俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 その他 Part2

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519 :1 [sage]:2017/04/01(土) 02:13:02.65 ID:kJTaB7og0

本日はここまで。次回は来週になります。ホントに18日までに終わるのかこれ? ではでは。ノシ
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 02:14:32.99 ID:VcTRgRwQ0
乙です

>>519
延期の可能性が濃厚らしですよ……
521 :1 [sage]:2017/04/01(土) 08:19:22.84 ID:G6FfJDSg0
>>512

10行目、由比ヶ浜父→結衣父 


>>520

ありゃ。ガガガの公式刊行予定からも消えてますね。 ふっ、どうやら命拾いしたようだな。俺が。

522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 21:44:43.99 ID:OnprhLiCo
おつー
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 22:09:23.19 ID:WF/7CBcso
乙カレー
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 00:33:51.12 ID:DKikP493o
乙です
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/06(木) 09:11:29.33 ID:/5JBFrdC0
乙です.どうやって解決するのかわくわくです.
526 :1 [sage]:2017/04/10(月) 09:59:31.40 ID:V4c5Zqkj0

4月上旬の忙しさナメてました。(死
527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/21(日) 08:37:57.81 ID:hGIAsniN0
続きを待ってるよ。
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/29(月) 01:05:54.58 ID:oMqtiwxd0
ガハマさん振られたかぁ
八結嫌いじゃないというかむしろ好きだったんだが
残念だが続きを楽しみにしてます
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/29(月) 08:20:24.51 ID:waS7vLIDO
>>528
本編のどこを見たら八結が成立する要素があると思うんだか
寧ろガハマが八幡にやってきた仕打ちを思えば好かれる要素なんざ欠片もない
毎回の様に「キモい、キモい」と暴言吐いてやることなす事disってきて、しかも八幡のトラウマやガハマが感情で動く奴って認識だったとしたら尚更好感なんて持ちようがないだろうが
530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/21(水) 03:35:25.66 ID:HDbsjCz70
気長に待ってるよー
531 :1 [sage]:2017/06/28(水) 21:41:01.84 ID:7mXKmTT00

欠員補填の玉突き人事で、遠方の、しかも全く畑違いにの部署に異動させられてマジで死ぬところだったぞなもし。

やっとこさ落ち着いたので、近々再開。ちゃんと完結させる(つもりだ)からね?



532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 21:41:31.37 ID:L5NdZ8ywo
ういー
533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 22:04:40.32 ID:Cq9zUiBHo
言い訳はいい
早く書きなさい
534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 14:17:23.23 ID:iLTplhTvo
まあこんなこと言ってる時点で終わらせる気なんて毛頭ないよね
535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 14:48:43.94 ID:HaFua/Vgo
まってる
536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 16:37:18.98 ID:PYk9bqMO0
>>534
書く気もないぞ
537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 18:33:53.33 ID:wdw5/tN7O
取り敢えず人としての最低な行為を行い、八幡の嫌いな欺瞞を肯定したガハマが八幡と雪乃の前から消える展開にしなければ潰すからよろしくな
538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 18:58:09.32 ID:317sqqfF0
潰す=無職が24時間掲示板を監視して電池切れを気にしながらコピペすること
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 19:05:50.08 ID:wdw5/tN7O
>>538
ああ?黙れぶっ[ピーーー]ぞガハマ豚が
前にも読者に対して舐めた真似をしたら潰すって言ってんだよ
540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 19:18:45.97 ID:Eg8lD43l0
>>539
やっはろー
ほんと無職ヒキコモリって口だけは威勢がいいよね、
口だけはww
履歴書もコピペでできればいいのにねww
541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 08:08:24.66 ID:sSe8hHScO
自分のエゴを押し通して雪乃を蔑ろにした結衣に対して、自分の感情を封じて結衣に譲ろうとした雪乃という構図なわけなんだから
結果は逆になって然るべきなんだよな、ここまでやった結衣が八幡と雪乃の側に居続けるのは筋が通らないし都合が良すぎる
542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/01(土) 21:44:37.69 ID:Jys/XVJA0
>>540

何言ったって無駄なんだから一々触るなよ。
543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 18:10:36.01 ID:6xgJIPVxO
現状で形成不利だからと雪乃潰しと不利な現状の立て直しや将来的な逆転の為の時間稼ぎに現状維持狙って提案という名の攻めにてに出て大失敗して
今度は雪乃がますます不利になったら抜け駆けして搦め手で雪乃を嵌めようとしたんだ、こんなクズみたいな事をやっておいて、どのツラ下げて八幡と雪乃の前にいるつもりなの?恥知らずにもほどがあるだろ
544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/04(火) 15:53:34.31 ID:E+McGKBE0
まってる.楽しみにしてるよ.
545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/05(水) 10:10:03.58 ID:H18eRJU60
期待.
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/12(水) 17:10:02.23 ID:U+4dJS0M0
547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/19(水) 01:21:53.82 ID:6UBifIXZO
クソビッチが奉仕部から追い出される展開マダー?
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/25(火) 08:43:26.04 ID:UJKaE9xp0
がんばれ〜
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/25(火) 19:14:07.28 ID:Ci0RF5NTO
ビチヶ浜がこのまま奉仕部に居座る展開とか死ぬほどやめて欲しい
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/25(火) 21:03:04.60 ID:IlWLMLCJo
成仏しろよ
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage sage]:2017/07/25(火) 21:47:12.09 ID:1xcPMaRp0
ガハマは奉仕部に要らない
552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/25(火) 23:37:02.07 ID:f50Zb+XQO
(´・ω・`)糞ヶ浜は奉仕部の癌
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/02(水) 01:59:11.41 ID:jW/6fCgFO
自分は八幡が考えた事なら基本肯定するけど
周りに妥協して馴れ合うに様になるのは八幡が絆されて妥協した様に見えるから薄っぺらく感じる
八幡が周りに流されて変化を受け入れるのはコレジャナイと思う
八幡自身が独特の価値観で「孤高」を貫いてきたキャラであるからこそ人気があるんだから、周りに尻尾ふって馴れ合うに様になるとは違うと思う
周りや親しい人間を敵に回しても自分を貫くから八幡はかっこいい
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/05(土) 04:12:49.66 ID:tGAkjmjA0
由比ヶ浜うぜえ
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/09(水) 18:40:50.81 ID:NQoWBS7G0
新刊9/20だってな
まあ、また延期かもしれないけど
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/11(月) 21:40:06.62 ID:ehSXNYi80
>>555
アマゾンで予約受け付けてたし表紙の発表もしてあるから間違いないと思われ
557 :1 [sage]:2017/09/23(土) 00:05:25.88 ID:0guk6kq10

マジでちょっと死んでますた。(白目
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/23(土) 05:11:55.33 ID:SpB9VfDso
成仏しろよ
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/10/03(火) 06:14:34.60 ID:xSWAQy4Z0
続きをたのむよ.
560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/04(水) 01:52:50.61 ID:v/f0UgHk0
>>1は新刊読んだ?
561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/04(水) 02:27:45.36 ID:xeRWyN6po
読んだよ(裏声)
562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/24(金) 21:22:33.16 ID:8gDVPESaO
もう2度と潰すなんていいません
今まで邪魔ばかりしてすいませんでした
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/24(金) 22:51:02.71 ID:FlWybqUEO
前スレから>>1様が投稿している最中に横コメをする様な真似や誹謗中傷の暴言の数々を行い本当にすいませんでした
謝っても許されない真似をしたのは本当にわかっています
もう絶対にこのスレに書き込む様な事はしませんし、読者の人達に暴言を吐く様な真似は絶対にしないと誓います
都合のいい事を言うなと言われるかもしれませんが本当に今までの事はすいませんでした
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/24(金) 23:36:20.82 ID:YfZUylnfo
謝る暇あったら通報してこいよお前絶対負けないから

電池脅迫したら逆に捕まったとか最高に馬鹿すぎて面白いから超見たい。はよ通報しろ
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/04(月) 23:18:24.22 ID:1WkqRT660
566 :1 [sage]:2017/12/22(金) 00:24:42.14 ID:frZyzxzk0

>>558

終わらせるまで成仏できへんねん。

>>560

途中まで読みましたが、続き読むのは原作完結してからにしようかなと。

前任者がふたり立て続けに不幸に見舞わるという曰くつきの仕事を無理やり引き継がされ、それも10月の下旬にはなんとか山場越えたんですが、このSSの方は些細なところでつっかかって先に進めなくなってました。

あまりにも放置期間が長くなって申し訳なくて、このスレ覗くのもちょっと怖くなってたんですが、dat落ちしてなくてマジ安堵してます。
いつもやるやる詐欺ですみませんが、ちゃんと最後まで書き上げるつもりで現在進行形で執筆中です。
567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/22(金) 01:45:40.57 ID:s74f1q0MO
SS作家には付き物なこと
・PCが壊れる、もしくは書き溜めたデータが吹っ飛ぶ
・板を覗くわずかな数分間の時間も取れないほど仕事や私生活が忙しくなる
・長らく放置していても何者かが保守をしていてなぜか落ちない
568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/12(火) 20:20:37.99 ID:AyGAPIp5O
まだ?
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/14(木) 15:29:26.21 ID:mlFLmGMK0
【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg

あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。

2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。

以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。

自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→ http://www65.atwiki.jp/utagyaku/

2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/14(木) 15:30:14.38 ID:mlFLmGMK0
>>569
私こと先原直樹は自己の虚栄心を満たすため微笑みの盗作騒動を起こしてしまいました
本当の作者様並びに関係者の方々にご迷惑をおかけしました事を深くお詫びいたします

またヲチスレにて何年にも渡り自演活動をして参りました
その際にスレ住人の方々にも多大なご迷惑をおかけした事をここにお詫び申し上げます

私はこの度の騒動のケジメとして今後一切創作活動をせず
また掲示板への書き込みなどもしない事を宣言いたします

これで全てが許されるとは思っていませんが、私にできる精一杯の謝罪でごさいます

http://i.imgur.com/QWoZn87.jpg

私が長年に渡り自演活動を続けたのはひとえに自己肯定が強かった事が理由です
別人のフリをしてもバレるはずがない
なぜなら自分は優れているのだからと思っていた事が理由です

これを改善するにはまず自分を見つめ直す事が必要です
カウンセリングに通うなども視野に入れております

またインターネットから遠ざかり、しっかりと自分の犯した罪と向き合っていく所存でございます

http://i.imgur.com/HxyPd5q.jpg
571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/14(木) 15:31:12.75 ID:mlFLmGMK0
>>569
ニコニコ大百科や涼宮ハルヒの微笑での炎上、またそれ以前の問題行為から、
2013年、パー速にヲチを立てられるに至ったゴンベッサであったが、
すでに1スレ目からヲチの存在を察知し、スレに常駐。
自演工作を繰り返していた。

しかし、ユカレンと呼ばれていた2003年からすでに自演の常習犯であり、
今回も自演をすることが分かりきっていたこと、
学習能力がなく、テンプレ化した自演を繰り返すしか能がないことなどから、
彼の自演は、やってる当人を除けば、ほとんどバレバレという有様であった。

その過程で、スレ内で執拗に別人だと騒いでいるのが間違いなく本人である事を
確定させてしまうという大失態も犯している。


ドキュメント・ゴンベッサ自演確定の日
http://archive.fo/BUNiO
572 : [sage]:2019/06/30(日) 00:07:21.89 ID:UuBroTXy0

* * * * * * * * * *

573 : [sage]:2019/06/30(日) 00:12:28.62 ID:UuBroTXy0

帰りの電車で揺られている間も、去り際に無言で小さく手を振る由比ヶ浜の寂しそうな笑顔が脳裏から離れないでいた。

ぽつぽつと空席が目についたが座る気にもなれず、僅かに後ろ髪を引かれる思いと模糊とした焦燥に駆られるまま、寄りかかったドアの窓を意味もなく手の甲で小突いてしまう。


がたり


と、電車がひと際大きく揺れ、バランスを崩した拍子に我に還る。

何はどうあれ自分の中で選択は為されたのだ。済んでしまったことを今更悔やんだたところで仕方あるまい。

未だ燻り続ける胸の蟠りを散らすように溜息をひとつ。その息で白く濁ったガラスを何気に掌で拭うと、色のない空に滲む月の影が目に映った。
その朧な光の輪郭に、憂いを秘めた雪ノ下の美しくも儚げな横顔が重なる。


―――― あなたは、どうなの?


流れゆく街の灯の上に静かに留まり続けるそれは酷く現実味を欠き、ともすれば触れられそうなほど近く感じられたが、いくら手を伸ばしたところで届きはしないことは子供だって知っている。

頭ではそうとわかっていながらも、気持ちのうえで納得できない距離感がいつになくもどかしい。

無意識に伸ばしかけた指がガラスに阻まれ、あまりの愚かしさに気が付いて苦笑しながら頭(かぶり)を振る。

決して届かない高みにある葡萄を酸いと断じた寓話のキツネも、口では何と言おうと心の奥底ではずっとそれを夢見ていたに違いない。
今の俺にはその捻くれ者のキツネの気持ちが痛いほどよくわかる気がした。
574 : [sage]:2019/06/30(日) 00:15:38.11 ID:UuBroTXy0

車内アナウンスが終点の駅名を告げ、降車する人の群れに混じってホームに降り立つ。

吐く息は白く煙り、僅かに露出した肌の部分をちくちくと刺す外気の冷たさは、暦の上はともかく体感上は未だ春が近からぬと告げているかのようだった。

人の流れに身を任せて昇りエスカレーターに乗り、長く狭い無言の列から解放されると、ここ数年続いた改装工事を終えて見違えるように広く明るくなった駅構内へと出る。

未だ微かに漂う新建材の香る中、急ぎ足で行き交う人々の合間を縫うように改札口へと足を向ける途中、ふと思うところあって足が止まった。

―――― 駅の音声ガイダンスの“多機能トイレ”って、なんでいつも“滝のおトイレ”に聞こえちゃうのかしらん?

そんな本当にどうでもいいようなことを考えていたせいもあるのだろう、俺のすぐ後ろを歩いていた通行人に気が付かず、背中でぶつかってしまう。


「 ―――― ちょっとぉ、あんた、どこ見てんのよ?」 


え? 何、もしかして青木さ○かなの?

苛立ちを隠そうともせず、頭ごなしに浴びせかけられたそのセリフに戸惑いつつも、急に足を止めた非はこちらにある。

それに今はそんな些細なことでいちいち目くじらを立てるような気力も残ってないし、変にゴネられてイザコザに巻き込まれるのもまっぴらゴメンだ。

もごもごと謝罪の言葉らしきものを口にし、逃げるようにその場から立ち去りかけたところで、ふと声に聞き覚えがある気がして、再び足が止まる。


八幡「 ―――――― って、お前、三浦か?」

三浦「あ゛?」

振り向き様声をかけたその相手 ――― 三浦優美子はつかつかと足早に詰め寄ったかと思うと、むんずとばかりに俺の胸倉をつかみ、ぐいと顔を寄せる。


近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い恐い恐い恐い恐い恐い! 近すぎるし、それ以上に恐すぎるだろっ!


三浦「 ―――――――― あんた」

八幡「よ、よう」


三浦「 ……… 誰だっけ?」

八幡「って、俺だよ、俺、比企谷だよ、比企谷!」
575 : [sage]:2019/06/30(日) 00:17:47.90 ID:UuBroTXy0

三浦「 ……… なんだヒキオじゃん、そうならそうって言いなよ」

八幡「 ……… だからそう言ってるだろ」

やっと俺が誰だか気が付いたらしい三浦が眉間にキツく寄せた縦皺を解く。
っていうか一応クラスメートなんだからいい加減名前くらい覚えろよ。俺も他人のこと言えねぇけど。

八幡「あー…、ところで、お前、どうしたんだ、こんなところで?」

行きがかり上とはいえ、自分から声をかけてしまった手前そのままただ黙って突っ立っているのもなんかアレなので取りあえず俺の方から話を振ってみる。

三浦「あーし? あーしは姫菜と遊びに行った帰りなんだけど、……… そんなのあんたに関係ないっしょ」

八幡「 ………… まぁ、そりゃそうなんだが」

けんもほろろというか、取り付く島もにべもない返事だが、正直俺だってこいつに限らず他人が休みの日にどこぞで誰と何をしてようが、いちミリだって興味もないし関心もない。

そうでなくとも今日は由比ヶ浜とあんなことがあったばかりだ。
できればあまり顔を会わせたくない相手なのだが、なぜかそんな時に限ってやたらとエンカしてしまう確率が高くなるのが八幡流引き寄せの法則。
576 : [sage]:2019/06/30(日) 00:23:29.32 ID:UuBroTXy0

三浦「あんたは、ひとりなの?」

ただでさえ不機嫌そうな顔に更に輪をかけて不機嫌そうな声で三浦が問うてくる。 

八幡「 ……… ん? ああ。 まぁ、大抵そうだな」

自慢ではないが俺がひとりなのは何も今日に限ったことではない。つか、んなもんいちいち聞かなくたって見りゃわかんだろ。

それにしても普段から気軽に言葉を交わすように相手でもなし、そもそも俺の場合普段に限らず気軽に言葉を交わす相手すら滅多にいなかったりする。
それがなんで今日に限って、そんな分かり切ったことまでわざわざ聞いてくんのかね、などと訝しんでいると、


三浦「っていうかー、ホントは今日、結衣のことも誘ってたんだけどー、あの娘、昨日の夜になっていきなり“大切な用事ができたから”って断り入れてきてー」

八幡「 ………… お、おう、そ、そうなのか」

ドンピシャのタイミングで放たれたそのセリフに、心当たりのありすぎるほどある俺の目が意志に反して泳ぎ出し、背中を冷たい汗が音もなく流れ落ちる。

そういえば、由比ヶ浜と今日ふたりで会っていたことは雪ノ下にも伝わっていると聞いている。
だとすれば、あいつの性格からして三浦に黙っているということの方が考え難い。

というか、俺の過去の経験から推測するに、みんな知ってたのに俺だけ知らなかったという可能性の方が遥かに高かったりする。
小学校のクラスメートのお誕生会とかでも、俺だけ呼ばれてないのを知らないのも俺だけだったりしたんだよな。

恐らく由比ヶ浜のことだ、俺に気を遣わせまいとして先約があったことはずっと黙っていたのだろう。

三浦の機嫌を損ねないよう電話越しにお団子髪を揺らしながら、コメツキバッタか社畜営業の如くひたすらぺこぺこと頭を下げまくっている由比ヶ浜の涙ぐましい姿が目に浮かぶようだった。

でもあれな、よく考えたらいくら頭を下げたところで相手からは見えてないんですけどね。

577 : [sage]:2019/06/30(日) 00:26:09.02 ID:UuBroTXy0

三浦「 ――― あに?」

おっと、いかんいかん。どうやらいつの間にか無意識のうちにまじまじと見つめてしまっていたらしく、三浦に険のある目で睨みつけらてしまう。

八幡「え、あ、や、ドタキャンされたって言ってる割には、なんかお前、ちょっと嬉しそうだなって?」

咄嗟に口を衝いて出たセリフだが、テキトーぶっこいているというわけでもない。
先ほどから見ている限り、俺に対する態度こそ不機嫌そうではあるものの、由比ヶ浜に対しては別に怒っている風でもなさそうだ。
それどころか何やら満更でもない様子だと思ったのだが、

三浦「はぁ?! そんなことないし! あんたもしかして目ぇ腐ってんじゃないの?!」

一言のもとに切り捨てられてしまう。しかもそれ、別にもしかしなくてもよく言われてるんですけどね。

三浦「そうじゃなくって、ほら、あーし、こういう性格だからー、なんていうかー、ハッキリしない態度が一番イラってするっていうか?」

…………… いや、それ単にお前が怖いからじゃねぇの? だったらまずその他人に対してデフォで高圧的な態度なんとかしろよ。
教師だってビビッて授業中に指名するのを避けてるって話だぞ? いったどんだけレジェンドなんだよ。

と、思わずツッコミそうになってしまったが、「何か言いたい事でもあんの?」と言わんばかりのひと睨みで何も言えなくなってしまう。

だからお前がそんなだからみんな怖くて言いたい事も言えなくなるんだってことにいい加減気が付けよ。
っていうか、コイツさっきから言ってることとやってることが全然違くね? もしかしてダブルスタンダードがスタンダードなの?
578 : [sage]:2019/06/30(日) 00:27:49.52 ID:UuBroTXy0

そのまま何やら手持無沙汰気に自慢のゆるふわ縦ロールの金髪にくりんくりん指を絡め、みゅんみゅん引っ張っていた三浦だったが、やがて、

三浦「 ……… だから、なに? その、あの子もああやって、やっとあーしにハッキリものが言えるようになったのかな、なんて思わないわけでもないわけでもないけど?」

今度は微かに頬を赤らめながら照れ隠しのようにごにょごにょと付け加える。

その普段は見せることのない、我が子の成長ぶりを喜ぶおかんの如き見事なまでのツンデレっぷりに、思わず聞いている俺の口の端が微かに緩んでしまった。

なるほど、確かに考えれてみれば由比ヶ浜が以前のように単に周りの空気を読んで合わせるだけでなく、自分の意見や考えをハッキリと相手に伝える事ができるようになったのも雪ノ下のみならず三浦の影響が大きいのだろう。

……… なんせこいつらってば言いたいことは勿論、言わなくてもいいことまでズケズケ言いやがるからな。

579 : [sage]:2019/06/30(日) 00:31:21.86 ID:UuBroTXy0

八幡「 ……… あー、それで、もしかしてお前、俺に何か訊きたいことでもあんのか?」 

かたやスクールカーストの中でも最上位グループのそのまた頂点に君臨する女王様、かたやカースト最下層の更にその底辺を這いずり回っているような名も知れぬぼっちである。

共通の話題なぞそうそうあろうはずもなく、それきりふっつりと会話が途切れてしまう。
普通ならそんな時は「あ、じゃあ」「うん、じゃあ」という文字通りあ・うんの呼吸で袂を別つことになるはずのだが、なぜか三浦は一向に立ち去る気配を見せない。

仕方なく俺の方から水を向けると、

三浦「 ……… 用もないのになんであーしがあんたなんかと無駄話しなきゃならないわけ?」

半ばふて腐れたような口調で逆ギレ気味に肯定されてしまったが、どうやら図星だったらしい。

八幡「それって、やっぱり由比ヶ浜のことなのか?」

勇を鼓してと言えば聞こえがいいが、地雷原の上でタップダンスでも踊る心地で恐る恐る尋ねながらも、多分それだけではないであろうことは薄々察しがついていた。

もしそうだとしたら、わざわざ俺になんぞ訊かずとも、昨日の時点で由比ヶ浜に直接問い質しているはずだ。


三浦「 ……… それもあるんだけど」

やはりというかなんというか、答える三浦の口調が急に歯切れ悪くなる。

それもある、ということは、つまりそれだけではないということなのだろう。

というよりも、どうやらそちらの方が本題、それもなかなか切り出すことのできないようなデリケートな話らしい。

先程からの俺に対するやたらと横柄で高圧的な態度も、もしかするとそれが原因だったりするのだろうか。
もっとも俺に対してはいつもこんなだからやはりこれがこいつのデフォなのかも知れないが。

そのまま暫く何やらもじもじそわそわしていた三浦だが、やがて意を決したかのように小さく溜息をひとつ吐くと、それでもおずおずと口を開いた。


三浦「あのさ ……… 」

八幡「ん?」


三浦「あの、雪ノ下のお姉さん …… 陽乃 …… さん …… だっけ? …… のことなんだけど」
580 : [sage]:2019/06/30(日) 00:33:14.11 ID:UuBroTXy0

たどたどしく口にされたその名を耳にして、常日頃から女心に関して絶望的に疎(うと)いと耳にタコができるくらい言われている俺といえどもピンとくる。
ちなみに言ってるのは他でもない妹の小町で、しかもタコではなくて死んだウオノメではないかという説もあるくらいなのだがそれはこの際どうでもいい。

確か先日の踊り場の一件では三浦も俺達の会話を耳にしていはずだ。

だが、冬休み明けにふたりの噂が広まった際、雪ノ下自身から手酷く否定されたこともあってか、いもうとのんの方についてはさほど警戒していないし、また、する必要もないとでも考えているのだろう。

しかしながら、相手があの、あねのんともなれば全く話は別である。

年齢(とし)こそさほど俺らと変わらないとはいえ、全学年を通じて屈指の美少女と呼び声の高い妹さえも凌駕するであろう美貌に加え、こいつの苦手とするところの料理に関してもバレンタインのイベントでは特別講師として招かれるほどの腕前だ。

そして何といっても三浦にとって雪ノ下に対する唯一無二とも言える絶対的なアドバンテージでさえ、あの通りボッカチオも裸足で逃げ出すデカメロンなのだから、その存在を危惧するなという方が無理な話なのかもしれない。
581 : [sage]:2019/06/30(日) 00:35:03.80 ID:UuBroTXy0

八幡「葉山からは何も聞いてないのか?」

三浦「 …… 前に一度聞いたことあるんだけど、その時は“ただの幼馴染だ”って」

小さく唇を尖らせたその口振りからして、三浦とて葉山の言葉をそのまま鵜呑みにしているというわけではあるまい。
かといってそれ以上深く踏み込んで聞くこともできないでいるらしい。乙女かよ。

プライドが高く、自己中で、傲岸不遜、我儘無双を誇る三浦だが、実はこう見えて案外打たれ弱いところがある。

いや、この場合どちらかというと打たれ慣れていないといった方がいいだろう。
だからこそ雪ノ下に真正面から正論で論破されたくらいで泣き出してしまったりもするのだ。

もっとも、あいつの舌鋒の鋭さときたら下手な刃物なんぞよりよっぽどエグいからな。なんなら俺ひとりで被害者の会とか結成してもいいくらいだし。

しかし、そう考えればここにきて突如としてその正体を現したラスボスの如き陽乃さんという存在に危機感を覚え、それこそ藁をも縋る思いで俺のような者にさえ頼らざるを得ない三浦の気持ちも決してわからないではない。わからんでもないこともないこともないのだが、


八幡「 ……… つか、何で俺にそんなこと聞くわけ?」 

三浦「 ……… だって、あんた、なんかあの人と親しそうだし?」

八幡「 ……… え、なにそれ誤解だから」
582 : [sage]:2019/06/30(日) 00:38:07.41 ID:UuBroTXy0

確かにいもうとのんの前だとしょっちゅう俺に絡んでくるせいで傍目にはそう見えるのかも知れないが、俺からすればできるだけお近づきになりたくないタイプの女性である。

正直、一番苦手と言ってもいいだろう。

その理由はごくシンプルに言って“怖い”からだ。

勿論、ただ単に怖いというだけならば、今、目の前にいる三浦だって十分過ぎてお釣りが来るくらいに怖い。

だが、陽乃さんの場合は三浦のような直接的なそれと異なり、一見してそうとはわからないが、何かしら異質で底が知れないというか、人好きのする笑顔のその向こう側に巧妙に隠された悪意のようなものが透けて見えることである。

しかもそのことに俺が気づいていると知りながら隠そうともしないどころか、それすらも面白がっている節があるから余計に空恐ろしく思えるのだ。

しかしそうは言っても、今まで接点らしい接点もなく、彼女のことを表面的にしか知らないであろう三浦にそれを上手く伝えることができるとも思えない。

あの鉄壁ともいえる外面の下に潜む苛烈な本性を知るものといえば、雪ノ下曰く、捻て腐った目を持つゆえに物事の本質を見抜いている ―― 褒めてるのか貶しているのかよくわからないが多分後者だろう ―― 俺を除いた他に数えるほどしかいまい。

敢えて挙げるとすれば、教師ゆえに鋭い観察眼を持ち、比較的彼女との付き合いも長い平塚先生、それに妹である雪ノ下は当然として、あとはその彼女と同じくらい近しい立ち位置にいる人物 ――――
583 : [sage]:2019/06/30(日) 00:40:34.17 ID:UuBroTXy0

三浦「 ―――― 隼人?!」

八幡「あん?」


思いがけず三浦の口にした名前に驚いて、その視線の向けられた先を追うようにして背後を振り返る。

その俺の目に映ったのものは、にこやかに談笑しながら、いかにも仲睦まじげに肩を並べて歩く葉山と ――――――  陽乃さんの姿だった。

俺達の向けた視線に気が付いたものか、葉山が足を止め、僅かに遅れて陽乃さんもこちらに振り向いた。


葉山「 ――――― 優美子?」 

陽乃「 ――――― あら、比企谷くんも?」


葉山「ふたりともこんなところでどうしたんだい?」

こんな状況であるにも関わらず、葉山はいつものように気さくな態度を崩すことなく、ごく自然な調子で話しかけながら歩み寄ってくる。

八幡「ん? ああ、こいつとはついさっきここでばったり出会っちまってな。 あー…… それより ――― 」

お前らこそどうしたんだ、と問い返そうとすると、

陽乃「うっわー、やっぱり比企谷くんだ――― 、ちょー久しぶり ―――。 ひゃっはろ ―――!」

何を思ったのか、突然陽乃さんがもんのすごい勢いでがばりと俺に抱きついてきやがった。

八幡「や、ちょっ、何すんですか、いきなり!?」

つか、久しぶりってよく考えたらついこないだミスドで会ったばかりじゃねぇか。

俺の抗議に、陽乃さんがあざとくも可愛らしく、ぷぅとばかりに頬を膨らませる。

陽乃「んもう、比企谷くんたら何をそんなに照れてるの? ハグなんて欧米じゃ挨拶みたいなものなのよ?」

八幡「でも俺の記憶に間違いなければここ日本だし俺もあなたも日本人でしたよね?!」

陽乃「あらそんな細かい事どうでもいいじゃなーい、だって、私と八幡の仲なんだし」

八幡「いや、いきなりそんなとってつけたみたくいかにも親しげにファーストネームで呼ばれてたって、誰がどう考えてもお互いもうこれ以上はないってくらい赤の他人だったはずなんですけど!?」

いつもより高いテンション、過剰ともいえるスキンシップ、上気した頬、潤んだ目、甘い声音、熱い吐息、ヤバイ、この人もしかして ―――――――― 酔っ払い?!
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/30(日) 00:41:56.05 ID:UuBroTXy0

葉山「今日は身内だけでちょっとした食事会があってね。今はちょうどその帰りなんだ」

苦笑を浮かべながらも、それとなく今の状況を説明するのはふたりの姿を見てフリーズしたままの三浦を慮ってのことなのだろう。
なるほど、そうと言われるまで気付かなかったが確かにふたりともコートの下は幾分フォーマルな服装のようだった。

葉山「俺は親に頼まれて途中までふたりを送っていたところさ。ほら、最近は千葉も何かと物騒だからね」

いかにもそれが自分の意志によるものではないかのように軽く肩を竦めて見せる。

いやいやいやいや、俺に言わせればさっきから露骨に嫌がる俺をまるっと無視してぎゅうぎゅうぐりぐりと頭と体を押しつけてくる酔っ払いの方がある意味よっぽど危険だし物騒だっつーの。

っていうか、お前もただ見てねぇでなんとかしろ …… よ ……


八幡「 ――― ん? ちょっと待て。お前、今、ふたりって言ったか?」 


遅まきながら葉山の口にした言葉の意味に気が付いて慌てて周囲を見回すまでもなく、

陽乃「そうなの。でもあの子ったら、さっきからずっとあんな調子で」

葉山の代わりに答えるあねのんのチラリと目をくれた先は、―――― ふたりから少し離れてぽつんとひとり、まるで美しい壁の花の如く静かに立ち尽くす雪ノ下だった。
585 : [sage]:2019/06/30(日) 00:44:15.01 ID:UuBroTXy0

陽乃「今日はせっかく雪乃ちゃんの留学祝いも兼ねてたっていうのに、なんかお通夜みたいになっちゃって」

彼女にしてみれば余程それが面白くなかったのだろう。
でもだからってここぞとばかりに当てつけみたく俺に変なちょっかい出してくんのやめてくれませんかね。
んなことばっかりしてっから俺に対する世間の風評被害が絶えないんだってばさってばさ。
ただでさえ俺に対する世間の風当たりの強さときたら、もうそれだけで桶屋が儲かっちゃうくらい。

しかし、いつもならこんな時に真っ先に間に割って入るはずの雪ノ下が今日に限ってはなぜか微動だにしない。
寒さのためかそれとも別の理由からなのか、自分の体をかき抱くようにして片手を回したまま、頑ななまでに俺から顔を背け、目を合わせようともしなかった。

そんな妹の姿を見て、あねのんが俺の耳元でこしょりと囁く。

陽乃「あ、もしかして雪乃ちゃんたら今日の食事会に比企谷くん呼んでもらえなかったからって拗ねちゃったのかしら?」

八幡「 ……… 身内だけの集まりにひとりだけ俺みたいな無関係のぼっち同席させるとか、何の罰ゲームなんすかそれ」

586 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/30(日) 00:48:21.13 ID:UuBroTXy0

陽乃「それで、私もちょっと飲み過ぎちゃったし、ここからだと家に帰るより雪乃ちゃんの部屋の方が近いから、今日はこのままお泊まりさせてもらおうかなって ――― 明日のこともあるし」

八幡「明日のこと?」

何かしら含みのあるそのフレーズに思わず反応した俺を陽乃さんは素知らぬ顔でさらりと流し、

陽乃「あ、そうだ。丁度良かった。比企谷くん、ちょっといい?」

止める間もなく、ごくさりげない仕草で俺の肩に手を載せたかと思うと、

陽乃「慣れない靴履いてきちゃったせいか、さっきからずっと踵が気になってて」

悪びれもせず言いながらひょいと片足立ちとなり、俺につかまる手でバランスをとりながら、ひとさし指の指先でくいとヒールの位置を直す。
その拍子に陽乃さんの身体がぐっと接近し、柑橘系の香水に仄かなアルコールの入り混じった甘い香りが鼻腔をくすぐる。

と、同時に服の上からでもそれとわかるほど暖かくしっとりと柔らかな重みが俺の腕のあたりにぎゅっと押し付けられるのを感じた。

陽乃さんは俺の反応を楽しむかのように、とろけるような悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の顔を下から覗き見て更にぐいとばかりに身体と顔を寄せて来たかと思うと、


陽乃「ねぇ、比企谷くん?」 

八幡「 ……… な、なんすか?」

陽乃「疲れちゃったから、おんぶ」 

八幡「 ……… いやそれ無理でしょ」

だからいきなり何言い出すんだよ、この人。

陽乃「あらそう、残念。じゃ、抱っこでもいいんだけど?」

八幡「 ……… いいんだけどって、なんでそこでハードル高くなってんすか」

ただでさえ人目を引く美人だってのに、公衆の面前で、しかも、それこそ抱き着かんばかりに身を寄せられてさすがにきまりの悪くなった俺が、

八幡「 ――― っていうか、今日はいつもみたく車じゃないんですか?」

いつものように話を逸らして煙に巻こうと、咄嗟に思いつきの疑問を口にすると、


陽乃「ふふ。だって、雪乃ちゃんたら、あれ以来、滅多にあの車に乗ろうとしないんだもの」

小さく笑みを浮かべて答えるあねのんの向こうで、雪ノ下が居心地悪そうにもぞりと小さく身じろぎするのが見えた気がした。
587 : [sage]:2019/06/30(日) 00:50:52.78 ID:UuBroTXy0

陽乃「 ――― ところで、そちらはどちら様なのかしら?」

まるで今初めて気が付いたかのように三浦へと向ける陽乃さんの瞳が、何か新しい玩具でも見つけた子どものようにキラキラと輝く。
あるいはこの場合、獲物を見つけた猫が舌なめずりするかのような、とでも形容すべきか。

そして笑顔のままくりんと首だけで俺に向き直り、

陽乃「――― こないだ連れてたのとは、また違う子みたいだけど?」

明らかに言わなくてもいいはずのひと言まで付け加える。

八幡「 ……… できればそういう誤解を招くような言い方するのやめてもらえませんかね?」

っていうかそれフツウに女連れに対して言ったら絶対あかんヤツやろ。


三浦「あ、あーしは、その、隼人の …… 友達って言うか」

生徒会主催の進路相談会やバレンタインのイベントで何度か顔を合わせているとはいえ、こうして陽乃さんから直接声をかけられるのはこれが初めてなのだろう。
相手が誰であれ憚ることのない三浦にしては珍しく、幾分気遅れでもしているかのようにおずおずと答えつつ、それでも何かしら期待するような目でチラリと葉山の様子を窺う。


葉山「 ――― 友達だよ。俺や比企谷と同じクラスの三浦優美子」

そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ごくあっさりとした葉山の紹介に三浦の顔がみるみる失意と落胆に曇る。

陽乃「あら、そう。ふーん、隼人のお友達なんだ」

それを聞いた陽乃さんの反応は素っ気なく、なぜかそれきり三浦に対する興味を失くしたかのようだった。

陽乃さんにいったいどんな意図があったにせよ、“お友達”を強調したかのようなセリフが余程気に障ったのか、三浦の片眉がピクリと反応する。

それまでの借りてきた猫の皮のようなしおらしさはどこへやら、やおら腕を組み、ブーツのつま先でカツカツと硬い音を刻みながら憮然とした表情で言い放つ。

三浦「ちょっとちょっとー、前々から気になってたんですけどー。隼人隼人隼人隼人って隼人のこと気安く呼び捨てなんかしてー、隼人、この人いったい隼人のなんなわけー?」

いやいやいやいやいやいやいやいや、あーしさん、いくらなんでもそれ自分の事棚上げし過ぎでしょ。
伊東温泉のCMだってさすがにそこまでハヤト連発してねぇぞ。あれはハトヤだけど。

588 : [sage]:2019/06/30(日) 00:58:31.83 ID:UuBroTXy0

葉山「 ――― 優美子」


葉山に小さく諫められた三浦が拗ねたようにぷいとそっぽを向いてしまう。

ふたりの性格をよく知る葉山だけに、できるだけこの場を穏便にやり過そうとしたのかもしれないが、どうやらそれが却って裏目に出てしまったようだ。


陽乃「そんなこと言われても、隼人は小っちゃい頃からずっと隼人だし? 私にとっては可愛い弟みたいなものだから」

三浦の不躾な態度を気にするでもなく、陽乃さんが年上らしく余裕と鷹揚さを見せながら、「そうでしょ?」 と、ばかりに葉山に同意を求める。

葉山「 …… ああ、そうだね」

だが、答える葉山の反応は些かぎこちなく、気のせいか声も心なし不自然に硬く沈んで聴こえた。

三浦「ふ、ふーん。そ、そうなんだ」

だが、そんな葉山の様子に気が付くこともなく意外にも三浦もあっさりと矛を収める。

もしかしたら、今のふたりの短い遣り取りで、言外にとはいえ互いが恋愛の対象外であるという言質をとったことで幾分気を良くしたのかも知れない。
でも、あーしさんたら、ちょっとチョロすぎやしませんかね。

俺としても三浦がハンカチ咥えながら「キーッ!! この薄汚い泥棒猫ッ!」(死語)みたいなベタな昼ドラ的展開を期待していなかったと言えば嘘になるが、もしかしたら、いきなりこの場で修羅場でバトル!に巻き込まれやしないかと内心冷や冷やしていただけに、やれやれこれでひと安心と胸を撫で下そうとした、まさにその瞬間、


陽乃「 ――― あ、そうそう。でもそういえば、私、隼人からプロポーズされたことがあったかしら」


これ以上はないといえるくらいの絶妙なタイミングで、いかにもわざとらしく胸の前で掌をぽんと打ち合わせながらの爆弾発言。


三浦「え? や? ちょっ? はぁ?!」

不意を衝かれて目を白黒させんばかりの三浦を尻目に、


陽乃「 ――― もっとも、小っちゃい頃の話だから、隼人の方はもう覚えてないかも知れないけど」

殊更冗談めかしてはいるものの、この女性(ひと)のことだ、今のセリフがこの場でどのような効果をもたらすかを十二分に計算し尽くした上でのことだろう。


葉山「どうしてキミはいつもそうやって …… 」

深い溜息とともに咎めるような視線を向ける葉山に対し、当の陽乃さんはまるで素知らぬ顔。
美しいガラス細工を思わせるようなその冷たく透き通った美しい面(おもて)には微塵の揺るぎも見受けられない。

………なんせ、この人の場合、同じガラスでもメンタルは防弾ガラスばりだからな。
589 : [sage]:2019/06/30(日) 01:00:09.32 ID:UuBroTXy0

葉山「前にも話しただろ? 陽乃は本当にただの幼馴染だよ」

取り繕うかのように口にはしたものの、咄嗟にとはいえその名を呼び捨てにしてしまったことに気が付いたのか、すぐにきまりの悪そうな表情に変わる。

三浦「だって、隼人、あの時 ……… 」

当然納得のいかないであろう三浦が更に何か言い募ろうとはしたが、そこではたと思い止まり、気まずそうに口を噤んでしまう。

三浦の言わんとした“あの時”というのが、先日の踊り場での一件を指しているであろうことは、その場所に居合わせた俺にはすぐに察しがついた。

当然、葉山もその事には気が付いているのかもしれないが、まさか当人たちのいる目の前でその事に触れるわけにもいくまい。
590 : [sage]:2019/06/30(日) 01:02:30.19 ID:UuBroTXy0

「 ―――――― あの時?」


小さく首を傾げながら、今しがたの三浦の言葉をそのままなぞるように呟いたその声は、陽乃さんの口から発せられたものだった。

僅かに細められた目は冴え冴えとした冷気を湛え、その瞳から放たれる鋭い視線は ―――――― なぜか真っ直ぐ俺に注がれる。

心の奥底まで覗き込むような瞳に絡み取られる前にと、咄嗟に目をあらぬ方にへと逸らしはしたが、

陽乃「ふーん、なるほど。そういう事、ね」

僅かな顔色の変化から何を察したものか、陽乃さんの口角がすっと吊り上がるのが見えた。


陽乃「 ――― この子も、私達と隼人の家の関係を知っているんだ?」


誰にともなく独り言のように口にされ、それでいて明らかに断定するような問い掛けに、当然の如く答える声は皆無。

だが、言葉の余韻すらも残さずその場に落ちた沈黙こそが、そのまま彼女の求める答えとなっていることは誰の目にも明白だった。


陽乃「あはっ♪ そうだ。お姉さん、いいこと思いついちゃった♪」


それがいかなる状況であれ、この女性(ひと)が今のようにとびきりの笑顔を浮かべた場合、大抵は碌でもないことを言い出すに決まっていた。

その証拠に彼女をよく知る葉山がそっと眉を寄せ、雪ノ下も「またはじまった」とばかりに小さく頭(かぶり)を振りながらひっそりと溜息を吐く。

はたせるかな陽乃さんは常よりも紅く濡れたように艶を帯びたその美しい唇から、柔らかく、甘く、優しい声音で、喜々として残酷な言葉を紡ぐ ―――――


陽乃「 ――――― だったらいっそのこと、隼人がこの場で誰を選ぶか決めちゃえばいいじゃない」

591 :1 [sage]:2019/06/30(日) 01:04:07.05 ID:UuBroTXy0

2年振りの更新。7月より本社復帰。続きはまた来週。ノシ゛
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/30(日) 17:05:08.02 ID:1WVh47G6o
おかへりおつ
593 :1 [sage]:2019/07/07(日) 22:09:25.51 ID:VlhyZjJS0
>>592

ただいまあり
594 :1 [sage]:2019/07/07(日) 22:10:12.25 ID:VlhyZjJS0
ただいまあり
595 : [sage]:2019/07/07(日) 22:32:13.49 ID:VlhyZjJS0

行き交う人々の衣擦れや雑踏の音。絶え間なく流れるアナウンスの中で、俺達のいるこの一角だけが時の流れから切り離されでもしたかのように、全ての音が遠のき、あらゆる情景が色を喪う。

まるで空気が急に薄くなったような息苦しさを覚えたが、咳払いひとつ、身動ぎすらも許されない重苦しい雰囲気に包まれた。

先ほどの陽乃さんの発言から、いったいどれほどの時間が経過しただろうか。

葉山は彼女の真意を探るが如く、薄く笑みを浮かべたその顔を凝っと見つめ、そんな彼の姿を三浦が気遣わしげに見ている。


陽乃「 ――― それで隼人はどうするの? 誰を選ぶの?」

言葉こそ静かだが、一切の妥協も甘えも許さない声の響きから彼女が本気でこの場で葉山に選択を迫っているのがわかった。

そもそも陽乃さんが本当に酔っているのかどうかすら、かなり怪しいものがある。
常に誰よりも覚めた目で物事を捉える彼女にとっては、例え浴びるほどの量の酒を飲んだところで酔うことなどできようはずもなく、仮に酔ったにしても、そんな自分の姿さえ、一歩離れた位置から冷静な目で見つめているに違いない。
596 : [sage]:2019/07/07(日) 22:35:54.96 ID:VlhyZjJS0

対して葉山の採った行動は、ただ貝のように固く口を閉ざし、沈黙を守るというものだった。

なるほど、あくまでここは公共の場だ。いつまでも膠着状態を続けるわけにも行くまい。
それに、とりあえずこの場さえ凌げば後はどうにかなる。そういう考えも働いたのかもしれない。

いつものことながら身内に対する単なる悪ふざけや嫌がらせというにはあまりにも度が過ぎている。

とはいえ、葉山とて彼女との付き合いは長いはずだ。
いもうとのんほどではないにせよ、陽乃さんから無理難題をふっかけられるのも何もこれが初めてというわけでもあるまい。

にも拘わらず、その顔に浮かんでいるのはいつものはぐらかすような苦笑ではなく、―――― なぜか、戸惑いの表情だった。
597 : [sage]:2019/07/07(日) 22:39:40.86 ID:VlhyZjJS0

その時、何の脈絡もなく俺の脳裏に林間学校の夜の出来事が思い出された。

あの晩、就寝間際に戸部から好きな女性の名を訊かれた葉山はイニシャルでひと言“Y”と答えている。

それが名前か苗字かは定かではないものの、逆にその曖昧な答えのお陰で、俺はひとり悶々とした夜を過ごすハメになったわけだが、それはまぁいい。
ついでに言えば戸部の想い人が海老名さんだと聞かされたのも確かその時が初めてだったと思うが、それこそホントにどうでもいいや。だって戸部だし。

あの時俺の頭に浮かんだのは、由比ヶ浜結衣、雪ノ下雪乃、三浦優美子、その三人の名前だった。

だが、もうひとり、同じイニシャルにあてはまる女性いることに気が付いた。

それも今、目の前に、だ。

確かに以前から葉山の彼女に対する見る目や、その語り口には何かしら引っかかるものを覚えていたのは事実だ。
雪ノ下と葉山。小さい頃から同じ背を見て育ち、追いかけつつ、長じるに従い片や反発し、片や従う道を選んだ。

男であり、血の繋がりのない葉山の抱く感情が、いつしか淡い憧れから純然たる好意に変わったとしても、何ら不思議なことではないだろう。

そして、聡い彼女がそんな葉山の気持ちに気が付いていないはずはない。
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/07(日) 22:43:45.83 ID:VlhyZjJS0

「 ―――――― 随分と趣味の悪い冗談ですね」


敢えて場の空気を読もうともせず、無理矢理茶化すように口を挿んだのは他ならぬ俺自身だ。

俺は偶然この場に居合わせてしまっただけだ。
本来は他人の家の事情に口を挿む権利はなどあろうはずもなく、それを理由に一歩退いた位置から傍観者に徹することもできたはずだった。
事実、もしこの件に雪ノ下が絡んでさえいなければ、余計な首を突っ込むようなマネはしなかっただろう。

だが、この流れは変えなければならない。俺の第六感がそう叫んでいる。あるいはそれは俺のゴーストが囁いたのかもしれない。


陽乃「そうかしら。私は本気で言ってるつもりなんだけど?」

口調こそ柔らかいままだが、俺に向けたその目に宿るのは背筋も凍る剣呑な光。その目が余計なチャチャを入れるなと告げている。

八幡「本気で言っているなら尚更ですよ。それに、こんな場所でするような話でもないでしょ」

陽乃「 ――― やれやれ、キミはもっと面白い子だと思っていたのになぁ」

小さく首を振りながら、わざとらしく溜息を吐く。

八幡「そんな面白い男だったら、ここまでぼっち拗(こじ)らせてやしませんよ」

陽乃「比企谷くんだってこういう馴れ合いを蔑んでいたんじゃなかったのかしら?」

心外とでも言わんばかりに、小首を傾げて見せる。

確かに彼女の言う通りなのだろう。以前の俺であれば葉山のとるそうした態度をこそもっとも嫌悪し、唾棄すべき行為として無条件に断じていたはずだ。

陽乃「それとも、何かしら心境の変化でもあった ――― とか?」

まるで全て見透かしたようなその言葉に、俺だけではなく雪ノ下の肩がぴくりと反応を示す。しかしその表情からは何も読み取れない。
599 : [sage]:2019/07/07(日) 22:46:22.18 ID:VlhyZjJS0

陽乃「あーあ、なんか白けちゃったなー」

やや間を置いて、溜め息とともに告げられたそのひと言で、限界まで張り詰めていた空気が緩む。

最初から俺などお呼びではなかったのだろうが、あっさり鼻先であしらわれると思いきや、彼女の興を削ぐことはできたようだ。

自分でけしかけておきながら既にその遊びにも飽いたのか、それとも単なるいつもの気紛れなのか、本当のところはいったい何を考えているのかわからない。
それともただ単に葉山を追い詰めることで懊悩する姿を見ていて楽しんでいたのだとすれば、とんだドSだ。


陽乃「雪乃ちゃん、そろそろ帰ろっか」

おいおい、それはいくらなんでも自由過ぎだろ。その前にどうしてくれんだよこの雰囲気。なんかここだけエアポケットが生まれてんぞ?

陽乃「あ、私たちはもういいから隼人は代わりにその子 ……… えっと、あーしさん ……… だっけ? を家まで送ってあげたら?」

しかも、もう用済みだとでもと言わんばかりに葉山に対してひらひらと手を振って見せる。

さんざっぱら晒し者にした挙句、最後は放置プレイとか、ホント容赦ねぇな。

つか、今更どの面下げてふたりだけで帰れると思ってんだよ。それこそ針の筵だろ。このひとってば、マジ性格悪いのな。
600 :1 [sage]:2019/07/07(日) 22:48:02.08 ID:VlhyZjJS0

しかし、それよりも何よりも、俺にはしなければならないことがあった。今、この機会を逃せばチャンスは二度と巡って来ないかもしれない。


八幡「 ―――― 雪ノ下」


俺のかけた声に、こちらに背を向けていた脚がぴたりと止まる。



陽乃「 ……… 呼んだかしら?」

八幡「 ……… いえ、妹さんの方ですから」 


このタイミングでそれって、絶対わかっててやってんだろ?
601 : [sage]:2019/07/07(日) 22:51:04.06 ID:VlhyZjJS0

やや間を置いて、おずおずと振り向いた彼女の視線は相変わらず俺に向けられることはなく、だが、その瞳が微かに揺れ動いているのがわかった。

いざ声をかけはしたものの、何をどう伝えたらいいのかすらわからない。中途半端に上げた手が行き場を失い、どこにもたどり着けぬまま悪戯に彷徨う。

それこそまるで夜空に浮かぶ月の影を素手でつかもうとしているようなものだった。

しかし、それでも俺は、――― 


陽乃「 ―――― だめだよ、雪乃ちゃん。あなたはまた友達を、―――― 今度はガハマちゃんを裏切るつもり?」


背後からかけられたあねのんの言葉に、雪ノ下がびくりと反応し、こちらに向けて踏み出しかけていた足が再び止まる。

由比ヶ浜の名を耳にした三浦がはっと目を瞠り、どういう意味なのかと探るように俺と雪ノ下の顔を交互に見る。

陽乃「今までもずっとそうだったでしょ。忘れたの?」

優しく諭すかのような声音に、そこにあるべき温もりはまるで感じられない。そしてその言葉は的確に妹の弱点を突く。


雪乃「わ、私は ……… 」

ただでさえ白い顔を更に蒼白にして、雪ノ下が今日初めて俺の前で口を開こうとした。

―――― しかし、その言葉は途中で飲み込まれ、胸の前で小さく握り締められた手は、やがて力なく体の脇に垂れ下がる。
602 : [sage]:2019/07/07(日) 22:52:47.30 ID:VlhyZjJS0


「 ――――― はっ、あんたにいったいあの子の何がわかるって言うのさ」



603 :1 [sage]:2019/07/07(日) 22:56:23.78 ID:VlhyZjJS0

その時、思いがけず声を上げたのは三浦だった。

義憤に駆られ怒りに燃える瞳は真っすぐに陽乃さんへと向けられ、その苛立ちに渦巻く黒く猛々しいオーラを身に纏った姿はまさに俺の知る獄焔の女王。


三浦「あの子は、 ――――― 結衣は強いんだよ、あんたなんかが思ってるより、ずっとね」


陽乃「 ……… へぇ。本当にそうならいいのだけれど。けれど最初はみんなそうでも、結局は ――― 」

目を細め、訳知り顔で嘲笑うかのように言いかけた陽乃さんの言葉を、

三浦「今まであんたたちが出会ったヤツがみんなそうだからって、なんであの子もそうだって決めつけるのさ」

鋭い一言で決然と跳ね付ける。明らかに格上のあねのんに対して一歩も引かぬ構えだ。

そのまま火花を散らしながら睨み合うこと暫し、胃がキリキリと痛むような一瞬即発の空気の中で、


雪乃「 ――― そうね。私も三浦さんの言う通りだと思うわ」


更に何か言いかけた姉を遮るようにして雪ノ下が一歩前に出る。

無限にヒートアップするふたりの注意を自分に向けてさせることで水を挿す、という狙いもあったのだろう。そしてそれは十分効果を発揮したようだ。

虚を衝かれたようにふたりの視線が互いから逸らされ、たちこめていた不穏な空気がゆらぎ、薄れてゆく。

雪ノ下雪乃とと三浦優美子 ――― 何かにつけ対立していた相容れないふたりではあるが、由比ヶ浜という存在を介していつの間にか何かしらの絆が生まれていたのかも知れない。

言葉数こそ少ないが、互いの言わんとしていることは十分に理解しているようだった。

しかし、考えてみればこのふたりを、しかも同時に手懐けちゃうとか、ガハマさんたらある意味最強なんじゃね? もしかして魔眼の猛獣使いなの?
604 :1 [sage]:2019/07/07(日) 22:58:48.79 ID:VlhyZjJS0

三浦「あんた、いいの? ホントにそれでいいわけ? あの子だって、結衣だって絶対そんなの望んでいないし」

珍しく自分に向けられた慮るような言葉に、雪ノ下が儚げな笑みを浮かべて応える。

雪乃「ありがとう、三浦さん。でも、――― これは、私が、私が自分で決めたことなのだから」

その言葉を口にする雪ノ下の目に迷いはない。少なくとも俺からはそう見えた。そしてそんな彼女に対して俺はこの場でこれ以上かける言葉を見つけることができなかった。


雪乃「―――― 行きましょう、姉さん」

先程とは逆に、妹に促され再度俺達に背を向けかけた陽乃さんが、思い出したかのように、何も言わず立ち尽くす葉山の姿を一瞥してぽつりとひとつ小さな呟きを残す。



陽乃「 ――――― 結局、隼人も自分では何ひとつ決めることが出来ないんだね」



寒々とした空間に響くそれは、蔑むでも嘲るでもなく、まるで心底憐れむかのような口調だった。
605 :1 [sage]:2019/07/07(日) 23:01:12.92 ID:VlhyZjJS0

短いですが、キリがいいのでこの辺りで。ノシ゛

できれば今週中にもう1回。
606 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:16:30.67 ID:SkCQuLIZ0

* * * * * * * * * *

607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/13(土) 20:28:40.27 ID:SkCQuLIZ0

三浦「はぁっ? それって、つまり振ったってこと? 結衣を? あんたが? 何チョーシくれてんの? バッカじゃないの?」


ひと際高い怒号が店内に響き渡り、思わず俺は亀のように首を竦めてしまう。

周囲の客が驚いて一斉にこちらを振り向くが、見せもんじゃないわよと言わんばかりの三浦のひと睨みで恐れをなしたのか、すぐに目を逸らしてそらぞらしく日常の会話へと戻っていく。

先程から新米らしいウェイトレスさんがひとり、オーダーを取りに来ていいものかおろおろと右往左往しているのが見えた。ホント、すんません、色々と。
つか、他人をバカって言う方がバカだって学校で習わなかったのかよ。先生も恐くてこいつには言えなかったのかも知れないけど。

三浦「ハァ …… 、結衣も姫菜もホンッと、男見る目ないっていうか、趣味悪すぎっだつーの」

八幡「ちょっと待て、由比ヶ浜はともかく、海老名さんは関係ないだろ?」

聞き捨てならないセリフについ口を挿んでしまう。それに彼女の趣味は悪いどころか既に腐ってると思いますけど? 

三浦は俺をまじまじと俺の顔を見つめていたかと思うと再度、今度は聞こえよがしに大きな溜め息を吐いて見せる。

……… いや、そんな世紀末覇王みたいな顔して世も末だと言わんばかりの表情浮かべられてもだな …… 。俺なんか変なこと言ったかよ。
608 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:30:12.87 ID:SkCQuLIZ0

八幡「それより、お前、葉山の事はいいのか?」

三浦「 …… とりあえずLINEしといたから」

スマホの画面を見ながら物憂げに呟くところを見る限り、返事はないのだろう。

三浦「あんたこそ、こんなとこで油売ってて大丈夫なの?」

八幡「 ……… お前がそれを言うか?」

葉山をひとりあの場所に残すのは多少気が引けたが、だからといって俺に何ができるというわけでもない。
それに、今の俺には他人にかまけているような余裕もなかった。

結局、葉山のフォローは三浦に丸投げする形で、そのまま黙って背を向けたのだが、改札を抜けたところでなぜか俺を追ってきたらしい三浦にいきなり捕まり有無を言わさず近くのファミレスに連れ込まれて今に至る、というわけである。

まぁ、いずれにせよ陽乃さんが一緒だとわかっている以上、俺も今は迂闊に動くこともできないことも確かだ。
609 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:35:24.18 ID:SkCQuLIZ0

時間が時間だったせいもあってか店内は混み合っており、暫く待って案内されたのはふたりがけの狭い席。
お互いの足がくっつきそうな距離で、しかもすぐ目の前にあるのが眉間に縦皺を寄せた三浦の顔とあっては寛げと言う方が無理な話である。

三浦は三浦で自分から強引に誘っておきながら、その後は何を話すでもなく、頬杖をつき手持無沙汰げに金髪ゆるふわ縦ロールをみゅんみゅんと引っ張りながら遠い目で窓の外を見るばかりだ。


八幡「 ……… なんか食うか?」

黙っているのもなんか気まずいので恐る恐る声をかけると、三浦がふるふると小さく首を振って応える。

八幡「 ……… とりあえず飲み物だけでも頼んどくぞ」

返事はないが一応断りを入れてからコールボタンを押し、ドリンクバーを二人分注文する。

ウエイトレスのお姉さんが心なし震え声で、それでも律儀にオーダーを復唱してからそそくさと下がるや否や、


三浦「あーし、カプチーノ」 やおら三浦が口を開いた。

八幡「 ……… は?」


いやお前三浦だろ? いつの間に名前変わったんだよ? それともあれか? いわゆるA.K.A.ってやつ? お前もしかしてラッパーだったの? 


三浦「カ・プ・チ・イ・ノ」

くるりとこちらに顔を向け、デコデコにデコった指の爪先でコツコツとテーブルを叩きながら不機嫌そうになおも同じ単語を繰り返す。

……… なるほど、どうやら俺にカプチーノを淹れてこい、ということらしい。うん、最初から知ってた。

しっかし、いるんだよなー、こんだけ男女平等が声高に叫ばれるご時世に、未だに女は男にかしずかれて当然みたいに考えている超勘違いタカビー女。
自分は指一つ動かさないくせして、それでいて男が何もしないでいると、やれ気が利かないだの、気が回らないだの言って文句垂れるんだぜ?
そんなにぐるぐる回ってたら溶けてバターになっちまうっつの。 

だが、進路希望調査票第一希望に堂々と専業主夫一択と書いて職員室に呼び出され、進路指導の先生から小一時間に渡り懇々とセッキョーかまされたうえに反省文まで書かされるほどの男女平等原理主義者の俺としては、例え目の前にいる相手が誰であれ、ここはひとつガツンと言っておかなければ気が済まない。

半ば席から腰を浮かせながら、テーブルに手をつき、上から見下ろす形で三浦に向けてきっぱりと告げる。


八幡「 ……… 砂糖はどうする? シナモンスティックないけど、いいか?」

610 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:38:21.22 ID:SkCQuLIZ0

ちょどその時、テーブルをふたつほど置いて向かい側の席で、先ほどからこちらの様子をチラチラと窺っていた客と偶然目が合ってしまう。

俺が気が付いたのを見て、その顔に驚きと共にぱっと明るい色が掠めたような気がしたが、すぐに恥じらうかのようにそっと目を伏せる。

そして目の前に座る相手 ―― ここからはよく見えないが、多分、年配の女性だろう ――― に何かしら小さく声をかけると、大きなグラスを手にすっくと席を立った。

そのままドリンクバーに向かうのかと思いきや、わざわざ大きく迂回して俺達のいるテーブルの前まで歩み寄り、無言のまま俺の前でぴたりと立ち止まる。

さらさらと音を立てそうな黒髪、年相応のあどけなさに、何かしら見るものを落ち着かなくさせるような少しばかり危うげな透明感をまとう美少女、―――――― 夏休みの千葉村キャンプ場やクリスマスの海総高との合同イベントでも一緒だった小学生、鶴見留美だ。

611 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:39:48.93 ID:SkCQuLIZ0

八幡「 ……… お、おう、なんだ、お前か」

思わぬところで思わぬ人物に出会ってしまったせいか、中途半端な姿勢のまま声をかけてしまう。


留美「 ……… お前、じゃない」

返って来たのはいつものごとく抑揚に乏しい小さな澄んだ声音。

え? 俺じゃないの? ってことは背後に誰か見えてる? もしかして死んだオヤジ? いやまだ死んでねぇし。

どうやらそういう意味ではなく、お前呼ばわりしたのが気に障ったらしい。

八幡「おっとそうだったな、えっと、……… るみるみ?」

留美「な、なにそれ。そ、そんな恥ずかしい名前のひと知らない」///

今度は少しだけむくれた顔をして、ぷいとそっぽを向いてしまった。やだなにこの子反抗期かしら?

612 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:42:03.92 ID:SkCQuLIZ0

八幡「ところで、こんなところで何してんだ?」

留美「セイフクのサイスン ……… の帰り」


……… セイフク? サイスン?

一瞬、言葉の意味がわからなかったが、脳内で咀嚼してそれが“制服の採寸”だと気が付く。 

そういやこいつ6年生だっけか。つまり4月からは当然中学に上がるわけだ。
ホント、余所のうちの子供ってやたら成長早いんだよな。うかうかしているとそのうちに追い越されるまである。いやさすがにそれはない。

見れば返事こそぶっきらぼうだが、少しだけ誇らしげで、それでいて照れているようにも見えないこともない。
そこらへんの思春期の女の子特有の複雑な感情の機微については妹の小町で既に十分慣れている、というか完全に慣らされている俺はシスター・マイスター略してシスマイ。


留美「八幡の ……… お友達?」

八幡「あん?」

小さく俺に向けて問いつつも、その大きな瞳がチラチラと遠慮がちに三浦へ注がれている。

三浦とは夏休みの林間学校の時に会ってるし、忘れたくても忘れられないどころか下手をするとPTSDになりかねないようなインパクトを受けてるはずなのだが、どうやらその事にはまるで気がついていないようだ。
それよりも今は別の事が気になってそれどころではないらしい。

613 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:44:59.30 ID:SkCQuLIZ0

八幡「 ……… や、友達の友達っていうか、なんつーか …… 」

三浦「 ……… あんた友達いないっしょ」

答えに窮して小学生相手にしどろもどろになる俺に対し、三浦がそっぽを向いたまま、ぼそりと鋭いツッコミを入れる。
 
八幡「ちょっ、おまっ、何てこと言うんだよ? こいつに俺がぼっちだってことがバレちまうじゃねぇか?!」


留美「 ……… そんなことない」

八幡「あん?」 

るみるみが静かに、だがきっぱりと言い切る。左右に振られた首の動きにつれて艶やかな黒髪がはらはらと揺れた。



留美「 ……… それはフツウに知ってるから」

八幡「 ……… だったら最初っから聞くんじゃねぇよ」

614 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:48:10.37 ID:SkCQuLIZ0

三浦「あんたの妹 …… じゃないよね? 前見たのと感じ違うし」

三浦も三浦で昨年の夏に一度会ったきりの小学生のことなんぞまるで覚えていないのだろう。
覚えていたらいたでいろいろと面倒臭いことになりそうなので、もっけの幸いではある。

しかし、どこかで見たことがあることに気が付いたのか、眇めた目で視線を向けられた、るみるみの身体が固く強張るのがわかった。


八幡「あー……、それで、こっちのお姉ちゃんは俺のクラスメート、な。 見た目はちょっと怖いかもしんないけど ……… 」

そこで少しだけ間を置き、できるだけ当たり障りのない紹介しようと三浦の顔色を窺いながら慎重に言葉ぶ。


八幡「 ………… 中身はもっと怖い」

三浦「ちょっと何よそれぇ?!」

八幡「おっとすまん、つい本音が」

三浦「あんた今、本音っつった? っていうか、それって全然謝ってなくなくない?」

八幡「わかった、わかったから、そんなに怒んなって、今、訂正するから、訂正。 えっと ……… 大丈夫だ安心していいぞ。 見た目ほどじゃないから、な?」

三浦「だからそれ全然フォローにもなってないしっ!?」

三浦の剣幕にたじろいだるみるみが俺の背後にそっと隠れながら半信半疑といった態で俺の耳元に小声で問うてくる。


留美( ……… ホントに? 八幡も怖くない?) ヒソヒソ

八幡( ……… いや実を言うと俺も本当は怖いんだけどね) ヒソヒソ

留美( ……… やっぱり) ヒソヒソ


三浦「 ……… あんた達、それ全然丸聴こえだし。っていうか、いい加減にしないとあーし、マジ怒るよ?」

615 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:50:54.27 ID:SkCQuLIZ0

留美「 ……… でも、きれいな髪」

溜息のともにるみるみが手入れの行き届いた三浦の金髪をうっとりと見つめる。

ふん、とばかりに小さく鼻を鳴らす三浦も褒められて満更でもなさそうで、これみよがしに指で髪を梳いて見せる。


留美「 ……… 八幡、いつも違う女(ひと)連れてる。それも綺麗な人ばっかり」

るみるみの小さな唇から淡々と漏れ出たセリフに少しばかり棘を感じるのは気のせいか。


留美「 ………… もしかして、デート中 ……… だった?」

いったい何をどう勘違いしたものか、るみるみが思いもよらないことを口にする。


八幡「や、そういうんじゃないから」

動転のあまり首がもげてあらぬ方へ飛んでいきそうな勢いで頭(かぶり)を振りながら全力で全否定すると、


留美「 ………… そう、よかった」

ほっとした表情でぽしょりと呟き、


留美「あ、違くて、そうじゃなくて」///

慌てるように打ち消すその姿がいつになく年相応に見えて微笑ましい。


八幡「わぁってるって。邪魔したんでなければよかったってことだろ?」

そんなるみるみに俺が苦笑混じりのフォローを入れてやると、


留美「 ……… やっぱり全然わかってない」

なぜか今度はふすっとふて腐れたように呟きながら、小さく口を尖らせてしまった。


……… なんかこの年頃の女の子って、やたらと理不尽なんだよな。

616 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:53:50.20 ID:SkCQuLIZ0


「もしかして、八幡さん ――― かしら?」


気が付くといつの間にか俺達の目の前に品のよい笑顔を浮かべた女性が立っていた。

年の頃はうちの母ちゃんよりいくつか若いくらい、くせのない黒い髪と涼し気な目許の辺りに、るみるみの面影が窺がえる。

八幡「 ……… え? あ、はい。 ええ、まぁ」

自分で答えておきながら、何が“ええ、まぁ”なのかよくわからない。

「娘がいつもお世話になっています」

ひとりでテンパってしまう俺に小さく頭を下げるその女性 ―― 留美母に、俺も礼を返そうとするが先程からの中途半端な姿勢なのでそれもままならない。

仕方なく今更のように腰を落ち着け、改めてぺこりと頭を下げた。


留美「べ、別にお世話になんかなってないし」///

慌てて抗議する娘にとりあわず、留美母が笑顔のまま言葉を継ぐ。

留美母「この子ったら、家ではあなたの話ばっかり」

留美「う、嘘だから。し、してないからっ! 全然してないからっ」///

良きにつけ悪きにつけ、俺の話題が他人の口に昇ることからして既に珍しい。
るみるみが家ではいったい親にどんな風に俺の話をしているのか気にならないといえば嘘になるが、母親の俺に対する態度や物腰からして、そう悪いものではなさそうだった。
それに、なんであれ気兼ねなく話せる親がいるということは、るみるみにとっても良いことなのだろう。

617 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:56:41.74 ID:SkCQuLIZ0

留美母「あらあら、この子ったら照れちゃって」

留美「照れてないんてないから。ホント、そんなことないから。ほら、お母さん、もう行こ」

真っ赤になってぐいぐいと身体を押す娘に、るみるみ母は苦笑を浮かべながらもう一度俺に向けて会釈すると、るみるみに急かされるようにしてその場を後にした。

そんな微笑ましい母子の姿を見送る俺の口許にも自然と笑みが浮かんでしまう。


―――― と、不意にるみるみがひとり、こちらに小走りで駆け戻ってきた。


八幡「ん? どうかしたのか?」

俺の問いに、しばらくは何も答えずひとりなにやらもじもじとしていたるみるみだが、やがて、


留美「 ………… から」

八幡「ん?」

留美「 ……… わ、私、八幡と同じ高校行くつもりだから」

顔を真っ赤にしながら、やっと聞こえるような小声でそう告げる。


八幡「お、おお、そうか。 ……… なんか知らんがとりあえず頑張れよ」

言うまでもないことだが、るみるみが入学する頃には俺など影も形もないだろう。逆にまだ居たとしたらそれはそれでかなり問題がある。

それでもその時のるみるみの口振りというか健気な雰囲気というかが、なんとはなしに小さい頃の小町に似ていたせいなのか、ついつい無意識のうちに妹にやるような調子で、頭にぽんと手を置いてしまう。

やってからしまったと思ったがもう遅い。

キモイとかいって怒られない内にその手を引っ込めようとしたのだが、ふとるみるみの顔を見ると照れながらも少しだけ嬉しそうに口許が綻んでいる。

完全にタイミングを失った俺がるみるみの頭に手を置いたままにしていると、しばらく目を細めてじっとしていたるみるみが、やがて思い出したように俺からすいと一歩離れ、くるりと身を翻して、再び小走りで母親の許へと走り去ってしまった。

去り際に俺にだけわかるよう小さく手を振って見せたのは、それが別れの挨拶だったのだろう。


618 :1 [sage]:2019/07/13(土) 20:58:53.17 ID:SkCQuLIZ0

三浦「 ――― ちょっとぉ、さっきの子、どう見たって中学生くらいじゃない。あんたもしかしてそういう趣味があるわけ?」

仄かに暖かい気持ちに浸りながらカプチーノを手に戻ってきた俺に対し、三浦が無遠慮な言葉を投げつけてきた。

その手にはなぜかスマホが握られている。

八幡「ん? お前どこに電話してんだ?」

三浦「アムネスティ」

八幡「ばっ、ちがっ やめっ、おまっ、何言ってんだよ! 天に誓ってもいいが、俺はシスコンであってもロリコンじゃねっつの」

三浦「なにそれ、あんたやっぱりシスコンだったの? 超キモいんだけど?」

八幡「おい失礼なこと言うな。言っとくけど別に全然キモかねぇぞ、俺の妹は」 むしろ可愛くて可愛くて仕方がないくらいだし。

三浦「 ……… あんたのことだってば」

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