精神レイプ!概念と化した先輩

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281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:05:37.00 ID:gdPF9xX/0
彼らは知っていた。奪われた歴史も文化も、二度と返ってくることはないと。
彼らは知っていた。報復を行っても、仮に復讐を完遂しても、残るのは空虚な死と骸が残るばかりで、決して爽やかな勝利など得られないと。そんなことは分かりきっていた。しかし、それでも良かった。
「自分達を滅茶苦茶にした奴らを、同じ目に合わせてやりたい」
「先進国の連中を皆殺しにしたい」
100年間蓄積されたアッシリヤの負の感情は、ナショナリズムではなく、『テロリズム』に強く結びついた。そしてアッシリヤの強烈なテロリズムは、冷戦崩壊後の時代に、周辺諸国、果ては世界全土に波及した。
以来、『グローバル化によって繋がった先進諸国VS中東、アフリカ、アジアのテロリスト国家』の構造が形成され、世界はいわゆる『テロとの戦い』の時代となった。
テロの時代を牽引する、病める国アッシリヤ。彼らの怒りは未だ尽きること無く、先進国へ、あるいは対立する民族へと、その暴威を振るい続けている。

当然、テロリストと紛争が蔓延るアッシリヤに、先進国の国民が関われるはずがない。観光客など訪れはしないし、市場を求めて進出する企業は、死の商人くらいである。渡航禁止のアッシリヤへ向かう、日本発の飛行機など飛んでいるわけがなかった。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:06:23.92 ID:gdPF9xX/0
しかし、彼にはそのテロリスト国家、アッシリヤに用があった。
では、手っ取り早く目的地に近づく為には、どうすればいいかと彼は考えた。そして、彼の出した答えは、
「そうだ。アッシリヤの近くを通る飛行機に乗って、国境に近付いた所で墜落させればいいんだ」
というもの。概念体は、物理によるダメージを一切受けない。高度1万mからの自由落下も、概念体である彼にはジェットコースターのようなもの。彼の答えは、自らの利点を活かした最適解と言えた。

......あくまで、墜落によって奪われる、搭乗者数百人の人命を無視すれば、の話であるが。

始まりのホモ「いやぁ、楽しかったなぁ」

ケラケラと笑いながら、始まりのホモは国境線へと歩く。後方では、かつて飛行機だった鉄の残骸が、バラバラに散乱している。鉄であれなのだから、肉の塊である人間の遺体が、原型を留めておけるわけが無い。実際歩いていると、着地の衝撃で散らばった『それらしき』肉や衣類が、辺りにいくつも見られた。

始まりのホモ「これじゃあ、身元の確認も出来ないよねぇ」

自分で名乗り出るでもしない限り、今ここに立っている生存者の存在など、とても見つけることは出来ないだろう。航空機墜落の事件は、すぐに日本にも報道され、しばらく調査が続いた後、生存者0の凄惨な事故として日本人の心に深く刻み込まれるはずだ。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:06:55.64 ID:gdPF9xX/0
始まりのホモ「みんな、しばらくは飛行機なんて乗りたくなくなるだろうね」

日本国産なら、他国の物より安全で安心出来る。そんな大抵の日本人が強く抱く、ある種の選民意識は、この事件によって大きく揺らぐだろう。
なにせ、日本の会社の、日本が製造した機体の、日本人が操縦する飛行機が、原因不明の墜落事故を起こしたのだ。割高な料金を払ってまで買う『国産だから大丈夫』という意識は、ANAL航空への信頼は、これから急速に失墜するだろう。
また、最も信頼する国産航空機の墜落事故はこの先、日本人が海外へ流れる足を大いに止めてくれるはずだ。明日から数日の間は、飛行機のキャンセルの電話が、航空会社に殺到するはずである。

始まりのホモ「楽しい夏休みなんて、絶対に味あわせてやらないよ」

一人呟くと、国境線のフェンスへとたどり着いた。墜落場所は、アッシリヤの国境線を越えるのがベストではあったが、それでも十分近い場所に落ちてくれた。おかけで、無駄に歩く時間が省けたというものだ。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:07:26.25 ID:gdPF9xX/0
フェンスを破壊して、始まりのホモはアッシリヤの地へと足を踏み入れる。異変を察知した国境警備隊がすぐに駆けつけてくるかも知れないが、構わない。
彼らの仕事はアッシリヤからの不法移民の監視であり、わざわざ死の大地に向かう男を止めはしないだろう。また、止めようにも、始まりのホモにそもそも近づくことが出来ない。アッシリヤ側の国境付近には、地雷が敷き詰めた危険地帯となっていたからだ。
過剰な警備体制は、富める国ローレンスアラビアの、アッシリヤへの強烈な拒絶の意思を感じさせる。テロ対策というだけでなく、植民地時代を乗り越え、成功者となった今。前時代の負の歴史を引き擦るアッシリヤは、ローレンスアラビアにとって最も関わりたくない国なのだろう。
時折踏む地雷の爆破を意に介さず、始まりのホモはアッシリヤの内地へと向かう。しばらくすると、前方に新たな肉塊を発見した。近づいて確かめてみると、どうやら乗客の一人が、衝撃でここまで飛ばされていたらしい。
頭部と胸部のみの上半身が、地雷で更にグチャグチャにされているようだ。
あの自由落下の中で、それでもかなりの原型を留めている奇跡。落下地点から1km以上は離れているはずのここまで、飛ばされてきたという奇跡。
それに加えて、吹き飛ばされた先の地雷原で、またもや吹き飛ばされたであろう光景の間抜けな面白さが、始まりのホモの口を大きく開かせた。

始まりのホモ「あははは、楽しいなぁ! 楽しいなぁ! いいね、これ! 最高だよ!」

怪物は笑う。笑いながら、歩きながら、元人間だった、男とも女とも区別のつかぬ肉塊を蹴り上げる。
蹴る、浮く、落ちる。その動きを繰り返していると、何回かに一度、肉塊は地雷の上に落ちて跳ね、その度に吹き飛ばされて損壊していく。始まりのホモは損壊など気にも留めず、また蹴り上げてを繰り返す。

死者を冒涜する始まりのホモの遊びは、肉塊の損壊がボロ切れ程になるまで続いた。


[始まりのホモ、アッシリヤに入国]
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:08:52.17 ID:gdPF9xX/0
【閑話 21.5話】怪獣になりたかった少女の話

私には昔、ひとつ年下の妹がいた。大人しく、虫にも殺されそうな少女で、私に良く懐いていたことを覚えている。
身体も気も弱かった妹は、乱暴な男子には格好の的だったのだろう。学校で髪を引っ掴まれている彼女を、私が助ける。そういった場面は、小学校の頃に何度もあった。
妹を守る時、私には善も正義も、家族愛も関係無かった。妹が虐められていれば、助ける。それが姉として当然の義務だと思っていた。義務感だけが、いつも私を突き動かした。
だから、妹自身の内面というものに、私はあまり目を向けていなかった。それがいけなかったのかも知れない。

自らを虐めるクラスメイト、たまに現れてはそれを助ける姉、そして己自身。それらがいったい、彼女の心にどのような影響を与えたのか。
確かな原因は分からないが、妹はいつの頃からか女の子らしい可愛さや、男の子のようにヒーローや正義の味方に憧れるでもなく......TVの中の怪獣に、憧れるようになった。

??「ゴジラってさ、格好良いよね。人も、建物も、みんな壊しちゃうんだから」

嬉しそうに語る妹に、私はどう言葉をかけるべきかいつも悩んだ。妹が怪獣、とりわけゴジラに憧れる理由が、どっちともつかなかったからだ。
憧れる理由は、強くて巨大な生物に憧れる、子供らしい単純な思考からなのか。それとも、心に何か破滅願望を飼っているからなのか、と。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:10:28.77 ID:gdPF9xX/0
宇野「怪獣だって、そんなに大したことないわよ。一番強い怪獣のゴジラだって、最期には人間に殺されちゃうんだから」

妹の無類の怪獣好きを「危ない」と思った私は、ある時彼女を諭そうと考えた。他の女の子のように、とまで高望みはしないが、せめて普通の男子のように健全に、ヒーローに憧れて欲しかった。

??「倒されたっていいんだよ! だってカッコいいもん!」

??「私も、大きくなったら怪獣になりたい!」

しかし、妹の怪獣好きは筋金入りだった。

宇野「どこまで大きくなるつもりよ、あんた」

??「とにかく大っきくだよ! それでね、私が街で大暴れしてね、みんなに怖がられてね、それで、お姉ちゃんが私を倒しに来るの!」

宇野「......なんで、そこで私が出てくるのよ」

??「当然だよ。お姉ちゃんは私のヒーローなんだから、私を倒すのは、お姉ちゃんじゃないとダメなんだ」

どうやら妹の中では、私はヒーローになっているようだ。虐めの現場に駆けつける私の姿が、妹にはヒーローに映っているのか。だとしたら、妹を虐める男子達は怪獣役か。
妹の怪獣になりたいという言葉は、虐められる側からの脱却と、男子達に復讐したい、という願望の表れなのかもな。などと考えつつ、私は妹に答える。
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:11:00.32 ID:gdPF9xX/0
宇野「なによそれ。私に、芹沢博士にでもなれって言うの?」

??「私、あの人嫌い。それに芹沢はゴジラと一緒に死んじゃうじゃん。お姉ちゃんが死ぬのはダメだから、他のがいい」

宇野「他のって言ってもねぇ。相手がゴジラだったら、芹沢博士じゃないと打つ手が無いんだけど」

??「なんでもいいよ! とにかく、私が怪獣で、お姉ちゃんがヒーローなの! それで、お姉ちゃんは私をカッコ良く倒して、私は戦ってカッコ良く死ぬの! そういう風に決めたの!」

約束だよ、絶対守ってね! と、一方的に約束を押し付ける妹の要求に、私はきっぱりと拒絶の意志を示す。

宇野「姉が、妹を殺す約束なんてするわけ無いでしょ。それに、私はヒーローになんてなれやしないわよ」

そう言ってやると、妹は憤慨した様子で「なんでよ!」と迫ってくる。

宇野「だって、私は.........」
.........。
その時私は、妹になんと返したのだったか。いくら思い出そうとしても、少しも出てこない。しばらくすると、やがて私の意識は急速に薄れ......いや、覚醒していった。
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:11:31.67 ID:gdPF9xX/0
〜〜〜〜
朝の5時半。懐かしい夢を見ていた私を起こしたのは、ゴジラのテーマ曲であった。メールの着信音を切り、端末を確認する。呼び出しの主は、昨日出会った少女、奈央さんであった。
そういえば、家まで送った後の別れる直前に、「何か困ったことがあったら、連絡してくれて構わない」と、連絡先を教えてあげたのを思い出した。

宇野「まさか、こんなに早いとは」

まさか昨日の今日で、もう電話がかかってくるのかと、少し辟易した気持ちになる。が、あれだけ衝撃的な出来事を体験したのだから、いても立ってもいられない気持ちも分かるなと、私は思い直した。
メールの内容もやはり、昨日の出来事はなんだったのか、彼氏はどうなったのか知りたいので、私の都合の良い時間にお話しさせて欲しい、というものだった。
私は、教えられた携帯番号へとコールする。3回着信音が鳴ると、向こうの奈央さんと繋がった。

女子高生「あっ、も、もしもし」

宇野「おはようございます、奈央さん。なにか、質問があるようですね」

女子高生「す、すいませんこんな朝早くに。起こしちゃいましたか? いや、私もマズいかなって思ってたんですけど、メールなら失礼じゃないかなって思ったし、何もしないのも落ち着かなくて、それであの、」

宇野「落ち着いてください。私の朝は早いので、全く迷惑なんてかかっていません。それより、用件は?」

女子高生「あ、はい......。その、宇野さんは、昨日のアレについて、何か知っているんですか?」
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:12:21.42 ID:gdPF9xX/0
昨日のアレとは、公園にいた奈央さんの彼氏と、我修院たちのことだろう。やはり、聞きたいことというのは予想通りだった。だが、目撃者だからと言って、一般人に事のあらましをベラベラと喋るわけにはいかない。
申し訳ないが、世田谷区で何が起きているかは、今は何も話せない。その旨を伝えると、奈央さんも渋々引き下がってくれた。

宇野「説明は出来ませんが、一つ約束します。今日は休むことになると思いますが、明日になれば、あなたの彼氏も元通り学校に通うようになります。あなたの日常も、明日になれば帰ってきます」

女子高生「なんで、そんなことが分かるんですか?」

宇野「言えません。すいません」

仮に言えたとしても、彼氏がケツ穴を掘る治療を受けたなんて汚い事実を、わざわざ伝えたくはない。

女子高生「......智樹が帰ってくる、か」

奈央さんの声は、思いの他暗かった。そういえば、事件に出くわす直前の奈央さんは、彼氏と別れようとしていたらしい。事件のショックで失念していた感情を思い出し、微妙な気持ちになっているのだろうか。

宇野「......これは、余計なお世話かも知れませんが」

女子高生「? なんですか?」

宇野「彼氏が戻ってきたら、そうですね。とりあえず別れ話のことは忘れて、今まで通りに接することを勧めます」

女子高生「! そ、そうですよね! 智樹、あんな酷い目に合ったんだから、優しくしてあげないと」

宇野「いえ、彼氏の気持ちなんかどうでもいいんです。これは、あなたが自分の為に、あなたがより良い選択をする為に必要なことです」

女子高生「?」
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:17:48.87 ID:gdPF9xX/0
宇野「話を聞いた限り、あなたは彼氏の人柄ではなく、接し方付き合い方に不満があったようです。日々積み重ねた不満が、昨日の朝の嫌な出来事をきっかけに爆発した。そして、今日限りで別れようと決意した」

女子高生「そ、そうです。だって智樹は野球ばっかで、一緒に過ごす時間も全然取れなくて、」

宇野「ですがその不満に対応して、彼氏はあなたをデートに誘った。もしかしたら、それをきっかけに、あなたとの接し方を改善しようとしていたのかも知れません」

女子高生「違います! 智樹が昨日私を誘ったのは、ちょっと機嫌を取ってやればそれで済むって、私の気持ちを軽く考えていたからで......!」

宇野「そうかも知れません。ですが、違うかも知れません。彼の気持ちの本当の所を、今のあなたに知る術はありません」

女子高生「私の決めつけだって言いたいんですか?」

宇野「感情で判断しない方がいい、と言っているんです。昨日の朝、彼氏が遅刻したのも、呼び出しの電話を寄越したのも、暴漢に襲われていたからです。デートの当日に雨が降った事に関しては、ただの偶然でしかありません」

宇野「少なくとも昨日、あなたの彼氏に落ち度はありませんでした。しかしあなたは、そういった本当の所を知らずに、不機嫌な感情に任せて、彼氏と別れようと決断してしまいました」

女子高生「......。」

宇野「別れるな、と言っているのではありません。ですが別れる決断を下す前に、もっと相手と話して、相談して、相手の人となりを見極めるべきです。その見極めに、不満やわだかまりといった感情は不要なものです」

宇野「相談をして、要求に応えてくれる男かどうか。互いに、今後の付き合いの改善が図れるかどうか。そして、それでも二人の時間が足りないと不満に思った時に、それを我慢出来る程、相手の事を好きなのかどうかです」

女子高生「う、うぅん......」

宇野「今回の事件のショックで、お互い小さなわだかまりなんて吹っ飛んだでしょう。時間をかけて、答えを出してみてください」
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:18:48.64 ID:gdPF9xX/0
宇野「『現実的な思考』は、女が男より勝る圧倒的な長所です。感情に流されず、冷静な頭で考えてください。感情に流され続けた女の末路なんて、『無職でロクな才能も無い、ビッグな夢を追い続けるヒモ男の養分』が関の山です」

女子高生「は、はい。分かりました」

一通り、相談も済んだようだ。そろそろ切りますね、と言うと、奈央さんは最後に、

女子高生「あ、あの! ......また、なにかあったら、相談に乗ってもらってもいいですか?」

宇野「......ええ、いいですよ。いつでも出れるわけではありませんが、その時はこちらから折り返します」

「今度は喫茶店にでも行って、直接お喋りしよう」といったささやかな会話を終え、私は今度こそ電話を切った。

宇野「......ふぅ」

一人の時間に戻ると、少し疲れが寄せてきた。柄にも無く、女子生徒の恋愛相談なんかに乗ったせいだろう。

宇野「私より奈央さんの方が、よっぽど恋愛経験豊富だってのにね」

偉そうに語ったが、私には甘い青春の思い出など一つも無い。恋人、それでなくとも対等な男女の関係など、私の生涯にはまったく縁が無かった。多分、これからも無いだろう。
男に性欲を向けられること。私にとって、それこそが何にも勝る苦痛である。少女時代の体験に由来する、一種のトラウマだ。

coat博士『君は、自分が同性愛者だと言われたとして、果たして否定出来るか?』

昨日、博士にそのような話をされたのを思い出す。もしその答えを迫られたとしたら、私は多分「そうかも知れない」と答えるだろう。
女を性的な目で見たことは無いが、私に男と付き合う気が微塵も無い以上、性的対象が同性に向かう可能性は、完全には否定出来ない。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:19:16.37 ID:gdPF9xX/0
宇野「でも、奈央さんへのこれは、違うわよね」

雨に濡れ、大泣きしていた奈央さんを助けたのは、そして今、奈央さんの相談に乗ったのは。少なくとも、性的欲求からのものではない。
昔から、放っておけないのだ。泣いている女の子というのは、困っている女の子というのは。そういう姿を見ると、心の中の『義務感』が私を突き動かし、たまらなく助けたくなる。泣き虫で、弱かった妹を守っていた時代についた習性だろうか。

宇野「......やめよう。昔のことを思い出すのは」

自分の過去に、良い思い出などほとんど無い。男のことも、妹のことも、今の私には関係ない。

......十年前に死んだ妹のことなど、思い出しても仕方の無いことだ。

私は自分に言い聞かせると、身支度を整え、部屋を出た。


〜〜
30分後、coat博士の研究室に着くと、テレビを観ながら博士が呟いた。

coat博士「これはマズいな。しばらく、バカ息子達は外には出せんぞ」

何事かとテレビの画面を覗くと、そこには、『多くの日本人を載せた飛行機が、ローレンスアラビア領内で墜落した』という内容のニュースが流れていた。
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:20:35.12 ID:gdPF9xX/0
【22話】墜落事件の余波

〜田所商事 営業部 第二課〜

原「遅い、遅すぎる。深山君はなにをやっているんだ」

朝8時、空きデスクばかり目立つ、営業部第二課の一室で。ブラインドを閉め、電気も点けていない薄暗い空間に、原課長と、部下の三好の二人のみがいた。就業時間より1時間前であり、社内に人気はほとんど無い。
原は、いつにも増して不機嫌であった。朝からあまりにも嫌なニュースを見たことと、それを気にしているどころでは無いピンチにあること。そして、そのピンチを作った張本人が一向に現れないことが原因である。

三好「仕方ないですよぉー、就業時間の90分前に集合しろって、部下を酷使し過ぎですもん」

女性社員の三好が、間の抜けた声で言葉を返す。原の顔にカッと赤みが差す。

原「君達が! プレゼンの!資料を完成させてないからだろうが! あと2日しかないのに! だから今、こうやって時間を作ってやったんだろうが!」

怒声を吐きながら、原はデスクをドンと叩いた。しかし、怒声にも大きな音にも動じることなく、三好は堂々と欠伸をかました。

三好「だってぇ、私の仕事って、深山クンのお手伝いじゃないですかぁ」

三好「主役の深山クン自身がそもそもお仕事してなかったらぁ、サポート役の私の仕事って0に等しいじゃないですかぁ」

髪をポリポリと掻きながら、三好が言う。あまりに無責任で呑気な態度に、原の怒気がますます高まる。

原「いくらでも、仕事はあっただろ! 深山君に作業を進めるよう促したり、間に合いそうにない事を私に報告したりさぁ! 君は、するべき事をまるでやっていないじゃないか!」

三好「報告なら、したじゃないですかぁ。『間に合いそうになくて、ヤバいかも』って」

原「本当に間に合わなくなってから言うなよ......ほとんど事後報告じゃないか......」
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:21:37.65 ID:gdPF9xX/0
ガクリ、と原は肩を落とした。今日、こんな早朝に原が出社したのは、未だ完成していない、新商品のプレゼンの為であった。
原から見た深山という男は、それ程優秀というわけではないが、決して無能な人間では無かった。三好と同じで、入社してまだ二年目だが、三好と違って率先して物事を行う意欲を度々見せていたし、与えられた仕事もそこそここなす男であった。
だから、そろそろ企画の一つや二つ、任せてみてもいいかなと。そう思って『新商品をいかに売り出すか』のプレゼンを任せた結果が、今日の『未完成』の現状だった。そして、肝心の深山君は未だ姿を現さない。

原「頭が痛くなってきた。三好君、お茶を入れてきてくれ」

三好「はーい」

企画の進捗について、原は度々深山に確認した。が、その度に深山は「俺を信じて、待っててください!」だの、「企画の概要だけ説明しますと......」と言って、肝心の内容を明かすことは避けた。
原は、一度任せたのだし、信じて待つしかないかと。困ったことがあったら、自分から相談しにくるだろうと。企画に失敗しても、俺がフォローしてやればなんとかなるかと、そう高をくくっていた。
だが、まさか、あれだけ大口を叩いておいて。企画の進行の段取りどころか、内容すら未だ定まっていないとは、原は想像だにしていなかった。

原「アメージング......何故だ。なぜ私に相談しなかったのだ。なぜ手遅れになるまで放っておいたのだ深山君」

企画が出来なかった責任は、もちろん任せた原が問われることになるが、一番困るのは深山のはずだ。連絡もよこさず遅刻している今日も含めた、一連の深山の行動が、原にはあまりに不可解であった。

三好「あ〜、それなら簡単な話ですよぉ。原さんが学生の時、いっつもテストの点数悪い子とかいたでしょう? それと同じですぅ」
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:22:56.45 ID:gdPF9xX/0
原「......いや、意味が分からないぞ三好君」

三好「学校のテストってぇ、基本授業でやったこと覚えるだけじゃないですかぁ。ノート取って、毎日30分でも復習して、そうでなくとも徹夜で勉強すれば赤点なんて取らないはずなんですぅ」

三好「でも、私みたいに赤点貰っちゃう子って減らないんですよぉ。だって勉強って、苦しいじゃないですか。やらなきゃいけないことって、やりたくなくなるじゃないですかぁ。その後に大変な事が待ってるって、薄々分かってはいるんですけど、とりあえずそれは考えないようにして、今ある嫌なことから逃げちゃうんですぅ」

原「......言いたいことは分かるが、深山君は君と違って、今まで真面目に仕事をしてきた男だぞ。それに、辛くて嫌なら私に言えばいいじゃないか。こんなことになるくらいなら、私がいくらも代わってやったのに」

三好「良い子のフリをしてただけですよぉ。初めて任された企画の責任が重くて、自分の頭でやる作業が辛くて、逃げちゃったんですねぇ。原さんに言わなかったのは、赤点のテストをパパに見られたく無かったんでしょうねぇ」

原「......なんなんだ、最近の若い奴らは。みんなこうなのか」

三好「世代は関係ないですよぉ。原さんが引いた私達が、たまたまハズレくじだっただけですぅ」

原「たまたまで済むか、馬鹿たれ。君はもっと自分に誇りを持てる努力をしろ。茶はどうしたんだ」
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:23:58.49 ID:gdPF9xX/0
三好「ポットの中が空だったんでぇ、代わりにレッドブル持ってきましたぁ」

原「沸かせよ、茶ぐらい! そんなこと面倒くさがるなよ! 乾いた喉を潤したいのに、なんで炭酸飲料持ってくんだよ!」

三好「時間外労働ですし、私の職業はお茶汲み係じゃないですぅ。無理強いするとパワハラで訴えますよ」

原「ロクに仕事もしないくせに権利ばかり主張するんじゃない!」

三好「この前の飲み会で課長についたあだ名、知ってます? パワ原クンポケットですよ。ヤバいですよねぇ」

原「あだ名以前に、飲み会があったことすら知らんぞ!? 誘えよっ、私も! 私が一番ハラスメント受けてるじゃないか!」

三好「飲み会に上司がいると、エンジョイ出来ないじゃないですか。ささ、些細な話は置いといて、景気付けに翼授かっちゃいましょう」

原「景気もクソもないよ......。グビッ......ンンッ、沁みる! 乾いた私の喉を、炭酸の刺激が責め立てるぞ! 辛いぞ三好君っ、私が君に何をした!?」

三好「翼と言えば、名曲の中の天使の扱いって結構酷いですよねぇ。『翼の折れた天使』だったり、『残酷な天使』呼ばわりされたり、『背中の羽根は失くしたけれど不思議な力持ってる堕天使』にされたり」

原「自由か! 君に労わりのこころは無いのか三好君! 思考がフリーダム過ぎるぞ!」

三好「ああ、あと、翼といえば......」

原「ハァ......ハァ......今度はなんだね」

三好「深山クン、奥さんと一緒に、外国に逃げちゃったかも知れませんねぇ」

原「.........は?」

三好「この前の飲み会で言ってたんですよ。深山クンの奥さんが、友達と海外旅行の計画立ててるから、自分も行きたいって愚痴をこぼしてたんですぅ。場所は、なんだっけ、『震える通る子』とかって言ってましたー」

原「な、なんだと......? で、では、それは、出発する日は、いつと言っていたんだ?」

三好「確か昨日の夜だったと思いますぅ。もしかしたら、その飛行機に深山クンも潜り込んで、高飛びしてるかもなぁ、なんて」

原「......なぜ、それをもっと早く言わない!!」
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:24:40.94 ID:gdPF9xX/0
三好「ひゃえぇ!? な、なんですか急に、マジ切れは怖いですよぉ!」

原「うるさい! 国名はプエルトルコ共和国だ馬鹿たれ! 君は今朝の号外を読んでいないのかっ?」

三好「あぇぇ? わ、私新聞は難しいから読まない主義で、あの、深山クンが高飛びしたかもってのは冗談で、そこまで馬鹿じゃないはずだから、だから、えと......そんなに怒らないでくださいよ!」

原「違う! これだ! 『ANAL航空893便が墜落した』と、一大ニュースになっているんだ! せめて朝のニュースくらいチェックしろ!」

原はリモコンを持ち、テレビを付けて三好に見せてやる。どこもANAL航空893便の話題で持ちきりで、わざわざチャンネルを切り替える必要も無い。

三好「うぇぇ......な、なにこれ。乗客が、全員死亡? みんな日本人? し、死者が、560人......?」

......アホの三好も、アホだからと言って、命の重みを感じぬほど、無頓着な愚か者ではないようだった。衝撃的なニュースに?然とする三好を見て、原は「良かった。一応こいつも、ギリギリ人間ではあったか」と微妙な安堵を得た。
そして、鞄から号外の新聞を取り出し、すぐにあることを確かめた。

『【号外 未曾有の大事故! ANAL航空旅客機、墜落!!】
日本発、中東のプエルトルコ共和国行きの飛行機が、原因不明の墜落事故を起こした。墜落場所は、プエルトルコ共和国への経由国であるローレンスアラビア域内の、アッシリヤとの国境付近であった。
機体は、ANAL航空893便。搭乗者はキャビンアテンダント及び補助担当乗員11名、交代要員を含めた操縦士が4名、乗客が514名と確認されている。搭乗者の大部分は、日本人であったとされる』
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:25:24.82 ID:gdPF9xX/0
痛ましい一面の記事に顔を顰めつつ、原は次の紙面を開いた。そこにあるのは、ANAL航空893便の搭乗者名簿であった。

原(頼む......頼む......! 無事でいてくれ!)

目を凝らし、五十音順に記載された名簿のマ行を何度も何度も確かめる。確かめたいのは勿論、第一に深山、そして深山の妻である深山雪菜の無事であった。

しかし......。

原(ああ、あった。悪い予感が、当たってしまった)

原は、深い嘆息を吐いた。幸い、深山自身の名は、記載されていなかった。しかし紙面には、彼の妻、深山雪菜の名が載ってしまっていた。

原(......そりゃあ、会社どころじゃないよなぁ。妻が、結婚したばかりの奥さんが、朝起きて新聞読んだら、死んでしまってたんだものなぁ......)

原「それどころじゃ、ないよなぁ......! 子供だって、まだだったのになぁ......!」

深山の心境を思うと、自然と目頭が熱くなり、頬を涙が伝った。
日本人が大量死した、凄惨な事件。その悲惨さを理解したつもりでも、どこか他人事のように感じていた事件が、今、原にとってとても近いものへと変わった。
近しい者が、親しい者が、脈絡もなく突然奪われる。いつも通りの日常だった昨日が、これからも続くはずだった平穏が、予告も無しに永久に失われる。
その痛みは、喪失は、いったいどれ程のものか、原には分からない。だが、たまらなく深山のことが痛ましかった。何か、ほんの少しでも慰めてやりたいと、心底思った。
原の手が、携帯電話へと伸びる。かける相手は、決まっていた。数回のコールの後、着信に応じた深山にホッと安堵し、原は声をかけた。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:32:37.66 ID:gdPF9xX/0
原「もしもし深山、私だ。新聞、読んだぞ。私にはかける言葉も見つからないが、とにかく会社のことは気にするな。私が絶対なんとかしてやる。とにかくしばらく休め、何か私に出来ることがあれば......」

深山「アッ、アン、アァァ! やん、そこダメ!ダメ駄目らめぇっ! イッちゃうからぁ! 俺、俺そこ、ケツ穴でイッちゃいますからぁ......!」

原「み、深山......? お、おいどうしたんだ? 深山?」

深山「あっ、あぅ! は、原課長でっ、ですかっ? た、たす、助けてください! 俺、襲われててぇぇぇ! も、変になっちゃいそうでエェェェェ!!!」

原「深山! おい、しっかりしろ! なにがあったんだ、今どこにいる!?」

深山「アッ、今、公園で! アンッ! 会社、向かおうとしたら、はぁぁぁっ、男に、たくましくて素敵な男に、犯されちゃってますぅぅぅぅ!!!! んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!(ブチッ、ツー、ツー、ツー......)」

原「なんだ、これは。なんだ......?」

状況が、飲み込めない。状況が、脳の処理を越えている。深山は、墜落事件のことをまだ知らないのか? 妻が死んだことを知らないのか? なんだ今の、ふざけきった電話は。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 08:33:06.84 ID:gdPF9xX/0
原は切れた電話を片手に、しばらく呆けたまま固まっていた。
それから、少し後。情報入手をニュースと新聞に頼る原と対極的に、2ちゃんねるのまとめサイトを主とする三好から、『現在世田谷区では、男を狙う同性愛者の暴漢が大量発生している。深山は、そっちの事件に巻き込まれたのかも知れない』と教えてもらった。

原(なんだそれは、ふざけるな)

その話を聞いて、原は怒りに震えた。理不尽だ、と思った。
だって、深山の妻が不幸な事故に遭って死んだという悲劇は、揺らぐことなくここにあるのだ。深山にはその事実を知って、悲しみ、泣き、絶望し、その悲劇と折り合いをつける権利があるはずなのだ。
それを、そんな悪ふざけのような、いっそ喜劇と思えるような茶番で、穢していい理由などどこにもない。深山の悲劇が冒涜された怒りが、ぶつける相手も無く湧き上がる。

原「なんなんだ。いったい、何が起きているというんだ」

ぶつける相手のいない怒りは、理解不能な出来事へと向かっていく。
原だけではない。この日、多くの者が、心中に同じ疑問を抱えていた。

『いったい、この国で何が起きているのか』と。
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/15(月) 12:49:06.63 ID:FaAnvNu4o
本物の小説家か何かかと思うぐらいの文章力で草
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/15(月) 14:56:15.43 ID:vlQDB5SAo
こんな大作が埋もれているこの国はやはりホモレイプで改革するしかない
あと大したことじゃないが自由落下ならgは1gのままだから着地直前までは生きてる
ちなみに1万メートルから飛行機が空中分解して落下したけど奇跡的に生き残って長期の入院で済んだ人もいるゾ(ホントに奇跡的な積みかさなりだが)
303 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/08/15(月) 16:56:28.30 ID:egmYU/n10
お褒めの言葉、ありがとうございます。恐縮です。

すいません。飛行機が自由落下した時にどうなるのか、というのがイマイチ想像出来なかったので、ネットで調べたツギハギの知識で書きました。
「飛行機が墜落したら、どうやっても助からないだろなぁ」と漠然と思っていたのですが、生存した事例があるんですね。人体って凄いですね。
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 17:05:12.24 ID:egmYU/n10
墜落というか、「飛行機がほぼ垂直で平地に落ちたら」でですね。

空中分解ってことは、米ドラマのLOSTの冒頭で、空中に投げ出された後部座席側の人達みたいになるってことですもんね。アレが生きてるってヤバいですね。
305 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/08/16(火) 00:18:06.60 ID:LH4SfmDd0
〜ANAL航空・広報部〜

堀田「いったい、何が起こったってんだ!」

広報部長の堀田の怒声が、広報室の喧騒に紛れて?き消えた。
一夜明けて、空飛ぶ広報室に騒乱が訪れていた。室内にいる人間は電話の対応に追われる者、過去数十年の事故の資料をかき集める者、指示を飛ばし、怒号を放つ者がてんやわんやと駆けている。

堀田「なぜ、まだ墜落の原因が分からないんだ! 馬鹿にしてるのか荒塚!」

荒塚「俺に当たらないでくださいよ! 俺だって頑張って交渉して、893便の最後の通信記録貰ってきたんですよ!? やれることはやってるんですって!」

堀田「手柄みたいに言うな! 事件の当事者が受け取れないわけないだろ! ......それに、役に立つかこんなもんが!」

堀田は、先ほど確認した通信記録を机に叩きつけた。あぁ! と荒塚が悲鳴を上げるが、堀田は気にも止めない。
最後の通信記録は、情報不足の現時点で、事件の真相に近づく唯一の手段であった。だが、音声を何度確認しても、事故の原因はさっぱり掴めない。繰り返し繰り返し音声を流す度に浮き彫りになるのは、ただ、我が社の操縦員の増永が取った、どうしようもなく愚劣な行動だけであった。

堀田(信じられん愚か者だ、増永という男は!)
306 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/08/17(水) 20:41:47.53 ID:oEVSCVW70
通信記録が示しているのは、『異変が起きた後の』ANAL航空の操縦士の対応が、最悪であったという事実だけだ。
機体の危機に対し、機長の増永は死への抵抗の義務を放棄し、諦めた。それに留まらず、機長自らが死の宣告をし、乗客を絶望とパニックのどん底に叩き落した。

堀田(航空管制塔が通信記録を管理している以上、情報を握り潰すことは出来ねぇ)

機長が犯した最悪の愚行が、程なく日本中に知れ渡ることは間違いない。死に際した増永の狂態は、国民の怒りの炎を更に苛烈にするだろう。それは、既に致命傷を負っているANAL航空のトドメになりうる。

堀田(致命傷。そう、今の俺たちは、瀕死の虎そのものだ)

堀田は額に手を当てて天井を仰ぎ、ほんの束の間の休息につく。ふぅ、と渦中の輪から意識を脱すると、室内の異様な騒がしさを実感させられる。
皆、必死で対処に追われていた。皆、必死に事態の解決へ向けて奔走していた。日本最大の航空会社に勤めるエリート達は、危機の重大さを正しく理解していたからだ。
彼らを突き動かしているのは、愛社精神とか職務への義務感とか、ましてや国民への誠意といった、あやふやでふわりとした感情ではない。
彼らが鬼気迫る形相で忙しく動き回るのは、最悪の未来を回避する為。すなわち、自分達の巣であるANAL航空が潰れ、職を失うことへの切迫した危機感ゆえであった。

堀田(冗談じゃねぇ...! この歳で再就職なんてやってられるかよ!)
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/17(水) 20:42:41.82 ID:oEVSCVW70
堀田は忌々しげに唇を噛む。飛行機というものは、その利便性と引き換えに、堕ちたらまず間違いなく死ぬというリスクを常に背負っている。だからこそ航空会社は、機体へ最新鋭の技術を惜しみなく注ぎ、熟達した操縦士の確保に邁進する。
「私達の飛行機は安全です。絶対に墜落しません」
この信頼が崩れた時、航空会社の命運は尽きる。現にANAL航空の元には、掻き入れ時の夏休みというのに、航空券のキャンセルの電話が殺到している。電話の中には、株価の急激な下落に対する、株主達のお怒りの声も多く含まれていた。

『@生存者0の墜落事故を、ANAL航空が起こした。Aしかも、原因は一切不明。B更に、狂った機長のアナウンスにより、乗客達は絶望の内に死んでいった』

一切の言い訳が効かないこの三重苦は、ANAL航空という会社が吹き飛ぶのに十分な威力を持っている。
墜落事故の事実は変わらない。通信記録の流出を止めることも出来ない。それ故、現時点での堀田達の最大の急務は、事故の原因を突き止め、それを国民に説明することであった。
何故、墜落事故が起きたのか。これをハッキリさせない限りは、誰もANAL航空を利用しようとは思わない。
そして、『異変が起きる直前』の出来事を明確にしない限り、事故の原因はいずれ『機長の凶行によるもの』、あるいは『機体の整備の欠陥にある』として片付けられてしまうだろう。そうなれば、ANAL航空に復活の目は無くなる。
ANAL航空が潰れれば、良くても名を変えた上での再編成。最悪、二番手のJAKEN航空会社がANALに取って変わるだけだ。どちらにしろ、多くの社員が路頭に迷うことに変わりはない。

堀田(絶対に切り抜けねぇと......!)

自分の為、家族の為、生活の為、将来の為。様々な理由を抱えたANAL航空のエリート達は、自らの巣を守る為に奔走する。しかし生死の瀬戸際で戦う彼らの頭には、その頭上で決断を下すANAL航空の首脳陣の存在は、全く意識から抜け落ちていた。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/17(水) 20:43:51.12 ID:oEVSCVW70
〜防衛省 coat博士の研究室〜

宇野「なんJ民達を外に出せないとは、どういうことですか?」

coat博士「おい、あまり大きな声を出すな。バカ息子が起きてしまうだろうが」

宇野(図体のデカいなんJ民が、椅子に座る博士の膝にもたれて寝ている。......正直、かなりキモいな)

宇野「すいません。それで、理由は」

coat博士「ん。一言で言うと、今絶賛話題沸騰中の、ANAL航空の墜落事件のせいだな」

宇野「私達と墜落事件に、大した接点があるとは思いませんが」

coat博士「本来ならば、無い。だが今は、無理矢理にでも接点があると思いたがる連中が、わんさか湧いている最中なんだ。だからコイツらを、表に出すわけにはいかないのさ」

coat博士「今回の墜落事件、乗客が全員死亡という話題性も凄いが、最も問題なのは『墜落の原因が不明』という点だ」

宇野「まぁ、そうですね」
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/17(水) 20:44:39.43 ID:oEVSCVW70
coat博士「不幸な出来事や恐ろしい事態に直面した時、それを何かのせいにしなければ気が済まないのが人間だ。ようは、理由をつけて安心したがるわけだな」

coat博士「今の日本は、軽度の恐慌状態にある。そこにノコノコと『異形である』バカ息子達の姿を、公共の場に晒してみろ。『事件を起こしたのはこの怪物のせいに違いない』と、たちまち愚民共に吊るしあげられるぞ」

宇野「......脈絡が、あまりに無さすぎませんか」

coat博士「恐怖に駆られた人間にとって、理屈や真実なんてどうでもいいのさ。理解出来ない事故の渦中に、理解出来ない生物が現れた。そうなれば一部の馬鹿な人間達が、本来繋がりのないこの両者を結びつけて、まとめて解決しようとするだろう。自らの安心の為にな」

coat博士「そうでなくとも、今バカ息子が表に現れれば、大多数の人間にとって、得体の知れない不審人物に映るはずだ。一度向けられた疑いの目は、完全に消えることは無い」

coat博士「それでは、困る。私のバカ息子は、人々のヒーローになってもらわなければいかんのでな」

宇野「しかし、KBSとの戦いの時も含め、なんJ民の姿というものは、既にある程度晒されているのでは」

coat博士「2ちゃんねるで軽く話題になった程度だ。コイツが車上に立つ写真を収めた奴もいたらしいが、よく出来た合成写真の烙印を押されて、それで終いさ」

coat博士「とにかく、平時なら多少の衆目は関係ない。だが、国民の心情が不安定な今の状態で、コイツを表に出すのは控えさせてもらいたい。今後に差し支えが出る」

宇野「では、またしばらくここに引き篭もりですか」

coat博士「少なくとも、墜落事件の原因が明かされるまでは、そうなるな」
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/17(水) 20:45:11.21 ID:oEVSCVW70
〜ガン掘リア宮殿〜

野獣先輩「くそっ、始まりのホモめ!」

ニュースを見ながら、野獣は声を荒げた。野獣には、ANAL航空893便の事故原因に思い当たる節があったからだ。
始まりのホモがテロリストを求めていること。墜落場所が『テロリスト国家』との国境付近であること。事故の原因が全くの不明であること。そして始まりのホモの外道さ。
野獣の知るそれらの連なりが、墜落事件の犯人が奴であることを示していた。

野獣先輩「くそっ、なんてことを......!」

「田所さんは、甘いんですよ。世の中を変えようってのに、無血で事が済む訳無いじゃないですか」
以前、始まりのホモに言われた台詞を思い出す。人への殺生を是としない野獣が、奴のテロリストを呼ぶ提案を受け入れたのも、その言葉に理があると思ったからだ。

野獣先輩(しかし、だからと言って、無関係の人々を殺めていい理屈などないはずだ。この墜落事故が、俺達の理想郷と何の関係があるというんだ)

しかしいくら憤っても、野獣に始まりのホモを裁くことは出来ない。理想郷を創る計画に、奴はまだ必要不可欠であるし、何より奴がやったという確たる証拠は、一欠片も無かったからだ。推測のみで人を裁くなど、そんな痴漢冤罪のような真似は野獣には出来ない。

野獣先輩(あの男は......本当に俺達と同じところを目指しているのか......?)

野獣が答えの無い思考に没入しようとした時、背後から声がかかった。

KBTIT「田所さん! うんこ野郎だうんこ野郎!」

野獣先輩「あぁ!?」

平野源五郎「侵入者ですよ。じゅんぺいの店がヤられました」

虐待おじさん「じゅんぺいも、まひろも殺されちまってたぞォッ!!」

野獣先輩「......とうとう、現れたか」

野獣先輩「あの女(coat博士)の刺客が......!」

嫌な出来事とは、重ねて訪れるらしい。だが、野獣にとって、それは願ってもない知らせであった。

野獣先輩(上等だ。始まりのホモと違って、お前らなら遠慮無くぶちのめせるからな......!)
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/17(水) 20:47:06.88 ID:oEVSCVW70
〜アッシリヤ・某日某所〜

??「......それで、儂等に濡れ衣を着せた日本人の一員が、こんな所に何の用だ」

『空爆避け』の為に、大きめな民家に偽装された、長老派の本部の中で。シム族からは長老と呼び慕われ、アシ族からは『アシム民族最悪の敵』と憎悪を向けられる、メッサラ=ベンハーが言った。
メッサラの冷淡な品定めの視線も意に介さず、始まりのホモは笑った。そして、決まってるじゃないですか、と前置きすると、彼は嬉しそうに答えた。

始まりのホモ「僕の用件は、『外患誘致』ですよ。あなた方テロリストに、日本でひと暴れして貰いたいだけです」

そう言うと、メッサラの眉間に皺が寄った。始まりのホモとしては、この反応は予想通りであった。本来なら関わりの薄い日本から、一日の内に二度、大きな接触があったのだ。不信感や警戒心を抱くのも無理は無い。
日本からの接触のうち二つ目は、現在の、始まりのホモによる接触である。では一つ目の接触とはなにか、というと、それは今日の早朝の出来事であった。

今朝、世界中にあるニュースが大々的に報じられた。それは、三日前の『ANAL航空893便墜落事件』が、テロリスト国家、アッシリヤの手によるものだという、ANAL航空による発表であった。
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/18(木) 00:47:23.22 ID:+GO0cpBu0
乙です
前々から思ってたんですが、スレタイ秀逸です
313 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/08/19(金) 22:33:54.71 ID:CPZds//B0
【第23話】落日の影に蠢く

シアーズ「このままイクと、ANALは潰れます」

ANAL航空893便墜落事件から、二日経った7月15日の夕刻。緊急取締役会議に、13人の重役達が集っていた。
円卓を囲む彼らは、壇上で解説する外国人顧問、ジャック・シアーズに苛立ちの視線を向ける。

篠部「そんなことは、百も承知だ」

知りたいのはその先の打開策だ、と代表取締役の篠部は静かに言った。他の者も黙って彼に追随する。

では次に進みましょうと、シアーズが笑顔で答える。意気軒昂なその姿は、度重なる心労で憔悴した重役達の顔を、苦みと期待の混じった微妙な顔に変えさせる。
事件の連絡を受けてからというもの、彼らは急に舞い込んだ激務に追われながら、会社存命の為に知恵を絞ってきた。
しかし、大企業の重役の座に登り詰めた、彼らの老練な頭脳をもっても、打開の策は浮かばなかった。危機の最大の原因である、『国民からの信頼』の失墜は、小手先の知略でどうこう出来る問題ではなかったからだ。
取締役会議の面々は、既に「ANALが潰れるのは確実だとして、どうすれば自分のダメージを最小限に抑えられるか」という所に思索を巡らしている者が大半だ。そこに、自信満々な異国の若造が、まだ芽はあると言ってきたのだ。
俺達にすら思い浮かばなかった策を、40そこそこの若造が思いつくのか? という疑念や、プライドに障る苛立ちもあった。同時に、今更余計なことをするな、という思いもあれば、もしまだ助かるならば、と縋りたい気持ちもまたあった。
複雑な心境をないまぜにした視線に物怖じせず、シアーズは続けた。
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/19(金) 22:41:29.20 ID:CPZds//B0
シアーズ「現時点で、国民の怒りを解消することは不可能です。墜落事故を当社が起こした事実は消せませんし、増永氏の残した最後の通信記録のおかげで、騒ぎは鎮火どころかより苛烈さを増しています」

シアーズ「我々が頼みの綱とした『事故原因の究明』は、二日待っても一切進展していません。機体も乗客もバラバラに霧散してしまった以上、調査は難航を極めています。原因が分かる時が来ても、それは当社がバラバラになった後のことでしょう」

「だから、分かりきった事をぐだぐだ抜かすな!」

短気な重役の一人が、机を叩き怒号を放つ。それを流し、シアーズは言葉を紡ぐ。

シアーズ「国民の怒りは消えないなら、怒りの矛先を別の所へ逸らせばいい。事故の原因が分からないなら、事故の原因をいくらでもでっち上げればいい。死人に口は無く、バラバラになった機体には何の証拠も無いのですから」

篠部「シアーズ君。君は、まさか......」

シアーズ「そうです。『893便は、アッシリヤのテロ組織に爆撃されて墜落した』と、国民に向けて発信するのです。事故の原因は、当社の不備によるものではなく、卑劣なテロリストの蛮行によるものだ。......そう説明すれば、晴れて我が社は一転被害者の一員となり、怒りの矛先はアッシリヤへと向かいます」
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/19(金) 22:42:16.91 ID:CPZds//B0
馬鹿な! と、また重役の一人が声を上げる。

「そんなことで済むなら、我々だってとっくにそうしている! なんの証拠も無い戯言を国民が信じるわけがない。責任逃れの言い訳だと、更にマスコミに追求されるだけだ!」

シアーズ「証拠が無いからこそです。こちらとあちらの証言が一致さえすれば、国民は疑惑を残しつつも、とりあえずはその証言を信じるしかなくなる」

シアーズ「我々ANAL航空が『犯人はアッシリヤだ』と言えば、アッシリヤも『犯人は我々だ』とする声明を、必ず宣言してきます。もちろん証拠が無い以上、ANALへの疑惑の目はついて回りますがね」

篠部「アッシリヤが必ず声明を出すと、どうして言い切れる?」

シアーズ「テロリストとは、そういう生き物だからです。彼らは理想の実現の為に、常に自らの存在をその脅威を、先進国にアピールし続けなければいけない。彼らにとって、『先進国に甚大な被害をもたらした大事件の犯人』と汚名を着せられるのは、願ってもないご馳走なのです」

篠部「馳走だからといって、必ず飛びつくとは限らないだろう」

シアーズ「いえ、飛びつきます。何故ならここで容疑を否定すれば、彼らは先進国のみならず、同志からもナメられる結果になるからです。『どこまでのことをするか分からない』から、テロリストは脅威なのだという前提は、彼らも十分弁えている」

シアーズ「だというのに、かけられた容疑を否定することは、『流石にそこまでのことはしない』と、自らの限界を知らしめるのと同義です。彼らも、精一杯の虚勢を張りながら、その汚名を受け入れざるを得ないわけです」
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/19(金) 22:43:23.38 ID:CPZds//B0
「報復の可能性、アッシリヤの怒りを買うリスクについては考えないのか?」

重役の一人が、シアーズに噛み付いた。表向きの姿勢がどうあれ、濡れ衣を着せられたアッシリヤがANAL航空に、あるいは最悪の場合、日本国そのものに牙を剥く可能性は高い。そのリスクへの指摘に対し、シアーズはごもっとも、といった様子で頷く。

シアーズ「確かに、そういった可能性もあります。しかし、アッシリヤが思いの外感謝感激してくれる可能性だってありますよ? 墜落事件だって、本当にアッシリヤが犯人である可能性もありますし、機長の増永が実行犯かも知れません。もしかしたらローレンスアラビア内の過激な連中の仕業かも知れないし、実は通りすがりのスーパーマンが犯人なのかも」

篠部「......ふざけているのか?」

シアーズ「いえいえ。可能性という言葉を持ち出してしまうと、選択肢が多すぎてキリが無い、と言いたかっただけです。僕も若い頃、このワードにさんざん虐められましてねぇ。リスク......可能性......気に入らない部下の意見を潰すのにもってこいのワードです」

シアーズ「......しかし誰もが知る自明のこととして、『このまま何もしなければほぼ100%、ANALが潰れる』という現実が目の前にあるのです。多少のリスクは覚悟の上で、立ち上がりましょうよ!」

重役「「.........」」

シアーズ「半世紀に渡って、ANALは日本国、いや世界中のお客様へ国内最高のサービスを提供してきました! これから先の半世紀も、その任は伝統あるANALが担うべきであり、国民の皆さんもそれを望んでいるはずです!」

シアーズ「事故の原因を解明し、危機を乗り切り、世界一安心出来るANALの飛行機が復活することを、国民の皆さんは望んでいるのです! 我々はその期待に応えなければならない! JAKENなどという二流の航空会社に、日本一の看板を明け渡してはならないのです! その為にも、今こそ我々が一丸となって、この荒波に立ち向かうべき時なのです!」
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/19(金) 22:43:54.77 ID:CPZds//B0
シアーズが、手前勝手で耳障りの良い甘言を畳み掛ける。衆愚相手ならまだしも、百戦錬磨の重役達の心に、彼の感情的な説得などチクリとも刺さらない。
しかし重役達はシアーズの言葉を聞き流しながらも、静かに彼の意見への同意......一か八かの賭けに乗ることを決めた。誰だって、本当は、今あるポストを失いたくはないのだ。

......例えそれが、国民を危険に晒す賭けだとしても。

「アッシリヤのテロリストと一口に言っても、あそこのテロ組織は星の数ほどいるぞ」

シアーズ「濡れ衣を着せる相手は、シム族の最大派閥である、長老派にしましょう。アッシリヤの東部はほとんど長老派が占めていて、事故現場の国境線に一番近い勢力です」

「長老派......最重要指名手配の、あのメッサラ=ベンハーの組織か」

「しかし、あのアッシリヤを刺激するような発表を、政府が黙認するとは思えんぞ」

「そこは、騙し討ちで構わないだろう。会見内容を一切伏せて、ANALの謝罪会見を生中継で開き、そこで電撃的に発表しよう。全国の国民に向けて、堂々と、『犯人はアッシリヤだ』とな」
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/19(金) 22:44:27.36 ID:CPZds//B0
今まで押し黙っていた重役達が、アッシリヤを犯人に仕立て上げる方向へと活発に議論を進めていく。発表内容は、会見の時間は、場所は、その後の対応は、と、着々とシアーズ案を固めていく。
しばらく経ち、ある程度会見のビジョンがまとまった所で。シアーズは黙って目を瞑っていた篠部へと声をかけた。

シアーズ「どうですか、篠部社長。この案に、社運を賭けてみませんか」

シアーズの言葉に、重役達の視線が篠部代表取締役の元へと集中する。今この場で、シアーズ案に賛同の意志を示していないのは、もはや篠部だけだったからだ。
「もし、社長が首を横に振ったら......」
一触即発の緊張感が、重役達を包む。ここに来て、篠部と重役達の間で無駄な争いを起こすのは、絶対に避けたかった。

篠部「決めたぞ、諸君」

数秒経って、ようやく瞳を開いた篠部が、静かに言葉を紡いだ。
篠部の言葉を聞き、シアーズはその時初めて......商売気質の飾った笑顔ではなく......腹の底が漏れたような下卑た笑みで、その唇を歪めさせた。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/19(金) 23:50:17.96 ID:CPZds//B0
>>381ありがとう御座います。タイトルへのコンプレックスが少し軽くなりました。
もうちょっとで淫夢の話に戻ります。寄り道が長過ぎたなと反省してます。
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/20(土) 00:30:58.68 ID:hi24tu7ko
>>381に期待
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/08/20(土) 02:07:00.55 ID:VQvrkZXk0
ポケモンGO is GOD
https://image.kusokora.jp/v1/b7daff98c2b748dfa6cb8240c8ac7c33/kusokora/CoGsJXeUkAAAv8O.jpg
http://pbs.twimg.com/media/CnShSHRUIAIKTLX.jpg
http://lohas.nicoseiga.jp/thumb/5955772i?
http://lohas.nicoseiga.jp/thumb/5955773i?
322 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/08/20(土) 14:16:21.40 ID:FCn9gPHHO
312と間違えました......
323 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/08/21(日) 21:57:24.57 ID:TwgiQINc0
〜〜
7月16日、午前。記者会見の発表内容を聞いた広報部長の堀田の第一声は、「馬鹿野郎」であった。

堀田(馬鹿野郎。こんな、こんな安易な策に、無様に縋りつきやがって)

堀田は、首脳陣のあまりに愚かしい決断に愕然とした。
『テロリスト国家に罪を擦り付ける』というのは、現場で必死に事態の収拾に当たっていた者達にとって、何度も頭をよぎった考えだ。
そして、頭をよぎったその愚考を何度も打ち消し、別の解決策を模索していた堀田達にとって。首脳陣の決断というのは馬鹿馬鹿しくもあり、自分達の努力を虚仮にされたようでもあり。何故か情けない気持ちがこみ上げてきて、堀田の頬を涙が伝った。

堀田「馬鹿野郎、馬鹿野郎」

情けないのは、自分だろうか、首脳陣の奴らだろうか。もはや何に対しての涙なのか分からぬまま、堀田は部下に言った。

堀田「お前ら、地方に実家があるなら、いつでも帰れる準備しとけ。こんな大企業に勤めてたんだ、しばらく分の貯蓄ぐらいあるだろ」

荒塚「急にどうしたんですか、堀田さん」

堀田「どうもこうも無ぇ。俺の杞憂で終わるかも知れねぇ、案外大した事態じゃないのかも知れねぇ。だが、備えだけはちゃんとしておけ。こんな潰れかけの糞会社、いざとなったらすぐに捨ててスタコラ逃げろ」

あくまで真面目な顔で、堀田は言った。

堀田「俺らの上司が、政府にも国民にも無断で、勝手にアッシリヤに喧嘩吹っかけやがった。逃げる準備を整えろ、異変があったらすぐ逃げろ」

堀田「アッシリヤが来るぞ。20世紀が残した最大の負の遺産が、時代に取り残された怨霊共が。鎌首もたげて手薬煉引いて、ジッと俺らを見つめているぞ」
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/21(日) 21:58:11.72 ID:TwgiQINc0
〜アッシリヤ領内の、とある紛争地域〜

私はね、『皆殺しの風景』が好きなんだよ。君にも分かる? あ、やっぱり分からない? それなら、君にも分かるように説明してあげるな。私って優しいな。
......じゃあ、小学校でも、中学でも高校でもいいよ。君にとって一番印象深い、想い出の教室を想像してみて? 今は授業が始まる5分前で、君が覚えてるクラスメイトはみんな教室の中にいるよ。君はいつもの席で、そいつらをボーと眺めているんだ。
......そこには、どんな奴がいる? うん、大体分かるよ。まず、行動力があって、人気者で、面白い台詞をパッと思いつくクラスの中心人物がいるよな。んで、ただ騒ぐことが面白いことだと勘違いしてるバカや、大勢がこいつと付き合いたいって思うような顔の良い奴が、必ず一人か二人いる。
あとは、大雑把にお決まり通りだ。部活か恋人の事しか頭に無い奴ら、そこそこ安定した地位を築いた奴ら、仲の良いグループで固まって遊んでる奴ら。
他人の噂話ばかり気にしている下世話な奴や、上手く立ち回ろうとして失敗している奴もいるよな。ああ、ずっとなんかのゲームで遊んでいるジメジメした奴らもいるし、ずっと勉強していたり、寝たふりしている奴、自分がイジめられていないと必死で思い込もうとしている奴なんかもいるんじゃないかな。
......君は、どんな奴だったのかな? まぁ、『こんな所で』『こんなザマになってる』奴だから、大したことは無かったんだろうね。そんなことはどうでもいいんだ。
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/21(日) 21:58:48.00 ID:TwgiQINc0
そういう、色んな奴らがいる教室にさ。君がいつも見ている風景にさ。
......突然、血飛沫の嵐がやってきて、そこら中血まみれになって、みんな物言わぬ死体になったらさ、凄い興奮すると思わない?
イケてる奴も、失敗した奴も、可愛い奴もカッコいい奴もブスも不細工も、みんな平等に死んじゃうの。君の友達が首無しになったり、嫌いな奴が首だけになってたり、好きなコの顔面がグロテスクに抉れてたりしちゃうの!
可愛かった女の子の死体が、無様に小便漏らしながらビクビク痙攣してたり! イケメンの顎から先が醜く消し飛んでたり! 誰のだったのかも分からない手足が、そこら中に転がってたりいぃぃぃ......! してっ、血と糞尿の匂いが充満してる、真っ赤になった教室の真ん中でね!

君だけが、生き残ったの。君だけが、生きて、まだ呼吸をしているの。

君は突然の出来事に、頭がパニックになる。君は状況を飲み込もうと、死体しかないクラスの中で、呆然と突っ立っている。君が巻き込まれたのは、SFかな? サスペンスかな? それともホラーか、デスゲームなんかかな。そんなことはどうでもいいんだ。
みんな死んだのに、君だけが生き残ってる。
君より価値のある人間なんかいくらでもいたのに、君だけが生き残ってる。
君だけが選ばれた。君だけが特別だった。君はこの世界の主人公だったんだ。君は今、この血まみれの教室の中で、唯一の生存者として、この教室の人間達の頂点に立ったんだ。こんなに衝撃的で、こんなに新鮮で、圧倒的な優越感に浸れる時間なんて他にあるの?
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/21(日) 21:59:37.53 ID:TwgiQINc0
......もちろん、ただの妄想だよ。実現不可能な、捻くれた学生の現実逃避。
でも私は、この妄想に近付こうと頑張ったの。世界中のイジめられっ子達が諦めた『皆殺しの風景』を、頑張って世界に残しているの。偉いでしょ? 褒めてくれてもいいよ? お姉ちゃんみたいに、頭ナデナデしてくれてもいいよ?

......。......ハハ、無理か。もう手足も動かないもんな。
うん。もう死ぬよ、お前は。私の『皆殺しの風景』の為に死ぬの。お前らの死に、それ以外の意味なんか残さない。お前らの遺体は焼いてその辺の野犬に喰わせるから、灰も棺桶も残らねぇ。遺言なんざ誰にも伝えないし......こんな所で死んでんだから、『祖国の為に』も糞も無ぇよな、全く役に立ってねえもん。
ホント、馬鹿みたいだな。お前が死んだ後には意味も意志も残らないのに、死後の救いすら無いんだもんな。お前が無神論者なら0になるだけだし、神様がいたら、間違いなく地獄逝きだもんな。

あ? なに? お前、クリスチャンなの? え、プロテスタントの教会に属してる? いや、ほんと馬鹿かよ、お前。
「隣人を愛せよ」って、イエス様言ってるじゃねえか。信者じゃねぇ私でも知ってるぞ。

愛せよ、隣人を。なにバンバン撃ち殺してんだよ、隣人を。

真っ向から教祖の教えに歯向かっといて、なんで天国に行けると思ってんだよ。祖国の為に戦う前に、教義を守れよクリスチャン。
死後に救いが欲しかったなら、兵隊とか最悪の選択じゃねえか。政府におだてられて、国民にチヤホヤされたぐらいで勘違いしてんじゃねえよ。人殺しが天国に行けるわけねぇだろ。そんなことはどうでもいいんだ。

じゃあバイバイな、顔も名前も知らない人。
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/21(日) 22:00:15.46 ID:TwgiQINc0
小銃の銃声が、室内に響いた。7月16日の、夕刻。倒壊した10m程のコンクリートビルの、二階の一室にて。たった今死んだのを含めて9人の兵隊が、物言わぬ死体となって転がっていた。死体の傷跡は大きく二通りに分かれており、爆撃で皮膚をズタズタにされている者と、銃撃で体内を破壊された者とがあった。
その『皆殺しの風景』の中心に、唯一の生き残りが、ポツンと立っている。
その者の服装は、黒地のインナーにボロの布切れを被っているのみであった。容姿は、東洋人の女性であり、ある程度整った顔立ちをしている。が、数年に渡って手入れを放棄された髪や肌からは、女らしさが無残に喪失しており、色気というものは全く無かった。
また特に目を引く部分というのが、ボロの切れ間からチラと除く脚や腕の傷跡であり、そして、肩の付け根から先までの右腕を、抉られたように喪っている点であった。片腕の女、である。

片腕の女「あはは、皆殺しだ! 皆殺しだぁ! 久しぶりの、皆殺しの風景だぁ!」

片腕の女が、左手に持つ小銃で、先程まで話していた兵士の腹部へと銃弾を打ち込む。既に事切れた骸が玩具のように揺れ動くのを見て、更に笑う。

片腕の女「ごめんねぇ!? 私だけ生き残っちゃってごめぇんねぇ! でも、でも楽しいからいいよね! 私が勝ったんだから、私の思い通りにしていいよね!?好きだよ! 大好きだよ!ずっとずっとこうしていたあああああんあ、あ、あ、あ、たまんねぇぇぇぇぇぇぇ!!! これ、気持ちいぃぃぃぃぃぃぃ!!! 好きィィィィィィ!!!!」

室内に蔓延る死の静寂を打ち消すように、片腕の女が銃声と絶叫を撒き散らす。快感に酔いしれる嬌声とも、荒ぶる獣の咆哮ともとれる声を発しながら、片腕の女は身をくねくねとよがらせる。
奇襲によって壊滅した兵士達に、そこまでの落ち度は無かった。彼等が立ち入ったビルは、合衆国がとうの昔に制圧した占領地の、しかも内よりにあったからだ。
異変があればすぐに増援が来る勢力圏内で、わざわざ自爆同然の攻撃を仕掛けてくる敵などまずいない。そういった特攻の徒は、成功確率や大局への影響から、前線で命を散らすのが常であった。
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/21(日) 22:01:14.93 ID:TwgiQINc0
片腕の女「ああぁっ、もう駄目! ここから逃げなきゃ、もう終わりにしなきゃっ! 間に合わな、って! 分かってるのにやめられないよぉぉぉぉぉぉ」

その油断とも言えぬ判断をついて、片腕の女は奇襲を成功させた。だが、爆音と銃声に気付いた増援が、すぐに駆けつけてくるのは目に見えている。包囲されれば、彼女にこれを迎える手立ては残されていない。
が、片腕の女は動かない。今、目の前にある皆殺しの風景の絶頂が、彼女から理性的な判断を曇らせる。......そこに、ある男が突然割り込んだ。

始まりのホモ「いや、間に合わないどころか、もう足元まで来てたよ。さっき僕が片付けたけどさ」

片腕の女「......ああ!? 誰だよお前!」

始まりのホモ「メッサラさんに、君のことを紹介されてね。僕は......」

片腕の女「じじいがどうした! お前は誰だって聞いたんだよ!」

始まりのホモ「うん。だから僕は......」

片腕の女「つーか、お前、乙女のオナニー邪魔してんじゃねえよ! お前が生きてたら、皆殺しの風景じゃなくなっちゃうじゃねえか! どうしてくれんだよ早く死ねよ!」

始まりのホモ「えっ、ちょ、待って撃たないで君が死んじゃ」

片腕の女が、始まりのホモへと小銃を放つ。残弾の計算もされていなかった事が幸いし、放たれた弾はわずか2発であった。概念体の身体に当たると、銃弾は貫くこと叶わず、放たれた元の場所へと跳ねた。
跳弾は片腕の女の、右腕があったはずの空間を掠めた後、何処かへ紛失した。
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/21(日) 22:02:23.26 ID:TwgiQINc0
片腕の女「え......? なに、今の」

始まりのホモ「良かった、無事みたいだね。うん、驚くのも無理は無いけど、僕は人間じゃないんだ。メッサラさんに君を紹介してもらったのもその為でね、君には僕の」

片腕の女「すごい、すごいすごい! 今の、もう一回やっていい? 体どうなってるの? 私にも出来るかな!?」

始まりのホモ「えぇ......?」

小銃を投げ捨てると、片腕の女は始まりのホモの腕を掴み、ブンブンと振った。先程まで見せていた残虐な顔はそこにはなく、憧れのヒーローに出会えた少年のように、輝いた瞳を彼へと向けている。あまりの急激な変化に、始まりのホモは戸惑いを隠せない。

片腕の女「君、いったいなんなの? 怪人? 怪物? それとも、怪獣!? ねぇねぇ教えて、それどうやってなったの? ヒーローと戦ってたりするの? ねぇ教えて教えておーしーえーてー!」

始まりのホモ「う、うん。分かった、教えるから、ちょっと大人しくしてくれないかな」

片腕の女「はーい! 静かにします!」

朗らかに笑いながら手をビシッと上げると、片腕の女はその場にチョコンと正座した。その無邪気な姿は、背後の壁に横たわる血まみれの兵士と相まって、なかなか素敵な絵面であった。

始まりのホモ「......はい。じゃあ、ゆっくり説明していこうか」

片腕の女「その前にこれだけ教えてよ! 君は、怪人なの? それとも怪物? 怪獣?」

始まりのホモ「そうだねぇ。怪人、というと何か間抜けなイメージがあるし、怪獣呼ばわりされる程、醜い見た目のつもりもない。その中から選ぶなら、怪物ということでお願いしたいね」

片腕の女「了解です!」

始まりのホモ「ンンッ! それでは、改めまして......」

始まりのホモ「世界が終わる話をしようか」
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/21(日) 22:02:55.88 ID:TwgiQINc0
〜〜〜〜

片腕の女「ふーん。そんなことするつもりなんだ、君」

始まりのホモ「どうかな。メッサラさんの許可はもう得ている。協力してくれれば、今よりもっと大規模な『皆殺しの風景』を、君に見せてあげられるよ」

片腕の女「うん、いいよ。私が、君の相棒になってあげる」

始まりのホモ「おお、こんなに早く快諾してもらえるとは」

片腕の女「私は、暴れられるならどこでも構わないしね。それに日本で、ってのが特にいい。楽しそうだ」

始まりのホモ「気が合うねぇ。君とは仲良く出来そうだ」

片腕の女「でもそれだと、その野獣先輩ってのは邪魔なんじゃないの? 大丈夫か?」

始まりのホモ「田所さんは頑固な人だからねぇ。まぁ、なんとかするさ。......君のことは、なんて呼べばいい?」

片腕の女「名前、ねぇ。バハメット、なんていうダサい通り名が一応あるけど、これは可愛くないからなぁ」

始まりのホモ(バハメット......旧約聖書の『怪獣』バハムートの、アシム語訳か)

始まりのホモ「決まった名が無いなら、勝手に呼ぶことにするよ。僕のことは『はじめくん』と呼んでくれ、ムーちゃん」

片腕の女「おー、ムーちゃんか。いいな、それ。可愛くて気に入ったよ、はじめくん」

じゃあ、そろそろ行こうか、と片腕の女が腰を上げる。その腕を取ってやりながら、始まりのホモが言った。

始まりのホモ「よろしく、怪獣」

片腕の女「よろしく、怪物」

両者が、互いに手を取り合う。握り合った掌は、契約の証であった。

始まりのホモ「さて。ここを無事に抜ける所までは、僕がどうにか出来るけど。実は、日本に帰る為の足がまだ見つかってないんだよね」

片腕の女「ん? ああ、密入国のルートのことか? そんなら私が用意してやるから気にすんな」

頼りになるねぇ。だろ? と言葉を交わし、二人は皆殺しの風景を背にして去っていった。

【始まりのホモ、テロリストと結託】
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/22(月) 09:54:13.13 ID:dPagYpRfo
ホモは文豪
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/03(土) 23:02:44.04 ID:7JfJUwqoo
保守
333 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/09/04(日) 19:02:28.64 ID:wyrFnU/VO
〜〜〜ANAL航空 本社 屋上・夕刻〜〜〜
シアーズ「......はい、上手くイキました。ANAL航空の代表達が、アッシリヤの長老派が犯人だと、記者会見で発表しました」

シアーズ「はい。これで、日本の怒りの感情はアッシリヤへと向かうでしょう。我が国に1.14(同時多発テロ)をかました憎き長老派も、濡れ衣を着せられたことへの報復活動を、日本に行うはずです」

シアーズ「ええ。これで日本も『テロとの戦い』に、より本腰を入れて動きます。それに、長老派のテロ行為の矛先も、当分の間は我が国から日本へと向かうはずです。まさに一石二鳥です」

シアーズ「......いえ、簡単でしたよ。プライドが高く、自分を頭が良いと思い込んでいる奴ほど、騙しやすいものもないですからね」

電話の向こうの相手へと、シアーズは答える。その顔は、任務を達成した喜びと、誇りで満ち溢れていた。彼は、『合衆国』からANAL航空に送りこまれたスパイであった。
現実のスパイというのは、007やミッションインポッシブルように、厳重な警備を突破し危機を潜り抜ける超人などではない。スパイとは、最も効率的に機密情報を入手し、より高度なレベルでの意思決定を、自国に有利なように操作する者のこと。それを可能にするのは、普段から重要な情報に触れる、高い地位を獲得している者である。
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/04(日) 19:03:01.89 ID:wyrFnU/VO
スパイには、生え抜きの人材を対象の団体に送り込む場合と、対象の高官を内応させる場合とがある。シアーズは典型的な、前者に該当するスパイあった。
当たり前のことだが、組織の規模が大きい程、昨日ふらりと現れた人間を信用し、地位を与え、機密情報を共有させることなど有り得ない。彼らがスパイとしての活動を行うには、長い長い年月が費やされる。
世界中の要所に散らばった、各国の何千何万というスパイ達。彼らの全てが、スパイとしての使命を果たせるわけではない。
嘘と真実の境目を見失い、狂う者がいる。長い間生活を続けていく内に、潜入先への帰属意識が芽生えてしまう者がいる。潜入先の価値が薄れ、とっくの昔に忘れ去られてしまった者すらいる。スパイというのは、100用意した内の2.3仕事をすれば御の字であり、一人一人への期待値はとても薄い。
そんな不遇の結末を迎えることが大半の、スパイという職務にあって、シアーズが今回果たしたのは、万に一つとない大役であった。
祖国の国益の為に立ち回る機会が、自分の元へ巡ってきたこと。その千載一遇のチャンスを、見事ものに出来たこと。彼の生涯で、これ程の歓喜を、充足を、達成感を感じたことはない。シアーズは今、己の全てが誇らしかった。彼は、熱烈な愛国者であったから。

シアーズ「はい、ありがとうございます。......それで、今後の私の所属というのは、このままANALの動向を操作すれば......はい? はい、これからも祖国の為に尽くさせて頂きたく.........え?」

シアーズ「『概念を実体化する技術』、ですか。いえ、全く存じません。なんですかそれは」
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/04(日) 19:03:37.39 ID:wyrFnU/VO
〜〜〜アッシリヤ域内、メッサラの屋敷・夕刻〜〜〜

ジュダ「俺は反対だよ父さん。虎の子のバハメットを、あんな無礼な奴に預けるなんて」

メッサラの屋敷の最奥にて。メッサラの子息であり、長老派の第一の後継者であるジュダ=ベンハーが言った。今は従者もなく、父と子の二人きりである。

メッサラ「息子よ。お前も儂の跡を継ぐつもりなら、表と裏の顔を使い分けろ。民を率いる英雄の顔と、状況を冷静に見極める師の顔とをな。今、ここに民はいないぞ」

ジュダ「俺たちの敵は合衆国だろ? 師として、東の最果てなんかにバハメットを送ってる場合じゃないと俺は言っているんだ」

片腕の女、バハメット。10年前に『使い捨ての少女』として長老派に加わった彼女は、ジュダと同じ歳頃であった。
身分に大きな差のある二人の関係は、決して幼なじみ、などという甘いものでは無かったし、言葉を交わしたことも多くはない。だが年を重ねる毎に功を積み、力をつけていったバハメットの姿には、惹かれるものがあった。後ろ盾もなく、己の力だけで道を切り拓くバハメットの姿は、偉大な指導者の元に産まれたジュダの目に眩しく写ったのだ。
今さら、彼女に端役など相応しくないし、突然現れた謎の男に託したくもないと、ジュダは思っていた。先程現れた、始まりのホモの要求をアッサリと飲んだ父親に、今はその不満の矛先が向かっていた。

メッサラ「顔を使い分けろ、と言っただろう。護衛の目もあるあの時には、お前の尊大な態度は正しい。指導者は他者に屈服してはならん」

メッサラ「だが師が考えるべき現実の問題として、あの男に逆らえば儂等は殺されていた。奴の要求を飲む以外の道は、あの場に無かったのだ」
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/04(日) 19:04:48.09 ID:wyrFnU/VO
ジュダ「馬鹿な、武器も持たない人間相手に」

メッサラ「武器も持たない『人間』が、警備を突破して儂の眼前に現れるわけがなかろ。目の前にして理解したが、あれは人間ではない。精霊か怪物(けもの)の類だ」

メッサラ「表の顔としても、日本には、儂等に妙な濡れ衣を着せた代償を払ってもらう必要がある。舐められるわけにはいかん。何をするか知らんが、奴が勝手に暴れてくれるなら好都合だ」

ジュダ「父さんは、あんな奴の言いなりになって悔しくないのか」

メッサラ「強さとはあくまで、より良い状況を得る為の手段であり、そこで一喜一憂する意味は無い。奴も話が進みやすいよう、最低限には儂の顔を立てた。損害も無く、互いに利益がある話なら、拒む理由は無いだろう」

ジュダ「損害が無いって、バハメットがどれだけ貴重な......!」

メッサラ「......あまり儂を失望させないでくれ、息子よ。バハメットというのは、民が勝手に付けた名前だ。前線で戦い続けるあいつを、民が勝手に慕っているだけだ。お前まで、民と同じ目線で物事を語るな」

メッサラ「儂にとって、あいつは今でも『使い捨て』の爆弾よ。いつ死んでも構わんし、むしろとっとと死んで欲しい」
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/04(日) 19:05:14.11 ID:wyrFnU/VO
この長老派には、民にとっては不死身の英雄であり、メッサラにとってはクーデターの危険性が高い厄介な人物が、二人いる。ネイキッド・キングと呼ばれる人物と、破綻した異常者バハメットであった。

『死なない爆弾』、バハメット。
『動く死体』、ネイキッド・キング。

人は、不死身の伝説が好きなものである。特攻を前提にした任務から幾度も生還した両者には、民からの高い支持があった。両者の私兵を気取る民は日に日に増えており、いずれはメッサラの制御から外れる恐れもある。

メッサラ「儂等の部下に、英雄はいらん。喜んで命を捨てる兵を増やすには、不死身への思慕など邪魔なだけだ」

メッサラ「お前も、あいつにあまり入れ込むな。アレはお前の思うような勇者などではない。ただ、心のブレーキが壊れただけの破綻者だ」

ジュダは突き放すように語る父の顔から目を逸らし、「どうか無事に帰ってきて欲しい」と、バハメットのことを想った。
いつもと何かが違う嫌な予感が、漠然とジュダの心中を包んでいた。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/04(日) 19:06:09.25 ID:wyrFnU/VO
〜〜〜ガン掘リア宮殿・夕刻〜〜〜

誘い出すか、と野獣は言った。

野獣「世田谷区に散った仲間を、ゲリラ的に潰されて回られると堪らない。数人で固まって身を守らせる手もあるが、世田谷区の制圧は早く済ませてしまいたい。敵を指定した場所に呼び込んで、そこでケリをつけてしまおう」

KMR「誘い出すって、それが出来ないから困ってるんじゃないんですか?」

MUR「バカだなぁKMR。友達を誘う時は、相手に招待状を送ればいいんだゾ」

野獣「友達じゃないし、博士の居場所が分かるならとっくにそこを襲っている。それにあの女は、ここに来て欲しいと俺達が誘って、ノコノコ飛び込んで来るようなバカじゃない」

KMR「じゃあどうするんですか」

野獣「騒ぎを起こすんだよ。普通じゃ有り得ないような非常事態をつくる。こちらが博士を意識してると思わせない程度にな」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/04(日) 19:06:39.00 ID:wyrFnU/VO
KMR「......難しくないですか、それって。敵が目立つような変な事を起こせば、罠の意図があるって普通は思いますよ」

野獣「『変なこと』も、変人が起こせば自然な成り行きだ。廃病院のMNRを使うぞ」

KMR「えっ、じゃあ騒ぎってもしかして......」

野獣「アイツが好き放題殺してきた被害者達の遺体は、俺達が隠蔽してきたな。その死体を掘り起こして、廃病院の前に並べてやろう」

野獣「当然、発見されれば騒ぎになる。そうなれば警察が駆け付け、廃病院の中の捜査をするだろう」

KMR「......警官の人達、殺されちゃいますよね、ソレ」

野獣「警官を殺してくれる分には、いくらやってくれても構わないさ。だがMNRは、一般人への殺人を、いくら諌めても止めなかった。もう、アイツを仲間とは認めない。イカれの殺人鬼は邪魔なだけだ」

野獣「廃病院でケリを着けるぞ。警官も、MNRも、博士の刺客も、まとめて処分してやる」
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/09/05(月) 22:22:01.54 ID:EJp9pHa70
続きホラホラホラ
341 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/09/06(火) 13:20:32.20 ID:psPAM/k50
【23.5話】龍騎を奪われた男の話

※龍騎とは
[概要]2002年より放送を開始した、平成仮面ライダーシリーズ第三弾。
その革命的アイデアと、「13人の仮面ライダーが、最後の一人になるまで殺し合う」という斬新な脚本により、特撮の枠を超え、漫画アニメの業界にも影響を残した異色の問題作。バトルロイヤルの金字塔であり、名言の宝庫。
[あらすじ]龍騎の物語は、鏡の中のもう一つの世界、ミラーワールドが存在する舞台設定を軸に展開する。
2002年の東京で、鏡の中から現れ人を襲う数多の怪物(ミラーモンスター)が、謎の失踪事件を起こしていた。失踪事件が人々を脅かす中、同じく鏡の中に生きる謎の男、神崎士郎が、様々な事情を抱えた13人の人間達の元に現れる。そして神崎は13人の人間達に、自らが開発したライダーデッキ(変身ベルト)を渡し、仮面ライダーになるよう促した。
デッキを手にした所有者達は、鏡を通してミラーワールドとの行き来が可能となり、また一体のミラーモンスターと契約を交わすことで『仮面ライダー』という超人的な力を得る。
しかし、神崎が13人のデッキ所有者に与えた使命は、『ミラーモンスターから人々を守る』といった正義の行いではなかった。
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:21:06.05 ID:psPAM/k50
神崎「デッキは全部で13枚。デッキを所有するライダー同士が、最後の一人になるまで戦う。最後に生き残った者は、願いを叶える力を得るだろう」

神崎がデッキ所有者達に告げたのは、ミラーワールドで行われる、過酷なサバイバルゲームの開幕であった。
ライダーは契約したモンスターへと、定期的に他のミラーモンスターの命を与えなければ契約違反とみなされ、自らのモンスターによって殺されてしまう。デッキを放棄したり破壊されるなどして、ゲームからの脱落が決定した場合も同様である。
【戦わなければ生き残れない】
ミラーモンスターと、そして他の仮面ライダーと戦いながら。13人の仮面ライダー達は願いを叶える為、生き延びる為、最後の一人になるまで戦い続ける。
ミラーワールドは何故生まれたのか? 戦いの主催者、神崎士郎の目的はなにか? 誰が生き残るのか、この戦いの果てになにが残るのか。様々な疑問と期待を抱えた視聴者は、主人公である城戸真司の奮闘を通して、物語の結末へと近づいていく。
[主な登場人物]
城戸真司/龍騎......新人のジャーナリスト。失踪事件の現場を取材した際、たまたま脱落者のデッキを手にしたことから、仮面ライダーになる。周囲からよくバカと呼ばれる。
神崎からのライダーバトルの説明を受けず、ミラーモンスターから人を守りたい一身で仮面ライダーになった為、ライダー同士の戦いを理解せずにゲームに参加した。叶えたい願いは特になく、人間同士が殺し合うライダーバトルを止めようと、神崎の思惑に抗い続けるイレギュラー。契約したモンスターは龍。
「俺は人を守る為に戦いたいんだ!」
「人を守る為にライダーになったんだから、ライダーを守ったっていい!」
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:22:57.56 ID:psPAM/k50
秋山蓮/ナイト......意識不明の恋人を守り、新しい命を与える為に戦う男。戦いを止めようとする真司と、時には協力し、時には戦いながら、奇妙な友情を築いていく。
黒のコートに身を包み、無愛想な態度が目立つが、人の情を捨て切れていない。『恋人の命の為に、他のライダー全てを殺さなければならない』が、『人の命を奪うことが出来ない』という自らの矛盾によって、たびたび激しい葛藤に苛まれる。契約したモンスターは蝙蝠。
「生きていて欲しい人間がいる。たとえ世界中を敵に回しても、そいつを死なせたくないと思う。それが正しいかどうかは関係ない。その為だけに俺は戦う」
「城戸......お前いつか、俺と戦うと言ったな。......本気なら、今すぐ戦え」

北岡秀一/ゾルダ......黒を白に変えると豪語する、自称スーパー弁護士。不治の病を患っており、叶えたい願いは永遠の命を手に入れること。登場当初は人間の欲望を愛し、欲しい物を全て手に入れようとする強欲さだけが目立つ人物であったが、実直な真司と関わる内に、良くも悪くも変化していく。
自身の腕を持っても無罪に出来なかった脱獄ライダー、浅倉威とは浅からぬ因縁を持つ。契約したモンスターは牛型の火薬庫。
「どんなライダーが出てきても、俺は勝つぜ。何故だか分かるか? 俺は自分の為だけに戦っているからな......そういう奴が一番強いんだよ」
「英雄ってのは、英雄になろうとした瞬間に失格なのよ。おたく、いきなりアウトってわけ」
「なんだ命乞いか? 英雄なんだろ、お前」
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:24:28.76 ID:psPAM/k50
浅倉威/王蛇......イライラするという理由だけで人を襲う、人の形をした獣。その罪の重さと犯行の動機から、北岡の力を持ってしても死刑を免れるのみで、無罪には出来なかった。刑務所内で無為に暴れていた所、神崎士郎にデッキを渡され、ライダーの力によって脱獄に成功する。
戦う為だけに戦う狂戦士であり、ライダーバトルが続く限り、既に願いが叶っている。仮面ライダー史上初の殺人鬼ライダーで、劇中最も多くのライダーを殺した。
因縁のある北岡に対しては、当初は逆恨みの感情を抱くのみであったが、戦いを繰り返すうちに「潰し甲斐のある」宿敵として見定めるようになる。契約したモンスターは蛇。
「イライラするんだよ......!」
「ここかぁ......祭りの場所は」
「お前も喰うか......? ま、喰わんだろうな......」
「どうしたぁ......その程度か......? 英雄だろぉ、お・ま・え」

神崎士郎/?......ライダーバトルの主催者。実態を持たず、鏡の中から姿を現わす。戦いが速やかに決着することを望んでおり、度々ライダー達の前に現れては「戦え......」と囁く。
「戦え......戦え......」
「お前達一人一人の気持ちが、龍騎の世界を創った。次はこれを観ているお前達が戦う番だ。......戦え」
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:25:00.24 ID:psPAM/k50
[バトルシステム]
基本的にミラーワールドの中で戦う。変身ベルトであるデッキには、戦うスキルを発動する『アドベント(召喚)カード』が収納されている。ライダーは様々なカードをバイザーに通すことで、武器や必殺技を繰り出し戦いを展開する。
基本的なカード構成は、
ソードベント......近距離用の武器を召喚。形状によって名称が異なる場合もある。
ガードベント......防御用の盾を召喚。
アドベント......契約したモンスターを召喚する。
ファイナルベント......トドメ専用の必殺技。
であり、その能力値は契約したモンスターの強さによって異なる。これに加えて、契約したモンスターに見合った特殊カードがデッキに収録される。例(遠距離攻撃を放つ、敵の武器をコピーする、敵のカードを無効化する、敵のモンスターの動きを止める、分身する、複数のモンスターを融合させる、時間を巻き戻す、など)
また、神崎士郎が戦いを促進する為に用意した、疾風・烈火という2種類の『サバイブ』カードが存在する。これは、いわゆる強化フォームに変身する為のカードであり、物語の中盤に、疾風サバイブは秋山蓮に、烈火サバイブは城戸真司の手に渡った。
ミラーワールドに滞在出来る時間は一回につき約9分であり、その時間を過ぎると身体が粒子化を始める。それ故ライダー同士の戦いには時間切れという決着が非常に多く、戦いを促進したい神崎の意志に反して、脱落者が生まれにくいシステムになっている。
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:25:47.00 ID:psPAM/k50
......。
その男は元々、ただ龍騎が好きだっただけの少年であった。毎週、日曜日の朝にテレビの前にへばりつき、ストーリーの続きと魅力的なキャラを楽しみにしていただけの、純朴な少年であった。
だが彼が楽しみにしていた龍騎は、物語の中盤で唐突に終わりを告げた。現実で起きた凶悪犯罪の影響で、放送自粛に追い込まれたのである。
事件の名は、下北沢無差別殺傷事件。当時、中学2年生であった少年Aの犯行であった。
逮捕された少年Aは、警察の尋問で一貫したこう供述した。
「イライラしたから殺った。殺せるなら誰でも良かった。仮面ライダー龍騎に登場する、浅倉威に影響されて殺った」
と。十を越す死傷者を出した事件の犯人がこう供述したことで、当時ことさら少年を庇う風潮の強かったマスメディアの批判は、ほとんど龍騎へと集中した。
曰く、「少年を犯罪へ走らせたのは、犯罪を格好良いものとして演出した龍騎に原因がある」
曰く、「仮面ライダー同士が殺し合うという設定が、そもそもモラルに欠ける。少年の鑑賞に相応しい内容ではない」
曰く、「仮面ライダー龍騎は殺人を肯定している」
などと、新聞の記事やニュース番組に登場するコメンテイターに、連日言いたい放題に叩かれた。
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:26:12.49 ID:psPAM/k50
従来の『正義の』仮面ライダー像を破壊した龍騎というのは、元々が批判の対象となっていた異色の作品である。そこに加えて、大事件の原因として槍玉に挙げられたとあっては、そのダメージはとても庇い切れるものではない。
龍騎のスポンサーはことごとく去り、TV局も早々に、龍騎の打ち切りを決断した。

ファンにとっては寝耳に水な話である。突然起きた......本来ならば何の関係も無いはずの......事件の犯人が「龍騎に影響された」と語っただけで、毎週の楽しみが奪われてしまったのである。たった一人のクズのために、いい加減な証言の為に、なんで俺達が龍騎を見れなくなるのかと、視聴者の誰もが強く憤った。
しかも放送が休止したタイミングというのが、ファンにとってたまらない展開であった34話の直後であった。
『友情のバトル』と題された、龍騎34話。特にその最後の一分間は、龍騎が放送局のタブーとして歴史の闇に葬られた現在でも、『伝説の一分間』としてファンの間に語り継がれている。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:26:51.43 ID:psPAM/k50
[伝説の一分間]
恋人を救う為、殺人への躊躇を断ち切る為。友である龍騎を倒そうとするナイト・サバイブ。
神崎の思惑であるライダーバトルを止める為、ナイトの覚悟を受け止める為。龍騎がサバイブカードを手にすると同時に流れる、初披露の挿入歌『revolution』。
映像が一旦切り替わると、時を同じくして、凶悪犯罪者の王蛇とスーパー弁護士ゾルダも、因縁の宿敵との決着へ臨んでいた。
『ユナイトベント』ゾルダの背後に、王蛇のモンスターが現れる。
『ファイナルベント』ゾルダが自らのモンスターに銃を差し込み、全弾発射の準備を整える。
『ファイナルベント』王蛇のモンスターの腹部にブラックホールが発生し、そこにゾルダを叩き込むキックを放つ為、王蛇が跳躍する。
王蛇と、ゾルダ。双方が必殺のファイナルベントを撃ち合う寸前で、映像は、対峙する龍騎とナイトへと切り替わる。
サバイブカードを使い、強化フォームへと変身する龍騎。サバイブの影響で、謎の炎に包まれた空間の中で、龍騎はナイトに宣言する。

龍騎「俺は絶対に死ねない。一つでも命を奪ったら、お前はもう......後戻り出来なくなる!」

ナイト「......俺はそれを望んでいる」

強化フォームでの戦いへと突入した龍騎とナイトの運命は、果たしてどうなるのか。
ファイナルベントを撃ち合った王蛇とゾルダは、果たしてどちらが勝つのか。もしかしたら、どちらかがここで死ぬのか。
目を離せない激熱の展開。その続きは、問いの答えは、来週の35話にて明かされる。
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:27:37.21 ID:psPAM/k50
......という、続きが待ち遠しくてたまらなくなる34話、伝説の一分間の後での放送休止である。ファンにとって最悪のタイミングであることは間違い無かった。
生き甲斐と言っていい程に、龍騎を楽しみにしていた男は烈火の如く怒った。続きを見させてくれ。彼らの戦いの結末が知りたいんだ、と。
しかし、純粋な少年の願いは叶わなかった。署名活動も反対運動も空しく、龍騎は永久に御蔵入りした。龍騎は十数年経った今も、一度たりとも日の目を見たことが無い、不遇の作品となってしまった。
男がある程度成長した頃に、仮面ライダーシリーズそのものは復活を遂げた。だがそこには男が憧れた、漢達の命懸けの魂のぶつかり合いは無い。二度と世間の反感を買わぬよう、極端に明るく、どこまでも子供向けに作られた『腑抜け』の作品が、現代の仮面ライダーであった。

......。
男は初め、マスメディアを憎んだ。安全地帯から物事を語り批判し、強者に媚びて落ち目の物を叩き、正義面で人々を扇動する報道機関を憎んだ。
真に叩くべき殺人鬼の実名は、『少年だから』と隠す。その代わりに無関係のはずの龍騎を、さも「この番組が無ければ事件は起きなかった」と言わんばかりの報道をし、執拗に叩く。
そんな的外れな行動の為に、龍騎を奪った報道機関というものに、男は今でも強烈な不信感を抱いている。
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:28:25.91 ID:psPAM/k50
次いで、男はPTAや人権団体を憎んだ。「自分に理解出来ない漫画やアニメは、気持ち悪いから無くなって欲しい」という本音を、「子供の為に」という建前で押し通すババア共が、たまらなく嫌いであった。
男から見てそういった団体は、みな正義感に浸っているだけであった。連中の思想というのは、ようは性善説を信じているのであり、漫画やアニメを悪魔として信仰しているのだ。
「愛しい子供達が犯罪を犯したとしても、それは生まれもったサガや教育の失敗が原因ではなく、悪魔に誘惑されたからに決まってる」
という狂った妄想の為に、そういう世間に蔓延る馬鹿共の為に、龍騎は放送休止になったのだと、男は心底信じていた。

そして最終的に、男は犯罪者を最も憎んだ。根本的に、犯罪者がいなければ龍騎は放送休止にならなかったのである。
無期懲役の判決を喰らい、三十歳そこそこで出所してくる少年Aを殺してやろうと、少年の頃はずっと思っていた。
だが、高校に上がる頃にはその考えも薄れていた。龍騎好きの自分が殺人犯になるのは、マスメディアの吐いた戯言を、自分自身の手で実現してしまう事になると思ったからだ。
しかし、龍騎を奪われた怒りは、何年経っても消えない。蓄積した怒りは憎悪へ、そして犯罪者をこの手で殺したいという衝動へと変質していった。
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:29:17.25 ID:psPAM/k50
「『合法的に』犯罪者を殺せる職業は?」

と男は考えた。検事や判事というのも考えたが、男は犯罪者を殺したいのであって、裁きたいわけではない。刑務官の死刑執行は、かなり理想に近かったが、『複数人で同時にボタンを押して、誰が殺したか分からないようにする』という、要らぬ気遣いが邪魔であった。

結果、男は警備警察の機動部隊を選んだ。数年経った今年には、異常な執念によって鍛えた実力を買われ、特殊部隊の一員に選出された。
男の名前は、秋戸秀一。龍騎を奪われ、犯罪者を殺したいという『願い』の為に、『正義』の組織に所属する男。その是非を問える者はーーー


〜〜〜
訓練中に課長に呼び出された秋戸は、警備課長直々の命令を受けた。

課長「お前に任務を命じる。世田谷区×××の廃病院に立て篭もる殺人鬼を始末しろ」

秋戸「随分乱暴な命令ですね、犯罪者にお優しい日本らしくも無い。それに、何故私だけに命じられるのですか」

特殊部隊は常にチームで動く。個人に事件解決を任せるなど、通常ありえない。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/06(火) 13:29:47.11 ID:psPAM/k50
課長「お前のそういう態度が問題なんだ。体制への不満や、理不尽への怒り。そういう感情を抱くなとは言わんが、お前は露骨過ぎる」

課長「廃病院の殺人鬼は、既に四人の警官の命を奪っている。お前一人に命じる理由は、このことがまだ表沙汰になっておらず、その上で秘密裏に処理しろと、上からお達しがあったからだ。大々的に動くわけにはいかん。報道を通して世間に知れ渡る前に、殺人鬼を処理しろ」

秋戸は心の内でククッと笑った。報道する自由と報道しない自由があれば、報道『させない』自由もあるということが、マスコミ嫌いの秋戸には小気味良かった。

課長「この人選は、お前の隊長によるものだ。聞けばお前は、殺人犯を殺したくてこの職務を選んだそうじゃないか」

秋戸「そうです。交渉が最優先でありチームで動く職務の為、思いの外機会に恵まれず、一度も達成出来たことはありませんが」

課長「ならやはり、今回の件はお前に最適だ。相良隊長によれば、お前は『能力はあるのに、人格が不適切で勿体無い』らしい。これで望みを叶えて、早く真っ当な人間になれ」

秋戸「お心遣い、感謝致します」

課長「感謝する必要も無い。お前が選ばれたもう一つの理由は、現在、部隊の中で一番死んでも構わない人間がお前だったからだ」

秋戸「え?」

課長「気をつけることだな。あちらは仮にも銃を持った警官を、しかも複数人殺めている。下手を打てば、お前も彼らの二の舞になるぞ」
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/06(火) 22:45:12.54 ID:3x0RLdcmo
おつ
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/09/13(火) 20:58:53.84 ID:1IAbAQ+Y0
保守
355 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/09/18(日) 02:08:45.59 ID:5L7OD9tk0
【第24話】廃病院の殺人鬼
〜〜〜
.........オトゥーサン.........オトゥーサン.........

「っしたらさぁ、俊樹がサツにパクられちまってよぉ」

「っそ、マジ? マジ? あいつ超バカじゃん! キャハハッ」

深夜。廃病院の一室に、数名の男女がたむろしていた。暗く寂れた病棟には不釣り合いな、ギャハハ、という粗野な笑い声があたりに反響する。その声は、どれもとても若かった。

「パコるか、パクられるか。それが俺達の生き様っからなぁ」

「龍矢、マジ頭おかしすぎっしょ! ほんとサイコーだよもう!」

彼らは、ただ本能に忠実であった。食う、寝る、ヤる。遺伝子に刻まれた本能からの指令を、ただ、ただ、好きな時に好きなだけ実行したかっただけである。
結果、彼らは学校をほとんどサボり、酒や薬物に手を出し、喜んで法を破る少年少女となった。普通の人間がしない事、出来ない事をやるのが、最もカッコ良くてイケているのだと彼らは信じていた。
世間からの白い目やウザい親達の制止の声というのは、ようは自分達への妬みだ。本当は連中も、自分達と同じようにハッチャケたいのに、勇気も才能も無いからそれが出来ない。だから連中は、自分達の事が羨ましくて、妬ましくて、それで無益な苦言を語ってくるのである。

「人間はいつ死ぬか分からない。だから明日の為に頑張るより、今日を楽しむ方がずっと賢い生き方だ」

という主張が、彼らの思考の根底には流れていた。どこまでも享楽的に今日を過ごす為に、彼らは理性を捨て、獣の快楽へとその身を寄せる。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/18(日) 02:09:20.28 ID:5L7OD9tk0
廃病院にたむろしているのも、特に考えがあってのことではない。ただ、危険な臭いのする場所で遊ぶ、騒ぐ、ヤるというのが、普通の場所よりも興奮できると思ったからいるだけだ。
あるいは、彼らの思考を掘り下げてみれば。『危険な場所に平気で居られる自分』というのが、自らの優越感、選民的な高揚感に浸れたからなのかも知れない。

.........オトゥーサン.........オトゥーサン.........ナンデ.........オトゥーサン.........

病棟の一室を占拠する彼らの元に、カツン、カツンと足音が響いていく。
目的も無く彷徨うような足取りで、ゆっくりと。しかし、彼らとの距離を着実に縮めていくその歩みは、やがて彼らの眼前へと辿り着いた。
その男は、髪は金髪に染め、身体は不健康に痩せていた。眼はどこか遠くを見つめるような虚ろな目をしていた。そして何より目を引くのが、その右手に握られたナイフであった。

「......あん? 誰だよテメェこら! なに見てんだよ殺すぞ! あぁ!?」

「え? 待ってよ、あいつナイフ持ってる。ナイフ持ってるよぉ!」

「や、やべぇよ......やべぇよ......」

オトゥーサン......ナンデ......? ナンデボクノコト......ボクノコト......アイシテクレナカッタノ......? オトゥーサン、オトゥーサン、オトゥーサン、オトゥーサン............

「ヒッ、や、やめ! やめろやめ......! ゲブゥ!」

「やだ! やだやだやだ! 怖いよぉ! 助けてお母さバガガ、ガベエッ!」

「うわあああああ! ああああああああ! アーッ! アーッ! アアーーーーーー!!」
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/18(日) 02:09:55.86 ID:5L7OD9tk0
男の凶刃が、若者達へと襲いかかった。グサリ、グサリと、次々と刃が舞い、半裸や全裸の若者達の肉を突き刺していく。
喉笛を掻き切られて即死した幸運な者もいれば、中途半端に腹を抉られ、地獄の死痛に悶え苦しむ者もいた。死の絶叫が、助けの来ない廃病院に空しく響く。

若者達は、今日、死ぬ運命にあった。ならば、彼らの掲げた「いつ死ぬか分からないから今日を楽しもう」という思想は、彼らにとっては正しかったのだろう。
......しかし、そもそもそんな思想を抱かず、無意味に危険な廃病院に訪れなければ、今日死ぬ運命は避けられたのではないか。そんな自問を抱く暇も無く、若者達はその命を散らしていった。
数分後、若者達は死の覚悟も、事態の把握も出来ないままに、男の玩具へと成り果てた。
6人の男女は既に息絶えていたが、男にとっての本番は、むしろ殺した後にあった。

??「オトゥーサン......ああ、オトゥーサン」

髪を毟る。目玉を抉る。耳と鼻を削ぎ落とす。下顎を切り落とす。胴体を真二つに裂いて、粘液と糞尿の臭いたっぷりの内臓を、両手で掬い上げる。そして、陰茎部分を切り落とす。膣や子宮はナイフで滅多刺しにする。
指を、掌を、腕を、足を、首を、頭と上半身を、胸と腹を、下腹部と脚部を切り離し、各部位をまたコマ切れにする。
これを、6人分。肉の人形に父を重ね合わせながら、どす黒い感情を思い切りぶち当て、バラバラにする。彼にとっては、これは生きる上で必要不可欠の行為であった。

解体者の名前は、MNR。その名は、淫夢史上最悪の殺人鬼として、界隈に響き渡っている。
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/18(日) 02:10:51.18 ID:5L7OD9tk0
〜〜〜
ANAL航空893便墜落事件より、5日経った18日の夕刻。coat博士が口を開いた。

coat博士「ANALの公式発表を受けて、墜落事件の犯人は、アッシリヤのテロリストが被ってくれた。実際の真相はともかく、これで我々も身動きが取れる」

彡(゚)(゚)「その疑われるかも、ってのがそもそも気に入らんわ。守ってやってるはずの愚民共相手に、なんでワイがコソコソ隠れなアカンのや」

宇野「良かったじゃないですか。『人知れず戦う孤独なヒーロー』って人気高いんですよ、視聴者には」

(´・ω・`)「ここは現実だよ。形而上の存在に評価されても、ファンレターの一つも届かないよ」

coat博士「ま、絶対に存在しないって認識しているモノが現実に現れたら、人はそれだけショックを受けるって話だ。サンタなんて信じていない子供に、突然ガチもガチのサンタが現れたら、喜ぶどころか腰を抜かすだろ?」

彡(゚)(゚)「は? 信じるもなにも、サンタは実際おるやろ。そのガキ頭沸いとんのか」

(´・ω・`)「博士は例え話が下手だねー。話にリアリティが無いと共感出来ないよ」

coat博士「......そうだな。今のは私の例えが悪かったな。すまんな」

宇野(......え? 信じさせてるんですか? サンタ)

coat博士(いや、何故か最初から信じてた。聞き分けが良くなるし色々と便利なので、そのまま放っておいたんだ)

宇野(デフォなんですか。原住民はともかく、なんJ民のナリでこれは、かなり痛々しいですね)

coat博士(やめろ貶すのは。......こいつらの意識は、人間の情念の集合体だからな。実際の掲示板の連中も案外、性根は子供なままの奴が多いのかも知れん)

宇野(『子供なまま』の奴は、そりゃ多いでしょうけれど)
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/18(日) 02:11:34.29 ID:5L7OD9tk0
彡(゚)(゚)「なにコソコソ喋っとるんや」

coat博士「とにかく、ショックが大きいんだお前らは。衝撃的なんだお前らの存在は、ビジュアルの良し悪しに関わらず。それ故一昨日までは、衆目を浴びると騒がれ、無関係な墜落事件の濡れ衣を被る危険があった」

coat博士「だがその危険は消えた。そしてタイミングを見計らったかのように、我々にあるご依頼が届いた。ある廃病院に出没している殺人鬼を、処理して欲しいとな」

彡(゚)(゚)「殺人鬼? そんなん警察の仕事やろ」

coat博士「その警察の職員達が、数名殉職してしまってな。廃病院で見つかったバラバラ遺体の調査中に送り出した所、彼らもバラバラ遺体になって帰ってきたらしい」

(´・ω・`)「うわぁ、ミイラ取りがミイラに......」

宇野「そんな大事なのに、ニュース番組にはてんで流れていませんね。変死体が見つかったというニュースなら、一昨日チラと目にしましたが」

coat博士「情報規制しているのさ。なにせ、銃を持った警官数名を殺す化物だ。概念体の可能性もあるので、こちらで調査して欲しいそうだ」

coat博士「人目を最大限避けるため、出発は深夜とする。殺人鬼が人間だろうと概念体だろうと、正直どちらでも構わない。警察が手に負えなかった殺人鬼を捕まえて、手柄を立てて、我々の存在価値を証明してこい」
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/18(日) 02:12:29.99 ID:5L7OD9tk0
〜〜〜深夜・廃病院西棟、1階〜〜

敷地の入り口や敷地内に、見回りの警官が配置されていた。建物内の犯人を逃さぬ為、そして野次馬気分で侵入しようとする者を阻止する為、警備を強めているらしい。
予め許可を貰っていたらしく、宇野が入り口の警官に何事か話すと、すんなりと中に入れた。ワイと、宇野と、原住民とで、建物内に侵入する。

彡(゚)(゚)「ジメジメしてて、腐った雨の臭いがするなぁ。テンション下がるわ」

宇野「ここも潰れてから十数年経っていますから、気を付けて下さい。手入れのされていない建物は、想像よりずっと危ないですよ」

彡(゚)(゚)「しかし気になるんやが、こういう廃墟って何で残っとるんや? ここの土地の所有者とかは、今でもちゃんと存在するんやろ? とっとと潰して土地を有効活用しようとは思わんのか?」

宇野「ここは立地が悪く、一通りも少ないんです。取り壊しの工事や新しく建物を作る代金を払うより、放ったらかしにしていた方がまだ割がいいんですよ」

(´・ω・`)「うぅ......暗いよぉ、広いよぉ、怖いよぉ......」

宇野「あぁ、ここの病院も『出る』って噂はちらほらありますね。首から下だけの男だの、戦時中の陸軍兵士の亡霊だのと」

(´・ω・`)「うへぇぇぇ......」

彡(゚)(゚)「ま、実際に出るのは殺人鬼だけやから安心せえや」

(´・ω・`)「う、うへぇぇぇ......」
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/18(日) 02:13:05.19 ID:5L7OD9tk0
彡(゚)(゚)「それにしても、廃墟の割には雑多に散らかっとるなぁ。空きカンだの、菓子の袋だの、ピンク色のゴムだの、けっこう真新しいのが捨ててあるぞ」

宇野「被害者の遺体のほとんどは若者でした。廃墟や心霊スポットには、そういう手合いばかり集まるもんなんです。彼らは、立ち入り禁止の看板なんて気にも止めませんからね」

(´・ω・`)「うわぁ、可哀想に」

彡(゚)(゚)「そうか? 勝手に不法侵入した馬鹿が勝手に殺されたんやから、自業自得ってもんやろ」

宇野「まぁ、犯した罪と罰が釣り合っていないのは確かですね。それに警察の方も」

??「おいおいおいおーい! なに自分はそいつらとは違う、みたいな素振りで話してんだ? お前らも立派に不法侵入者だろうが! それ『万引きって良くないよねって語りながら、無料で違法な動画サイトにアクセスしてる』ようなもんだぞ! お前らの頭はあれか? ひまわりが咲いてるのか!?」
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/18(日) 02:13:31.20 ID:5L7OD9tk0
彡(゚)(゚)「!? な、なんや! 誰や!」

後方から声がかかり、慌てて振り向く。こちらに近付いてくる影は、手にライトを持っていた。暗く、まだ顔は見えない。

??「無料は駄目だ! コンテンツを駄目にするのはいつだって無料だ! ただ飯オーケーの食堂なんざ、すぐに潰れるに決まってんだろ! 広告収入なんかで作品が持つわけねぇんだから、ファンを名乗るなら金払って視聴しろ! 金を払わねぇ奴が作品を語るんじゃねぇ反吐が出る!!」

宇野「この声......まさか」

??「違法はもっと駄目だ! ルールを破る奴は、間接的にルールを増やすクズだ! ルールが増えると良い作品が作れなくなる! 結果コンテンツが駄目になる! 仮面ライダーがそうだった!」

(´・ω・`)「な、なになに!? 誰!? なんなの!」

??「俺は制限(ルール)が大嫌いだから、ルールを破る奴も滅茶苦茶大嫌いだ! ところでお前らはなんだ? 破滅主義のバカ餓鬼か? ゴシップ写真目的のハイエナか!? 俺はマスコミも最悪に大嫌いだぞ!? 何はともあれルール違反者共、お縄の時間だ! 逮捕しちゃうぞ!!」

五歩程の距離まで近寄ると、男の顔が見えた。若く精悍な顔の上に、何か青いヘルメットが見えた。

宇野「相変わらず、ギャーギャー五月蝿いんですね。秋戸さん」

??「んん? その声にその顔は......おぉ、お前宇野じゃないか。何してんだこんな所でって、ウォォォォオ!?」

彡(゚)(゚)&(´・ω・`)「ギャァァァァァァァァ!」

男がワイと原住民を視認すると、突然声を上げた。ワイらもその大きな声にビックリして、また声を上げる。
その傍らで、宇野が一人呟いた。

宇野「なんでよりによって、こいつが来るんですか」

と。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/03(月) 00:55:16.20 ID:335IB2Xf0
保守
364 : ◆aL7BEEq6sM [saga]:2016/10/16(日) 00:23:35.52 ID:uRnqkyrFO
虐待おじさん『野獣、刺客がようやく到着したらしい。3日待ってようやくだ』

野獣『確かなのか?』

虐待おじさん『外から来るのを遠目に見ただけで、姿形は分からなかったが、フードを被ってる奴が二人いた。片方はおそろしく小さい。おそらく、人間の見た目じゃないからだろう』

野獣『そうか。ろくにニュースにもならんから、計画はもう失敗したのかと思っていたが』

虐待おじさん『俺達はどうすればいい?』

野獣『俺も今からそっちに向かう。戦って殺せるようなら殺して構わない。が、手こずるようなら俺が着くまでの時間を稼いでくれ』

虐待おじさん『了解だ。奴らにもそう伝える』

野獣『よろしく頼む』

〜〜〜
秋戸「なるほどねぇ。ここの殺人鬼は概念体っつー化物で、この黄色いデカブツと白いちっこいのもその概念体だと」

彡(゚)(゚)「飲み込み早いな。普通もっとこう、ワイらに怖がったり、これは夢だとか叫ぶもんとちゃうんか?」

秋戸「俺は『自分の目で見たものくらい信じられる』男なのさ。2話目の真司くんとは訳が違うぜ。ミラーワールドがいつ現れてもいいように、心の準備は常にしているからな」

(´・ω・`)「なんか手品とか詐欺にあっさり騙されそうな主義だね」

宇野「マトモにこの男に取り合っちゃダメですよ。こいつは情緒が破綻したイカれです」

廃病院中央一階の、広々とした元待合室にて。ギシギシと音を立てる、傷んだ椅子に座りながら、ワイらは顔を合わせた警官と話をしていた。どうやら宇野は、この男と顔見知りらしい。
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/16(日) 00:24:33.79 ID:uRnqkyrFO
(´・ω・`)「二人はどういう関係なの? なんか、宇野さんは嫌ってるみたいだけど」

秋戸「あん? 嫌われてるってのは言い過ぎだろ。ちょっと過激な軽口じゃねぇか、なぁ宇野」

宇野「嫌いと言うか、関わりたくないんです。何するか分かんなくて怖いんですよこいつ」

秋戸「おぅ言い過ぎだぞ宇野。......昔、仕事仲間だった時期があるだけだ。かなり短い間だけだったけどな。俺はすぐに特殊部隊入りしたし、こいつもすぐ辞めたし」

(´・ω・`)「えっ、宇野さんお巡りさんだったの!? なんで辞めちゃったのさ!」

宇野「公務員って儲かんないんですよ。周りは正義の味方気取りか、やさぐれているかの両極端で居心地悪かったですし」

彡(゚)(゚)「こいつの経歴なかなか怪しいな。洗えばいくらでも埃が出そうや」

(´・ω・`)「叩けば、だよおにいちゃん。洗ったら水に流れていっちゃうよ」

宇野「それより秋戸さん。特殊部隊の人間がなんでここにいるんですか。それに、その間抜けな格好はなんですか」

宇野が秋戸、と呼ばれた警察官に疑問を投げかける。言われてみれば確かに、男の格好は一般的な特殊部隊の格好とは程遠かった。
青いヘルメットに、防弾チョッキ。手には小銃では無く、小型のピストルが握られていた。
一般人よりは戦闘向きの格好であろうが、国家治安の最終防衛線の装備としては、いささか以上に頼りない。
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/16(日) 00:25:16.13 ID:uRnqkyrFO
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367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/23(日) 11:59:25.69 ID:93qKs7QIo
保守
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/02(水) 10:14:00.27 ID:Js/q9JtQo
保守
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/23(水) 01:44:32.10 ID:g603hjn3O
宇野さんの過去とか原住民の孤独感によるすれ違いとか気になるんです!なんでもするんで続き書いてくださいオナシャス!
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/04(日) 15:04:23.89 ID:9P51/Jdso
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371 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/09(金) 23:45:07.19 ID:Wsd/4PPQ0
すいません。ラノベ選考用の小説を書いていたことと、殺人鬼出したあたりから文章と展開に詰まった為に、長い期間放置していました。

物語を終わらせる責任は果たさなければいけないので、また更新を再開します。しばらく、リハビリがてら地の分は手抜きすると思いますが、よろしくお願いします。
372 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/09(金) 23:47:27.48 ID:xQWvEWsD0
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373 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/09(金) 23:49:48.86 ID:xQWvEWsD0
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374 : ◆bhb.NJHtRg [sage saga]:2016/12/09(金) 23:55:10.52 ID:xQWvEWsD0
秋戸「事情はお前らと同じだ。情報を規制したいから、大掛かりな動員は出来ない。少数が好ましいが、向こうは銃を持った人間を殺せる化物だ。なので特殊部隊の中でもとりわけ優秀な俺が、単独での事件解決を任されたってわけだ」

彡(゚)(゚)「ほーん。ようは捨て駒か、大変やね」

宇野「威力偵察の意味が多めで、死んでも構わない、ぐらいの気持ちで送られたんでしょうね」

「そうはっきり言われると否定したくなるが、その通りだよ宇野。特殊部隊の装備じゃないのもその為でな、俺はここで死ぬと『警察のコスプレをした、銃を所持した変質者』として処理される。ま、その時はバラバラ遺体になってるだろうから、要らぬ世話だけどな」

(´・ω・`)「えぇ、そんな酷い扱い受けるぐらいなら断ればいいのに。仮に辞めちゃったも、どうせお給料も良くないんでしょ?」

秋戸「断る? はっ、バカ言うな白饅頭。これは俺が心から望んだ、この上ないチャンスなんだぜ?」

宇野「......"殺人犯の殺害、公的に認められた殺人"、まだそんな馬鹿な望みを捨ててないんですか。それさえ無ければ、捨て駒扱いなんて受けずに済むのに」

秋戸「関係無いね。龍騎を奪った『モノ』の象徴を、俺のこの手でぶち殺す。2002年から今日の今まで、俺の目標はそれだけだ」

宇野「変われていませんね、哀れなほどに」

秋戸「変わりたいとも。いや、今日で変わるんだ。殺人鬼をぶち殺して、この長い旅に決着をつける。そうしてやっと、俺は前に進める」

秋戸「......さて、と。お前らは殺人鬼の処理、俺は殺人鬼の殺害が目的だ。途中までは利害が一致しているわけだ。手を組もうぜヒーロー」

彡(゚)(゚)「ヒーロー? ワイのことか?」

秋戸「おおとも。化物の身でありながら、人間を守る為に同種の化物を狩る存在。これはヒーローの、いや仮面ライダーの根幹だ。分かるか? お前は今まさに、ヒーローの具現と言えるわけだ黄色」

彡(゚)(゚)「......ほぅ」

宇野「いやいやいや、要らないですって。怖いからどっか遠くへ行っててくださいよ」

彡(゚)(゚)「いや、別にええやろ。ワイらに敵意は無いみたいやし、なにより気に入った」

宇野「ちょっと!」
375 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/09(金) 23:56:40.39 ID:xQWvEWsD0
彡(゚)(゚)「お前がこいつを嫌いってのに、ワイらを巻き込むなや。仮にも特殊部隊なんやから、絶対役に立つはずやぞ」

秋戸「話が分かるな。じゃあよろしくな、黄色と宇野と、...おい、白饅頭はどこ行った?」

彡(゚)(゚)「はぁ? 隣におるやろ頭沸いとん......あれ?」

宇野「どこにもいませんね。トイレにでも行ったんでしょうか」

彡(゚)(゚)「いや、臆病な原ちゃんが、一人で黙ってどっか行くなんてありえん。てことは、つまり」

秋戸「......攫われたってことか。気配も無く持っていくとは恐ろしいなぁ、殺人鬼さん」
376 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/09(金) 23:58:22.63 ID:BeWeROAj0
目を覚ますと、暗い部屋が視界に広がった。破れたカーテンから覗く、穴が空いた古いベッドの列に、腐ったコンクリートの臭い。すぐに、先程までいた廃病院だと気付いた。

「うーん、お兄ちゃん達はどこにいるんだろ」

唐突な場所の移動に、頭が追い付かない。自分は先程まで、みんなと一緒にいたはずだった。廃病院の中で出会った、秋戸という警察官の話を座って聞いていたところまで記憶はある。

「突然誰かに掴まれた気がして、それで、それで......今まで気絶していたのかな」

記憶を辿り、状況をなんとなく飲み込み始めると、恐怖の感情が徐々に湧いてきた。
見知らぬ場所で、廃病院で、ひとりぼっち。そしておそらく、この状況を作り出した人物が、自分以外にいる。

「ひっ......ま、まさか殺人鬼に拐われちゃったの?」

慌てて動こうともがくと、腕に痛みが走った。見やり、その時やっと、自分の身体が縄で縛られていたことに気付いた。

「ええ、なんで気付かないんだよ僕は! マズイよ、かなり気が動転してるよ!」

とにかく、早く逃げなければ。そう思い、背の方を向いてなんとか逃げ出そうとした時、病室の入り口に気配を感じた。

??「やっぱり可愛いなぁマシュマロみだいで〜!」
377 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/09(金) 23:59:16.95 ID:MBkMALpc0
〜〜
秋戸秀一は、人を殺した者を、一括りに殺人鬼とは認めていない。自衛の為に人を殺した者は勿論、金や土地といった利益の為に人を殺す者や、個人的な憎しみや感情のもつれで人を殺めた者も、まったく殺人鬼などではない。
要は、殺すことを『手段』としている人間というのは、自分が殺すべき象徴では無いのだ。
極刑に処されるリスクを知ってなお犯してしまう程に、殺人に快楽を見出した者。生まれつき備わっている自制の機能が破綻し、同種殺しの衝動を抑えられない者。
殺すことそのものが『目的』となり、生きる『糧』になってしまった精神異常者を、人は『人を殺す鬼』と呼ぶ。

精神異常者......殺人鬼こそ、龍騎を奪った者の象徴そのものだと、秋戸は理解している。あの日に通り魔殺人を犯したクズも、この廃病院の殺人鬼も、『殺したいから殺す』という点で全く同じだ。
378 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/10(土) 00:00:10.66 ID:zx4U+U+K0
秋戸「やっと殺せる。やっと、やっとだ!」

嬉々とした声で叫び回りながら、秋戸は錆びた病棟の廊下を駆ける。

秋戸(いるなら出てこい、獲物ならここにいるぞ)

秋戸「来い! 行くぞ! 戦おう! ほらほら 出てこい戦えや殺人鬼!」

喚き散らしながら、無造作に乱暴に、端から端の病室を開ける。人の気配が無いのを確認すると、隣の病室へと歩を進める。

宇野『こちら西棟3階、原住民さんの姿はありません。他はどうですか?」

『おらん! どこにもおらん! 早く上に行こうや!』

元々は原住民用だった端末に、宇野となんJ民から連絡が入った。なんJ民の声は、通信の度に焦りの色が増している。

秋戸「こちら東棟3階、残念ながら異常無しだ」

宇野「では4階の捜索に入りましょう。......見つけたらちゃんと報告して下さいよ? 秋戸さんだけじゃ絶対倒せませんから」

了解、と短く返事をし、秋戸は通信を切った。
強烈な血の臭いと、腐乱臭のする方へ、秋戸は急いだ。
空いた部屋を三つほど飛ばして、着いたのは401号室。中を見ると、

秋戸「ハッハァ! ビンゴだ・・・!」

401号室の中には、哀れな被害者の・・・恐らくは殉職した警官の・・・遺体が、無残に解体されている最中であった。
頭部の損傷は少なく、まだ胴体と繋がっている。が、胴体部分は中心線を起点に縦に裂かれており、中に納まっていたはずの骨や内臓はすっぽりと抜かれていた。
379 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/10(土) 00:01:25.31 ID:+sviqq5G0
秋戸「よう。会いたかったぜ・・・殺人鬼」

人を家畜のように解体する男に拳銃を向け、秋戸は言った。初めて出会う殺人鬼は、いったいどんな反応を示すだろうかと、秋戸は期待していた。しかし、

MNR「あぁ・・・オトゥーサン」

よっぽど殺人作業にご執心なのか、殺人鬼は秋戸に振り向くこともせず、うわ言をぼやきながら作業を続ける。

秋戸「無視は困るな。死んで動かない物を弄ってもつまんねぇだろ? ほれ、ここにまだ動く獲物がいるぜ? 遊ぼうぜ俺と」

MNR「あぁ・・・あぁ・・・」

一向にこちらに興味を示さない殺人鬼に苛立ち、秋戸は右肩部を狙って銃を放った。が、銃は殺人鬼の身体を貫くことなく、出鱈目な方角へ跳ねていった。

『奴らに物理攻撃は効きません。というか生きている次元が我々とズレているんです。殺すにはなんJ民の力を借りなければいけません』 秋戸は宇野から聞いた言葉を思い出し、舌打ちを打った。じゃあやっぱり、俺はこいつを殺せないのか、と。

MNR「うぅ・・・うううぅ! 」銃弾の衝撃で体勢を崩された殺人鬼が、入り口付近にいた秋戸に振り向き、怒りの形相を浮かべる。

秋戸「食事か? それともオナニーだったか? どっちみち、お楽しみを邪魔したら誰だって怒るよなぁ、はは」

駄目元で撃った銃弾が無駄に終わらず、殺人鬼の興味を引けたことに秋戸は喜色を発した」
380 : ◆bhb.NJHtRg [saga]:2016/12/10(土) 00:31:25.46 ID:+sviqq5G0
奇声を発しながら、殺人鬼が秋戸へと駆けた。避け辛いよう低い姿勢で、手に持っているだろうナイフは背中に隠している。

秋戸(アホっぽいくせに、面倒臭い小技は知っているのな)

護身術の稽古では、暴漢役は刃物を堂々と構え、大きく振りかぶって敵を狙う。傍目には間抜けな絵面に見えるが、これが意味するのは結局、そこまで分かりやすく動いてやらなければ、刃物への対処は難しいということである。
その上刃物を隠されるとなると、どこを狙って、どう動いて、いつ刺し貫いてくるのかの予測は直前まで不可能で、非常に危険だ。

MNR「おぶっ!?」

秋戸は、低い位置にあった顔をめがけ、前蹴りを放った。腕よりも脚の方がリーチは長い。対処の困難な刃物なら、間合いに入る前に潰してやればいい。
ダメージはないだろうが、それでも構わない。秋戸は仰向けで倒れた殺人鬼の腕をすかさず掴み、捻りながらうつ伏せに抑える。
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