広  「ところで、誰がこのお洋服を所望していますの?…あなたではなさそうですが」

朝日奈 「あ、77期の左右田和一ってやつなんだけど」

安広  「……男の方ですよね?」

朝日奈 (あ、やばい。つい正直に言っちゃった)

安広  「ふふ……その左右田くんにお伝えなさりませ。"ワンピースにだけはぶちまけんじゃねえぞ
     マゾブタ野郎!!!んな事してみろ、お前のソレをちょん切るぞ!!"」

朝日奈 「ひい!!」

安広  「……とね」


【左右田の部屋】

左右田 「おーっ!!ちょっと七海のイメージとはちげーけど、こんなに服を……ありがとな朝日奈!」キラキラ

左右田 「あ、見せるって約束だったな。んじゃ、入れよ」ガチャッ

朝日奈 「うわー、ごちゃごちゃ……あ、あのさ。左右田……」

左右田 「ん?あっ!!そっか、女子を部屋に上げるってアレか!!安心しろ、変なことはねーぞ、
     ただお礼に発明品を見せるd「あ、そういう心配じゃないから」

朝日奈 (ごめん左右田、せめてちょん切られそうになったら私が助けてあげるからね!!)
54 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:09:41.32 ID:IXfYRWfn0
>>47

『賭』はちょっと文字の広がりがない感じだったので、
本編でも男二人を罠にはめたセレスさんは『罠』を選択。石丸の文字は後々。

>>48
江ノ島は本編のぶっ飛んでるのがいいと思います。
…が、このSSでは面白みのないフツーの女の子。そのネタ晴らしも後々。


そのころ、俺たちはとうとう江ノ島盾子を捕まえていた。
購買部のモノモノマシーンで遊んでいるところを、辺古山と九頭龍の二人がかりで
縛り上げたらしい。さすが極道というべきか……鮮やかな手並みだ。
しかし、やけにあっさり捕まったな。絶望でも背後をとられるなんてあるのか?

江ノ島 「ちょっとー!!あんた達誰!!?アタシをこんなとこに連れて来て何する気!?」

椅子に縛りつけられた江ノ島が暴れている。九頭龍は「これ使うか?」とガムテープを取り出す。

小泉  「確か、個室って防音なんだよね。鍵はかけてるし、大丈夫だと思う……
     じゃあ、日向。お願い」

俺はベッドから立ち上がって、一歩ずつ江ノ島に近づく。
そのたびに江ノ島は分かりやすく体をびくつかせて、俺が足を止めると「ごくんっ」と
唾液を飲みこんだ。おびえた瞳で見上げられて、なんだか俺の方が悪役みたいだ。

日向  「お前は、"超高校級の絶望"――江ノ島盾子。だよな?」

江ノ島 「は?」

とぼけた声を出した江ノ島は「てゆーか、あんた誰よ?」と返した。

55 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:10:10.04 ID:IXfYRWfn0

※ここから一旦江ノ島視点になります。


江ノ島 (アタシの名前は江ノ島盾子(エノシマ ジュンコ)。
     今、日本で一番イケてる女子高生。16歳のスーパーモデルなのだ。
     "超高校級のギャル"として、この希望ヶ峰学園に入学した……はず、だったのに)

学園長 『さあ、希望を背負った生徒達よ、闘うんだ!!!』

江ノ島 (頭の中身がカルトってる残念なイケメン学園長のせいで、とんでもないサバイバルに
     巻きこまれてしまったのでした。ちゃんちゃん)

江ノ島 (『始』と『龍』をどーにかこーにか生き残ったアタシは、モノモノマシーンでストレス
     発散……もとい使える武器が出てこないか試してた。そこを、いつの間にか後ろにいた
     ちびっ子ギャングとお付きの美少女にとっ捕まって……)

日向  「お前は、"超高校級の絶望"――江ノ島盾子。だよな?」

江ノ島 「てゆーか、あんた誰よ?」

アタシの返事に、アンテナ頭――日向って呼ばれてた――は、「ふざけるな!!」となぜかキレた。
いや、ふざけてないんですけど。なんか意味分かんない肩書きで呼んどいて、
自己紹介はナシとか、ふざけてんのはそっちじゃん。

江ノ島 「あとさ、これ話する態度じゃないよね。なんなの?用があるんだったら
     フツーに言えば?個室に連れ込むとかアンタ変態なの?」

日向  「なっ……なんでそんな、まともな人間みたいな返しをしてるんだ!?」

江ノ島 「あんた、アタシをどんな人間だって思ってんの?」

日向  「とにかく絶望が大好きで、人の命は虫ケラ以下だと思っていて、飽きっぽくて、
     薄情で、嘘つきで、カリスマ性と頭の回転と分析力は人一倍高い奴だ」

江ノ島 「えーっと……何そのサイコパス。ちょっとドン引きなんですけど……」

日向  「お前のことだろ?」

江ノ島 「同姓同名の江ノ島さんってことはないわけ?」

九頭龍 「おいテメー!!さっきからとぼけやがって、オレらを"絶望"に引きこんだのは
     誰だと思ってんだ!!!ふざけんな!!!」

江ノ島 「あのさあ……」

なんなのこいつら。いい加減腹たってきた。と、思う間もなく。感情はアタシの口からほとばしる。

江ノ島 「ふざけんなってのはこっちの台詞だっつーの!!フツーのギャルモだってのに、
     いきなり死ぬか生きるかのサバイバルに巻き込まれてさあ、こんなん喜ぶのは残姉だけだよ!!?
     ガチャガチャでストレス解消してたトコいきなり拉致られて、わけわかんない理由で怒鳴られて、
     いーかげんにしろっての!!!」ハァハァ

今までのイライラもあって一気に叫ぶ。着物ロリとそばかす女は耳をふさいで、ちびっ子ギャングと
お付きはポカーンとしてて、アンテナ頭はなぜか目を閉じて何か考えていた。

日向  「お前……もしかして、ただの"超高校級のギャル"なのか?」

江ノ島 「だから、さっきからそう言ってんじゃん!!!そんなにアタシを頭おかしい奴にしたいわけ!!?」

日向  「そうか……悪かったな」

ぺこっと頭を下げて、アンテナ頭はアタシの縄を解いてくれた。
ちびっ子ギャングが「おい、いいのかよ!!」って聞いてたけど、アタシは一刻も早く
部屋を脱出しようと走り出した。

江ノ島 「あーもうっ、なんなのホント!学園長が頭おかしいと、生徒も変なの!!?」タタタッ

だけど、こいつらとアタシの縁はこれで終わりじゃなかった。
……その話はちょっと後にして、日向の話に戻そっか。
56 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:10:55.05 ID:IXfYRWfn0

天気予報は大当たりだった。
午前中の間、しとしとと降り続いた雨が止むころ、俺たちは食堂に集まって話し合いをしていた。

左右田 「オレがいねえ間にそんな事があったんか!!?」

豚神  「江ノ島盾子……あれが絶望でないとすれば、当面の敵は蝕だけ。
     俺達にとってはむしろ好都合なはずだが?」

日向  「苗木たちの話を盗み聞きしたりしてそれとなく探ってみたんだけどな、どうやら
     江ノ島は、ただの"超高校級のギャル"らしい。絶望としての記憶は一切ない。
     生まれてから今まで、ファッションに命かけてきた普通の女子高生ってわけだ」

澪田  「んー、じゃあ双子のお姉さんはどうなんすか?"超高校級の軍人"って人!!」

辺古山 「感づかれると困るから、遠目で探ってみたが……妹の言動に困惑しているようだ。
     姉の方は、絶望としての性質と記憶を有していると見ていいだろう」

花村  「普通なら江ノ島さんの豊満な谷間に埋もれたいって答える所だけど、僕はあえての
     戦刃さんで、硬いふくらはぎに挟まれたいな!!」

左右田 「オメーはぶれねーな!!」

狛枝  「で……これからどうするの?無害なら放っておいてもいいと思うけど……戦刃むくろが
     余計な事をして、江ノ島の中の絶望を呼び起こすような事態になったら、それこそ困るよね」

終里  「今のうちにどっちもブッ[ピーーー]ってのはどーだ?」

日向  「生徒同士の殺傷は、校則で禁じられてるぞ」

弐大  「ワシらで代わる代わる監視すればいいだけじゃぁぁぁ!!!」

日向  「そんな事してみろ、戦刃に蝕を利用して殺されるぞ」

田中  「では……あえて"死地(デストロイ・フィールド)"に飛び込むというのはどうだ?」

ずっと黙って聞いていた田中の意見に、全員が固まった。
     
田中  「闇の意思と絆を育むということだ。仮に"絶望"としての性質が蘇ったとしても、
     安らぎの記憶がその枷となってくれるかもしれない。……あくまで希望論だがな」

西園寺 「あの絶望ビッチと仲良くするってこと!!?」

小泉  「今はただのギャルなんでしょ?じゃあ、なんとか行けそうだけど……」

ソニア 「あ、あの…わたくしは、田中さんの意見に賛成です!」

日向  「ソニア、これは大きすぎる賭けだぞ」

ソニア 「だって、あの方は78期生の皆さんからも遠巻きにされているんですよね?
     独りぼっちで、双子のお姉さんとも通じ合えずに……江ノ島さんも今、とても
     恐ろしい想いをしていると思うんです。絶望の性質を持たないなら、なおさら……」

田中  「この恐怖を楽しめないと?」

ソニア 「はい……きっと今の江ノ島さんは、私たちと同じか、それ以上に心細いと思うんです。
     いきなり怖がらせてしまいましたが、なんとか分かり合うことはできないでしょうか?」
57 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:11:53.22 ID:IXfYRWfn0

俺は思い出していた。縄を解いた後、脱兎のごとく逃げ出した江ノ島の目じりに、
小さな涙が浮かんでいたこと。九頭龍によると「あいつの言葉に嘘はなかった」らしい。
考えるのは後でいい。今はただ……やれることを、やるだけだ。

日向  「分かった。じゃあ、江ノ島盾子と仲良くする。それを目標にして行こう」

左右田 「簡単に言うけどよお、江ノ島の中でオレらの株大暴落だろ?」

日向  「ソニア。お前の人当たりのよさに賭けるぞ。
     あとは澪田と……罪木だな。あの場にいなくて、なおかつ江ノ島が好きそうなタイプか……
     左右田、お前に男子代表を頼めるか?」

左右田 「はぁ!!?」

日向  「男子が混ざっている方が向こうも警戒しないと思うんだけどな……」

左右田 「うぐっ…わ、分かったよ!!お前の頼みなら聞かねえわけにいかねーしな!!」

半分ヤケクソだが、とりあえず左右田も了承してくれた。

日向  「みんな……悪いな、一貫性もない上に頼りにならなくて」

西園寺 「はぁー?いつからおにぃがリーダー面してんのー?」

日向  「……ごめん」

西園寺 「まあ……カムクラおにぃと違って、日向おにぃとは付き合い短いけど、
     遊び半分なら乗ってあげてもいいよー?」

日向  「例えるんなら、監禁事件の犯人も助けに来た警察も俺だったって感じだぞ?」

終里  「オメーはいい奴だって分かってっからいーんだよ!!」

ソニア 「はいっ。島でも希望ヶ峰でも、日向さんと私でラン[ピザ]ーです!」

豚神  「あんな大見得を切っておいて早々に脱落した俺の代わりに、よく真実まで辿り着いてくれた……
     俺は、そんなお前を"信じて"いるんだぞ。ありがたく思え」

澪田  「生きるのはもろともっす!!みんなで生き残って今度こそちゃんと卒業するっす!!」

日向  「みんな……!」

77期生たちの絆が少し強まった。
そして、窓の外に濃い霧が立ちこめた事で、外の世界が生きているのは真実だと分かった。

日向  (ここは"人類史上最大最悪の絶望的事件"が起きていない?
     パラレルワールドか、それともこの学園自体が……また分からなくなった)

日向  (でも、とりあえず脱出した後の世界が生きていると分かったのは嬉しいな。
     俺の好きだったラーメン屋、家、ゲーセン……全部、ちゃんとあるのか……
     ここを出たら、また……)

その夜の俺は少し前向きな気持ちで、眠りについた。
58 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:12:53.72 ID:IXfYRWfn0
一旦切ります。
原作にも日向くんがいるのでちょっとややこしい。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/17(金) 14:39:37.69 ID:Ls2yOQcs0
突然ですが本音でイエスのアンケート。
このssは日向主人公のザッピングシステムなんだ。
「龍」終了まで別キャラ視点で行こうか?

1.江ノ島
2.大和田
3.山セレ
4.桑田
5.まだ日向で

ちなみに主人公というか視点が↑のキャラというだけで
他にもメインキャラは出るよー。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 15:05:04.34 ID:tQPaMc+Qo
龍の別キャラ視点てこと?それとも、これから先の部分?
1か4かな
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 15:10:03.87 ID:tZtHGY+/O
多数決かな?
とりあえず4に一票
62 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/17(金) 15:36:22.88 ID:Ls2yOQcs0
龍までを多数決で決まったキャラの視点で行くよ。
日向が得票数多かった場合は物語が進むよ。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 15:41:25.89 ID:4+OfLNN10
1
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 16:55:29.24 ID:SMKV+yfNO
3
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 17:18:39.28 ID:SiRX+ShUO
4
66 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/17(金) 22:03:28.80 ID:XkYhOB090
江ノ島=1.5票
山セレ=1票
桑田=2.5票

桑田人気だね。
複数選択の場合は0.5票で数えたよ。
というわけで、桑田編をちょっと書いてみます。
67 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:08:39.74 ID:/hzpnLfA0

「ねえ、桑田クンって選択は物理だったよね?……僕、教科書忘れちゃってさ。
 もし二年生のやつ持ってたら、貸してくれないかな?」

「ありがとう。……えッ、僕の事覚えてくれてたの!?嬉しいなあ」

「じゃあ、改めまして……"超高校級の幸運"の、苗木誠だよ。これからよろしくね、桑田クン」



【桑田怜恩:Chapter0『始』】



気がつくと、冷たいパイプ椅子に座っていた。
あちこちから聞こえる息遣いに、やけに重く感じるまぶたを開く。
視界はぼやけて、よく見えない。おかしーな、オレ視力いいのに。

――オレ、今まで何してたんだっけ?

何か、すっげー怖くて、嫌な夢を見てた気がする。
でも今は、それよりオレ自身の状況を調べねーと。

桑田  (アタマ重い……つーか、体中がだりぃし、動きたくねぇ……)


それでも何とか体を起こして、あたりを見回す。
――体育館だ。
ステージの赤い幕に、希望ヶ峰学園の校章が入っているのが見えた。
最初はぼんやりしていたそれが、まばたきをするごとにハッキリした形になる。


桑田  「ここ、希望ヶ峰の体育館か……?」

そう、声に出した瞬間。

桑田  「――ッ、痛っ!!」


わき腹のあたりに、衝撃が走る。例えるんなら速球投手からデッドボールを受けたみたいな、痛み。
思わず手でおさえたそこを、めくってみる。……何もなかった。


桑田  「だよな。試合でもねーのに、こんなトコでボールがぶち当たるわけねーよな」

……

………

はは、と笑った、その時。

□ □ □ □ □


クワタくんが クロにきまりました

これより おしおきを開始します


□ □ □ □ □


桑田  「うっ、……あ、あっ…あ゛、ああああああああっっっ!!!」


それを『思い出した』瞬間、オレは叫んでいた。
次々に流れこんでくる映像に、耳を塞いでうずくまる。それでも、声は止まない。

□ □ □ □ □


『テメエ……どうしてそんなコトしやがった!!』

『あら、あなたのどこが正当防衛ですの?舞園さんの包丁を叩き落した時から、シャワールームで
 刺すまでの間、あなたはわざわざ工具セットを持ち出したのですよ?その間、何度も思い止まる
 機会はあったはずですわよ』

『はりきっていきましょう、おしおきターイム!!!』

□ □ □ □ □


桑田  (そうだ、オレは死んだんだ、処刑されたんだ!!
     体中にボールを浴びて、全身の骨を砕かれて、内臓を潰されて……)
68 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:09:47.96 ID:/hzpnLfA0
桑田  「ぐうっ……つ、ぅぅっ……!」


冷たい汗をかきながら、しっかりと体を抱える。まだ、全身がきしむ感覚。
ふと、視界に入った右手。指の骨まで全部折れたはずなのに、キレーなままだ。
ボールで潰れた左目の奥が、まだズキズキ痛んだ。それでもなんとか体を起こす。


桑田  「…ッ、はあ、はあっ……はあ……」


必死に呼吸を整えるオレの隣で、「あのさ」と声がした。

??? 「さっきからうるさいんだけど。本科の奴らはストレスも超高校級ってわけ?」

桑田  「あ、わりぃ……えーと」


誰だ、こいつ。ハデな金髪だけど、こんな奴同じクラスにいたっけか?
そいつはオレの思考を読んだみたいで、体をこちらに向けてくれた。


菜摘  「ま、落ち着いたんならいーけどさ。あたしは九頭龍。九頭龍菜摘(クズリュウ ナツミ)。
     予備学科の二年生だよ」

桑田  「オレは……」

菜摘  「桑田怜恩でしょ、知ってる。あたしは苗字で呼ぶけど、あんたは"菜摘"って呼んでよ。
     九頭龍だとお兄ちゃんと間違われて気分悪いんだよね。
     それより、あんた本科なら分かんない?あたし達予備学科は東地区に来れないはずなんだけど、
     なんで一緒にいんだろ?」

桑田  「オレが聞きてーぐらいだよ……何してんだ」

菜摘は立ち上がって、「お兄ちゃん探してんの」とあたりを見回していた。
つーか、予備学科って何だよ?口ぶりから言って、あんましいいもんじゃないっぽいけど。

桑田  「お前って、兄妹そろって希望ヶ峰なのか?」

菜摘  「うん。本科の77期にお兄ちゃんがいてね。あんたのいっこ先輩だよ。
     いつか学校で会うのが夢だったんだ……予備学科の妹がいるなんて、
     恥ずかしいって思ってっかもしんないけど」

そう言ってまた座った菜摘は、なんつーか……寂しそうな顔をしていた。
こういう時はなんて言ってやればいいんだ?
オレが考えあぐねているうちに、周りの奴らも次々に目を覚まして行く。

石丸  「僕はっ、いつの間に体育館に!?」ガタッ

イインチョだ。他にも何人か、知ってる奴がいた。石丸ならアタマいーし、なんか知ってっかな。
そう思った瞬間、遠くで聞きたくなかった声が上がる。

舞園  「わ、私死んだはずじゃ……どうして体育館なんかにいるんですか!?」

不安そうにあたりを見回す、そいつは。

桑田  「まい、ぞの……?」

――フラッシュバック。
69 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:10:42.50 ID:/hzpnLfA0

□ □ □ □ □


シャワールームの壁にもたれた舞園の背中が、ずるずる…と下がっていく。
腹から血をまき散らして、苦しげな息を吐いて、声を出さずに何かを呟こうとして、止めた。

『はあっ、はあっ……はあ……』

オレの手から力が抜けて、包丁が床に落ちた。舞園の首ががっくりと落ちて、動かなくなる。
同時に、オレもその場にへたりこんだ。――終わった。どういう意味の『終わった』かは
分かんねーけど、とりあえずそう思った。

□ □ □ □ □


桑田  「な、何であいつが……まさか、あいつも生き返って」

はは、だっせーな……手がガタガタ震えて、足は縫いつけられたみてーに動かねえ。
これは多分、舞園に殺されかけた時に感じた恐怖の名残ってやつか?

舞園  「あ……」

そこで、舞園もオレに気づいた。

オレを視界に映した舞園は、あの時と同じように何かを言いかけて、止めた。
てっきり、憎々しげに睨まれると思っていたのに、悲しんでいるみたいな顔。
オレは、その反応に拍子抜けした。

桑田  (なんで……なんで、そんな顔してんだよ。まともに話もしてねーオレを狙って、
     苗木利用するぐらいには腹黒い女のはずだろ?)

菜摘  「あの子に話があるんなら行ったら?クラスメートなんでしょ」

桑田  「……そう、だな。舞園とはちゃんと話さねーと」

菜摘  「うん。なんか気まずいみたいだけど、あたしが見ててあげるよ」

がんば!と背中を押されて、オレは一歩踏み出す。
オレと、舞園。どっちが悪いかって聞かれたら、半分は確実にオレが悪いと思う。

桑田  (お前と違って、オレはあんだけ苦しみ抜いて死んだんだ。許せとは言わねーけど、
     それでおあいこってことにはなんねーかよ?)

そうだ、あいこなんだ。だから、お互いに頭下げて、そんで終わりでいいはずなんだ。
よし、と決意を固めて。オレは舞園の方に歩き出す。あの夜の歪んだ表情が重なって見えて、
どうしても顔を直視できない。

桑田  「あ、あのさ……その……」

いざ向き合ってみると、言葉が出ない。
オレがぐるぐる考えているうちに、舞園が「桑田くん」と呼んだ。
当たり前なんだけど、敵意とかは感じない。

舞園  「私、あの……」

桑田  「や、やめろよ!まずはオレに言わせろ!……その、あの時は……
     本当に、ごめんなさ「危ない!」

オレの言葉は、突然入ってきた苗木によって遮られた。
どうやら、苗木自身もとっさに出た言葉だったらしい。口をおさえて「あ……」とオレを見ている。

苗木  「ち、違うんだ……」

桑田  「……苗木、"危ない"ってなんだよ?オレがまた、舞園に何かするって思ったのかよ」

苗木  「違うんだ、桑田クン…そうじゃないんだ……ぼ、僕は…ただ……」

桑田  「……もういい」

オレは二人に背を向けて、さっさと自分の椅子に戻った。
ちら、と横目で様子を見ると、舞園は苗木と隣同士で座っていた。
あんな事起きる前だったら、苗木うらやましーなチクショーってなったんだろうけど、
今はびっくりするぐらい何も感じない。
いや、いまだに舞園かわいーってやってたら、ただのバカだろーけどさ。

キーン・コーン・カーン・コーン……

??? 『みなさん、おはようございます』

??? 『これより、第××回、希望ヶ峰学園入学式を執り行います』


菜摘  「ハァ?なんで今さら入学式?」
70 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:11:10.14 ID:/hzpnLfA0
そんなアナウンスの後――

学園長 『私の名前は霧切仁。希望ヶ峰の……君達の、学園長だ』

あれ、学園長ってモノクマじゃ……んじゃ、あのおっさんがモノクマの中の人か?
想像してたよりかっこいいっつーか、若い。非現実的なことが続いていたせいか、
オレはぼんやりした頭で、学園長の話を聞いていた。だから、突然入ってきた言葉に耳を疑った。


学園長 『これより君達2500人の生徒には、命を賭して闘ってもらう!!』


桑田  「……は?」

菜摘  「はあ?笑えないんだけど……何で学校で命(タマ)賭けなきゃなんないの?」

少しずつ、切羽つまった空気が充満して行く。
そんなオレたちの手の中に、ひらっと小さな紙が落ちてきた。

学園長 『その円の中に、各々が"闘う"ための漢字を書いてくれ。一文字しか書けないから、
     慎重に選ぶんだ』

桑田  (……もしかして、なんかのテスト?)

希望ヶ峰ってフツーの学校じゃないし、これで何かの適性を見たりとか?
……いや、ありえねー。あのコロシアイ学園生活は絶対夢じゃねーし、オレは確かに死んだんだ。
だったら、なんで……

菜摘  「ねえ、考えるのは後にしない?たかが一文字じゃん」

菜摘の声に、ハッと気づいていつの間にか持ってた鉛筆を持ち直す。
闘う、か。……まあ、オレは一応野球選手なわけだし。『打』とか、『球』とか……球?

――千 本 ノ ッ ク。


桑田  「ハーッ、はあッ、はあっ、はあ……!」

菜摘  「ちょっ…桑田、あんたマジで大丈夫!?」

足元に、血がべっとりついたボールが転がってくる。
鉛筆を握る指は折れ曲がって、白い骨が飛び出していた。

桑田  「はあっ、はあっ!…はあ、はっ…ハアッ…はあっ…」ゼー、ゼー

呼吸ができない。胸が苦しい。酸素を吸っているはずなのに、どんどん苦しくなって行く。
背中をさすられて、何回も名前を呼ばれる。そうしている内に、少しずつ楽になった。
折れていたはずの手が、元に戻っている。足元のボールも消えている。
……さっきのは、幻覚か?

桑田  (ダメだ、怖い……怖い、怖い、怖い、怖い!!!ボールもバットも、全部が怖いっ……!)ガタガタ

菜摘  「すっごい顔色悪いけど……あとで絶対保健室行きなよ?」

桑田  (嫌だ、もう嫌だ!!こんなトコ、もういたくねーよ!……出たい、早く出たい……!!)

オレは叩きつけるように、その一文字を書いた。
この狂った学園から出たい。ただ、その一心で。


学園長 「そうしたら次は、その漢字を口に出して読むんだ」


隣の菜摘がぼそ、と呟く。周りの奴らも同じように読んでた。
……送り仮名ってつけていーのか?んー、でる、しゅつ……あと一コ、なんかあったな……

桑田  「"出(いずる)"?……いって!」

口に出した瞬間、紙はバチンッと弾けて消えた。
痛みが走った右の手首をひっくり返して見る。

桑田  「何だよ、これ……さっきの字だよな?」

その時、ぞくっと嫌な気配がした。ラバーソールの下に、黒い円が浮かぶ。
反射的に立ち上がって、後ろに下がった。円の中から出てきた『何か』は、オレ達を見てよだれを垂らしている。
恐竜だ。昔図鑑で見た肉食恐竜みたいな、三つ目のバケモノがそこにいた。


『全員、起立っ!!さあ、希望を背負った生徒たちよ、闘うんだ!!』


誰かが、「きゃあああ!!」と悲鳴をあげた。パニックになった奴らは一斉に出口を目指して走り出す。
71 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:11:37.94 ID:/hzpnLfA0
桑田  「いって!」ドサッ

逃げようと走り出した生徒が勢いよくぶつかってきた。
尻餅をついたオレの手を、菜摘がぐいっと引っぱる。

菜摘  「まったく……あんたそれでも"超高校級"なわけ?」ハァ…

菜摘  「ごめん。あたし、一人で行くね。お兄ちゃん、どっか行っちゃったみたいだし……
     あんたを巻き込むのもアレだからさ。……じゃ、がんばってね」

それだけ云うと、菜摘はさっさと走ってった。
ガタガタ震えている舞園を、苗木が背中にかばっている。大和田も石丸も、あっという間に見えなくなった。

『グルルル……』ボタボタ

オレのすぐ近くに、化け物がビチャッとよだれを垂らした。赤い三つ目に映っている情けねー顔と目が合う。
そこでやっと、頭のどっかにスイッチが入った。

桑田  「くそっ……んな所で、死んでたまっかよ!!」ダンッ

オレはパイプ椅子に飛び乗って、その上を走った。化け物の死角に回り込んで、素早く抜ける。

桑田  「うらぁッ!!」バターンッ

校庭に出るドアを蹴破ると、化け物が四匹、なんかに群がっていた。

ビチャビチャ…グチュッ、グチャァッ…

桑田  (ひ、人……か?)

嫌な予感がして、さっと目をそらす。あちこちで、化け物に生徒が喰われてた。
たいていは一発で噛み殺されて、鋭い牙で食い破られている。

生徒A  「なあ、あの塀から出られんじゃねーのかな」

生徒B  「よし、行ってみようぜ……あ、お前も来るか?」

声をかけられて、一瞬反応が遅れる。
そいつらは、菜摘と同じブレザーを着てた。あいつと同じ予備学科なんだろーか?

生徒C  「つーかお前、本科の桑田だろ。……ま、いっか。一人増えても大したことねーし」

一人が、塀に手をかけて登ろうとする。オレもこの状況に慣れてきたのか、周りを観察する余裕が出てきた。
遠くで、ネクタイを握りしめてる奴がいた。一瞬だけ光ったかと思うと、それは日本刀に変わってる。

「らあああッ!!」ブンッ

化け物の首を落としたそいつは、その勢いのままもう一体に斬りかかった。
そういや、学園長が言ってたな。『闘うための漢字』だっけ?

桑田  「……なあ、お前らにも、その……"漢字"ってあんのか?」

生徒A 「あるぜ。俺は"達成"の"達"って書いたんだ」

そいつは前髪をかき上げて、デコのとこにある『達』を見せてくれた。
じゃあ、さっきのあいつもその字で、ネクタイを刀に変えてたってことか……?

桑田  「じゃあ、多分なんだけど、オレの字……出口作れっかもしんねー」

しまった。
思いつきで言ったのに、予備学科の奴らは目を輝かせて「マジ?」と喜んだ。

生徒B 「じゃ、出らんなそーだったら頼むわ」

生徒C 「おうっ、オメーにかかってるぜ!!」グッ
72 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:12:08.72 ID:/hzpnLfA0
生徒A 「よっ……っと、登れないことは、ないけど……キツいな」ズルズル

生徒B 「おい桑田、無理そうだしさっさと"出口"作ってくれよ」

塀に向かって立つオレは、あの鉄の扉で塞がれた玄関ホールと、舞園の言葉を思い出していた。

『わたし、はっ…出なきゃ、いけないんです!!早く、ここから出なきゃ!!!
 あなたなんかと違って、わたしには!!待ってる人がいるんです!!』

桑田  「たりめーだろ……こんなとこ、一秒だっていられっかよ」

オレは塀に手を当てて、「すうっ」と深呼吸する。
出口……出口……扉……


"出(いずる)"


オレの手の下で、パアッと青い光が生まれた。次の瞬間、真っ白だった塀に教室の扉ができている。

桑田  「ま、マジで……オレが出したのか?これ……」

正直、アタマがついてかない。そんなオレをよそに、塀の上にいた奴が「やりぃっ!」と飛び下りた。

生徒A  「俺いっちばーん♪……って、あれっ?」

何が起こってるのか分からなかった。扉を開けて出たはずのそいつが、また扉の中から出てきた。

生徒B  「おい桑田、お前ちゃんと出口作ったのかよ!」

生徒C  「出らんねーじゃねーか!もっかいちゃんと……」

桑田  「お、おい!前……」

生徒C  「あ?」

一瞬。

本当に一瞬だった。オレが作った扉から……いや、そこに出た黒い円から、にゅうっと化け物が出てきて、
そのデカい口をあんぐりと開けて……扉の前に立ってたそいつらを呑みこんだ。
足から力が抜けて、その場にへたりこむ。化け物の腹が、ちょうど人の形に浮かび上がっている。

桑田  「あ、あっ……!」ガタガタ

桑田  「あ゛っ、あああああああっ!!」

オレは滅茶苦茶に叫びながら、走り出した。足がもつれて転びそうになるのを、必死で逃げる。
頭ん中は真っ白で、ただ本能だけで化け物の動きを読んで逃げる。

桑田  (怖えっ……こえーよ!!誰か、誰か助けっ……)

桑田  「嫌だ……もうこんな学園いたくねえっ!!」

何分……そんなに長い時間じゃなかったんだろーけど、オレにとっては何時間にも感じた。
空を覆っていた雲が晴れて、校庭が明るくなる。同時に、化け物はすうっと消えていった。

桑田  「あ……終わっ、た……?」ヘナッ

桑田  「は、はははっ……生きてる……オレ、生きてんだ……」

【初日:始
 死亡者数:876名
 生存者数:1624名
 総生徒数:2500名→1624名】

へたりこんでいるオレの横で、青い帽子をかぶった作業員みてーなモノクマが出てきた。
死体をテキパキと袋に入れて、運んでいく。
73 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:12:35.67 ID:/hzpnLfA0
菜摘  「桑田!よかった……無事で」

桑田  「菜摘、お前の兄貴は……」

菜摘  「生きてたよ。でも向こうの人と話あるみたいでさ、無視られちゃった。
     ……あの、さ……あんたは、平気なの?」

桑田  「平気だよ……」グッタリ

菜摘  「……その顔で?……ごめん。やっぱあんたを一人にしない方がよかったね」

辛いことがあったんだね、と聞かれて。オレは何も答えなかった。

菜摘  「あたしはこういうのそこそこ慣れてっけど……あんたはカタギじゃん。無理しないでいーんだよ」

桑田  「カタギ?」

菜摘  「あたしの親、極道の組長だからさ。九頭龍組って名前くらいは聞いたことあるっしょ?」

九頭龍組……!!?日本最大の暴力団じゃねーかよ!!!
サラッと衝撃の事実を明かした菜摘は、「安心してよ。カタギに手は出さないから」と笑っている。
……暴走族の総長でも入学できんだから、極道の娘がいてもおかしくねーか。

菜摘  「あ、あたしの文字まだ見せてなかったよね。お腹にあるんだけどさ」

桑田  「やめろ!!お前の親父にコンクリート詰めにされちまう!!!」

霧切  「……桑田くん、ちょっといいかしら」

背中ごしにかけられた声。ぴた、と菜摘の動きが止まる。霧切は制服をまくりあげた菜摘をちらっと見て、
隣に座るオレに向き直った。なんだよ、オレがやらせてるわけじゃねーぞ。

霧切  「苗木くんが、皆を集めているわ。あなたはどうするの?」

桑田  「……クロだぜ、オレは……どの面下げて会えってんだよ」

霧切  「そう……分かったわ。でも、私たちの持つ情報は伝えておきたいの。コロシアイ学園生活の
     顛末も、黒幕も、外の世界のことも……あなたは何も知らなかったでしょう?あとで個室に
     手紙を届けるから、読んでおいて」

桑田  「そうかよ……」

霧切は目を伏せて「私は、あなた達をこれ以上苦しめたくないの」とつけ加えた。

菜摘  「なーんか、訳ありな感じ?78期生もギスギスしてんだね……」

霧切  「じゃあね……あなたの新しいお友達にもよろしく」

桑田  「行っちまった……あいかわらずブアイソな奴」

霧切が行ってしまうと、校庭の木に設置されたモニターに『ザーッ』と砂嵐が走った。
そこに映った学園長は、心にもなさそうなお悔やみの言葉を述べて、
『空に、島が浮かんでいることに気づいた生徒はいるかい?』と言う。

桑田  「空の島……あれか?」

菜摘  「よく見えないんだけど……桑田、その島ってどこらへんにあんの?」

桑田  「お前目悪いのか?あれだよ。オレが指さしてるあたり」

菜摘  「うーん……見えないなあ」

学園長によると、あの空島に太陽が重なって影ができる時に『蝕』が起こるらしい。
……あと一年も、オレはここから逃げらんねーのかよ……!!
74 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:13:12.16 ID:/hzpnLfA0

桑田  「――お?」

その時、空から何かが落ちてきた。
青い欠片を、両手で受け止める。小さくて、内側からはキレーな光が出ていた。

学園長 『この中には、君たちが忘れてしまった"記憶"が入っている。中にはとても思い出したくない
     過去があるかもしれないが……これも試練と思って、受け止めたまえ』

試練、か……オレにとっては罰にしか思えない。
でも、石丸とか大和田とか、ぜってークロにならなそうな奴らも同じ試練を受けてんだよな。
あいつらは何の罪で、こんなとこにいるんだろうか。

菜摘  「思い出したくない過去……ね。そういうの、誰にでもあると思うけど」

桑田  「これが"ご褒美"とか、スパルタだな。あの学園長……」

欠片をぎゅっと握りしめた瞬間、視界が真っ白に染まる。

__________

少しずつ……視界が明るくなって、最初に見えたのは、学校の机。視界が完全に晴れたところで、
そこが希望ヶ峰の教室だと気づく。鉄板もねーし、壁紙もフツーだけど。
オレはその景色を『知っている』。

オレは茶色のブレザーを着てた。ゆるんでいるネクタイを締めなおして、机からノートを出す。
体が自動で動いてる……夢の中みてーだな。ノートの表紙には『才能研究T』と書いてあった。

「ねえ」

振り返ると、ノートを持った苗木が両手を合わせて立っていた。

苗木  「桑田クンって選択は物理だったよね。……僕、教科書忘れちゃってさ。
     もし二年生のやつ持ってたら、貸してくれないかな」

桑田  「いいぜ。オレは今日才能研究だしな。あと、物理は二年も三年もあんま範囲変わんねーだろ。
     教科書だけでいーのか?演算表とかいるんじゃねーの?」

苗木  「あ、そ……それも……ごめん……」

オレは「いちいち謝んじゃねーよ、ムカつくな」と返して、机の中を探った。
夢の中のオレは、なんかイライラしてるみてーだ。苗木の態度のせいか?

桑田  「ったく、しょうがねーなあ……つーか物理のセンコーって、忘れ物にきびしーだろ。
     そんで教科書忘れっとか、お前マジで"超高校級の幸運"なわけ?」

苗木  「あ、あはは……」

桑田  「はいこれ、オレの演算表。落書きとかすんなよな」

苗木  「ありがとう」

桑田  「どーいたしまして。そんじゃ苗木、後でオレの机に返しとけよ」

苗木  「えッ、僕の事覚えてくれてたの!?嬉しいなあ」

桑田  「たりめーだろ!!このクラス15人しかいねーんだぞ、いくらオメーがただの抽選だっつっても
     覚えてるっつーの!!バカにすんなよ!!」

苗木  「べ、別にバカにしてるわけじゃ……」
75 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:13:45.23 ID:/hzpnLfA0

桑田  「あとな、お前に前から言いたかったんだけど、その卑屈な態度やめろ。"僕はみんなと違うから"とか
     そーやって線引きされっとイラッとくんだよ。こっちだって好きで天才やってるわけじゃねーっつの」

苗木  「……」

桑田  「わり、言いすぎた。でもよ、せっかく"超高校級"の奴らとお近づきになれてんだから、
     もーちょい頑張れよお前。"超高校級の幸運"って、卒業した後は上級官僚になれるらしいじゃん。
     偉い人になるんだったら、人脈作っとけよ」

苗木は教科書を抱えて、こっくりとうなずいた。

苗木  「でも……人脈って、どうやって作ればいいのかなあ」

桑田  「しゃーねーな……じゃあ、オレが第一号になってやるか?」

苗木  「……え、いいの?」

そこで初めて、苗木は嬉しそうに笑った。

桑田  「へへ、まずはオレからな。えー、オレは"超高校級の野球選手"桑田怜恩だ。よろしくな」

苗木  「じゃあ、改めまして……"超高校級の幸運"苗木誠だよ。これからよろしくね、桑田クン」

___________

視界が晴れると、そこは元の地獄だった。
モノクマが片づけた死体の血痕が、点々と落ちているのが目に入る。

菜摘  「うーん、学園長があんなもったいぶって言うからビビってたけど……
     思ってたよりフツーだったね」

桑田  「今の……なんだよ?」

菜摘  「ん?」

桑田  「なんでオレが、教室にいんだよ?なんで、苗木と……えっ?」

頭がぐちゃぐちゃになって、混乱していく。学園長は「失われた記憶」つってたよな。
もしかして、オレは、

――記憶喪失?


桑田  「はっ……えっ、あ…え……?」

菜摘  「落ち着いて。まだ色々分かってないんだから、混乱するのは後にしな!!」

これが極道娘の迫力か。
びしっと言われて、ぐるぐる回っていたアタマが止まる。
76 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:15:27.23 ID:/hzpnLfA0

菜摘  「あたしだって、覚えのない記憶が出てきてびっくりしてるよ?でも
     バタバタしたって始まんないじゃん。どうせこっからは出らんないんだし、
     腹ァくくるしかないよ」

桑田  「だけどよ……」

菜摘  「霧切って人が言ってたじゃん。あとで手紙で教えてくれるって」

そうだった。霧切が色々教えてやるっつってたな……
たかが数分前のこと忘れてパニクるとか、恥ずすぎんだろオレ……

菜摘  「なんか……すごい恐いことに巻き込まれちゃったみたいだね。わけわかんない事ばっかだし」

空に向かってんー、と目をこらす菜摘は「でもさ」と振り返った。

菜摘  「絶対生き残って、卒業して……偉い人になろうね」

桑田  「そんな、あんなのが明日からずっと「とにかく、死なないこと!大事なのはそんだけ!!」

菜摘  「……あたしたち、もう友達じゃん。助け合って、あの蝕とかいう奴を生き延びよう?
     あんたにも、九頭龍組のご加護があるよ!!」

桑田  「……ぷっ、ははっ…やめろよ、野球選手と極道って……できすぎだろ!!」

一人より二人だよ、と差し出された手を、オレは迷わず握りしめていた。
友達……人殺しのオレに、そんなものを持つ権利があんのかは知らねーけど。
菜摘の手は、すごく温かかった。


_________

切ります。菜摘のキャラは3のアニメ放送前にイメージしてたやつ。
キャラの書き分けがむずい。超高校級の希望の就職先については
アホリズムの楢鹿卒業生が「無試験で公務員になれる」という設定をもらってます。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/20(月) 23:31:57.19 ID:Rk00w89r0
読みやすい文章でいいね
完結させてくれると嬉しい
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/20(月) 23:33:14.78 ID:Cp/eObsXo
菜摘いいヤツ過ぎだろと思ったら3前のイメージか
桑田はなんだかんだ可哀想なヤツだよな
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/21(火) 02:00:56.06 ID:0HZl6LyA0

アニメの菜摘は小泉と予備学科生に対して卑屈だったけど、その他に対してはどうなんだろうね
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/22(水) 00:36:57.86 ID:gEN2QgV70
罪木って江ノ島に依存してたからいなくなった今日向への執着心が凄そう
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/22(水) 12:44:36.20 ID:e8TobQPdo
菜摘は卑屈というかブラコン過ぎ。言っちゃなんだが、九頭龍のスキル七光りなのに
正直超高校級にならなきゃ並べない!ってコンプレックスを持つ程では…
82 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:38:37.24 ID:qVx0d9/40
>>77
一応、最後までの流れはできてるよ。
よっぽどのことがない限りは完結できるかな。

>>78
11037はさすがに草
菜摘も根は悪い子じゃないと思うけど、3見てると組にビビって友達やってくれてる子が多そうなイメージ。

>>79
ありゃすごかった。本科への憧れって劣等感の裏返しなんかな。

>>80
罪木と西園寺編も書きたい……けどそうすると日向のが進まない。
桑田編が一区切りついたらまた日向かな。

>>81
九頭龍組のお嬢ってだけで人生勝ち組なのにね。
日向とは似てないようで似ていて似てない子。
『才能』の受け止め方が本科でも予備学科でも様々なのがロンパは面白い。


桑田視点だけど、正しくは桑田+舞園+(菜摘)編。
83 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:40:26.34 ID:qVx0d9/40
菜摘  「あのさあ……予備学科生は東地区に入れなかったんだよ?今は全部の地区が電子生徒手帳で
     行き来できるようになってるけど」

ちょっと考えれば分かるじゃん、と菜摘は呆れてる。

桑田  「じゃあ、オレも西地区には行けねーのか……ホラーハウス見てえなあー」

菜摘  「西地区のテーマパークなんて、そんな面白くないよ?"あたしも含めて"
     予備学科生は劣等感すごいし、本科生は行かない方が身のためかもよ。
     さっきだって、寄宿舎が人少ないからよかっただけだし。
     じゃ、あたしは予備学科の食堂行くから。またね!!」

桑田  「あ、ああ……」

菜摘はフェンスについたコンソールに、電子生徒手帳をかざした。
『ピーッ』と音がして、西地区と東地区を分けるフェンスが開く。
菜摘が通ると、警備員モノクマがビシッと敬礼した。

桑田  「またね、か……何か嬉しいな、オレにも喋ってくれる奴がいんだな」


【食堂】


桑田  (あんな恐い目に遭った後で、よく食欲があるよな)

オレの向かいに座った褐色巨乳の女子が、口いっぱいに料理を詰めこんでる。
ちょっとハミ出してるし。オメーはハムスターか。
隣で食ってるガタイのいい男子も「腹が減っては戦ができんぞぉぉぉ!!!」とか
叫びながら、山盛りのチャーハンをがっついてる。なんかもう、すげーとしか言えない。

桑田  (つーか、こんな機能あったっけ。楽しいけど)

ポケットに入ったままの電子生徒手帳を起動させると、『ウサミ』とかいうのが出てきた。
万歩計とたまごっちを合わせたみてーな感じだ。△ボタンをカチカチ押してトイレの世話をしてやる。

霧切  「ここ、いいかしら?」

葉隠  「お邪魔するべ!!」

ウサミの世話をしながらメロンパンをかじるオレの左に霧切、右に葉隠が立った。
遠くで、苗木が気まずそうな顔でこっちを見てる。話あんなら自分で来いっつーの。

桑田  「話はいーけどよ、出ようぜ」

とりあえず、二人を連れて食堂を出た。
男子トイレの前まで来ると、霧切は「誰もいないわね」と周りを確認した。

霧切  「……あなたの個室のドアに手紙を入れておいたけれど、読んでくれた?」

桑田  「読んだよ。……一緒にいた予備学科の女子も見たがってたから読ましたけど、
     別にいいよな?」

霧切  「いいわよ。予備学科の方にも広めておきたいから……信じられないでしょうけど、
     あの中に書かれていたのは全て真実よ」

桑田  「正直、信じらんねーな。あの記憶も、外の世界のことも。手紙の最初にわざわざ
     "身長を測りなおせ"って書いてたよな」

霧切  「私は探偵だから、観察眼が鋭いの。あなたは入学時より2cm伸びていたはずよ」

結局、オレと舞園が殺しあったのは何の意味もなかった。
それだけが確かな事なのかもしれない。

霧切  「……私たちが立ち向かわなければならない敵。それはあの"神蝕"よ。そして、生徒に命がけの
     試練を与える学園長も。そのためには、私たち生徒で団結しなければならないわ」

葉隠  「なあ、桑田っち。今すぐ許せとは言わねーけど、舞園っちとのことはしょうがないべ。
     ひとまずそのことは置いといて、ってわけにゃいかねーか?」

霧切  「もしかして、77期生たちが怖いの?彼らは更正プログラムを終えているから、もう安全よ。
     舞園さんも、あなたには謝っても謝りきれないと泣いているの。彼女のためにもあなたの
     方から歩みよるのがいいと思うわ」

葉隠  「ぶっちゃけ、あれは桑田っちも悪いべ。ここはお互い謝って、チャラにすべきだと思うべ」

だから、謝ろうとしたら苗木が割りこんだんだろーが。お前らは中立って言葉知らねーのか。

霧切  「まだ思い出していないかもしれないけど……あなたと苗木君は、かつては親友同士だったのよ。
     やり直す理由としては十分だと思うわ」

葉隠  「未来機関のおかげで、苗木っちは全部思い出してるべ。今からでも、昔みたいな仲良しに戻りたいって
     思ってる。その気持ちはずっと変わってねーべ。桑田っちと舞園っちを忘れないために、
     遺跡のパスワードだって」
84 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:41:11.97 ID:qVx0d9/40
桑田  「パスワード?」

葉隠  「"僕を救う為に、舞園さんが残してくれた希望のメッセージだ"って、
     11037をパスワードにしたんだべ」

それを聞いた瞬間、オレの頭の中で何かが弾けた。胸のあたりがすうっと冷えていく。
葉隠は「絶望の残党を救うために」だの「桑田っちを覚えているからあの数字を」だの抜かしている。

そりゃねーだろ、苗木。


桑田  「……ざけんなよ」

葉隠  「えっ?」

桑田  「あの数字が、希望のメッセージ?……はっ。苗木のヤツ、頭ん中にケシ畑でも広がってんのか?」

桑田  「あんな一生懸命殺人計画練ってた舞園が!部屋まで交換して、罪をなすりつける気満々のあいつが!!
     苗木を助ける?んなコト考えてるわけねーだろ!!自分に気があるの分かってっから利用した!!
     そんだけの話を、よくもまあそこまで都合よく考えられんな苗木は!!」

霧切  「桑田くん、落ち着いて。話はまだ終わってないわ」

桑田  「11037なんて、オレにとっちゃ"絶望のメッセージ"なんだよアホ!!そこだけ都合よく忘れて
     "仲良しに戻りたい"とか、どの口で言ってんだって話だろ!!!」

葉隠  「いやあ……ぶっちゃけ、俺らはみんな反対したんだわ。だけど苗木っちがどうしてもって」オタオタ

桑田  「人殺しと薄情者なら釣り合ってっけどな……苗木に伝えとけ、
     "オレらは関わんねーのが一番いい"ってよ!!」


中指を立てて怒鳴ると、葉隠は気まずそうに目を泳がせた。霧切も黙っている。
オレはそんな二人を置いて、さっさと寄宿舎に戻った。


□ □ □ □ □ □

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)

アタマん中、その二文字がぐるぐる回ってる。
なんで首輪を引き剥がそうとしたんだ。おかげで両腕が心臓をガードしちまってて、
死ぬに[ピーーー]ない。心臓が破裂してくれりゃ一発なのに、意識すら飛んでくれない。

(左目、0.03秒。右太もも、その0.06秒後。右肩が砕けるまで、あと4秒)

ぐちゃっと音がした。左目の奥が熱い。利き目やられちまったな。肩もイカれた。
そこでやっと、最後の一発がアタマの横んとこ直撃した。

サイレンが響いて、処刑が終わる。拘束していたベルトが解けて、
体がだらんと下がった。同時に、オレの口から「ゴボッ」と血があふれる。
あいつらはオレが死んだって思ってるみたいだ。生きてっぜ。短けー命だけど。

(あー、早く死にてえなあ……)

体がどんどん冷たくなって行く。残った右目を動かしてみると、視界に黒い点がちらついた。
脳味噌のどっかがやべーのか、折れた右足がぶれて見える。


暗転。

□ □ □ □ □ □

桑田  「――っ、ぶ、はっ!!」

桑田  「ゆ、夢……?」ハァーッ、ハアーッ

一瞬、自分がどこにいるのか分かんなかった。背中が汗だくで気持ち悪い。
電子生徒手帳を見ると、夜の3時だった。

桑田  (……大和田とセレスも今ごろ、うなされてんのかな。あいつらはメンタル強そうだし、
     オレが心配することじゃねーか)

個室には野球用具がなかった。つーか、あったのは制服と下着、教科書類だけだった。
シャワールームには歯ブラシセットとタオルが一枚しかない。なめてんのか。
西地区の方も同じらしく、菜摘は「明日の放課後に南地区で買いものすっから、
荷物持ちにしてやってもいいよ」とメールしてきた。

桑田  (まだ小指なくしたくねーしな……行くか)
85 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:42:55.48 ID:qVx0d9/40
【翌日 一時間目】


教師  『おはようございます、英語の時間です。今日は文法の総復習をしていきましょう。
     では教科書を開いて……13ページから』

教室のモニターで英語の先生が喋ってる。それに合わせて、メガネをかけた先生モノクマが
黒板に要点と例文を書いていく。雨で蝕がない日は、フツーに授業があるらしい。

桑田  (ぶっちゃけ勉強とか嫌いだったけど、今はありがたみを噛み締めてるわ。
     ……こいつらが一緒じゃなきゃ、もっといいんだけどな)

教科書と英語辞書を交互に見て、例文を読む。
そうしてると、余計な事を考えるヒマがないからいい。

十神  「ふん、下らん……こんな低レベルの単元をもう一度やり直せと?」

石丸  「十神君、記憶を定着させるにはこまめな復習が大切だ!僕も思っていたより単語が抜け落ちていて、
     驚いているところだぞ!君も単語帳を見返したまえ!」

腐川  「か、完璧を体現なさっている白夜様に、そんな遠回りな勉強法が必要なわけないじゃない……」グフフ

桑田  (こいつらうるせえ……つーか、なんで全員同じ教室なんだよ。気まずいっつーの)

大和田は端っこの机に伏せてるし、セレスと山田はそもそもいない。
あの石丸ですら空気を読んで話しかけて来ないというのが、逆に居心地を悪くしている。

ポイッ

桑田  「ん……なんだこれ、手紙?」ガサッ

『やっほー、江ノ島盾子ちゃんだよ!!放課後に南地区のパン屋行くんだけど、あんたも来ない?』

大和田と舞園も同じ手紙を受けとったらしい。
舞園は「ごめんなさい」と指でバツを作って、大和田は「チッ」とまた顔を伏せた。
なんであの二人を選んだんだよ、特に大和田。

桑田  (つーか、江ノ島って黒幕だったんだろ?あんな気さくでいーのかよ)カリカリ

ポイッ

『わりーけど用事あっからむり』

江ノ島 「あーあ、なんでみんなアタシには冷たいんだろ」しょんぼり

江ノ島 「こうなったら残姉ちゃんでいいや。一緒に「行かない」……しょぼーん……」


【放課後】


桑田  「やっと教室から解放される」グッタリ

桑田  「……あ、南地区行かねーと。まだ指なくしたくねーし」ガタンッ

舞園  「あ、あの……桑田君、話が……」

何か言いたそうにしている舞園の隣に、苗木がくっついてた。お前はこいつのSPか?

桑田  「……苗木がいねーとこだったら話す」

舞園  「!今から食堂で「無理。南地区で約束あっから」……そうですか」

苗木  「約束……っていうことは、誰かと会うの?」

お前に報告する義務でもあんのか、と言いかけたのをこらえて、
「ああ」とだけ答えといた。さっさと教室を出て、電子生徒手帳でマップを見ながら歩く。

中央広場に出た所で『ピピッ』と音がして、ウサミが『サナギ』になった。

桑田  「……かわいくねー」ピッ

電子生徒手帳をかざして、南地区に出るゲートをくぐったそこで、
仁王立ちしている菜摘が目に入った。
86 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:43:27.95 ID:qVx0d9/40
菜摘  「遅い!!」

桑田  「はぁ?授業終わってすぐだっつーの」

菜摘  「罰として荷物持ちの刑ね!!」

桑田  「最初っからその予定だろーが!!……つーか今さらだけど、殺人犯とショッピングとか正気かよ」

そう聞くと、菜摘は一瞬だけ無表情になった。

菜摘  「世の中、"殺されても仕方ない奴"だって……いるんじゃない?」

菜摘  「あんたが望むんだったら、"予備学科の底辺にはクズみたいな本科生がお似合いだからだよ"って
     言って"あげて"もいいけど……それじゃ、あたしはいよいよ救われないじゃない。
     ちょっとでもあたしの事を思いやってくれるんだったら、そういう事言わないでよ」

明るい奴かと思ったら、暗い顔になったり。さっぱりしてんのかと思ったら、劣等感チラ見せしてきたり。
人間ってそんなもんか。清純派アイドルなんて幻想か。

桑田  「分かった、二度と言わねーよ」

菜摘  「うん、それでいいよ。……で、今日はどうしよっか。荷物重くなる予定だし、もう一人ぐらい
     助っ人呼ぶ?あたしの字で」ムムム…


"侠(きょう)"


ボンッ…モクモク…

ヤクザA 「お嬢、お呼びですかい?」

ヤクザB 「荷物持ちでしたら、お任せくだせえ!!」


煙の後に出てきたのは、パンチパーマに刺青が入ったイカツい男たちだった。
ヒョウ柄のシャツにジャケットを羽織って、サングラスをかけてる。
893だ。高〇健あたりの映画に出てきそうなオールドファッションのチンピラだ。
オレたちの周りから、少しずつ人が離れていくのが分かる。

菜摘  「じゃあ、行こっか。まずは本屋ね」

ヤクザ 「「御意!!!」」

桑田  「……」


その後は、どこに行っても半額で買えた。


【パン屋:ヘンゼル&グレーテル】


江ノ島 「あれっ、あそこにいんのって桑田じゃん。……あっ、アクセの店入ってった。……出てきた。
     なになに?あたしデートにニアミスしちゃってる感じ?」

花村  「んー……金髪の女の子、どっかで見たような見なかったような……」ガシッ

江ノ島 「あーっ!!フレンチトースト取られた!!」ガーン

花村  (!!??えっ、江ノ島盾子さん!?なっ、ななな何でこんな所で!?ぼ、僕何させられるの!?
     もう毒入りパイなんて作りたくないよぉぉぉ!!)てるてるてる

江ノ島 「あれ?あんたどっかで……花村センパイ?花村センパイっしょ!"超高校級の料理人"の!!
     うっわー、あの花村センパイと喋ってるとかマジ幸運なんだけどー!!」

花村  「えっ、えっ?」
87 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:44:04.99 ID:qVx0d9/40
江ノ島 「第三食堂で食べるの楽しみだったんだー!つーか、リクしたらなんでも作ってくれるってマジ?」

花村  「ま、マジだけど……「やりぃ!!んじゃ、今度第三食堂行っから!」……う、うん……」

江ノ島 「あ、そのフレンチトーストはセンパイにあげるよ。どーせあたしはまた来るし。
     んじゃ、まったねー」

カランコロンッ

花村  「……行っちゃった。何考えてるんだろ。江ノ島さんって飽きっぽいし、なんかの遊びなのかなあ」

弐大  「むぅぅ……十神か日向あたりに報告しておいた方がよいか」モグモグ

花村  「弐大くん!さっきは男子トイレにこもってたんじゃ……一応聞くけど大きい方?」

弐大  「おう!!クソに決まっとる!!今日はいつになく快便でのう、出したらその分入れねばと思ってな!!」

花村  「飲食店でクソとか大声で言わないでよ。あと"出したらその分入れる"ってとこもう一回お願いしても
     いいかな?あと一回で日本語の新たな可能性が開かれそうなんだ!」タラー

カランコロンッ

菜摘  「うっわー、すごい小麦の匂いするね!!んじゃ、はい。あんたは取る係ね」

花村  「あ、さっきの女の子だ……さすがにあの荷物は置いてきたか。店内は狭いからね、賢明な判断だね」

弐大  「無ッ!?もう一人は……本科の桑田だな、予備学科とつるむような奴には見えんが……」

花村  「すごいね、二人とも似たような制服着てるけど、分かるんだ?
     もしかしてマニアだったりし「本科の方が生地の質が上だからのう。予備学科のブレザーは
     硬くてテカるんじゃあ」……地味に嫌な差別だね……日向くんに聞いたの?」

弐大  「応ッ!たまに忘れるが、あいつも予備学科だからのう!!」ガッハッハッハ

菜摘  「なんかうるさいのいるけど、さっさと買って出ちゃおうか。まずねー、クロックムッシュを二つでしょ。
     あとはシナモンロールとあんドーナツとライ麦の」

桑田  「待てっつーの!もっかい最初っから」トングカチカチ

菜摘  「あれっ、そこにいるのって、花村先輩と弐大先輩じゃない?」

花村  「え?君みたいなわがままボディ、一度見たら忘れるはずがないんだけどなあ……」

菜摘  「いやいや、冗談きついって。花村先輩、私と会ってるでしょ?ほら、お正月にお兄ちゃんを
     初詣行こうーって誘いにきた時……」

弐大  「ワシも覚えがないのう。どっかで見たような……お兄ちゃんということは、
     誰か知り合いの妹だろうが……ううむ」

菜摘  「弐大先輩まで!?ええっ、どうなってんの!?私イメチェンとかしてないし!!
     ……あーもう、記憶力悪すぎ!私、九頭龍菜摘です!九頭龍冬彦の、妹の!」

次の瞬間、二人は信じられないことを言い出した。



花村  「……え、九頭龍くんって、一人っ子だよ?」

弐大  「九頭龍の家には行ったが……お前と会ったことはないのう」


菜摘  「……え?」
88 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:44:30.22 ID:qVx0d9/40
【夜時間・寄宿舎】


菜摘はパン屋を飛び出して、そのまま戻ってこなかった。
追いかけたほうがいいのかどうか悩んでいると、花村とかいう先輩が「君の彼女?だったら
フォロー頼むよ。僕たちが忘れてるだけかもしれないけど」と困った顔で言ってきた。


桑田  (菜摘が嘘をついてる可能性ってのはない気がする。歩きながら組の話とかしてくれたし、
     極道の娘じゃなかったら、あんな字選ばねーだろ)

桑田  (つーと、花村と弐大ってセンパイが嘘ついてるか……でもマジで知らなかったっぽいんだよな。
     じゃあ単純に覚えてねーとか?とりあえず今の問題は、菜摘が置いてった荷物どうすっかだな。
     西地区には行けねーし、予備学科に知り合いいねーし)

電子生徒手帳を起動させる。新着メールが一件。菜摘から『今日はごめん、荷物は明日ちょうだい』と来てた。
とりあえず昼間のことには触れないほうがいい気がする。

桑田  「んー、"分かった、明日取りに来い"……っと」

桑田  「つーか、九頭龍さんって人に聞けば早いんじゃね?同じ寄宿舎っぽいし」


_____

九頭龍 『ああん?テメー妹の何なんだよ?舐めた事抜かしてっと、東京湾に沈めんぞゴラァ!!!』

九頭龍 『とりあえずどこで知り合ったのか答えろ。指なくす前になあ!!』ギランッ

_____

……やめとこう、死ぬ未来しか見えねー。
89 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:46:23.01 ID:qVx0d9/40
切ります。
次回は龍に行って、また日向に戻るか、
もしくは二番目だった江ノ島、山セレの話をちょっと書くか。

超高校級の才能が性癖というネタを受信したけど
大和田のバイクしか思いつかなくて詰んでいる。
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/23(木) 14:05:54.37 ID:/ibbjCt10
本編の日向の話が見たい
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/23(木) 16:15:56.56 ID:dmiSYAxIo


江ノ島もだが予備学科関連の記憶がないのか?
一人一人丁寧にやると話進まないから江ノ島とかセレスは部分的にチラッとだけ見たい
92 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:23:16.80 ID:TdN3Svrc0
江ノ島は後半でちょっと重要な感じなので、小出しにするよー。
次からはまた日向に戻るよ。本編に関わってくるキャラはザッピングしてくかな。
ならかようちえんのパロも、レスが許す限りやってみたい。

_________

神蝕まであと1分。


葉隠  「むむむ……」キュピーン


"予(よ)"


葉隠  「見えた!!今日の蝕はかなり変わったのが来るべ!!」

十神  「ほう、貴様が言うなら間違いあるまい。なにせ的中率十割だ」


オレの隣で、的中率のテストに使っていたトランプを片づけている十神が満足そうにしていた。
葉隠の文字は未来予知ができるらしい。「もっと早くこの文字があったらダブんなかったべ」とか
くだんねー事を抜かしてる。競馬とか株とかやった方が借金返せていいんじゃねーの。

十神  「……で、どんな映像が見えた」

葉隠  「まず、森だな。学園の中にゃねー森が見えた。あと、白い扉があったべ。最後に、空を龍が飛んでるのが
     見えたな。あ、オレと十神っち、あと予備学科っぽい男子が一緒にいたべ」

十神  「ふん……今日の蝕は一筋縄ではいかなそうだな」

霧切  「神蝕についてのデータが増えるのはありがたいわ。覚悟して行きましょう」

不二咲 「やるしかないんだ……頑張らなくちゃ……だって僕は男の子なんだから……」ガチガチ

大和田 「今度こそ……今度こそ、ちゃんと[ピーーー]……ちゃんと……」ブツブツ

山田  「それでも多恵子殿なら……多恵子殿ならきっとなんとかしてくれる……」ブルブル

安広  「……できうる限りの力で、守ってさしあげますわよ。あなたがいなければ、
     誰がわたくしのティータイムをしつらえてくれますの?」

山田  「た、多恵子殿ぉぉ!!それはツンデレという奴ですか!?」

安広  「そっちで呼ぶなつってんだろーが腐れラードがぁぁ!!よそよそしく安広って呼べってんだよ!!」

桑田  (こいつら、マジで生き残る気あんのか?)


時計の針が『カチッ』と12の所を指した瞬間、視界が真っ白になった。


【桑田怜恩:Chapter2『龍』】


『……い、ちゃん……お兄ちゃん……』

『起きて……怜恩お兄ちゃん……』

『もう始まってるんだよ、早く!』


桑田  「……花音?」

目が覚めると、背中に固い樹の感触があった。

桑田  「んなトコにいるわけねーか……つーかここ森だよな。東地区に森なんかあったっけ」

立ち上がって制服の土を払うと、電子生徒手帳で地図を見る。空から『カチッ』と音がした。
見上げると、五ケタの数字が入ったスロットが浮かんでる。何だ、あれ?
93 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:23:42.73 ID:TdN3Svrc0
苗木  「舞園さん、足元気をつけて……あれ、桑田クン?」ガサッ

舞園  「えっ……どうしてここに?」

茂みから出てきたのは、今一番会いたくねー二人だった。
「さっき目覚めたんだよ」とだけ答えて電子生徒手帳をしまうと、苗木が気まずそうに視線を泳がせる。
しばらく無言でお互いの顔を見ていると、舞園が「歩いてみませんか?」と道を指さした。

苗木  「あの……葉隠クンに聞いたんだけど、今日の蝕は、三人一組でクリアしなきゃいけないらしいんだ。
     だから……とりあえず今だけは、僕達と協力してくれないかな。話すのはその後で……」

桑田  「……分かった」

苗木  「よかった……あ、僕の文字まだ見せてないよね」

歩きながら、苗木は制服をまくって腰にある『望』を見せた。

舞園  「私の文字は……ちょっと、恥ずかしい所にあって……"歌"という字です。
     声を弾丸のように放つことができるんですよ」

胸のあたりをおさえた舞園は「敵は、まかせてください」と付け加えて、思いつめたみたいな表情をした。
てくてく歩いている間、何も出てこない。ひょっとしてこのまま出口まで行けるんじゃね?ってぐらい。
道が終わると、その先に白い扉があった。

桑田  「あ、あれ……葉隠が言ってたやつか?」

苗木  「うん。だったら次は……『我は龍』……喋った!!?」

白龍  『この試練を生き延びたくば、我を倒し、この中にある鍵を手に入れよ。そなたらの持つ
     "力"か、"知恵"か。それにて道を示したまえ』

桑田  「……オレの文字で開けられっかな」カッ


"出(いずる)"


オレの手から出た文字は、扉に吸いこまれると同時に消えていった。

桑田  「んだよ、肝心な時に役たたねー字だな……ん」

『この扉は、偽物だ……本物は元きた道の向こうにある』

苗木  「何か聞こえた?」

桑田  「なんでもねーよ……多分幻聴だろ」

舞園  「力か、知恵……力は文字のことだと思うんですけど、知恵は何でしょう?」

苗木  「多分、鍵の位置を見つけ出せってことじゃないかな。霧切さんみたいに、弱点を
     見つけ出せる文字を持ってる人もいるだろうし……」

桑田  「お前の文字はどうなんだよ」

苗木  「うん。僕の字は、相手の願望を読みとる能力なんだ。
     龍はきっと、僕達に鍵を奪われたくないはずだから……そうか!」カッ


"望(ぼう)"


苗木の文字が発動した瞬間、龍の腹のあたりが透けて小さい鍵が見えた。
94 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:24:22.71 ID:TdN3Svrc0
苗木  「……やっぱり。"鍵を隠したい"という龍の望みが読めたんだ」

桑田  「で、どうすんだよ。見つかったら後は出すだけだろ」

舞園  「私が歌います。お腹のあたりですよね。そこを狙って撃てば……二人とも、念のために
     耳は塞いでおいてください。私、まだ文字の使い方がよく分からないんです」

言われたとおりに耳を塞ぐ。舞園は龍に少し近づいて、口を大きく開けた。


"歌(うた)"


空気が、震えた。
音にすると「あ」でしかないのに、舞園が伸びやかな声で歌い上げると、それに合わせて光の弾丸が撃ち出される。
一分も経たないうちに、龍は穴だらけになって煙を出してた。
鍵を取った苗木は「やったよ!」と嬉しそうにしてる。

桑田  「あーあ、オレだけ何の役にもたってねーな。マジだっせえ……」ガシャガシャ

舞園  「そんなこと……三人で無事に出られるだけで、私は」

苗木  「じゃあ、開けるよ」ガチャッ

扉が開いた先は、希望ヶ峰学園の校庭に繋がっていた。見覚えのない校舎だな、と思って。
あー、予備学科かと納得する。菜摘が言ってたけど、マジで予備学科はフツーの学校なんだな。

桑田  (せっかく西地区来れたし、やっぱホラーハウス行くかな)

そんな事を考えてるオレに、舞園が近づいてきて「お願いです」と頭を下げた。

舞園  「桑田くん、私に……罪を償う権利をください」

桑田  「始ん時からずっと考えてたんだけどよ……やっぱ、オレが悪い。お前に殺される理由を
     作ったのも、逆上して刺したのも、全部オレ次第だったって事だろ。だからもういいんだよ」

舞園  「でもっ…それは、私だって同じです!いいえ、むしろ私の方が……下らない理由であなたに
     目をつけて、包丁を持ち出して部屋を交換するまで、あんなに時間があったのに!殺されかけて
     動揺しているあなたより、ずっと……!そこで思い止まらなかった、私の方が……」

桑田  「やめろよ、もうオレが全部悪いってことでいいだろ。学級裁判でそういう事になったんだからよ。
     ……だから、もう話しかけてk「それはダメだよ!!」

ああ、やっぱり。
こいつは。

苗木  「……もう、許してあげてよ……二人とも十分に苦しんだんだから……これ以上
     自分を傷つけるような真似はしないでよ。舞園さんは悪くないし、もちろん桑田クンだけが
     悪いわけじゃないんだよ。悪いのは全部黒幕なんだ。僕達にコロシアイをさせた奴なんだよ!!」

オレを、自分でも気づかない所で憎んでいるのか。

桑田  「じゃあ、あの"希望のメッセージ"はどうなんだよ?」

苗木  「えっ?」

桑田  「オメーが遺跡のパスワードにした数字だよ。……オメーのアタマん中からは、舞園にハメられた事実が
     スッポ抜けてる、その時点でオレと舞園の価値を天秤にかけてんじゃねーか!!
     舞園さん、舞園さん、舞園さん!!本当に親友だったって言うんなら、なんでオメーは舞園しか
     見てねーんだよ!!」

やべーな、言葉が止まんねー。
95 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:24:59.14 ID:TdN3Svrc0
苗木  「ち、違う……僕は、そんなつもりじゃない!!」

桑田  「じゃあ、どんなつもりなんだよ?オメーは偉そうな事言っても結局、好きな女一人しか
     引きずってねーんだよ!!悪いのは全部黒幕だっつったけどよ、舞園がオメーを救うために
     遺したメッセージだってんなら、オレが全部の罪を被ることになんだろーが!!オレの中にある
     色んな気持ちはどこに持ってきゃいーんだよ!?」

苗木  「そんな……僕はただ、前みたいに……友達に戻りたかった、だけで」

舞園  「あ、待って……桑田くん!」

腕をつかまれたのを、反射的に振り払う。
舞園は泣きそうな顔で手を引っこめて、そのまま地面にしゃがみこんだ。

朝礼台の近くまで来たところで、菜摘がじっと見てくるのに気づく。

菜摘  「……」

桑田  「菜摘?お前、いつから見て……」ぐいっ

菜摘は無言でオレの腕を引っぱって、そのままずんずん歩いて行く。
取り残された二人はいきなりの乱入にぽかんとしてた。

菜摘  「あの舞園って女を"許す"のが怖いんでしょ。……自分が悪くないって正当化するみたいで。
     だったらいっそ、許さなきゃいい。あの女のことも……自分のことも」

オレを引っぱる菜摘の右手に、青い欠片が握られている。

菜摘  「あたし……ううん、私もそうだから。あんたが思ってるような女の子じゃないんだよ、私は。
     何で今なんだろ……何でこんな、取り返しのつかなくなった後に"分かる"んだろうって思うの。
     自分で、自分が嫌になる……あんたも同じだから、苗木に怒鳴ったんでしょ?」

桑田  「半分八つ当たりだよ……苗木なんか本当はどうでもいい」

菜摘  「だったらもう逃げよう。逃げて、楽になろうよ。私もあんたも、多分本当には
     許してもらえないんだから。うわべだけ受け入れられたって、辛いだけじゃない」

桑田  「そう……だな」

ちら、と後ろを振り返る。
霧切が小泉先輩に迫られて、首を横に振っていた。小泉先輩は両手で顔を覆って、しくしく泣き出す。

菜摘  「独りぼっち同士で傷を舐め合うくらい、許してくれるよね。お兄ちゃん……」
96 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:25:44.00 ID:TdN3Svrc0
□ □ □ □ □ □

ゴミ袋を持ってランドリーに行くと、テーブルの上に水晶玉があった。まあ、また葉隠なんだろうな。

桑田  「因縁のアイテム再び……ってか」

オレは水晶玉を拾って、忘れ物ボックスに投げこんだ。
持ってきたゴミ袋の口をしっかり結び直して、『リサイクル』と書かれた箱に突っこむ。

桑田  「……全部オレが悪い」

学級裁判でも着ていた白いジャケットと、血しぶき柄のシャツ。
ズボンもリングも全部外して、ゴミ袋に突っこんだ。最後に、ポケットに入れていた
南京錠のネックレスをリサイクル箱へ投げこむ。

桑田  「じゃあな、舞園……これで終わりだ」

終わった。
何が『終わった』のかは分からないけど、とりあえずそう思った。
いくらお前らがオレを許したって、受け入れようとしたって。それはオレを苛むだけだ。


だからただ、独りでいればいい。



【To be continue】

___________

桑田編、一旦終了。ヒナタ ヘ モドル→
97 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:26:19.64 ID:TdN3Svrc0
日向  「なんか、夢みたいだな……お前らと一緒に授業を受けてるっていうのが」

左右田 「この状況でよくそんな呑気な感想が出るなオメーは」

前の席の左右田は、「いつ蝕が来るかと思うと、おちおち授業も聞いてらんねーよ」と
教科書に落書きしながらぼやいている。お前も十分余裕だと思うのは気のせいか?

左右田 「つーかよお。オメーは勉強しなくていいんじゃね?ほら、カムクラさんにチェンジして
     ちょいちょいっと……」

日向  「言っただろ。あいつは消えたって。心のどっかに穴が空いたみたいな、変な気分だけどな」

『龍』が終わって三日。
俺たち77期生(俺を加えていいのかどうかは微妙な所だが)の日常は変わった。
まず一つ目。

江ノ島 「やっほー、センパイ方!!」ガラッ

ソニア 「あら、いらっしゃいまし江ノ島さん。その手に持ってらっしゃるダンボールは……」

江ノ島 「体育のジャージだよ!明日は78期生と合同で体力測定だから、届けに来たってわけ!」ピースッ

罪木  「じ、じゃあ私が配っておきますねぇ……っとと、重いぃ…!」グラッ

澪田  「和一ちゃん、ヘルプっす!」

左右田 「なんでオレ名指し!?」

江ノ島 「ほらほら!早くしないと、罪木センパイがまた思春期男子に優しくないポーズになっちゃうよー?」

左右田 「だーっ、くそ!なんでいつも力仕事オレなんだよ!!」ガシッ

罪木  「ふゆぅ…ごめんなさいぃ!もっと鍛えますから、牛乳雑巾だけは勘弁してくださいぃ!!」

ソニアたちの努力によって、江ノ島盾子がちょくちょく遊びに来るようになった。
絶望時代にやっていた、ダーツの刺さった地点の住人を血祭りにあげる遊び……じゃなく、
トランプをしたり、ファッション雑誌を一緒に眺めたり。そんな健全な遊びをしている。
98 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:27:01.77 ID:TdN3Svrc0
西園寺 「……」

小泉  「日寄子ちゃん?」

西園寺 「……へっ?な、なに?」

小泉  「ううん、最近元気がないから、どうしたのかなって」

西園寺 「別に元気だけど?ただちょっと、考え事してるだけ」

小泉  「そっか……私にできることなら、いつでもしてあげるから。一人で抱えこむのだけはやめてね」

西園寺 「うん……」

二つ目。
西園寺はよく物思いに耽るようになった。『龍』の後は罪木からも距離を置いて、一人でじっと
何か考えこんでいる。なんか物足りないと思っていたら、あいつの暴言がないんだな。

日向  「なあ、西園寺……」

西園寺 「何。日向おにぃに喋る許可あげた覚えないんだけど?わたしの時間を消費するんだから、
     それなりの用事なんでしょうね」

日向  「お前は、よくも悪くも裏表がないんだ。そこが美点でもあるんだから、俺たちにもっと
     見せて欲しいんだけどな」

西園寺 「……それが、わたしを苦しめても?」

日向  「孤立も覚悟しての事だと、絶望していた頃のお前はのたまってたぞ」

西園寺 「……あんな、人間の汚い所寄せ集めたみたいな人たちでも、やっぱりわたしの家族だったんだよね。
     わたしのいい所も、悪い所も、あいつらの雛形から出来たんだって、分かってたのに。
     もうこの世にいないって思うと、せいせいするけど……ちょっと寂しいよ」

学園長の話が本当だったら、生きてるんだけど。もう一回殺してやろうかな。
西園寺はそう言って、また窓の外を眺めた。これ以上話はできそうにないな……。

小泉  「ねえ日向、大丈夫かな。日寄子ちゃん……強いように見えて、本当は誰よりも脆い子だから、
     すごく心配なんだけど……」

日向  「あいつの意思を尊重して、成長を信じてやるのも友達の務めじゃないのか?」

小泉  「……そう、だよね。うん……そうでなきゃ」ニコッ


俺たちは、さらに深い闇の中にいた。

_______

今日はここまで。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/24(金) 00:31:44.94 ID:Vn8woHFSo


江ノ島は絶望でなければ本当にかわいいんだけどなぁ
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/24(金) 01:00:15.91 ID:r9rGr7290
まるで夫婦みたいな会話だな
そりゃパンツくらい貰えるわ
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/27(月) 00:37:53.94 ID:GKCxb7Ki0
主は言いました…続きが待ちきれないでゲス…と
102 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:38:10.77 ID:fPDAiR9v0
ケイタが『超高校級のバディ』として希望ヶ峰に入学するクロス
書こうと思ったけど詰まったんでセブンだけ出す。

________




『龍』が終わって四日目。俺たちは夕食後の食堂に残って作戦会議を開くことにした。

豚神  「みんな集まったな。知ってのとおり明日から二日間、晴れの予報が出た。
     神蝕の発生は、ほぼ確実と言える。"龍"で、生徒同士の協力が必要になる蝕もあると分かった今、
     互いが互いの文字を把握し、正しい字義と能力を知るべきだと思ってな」

日向  「そういえば…左右田、お前は大丈夫なのか?」

左右田 「んあ?……あー、一応な」

歯切れが悪い。明日の蝕が通常型なら、ついて行った方がよさそうだな。

豚神  「まずは日向。霧切からの情報を皆に伝えてくれ」

日向  「分かった」ガタッ

日向  「霧切は知ってのとおり、索敵と分析に特化した能力を持っている。おかげで
     蝕について三つのタイプがあることが分かったんだ。
     
一つは"固定型"。"始"がこのタイプだな。出現する日が決まっている蝕のことだ。
     二つ目は、"隔離型"。学園から異空間に転送されて、試練をクリアする。 
     生徒数が3の倍数の時に来て、3人1組のチームに分けられるのが特徴だ。
     三つ目が、"通常型"。これは普通の神蝕で、時間内に敵を倒す。
     で、今は……予備学科もあわせて1580人だ。明日は通常型が来るとみていいと思う」

日向  「俺たち15人の中で、文字の能力が分からない奴はいるか?いたら、これで調べておけよ」バサッ

俺が図書室から持ってきた漢和辞典を出すと、
小泉が「じゃあ、アタシから……」と手を挙げて、ページをめくった。

小泉  「あ、あった……えーと、"写(しゃ)"は、おおいの象形と、かささぎ?の象形……鳥?」

田中  「鳥網スズメ目カラス科の一種で、天然記念物だ。カラスの仲間であるため脳が大きく知能が高い。
     樹上に球体の巣を作って繁殖し、穀類や虫を食べる。中国では瑞兆として崇められる鳥だ」

小泉  「あ、分かりやすい解説ありがと……そういやあんた、飼育委員だったね。
     意味は"物の形をまねて、書き写す"……うーん、いまいち使い方が分かんないかも」

日寄子 「大丈夫だよ、おねぇはわたしの後ろにいれば」

小泉  「アタシだって……日寄子ちゃんの役に立ちたいの。……アタシがもっとしっかりしてれば、
     梓ちゃんを死なせないで済んだかもしれないのに」

暗い表情で呟く小泉に、西園寺は「あいつは勝手に死……」と言いかけて止めた。
中学時代からの後輩、佐藤梓は『龍』で命を落としている。小泉にしてみれば、そう簡単に
割り切れることじゃないだろう。

小泉  「まねて、書き写す」パンッ

両手を合わせて、目を閉じる。小泉が意識を集中させると、テーブルの上に光が集まって……


"写(しゃ)"

すべすべしたテーブル板に、『始』の姿が転写された。

小泉  「……使い方は分かったけど、どうやって闘えばいいんだろ?」ハァー

九頭龍 「チッ…オレの文字はやっぱり"冬"以外に意味がねえか」

豚神  「字義が狭い場合は、連想するといいらしい。冬から連想できるものはなんだ?」

九頭龍 「ん、冬……ふゆ……雪……みかん……こたつ……」パッ
103 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:39:13.08 ID:fPDAiR9v0
"冬(ふゆ)"


九頭龍の手から出た光がおさまった後。俺たちの座るテーブルにはでっかいコタツがでーん!と
鎮座していた。ご丁寧に山盛りのみかんが乗っかって、猫が「ごろにゃ〜ん」と鳴き声を出している。

左右田 「ギャハハハハ!!なんだよこれ!!よりによってコタツ!コタツって……」バンバン

九頭龍 「うるせえ、テメーはコタツも知らねーのか!!日本人なら冬はコレ一本だろーが!!」

辺古山 「坊ちゃん、昔みたいにみかん剥きましょうか?」

終里  「いいからさっさとこのコタツ消せって、前が見えねーよ」

日向  「終里、そういやお前の文字は何だっけか」

終里  「おうっ、オレはシンプルに"闘(とう)"って書いたぜ!なんつーかこう、体中に力がみなぎって
     来るっつーか、とにかく強くなれる感じがすんだよ!」

弐大  「終里の文字は美しいぞぉ!!両腕に蛇柄の装甲がついてな、始も一発で吹き飛ばしたくらいじゃあ。
     ワシは"助(じょ)"で、能力の限界値を伸ばしてやることができるぞ。いつでも頼め!!」ガッハッハ

ソニア 「わたくしの"生"も、同じく能力を強化する文字ですので、みなさんのご応募をお待ちしておりますね」

日向  「はは、頼りにしてるぞ」

罪木  「あ、あのぉ…私の"癒(いやし)"は、致命傷までは治せないみたいですぅ…ちょっと、
     遺言を話す時間を作るくらいしか……あと、あんまり重い傷でも、
     完全には治せないみたい、なので……なので、皆さん…気をつけてくださいねぇ……」

西園寺 「最初っから当てにしてないから。人殺しの手当てなんかいらないっての」ふんっ

罪木  「西園寺さんは、何の文字……あああ、ごめんなさいぃ!私ごときが気安く話しかけてごめ「"舞"」え?」

西園寺 「だから……なんか、説明めんどくさいし」カッ


"舞(まい)"


罪木  「ま……ひゃあっ!?」

西園寺は立ち上がって、扇を広げる。それに合わせて罪木も自動で立ち上がり、全く同じ動きをした。
くるくる回って、両手を広げる。一部の狂いもなく舞う二人に、小泉は「いいよー!」とシャッターを切った。

罪木  「はっ、はあ……はあ……はひぃぃ……」ガクガク

西園寺 「うっわー、ゲロブタの足が生まれたての小鹿みたいだよー。きんもーい」

……あれ?
いつもだったらもっと嬉々として罵ってたと思うんだけどな。
なんだか、西園寺が無理しているように見える。

豚神  「舞には、相手を弄ぶ。転じて"弱いものをいたぶる"という意味もある」ペラッ

西園寺 「それ……どういう意味?」ギョロッ

豚神  「いや、ただ字義を教えたまでだ。覚えておくと役に立つぞ」フッ…

まだ西園寺は相手を睨みつけている。十神らしい皮肉なんだが……言い返さないのが、らしくない。

狛枝  「僕は"運"だよ。元々の才能を他人に対しても作用できるようにしたような能力だね……こんな形で
     才能をコントロールできて、しかもそのきっかけが、絶望を振りまくようになった
     学園長だなんて……ああ、ごめん。僕みたいなゴミ以下の才能がどうなろうと、
     君達とは何の関係もないよね。こんな無駄な言葉を聞かせてごめんね?」

こいつは学園長に特別な思い入れがあるみたいだ。

花村  「ところでみんな、お腹が空いてきたんじゃないかな?」

豚神  「そういえば……夜食にはちょうどいい時間帯だな」

花村  「ここでちょっと休憩にして、ぼくの新作レシピを味見してよ!」ガラガラ

そう言うが早いが、花村は厨房から白い布のかかった台車を運んできた。
こいつの文字はたしか『食』だったな。天からレシピが舞い降りてくるとか?
しかし、そんな予想を裏切って、台車にあったのは。
104 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:39:47.50 ID:fPDAiR9v0
花村  「じゃーん!!"龍のヒレカツサンド―始のブラッドソースがけ―"だよ!!!」

豚神  「!!?」ブッフォ

西園寺 「はあ!?これ、まさか神蝕の……」

花村  「うん!!始の時も"この化け物、肉質が柔らかそうだなあ"って
     思ってたら、お肉がフライパンの中に落ちていてさ、龍の時に試してみたら、お肉だけ取れたんだよ! 
     味は保証するから、どうぞ召し上がれ!!」ドヤァッ

全員  「……」

ソニア 「いえ、さすがに…その、ちょっと……生徒の皆さんの命を奪った敵の肉というのは……」

西園寺 「えー、あんたらが普段食べてる家畜の肉よりは倫理的にありじゃん?
     だってこれは花村が狩ったものなんだからさあ。……ゲロブタ、あんたからね」クルッ

罪木  「わ、わたしが食べるんですかぁ!?…うう、でも……私なんかの毒味でよければ……」

日向  「やめろ罪木!まずは俺が」

止める間もなく、ぱくんっとヒレカツを頬ばった罪木。その顔がみるみるうちに赤くなって、

小泉  「蜜柑ちゃん!?大丈夫っ、お水飲む!?」

花村  「ごっ…ごめんなさいぃ!!変なもの作って「おいしい……」……へ?」

罪木  「す、すっごくおいしいです!お肉もやわらかくて、ジューシーで…今まで、食べたこと
     ない味です……「感想言えっつってるの。気ィ利かせろよゲロブタ」
     ええと、味は鶏肉をもっと濃くしたみたいで……食感は銀ダラみたいな……」モグモグ

豚神  「こっちの緑の皿は、シチューか?……!!なんだこれは……この世のものとも
     思えぬ味わい……スプーンが止まらないぞ!!」ガツガツガツ

澪田  「じゃあ唯吹も食べるっすー!…うっひょー!!噛むごとにアドレナリン的な何かが染み渡るぅぅぅ!!」ガシッ

左右田 「お、オレはぜってー食わねーぞ!食ったら元に戻れない気がす…「えいっ、和一ちゃんにも
     おすそわけっすよ!」……うんめえええ!!!今まで食ってた肉はなんだったんだ!?」ガツガツガツ

元々中毒性の高い料理を作る花村だったが、調理された蝕の肉は本当に旨かった。
そういえば、人肉は一口食べると他の肉が食べられなくなるとか、本で読んだな……。

日向  (……口の中の肉が、粘膜にじんわりと旨味を伝える。今までに感じたことのない味わいだ!!
     旨味の大洪水というのがふさわしいかもしれない……!!)

左右田 「」ガツガツ

狛枝  「ああ、素晴らしいよ……!僕の胃袋がもっと、もっとと求めている……!!」バクバク

日向  (目をぎらつかせて肉にかぶりつく仲間たちを見て、正気に戻った俺はそっと箸を置いた……)
105 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:40:14.62 ID:fPDAiR9v0
【翌日】

一時間目の国語を終えて、俺たちは窓の近くに集まっていた。神蝕まで、残り10分を切っている。
今日は通常型が来るという予想だったが、『始』から言って、命の危険があるのは間違いないだろう。

日向  「もうすぐだな……ん、罪木?」ギュッ

罪木  「あ、あのう…その……日向さんがお嫌じゃなかったら……」

日向  「分かった。一緒に行こう」

罪木  「ふえっ!?な、なんで私の言いたいことが分かるんですかぁ!?」

日向  「エスパーだから……いや。俺も一人は怖いから、かな」

そういえば、学園長室はこの校舎の四階にあったな。生徒たちが神蝕へ向けて動いている今なら、
様子を見に行っても誰かに見咎められたりはしなそうだ。

日向  「狛枝、不測の事態に備えてお前の"幸運"を頼ってもいいか?」

狛枝  「えっ……こんな肉体にも精神にも起因しないゴミ以下の才能を、
     超高校級の希望があてにしてくれてるの?そんなわけないと思いたいけど、
     もしそうなら「ついて来い」……分かった」コクン

罪木とは違う方向に卑屈なだけなんだが、いちいち相手をムカつかせるのが狛枝の不運な所だと思う。

豚神  「気をつけろ…学園長のことだ。何か対策をしている可能性は高い」

日向  「やっぱりお前には分かってたか。少し覗いて帰るだけだから、心配するな」ガラッ

俺たち3人は教室を出て、階段を上った。まず、職員室をこっそり覗く。
中では先生モノクマが何体か働いていた。人間の気配はない。次に、学園長室の扉の前に立つ。

日向  「ちょっとでも中が見えたらいいんだがな……」

狛枝の幸運が作用してくれたら――「そこで何をしてるの?」

戦刃  「学園長先生に何か用?」

狛枝  「君こそ……学園長のボディガードか何かかい?僕たちはただ、散歩していただけさ」アハハ

戦刃  「私の許可なくそこに入ることは許さない。今すぐ退いて!!」ブンッ

日向  「手榴弾!?」サッ

ドカーンッッ

罪木  「きゃあああ!?か、髪の毛が熱っ……」パッパッ

日向  「だ、大丈夫か罪木!!……か、髪の毛が燃えっ……消してやるから落ち着け!!」

俺は急いでブレザーを脱いで、罪木の頭を叩く。髪に燃え移った炎が消えると、
罪木は尻餅をついたままぐすん、ぐすんと泣きだした。

狛枝  「あーあ、派手にやったね。僕が吹き飛ばしたのよりはだいぶ威力が小さいけど」

これじゃ停学は免れないね、と白々しい感想を言いながら、狛枝は両手を上げた。

戦刃  「まだシラを切るつもり……?だったら、私にも考えが「な、何これ!?」……盾子」

狛枝  「ナイスタイミング、江ノ島さん」ボソッ

走ってきた江ノ島は、吹っ飛んだ扉と俺たちを見て「お姉ちゃん!!」と戦刃の頬を張った。

戦刃  「ッ、……!」ジンジン

江ノ島 「学校の中で銃火器は使っちゃダメって、何回も言ったじゃん!ほら、日向センパイたちに謝って!」

戦刃  「……ごめん、なさい」ペコッ

江ノ島 「もう……ごめんね。お姉ちゃんったら、ドジな上につい傭兵の血が騒いじゃうみたいでさ。
     このお詫びは蝕が終わった後にするから……ほら、さっさと行くよ!」ズルズル

江ノ島が姉を引きずっていくと同時に、狛枝は「僕の能力、分かってもらえたかな」と笑っている。

狛枝  「幸運の"運"は、運ぶ、巡らせるという意味があるんだ。戦刃さんの運勢を操作して、
     妹に怒られる不運を与えるくらいは簡単にできるんだよ」

俺たちはそこで、誰からともなく振り返った。学園長室の固い扉が
戦刃のおかげで破壊されて、中に入れるようになっている。
これが狛枝の幸運パワーか!……夕飯のからあげ半分で手を打とう。
106 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:40:44.39 ID:fPDAiR9v0
罪木  「でっ、でもぉ……おかしく、ないですか?こんな大きな音がしたのに、誰も来ないなんて……」

日向  「職員室の先生モノクマも同じ動きを繰り返していたしな。ただのプログラムだろ。
     おまけに見てみろ、誰もいない」

俺は瓦礫を跳び越えて中へ入った。艶やかなマホガニーの机。きっちり整理された本棚。来客用の革ソファ。
全部がきれいすぎる。誰かがいた気配なんてまるでない。

日向  「夜時間と朝の放送は、ここから行われていたんじゃなかったのか……」

そこで、床にしゃがみこんでいた罪木が「こ、これ…落ちてたんですけど」と拾って見せた。

日向  「人形……だよな?神社とかに奉納するやつだ」

罪木  「あ、あのぉ…学園長先生って、いつの間にか消えてたり……ほんとに人間なのかなって
     疑っちゃいますよね……ふゆぅ、ごめんなさい!偉そうに"疑っちゃいますよね"なんて
     言っちゃって…でっ、でもっ…日向さんがそう思ってないなら……」

日向  「いや、その意見に賛成だ。問題はこの人形が、学園長が生き返ったこととどう関係があるのか……」

狛枝  「ますます謎が増えていくね。この先にどんな希望が見えるのか…今から楽しみになってきたよ。
     君が嫌じゃなければ、これからも協力を惜しまないつもりだけど?」

日向  「まずは今日の蝕を乗り切ってからだな」

狛枝  「分かった……あと一分か。僕達も外へ出たほうがいいよ」

腕時計を見た狛枝が先に立って走る。階段を駆け下りて一階に出た所で、校庭に真っ黒な影が落ちた。

カッ!!

空島が太陽にぴたっと重なって、一瞬だけ光る。『始』と同じ黒い円が地面に浮かんで、そこから
ずるっ…と化け物が出てきた。鬼だ。一つ角の鬼が、手に大きな団扇を持って、『祭』と書かれた
ハッピを着ている。靴箱の所にいた江ノ島の隣にも円が出て、鬼が飛び出してきた。

江ノ島 「うぅっ……毎回毎回、ほんっとうざったい!!」カッ


"魅(み)"


江ノ島の手から小さなハートが出て、鬼の額に『ぺたっ』と貼りつく。
さっきまで殺意をみなぎらせていた鬼はあっという間に目をハートにして、ボディガードのように
ぴたっと江ノ島の隣についた。

日向  「あの文字が、絶望していた頃の江ノ島になくてよかったな」

そのまま同じ鬼をなぎ倒していく鬼を見た俺の呟きに、狛枝と罪木が赤べこのようにブンブンと頷いた。
罪木は、絶望から解放された今でも江ノ島に特別な思い入れがあるらしい。

霧切  「祭……元は供物を捧げ、奉るという語源……私たちを殺してその死体を供物にするのが目的と
     いうのでしょうけど、そうは行かないわ」タッ

走る霧切の向こう、校庭のど真ん中に、炎が立ち昇る祭壇が見えた。鬼たちは生徒の死体を運んでは、
その炎に投げこんで、ケタケタと陽気に踊っている。

霧切  「弱点は頭と心臓……人間と変わらないのね」スッ

ホウキを構えた霧切は、そのまま鬼の頭にフルスイングした。ぐしゃっといい音を立てて倒れる鬼に、
苗木が「ひいっ!?」とおびえている。

苗木  「き、霧切さん!僕の制服に血がかかって……うわあ!!こっちに来ないで!!」ブンッ

モップで鬼の団扇を弾き返した苗木の背中から、腐川が「しょうがないわね…」と進み出た。
持っていた文庫本を開いて、眼鏡を直す。

腐川  「"我輩は猫である、名前はまだない"!!」カッ


"語(かたり)"


光がおさまると、腐川の背後に巨大な三毛猫が現れた。ぎょろぎょろと目を動かし、鬼を見つけると
「ニャーゴ」と鳴いて、その大きな前足で叩き潰す。ぐちゃっ、ぐちょっと嫌な音をたてて飛び散る鬼を
見ないように目をつぶった腐川は、「"すると嘉助が突然高く言いました"」と続ける。

腐川  「"そうだ、やっぱりあいづ又三郎だぞ。あいつ何がするときっと風吹いてくるぞ"」カッ

ゴオッと風が吹いて、腐川に飛びかかろうとしていた鬼が吹き飛ばされた。

又三郎 「……」

天井にとんっと両足をついた赤毛の少年。マントの向こう側が透けて、きらきら輝いていた。
風の又三郎がマントを翻すたびに、風が吹き抜ける。飛ばされた鬼は廊下の壁に背中を叩きつけられて、
びくん、びくんと痙攣した後、動かなくなった。
107 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:41:31.13 ID:fPDAiR9v0

苗木  「す、すごいね……腐川さん。さすが"文学少女"だね」

腐川  「な、何よ……あんたに褒められたって、白夜様に比べたら一ミリの価値もないんだから……」ポッ

苗木  「褒めてるってことが分かってもらえただけで嬉しいよ(腐川さんも少しずつ進歩してるんだなあ)
     ……あぶなッ!?」ビュンッ

日向  「向こうは団扇の分リーチがある……飛び道具の方がよさそうだな」カッ


"変(へん)"


俺はポケットティッシュを拳銃に変化させると、両手に構えて鬼の頭を狙う。

パンッ!!

反動で手が持ち上がったのを、狛枝が受け止めて「跳弾には気をつけてね」とアドバイスしてきた。
くそ、九頭龍に撃ち方を習っておくべきだった!

狛枝  「跳弾は素人だと避けづらいし……二人の幸運を操作して、回避率を上げておくよ」カッ


"運(うん)"


罪木  「あ、あれ?体があったかいですぅ……」ポワポワ

日向  「それに、心なしか体が軽くなったような…危ないっ!!」ビュッ

鬼の団扇が、俺の耳ギリギリのところをかすめる。攻撃を危ない所で避けた俺は、そのままカチャッと銃を構えて、
そいつの脳天に弾丸を撃ちこんだ。回避からの見事な反撃……これが狛枝の文字か。

日向  「そうだ、苗木に武器をやっとくか」ギュッ

俺はポケットから鉛筆を取り出して握りこむ。パアッと光が出て、鉛筆は細身の槍に変わった。

日向  「苗木、受けとれ!!」ブンッ   苗木  「!?」パシンッ  日向 「それをお前の武器にしろ!」

苗木  「……ありがとう、日向クン」

槍を受けとった苗木は、お礼を言って鬼を薙ぎ払う……と、次の瞬間又三郎の風に吹き飛ばされた。
廊下をゴロゴロと転がって、消火器でしたたか背中を打った苗木に、腐川の怒声が落ちる。

腐川  「ドジ、ちゃんと下がってろって言ったじゃない!!」

苗木  「あ、あの……せめて"大丈夫?"くらいは……言って、ほしいかな」ゴホゴホ

……あいつは本当に『超高校級の幸運』なのか。
そうこうしているうちに、蝕の時間が終わった。陽気に踊っていた鬼達の動きが止まって、すうっと消えていく。

【『祭』
 死亡者数:56名
 生存者数:1524名
 総生徒数:1524名  】

罪木  「わ、私は保健室に行ってますねぇ……「ゆっくり歩けよ。血で足が滑るぞ」……は、はいぃっ!」トテトテ

狛枝  「回避率UPの効果はまだあるから、保健室に着くまで転ぶことはなさそうだね」

日向  「……この際ハッキリさせておこうか。狛枝、お前は蝕についてどう思ってるんだ?」

狛枝  「どう、って……希望をより輝かせるための試練だと思ってるよ。そういう意味では学園長と近い考え
     かもしれないね。でも……正直、僕の信念は少し揺らぎかけているんだ。答えが出るまではまだかかり
     そうな気がするよ」

日向  「そうか……」

狛枝  「安心してよ。生きるも死ぬも君達次第なんだから。僕はゆっくりとその行方を見守らせてもらうよ」スタスタ

日向  (……あいつが歪んだ理由も俺は知っていて、だけど認めることができなかった。それはただ、
     自分達に危害が加わると思っていたからで)

日向  (それがないと知ってやっとあいつを仲間として認める気になっている。俺は、やっぱり不完全なんだな)

日向  (……やめよう。まずは仲間の無事を確認するんだ)

そう思い直した俺の耳に、「きゃあああ!?」という悲鳴が届いた。
108 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [sage]:2017/04/01(土) 10:42:00.23 ID:fPDAiR9v0
日向  「今の声、罪木か!?」

保健室の方へ走る。負傷した生徒でごった返す入口をかき分けて中に入ると、血まみれの江ノ島が
ベッドに横たわっていた。

罪木  「江ノ島さん、しっかりしてください!…あなたが、あなたがいなきゃ、私……」

日向  「これは……一体「やられたの」……戦刃」

江ノ島の手を握る戦刃は、「盾子は、"魅"に制限時間があることを知らなかったの」と呟く。

戦刃  「盾子の文字は、敵を魅了する能力……だけど、魅了できるのは三体まで。おまけに
     制限時間があって……魅了した敵が多いほど、短くなる。私が気がついた時には、鬼の団扇で頭を……」

日向  「超高校級の分析能力……絶望時代のあれがあったら、一瞬で察したんだろうに」

罪木  「ううっ……」

肩を落とす戦刃の隣で、罪木は泣きながら文字を解放する。


"癒(いやし)"


右手のひらにハート、左手のひらに十字のマークが浮かび上がった。罪木の手から出る光が、江ノ島を覆う。
鬼にかち割られた頭の傷は少しずつ塞がって、血が止まる。しかし、体の修復があらかた終わっても、
江ノ島の目は開かない。それどころか……

日向  「こいつ、呼吸が止まってるぞ!」

罪木  「ど、どうしましょう……江ノ島さんの脈が、どんどん弱く……」

戦刃  「!?」ガタッ

日向  「何とかならないのか!?」

罪木  「わ、わたしの文字では体を修復するのが限界でっ…そ、それも完璧には無理なんですぅ!!はわわ、
     そんな事説明する暇があったら人工呼吸でもなんでもしろって話ですよねぇ……!!」

罪木が江ノ島の顎を持ち上げ、まさに口付けようとした所で。

ガラッ

保健室の扉が開いた。

九頭龍 「よお、罪木いるか?ちょっと肩入れなおして……って、江ノ島!?」

入ってきたのは九頭龍だった。鬼との闘いでダメージを負ったらしく、右肩をおさえている。
ベッドに横たわる江ノ島を見ると、つかつかと寄ってきて「江ノ島!!」と呼びかけた。

九頭龍 「……いつまで寝てんだ絶望キ〇ガイ!!起きやがれ江ノ島盾子!!」ユサユサ

日向  「やめろ!下手に揺するな!」

戦刃  「絶望キ…盾子ちゃんを馬鹿にしないで!!」

九頭龍 「テメエは最後の蝕が終わった後にオレがブチ[ピーーー]って決めてんだよ!!
     んなチンケな蝕で死んでんじゃねえ!!!」

瞬間。仄白い光が江ノ島の胸元にともった。びくん、とかすかに痙攣した江ノ島が、ゆっくりと目を開ける。

江ノ島 「……あせったー。おばーちゃんがお花畑で手振ってた」

罪木  「え、江ノ島さぁん……?」グスッ

江ノ島 「盾子ちゃん大復活!!なんちて…えっ、罪木センパイ!?」

罪木  「よかった……よかったです……!江ノ島さんが生きててくれて……」ギューッ

九頭龍 「チッ、悪運だけは強い奴だな」

江ノ島 「ちびっ子ギャングはあたしになんの恨みがあるわけ!?あと罪木センパイ、そろそろ
     離れいたたたた!!」

罪木  「はわぁぁ!!わ、私ったら嬉しすぎて力加減をまちがっ……ごめんなさぃぃ!!おわびとして好きな所に
     落書きしていいですからぁ!!」ガバッ

日向  「やめろ、脱ぐな!!」

江ノ島 「よーし、じゃあお言葉に甘えてそのパイオツに「お前も乗るな!!」
109 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [sage]:2017/04/01(土) 10:42:29.43 ID:fPDAiR9v0

【食堂】


20年の短い人生の間で、全知全能になったり世界を破壊してみたりバーチャルでコロシアイをしてみたり。
もう脳が許容量を超えてしまったというか、たいていの事では驚かないくらいの体験をしてきた。

でも。

今、目の前にあるこいつは。

日向  「な、七海……?」

ナナミ 「……うん。私だよ、七海千秋だよ……会いたかった、日向く」がくんっ

日向  「な、七海……七海!?」

左右田 「あーあー、エネルギー切れか。ちょっと補給してやっから待ってろよ」ゴソゴソ

トレイを持ったまま立ち尽くす俺をよそに左右田は、椅子にぐったりと座った七海のうなじにコードを繋ぐ。
七海の頭がパカッと左右に開いて、中の基盤が丸見えになった。左右田はそこに手を突っこんで
何か調節している。

日向  「七海……お前、生き「おいおい日向……よく見ろよ、これが人間の関節か?」

よく見ると、黒いワンピースから覗く手足は球体関節だった。
目を閉じた七海の顔も、そっくりに造ってあるだけの人形だ。

俺の反応が思わしくないのを見て、左右田は「なあ、なんでそんな顔してんだよ」と不満げだ。

左右田 「オメーがあんまりショック受けてたみたいだからよ、七海を生き返らしてやったんじゃねえか。
     そりゃ飯は食えねーし生身じゃねーけど、ちゃんと日向のことも覚えさせたんだぞ。
     あ、そっか。ゲームできなきゃ七海じゃねーよな。うっし、待ってろ!今ちょっと人工知能の
     基盤作り変えてやっからよ!!」

日向  「違う……こいつは、七海じゃない……」

左右田 「オメーの言わんとすることは分かっけどよ、七海だってプログラムだったんだろ?
     このナナミ−Rと何がちげーんだよ」

日向  「違う!!七海には魂があった!!!心もあった!!!お前が……お前がやったのは、七海の死への冒涜だ!!」

左右田 「だから、人間の七海はとっくにあの世行ってんだろ!!いつまでもプログラムにこだわってねーで
     前向けよ!!そのために七海の見た目が必要ならオレが造ってやったこいつを使えばいーだろ!?」

日向  「そんなッ……そんなことを、言うなぁぁぁ!!!」


気がつくと、俺の拳が左右田の頬を殴っていた。
殴られた左右田は床に転がって(なんでだ)と言いたげな目で俺を見上げる。
それ以上何も言う気になれなくて……俺はさっさと食堂を出た。

□ □ □ □ □ □

ざわついていた食堂が、少しずつ静まっていく。小泉は「あのさ……」と言い辛そうに肩をすくめた。

小泉  「アタシは……左右田の意見も分かるよ。だけど……日向は、千秋ちゃんのこと、本当に好きだったんだよ。
     ……だから、あんなストレートに言うのは、ちょっと……」

豚神  「しかし、左右田にしてみればよかれと思ってしたことだ。一方的に責めるのも不公平だろう?」

小泉  「だけど……!人の心があったら、あんな言い方「今、こいつを人非人と表現するのは、人として
     正しいことか?」……う」

豚神  「お前は自分の感情に振り回されて、本質を見られない所がある」

豚神  「だが左右田、日向の怒りはプログラムの七海を否定されたことだけではないと思うぞ。
     そこにいる七海の姿をした人形……お前がそれを道具として軽んじたと、感じたのではないか?」


―― 七海の見た目が必要なら、オレが造ってやったこいつを使えばいーだろ!?

―― そんなッ……そんなことを、言うなぁぁぁ!!!


左右田 「……!!」

豚神  「人間の心は、機械のように測定できないからな。……そのケータイは別のようだが」

セブン 『白夜、私はケータイではない。フォンブレイバー・7だ』

テーブルの上に置かれた左右田のケータイが、パカッとひとりでに開いた。
真っ暗な画面に、緑色のドットで出来た目と、レベルメータの口が表示される。
110 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [sage]:2017/04/01(土) 10:43:21.34 ID:fPDAiR9v0
セブン 『……君たちは、"絶望"と呼ばれる存在だったと聞いた』

左右田 「んだよ、またお説教か?」

セブン 『絶望も希望も、同じ"望"という漢字が入る。すなわち、元は一つということだ。
     和一、君が望むなら、そのどちらにも立つことができる。だがあえて絶望を選ぶ理由があるなら、
     私は止めはしない。ただ』

左右田 「ただ?」

セブン 『君のHDDに隠している秘密がどうなるか、保証はできない』

左右田 「ぬあっ!?お、おまっ……ケータイのくせに人間を脅迫すんのか!!?」

セブン 『……ふっ。それが嫌なら、君のすべきことはただ一つ。……創を探し出し、分かり合うことだ。
     創の心はまだ、君の圏内にある』

左右田 「……だーっ、くそ!!」ガタッ

セブン 『待て、創を追いかける前に私をバッテリーに繋いでくれ。そろそろ充電が「わーったよ、ほれ!!」……では、
     しばらくスリープモードに入る。健闘を祈るぞ、和一』プツンッ…

カシャッ。

左右田があわただしく出て行った後の食堂で、小泉は充電中のセブンをカメラに収めた。

小泉  「ねえ、このケータイって左右田の文字のせいで動くの?」 

豚神  「いや……セブンの話によると、"引きよせられた"というのが正しいらしい。気がつくと、
     左右田のケータイに入っていたとか。左右田の文字が偶然発動したんだろうな。
     "アンカー社を知らないか"とか、わけの分からない質問をしてくるが、悪い奴ではない」

小泉  「ふーん。左右田の文字って、機械に魂を入れられるんだっけ……じゃあ、千秋ちゃんの中に入ってるのも?」

豚神  「いや……あれはただ、教えこまれた情報を再生するだけの機械だ。七海千秋の人格はないだろうな」

小泉  「そっか。なんだか、さみしいね……」

二人の視線の先には、開きっぱなしの頭から青い電流を放つ七海の人形がいた。
111 :ヒヤコ ◆0tW4uIwh5c :2017/04/01(土) 12:32:27.69 ID:b2tuWQ8/0
一旦切ります。
多分今日はここまで。
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