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俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 その他 Part2
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812 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:09:01.65 ID:bGpQd3+80
先程から彼女がいつになくピリピリしているのが伝わって来てはいるのだが、何分これから会おうとしている相手が相手だ。その気持ちも決してわからんこともない。
かといって到着までずっとこのままふたりして黙って座っている、というのも俺的にはなんかアレなので、何かしら会話の糸口はないかと考えていると、
雪乃「今日はネクタイ、してるのね」
ぽつりと雪ノ下の方から話しかけてきた。
八幡「あ、や、まぁ、一応、な」
学生の正装と言えばやはり制服だろう、ということで、今日の俺は休みの日であるにも関わらず制服姿だ。しかも普段はしないネクタイまでしている。
ウチの学校は、本来であれば校則で男子のネクタイ着用を義務づけているはずなのだが、夏場はクールビズで免除されているということもあり、そのままなし崩し的に年間を通して着用せずに済ませてしまう生徒も多い。
県内有数の進学校だけあって、それで著しく風紀が乱れるようなこともないせいか、余程だらしない恰好でもしていない限り学校側も黙認しているような状況だった。
813 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:14:00.45 ID:bGpQd3+80
雪乃「少し曲がってるわよ」
いきなり雪ノ下に指摘されてしまう。
八幡「おっと、そりゃすまん」
だが、そうは言われても普段あまりネクタイをする習慣がないだけに、うまく結び直すことができない。そもそも、ネクタイなんぞ一生せず済めばそれに越したことはないだろう。
雪乃「仕方ないわね。ほら、かしてごらんなさい」
俺がもたついているのを見かねた雪ノ下が溜息交じりに手を伸ばし、丁寧に結びなおしてくれる。
本人は特に意識していないのかも知れないが、あの晩以来、彼女の何気ない所作の中にも今までにはなかった艶のようなものを感じる事が増えた気がする。
しかも、こうしてふたりきりで会うのも久しぶりである。
雪乃「 ――――――― できたわよ」
そんな事を考えていたせいか、雪ノ下が手を止めて顔を上げるまで、互いの顔がすぐ近くまで寄っていたことにさえ気がつかなかった。
目の合った瞬間、それまでは白かった彼女の顔が急に赤くなる。多分、俺も似たようなものなのだろう。
814 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:20:39.96 ID:bGpQd3+80
雪乃「 ……… こほん。 比企谷くん、服装はともかく、そのだらしない顔と腐った眼はなんとかならなかったのかしら?」
照れ隠しなのか、俺のネクタイを結び終えた雪ノ下が顔を背け、躙(にじ)るようにして少しだけ距離をとる。
八幡「 ………… 今更無茶言うなよ」
生まれて此の方ずっとこの顔で生きて来たんだから、文句があるなら親に言っとくれ。
雪乃「それと、姿勢が悪いわよ、姿勢。猫背 ……… なのは、えっと、まぁ、いいとして」
八幡「お前、ほんと猫ならなんでもいいのな」
雪乃「それより、今からでも遅くないから斎戒沐浴精進潔斎して身を清めて邪心を祓ったらどう?」
八幡「いいから少し落ち着けって」
雪乃「 ………… ごめんなさい。つい緊張してしまって」
言いながら雪ノ下が萎れたようにして項垂れる。
雪乃「 …… それに、あなたから邪心を祓ってしまったら後には何も残らないんですものね」
八幡「うるせーよ。つか、お前、今からそんな調子で、本当に大丈夫なのかよ?」
雪乃「私の方は全然問題ないと思うのだけれど、あなたの方こそ随分と心配性なのね。そんなんじゃ将来きっとハ〇るわよ?」
八幡「おい〇ゲとか言うな、ハ〇とか。失礼だろ! 髪の毛の不自由な人と言えっ!」
言いながらも、思わず髪の生え際を確認してしまう。
雪乃「でもあなたの場合、どちらかというと不自由なのは髪の毛ではなくて、頭の中身の方じゃないのかしら?」
八幡「 ………… いいよ。わかったから、お前もう帰れよ」
雪乃「あら、もう忘れてしまったの? 今から向かってるのが私の実家なのだけれど」
815 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:23:31.19 ID:bGpQd3+80
そんな感じで、三、四十分ほど車を走らせた辺りからだろうか、目的地が近づくに連れて道沿いに同じような白い壁がずっと続いていることに気が付いた。
聞いた話だが、雪ノ下の家はこの辺の大地主であり、少し離れているが最寄りの駅から家まで歩いたとしても、自分の土地以外に足を踏み入れることなく辿り着けるらしい。
そうこうするうちに、やがて車は減速し、大きな屋根と袖のついた腕木門の前で音もなく停止した。
雪乃「 ―――― 着いたわよ」
彼女がそう告げると同時に後部座席のドアが、がちゃりと音を立てて開く。
雪乃「ありがとう。ご苦労様」
車を降りた雪ノ下が労いの言葉をかける。運転手は無言で頭を下げ、そのまま何処へともなく走り去ってしまった。
料金を支払った様子はないのだが、どういうシステムになっているのかは俺にもわからない。
816 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:27:20.43 ID:bGpQd3+80
振り向いて見上げれば、門の上に覆いかぶさるように松の枝が伸びている。これがいわゆる迎えの松というやつなのだろう。
門扉は大きく開け放たれたままになってはいるが、正門はそれなりの身分のある者しか通ることが許されなかったと聞く。
DNAレベルにまで刻みこまれた先祖代々由緒正しい庶民生まれの俺としては、とりあえず袖にある小さな通用口の潜り戸からそろりと入ろうとすると、
雪乃「 ―――― 何をしてるの、こっちよ」
当たり前のように正門の前に立つ雪ノ下に手招きで促される。
こうなってしまった以上は仕方あるまい。だが、こんな時の正しい作法も一応は心得てはいる。俺はやおら息を大きく吸い込むと、
八幡「たのも …… 」
雪乃「いいから、早くなさい」
言いかけてる最中に強引に袖を引っ張られてしまった。
やれやれ、―――――――― “汝等こゝに入るもの、一切の望みを棄てよ”、か。
俺は再度その大きな門を見上げ、改めて覚悟を決めると、黙って雪ノ下の後に従った。
817 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:28:58.51 ID:bGpQd3+80
門を抜けると、そこには散策どころかちょっとしたピクニックまでできそうな日本庭園が広がり、遠く母屋と思われる屋敷まで白い石畳の道がずっと伸びている。
庭には天に向けてうねる松の木が植えられ、ハンマーで殴っても壊れそうにない石橋の架かった池には、うちのカマクラくらいはある錦鯉が何匹も泳いでるのが見えた。
いずこからともなく聞こえてくるカポーンという音は、間違ってもここが銭湯だからなのではなく、恐らくは鹿威(ししおど)しなのだろう。時代劇かよ。
しかし、金ってのは、あるところにはやっぱりあるもんなんだな。
818 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:31:30.24 ID:bGpQd3+80
俺の予想に反して、母屋は日本家屋ではなく瀟洒な赤煉瓦の洋風造りだった。
この分だと、地下にはワインセラーどころか核シェルターくらいがあっても不思議ではない。
そして体温の低い覗き見が趣味の家政婦とか、沈黙した執事が数えているうちに眠くなってしまうほど雇われているのだろう。
しかもメイド長は“なんちゃらの猟犬”とか渾名される元凄腕のテロリストだったりして。
さすがに冥途・イン・ジャパンだな。
雪ノ下の話では、旧宅は海外の著名な建築家のデザインだったらしく、国だか県だかの重要文化財に指定するだのされるだのという話が持ち上がっていたのだが、先代の時代にさっさと壊して建て替えてしまったらしい。
文化財に指定されれば、修繕や改修する際に補助金が出るのだが、その度にいちいち申請が必要で、それはそれで色々と面倒臭くて不便なのだそうだ。
災害時でもないのに修繕するだけで金がもらえるなら少しくらいの不自由は我慢してもよそうなものなんだが。なるほど、金持ちの考えることはよくわからん。
819 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:36:56.98 ID:bGpQd3+80
そのまま雪ノ下に付き従って玄関までたどり着くと、まるで俺たちの到着を待ち構えていたかのように中から扉が開けられ、陽乃さんが出迎えてくれた。
陽乃「いらっしゃーい。比企谷くん、遠路はるばるご苦労様」
今日は普段着らしく、胸元の開いたざっくりとしたセーターといういつもよりずっとラフな恰好に加え化粧も控えめだったが、元の素材が素材だけに、そのままファッション誌の表紙を飾ってもおかしくないくらい魅力的に見えた。
陽乃「あら、ふたりだけ?」
小さく首を傾げる様子からして、どうやらもうひとりの来訪が予定されていた人物、つまり葉山はまだここには来ていないらしい。
ちゃんとした約束を交わしたわけでもなし、今日ここに現れるかどうか確率は五分五分だったが、来ないなら来ないでそれは仕方あるまい。
陽乃さんの方も特に気にした風でもなく、それ以上は何も聞かずに俺たちを中に招き入れてくれた。
玄関をくぐるとそこはちょっとしたホールになっており、吹き抜けから下がる年代物のシャンデリアから透明な宝石のように上品な輝きが放たれている。
見回せばそこかしこに、いったい何に使うのかわからないほどでかい壺やら畳一畳分はありそうな絵画が飾られ、素人目にもかなり高価なものであることがうかがえた。
思わずそのうちのひとつふたつを手に取って、ルーペでも使いながら「いやぁー、いい仕事してますねー」とかやりたくなるのをぐっと堪(こら)える。
820 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:41:41.20 ID:bGpQd3+80
陽乃「お母さんなら、今、書斎よ。すぐに来ると思うから、少し掛けて待ってて」
雪乃「 ―――― また、書斎?」
雪ノ下が形の良い眉を顰め、そんな妹を見る陽乃さんの口許にも苦笑が浮かんでいる。
陽乃「小さい頃、家で隠れんぼしてて勝手にあの部屋に入った時、お母さんからものすごく叱られたの。だからちょっとしたトラウマになっているのよ」
俺の考えを察したのか、陽乃さんが教えてくれる。
雪乃「私の方は専ら姉さんのいたずらに無理やりつきあわされて、その度にとばっちりを受けていただけだと記憶しているのだけれど?」
いもうとのんの異議申し立てに、あねのんの方はどこ吹く風だ。
そのまま応接間らしい部屋に通され、陽乃さんが手ずから淹れてくれた紅茶を前に、ふかふかのソファーに座ったまま待たされること暫し、やがてどこか遠く離れた場所から微かに扉を開け閉めする音が聞こえた気がした。
―――――――― どうやら、いよいよお出ましらしい。
俺と雪ノ下が緊張した面持ちで、じっと母親の登場を待ち受ける中、
♪ ♪ ♪〜♪ ♪♪♪♪〜♪〜♪ ♪ ♪ ♪〜♪ ♪♪♪♪〜♪〜♪〜
ただひとり陽乃さんだけは面白がって、呑気にも鼻歌でスター・ウォーズの“帝国のマーチ”を奏でている。
……… って、 ははのん、ダース・ヴェイダーかよ。
「 ――――――――――― お待たせしてしまって、ごめんなさい」
静かだがよく通る声音、く結われた髪、凛とした佇まい、目の前の姉妹の面影を色濃く宿す美貌。
たかが娘の友人である高校生に面会を求められただけにも拘わらず、一部の隙も見せることない厳かな風格の漂う和服姿。
廊下から続くアーチ状の開口部に落ちる影を抜けて俺達の前に姿を現したのは、
あねのんをも遥かに凌ぐであろう最強のラスボスにして最後の黒幕 ――――――――――― 雪ノ下母であった。
821 :
1
[sage]:2020/04/26(日) 00:42:26.56 ID:bGpQd3+80
では、また。ノジ
822 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 21:09:05.21 ID:aExjX7YW0
雪ノ下母「ヒキタニくん ―――――― と言ったかしら」
言いたいことを全て言い終えて言葉が途切れると、それまで黙って俺の話に耳を傾けていた雪ノ下母が静かに口を開いた。
特に高圧的、という訳でもないのだが、泰然たる居住いもそのまま、表情の読めないどこか造り物めいた美しい顔と、色素の薄い鳶色の瞳から放たれる鋭い眼光に射すくめられるような気がして知らず委縮してしまう。
名前を間違えられる事に関しては既に慣れてはいたはずなのだが、それを正すのも何かしら憚られるような雰囲気だった。
八幡「あ、いえ、はい、あの、比企谷 ……… 八幡です」
既に一度告げてはいるのだが、ここで改めてもう一度、今度はフルネームで名乗る。
雪ノ下母「 ―――――――― 比企 …… 谷?」
呟くように小声で口にしながら、ほんの僅かに眉を寄せる。それはつい先程ではなく、もっと以前、どこかしらで聞き覚えがある、そんな風情だった。
しかし、すぐにゆっくりと頭(かぶり)を振るようにして、
雪ノ下母「ごめんなさい。あまり人の名前を覚えるのが得意ではないものですから」
無論それは、嘘 ――――― なのだろう。仮にも議員の妻ともあろう者が、他人の名前を覚えるのが苦手で済まされる訳がない。
つまりそれは、遠回しに“取るに足らぬ相手の名前など覚える価値もない”と言っているに等しいのだろう。
823 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 21:13:38.02 ID:aExjX7YW0
雪ノ下母「陽乃からは、どうしても会わせたい男性(ひと)がいるからと聴かされていたのだけれど ――――― 」
八幡「 ……… はい?」
もちろん、初耳である。つか、何てこと言ってんだよ。いくらなんでも、もっと他の言い方があんだろ。
当惑と共にあねのんに向けた視線は、当然のごとく澄まし顔で黙殺されてしまう。
雪ノ下母「いずれにせよ、貴方(あなた)のおっしゃりたいことはよくわかりました」
ここに至るまでに、俺が雪ノ下と同じ学年で彼女が部長を務める部活動に所属している事、今回の留学が彼女の本意ではなく、また、本人の気持ちを無視して親同士の決めた約束が、彼女にとってどれだけ精神的な負担を強いているかについて恐れながらと訴えている。
ははのんの方も時々小さく頷いて見せながら、一切口を挿むこともせず最後まで俺の話に聞き入ってくれてはいたが、実際のところ、どれ程の効果があったかはわからない。
だが、その口ぶりからして、どうやら俺の意図するところは十分伝わっている様子だった。
824 :
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[sage]:2020/05/02(土) 21:22:24.26 ID:aExjX7YW0
これはあくまで俺の推測に過ぎないのだが、今回の件については、雪ノ下の父親が倒れたことで両家の縁談の話が早まったのではないかと睨んでいた。
そして、陽乃さんも言っていた通り、このままでは葉山の婚約相手が雪ノ下になってしまうことも、まず間違いないと見ていいだろう。
しかし、密かに陽乃さんに思いを寄せている葉山にとって、それは本意ではないはずだ。
かといって今まで決して親の期待を裏切ることなく、家庭でも学校でもずっと優等生を演じ続けてきた葉山にとって、今更自分の我がままで親同士が決めた約定を反故させるようなことなど言い出せなかったに違いない。
婚約を破棄させることが不可能である以上、葉山にできることといえば、例えそれがその場凌ぎに過ぎないにしろ、一旦この話を棚上げさせる以外にない。
そうなると、母親が勝手に決めた雪ノ下の留学も、願ったり叶ったりということになる。
葉山とて決して最初から意図していたわけではないのだろうが、今までもそれとなく雪ノ下を自分の婚約相手から排除する方向に働きかけていたはずだ。
あいつをこの場に同席させたかったのも、どこぞの馬の骨とも知れぬ俺なんぞよりも、当事者である本人の口からはっきりと雪ノ下との婚約が意に添わぬものであることを伝えた方が効果的だと考えたからなのだが、未だに姿を現わさないところを見る限り、どうやら俺のその目論見は外れてしまったらしい。
825 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 21:27:36.63 ID:aExjX7YW0
雪ノ下母「娘の事をそこまでご心配いただいて、親として本当に感謝しています」
八幡「あ、いえ、そんな、こちらこそ ………… 、」
目上の女性にいきなり深々と頭を下げられて恐縮してしまい、それが正しい作法なのかわからないまま、それでも慌てて俺も頭を下げて返す。
雪ノ下母「お話を伺う限り、私も娘に対して親として至らない部分も多々あったかと思います」
顔を伏せたまま、ははのんが申し訳なさそうに言葉を継ぐ。
八幡「 ………… えっと、あの、それじゃあ」
雪ノ下母「 ―――――――――― ですが、これはあくまでも当家の問題です」
それまでの慇懃な態度から一変、再び身体を起こし、ぴしりと伸ばした背筋から、まるで見下ろすかのような眼光で俺を見据える。
雪ノ下母「当家のことは当家で解決させていただきたいと思います」
つまり、お前には関係ないことだ、青臭い正論を振りかざして他所の家の事情にまで嘴を突っ込むな、と釘を刺されたのだ。
826 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 21:29:32.44 ID:aExjX7YW0
雪ノ下母「本日は娘のためにわざわざ越しいただいてありがとうございました」
ははのんが再び腰を折るようにして、優雅な仕草で、ゆったりと頭を下げる。
敢えて言葉の続きこそ口にしなかったが、話は終わったからどうぞお引き取りを、とでも言わんばかりだった。
八幡「あ、いえ、でも、まだ ……… 」
陽乃「 ――――― 比企谷くん、往生際が悪いわよ」
既に勝敗の趨勢が見えていたにも関わらず、それでもなお食い下がろうとする俺を陽乃さんがぴしりと諫(いさ)める。
その目は、これ以上みっともない悪足掻きはやめなさいと告げていた。
雪ノ下母「雪乃、あなたには少しお話があります。 今日はこちらに泊まって行きなさい」
言葉こそ柔らかいが、娘に向けたそれは明らかに命令である。
雪乃「お母さん、私 ――――
それまでずっと黙っていた雪ノ下が初めて口を開く。母親に対する口答に慣れていないのだろう、縋るかのようなその声は震えを帯びていた。
雪ノ下母「 ――――― 雪乃。これ以上、お母さんを困らせないで頂戴」
そんな娘に対し母親は一顧だにせず冷たく言い放つ。そして、未だ席を立とうともしない俺に対し、
雪ノ下母「申し訳ないのですが、この後も所用があるものですから。もし差し支えなければ、帰りのお車はこちらでご用意をさせて ―――― 」
827 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 21:34:09.07 ID:aExjX7YW0
「 ―――――――――――――― どうかしたんですか」
知らぬ間に部屋の入り口に立つすらりとしたシルエット ―――― 葉山隼人の姿を目にした瞬間、俺は思わず抱きついて快哉を叫びたくなってしまった。
慣れない長広舌を振るってまで時間稼ぎをした甲斐あって、どうやらやっと待ち人が現れてくれたらしい。
葉山「もしかして、お取込み中だったかな?」
部屋の中をぐるりと見回し、いかにも何気ない調子で誰にともなく尋ねる。
八幡「遅かったじゃねぇか。もう来ないんじゃないかと思ってたところたぜ」
半ば諦めかけていただけに、つい漏らしてしまう俺の恨み節にも、
葉山「どんな時でも、必ず期待に応えるのが俺だからね」
嫌味のない爽やかな笑みを浮かべながら応じる。
だが、憎たらしいことに、こいつがここにこうして遅れて登場して来てくれたおかげで、演出効果は弥(いや)が上にも高まっていた。
葉山が来ることまでは聞かされていなかったのだろう、虚を突かれたのものか鉄壁とさえ思われたははのんの顔にも少しばかり戸惑いの表情が浮かぶ。
認めるのも癪に障るし悔しいが、やはりこいつは俺なんかとは違って根っからの主人公体質というヤツなのだろう。
828 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 21:40:05.15 ID:aExjX7YW0
雪ノ下母「あら、隼人くん、いらっしゃい。気にしなくていいのよ。丁度お客様もお帰りになるところだったから」
ははのんが葉山に優しく声をかける。猫可愛がりというのは本当らしく、声まで猫撫で声だ。
この機に乗じて体(てい)よく俺を追い払おうという魂胆なのだろうが、そうはいかない。俺も黙ってこのまま立ち去る気などまるでなかった。
それどころか、新たに手にした切り札を前に、内心密かにほくそ笑む。
当たり前のように俺の隣に腰を下ろす葉山と素早く小声で言葉を交わす。
葉山( ……… それで、俺はいったい何をすればいいんだい?)
八幡(いや、お前がここに来てくれただけで十分だ。後は黙って俺に任せてくれればいい。悪いようにはしない)
雪ノ下母「隼人くんもお知り合いなの? もしかして、お友達だったのかしら?」
そんな俺たちの様子を目敏く見つけたははのんが、すかさず葉山に尋ねる。
葉山「いえ、比企谷とは同じクラスですけど、別に友達というわけではありません」
馴れ合いではないのかという誤解を与えぬよう、あくまでも素っ気ない返事をする葉山に、
陽乃「そういえばこないだ私も“これ以上はないくらい赤の他人だ”って言われたっけ」
聞かれもしないのに、なぜかあねのんまで、それもわざわざ皆に聞こえるように吹聴する。あ、これ絶対に根に持ってるやつだ!
829 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 21:44:12.16 ID:aExjX7YW0
八幡「 ……… こほん。さて、こうして葉山も来たことですし、申し訳ありませんが、もう少しだけお時間をとらせていただいてよろしいでしょうか?」
開き直ったかのように居座る俺に、さすがにははのんが少しばかり面食らった顔となる。
雪ノ下母「それは構いませんが ……… できれば手短に」
溜息混じりに告げるその面(おもて)からは、これ以上まだ何か言いたいことでもあるのか、と辟易した様子が垣間見えた。
だが、僅かな表情の変化から相手の考えを読むのは俺の得意とするところだ。
それに親子だけあって、クールビューティーなところも雪ノ下とそっくり同じだから、慣れさえすれば却ってわかりやすいとさえ言えた。
俺は勿体をつけるようにして、膝の上で指を組み合わせ、体を前のめりにして乗り出す。
八幡「実は今日、俺がここに来た理由は他でもありません。この葉山のことで、まだお伝えしていなかった話があるからなんです」
俺のその言葉に、雪ノ下母だけではなく、当然のように隣に座る葉山も反応する。
葉山「比企谷、お前、まさか ……… 」
ああ、もちろん、そのまさか、だ。
830 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 21:58:10.80 ID:aExjX7YW0
陽乃さん、雪ノ下、そして葉山。
この三人は親同士が旧知なせいもあって、幼い頃から姉弟のように育てられた間柄だと聞いている。
だが、その割に葉山の陽乃さんに対する態度はどこかよそよそしく、雪ノ下の葉山に対する態度も、まるでわざと距離を置いているかのように他人行儀に見える。
恐らく、この三人の間に、陽乃さんを頂点とする何かしら酷く歪(いびつ)な力関係が働いている事は傍から見ても感じ取ることができるだろう。
男ひとりに女ふたり ――― その部分だけのみ言えば、俺と雪ノ下、由比ヶ浜の関係にも通じるものがあるかも知れない。
だが、明らかに違う点があるとすれば、それはひとつ。
それは、この三人の間に、最初から親同士の決めた婚約という取り決めがあったことだ。
そこに本人たちの意志が介在しない以上、それはある意味で、不健全で不安定な関係だということができる。
しかし、もし、ここに雪ノ下という存在がなければ話はもっと簡単だったはずだ。
そして葉山もまた、親の言いなりになるのではなく、自分の意思で相手を選ぶべきだったのだ。
自分で選ぶことができなかったのではなく、選ぶことをしなかったのは、雪ノ下のみならず、葉山もまた一緒だった。
陽乃さんが常にふたりの事を気にかけつつも、時として突き放すような態度をとってきたのも、恐らくはそのことと深く関係しているのだろう。
ならば、今こそこの俺が、三人が囚われ続けてきた呪縛から解き放ってやろう。
御行奉為(おんぎょうしたてまつる)。真の意味でのカタルシスというヤツを、ここでとくと味わうがいい。
831 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 22:08:12.64 ID:aExjX7YW0
八幡「 ――――――― おかしいとは思いませんでしたか?」
俺は言いながら、先程とは逆に、雪ノ下母の目を真っ直ぐ見つめ返す。
雪ノ下母「何が、かしら?」
主語のはっきりとしない俺の曖昧な問いかけに、雰囲気に呑まれでもしたのかははのんが応じてしまう。
八幡「葉山隼人と言えば、近隣でも名の通った好青年で、スポーツ万能、成績も優秀で常に学年トップクラス、そして教師受けもいい」
雪ノ下母「何が言いたの?」
八幡「そんなこいつに、なぜ今まで浮いた話ひとつ流れなかったと思いますか?」
雪ノ下母「それは …… 」
思い当る節でもあるのか、咄嗟に反駁しかけたははのんが口を噤み、その瞳がごく微かに揺れる。
八幡「こいつには、―――― 葉山には、誰にも言えず、ずっと心の奥底に秘めていた悩みがあるんです」
―――― 簡単な話だ。俺という存在が、外部から僅かな力を加える、ただそれだけで今までの関係は破綻し、終焉を迎える。
八幡「でもそれは、親同士が決めた約束が枷となって、今まで誰にも話すことができなかったんです」
―――― しかもそれは、たったひと言で済むはずだった。
八幡「実は葉山が、ずっと好きだったのは、 ――――――――――――――― 」
俺は皆の注目を集めるように芝居がかった仕草でわざと間を稼ぐ。
雪ノ下母は目を細めたまま、身動(みじろ)ぎもせず俺の次の言葉を待ち、
葉山は床に拳を固く握り、視線を床に落としたまま、黙って唇を噛み、
雪ノ下は未だ俺の意図を図りかねるかのように、こちらをまじまじと見つめている。
そして、陽乃さんは、これから俺の言わんとする事など最初から判り切っていたかのように、ひとり優雅な仕草でティーカップを口へと運ぶ。
その場に居合わせた三人のその様子を視界に収めながら、俺はハッキリと告げた。
八幡「 ―――――――――――――――――――― “男”なんです」
832 :
1
[sage]:2020/05/02(土) 22:09:50.32 ID:aExjX7YW0
続きは近日中に。ではでは。ノジ
833 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/03(日) 08:14:47.48 ID:DMXD56CpO
そっち!?
乙です
834 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 20:24:56.78 ID:NOnZ36gu0
いかんな。少し雑になってきたぞなもし。
>>831
6行目
雪ノ下母「何が言いたの?」
↓
雪ノ下母「何が言いたいの?」
同じく、17行目
葉山は床に拳を固く握り、視線を床に落としたまま、黙って唇を噛み、
↓
葉山は拳を固く握り、視線を床に落としたまま、黙って唇を噛み、
835 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 20:30:25.54 ID:NOnZ36gu0
んぶっ
その瞬間、陽乃さんが口から盛大に茶色い液体を吹き出し、そのまま暫くの間、ゲホゲホと咳込み、咽せ返す。
暫くしてそれも収まると、後には部屋の隅に設えた古風な柱時計が正確に時を刻む、こつこつという音だけが地獄のような静寂に包まれた空間で大きく響き渡っていた。
思い出したかのように様に、遠く庭のどこかから、カポーンという鹿威しの間の抜けた音が聞こえてくる。
誰ぞ身じろぎでもしたのか、不意にぎしりと椅子の軋む音したかと思うと、――――――――――
今度は、くつくつと、まるで喉の奥が引き攣るかのような奇妙な声が聴こえてきた。
だがそれも束の間、やがて我慢の限界に達したのか、
陽乃「あ、あははははははははははははははははっ、バカだっ、バカだっ、ここに真性のバカがいるぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
堰が崩れるかのように、陽乃さんの哄笑が広い部屋の中、所狭しとばかりに響き渡る。
そればかりか文字通り腹を抱え、脚をバタバタと振りながら涙まで流している。
雪乃母「 ―――――― 陽乃」
そんなあねのんの姿を無表情に眺めつつ、母のんが静かに窘(たしな)める。
陽乃「だって、だって、だ、だめ、も、もうホント限界っ、あはははははははははははははははははははははははははは、ひーっ、ひーっ、ひーっ」
836 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 20:35:03.86 ID:NOnZ36gu0
発作のような爆笑が収まり、それでもまだテーブルに突っ伏しながら、けくけくと苦しそうに引き攣るお腹を押さえる長女を尻目に、ははのんが口を開く。
雪ノ下母「 ―――― それは本当なの、隼人くん?」
当然のことながら、息子同然に接してきた葉山に対して向ける目は明らかに懐疑的だ。
しかし、俺の衝撃的とも言える発言に対して、まるで動じた素振りは見せない。例えそれが演技だとしても見事なものだった。
陽乃「ちょっと、お母さん、まさか」
正気を疑うかのような目は、一笑に付すとばかり思ってでもいたのだろう。ははのんの予想外の反応に、あねのんの方が逆に慌てている。
葉山「あ、いや、俺は ………… 」
言葉に詰まりながらも、いったいどういうつもりなのかと葉山が困惑した視線を俺に投げかける。
八幡「 ―――― ええ、そうなんです。俺はこいつから熱い胸の内を打ち明けられ、そのまま黙って見過ごすことができなかったんです」
葉山がボロを出す前にと、素知らぬ顔で付け加えた。
雪ノ下母「ご両親には話したの?」
当然のことながら葉山は何も答えることができず、ただただ恨みがましい目で俺を見るばかりだ。
今、ここでムキになって否定しないのは、俺を信用しているわけでは決してなく、下手に弁解すれば逆に深みに嵌るとわかっているからなのだろう。
837 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 20:41:59.08 ID:NOnZ36gu0
確かにひと昔前までならば、ふざけた話だと一笑に付されたかも知れない。
だが、今のこのご時世、性的少数派に対する世間の理解は、以前とは比べ物にならないくらい急速に広まっている。
しかし、ある程度はオープンになってきたとはいえ、一部ではまだまだマイノリティに対する差別や偏見の意識は根強い。
それは日本社会で少数派、つまり異分子を排斥しようとする保守的な考え方が未だ色濃く残っているからなのだろう。
そういった土壌で、しかも世間体という厚い壁のある以上、いざカミングアウトしようとしても、それなりの勇気と覚悟が必要とされることに変わりはない。
しかし、まさか葉山もこのような展開に自分が巻き込まれるなどとは予想だにしていなかったことだろう。災難だったな。俺のせいだけど。
838 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 20:47:51.06 ID:NOnZ36gu0
実のところ、雪ノ下母の反応については俺にとって意外でもなんでもなかった。
雪ノ下の父親は県議会議員の中でもかなり先進的な会派に属している。
その会派では、男女平等参画やジェンダーフリーのみならず、いち早く性的少数派に対する差別撤廃や、同性同士の事実婚を認める、同性パートナー支援制度の制定と導入推進についてもマニュフェストに掲げて取り組んでいた。
性的少数派、つまり、――――― いわゆるLGBTやジェンダー・マイノリティである。
ははのんも議員の妻という立場上、その手の研究会や意見交換会等に有識者として参加し、あるいは団体推薦を受けて理事としても名簿に名を連ねているらしく、そのあたりの事情は、ちょっとネットでググりでもすれば、すぐに情報を掻き集めることができた。
もちろん、いくつかは単なる団体の箔付けのための名義貸しに過ぎないのかもしれないが、少なくともそれがどのような団体で、どういった主旨でどんな活動をしているのか知らないわけではあるまい。
そんなははのんだからこそ、例え相手が小さい頃から我が子同然に接してきた葉山と雖も、それを頭ごなしに否定することができないのも当然だった。
ちなみに俺個人としては性的少数派に対する差別意識は全くといっていいほどないといっていい。
なぜならば、人間とはすべからく二種類に分類されるというのが俺の信条だからだ。 即ち、ぼっちかぼっちでないか、だ。
そして、マイノリティ(ぼっち)はマイノリティ(少数派)を知るものなのである。
839 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 20:56:38.78 ID:NOnZ36gu0
雪ノ下母「担任の先生からも、あなたがそんな風に悩んでいるだなんて話は聞いていないのだけれど」
それでもまだ納得いかないものか、ははのんが困惑気味にそっと呟くのが聞こえた。
なるほど。どうやら俺たちの担任と通じているというのは本当の事らしい。
三浦は先日ははのんが学校を訪れた際、ふたりが随分と親し気な様子だったと語っていたし、平塚先生からも、うちの担任が以前、陽乃さんのクラスを受け持っていたことがあると聞かされている。
今は直接繋がりはないとはいえ、ははのんが葉山のことを気にかけて連絡を取り合っていたとしても、それは別に不思議ではない。
だが、これ以上葉山にあまり突っ込まれた質問をされでもしたら俺としても都合が悪い。もともと穴だらけの計画だ。ここはやはり早急に幕引きを図った方が得策なのだろう。
とりあえず今は雪ノ下の留学を阻止することが最優先課題である。そのためにも、まずは両家で交わされた婚約話を解消する方向にもっていくことが先決だ。
その後の事については、それからまた考えればいい。
840 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 21:00:50.33 ID:NOnZ36gu0
♪♪♪♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪♪♪♪
と、その時、不意にどこからかケータイの着信音が流れて来た。
今更言うまでもなく俺のスマホは常時マナーモードだし、雪ノ下の着信音はパンダのパンさんだ。そして反応を見る限りでは、葉山でも陽乃さんでもないようだった。
雪ノ下母「 ―――――― 失礼。こんな時にごめんなさい」
ははのんが幾分決まり悪げに軽く断りを入れ、おもむろに取り出したスマホを片手に席を立つ。
戸惑いがちに画面に向けて走らせた目が、驚きに少しく見開かれるのが見えた。
そして、躊躇うことなくその場ですぐに通話ボタンに指を伸ばす。
雪ノ下母「 ―――――― もしもし? ご無沙汰ね。この間は急な事でゆっくりとお話もできなくてごめんなさい」
よほど親しい間柄なのだろう、およそ先ほどまでの冷たくよそよそしい態度と打って変わり、口元には笑みが広がり、話し方も随分と砕けた調子に変わる。
そのまま、ふた言み言、いかにも親し気に挨拶を交わしていたかと思うと、
雪ノ下母「 ―――――― 丁度良かったわ。ちょっとあなたに訊いておきたいことがあったの」
チラリと意味ありげな視線を送って寄越し、あたかも意図的にこちらに聴かせるかのように、声のトーンが少しだけ高くなった。
雪ノ下母「 ―――――― あなたのクラス、確か2年F組だったわよね?」
841 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 21:05:51.87 ID:NOnZ36gu0
そのセリフを耳にした途端、驚きと絶望のあまり、思わず喘ぎ声を漏らしそうになってしまう。
会話の内容から察するに、電話の相手は、ほぼ間違いなく、うちのクラスの担任 ―――――― なのだろう。
俺の計画に瑕疵があることは承知していたが、休みの日に、それもまさかこの最悪のタイミングで電話がかかってくるなど誰が予想できよう。
俺は臍を噛む思いで会話に聴き耳を立てながら、それでも何か言い逃れはできまいかと、目まぐるしく頭を回転させる。
だが、悔しい哉、焦れば焦るほど考えは纏まらず、打開策は何ひとつ浮かんでは来なかった。
そして、その間も絶えることなくふたりの会話は進む。
―――――――――― どうやら万事休す、か。
俺の焦りを見てとったのか、ははのんの顔に、勝ち誇ったかのような笑みが浮かび、声もひと際高くなる。
雪ノ下母「ええ、そうなの。 実はあなたのクラスの葉山隼人くんのことなのだけれど、ちょっと気になる噂を耳にして ―――――――――― え?」
842 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 21:06:37.96 ID:NOnZ36gu0
雪ノ下母「 ……………………………………… ハヤハチ? マストゲイ?」
843 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 21:11:30.16 ID:NOnZ36gu0
手にしたスマホの画面を、それこそ信じられないものを見るかのような目で、暫し食い入るように見つめるははのん。
それはまるで、見えるはずのない相手に向けてその真偽の程を問うているかのようであった。
雪乃母「 …… そ、そう、あ、ありがとう。いえ、なんでもないの。あまりのことにちょっと取り乱してしまって。ごめんなさい。ちょっとビックリしたものだから」
ははのんは簡単に礼の言葉を述べ、ここからでもはっきりとわかるほど震える指でそっと通話ボタンを切る。
そしてスマホを手にしたまま、暫く何やら考え込んでいるかの様子だったが、朱の引かれたその唇からは、
雪ノ下母 「 …… 友達じゃない …… 熱い胸の内 ……… 打ち明け …… る?」
声にもならぬ微かな呟きが漏れていた。
やがて、何を思ったのか、不意にはっと目を瞠る。
雪乃母「 …………………… そう。そうだったのね」
葉山と俺に向けた目が妙に熱を帯びて潤み、その頬が火照ったように赤らんで見えるのは気のせいか。
……………………… おい、ちょっと待て。 いったい“なに”が“そう”なんだよ。
844 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 21:20:36.89 ID:NOnZ36gu0
雪ノ下母「 …… こほん。 えっと、ヒキタニくん、だったかしら? もう大丈夫。何も心配しなくていいのよ」
その顔には先程までと異なり、まるで慈愛に満ちた聖母のような笑みが浮かんでいる。
雪ノ下母「あなたの気持ちは、今度こそ本当によくわかったから」
八幡「あ、いや、俺ではなくて葉山 ……… 」
雪ノ下母「いいのよ。こう見えて私、そちらの方面には多少理解がある方なの。 私たちの頃は“お耽美”と言ってね、あらやだ恥ずかしい」
俺の言葉になどまるで耳を貸さず、少女のように赤らめた頬を手で押さえ、くねくねと身を捩る様には、つい先程までの威厳に満ち溢れた姿の面影はミジンコほども見受けられない。
雪ノ下母「あなたたちがそういう関係なのだとしたら、こうはもう仕方ないわね」
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、やっぱり何か勘違いしえねぇかこの人。
雪ノ下母「こほん。今日は色々あって疲れたでしょう? もう遅いから、ふたりともよかったら泊まっていきなさい。急なことで客間に寝具は一組しか用意できないけれど、もちろん構わないわよね?」
敢えて窓の外を見るまでもなく、日はまだ高く、午後の日差しは燦々と差し込んでいる。
雪ノ下母「あ、もしよかったらちょっと私の書斎覗いてみない? もしかしたら色々と捗るかも知れないわよ?」
……… なるほど。もし子供の頃の雪ノ下達が母親の書斎で蔵書を目にしていたら、間違いなくトラウマになっていたことだろう。今度は違う意味で。
ふと見ると、ひとりだけ話の展開から取り残された状態の雪ノ下が、茫然としながらも目で俺に説明を求めているのがわかった。
俺はただでさえ腐った目を更に腐らせて首を横に振る。世の中には知らない方がいいこともあるんだよ?
ところで腐女子ってまさか遺伝したりしないよね?
845 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 21:26:54.15 ID:NOnZ36gu0
葉山「比企谷、ちょっと話があるんだけど、いいかい?」
幾分引き攣った笑顔で俺の肩に置かれた葉山の手には、なぜか必要以上の力が込められていた。
八幡「お、おい、ばかっ! 今は止せって!」
この状況で、これ以上変な誤解が生じたらどうすんだっての。俺はすぐさまその手を邪険に振り払う。
だが、その瞬間、それまで俺たちふたりに熱い視線を送っていたはずの雪ノ下母の顔色がさっと変わる。
そして、解せないわ、とばかりに首を傾げたかと思うと、再びスマホを手にそそくさと立ち上がった。
雪ノ下母「あ、もしもし? 度々ごめんなさい。決してあなたの言ってることを疑っているわけじゃないのよ。でも念のためにどうしても確認はしておきたいことがあるのだけれど ……… 」
躊躇いがちに言葉を切り、俺たちの方をチラリと盗み見る。
雪ノ下母「もしかして、“ハヤハチ”じゃなくて“ハチハヤ”、の間違いじゃないのかしら?」
葉山&八幡「 ……………………… そうじゃねぇーだろ」
俺と葉山のツッコミが、奇跡的にホ〇 …… いや、ハモった瞬間だった。
846 :
1
[sage]:2020/05/03(日) 21:27:49.23 ID:NOnZ36gu0
まだ少し続きますが、今日はこの辺で。ではでは。ノシ
847 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 20:52:56.15 ID:i1UTfmg30
* * * * * * *
848 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 20:58:16.40 ID:i1UTfmg30
「何でもは知らないよ。知ってることだけ」
―――― とは、海老名さんご本人の弁である。
セリフこそ同じだが、どこぞの委員長と腐女子とでは、似てるところと言ってもせいぜいメガネくらいしかないだろう。しかもコイツの場合は単なるエロメガネだし。
場所は、事の発端となった例の校舎最上階にある踊り場。集まったのは俺の他に海老名さん、三浦、由比ヶ浜の3人だ。
あの日、雪ノ下母に電話をかけてきたのは、やはりうちの担任 ――― などではなく、海老名さんだった。
海老名さんの話によれば、雪ノ下の母親とは同人サークルを通じて知り合った腐女子仲間なのだそうだ。
もっとも、例え同じサークル仲間であってもプライバーは遵守され、互いの素性はあまり詮索しないのがマナーとされるのだが、海老名さんの方はあの通りオープンな性格だし、ははのんのことも、ちょっとした会話の中から断片的な情報を寄せ集めた結果、彼女が雪ノ下の母親であることに気が付いたらしい。
決め手となったのは、やはりあのミスドでの邂逅だったようだ。
つまり、あの時ははのんが頭を下げた相手は俺などではなく、海老名さんだったというわけだ。
849 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:02:39.44 ID:i1UTfmg30
海老名「でも実際は、娘が友人関係に悩んでいるのを見かねて、気分転換に短期留学でもしたらどうか、っていう心づもりだったみたいだよ」
あの後、海老名さんが直接ははのんに聴いたらしく、そこで得た新たな情報を詳らかに披露する。
ははのんの言葉も足りなかったのだろうが、いつの間にかそれに色々と尾鰭がつき、様々な条件やそれぞれの思惑もあり、誤解に誤解が重なった結果、今回の騒動にまで発展してしまった、ということらしい。
いざ蓋を開け終わってみれば何のことはない、単なる取り越し苦労どころか骨折り損のくたびれ儲けもいいことろだ。
それでも結果オーライなのだから、それはそれでよしとするしかないのだが、もしかしたらまたいつもの如く陽乃さんにいいように操られただけの話だったのかも知れない。
850 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:06:09.56 ID:i1UTfmg30
今回の件で唯一の収穫といえば、雪ノ下家と葉山家の縁談話が正式に破談になった事だ。
雪ノ下母の働きかけによるものだが、そもそもこの話に一番ノリ気だったのもははのん自身だったようである。
破談にするにあたって父親の方は何も言わなかったのかと思ったが、実のところ雪ノ下家の事実上の主は父親ではなく、ははのんの方なのだそうだ。
なんでも雪ノ下家は代々女系の家系で、県議を務める雪ノ下の父親も入婿とのことらしい。
父親の実家もやはりそれなりの名家なのだが、本来家督を継ぐべき長男を婿養子として迎えたくらいのなのだから、その力関係は推して知るべしというヤツなのだろう。
851 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:09:09.80 ID:i1UTfmg30
しかし、いくら婚約の話が失くなったとは言っても、葉山も決して陽乃さんの事を諦めたわけではないだろう。
三浦にしてみればあくまでもスタートラインに立ったに過ぎない。
八幡「言っとくが、お前の相手はあの陽乃さんだ。正直、勝率はかなりのところ低いと思うぞ」
なんせ地上最強どころか史上最高の強化外骨格を纏っているからな。
しかも超がつくほどの美人でスタイルも抜群、幼馴染で、お姉さんキャラで、元許嫁候補のひとりとか、いったいひとりでどんだけフラグ立てまくりなんだよって感じだ。
三浦「だから、そんなこと今更ヒキオに言われるまでもないんですけどぉ?」
いつもの女王様気質を取り戻したのか、積まれた机に尻を乗せ、超高度な上から目線でさして身長差のないはずの俺をぐっと見下ろす。
だが以前とは違って、そこにはなにかしら親しみのようなものを感じるのは気のせいかだろうか。
852 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:13:57.59 ID:i1UTfmg30
結衣「ねぇ、ヒッキー、なんか優美子が勝てるような作戦とかないのかな?」
相変わらずこいつもこいつで、自分の事より友達の事ばかり心配しているようだ。
俺に接する態度も今までとなんら変わりない。まぁ、それも由比ヶ浜らしいといえば由比ヶ浜らしいか。
八幡「 ……… まぁ、ないこともない、かな」
結衣「へ? あるの? それってどんな?」
俺のその言葉に三浦もピクリと反応し、
三浦「へ、へぇ。そ、そうなんだ …… 」
しげしげとネイルを見つめるふりをしながらも、明らかに続きを催促している様子が窺えた。
八幡「そうだな、例えば ……… ふたりだけになったところでいきなり強引に押し倒して無理やり既成事実を作る、とか …… ?」
結衣「 …… キセイジジツ?」
由比ヶ浜がきょとんとするその一方で、
三浦「はぁっ?! なっ? ちょっ? そっ? はぁっ?!」
いち早くその意味を察したらしい三浦が、ぽしゅっと音がしそうなほどの勢いで顔を赤らめる。あーしさんてば肉食系のわりには案外純情なんですね。
そんな彼女を見て、つい不覚にも、可愛いな、等と思ってしまった俺がいたりする。
853 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:19:44.12 ID:i1UTfmg30
八幡「つか、男の俺なんぞに聞くよりも、そういうのなら女子の方がよく知ってんじゃねぇのか?よくわかんねぇけど、なんていうか、こう、傍から見てるだけで胸クソ悪くなるような頭の悪そうなイチャコラのシチュエーションとか」
海老名「 ……… 酷い言われようね。比企谷くん女子に対して偏見持ちすぎだってば。でも、男子の好きそうなシチュかぁ」
目をつむり、頬に指を当てて考える姿が様になりますね。中身は相当腐ってますけど。世のため人のためにもやっぱり一生黙ってた方がいいんじゃないですかね、この子。
海老名「あ、はい! 私こう見えて男子がぐっときそうなシチュだったらいくつかいいアイデアがあるかも?」
海老名さんが小さく挙手して名乗りを上げる。
いや、こう見えてって、お前、誰がどこからどう見たって腐女子以外の何者でもないだろ。それにこいつの場合、シチュっていっても、どうせあっち方面だよな。
854 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:26:14.10 ID:i1UTfmg30
海老名「うん、そうだ、よしっ」
なにが閃いたのか、ささやかな胸の前で手を打ち合わせると、
海老名「ヒキタニくん、ちょっと協力して。そこに立ってもらえるかな? そうそこ」
ちょいちょいと俺を手招きし、次いで何もない壁の一角を指す。
俺としては嫌な予感しかしなかったが、三浦と由比ヶ浜の期待するような目に促されるまま、仕方なく言われた通りに壁の前に立つ。
すると、俺の目の前に来るや否や、海老名さんはその小柄な体を精一杯背伸びさせ、伸ばした両腕の間に俺の頭を挟み込むようにして両手を壁に突く。
しかも片膝を俺の足の間に入れているせいで、動きは完全に封じられた形だ。やだなにこれ逃げ場ない。
海老名「クックック、ヒキタニ、俺のモノになれ ……… 」
鬼畜な笑みを浮かべて俺の目を見つめ、低く渋い声でそう告げると、ゆっくりと顔を近づけてきた。
まぁ、なんて男らしいのかしら。ホレちゃいそう。てか、ホラれちゃいそう。
………… って、そんなわけなかとです。
855 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:29:53.61 ID:i1UTfmg30
八幡「あほかお前は」
海老名「ぶベらっ」
顔面を手で押しやると、海老名さんの口から女の子らしからぬ声が漏れ出た。
海老名「ひっどーい、ヒキタニくんたら、かよわい女の子になんてことするのよ! もうっ、いいところだったのにっ!」
可愛らしく唇を尖らせてぶーぶーと抗議の声をあげる。
八幡「どこがだよっ! かよわいところも、いいところも、いちミリだってなかったじゃねぇか!?」
一瞬マジで貞操の危機すら感じたし。こいつマジこえーよ。あと怖い。
危なくお婿に行けなくされちゃうところだったぜ。そしたらもう責任取って海老名さんに養ってもらうしかない。
はっ?! もしかしてここで既成事実を造るつもりだったの?
856 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:34:21.37 ID:i1UTfmg30
そんな俺達を三浦は呆れ顔で、由比ヶ浜は苦笑いしながら見ている。
まぁ、いずれにせよ、恐らくはあれで一応、三浦の依頼も果たしたことにはなるのだろう。
それに卒業までまだ一年ある。もしかしたらその間に三浦にもワンチャン巡ってくるかも知れないしな。
海老名「ふふふ、それにしてもヒキタニくん、今回の件で私に借りをつくるだなんて、自らおケツを掘ったわね」
ずれた眼鏡を直しながらドヤ顔で言い放つ海老名さんに、
八幡「いや、それ言うなら墓穴だろ」
すかさず入れたくもないツッコミを入れてしまう。でも、彼女の場合あながち間違いとも言えないかも知れない。穴だけに。
しかし今回の件では実際のところかなり海老名さんに助けられたのも事実だ。いずれ何らかの形で礼をしなくてはならないのだろう。気乗りはしないが。
そんな俺の考え見透かすように、海老名さんがピンクフレームの眼鏡のレンズを輝かせながらニッコリと微笑む。そして、
海老名「この借りはいつか必ず返してもうらうからね ……… カラダでっ!」
ぱこんっ
海老名「って、だから女の子相手にグーはやめようよっ!!!!!?」
857 :
1
[sage]:2020/05/04(月) 21:36:44.61 ID:i1UTfmg30
次回、ラストです。更新時期は今のところ未定ですがエピローグなのでまったり行きましょう。ではでは。ノジ
858 :
1
[sage]:2020/07/03(金) 19:56:04.84 ID:vdVWyIcP0
スミマセン、仕事がちょっと忙しくなりました。
859 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/02(水) 21:46:24.07 ID:hJm7IZbn0
あかん。ほんま仕事が終わらん。
860 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/03(木) 21:15:34.28 ID:t9+0HWgf0
レスの残り少ないから遠慮してたけどちゃんと見てるよ
コロナ禍の世の中仕事が忙しいのは幸せなのかね?
とりあえずお疲れ様
引き続き待つ
861 :
1
[sage]:2020/11/02(月) 21:14:44.50 ID:t4Oy4K6e0
>>860
ありがとうございます。救われます。
あとひとつ、どうしても書きかなければならない大切な伏線回収が残っているので途中で放り出せません。
完結は約束しますので、どうか今しばらくおまちください。
862 :
1
[sage]:2021/01/02(土) 22:55:05.77 ID:SlPSihkO0
仕事おわらん。_(:3 」∠)_
863 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 21:43:40.64 ID:bTnNDXLb0
* * * * * * *
864 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 21:47:06.90 ID:bTnNDXLb0
一抹の不安を残していた小町の受験も、いざ蓋を開けてみればそれこそ拍子抜けするほどあっさりと合格が決まり、四月からは晴れて兄妹そろって総武高校に通うこととなった。
ちなみに小町からは早くも「兄妹だと思われると恥ずかしいから学校では絶対話しかけないでね」と笑顔で釘を刺されている。
それを言うなら、お兄ちゃんだって超恥ずかしいんだからね、妹と比べられるのが。
ついでと言ってはなんだが、残念ながら大志のヤツも総武高に受かってしまったらしい。
入学してから小町に変なちょっかいを出さないように、今のうちからあいつにもよく釘を刺しておかねばなるまい。もちろんこの場合は藁人形に五寸釘という意味だが。
そういや合格発表当日、掲示板の前でどこか見覚えのある坊主頭の隣で、歓声を上げながら飛び跳ねてるポニーテールの後ろ姿も見かけたっけ。
周囲が引くほどのはしゃぎっぷりに、声をかけるべきかどうか躊躇うものがあったが、ブラコン拗らせるのも大概にしといた方がいいと思うよ?
なんかキャラもブレてたし。
865 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 21:48:41.76 ID:bTnNDXLb0
そんな感じで、世は全て事もなし、俺の人生にもやっといつもの通り平穏が戻った ―――― かに思えた春休み前のある日の休日。
ベッドの上で何をするでもなく天井を見上げ、ひたすらひとりだらだらごろごろと寝転ぶ俺の耳にメールの着信を告げるバイブ音が響いた。
たまたま耳元でスマホ充電したという事もあるのだが、例え気が付いたにしても普段であれば間違いなくスルーしているところだ。
気紛れで手にとったのは、もしかしたら何かしら虫の知らせというヤツだったのかも知れない。
惰性でメーラーを立ち上げ、何気に文面に目を走らせた俺は一読して驚きのあまり身を起こす。
866 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 21:49:21.65 ID:bTnNDXLb0
-------------------------------------
差出人:由比ヶ浜
件 名:ゆきのんが大変なの!
本 文:
今日の飛行機で外国に行っちゃうって!
ヒッキー、ゆきのんを止めて! お願い!
-------------------------------------
867 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 21:51:56.49 ID:bTnNDXLb0
当然そんな話は何も聞かされていない。
昨日の帰りも、雪ノ下はそれらしい素振りは全く見せていなかったはずだ。
いつものように校門の前でふたりに別れを告げ、俺はそのまま自転車に跨り ―――――――― いや、待て。
そういえばあの時、雪ノ下は俺に何か言いかけていたのではなかったか。
だが、ちょうどそのタイミングで由比ヶ浜に声をかけられたせいで結局有耶無耶になってしまったのだ。
葉山との婚約が破棄されたことで当然留学の話も立ち消えになったものとばかり考えていた。
しかし、考えてみれば人一倍責任感の強いあいつのことだ。一度は同意したことをそう簡単に反故するとも思えない。
もしかしたら学校や留学先に迷惑はかけられないからとか、そんな理由に拘っていたのかも知れない。
868 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 21:53:52.36 ID:bTnNDXLb0
短期留学 ――――― 真っ先に思い浮かんだのは、以前、海老名さんが口にしていたその言葉だ。
だとすれば、それほど心配する必要はないのかも知れない。
だが、もしそうだとしても、俺や由比ヶ浜に何も言わずに去らねばならない理由などないはずだ。
何か俺達に言えない事情があったとしか思えない。考えれば考えるほどネガティブな思考の沼に嵌ってしまう。
雪ノ下を疑うわけではないのだが、彼女どころかまともに友達すらいた事のなかった俺に無条件に他人を信じろという方が無理な話だった。
869 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 22:00:05.93 ID:bTnNDXLb0
それでもやはり何かの勘違いであって欲しい。
そんな思いが先に立ち、すぐに雪ノ下に電話をかけてはみたものの、数回コールしただけでじきに留守番電話へと切り替わってしまう。
無機質に尾を引く電子音声を耳にして、とてつもなく嫌な予感に襲われ、口の中を苦い味がじわりと広がる。
伝言を残すのももどかしく通話ボタンを切ると、即座に身支度を整え始めた。
行先は、―――― とりあえず今は空港くらいしか思い浮かばない。
行ったところでフライト時間までに間に合うとは限らないし、それ以前に、あの頑なな雪ノ下を俺が説得できるかどうかすらもわからない。
だが、自分が今、どうすべきかははっきりとわかっていた。
今日は珍しく両親共に休みで家に居るのだが、昨日も帰りは揃って午前様だ。恐らく昼までは死んだように眠りこけていることだろう。
小町に声をかけておくべきかどうか迷ったが、下手に話せば心配して絶対ついてくると言い出すに決まっている。
それに、合格祝いを兼ねてみんなでどこかへ遊びに行くという計画を喜々として語っていた姿を思い出すと居たたまれない気持ちになってしまう。
合格が決まって以来、何かとドヤ顔で、常に変なテンションの超ウザ可愛い妹であるのだが、世界一妹を愛する兄を自負する俺としては、小町の悲しむ顔だけは見たくなかった。
暫く悩んだ挙句、どのような結果になるにせよ報告は後回しにすることに決め、俺はそのまま上着の袖に腕を通しながら階段を駆け下り、つっかけるようにして靴を履くと慌ただしく外へと飛び出した。
870 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 22:02:32.08 ID:bTnNDXLb0
―――――――― と、
歯の浮くようなブレーキ音と共に、俺のすぐ目の前で派手な深紅のスポーツカーがスピンしながら急停止する。
自称大都会、首都圏の一角を自負する千葉でもそうそう滅多にお目にかかることのない、だが、確かにどこかで見覚えのある流線型をした優美なフォルム。
車種は確か、そう ―――― アストンマーティン・ヴァンテージ ――― だったか。
「 ―――― 急いでいるのだろう? 乗りたまえ」
運転席の窓から覗くレイバンのサングラスに驚きに目を瞠る俺の顔が映し出される。
無造作に靡かせた黒く長く癖のない艶のある髪、スッキリと通った鼻筋、英国車なのにわざわざ左ハンドルを選ぶヒネた拘り。
いつもの見慣れた白衣姿ではなかったせいか、ほんの一瞬気が付くのが遅れてしまったが、それは紛れもなく奉仕部の顧問、平塚静先生だった。
871 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 22:05:46.35 ID:bTnNDXLb0
偶然と呼ぶにはあまりにも出来過ぎている気もするが、渡りに舟とはまさにこの事である。
それに、今の口振りからして、なぜか今俺が置かれている状況も把握しているらしい。
それにしてもやっぱカッコイイよな、この先生。俺がもし後10年早く生まれていたら、今の登場の仕方だけでまず間違いなく100回は惚れていたことだろう。
そんなことを考えながらもふと見れば、その奥に何やらやたらと不吉な負のオーラを漂わせた影がもうひとつ。
八幡「って、なんでお前までいるんだよ?!」
平塚「 ……… どうしても連れて行けと言って聞かなくてな」
いかにも申し訳なさそうに肩を窄めて見せる先生の傍らには ―――――― 、
なぜかさも当たり前のような顔で、材木座がふんぞり返るようにして居座っていた。
872 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 22:13:05.94 ID:bTnNDXLb0
材木座「ゴラム、ゴラム!何をか言わんやある。八幡の行く処、常に我あり。お主のためとあらば例え火の中、水の中。何処へなりとも馳せ参じようというものぞ!」
相変わらず無駄に良い声が車内処狭しと響き渡る。
八幡「 ……… お、おう、そ、そうか。なんか知らんがとりあえず狭いところだけは勘弁な」 暑苦しいし鬱陶しいから。
平塚「信号待ちの所でばったり出食わしてしまってな」
知らぬ仲というわけでなし、うっかり声を掛けてしまったのが運の尽きということらしい。
平塚「それに、ここに来るまでの間に聞いた限りでは、どうやら彼も最近キミの様子がおかしいことに気がついていたらしいぞ」
八幡「あん?」 言われて思わず材木座の顔を見る。
一見していつものように何も考えていないような呆けた面にしか見えなかったが、よくよく見てもやはり何も考えてないとしか思えない安定の間抜け面である。
でもそういやこいつ、普段は何かにつけウザいほど俺に絡んできやがるくせに、最近はとんと俺の前に姿を見せなかったな。
確かに、他人が悩んでいるのを見て親切ごかしに手を差し伸べるだけではなく、敢えて距離を置くのもまた、ぼっち流の優しさというヤツなのかも知れない。
もしかしたら、こいつはこいつなりに俺に対して気を遣っていたのだろうか。
平塚「実はこう見えて案外、友人想いの良い男なのかも知れんな」
そんな俺の考えを読んだかのように平塚先生がさりげなく言い添える。っていうか、あんたぼっちの心理に詳し過ぎだろ。
そのらしからぬ心遣いには確かに多少感じ入るものがないではなかったが、今更こいつのことを認めるのも何か癪に障るので、ついいつもの調子で憎まれ口を叩いてしまう。
八幡「いえ、間違ってもコイツとだけは友人でもなんでもありませんから」
なんなら赤の他人どころか青の祓魔師でも黒の契約者ですらない。それによく考えてみたら四六時中、素で様子がおかしいのはむしろコイツの方だし。
873 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 22:16:11.27 ID:bTnNDXLb0
材木座「ぶほむ。照れるではないぞ八幡よ、我とお主の仲ではないか。今からでも素直に友達申請すれば特別に承諾してやらぬこともないのだぞ?」
そんな俺の心中を知ってか知らずか、意味不明の上から目線と煽るような態度が余計に腹立たしい。いっそ誰でもいいからコイツをリアルでブロックする方法とか教えてくんない?
八幡「いやだから俺としてはお前と知り合いだと思わるだけでも超いい迷惑なんだけど?」
材木座「なぬっ? せっかくお主を案じてここまで来てやったというのに、なんたる言い草! 然らば八幡よ、この際であるから汝に問うが …… 」
八幡「んだよ。今、忙しいんだから後にしとけ」
いい加減こいつの戯言(たわごと)につきあわされるのも面倒臭くなった俺が冷たく鼻先であしらうと、材木座はそのでかい図体を縮込ませ、ひとさし指をいじいじとつきあわせながら上目遣いに俺を見る。
材木座「わ、我らはいったいどういう関係であるのかのう?」
八幡「 ……… ホントマジ頼むから今ここでそういう面倒臭い女みたいなこと訊くのやめてもらえる?」
874 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 22:20:22.46 ID:bTnNDXLb0
八幡「ところで先生はどうして俺が急いでるって知ってたんですか?」
ちょっとしたすったもんだの挙句、材木座に代わって助手席に乗り込んだ俺は先程から気になっていたことを尋ねる。
平塚「 ……… うむ、実はつい先程、陽乃から別件で電話があったのだが、妹の見送りで空港まで来ていると聞かされてな」
先生の語るところによれば電波の状態が悪かったのか唐突に通話が途切れてしまったのだそうだ。
暫く待ったが折り返し何の連絡もなし、俺ならば何か知っているのではないかと思ったらしい。
八幡「それだけの理由でわざわざ休みの日にここまで?」
平塚「生徒指導や部活動の顧問に限って言えば二十四時間三百六十五日、休みなどあってなきに等しいからな」
達観していると言えば聞こえがいいが、なんか社畜サラリーマンの不幸自慢を聞いているようで痛々しい。
やっぱり、教師にだけはなるもんじゃねぇな、と、改めて堅く心にそう誓う。
安定した地方公務員と言えど、学校の先生に限って言えば完全週休二日制、定時帰宅なんぞ夢のまた夢、山のあなたの空遠く、それこそ都市伝説のごときものなのだろう。
やれやれ、そんなブラックな仕事に、しかも好き好んで就く物好きの顔が拝んでみたいもんだぜ。いや目の前にもひとりいるんですけどね。
875 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 22:23:34.30 ID:bTnNDXLb0
平塚「 ……… もちろん電話やメールで済ませてもよかったのだが」
俺の不遜な考えを察したかのように、平塚先生がチラリと横目で見ながら恨みがましく付け加える。
平塚「それだとキミ場合、また無視をされる可能性があるからな」
あー……、そう言われて見ればそんなこともありましたっけね。っていうか、いつまで昔のこと根に持ってんだよこの先生。
平塚「 ――――― それに、陽乃づてにだが雪ノ下からのキミへの伝言らしきものも預かっている」
不意に声の調子がいつになく真面目なトーンへと変わり、俺の心臓がひとつ大きく脈打つ。
八幡「俺に? 伝言? 雪ノ下から?」
続きを促す俺の目を避けるかのように、暫しハンドルに乗せた両手をじっと見ていた先生だが、やがておもむろに口を開く。
平塚「ああ。 ――――― “奉仕部のことをよろしく” ――――― とな」
876 :
1
[sage]:2021/03/02(火) 22:24:51.13 ID:bTnNDXLb0
スミマセン、もう少しだけ続きます。ではまた近日中に。ノジ
877 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/04/30(金) 05:48:14.93 ID:AQA0bz5ko
おかえり
878 :
1
[sage]:2021/05/01(土) 20:14:13.71 ID:1uZ24Qcg0
更新しようとする度に板が落ちてるのは気のせいですかね(´・ω・`)
879 :
1
[sage]:2021/07/01(木) 16:28:45.64 ID:Q1AhM2TvO
そろそろまじで更新します。
880 :
1
[sage]:2021/09/01(水) 21:43:15.19 ID:k6d7rOuW0
_(:3 」∠)_
881 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:30:33.45 ID:lSCT61XQ0
誰が諦めたと言った?(・`ω・´)シャキーン
882 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:32:08.87 ID:lSCT61XQ0
* * * * * * *
883 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:35:25.03 ID:lSCT61XQ0
千葉市内から成田空港まで車で向かうには、稲毛の穴川ICから入り、東関道を北上して宮野木ジャンクションを経由して新空港道を使う道が一般的らしい。
道路の混雑具合にもよるのだろうが、空港までだいたい1時間半といったところか。もちろん俺は車の運転などしたことがないので、全て平塚先生の受け売りである。
市街地ではまるで示し合わせたかのように行く先々で信号に捕まってしまったが、さすがに高速のゲートを潜ってからはそれもない。
互いに何か話を振るでもなく、微かなタバコの残り香のこもる車内に、低く唸るようなエンジンの音だけが不自然な沈黙を埋めていた。
平塚「 ――― どうした? 賢者タイムかね?」
先程からむっつりど黙りこくったままの俺に平塚先生が話しかけてくる。
どうでもいいですけど、こんな時にまでウケ狙いでさりげなく下ネタぶっこんでくるのやめてくれませんかね。
平塚「黙っていないで何か話したらどうかね。仮にも現国学年三位なのだろう?」
八幡「 …… コミ障の陰キャに何ムチャ振りしてんすか」
っていうかそれ、思いっきりブーメランだろ。
八幡「そう言う先生こそ現国教えてるくらいなんだから、何か気を紛らわせたり、間を保たせるような気の利いた話とかできないんすか」
平塚「キミは現国の教師をコンパの盛り上げ役か何かと勘違いしてないか?」
言語野の発達とコミュニケーション能力にまるで関連性がないことは既にパリピ共が実証済だ。
あいつらときたら何かにつけウェイウェイ言ってるだけで会話が成立してるみたいなところがあるからな。
884 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:39:17.67 ID:lSCT61XQ0
八幡「 あー… それよりもっとスピード出ないんですか」
あまり変わり映えしない景色につい焦れてしまい、意味がないとわかっていてもつい車の中で足踏みしたくなってしまう。
俺の予想では高速に入った途端それこそメーターがぶっちぎれるほどスピードを出すかと期待していたのだが、どうやら当てが外れてしまったようだ。
でもいるよね、ハンドル握った途端に性格が変わるヤツ。
平塚「無理を言うな。制限速度いっぱいだ。これでも一応、教師なのだぞ?」
苦笑を浮かべながら平塚先生が宥(なだ)めるかのように応じる。
喫煙者の常として、手持無沙汰になったらすかさず一服点けるかと思ったが今のところそれもしない。
恐らく、隣に未成年がいるので遠慮しているのだろう。
たまにポンコツな面も覗かせることがあるとはいえ、そのあたりはさすが教育者然としている。
平塚「まぁ、それに、どんな時でも規則を遵守するのもまた世界に誇る日本人の民度の高さというもの ――― 」
「 ―――― もの申しさぶらわむ」
その時、不意に背後からくぐもった声が聞こえてきた。
そういや途中からすっかり失念していたが、平塚先生の愛車はツーシーター、つまり二人乗りなので、あぶれた材木座は無理矢理トランクルームに押し込められてたんだっけ。
八幡「んだよ、トイレだったらそのへんに転がってるペットボトルにでも ――― 」
平塚「 ……… キミは私の愛車をなんだと思っているのかね。もう少し先にサービスエリアがある。そこまで我慢したまえ」
俺の言葉を遮るようにして先生がとても嫌そうな顔で割って入る。そのセリフの前半は俺、後半は材木座に向けたものだろう。
材木座「いやいや、そうではござらぬ。今、先生殿は日本人の民度が高いと申されたようだが、某(それがし)はそうは思わないでござるよ」
平塚「ほう、何やらキミなりに一家言ありそうだな。続けたまえ」
よせばいいのに先生が面白がって続きを促す。でもこいつ、ウンチク語り出すとやたら長いんだよな。
材木座「ぶほむ。然らば申し上げるが、我が思うに日本人が規則を守るのは民度が高いからなどではなく、常に周りの人の目を気にしておるだけではないかと思うておる」
おいおい、ついさっき置いてかれそうになった途端に人目も憚らず道の真ん中で寝転んで駄々捏ねてたのどこのどいつだよ。
八幡「お前の持論はともかくとして、その無駄に高い洞察力はもっと自分の人間関係とかに活かしたらどうなんだ?」
平塚「 ……… その点に関して言えばキミも大概だと思うのだが」
885 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:42:54.75 ID:lSCT61XQ0
八幡「んで、結局何が言いてぇんだよ?」
材木座「うむ。実は先程も赤信号の横断歩道で、見たところ車が一台も通らぬというのに誰も渡ろうとせぬので、試しに我ひとりで渡り始めたのじゃが」
八幡「 ……… ほーん。したら連られて周りのヤツらもみんな渡り始めたってか?」
まぁ、よくある話ではある。赤信号みんなで渡れば、という集団心理が働きでもしたのだろう。
材木座「否! そうではない」
八幡「あん? ならどうしたってんだよ」
材木座「いやそれがのう、危うく先生殿の車に轢かれそうになってしまったぞなもし。ガクブル」
八幡「 ……… いやそれ民度関係ねぇじゃねぇか」
ふと見れば、ハンドルを握る平塚先生がまるで大量の苦虫でも噛み潰したような顔になっている。
なるほど、もしかしたら今日に限って制限速度を気にしてるのはそのせいなのかしらん。
……… ったく、何が日本国民の民度の高さだよ。
そう考えると、先生に向けた俺の言葉が、つい咎めるような口調になってしまったのも仕方あるまい。
八幡「 ……… なんでその時ブレーキじゃなくてアクセルの方を踏まなかったんですか」
平塚「 ……… 奇遇だな。私も今、同じことを考えていたところだ」
886 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:45:55.50 ID:lSCT61XQ0
そうこうしているうちにやがて車は本線から逸れ、次第に減速し始める。
道路の標識を見る限り、どうやらサービスエリアに向かっているらしい。
特に何の説明もなかったし俺も敢えて聞きはしなかったが、恐らく先程の話の流れからして、お花摘みか何かなのだろう。
俺としては雪ノ下のフライト時間に間に合わせるよう、少しでも先を急ぎたいという気持ちが強かったが、乗せてもらっている身分で文句を言うのもなんかアレだし、理由を問うのはもっとアレな気がしたので黙って従うことにした。
俺の経験上、こういったケースで下手にトイレ云々を口にしようものなら、即座に女性に対するデリカシーのないと断罪されかねない。
最近は小町もお年頃なのか何かにつけセクハラだのモラハラだのうるさいのだが、こないだもトイレットペーパー切らしてたから注意したら「妹はトイレにいかない」とか言いやがった。
今時、ドルヲタだってんな都市伝説信じてねぇぞ。
っていうか、何でもかんでもハラハラつけりゃいいってもんでもないだろ。
そうやっていちいち騒ぎたてること自体、もう、ハラスメントによるハラスメントじゃねぇのかよ。いや自分でも何言ってんのかよくわかんねぇけど。
887 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:51:16.11 ID:lSCT61XQ0
そんな事を考えていると予想通り先生の車はパーキングエリアへと入り、タイミング良く空いたスペースに車を停める。
平塚「ふぅ、ひとまずここでトイレ休憩にしよう。まだ先は長いぞ。どうかねキミも?」
うん、知ってた。先生ってば、こういう人だったよね。
まるでカ○オを野球に誘うナカ○マのようなノリに、脱力のあまりぐったりとシートに凭れかかったまま黙って首を横に振って応える。
平塚「そうかね。ならば待ってる間に何か飲み物でも買ってきたまえ」
慣れた仕草で財布から抜き出した札を指に挟み、俺に向けて差し出す。
平塚「そうだな。せっかくだから自販機ではなくスタバで頼む。私はアイミティだ。ああ、もちろんガム抜きでな」
ビシッと効果音のつきそうなキメ顔で言い放つ先生に対し、
八幡「 ……… は? アイミ?」
聴き慣れない単語に思わず伸ばしかけた手が途中で止まる。
平塚「 ……… こほん。すまん、アイスミルクティーのことだ」
つい昔のクセが出てしまってな、と、決まり悪るそうにボソボソと付け加えた。
八幡「え、や、あ、でも、なんか言い回しがそれっぽくてちょっとカッコいいスね、はは、ははは」
平塚「ん? あ? そ、そうだろう、そうだろう。 ほら、アレだアレ、私の若い頃に流行ったトレンディドラマでそういうセリフがあってだな、ハハ、ハハハ」
………あーあ、自分で“若い頃”とか言っちゃってるよ。もうどうにもフォローのしようがねぇだろ。
平塚「ああ、狭いところに押し込められてさぞかし窮屈な思いをしているだろう。彼にも何か飲み物でも買ってきてあげたまえ」
さりげなく話題を変えるようにして、先生が背後のトランクシートに振り返る。閉じ込めたのはあんただけどな。
八幡「だってよ材の字、聞こえてっか? 感謝しろよ、俺の金じゃねぇけど。んで、お前は何にするんだ?」
俺が声をかけると、打てば響くようにくぐもった声が返って来た。
材木座「うむ。心遣い忝(かたじけ)のうござる。然らば我はカツカレーをば所望いたす。カツ抜きでな!」
八幡「 ……… いやそれだとフツウにカレーだろ」
あと一応ついでに言っとくが、カレーは飲み物じゃないからな?
888 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:54:22.68 ID:lSCT61XQ0
久し振りの更新なので、肩慣らしに今日はこんなところで。ノシ゛
889 :
1
[sage]:2021/12/15(水) 00:38:47.35 ID:lThXaqJQ0
年末になれば多少時間ができる…はず(白目
890 :
1
[sage]:2022/02/14(月) 20:12:28.09 ID:GbQJl6Dy0
モチベが足りない(´-ω-`)
891 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/04/12(火) 22:33:30.55 ID:3M9I1EO20
_(:3 」∠)_
892 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/06/11(土) 06:06:13.31 ID:IKcFaYyk0
_(:3 」∠)_
893 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/08/09(火) 15:55:40.06 ID:/xmDpvDp0
_(:3 」∠)_
894 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2022/08/18(木) 18:51:36.67 ID:OBKziKB80
へい
895 :
以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします
[sage]:2022/08/19(金) 02:55:00.85 ID:R50QYOaz0
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896 :
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[sage]:2022/10/03(月) 21:44:40.09 ID:C6AJlavI0
* * * * * * *
897 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 21:48:44.03 ID:C6AJlavI0
レジで支払いを済ませ、飲物の入った袋を片手に店を出ると、喫煙所でいかにも気持ちよさそうに一服している平塚先生の姿が目に入った。
普段は教壇に立つ姿を自席から見上げていることが多いので、つい忘れがちだが、先生の身長は俺とほぼ同じくらいだ。
女性にしては背が高く、スタイルもいい。一見してパリッとした美人だけに、どこにいても結構目立つんだよな。
ヘビースモーカーという欠点はあるにしろ、見てくれはあのとおり、性格はサバけていて気さくだし、仕事に至っては安定の親方日の丸公務員だ。
明らかにコスパの良い優良物件なはずなのに、どうして未だ浮いた話ひとつ流れてこないんだろ?
遠巻きに送る俺の訝し気な視線に気がついたものか、慌てて煙草をもみ消し、何食わぬ顔をして出てきた先生に袋から取り出したカップと釣銭を無言で手渡す。
平塚「うむ。すまん」
一周回って既に落ち着いた俺としては別に咎めるつもりなどなかったのだが、先生の方はそうでもないらしく、少しばかりバツが悪そうな顔で受け取った。
平塚「身体に悪いとわかってはいるのだが、なかなかやめられないものでな」
……… いや、さすがに今、気にするとこ、そこじゃねぇだろ。
898 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 21:52:54.93 ID:C6AJlavI0
平塚「それにしてもタバコに限らずアルコールやら高カロリーの食事やら、身体に悪いものほど美味しく感じてしまうというのも実に困ったものだな」
まるで困った風でも悪びれた様子もなく、あたかも他人事のようにいけしゃあしゃあと嘯(うそぶ)いてみせる。
おいおい、こんなにシャアシャアしてるのなんて機嫌の悪い時のカマクラかジオンの赤い彗星以外見たことねぇぞ。
別に同意を求めている訳でもないのだろうが、とりあえず空気を読んで話を合わせておくことにする。
八幡「まぁ、確かに身体に良いとされるものに限って大抵は不味いと相場が決まっていますからね、トマトとか」
平塚「それは単なるキミの好き嫌いの問題ではないのかね?」
八幡「そうやっていきなり素に戻って正論で殴りつけるのやめてくれません?」
平塚「なんにせよ、好き嫌いはよくないぞ。あんな美味い物を食わないなんて、人生半分損しているな」
……はい、出た。出たよ、出ましたよ。
トマトガチ勢のやつらに限って絶対にそう言いながらマウントとってくるんだよな。
だいたいトマトひとつ食えないくらいで半分損するとか、いったいどんだけ底の浅い人生送ってんだよ。
健康にいいと言われもてるせいか最近は何でもかんでもトマトを入れたがる傾向にあるが俺に言わせれば上等の料理にハチミツをぶちまけがごとき行為に等しい。
普段食ってるカレーや味噌汁にまでトマトなんか入れられた日には、地上最強の生物だってブチキレて地下闘技場に乱入するだろう。
八幡「それを言うならタバコ吸う方がよっぽど身体に悪いんじゃないですか」
平塚「なるほど、これは一本とられたな」
わざとらしく大声で笑いながら背中を豪快にバンバン叩かれ思わず覆わず咽(むせ)返してしまう。なんなら中身が出るまである。
強引な力技で誤魔化そうとするあたり、ノリは完全に体育会系教師だ。
この先生、案外、白衣よりもジャージの方が似合ってるじゃねぇのか、キャラ的に。
899 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 21:56:12.67 ID:C6AJlavI0
八幡「 ―――― あー…、そんなことより、あいつの、雪ノ下の留学の話は取り止めになったんじゃなかったんですか」
そのままふたりして車へと戻りながら、車内ではつい話しそびれてしまっていた話題をそれとなく切り出す。
平塚「その様子からすると、やはりキミも彼女からは何も聞かされていなかったようだな」
八幡「 ……… いえ、はい。特には、何も」
俺の歯切れ悪い返事に、先生は何かしら推し量るような間を置く。しかしやがて、
平塚「キミの話を聞く限りでは、私もそうだとばかり思っていたのだが」
と短く前置きし、
平塚「理由はどうあれ、一度、公(おおやけ)に動き始めてしまったモノを止めるというのも、これでなかなか難しいものがあるからな」
言いながら、サングラスの隙間からそっと気遣わし気な視線を送って寄越した。
900 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:02:12.08 ID:C6AJlavI0
今回の留学は雪ノ下の母親が校長に直談判してまで強引に捻じ込んだという経緯もある。
そのとばっちりを受けて手続きや調整、準備のために奔走するハメになった職員も少なからずいたはずだ。
本人の気が変わったからといって“はいそうですか”では済まされない状況になっていたのかも知れない。
八幡「雪ノ下の件は職員室でも話題になったりしなかったんですか」
なにしろ全科目、常に学年トップをキープしているほどの才媛だ。当然のことながら進路についても教師の間では注目の的だろう。
平塚「同じ学年とはいえ国際教養科の生徒は扱いがまた別だからな。普通科のキミが知らなくて当然だが、この時期の急な留学も決して珍しいものではない」
確かに先だっての留学騒ぎも、海老名さんから聞かされなければ俺の耳にまで届いてこなかった可能性が高い。
それに最近は生徒の個人情報の扱いについても何かとうるさいと聞く。
前回の情報漏洩の件から考えると、学校側のガードも固くなっていて当然だ。
今からでも平塚先生の伝手(つて)を頼って片端から知り合いの教師に電話で確認してもらう、という手も考えたが、そうなると有益な情報は得られないとみていいだろう。
その時、ふと喫煙所にいた先生の手にスマホが握られていた光景を思い出す。
口にこそしないが、もしかしたら先生も俺と同じことを考えていたのかも知れない。
先程のセリフが幾分言い訳じみて聞こえたのも、先生もまた学校側の事情をよく知る立場の人間だからこそなのだろう。
901 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:13:35.08 ID:C6AJlavI0
八幡「先生もあいつからは何も聞かされてなかったってことですよね?」
俺はともかく、今まで散々世話になった恩師にひと言もないというのが少しだけ引っかかった。
無論、先生の口から俺に伝わるのを避けたとも考えられるのだが。
平塚「留学の件もそうなのだが、殊、話題がキミの事に及びそうになるとなぜか露骨に話を逸らされてしまってな」
……………… なるほど。あいつってば基本、嘘の吐けない性格だからな。
俺と違ってテキトーぶっこいて煙に巻くとか、そういう芸当もできなそうだし、そりゃそうなるか。
ちなみに俺と雪ノ下の関係を知っているのは今のところ由比ヶ浜だけである。
別に隠すつもりなどないのだが、雪ノ下は自分からわざわざそういうことを口にするタイプではないし、俺に至っては単に伝える相手がいないというだけの話だ。
もしかしたら陽乃さんや葉山あたりは薄々感づいているかも知れないが、あのふたりが他に触れ回るようなことはないと考えていいだろう。
ふと気がつくと俺の顔をしげしげと覗き込む平塚先生の顔がすぐ目の前にあった。
雪ノ下のサボンとも、由比ヶ浜や陽乃さんのフローラル系とも異なるタバコと香水の入り混じった甘い大人の香りが漂う。
って、近ぇよ。親しき仲にもソーシャルディスタンスって言うだろ。え? 言わない? いつの話だよそれ。
平塚「もしかして ……… 雪ノ下との間に何かあったのかね?」
八幡「や、何かって、何がですか?」
咄嗟のことに我ながら白々しく答えるが、逸らしたはずの目が意に反して勝手に泳ぎ出す。
平塚「それは明らかに何かあった人間のセリフと態度だぞ」
そらっとぼける俺を見る先生の口許に苦笑が浮かぶ。
平塚「それにキミの方こそ、彼女と毎日部室で顔をつき合わせていたのだろう? それこそ訊く機会はいくらでもあったはずではないのかね?」
先生の言う通り、確認しようとすればいつでもできたはずだ。それを怠っていたのは他ならぬ俺自信の責任である。
今更聞くまでもないと多寡を括っていたというのもあるが、彼女の口から自分にとって不都合な真実を聞かされるのが怖かったという気持ちも多分にあった。
都合の悪い現実から目を背け、見て見ぬふりを続けた挙句に、最後の最後で詰めの甘さが致命的な失敗へと繋がる。
これまでの人生の中でも幾度となく苦い経験をしてきたはずなのに、俺はまた同じ轍を踏んでしまったというのだろうか。
902 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:20:29.86 ID:C6AJlavI0
平塚「いくらなんでも彼女の気持ちくらいはちゃんと確認してあったのだろう?」
俺が答えられずにいるのを見て先生が更に畳みかけてくる。幾分面白がっているように見えるのは気のせいか。
そういやこの先生、前にも雪ノ下が俺に好意を寄せてるみたいなこと言ってたっけか。
八幡「えっと、まぁ、それは …… こないだふたりで会った時に」
不意を衝かれたせいもあり、しどろもどろのうちについ口を滑らせてしまう。
平塚「ほう。ふたりで会って話をしたのかね? それは初耳だな」
ごにょごにょと歯切れの悪い俺の答えに何をか察したらしい先生が、やたらと”ふたりで”の部分を強調してくる。
八幡「や、別にそんなんじゃありませんから」
そんなんじゃないならどんなんだよとか聞かれてもそれはそれで返答に困るのだが。
だが、そうは答えつつも、自然とあの日のことが思い出されてしまう。
勝手に火照り出す顔を必死に背けながら、空いている方の手をぶんぶん振って否定と同時に必死になって甘い記憶を打ち消す。
平塚「しかし、ふたりで会ったということは、つまりはそういうことなのだろう? 何かね? デートでもしたのかね?」
うりうりと小さく肘で小突いてくる仕草が激ウザい。わざと狙っているのかいないのか脇腹の急所に的確にえぐってくるので無視するわけにもいかない。
精神的にも肉体的にも切羽詰まった俺は、たまりかねて強い調子で遮った。
八幡「いやだから単にふたりして〇西〇海〇園の水族館で魚見て、大観覧車乗って、ぶらぶらと公園を散策したって、ただそれだけの話ですから」
平塚「 ……… 自覚がないのかも知れんが比企谷。世間一般ではそれをデートというのだぞ?」
903 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:27:46.29 ID:C6AJlavI0
平塚「それみろ。なんやかんや言いつつ、結局のところふたりで乳繰(ちちく)りあっていたのではないか」
けっ、リア充が、爆発しろ、と吐き捨てる。 冗談のつもりかも知れないがアラサー女子が口にするとリアル過ぎてちょっと笑えない。
つか、いったいナニをどう聞いたらそういう結論になるんだよ。
八幡「今時、乳繰りって、さすがにちょっとオッサン臭くありません? 年齢がバレますよ?」
平塚「やかましい! そんな言葉を知ってるキミの方だって大概だろう。恋バナがしたいんだったら他でやりたまえ。聞いているだけで耳からゲップがでそうだ」
言いながら大袈裟に肩を竦め、うへぇとばかりに口をへの字にひん曲げる。いや話振ってきたのそっちだろ。なんなのこの超理不尽な会話。
平塚「ま、ともかく、それはそれとしてだな、」
恐らく俺を励ますためなのだろう、今度はわざと明るい声を出しながら、さりげなく背中に回した手で優しく肩を叩く。
平塚「とにかく、今はまだ雪ノ下が留学すると決まったわけでなし、そう悲観的になることもあるまい」
八幡「そりゃそうなんですが … 」
そうは言われても、先生ですら何も知らされていないという事実が改めて俺の心に重く圧し掛かかる。
もとより、ポジティブとは縁の遠い性格だ。
楽観的に構えてていきなり突き落とされるより、最悪の事態を想定していた方が、いざという時に落差が少ない分、精神的ダメージも少ない。
どうしても悪い方へ悪い方へと思考が突き進んでしまうのも、ある意味仕方ないと言っていいだろう。
平塚「 ――― それに、な、比企谷」
弱音を吐きかけた俺の言葉を遮るようにして、それまでとは明らかに違うトーンで静かに切り出す。
その声の響きには、ともすれば塞ぎ込んでしまいそうになる今の俺でさえ、つい耳を傾けざるを得ない響きがあった。
平塚「今回の件に限らず、生徒の個別の案件に対して校長が最終的にどのような判断を下したかまでは、私のような下っ端 ……… いや、若手にまでは知らされないことも多いのだよ。ふふ」
八幡「 ……… この状況で、わざわざ言い直してまで若手強調する必要性がどこにあるんですかね」
しかもなんでちょっと嬉しそうなんだよ、この人。
904 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:30:53.51 ID:C6AJlavI0
幸いなことに途中で事故渋滞やトラブルに巻き込まれることもなく、俺たちを乗せた車はほぼ予定通りに空港の駐車場まで辿りつくことができた。
車が停止するや否や、シートベルトを外す手ももどかしく、急いで降りようとする俺の背中に落ち着いた声がかかる。
平塚「 ―――― さて、残念だが比企谷、私がキミに手を貸すことができるのもここまでだ」
八幡「え?」
その予想外の言葉に、ドアノブに手をかけたまま俺の動きが止まる。
ここまで来て先生が車から降りない理由。もしそんなものがあるとするならば、それはひとつしか考えられない。
俺はサングラスに隠されたままの先生の目をじっと見つめながら、恐る恐る口を開く。
八幡「 ……… もしかして、成田離婚のジンクスとか気にしてるんですか?」
まだ結婚もしてないのに? いくらなんでも気が早すぎじゃね? そういうことはせめてちゃんとした相手見つけてからにしましょうよ?
平塚「そうではない!」
八幡「え? なら春休みに海外旅行に向かうイチャコラバカップルを目にするのがイヤだとか?」
気持ちはわからないでもないが、今はそんなこと言ってる場合じゃ ……
平塚「それも違う! これはキミが抱える問題だからこそ、最後は自分自身の手でキッチリとカタをつけた方がいいだろうと、そう言っているのだ!」
あ、なるほど、そういうことね。
それにしても千葉って成田空港に限らず、成田山とか東京ディスティニーランドとか、カップルで行くと破局するってスポット、結構多かったりするんだよな。
でも小町も言ってたけど、別れるカップルは何もなくてもさっさと別れちゃうから、ジンクスなんてあまり当てにならないらしいよ?
905 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:42:41.60 ID:C6AJlavI0
平塚「どうしたのかね、今更気遅れしたというわけでもあるまい」
ドアノブに手を掛けたまま、暫し躊躇する俺の姿を見て、平塚先生が促すように声をかける。
八幡「わかりました。後は俺自身でなんとかしてみます」
小さく溜息をひとつ。一瞬の後には覚悟を決めた俺の口からは、自然とそんな言葉が滑り出ていた。
平塚「ほう、少しはゴネるかと思ったが、今日はやけに素直だな」
いつになく神妙に頭を下げる俺に対し、先生は揶揄うように云いながら口角を緩める。
正直、俺に雪ノ下を説得できなくても、先生と一緒ならなんとかなるかも知れないという皮算用が働かなかった訳ではない。
恐らく先生も当然俺のそんな考えを見透かしていたに違いない。
だが、やはりこれは俺がひとりで解決すべき問題なのだろう。なぜならば、俺が自ら課した、自分自身への依頼なのだから。
平塚「まぁ、不安になる気持ちもわからんでもないが」
俺の気持ちを察したのか、それ以上は何も言わなくてもいいとばかりに鷹揚に頷いて見せる。
平塚「私は普段は妙にヒネていて、どこか達観しているようなキミが時折見せる、そういう年相応の脆さも含めて十分好ましく思っているぞ」
何気なく付け加えられたそのひと言で、なぜか狭い車内が妙な空気に満たされる。
八幡「 ……… は?」
平塚「あ、いや、別に深い意味ではなくてだな、その、もちろん教師としてだ」
急いで顔を背け、げふんげふんと空咳を吹かしながら必至に誤魔化そうとする。
いや別に誰もそんなことまで聞いてませんけど? 自分で言っといて意識し過ぎだろ。ここに来て変なフラグ立てないでくれません?
平塚「ああ、それから言い忘れていたが」
気を取りなおすように空咳をひとつ、先生が俺の肩に優しく手を置く。
平塚「例の"勝負"に関しては、今のところキミと雪ノ下は全くの互角だ ―――― せっかくの機会だ、さっさとキメてきたまえ、比企谷」
ドアを開け、背中越しに無言で力強く頷く俺に対し、先生も莞爾として笑って返す。
材木座「八幡!八幡! 我も、我も好きであるぞっ!」
その時、再び背後のトランクルームをがたがたと揺らしながら負けじとばかりに材木座の声が聞こえて来た。
お陰で先程までの妙な雰囲気もたちまちのうちに雲散霧消する。
八幡「だからお前の意見なんざ誰も聞いてねぇっつの。つか、俺の方は全然そうでもないんだけど?」
材木座「あれれー? なんか我の扱いだけ違くないー? あれれー?」
八幡「 ……… 先生、少し遠回りになりますけど、こいつ帰りにコンクリ詰めにでもして東京湾に沈めてもらっていいですかね?」
平塚「 ……… 気持ちはわからんでもないが比企谷、産廃の不法投棄は犯罪だぞ」
906 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:44:07.95 ID:C6AJlavI0
あと2回の更新で終わりです。ではではノシ゛
907 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:12:31.84 ID:4j2wPxKL0
成田国際空港は一日10万人の旅行客が利用し、空港関係者だけでも4万人の従業員がいるらしい。
空港のある成田市の人口が約13万人だそうだから、乱暴に言えば空港の敷地内には地方の中核都市の人口を越える人間がいる計算だ。
普通に考えても、その中からたったひとり、しかも俺のことを避けているかもしれない人物を見つけ出すというのは至難の業と言えた。
以前、俺も親に海外旅行へ連れて行ったもらった経験があるが、確か出発の一時間前にはチェックインを済ませておく必要があったはずだ。
一度セキュリティゲートを潜ってしまえばロビーには引き返せない。
――― つまり、その時点でゲームオーバーということになってしまう。もちろん、リトライもコンティニューもなしの一発勝負ということになる。
908 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:17:12.96 ID:4j2wPxKL0
空港ビルに足を一歩踏み入れた瞬間、空気が変わるのを肌で感じた。
清潔でモダンな内装。明るく柔らかな暖色系の照明に覆われた空間。磨かれた床に落ちる人々の影は常に忙(せわ)しなく行き交っている。
外国語と日本語を交えたアナウンスの反響する広大なロビーは、どこにいても異邦人といえる俺のようなぼっちでさえ、まるで遠い異国の地にひとり迷い込んでしまったかのような心細さと無力感を覚えさせた。
出発ロビーは吹き抜け構造で、上からなら広範囲に渡って周囲を見渡すことができたはずだ。
俺は上階に向かうエスカレーターを目指し、エントランスからホールを小走りに駆け抜けた。
909 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:23:31.43 ID:4j2wPxKL0
「 ―――― ふぅむ。ここに来るのも小学校の社会見学以来かのう」
気が付くと俺の背後には、材木座がさも当たり前のような顔をして、ひっそり、いや、のっそりと付き従っていた。
空調が効いているはずなのに、いやに暑苦しいわけだ。
そろそろ国連もSDGsの18番目の目標として材木座の対処方法を真剣に検討すべきだろう。
こいつが息をするだけで地球温暖化が環境破壊レベルで促進されている気さえする。
ネットの検索画面で“地球温暖化”とキーワードを入れた途端、すかさずサジェストで“材木座”と表示される日もさほど遠くないだろう。
材木座「見よ、八幡。人がまるでゴミのようではないか」
人目も憚(はば)らず高笑いを始めやがった。はいはい、他人他人。
どうやら高いところに立つと気が大きくなるタイプらしい。なるほど、バカは高いところが好きってのは本当なのな。
八幡「ゴミカスワナビなのはお前だろ。っていうか、何で俺についてきてるわけ?」
材木座「ぶほむ。八幡よ、我が来たからには安心するが良い ……… 何かは知らぬがの」
八幡「 …… だからその根拠のない自信はいったいどこからきてるんだよ」
やれやれ、どうやら平塚先生も扱いに困って俺におっつけたらしい。
自分で拾ったんだから最後までちゃんと面倒見るか元あった場所に戻してきなさいって母ちゃんいつも言ってるでしょ!
だが、考えてみれば材木座も雪ノ下の顔を知っているはずだ。
例えこんなヤツでもいないよりかはいた方がなんぼかマシなのだろう。
人手は多いに越したことはない。今はそれこそ猫の手だって借りたいし、なんなら猿の手に願うまである。ナニ物語だよ。
910 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:26:31.82 ID:4j2wPxKL0
材木座「ときに八幡よ、風の噂で耳にしたのじゃが、お主、ここに誰ぞ人を探しに来たのであろう?」
八幡「 ……… まぁ、そうだな」
吹き抜けから周囲を見渡し、それらしい人影を探しながら、うわの空で返す。
つか、いくら友達がいないからって風となんか会話すんなよ。
ただでさえ怪しい風体なのに、その上ひとりでブツブツ独り言呟いてたりしたら、それこそどこから見ても完全にアウトだろ。
それにしても、ある程度予想はしていたとはいえ、いくらなんでも人が多すぎる。
絶望的な気分に浸りながら、これからどうしたもんかと考えあぐねいていると、
材木座「なに、心配無用。人探しなど、この剣豪将軍の眼力をもってすれば、びふぉーぶれっくふぁーすとぞ」
八幡「もしかして朝飯前とか言いたいのか? あのな、国際空港だからって何も英語で話さなくていいんだぞ?」
材木座「いえすいえすおふこーす」
八幡「 ……… なんだよその昭和のJ−POP」
発音からして既にネイティブ・ジャパニース・イングリッシュ。純和製英語だし。
911 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:33:29.17 ID:4j2wPxKL0
材木座「されば八幡よ、これを機に我の秘密の一端を垣間見せるがゆえ、慄(おのの)いて平伏すがよい。実はこの伊達メガネ、伊達ではないのだ」
言いながら、メガネのブリッジを中指でくいと持ち上げて見せる。
八幡「な、何ぃ。伊達メガネなのに伊達ではない …… だと…… ?」
っていうか、それ伊達メガネだったのかよ。マジな話ならそっちのほうがよっぽどびっくりだぜ。
材木座「左様。この眼鏡型デバイスは我が千里魔眼を封じるための拘束具 ……… という設定なのだ」
八幡「 ……… 自分で設定とか言っちまうのかよ。つか、どうでもいいけど、それ今度は何のパクリ?」
材木座「無礼者! パクリなぞではない! あくまでもインスパイアを受けた作品に対する愛のあるリスペクトである!」
八幡「わかったわかった。でも、ちゃんと許諾とってあるのか? 裁判沙汰になると色々と面倒らしいぞ?」
材木座は俺のツッコミを無視し、芝居がかった仕草ですちゃりと眼鏡を外すと、小さいが意外に鋭い目で素早く四方を見回した。
――― そして、
材木座「ふっ、なるほど。我の思った通りである ……… 」
眉間に縦皺を作り、両腕を組んだまま、ぼそり、と、いかにも意味ありげなセリフをつぶやいた。
八幡「って、まさかとは思うが、お前、もしかして ……… 」
材木座「うむ、……………… やはり眼鏡がないと何も見えん」
八幡「 ……… お前が量産された暁には連邦などそれこそあっという間だな」
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