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俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 その他 Part2
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887 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:51:16.11 ID:lSCT61XQ0
そんな事を考えていると予想通り先生の車はパーキングエリアへと入り、タイミング良く空いたスペースに車を停める。
平塚「ふぅ、ひとまずここでトイレ休憩にしよう。まだ先は長いぞ。どうかねキミも?」
うん、知ってた。先生ってば、こういう人だったよね。
まるでカ○オを野球に誘うナカ○マのようなノリに、脱力のあまりぐったりとシートに凭れかかったまま黙って首を横に振って応える。
平塚「そうかね。ならば待ってる間に何か飲み物でも買ってきたまえ」
慣れた仕草で財布から抜き出した札を指に挟み、俺に向けて差し出す。
平塚「そうだな。せっかくだから自販機ではなくスタバで頼む。私はアイミティだ。ああ、もちろんガム抜きでな」
ビシッと効果音のつきそうなキメ顔で言い放つ先生に対し、
八幡「 ……… は? アイミ?」
聴き慣れない単語に思わず伸ばしかけた手が途中で止まる。
平塚「 ……… こほん。すまん、アイスミルクティーのことだ」
つい昔のクセが出てしまってな、と、決まり悪るそうにボソボソと付け加えた。
八幡「え、や、あ、でも、なんか言い回しがそれっぽくてちょっとカッコいいスね、はは、ははは」
平塚「ん? あ? そ、そうだろう、そうだろう。 ほら、アレだアレ、私の若い頃に流行ったトレンディドラマでそういうセリフがあってだな、ハハ、ハハハ」
………あーあ、自分で“若い頃”とか言っちゃってるよ。もうどうにもフォローのしようがねぇだろ。
平塚「ああ、狭いところに押し込められてさぞかし窮屈な思いをしているだろう。彼にも何か飲み物でも買ってきてあげたまえ」
さりげなく話題を変えるようにして、先生が背後のトランクシートに振り返る。閉じ込めたのはあんただけどな。
八幡「だってよ材の字、聞こえてっか? 感謝しろよ、俺の金じゃねぇけど。んで、お前は何にするんだ?」
俺が声をかけると、打てば響くようにくぐもった声が返って来た。
材木座「うむ。心遣い忝(かたじけ)のうござる。然らば我はカツカレーをば所望いたす。カツ抜きでな!」
八幡「 ……… いやそれだとフツウにカレーだろ」
あと一応ついでに言っとくが、カレーは飲み物じゃないからな?
888 :
1
[sage]:2021/10/17(日) 23:54:22.68 ID:lSCT61XQ0
久し振りの更新なので、肩慣らしに今日はこんなところで。ノシ゛
889 :
1
[sage]:2021/12/15(水) 00:38:47.35 ID:lThXaqJQ0
年末になれば多少時間ができる…はず(白目
890 :
1
[sage]:2022/02/14(月) 20:12:28.09 ID:GbQJl6Dy0
モチベが足りない(´-ω-`)
891 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/04/12(火) 22:33:30.55 ID:3M9I1EO20
_(:3 」∠)_
892 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/06/11(土) 06:06:13.31 ID:IKcFaYyk0
_(:3 」∠)_
893 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/08/09(火) 15:55:40.06 ID:/xmDpvDp0
_(:3 」∠)_
894 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2022/08/18(木) 18:51:36.67 ID:OBKziKB80
へい
895 :
以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします
[sage]:2022/08/19(金) 02:55:00.85 ID:R50QYOaz0
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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[sage]:2022/10/03(月) 21:44:40.09 ID:C6AJlavI0
* * * * * * *
897 :
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[sage]:2022/10/03(月) 21:48:44.03 ID:C6AJlavI0
レジで支払いを済ませ、飲物の入った袋を片手に店を出ると、喫煙所でいかにも気持ちよさそうに一服している平塚先生の姿が目に入った。
普段は教壇に立つ姿を自席から見上げていることが多いので、つい忘れがちだが、先生の身長は俺とほぼ同じくらいだ。
女性にしては背が高く、スタイルもいい。一見してパリッとした美人だけに、どこにいても結構目立つんだよな。
ヘビースモーカーという欠点はあるにしろ、見てくれはあのとおり、性格はサバけていて気さくだし、仕事に至っては安定の親方日の丸公務員だ。
明らかにコスパの良い優良物件なはずなのに、どうして未だ浮いた話ひとつ流れてこないんだろ?
遠巻きに送る俺の訝し気な視線に気がついたものか、慌てて煙草をもみ消し、何食わぬ顔をして出てきた先生に袋から取り出したカップと釣銭を無言で手渡す。
平塚「うむ。すまん」
一周回って既に落ち着いた俺としては別に咎めるつもりなどなかったのだが、先生の方はそうでもないらしく、少しばかりバツが悪そうな顔で受け取った。
平塚「身体に悪いとわかってはいるのだが、なかなかやめられないものでな」
……… いや、さすがに今、気にするとこ、そこじゃねぇだろ。
898 :
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[sage]:2022/10/03(月) 21:52:54.93 ID:C6AJlavI0
平塚「それにしてもタバコに限らずアルコールやら高カロリーの食事やら、身体に悪いものほど美味しく感じてしまうというのも実に困ったものだな」
まるで困った風でも悪びれた様子もなく、あたかも他人事のようにいけしゃあしゃあと嘯(うそぶ)いてみせる。
おいおい、こんなにシャアシャアしてるのなんて機嫌の悪い時のカマクラかジオンの赤い彗星以外見たことねぇぞ。
別に同意を求めている訳でもないのだろうが、とりあえず空気を読んで話を合わせておくことにする。
八幡「まぁ、確かに身体に良いとされるものに限って大抵は不味いと相場が決まっていますからね、トマトとか」
平塚「それは単なるキミの好き嫌いの問題ではないのかね?」
八幡「そうやっていきなり素に戻って正論で殴りつけるのやめてくれません?」
平塚「なんにせよ、好き嫌いはよくないぞ。あんな美味い物を食わないなんて、人生半分損しているな」
……はい、出た。出たよ、出ましたよ。
トマトガチ勢のやつらに限って絶対にそう言いながらマウントとってくるんだよな。
だいたいトマトひとつ食えないくらいで半分損するとか、いったいどんだけ底の浅い人生送ってんだよ。
健康にいいと言われもてるせいか最近は何でもかんでもトマトを入れたがる傾向にあるが俺に言わせれば上等の料理にハチミツをぶちまけがごとき行為に等しい。
普段食ってるカレーや味噌汁にまでトマトなんか入れられた日には、地上最強の生物だってブチキレて地下闘技場に乱入するだろう。
八幡「それを言うならタバコ吸う方がよっぽど身体に悪いんじゃないですか」
平塚「なるほど、これは一本とられたな」
わざとらしく大声で笑いながら背中を豪快にバンバン叩かれ思わず覆わず咽(むせ)返してしまう。なんなら中身が出るまである。
強引な力技で誤魔化そうとするあたり、ノリは完全に体育会系教師だ。
この先生、案外、白衣よりもジャージの方が似合ってるじゃねぇのか、キャラ的に。
899 :
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[sage]:2022/10/03(月) 21:56:12.67 ID:C6AJlavI0
八幡「 ―――― あー…、そんなことより、あいつの、雪ノ下の留学の話は取り止めになったんじゃなかったんですか」
そのままふたりして車へと戻りながら、車内ではつい話しそびれてしまっていた話題をそれとなく切り出す。
平塚「その様子からすると、やはりキミも彼女からは何も聞かされていなかったようだな」
八幡「 ……… いえ、はい。特には、何も」
俺の歯切れ悪い返事に、先生は何かしら推し量るような間を置く。しかしやがて、
平塚「キミの話を聞く限りでは、私もそうだとばかり思っていたのだが」
と短く前置きし、
平塚「理由はどうあれ、一度、公(おおやけ)に動き始めてしまったモノを止めるというのも、これでなかなか難しいものがあるからな」
言いながら、サングラスの隙間からそっと気遣わし気な視線を送って寄越した。
900 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:02:12.08 ID:C6AJlavI0
今回の留学は雪ノ下の母親が校長に直談判してまで強引に捻じ込んだという経緯もある。
そのとばっちりを受けて手続きや調整、準備のために奔走するハメになった職員も少なからずいたはずだ。
本人の気が変わったからといって“はいそうですか”では済まされない状況になっていたのかも知れない。
八幡「雪ノ下の件は職員室でも話題になったりしなかったんですか」
なにしろ全科目、常に学年トップをキープしているほどの才媛だ。当然のことながら進路についても教師の間では注目の的だろう。
平塚「同じ学年とはいえ国際教養科の生徒は扱いがまた別だからな。普通科のキミが知らなくて当然だが、この時期の急な留学も決して珍しいものではない」
確かに先だっての留学騒ぎも、海老名さんから聞かされなければ俺の耳にまで届いてこなかった可能性が高い。
それに最近は生徒の個人情報の扱いについても何かとうるさいと聞く。
前回の情報漏洩の件から考えると、学校側のガードも固くなっていて当然だ。
今からでも平塚先生の伝手(つて)を頼って片端から知り合いの教師に電話で確認してもらう、という手も考えたが、そうなると有益な情報は得られないとみていいだろう。
その時、ふと喫煙所にいた先生の手にスマホが握られていた光景を思い出す。
口にこそしないが、もしかしたら先生も俺と同じことを考えていたのかも知れない。
先程のセリフが幾分言い訳じみて聞こえたのも、先生もまた学校側の事情をよく知る立場の人間だからこそなのだろう。
901 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:13:35.08 ID:C6AJlavI0
八幡「先生もあいつからは何も聞かされてなかったってことですよね?」
俺はともかく、今まで散々世話になった恩師にひと言もないというのが少しだけ引っかかった。
無論、先生の口から俺に伝わるのを避けたとも考えられるのだが。
平塚「留学の件もそうなのだが、殊、話題がキミの事に及びそうになるとなぜか露骨に話を逸らされてしまってな」
……………… なるほど。あいつってば基本、嘘の吐けない性格だからな。
俺と違ってテキトーぶっこいて煙に巻くとか、そういう芸当もできなそうだし、そりゃそうなるか。
ちなみに俺と雪ノ下の関係を知っているのは今のところ由比ヶ浜だけである。
別に隠すつもりなどないのだが、雪ノ下は自分からわざわざそういうことを口にするタイプではないし、俺に至っては単に伝える相手がいないというだけの話だ。
もしかしたら陽乃さんや葉山あたりは薄々感づいているかも知れないが、あのふたりが他に触れ回るようなことはないと考えていいだろう。
ふと気がつくと俺の顔をしげしげと覗き込む平塚先生の顔がすぐ目の前にあった。
雪ノ下のサボンとも、由比ヶ浜や陽乃さんのフローラル系とも異なるタバコと香水の入り混じった甘い大人の香りが漂う。
って、近ぇよ。親しき仲にもソーシャルディスタンスって言うだろ。え? 言わない? いつの話だよそれ。
平塚「もしかして ……… 雪ノ下との間に何かあったのかね?」
八幡「や、何かって、何がですか?」
咄嗟のことに我ながら白々しく答えるが、逸らしたはずの目が意に反して勝手に泳ぎ出す。
平塚「それは明らかに何かあった人間のセリフと態度だぞ」
そらっとぼける俺を見る先生の口許に苦笑が浮かぶ。
平塚「それにキミの方こそ、彼女と毎日部室で顔をつき合わせていたのだろう? それこそ訊く機会はいくらでもあったはずではないのかね?」
先生の言う通り、確認しようとすればいつでもできたはずだ。それを怠っていたのは他ならぬ俺自信の責任である。
今更聞くまでもないと多寡を括っていたというのもあるが、彼女の口から自分にとって不都合な真実を聞かされるのが怖かったという気持ちも多分にあった。
都合の悪い現実から目を背け、見て見ぬふりを続けた挙句に、最後の最後で詰めの甘さが致命的な失敗へと繋がる。
これまでの人生の中でも幾度となく苦い経験をしてきたはずなのに、俺はまた同じ轍を踏んでしまったというのだろうか。
902 :
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[sage]:2022/10/03(月) 22:20:29.86 ID:C6AJlavI0
平塚「いくらなんでも彼女の気持ちくらいはちゃんと確認してあったのだろう?」
俺が答えられずにいるのを見て先生が更に畳みかけてくる。幾分面白がっているように見えるのは気のせいか。
そういやこの先生、前にも雪ノ下が俺に好意を寄せてるみたいなこと言ってたっけか。
八幡「えっと、まぁ、それは …… こないだふたりで会った時に」
不意を衝かれたせいもあり、しどろもどろのうちについ口を滑らせてしまう。
平塚「ほう。ふたりで会って話をしたのかね? それは初耳だな」
ごにょごにょと歯切れの悪い俺の答えに何をか察したらしい先生が、やたらと”ふたりで”の部分を強調してくる。
八幡「や、別にそんなんじゃありませんから」
そんなんじゃないならどんなんだよとか聞かれてもそれはそれで返答に困るのだが。
だが、そうは答えつつも、自然とあの日のことが思い出されてしまう。
勝手に火照り出す顔を必死に背けながら、空いている方の手をぶんぶん振って否定と同時に必死になって甘い記憶を打ち消す。
平塚「しかし、ふたりで会ったということは、つまりはそういうことなのだろう? 何かね? デートでもしたのかね?」
うりうりと小さく肘で小突いてくる仕草が激ウザい。わざと狙っているのかいないのか脇腹の急所に的確にえぐってくるので無視するわけにもいかない。
精神的にも肉体的にも切羽詰まった俺は、たまりかねて強い調子で遮った。
八幡「いやだから単にふたりして〇西〇海〇園の水族館で魚見て、大観覧車乗って、ぶらぶらと公園を散策したって、ただそれだけの話ですから」
平塚「 ……… 自覚がないのかも知れんが比企谷。世間一般ではそれをデートというのだぞ?」
903 :
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[sage]:2022/10/03(月) 22:27:46.29 ID:C6AJlavI0
平塚「それみろ。なんやかんや言いつつ、結局のところふたりで乳繰(ちちく)りあっていたのではないか」
けっ、リア充が、爆発しろ、と吐き捨てる。 冗談のつもりかも知れないがアラサー女子が口にするとリアル過ぎてちょっと笑えない。
つか、いったいナニをどう聞いたらそういう結論になるんだよ。
八幡「今時、乳繰りって、さすがにちょっとオッサン臭くありません? 年齢がバレますよ?」
平塚「やかましい! そんな言葉を知ってるキミの方だって大概だろう。恋バナがしたいんだったら他でやりたまえ。聞いているだけで耳からゲップがでそうだ」
言いながら大袈裟に肩を竦め、うへぇとばかりに口をへの字にひん曲げる。いや話振ってきたのそっちだろ。なんなのこの超理不尽な会話。
平塚「ま、ともかく、それはそれとしてだな、」
恐らく俺を励ますためなのだろう、今度はわざと明るい声を出しながら、さりげなく背中に回した手で優しく肩を叩く。
平塚「とにかく、今はまだ雪ノ下が留学すると決まったわけでなし、そう悲観的になることもあるまい」
八幡「そりゃそうなんですが … 」
そうは言われても、先生ですら何も知らされていないという事実が改めて俺の心に重く圧し掛かかる。
もとより、ポジティブとは縁の遠い性格だ。
楽観的に構えてていきなり突き落とされるより、最悪の事態を想定していた方が、いざという時に落差が少ない分、精神的ダメージも少ない。
どうしても悪い方へ悪い方へと思考が突き進んでしまうのも、ある意味仕方ないと言っていいだろう。
平塚「 ――― それに、な、比企谷」
弱音を吐きかけた俺の言葉を遮るようにして、それまでとは明らかに違うトーンで静かに切り出す。
その声の響きには、ともすれば塞ぎ込んでしまいそうになる今の俺でさえ、つい耳を傾けざるを得ない響きがあった。
平塚「今回の件に限らず、生徒の個別の案件に対して校長が最終的にどのような判断を下したかまでは、私のような下っ端 ……… いや、若手にまでは知らされないことも多いのだよ。ふふ」
八幡「 ……… この状況で、わざわざ言い直してまで若手強調する必要性がどこにあるんですかね」
しかもなんでちょっと嬉しそうなんだよ、この人。
904 :
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[sage]:2022/10/03(月) 22:30:53.51 ID:C6AJlavI0
幸いなことに途中で事故渋滞やトラブルに巻き込まれることもなく、俺たちを乗せた車はほぼ予定通りに空港の駐車場まで辿りつくことができた。
車が停止するや否や、シートベルトを外す手ももどかしく、急いで降りようとする俺の背中に落ち着いた声がかかる。
平塚「 ―――― さて、残念だが比企谷、私がキミに手を貸すことができるのもここまでだ」
八幡「え?」
その予想外の言葉に、ドアノブに手をかけたまま俺の動きが止まる。
ここまで来て先生が車から降りない理由。もしそんなものがあるとするならば、それはひとつしか考えられない。
俺はサングラスに隠されたままの先生の目をじっと見つめながら、恐る恐る口を開く。
八幡「 ……… もしかして、成田離婚のジンクスとか気にしてるんですか?」
まだ結婚もしてないのに? いくらなんでも気が早すぎじゃね? そういうことはせめてちゃんとした相手見つけてからにしましょうよ?
平塚「そうではない!」
八幡「え? なら春休みに海外旅行に向かうイチャコラバカップルを目にするのがイヤだとか?」
気持ちはわからないでもないが、今はそんなこと言ってる場合じゃ ……
平塚「それも違う! これはキミが抱える問題だからこそ、最後は自分自身の手でキッチリとカタをつけた方がいいだろうと、そう言っているのだ!」
あ、なるほど、そういうことね。
それにしても千葉って成田空港に限らず、成田山とか東京ディスティニーランドとか、カップルで行くと破局するってスポット、結構多かったりするんだよな。
でも小町も言ってたけど、別れるカップルは何もなくてもさっさと別れちゃうから、ジンクスなんてあまり当てにならないらしいよ?
905 :
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[sage]:2022/10/03(月) 22:42:41.60 ID:C6AJlavI0
平塚「どうしたのかね、今更気遅れしたというわけでもあるまい」
ドアノブに手を掛けたまま、暫し躊躇する俺の姿を見て、平塚先生が促すように声をかける。
八幡「わかりました。後は俺自身でなんとかしてみます」
小さく溜息をひとつ。一瞬の後には覚悟を決めた俺の口からは、自然とそんな言葉が滑り出ていた。
平塚「ほう、少しはゴネるかと思ったが、今日はやけに素直だな」
いつになく神妙に頭を下げる俺に対し、先生は揶揄うように云いながら口角を緩める。
正直、俺に雪ノ下を説得できなくても、先生と一緒ならなんとかなるかも知れないという皮算用が働かなかった訳ではない。
恐らく先生も当然俺のそんな考えを見透かしていたに違いない。
だが、やはりこれは俺がひとりで解決すべき問題なのだろう。なぜならば、俺が自ら課した、自分自身への依頼なのだから。
平塚「まぁ、不安になる気持ちもわからんでもないが」
俺の気持ちを察したのか、それ以上は何も言わなくてもいいとばかりに鷹揚に頷いて見せる。
平塚「私は普段は妙にヒネていて、どこか達観しているようなキミが時折見せる、そういう年相応の脆さも含めて十分好ましく思っているぞ」
何気なく付け加えられたそのひと言で、なぜか狭い車内が妙な空気に満たされる。
八幡「 ……… は?」
平塚「あ、いや、別に深い意味ではなくてだな、その、もちろん教師としてだ」
急いで顔を背け、げふんげふんと空咳を吹かしながら必至に誤魔化そうとする。
いや別に誰もそんなことまで聞いてませんけど? 自分で言っといて意識し過ぎだろ。ここに来て変なフラグ立てないでくれません?
平塚「ああ、それから言い忘れていたが」
気を取りなおすように空咳をひとつ、先生が俺の肩に優しく手を置く。
平塚「例の"勝負"に関しては、今のところキミと雪ノ下は全くの互角だ ―――― せっかくの機会だ、さっさとキメてきたまえ、比企谷」
ドアを開け、背中越しに無言で力強く頷く俺に対し、先生も莞爾として笑って返す。
材木座「八幡!八幡! 我も、我も好きであるぞっ!」
その時、再び背後のトランクルームをがたがたと揺らしながら負けじとばかりに材木座の声が聞こえて来た。
お陰で先程までの妙な雰囲気もたちまちのうちに雲散霧消する。
八幡「だからお前の意見なんざ誰も聞いてねぇっつの。つか、俺の方は全然そうでもないんだけど?」
材木座「あれれー? なんか我の扱いだけ違くないー? あれれー?」
八幡「 ……… 先生、少し遠回りになりますけど、こいつ帰りにコンクリ詰めにでもして東京湾に沈めてもらっていいですかね?」
平塚「 ……… 気持ちはわからんでもないが比企谷、産廃の不法投棄は犯罪だぞ」
906 :
1
[sage]:2022/10/03(月) 22:44:07.95 ID:C6AJlavI0
あと2回の更新で終わりです。ではではノシ゛
907 :
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[sage]:2022/10/10(月) 08:12:31.84 ID:4j2wPxKL0
成田国際空港は一日10万人の旅行客が利用し、空港関係者だけでも4万人の従業員がいるらしい。
空港のある成田市の人口が約13万人だそうだから、乱暴に言えば空港の敷地内には地方の中核都市の人口を越える人間がいる計算だ。
普通に考えても、その中からたったひとり、しかも俺のことを避けているかもしれない人物を見つけ出すというのは至難の業と言えた。
以前、俺も親に海外旅行へ連れて行ったもらった経験があるが、確か出発の一時間前にはチェックインを済ませておく必要があったはずだ。
一度セキュリティゲートを潜ってしまえばロビーには引き返せない。
――― つまり、その時点でゲームオーバーということになってしまう。もちろん、リトライもコンティニューもなしの一発勝負ということになる。
908 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:17:12.96 ID:4j2wPxKL0
空港ビルに足を一歩踏み入れた瞬間、空気が変わるのを肌で感じた。
清潔でモダンな内装。明るく柔らかな暖色系の照明に覆われた空間。磨かれた床に落ちる人々の影は常に忙(せわ)しなく行き交っている。
外国語と日本語を交えたアナウンスの反響する広大なロビーは、どこにいても異邦人といえる俺のようなぼっちでさえ、まるで遠い異国の地にひとり迷い込んでしまったかのような心細さと無力感を覚えさせた。
出発ロビーは吹き抜け構造で、上からなら広範囲に渡って周囲を見渡すことができたはずだ。
俺は上階に向かうエスカレーターを目指し、エントランスからホールを小走りに駆け抜けた。
909 :
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[sage]:2022/10/10(月) 08:23:31.43 ID:4j2wPxKL0
「 ―――― ふぅむ。ここに来るのも小学校の社会見学以来かのう」
気が付くと俺の背後には、材木座がさも当たり前のような顔をして、ひっそり、いや、のっそりと付き従っていた。
空調が効いているはずなのに、いやに暑苦しいわけだ。
そろそろ国連もSDGsの18番目の目標として材木座の対処方法を真剣に検討すべきだろう。
こいつが息をするだけで地球温暖化が環境破壊レベルで促進されている気さえする。
ネットの検索画面で“地球温暖化”とキーワードを入れた途端、すかさずサジェストで“材木座”と表示される日もさほど遠くないだろう。
材木座「見よ、八幡。人がまるでゴミのようではないか」
人目も憚(はば)らず高笑いを始めやがった。はいはい、他人他人。
どうやら高いところに立つと気が大きくなるタイプらしい。なるほど、バカは高いところが好きってのは本当なのな。
八幡「ゴミカスワナビなのはお前だろ。っていうか、何で俺についてきてるわけ?」
材木座「ぶほむ。八幡よ、我が来たからには安心するが良い ……… 何かは知らぬがの」
八幡「 …… だからその根拠のない自信はいったいどこからきてるんだよ」
やれやれ、どうやら平塚先生も扱いに困って俺におっつけたらしい。
自分で拾ったんだから最後までちゃんと面倒見るか元あった場所に戻してきなさいって母ちゃんいつも言ってるでしょ!
だが、考えてみれば材木座も雪ノ下の顔を知っているはずだ。
例えこんなヤツでもいないよりかはいた方がなんぼかマシなのだろう。
人手は多いに越したことはない。今はそれこそ猫の手だって借りたいし、なんなら猿の手に願うまである。ナニ物語だよ。
910 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:26:31.82 ID:4j2wPxKL0
材木座「ときに八幡よ、風の噂で耳にしたのじゃが、お主、ここに誰ぞ人を探しに来たのであろう?」
八幡「 ……… まぁ、そうだな」
吹き抜けから周囲を見渡し、それらしい人影を探しながら、うわの空で返す。
つか、いくら友達がいないからって風となんか会話すんなよ。
ただでさえ怪しい風体なのに、その上ひとりでブツブツ独り言呟いてたりしたら、それこそどこから見ても完全にアウトだろ。
それにしても、ある程度予想はしていたとはいえ、いくらなんでも人が多すぎる。
絶望的な気分に浸りながら、これからどうしたもんかと考えあぐねいていると、
材木座「なに、心配無用。人探しなど、この剣豪将軍の眼力をもってすれば、びふぉーぶれっくふぁーすとぞ」
八幡「もしかして朝飯前とか言いたいのか? あのな、国際空港だからって何も英語で話さなくていいんだぞ?」
材木座「いえすいえすおふこーす」
八幡「 ……… なんだよその昭和のJ−POP」
発音からして既にネイティブ・ジャパニース・イングリッシュ。純和製英語だし。
911 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:33:29.17 ID:4j2wPxKL0
材木座「されば八幡よ、これを機に我の秘密の一端を垣間見せるがゆえ、慄(おのの)いて平伏すがよい。実はこの伊達メガネ、伊達ではないのだ」
言いながら、メガネのブリッジを中指でくいと持ち上げて見せる。
八幡「な、何ぃ。伊達メガネなのに伊達ではない …… だと…… ?」
っていうか、それ伊達メガネだったのかよ。マジな話ならそっちのほうがよっぽどびっくりだぜ。
材木座「左様。この眼鏡型デバイスは我が千里魔眼を封じるための拘束具 ……… という設定なのだ」
八幡「 ……… 自分で設定とか言っちまうのかよ。つか、どうでもいいけど、それ今度は何のパクリ?」
材木座「無礼者! パクリなぞではない! あくまでもインスパイアを受けた作品に対する愛のあるリスペクトである!」
八幡「わかったわかった。でも、ちゃんと許諾とってあるのか? 裁判沙汰になると色々と面倒らしいぞ?」
材木座は俺のツッコミを無視し、芝居がかった仕草ですちゃりと眼鏡を外すと、小さいが意外に鋭い目で素早く四方を見回した。
――― そして、
材木座「ふっ、なるほど。我の思った通りである ……… 」
眉間に縦皺を作り、両腕を組んだまま、ぼそり、と、いかにも意味ありげなセリフをつぶやいた。
八幡「って、まさかとは思うが、お前、もしかして ……… 」
材木座「うむ、……………… やはり眼鏡がないと何も見えん」
八幡「 ……… お前が量産された暁には連邦などそれこそあっという間だな」
912 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 08:55:56.94 ID:4j2wPxKL0
八幡「よし、んじゃ、とりあえずふたりで手分けして探すぞ。見つけたらすぐに俺のスマホに連絡 …… 」
非日常的な空間のせいかテンション爆アゲで厨二病全開の材木座を適当にいなし、本来の目的に取り掛かろうとポケットをまさぐる俺の手がそこではたと止まる。
……………… 不味い。
どうやら家を出る時に別の事に気をとられ、不覚にもスマホを置いてきてしまったらしい。
これでは雪ノ下に連絡することも、材木座と互いに連携をとることもかなわない。
ここにきて致命的ともいえるミスをしでかしてしまったことに気がつき、思わず溜め息とともに天を仰ぐ。すると、
材木座「いや、暫し待つのだ八幡よ。我が考えるに、ただ闇雲に探し回るよりも、もっと良い策があると思うのじゃが」
何かしら考えがあるのか、材木座がそんな事を言い出した。
八幡「 ……… あん? そりゃどういう意味だ?」
材木座「やれやれ、お主ともあろう者がそんなことすら気が付かぬとはのう。少しは一般常識でモノを考えたらどうなのだ」
八幡「いや俺としても普段から非常識がトレンチコート羽織ってるようなお前にだけは言われたくないんだけど? つか、急いでんだから、もったいぶってないでさっさと言えよ」
材木座「まだわからぬか。相手を見つけるのができぬなら、逆に相手にお主を見つけさせればよいではないかと言うておる」
八幡「はぁ? だからどうやったらそんなことが ……… 」
材木座は俺の言葉を聞き流すようにして、伸ばした指でロビーの天井をさす。
材木座「されば八幡よ、今こそ天の声に耳を傾けるがよい」
おいおい、風の噂の次は天の声かよ。やっぱこいつ、一度じっくり医者に診てもらった方がいいんじゃねぇのか?
耳鼻科じゃなくて脳神経外科な? もしかしたら変な電波受信してるかもしれねぇぞ、バリ3で。
だが、その瞬間、今の今まで無意識に閉ざされていた耳が初めて周囲の音を認識し、同時に俺の頭に閃くものがあった。
―――― なるほど、ロビーのアナウンスか!
物心ついた頃から何かにつけ携帯電話で連絡を取り合っているようなご時世だ。
焦りのあまりテンパっていたとはいえ、そんな方法があったことすら、すっかリ失念していたぜ。
それに、もし雪ノ下が俺を避けていたとしても、こちらの名前を告げることなくして呼び出してもらうことができるので尚更好都合だ。
八幡「材木座、てめぇ、考えたな! 珍しくまともなこというじゃねぇか! 珍しく! 少しだけだけど見直したぜ! 少しだけ!」
大事なことなのでそれぞれ2回ずつ言ってみました。
材木座「うむ。自慢ではないが我はこう見えて昔から“自称やればできる子”と言われておるからの」
八幡「 ……… 自称なのかよ」
材木座「ともかく、お主は大人しく体育座りでもして待っておるがよい! ここは我の庭みたいなものであるからな。先に行って直々話をつけてきてやろうぞ」
八幡「いや、お前さっきここに来たのは小学校の社会見学以来だとか言ってなかったか?」
しかし、相変わらず人の話を聞かない材木座は、俺が止める暇もあらばこそ、ドタドタと何処とも知れぬ方向に駆けて行く。
その無駄に広い背中が今日ばかりはやたらと頼もしく見えるのは気のせいか。
……… でも、そういや俺、あいつに誰を探してるのかちゃんと伝えてあったっけ?
そんな一抹の不安を抱きつつ、待つこと暫し。やがて ―――――
……… ピンポンパンポーン。迷子のお知らせをいたします。千葉市からお越しの比企谷八幡様、千葉市からお越しの比企谷八幡様、お連れ様が ………
うんうん、やっぱりそうなるよね。さすがは材木座。相変わらず期待を裏切らない期待の裏切り方だぜ。
あいつってば、ここぞという時に限ってホント役に立たねぇのな。知ってたけど。
913 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 09:06:19.37 ID:4j2wPxKL0
しかし、今のアナウンスで俺が空港内にいることが彼女にバレてしまった可能性がある。
そうなると、雪ノ下も警戒して呼び出しに応じてくれないかも知れない。
いっそこのままひとりで雪ノ下を探し続けるか、それともその前に材木座を回収すべきか迷っていると、
「 ―――――――― え? もしかして、比企谷 …… くん?」
不意に背後からいかにも恐る恐るといった態で声がかかり、気がついた俺が反射的に振り向く。
すると、そこには今の今まであれほど必死になって探そうとしていた相手 ―――――――― 雪ノ下がすぐ目の前に立っていた。
俺の姿をそうと認めた途端、それまでの不安げな表情が一変、華やいだ喜びの笑みへと変わる。
普段はまるで氷の如く冷たく覚めた顔をしているだけに、不意に見せるそのギャップがやたらエグい。
雪乃「今、アナウンスであなたの名前を聞いた気がして、まさかとは思ったのだけれど ……… ここにいるってことは」
声も心持ち弾んで聞こえる。しかし、俺の方はと言えば驚きの方が先に立ち、ただただ茫然と立ち尽くしてしまう。
雪乃「 ……… 国外逃亡? 今度は何をしたの?」
八幡「 ……… ちげーよ」
つか、今度はって何だよ今度はって。
914 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 09:11:57.82 ID:4j2wPxKL0
雪乃「冗談よ」
目を細め、くすりと小さく笑う雪ノ下。そのいつもと変わりない態度を見ただけで、こんな状況であるにも関わらず安堵の吐息を漏らしてしまう。
八幡「それにしてもこの人込みの中でよく俺だってわかったな」
何を言っていいものか分からず、とりあえずは真っ先に思い浮かんだことを口にすると、
雪乃「それはもちろん ………」
雪ノ下も何か言いかけたようだが、急に口を噤み、目を逸らしながら小さく咳払いする。
雪乃「後ろ姿がやたらと不審な人がいたから、すぐにあなただとわかったわ。でも、やっぱり正面から見た方がずっと怪しいわね」
八幡「うるせーよ。ほっとけ」
まぁ、俺が挙動不審なのはいつものことだけどな。おかげで普段からひとりで街中歩いているだけで10m置きに職務質問の嵐だ。
しかもデフォで受け答えがキョドってるせいか、余計に怪しまれるので、おちおち身分証不携帯で出歩けやしない。
こうしてふたりで立ち話をしている間も、時折こちらに向けられる視線のほとんどは雪ノ下に対するものだが、残りは明らかに俺、それも空港の警備員さんのものだ。
雪乃「どうかしたのかしら?」
いつもと変わらない態度に却って釈然としない俺を見て、雪ノ下が小首を傾げる。
八幡「あ、いや、いつものお前なら“はっ、こんな処まで私を追いかけてくるなんて、あなたもしかしてストーカー? 社会的に抹殺されたいのかしら?”くらいの事は言いそうなものなのになって」
雪乃「 …… 全然似ていないのだけれど、微妙に似せてくるところが見ていてちょっとイラっとするわね」
915 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 09:20:40.39 ID:4j2wPxKL0
雪乃「ところであなた、こんなところで …… その …… いったい何をしているの?」
なにかを期待するような目でじっと見つめられ、急に落ち着かない気分になってしまう。
八幡「何って……そりゃ、…… お前こそ、いったいどこに行くつもりなんだよ?」
雪乃「 ……… え? どこって、それは」
つい、怒ったような声で問い返すと、雪ノ下にしては珍しいことに目を泳がせながら言い淀む。
そんな彼女の態度がもどかしくなった俺は、黙ってその細い肩を掴んで引き寄せた。
さほど力を込めたつもりはないのだが、弾みで雪ノ下が前によろめいたせいか、意図せずしてまるで抱きしめるような形で受け止めてしまう。
雪乃「え、あ、や、その、あの、ひ、比企谷くん? そ、その、み、みんなが見ているのだけれど」
慌ててはいるようだが、嫌がる様子は見えない。
八幡「 ―――― 行くな」
黒い髪の間から覗く、桜貝のような小さな耳に向かって囁くと、雪ノ下がびくりと体を強張らせた。
雪乃「い、行くなって、いきなりそんなこと言われても、わ、私としても、こ、困るというか …… 」
それでも抗うそぶりは見せず、俺の肩に頭をもたせかけたまま、か細い声で応える。
八幡「親がどうしてもって言うんだったら、家なんか捨てて、うちに来い」
雪乃「い、家を捨てて、う、うちにこいって。それって、あなた ……… 」
今度は少しだけ身体を離し、驚きと戸惑いに揺れ動く美しい瞳を真正面から見つめながら俺は、はっきりと告げた。
八幡「ああ、そうだ。今すぐは無理かもしれない。でも、いずれは俺が、俺が、俺がきっとお前のことも養って ……………… もらえるようにうちの親を説き伏せてみせるから」
雪乃「 ………… って、そっちなのね」
916 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 09:25:23.61 ID:4j2wPxKL0
雪乃「 ………… もう。たかが数日の間だけなのに、随分と大袈裟なのね」
恥ずかし気に俯き、再び俺の胸にもたれかかる雪ノ下の口から、切なくなるような湿った溜息とともに思いも寄らない言葉が漏れ聞こえてきた。
八幡「 は ………? 」
雪乃「 ……… え? 」
その瞬間、俺の頭の中が膨大な数の疑問符に占められる。
戸惑う俺から雪ノ下が一歩離れ、まじまじと俺の顔を見つめる。
雪乃「ええっと……、私はこれから留学予定だった学校やホームステイ先にお詫びの挨拶回りに行く ……… つもりだったのだけれど」
俺の様子を見て、雪ノ下が、おずおずと付け加えた。
八幡「え、や、で、でも由比ヶ浜が、お前が大変だって」
雪乃「由比ヶ浜さん? 由比ヶ浜さんにはそのことはちゃんと伝えてあったはずなのだけれど」
解せないわ、とばかりに首を傾げ、どこかで見たようなピンクのシュシュに束ねられた黒髪が肩先から胸元に向けてさらりと滑り落ちる。
八幡「それに、お前のスマホに電話したけど、すぐに留守番電話に切り代っちまって …… 」
雪乃「あ、ご、ごめんなさい。スマホは荷物と一緒に預けてしまったの。タブレットもあるし、いずれにせよフライト中に通話はできないから」
八幡「じゃ、じゃあ、陽乃さんからの、奉仕部をよろしくって伝言は?」
雪乃「それは、“部長である私のいない間、奉仕部をよろしくね”って意味だったのだけれど ……… 」
そのまま少しばかり困ったような表情を浮かべ、暫く俺の様子を窺っていた雪ノ下だが、不意に何かに気がついたように目を見開く。
雪乃「もしかして、あなた、私がまた留学してしまうんじゃないかと勘違いして?」
八幡「 ………… え? あ、や、うん、いや、まぁ、そ、それはアレだ、ほら、アレがアレしてナニだから」
図星を衝かれ、めまぐるしく目を泳がせながら必死に誤魔化そうと考えを巡らせるが、いつもはいくらでも思いつくはずの適当な言い訳がこんな時に限って何ひとつ出てこない。
雪乃「それで、私を止めようとして、わざわざここまで?」
そんな俺に対し、雪ノ下が詰将棋のように淡々と逃げ道を塞いでゆく。
もうやめてっ! 俺のヒットポイントはとっくにゼロなのよっ!
917 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 09:28:34.22 ID:4j2wPxKL0
雪乃「そう …… まったく」
やがて、どうやら全てを察したらしい雪ノ下が呆れたように小さく首を振る。
理由はどうあれ、結論からすれば彼女を信じ切れていなかったという事実に変わりない。
当然のことながらその事で責められるか、そうでなくとも愛想を尽かされるものとばかり思っていたが、
雪乃「 ……… 最後まで由比ヶ浜さんには敵わないわね」
思いがけず彼女の唇から零れ出たのはそんなセリフだった。
八幡「あん? 由比ヶ浜? それって ……… 」
どう言う意味なんだ、と問いかけたその刹那、俺の脳裏に可愛らしくアカンベをしている由比ヶ浜の顔がまざまざと浮かんだ。
あいつ ……… 一杯食わせやがったな ……… 。
918 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 09:34:38.11 ID:4j2wPxKL0
雪ノ下の語るところによれば、由比ヶ浜は俺と一緒に見送りに来たい、と言っていたのだが「どうせまたすぐに会えるのだから」と固辞したらしい。
由比ヶ浜はそれを自分に対する遠慮と捉えでもしたのだろう。
あれ以来、部室でのふたりに対する俺の態度も以前のそれと変わりない。
それは誰かに対する、ましてや由比ヶ浜に対する遠慮などではなく、それこそが俺の望んだ俺達の本来の姿であり、自然体だと思ったからに過ぎない。
八幡「まさか、あいつがいくらアホの子だからって、自分が邪魔者だとでも勘違いしてたのか?」
人一倍空気を読むことに長けた由比ヶ浜のことだ、それもありえない話ではないのかも知れない。
雪乃「まったく見当違いもいいところね。もしあの部屋に邪魔なものがあるとすれば、それは比企谷くんの存在以外ありえないのに」
八幡「うんうん、だからそうやって隙あらば俺をディスろうとするのやめような」
っていうか、アホの子は否定しないのかよ。
ちなみに最近めっきり物腰が柔らかくなったと評判の雪ノ下だが、遠慮がなくなった分、俺に対する当たりは以前よりも強くなっている。
それこそ人当たりがよくなったのではなくて、八つ当たりが酷くなったんじゃないかってレベル。
八幡「でも確かにあいつってば、ああ見えて結構強引だし、変に押しの強いところもあるからな」
もしかしたら、そんな俺達がもどかしくなって、あいつなりに背中を押してくれたつもりなのかも知れない。
そう考えれば、騙された事にも腹は立たず、知らず俺の口にも苦笑が浮かんでしまう。
雪乃「ふふ。そうね。でもそういえば由比ヶ浜さん、この間、私にこんなことも言っていたわ」
“ ―――― あたしは好きな人にフラれちゃったけど、その代わりに大切な友達がふたりもできたから、それでいいの”
なるほど。いかにも俺たちの知る由比ヶ浜の言いそうなセリフではある。
らしいとか、らしくないとかを超えたところで、由比ヶ浜はやっぱり由比ヶ浜なのだから。
そして結局俺たちはまた、いつものようにあいつの前向きな明るさに救われたことになるのだろう。
919 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 09:53:10.72 ID:4j2wPxKL0
八幡「あー…、もしかしたら、あいつもしばらくとはいえお前に会えなくなるのが寂しかったんじゃねぇのか?」
俺達に対するちょっとした悪戯を兼ねたサプライズ、みたいなものなのだろう。
色々な誤解も解け、少しだけ気持ちに余裕が生まれた俺が何の気なしに口にしたそのひと言に、
雪乃「あら、寂しがっているのは由比ヶ浜さんだけなのかしら?」
挑発的な笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込むようにして切り返す。
雪乃「それに勘違いとはいえ、ここまで私を追いかけてきた比企谷くんとしては、今のうちに私に何か言っておくべきことがあるのではないかしら?」
八幡「えっと …… いってらっしゃい気をつけて、とか?」
雪乃「処置なしね」 呆れ顔でばっさりと切り捨てる。
八幡「や、でも、そういうのはアレだ、強要されて言うもんでもねぇだろ」
雪乃「確かにそれもそうね。……… だったら自発的に言わせてみせればいいのかしら、無理矢理にでも?」
八幡「だからそれを“強要”と言うんだ、日本語で」
雪乃「そう。ごめんなさい。 私、こういうのは初めてだから、その、うまく言えないのだけれど …… 」
八幡「お、おう」
雪乃「私の事が好きなら正直にそう言った方があなたの身のためよ?」
八幡「なんで脅迫みたいになってんの?」 殺し文句じゃなくて脅し文句だろそれ。
雪乃「でも、もし私が本当に留学するつもりだったとしたら、あなた、いったいどうやって引き止めるつもりでいたの?」
八幡「あん? それは、その、えっと、ほら、色々あるだろ ……… いざとなったら強引に」
雪乃「強引に?」
八幡「土下座とか?」
雪乃「 ……… さすがに国際空港で土下座されても私としては困るのだけれど」
八幡「や、心配すんな。慣れてるから」
雪乃「心配するなと言われても安心できる要素が何ひとつ見当たらないわね。むしろ土下座慣れしていると公言して憚らないあなたの将来が心配になるくらいよ」
やれやれといった感じに首を振る。
八幡「えっと …… とりあえず、まぁ、そういうことだから。邪魔したな」
何がそういう事なのか自分でもよくわからないが、居心地の悪くなった俺は、しゅたっと手をあげ、できるだけさりげなくその場から立ち去ろうとすると、
雪乃「お待ちなさい! 話はまだ終わっていないわよ」
いきなり上着の衿をぐいとつかんで引止められ、反射的に仰け反ってしまう。と、
―――― ぽとん
その途端、俺の上着のポケットから紺色の小さな手帳のようなものが床に落ちた。
慌てて拾い上げようとする俺より早く、雪ノ下がそれを手に取る。
雪乃「これって …… 」
降り注ぐ照明に踊る菊の紋と金色の文字を目にした彼女の瞳が大きく見開かれ、同時に息を呑む気配が伝わってくる。
次いで俺に向けられたもの問いたげな視線に、どんな反応を示していいかわからず、つい明後日(あさって)の方向に目を逸らす俺。
ややあって、拾った手帳をこちらに差し出しながら、雪ノ下が心持ち上ずった声で告げた。
雪乃「 …… きょ、今日のところはこれくらいで勘弁してあげるわ。お、覚えていなさい」
八幡「 …… だからなんで悪役の捨て台詞みたいになってんだよ」
920 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 10:10:48.78 ID:4j2wPxKL0
八幡「って言うか、そういうお前だって、本当のところ少しは寂しいんじゃねぇのかよ?」
雪ノ下から受け取った手帳を上着のポケットに無造作にねじ込みながら言い返す。
我ながら少しだけ怒ったような口調になってしまったのは多分、単なる照れ隠しだ。
雪乃「 ―――― あら、当然ね」
しかし、何の衒(てら)いもなく雪ノ下に即答され、却って俺の方が慌ててしまう。
雪乃「だって、由比ヶ浜さんは私にとってたったひとりの大切な友達だもの。寂しいと思うに決まっているでしょう?」
それがどうかしたのか、とでも言わんばかりに一点の曇りもない目で俺を見返す。
八幡「 ……… いや、だからそうじゃなくてだな」
お前、それ絶対わかってて言ってんだろ。
八幡「それに、お前、今、たったひとりって言ったけど、一応、俺も …… その …… お前の友達 …… みたいなもんだろ? 違うのか?」
ここぞとばかり強く出るつもりが、ヘタレな俺はつい言葉尻にかけて日和ってしまう。
雪乃「 ―――――――― 友達? あなたと私が?」
だが、そのひと言を耳にした途端、雪ノ下が心外ね、とでも言わんばかりに片方の眉を大袈裟に吊り上げて見せた。
八幡「俺と由比ヶ浜が友達なんだから、友達の友達であるお前と俺も友達ってことにならねぇか?」
雪乃「いかにももっともらしいことを言っているつもりなのかも知れないけれど、友達の友達なんて赤の他人よ」
バカバカしい、とばかりにあっさりと俺の意見を全否定する。
雪乃「それに前にも言わなかったかしら。何があっても私とあなたとお友達になるなんてことは絶対にありえないって」
八幡「まぁ、そりゃそうなんだが ……… 」
だが、あの時と今とでは事情が違うはずだ。俺の中では共有していたとばかり思っていた認識が脆くも崩れ去る音が聞こえてきた。
雪乃「それにもし仮に中学時代の私のクラスに比企谷くんみたいな人がいたとしても、決してお友達にはなれなかったと思うわ」
何を言い返す間もなく畳みかける。
八幡「それは前に葉山からも言われたよ。っていうか、お前、ホントに俺のこと好きなわけ?」
思わず口を衝いて出てしまった言葉は自分自身でも驚いたが、それは雪ノ下も同じだったらしく、ぽかんとした表情に変わる。
しかしやがて、少しだけはにかんだような笑みを浮かべたかと思うと、おずおずと口を開いた。
雪乃「 ……… ええ、そうね。多分、なのだけれど」
八幡「多分?!」
思いがけない返事に軽くショックを受ける俺に向けて、雪ノ下がくすりと小さく笑いながら、ごく自然な感じで軽く一歩踏み出し、ふたりの距離を詰める。
その途端、俺の周りを嗅ぎ慣れたサボンの香りがひときわ強く、ふわりと舞った気がした。
雪乃「 ―――――――― あなたが思っているより、ずっと、ね」
囁くように耳元でそう告げ、軽く背伸びしながら、ぎこちなく、それでいて優しく、羽毛のように柔らかな唇を俺の唇にそっと押し当てた。
そして呆気にとられ口を半開きにしたままの俺からすいと離れると、スカートの裾を優雅に翻して背を向け、こう付け加える。
921 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 10:11:53.62 ID:4j2wPxKL0
「それに、私達はもう友達じゃなくて、恋人同士 …… でしょ?」
922 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 10:18:37.55 ID:4j2wPxKL0
いやはや、さすがはクール・ビューティー(笑)雪ノ下さんだな。
帰国子女だけあってキスのひとつやふたつ日常朝飯前なのだろうが、俺としてはなんか悔しい。負けた気さえする。
こちらを振り向くこともせず毅然とした足取りで去ってゆく、すらりと伸びた背を目で追っていると、ちょうどその反対方向からやって来た陽乃さんの姿が見えた。
ふたりは立ち止まって言葉を交わしていようたが、姉に反対方向を指された雪ノ下がくるりと向きを変え、そそくさと立ち去る。
………… どうやら方向音痴は相変わらずのようですね。
もしかしてここで偶然出会ったのも、どこへ行くつもりかと聞かれて言葉を濁していたのも、迷子だったからですか?
日本国内の、しかも空港内でさえこれなのにひとりで外国なんか行かせて本当に大丈夫なのかよ?
そんな妹の後姿を暫く不思議そうな顔をして見送っていたあねのんだが、やがて俺の姿に気が付くと、小さく手を振りながらこちらにやって来た。
陽乃「あら、比企谷くんも雪乃ちゃんのお見送り?」
八幡「 ……… えっと、ええ、まぁ。ははは」
咄嗟に俺の口からは乾季のタクラマカン砂漠を吹き抜ける風のように乾き切った笑いしか出て来ない。
まさか由比ヶ浜に唆されてのこのこ空港までやって来ましただなんて俺の口からはとてもではないが言えない。もちろん他人の口からも聞かせられないが。
陽乃「おやおや、熱いねー。あ、もしかして静ちゃんと一緒だったりして?」
八幡「え? あ、はい。そうです。よくわかりましたね。 …… って、そういえばさっき、急に貴女と連絡がとれなくなった、みたいなこと言ってましたけど?」
陽乃「そうそう、そうなの。実は今日のお見送り、珍しくお母さんも一緒だったんだけど」
八幡「げっ、そうなんすか?」 咄嗟に周囲を見回す。
陽乃「それがね、ほんのちょっと目を離した隙にいつの間にかはぐれちゃったみたいで。ほら、ここって広いし人も多いから探すのが大変だったのよ」
深い溜息をつきながら、やれやれといった調子で肩を竦めて見せる様子からは、いったいどちらが保護者なのかわからない。
案外、こう見えてこの人も苦労人なのかも知れないな。
八幡「それで、見つかったんですか?」
恐る恐る問う俺に、陽乃さんがふるふると首を振って答え、二人同時に溜息を吐く。
陽乃さんは呆れ混じりの、俺の方はもちろん安堵の溜息だ。
陽乃「 ―――― あ、ねぇねぇ。ところで雪乃ちゃん、どうかしたの?」
ふと何かしら思い出したかのように陽乃さんが俺に尋ねる。
八幡「 ……… え? 何がですか?」
陽乃「 ―――――――――― だって、さっき会った時、あの子の顔、真っ赤だったわよ?」
923 :
1
[sage]:2022/10/10(月) 10:20:06.21 ID:4j2wPxKL0
次回、最後の伏線を回収して完結です。ではではノシ゛
924 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 22:40:50.06 ID:Djle0+rf0
****** エピローグ ******
陽乃「 ―――― それにしても、まさかあの子のお父さんが会社で不正を働いていたとはね」
誘われるがままついてきた展望デッキで離着陸する飛行機を眺めながら、陽乃さんが思い出したように話を振ってきた。
高校時代、陽乃さんの親友だった女子生徒の父親が転勤した理由については由比ヶ浜の父親から事情を聞いており、そのことは既に陽乃さんにも伝えてある。
あくまでも会社の上層部で内々で処理されたという噂に過ぎないが、と前置きされた上でのことだったが、信憑性はかなり高いはずだ。
不正を働いた父親が会社をクビにされることなくに単に左遷で済んだのも、上司の命令というやむを得ない理由があったことや、会社が大きな損失を被る前に発覚したということもあるが、それ以上に雪ノ下母からの口添えが大きかったかららしい。
今考えると、一見して裕福な家庭にありがちだと思われた母のんの過干渉も、真相を知らされることで必要以上に娘が傷つかないようにという配慮だったのかも知れない。
八幡「処分が軽過ぎるんじゃないかって社内でもかなり反発があったと聞いてますけど?」
雪ノ下の父親の経営する建設会社は一部上場の大手だったはずだ。社長の奥さんってだけで人事にまで介入できるような強い権限があるものだろうか。
俺の疑問に対し、陽乃さんはそれが至極当たり前のことでもあるかのように、さらりと答える。
陽乃「そりゃ、うちのお母さん、お父さんの会社の筆頭株主だからね」
925 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 22:45:07.25 ID:Djle0+rf0
陽乃「でもホント、今回の件でキミには随分と助けられたし、感謝もしているんだよ。まぁ、やり方は私の思っていたのとはちょっと …… いえ、かなり違ってはいたけどね」
何を思い出したのか、くすりと小さく笑う。
陽乃「お陰で肩の荷が下りた気分だよ」
独り言のように呟きながら自らの肩をトントン叩いて見せるそのおどけた仕草に、心なし彼女の本音が垣間見えた気がした。
八幡「もしかして今回の件って、全て妹さんのために仕組んだ事だったんですか?」
思い切って聞いてみたのも、まるで根拠がないというわけではないからだ。
あの晩、雪ノ下の部屋に寄った際、すぐにでも引き払うような様子は窺がえなかったし、彼女もそんな話は一切していなかった。
それによく考えてみたら親の持ち家なのにわざわざ不動産屋に解約手続きに出向くというのもやはりおかしな話だ。
となると、雪ノ下の引越しの話自体、実は陽乃さんが俺に仕掛けたブラフであったという可能性が高い。
陽乃「あら、仕組んだなんて随分と人聞きが悪いことを言うのね」
しらっと答えつつも、決して否定しないところがいかにもこのひとらしいのな。
八幡「あの時、葉山が現れるように仕向けたのも貴女ですよね?」
あの時、というのは言うまでもなく、俺が雪ノ下の実家を訪れ、母親と対峙した時のことだ。
俺から発破をかけはしたものの、実際のところ本当に葉山が来るか来ないかは五分五分、出たとこ勝負だったはずだ。
それがああも都合よく現れたのも、やはり何らかの形で陽乃さんが裏で手を回していたに違いない。
そういや、母のんが「陽乃がどうしても会わせたい人がいると言うから」とかなんとか言ってたっけか。
それが母のんの口から葉山にも伝わっていたのかも知れない。あるいはそのように仕向けたか。
どっちにしろやっぱり策士だな、この人。
926 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 22:49:28.07 ID:Djle0+rf0
結果的に葉山に全ておっ被せる形になってしまって、正直、多少なりとも後味が悪い。
もちろん、それ以上にざまぁという気持ちもないわけではないのだが。
少しだけオブラートに包みながらも俺がそう口にすると、
陽乃「いいのいいの。この際だから隼人にはキツくお灸を据えておかなきゃって、思ってたところだし」
八幡「 ……… お灸、ですか? 葉山に?」
陽乃「そ。比企谷くん、あなた、隼人からずっとヒキタニって呼ばれてたんでしょ?」
八幡「え? ええ、まぁ …… つか、何でそんなことまで知ってんですか?」
俺の問いには答えず、陽乃さんが重ねて問うてくる。
陽乃「それって、おかしいって思わなかったの?」
八幡「いや、ここいらでは比企谷って名前自体珍しいし、人の名前を間違えることくらい誰でもあるじゃないですか」
そもそも俺なんてクラスメートから名前覚えてもらえないことの方がよっぽど多かったし。
陽乃「あの隼人がクラスメートの名前を間違えて覚えると思う?」
八幡「そりゃ…」
言われてみれば確かにその通りかも知れないが、俺はてっきり葉山のグループの誰か、―― 恐らく戸部あたり ―― が間違えて覚えたのがそのまま定着してしまったのだろうくらいにしか認識していなかった。
そうでなくとも、あいつらってばヒキタニだのヒキオだのヒッキーだの好き勝手呼びやがって、最初っからまともに覚えるつもりがあったのかと勘繰りたくもなってしまいたくなるくらいだ。いくらなんでも人の名前を雑に扱い過ぎじゃね? 俺も川なんとかさんに対しては人のこといえないけど。
陽乃「 ―――――― わ・ざ・と・よ」
八幡「 ……… は?」
陽乃「私たちがあなたのことを探してるって知ってて、同じクラスにいたのに、わざとずっと知らないふりをしていたの」
八幡「なんでそんな真似を?」
陽乃さんはやはりその問いにも答えず、代わりに俺を見る目を僅かに細めただけだった。
927 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 22:55:54.93 ID:Djle0+rf0
陽乃「でも、あの子たちもこれでやっと私の影から卒業できるかも知れないわね」
自分の背中を追いかけてばかりいた妹達の成長を喜ぶような、それでいて少し寂しそうな表情が掠める。
このひとくらいの才覚があるのなら、例え相手が身内であろうと、もっと穏便な方法で、良き姉としてそつなく振る舞うことだってできたはずだ。
時折雪ノ下に対して見せる、あの苛烈なまでに冷酷で、まるで突き放すような態度も、妹の自立と成長を促すための試練であり、敢えて憎まれ役を演じていたとしか思えない。
しかし、それも裏を返せば、それだけ身内に対して情が深い証左でもあるのだろう。
母のんもそうだが、何でも人並み以上にそつなく熟(こな)すクレバーな女性なくせに、どうして身内に対する愛情表現だけはこうも不器用なのだろう。
そう考えると可笑しくなると同時に、少しだけ悲しくなってしまった。
八幡「ずっと誤解されたままでいいんですか?」
陽乃「 ……… 比企谷くん、前にも言ったと思うけど、私、勘のいいガキは嫌いよ?」
まるで俺の心の動きを読んだかのように、やんわりと牽制してきたが、その目はいかにも愉し気に細められている。
あくまでも俺は部外者に過ぎない。姉妹の間に割って入ることなどできやしないし、しようとも思わない。
だが、余計なお世話と言われようが、俺としてはこの姉妹が一日でも早く本当の意味で和解できる日が来てくれることを願ってやまない。
なんせ間に挟まれた人間は堪らったもんじゃないからな。誰とは言わないが特に俺とか。
陽乃「それに、私ね」
彼女は再び俺から目を逸らし、どこか遠く、ここではない宙の彼方を見る凪のような穏やかな顔で静かに言葉を継ぐ ―――――
陽乃「悔しくて涙目になってる雪乃ちゃんの顔が大好物なの」
八幡「 ……… そういうとこだと思いますよ?」
928 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 23:02:14.24 ID:Djle0+rf0
陽乃「まぁ、それはそれとして」
その話はもう終わりとばかりにさっさと話題を切り替える。
陽乃「雪乃ちゃんから聞いてはいたけれど、キミって本当に最後には誰でも救ってしまうんだね」
八幡「そんな大それたことなんてしてやしませんよ」
他人を救うだなんて烏滸がましい。
今回の件だってそうだ。何だかんだ言いつつ、結局はまたいつものように、ある意味既存の枠組であった雪ノ下家と葉山家の婚姻関係をブチ壊してしまったというだけの話だ。
例えそれで誰かが救われたのだとしても、それはあくまで結果論に過ぎない。
いずれにせよ、救われた人間も、そうでない人間も、そのうちにまた収まるところに収まるのだろう。
だが、そこまでは俺の関知するところではない。アフターケアまでは奉仕部の活動の範疇にないのだから。
陽乃「でもハッタリとはいえ、うちのお母さんとあそこまで渡り合えるなんて大したものよ」
その声に珍しく掛け値なしの讃嘆が混じるのを聞いて、少しだけ面映ゆくなってしまう。
陽乃「私の高校時代にも比企谷くんみたいな子がいたら、きっともっと面白かったかも知れないわね」
八幡「いえ、既に十分過ぎるくらい我が世の春を謳歌してたって聞いてますけど?」
陽乃でなければ人でなしっていうくらい。いやむしろ陽乃さんだからこそ人でなしなのかも知れないが。
陽乃「ね、比企谷くんって案外、学校の先生なんかよりも政治家の方に向いているんじゃない?」
八幡「なんすかそれ」
いきなりそんな風に言われ、思わず苦笑してしまう。そもそも端(はな)から学校の先生になるつもりすらない。
それにもし仮にこんなヤツが政治家に立候補しても多分誰も投票しない。俺だってしない。
なんなら立候補する前に全会一致で辞職勧告が可決されリコールが成立するまである。
陽乃「さすがに国会議員までとは言わないまでも、もしかしたら県議会議員くらいなら務まるかもしれないわよ?」
八幡「 ……… とりあえず貴女は今すぐプ〇ティ長嶋さんに謝ってください」
929 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 23:07:40.83 ID:Djle0+rf0
陽乃「実はね、うちのお父さん、次の選挙で国政に打って出るつもりでいるらしいの」
八幡「 ……… へぇ、そうなんですか。―――― って、え?」
話の流れなのだろうが、さりげなく口にされた話題にしては結構重い。知らず彼女の美しい横顔を二度見してしまう。
陽乃「それで今のお父さんの地盤はそのまま私が引き継ぐことになりそうなんだけど」
八幡「ってことは、もしかして大学卒業したら県議に立候補するつもりなんですか?」
陽乃「そ。とりあえず、それもいいかなって」
軽っ! え? そういうもんなの? 議員に立候補って、とりあえずとかそんなサラリーマンが居酒屋で最初に生ビール注文するみたいなノリでするものなの?
陽乃「 ……… で、ここから本題なんだけど」
思いがけず声の調子が真面目なものに変わったせいもあり、いけないとわかっていながらも、ついついその巧みな話術に惹きこまれてしまう。
陽乃「もしその気があるのなら、だけど、比企谷くん、将来のことを考えて今からうちで秘書みたいなことやってみない?」
八幡「秘書 …… ですか?」
陽乃「うん。最初は私のマネージャーっていうか、簡単な雑用係みたいなものなんだけど。比企谷くん、そういうの得意そうだし?」
八幡「 ……… ふぅ。いいですか? 雑草という名の植物が存在しないように、雑用という名の仕事も存在しないんですよ?」
昨年の文化祭の時も雪ノ下から記録雑務の雑務という名目で際限なく仕事を振られ続けた俺が言うのだから間違いない。
陽乃「もちろん、大学に通いながらでも全然構わないし、ちゃんとそれなりのお給料も支払うわよ?」
冗談めかしながら「どう?」とばかりに問うてくるその目が全く笑ってないのが逆にヤバい。
八幡「え、あ、や、その、そりゃ、もちろん ……… 」
陽乃「え? 本気?」
自分から誘っておきながら陽乃さんの方が驚いた顔をする。
八幡「 ……… お断りするに決まってるじゃないですか」
陽乃「 ……… だと思ったわ」
まるで最初から俺がそう答えるのを予期していたかのように、陽乃さんが小さく溜息交じりに呟いてみせる。そして、
930 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 23:09:23.91 ID:Djle0+rf0
「でもホントはそういう意味で誘ったんじゃないんだけどな」
小さく口を尖らせ、つまらなそうにぽしょりと口にするその声は、離陸する飛行機のエンジン音に掻き消されて俺の耳にまでは届いて来なかった。
931 :
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[sage]:2022/10/11(火) 23:19:28.90 ID:Djle0+rf0
陽乃「あ! あれ、雪乃ちゃんの乗った飛行機よ」
まるで何かを誤魔化すかのように、わざとらしくはしゃいで見せながら指さす方向に目を向けると、ちょうど飛行機が一機、滑走路から空に向けて飛び立つところだった。
八幡「 ……… "本物"ってあるんですかね」
ふと口を衝いて出たのは単なる独り言に過ぎなかったのだが、そんな俺の横顔を、なぜか陽乃さんは黙って凝っと見つめている。
しかしやがて、
陽乃「そうね。比企谷くんが本物だと信じているなら、それが本物なんじゃないかしら?」
あまりにも漠とした問いにふさわしい、答えともいえない答えはまるで哲学か禅問答のそれだ。
だが、確かにその通りなのかもしれない。
本当の本物。そんなあるかどうかもわからないものをずっと追い続けた俺は、ある意味、幸せの青い鳥を探して旅していた、あの兄妹のようなものだったのかも知れない。
苦労して追い求めていたはずのそれは、実は手を伸ばす勇気さえすればいつでも届くところにあったのだ。
手にした葡萄が甘いか酸っぱいかは些細な問題に過ぎない。
自分が心から欲し、希(こいねが)うものを自分自身の手で掴み取るために、気持ちを行動に移す事こそが大切なのだから。
そして、その過程で失敗することや間違いを犯すことも決して悪い事ではないのだろう。
なぜならば、数え切れないほどの失敗と、数えるのもイヤなるほどの挫折を積み重ね、黒歴史の上に更なる黒歴史を厚く塗り重ね、トライ・アンド・エラーどころかエラー・アンド・エラーを繰り返してきた俺だからこそ、今はこうして自分だけの“本物”を手にすることができたのだから。
甲高いエンジン音の尾を引きながら、機体は徐々に高度を上げて行き、何もない虚空の彼方へ吸い込まれるように消えて行く。
春に向けて日に日に長くなる太陽は既に傾きはじめ、気がつくと午後の斜陽があたりを黄金色に染め始める。
やがて太陽は水平線に姿を消し、明日の朝には再びその姿を現す。
泣こうが喚こうが常に地球は回り、人々は日々途切れることなく生活を営む。
そして、―――― これからも俺の青春ラブコメは間違い続ける。
俺ガイルSS 『(やはり)俺(に)は友達がい(ら)ない』了
932 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 23:21:55.85 ID:Djle0+rf0
* * * * * * *
933 :
1
[sage]:2022/10/11(火) 23:23:27.83 ID:Djle0+rf0
もしもし? お母さん? もう、探したわよ。今どこにいるの? え? 案内所? そこで何してるの?
面白いものを見つけた? ほっぺがもちもちで、お腹がぷにぷに?
家に連れて帰りたい? ダメよ。うちでは飼えないって言ってあるでしょ。元あった場所に戻してきなさい!
……… ちまん? 八幡? 八幡? どこにおるのだ? …… 我を、我を助けるのだあああああああああああああああ!!
934 :
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[sage]:2022/10/11(火) 23:24:38.57 ID:Djle0+rf0
無事、完結しました。いずれどこかでまたお会いしましょう。ノシ゛
935 :
1
:2022/10/12(水) 20:28:37.48 ID:dDR/aJIV0
最後だし、アゲときます
936 :
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[sage]:2022/10/16(日) 21:19:09.36 ID:WbZnScKj0
完結に5年も費やしてしまい、さすがにもう誰も見てないだろうと思ってたら、まとめサイトにアップされてちょっとびっくり。
しかも前・後編てww
ありがたや、ありがたや。
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