志希「それじゃあ、アタシがギフテッドじゃなくなった話でもしよっか」

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117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 21:31:07.31 ID:prvI6nFf0

さてさて。それじゃあ、ここからは“それから”のことを話そっか。

そうだね。まずはノートに貼られていた手紙について、先に話しちゃおうか。

実をいうと、ちょっとおかしいとは思ってたんだよね。だってさ、あのノートには、元に戻るための薬について、何一つ詳しいことが書いてなかったんだもん。

だから家に帰ってからその手紙の存在に気づいた時は、すぐに中身を確認したね。そしたらさ、そこにはこんなことが書かれていたんだよ。



『――親愛なる一ノ瀬志希ちゃんへ。

にゃはは、親愛なる、だって。自分自身に向けて手紙を書くっていうのはなんだかちょっと照れくさいねー。

ええっと、これを読んでいるってことは、もしかすると、今のキミはギフテッドに戻りたいと考えているのかな。

だとしたら、ラボに置いておいたお薬を飲んでください。それを飲めば、キミはたちまちのうちに今のアタシに元通り! ……になるはず。うまくいってれば。なんてね、うそうそ。アタシを信じてー。

でもね。その前に、アタシがここまでした意味を、よーく考えてみて欲しい。それで、どうしてもキミが戻りたいっていうのなら、アタシは止めないし、何も言わないよー。

さーて、アタシはこれから仕事があるから、伝えたいことはこれでおしまい。それじゃ、ばいばーい』



それはなんとも無責任な文面だったけど、書いた人間がすぐにアタシだって分かって、ちょっとおかしかったね。

でも“ここまでした意味”を十分わかっていたアタシは、もうなにも迷わずに薬をゴミ箱に捨てちゃったんだ。

もちろん、それを手元に残していても良かったんだけどさ。過去の自分に未練を残さないようにって、そういう風に思ったわけ。

それがあれば、どんな苦しい困難にだって立ち向かえるのにさ。笑っちゃうよね。

だけど、このときはすごく気持ちがよかったね。まるで背負っていた荷物を、どこかに置き去ったみたいな気分だったよ。

今だったら、あの時見た蝶のようにアタシも羽ばたけるのかもしれないって、そう思ったね。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 23:20:09.90 ID:prvI6nFf0

そんなことがあってから、いくらかの日が経って。アタシはオーディションにのぞんだんだ。
結果はおもしろいくらいに散々だったね。結構自分なりに頑張ったつもりだったんだけど、まあ、それも仕方ないことなのかもしれないね。

でもさ。そんなオーディションで、審査員の人たちは口々に不満を言ってきたんだけどね。そんな中で、監督だけはアタシに向かって「手を抜いているのかい」と言ったんだよ。

でさ、アタシが「そんなことはありません」ってこたえたら、監督は「なるほど」と笑っていたね。

「なにがおかしいの?」とアタシが尋ねると、彼は「ああ、それを答える前に」と言って、他の審査員たちをみんな外に追いやったんだ。

それで、その場に立ち尽くしていたアタシの目の前で、監督は一人で腕を組んでいたんだ。

「さて。さっき見せてもらったダンスと歌、それはどっちも、とても褒められたものではなかった」彼は厳しい目つきで審査シートを眺めていた。

「にゃはは、そうだねー。アタシもそう思う」

「……ただ、演技は、びっくりするくらい心がこもっていたよ。まるでそれを経験したことがあるんじゃないかって思ったね」

どきりと胸が飛び上がりそうになった。

「審査の結果は、残念ながら、不合格だ――だけどね、おそらく君はその結果を糧にこの先もやっていけるはずだ」

「うーん、そうだといいけど」アタシは頭をかいた。

「いや、断言しよう。君はここがスタート地点なんだ」

「スタート地点?」アタシは彼の言葉を繰り返した。

「そうさ。今日が、生まれ変わった君にとっての、始まりの日なんだよ」

彼は嬉しそうにそう言った。その発言に、おもわずアタシは目を丸くした。

119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 23:33:46.97 ID:prvI6nFf0

――オーディション会場を飛び出した後、アタシは急いで彼のことを探したんだ。なんだか早く彼に会いたいって、そんなことばかり考えていたとおもう。

そのときはさ、なんだかいつもよりも胸が高鳴っていたような気がしたね。駆けだした足も止まらないくらいにさ。

それで。息を切らせてしばらく辺りを走り回ったら、彼は固そうなベンチでうつらうつらと頭を揺らしていたの。

担当アイドルががんばってたって言うのに、キミはなにをやってるんだ〜。なんて文句を言ってやろうとも思ったけど、ここのところつきっきりで寝る時間を惜しんで仕事をしてくれていたことは知っていたから、アタシは何も言わずに彼に近づいて、その隣に座ったんだ。

120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/10(金) 23:57:39.06 ID:prvI6nFf0

「あのさ」とアタシは言った。

「オーディションに落ちちゃったんだ。あんなに頑張ったのにさ。流石のアタシでも、ほんのちょっとだけショックだったよ」

もちろん、彼からの返事はなかった。だけどアタシは話をつづけた。

「でもね。アタシ、ぜんぜん後悔してないの。自分でもびっくりするくらいに。まったく、後悔してないんだ。

監督に言われちゃったよ。今日が、生まれ変わった君にとっての、始まりの日なんだよって。

アタシもさ、そう思うんだ。今日が一ノ瀬志希の始まりなんだって。

だからね。ここからキミと一緒に時間を過ごして、少しずつ何かが変わっていくのがね、なんだかすごく楽しみになってるんだよ」

アタシはひとりで、空を見上げて笑った。

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/11(土) 00:46:36.84 ID:skZVACF00

「――あの日。アタシは、たくさんのものを失った。これまではずっとそれを取り返そうと必死に生きてきたんだ。

それなのに苦労してようやく答えを見つけたときには、“元の自分に戻る道”と“今の自分に納得する道”という選択肢が、アタシの手の上には残ってたんだ。

ギフテッドじゃなくなってからの世界は、辛いことも、苦しいこともあったし、今のアタシは、帰国子女の18歳で、ルックスも良くて、ダンスも歌も抜群なアイドルだったあの頃と比べたら、いくぶん落ちこぼれになっちゃったかもしれない。

……それでもさ。キミと見た星空は、そんな肩書きに負けないくらい、ほんとうのほんとうに素晴らしいものだったんだよ。

だから、神さまから与えられるだけの人生は、今日でおしまいにしよう。

この世界をあっと言わせる準備は、もう、整ってるんだ。それならアタシ達ふたりで、最後までやってやろうよ」


アタシは彼の手をそっと握った。今のアタシには、それだけで十分だった。

彼が目を覚ますまで、それまでは、このままでいようと思った。

しらないうちに流れていた涙を拭いて、アタシはもう一度空を眺めた。


そこには綺麗な青い蝶が飛び去っていく姿があった。

蝶は大きく羽ばたいて、いつしか空の彼方へと吸い込まれていった。

どこまでも自由に、どこまでも健気に。


おわり

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 00:50:10.83 ID:BAgfcxhDO


素晴らしいSSだった、掛け値なしに
読ませる感じの文章が凄いね
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 01:01:03.22 ID:skZVACF00
※誤字訂正

>>4
新しい自分に「ハロー」と挨拶したのは、着慣れた白衣で過ごすティータイムのときだった。 → 新しい自分に「ハロー」と挨拶したのは、着慣れた白衣で過ごすティータイムの時間だった。

そのほんの些細な違和感は、徐々に色濃くなり、思わず眉間に皺を寄せる。→そのほんの些細な違和感は、徐々に色濃くなり、思わず眉間に皺を寄せた。

もういちど、アタシはあれー? と声を漏らす。→ もういちど、アタシはあれー? と声を漏らした。

パタリと本を閉じて、呆然と宙を眺める。 →パタリと本を閉じて、呆然と宙を眺めた。

けれど、この短い18年の時間で、そんなことを経験した記憶は一切なかった。そう、まったくなかったのだ。 →けれど、この短い18年の時間で、そんなことを経験した記憶は一切なかった。そう、まったくと言っていいほどにね。

>>16
顔を抑えて蹲るアタシの元にすぐさまスタッフが駆けつけくれて。→顔を抑えて蹲るアタシの元にすぐさまスタッフが駆けつけてくれて。

>>30
「おはよう。今日の寝起きはどうだ?」なんて向こう側からコーヒーを淹れる音が電話越しに届いて、茶化す元気もないアタシはあくびを一つかいて「あんまり」とだけ答えた。 →「おはよう。今日の寝起きはどうだ?」なんてコーヒーを淹れる音が電話越しに届いて、茶化す元気もないアタシはあくびを一つかいて「あんまり」とだけ答えた。

ときどき「おはよう」だけじゃなくて「朝食は何を食べるんだ?」なんてことをも話してさ。→ときどき「おはよう」だけじゃなくて「朝食は何を食べるんだ?」なんてことも話してさ。

>>32
困ったことに、アタシは彼の気遣いみたいな、そういうのぜーんぶがイヤだったんだよね。 →でも困ったことに、ホントは彼の気遣いみたいな、そういうのぜーんぶがイヤだったんだよね。

>>50
アタシはあのとき、彼の胸倉をつかんで「やめてよ! アタシに同情なんてしないでよ!」なんて叫べばよかったのかな。→アタシはあのとき、彼のもとへ駆け寄って「やめてよ! アタシに同情なんてしないでよ!」なんて叫べばよかったのかな。

>>53
男は、非の打ちどころのない青年だった。→男は平凡ながらも、心優しい青年だった。

>>42
「俺もさ、思わず聞いたんだよ。どうして、数ある俳優や女優を差し置いて、うちのアイドルをオーディションに指名したのかって」 →「俺もさ、思わず聞いたんだよ。どうして、数ある役者を差し置いて、うちのアイドルをオーディションに指名したのかって」

>>55
考えてもみてよ。幸せに暮らしていたはずの女の子が、なにも言わないで消えてしまったのかってことを。 →考えてもみてよ。幸せに暮らしていたはずの女の子が、どんな理由があれば、なにも言わない消えてしまうのかってことを。

>>97
それで、しばらく経ったころだったとおもう。プスンという嫌な音と共に車は止まったのは。→それで、しばらく経ったころだったとおもう。プスンという嫌な音と共に車が止まったのは。

124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 01:43:27.56 ID:ldjvR+7Do
乙乙
良かったよ
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 01:48:46.34 ID:skZVACF00
さいごまで読んでくれた方、ありがとうございました。
また思いついた時になにか書きたいと思います。

前回 → まゆ「破ってはいけない3つの約束事について」

126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 01:53:13.95 ID:z+XYIJdA0
おっつん
才能にリハビリはないのだ
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 02:57:18.52 ID:avZp6A7Qo
乙乙
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 06:04:15.51 ID:t34yPqizO
おつおつ引き込まれる内容だったから最後までどうなるかわからずハラハラドキドキしながら読ませてもらった
スレタイでギフテッドじゃなくなったとわかってるはずなのに
それさえも忘れるくらい引き込まれてどうなるんだ?やっぱ戻っちゃうのかな?
そう思わされるくらいに素晴らしい内容で楽しめた
しきにゃんのこういうガチシリアスは面白いな
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 08:12:56.32 ID:EMcwWC9hO

とても良かった
少し切ない余韻がなんとも言えないな
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/11(土) 09:04:53.69 ID:WjfIdZUFo
まゆのはあなただったんか、あれも好き
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/12(日) 19:35:04.07 ID:m1SIgHRco
おつおつ
本当に引き込まれるシリアスだったと思う
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/13(月) 02:40:30.71 ID:hTaG5yKBo

思わずどんどん読み進めたくなるいいSSでした
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/13(月) 11:17:09.83 ID:7VwdYjvEO

すごく良かった
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/16(木) 02:24:58.79 ID:aSLkDUSB0
なかなかないほどのss
おつ
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/30(火) 13:53:50.56 ID:OhdCkfqq0
すごく良かった。
惜しむらくは、Pへの感情の伏線の張り方が巧くいってないように(個人的には)感じたことかな。
才能と一緒にPへの感情も無くしてしまっていたというのが真相だったようだけど、それにしては才能を失ってすぐの頃に、お互いに苦手意識を持っているようだと決めつけていたのがしっくり来なかった。
そのせいで、終盤でPを思えばこそ才能を無くしたというのが分かったときにいささか唐突というか裏切られた(やっぱり色恋モノかよ…っていう)ように感じてしまった。
序盤でのPへの説明はもう少し曖昧にしておいたほうが良かったのではと愚考します。
いや、それでも尚、めっちゃ良かったんですけどね!乙!
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/30(火) 22:32:42.28 ID:IY4+A/h9O
>>135
sageろ
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/30(火) 23:57:21.83 ID:K7aIKEr9o
とっくに終わったスレなんだし、どうでもいいじゃん
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