キスショット「これも、また、戯言か」

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135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:19:30.34 ID:ntvrM9VEo

 ん? でも待てよ。それではぼくがこれからやることは――
                                 ・ ・ ・ ・ ・
「察しがよいな。かか。そう、だから、うぬがその三名と渡り合って――儂の手足を取り

戻してきてくれればよいのじゃ」

「はあ」

 よいのじゃって……簡単に言ってくれるよな。

「でもさ、その三人、いわゆるプロフェッショナルなんだろ? そんなの、吸血鬼なりたての、

本来ならきみとは口も利かせてもらえないようなぼくが、戦ってたちうちできるような相

手じゃないだろ?」

 最悪、というか、十中八九ぼくが退治されて、無様に死んで、それで終わりなのでは

ないだろうか?

「卑屈じゃのう……その心配はないよ。うぬは今や、この鉄血にして熱血にして冷血の吸

血鬼、怪異の王とまで呼ばれた吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダー

ブレードの眷属。そんなヴァンパイアハンターどもなど、敵ではないわ」

「…………」

 いや、その、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードその人が退治

されかけたんだけど……。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:20:37.25 ID:ntvrM9VEo

「三人がかりじゃったから不覚を取っただけじゃ。侮っておった――完全に油断しておった。

あの程度の連中、三人まとめて相手にしても問題ないと思ったんじゃがのう」

 …………まあ、慢心せずしてなにが王か。と、かの英雄王も言っていたしな……うん。

「ひとりずつを相手にする限りにおいて、その三人はうぬの敵ではないわ。はっきり言って、

楽な仕事じゃ。その程度のことで人間に戻れるのじゃとしたら、安いもんじゃろう」

 うーん…………そんな簡単にいくものだろうか?

「まあいいや。で、その三人は今どこに?」

「わからん」

「……………………」

 ほんとうに、大丈夫だろうか?
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:22:01.90 ID:ntvrM9VEo

「余計な心配は無用で不要じゃ。適当に外を歩いておれば向こうの方から見つけてくれるわ――

向こうは吸血鬼退治の専門家じゃぞ。吸血鬼を見つけるくらいのことはお手のものじゃわい」

「生まれたての吸血鬼でも?」

「うむ。ここでおとなしくしておる分には問題はないじゃろうが、吸血鬼としての力が

活発になる夜、外を出歩けば――奴らは光に群がる羽虫のごとく、うぬに寄ってくるに

違いないわ」

 くくく、と。

 キスショットは、嫌な感じの笑い声を漏らしていた。

 まあ、こちらから探さなくていいというのは助かる……土地勘も人脈もないぼくには、

どこに潜んでるか言われてもわからなかった可能性もあるし。

 それから、家に電話を入れ、しばらく帰れない旨を伝えようと携帯を開くと――

「うわあ…………」
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:22:53.53 ID:ntvrM9VEo

 ディスプレイには、三月二十八日、午後五時二十七分。不在着信三百八十二件、とあった。

 たしか、ぼくがこっそり家を出たのが三月二十六日。二日間の無断外泊は相当に彼の

家族を心配させてしまったらしい。警察沙汰にはしてくれてないと思いたいが…………。

「…………」

 申し訳なさを覚えながら、ぼくは覚悟を決めて、電話を掛ける。

 一コールもしないうちに、「もしもし!? 阿良々木ですけど!!!」と、電話に出て

くれたのは、彼の妹さん。阿良々木家長女、阿良々木火憐ちゃんだった。

「あの、その、ぼくだけど」

 おそるおそる、ぼくは声を出す。

「お兄さん!? その声お兄さんだよね!!!! はああああ、よかった〜!!! 生きてた〜!!!

ううう、ぐすっ、ううううううう……今までなにじてたんだよお兄さんよおおおお……

月火ちゃんと二人、ずっと心配してたんだぞ……なんで何も言わずにどっかいいっちゃう

うんだよおおお。う、ううううううううぅっぅううぅう……」

「……はい、ごめんなさい」

 泣きじゃくる火憐ちゃんに思わず謝罪する。

 しかし、生死の心配までされていたとは……結構大ごとになっているようだった。いや、

実際一度死んでしまったのだけれど。

「だって……お兄さん。いつもふらふらっと死んじゃいそうな感じしてるんだもん……」

 『ふらふらっと』『死んじゃいそう』合わさることのなさそうな形容だが、まあぼくを

指して言うには正しい言葉だった。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:25:54.12 ID:ntvrM9VEo

「で、お兄さん、いつ帰ってくるんだ? パパもママも心配してるぜー。今日連絡なかった

ら町をあげて捜索しようかって今朝話してたぜー」

 気持ちの切り替えが早い火憐ちゃんは、そんな風にさらっととんでもない情報をくれた。

「いや、それだけは頼むからやめてほしい」

 即座に本気で断る。マジで困る。

「さすがにお兄さんの事情も分かってるから、本気で言ってるわけじゃない……はず」

 肝心なところで曖昧だった。まあ、たしかにあの人たちが本気でぼくを探そうとしたら、

もう見つかっているだろうから、本気で言ってるんじゃあないだろう。今のところは、まだ。

 ぼくは「いつ帰れるかはわからないけど、とりあえず、指名手配はやめてくれ……」と返す。

「いつ帰れるかわからないって!?」

「ああ、いいや、大丈夫。大丈夫なんだ。ほんとに」

「本当か? ファイアーシスターズはいついつでも誰かの助けになるぜ! お兄さんの助け

になって見せるぜ!」

「大丈夫。ほんと、間に合ってますんで」

「えー、遠慮しないでよー」

「今、ぼくは、なんというか、その、えーと」
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:27:14.86 ID:ntvrM9VEo

 なんて言えば、火憐ちゃんは納得してくれるだろうか? 武闘家な彼女なら……。

「そうだ、火憐ちゃん、今ぼくは確かに大変な事態に巻き込まれている」

「おお、なら――」

「けれど、これはぼく一人の戦い、ぼく一人で立ち向かわなきゃならない案件なんだ!」

「お兄さん、一人の戦い!?」

「ああ、これは言うなれば、挑戦。自分との戦い。誰かの手を借りてはならない、ぼく

自身が乗り越えていかなきゃいけない戦いなんだ!!」

「…………」

 「か、火憐ちゃん?」さすがに騙せなかったか? と不安になるぼくだったがそれは杞憂

だったらしく、ひとしきり溜めたその後に火憐ちゃんは「うおおおおおおおーーー!!!!」

とぼくの鼓膜を電話越しに破壊するような雄叫びを上げた。

「お兄さんそんな熱い展開を迎えていたのか!! そいつはもううちに連絡入れられなくて

も仕方ないな!! いや、ほんと、むしろごめんなさい! もうしつこく電話かけたり、無

用な心配はしないぜ! この阿良々木火憐! お兄さんの帰りを一人座してお待ちしており

ますぜ!!!!!」

 興奮しすぎて口調がめちゃくちゃな火憐ちゃんだった。あと一人座さないでほかのみん

なにも伝えてほしい。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:28:52.44 ID:ntvrM9VEo

「あの、火憐ちゃん?」

「ああ、時間取らせて悪かったなお兄さん! じゃあな! 健闘をお祈り申し上げます!」

「それじゃあ面接落ちたみたいじゃん……」

 ぼくのツッコミは果たして聞こえたのか。言い終わるかどうかというタイミングで火憐ちゃ

んは電話を切ってしまった。

「…………まいったな。結局、火憐ちゃん一人納得させて終わってしまった」

 ご両親や月火ちゃんにも説明……してくれないだろうな……よしんばしたとしても、あの

テンションでは要領を得ない説明になるだろう。さっきの電話からすぐに連絡なんてして、

出たのが火憐ちゃんだったら怒られそうだし、困ったなあ。

 と、途方に暮れていたぼくの気持ちを察するかのように電話が鳴った。

「もしもし、お兄さん?」

 と、やんわりとした声をくれたのは阿良々木家次女。阿良々木月火ちゃんだった。
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:30:42.04 ID:ntvrM9VEo

「あ、あのね、月火ちゃん。えっと」

「ああ、大丈夫ですよー。火憐ちゃんの隣で全部聞いてたんで。あ、その火憐ちゃんはお

兄さんからの連絡で安心してもう寝ちゃったんで、この会話を聞かれる心配はないですよ。

それと、パパとママには『お兄さんは自分探しの旅に出た』って、伝えておきますから」

「…………ありがとう」

 手際が良すぎる……やはりあいつの妹さんと言うべきか。

「いえいえ、これくらい、礼には及びません。……ところで、お兄さん、いつ帰ってこれるか

わからない、とのことですけど、本当に何の目処も立ってないんですか?」

「ん? えーと、そうだね。早く終わらせる努力はするつもりだけど、せっかくがんばって

入れてもらったんだし、高校が始まるまでには帰りたいかな」

「ですか」

「ですです」

「じゃあ、お兄さん、直江津高校の始業式の日、四月八日になったら、私たち、緊急事態

ってことでお兄さんを探すから」

「…………え?」

「私たちのネットワークを駆使して、町の女子中学生総出で探すから」

「いやほんとそういうのマジでやめてって」

 この子の場合、おそらく冗談では済まされない。

「そういうわけだから、私たちに首を突っ込まれたくなかったら、早く帰ってきてくださいね」

 私たちは――お兄さんを助けたくって、お兄さんの力になりたくって――しょうがない

んだから。と言って、月火ちゃんは電話を切った。

 …………助けになりたくて、仕方ない、か。

「やっぱり兄妹だよなあ、ほんと」
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:31:35.47 ID:ntvrM9VEo

 そんな楽しい頼もしい会話が終わり、することがなくなってしまったぼくたちは、夜に

なるのを待った。もう春も近いというのに肌寒くなって来たので、キスショットにパーカ

ーを仕立ててもらって(吸血鬼は簡単な物なら創造できるらしい。便利だ)、それから

夜の街に繰り出して、今に至る。回想終了。

 さて、現状を振り返ったところで。ぼくの胸に残る感情は、ただ一つ、不安だけだった。
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:38:40.05 ID:ntvrM9VEo

「そんなうまくいくかねえ」

 なんだか乗せられてしまったような気がする。

 まあ流されに流されるのはいつもの通りなのだけれど。

 その結果、いつものパターンで悲惨な結末を迎えるのは今回も避けたい(一応毎回

避けたいとは思っている)。

「ぼくの人生何事か上手くいったことなんて、一度もないのだけれどなあ」

 なんて戯言めいた愚痴をぼやきつつぼんやり歩いていると、三叉路に差し掛かった。

 分岐点、選択肢。

 右に行くか左に行くかなんて、サイコロ転がすようなものだから、適当に行ってしまって

いいのだが、なぜか気になって、立ち止まってしまう。

 なんとなく、、嫌な予感がする。ここの選択いかんによっては、ぼくの生死が分かれる。

そんな気配がした。

 右と左、なんの推理の余地もない、理不尽な選択に迷って、いや、迷おうとして、気づく。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:40:32.59 ID:ntvrM9VEo

 右の道に、男が立っていた。

 筋骨隆々。身長はおそらく二メートル超え。無造作に伸ばした長い髪をカチューシャで

かきあげ、両手に大剣を、いや、両手を大剣に、している。あれは人間ではない。化物。

怪物の類だ。あれは、そう、たしか、

「ドラマツルギー……!」

 キスショットの言っていた特徴と一致する。やつこそが、キスショットの右脚を奪った

ヴァンパイアハンター。たしかに、向こうの方から見つけてくれたみたいだ。

「なんだか展開が早い気がするけれど」
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:44:33.25 ID:ntvrM9VEo

さて、あの大剣、どうしたものか――と、ぼくは楽観的に構えてしまった。つい先程、

人生上手くいったことがないと、自戒したところなのに−−

「−−!!!?」

 強烈な、殺気。視線の先に、右の道にドラマツルギーがいるのを瞬間忘れるほどの、

強い殺気に、ぼくは左の道を向いて、いや、向かされてしまった。

 細身の、金髪の男。白い学生服。その痩躯でどのようにして持っているのか。ぼくの体

積の何倍も、体重の何乗もあろうかという十字架を軽々と担ぎ、小動物なら殺せてしまう

のではと思えるほどの鋭い三白眼を持つ男。キスショットの左脚を奪った、その異様な武

器を扱う様は、たしかに怪物の類。

「……エピソード」

思わず、歯噛みする。

 くそ、なんてザマだ。もう少し考えを巡らせるべきだった。キスショットが三人がかりで
                                     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
は倒されるが一人一人ならば楽勝という相手。ならば、その三人が単独行動をするはずが
・ ・  ・ ・ ・ ・
ない。となると−−
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:45:43.25 ID:ntvrM9VEo

「やっぱり、そうなりますよね……」

 振り返るまでもなく、わかる。後ろから、近づいてくる、アスファルトを踏む音。三人目

の人物。それでも、どうしようもないことをわかっていながら、振り向いて、確認をする。

 やはり、そこには一人、男が立っていた。金髪で、開いているのだか開いてないのだか

わからない細い目。神父風のローブを身に纏っている。徒手空拳。武器らしい武器は持ち

合わせていない。先程の二人とは違い、化物ではない。ただの、人間。しかし、油断はで

きない。どころか、一番に警戒すべきだろう。なぜならその人間は、人間でありながら、

キスショットの両腕を奪っていったのだから、そう、その男は

「ギロチンカッター……」

 三叉路のそれぞれの道の先に、三人のヴァンパイアハンター。

 一人ずつならば勝てる相手が、言い換えれば一人ずつでなくては勝てない相手が、三人

揃っていた。

「どうしたもんかなあ。これ」
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:47:59.30 ID:ntvrM9VEo

「どうしたもんかなあ。これ」

 逃げ道を探そうとして、絶望する。道は狭い。誰かの間をくぐり抜けて脱出。なんてこと

はできないだろう。一番確率があるように見えるのは、後方。徒手空拳のように見える

ギロチンカッターだが、しかし、実力はおそらくこの三人の中でトップ。また、徒手空拳だ

からと言って得物を持っていない、というわけではないのかもしれない(キスショットも

その攻撃方法は『わからなかった』と言っていた)。全てにおいて、この男は未知数。突

破口にはなりえない。右の道。ドラマツルギーはその巨体が、左の道のエピソードはその

十字架が邪魔している。逃れる手立てが、無い。

 先ほど道の選択に迷った僕だが、選択、というのであれば、こんなところで立ち止まる

というのが最大の選択ミスだった。

 警鐘が鳴るのが、遅すぎた。

 小賢しく考えてみたが、どうしようもない。まな板の上の鯉。蛇に睨まれた蛙。バトルパー

トというよりは虐殺パート。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:50:23.31 ID:ntvrM9VEo

 じりじりと距離を詰め、ぼくの素手での攻撃が届かないギリギリのラインまで来て、三人

は止まった。

「あー? んんだよ。超ウケる」

 最初に口を開いたのは、巨大な十字架を肩に載せた――エピソードだった。

「ハートアンダーブレードじゃねーじゃねーか――誰だこいつは?」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 エピソードのその言葉に、ぼくを無視して返すのは、筋骨隆々の男――ドラマツルギー

だった。厳格な、いかにもいかめしい口調だったようだが、しかし、その言葉をぼくは聞き
                 ER3
取ることができなかった。向こうで聞いたような気もするけれど、いまや英語だって怪しい

ぼくには、聞き取りようがなかった。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:51:51.89 ID:ntvrM9VEo

「いけませんよ、ドラマツルギーさん」

 ぼくの背後で神父風の男――ギロチンカッターは穏やかな口ぶりで言う。

「現地の言葉は現地の言葉で。基本です――まあしかし、確かにあなたの言うう通りでしょ

う、ドラマツルギーさん。おそらくは、いえ間違いなく、この少年、ハートアンダーブレ

ードさんの眷属なのでしょうね――」

「マジかよ……」

 不機嫌そうに――エピソードが呟く。

「あの吸血鬼は眷属を作らないのが主義なんじゃねえのか?」

「昔、一人だけ造ったとも聞いていますがね」

「■■■……、大方、私達に追い詰められ……、やむをえず、手足代わりになる部下を造っ

たということだろう」

 ドラマツルギーが、今度は日本語で言った。てっきりパワーキャラかと思ったが……、

なかなか鋭いところをついてきた。というか正解だった。

「ってえことは何かい?」

 エピソードが、薄ら笑いを浮かべたままで言った。

「存在力を失って、非常に探しにくくなっているハートアンダーブレードの行方は、このガキの身体に訊けばわかるってことかい?」

「そういうことになりますね」

「この少年を退治すれば、その褒賞はハートアンダーブレードとは別にもらえるのだろうな」

「ふむ。とすると、どうしますか? エピソードくんの言う通り、この少年からハートアン

ダーブレードさんの行方を聞き出そうと言うのなら、ちょっとばかり手間をかけなければ

なりませんが」

「俺に任せろや。言い出しっぺだしなあ――後遺症が残らない程度に殺してやるよ」

「いや、私がやろう――そういう仕事に一番向いているのがこの私だ。吸血鬼と一番わか

りあえるのは、この私だ」

「別に僕がやってもいいんですけれどねえ――お二人だってお疲れでしょう」

 どんどん、ぼく抜きで話が進んでいく。しかも、かなりまずい方向に。

 いや、ほんと、人を目の前にしながら殺す算段を立てないでほしい。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 22:54:30.69 ID:ntvrM9VEo

 これ以上黙ってるわけにはいかないと考えたぼくは、

「あのー、ちょっと待ってくれませんか?」

 おそるおそる、切り出した。

「とりあえず、話し合いませんか? ほら、お互い話せないってわけじゃないんですし。

 知性ある物同士、交渉ってやつをですね」

「……」「……」「……」

 無視。完全にぼくが滑っているかのようになってしまう。

 しかしここで黙ってては殺されるのは明瞭。ここはとにかく場を保たせるしかない。

「やあ、ほら、みなさんも無駄な戦いは避けたいでしょう? いやまあぼくみたいなのを殺

すのは、あなたがたプロにとっちゃ赤子のクビをヒネるどころか、アリを踏みつぶすような

楽勝のお仕事なはずですけれど、でもそれだからと言って、無駄な労力、エネルギーの

消費は避けたいはずだ。逃げるアリを追いかけて潰すのなんて腹が立って仕方ないはず。

ならば、ここはお互いに話し合っていい着地点を見つけようじゃあないですか」

「つまり……」

 ギロチンカッターが口を開く。よし、ひとまずはこちらの言葉を聞いてくれた。と内心安

心しかけていたのだが、

「つまり、あなたは無駄な抵抗をしないで、ハートアンダーブレードさんの居場所を吐いて、

簡単に殺されてくれる、ということですか?」

 などと、実につれない返事をギロチンカッターはするのだった。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 22:55:31.76 ID:ntvrM9VEo

 いやいや。

 いやいやいやいや。

「……どうしてそういう結論になるんですかね? キスショットの居場所を話して、それで

ぼくを見逃してくれるって話しならまだしも」

「それは無理だな」

 今度はエピソードが話す。

「ドラマツルギーの旦那はビジネスとしての吸血鬼狩りらしいが、俺達は、エピソードと

ギロチンカッターは、吸血鬼を憎んでいる。その存在が許せない。早い話が、お前はここ

に、いちゃいけないんだよ。吸血鬼。だから、ハートアンダーブレードの居場所を教えて

もらったところでお前を、吸血鬼を、俺は見逃すわけにはいかねえよ」
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 22:58:32.29 ID:ntvrM9VEo

 言って、エピソードは、その巨大な十字架を構える。エピソードとギロチンカッターには、

どうあってもぼくを見逃す気は無いらしい。ならば、あと、話が通じそうなのは。

「いやいやいやいやいやいやいやいや。まっ、待ってください。えーと、その、ドラマツルギ

ーさん、ですよね? そう、あなた、あなたはどう思ってるですか? ビジネスマンとして、

一流の狩人として、生まれたばかりの吸血鬼を相手取るというのは、あなたの心情として

はどうなんですか?」

 獅子は兎を狩るのにも全力を出す、というが、そもそも絶対的な強者である獅子が兎に

手を出すというのは、同じ土俵に立つというのは、獅子にとっても屈辱なはずだ。なるべく

ならば戦いにすらなりたくないに違いない。誇り高きビジネスマンであるのならばこんな

戦いには参加しないのではなんて考えていたのだがドラマツルギーは「どうも、ビジネス

マンというのを貴様は履き違えているようだな」と、むしろ心外であるように言って、大剣の

両手を構える。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:00:22.07 ID:ntvrM9VEo

「私はビジネスマンだ。プロフェッショナルだ。ゆえに、仕事は選ばない。依頼を受けた

以上、兎だろうが産まれたての吸血鬼だろうが、私は全力を持って相手をしよう」

「…………かっけえ」

 敵ながら、思わず感心してしまう。

「はあ、仕方ないか」

 諦めも肝心だ。

 戯言遣いの悪運も所詮ここまでか。

「わかりました。言いますよ。生きることを諦めます。キスショットの居場所を言います

から拷問とかはなしでサクッと殺しちゃってください」

 ギロチンカッターの方を向いて、両手を挙げて降参の意思を示す。キスショットが勝て

なかったやつらに、(自称)怪異の王と呼ばれる吸血鬼が勝てなかった相手に、ぼくごと

きが適うわけもない。色々言ってみたけど、どうやらここまでのようだった。まあ、人生何

事も諦めが肝心ってことで。

「懸命な判断です」

 ギロチンカッターは、薄く笑う。本当にこちらを褒めるような、気持ちの良い笑顔だった。
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:01:12.16 ID:ntvrM9VEo

「大変な目に遭われましたね。平和な生活から突然に吸血鬼などという化け物にされてし

まった。怪物にされてしまった。精神が侵されても、仕方の無いことと言えるでしょう。

ですが、あなたは人のままであった。ハートアンダーブレードさんに吸血鬼にされようとも、

戦わずに死のうという、他人を襲わずに死のうというその判断、その心は人間であり続けた。

すばらしい。そんなあなたは、敬意を持って、せめて楽に、痛みを伴わいように死なせて

あげましょう」

「…………」

 心は人のまま、か。

 笑わせる。

 この身はもとより、こんなにも心ないというのに。
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:02:41.38 ID:ntvrM9VEo

 ぼくは適当な方を指さし、適当に説明をする。というか、説明しようにも、実は自分の位

置も分からないのだ。ぼんやり街を徘徊しているうちに、ぼくはすっかり迷子になっていた。

もし一人ずつを相手にし、無事キスショットの部品を手に入れたとして、おそらくはあの

廃墟にたどり着けず、部品とともに日光に焼かれていただろう。つまりは、土台、無理な話

だったのだ。期待させちゃったことだけは、少し申し訳ないけれども、でも、そんな期待な

んて勝手にかけられても困る。

 「丁寧な説明、ありがとうございました。それでは」三人は、同時に足を踏み出そうと

する。

「あなたが人間である間に殺して差し上げましょう」

 人間である間、か。

 果たして、ぼくは人間として生きていた。と、本当にそう言えるのだろうか?
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:05:46.24 ID:ntvrM9VEo

「最期に、一つ、聞いてもらってもいいですか?」

 「どうぞ、なんなりと」ギロチンカッターは促す。

「私も聖職者ですからね。どんな言葉も、聞きましょう」

 そいつはありがたい。ぼくの戯言に、取り合ってくれるなんて。

「ギロチンカッターさん、あなた、さきほど、吸血鬼は許されざる存在だ、と仰っていま

したね」

「ええ。彼らは許されません。人を襲い、悪逆をなす。そしてなにより−−」

 我々の教義に、反する存在だ。と、ギロチンカッターは言う。

「なるほど。それがあなたの信仰ですか。ならば、ギロチンカッターさん」

 ほか二人の反応も伺いながら、ぼくは言う。

「生まれてから一度もその存在を認めてもらえなかった人間は、果たして人間である

と言えるのでしょうかね?」

 わずかに、エピソードが反応したような気配が、右後方からした。

「……そんなことは、ありえません。人間である以上、生まれながらに神はあなたを

祝福している。あなたは、その存在を許されていましたよ」

「ああ、いえ、ぼくのことじゃないんです。知り合いにそういうのがいまして……まあ、

あまり深く考えなくていいですよ」

 ――ただの戯言ですからね。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:09:29.13 ID:ntvrM9VEo

 狙いは、右後方、来た時から見て左側の道。さきほど反応を見せたエピソードだ。蹴り

砕いたアスファルトは、礫となってエピソードを襲いかかる。と言っても、これでダメージを

与えようというわけではない。相手はヴァンパイアハンター。こんな攻撃通用するはずも

ないだろう。砂かけくらいでしかないかもしれない。しかし、それでもよかった。ただ、この場

さえ凌げれば、目をくらまし、虚を突いた一瞬、その脇を通って逃げれる隙さえ作れれば、

それでいい。それでよかったのだが−−

「……あーあ」

 振り返り、エピソードの方へ走ろうとして、やめる。夜目が効く吸血鬼の眼で、ぼくは

それが無駄なあがきに終わった様を見ることとなった。

 蹴り砕いたアスファルトは、エピソードに礫となって降りかかる前に、粉と化し、霧散した。

本当に、ただの砂かけ、いや、届くまでに霧散したのだから、それ以下の行動だ。

 エピソードが十字架で振り払ったというわけでもない。単純な話、ぼくがアスファルトを

蹴る力が強すぎたというだけだった。ただ、ぼくが力加減を見誤っただけ、戯言遣いに吸

血鬼の力は身に余っただけだ。ただそれだけの話。ぼくにふさわしい間抜けなラスト。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:11:05.16 ID:ntvrM9VEo

 一瞬、三人は驚いたようであったが、その次の一瞬には回復し、ぼくのほうへと襲い掛かる。

正面からはギロチンカッターが、左後方からは両手を振りかぶったドラマツルギーが、右後方

からは十字架を突き出したエピソードが、同時に襲いかかる。完全な同時ではない。が、完全

でないからこそ、それは完璧と言えるコンビネーションだった。このまま行けば真っ先に襲いか

かるのはドラマツルギーだ。その両腕はぼくの頭部を狙っている。これを避けるにはしゃがむか、

上体を逸らすか、逃げるしか方法は無い。しかし、避けたところで間髪入れずにエピソードの十

字架が貫くだろう。避けた直後の、バランスが不安定な状態では、あの十字架を、ぼくはモロに

喰らうハメになるはずだ。ならば正面に逃げるしかないのだが、その先にはギロチンカッターが

いる。この速さでは、ちょうどぼくが一歩踏み込んだ瞬間にやつの間合いに入ることになる。暗

器の類であれば踏み込めもせずに殺される可能性だって高い。絶体絶命、というか絶対絶命。

もはや死以外の未来は見えなかった。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:11:58.46 ID:ntvrM9VEo

 ああ、ほんとう、こんなことになるのなら、期待なんて持たせるんじゃなかったなあ。

と、おそらく今頃はあの廃墟の中、ぼくの帰りを今か今かと待っている彼女を思いながら、

ぼくは自身の死を受け入れ、動きを止めた。襲いかかる死に、身を任せることにした。

 さようなら世界。

 ばいばい今生。

 来世なんて、そんな地獄がありませんように。
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:16:20.01 ID:ntvrM9VEo

 ――しかし、そんなぼくの覚悟とは裏腹に、ぼくは助かった。ドラマツルギーの両腕が

ぼくを斬ろうと、エピソードの十字架がぼくを貫こうと、ギロチンカッターがぼくを滅しよう

としたその瞬間、そこに、突然に男が現れた。

 吸血鬼の眼のぼくにもわからない、意識の隙を突いたかの様にそれは突然にぼくの

目の前に現れた。

 四人目の男。

 その男は、ドラマツルギーの大剣を二本、右手の人差し指と中指、薬指と小指で、それ

ぞれ白刃取りし。エピソードの巨大な十字架を、右足の裏で受け止め。ギロチンカッター

の俊敏な動きを、左手を突き出すことで、触れることなく制する。

 そんな離れ業を見せつけた男は、人間かどうかも疑わしい動きを見せた男は、ただ「はっ

はー」と、お気楽に笑って言う。

「こおんな住宅街のど真ん中でさあ……剣振り回して十字架叩きつけて物騒なこと言って、

本当、きみ達は元気いいなあ−−」

楽しそうに言うそいつは、それはお前のことなんじゃないか? とツッコミたくなるようなことを、

続けた。

「−−何かいいことでもあったのかい?」

162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:17:49.88 ID:ntvrM9VEo


006

 忍野メメ。

 サイケデリックな水色のアロハ服を着た、その怪し過ぎる男は、ぼくを助けたおっさんは、

そう名乗った。

 全くふざけた名前だが、こちらは助けられた身。ここでツッコミを入れられるほどに、

ぼくの面の皮は厚くなかった。

「えっと……忍野、さん。ありがとうございます――助かりました」

 ちょっと迷ったけど、ここはひとまず、礼を言うことにした。

 いくらなんでも、あのタイミングで、あの助けかた。十中八九、何か裏がある。ぼくを何かに

利用する気満々としか考えられないが、まあ、なんというか、やはり人として、形だけでも礼

は言っておくべきなのだろうと思った。

 もう人間でもないけど、それでも、人として。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:21:01.58 ID:ntvrM9VEo

 しかし、そんなぼくの思いとは裏腹に忍野は「礼なんていいよ。きみが一人で助かっ

ただけさ、阿良々木くん」なんて、とぼけた口調であっさりと言うのだった。

 あっさり、と言うなら、あの三人のヴァンパイアハンターも随分とあっさりとしたもの

だった――最初の攻撃を忍野に邪魔された途端に、三人とも来た道を素早く戻ってい

ったのだ。

「…………」

 ともかく――本人は否定しているが――ぼくはこの男に助けられた、と言えるだろう。

 あれから特に殺気を感じない。ヴァンパイアハンターから襲われる気配はないと言える。

ということは、今ぼくが真っ先に気を配らなければいけないのはこの男、忍野メメという

ことになるのだろう。

 ヴァンパイアハンターからの襲撃の次は、この男がいったい何者なのか。敵か、味方か。

その判定をしなければならないらしかった。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:24:12.18 ID:ntvrM9VEo

「それにしても阿良々木伊荷親ね――ふーん」

「…………なにか?」

「いや、べつに、僕からは何も言えないなって、ただそれだけのこと」

「…………」

「そう警戒するなよ、阿良々木くん。そんな死んだようなドロッとした目で見られたくは

ないなあ」

 警戒というか、まあ、どちらかと言えば、心外なんだけど……。

 どうも受けが悪いな、この名前。

 「大爆笑カレー」にでも変えた方がよいだろうか? まだぎりぎり登校前だし、ご両親に

申告すればなんとかなるか?

「まあ、とりあえず帰ろうぜ、阿良々木くん」

 言って忍野はアロハ服の胸ポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。くわえて――

そのままだった。火は点けないらしい。ならなぜくわえた、と、ツッコみたい気持ちを

抑えて、ぼくは先ほどの言葉への疑問をぶつけた。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:25:21.22 ID:ntvrM9VEo

「あの、帰ろうって、いったいどこに?」

 家に招待までされる謂れはない。

 まさかぼくを助けたのはただ連れ込むためじゃないだろうな、とにわかに恐怖を感じ始

めたが「いやいや、へんな思い込みはよしてくれ。随分と元気いいなあ。なにかいいこと

でもあったのかい?」と、否定してきた。

「きみが帰るところと言ったら、今はあの学習塾後の廃墟しかないだろう」

「――!?」

 ぼくの驚きには目もくれず、忍野は当然のようにぼくの先を行く。ぼくは慌てて「ちょっ

と待ってください!」と声をかけた。

「いったいぜんたい、どうしてあなたが、そんなことを――」

「ん? そりゃ知ってるよ――何せ、あの子にあの場所を教えたのは僕なんだからね」

 とんでもないことをさらりと言う忍野。

「ああ、いえ、たしかに彼女があんな場所を知っていたなんてのはおかしいとは思ってい

たのですけれど、でも」

 あれ? つまりは、
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:26:03.07 ID:ntvrM9VEo

「ということは、あなたはキスショットを知っているってことですか?」

「…………?」

 そこで、忍野はぼくの質問ではなく、ぼくの言葉に疑問を抱いたかのように、怪訝そうに

した。

「……ええと、なにか?」

「ああ、いや――キスショット、て呼ぶんだね」

「は、はい。なにかおかしなことでも?」

「まあ、そうだね。それに眷属にしたっていうなら、それでも不思議じゃないのかな――

普通の吸血鬼ならともかく、彼女……ハートアンダーブレードは伝説の吸血鬼だもんな。

怪異殺し――鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼――」

「……吸血鬼ってことも知ってるんですね」

 当たり前と言えば、当たり前の話か。あの三人の、二人の怪物と、怪物以上の人間一人の、

三人の攻撃を同時に防いで見せたあの芸当、ただものではない。というか、人間かどうかも

わからない。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:28:02.33 ID:ntvrM9VEo

「…………」

 ……やはり、一度、はっきりと聞いておくべきか。

「その、忍野さん……あなたはいったい……何者なんですか?」

「僕かい? いや、べつに、僕はただの通りすがりのおっさんさ」

 肩を竦め、すかした感じに忍野は言った。

「今日だってそうだし――こないだだって、ハートアンダーブレードがきみを引きずって

困っているところに通りすがっただけ。安心しなよ。僕は吸血鬼退治の専門家とかじゃない」

「……………………」
                  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「素人じゃあないけどね――僕の専門はもっと広い。手広くやらせてもらっているのさ。

まあ、自己紹介は後でさせてもらうよ。だから、とりあえずあそこに戻ろうよ、阿良々木くん」

 正直言ったところ、こんな男を、信用するなんて、できるわけがなかった。敵か味方か、

全く判別はつかない、けれど、それでも、今はこの男の言うことを聞くしかない。とそれ

だけは明確に分かった。

 現実的な問題として、あの廃墟にたどり着けないし。
 
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:29:13.42 ID:ntvrM9VEo

 そういうわけで、ぼくは忍野に連れていかれて、学習塾跡へと戻ることとなった(帰り道

がわからないことがバレたときはちょっと呆れられた)。

 その後てきとうに話をしながら、一時間ほどで到着。中に這入り、二階へ帰り着くと、

キスショットは喜色満面、待ちかねたと言わんばかりに「おお! 帰ったか!」と、ぼくを

出迎えてくれた。というか、抱き着かれた。とりあえず服従の証である頭を撫でながら、

どう言い訳をしたものかと、ぼくは考える。

「……あのさ、イチャイチャするのは構わないんだけど、ハートアンダーブレード、せめて

僕もいることに気づいてくれないかい?」

 苦笑して、忍野は軽く抗議する。

「……? うぬは……見覚えはあるな?」

「酷いなあ。その程度の認識かよ……この秘密基地を教えてやったのは僕じゃないか。

ハートアンダーブレード――怪異殺しちゃん」

「ああ……そうか。あのときの」

 キスショットは思い出したように言った(というか本当に今まさに思い出したのだろう)。
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:31:19.16 ID:ntvrM9VEo

「それで?」

 キスショットは本当に忍野のことをどうでもよいと思っているのか、忍野との会話を早々に

打ち切り(ひでえ)、ぼくに話を振ってきた。期待を込めた目で、つぶれそうなほどの信頼を

込められて。

「とりあえず、落ち着いて聞いてくれない?」

 現物として手足がない以上、口八丁手八丁でごまかせるはずもないので、しかたなくぼくは

正直に事の顛末を話した。

 ぼくの話を聞いてキスショットは「ふむう」と、怒るでもなく落胆するでもなく、ただうなった。

「どんだけ儂を沸点の低い女だと思っとるんじゃうぬは」

 ぺし、と軽くチョップを入れてくるキスショット。昼間ふっ飛ばしたこともあり、かなり手加減

してくれているのだろうそれは、蚊も殺せないようなチョップだ。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:33:25.53 ID:ntvrM9VEo

「にしても、弱ったのう……あの三人、未だつるんでおるのか。儂をここまで追い詰めたのだ。

あとはバラけて自由競争をしておるものとばかり思っておったんじゃがのう」

「ああ、一応、考えてはいたんだね」

「本当にうぬは……まあよい。後でわからせてやる。ともかく、やつらは徹底的に儂をつぶ

すつもりのようじゃな――ねちっこいにもほどがあるわい。大体、これほどダメージを与え

れば、もう十分じゃろうに」

 愚痴るように言うキスショット。まあ、こうやって仲間(眷属だっけか?)を増やしてしまって

いるのだから、敵の慎重さも仕方ないことなのだとは思うが。

「褒賞がどうとか言ってたね。チームを組んだ中で、早い者勝ちの競争中って感じだった」

「む。ああ、そうか……現代はそうじゃったの。なるほど。世知辛いことよな」

「現代って――」

 ああ、そうか。キスショットも五百年を生きた吸血鬼。このような事態も経験済みと言うわ

けか。
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:34:34.14 ID:ntvrM9VEo

「ここまで弱らされたのは初めてじゃがの――というか、退治、などというものがすでに

久しい……儂に挑もうなどと言う輩は久しぶりじゃった。むむむ。しかし、どうもボケて

いていかんな。時差ボケかのう」

「時差ボケって……」

 そういう意味で使う言葉じゃないだろうに。

「ああ。そうだ――そういえばキスショット、どうしてきみはこんな田舎町に来てるんだ?」

 そうだ。時差ボケと言えばそもそもキスショットはこの町の人間ではない。最近のうわさ、

だったはずだ。そもそも吸血鬼は西洋の妖怪、正しい意味で、キスショットは時差ボケ中

なのかもしれない。

 キスショットがわざわざこの町に来た理由、すこし、興味がわいた。

 しかし、ぼくのその期待は思い切り空振りだったみたいで、キスショットはあっさりと

「ん? 観光じゃよ」と何でもないことのように言った。

「富士山とか金閣寺とか見たくての」

 いや、さすがに嘘だろ。ここ、富士山や金閣寺どころかなにもないし。

「戯言って血液感染とかするのかなあ」

 不安になってきた。もちろん戯言だけど。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:35:16.78 ID:ntvrM9VEo

「とにかく――このままでは勝ちようがない。まずは一人ずつに分散することじゃが……」

 キスショットは、言いよどむ。言いたいことはわかっているので、引き継ごう。

「それは、まず無理だろうね」

 一人ならば、楽な仕事。こちらがそう判断するということは向こうもそう判断すること

だろう。あの三人はもう絶対に単独行動は行わないだろうと断言できる。ぼくという眷属を

知ってしまった以上、むしろ今までよりもかたくなにチームであろうとするだろう。

 そして、さらに問題なのは――

「これ、うかうかしてられないよね。キスショットが生きていることが知れた以上、あの

三人はここを、ぼくらの隠れ家を探そうと――」

「それについては問題ないよ」

 と。

 いきなり忍野が口を挟んできた。

 見れば、いつの間にか机を集めてベッドを作っていたらしく、そのうえで寝転んでいる。

 いやいくらなんでも自由すぎだろ…………。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:36:48.91 ID:ntvrM9VEo

「ここには、きみたちが眠っている間に、こっそりと結界を張っておいてあげたからさ」

「結界……?」

 そういえば、さっきもそんなことを言っていた。

「……シャボンバリアーみたいなもんですか?」

「なぜシャボンを付けた」

 この学習塾跡を真っ黒に感光したらきみら死んじゃうでしょ、とは忍野からのツッコミ。

「とにかく、シャレにならないくらい土地勘があるならともかく、異邦人である連中には、

ここを突き止められっこないよ――」

「……忍野さん」
           アラワ
 ぼくは警戒心を 露に、言う。

「あなた、いったいどういうつもりなんですか?」

「どういうつもりって?」

 へらへら笑いながら、忍野は応える。

「理由がわからない。って、言ってんですよ。キスショット――ぼくたちを助ける理由が

あなたにはありません。いったい、何を企んでるんです?」

「企んでる――なんて悪者みたいに言ってくれるなよ。酷いことを言うなあ――全く」

 くわえ煙草をポケットに戻し、忍野は言う。
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:38:13.36 ID:ntvrM9VEo

「さっきも言ったけど――僕は別にきみ達を助けているつもりはないよ。きみが言ったよう

にそんな理由はないし、また、必要もない」

「じゃあ、いったいなにを――」

「僕はね。バランスを取っているんだよ。言うなら、それが僕の仕事なのさ」

 結局言ってることはわからないが、どうやらこれこそが忍野の本心、であるようだった。

「こちらとあちらの橋渡し、とは言え、さすがに吸血鬼ってのはいささか厄介かもねえ――

あちらの存在としても、ちょっと強大過ぎる。まして怪異殺しと来てるんだもんな。さっき

からの阿良々木くんの口振りだとさあ、まるであの三人が三人がかりでその子を襲った

ことを卑怯みたいに言ってるけれど、そんなことは全然ないよ。その子――そのハートアン

ダーブレードは、それに値するだけの存在さ」

「そう褒められると照れるのう」

 キスショットは、言いながら無い胸を張る。

「……うぬにはまた服従の証を示してもらうべきかのう」

「訂正。ちょっと柔らかい胸を張る」

「うむ。よい」

「僕がいない間に二人はどこまで進んでいたんだい?」

 へらへらと、忍野は訊いてくる。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:39:30.52 ID:ntvrM9VEo

「そ、そんなことより――自己紹介」

「ん?」

「さっき言っていたでしょう、自己紹介は着いてからにするって。あの問いに答えてもらっ

ていません」

 こいつはいったい――何者なのか。

 それをぼくたちは、未だ把握していない。

「そうだね。うん、阿良々木くんの嗜好についても気になるところだけど、まずはその話を

続けることにしようか」

「…………」

 何やら変なことを言っているが、気にせず、忍野の言葉を待つ。

「忍野メメ。住所不定の自由人さ――まあ、妖怪変化のオーソリティだと思ってくれりゃ

いい。あの三人とは違って、退治ってのはあんまり得意じゃないけどね」

 得意じゃ、ない。

「もう少しありていに言うと、好きじゃないんだよ」

「でも、専門なんじゃ――」

「専門は、だからバランスを取ること。中立の立ち位置で、ネゴシエーションすること。

まあ強いて言うなら交渉人だよ」
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:41:16.66 ID:ntvrM9VEo

 交渉?

 こちらとあちらの――橋渡し、か。

 こちらとはどこで、あちらとはどちらか?

 ぼくは、いったいどちらに属しているのか

「なんて戯言」

「ん?」

「気にしないで、続けてください。人間と化物の橋渡し。それがあなたの仕事、なんですよね?」

「ああ。化物。いいね。僕は怪異と呼んでいるが」

「怪異」
 
「そしてその子は怪異殺しと呼ばれている――どういうことか、わかるだろ? 怪異から

エナジードレインできる、珍しいタイプの吸血鬼だ。まあ、だからこそ有名な子なんだよね――」

「好きで有名になったわけではないわい」

 今度は、キスショットは拗ねたように言った。

 ……本当に、五百歳、なんだよな?

 精神年齢が肉体年齢に引っ張られたりとか、なんかそういう理屈なのだろうか?
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:43:36.39 ID:ntvrM9VEo

「知ったようなことを言うなよ――小僧」

 忍野を小僧呼ばわりするキスショット。実年齢的にはおかしくないのだが、やはり見た目

的には不自然である。まあ、自然不自然で言ったら、キスショットその眼つきは不自然極

まりない鋭さなのだけれど。

 しかし忍野は小僧呼ばわりも気にせず「その通りだね、ハートアンダーブレード」とや

はり軽薄に言うのだった。

「噂で判断しちゃあいけないね――相手が人であれ、人でないものであれ。けどまあ、さっ

きのきみ達の話し合いを何となく聞かせてもらっていたけれど、結構大変な事態になっちゃっ

てるみたいじゃない。まさかこんなややこしいことが起こるとはね」

「ややこしくなどない。至極簡単じゃ」

「長命の吸血鬼のスパンで見れば、そうなんだろうけどねえ――僕ら人間としては困った

もんだよ。なあ、戯言遣い」

「え」

 忍野は、当たり前のように――ぼくを人間扱いした。

 人である頃から、化物とは言わないまでも、腫れ物扱い位はされていた、このぼくを、

 この戯言遣いを指して、人間側だと―そう言った。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:45:49.28 ID:ntvrM9VEo

「…………」

「ん? どうしたんだい、反応が悪いね――阿良々木くん、きみは人間に戻りたいんだろう?

違ったっけ?」

「ああ、その、はい」
                                                 ・ ・
「人間であろうというものは、人間だよ。たしかに例外はいくつかあるが。きみはそれじゃない」

 忍野はそう言って――今度はキスショットを見た。

 流し目である。

「それに――僕は気に入ったよ、ハートアンダーブレード。眷属とした阿良々木くんを、

ちゃんと人間に戻してあげようという、きみの心意気がね」

「ふん」

 今回は明らかに褒められたっぽいのだが、キスショットは不機嫌そうに応えた。
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:47:10.66 ID:ntvrM9VEo

「交渉人だか何だか知らぬが――余計なことを言うでないぞ。小僧。儂は昔からでしゃばり

が嫌いでのう」

「でしゃばり? とんでもない、それは僕からはもっとも縁遠い言葉だよ。むしろ引っ込み

思案の部類でね。まあいいさ。でしゃばるつもりはないけれど――」

 忍野メメは――寝ころんだままで言う。

「――何なら、僕が間に立ってあげてもいいよ」

「あ――間に立つって」

 寝転がっているのに、なんてツッコミはいれない。

 こちらとあちらの橋渡し。

 つまりは、あの三人と、ぼく達の間?

「他にないだろ」

 当然のように、忍野は言う。

「本当はさ――この学習塾跡を紹介してあげ、そして結界を張ってあげただけでも十分かな

って思うけれど、まあこれも何かの縁だろう」

「……助けてくれる、ってことですか?」

「助けない。力を貸すだけ」

 忍野は言った。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:48:31.66 ID:ntvrM9VEo

「今のままじゃ、やっぱりちょっとバランスが悪いような気もするからね――これじゃあ

いじめみたいなもんだ。さっきも言ったけど、僕は連中がやるような『退治』ってのは、

あんまり好きじゃないし――」

「じゃあ、あなたは――ぼく達の味方、ということでいいんですね」

「違うって。味方でもないし、敵でもない」

 中立だよ。と、忍野は念押しするように言う。

「間に立つ――って言ったろ? つまり、中に立つってことだ。そこから先はきみ達次第

だね。実際に動くのは僕じゃない。渦中の者は、あくまでも自らの手で火中の栗を拾う

必要があるのさ――僕は原因にも結果にも関与しない。精々、経緯を調整するだけさ」

「…………」

 判断に困ったぼくは、キスショットの様子をうかがう。キスショットも、そんな忍野の

態度に困惑している風だった。

 飄々としたままで、仕切ろうとする、忍野の態度に。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:49:42.29 ID:ntvrM9VEo

「ああ、でも勿論、僕も仕事だからタダってわけにはいかないよ。何せ旅から旅の放浪者

だからね。路銀は大切なのさ。そうだな――二百万円くらいでどう?」

「に、にひゃく!?」

 驚いて声を上げたぼくに対し、忍野は冷静だった。

「あるとき払いの催促なしだ。それくらいは要求しないと――それはそれでバランスが取れ

ないものでね」

「……はあ」

 二百万円、か。

 これはこの際払えるかどうかは問題ではない。どうせ死んだら払うことはなくなるのだし、

無事生き延びても、それくらいの額は、まあ、がんばればなんとかなるはずだ。

 問題はそう、結局こいつと出会った時から何も変わっていない。

 この男を、

 忍野メメを、

 信じるか、どうか。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/05/20(金) 23:50:40.96 ID:ntvrM9VEo

「……具体的なプランを聞こうかの」

 キスショットは、そんな風に切り込む。

「交渉と言っても、容易ではあるまい――あの三人を説得することなどできぬぞ。中立と

言う以上は、貴様が儂の手足を取り返してくれるというわけではないのじゃろう?」

「さすがにそこまではね――でしゃばり過ぎだよ。プランも、まだあんまり考えてない」

 拍子抜けするようなことを言う忍野だった。

 けれど、ここまで大見得切って見せたのだ。この手の仕事は、慣れているのだろう。

それは余裕と見て取れなくもなかった。

「僕にできることは、頭を下げてお願いするだけさ。誠意を込めてね――お願いできない

のなら危険思想に手を出すしかないけれど、幸い、言葉が通じるのならゲームができる」

「ゲーム……じゃと?」

「ただ、まずはあの三人をバラかすのが先だろうね。一人一人を相手取る分には問題な

い――ってのが、ハートアンダーブレード、きみの読みなんだろう? なら、それを実現さ

せようじゃないか」

 当然、と忍野は続ける。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:51:48.45 ID:ntvrM9VEo

「きみ達にはある程度の……相応のリスクを冒してもらうことになるけれど――そこはどう

か呑み込んでおいてくれ」

「いや、それは端からそのつもりじゃ。覚悟は決めておる――儂は勿論、従僕もの」

 応える、キスショット。

 …………いや、まあ、とっくに覚悟は決めていたのだから、べつにいいんだけどね。

「しかしのう、小僧よ、あの三人とどうやって交渉するのじゃ?」

「だから、頭を下げてお願いするんだよ――まあ、話せばわかりそうな連中だったしね」

 話せば、わかる、か。

 吸血鬼のぼくには難しいが、人間同士、敵対する者同士でなければ、たしかに交渉の余

地はあるのかもしれない。やつらは、ぼくの言を、無碍にはしてきたが、理解してなかった

わけではないのだから。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/05/20(金) 23:52:35.16 ID:ntvrM9VEo

「詳しくは企業秘密だけど……フィールドは僕が整えてあげよう。そして阿良々木くんが、

彼らからハートアンダーブレードの手足を取り戻す。無事に両腕両足を取り戻せば――

ハートアンダーブレードはパワーを回復できて、そうすれば阿良々木くんは無事に人間に

戻れるというわけだ」

「取り戻す――ね」

 やっぱりというかなんというか、難しいところは、直接的なところは、ぼくが担当する

ことになるようだった。

 ドラマツルギー、エピソード、ギロチンカッター。

 大剣二本に、十字架に、そして得体の知れない謎の男。

 キスショットはやたらにぼくに期待をかけてくるが、実際のところ、たとえ一対一だった

ところで、ぼくが三人のうちの誰か一人にも勝てるヴィジョンなんて、まるで思い浮かばな

いのだけれど――

「でも、やるしかないんだよなあ」

 勝てない相手に、勝つ算段を。

 そう考えれば、今回もまた、と言う感じだ。いつも通りの平常運転。吸血鬼になった程度

ではぼくの状況は大して変わらないらしい。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:53:09.20 ID:ntvrM9VEo

「おい、従僕」

 キスショットが――ぼくに言った。

「なんだい? キスショット」

「儂は人間の貨幣は用意できん――二百万円という借金がどの程度の物なのかもよくわか

らんが、その金額をうぬは背負うことができるか?」

「……額は、まあ、問題ない」

 だから、あとは、結局。

 信じるか、否か。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:54:13.31 ID:ntvrM9VEo

「心配するな。この小僧のスキルは本物じゃ――ここを教えられたとか、うぬが救われた

とか、そういうことを度外視してもな。いかに弱体化しても、それくらいのことは今の儂

でもわかる」

「でも、だからと言って、信じていいものか――」

「敵ではないよ。あの三人の攻撃を受け止めたのじゃろう? それほどの実力者ならば、
                 クビ
本気を出せば、今すぐこの場で儂らを縊り殺すことくらい容易じゃろうて」

「……それも、そうか」

 通りすがりの、おっさん。怪し過ぎる、アロハ服。その口調は誠実と言うよりかはこちら

寄り、詐欺師とか、戯言遣いとか、そう言うのに近い。

 でも、敵ではないというのなら騙されたところで、問題はない。ここは、騙されたと思っ
て、

というやつで行こう。

「いやそれ十中八九騙されるやつじゃろ……無駄なフラグを立てるでないわ」

 そんなキスショットのツッコミを聞き流して、ぼくは「お願いします」と、忍野さんに頭を

下げた。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/20(金) 23:56:46.30 ID:ntvrM9VEo

「ある時払いの催促なし、保証人も担保も金利もなし。死後遺族に請求はいかないのでしたよね?」

「いやそこまでは言ってないのだけれど、まあ、それでいいか――まいどあり〜なんつって」

 忍野は的外れなくらい気楽そうな調子で言った。

「ぼくも今日から、ここで寝泊まりすることにするから。よろしくね。というか、もともと僕は、この町に来

て以来、この場所には目をつけていたんだよね。義を見てせざるは勇無きなりと、ハートアンダーブレ

ードに譲ったけれど、やっぱこの町にここ以上の廃墟はなかったや。とりあえず、どうする? 明日か

らの前途に対して気合を入れるために、円陣でも組んでみよっか」

 寝転がったまま、最高に気合のない姿勢でそんなことを言う忍野。勿論、ぼくもキスショットも、そんな

言葉に乗っかったりはしなかった。

 時刻はまたも零時を過ぎ、日付は三月二十九日へと変わっている。

 明日といえば――既に今日は明日なのであった。


鉄血編――了。
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 23:59:17.21 ID:ntvrM9VEo
そんなわけでひとまず書き溜め分は終わり。
あとはちまちま一章ずつ更新していけたらいいなと思います(願望)

熱血編、どうなるんですかね。
せめて四回見に行って飽きない程度のクォリティであってほしいです。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/21(土) 04:30:48.82 ID:IKO1QtLIo
おつおつ
前作教えてほしー
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/05/21(土) 16:37:43.49 ID:oJAdCKWrO


>>188
前に書いてたシリーズについては>>1が黒歴史にしようか迷ってるみたいだし直接は言えないがとりあえずヒロインズの名前+戯言で検索してみれば幸せになれるかも?(無責任)
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/22(日) 12:17:11.34 ID:8oUrLf/qo
はぁああああん?
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/18(土) 00:08:28.07 ID:pfPTND2DO
続きはまだかいな
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/20(月) 00:57:08.26 ID:idw9AFlEo
>>1です。気がつけば一月経ってしまいましたね。ごめんなさい。

このペースで書き直すなんて無理だと悟ったので前に書いたもののリンク貼っておきます。
ひたぎ「これも、また、戯言よね」
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1311/13119/1311985423.html
ただ書いているうちに設定が変わってるところもあるので(実は最初は居候じゃなくて一人暮らしの設定だったり)そこら辺は目をつぶっていただきたいです。私の目も潰したいですはい。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 19:06:00.72 ID:3gEjSX14O
ほしゅ
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/24(日) 21:48:52.98 ID:b1ybKeUhO
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 13:32:36.78 ID:UugLJ4ZL0
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/12(金) 22:23:14.89 ID:eal7QMDd0
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:06:11.00 ID:GrYSg2Iro

007


「ところで、『柔よく剛を制す』という言葉がぼくの国にあるんだけど、知ってる?」

「いや、『ぼくの国に』って、お前と僕は同郷だろうが」

「で、知ってる?」

「……知ってるよ。だいたい小学生くらいには習う、簡単なことわざだ。日本人で知らない

やつは、まあ、いないだろうよ。で、唐突にどうしたんだよ。またぞろ僕を馬鹿にしようっ

て魂胆か?」

「よせよ。その言い方だと普段からぼくがきみをバカにしているみたいじゃないか。ぼくの

イメージを害するな」

「基本的にお前の存在は害だろうが……僕も人のことは言えないけど……いや、罵り合いは

もうやめよう。なんだか悲しくなってきた。うん。で、またどうしたんだ?」

「いやさ、このことわざ、どうにもおかしいと思わないか?」

「? いや、特に変なところもないだろう。まさにその通りだと思うぜ? ドラゴンボールとか

でも言ってたじゃないか。パワーだけ膨らましても勝てないってさ」
  exactly
「その通り。たしかに力だけでは勝つことは出来ない。ただ、じゃあ技だけなら勝てるかと

言ったら、そういうものでもないだろ? たとえば、お前と真心が戦ったとする」

「嫌な『たとえば』だな。たぶん僕、肉片も残らないぜ?」

「さすがに真心もそれくらいは手加減してくれるだろ……とにかく、頭の良いお前と、圧倒

的な力を持った真心、どっちが勝つかと言ったら、そりゃあ真心だろ?」

「いや、そりゃあそうなんだが、だからと言って技術は大切だろ。というか真心は規格外だろ。

あいつは力もそうだが技術もある」

「そう、そこなんだ。真心は力も技術もある。ぼくらが策を練ろうとかないっこない。で、

問題はさ、真心は規格外と言ったが、じゃあこれは真心にだけ言えることなのか?」

「……いや、そうだな。真心だけってわけでもないか。力あるやつは大抵、力の出し方、使

い方を知っている。つまりは技術を持っているってことだ」

「それに経験もある。そこまでの強さにたどり着くまでにおよそ数え切れないほどの鍛錬や

戦闘を繰り広げてきたことを考えると、力の無いものが使ってくるような策なんて、そいつ

の中ではもう対処法が確立されているだろうさ」

「柔よく剛を制すと言うよりは剛は柔を兼ねるって感じか……しかし、あれだな」

「ん?」

「夢も希望もない話だなって思って。ようは、強い者に弱い者は勝てないってことだろ?

これ」

「まあでも当然のことなんじゃないのか? 熱心に自分を磨き続けてきた強者からしたら、

弱者のその場限りの小賢しい思いつきに負けるなんて、それこそ報われない話だ」

「じゃあ、僕ら弱者は、強者ともし相対することになったら、どうするべきなんだ?」

「そりゃあもう勝負しないことだね。とにかく戦ってはいけない。誤魔化すとか、説得する

とか降参するとか、その場から逃げるとか」

「戯言を使う、か。じゃあもし言葉が通じず、逃げ道がなかったら? 諦めて死ねってか?」

「そうだな。……強いフリをするしかないんじゃないか? で、相手が降りるのを待つ」

「……いや、ポーカーかなにかやってるんじゃないんだからさ」

 彼は苦笑した。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:07:09.43 ID:GrYSg2Iro
 その後人生とポーカーの違いについてとか、トランプが作られた経緯についてとか色々話した

けど、まあここから先は今回の話には関わらないので割愛して。

 唐突な回想になんの意味があったかというと、これが今回のぼくの基本方針である。

 強いフリをする。

 退治できなさそうに見せかけて、相手に降りてもらうのを待つ。

 殺し合い、というのならこんな案は通らない。馬鹿な男二人の机上の空論。それこそポーカー

くらいでしか通用しそうにない策だ。

 しかし、この状況では効果はあるだろうと思う。こちらは必死の命の取り合いではあるが、向こ

うからしてみれば、これはゲームのようなものなのだから。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:08:03.74 ID:GrYSg2Iro

「話はついたよ」

 交渉から帰ってきた忍野は、なんでもないことのように、仕事が成功したことを告げた。「庭先で

猫が寝てたよ」くらいな気軽さでの報告に、拍子抜けというか、身構えていた分脱力したというか

なんというか……。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:11:24.07 ID:GrYSg2Iro

「日付は明日。三月三十一日。時刻は深夜。場所は阿良々木くんがこれから通うらしい、

私立直江津高校に決まった」

「……」

「ルール説明に移ろう。ルールは単純。戦って、勝った方が報酬を得る。きみが勝った場合は

ハートアンダーブレードの手足の場所を彼らから聞き出せ、奴らが勝った場合は、きみは

この場所を教える。あとはまあ、基本的に何でもありだ」

「……」

「初戦の相手はドラマツルギーだってさ。次はだれになるかはわからないけど、連戦にはならない。

日を改めての対戦となるからそこは安心していいよ……ところで、さっきから黙りこくっちゃってるけど、

なにか不満かい?」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:12:33.64 ID:GrYSg2Iro

「いえ、この街で、化け物同士が戦えるくらい広くて、ぼくが場所を知ってるのはそこくらい

しかない。そこはベストな場所です……加えて、相手から場所を聞き出すというルール

ならば殺される心配はなく、戦闘に不慣れな一般人のぼくへのハンディキャップとなる。

考え得る限り、最高の条件です」

「にしては、かなり不満そうな顔をしているけど?」

「…………ただ」

 あまりにも、できすぎだ。

 ここまでとんとん拍子で話が運ぶと、むしろ不安になってしまう……。
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:13:58.01 ID:GrYSg2Iro

「ほんと心配性だね、きみは。ネガティブというかなんというか。せっかく梶裕貴みたいな

いい声してるんだから自信をもったらいいのに」

「いや、声質と性分とに何の関係が……」

 というか個人名を出すんじゃない。もし発売までに変わってしまったり、そもそも間違って

いたらどうするんだ。

「そんときはそんときさ。声優の変更ってのは結構あることだからね。体調の問題だったり、

ドラマCDかゲームかアニメかVOMICかで変わってくる場合もあるし」

 最後のをなぜか強調する忍野。気にしないことにしよう。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:15:25.31 ID:GrYSg2Iro

「しかし、まさかこんなに早く交渉が終わるとは思ってもいませんでした」

 場合によっては戦闘に入る前に直江津高校始業、つまり月火ちゃんのタイムリミットを

迎えるのではないかと思い、どうにか丸め込めないかと言い訳を考えていたのだが、無駄に

終わったみたいだ。いや、実践に移すことがなくてよかった。あいつの妹を騙すのは心苦しいし。
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:16:25.03 ID:GrYSg2Iro

「まあ、ちょっとカッコつけてみたけれど、正直言うと結構大変だったんだけどね。特に

ギロチンカッター。最終的に全部片付くって言ってんだからそこまで目くじら立てること――」

「……?」

 全部、片付く?

「――失言。まあ、でもどうせ阿良々木くんだしすぐ忘れるか。大丈夫大丈夫」

「いや、そういうこと言われるとなんか気になるんですが……」

 これ、何かの伏線なのか?

「その時になれば気づくさ。別に覚えている必要はない。というか深く考えない方がいいよ。

考えすぎて鈍れば、きみか僕がギロチンカッターに殺されることになってしまう」

「だから、言われると余計気になってしまうんですが……」

 ぼくはわかるけど、忍野が?
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:20:49.03 ID:GrYSg2Iro

 そんな色々気になることを言ってくる忍野に振り回され、会話後もなんだか気になってしまい、

答えが出るはずもないのに忍野の言葉の真意を考えていると、あっという間に時間は経ち、

丸一日が経過。三月三十一日となっていた。

 ……あえて無駄に意味深なことを言い考えさせることで、戦闘前に不安になったり、緊張するのを

防いでくれたのだと思おう。結局ドラマツルギーへの対策は何も思い浮かんでないけれど、

あれこれ下手に考えてしまうよりはいいんだろう。そうだ。これから戦うのだ。精神は落ち着けておかねば。
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:23:25.87 ID:GrYSg2Iro

「そう苛立つでないわ。まったく、我が従僕がそのような移ろいやすいメンタルでは困るぞ」

 いや、ほんと、オコッテナイデスヨ?

「というか、キスショットだっていつも怒ってるじゃないか」

「たわけ。儂が怒ったことなどこの五百年で一度もないわ」

 …………また堂々とした嘘を吐くなこいつは。

「嘘の吐き方でうぬになにがしか言われとうないんじゃが……」

 キスショットのボヤキは無視して、戦いに意識を向ける。向けよう。向けないと。

 基本方針を思い出す。

 まっとうに戦って勝てないのなら、

 相手をおりさせろ。

 こちらが強者だと、

 信じ込ませるのだ。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:34:02.18 ID:GrYSg2Iro

「――ふう」

 時刻を確認。午後十時。

 まだ、時間はあるな。

「ドラマツルギー、か」

 あの三人の中では、一番の巨漢。両手を大剣へと変える、同属殺しの吸血鬼――。

「いや、さっそく基本方針が利かなそうな相手じゃん……」

 まず体格からして違うもんなあ……。同属だしびびらせるもなにもない。

 それにあの冷静な態度。真面目そうだから揺さぶれば騙すことはできそうだが、揺れるのか?

あの人。あの鬼。

 今一度ルールを考えてみる。

 殺してしまうと、相手の隠し場所、隠れ場所がわからない。よって殺害は禁止。

 ぼくではあの三人を殺せるとは思えない。つまりは、向こうは手加減した状態で、こちらは

文字通りの死に物狂いで戦いに臨める。

 プロのヴァンパイアハンター相手に、なりたての弱っちい吸血鬼。

 すこしでも知っている場所に、そして大きなハンディキャップ。

 忍野は本当に、最高のルールを敷いてくれたと思う。

 そこまでのお膳立てがあってもまだ、ぼくがドラマツルギーと五分とはとても思えないんだけど……。

209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:35:42.71 ID:GrYSg2Iro

「なあ、キスショット、その、勝つためのアドバイスとか、そういうのないの?」

 軽く投げやりに質問する。なんとなく、どんな答えが返ってくるかわかる。そう、こいつは

きっと――

「アドバイス……といってものう……戦うじゃろ? 勝つじゃろ? 終わりじゃろ」

「……うん、まあ、そんなこったろうと思った」

 やっぱりというかなんというか、キスショットはぼくが負けるなどと微塵にも思ってないらしかった。

「いくらなんでも買いかぶりすぎだろうが……」

 どうすれば他者にそこまで信頼を寄せられるのだろうか。

 戦い方の前にそれを教わった方がいいかもしれない。
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:39:27.52 ID:GrYSg2Iro

「むう。まだわかってないようじゃな。うぬは」

 憶えの悪い従僕に腹を立てたのか、キスショットはほほを膨らませながら言って、

ぼくの手を取り、それを自身の胸へと当てた。

 またかよ。

「あの、キスショット様? もうそれは勘弁を――」

 「うぬは」キスショットが、ぼくの言を遮るように、言う。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:41:39.37 ID:GrYSg2Iro

「うぬは、儂の眷属じゃ。この、鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセ

ロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属じゃ。うぬが負けるわけなどない。うぬが

勝てぬ相手などいない。うぬが諦めることはない。」

 キスショットは、強い口調で続ける。

「うぬが自信をもてぬというのなら、儂を信じよ。儂は、儂自身の吸血鬼としての力を信じ

ておる。うぬを見定めたこの眼を信じておる。じゃから、うぬも信じろ。眷属として、従僕として、

主を信じろ」

「…………」

 他者への信頼、ではない。

 絶対の自信。

 五百年生きた伝説の吸血鬼の、確固たる自己。

 なるほど。たしかにアドバイスなんて必要ない。ぼくが悩む必要はない。

 これは、キスショットの戦いなのだ。ぼくは、ただそれを為すだけの力。道具。

 文字通りの、手足。

 そう思うと、ほんの少しだけど、気楽になった。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:42:30.29 ID:GrYSg2Iro

「…………死にかけてボロボロ泣いてたくせに」

「うん? 何か言ったかのう?」

 キスショットがぼくの腕を動かす。やめろ。それじゃあぼくの手の動きを抑えてるかの

ようじゃないか。絵面が大変よろしくない。

 キスショットの手を振り払い、立ち上がる。

 まだ時間はあるけど、これ以上セクハラされてはかなわない。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:43:13.86 ID:GrYSg2Iro

「確認するぞ。うぬがやることは?」

「戦うだろ? 勝つだろ? それで終わりだ」

「上出来」

 かかっ、とキスショットは笑った。

 教室を出ようとして、「行ってらっしゃい」と、声が聞こえた。

 ああ、そう言えば、眷属は、家族みたいなものなのだっけ?

 「行ってきます」と、ぼくは答える。

 「ただいま」と言えたらいいなと、らしくもなく、そんなことを思った。

214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/20(土) 00:47:13.24 ID:GrYSg2Iro
今夜はここまでです。
保守してくださった方々、本当にありがとうございます(2ヶ月は覚えてたけど1ヶ月は完全に忘れてました)。
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/20(土) 08:52:26.64 ID:0DF98tvB0
更新来てたのか。乙
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/20(土) 15:27:56.64 ID:qU2l+EkDO
乙!

自覚はないけど地力で上回ってる相手に戯言をどう使うか……
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 00:33:58.03 ID:C8UltgswO
保守
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/20(木) 23:54:41.52 ID:+aq35APCo
>>1です。ちょっと展開に悩んでしまったせいでなかなか書くことができなくなってしまっていました。
生きてます。続き書く気はあります。ごめんなさい。
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/21(金) 20:23:48.14 ID:EYOLwxcOO
生存報告乙
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/21(金) 21:03:07.19 ID:WKb3eRLho
 
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/26(水) 01:16:19.56 ID:m5HRsdcr0
映画か
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/27(日) 02:05:21.47 ID:JCAAMKfBo
ほしゅ
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:22:05.87 ID:znhwGlXXo

008

 教室を出ようとしたその瞬間「あ、おい、ちょっと待て」と、キスショットがぼくを引き止める。

「アドバイス、そういえば一つだけあったわ」

「ええ…………」

 あんないろいろカッコいいこと言ってたのに……。

 完全に戦いに行く気でいたのに……。

 章ももうまたいだというのに…………。

「まあ大丈夫じゃろうとは思うんじゃが、念のためにと思ってな。まあまあ聞いていけ」

「はあ。で、アドバイスって何?」

 あんなに言っていたキスショットが、わざわざ言ってくるようなこととは?

「いや、本当に大したことではないのじゃ。ドラマツルギーは立場的にそんな戦法は取らん

じゃろうし、まあ、そのような状況になることもないじゃろう」

 買いかぶり、ではなかった。キスショットがそう言うのだ。キスショットの力を普通に

使えば、そうなることはないのだろう。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:23:10.91 ID:znhwGlXXo

「で、その戦法というやつは?」

「簡単なことじゃよ。血を吸われぬことじゃ。吸血鬼が吸血鬼に血を吸われると、存在その

ものを絞りつくされてしまうからのう」

「…………」

「…………」

「……え? 終わり?」

「うん、終わり。これだけ」

「ええええ……………………」

 なんだそのアドバイスは……血を吸われるまで接近を許した時点でもうほぼ負けなんじゃないか?

 こんなことのために章を締めた余韻を台無しにされたのか……。
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:24:23.46 ID:znhwGlXXo

「いや、うぬの中で章を締めるのどれだけ大事なんじゃ……」

「そりゃ四ヶ月も空いちゃったわけだしね……後付けで設定足されても……」

「大丈夫じゃ。この部分は実は五ヶ月前には終わっとる」

「なお悪いわ」

 そんなぐだぐだした空気で教室を出て、階段を下り、廃墟を出て、忍野にもらった地図を

見ながら歩き――

 ぼくは、私立直江津高校へとたどり着いた。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:25:19.67 ID:znhwGlXXo

「…………」

 時刻は十一時半。

 ちょっと早めに出てきたつもりだったのだが、それでも遅かったらしい。グラウンドにはすでに、

二メートルを超すであろう大男、ドラマツルギーが待ち受けていた。

 腕を組んで仁王立ち。両の腕は通常の、つまりは普通の人間の状態である(一対一の近接戦闘に

際しては、大剣を振るうより人間の腕あるほうがやりやすいのだろうか)。その様はまるでなにかの

像のように厳かな雰囲気すら感ぜられる佇まいで、すこし、たじろぐ。
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:26:01.57 ID:znhwGlXXo

「……どうも、待たせてしまったみたいですね。いや申し訳ない」

「……■■■■……いや、かまわん。お前も時間より早く来たのだ。気にすることはない」

 初デートかよ。

 と、突っ込む気を抑えて、「ところで、戦いを始める前に確認しときたいことがあるのですが、

よろしいですか?」と、努めて冷静に、余裕があるように話しかける。
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:27:30.21 ID:znhwGlXXo
                                          ゲーム
 ドラマツルギーからしてみれば、ぼくは吸血鬼に成りたての一般人。狩りにちょうどいい玩具だ。

初対面で命乞いをし、嘘の場所を教え、砂かけをしてくるような卑怯者だ。軽々しく縊り殺せるものと

思っていることだろう。

 その隙を狙うことも考えたが、ドラマツルギーは名の知れた、いわゆる歴戦の戦士というやつらしい。

そんな相手に、ぼくごときがかなうべくもない。たとえ隙を突こうとも返り討ちにあうだけだ。

 であるのならば、ここは逆、ドラマツルギーの戦士の勘、というのを利用するべきだろう。

楽勝であるはずの対戦相手が、弱小であるはずの対戦相手が、まるで対等の存在であるかのように

話しかけてくる。これをドラマツルギーはどうみるか。

 きっと、ドラマツルギーは不思議に思い、想像する。ぼくになにか奥の手があるだろうと、

勝つ手段を、持ち合わせているのだろうと。

 そこまで思考を持っていければあとは簡単だ。ほんの少し意表を突くような行動を、いくつか

取ればいい。そうすれば、あとは勝手にありもしない「本命の策」に溺れ、先に降参をされるだろう。

最初に考えた通りの勝ちパターンだ。

 後の問題は、ドラマツルギーの意表を突く行動を思いつくだけ。この時間でできるだけ

ドラマツルギーの行動や言動、性格を探っていけるといいのだけれど……。まずはこれに、

応じてくれるかどうか。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:28:51.24 ID:znhwGlXXo

 はてさてドラマツルギーはぼくの要望に「いいだろう。こちらからも尋ねたいことがあるのでな」と

応じた。ふむ。応じるか。少なくとも未だ対話の余地はあるらしい。

「ぼくが勝ったら――あなたはキスショットの右脚を返してくれる、でいいんですよね?」

 自信たっぷりに、ぼくは問う。ぼくが勝つのが前提であるかのように。ドラマツルギーが

負けるのは必定であるかのように。

 「……………………」と、ドラマツルギーは押し黙る。これは効いている……んだよな?

 ドラマツルギーは、じっと、ぼくを見る。訝しみ、不思議なものを見たように、ぼくを観察する。

…………なんだろう? 期待したような反応とは違うもののような気がする。そう、ただ、

「何を言ってるんだこいつは?」といった視線だ。

「あの、ドラマツルギーさん?」

「――ああ、いや、すまない……その、なんだ。ハートアンダーブレードの眷属よ。お前は、

ハートアンダーブレードをキスショット呼ばわりしているのだな?」

「はあ。そうですけど」

 なんだ? そんな珍しいことなのか? 吸血鬼界隈はどうにも面倒そうだ。

「界隈がどうとかそういう問題ではないのだが……まあ、ハートアンダーブレードがそれを

良しとしているということは、情報の信憑性が高まるので助かるのだが」

「?」
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:29:29.60 ID:znhwGlXXo

「いや、いい。質問に、というか、確認に答えよう。そうだ、私に勝てたらハートアンダーブレードの

右脚を返そう。私が勝てば、お前がハートアンダーブレードの居場所を教えてくれると誓うのであればな」

「……ええ、誓いましょう。ぼくが負けたらハートアンダーブレードの居場所を教えます」

 ぼくは真剣であるかのように応える。笑ってしまいそうだったが、なんとかこらえて。

 まったく、このぼくが「誓う」などと、滑稽なことこの上ない。戯言ここに極まれり、だ。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:30:21.87 ID:znhwGlXXo

「さて、今度は私の話を聞いてもらおうか」

 ドラマツルギーは、言う。さて、ぼくに対しての話、というのはなんだろう? キスショットに

ついてのことだろうか……。はたまた対戦前にぼくの動揺を誘う作戦か……。いや、本来格上である

ドラマツルギーがそれをする必要はないし、これは素直にそのまま聞いておくべきか?

「まず、私はお前を退治しに来たわけではない」

「…………後者だと?」

「ん?」

「いえ、なんでも……あの、退治しに来たわけじゃないって、どういうことですか?

この前はいきなり襲い掛かってきたというのに」
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:33:01.99 ID:znhwGlXXo

 ドラマツルギーは、ぼくを揺さぶって何を仕掛けようといている? いや、違う。仕掛ける

必要はないはずなのだ。ドラマツルギーは圧倒的に格上なのだから。

「退治しに来たわけじゃない……私はお前を勧誘したいと思っているのだ」

「勧誘……」

 そうだ、本来なら必要のない呼びかけ。対話。つまり、この時点でぼくはすでに最初の目的を

完遂しているということか? すでにドラマツルギーは、ぼくを警戒する相手である。策を

弄す必要のある相手だと。

「私のことはある程度ハートアンダーブレードから聞いているのだろう? 私たちは、吸血鬼で

ありながら吸血鬼退治を生業としている」

「それでぼくも、というわけですか」

 これは……少々まずいかもしれない。ドラマツルギーが、ぼくのなにを警戒しているのか

わからない以上、戦闘中にドラマツルギーの意表を突けたところで、その驚きや、畏怖と

いったものは薄れる。それどころか、その警戒点から外れた行動をとってしまえば、失望されかねない。

やはり遅るるに足らない相手だと、そう判ぜられかねない。そうなってしまえば、詰みだ。

正気を取り戻したドラマツルギーに勝つ方法はなくなるだろう。

「ああ、初対面で襲い掛かったのはエピソードとギロチンカッターがいたからな。あの二人の前で

このような誘いをかけるわけにはいかなかったのだ。あの二人は私怨や心情があるからな。

しかし、私からすれば、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属、
    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
いや、お前は稀有な存在だ――殺すに惜しい。主人からの支配も薄いようであるし、仲間になるのには相応しい」

「まあ、わかりました」

 ここが正念場かもしれない。ここだ。この受け答えを間違えることがそのまま生死を分ける。

 そう思いぼくはどう返答すべきか困っていたが、ドラマツルギーは「いや、お前はわかっていない」

と、話をつづけた。
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:35:11.75 ID:znhwGlXXo

「お前はわかっていない……ハートアンダーブレードの眷属であること、それ以上に、お前には価値がある」

「はあ」

「生きづらいと、感じたことはないか? 」

「はあ?」

 なんだ? いきなり人生相談タイムなんですか?

「そりゃあ、すこしは感じてますけど」

「いや、嘘だな。お前は、はっきりと『人間社会』で生きづらさを感じていたはずだ」

「あの……急に言われても困るんですけど」

 ドラマツルギー、だよな? ギロチンカッターじゃなくて。たまに言い間違えそうになるけど。

まさか戦士と宗教家を間違えるはずがないとは思いたい。信じてるぞぼくの記憶力。

「真面目に聞いてくれ。お前は人間社会に適応できていなかったはずだ。なぜなら、お前は

本質的に人間からは遠い存在だからだ」

「……………………」

「お前は人間の中でも、異端で、異質で、異才で、異彩で、異常で、異能な、異な存在だ。
                                                        ・ ・ ・ ・
もはやその在り方は生まれついての鬼に近い。生来の鬼、天性の鬼だ。文字通り根っからの人でなし。

そもそも人間であったことすら間違いみたいなものだ。お前は、常軌を逸している。

お前には、化け物としての才能がある」

「…………ひどいことを言うんですね」

「だが事実だろう? 思い当たることがあるはずだ」

 「人でなし!」散々言われた言葉だ。「化け物!」シャワーより浴びたかもしれない。

 合点がいく。納得がいってしまう。そもそも人間であったことすら間違い。
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/12/26(月) 01:36:21.98 ID:znhwGlXXo

「私には今五十三人の同胞がいる。そして、組織のナンバーワンがこの私だ。しかし、もし、

お前が入れば、いずれはお前が組織のナンバーワンとなるだろう。今はまだ成り立てだが、

身体の使い方に慣れればお前が最強になるはずだ。いや、組織どころではない。お前は最強の

吸血鬼となる。場合によっては最強の怪異に、果てはあの人類最強にまで届くかもしれない」

 ドラマツルギーは言う。……なんだか順番おかしくないか?

 純粋にぼくを勧誘してるのか、それとも、動揺を誘っているのか……わからない。ただ、

どちらにせよ言えることは、ドラマツルギーはこれを本気で言っているようだった。

 最強……か。

 いろいろ言われたが、ただ一つそれについては言えることがある。

 そんなものに、興味はない。

「……買いかぶり、ですよ。ぼくはそこまで大した人間じゃありません。吸血鬼としてだって、

きっと最弱です」

 気にするな、何を言われても。たとえ図星でも。

 これは戦いだ。いや、戦いはこれからだ、か? とにかく、平常心を保て。この勧誘は、

この交渉は、きっとこの後の戦いを決定づける。ならば慎重に応えなくては。
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