志希「それじゃあ、アタシがギフテッドじゃなくなった話でもしよっか」

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42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/21(月) 04:05:18.75 ID:K1l634mG0

「え……?」と思わず声を漏らしたアタシに、プロデューサーはこう続けた。 

「海外の監督で、わりと有名な人だ。どうにも監督曰く、世界中から選りすぐりの人材を集めた映画を撮りたいらしくてな。国籍を問わず、その手の業界の人間の紹介を通じてオーディションをしているみたいなんだ」

彼の丁寧な説明に、アタシはほんの少しだけ、胸を躍らせた。
なにせ、その監督の名前は彼の言うように、たしかに有名な人だったのだから。

そんな人の撮る映画の、主演女優? 今、こんなにも落ち目のアタシに、そんな良い話が舞い降りてくるなんて、とその瞬間は考えていた。


「それで、その映画出演のオファーが海を飛び越えてこのプロダクション宛てに飛んできたわけだ。他の誰でもない、一ノ瀬志希に向けてな」


だけど、火のないところに煙は立たないのと同じでさ。やっぱり、良い話には、大抵ウラがついてまわるんだよね。


「俺もさ、思わず聞いたんだよ。どうして、数ある俳優や女優を差し置いて、うちのアイドルをオーディションに指名したのかって」

「理由は、すごく、単純な話だったんだ」


彼のこれから言うことがアタシには分かった。だって、それは、世界で一番アタシが渇望していたもので、そして、すでに失ったものだったのだから。

……やめて。それ以上は、言わないで。アタシの中の何かが、そう訴えていた。

けれど、無情にも彼が口にした言葉は、アタシの予想した通りのものだった。


「それは――お前が、ギフテッドだからだったんだよ」

43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/22(火) 01:05:21.78 ID:rjRGeq6IO
こわいな
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/25(金) 10:08:31.25 ID:vIfmc7goO
志希にゃんが幸せになれますように
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/27(日) 07:33:06.78 ID:9lnWl9B+o
追いついた
期待
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 17:17:23.54 ID:1UtNLpHa0

ぐらぐらと歪んでいく視界の端に、彼の顔が微かに見えた。

「ギフ、テッド……」

息苦しくなった体が、酸素を求めていた。思考が追い付いていない。気を抜けば、このまま足元から崩れ落ちそうだ。

それから、ほんの数秒の間が生まれた。なにも言わず顔を俯かせたアタシに「でもな」と前置きをして、彼は椅子に背中を預けた。

「俺はこの話、断ろうと思っているんだ」

アタシは目を見開いて、湯気の立たないコーヒーを一口だけすする彼を見た。そんな彼に「どうして」とは言えなかった。
その代わりに、彼はそんなアタシの目をまっすぐに見つめ返して、「……ここずっと、調子が悪いんじゃないのか」と続けた。


そっか。そうだったんだ。
彼は、きっと、アタシのことを分かったつもりだったんだ。
また余計な気をまわして、アタシのことを理解した気でいたんだ。


だから、彼は何かを諦めたような表情でそんなことを言ったんだ。


アタシが、いちばん言ってほしくないことを。彼は平気で言ったんだ。


47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/27(日) 17:27:40.30 ID:IyhPaTkDO
困った志希にゃんだな
この調子じゃまた大事なものを無くしそう
大事なものはいつも、無くしてから気づく
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/27(日) 18:02:08.34 ID:40zG+Zclo
ギフテッドではなくなったけど、思考や価値観は当時のままみたいだね
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 18:52:48.55 ID:1UtNLpHa0

「……やめてよ」

「え?」と眉を寄せる彼は不思議そうにアタシを見ていた。
いっそ、なにか、言ってやろうかと思った。ココで、この場所で、この男になにかを叫んでやろうかと思った。

だけど、どうしてだろうね。アタシは、はち切れそうになった心を無理やり押さえつけてさ。「ううん、なんでもない」なんて首を横に振って、それから、とびっきりの笑顔を見せてやったんだ。


「アタシね。受けるよ、その仕事」


そう言って、事務所の扉を開いた。去り際に、彼はなにかを言おうとしたけど、アタシはそのまま扉を閉じた。

幸いにも、外にはアタシ以外誰もいなかった。

いまは、ひとりで居たかった。彼の声も聞きたくなかった。

胸の鼓動が、やけに大きく伝わってきた。とても息苦しかった。まるで深い海の底に沈んでしまったかのようだった。

50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 19:12:40.98 ID:1UtNLpHa0

扉の外で、アタシは両手で顔を抑えて蹲った。

すべてを吐き出してしまいたいと思った。この抱え込んだ何もかもを、ぜんぶ、誰かに叫んでしまいたいと思った。

ムキになって、出来もしないことを引き受けた。あんな大きな仕事、いまのアタシに出来るはずもない。
きっと、アタシは、また失敗するんだろう。みんなの前で恥をかいて、家に帰って、ひとりで泣くんだろう。


……嫌いだった。彼の心配そうな声が、とても嫌いだった。だから、あんなことを言ったんだ。

アタシはあのとき、彼の胸倉をつかんで「やめてよ! アタシに同情なんてしないでよ!」なんて叫べばよかったのかな。そしたら、彼はまたアタシを慰めてくれたのかな。後で「なにかあったのか?」って聞いてくれたのかな。

涙が勝手に溢れ出してきて、服の袖でそれを拭った。生まれ変わってから、何度流したことだろう。悔しくなって、苦しくなって、それがどれくらい涙に変わっただろう。

嫌いだった。彼のことが、だいきらいだった。

だけど、いちばん嫌いなのは――そんなアタシ自身だった。

ちゃんと、じぶんの気持ちを伝えることが出来ない、アタシ自身だった。

51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/28(月) 14:22:46.28 ID:4QC7f0vB0

――その日から、めまぐるしいくらいに時間は過ぎていった。

オーディションに向けた準備を着々と進めるために、これまで以上にレッスン量が増えた。
泣き言も言わず、アタシはがむしゃらにそれらすべてをこなしていった。
家に帰ったらトレーナーから言われたことをすべて書き出し、くりかえし反復練習をした。
足に血豆が出来るのは珍しくもなかった。ゆっくりと、少しずつでもいい。アタシは前に進もうとしたんだ。

プロデューサーとの会話はあれから確実に少なくなった。
理由はとっても単純で、アタシ自身が彼を避けていたからだった。
車での移動中も、アタシは一言もしゃべらずに窓の外を眺めていたし、打ち合わせでも最低限の言葉以外は声を出さなかった。

あの日、扉越しに泣いた日から、アタシは彼との間に壁をつくった。

きっと、自己防衛のつもりだったんだろうね。アタシはこれ以上彼からの気遣いを受けないようにしたんだ。

もう傷ついてしまわないように、じぶんを守ろうとしたんだ。

52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/28(月) 14:34:14.25 ID:4QC7f0vB0

あんなプロデューサーでも、それだけされたら、やっぱり分かってしまうんだねー。
彼は彼で、極力アタシを気に掛けるのをやめたんだ。だからもう、誰がどう見てもアタシ達の関係は冷え切っていた。でも、そんなのは、ずっと前からなのかもしれないけどさ。

だけどね、彼は朝のモーニングコールだけはかかさなかったんだよね。あれだけ嫌いな彼の声も、電話越しだったら不思議と素直に「おはよう」って言うことが出来た。もしかすると、彼からの「おはよう」は、アタシにとってあんまり嫌じゃなかったのかもね。


えーっと、そっか。オーディションについてのはなしだったね。

オーディションでは、歌とダンス、それから演技の三つが評価の対象となっていたんだけどね。どれが審査員からいちばん見られるかについては、やっぱり演技の項目にちがいないだろうとアタシは勘ぐっていたの。

演技に関する審査については、すでに台本をプロデューサーから手渡されていた。

その映画には“苦悩”に立ち向かう少女が登場する。

アタシは、この少女を演じることになっていた。

53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/28(月) 14:39:24.70 ID:4QC7f0vB0

『少女には才能があった。だから、物心がついたころには、勉強だって、スポーツだって、じぶんが興味を示したことは何だってできた。

ただ、まわりからその心を理解されないことに、もがき苦しんでいた。少女には分からなかった。みんなよりも先へ先へと前に進むたびに、みんなから取り残されていく不安感が、どうして積もっていくのかが、分からなかった。

日を重ねるごとに「死んでしまいたい」という感情が増していった。生きることをやめてしまえば、この苦悩から解放されるんじゃないかと考えるようになった。

しかし、ある日、知り合いだった男からひとつのアドバイスを受ける。


「そんなに今の自分が嫌だと言うのなら、いっそ、普通の人間を装えばいいじゃないか」


少女は、男の言葉を聞いた次の日から“普通の人間”を演じるようになった。わざと努力するフリをした。わざと仕事で失敗をした。今までの生き方をすべて捨てて、少女は生涯を終えようと考えた。

もちろん、自分以外の誰かから怒られることも増えた。そのたびに「そんなことは言われなくても分かっています」なんてことは口に出さず、きちんと「すいませんでした」と頭を下げた。

普通の人間になって、三年の月日が経ったころ。少女はボーイフレンドと無事に結婚し、ひとつの家庭を築いた。男は、非の打ちどころのない青年だった。まわりの誰もが、少女のことを「幸せそうだ」と言った。

しかし、それから一年が過ぎて。少女は突如として姿を消した。机の上に「ごめんなさい」という書置きだけを残し、何も言わずどこかへと去っていったのだ。

少女がどこへ行ったのか、どうして消えてしまったのか、取り残された男には知ることさえできなかった』

54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/28(月) 14:52:43.03 ID:4QC7f0vB0

はじめに台本に目を通したとき、そのストーリーが、まるでアタシのために作られたのかと勘違いして、すごくビックリしたっけ。だって、そう思ってしまうくらい、その女の子がいまのアタシに似ていたんだから。

でもね、女の子とアタシとでは決定的にちがうところがあったんだよね。

えっとね。つまり、その物語に出てくる女の子は“才能を残したまま”普通の人間になって。だけど、アタシは“才能を失って”普通の人間になったの。

たったそれだけのことだけど、アタシにとってはぜんぜん違うように思えたわけ。

そう。この子には、まだ二つの人生が与えられている。
元の自分に戻る道と、今の自分に納得する道が、残っている。

でも、アタシはちがった。あのころのじぶんを、追い求めるしかなかった。あの輝かしい過去に、縋るしかなかった。

そうするしか、なかったんだから。

55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/28(月) 14:56:32.31 ID:4QC7f0vB0

そう言えば、渡されたストーリーのなかで、ひとつだけ疑問点があったんだけどさ。

どうして、女の子はいちばん最後に“男の子のもとを去る”という選択肢を選んでしまったんだろうね。

考えてもみてよ。幸せに暮らしていたはずの女の子が、なにも言わないで消えてしまったのかってことを。

これはアタシの推理でしかないけど。もしかすると、この子は普通の人として生きるのが嫌になっちゃったのかもしれないね。才能を捨てて、ふつうに生きていくことに嫌気がさして、幸せな生活に飽きてしまって。だから、持ってるものをぜんぶ放り投げちゃったのかなって。

女の子が書置きに残していった「ごめんなさい」という言葉には、過去のじぶんを諦めきれなかった謝罪の意がふくまれているのかな。

だとしたら、アタシはこの子のことを少しだけ理解できた。

だって、ふつーに生きていくためには、この世界はちょっとだけ、辛いことが多すぎたからさ。

56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/01(木) 00:10:13.38 ID:lXX6xXzZo
まだかな
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/01(木) 07:19:57.79 ID:2gibj4oUO
苦しい
深い水の底に沈んだような息苦しさ
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/10(土) 10:50:29.71 ID:ydzgORf5o
まだ?
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/20(火) 01:43:50.62 ID:1n4SxxKCo
気長に待ってるよ
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/20(火) 01:46:50.16 ID:xR3xdteTo
待てますか?
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/20(火) 23:33:07.64 ID:MBetd8Ig0
ここ1月ほど何かを書ける状態ではなかったので、長らく英気を養っていました。完結に向けてがんばります。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/20(火) 23:38:33.95 ID:JqTS7XFko
おー、改めて気長に待ってるよ
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/21(水) 00:26:24.81 ID:BPQsPrtpo
頑張ってください
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/21(水) 15:37:53.31 ID:2TrKQoP9O
生きてて良かったよ
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 17:02:07.86 ID:OEZz3EVp0

さてさて、ずいぶんと長話をしちゃったね。もう聞くのも疲れちゃった? 
人の落ちこぼれていく話なんてさ、そんなの聞いててたのしいものじゃないもんねー。

才能を失って、こんなにも人生がめちゃくちゃになったアタシだったけど。このころには既に“才能消失事件”の答え探しをするヒマも与えられていなかったの。

もちろん、脳裏の片隅にはいつだって、そのことが張り付いてはいたけど。やっぱり手がかりもなしに探すのは無理があった。
アタシはもう半分諦めていたし、悲鳴をあげだした体を引きずって、いろんなことにも溜息を吐いてしまっていた。

ある種、限界を感じていたのかもしれないね。
ここが、じぶんが努力でどうにかすることのできるラインなんだと、そう結論付けていたんだろーね。

でも、不思議だよね。神さまっていうのは、ときとして、そういう人に対して“救済”をしようとするんだから。

なにかを諦めようとした、その一瞬のスキをついてさ。

66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/30(金) 17:04:40.26 ID:OEZz3EVp0

きっかけは、家で着ていた白衣の裾に、淹れ立てのカモミールティーをこぼしたときのことだった。

寝不足のまま飲もうとしたのが誤りだったんだろうね。テーブルの上に置いたお気に入りのカップを持ち上げようとした矢先、それはするりと手元から滑りおちて、ぱしゃりとたちまちのうちに白い布に染みを作った。

それはオフの日の朝に起きた、ほんの些細な出来事でしかなかった。

けれど、白衣、そして、カモミールティー。この二つに妙な違和感を抱いたアタシは、腕を組んで顔を顰めた。

なにかが頭で引っかかっていた。とても、とても大事なことが。とうの昔に忘れてしまっていた、大事なことが。

両手を握りしめて、意識の全てを頭に集める。

……そうだ。
アタシがはじめて才能消失に気付いた場所、それはどこだっただろう。
白衣を着て、カモミールティーを飲んでいたのは、どこだっただろう。
違和感が、アタシのすべてを壊してしまったのは、どこだっただろう。

「――ラボ?」

ぼそり、と独り言がこぼれ落ちた。

67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 17:06:04.15 ID:OEZz3EVp0

がたり、と椅子から勢いよく立ち上がったアタシはそのまま急いでクローゼットから服を引っ張り出し、それから、厚手の帽子を深くかぶった。

――どうして、もっとはやく気づかなかったんだろう。

朱色のマフラーを首に巻いて、玄関口のノブに手をかける。土曜日の朝にしては慌ただしく、がちゃがちゃと鍵をかけて、ズボンのポケットに無造作にしまい込むと、いてもたってもいられずアタシは走りだした。

――アタシは、今まで、アタシ自身を知らなさすぎたのかもしれない。

あの日、アタシはラボで才能が消えてしまったことに気が付いた。
そしてそのまま、今日までの日を無為に過ごしてしまった。こんなにも近くに答えがあったのに。
もしかすると、あまりにも近すぎて、意識の外にあったのかもしれない。

キョーミのあることなら、どんなことにでも手を出してしまう性格で、ギフテッドだったころのアタシがやりそうなことを。

どうして、それを考えることが出来なかったんだろう。


――アタシが“一ノ瀬志希”を実験台に使ったんだってことを。


68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 19:40:36.36 ID:fu8PRhI8o
そうきたか〜
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 21:18:46.05 ID:uQ0JXEnC0
新作きてた……
物語もいよいよ佳境かな、最後まで期待
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/14(土) 21:53:21.30 ID:Rj1CmDYx0

つまり、才能消失事件の真相とやらは、こういうことだったの。
アタシっていう人間は、その惚れ惚れする探究心から「一ノ瀬志希から才能を一切取り除いてしまう」ってことを考えてしまったんだよ。

ギフテッドが普通の人間になったら、なんてそんなことを考えて、ついには実現しちゃったんだよ。

もうさ、おかしくて笑っちゃうよね。
だってあんなに苦しくってしかたないような、アタシの世界を丸ごと変えてしまった出来事を作った張本人が、自分自身だったなんてさ。

それじゃあ、アタシは神さまでも誰でもなくって、アタシ自身を憎めばよかったのかな。

そんなこと、できるわけもないのにね。

71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/14(土) 22:17:04.46 ID:Rj1CmDYx0

息を切らしてラボの前までやって来たアタシは、胸に手を置いていちどだけ深呼吸をした。
無理もないけど、扉にはDANGERと書かれた黄色いテープが張り巡らされていたね。

才能消失事件のすぐ後にアタシ自身が起こしたボヤ騒ぎのせいで封鎖されちゃったわけだけれども、合いカギをあらかじめ作っていたアタシにとって、その部屋に忍び込むことは造作もなかった。

がちゃり、という金属音が静かに廊下にひびくと、そろそろと息を潜ませて部屋の中へ足を踏み入れた。

室内には、薬品の入り混じったにおいが立ち込めていた。
おもわず顔を顰めると、そのままぐるりと視線を泳がせた。
目に止まったのは、雑多に積まれた論文の山だった。

アタシはなにかに取りつかれたかのように、そこに駆け寄って、それらすべてをバサバサと床に投げ出した。

お目当てのものは、思いのほか、あっという間に見つかった。

資料の中に隠されていたのは、ピルケースと、一冊の実験ノートだった。

72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/14(土) 22:24:48.18 ID:Rj1CmDYx0

実をいうとね、アタシはラボに向かう途中ひとつの仮説を立てていたの。

一ノ瀬志希のことをいちばん知っているアタシが言うんだから、きっと間違いないんだろうけどさ。
アタシが何らかの形で“才能”を奪い去ったとして、それをそのままにしておくなんてことは、どう考えてもありえないってことなんだよね。

アタシなら絶対「逃げ道を用意するに違いない」って思っていたの。
要は、元のギフテッドに戻るための何らかの方法を残しておくはずだって考えたわけ。
そんなの直感でしかなかったけど、どうしてか間違いだとは感じなかったっけ。

だから、ピルケースと実験ノートを手にした瞬間に、ピンと来たね。これこそがアタシの探し求めていたものだったんだってさ。

それはもう、じぶんの推理が合っていたことにびっくりもしたけど、それ以上にドキドキが鳴りやまないことにアタシはこのとき気が付いていたの。

だってさ。やっとこれで“元のアタシ”にもどれるんだって、心底カンドーしてたんだから。

73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/15(日) 15:18:09.58 ID:4Xj8oYnYO
待ってた
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/15(日) 16:10:29.11 ID:zAIvDTqvo
待ってる
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/16(月) 07:59:28.99 ID:RQMSA4/JO
よかった
落ちぶれて場末の飲み屋で歌うシキにゃんはい居ないんだね
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/01(水) 02:20:47.76 ID:2YsXYuNc0
更新まってるるん
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/05(日) 18:49:27.40 ID:DWurn+MTO
まつまつ
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/22(水) 04:53:29.30 ID:qk8nw3KyO
これはエタってはならない
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/23(木) 00:10:50.32 ID:v5nqUttRo
ここでエタは生殺し過ぎるよね
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/24(金) 03:39:46.20 ID:rfiwPVYqO
この文に引き込まれてつい一気読みしてしまった
続き気になるから早くきてー!
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/28(火) 18:05:23.03 ID:Ewhy060yO
あと14,5日しかないぞ…
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/03(金) 23:27:21.30 ID:rijlFG+D0

だけどね。家にそれらを持ち帰ってみたアタシは、どういうわけだか、そのときにはもう不安で胸が一杯だったの。

真っ白なベッドの上であぐらをかいて、布団の上に置いたピルケースとノートを見下ろしたまま、アタシはひとつのことを考えていたわけ。

それは、言うなれば、当たり前のことだとは思うけど。それでも考えずにはいられなかった。

「――どうして、アタシはこんなことをしたんだろう」
アタシの疑問はそれにつきた。ただの興味だというならば、それで終わりかもしれないけど。だけどそれだけじゃない、きっと何かの理由があるはずだってアタシはそう思ったね。

それなのにさ、アタシの記憶ってものは誰かに上書きされてしまったかのように、その理由を思い出せないようになっていたんだよ。

もしかすると、その理由が分からないと、もう一度おなじことを繰り返してしまうかもしれないのにさ。

アタシはたぶん怯えていたの。どんどん自分が分からなくなっていくみたいな、そんなただならぬ恐怖を感じていたの。

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/03(金) 23:30:44.78 ID:rijlFG+D0

それから、アタシは実験ノートを手に取った。

すべての真実が、このノートに書いてあるんだっていうことは、おおよそ予想はついたんだけどさ。その日は、どうにもそれを見る気にはなれなかった。

いろんなことが頭に流れ込んできてさ、きっと、頭がいっぱいになっていたんだろうね。

アタシはベッドに体を預けて、そして窓の外を眺めたんだ。

そこには、一匹の蝶々がいたの。冬の日にそんなものがいるわけなんてないんだから、あれは、そう、幻か何かだろうと思ったね。

青と黒が鮮やかなその子の羽には、穴が開いていた。
何度も何度も、蝶は空を目指す。だけど、そのたびに吸い込まれるように地面に落ちていく。

綺麗な蝶だった。とても、綺麗だと思った。

あの蝶のようになれたなら、そう考えながらアタシは目を閉じた。

84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/03(金) 23:44:55.13 ID:rijlFG+D0



――次の日。目を覚ましたら、真っ白な雪が街を覆いつくしていた。



85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 00:42:24.71 ID:wrj+I6tr0
ひさびさにss読みに来てよかった
フレ鬱の人かな?文章からして
おもしろい
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 00:50:14.73 ID:iAxwiNNOO
エタらなくてほんとよかった
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 00:54:26.31 ID:yZf7J615o
完結を心待ちにしている
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 01:40:57.04 ID:yDDMaZhDO
待てというなら待とう
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 01:41:18.55 ID:7MV/bgOk0

アタシは部屋のなかだっていうのに、息すらも凍り付くように白く染まっていた。
窓の外を眺めたら、昨日の蝶はもういなくなっていて、ああやっぱりあれは幻覚だったんだって、すこしだけがっかりしたっけ。

それで、気が付いたらスマートフォンの画面が明るく輝いていて、アタシは、はっと目を見開いたね。

『今日の仕事には間に合いそうか』
プロデューサーからのメッセージと共に、アタシは急いで支度を始めた。
その日は遠方の仕事に向かう予定になっていたんだけど、アタシと言えば、不幸なことに家を出るはずの時間に起きてしまったんだよ。

すぐにバタバタと慌ただしくカバンに荷物を詰め込みはじめたアタシは、ふと、実験ノートとピルケースに意識を向けた。
理由もなく、その二つを手に掴んだアタシは、ぼんやりと宙を見つめた。それで数秒ほど考えて、アタシはそれらをカバンのなかに一緒に入れたんだ。

それから、クローゼットから取り出したお気に入りの服に身を包むと、冷蔵庫から取り出したサンドイッチを頬張って、アタシは靴を履いた。

玄関口で踵を合わせている間、ぐるぐると一つのことが頭を巡っていたね。それで家の鍵をかけて走り出したときにはもう、それは色濃く浮かび上がっていたんだ。


――アタシが遅刻するのは、これで何回目だっただろう。


なんて、そんな言葉がさ。

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/04(土) 01:43:31.42 ID:7MV/bgOk0



……。



91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 02:14:29.43 ID:7MV/bgOk0
さんざん放置してしまってすいません…。
だいぶ終盤まで来てるので、できたら、この土日で完結できたらなあと思います。
待ってくださった方も、本当にありがとうございます。頑張って書ききります。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 02:41:57.43 ID:YU9WHx25o
乙乙
タブに残しておいた甲斐があったよ
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 02:51:42.00 ID:6QEXTapjO
待て言うならいつまでも待つ!けど一ヶ月に一回はきてほしいかな…
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 09:11:28.32 ID:x7tUhsMcO
おう乙
完結の意思があるのならいつまでだって待つよ
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/06(月) 03:56:35.03 ID:PsCR0EXeO
この土日っていつの土日なんだ
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/06(月) 17:09:03.07 ID:QqrE/sCZ0

現場からの帰り道、アタシとプロデューサーは山道を車で走っていた。
辺りはすっかり暗くなっていて、外はまだ雪が降っていた。あまりにひどい雪でさ、車道には、他の車はひとつも見当たらなかったね。

そうそう。言い忘れていたけど、残念なことに、その日の仕事は“ナシ”になったんだよ。
息を切らしてやって来たアタシに「雪の影響でなくなったんだ」と彼は言ったけれど、アタシは事の真相を理解していた。そうだね、言うなれば、やっぱり彼は嘘をつくのが下手だったってことかな。

そんなことがあったからか、車内では会話がうまれることもなく、ラジオから流れてくる声が、街に押し寄せた寒波について話をしていた。どうにも電波がわるいみたいで、声はときおり掠れたようにくぐもっていたね。

どうしてこうなってしまうんだろうって、そのときはずっとそればっかり考えていたと思う。自分のせいだって、分かっていたのにさ。

97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/06(月) 17:14:08.06 ID:QqrE/sCZ0

それで、しばらく経ったころだったとおもう。プスンという嫌な音と共に車は止まったのは。

すぐに車から降りて気まずそうに顔を顰めた彼は「故障したみたいだ」とアタシに告げた。あいにく、電話も通じないようで、ロードサービスに助けを求めることもできなかった。

「どうするの?」とアタシが尋ねると「朝になったら、考えよう」と彼は答えた。

運が良いと言えるのかはわからないけど、近くにはバス停もあったし、日が昇れば誰か別の人がここを通ってくれるだろうと、つまり、そういうことらしい。

ただ、こんな寒空の下で、朝まで二人で過ごさなければならないことに変わりはなかったけれど。

98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/06(月) 17:17:47.21 ID:QqrE/sCZ0

暖房が消えてしまった車のなかは、凍えてしまうほどに寒かった。アタシは白い息を吐いて、それから、朱色のマフラーに顔を埋めた。

「悪かった、こんなことになって」
ハンドルを手放して、体を椅子に預けたプロデューサーが、ふいにそんなことを言ったものだから、アタシはおもわず彼の方を見た。

「いいよ、そんなの」とアタシが言うと、「そうか」と彼はそれっきり黙ってしまった。

おそろしいくらいに、時間がゆっくりと流れている気がした。アタシは、寒さであたまがどうかしてしまうんじゃないかと思うほどに、身を震わせていた。

人って生き物は不思議なもので、そういう状況に陥ると、その場にいる誰かに無性に話しかけたくなるらしい。現に、アタシは無意識のうちに「あのさ」と口を開いていたのだから。

「……この前渡された台本のストーリー、どう思う?」

どうしてこんなことを、いま、こんな場所で聞いてしまったのか。そんな理由を考える熱さえも、すでにアタシからは奪われていた。とにかく、どんな些細なことだって、なんだっていいから、誰かと話していたかった。擦り切れてしまった心が、そう訴えかけていた。

「そうだな」と彼は呟いた。「どうして、女の子は置手紙を残して去っていったんだろうな」

99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/06(月) 18:24:19.84 ID:QqrE/sCZ0

どうして、と問われて、アタシはなにかを諦めるように声を出した。
「きっと、戻りたかったんだよ。才能のあったころのじぶんに」口を尖らせて、そうこたえた。

じぶんが出した答えに疑問を持つことはなかった。女の子はふつうの人になりきれなかった。だから男のもとを去っていった。アタシはそう思っていた。

「それは、どうだろうな」だけど、アタシの言葉に、彼は首を傾げた。

「俺は、もっと違うことを考えていたよ」
「……ちがうこと?」アタシがそう聞くと彼は話をつづけた。

「たぶん、分かり合えないと思ったからじゃないかな」寒そうに手に息を当てながら、彼は言った。

わけもわからずアタシは「どういう意味?」と尋ねた。

「普通の人になって、それで、本当に好きな人ができて、女の子は幸せだったと思うよ。

だけどさ。それだけじゃあ埋まらない隙間があったんだとすれば、どうだろう」

突き刺さるような彼の瞳がアタシに向けられた。

「どこまで行ったって、ふたりは、普通の人と才能のある人なんだからさ」

100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/06(月) 19:05:51.61 ID:QqrE/sCZ0

「でも」と言いかけて、アタシは口を噤んだ。
もしも、ほんとうにそれが理由だったとすれば、女の子は最後にはどんな気持ちになってしまったのだろう。どんな思いで彼に「ごめんなさい」と告げたのだろう。

アタシには分からなかった。分かりたくもなかった。

「考えていることの全てを分かり合える、そんな人たちがいると俺は思わないけど、だけど、女の子はきっとショックだっただろうな」

彼は眠そうに瞼を擦りながら、口を動かしていた。

「女の子ははじめから普通の人に憧れていた。だから、普通の生活が嫌だと感じて逃げたんじゃない。

女の子は、知ってしまったんだよ。どうあっても、男と自分が理解し合えないことをさ。

普通の人間になるフリをして、以前の自分を捨てて、それでも男のことは分からなかったんじゃないかな。

……たぶんだけどさ。俺はそう思うんだ」

アタシは何も言わずに黙っていた。まるで、それがじぶんに宛てた言葉のように思えて仕方がなかった。

101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/06(月) 20:57:08.55 ID:QqrE/sCZ0

彼が運転席で眠りに落ちてしまってからも、アタシは助手席で自分の体を抱きしめながら、ずっと窓の外を眺めていた。

ちらちらと降る雪に見とれたアタシは、消えかかった意識の中で、どうしようもないことを考えていた。

アタシを、アタシたらしめるものはなんだろう。才能? はたまたこの顔? プロポーション、声、エトセトラ。

アタシはこの世に生まれ落ちたとき、神さまからたくさんのものを貰った。それはアタシをみんなよりも先へ先へと押しやってくれた。だからアタシも面白がって、前に前に進んでいったんだ。

でも、それでもね。アタシは神さまからいちばん大切なものは貰えなかったんだと思う。それはたぶん代償だったんだよ。アタシがこの世界で生きていくために与えられた枷だったんだよ。

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/07(火) 02:06:21.66 ID:8ynLs1lJo
おぉいここで切るのか!
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/07(火) 04:37:45.49 ID:H7OguJVjO
気になって夜も眠れないだろ…昼にしか寝れなくなる
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 00:48:11.41 ID:Bly2cY4B0

きっと、頭の奥底では理解していたんだと思う。それも、ずーっと前からさ。

ほら。ちょうど物質同士が触れ合って、新たな物質を生み出そうとするときにね。それらが結びつこうともせずに、そのまま離れていってしまうケースだってあるでしょ。そーいうのは、つまりは“不安定”だから、そうなってしまうんだよね。

アタシ達も、たぶん、それに該当したんだろうね。せっかく出会う運命をもらったのに、それなのに、不安定にならないように手を放さざるを得なかったんだ。

――要するに。あの物語の女の子と男の子がそうであったように、アタシ達だって同じだったんだと思うの。

だって、アタシはギフテッドとして、生まれてきてしまったから。なのに彼は、そんなアタシとは違って、ずっと普通の人だったから。

べつに彼と分かり合いたいなんて思わないし、すこしも近づきたいなんて思わないけど。

それなのに。そのはずなのに。それに気づいたアタシの胸は、苦しくて苦しくて仕方なかったんだ。

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 20:54:51.80 ID:Bly2cY4B0

「……もう、やめよう。ぜんぶ」黒いなにかが口から零れて、地面に吸い込まれていった。

アタシはカバンをひっくり返した。中からは、化粧品や手鏡、香水、いろんなものが落ちてきた。それで、アタシはそのうちの一つを手に取った。持ち上げられたそれは、からんからんと乾いた音を鳴らしていた。

ピルケースの蓋は固く閉じられていた。アタシは人差し指をかけて、それを乱雑にあけると、中身を手のひらの上に出した。

白い錠剤がごろごろと飛び出してきて、アタシはそれをじっと眺めていた。


ギフテッドだったころ、たぶん、アタシって人間はこんなにも悩みを抱えてはいなかったと思う。

だったら、もしも、これでほんとーに元のアタシに戻ることが出来たのなら――もうアタシは生きることに悩む必要はなくなるんだろう。

それで、あのころみたいに、呑気にラボで実験をして、プロデューサーとも何の諍いもなく会話して、みんなから天才アイドルってもてはやされるんだろう。

106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 21:29:18.34 ID:Bly2cY4B0

アタシは、なにもかもを終わらせようとしていたの。

苦しいことも、辛いことも、ぜんぶを投げ捨てて、ギフテッドのじぶんに戻ろうとしたの。

だって、それが一番いいって思ったから。そうすれば、きっと、オーディションにだって、合格できるって思ったから。


――そんなアタシの目に、一冊の実験ノートが飛び込んできたのは、ちょうどそのときだったんだ。


107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 18:04:22.96 ID:prvI6nFf0

べつにノートを読む必要なんて一切なかったのに、気が付くと、アタシはそれに手を伸ばしていた。
どういうわけだかアタシは、最後にそれを読んでしまおうと、つまり、そういうことを考えていたの。

ずいぶんと薄茶けた表紙には“一ノ瀬志希について”とだけ書かれていたね。

パラパラとページを捲ると、アタシには到底読むことができない言語が連なっていて、おもわず眉を顰めた。

それでも、見渡せばちらほらと走り書きがあって、かろうじて読むことの出来るそれは、アタシ自身の呟きのようにもおもえた。

108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 18:08:23.99 ID:prvI6nFf0

『匂いという知覚を分解することはむずかしい。色や味覚と異なり、良いと悪いでしか評価できない。そして、それらの名前はあまりにも少ない。これを細分化するためには、何が必要だろう』

『記憶に何らかの障害を持ったとき、人は一部の機能を失う可能性がある。意図的に脳にダメージを負わせたとすれば、記憶障害を誘発させることはできるか。またそれを元に戻すにはどうすればいいだろう』

『脳とはどんな仕組みで動いているか。才能と脳は密接な関係にあるのは間違いない。しかし、どんな作用を与えれば“才能を消失させられるだろう”』

そのメモの下には複雑な化学式が無数に連なっていた。それを見て「やっぱり」とアタシはおもった。

ステージでの失敗に始まって、ファンがアタシの元から去っていって、たくさんの恥ずかしい思いをしてきた。……それで、プロデューサーとの関係もずいぶんと悪くなってしまった。才能を奪われてからのアタシは、ろくなことがなかったんだ。

一ノ瀬志希は自分自身から“才能”を奪うために、この研究を行っていた。その結果生まれたのが、アタシだったんだ。

「……でも、どうして?」アタシはページを捲る手を止めなかった。

さて。頭のいい人にはもうわかっちゃったかもしれないけどさ。
最後のページにはね、アタシでさえもビックリしてしまうようなことが書かれていたんだよ。

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 19:03:42.35 ID:prvI6nFf0



『――幸せって、いったいなんだろう?』



110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 19:05:44.98 ID:prvI6nFf0

『もしも、アタシがふつーになれたなら。
休日は映画を観て、一緒にショッピングをしてさ。帰ってきたらエプロンを腰に巻いて、彼のために料理を作るの。

それで、すこし失敗した料理を笑って食べてくれた彼が、思い出したようにあのシーン、すごくよかったねって言うのをうんうん分かるよなんて頷いてさ。

部屋の明かりを消して、アロマキャンドルを一本立てて。何も言わずに彼の顔を眺めて、ぎゅっと手を繋いで二人して笑いあうんだ。

もしかしたらさ、そういうのが、幸せっていうのかな』


『苦しいって、どんな気持ちなんだろう。辛いって、どんな気持ちなんだろう。

アタシにはそんなこと、これっぽっちも分からないけど、でも、もしもアタシがふつーになれたらさ。そしたら、そんな気持ちも分かるようになるのかな。

彼の痛みも、手を握って、いっしょに分かち合えるようになるのかな』


『もしも、アタシがふつーになれたなら。頑張るってことも、できるようになるのかな。

みんなと同じように、汗をかいて、涙を流して。神さまからもらったものじゃなくって、自分の手で何かを掴めるようになれるのかな。

それで、ステージから戻ったら、彼によくがんばったねって褒めてもらえるのかな。

努力の意味を、知ることができるのかな』


『もしも、アタシがふつーになれたなら。

……そしたらキミに、好きだよっていえますか』

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 19:11:01.23 ID:prvI6nFf0

それを見た時、よーやくアタシは、これまでずっと探し続けてきた“答え”を知ることができたんだ。

つまりね。アタシが今までこんなにも辛い思いをしてきたのは、ぜーんぶプロデューサーのためだったんだよ。

プロデューサーのために、これまで積み上げてきたものも、神さまからもらった才能も捨てて、それで、彼のことを深く知ろうとしたんだ。

それっていうのも、どうしようもなく彼が好きで、だけど、それが伝えられなくってさ。だから、ふつーになって、彼と同じ場所に立とうとしたんだ。

そうすれば、きっと、アタシは彼とほんとうの意味で理解し合えるって、そう信じてたんだから。

清浄なる世界で、ふたりで笑いあえるって。

112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 19:13:09.81 ID:prvI6nFf0

「……あはは、そう、だったんだ」アタシはそう呟くと、助手席の背もたれに体を預けた。

薬の副作用で、いちばん大事な記憶が頭から抜け落ちてしまったことは、もちろん不幸なことだったと思う。そのせいでアタシは、ずいぶんと遠回りをしてしまったのだから。

――そう。結局ね、彼のためにやったことは、ぜんぶ裏目になってしまったんだよ。

アタシは彼のことを知ろうとした。それなのに、才能を失ったアタシは彼を嫌いになって、それで、彼を傷つけてしまったんだ。誰よりも好きだった彼のことをさ。

このノートを書いたとき、アタシはどれくらい希望に満ちていただろう。どれくらいの期待で胸を膨らませていたんだろう。

そんなことも、もう、分かりっこないけれど。でも、その気持ちはちゃんとアタシに伝わって来た。

今までバカなことをしてきたと思う。アタシって奴はさ、ほんとーに、どうしようもないくらいに、救えない人間だったんだよ。

113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 19:29:51.62 ID:prvI6nFf0

「……どうしたんだ」誰かの声が耳に届いた。それは運転席からの声だった。

「泣いてるのか?」目を覚ました彼はアタシの方を見ていた。

アタシは首を横に振った。彼の言う通り涙がこぼれそうになっていたけれど、必死になってそれをぐっとこらえた。

彼に何を言えばいいのかなんて、分かりもしなかったの。けど、溢れそうな雫が凍り付いてしまう前に、アタシは何かを言わないといけなかったんだ。

目の前にいたのは、かつて、アタシが大好きだった人で。それで、今は大嫌いな人だった。

笑えるのなら笑ってしまいたかったよ。でもさ、そんなこと出来るはずもなかったんだよ。

114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 19:41:15.32 ID:prvI6nFf0

「……プロデューサー」とアタシは言った。

たぶん、アタシ達はもう取り返しのつかなくなる、その一歩手前まで来てしまっていたんだと思う。寄り集まった紐みたいに、こじれて、ほどけなくなくなって。そんなひどい有様だったんだろうね。

どんな言葉で取り繕えばいいんだろうって、頭では考えていたの。

けどさ、アタシ達が仲直りするためには、たくさんの言葉なんてものは、必要なかったんだよ。


「今まで、ごめんね」気づけばアタシは、彼の前で初めて涙を流していたんだ。


泣いても泣いても、それは止まらなくて。彼は何かを察したかのように、そんなアタシの右手を握ってさ、「俺も、悪かった」って言ったんだ。

たったそれだけのことだったのにさ。その瞬間に、アタシたちは、お互いの言いたいことが十分に理解できたんだよ。不思議なことにね。

115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 20:37:15.51 ID:prvI6nFf0

――それでさ。気づいたらいつの間にか、アタシ達は車の中で、これまでの出来事を話していたの。

才能を失ったことを言ったとき、彼はずいぶんと目を丸くしてたと思う。もちろん理由は言わなかったけど、そもそも信じてくれないと思っていたものだから、彼の反応にアタシもまたびっくりしていたね。

朝ごはんにはサンドイッチを食べるようにしてる、なんていう些細なことでさえも彼は喜んでいた。他の誰かが聞いたら何が面白いのかもわからないことでも、アタシ達はふたりして凄い時間をかけて話しあったんだ。

車内は相変わらずさむかったし、体も凍えてしまいそうなくらい冷たくなっていたけどさ。アタシの右手だけは、そのときは、ずっと温かかったんだ。

フロントガラスからは、見惚れるような夜空が覗いていてね。話疲れたアタシ達は、辺り一面雪景色の中で、星の数を数えたりしたの。

何ていうかさ。これまでのアタシはそーいうことを楽しむ余裕もなかったんだと思う。ううん、これまでだけじゃない。ギフテッドだったときを遡ってみても、アタシはこんなにも星が綺麗だって思えなかったんじゃないかな。

どう言えばいいのかは分からないけど。こんなことを経験してみて理解したことがあるんだ。つまりね、人って生き物は、本当にきれいなものを見るために、時として絶望だとか不幸みたいなものに身を落とさなければいけないってことなんだとおもう。

たぶん、過去のアタシはずーっとそれを求めていたんだよ。そういう景色を、彼と一緒にみることをさ。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 21:03:07.66 ID:prvI6nFf0

いつしか眠りに落ちてしまったアタシが目を覚ましたときには、もう朝が訪れていたの。

運転席にいた彼はとっくの昔に目を覚ましていてね。そんな顔を見て、アタシはゆっくりと体を起こしたんだ。

「おはよう、志希」

いつもの彼の優しい声が耳に届いて、アタシはちょっぴりおかしくなって、笑った。

「ねえ、プロデューサー」

「どうした?」

大嫌いだったはずの彼にアタシがこうして話しかけようとしてる、それがたまらなく面白かった。だってさ。もう絶対に治らないって思っていた関係が、一夜のうちに元に戻っていたんだよ。それって、どれくらいすごいことなんだろうね。

「アタシ、がんばろうって思うんだ。オーディションも、これからのことも。ぜんぶ」

そうか、なんて運転席でハンドルを握る彼は嬉しそうに笑っていた。

そう。アタシはこのとき決めたんだよ。才能なんてものに頼らないで自分だけの力で、この世界を生き抜いてやろうってさ。

難しいことかもしれないけど、でも、不思議と諦めるって気持ちはなかったね。それよりもむしろ、こんなふうに思っていたんだ。

――やっと、新しい自分に向き合うことができたんだってね。

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 21:31:07.31 ID:prvI6nFf0

さてさて。それじゃあ、ここからは“それから”のことを話そっか。

そうだね。まずはノートに貼られていた手紙について、先に話しちゃおうか。

実をいうと、ちょっとおかしいとは思ってたんだよね。だってさ、あのノートには、元に戻るための薬について、何一つ詳しいことが書いてなかったんだもん。

だから家に帰ってからその手紙の存在に気づいた時は、すぐに中身を確認したね。そしたらさ、そこにはこんなことが書かれていたんだよ。



『――親愛なる一ノ瀬志希ちゃんへ。

にゃはは、親愛なる、だって。自分自身に向けて手紙を書くっていうのはなんだかちょっと照れくさいねー。

ええっと、これを読んでいるってことは、もしかすると、今のキミはギフテッドに戻りたいと考えているのかな。

だとしたら、ラボに置いておいたお薬を飲んでください。それを飲めば、キミはたちまちのうちに今のアタシに元通り! ……になるはず。うまくいってれば。なんてね、うそうそ。アタシを信じてー。

でもね。その前に、アタシがここまでした意味を、よーく考えてみて欲しい。それで、どうしてもキミが戻りたいっていうのなら、アタシは止めないし、何も言わないよー。

さーて、アタシはこれから仕事があるから、伝えたいことはこれでおしまい。それじゃ、ばいばーい』



それはなんとも無責任な文面だったけど、書いた人間がすぐにアタシだって分かって、ちょっとおかしかったね。

でも“ここまでした意味”を十分わかっていたアタシは、もうなにも迷わずに薬をゴミ箱に捨てちゃったんだ。

もちろん、それを手元に残していても良かったんだけどさ。過去の自分に未練を残さないようにって、そういう風に思ったわけ。

それがあれば、どんな苦しい困難にだって立ち向かえるのにさ。笑っちゃうよね。

だけど、このときはすごく気持ちがよかったね。まるで背負っていた荷物を、どこかに置き去ったみたいな気分だったよ。

今だったら、あの時見た蝶のようにアタシも羽ばたけるのかもしれないって、そう思ったね。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 23:20:09.90 ID:prvI6nFf0

そんなことがあってから、いくらかの日が経って。アタシはオーディションにのぞんだんだ。
結果はおもしろいくらいに散々だったね。結構自分なりに頑張ったつもりだったんだけど、まあ、それも仕方ないことなのかもしれないね。

でもさ。そんなオーディションで、審査員の人たちは口々に不満を言ってきたんだけどね。そんな中で、監督だけはアタシに向かって「手を抜いているのかい」と言ったんだよ。

でさ、アタシが「そんなことはありません」ってこたえたら、監督は「なるほど」と笑っていたね。

「なにがおかしいの?」とアタシが尋ねると、彼は「ああ、それを答える前に」と言って、他の審査員たちをみんな外に追いやったんだ。

それで、その場に立ち尽くしていたアタシの目の前で、監督は一人で腕を組んでいたんだ。

「さて。さっき見せてもらったダンスと歌、それはどっちも、とても褒められたものではなかった」彼は厳しい目つきで審査シートを眺めていた。

「にゃはは、そうだねー。アタシもそう思う」

「……ただ、演技は、びっくりするくらい心がこもっていたよ。まるでそれを経験したことがあるんじゃないかって思ったね」

どきりと胸が飛び上がりそうになった。

「審査の結果は、残念ながら、不合格だ――だけどね、おそらく君はその結果を糧にこの先もやっていけるはずだ」

「うーん、そうだといいけど」アタシは頭をかいた。

「いや、断言しよう。君はここがスタート地点なんだ」

「スタート地点?」アタシは彼の言葉を繰り返した。

「そうさ。今日が、生まれ変わった君にとっての、始まりの日なんだよ」

彼は嬉しそうにそう言った。その発言に、おもわずアタシは目を丸くした。

119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 23:33:46.97 ID:prvI6nFf0

――オーディション会場を飛び出した後、アタシは急いで彼のことを探したんだ。なんだか早く彼に会いたいって、そんなことばかり考えていたとおもう。

そのときはさ、なんだかいつもよりも胸が高鳴っていたような気がしたね。駆けだした足も止まらないくらいにさ。

それで。息を切らせてしばらく辺りを走り回ったら、彼は固そうなベンチでうつらうつらと頭を揺らしていたの。

担当アイドルががんばってたって言うのに、キミはなにをやってるんだ〜。なんて文句を言ってやろうとも思ったけど、ここのところつきっきりで寝る時間を惜しんで仕事をしてくれていたことは知っていたから、アタシは何も言わずに彼に近づいて、その隣に座ったんだ。

120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 23:57:39.06 ID:prvI6nFf0

「あのさ」とアタシは言った。

「オーディションに落ちちゃったんだ。あんなに頑張ったのにさ。流石のアタシでも、ほんのちょっとだけショックだったよ」

もちろん、彼からの返事はなかった。だけどアタシは話をつづけた。

「でもね。アタシ、ぜんぜん後悔してないの。自分でもびっくりするくらいに。まったく、後悔してないんだ。

監督に言われちゃったよ。今日が、生まれ変わった君にとっての、始まりの日なんだよって。

アタシもさ、そう思うんだ。今日が一ノ瀬志希の始まりなんだって。

だからね。ここからキミと一緒に時間を過ごして、少しずつ何かが変わっていくのがね、なんだかすごく楽しみになってるんだよ」

アタシはひとりで、空を見上げて笑った。

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/11(土) 00:46:36.84 ID:skZVACF00

「――あの日。アタシは、たくさんのものを失った。これまではずっとそれを取り返そうと必死に生きてきたんだ。

それなのに苦労してようやく答えを見つけたときには、“元の自分に戻る道”と“今の自分に納得する道”という選択肢が、アタシの手の上には残ってたんだ。

ギフテッドじゃなくなってからの世界は、辛いことも、苦しいこともあったし、今のアタシは、帰国子女の18歳で、ルックスも良くて、ダンスも歌も抜群なアイドルだったあの頃と比べたら、いくぶん落ちこぼれになっちゃったかもしれない。

……それでもさ。キミと見た星空は、そんな肩書きに負けないくらい、ほんとうのほんとうに素晴らしいものだったんだよ。

だから、神さまから与えられるだけの人生は、今日でおしまいにしよう。

この世界をあっと言わせる準備は、もう、整ってるんだ。それならアタシ達ふたりで、最後までやってやろうよ」


アタシは彼の手をそっと握った。今のアタシには、それだけで十分だった。

彼が目を覚ますまで、それまでは、このままでいようと思った。

しらないうちに流れていた涙を拭いて、アタシはもう一度空を眺めた。


そこには綺麗な青い蝶が飛び去っていく姿があった。

蝶は大きく羽ばたいて、いつしか空の彼方へと吸い込まれていった。

どこまでも自由に、どこまでも健気に。


おわり

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 00:50:10.83 ID:BAgfcxhDO


素晴らしいSSだった、掛け値なしに
読ませる感じの文章が凄いね
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 01:01:03.22 ID:skZVACF00
※誤字訂正

>>4
新しい自分に「ハロー」と挨拶したのは、着慣れた白衣で過ごすティータイムのときだった。 → 新しい自分に「ハロー」と挨拶したのは、着慣れた白衣で過ごすティータイムの時間だった。

そのほんの些細な違和感は、徐々に色濃くなり、思わず眉間に皺を寄せる。→そのほんの些細な違和感は、徐々に色濃くなり、思わず眉間に皺を寄せた。

もういちど、アタシはあれー? と声を漏らす。→ もういちど、アタシはあれー? と声を漏らした。

パタリと本を閉じて、呆然と宙を眺める。 →パタリと本を閉じて、呆然と宙を眺めた。

けれど、この短い18年の時間で、そんなことを経験した記憶は一切なかった。そう、まったくなかったのだ。 →けれど、この短い18年の時間で、そんなことを経験した記憶は一切なかった。そう、まったくと言っていいほどにね。

>>16
顔を抑えて蹲るアタシの元にすぐさまスタッフが駆けつけくれて。→顔を抑えて蹲るアタシの元にすぐさまスタッフが駆けつけてくれて。

>>30
「おはよう。今日の寝起きはどうだ?」なんて向こう側からコーヒーを淹れる音が電話越しに届いて、茶化す元気もないアタシはあくびを一つかいて「あんまり」とだけ答えた。 →「おはよう。今日の寝起きはどうだ?」なんてコーヒーを淹れる音が電話越しに届いて、茶化す元気もないアタシはあくびを一つかいて「あんまり」とだけ答えた。

ときどき「おはよう」だけじゃなくて「朝食は何を食べるんだ?」なんてことをも話してさ。→ときどき「おはよう」だけじゃなくて「朝食は何を食べるんだ?」なんてことも話してさ。

>>32
困ったことに、アタシは彼の気遣いみたいな、そういうのぜーんぶがイヤだったんだよね。 →でも困ったことに、ホントは彼の気遣いみたいな、そういうのぜーんぶがイヤだったんだよね。

>>50
アタシはあのとき、彼の胸倉をつかんで「やめてよ! アタシに同情なんてしないでよ!」なんて叫べばよかったのかな。→アタシはあのとき、彼のもとへ駆け寄って「やめてよ! アタシに同情なんてしないでよ!」なんて叫べばよかったのかな。

>>53
男は、非の打ちどころのない青年だった。→男は平凡ながらも、心優しい青年だった。

>>42
「俺もさ、思わず聞いたんだよ。どうして、数ある俳優や女優を差し置いて、うちのアイドルをオーディションに指名したのかって」 →「俺もさ、思わず聞いたんだよ。どうして、数ある役者を差し置いて、うちのアイドルをオーディションに指名したのかって」

>>55
考えてもみてよ。幸せに暮らしていたはずの女の子が、なにも言わないで消えてしまったのかってことを。 →考えてもみてよ。幸せに暮らしていたはずの女の子が、どんな理由があれば、なにも言わない消えてしまうのかってことを。

>>97
それで、しばらく経ったころだったとおもう。プスンという嫌な音と共に車は止まったのは。→それで、しばらく経ったころだったとおもう。プスンという嫌な音と共に車が止まったのは。

124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 01:43:27.56 ID:ldjvR+7Do
乙乙
良かったよ
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 01:48:46.34 ID:skZVACF00
さいごまで読んでくれた方、ありがとうございました。
また思いついた時になにか書きたいと思います。

前回 → まゆ「破ってはいけない3つの約束事について」

126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 01:53:13.95 ID:z+XYIJdA0
おっつん
才能にリハビリはないのだ
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 02:57:18.52 ID:avZp6A7Qo
乙乙
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 06:04:15.51 ID:t34yPqizO
おつおつ引き込まれる内容だったから最後までどうなるかわからずハラハラドキドキしながら読ませてもらった
スレタイでギフテッドじゃなくなったとわかってるはずなのに
それさえも忘れるくらい引き込まれてどうなるんだ?やっぱ戻っちゃうのかな?
そう思わされるくらいに素晴らしい内容で楽しめた
しきにゃんのこういうガチシリアスは面白いな
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 08:12:56.32 ID:EMcwWC9hO

とても良かった
少し切ない余韻がなんとも言えないな
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 09:04:53.69 ID:WjfIdZUFo
まゆのはあなただったんか、あれも好き
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/12(日) 19:35:04.07 ID:m1SIgHRco
おつおつ
本当に引き込まれるシリアスだったと思う
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/13(月) 02:40:30.71 ID:hTaG5yKBo

思わずどんどん読み進めたくなるいいSSでした
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/13(月) 11:17:09.83 ID:7VwdYjvEO

すごく良かった
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/16(木) 02:24:58.79 ID:aSLkDUSB0
なかなかないほどのss
おつ
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/30(火) 13:53:50.56 ID:OhdCkfqq0
すごく良かった。
惜しむらくは、Pへの感情の伏線の張り方が巧くいってないように(個人的には)感じたことかな。
才能と一緒にPへの感情も無くしてしまっていたというのが真相だったようだけど、それにしては才能を失ってすぐの頃に、お互いに苦手意識を持っているようだと決めつけていたのがしっくり来なかった。
そのせいで、終盤でPを思えばこそ才能を無くしたというのが分かったときにいささか唐突というか裏切られた(やっぱり色恋モノかよ…っていう)ように感じてしまった。
序盤でのPへの説明はもう少し曖昧にしておいたほうが良かったのではと愚考します。
いや、それでも尚、めっちゃ良かったんですけどね!乙!
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/30(火) 22:32:42.28 ID:IY4+A/h9O
>>135
sageろ
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/30(火) 23:57:21.83 ID:K7aIKEr9o
とっくに終わったスレなんだし、どうでもいいじゃん
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