【艦これ】伊58「黒く塗り潰せ」

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584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/04(金) 01:31:00.81 ID:Q/SEHse00
乙ー

雪風も助平ですなぁ・・・
585 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:08:12.82 ID:DnDdznZx0
友提督は走った。車を走らせ、自分の足でも走った。

一刻も早く辿りつかなければいけない。それだけを考えながら走った。

先に泊地にいた睦月と曙と合流してまた走る。

一刻も早く提督に会わなければいけない。

意識不明の重体を負った提督が意識を取り戻した事はすぐに彼の耳にも入った。

友人が目を覚ました事は喜ばしい。だが問題はその後の事だ。

三人は泊地を駆け回り、ようやく提督を見つける。

傍らには秘書艦である如月がぴたとくっ付き提督が見やすい位置に書類を掲げていた。

「提督!!」

話し合いの途中のようだが友提督はあえて割り込んで呼びかける。これ以上その話し合いを続けさせるわけにもいかないのだ。

「お前、本気なのかよ」

今彼がやろうとしている事を止めなければいけないのだ。

「うん。本気」

「俺はあいつを、ブラック提督を殺す」

彼は、ブラック鎮守府に攻め入るつもりなのだから。
586 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:27:03.34 ID:DnDdznZx0
「…やめろ」

渾身の本心がかろうじて口から漏れた。

「そんな事をしたらどうなるかわからないのか?」

ブラック鎮守府の行いが許されることではないのは友提督にも十分理解できる。

だが、それでもやるべきではない。やってはいけないのだ。

「あいつは、潜水艦娘を虐待してる事を罪に問われていない!」

ブラック提督は世間一般的には清廉潔白。何の罪も無い有能な提督の一人だ。

裏で何をしていようが、賄賂で憲兵を買収している以上それが表沙汰になることは無い。

「なのにお前が突っ込んだらお前の暴走って事で話がついちまう!殺せようが殺せまいがお前は捕まる!」

だが提督は違う。彼は弱小泊地の司令官でしかない。

後ろ盾も何も無い彼がブラック提督に手を出せばたちまち憲兵に見つかり捕まる。

その罪もすぐに表沙汰になる。その場合ブラック提督は一方的な被害者であり、提督は一方的な加害者でしかない。

そこに正義なんて何もない。ただ個人的感情で味方を撃った最低な軍人が出来上がるのだ。

例え撃たれた奴が何十何百もの味方を個人的感情で殺してきた下種だとしてもだ。

「それが何?俺はあいつを殺したいんだ。殺さなきゃいけないんだ」

それでも提督は合理的な未来予想を放棄し、殺意でボロボロの身体を動かし続ける。

「何で…?」

「何でって、これ見てみろよ!」

そう言って彼は左手を掲げる。吹雪に踏み潰された手には包帯が巻きつけられていた。

「ちょっと文句言っただけでこんなにボコボコにされたんだ!」

「左目だって見えちゃいない!これでムカつくなっていうのは無理な話だろ!!」

そう言って潰れた左手を、左目を指し示すように顔に向ける。

これもあの暴行で受けた大きな傷の内の一つだ。彼の左目は失明していた。

かろうじて意識は取り戻したものの、片手は潰れ、片目を失明。彼はまさに半殺しにされたのだ。

「その仕返しだよ。この位許されるはずだ」

それでも未だ生きている彼の右目が殺意で満ちているのが友提督にも見て取れた。
587 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:50:01.83 ID:DnDdznZx0
「嘘」

その意志を曙がたった一言で、誰もが聞き取れるように、はっきりと、真っ向から否定する。

「嘘って何」

その態度には流石の提督も反応せざるをえなかった。それが曙の狙い通りだったとしてもだ。

「仕返しなんかじゃない。伊58の事でしょ」

「ゴーヤの事は…あいつは、関係ない」

提督が視線を逸らした事で曙は確信した。

「嘘が下手くそ」

仕返しというのは建前なのだと。身内ほど目を背けたくなるような重傷ですら、理由付けに過ぎないだと。

「あんた、本当にあいつらがもみ消してるってわからなかった?」

「わからなかったよ」

「嘘ね。人をダルマにして殺すような真似してる奴が何で捕まらないかなんて私でもわかるわよ」


ブラック鎮守府のやり方はあからさまだ。

四肢と首に爆弾を取り付けて殺すなんてやり方では奴隷に恐怖を与える事はできるだろうが、証拠が残りすぎる。

今まで彼らがずっとそのやり口で悪行を重ねてきて、一切の証拠が出ないなんて事はありえないのだ。

それなのに堂々としていられるのには裏がある。自分達が特別な存在であるという自覚がある。そう考えるのが普通だ。

提督より十以上年下の自分ですら気付いたのだから、提督がそれに気付けないはずがない。それが曙の考え方だった。

ここで提督が言いよどめば止められるかもしれない。

個人的な復讐ではなく伊58の為であるとはっきりさせられたなら、他の方法に導く事だってできるはずだ。

ここにいる曙や睦月を始めとした特別鎮守府の面々も提督の事を心配している。そしてこのままいけば彼が破滅する事もわかっている。

だが大本営から『パラオの英雄』と呼ばれる特務提督屈指の実力者である友提督の力も使えばいくらでもやりようはあるはずなのだ。

例え相手が賄賂で誤魔化すとしても、それを跳ね除けるだけの力が特別鎮守府にはある。個人的な報復でないのならば、いくらでも力を貸す事ができる。

言葉でなくてもいい、態度で現れれば後は強引に引っ張り、『そういう話』にしてしまえるのだ。

仕返しではなく義挙にしてしまえば、彼は破滅せずに済むのだ。


「俺は、無能だから」

その目論見は提督の、彼自身のプライドを完全に投げ捨てた言葉に打ち倒された。

「とにかく、俺はあいつを殺しに行く。殺さなきゃ気がすまねぇんだ!!」

無能だから気付けませんでした。このままじゃ納得できないから殺しにいきます。

子供の駄々こねに近いその叫びに、彼を追い詰めようとしていた曙が逆に呆気に取られてしまった。

その隙に話はどんどん先に進んでいく。ブラック提督を殺し、提督が破滅する話へと。
588 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:03:34.21 ID:DnDdznZx0
「如月ちゃん!提督さんに何か言ってよ!!」

ならばやり方を少し変える。提督を動かせないのであれば彼の周辺を動かそう。

丁度曙に助け舟を出すかのように睦月が叫んだ。彼の秘書艦である如月に、睦月の姉妹艦である如月に向かって。

ここが提督が破滅するかしないかの瀬戸際だ。形振り構っていられない。

「如月、あんたはそれでいいの?」

曙も友提督も如月を見つめる。彼女が今までの話を全く聞いていなかったはずはないだろう。

「私は司令官についていくだけよ」

それでも如月ははっきりとそう答え、提督の腕に絡みついた。

「それでコイツがいなくなるような事があっても?」

もう一度確認する。このままいけば提督は破滅するのだ。

提督と如月が男女の関係である事はここにいる全員が知っている。

こんな形でパートナーを失う事が彼女にとってどれだけのダメージになるかも誰もが予想できる。

「…そうはさせない。司令官は、絶対に」

三人にとってその言葉はただの理想論でしかない。

如月には現実が見えていない。そう感じ取った睦月の感情が高ぶった。


「だったら提督さんを止めてよ!!」

睦月がヒステリックに叫ぶ。


「こんな事しても何にもならないよ!!」

感情のままに如月に詰め寄る。


「どうなったって提督さんの為にもならない!!」

感情のままに合理的判断を如月に叩き付けていく。


「止めようよ!!こんな事して何になるの!?」

如月はそんな姉の姿を見て


「如月ちゃん!!」

感情を消す事にした。
589 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:04:53.20 ID:DnDdznZx0

如月の身体が一瞬後ろに下がった。彼らに視えたのはそこまでだ。
590 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:18:12.35 ID:DnDdznZx0
次の瞬間には睦月の身体はぐるりと反転し、倒れ、腕を極められていた。

経緯は視えなかった。その結果だけが彼らの視界に映った。

関節を極められて悶える睦月と、冷酷な顔で姉を見下ろす如月の姿。

「うるさいな」

「睦月ちゃんは関係ないのに口出ししないで」

その言葉が痛覚で状況を感知できない友提督と曙の意識を引き戻した。

「私は司令官についていく」

「どんな事があっても、私はずっと司令官と一緒にいる」

「どんな事があっても、どんな方法でも、どんな手段を使っても」


びき、という音が睦月の痛覚の中に流れ込んで脳を刺激する。

睦月の腕が、折れた。
591 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:29:33.38 ID:DnDdznZx0
「痛い!痛い、痛い…」

折った腕を放し、転がる姉を見下す。

あまりにも呆気ない。睦月の練度は如月のそれと二桁は違う、それも睦月の方が上であるというのに。

如月は表情一つ変えずに叩き伏せ、表情一つ変えずに言い放った。


「これ以上私と司令官の邪魔をするなら」


「睦月ちゃんでも殺すわよ」
592 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:41:47.34 ID:DnDdznZx0
侮蔑の言葉を投げかける彼女の目は提督のそれと同じようにも見え、曙はその瞬間に詰みを確信した。

駄目だ。どうにもならない。どうする事もできない。

こいつら全員本気だ。嫌だ。本気で殺しにいく。嫌だ。本気で破滅する気だ。そんなの嫌だ。

そんなのは嫌だ。でもどうにもならない。どうにかしたいのにどうにもならない。

曙には、ただ如月の目を、自分の意志を込めて見つめるだけしかできなくなった。

せめて自分が何を考えているかだけでも伝わってくれ、と願いながら。そして伝わった所で無駄だともわかっていながら。


「如月」

その状況を変えたのは提督の呼びかけだった。

「なに?司令官」


「睦月さんを入渠施設へ連れて行ってくれないか?腕折ったままじゃあんまりだ。ここで治してもらいたい」

二人は何も言わずに提督を見つめ、如月は少し驚き困った顔で提督を見つめた。

「脅しはもう済んだだろ?それに、如月の大切な姉妹艦じゃんか」

「…頼むよ。俺は、まだ曙さんが話したそうだからここにいるけど」

ねぇ、と少し崩した、甘えたような呼びかけを聞き如月は身体の力を抜いた。

「わかったわ。司令官がそう言うなら」

「もう折るなよ」

「…それは睦月ちゃん次第よ」
593 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:46:41.04 ID:DnDdznZx0
提督「如月はあんな感じだけどさ。ずっと気にかけてくれている曙さんには本当に感謝してるよ」

提督「あの子の友達でいてくれて本当にありがとう」

提督「俺に何かあったら如月の事は頼んだ。友提督も、できたらあの子の事を頼む」

友提督「何だよ…それ」

曙「死ぬ気?」

提督「殺しに行くんだから殺される事だってあるだろ。殺されなくたってその後社会的に死ぬんだしね」

曙「意味わかって言ってる?」

提督「勿論。動いたり喋ったりできなくなる。一切の価値の無い肉の塊になる」

提督「物を食べない分、一人分の食料を他に回すことができる」

提督「人が増えなければ、食事の量が増える」

提督「みんな満足する」
594 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:52:01.06 ID:DnDdznZx0
曙「何でそうやって自分の命を投げ出そうとするの!?」

曙「『何かあったら如月の事は頼んだ』!?無茶な事を言わないでよ!」

曙「あんたに何かあったらあの子は絶対あんたの後を追う!!私がどうこうできる問題じゃなくなるのよ!!」

提督「じゃあ『何があっても死んじゃいけない。如月にはまだご両親がいる』って言っておいてよ」

曙「ざけんな!!!!!」

提督「…じゃあ止めてみろよ。ぶん殴ってでも止めてみろよ」

提督「艤装を使ってもいい。俺を止めろよ。だけど俺は殺されなきゃ止まらないぞ。止めるんなら死ぬまで殴らなきゃな!」

曙「死ぬなって言ってんでしょうが…!!」

提督「中途半端なやり方で止められる程俺もあいつらもできちゃいねぇからな」

提督「所詮人間なんざ、死ななきゃ変われねぇよ」

提督「だからどうしても変えたいんだったら、止めたいんだったら殺せ」

提督「俺はそうするし、曙さんもそうする事はできるよ?止めたきゃ殺れよ!!!」

曙「死ぬなっつってんだろうが!!!!」

提督「じゃあ諦めて。俺は殺しに行く。その後どうなろうが知ったこっちゃない」
595 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:54:41.40 ID:DnDdznZx0
提督「俺は生きてちゃいけない人間だから」

提督「俺は死んだってどうだっていい人間だから」

曙「誰が!?誰がそんな事言った!?」

提督「あいつだよ。ブラック提督」

曙「何でそんな奴の事を真に受けてるのよ!?」

提督「事実だからね」
596 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:59:31.40 ID:DnDdznZx0
「俺、あいつとは研修時代からの知り合いなんだ」

「俺は特務提督の中でも成績が悪くて」

「どれだけ頑張っても、どれだけ考えても全然上手くいかなくて、何やってもダメで、色々なことをやらかして」

「その度に言われたんだ。『生きてる価値も無い』って」

「辛かったよ。だから否定しようと努力したんだ。でも駄目だった。何度やっても失敗する」

「何度やっても上手くいかなくて、何やってもダメで、何かやろうとしたら変なことやらかして」

「『そらみろやっぱりこいつには価値が無い』」

「だから俺は本当に生きてちゃいけない人間なんだって納得した」

「あいつらは、間違っていないんだって。だってあいつらはいつも、上手くやっていたから」


「でも、でもだからってただ死んでいくのは嫌だ!!」

「どうせ死ぬなら誰かの為に死にたい!今まで迷惑をかけてきた分、俺の命を使って誰かを助けたい!!」


「人を殺すのが犯罪だって事くらい俺にだってわかるよ!」

「でもあいつらが人殺してケラケラ笑ってる奴なのに俺が手段選んでちゃ何もならないだろうが!!」

「同じ土俵に立つなとか、同じレベルになるなっていうけどさ、やらなきゃどうにもならねぇ」

「俺ができるのは本当に手段を選ばずに動く事だけだ」

「そんな事俺にしかできない。この先生きてる価値が無い俺にしかできないんだ、これは」
597 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:07:55.00 ID:DnDdznZx0
曙「だから、伊58の事を隠してブラック提督を殺そうとしているの?」

提督「そうだよ。罪に問われないとかそんなのはどうでもいい」

提督「あの子にとって、あいつらが今生きている事自体が問題なんだ」

提督「あいつらが傷付かずにのうのうと生きているだけであの子はずっと苦しまなきゃいけない」

提督「邪魔なんだよあいつらは。ゴーヤが生きていくのに邪魔でしかないんだ」

提督「あいつを、あいつらを、いなくなった過去の人間にしねぇとゴーヤはこれから生きていくだけでも辛いんだ」

提督「ゴーヤがこれから、自分の手足の事も含めて生きていくには、あいつが生きてちゃいけないんだよ」

提督「逮捕とかじゃ駄目だ。死ななきゃ、殺さなきゃ、何にもならねぇんだよ」


友提督「でもそれを理由にすれば伊58に疑いの目を向けられる」

友提督「だからお前は、無策でブラック鎮守府に突っ込んでわざとリンチを食らった」

友提督「仕返しっていう体裁が作れれば憲兵もそっちに目が行って伊58に疑いの目を向ける事はなくなるから」

友提督「まして研修時代に虐められてたっていうなら、その仕返しと思うのが憲兵側から見たら自然」

友提督「つまりそういう事か?お前は自分の復讐心を利用してゴーヤを助けたいと」

提督「ゴーヤがブラック提督の所の艦娘だったっていうのは知らなかったけどね」

提督「でも、後は友提督の言うとおりだ。おかげでもっとやりやすくなった」

提督「俺が例えブラック鎮守府の連中を皆殺しにしたとしても、憲兵は俺個人の復讐だと思うだろ」

提督「そうなったら誰もゴーヤを気に留めない。俺がやる事でゴーヤに迷惑がかかる事はないんだ」


曙「それじゃあ如月はどうなるの?」

曙「あいつは、アンタの為に人を殺すのよ。人殺したら当然罪に問われる」

提督「大丈夫。それもちゃんと考えてある」

提督「俺の泊地の艦娘は、誰一人として罪に問われない。問われたとしても情状酌量の余地はある」

提督「そう思って貰えるように用意はしてある」
598 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:09:46.32 ID:DnDdznZx0
曙「で、アンタは死ぬと」

提督「ゴーヤを助ける為には手段なんて選んじゃいられないんだ」

提督「あの子はまだ自分の手足を失った事を受け入れられていない。傷付けられてきた事を忘れられていない」

提督「もう時間は無いけど方法が無いわけじゃないんだ」

提督「誰もやらない、誰も選ばないやり方…だってこれをやったら自分が死ぬ」
599 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:11:03.30 ID:DnDdznZx0
誰もやらないやり方、つまり加害者を殺して過去の人間にする事。今後一切の痕跡を絶つ事。存在そのものを無くす事。

殺人は犯罪だ。やれば捕まり、その罪は一生消えない。死ぬまで永遠に残り続ける。

ブラック提督のような特例もいるが、そう簡単に人は特別な存在にはなれない。そんな実力も財力も無い。

だからこそ人は人を安易に殺さない。そこには理性や慈愛があるわけではない。

やれば捕まるという強迫観念、一種の恐怖政治が機能してこそ、法により殺人が抑止される。

誰かを愛する心、誰かを傷付ける事を嫌う心が殺人を抑止するのではない。

自分の身が可愛いと思う人間こそ、自分の人生が何よりも大切だと思う人間こそが、法によって抑え付けられる。

慈愛などというくだらない概念ではなく我が身可愛さこそが、この世界の秩序を保っている絶対の感情なのだ。
600 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:14:22.03 ID:DnDdznZx0
提督「でも俺なら何も問題はない。俺は死んでもいいんだから」

曙「だから死んでもいいっていうのをやめろ!!!」

曙「私はね!潜水艦娘が死のうがダルマになろうが食われようが何だっていいのよ!!!」

曙「如月が無事なら!如月が幸せになるならなんだっていい!!でも如月が幸せになるにはあんたがいなきゃいけない!!」

曙「あんたが死ねば如月はもう全部失う!如月にはもうあんたしかいないの!!あんたしか残っていないの!!!」

曙「あんたが何だろうが他の誰に何を言われようが、あいつにはあんたがいなきゃ駄目なのよ!!」

曙「それを、わかれ…!!」

提督「わからないよ。何で俺じゃなきゃ幸せにできないなんてわかるんだ?」

提督「男なんて星の数いる。それに俺よりいい男が大半じゃん?なら俺と一緒にいたっていい事なんて無いんじゃないか?」

提督「そりゃ最初は辛いかもしれない。でも如月だって俺がいなくなればわかるはずだ」


提督「『人を殺してくれるか』なんて聞いてくる奴がまともであるはずがなかったって」
601 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:17:56.68 ID:DnDdznZx0
ブラック鎮守府に攻め入る。

この泊地の艦娘にそれを伝えた時、心のどこかでみんながここを去る事を期待していた。

そうなればそうなったで彼は一人でブラック鎮守府に突っ込み、上手く行ったとしても刺し違える程度で終わるつもりだった。

予防策は張ってあるとは言えそれが通じなければ罪に問われる。そう考えて彼は艦娘達には転属願いの案内もした。

この泊地と無関係になれば罪に問われないし、逆にこのタイミングで抜け出した事が評価に繋がるかもしれない。

確固たる倫理観と断固たる正義感を持ち合わせた艦娘の演出としては最適だろう。

だからこそ彼はあえてこう言った。反対ならすぐにこの泊地から出て行け、と。

だが結果として誰一人として出て行く者はいなかった。

集会でそれを伝えた時、真っ先に侵攻部隊入りを志願してきたのは神通だった。

神通の挙手を皮切りに他の艦娘からも手が挙がり始め、泊地が二派に分かれるのにそう時間はかからなかった。

ブラック鎮守府を攻め滅ぼす戦力として志願する賛成派か、戦力にはならないが文句は言わない消極的賛成派。その二派だ。

だが集会が終わった後からも志願者は増え続け、消極的賛成派はじわじわと数を減らしていった。

その有様を第一人者として見届け続けた提督は、心の奥底で彼女達を罵った。


『お前達はどこまで都合のいい女でいれば気が済むんだ?』
602 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:25:34.47 ID:DnDdznZx0
口には決して出さなかった。出した所で彼女達を傷付けるだけだし、何と返ってくるかも予想がついたからだ。

予想はつくが、彼が理解しようと思わない感情。彼自身が毎日のように向けられる感情。

合理的な考えを放棄するその感情を、それを自分に向けられる事を提督は何よりも嫌悪し危険視していた。

何故自分にその感情を向けるのか、理解できなかった。そしてその感情の赴くままに自分に媚びる艦娘を哀れんだ。

その感情は艦娘達にとって害でしかない。そう信じていた。


艦娘達はどういうわけかその感情に縛られがちだ。

何故そうなるかなど全くわからないが、多くの艦娘がそういう感情を持ち合わせている。特性か、洗脳か、それともまた別の何かか。

だが間違いなく言える事は男に媚び、男の為に殺人まで犯す、男にとって都合のいい女が幸せになれるはずがないという事だ。


だから自分は死ななければならない。ただ離れるだけでは彼女達の感情を切り離す事はできない。

自分がこの世からいなくならなければ、彼女達はずっと自分に縛り付けられたままになる。

誰かに依存するのではなく、自分の意志を持って、自分の意志で生きて、自分の意志で幸せになって欲しい。

それだけをずっと願い続けてここまできた。今だってそうだ。

俺はゴーヤが今後幸せになる為に自分の身も削った。彼女が幸せになる為に邪魔になるブラック鎮守府の連中は今から皆殺しにする。

それで初めて彼女はスタートラインに立てるのだ。苦しい過去を忘れなければ、そこに立つ事すらできない。

そして自分が死ねば、他の艦娘達もまたいなくなった自分を忘れ、スタートラインに立つ事ができる。


まして先のブラック鎮守府への訪問で左手は潰れ、片目を失明した。もう二度と回復する事は無いだろう。

こんな壊れた人間にいつまでも執着していても不幸にしかならない。

壊れた玩具は廃棄処分にしなければならない。いつまでも残しておく必要なんてない。

だが今回の襲撃で全部うまくいけば、皆が幸せになれる。


戦力は揃った。作戦も立てている。後は適材適所で対応して、死人を出さずに終わらせる。

こちらからは一切被害を出さず、敵は皆殺しにする。一人でも被害が出ればこちらの負けだ。

誰一人として死なせてはいけない。あの子達にはまだ未来がある。

みんな若く美しく優しい子ばかりだ。彼女達は幸せになる権利があるし、誰一人としてこんな所で死んでいい人間じゃない。

死ぬのは自分とブラック提督、そしてあのブラック鎮守府の艦娘全員だ。

それ以上の死人は絶対に出してはいけない。

絶対に死なせてはならない。それだけは何があっても譲れない。命に替えてもだ。
603 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:27:57.71 ID:DnDdznZx0
☆今回はここまでです☆

劇場版アマゾンズ観ました。北斗が如く買いました。
ドバドバーのグシャグシャビシャビシャですぜ!!!
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/09(土) 00:28:45.01 ID:R3fNPLpE0


提督死んだらみんな殉死しそうだけどな・・・
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/19(火) 11:45:59.79 ID:CFOCe7ASO
19:名無しNIPPER[sage]
2018/05/25(金) 00:41:23.83 ID:yBb2DXJv0
乙です

これだから女はどろっどろで嫌なんだよ
やはりスッキリサッパリしていてそれでいて濃厚であり、口のなかでシャッキリポンな俺たちのような雄と雄の関係が一番だな!なあ最上!
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/26(火) 18:39:12.13 ID:Hn7zce2BO

久しぶりに見に来たがゾクゾクするね
607 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 21:57:41.30 ID:WO+G3lfq0


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608 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:01:17.89 ID:WO+G3lfq0
「用意できたわ。睦月ちゃん」

如月の呼びかけに応じて睦月は自分の衣服を脱いだ。

用意されていたバスタオルを身体に巻いて湯船に浸かる。折れた腕も湯の中に浸からせた。

本来ならば骨折した箇所を湯につける事は避けるべきだ。だが彼女達は特別なのだ。

一糸纏わぬ腕の痛みを押さえ込むように湯が包み込んだ。

「修復剤入れるわね」

服を着たまま浴室に入ってきた如月の手には、修復剤と大きく印字されたバケツが握られている。

慣れない光景に睦月は一瞬驚いたが、すぐに状況を理解して頷いた。

睦月が所属する特別鎮守府では修復剤を投入する作業は機械で行われている。

しかしこの小さな泊地にはそんな設備を購入する余裕もスペースも無い。だから人の手でその作業を行っているのだ。

如月がバケツの蓋を開け、ひっくり返して中の液体を浴槽に注ぎ込んだ。

ばしゃあ、と流れ込んだ緑の液体は湯の中でぐにゃりと曲がり薄れ広がっていく。

湯が一面緑に染まり、それらは睦月の肌から潜り込み睦月の神経を直接愛撫するかのように刺激した。

腕の中にある痛みを溶かすように包み込み、消していく。その感覚に睦月は、はぁ、と喘いだ。
609 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:07:44.07 ID:WO+G3lfq0
「私達は恵まれてるわよね」

「入渠施設と高速修復剤があれば、腕が折れても穴が空いても治せるんだから」

戦争はあらゆるものを破壊する。無機物も有機物も等しく暴力の前に砕かれ切り裂かれ捻じ曲がる。それは艦娘であっても変わらない。

無機物である艤装は人と妖精の手で、有機物である艦娘の身体はこのようにして修理される。

一見スーパー銭湯のようにも見えるこの設備は艦娘を修理するのに必要不可欠なものだ。

湯船に浸かる事で彼女達はそれぞれが持って生まれた、魂の姿に戻る。そして入渠施設の湯の上位互換となるのが高速修復剤だ。

製造にはそれ相応の時間と資材を要するらしく、湯に溶かす事で量を少しでも節約するべし、という事を特務提督達は研修で学ぶ。

だが、治ると言うがその現象は開発者からしても不可解な部分が多く、万能でもない。

まず、あまりにも大きな傷は治せない。

事実、手足を爆弾により失った伊58の治療にはこの高速修復剤が大量に使われたが彼女の手足が戻る事はなかった。

そして

「艦娘は治せるけど、人間は治せない…」

「だから提督さんの片目はもう見えない。提督さんはもう治らないって?」

如月が呟きだした言葉を遮るように、腕を折った仕返しとばかりに睦月が事実を突きつけた。
610 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:22:44.62 ID:WO+G3lfq0
沈黙した如月に、睦月は再度確認する。

提督が睦月を治すと言った以上、その言葉を突きつけた所で本当に殺されることは無いという打算があった。

「如月ちゃん。本当に、人を殺すの?」

「殺すわ」

答えはすぐに返ってきた。

「睦月ちゃんが何を言いたい事はわかってる。でも今の私にはもう司令官しかいないのよ」

「私の全部を受け入れてくれる司令官」

「もう何も失いたくない。これ以上失うのが怖い」

「もう私のものが誰かに殺されるのを見たくない…見るくらいなら、殺してやる」

如月の目が潤んでいる。それを見て、殺してやるという言葉に込められた感情が読み取れる。怖さと悲しさ、悔しさと憎しみ。

あまりにもシンプルかつ簡潔にまとめられるが、あまりにも大きいそれらは睦月にも向かって流れ込んできた。

「睦月ちゃんには一生わからないでしょうね。まだ沢山色々なものが生きて残っている睦月ちゃんなんかに」

「艦娘なんかに、理解できるわけない」

「夕立ちゃんや潮ちゃんだって、わかったふりしてるだけ」

如月自身にも、それは制御できないものだった。押さえ込もうとしても溢れ出てくる。

彼女の身体から血小板を失った血液の如く溢れ出して止まらない。

外部からの止血もできないほど大きな傷が開き、それらを溢れ出させていく。

では、その傷はどうして付けられたのだろうか。
611 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:37:01.34 ID:WO+G3lfq0
「そんな事ない!そんな事…!あるわけがない…!!」

ついに身内にまで向けられた暴れる感情を抑えるように睦月が反射的に否定する。

夕立と潮そして如月はこの泊地内では同じ班員として活動をする事が多い。

駆逐一班、それが彼女達に付けられたチーム名だ。班員は同じ部屋で生活し、枕を並べる。

もっとも最近の如月は駆逐一班の部屋に戻る事が少なくなっている。提督の部屋で夜を過ごす事が多いからだ。

如月は、同じ班員を避けているのかもしれない。泊地の誰かがそう感じていた。そしてそれはこの場で彼女自身の言葉で明らかになった。


「日本街に遊びに行った時、殺されかけたのよ」

道理のわからないお前に教えてやる。そう言わんばかりに如月は口を開いた。

「テレビで轟沈したはずのお前が何で生きている。お前は深海棲艦だ。お前はスパイだ。殺してしまえって」

その先の話は睦月も覚えている。

「顔も殴られたしお腹も蹴られた。ブロックで頭を潰されかけた」

如月は殺され続けたのだ。

「必死に逃げてる途中でも、路地裏に引きずり込まれて殺される如月を沢山見たわ」

何度も何度も何度も何度も。

「その後も、仲間の艦娘に裏切られて殺される如月も…沢山…」

あらゆる存在によって

「大した理由なんかじゃなかった。どれもこれも『テレビで轟沈したから!』」

たった一つの理由によって。
612 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:40:30.90 ID:WO+G3lfq0
「それだけよ!?たったそれだけの理由で殺しに来るのよ!?」


「たったそれだけの理由で、たった数日の間で、如月は数え切れないくらい殺された!!今だってそう!!!」


「こうしている今だって、どこかで如月は殺されている…!!」


「それで信じろって方がおかしいわよ!!」


「ただ生きたいと思うことだけでも思うようにいかない!!誰も許してくれない!!」


「もう信じられないのよ!!人間も!艦娘も!!」


「みんな、敵に見える」


「私に死んでほしいと願っている」


「『可哀想な私』を哀れんで自己満足を得ようと思っているように見える!!」
613 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:58:53.66 ID:WO+G3lfq0
ヒステリックに叫ぶ如月の目の前で睦月が口ごもった。

でも、だけど、それでも、こういう場面で99%出るであろう言葉が出かかっていた。

でも自分は違う。だけど皆は違う。それでも

「如月は、睦月型艦娘にすら裏切られて死んでいったのよ?」

「なのに、同じ睦月型艦娘の睦月ちゃんがそうじゃない理由って何?」

その言葉を如月は完全に潰しにかかった。

「『私』は、如月だからっていうたったそれだけの理由で今こうなっているのに?」

「『私』にはパパもママもいる、鹿島先生との大切な思い出もある。他の如月だって似たようなものがあるかもしれなかった」

「悪い事を考えて如月型艦娘になった人だっていたと思うし、そうじゃない如月型艦娘だっていたはずよ」

「でもそんなのは関係なかった。みんなみんな殺されたのよ。『テレビで轟沈したから』っていう理由だけでね」

「それで、睦月ちゃんや他の艦娘の時だけ何も示さず『信じろ』だなんて、都合のいい話だと思わない?」

言葉を失った睦月に追撃をかけるように如月は彼女に近寄り、瞳を覗き込むように見つめた。

「ねぇ」

「誰にとっても『私』と他の如月型艦娘に違いはない」

「じゃあ睦月ちゃんと他の睦月型艦娘は、何が違うの?」

動揺する睦月より先に、如月の目から涙が零れ出す。

「違うって言うなら、止めてよ。『私』だって『私』よ。それをみんなに認めさせてよ。誰も認めてくれないのよ」

「みんな外側しか見ないくせに自分が否定された時だけ中身を見ろだなんて綺麗事言わないでよ!!」
614 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:14:31.15 ID:WO+G3lfq0
睦月の心が折れ、この言い争いは如月が勝利した。

この話はこれで終わりだ。そう感じ取った如月は距離を取り、紺色の上着の裏側に手を入れた。

如月が改二となり追加されたその服は、結界増幅装置が縫い付けられており艦娘の生存性を劇的に向上させている。

彼女がそこから取り出したのは、一本の短刀だ。

その短刀は睦月にも見覚えがあった。確か如月の提督が日向型の武装を改造して彼女にプレゼントとしたものだ。


「ねぇ、見て睦月ちゃん。これは司令官がくれたお守りなの」

「私は、いつもずぅっとこれを持っているわ。これがあるから私はみんなと話ができる。他のみんなにはない私だけの命綱」

「臆病になった私の安全装置」

如月は短刀をぎゅ、と握り締める。

ナイフを持って自分が強くなった気がする奴は絶対ナイフを持ってはいけない。

睦月は昔、まだ睦月型艦娘になる前に、読んだ本にそう書いてあったのを思い出した。如月はまさにそのタイプなのだろうと。

「今まで一度も使った事はなかったけど…今回は使う」

如月がそう呟き、短刀が鞘から引き抜かれたと同時に、入渠施設内に風を切る音が響いた。
615 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:30:05.20 ID:WO+G3lfq0
睦月には過程が一切見えなかった。残心の様でようやく刃の位置が把握できた。

「人生は絶え間無く続く問題集だ」

「揃って複雑。選択肢は酷薄。加えて制限時間まである」

「一番最低なのは夢見たいな解法を待って何一つ選ばない事」

「オロオロしている間に全部おじゃん。誰一人、何一つ救えない」

「司令官の部屋にあった漫画にそう書いてあったわ。本当にその通りだと思う」

「私は何もしなかった。何もできなかった。何もしてなくて、あの馬鹿が何かをしたから、如月は全部失った」


「だから今度は選ばなくちゃいけない。選ばなかったら、また失って殺されるのよ」

「如月を、私の全部を受け入れて愛してくれる司令官が、殺されるのよ」

「司令官以外、もうここには何も残っていない。司令官しか。司令官だけが、今の私の心の支え」

「だから私は、選ぶ」

「あいつらを皆殺しにして、無かったことにして、できる限り今までの生活に戻る」

「あいつらを全員殺して、無かったことにして、私達二人は幸せになる」

「その後どうなったとしても私は、司令官となら生きていけるから」


「私が本当に大事にしているものはたった五つだけ」

「司令官と、私と、パパと、ママと、鹿島先生」

「それ以上のプラスはもう何も望まない。もう何もいらない。あってもいいけど消えるんなら勝手に消えちゃっていい。今の私にはもう持ちきれない」

「睦月ちゃん。あなたも如月にとっては余分なプラスでしかないのよ。司令官が仲良くしておけって言うから付き合っているだけ」

「だから如月を見捨てるなら早めに見捨てて頂戴。それはあなたの為にもなるかも知れないわ」

「でもそれで私と司令官の邪魔をするなら、次は、本当に殺す」

「首を折って、腱を切って、指を切り落として、内臓を引っ張り出して、主砲でバラバラのグチャグチャにしてから燃やしてあげる」
616 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:35:39.34 ID:WO+G3lfq0
そう言い切り、浴室から立ち去ろうと動かした足を如月は強引に止める。

「あぁ、そうだ」

「腕が治ったら施設そのままでいいからね。後片付けは如月達でやっておくから」

「それじゃあ、ごゆっくり」

そう言い残して如月は立ち去り、睦月は一人残された。

もしかして今自分に向けた笑顔も演技なのだろうか、そう睦月は疑った。

その疑心は睦月の心にドス黒い感情を染み込ませていく。


「何で!何で、こうなった…!!」

誰一人いない入渠施設で睦月は感情に従い怨嗟の声を上げる。

自分の腕を折り、自分の意志を否定した妹に向かってではない。この世界そのものを罵った。

そうするしか、睦月の心の痛みが治まる事がなかったからだ。

彼女はやろうとした。やれる事を精一杯やった。だが結果として如月は壊れた。

彼女に起こった事に同情するからこそ彼女を否定はしない。否定できない。

それが彼女の甘ったれた所でもある。

もし今置かれている状況が逆だったのなら、そして止めようとするならば、如月は睦月の全てを否定するだろう。
617 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:44:52.31 ID:WO+G3lfq0
「もう、死んじゃえ…!!」

けれど彼女が壊れた原因を作った全てを呪い殺さんが如く恨みを抱く。

如月に向けるべき憎しみすらも全て乗せて。

「全部死んじゃえ…!!!」

睦月は匙を投げた。如月を救う事ではなく、彼女が殺す誰かを救う事を。

如月が死ぬ、という事は頭になかった。ブラック鎮守府の連中が本当に全滅するという確信が睦月にはあった。

睦月は特別鎮守府所属の艦娘だ。そして指揮官は英雄と呼ばれるほどの男だ。

ただ日々をだらだらと過ごしているわけではない。その立場に相応しい戦果を挙げ、日々の鍛錬を通じて練度を上げている。

わかりやすい言い方をすれば叩き上げのエリート。経験と知識を兼ね備えた最高の兵士の一人だ。

その睦月が動けなかった。何もできず腕を折られ、先程の刃は一切見切れなかった。もはや実力の差は明確だ。

睦月にとって最早如月の存在は恐ろしいものとなっていた。

あの一件からまだ一年も経っていない。どれだけの執念があればあそこまでの技量を見に付けられるのか。

そしてあの技が、艤装の出力を乗せて振るわれるとしたらどうなるか。

こんな小さな泊地だが、あれほどの実力を持った艦娘があと数人でも居れば、駆逐艦娘や軽巡艦娘ばかりの鎮守府など数時間で皆殺しにできる。

睦月の、今まで多くの戦場を乗り越えてきた軍人としての勘、そして知識と経験による予想がそう告げていた。

だからこそ、完全に匙を投げた。

よほどの事が無い限りブラック鎮守府はもう終わりだ。そのよほどの事が何なのかなど想像すらできない。

だから、もう何が起こっても知るものか。
618 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:46:39.47 ID:WO+G3lfq0
ここから先は、何があっても自業自得だ。

全てお前達が招いた事であり、お前達の一時の快楽の代償として引き起こされるのだ。

少しでも誰かを思いやる気持ちがあれば、こうはならなかった。

誰かが少しでも彼女を思いやる気持ちがあれば、如月は壊れなかった。

だがそうはならなかった。だから起こる。必然として起こってしまうのだ。

これは自業自得だ。

存分に苦しめ。

存分に後悔しろ。

それでもどうにもならない諦念に沈みながら壊死してしまえ。

何もかもがお前達が引き起こした事であり、何もかもがお前達の責任なのだ。

それを理解しろ。

苦しみをかみ締めて、死んでしまえ。
619 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:47:38.75 ID:WO+G3lfq0
何度呪っても、彼女の心の痛みが収まる事はなかった。

もう治っている腕を動かし、頭を抱え、如月を歪ませた全てを呪い続けた。

それでも彼女の心の痛みが収まる事はなかった。
620 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/07/01(日) 00:04:08.06 ID:S4E63O0z0
☆今回はここまでです☆

たーのしー
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/01(日) 01:19:33.11 ID:QMDZpYqE0


ブラック鎮守府全滅が楽しみ
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/02(月) 00:26:36.66 ID:pmanxrfdO
これ暗に人気の艦娘がクソになってこの展開になったのが全部アニメと俺たちのせいっつってんのか
623 : ◆ZFgfLAc.nk [sage]:2019/04/05(金) 23:25:10.13 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



624 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:26:19.72 ID:R7A+k8Zk0
「それで、どうなったんです?」

「失敗…」

「いやあれは我々の仲間になる器ではなかった、という事だ」
625 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:28:45.07 ID:R7A+k8Zk0
「なるほど」

「最新型の潜水艦の開発、どうもうまくいかない」

「素材が薄汚い肉袋ではどうしようもないのでは?」

「なるほどなるほど!そうかもなぁ!!」

「怨念だけは大したものだったんだがなぁ!」

「あの海域に巡らされた怨念!それらをかき集めればもしやとも考え張ったがこのザマ!」

「お前のいう通りだ。奴らは所詮薄汚い肉袋!神に歯向かう排泄物!!」

「上手くできたとて根本的に我々と違いすぎる。汚らわしい。矢避け以外に使い道があるだろうか?」

「ではあの残りカスはどうするのです?我々はあんなものと肩を並べなければいけないのですか?」

「まさか。元居た場所にでも送り返してやろう」

「恨み辛みだけは一人前だからな」
626 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:33:19.68 ID:R7A+k8Zk0
「ゴミはゴミらしく」

「汚物の中で戯れているのが一番だという事だ」


「なぁ」

「嬉しいだろう?元居た便所に戻してやると言ってるんだよぉ?」

「なぁ、おい、聞こえてるのかぁ?」

「 失 敗 作 ?」



「おい、返事をしろ失敗作」



「失敗作」



「失敗作」



「失敗作」



「失敗作失敗作失敗作失敗作失敗作ぅぅぅ!!!!」



「………」



「と言っても」

「お前達じゃあ我々の言葉は理解できないか」

「格が違うからな。格が」

「ククククク」
627 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:35:17.80 ID:R7A+k8Zk0


「せいぜい殺し合え」

「意地汚く、醜く、無様に」

「お前たち下等生物にはそれがお似合いだ」

628 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:35:50.87 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



629 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:41:29.34 ID:R7A+k8Zk0


「違ウ」


「違ウ」


「コンナンジャナイ」


「コンナハズジャナカッタ」


「私ハ」


「私ハ」


「私ハ!!!」


「誰カ」


「誰カ」


「私達ヲ」


「私ヲ」


「認メテ」

630 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:43:28.37 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



631 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:53:30.04 ID:R7A+k8Zk0
水を裂く空気の音。

海が動く流れの音。

僅かな光が前を照らす。

「ユー、聞こえる?」

こめかみにまで響く自分を呼ぶ声。

こちらを心配するその声を聴いて少し安心する。

「潜入先は予定通りならドッグの中。万が一でもそこに艦娘がいたらまずい。慎重にな」

指示通り彼女は突き進んでいく。

信頼に答える為に。

自分の意思を突き通す為に。

「ドッグから上がったら水門の制御装置を動かして開門。場所はさっきゴーヤが教えてくれた所だ。覚えている?」

「すぐに開門して終わったらすぐに本隊と合流。あとは他の奴らに任せてくれ」

「それと」

「万が一見つかったら…すぐに連絡ちょうだい。何とかするから」
632 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:07:55.84 ID:bmKj3dQl0
海面からそっと顔を出す。近くに艦娘はいないのを確認して一安心した。

誰一人としてそこにいない事以外全て、周囲の光景は伊58が教えてくれていた通りだ。

その先の道も全て教わっている。この建物をよく知る伊58が教えてくれた。

ブラック鎮守府への攻撃作戦は提督と伊58の二人が主軸となって立てられた。

元々所属していた伊58、そしてつい先日直接乗り込んで地理を把握した提督の二人でだ。

誰かが言っていた。提督は最初から全てこうなる事を狙っていたのではないか、と。

ブラック提督への糾弾が失敗する事、自分が大怪我を負う事、そして今こうして鎮守府に攻め入る事。

提督の知る情報と伊58が知る情報に差はあっても間違いはなかった。

だから最初からブラック鎮守府を攻撃するつもりでできる限り情報を集めていたのではないか、と。


二人の情報を元にあっという間に作戦が立てられた。移動手段が無い上、現地の市民を騒がせない為地上からの攻撃は却下された。

艦娘の集団が艤装を付けたまま鎮守府に向けて行進などナンセンスだ。かといって海上からの侵攻には一つ大きな問題がある。

鎮守府を守るように壁が、門が立ちふさがっているのだ。これも資源売買で得た金をつぎ込んで作ったのだろう。

この水門と幼児性愛の戦艦長門を主力とする外部からの救援がブラック鎮守府の堅牢な守りだ。

だがその水門のある一か所にだけ自由に通り抜けができる抜け穴がある事を伊58が教えてくれた。

潜水艦娘は四六時中オリョールクルージングを強制されている。彼女達を虐げ搾取する事でブラック鎮守府は成り立っている。

だから自分たちが作った門が、彼女達だけは守らないよう、あえて抜け穴を作った。

潜水艦型の深海棲艦も入り込めてしまうが、その程度なら何も問題は無いと踏んだのだろう。

ブラック鎮守府の艦娘は対潜だけは達人だ。たった数匹の深海棲艦なぞものの数秒で藻屑にできる。

それでもわざわざ経路があるならば利用させて貰う。今回の侵入経路もそこからだ。だからこそ潜水艦娘にしかこの潜入作戦は実現できない。
633 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:09:25.81 ID:bmKj3dQl0
それを伝えられた時、U-511はこの潜入作戦に立候補した。

誰もが一瞬躊躇した。危険すぎるからだ。万が一見つかりでもしたら文字通り一たまりもない。

一たまりもなければまだましとも言える。

わざわざ手足をもぎ取ってから殺すような連中だ。

脱走者でそれならば、敵である捕虜ともなれば喜んで嬲り殺すのは想像に難くない。

それでもU-511は真っ先に立候補した。彼女を見て誰よりも提督が驚いていた。

提督から何度も何度も任務の危険性を言い聞かされた。それでも立候補を取り止めなかった。

最終的に他の潜水艦娘を槍玉にあげてようやく提督は折れた。U-511が折れようが、誰かが行かなければならないのだからと。
634 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:14:08.59 ID:bmKj3dQl0
U-511だって勿論怖い。だがそれ以上に彼女には強い意志があった。提督を見る度にそれが湧き上がってくる。

踏み潰され包帯を巻かれた左手。それが度々添えられる腹部。顔の痣も腫れもまだ消えていない。

伊58が教えてくれたブラック鎮守府特有の集団私刑。爆撃部隊とやらを受けたのだろう。

艤装を付けた艦娘の全体重で腹部を踏み潰される。

艦娘ですらトラウマになるほどの私刑、常日頃から鍛えていない提督の内蔵は無事ではないだろう。

彼は隠そうとしているが、もしかしたらもう彼の身体に取り返しのつかない何かが起こっているかもしれない。

その不安が刺す心の痛みが、そしてそれでも動き続ける彼の意思がU-511の意思を作り上げていた。

彼がそこまでしてやる事が味方殺し。彼のやる事は世界にとって何の役にも立たない。

それでも、いや、だからこそ彼女は真っ先に立候補した。

彼女の忠誠と愛情、そして残虐な好奇心は他の潜水艦娘より、誰よりも新鮮だ。

自分達が今から行う事は悪だ。私怨の為に味方を殺す。だけどそれでいい。

戦う理由に迷った時に大淀と愛宕に教えられた言葉を実行する時、彼女はそう感じていた。

だから、作戦会議の時に何度も、何度も警告されても意思を曲げなかった。

ボロボロの顔を向けられ、踏み潰された手で身体を押さえられ、何度も何度も諭されたが変わらなかった。

やりたい事をやる。守りたいものを守る。その為にこの危険な任務に立候補したのだ。確かに怖いがもはや止まれない。
635 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:23:58.85 ID:bmKj3dQl0
淵を掴んで這い上がる。背を壁に貼り付かせて周囲を探るが、誰一人もいない。

ここを使う艦娘は潜水艦娘、それ以外はたまの散歩がてらの遠征か、『味方を殺す為の』出撃だけだ。

情報通りとはいえ100%その通りとはいかないと何度も言い聞かされた。そのせいでU-511の足は震えっぱなしだ。

目を凝らして薄暗いドッグの中を見渡していく。

目には自信がある。何故なら艦娘とはそういうものだからだ。

艦の魂を受け入れ、人の姿かたちが変わる。それは身体の内側にも干渉する。健全で健康、かつ強靭な肉体へと修復されるのだ。

魂の個体差はあれど、どれも若く優秀。そして身体能力はあらゆる意味で人類の理想、最上位に匹敵する。

あらゆる病気を打ち負かす抗体、鉄の塊を背負うしなやかな筋肉、シミ一つ無い肌に整えられた顔立ち。

人外の生物深海棲艦と戦うにあたり、人間が至る発想の中であまりにも理想的すぎる身体。

人間の理想の身体。故に人は後先を考えずにそれを欲した。

一時期艦娘の臓器が大量に、あらゆる意味でばら撒かれたのだ。

『違法解体』それが流行した時那珂型艦娘を中心に艦娘達が多数ばら撒かれたが、今では気が付いたら理由すらわからず廃れていた。

艦娘の肉体が劣化したのではない。艦娘の肉体は相も変わらず人間の理想であり続けている。

新米の艦娘U-511も例に漏れず、敵もまた例に漏れない。つまり目が良いのは相手も同じだ。

ゆっくりと、慎重に、U-511は歩み始める。
636 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:27:02.34 ID:bmKj3dQl0
時間制限は無い。それでもあるとするならそれは彼女の体力と精神が擦り切れるまで。

提督から託された危険極まりない作戦を遂行するために、U-511は動き出す。

だが何もかも彼の言う通り、作戦通りにするつもりはない。

一つだけ、一か所だけ、どうしても寄りたいと思う所があった。

場所は知っている。伊58が教えてくれた、彼女にとって一番思い出したくない場所。

何よりも、誰よりも、真っ先に何とかしたいと感じる場所へ向かって歩き出す。

彼女達もまた、U-511にとって守りたいものの一つであるのだから。
637 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:31:22.49 ID:bmKj3dQl0
幸い、その場所はドッグからすぐの所にあった。偶然でもない、事情を知っていればある意味必然だと思える場所にそれはあった。

耳を澄ませて中の様子を探る。震える手でドアノブを掴み、ゆっくりと回す。

一切の音を出さないようにゆっくりとドアを開け、覗き込んだ。

中の住人達、いや囚人達の首と目だけがU-511を捉えるように動く。視線があった瞬間、驚きと恐怖でU-511は身じろいだ。

そこは潜水艦娘達の部屋、否部屋ではなく牢獄と言った方が正しいか。

伊168、伊8、伊19、伊401。どれもU-511にとっては見知った顔だ。見知った顔の、はずだ。

見知った顔のはずなのだが、それでもU-511は記憶の中の彼女達と今目の当たりにしている彼女達の違いに衝撃を受けた。

露出が多い彼女達の肌は赤い線が浮かび上がり、内出血の痣、そして円状の焦げのようなもの、U-511には理解できなかったが煙草の火を押し付けられた火傷があった。

所々の皮膚が僅かにでろんと剥がれ赤黒くグズグズしたものが湧き出ている。

視線が合った彼女達の目からは侮蔑と諦めしか読み取れない。全員が、何もかもが違いすぎる。

同じ艦娘でここまで違うのかと考えると気が遠くなりそうになる。

だが、そう、ここは全員いた。どんな理由で全員揃っているのかは知らないが、全員揃っているのはある意味奇跡であり理想的だ。

U-511は意識をはっきりとさせ、勇気を振り絞って声を上げた。
638 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:35:19.55 ID:bmKj3dQl0
「ユーは、私は、潜水艦娘U-511」

何の反応も無い。それでもU-511は続けた。自己紹介がしたくてここまで来たのではない。だからこそ、最低限でも伝えなければいけない事がある。

「ユーは!」

「ユーは!味方です!」

後先も考えず、感情のままに言葉を繋げる。

「皆さんを助けに来ました!」

提督と、彼の艦娘達から教わった日本語の知識の全てを使って。

この場所は意図されたかのように作戦範囲から外された場所だった。U-511はそれが不満でしかなかった。

今誰よりも苦しんでいる彼女達を一分一秒でも早く安心させ、救う事に何の遠慮がいるだろうか。

この作戦に時間制限は無い。それでもあるとするならそれはU-511の体力と精神が擦り切れるまで。

だがそれはあくまでも泊地内だけの事情だ。このブラック鎮守府内の事情を、彼女達潜水艦娘達の事情を一切考えていない。

U-511が遅れれば遅れるほど彼女達は危険に晒される。彼女達は大半の艦娘がほぼ確約されたも同然の明日の命もわからないのだから。

U-511の作戦が成功して攻め入る事ができたとしてブラック鎮守府の連中はまず真っ先にここの潜水艦娘を皆殺しにする事だってありえた。

敵を手引きしたと罪を擦り付けるか、ただの八つ当たりとしてだろうか、とにかく作戦が進むにつれ彼女達の命は脅かされる。

だから、この作戦が失敗して提督達が返り討ちに遭えば間違いなく潜水艦娘達も皆殺しにされるだろうが、成功したとしても危険であることには変わりはないのだ。

伊58のように奇跡的に助かるなんてどこの誰も約束をしていない。

ならば助けるとしたら今この瞬間しかない。今この瞬間でなければいけなかった。

そして彼女はここまで辿り着いた。あともう少し、あともう少しで彼女達を助けられる。

これが終われば、完璧に終わらせることができる。守りたいもの、救いたいものを全て。

おぼつかない日本語で、それでも全力を込めてU-511は呼びかける。

もう彼女達は自由だ。自分の言葉は彼女達にとっての勝利宣言になる。

理不尽に苛まれて命を奪われるかもしれない恐怖に怯える日々はもう終わりだ。

伊58のように普通の日常を送れるように、その為ならいくらでも支える覚悟をU-511は持っている。
639 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:36:17.07 ID:bmKj3dQl0


だから、伝われ。

「逃げられるんです!」

伝われ!

「今外にユー達の味方も来ています!」

伝われ!

「もう酷い目に遭う事も無いんです!!」

伝われ!!

「行きましょう!一緒に!」

伝われ!!!

640 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:38:37.79 ID:bmKj3dQl0
一瞬の沈黙。U-511の瞳から涙が零れ落ちた。

同情と言えば安っぽいが、U-511は本気で彼女達の現状を悲しみ、救いたいと願ってここまで来た。安っぽいありふれた感情だろうがそれは彼女の本心だ。

奴隷のように働き、奴隷のように虐げられ、家畜のように勝手な都合で殺される。

聞いただけで胸がざわついた。深海棲艦にすら向けたことのないようなどす黒い殺意が染み込んだ。

その現状の何もかもを否定したかった。一切の未来を断ち切って無かったことにしたかった。

だから彼女はここに来た。理不尽な世界の一切合切、何もかもを終わらせる為に。

そう思ってここまで来た。そして今、感情のままに叫んだ。



だから、だからこそだろうか。

伊168が部屋の隅に追いやられた古びた通信機に手をかける理由が理解できなかった。
641 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:41:47.26 ID:bmKj3dQl0


「こ、こちら潜水艦娘室」

「し、侵入者です」

「侵入者が、います!!」

642 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:42:40.08 ID:bmKj3dQl0
☆今回はここまでです☆
643 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:35:05.01 ID:rM4PLBOB0
突き刺すかのように腕が伸び、握り潰すかのように手が開かれる。

蛆のように視界のあらゆる箇所から湧き出たそれらがU-511の身体を捉えた。

U-511は彼女の真正面から彼女の首を絞める艦娘の姿をその瞳に映す。

伊19。例に漏れず彼女もまたU-511がよく知る艦娘の一人だ。

未成熟な精神に反して豊満で淫靡な身体。U-511に比べ、否他の潜水艦娘と比べても肉付きの良い身体をした艦娘だ。

胸や尻といった直接的に異性を興奮させる部位だけでなく、二の腕や太腿も柔らかい贅肉に包まれていたはずだ。

そのはずだ。U-511の記憶にある伊19とはそういった見た目のはずだ。

だが目の前のそれは、胸は豊満なもののアンバランスなほど腕が細い。骨と皮、文字通りの骨と皮だ。

幼いながらも色気を含み輝いていたはずの瞳からは楽観や甘えから来る親近感は一切見られない。

焦りと皮算用、羨みと卑屈な優越感、鬱屈した暴発手前の破壊衝動。血走り瞳孔の開いた眼でU-511を捉え全力で気道を潰しにかかる。

窒息感と絶望で顔から一斉に血が引いていく。窒息感と今の状況からU-511はようやく試みが失敗だったと思い知った。
644 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:37:00.39 ID:rM4PLBOB0
甘かった。否杜撰だった。杜撰を杜撰とすら気付かないまま我が身一つで突っ込むなど傲慢ですらある。

U-511はその傲慢さを振りかざし、会って話をすれば必ずこちらの言う事を聞いてくれるものだと信じて疑わなかった。

自分達を虐げる者への反逆、それに手を貸す自分。こちらにある正義。

何もかもを一切自己否定も想定もしないままここに来た。だからこそ今こうなっている。

彼女達潜水艦娘にとってブラック提督がどういう存在なのかU-511には理解できていなかった。

彼女たちにとって彼は神なのだ。人間性はおろか生殺与奪を含む全てを掌握する神。

何もかもを否定され虐げられ抵抗もできない彼女達が唯一すがれるものがそれ。例えそれが自分達を虐げ殺すものであってもそれにすがるしかない。

奴隷とはそういうものであり、艦娘というものもまたそういうものでもある。

このブラック鎮守府で培った彼ら彼女らの強固な絆は偽善的な第三者の甘言では崩せない。

例えそれが悪意で作り上げられた絆だとしても、否、悪意で作り上げられたものだからこそ、誰も崩せるものではない。

自分の異常性を棚に上げ、自分が正しく認められるべきというU-511の傲慢さが招いた悪手が今のこの状況だ。
645 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:42:12.27 ID:rM4PLBOB0
だが彼女だけが飛びぬけた間抜けというわけでもない。

確かに彼女は作戦に反発して勝手な行動を取った。そして最悪の結果を招いてしまった。

しかし作戦を立案した二人が潜水艦娘達の心理を理解していたというわけでもなかった。

作戦範囲に入れなかったのはあくまで、彼女達がどうなろうがどうでもいいからだ。

今の自分の周囲以外何も気に留めない提督と、自分の恨みを晴らす事以外考えていない伊58。

敵でも味方でもない潜水艦娘などどうでもよかった。ただ連中を皆殺しにする事以外どうでもよかった。

U-511がそうでないように、彼らもまた賢者だったわけではない。

彼らはU-511と同じように自分の欲望のままに行動しただけだ。

結果的にそれが正解であり結果的にそれに反発したU-511が結果的に最悪の状況に持ち込んだ。ただそれだけだった。

誰も予想も想像もしていなかった。だからこその結果論だ。それ以上でもそれ以下でもない。

大多数を納得させる為に現状説明の言葉を選ぶのであればこうなるだろう。


運が悪かったのだ、と。
646 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:44:41.17 ID:rM4PLBOB0
伊19の二つの親指がU-511の気道を潰す。

視界の外から手首も足首も肩も掴まれ抑え込まれている。

最悪の状況、だがこの状況は潜水艦娘達にとってもまた不運な状況でもある。

狂乱したかのようにU-511が身体を振るわせる。ただそれだけで数の有利にも関わらず潜水艦娘達は振りほどかれたからだ。

数で不利だろうが艤装の有無、健康状態その他諸々何もかもがU-511にとって有利。だからこそ簡単に脱せた。

もし艤装が無ければ簡単に取り押さえられただろう。彼女達はそれを悔やむしかない。

扉を突き破らんばかりにU-511が部屋から飛び出ると同時に鎮守府中にサイレンが鳴り響いた。

敵襲の合図。同時にアナウンスが流れる。


「鎮守府内に敵が侵入。侵入者はU-511型艦娘。艤装を装着して侵入者を捕らえろ」
647 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:49:12.57 ID:rM4PLBOB0
鎮守府が湧き上がった。

まるで人気アイドルがライブでベストヒットの曲を歌い出したかのような興奮と高揚。

それは敵と称するものに向けるものとしては明らかに不適切だった。少なからずある恐怖や不安は一切ない。

中世貴族の狩猟、そう例えるのすらおこがましくおぞましい。

まるで給食の人気メニュー、購買部のパンや弁当の奪い合い。あるいはコミックマーケットの行列か。

欲望の坩堝。理性と人間性の喪失。

それらを向けられているのはモノではない人命なのだが。

鎮守府全体が揺れんばかりに湧き上がる。それは外に潜んでいる提督達にもはっきりと感じ取れた。
648 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:56:57.36 ID:rM4PLBOB0
「ユー!大丈夫かい!?ユー!!」

U-511に通信で呼びかけるが返事が返って来ない。どたどたと走る音と息遣いが聞こえる事からまだ捕まっていない事はわかる。

時折かすかに聞こえてくる奇声や怒声が焦りを煽る。

見つかった。追われている。捕まったらU-511はどうなるか。

状況把握と未来予想に心臓と腹部が締め付けられ、痛めつけられた身体が悲鳴を上げる。

そうなるかもしれないとは思っていたが、目の当たりにしてしまうと平然とはしていられない。

指揮官に相応しくない小さな器から溢れ出した感情が脳髄をかき回す。

「羽黒!!如月!!夕立!!」

焦りを声に乗せて呼びかけた。以心伝心と言わんばかりに三人は身構える。

「先に行け!!如月と夕立は二人一組!!絶対に離れるな!!」
649 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 20:01:24.92 ID:rM4PLBOB0
その言葉を聞くや否や三人とも全速で海を走り出した。目の前には彼女達の身長の十数倍もある壁。

その壁に向かってやや斜めから小さな弧を描くように突っ込んでいく。

あわや激突かという瞬間、三人の右足は海面を抉り飛沫を上げながら跳ね上がった。

だが地上と違い滑る海面では艤装の力を持ってしてもわずかにしか飛び上がれない。身体は壁の根元わずか上の箇所に跳ね上がり、勢いそのまま壁に。


激突を避ける為足を突き出して壁を蹴る。僅かに上、そして壁の反対側に身体が跳ねる。

背中の主砲が爆音を鳴らし、その反動が身体を再び壁に突き飛ばす。足がその衝撃を吸収して再び壁を蹴る。

爆音が鳴り響く度、壁に小さなひびが入る度、羽黒の身体はどんどん上へ上へと向かっていった。

それを追いかけて二人が同じように壁を登っていく。

壁を底辺とした三角形を無数に描きながら蹴り登っていく。

数十秒足らずであっさりと壁を飛び越え一瞬の無重力の後、壁の向こうの世界へと落ちていった。

提督にはもうその姿は見えないが着水に失敗したとは露にも思わない。


何故ならあの三人は異常だからだ。
650 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 20:05:57.84 ID:rM4PLBOB0
「いいか。とにかく暴れろ。それだけでいい」

たったそれだけのあまりにも曖昧な命令を聞いた瞬間、夕立の身体は着水の衝撃を受け止めないまま更に加速する。

とにかく暴れろ。その命令を一瞬でも早く飲み込んだ。そしてそれを誰よりも強く望んでいた。

主砲が轟音を上げ彼女の身体を吹き飛ばす。数キロメートル先の鎮守府まで一直線に。

炎でも血でもない赤い光が彼女の動向を軌跡のように彼女の尾のように、螺旋を描き、彼女がいた空間に残っていた。

「ごめん。あと一つ大事な事を言い忘れた」

「できる限り殺すなよ。できる限りでいいからさ」
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/12(水) 23:09:36.24 ID:wo3B5+dYo
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/06(土) 15:24:40.91 ID:FTlql2AiO
ほしゅ
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 08:05:10.55 ID:RXOibRwDO
やっと追い付いた
これはつまり艦娘はそこの提督の影響を強く受けるという事なのかと思った
過去の経験もあるだろうけど提督の破滅的な価値観が伝播しているようにも見える
654 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:28:56.99 ID:WS8HAR6A0

・・・・・・・・・・・

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655 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:30:05.42 ID:WS8HAR6A0
世界には数多くの物語が存在する。

書籍として出るもの、テレビで放送されるもの、インターネットの僻地に点在するもの。

万億兆京それ以上、文字通り数えられない程の物語があり人はそれに触れて生きていく。

ある人は子供の時だけであり、ある人は大人になってもそれに触れ、またある人はそれに依存して生きていく。

物語には個性がある。どれもが千差万別多種多様種種雑多の盛沢山。

それでもマクロに見てしまうと大半の物語で必ずと言ってもいいほど表現されるものがある。

正義、もしくは悪。たった二文字と一文字で表せるそれは物語の臓器。
656 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:31:04.38 ID:WS8HAR6A0
物語に触れるという事は正義に、悪に触れる事。

正義の行いを見て人は生きる勇気を得る。もしくは悪の行いを見て悪へ怒り正義の勝利を願う。

正義の敵は悪と、悪に媚びへつらう小物。

少年少女は小物を薙ぎ払い、悪に肉薄する正義を見て成長する。

力の差を理解できない小物を一蹴する正義が掲げる反撃の狼煙に神聖さを感じる。

だが何故だろう。彼ら彼女ら我々は誰もが気付かない内に成り代わるのだ。


悪か、小物か、ただそれだけに。


「ここまでよ潜水汚物!!この暁様が成敗しバアアアアアアアアアッ!!!!!」

そんな小物の一人が今ド派手に吹っ飛んだ。
657 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:32:04.17 ID:WS8HAR6A0
今まさにU-511の前に立ちふさがった暁型艦娘は艤装を付けていなかった。常日頃から虐待と虐殺を繰り返していた彼女はそれでもいけると誤解したのだ。

艤装の有無なんて関係ない。潜水艦娘なんかに負けるはずがない。潜水艦娘の何もかもを自分が支配できる。

暁は自分のこれまでの経験からそう信じていた。確信していた。力の差を理解できていなかった。

自分たちの力が絶対だと信じていた。

自分が暁型艦娘であるという特別感もその感情を膨れ上がらせる重曹となった。


あの轟沈した如月型のような産業廃棄物ではない。


誰にでも愛され


誰にでも求められ


誰にでも評価される暁型艦娘。


故に何をしても許される。


世界がそう決めている。


自分は生き続ける。


勝者であり続ける。


だが現実、艤装を装着したU-511が恐怖と使命感に駆られて彼女をブッ飛ばした。
658 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:35:23.47 ID:WS8HAR6A0
それは彼女にとってあまりにも想定外の出来事であり、客観的に見れば当然の出来事でもあった。

例えば毎日牛肉を食べて牛乳を飲んでいれば人は素手で闘牛に勝てると強弁されて信じる事ができるだろうか。

支離滅裂、意味不明、論理破綻。大っぴらに話してしまえば夢想の狂人と誹られても無理はない。


だが同意義の言葉で置き換えると人はあっさりとそう思い込む。

今回の場合で言うならばつまり、潜水艦娘程度なら艤装無しでも勝てると、そう誤解したのだ。

今までそうして来たのだからこれからだってずっとそうだと、永遠にそうだと。

何故なら常日頃から潜水艦娘を虐待し、時には嬲り殺しにしてきたからだ。彼女はその力関係が永遠に続いていくものだと思っていた。

調理された、お膳立てされた肉を食べながら自分が獲物を狩るライオンだと思い込んだ。闘牛を肉としか見えなくなっていた。
659 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:37:48.45 ID:WS8HAR6A0
悪と小物は価値観を共有している。だが悪は決して闘牛を肉とは見ない。そこが小物が小物たる理由だ。

今対峙したのは虐げられ怯え弱り切った上に練度も不十分、何より艤装を取り上げられた艦娘ではない。

ごく平凡な環境でごく平凡な鍛錬を積みごく平凡な艤装を積んだごく平凡な艦娘。

圧倒的な力と都合の良すぎる豪運を持つ正義ですらない。たかが同格の相手だ。

自分と同格であるが故に危機が及ぶ、その想像力と危機感が致命的に欠如していた。

艤装を装着した艦娘の力は何千、何万馬力。たかが人間の力でどうにかなるはずがない。それが例え今までずぅっと虐げてきた潜水艦娘でもだ。

その見分けすら付かないからこそ小物は小物なのだ。

敵対するものが全て自分より弱いと思い込み主役に突っかかり、無様に一蹴される小物。

目に見える敵全てが肉にしか見えなくなった狂人。

それこそが小物が小物たる理由であり、物語的な都合。

そして人間の本質でもある。決して自らを客観的に評価できないそれ故に悪か小物かにしかなれないという本質。

そんな一小物が宙を飛び今顔面から床に激突した。
660 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:38:27.64 ID:WS8HAR6A0
「хорошо(ハラショー)」

後ろから聞こえる機械的な言葉を尻目にU-511は駆けていく。

「制御装置、制御装置は」

ぶつぶつと呟き歯をガタガタと震えさせながらU-511は駆けていく。

この鎮守府を守る水門の制御装置。それを見つける事が彼女の目的であり、彼女が今選べる最も有効な安牌だ。

何故か。それは今しがた見せた艤装の有無による力の差が要因だ。

鎮守府の艦娘、U-511の敵が持つ艤装の保管場所はドック、入渠施設、もしくはその近くだ。

これはどの鎮守府泊地でも同じ事が言えるし、U-511達の泊地の施設もそのようにできている。

その位置関係がどういった手間を生むかというと、敵はこれから艤装を取りに行き装着した上でU-511を追いかけなければならないという事だ。

逆にU-511の目的地はドックではない、ドックは彼女の入り口であり目的地は水門の制御装置。

つまり敵は単純計算彼女の倍ほどの距離を移動しなければならない。

例え相手が潜水艦娘だろうが艤装を付けないままでは抑えるのは不可能。

途中で出くわす可能性は高いが艤装が無ければ先ほどの暁のように艤装の出力に力負けし、蹴散らされて終わるだけだ。

U-511からすれば制御装置に向かえば危険からの逃亡と目的達成を両立できる。だからこそU-511は全力で制御装置まで走る。
661 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:39:38.28 ID:WS8HAR6A0
その時建物が轟音で揺れた。彼女はそれだけで味方の誰かが壁を越えて鎮守府に突貫した事を理解した。

どうやってやったかはU-511にはよくわからないが、恐らくこの警報を聞いてU-511が見つかったと判断してかく乱の為に突っ込んだのだろう。

U-511を捕まえる為に艤装を装着した艦娘はドックを攻めるそちらの対処をせざるを得なくなる。

U-511の目的がわかっていなければ尚更だ。敵からしてみれば目的を知るには情報もそれを知る手段も少なすぎる。

この鎮守府の構成員は殆どが駆逐艦娘。偵察機を上げられる軽巡洋艦娘も多く見積もっても両手で足りる程度。

そしてそれらは外で待機している空母艦娘が全て撃ち落とす。

だからこちらの手を読むには情報が足りない。上手く勘を働かせられでもしなければ作戦に問題は無い。

とにかく走る。水門を開ければ多大な戦力が鎮守府になだれ込む。そうなれば勝ちだ。

駆逐艦娘も軽巡洋艦娘も潜水艦娘にとっては脅威以外の何物でもないが、それ以外の艦娘にとっては基本的には脅威にはならない。

その理屈も基本的には、という注釈が付くがこちらには空母艦娘も重巡洋艦・戦艦娘も揃えている。少なくともパワー負けは有り得ない。

だからこそ水門を開けてそれらの戦力をこの鎮守府にぶつけられれば勝敗はほぼ決する。
662 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:40:43.50 ID:WS8HAR6A0
伊58から教えられた地理を必死に思い出して走る。走り続けた先に扉が見えた。

突き破るように扉を開けると大仰な機械が視界に映った。これが水門を開閉する制御装置、コンソール。

コンソールに飛びつき装置を操作すると数秒おいて水門が左右に割れ始めた。外敵から身を守っていた水門がたった数秒の手間であまりにもあっさりと割れ始める。

その隙間を縫うようにして我先にと飛び出す影はU-511には見えない。それらは水に広がる絵具のように滑らかに、確実に、広がっていった。

そしてすぐさま聞こえてくる怒号と砲声。けたたましい警報により揺れていた鎮守府に今度は感情の津波が襲う。

それらはすぐに鎮守府を覆いつくす。誰一人逃がす事無く全員を飲み込むだろう。これでU-511の任務は終わりだ。
663 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:47:32.15 ID:WS8HAR6A0
制御装置の陰でしゃがみ込み隠れた彼女は自分をぎゅっと抱きしめた。

あとは帰るだけだがある意味それが一番難しい。突出した味方が妨害しているとしても一部はこちらに向かって来ている。

迎えが来るまではたった一人で耐えなければいけない。無暗に飛び出しては囲まれて袋叩きだ。

その為にはこの制御装置を最大限利用しなければいけない。こちらにとっては今やただの盾だが向こうからしたら家の一部だ。

主砲で破壊でもしたら水門は二度と戻らない。金で買った安全と安心があっさり崩れ去る。だからこそ物でありながら人質に成り得る。

とはいえ怖いものは怖い。いくらアドバンテージがあろうとも危険から逃れられるわけがない。

人質が効かない。それは無い話ではない。

迎えが殺されたら。それも無い話ではない。

迎えが来るまで自分が持ち応えられなければ。それが一番の問題だ。

不安が心に染み渡る。危険は彼女のすぐ隣にある。次の瞬間それは彼女の何もかもを奪い去るかもしれない。

何もかも、そう何もかもだ。

手足を失った伊58。原型を留めないほど腫れ上がった提督の顔。潰された彼の手。正気を失った潜水艦娘。

そして、この鎮守府の海の底に眠る何人もの死体。

グロテスクでおぞましい光景を思い出し、その姿に自分を重ねてしまう。
664 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:48:44.40 ID:WS8HAR6A0
U-511はずっと掴んでいた、布に包まれた鉄塊を抱きしめる。それは潜入前に唯一持ち込めた提督からの贈り物だった。

いざという時の為にと渡されたそれの中身は、引き金一つで人を殺せる拳銃だった。

艤装を付けていない艦娘にも、生身の人間である提督にも有効なそれは文字通り今の彼女の最終兵器。

艤装付きのU-511ならばその気になれば首をへし折る程度は容易いが彼女にその度胸も覚悟もない。

手足に貼り付く死の感触に彼女の心は耐えられない。それは彼女自身もよくわかっている。

それでも拳銃なら人差し指一つ動かす労力で同程度の成果を得られる。故にこれを持たされ、故に敵もそれを理解している。

だからこそ引く引かないに関わらずその存在そのものが牽制に成り得る。それが銃の価値の一つだ。

縋りつくように抱きしめる。提督の温もりでも求めるかのように、その熱越しに彼に助けを求めるかのように。

だが返ってくるのは鉄の冷たさだけ。海水で冷やされ人の温もりなど一切感じない。

それでもU-511は抱きしめる。返ってくるものが非情な現実だとしてもそれに縋るしか思い付けない。

大義を見失った今、縋れるものはただ一人だけだ。そのただ一人の為にここまで無理無茶を通してきた。だからこそひたすら求める。

早く。早く。助けて。迎えに来て。提督。心の中で囁き、祈り、念じる。何度も何度も何度でも。

動きが止まった彼女を捉えるように細い腕が絡み付く。U-511はそんな幻覚を見かけていた。

先ほどの、あの時と同じように、首を絞め手足を掴むかのように。
665 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:50:32.84 ID:WS8HAR6A0
「助けて」

「早く助けて」

骨と皮だけの腕が増えていく。首を絞める手が首輪のように何重にも重なっていく。逃れるように身体を丸め込む。

幻の腕は彼女の身体を突き抜けその手を首に重ねていく。

もうここに居たくない。早く帰りたい。帰ったら提督は褒めてくれるのだろうか。

帰ったら、帰ったら、帰ったら、帰ったら、帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。

帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい

帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい

帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい

U-511の中の何かが切れた。物理的にない『それ』の代わりに蝶番が軋む音が響く。

あるいはそれらは逆の順番だったかもしれないがそれらはほぼ同時に起こった。
666 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:51:40.34 ID:WS8HAR6A0
こつこつと近づいてくるそれを気付かれないように覗き見る。

そして見えるのは白い裾、黒い靴、金の装飾。


「Admiral」
667 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:53:44.48 ID:WS8HAR6A0
提督だ。提督が迎えに来てくれた。そう判断した。外で待っていた提督が水門を開いたのを見て迎えに来てくれたんだ、と。

緊張の糸が解れだしていくと共に気持ちが揺れ動いていく。

怖かった。本当に怖かった。それももう終わりだ。帰れる。あの泊地に。

制御装置の陰から身を出して提督と向かい合う。提督はそんなU-511の姿を見て笑う。


顔の皮膚を歪ませ、黄色い歯を覗かせながら、のこのこ出て来た敵の姿を見て笑う。


野太い銃声が響いた。


血と肉片をまき散らしながら彼女の視界と重心がぐるりと回る。


それでも痛みを感じなかった。床に叩き付けられるまでは。
668 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:54:43.13 ID:WS8HAR6A0

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・


669 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:58:56.95 ID:WS8HAR6A0
艦娘とは至極都合の良い雌だ。

求めればそれに応え、求めずとも求め、媚びる。

艦娘とは至極都合の良い雌だ。

雄の意思は瞬く間に群れの中に伝播して、雌はそれに応える。

艦娘とは至極都合の良い雌だ。

全ては雄に応える為。それこそが艦娘の行動原理であり根本的な欲求。

恋慕の情を根幹に置いた雄との同調、雄との共有、雄との共感。

それらは雄の自尊心を愛撫し己に依存させる手段でしかない。

だがそれ故に、この地獄絵図が成り立った。今こうしている時も、知らない所で、世界各地あらゆる場所が雄から伝播された悪意で満ち溢れている。
670 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 01:00:15.93 ID:WS8HAR6A0
U-511も例には漏れない。彼女もまた、彼女の提督と同調している雌の一匹。

では彼女は提督から何を得て何に同調したのかと言えば、答えは一つ。愚純さだ。

でなければこんな結果にはならない。でなければ、こんな過程すら起こり得ない。


彼女もまた、間違いを犯す馬鹿な雌の一匹に過ぎない。
671 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 01:04:35.56 ID:WS8HAR6A0
☆今回はここまでです☆
672 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/09(水) 04:31:22.38 ID:i0tEhb290
床に叩き付けられ頭が揺れると同時にU-511の頭のお花畑は散った。痛みが彼女の意識を現実に引き戻す。

「やりやがったな」

引きちぎれた肉から血が溢れ出て床に広がる。

あふれ出る血の勢いが石を削り取る川の流れのように神経を刺激する。

「やりやがったな。やりやがったなこの野郎!!この野郎!!この野郎ォ!!!」

怨嗟の叫びを上げる声は聴きなれたそれではなかった。

彼女を撃ったその男は彼女がAdmiralと呼ぶ提督ではない。この鎮守府の提督、つまり敵。

「何しやがったこのクソ野郎ォ!!」

潜水艦娘を奴隷のように搾取し虐げ殺す、地獄のような鎮守府を作り上げた男。

コンソールの裏に飛び込むように逃げ込むと、元いた場所が破裂音と共に焼け付いた穴が開いた。

拳銃、銃弾。艤装を付けた艦娘ならばそんなものは脅威にならない。

それでもU-511にとって安心材料にはならない。

ブラック提督が築いてきた実績、死体の山、そして彼女自身が目の当たりにした伊58の姿。

引きちぎれ焼け爛れた両腕両脚、溢れ止まらない血、直視してきた惨状。

その輝かしい実績と、何より現に今、銃弾が結界を突き破り彼女の腕を抉った事実が彼女を怖気付かせる。
673 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/09(水) 04:39:09.23 ID:i0tEhb290
「バリアが通じると思ってねぇよなぁこいつはな!!お前ら艦娘をぶっ殺す為に特別に作られた銃なんだ!」

その言葉は間違っている。少なくとも建前上は。否、建前という言葉すら不適切なのかもしれない。

これが作られた経緯、その表向きの理由は建前というにはあまりにも軽薄で、無責任で、無価値な、口から出た出まかせだからだ。

既存の兵器では深海棲艦が持つ結界に通用しない。それ故に深海棲艦と同じような結界を持ち結界を突き破る武器を持つ艦娘の存在は重要視されていた。

深海棲艦に対抗する唯一の戦力にならざるを得なかった艦娘。

だがもし既存の兵器が深海棲艦に通じるようになったのであればどうなるか。例えば歩兵の突撃銃が、戦闘機の機関銃が、イージス艦のミサイルが。

まず間違いなく深海棲艦の殲滅速度は飛躍的に向上するだろう。熟練の職業軍人たちがその力を遺憾なく発揮し、深海棲艦は彼等の前に圧殺される。

その大義名分の下、結界を破る通常兵器の開発は進められた。

だが出資者と開発者たちの多くはそれを人類を守る為の兵器としてではなく艦娘『だけ』を殺す為の兵器として作っていた。

深海棲艦はついででしかない。そんなものよりただ目の前の、気にくわないそれを殴りたい、否定したい、殺したい。

理由は人それぞれだ。ある者は立場を奪われたから、ある者は見下された事が気に食わなかったから、ある者は女性上位の社会になる事を恐れたから。

そしてある者は、それらの人間を隠れ蓑として殺しを正当化できるから。

根底は多種多様だが大多数がそう感じ、ごく僅かな人間が大義名分を鵜呑みにし大多数に利用されていた。

そして大多数は信念の無い軽薄な責任逃れから斜め読みした正義を、ごく僅かな純粋な人間が信じた正義を、都合の良い箇所だけを飲み込みわが物とした。

結末を危惧する者、つまり彼らの本心を突く人間が現れた時、責任逃れの言葉をかざし、人類の敵のレッテルを貼り皆殺しにした。

本心を追求する数々の言葉に併せ建前を変え事実を捻じ曲げ、不当性を相手に押し付ける。

気にくわない障害を排除し続けることで彼らの正義は彼ら自身によって確固たるものと成り上がっていく。

正義が凝り固まっていくと共に彼らの行動もまた刃のように固まっていく。

先鋭化。思想の差別。道徳的優位に立ったと思い込んだ彼らの生態は彼らにとって気に食わないものを排除する事のみに特化していく。


彼らに倫理も合理性もありはしなかった。そうした者たちの意思が形になった武器を手にしたブラック提督もまた、彼らと違いはなかった。

オリョールクルージングで金を稼ぎ他者を蔑み殺す度、殺された潜水艦娘達は次々と深海棲艦へと姿を変えていく。

人類が不利になれば、深海棲艦が勝利すれば、その金が無価値になっていく事にも自分が殺される側に回る事にも気付いていない。

あるいはその合理性のない短絡的な思考と行動こそが人を人たらしめるものであるのかも知れない。

何故ならば自分の行いが自分達の首を絞める結果になると予想できていないのは、今この戦場にいる誰もがそうなのだから。
674 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/21(月) 00:33:51.25 ID:Ga8/KscD0
手負いの潜水艦娘が隠れたコンソールの裏側に回り込む。

その先で見た、たかが潜水艦娘の手に持つ物にブラック提督は一瞬硬直した。その手に握られているのは拳銃だ。

特別な仕様も無いただの拳銃だが人間相手に特別も何もあったもんじゃない。当たれば死ぬ。運が良くても重症だ。

潜水艦娘、U-511が指一つ動かせば弾が出る。ブラック提督が一歩でも近付けばそれだけで彼女が引き金を引く十分な理由になる。

彼自身も艦娘に通用する銃を持っているから五分五分。だが引き金を引く事に五の利益が保証されているわけではない。

殺したいから殺したといっても反撃で殺されれば0、全て台無しだ。そして撃った弾みで撃たれた弾に当たる可能性が十分ある距離に二人はいた。

膠着状態。

「撃てねぇだろ」

それは本来ならば、の言葉だ。

ブラック提督はU-511の人間性、内面を見抜いた。

長年の経験、人を虐げ殺し続けて得た知識と勘。自分を傷付けるか否かを見極めるのに関して言えば彼の技量は非情に優れている。

矮小化して例えるのであれば『いじめられっ子を見つける達人』とでも言えばいいだろうか。

あまりにもしょうもない技術であるが彼はこの技術一つで莫大な資産を手に入れたのだ。その即物的証拠はこの場において目をつぶってでも分かる。

周囲にある何もかもがその『いじめられっ子を見つける』技術によって生み出されたものなのだから。

いかに自分が傷付くことなく相手を傷付けられるか。どれだけ自分が責任を負わずに取り返しの付かない事をやらかせるか。

彼を小物ではなく悪たらしめる、長年の経験から培われた第六感を遺憾無く発揮し彼は優位に立つ。
675 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/21(月) 00:40:35.94 ID:Ga8/KscD0
「撃てるのか?撃ったらどうなるかわかるよな?」

彼の勘は正しかった。U-511に人を撃つ勇気は無い。

撃ち方を教わったとしても実際に引き金が引けるわけではない。誰かから命じられるわけでも無く自分の意思でとなると尚更だ。

彼女の提督がこの場にいて彼がこの場で撃てと言えば撃ったかもしれない。

そしてブラック提督の内蔵や脳髄に穴を開け銃弾からにじみ出る毒の追い打ちは彼を確実な死に至らしめるだろう。

提督に対しての信頼感、そして人を殺す事への責任の放棄による安心感、それらを両立してようやく彼女は撃てる。

だが独りでは決められない。

彼女は汎用的倫理と現代社会の常識を持つどこにでもいる女の子だ。

これまでの経験から人間への不信感を抱いていたとしても根付いたそれは簡単には捨てられない。
676 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/21(月) 00:50:02.87 ID:Ga8/KscD0
「艦娘が、提督を、人間を殺すのか?あ?」

だからこそ撃つのが怖い。撃ったらどうなるかわかるか、それを予想できてしまう。

自分が人を殺すということ、艦娘が人を殺すということ、艦娘が提督を殺すということ、全て予想ができてしまう。

「撃つのか?ナチスのクソ野郎」

その一言がU-511の意志にとどめを刺した。

自分はナチスだ。その現実がU-511の意志を完全に潰した。

引き金を引けば自分一人の力ではどうにもならない取り返しの付かない事態を引き起こしてしまう。

悪評は伝播する。その最悪の形を如月の末路を彼女は目の当たりにしている。

テレビ番組内で轟沈したというだけで無遠慮に、無許可に、無法に殺され続ける如月を。

ドイツの艦娘が、ナチスの艦娘が人を殺したと広まれば自分だけではない全世界のドイツ艦娘が危険視される。

他の艦娘以上に過敏に、過剰に、大げさに危険視される。何故なら彼女がナチスの歴史を持つ艦娘だからだ。

如月のように海軍や一般市民によって殺されだす可能性だって十分ある。

彼女に罪や落ち度はなかった。ただテレビ番組で轟沈したそれだけなのに彼女は狩られだした。

それならばナチスという罪を背負ったドイツ艦娘ならどうなるか。

自分一人の行いによって他の全てのドイツ艦娘が皆殺しにされるかもしれない。

かつてナチスが引き起こしたホロコーストのように。今度その標的にされるのはナチスの歴史を汲んでしまった同属だ。

だからそれを意識した途端彼女は引き金を引けなくなる。

自分独りの判断で同属を如月のようにできる程彼女は利己的になれないし、その代わりの勇気も持ち続けられなかった。

「クソが!」

この場において唯一倫理を完全に無視できる、責任を放棄できる存在がU-511の銃を蹴り飛ばし仕返しとばかりに銃を突き付けた。

トリガーに指をかけ彼女の薄い筋肉に、ごりごりと銃口を押し付ける。

彼は撃てる人間だ。

自分が撃つこと、人を殺すこと、提督が艦娘を殺すということ、それらの責任を一切負わずに済む存在だ。

いくら殺そうがいくら倫理に反していようが常に彼は危険の外にいる。

かつてホロコーストを引き起こしたナチスがそうであったように。

いくら殺そうがいくら罪に反していようが常に彼の身分も正義も保証され続けている。
677 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/11/07(木) 23:02:48.45 ID:X/ny5HSS0
「ごめんなさい。ごめんなさい!」

銃声が響く。

硝煙が彼女の皮膚を焼き銃弾が筋肉を引き千切る。痛みと衝撃で眼球がひっくり返り内蔵が揺れる。

飛ぶ意識を痛みが引き戻し痛みが意識を飛ばし、次の痛みが意識を引き戻す。

最早謝っても戻らない。後悔しても戻らない。この状況を勝負とするのであれば彼女は今この瞬間詰んだ。

銃弾は急所を外れているがそんなものは些細な事だ。彼女にもう状況を巻き返す力は無い。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

泣きながら謝り続けるU-511の頭に銃床が叩き付けられた。

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「許してください」


痛みに喘ぎながら謝罪する。もうこれしか方法が思い付かなかった。

相手が潜水艦娘を虐め殺す殺人鬼である事など最早関係ない。

それしかやれる事が無いのだから例え百億分の一の確率だろうがそれに縋るしかない。

この男が気まぐれで彼女を見逃すか、他人への慈しみの心に目覚めるか、憐れみを持って解放するか。

そんな興醒めな奇跡に縋るしかない。

だがそんな奇跡が起こる道理はない。


この世の運命を書き換えられる存在が居たとして、それが『余程性格が捻じ曲がっていて極端に偏った思想を持っている』のであれば起こる『かもしれない』。

自分の意志を突き通す為に世界のルールを書き換える程妥協を許さぬ頑固さと、自分の意志こそが正義と信じ抜く程の狂気的な思想の偏り

もしこの世の運命を書き換えられる存在がそんな幼稚な精神構造の持ち主であれば奇跡は起こるかもしれない。

勿論そんなものはいない。何よりブラック提督がU-511を許す理由が一切無い。

彼女は艦娘であり、敵であり、獲物であり、何より玩具であるのだから。
678 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/11/07(木) 23:07:55.57 ID:X/ny5HSS0
U-511の胸に刃が刺さる。

彼女の皮膚に突き刺さった刃が力強く彼女の下腹部目掛けて突き進む。

特製の潜水服が裂ける。白く滑らかな肌とその中心部からうっすらと吹き出す短く赤い血の線が外気に晒される。

自分の胸に刃が刺さるという光景を目撃した事で自分の生を諦めたU-511が正気を取り戻したのはブラック提督が裂け目に指を突っ込み開け広げた瞬間だった。
679 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/11/07(木) 23:16:22.66 ID:X/ny5HSS0
潜水服の下に隠されていた幼い乳房が男の眼前に晒された。

色素の薄い乳房の先端に獣のような視線を感じ嫌悪感と先ほどとは別の恐怖を感じる。

この男が今から自分に何をするのか、言葉は知らずとも行動の意味と意志は理解した。

この男は自分の命だけではなく女まで踏みにじるつもりだ。

ただ殺すだけでは飽き足らず命だけではないそれ以外の全て一切合切を貶めなければ満足しない。

自分は自分が持つ何もかもを嬲り殺しにされた後にようやく殺されるのだと。

最期の一瞬、いや最期の後も自分は嬲られ続ける。

何の生産性も未来も価値も無い。ただこの男の自己満足の為それだけの為に何もかもを踏み躙られる。

林檎を握りつぶすかのように晒された乳房が鷲掴みにされる。銃弾とは別の痛み、銃弾とは別の恐怖が思考を乱していく。

男がヒグマのように口を開く。歯と舌を剥き出しにして鼻の孔を膨らませながら顔を乳房に近付けていく。

思わず手で抑えるが今までの傷が艦娘の力を振るう事を阻害する。唾液を垂らした口が少女の乳房にじわじわと近付き


がり、と歯を立てた。
680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/26(火) 14:08:06.74 ID:Uvmmim6QO
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/14(土) 15:33:28.07 ID:ivgzjNqxo
ほしゅうううう
682 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:39:05.42 ID:FKUpOvs40
歯が肉に食い込む。痛覚が感情を更にかき乱す。

食い込む歯と握り潰す指が痛みを、頂点を舐めまわす舌が嫌悪感を。足の間で膨らむ何かが踏み躙られる怒りと恐怖を沸きたてる。

最早反射的に頭を手で押さえる。本来差がある身体能力も怪我や精神状況といったコンディションの違いが差を埋める。

抵抗するには遅すぎた。早々に何もかもを捨て去る覚悟で反撃したのなら今この場で助かる事はできた。

身体が前後に揺れ出し、乳房の痛みが増していく。

ペンチで潰されハサミで切られるような痛みが徐々に中央に集まっていく。噛み千切られる。犯される。

頭を押さえる手が震え、涙が零れる。

痛みという空気が感情という風船に詰め込まれていく。それは許容量を越え出してもなお詰め込むのを止めやしない。

だが油断が一瞬訪れた。息を吸う、無意識で行われる生理現象が一瞬U-511の感情を止める。

その瞬間
683 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:39:57.07 ID:FKUpOvs40
ごぉん、と下手糞が叩く鐘の音のような空気の振動が響いた。

目と鼻の先で鉄の塊が男の側頭部にめり込んでいく。

その鉄塊は彼の顔を一切変形させる事なく視界の外に押し出していく。

男の身体は顔に引きずられるように転げ落ちU-511にのしかかっていた重みも転げ落ちる。

そして映った見知らぬ天井に、見知った男の影が映っていた。その男は鉄のバットを持ち今もこちらを見下している。

「名取!!!!!」

「そのクソ野郎を縛れ!!」
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