他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
BBS2ch
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報VIP
更新
検索
全部
最新50
魔王「死ぬまで、お前を離さない」 天使「やめ、て」
Check
Tweet
333 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:18:16.96 ID:RlDl3quZ0
その言葉を聞いた亀姫は、あ、と呟いて頭を抱える。
戦神妃の言葉を、ククと笑いながら聞き入る魔王の姿――。それが容易に想像できてしまったのだ。
亀姫「ああ…そうでしたわね。きっと陛下なら、そんな話でも聞いてくださるのでしょうね」
神従者「――そうですか。それならばやはり、神が浄気を放出するまでは大丈夫でしょう」
神従者は苦笑し、それから真顔で近衛と亀姫を交互に見る。
神従者「ワタシは神にとっての裏切り者。ワタシの顔を見れば神は警戒を強めるでしょう。ですからこれ以上はついていけません」
神従者「ここから先はお任せします。大丈夫だと思えるとはいえ……あの戦神妃と魔王が共にいるのですから、なるべくなら早く神の懐へ」
亀姫「神にどのような態度をとられても 従順に頷けということね」
近衛「怪しい素振りをして、疑われているほどには余裕はない――」
神従者「はい。出来ますか?」
亀姫「ふふ。どれほど癪に触ろうと、陛下の御為なら出来ぬことなどありませんわ」
近衛「頭を垂れながらでも、よくよく探ってみます」
近衛はそういうと、先ほどみつけた開閉装置に手をかけた。
334 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:18:51.20 ID:RlDl3quZ0
近衛「開けます。神従者さん、見えない位置まで下がってください。隠れたら合図をください。合図がなくても30秒したら開けます」
神従者「! はい! あ……あの、一言だけいいでしょうか」
近衛「何か」
神従者「その…。ありがとうございます。こんな私の話を信じてくれて……」
近衛「………」
亀姫「……信じたわけではありません、他に検討するものがないだけ。この先に貴方の話と違うものがあれば、騙した貴方を殺させていただくわ」
神従者「それで充分です。ワタシは嘘などついていない…この先に進めば、ワタシの話が真実であるとお分かりいただけるでしょう」
亀姫「………そう、わかったわ。 さあ、早くお下がりなさい」
神従者「はい! どうか、どうか――」
神従者「我が娘の命を、お守りくださいませ………っ!」
335 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:24:34.65 ID:RlDl3quZ0
――――――――――――――――――――――――
天空宮殿・最深部
――始まりの間
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・
ゴ……ゴゴゴ……
石造りの扉が、左右の壁の中に吸い込まれていく。
扉という名の大岩を引きずる振動は大きく、この地下穴が崩れてしまわないか心配になる。
開いた室内には灯りがともされていて、先ほどまで暗闇にいた亀姫は目を眩ませた。
もしも奇襲を仕掛けねばならなかったとすれば、これは致命的だったろう。
『!!』
近衛「…………失礼します」
先に足を踏み込んだのは近衛。
ここまでの間、目を閉じていたのかもしれない。迷いのない足取りだった。
気配を頼りに、亀姫はその後ろについて歩く。
いざ攻撃をする時に、亀姫の身体が近衛の邪魔になってはいけない。
336 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:25:08.38 ID:RlDl3quZ0
『何者だ……!?』
近衛「貴方が、神でいらっしゃいますか?」
近衛が堂々とした態度で神に語り掛けるのを聞き、
亀姫は顔を伏せ、近衛の従者のように控えることにした。
近衛がうまく会話できるのなら、
神を刺激しないためにも、主人とその大人しい下僕のように見せかけるのが得策だろう。
神『……魔族か…!?』
近衛「はい。ですが、魔族であってもあなたに逆らう者ではありませんよ」
神『何…?』
亀姫(……飄々としたものね、上手な演技ですこと。…こんな一面があるのは知りませんでしたわ)
堂々としているどころか、近衛はいつも以上に軽快な口ぶりだ。
会いたかった人に会えたような、喜色めいた声色をしている。
近衛「………自分は、魔王に仕える近衛でしてね」
神『なぜここを…! チッ』
近衛「ああ、お待ちください。自分を殺すのは、話を聞いてからにしていただけませんか?」ニコ
亀姫(……近衛?)
337 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:26:22.71 ID:RlDl3quZ0
まさか自分の正体をあっさりと名乗るとは思わなかった。
刺激をしないようにするはずだったのに、近衛という職を名乗っては逆効果ではないだろうか。
近衛がどのようにして神の油断を誘うつもりなのか、打ち合わせる時間がなかったのが悔やまれる。
しかし初まってしまった以上、亀姫にはどうしようもない。
どのような状況にも対応できるよう、
今はしっかりと二人の会話を聞いているしかないのだ。
神『………』
近衛「っと。ああ。もしかして、後ろのソレですかね…? 貴方が魔王を殺すための、切り札とやらは」
神『これは……』
近衛「もっとわかりにくいかと思っていましたよ。浄気…でしたっけ? 目に見えない状態で、貴方の体内にでもあったらどうしようかと」クスクス
神『……誰から何をきいてきた。話とは、なんだ』
近衛「せっかちですね。ソレが交渉の肝となるんですから、少しくらい吟味させてくださいよ」ニコ
神『交渉…?』
338 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:26:58.56 ID:RlDl3quZ0
亀姫(近衛… いくら演技とはいえ、なんだか普段とあまりにも違いすぎて…)
亀姫の知っている近衛は、堅苦しくて生真面目な朴念仁だ。
こんな風に笑顔を浮かべて、ずけずけと軽薄そうに物を言う人物ではない。
亀姫(……あ、でも。これまでも時々、軽薄な口説き文句みたいな事を口にすることもありましたわね)
亀姫(近衛の職をしている時が真面目なだけで、本来はこういう人だったりするのかしら?)
そんな疑問が浮かびあがると同時、
亀姫の心には不安も湧き上がった。
亀姫(……近衛の、本来の姿…?)
・・・・・・・・・・・・
―――獣王『あいつは不穏デ、不吉な匂いがすル』
―――近衛『……自分は、ニンゲンなのですよ』
―――魔王『近衛… いや――― “元・勇者”』
―――近衛『配下に下り、忠臣となるまでには、一体何があったのでしょうね』
・・・・・・・・・・・・・・
亀姫の頭の中に、様々な言葉が浮かび上がる。
ここまで行動を共にすることで、近衛は魔王に忠誠を誓う仲間だと信じるようになった。
だが、信じてよかったのだろうか。
こんなに演技上手な近衛は知らない。近衛のこれまでの発言が真実であったと証明はされていない。
339 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:28:22.72 ID:RlDl3quZ0
亀姫(……大丈夫、よね。 まさか、私自身が近衛なんぞの策に嵌っているなんて事は――)
・・・・・・・・・・・・・・
―――亀姫『……もし、ニンゲンが本当に魔に滅ぼされていたら…。……近衛はどう思ったかしら?』
―――近衛『……ひどく…魔を、恨んでいた…? 憎んでいたかもしれない…』
・・・・・・・・・・・・・・
ゾクと背中を走った悪寒。
掌に肉塊を乗せてにこやかに微笑んでいた近衛の表情を、思い出した。
あの時に感じた恐怖は、本当に忘れてよかったのだろうか。
亀姫は自らの指先が冷えていることに気付くと、そっと握りしめた。
亀姫(……大丈夫。坊やの忠誠が本物だとも思ったはず。今は神の下手にまわるため、魔王陛下をうらぎったかのように見せつけているだけ。おかしいことなんて、ありませんわ)
ちらと視線をあげて覗き見た近衛は、
不躾な子供のように、始まりの間をふらふらと歩いている。
340 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:28:58.54 ID:RlDl3quZ0
神の後ろにあったのは、部屋ほどの大きさがある水槽。
実際は巨大な結界なのだろう。
水槽に見えるが、その中に閉じ込めた浄気のせいで水槽に酷似して見えるのだ。
中身が揺れ、気化しては水に戻る。
時に凍り付き、気泡がはじけるように割れて、周りを揺らす……そんな、不思議な水槽。
近衛はそれをジロジロと眺めている。
時々口に手を当て、おかしそうに笑いを零している。
神はあまりにも不審すぎるそんな近衛の態度に警戒し、近衛を睨み付けていた。
神『動くな。おまえは目の前のこれが何かは知っているようだな…』
神『容易に手を出せば、ただでは済まぬ。 何がしたい』
近衛は神の言葉を聞き、ぴたりと足を止めた。
身体は水槽のほうを向いたまま、首だけを僅かに回して神に微笑む。
341 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:29:29.41 ID:RlDl3quZ0
近衛「聞いてくれますか? 実は、自分は魔族に少しばかり恨みがありましてね」
近衛「貴方ならば、魔王を確実に殺せる…… そう聞いて、わざわざこんなところまで来たんですよ。 頑張ったでしょう?」クスクス
亀姫(………っ 近衛…)
神『おまえ、何を……?』
握りしめた指先が、どんどん冷たくなっていく。
近衛の声が、頭に響く。大丈夫だと言い聞かせる自分の声が、小さくなっていく。
近衛「教えてくださいませんかね。どうやって、これ使うんです? 貴方が鍵か何かを持ってらっしゃるんですか?」
近衛「――神様。あなたを殺せば、魔王を殺せるんですか?」ニコリ
342 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/04/27(水) 13:31:08.36 ID:RlDl3quZ0
――――――――――――――――――――――――
魔王(―――信じるべきか)
後戻りはできない。間違えてはならない。
信じてしまえば
何も失くさないままで、欲しいものを手に入れることができるかもしれない――
――――――――――――――――――――――――
亀姫(―――疑うべきか)
遅れてはならない。見誤るわけにはいかない。
騙されてしまえば
大切なものを奪われて、取り返しのつかないことになってしまう――
――――――――――――――――――――――――
精霊族「………たった一人の嘘吐きのために、別の誰かの切実な想いが疑われる」
―――近衛『陛下の心が穢れないからといって……穢そうとしていい道理などはない!」
―――神従者『我が娘の命を、お守りくださいませ………っ!』
―――神『ここから先の時代を、共に歩んでいこう… 魔王……っ』
精霊族「ああ、本当に嫌な世界です。――おかげで、すっかり目が離せない」
343 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/27(水) 16:23:51.24 ID:khOQ34H/o
乙
またいいところで…
344 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/29(金) 15:59:50.17 ID:akfPNaVjO
おつ
345 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/04/29(金) 17:32:36.12 ID:V0Wx681bo
乙ー
346 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:14:59.73 ID:ofIrSduQ0
――――――――――――――――――――――――
天空宮殿・最上階
天守閣
神「……やはり、我々が憎いか…? 我らの手を取ることはできないのか…?」
魔王「…………」
神「魔王……?」
魔王は段々と苛立ちを覚え始めていた。
先ほどから胸の奥底に小さなわだかまりが出来ていて、それが魔王の気に障っている。
魔王「そんな言葉を、俺が信じると思うのか」
神「信じてほしいんだ!」
魔王「馬鹿な。魔王が神族の手をとるだなどと――……
口から出てくる言葉が、空々しく感じた。
違和感にも似た嘘くささ。言葉が続かない。
347 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:15:28.11 ID:ofIrSduQ0
愛しいものを手に入れるためには、奪い取るしか方法がなかった
自分は悪だから。
魔王だから。
どんな方法を選んだとしても、許されることはない。
愛することも、愛されることも 自分が行えばそれは何かの悪行の一端を演出するだけ。
魔王(………天使を愛する方法だけでなく、愛される方法があるというのか?)
天使と笑いあえる未来。
そんなものがあるのなら、縋り付いてみたい。
魔王「………いや。もういい、話は終わりだ。お前の話は夢物語、乗ってやるにはあまりにも稚拙すぎる」
神「夢物語などではないと言っているだろう!?」
出来るものか。叶うものか。
神と魔王が共に切望するような願いならば、とっくに叶っていておかしくない。
魔王「夢物語だ。……どれだけ望んだとしても叶わない物を追うなど、馬鹿げている」
必死に否定しなくては、自分まで夢物語を追い求めてしまう。
魔王はそんな危機感に追い立てられていた。
348 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:16:29.86 ID:ofIrSduQ0
信じてみたいと思った。
信じたかった。
だから、もっと信じさせて欲しい。
――信じられるだけの言葉が、欲しい。
そんな自分の祈りに、苛立たしさが募っていく。
馬鹿げている。天使と共に生きる幸福を、神頼みにして説かれるなどまっぴらだ。
魔王「惑わされはしない。俺はやはりお前を殺し、自分の手で得られる分だけを………」
そう言いながらも、脳裏には天使の泣き顔が浮かぶ。
神界を滅ぼした後は、きっと天使を飼育するように生かすことになるだろう。
それは、天使の側に確実に居られる方法だ。
だが同時に、微笑みや愛を得る機会を永遠に失う方法だ。
自分の手で得られるやり方では、それだけしか得られない。
魔王「………――っ」
349 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:17:19.72 ID:ofIrSduQ0
それでいいはずだった。充分だと思っていた。
それ以上は望めるわけがなかった。だから、納得できていた。――なのに。
神「私の手を取ってくれ。――共に、生きよう」
いっそ大嘘だと言ってくれ。そんなこと本当に出来るわけないと。
騙してやったと、そう言って嗤ってくれ。
魔王「……もう、これ以上、お前の言葉を聞いている気になれない…」
腰元で構えていた刀。元より抜身のその刀を、上段に大きく振り上げる。
何もかもが鬱陶しくて気障りだったから、迷いごと、一刀両断に斬り捨ててしまいたかった。
神「魔……!」
夢を見せられて、息苦しい。
掲げた刀が重過ぎる。
魔王「死ね……!」
ビュ…ッ………
ガギィン……!
神に向けて、振り下ろした刀。
無防備な神を、斬り捨てるための一太刀。
魔王「…………っ…!」
神「…………ぇ」
その切っ先は神に届かないまま
勢いよく地を斬りつけた。
迷いが、一歩踏み出すことを阻んでしまったのだ。
神「…………魔、王…?」
魔王「…………っ」
350 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:35:17.88 ID:ofIrSduQ0
―――――――――――――――――――――――――――――
天空宮殿・最深部
「始まりの間」
神『貴様…何を言っているか、わかっているのか』
近衛「もちろんわかっていますよ。貴方を殺せば、結界が破れて暴発してくれるんじゃないかと聞いているんです」
亀姫の目は、ようやく明るさに慣れてきていた。
今なら、混乱と怒気を声に含ませて目を見開いている神の姿もはっきり見える。
神『―――立ち去れ。今は、余計な力を使いたくない』
畳んでいても、なお大きさのわかる翼。
左右に大きく張り出した翼角と、足元近くで交差する風切羽のシルエット。
それは、鳥というより蝶にも見えた。
横で一つに束ねられた長すぎる髪は床に届くほどで、しなやかに伸びた植物の茎にも見えてくる。
蒼と藍の瞳が表しているのは、空か海か。
儚すぎるほどの白い肌は、雪か雲か。
351 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:42:41.03 ID:ofIrSduQ0
亀姫(……ご老体と思っていたのに。なんて、美しい生き物なのかしら……)
世界にある美しいとされるものをまとめ
一匹の生き物にしたらこのような姿になるのだろう。
その美しいものが、今は近衛の言葉に翻弄されて美しさを乱している。
それはあまりにも勿体なく、無粋で、罪な行為にも思えた。
そんな風に感じるのは、近衛に疑いを持ってしまったせいなのだろうか。
近衛「コレ、浄気ですよね?」
近衛が軽々しく水槽を指さしたので、亀姫は慌てて視線を近衛に戻す。
352 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:43:10.14 ID:ofIrSduQ0
近衛「これだけあれば、目標に向かって打ち出したりしなくても、放つだけで魔王は死んじゃうんじゃないですか?」
神『何を馬鹿な……』
近衛「馬鹿? あはは、何故です?」
神『無闇に結界を解けば、破裂の瞬間に爆風となる―― お前自身もその奔流に巻き込まれ、圧死するだけだ』
近衛「へぇ……」
何がおかしいのか、近衛は神の言葉を聞いて にやにやと口元を緩ませている。
亀姫(―――判断、しがたいですわ)
亀姫は近衛の言葉を一言一句聞き逃さないよう、神経を集中させていた。
近衛をみているこの瞬間も、近衛は神に質問を投げつづけている。
亀姫(本当に陛下を裏切っているようにも見えますけれど、その言動は うまく神から情報を引き出しているようにも思える……)
亀姫(近衛……。もしも陛下を裏切るのなら、私は決して容赦いたしません。ですが私、やはりあなたのことを… 仲間のことを……)
亀姫(――疑いたくは、ありませんの)
353 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:51:17.60 ID:ofIrSduQ0
亀姫は顔を上げ、しっかりとした足取りで近衛のほうへ歩み寄った。
神はそれを見て半歩下がり、近衛は亀姫にニコリと微笑む。
亀姫は近衛の横までくると、立ち止まって袖を引き寄せ整える。
……袖の中に隠している毒針を確認するためだ。
亀姫(使わせないでくださいませね。――今はまだ、あなたを信じておきますわ)
それが確かにあることだけを確かめると、袖を降ろす。
そして、毅然とした表情で神を見つめた。
神に対峙する、亀姫と近衛。
近衛は相変わらず微笑んだままだったが、それが神にとって高圧的に思えたのだろう。
神は声を荒げ、その身体にまとった浄気を膨らませて見せた。
神『お前らなどに、コレに関わらせるつもりはない! 今すぐに消えるのだ、そうでなければ――!』
近衛「そうでなければ、なんですか?」
近衛はわざとらしく、ゆっくりとした動作で腰に提げたナイフを引き抜き、大きく振る。
ナイフは瞬時に大剣と化し、ギラリと輝いてその刃に神の姿を映し出した。
354 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 01:53:30.16 ID:ofIrSduQ0
神『っ』
近衛「僕達を殺しますか? 貴方に出来るのかどうか知りませんけど…… やってみてもいいですよ?」
近衛は、ひたりと足を一歩前へ進める。
神はそんな近衛を、目を見開いたままで見つめていた。……否。神は近衛の剣を見ていた。
神『そ……… その、剣は………』
近衛「ああ。見覚えありますか? これ、昔に貰ったんです」
玩具のように大剣を持ち上げ、弄ぶ近衛。
神の視線がそこに釘づけになっているのを見て、また可笑しそうに笑いだす。
神『お前は……… お前は、まさか…?』
近衛「………ええ。 ――死に損ないの、勇者です」
神『……!』
神の、元より真白の肌が、さらに蒼白に染まっていく。
355 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:13:56.01 ID:ofIrSduQ0
近衛が、元勇者。
その素性を知って、多くの物に合点がいってしまったのだろう。
魔族を恨んでいるのは、人間世界を滅ぼしたのだから当然だ。
神をなんとも思わない無礼な態度も、神が人間世界を救わなかった事を思えば理解できる。
正体不明の余裕ですらも、狂人のそれだと思えばいい……
すべての辻妻が合ってしまったのだ。
神の目に、近衛は“魔王殺しのためならば神殺しも厭わない狂人”に見えているだろう。
亀姫(―――実際に、狂人なのかもしれないけれど)
亀姫は自分に言い聞かせ、自らを律する。
近衛に嘘があれば、それは見定めなければならない。妄信的に信じてはいけない。
神『剣を…… 剣をしまえ。お前が魔王を憎んでいるのは理解した…!』
神は、近衛が持っている剣に注視しながら 震えていた。
魔族であれば、いくらか浄気を使ってしまえば追い払えると思っていたのだろう。
だが、剣を構えた勇者であるならば決して油断はならない。
その危機を前に、怯えているのだ。
356 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:22:48.33 ID:ofIrSduQ0
亀姫(……神従者の言った通り、神は本当に戦向きではないのでしょうね)
神族自体が戦に不向きな種族と思っていても
内心では “神だけは強いのではないか”と思っていた。
だがこうして神自身をとって見ると、他の神族以上に戦に不向きなのが明白だ。
何しろ、武器らしきものを持ってさえいない。
浄気を纏ってはいるものの、本人は隙だらけで反応も鈍そうだった。
確かに神は、神の名に恥じない特別な気品のある佇まいをしているが、
それは王の威厳に似たものではなく、深層の令嬢が持つ儚さに似たものだ。
このような者が神なのだとしたら、戦神を警護にしているのも頷ける。
亀姫(……ああ、でも怯えているのは仕方ありませんわね)
亀姫(神界から勇者に授けた剣。もしそれが魔王殺しのために与えたものならば、その威力は本物なのでしょうから)
だとすれば、こちらは有利だ。
それこそ浄気を暴発でもさせない限り、神は下出に回るしかなくなる。
近衛もそれに気づいているのだろう。
大剣を時に大きく振り、驚かせる程度の威圧を繰り返している。
ビクリと肩を跳ねさせる神に同情してしまいそうだ。
357 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:23:48.41 ID:ofIrSduQ0
神『………い、生きていたとは思わなかった…。 だが死に損なったとは一体……?!』
近衛「まあ死に損ないっていうか、魔王に生かされてるだけなんですけどね。人間としてはもう死んでるようなものです」
神『魔王に……?』
近衛「ええ」
近衛「だからまあ、今更 自分の命を惜しむつもりもないんですよねぇ。暴風に巻き込まれて僕が死ぬとしても……―――それで魔王が死ぬなら、本望ですよ」
あっさりと述べたのは、希死念慮ともいえる意思。
どこかぼんやりとした物言いは、自分の生死などに興味はないと言わんばかりで。
亀姫ですらも、近衛の発言には薄ら寒さを感じた。
神『だが、何故… 何故、魔王の近衛になっている……!?』
近衛「あはは! やっぱり信じられませんよね。僕もたまに信じられないんです!」
近衛「あいつら、いきなり乗り込んできて、人の世を燃やし尽くしたんですよ? 目の前でたくさんの人が死んだんです。それを見てた僕自身も、死ぬ寸前でしたけどね!」
芝居がかった陽気さ。
本来ならば、笑って言えたセリフではない。
358 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:25:21.25 ID:ofIrSduQ0
神『で、では お前は本当に魔王を殺すつもりで…!? その為に、魔王の配下となったと、そういうのか?!』
近衛「あー。もうやめてください、面倒くさい」
神『めんど…』
近衛「神族って話が長すぎません? 僕のことなんか今はどうでもいいでしょう。それとも時間稼ぎのつもりですか?」
神『違……!』
急に態度を変えた近衛に、神はさらに言葉を詰まらせる。
不機嫌をあらわにした近衛の声。なげやりな口調。
近衛「……質問してるのは、僕ですよ。先に答えてください、神様」
神『何を――』
近衛「貴方を殺せば、魔王も殺せるんですか?」
359 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:31:15.73 ID:ofIrSduQ0
キンッ――
近衛が、一瞬で駆けた。
大剣が神の首元に添えられ、薄皮に引っかかり、肉を押す。
ヒ、と息を呑んだ神のその動きで薄皮が小さく裂けた。
神『――――ひっっ』
近衛「……ああ。これじゃ答えられませんね。少しだけ力を緩めてあげましょう」
近衛の言葉を聞いた神が、ゆっくりと息を吐く。
喉の動きに合わせて、添えられた刀も小さく揺れた。
神『やめ…ろ…! お前の存在は、計算外だ……!』
近衛「計算外…?」
神『そ、そうだ…』
近衛「どう、計算外なんです? 何を謀っていたんです?」
神『それは―― ! っそ、そうだ!』
近衛「?」
神は落ち着きのない焦点のまま、必死に言葉を紡ぐ。
震える唇や乱れた息継ぎに阻まれながら、神はようやく こう言った。
神『お前も、我が楽園で共に生きるが良い……!』
近衛「楽園……ですか?」
360 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:39:11.23 ID:ofIrSduQ0
黙して、さらに力を緩めた近衛。
神はそんな近衛の態度に安心したのか、一気にまくしたてた。
神『そうだ! 憎しみも恨みも忘れ、新しい世界で、全てをはじめからやりなおせば きっと―――
近衛「…………きっと…?」
神『きっとお前もまた、救われるだろう――……!』
まだ震えていたが、神はまっすぐに近衛を見つめていた。
自らの提案に自信があるのだろう。
どうだ、と問い詰めるような神の視線。
先に目をそらしたのは、近衛だった。
近衛「…全てをはじめからやりなおす、新世界…ですか。憎しみも恨みも無い楽園……なんだか魅力的ですね」
神「そうだろう。この戦はそれを目指して仕掛けられたものだ…!」
近衛「その楽園作りが、戦の動機なんですか? では、この浄気は?」
神「この浄気は、楽園を形成する要になるものだ…。魔素を打ち払い、浄気を充分に満たすために必要となる……」
近衛「………そうでしたか。この結界、そんなに大事なものだったんですね」
反省したかのように、近衛は大人しい口振りで呟いた。
361 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:48:33.36 ID:ofIrSduQ0
神『…わかったのなら、その剣を降ろせ…!』
近衛「? 何故です?」
神『な。なぜって…』
神『我を殺しても魔王は死なないと言っている!』
神『だが、我らの悲願が叶う時を大人しく待ってさえいれば、お前もその楽園で心癒される…! これ以上の邪魔をするなと言っているんだ!!!』
近衛「あー…」
神『何が“あー”、だ! 物わかりが悪いわけではないんだろう!?』
近衛「ええ。まあ、貴方の言いたいことはわかりますよ」
神『〜〜〜〜っ』
近衛「ねえ神様。その悲願が叶う時って、“いつ”です?」
神『いつ…って』
近衛「僕ね、もう待ち飽きたんですよ。……気長な話なんて、聞きたくないくらいにはね」
362 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:51:10.51 ID:ofIrSduQ0
近衛はそういうと、もう一度しっかりと神の首元に剣を当てなおした。
神は近衛のペースから逃れることのできないまま、また動揺して口早になっていく。
神『す、すぐだ!』
近衛「すぐ? すぐってどれくらいです?」
神『お、お前がこの剣を降ろせば、そう間もないうちに……!』
近衛「え? そんなにすぐなんですか?」
神『ああ、そうだ! 今頃、天守閣では戦神妃が魔王を抑えているはずだからな!』
近衛「魔王を……抑えているんですか」
神『そうだ……! 魔王の魔素が体内から全て抜け出たその時、あちらから合図が来ることになっている!』
神『これだけの浄気をまともに操れるのは我だけ! その合図を逃すわけにはいかぬのだ! さすれば、楽園はもう間もなく――……!!
近衛「では、もういいです」
363 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 02:56:06.05 ID:ofIrSduQ0
シャッ……
神『!!?』
ザッ―――………
躊躇なく、振り切られた大剣。
神の持つ、長い髪や翼も 共に斬りおとされた。
斬った後、近衛は僅かに怪訝そうな顔を浮かべ、その剣を眺めていた。
それからドシャリと崩れた首なしの聖骸を見下ろして、何か呟いた。
亀姫「こ、近衛」
近衛「……あ」
亀姫が声をかけると、近衛ははっとした様子で振り返った。
目が合うなり、小さく呟く。
近衛「はは。…勇者の剣が、神殺しの剣になってしまいましたよ……亀姫様」
亀姫「近衛……あなた」
近衛「これで本当に、自分は勇者なんかではなくなりました。いえ、やはり最初から、勇者なんかじゃなかったんでしょうね」
小さすぎる抑揚。
近衛は悲しげにも、安心しているようにも見えた。
364 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 03:01:10.16 ID:ofIrSduQ0
近衛が剣をホルダーに添えると、神殺しの剣は小さなナイフに戻って腰元に収まった。
亀姫はその場に棒立ちのままだ。
頭が急展開に追いつけない。
近衛「…っと。亀姫様、大丈夫ですか? 顔色が随分とお悪い。流石にこの部屋の浄気は身体に障りますか」
亀姫「違………」
近衛「亀姫様……? どうなさいました、まさか最後の最後で神が何か…!?」
亀姫の様子を不審がった近衛は、
足元に崩れている神の聖骸を睨み付ける。
神の身体からはゆっくりと浄気が抜け出し、水槽の中へと取り込まれていく所だった。
死した神族から浄気を集める装置。
それにとっては、神も例外とはならないのだろう。
近衛「……きちんと、死んでいるようですね・・・」
亀姫「神に、なにかされたわけではありませんわ…」
近衛「そうですか…? では少しお疲れになってしまわれたのでしょうか」
365 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 03:13:01.00 ID:ofIrSduQ0
近衛は、浄気が空になった神の頭部を拾い上げた。
長かったはずの髪は、今は首の長さでパラリと流れている。
それを片手に抱くと、次いで亀姫のそばに近寄り、肩に亀姫を乗せた。
亀姫「何をなさいますの!?」
近衛「すみません、今は一刻も早く陛下の元へ行きたいのです。暫しのご辛抱を」
真面目な顔をして、既に出入り口を見据えて歩き出そうとする近衛。
亀姫は近衛の肩を腕で押して身体をそらし、慌てて声をかける。
亀姫「こ、近衛!!」
近衛「はい、なんでしょうか」
亀姫「あなた…… 魔王陛下を殺すおつもりではないと誓えますわね!?」
近衛「・・・・・・は?」
ピタと一瞬だけ足を止めた近衛。
意表を突かれたような間抜けな顔は、亀姫のよく知る近衛の顔をしていた。
亀姫「誓えますわね、と聞いているのです!!」
近衛「……あの。もう神は死にました、演技は終わりです」
亀姫「ならばあれはすべて、演技でしたのね? 本当にすべて演技だったと、私の目を見て言えまして?!」
近衛「当たり前じゃありませんか。怒りますよ」
近衛は亀姫を抱き直し、まっすぐに亀姫の目をみつめた。
近衛「自分が陛下を裏切るなど、決してあり得ません」
亀姫「近衛…」
近衛「さあ、行きましょう。本当に戦神妃に陛下が抑えられていては大変です!」
亀姫「――ええ」
366 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 03:14:54.43 ID:ofIrSduQ0
亀姫が返事をし、小さく謝罪をしたときには
既に近衛は走りだしていた。
開いた扉のおかげで、灯りが階段を多少照らしている。
降りるよりも昇る方が随分と楽なようで、近衛は亀姫を担いだままで駆け昇っていく。
近衛(神従者から聞いた話の通りだったか……。ならばあとは迷いなく陛下の助力になれる――)
陛下を討つつもりだった神。それを討ち、今まさに陛下の元へ駆けつけている。
近衛の駆ける足は勇み、軽く疾い。
階段を昇りきり、亀姫を一度降ろしてから彫像の穴をくぐり出る。
周囲を確認するとすぐに亀姫を引き上げ、近衛はまた亀姫を担いで正門へと走った。
近衛「…亀姫様、まだ気分は優れませんか」
亀姫「いいえ、もう大丈夫よ。自分で走れるわ」
近衛「ですが顔色がまだ戻らぬ様子。念のためこのままでいきましょう」
亀姫「……私、そんなに顔色が悪いかしら?」
近衛「ええ。一体どうなさったのです。陛下がご覧になったら、きっと心配なさいますよ」
突然に魔王の名を出され、
亀姫は顔色を変えている自分を恥ずかしくも情けなくも感じた。
だがそれはすべて近衛のせいだ。
亀姫の中に、ふつふつとした怒りが湧き上がる。
367 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 03:55:14.08 ID:ofIrSduQ0
近衛「さあ。しっかり捕まっていてくださいね、亀姫さ……
亀姫「貴方がいきなりおかしな演技をはじめたせいですわ」
近衛「え? 自分のせい…ですか?」
きょとんとした顔の近衛。
亀姫がため息まじりに視線を落とすと、反対の腕に抱かれている神の首が目に入る。
無事に、神を討った。
近衛はこうしていても、魔王の元へ駆ける足を緩めていない。
亀姫「私がどんな気持ちで、あなたの言葉を聞いていたと思っているの…」
近衛「神を欺くために演技をするというのは、打ち合わせていたはずです」
亀姫「打ち合わせた演技と違いすぎましたわ!」
亀姫は担がれたままで、近衛の耳元にどなりつける。
近衛は驚いたが、亀姫の怒りを察すると慌てて弁明を始めた。
近衛「す、すみません。ですが神を信じさせるには、あれくらい言わなくてはと思ったんです」
亀姫「あれくらいって…」
近衛「分が悪いから神につくことにしましたなんて、 いくらなんでも信じないでしょう?」
亀姫「だからって、よりによって陛下を憎んでいるだなんて!」
近衛「魔王を憎んでいるから神側につく。そう言えば、信じるにたやすい動機となる」
近衛「確かに口にしたくもない嘘ですが。……不審がられて、余分に時間を食うことが何より嫌だったのです」
亀姫「……」
368 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 03:55:43.50 ID:ofIrSduQ0
近衛「あの話は亀姫様から聞いた "もしもの未来"を想像しての作り話ですよ。印象深かったので、神を見たときに思い出して。すぐに利用する手を思いつきました」
亀姫「……あ、あの場でああすることを思いついたというの…!?」
近衛「はい。元々が亀姫様から聞いたお話だったので、きっと亀姫様もすぐにわかってもらえるだろうと」
亀姫「……もともと自分で想像したからこそ、ありえてもおかしくないと思ってしまいましたわ」
近衛「……そうでしたか。まさかそのせいで血色を悪くされていたとは…本当にすみません」
亀姫「…………」
黙り込んで、天空宮殿を駆けあがっていく近衛。
その肩に抱かれながら、亀姫は僅かに沈んでいた。
亀姫(……確かに、驚かされた。だけど、私の顔色が悪いのは……きっと…)
きゅっ、と。
近衛の背中に、亀姫が捕まった。
近衛「亀姫様…?」
369 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 03:56:23.53 ID:ofIrSduQ0
亀姫「……ごめんなさい。あなたは陛下のために必死だっただけね」
近衛「いえ。混乱させたのは事実です、お気になさらず」
亀姫「……そうじゃないの。私は、あなたにやつあたりをしたから謝っているのよ」
近衛「………?」
階段を駆けていく近衛。
争いの跡を踏み越えていく近衛に、いちいち相槌を求めるのは間違っている。
亀姫は、自分がせめて重い荷物にならないようにと姿勢を変え
近衛にしがみつきながら前方を見る。
道のりにある邪魔なものを結界術で弾き飛ばし、サポートに回った。
近衛「ありがとうございま……
亀姫「―――あなたを疑ったわ」
近衛「……え」
亀姫「魔王陛下をお守りするために、どんな悪意も見落としてはいけないと思った。」
亀姫「だから何かあったら、貴方を毒針で刺すつもりだったの」
近衛「……」
370 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 03:58:32.14 ID:ofIrSduQ0
亀姫「…貴方を信じることにして見ていたけれど、何かあれば動くつもりだった…」
亀姫「でも、動けなかったわ。あなたが神に剣を向けたとき、私は動けなかったの」
近衛「あそこで亀姫様に動かれていたら神は討てませんでした」
亀姫「そうね。……でも、あそこで貴方が結界を暴発させようとしても、私は何もできなかったでしょうね」
近衛「……しませんよ、そんなこと」
亀姫「結果論だわ。わたしは確証があって動かなかったわけじゃないもの」
亀姫「信じて見守ると決めたからには、動くときには動かなくてはならなかった」
亀姫「出来もしないことをしようとして、陛下を危険にさらした。……約束破りの裏切者は、私だわ」
近衛「……」
亀姫「……」
近衛「……自分は、最後まであの神従者とやらを信じられませんでしたよ」
亀姫「……?」
371 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 04:05:46.70 ID:ofIrSduQ0
近衛「奴の話に乗り、言われるままに演じる気になれなかった。だから自分の考えを押し通し、神を前にして、唐突に真逆の演技をしました」
亀姫「……」
近衛「ですが結果はこの通り。実際は神従者の言っていた通りでした」
近衛「疑うだけ疑って勝手な行動をとり、神を刺激した」
近衛「さらには亀姫様までも混乱させて……。全てを台無しにする可能性も、割とありましたよね」」
近衛「でも結果論でいいです。上手くいってよかった。陛下を危険にさらした事もですが、迅速に神を討てたのもまた事実なのですから」
亀姫「近衛……」
近衛の声は明瞭だった。
駆けているその目も、迷うことなくしっかりと進む先を見つめている。
『危険は冒したが、後悔はしていない』。
そんな意思を感じさせる口調だ。
372 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 04:10:45.49 ID:ofIrSduQ0
亀姫「……坊やって、大胆なのか小心者なのかわかりませんのね」クス
近衛「小心者ですよ。魔王陛下を裏切るマネだなんて、演技でも出来るか不安でしたから」
亀姫「ふふ。とてもお上手でしたわ。まるきり別人なんですもの、すっかり騙されるところでした」
近衛「はい、別人のつもりでしたから」
亀姫「そうでしたの?」
近衛「自分のままで、陛下を裏切る演技をしたくなかったのです。後々、自分を嫌いになりそうですからね」
亀姫「ふふ。わかる気がいたしますわ。それにしても、ずいぶんと強気でしたこと」
近衛「はは…。陛下の真似って、するだけで強くなれる気がしますね」
亀姫「え?」
近衛「あそこまで堂々とできたのも、陛下の日ごろのお強さのおかげですね!」
亀姫「………まさかあれ、陛下の真似でしたの?」
近衛「はい! もしこの世の中に陛下を裏切っていい人物がいるとしたら……それは陛下ご自身くらいですから!!」
亀姫「…………………」
373 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 04:18:23.84 ID:ofIrSduQ0
近衛「……亀姫様? どうなさいましたか」
亀姫「あれの…………どこが、陛下の真似ですの…?」
近衛「え。ですが、自分でもなかなか上手くできたかと――…」
亀姫「貴方は普段、陛下の何を見ているおつもり!?」
近衛「そ、その…強気な微笑とか、不敵な余裕とか」
亀姫「はぁッ!?」
近衛「あ、あとやや傲慢な口調とか!! あの、陛下の特徴は抑えたつもりだったんですが…」
亀姫「陛下はあんなに軽薄で頭のオカシそうな方ではありませんわ!」
近衛「軽薄で頭がおかしそうでしたか…!?」
亀姫「侮辱もほどほどになさいませ!」
近衛「見倣っただけで侮辱って!! 自分の演技は、そんなに下手でしたか?!」
亀姫「下手よ! どヘタ!!!」
近衛「!!!!」
亀姫「……まったく! この戦が終わったら、私が直々に再教育して差し上げますからね!」
近衛「あ……」
亀姫「陛下のことをきちんとご理解できるよう、精進なさい! さあ、陛下をお迎えに上がって、残敵を倒して………さっさと帰って勉強しますわよ!」
近衛「……はいっ!!」
374 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 04:33:01.74 ID:ofIrSduQ0
―――――――――――――――――――――――――――」
天空宮殿・最上階
天守閣
魔王「……は。まったく魔王らしくない」
魔王「深く望みすぎて。僅かにでも叶うのならば、それだけでも代えがたい価値があると思えてしまう。……滑稽だな」
神「魔王、それでは―― それでは、帰ってきてくれるのだな!?」
魔王「………信じたいとは思う。だが、本当に可能性があるのか」
神「――――っ」
魔王「ないなら、諦めよう。素晴らしい夢物語だった。希望を語る神の話術、見事だった」
神「ある……! だが、口で説明しても信じてもらえないような方法だ! 言えば、余計に疑われるような!」
魔王「…言ってみろ」
375 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 04:35:28.63 ID:ofIrSduQ0
神「――魔王の身体。その魔素を抜き、再び浄気によって満たす……」
魔王「浄気を…?」
神「お前を、元の天使へと戻す」
魔王「……は」
魔王「はは…。 なるほど、そういうことか。つまり俺を殺して、別人を作ろうというんだな」
神「別人ではない! 元々は天使なんだ、その身体は本来は浄気を受け入れられる…! 我々を憎み、拒んでいる魔素さえなければ出来るんだ!」
神「魔素さえなくせば、世界はまたひとつに戻せる!!!!」
魔王「……」
神「お前の体を流れる力を、すべて入れ替える強引な方法ではあるが――」
魔王「仮に、それで俺が浄気に耐えうる身体を手に入れたとして……」
魔王「魔族はどうなる。魔の国は? …世界の一部を壊してなかったことにするのが、お前の言う“ひとつの世界”か?」
神「〜〜〜それはっ」
376 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 04:36:23.80 ID:ofIrSduQ0
魔王「神界のすべての神族を犠牲にしたように。魔国のすべての魔族を犠牲にして、俺に天使へ帰化しろというのだな」
神「……っ一部の魔族、そして神族は復活できると考えている」
魔王「一部…?」
神「元が神族の4種族。それから魔王の血を過去に引いた者。あるいは魔素の影響も浄気の影響も受けず、自己の生命力を用いて生きるもの…」
魔王(……そんな一族がいただろうか? ……まさか、精霊族…?)
神「長い歴史の中で多くの血は混じり合う…」
魔王「………」
神「必ず、浄気への耐性を強く残す者は多くいるはずだ! その彼らは、浄気による統一世界で復活が可能になる!」
魔王「不確定ではあるが、大多数が見込める、と?」
神「そうだ…! 決して魔族を無碍にしているわけではない! だがこれは夢物語のような綺麗事ではないからこそ…… 犠牲が出るのは、やむをえまいと考えていた…っ」
魔王「……ふ。確かに、聞けば聞くだけ胡散臭い話だな。犠牲と危険が多すぎる」
神「だが、出来る! 魔素にさえ阻まれなければ、神の力はそれを可能にする!!」
377 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/05/11(水) 04:43:35.36 ID:ofIrSduQ0
魔王「……理想を信じ、神の力にすべてを委ねろ、というのか。無茶を言うものだな」
神「だが信じてくれさえすれば、我々はお前を倒して無理やりをせずとも、もっと確実に統一世界を作り出せるだろう!」
魔王「信じる……か」
神「ああ! 信じてくれ!! 我々を疑うべきことなど、本当はなにひとつ無いのだから!!」
魔王「――疑うことは容易いのに。どうしてこうも、信じることは難しいのだろうな」
神「魔王……それでも、どうか……」」
神「どうか、信じてくれ」
神が目を閉じ、手を合わせた。
祈りをささげるようにして、切に願う相手は、魔王。
その異常性に、常識が崩れていく。
信じるべきもの、疑うべきものがわからなくなってくる。
魔王「――………
魔王が、口を開きかけたその時だった。
『陛下ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
まるで現実を呼び覚ますかのような必死の声が、響きわたる。
378 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/05/11(水) 05:53:45.47 ID:BioB9KdLo
乙ー
379 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/11(水) 09:59:14.61 ID:Fs/LUzHeO
おつんつん
380 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/24(火) 23:35:11.12 ID:yrtEUdA+o
__ __
/__\ /__\
||´・ω・`| | / |´・ω・`|| へいか〜
/  ̄ ̄ 、ヽ//  ̄ ̄ 、ヽ
└二⊃ |∪ | ,、 ( ゚д゚ )
ヽ⊃ー/ノ ヽノ ヽ〆
 ̄`´ ̄  ̄  ̄
381 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/13(月) 02:26:01.88 ID:LZPNt5o+0
続きばよぉぉぉぉぉぉ
382 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/06/23(木) 13:31:41.69 ID:EL3CwGtAo
まだ?
383 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:24:47.67 ID:6Endy8Rh0
魔王「!!」
神「!? こんな時に、何者だ!!」
誰よりも先にピリと空気を張りなおしたのは魔王だった。
叫び声とほぼ同時、大きく崩れて開いた入り口に近衛と亀姫が姿を現す。
近衛「陛下ッ!! ご無事ですか!?」
魔王「近衛… それに、亀姫……」
亀姫「お待たせいたしましたわ、陛下。ただいま御前に参上仕りました」
獣王「…っ。ようやく、来たカ…。良かっタ……」
誰よりも深く安堵の息を吐いたのは獣王だった。
獣たちは先ほどから、魔王にかける言葉を見つけ出せずにいたからだ。
魔王の迷いを目の当たりにしてしまった獣王。
すがるように希望を求める“匂い”が魔王から漂ってくるのを、その嗅覚で感じ取ってしまっていたのだ。
そしてその匂いは、今もまだ消えていない。
目の前で籠絡されてしまいそうだった絶対的な主人、魔王。
もし神の手を取っていたなら、獣たちは従うしかなかった。統率は乱せない。それが獣の掟なのだ。
主人の想いを知りながら、神に食いつき言葉を止めるべきなのか……
獣たちもまた、葛藤に苛まれて身動きが取れずにいた。
384 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:25:19.24 ID:6Endy8Rh0
獣王(魔王サマは… なんト、答えルつもりだったのだろうカ…)
獣王はそんなことを思いながら、魔王のすぐ脇で牽制の姿勢をとりなおす。
獣たちも、新たに入ってきた近衛たちに合わせて編成を組みなおしていった。
神「……貴様等…ことごとく邪魔をしおって…」
亀姫「うふふ。貴女こそ景観の邪魔ですの。陛下のお傍に控えるにしても不釣合い…身の程をわきまえなさって?」
神「貴様! 誰に向かって口を利いている!」
魔王「……全員下がっていて構わん。神は既に戦意を――」
近衛「いいえ。油断なさらないでください、魔王陛下」
魔王「……油断だと?」
近衛「陛下は騙されているのです。 ……そいつは、神ではありません!」
魔王「――何…?」
神「!!!」
ゆらり、と。
視界に神を捉えた魔王の瞳が、揺れた。
385 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:25:44.62 ID:6Endy8Rh0
近衛「地下に、本物の神がいました…! そこにいる者は神の護衛だという、『戦神妃』です!」
神(戦神妃)「なっ…… お前ら、なぜそれを…!?」
神が目を見開いて驚嘆した時点で、それが事実かどうかなど答えは明白だった。
それでも魔王はゆっくりと刀を握る手に力を込め、静かな声で聴き返す。
魔王「…近衛。それは、確かなのか」
近衛「はい! 天使の父を名乗る者が別の塔に閉じ込められており、その者より聞き出しました!」
魔王「天使の…父…?」
亀姫「……まずは陛下、こちらをご覧下さいませ」
剣を構える近衛に代わり、亀姫が差し出したのは斬りおとされた一首だった。
戦神妃「なっ!?」
386 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:26:17.89 ID:6Endy8Rh0
首だけになってもなお美しい顔立ち。
血の気のない肌は決して土気色に染まることはなく、
青ざめた氷の結晶のように透けてみえる。
一目見れば、その首が特別なものであるとわかる。
魔王「………これが…本物の『神』、か」
戦神妃「あ、あああああああっ!?!?!? 神様! 神様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
跪いていた神――戦神妃は、立ち上がることも忘れ
亀姫の腕の中にあるそれをみて絶叫していた。
神の名を呼び、狂乱する戦神妃。
魔王はその姿をしばし見つめた後で、自嘲気味に嗤った。
魔王「………『疑うべきことは一つもない』、か…。クク」
獣王(魔王サマ……)
獣王だけが感じる、魔王の“匂い”の変化。
その匂いがわかるからこそ、獣王は魔王の顔を見ることができなかった。
387 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:26:45.29 ID:6Endy8Rh0
魔王「……………………戦神妃、といったか」
戦神妃「………っ!!!」
魔王「よく、ここまで俺に夢を見せてくれたものだよ。……褒めてほしいか?」
戦神妃「ま、魔王…! あ、これは…!」
魔王「……今なら、初代魔王がどれほど神を憎んだかわかる気もする」
戦神妃「待ってくれ! 魔王、私は――!!!」
魔王「正体すらも欺かれていたとは、さすがに予想外だった」
魔王が目を伏せたのと同時、獣たちは一斉に身を固くして尻尾を丸め込んだ。
噴き出した匂い。脳髄を焼き焦がす、死の香り。
魔王「どうやら信じるべきことなど………、ひとつもなかったようだな」
戦神妃「違う… 名を偽ったのは、お前と話などできないと思っていたからで……」
魔王「………もう、いい。今度こそ、充分だ」
戦神妃「!!」
388 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/25(土) 21:26:54.73 ID:f9iPY4yc0
待ってた!
389 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:27:20.51 ID:6Endy8Rh0
言い捨てると同時、充分すぎる殺気を刀に纏わせる魔王。
屠るために構える時間など、本来は必要ない。
それでも構えたのは、生を惜しむ時間を与えるためか。
あるいは、罪に恐怖という罰を与えるためか。それとも――
戦神妃「お前が…」
近衛「……?」
戦神妃「お前が、来たせいで……お前が、いなければ…っ あと少しで、理想郷への道が開けたというのにっっ!!」
近衛「……心外ですね。そもそも我々を呼びつけたのは、そちらです」
戦神妃「お前のようなもの、呼んでなど――
ギッと、魔王の後方にいる近衛を睨み付けた戦神妃。
真正面から視線がぶつかった後、先に顔色を変えたのは戦神妃だった。
戦神妃「…っ!」
390 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:27:49.92 ID:6Endy8Rh0
近衛「……自分の事を呼んでない、と?」
戦神妃「おまえ、は…」
近衛「ああ、覚えていてくださいましたか」
近衛「……自分は、すぐにわかりましたよ。貴方の声には聞き覚えがあります…」
戦神妃「まさか………『勇者』……っ」
近衛「………」
近衛「ああ、その響き。間違いなくあなたが、自分を巻き込んだあの時の『声』だ」
戦神妃「………まさか…そんな。勇者は、魔王による人間世界侵略で…」
近衛「そういえば、神には言えず仕舞いでしたね。代わりに貴方に語っておきましょう」
近衛「死ののちに行き着く場所があるならば、そこで神にも教えてあげてください。自分の、昔話を」
魔王「………」
391 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:28:34.24 ID:6Endy8Rh0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
近衛の人間時代――
地上
突然に襲い掛かってきた魔物。
大切な妹が襲われるのを見ても、助けに行けばより酷いことになると 諦めて立ち去った自分。
無力感と、激しい刺傷痛。
炎と煙で赤黒く染まっていく空と、朦朧とする頭。現実以上に、思考そのものが世界を歪ませて見せていた。
青年(近衛)「……ハァ…ック、 ァ、は、ァ……痛ッ…」ヨロ…
この世界には、もう自分はいられない。
迷惑を掛けた。
厭われて、狙われて。
愛しいものも守るべきものも、守れないままに見捨ててしまった。
392 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:29:09.48 ID:6Endy8Rh0
青年(近衛)「ぁ…ぁ、ぁぁ……っ」ブルッ
急激な寒気。怪我のせいなのか熱もある。
寒い。暑い。痛い。苦しい。悲しい。虚しい。
嫌悪感。拒絶。不安。恐怖。後悔。怒り。
炎風のごとき勢いで駆け巡る感情に、目を回す。
足がもつれて地を踏む感触がわからなくなる。
確かめようと足元を見た瞬間にバランスを失い、青年は顔面から崩れ落ちた。
――いやだ……
青年「嫌だ… 嫌だ、嫌だ嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ」
青年「う、うぁあああああああああああああ!!!!!」
393 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:29:37.96 ID:6Endy8Rh0
地に這ったまま叫ぶその口に、土がへばりつく。
血の味。土の味。動く気力を失った四肢。
地を這う虫になったようで。
なのに、虫けらなどよりもよほど無力だ。
何者も信じられない。それなのに、縋りたい。
ぼろぼろと流れ出す涙。
悔しい。悲しい。このまま終わるだなんて…… 寂しい。
もしもまだ、間に合うのなら。
どうかこの世界と、愛しいものを救えるのなら。
惨めで憐れ。
こんな姿で叫ぶしかできない情けない自分を、誰か同情してくれるだろうか。
世界中から憎まれた今、こんな自分に同情してくれる人がいるだろうか。
もしもいるのなら、聞いてほしい。
救いを乞い、助けを求めるこの声を――
394 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:30:39.71 ID:6Endy8Rh0
青年「どうか、お願いです…助けて、ください……」
『――……探したぞ。世界一の、不幸者…』
いつからそこにいたのか。
驚くだけの生命力も残っていない。
顎を地に擦りながらもたげた首で、声を見上げた。
『…この世界をお前の望むように救ってやろう。ただし――…』
青年「……約束、する…。どんな、こと…でも…。いつ、まで…でも……」
『…いいだろう。では…』
パタリ、と木片を打ち鳴らすような音が響く。
カタカタと地が震え、急速に風が吹き荒れていく。
何が起きているのか、地上15cmの目には何も映りはしない。
声だけが、鮮やかに脳に飛び込んでくる。
魔王『さあ祝え。これは生誕祭だ』
あの日、僕たちの世界は守られた。
突然 魔物達が襲来したときのように
突然に、この国は救われた。
魔王とその特異すぎる力によって、地上は世界から”はじきだされ”ていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
395 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:33:18.57 ID:6Endy8Rh0
―――――――――
天空宮殿 天守閣
近衛「人間世界は、上の神、下の魔――そのどちらからも逃れ、丸く転がり続ける球の表面でひっそりと生きています」
戦神妃「そん、な? 世界からの離別だと…? そんな。それでは、まるで・・・・・・」
魔王「父君と魔物による全体侵略。地表の全体に魔素が充ちていた……くく。我ながらド派手な大仕事だったがな」
戦神妃「地表は焼き尽くされたのではなく・・・」
近衛「引き剥がされたのですよ。陛下の、魔素を操る御業によって」
戦神妃「そんな、強引で荒い方法で。一歩間違えば、滅亡ではないか」
魔王「……滅亡したならその時はその時だ。元々は父君の侵略戦争・・・滅びるはずの物だった」
戦神妃「なぜ? いったい、なぜそんなことを? 何が目的だった?」
魔王「………――」
近衛「……目的など知りません。ですが陛下はおっしゃいました。『お前自身が、代価となれ』と」
戦神妃「お前自身が…代価…?」
396 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:35:00.94 ID:6Endy8Rh0
近衛「自分は、自分の世界を買ったんですよ。自分自身と引き換えに」
近衛「――”勇者”の存在と引き換えに、この世界を守ってくれと願い出た」
近衛「自分はこの若き王に仕えることでしか、あの世界を守る事が出来なかった無力な勇者」
近衛「魔王と交渉して世界を守ってもらう勇者なんて。どこの冒険譚でもみたことがありません」
戦神妃「だが、そもそも侵略してきたのも魔族だろう!?」
近衛「ええ。そして、自分を勇者などにして人間世界侵略戦争の原因を作ったのは――貴方です」
戦神妃「――ッ それは! 違う!勇者を作ったのは、確かに人間世界の平和のため…!」
近衛「救いも絶望も一方的に与えられる不条理から、陛下は解き放ってくださった」
近衛「だから、自分は生涯を捧げると約束した」
近衛「今の僕にとって、神もあなたも―― 正直、目障りです」
397 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:35:26.15 ID:6Endy8Rh0
戦神妃「絶対の聖たる神に、なんという…! それまでニンゲン世界を導いていたのは誰だと思っている!?」
戦神妃「幾多なる内紛、種族同士での殺し合い、その全てに我々は無限の愛をささげてきた!!」
近衛「………無限の、愛…ですか?」
戦神妃「そうだ! 神はヒトの全てを愛し、見守ってきた! 決してお前と敵対する存在ではなかった!」
魔王「……愛、ねぇ」クク
近衛「愛情・・・感じたこと、あったでしょうかね」
戦神妃「な……」
魔王「世界は広い。さしづめ、よく見もせずに天からばら撒いていたのでは?」
近衛「土に肥料をまくようにですか? 博愛だなんて言って、『薄愛』なんですね」
魔王「ククク。神の愛情とはかようなものか。勉強になった」
398 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:39:59.93 ID:6Endy8Rh0
軽口をたたきながら、近衛と魔王が戦神妃を挟み込む。
縋るとも憐れむとも言えない目で近衛を見上げてくる戦神妃。
そして、うつろに絶望を浮かべた蒼白の顔で、一言。
戦神妃「魔王…… 私は。 神は…決してそんな存在では……」
魔王「―――その表情。演技ならば、見事だった」
前から、魔王の刀が。
背後からは、近衛の剣が。
戦神妃「――ああ…魔王、君が私を信じられないのは……私たちの、最大のあやま……――」
―――ド゙シュッ………
剣と刀が同時に突き刺さり、戦神妃はゆっくりと瞳を閉じた。
貫いていた刃物を胴から抜きはらわれると、ドサリと臥して動かない。
399 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:41:54.71 ID:6Endy8Rh0
戦神妃は、確かに強い力を持っていたようだ。
死後に体内から抜け出ようと溢れる浄気はとどまるどころか勢いを増していくばかり
。
獣王たちや亀姫は、浄気にあてられ苦しそうに身をよじっている。
亀姫「……なんて気力ですの… っ、これでは…っ」
魔王「…………」
近衛「陛下・・・?」
魔王は、戦神妃の最後の言葉に気を奪われていた。
あんな最期の最期まで、演技を続ける必要があったのだろうか……
亀姫「っ、陛下。どうかお願いです…これ以上は、皆の身体に障り動けなくなりますわ!」
魔王「――……」
亀姫「陛下… どうぞ、帰りましょう? 私たちの穏かな日常へ……」
魔王「――ああ」
400 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/06/25(土) 21:43:23.43 ID:6Endy8Rh0
亀姫の言葉に素直に従ったのは
責任逃れにすぎなかったのかもしれない。
判断が正しかったのか、自信が持てない。後味の悪い勝利。
だが、いまは一刻も早くここを離れる必要がある。
魔王たちが部屋を立ち去って、しばらくの後。
聖骸の首と、戦神妃の躯を並べ、その横に力なく座り込む影が一つあった。
神従者「………間に合った…っ」
手を合わせ、声を震わせて 胸の前で刻んだ十字。
神界に残るは、ただ彼一人。
鎮魂の歌を捧ぐ彼の心象を知るものなど いるはずもなかった。
401 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/25(土) 22:31:18.49 ID:RCGlaGXXo
待ってた
402 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/26(日) 06:09:58.85 ID:pegDr1EVo
乙
待ってた
403 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/06/26(日) 06:21:43.86 ID:YCQPnyrfo
乙ー
404 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/26(日) 17:45:20.80 ID:QrUUq2IHO
おつー
405 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/07/22(金) 22:01:18.96 ID:1GjiMdXjo
あげ
406 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/07/23(土) 01:19:54.04 ID:56hbDDO0o
下げ
407 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/08/12(金) 09:30:51.16 ID:0zkY4LHl0
―――――――――――――――――――――――――
天空宮殿・雲上
近衛「――陛下。ここからの帰路なんですが…やはり来た時の大穴をまた降りるのでしょうか?」
近衛の言葉に、魔王が振り向く。
見ると、近衛の横では亀姫も同じように首をひねっていた。
いつのまにやらそうも仲が良くなったのだろうか、と
魔王は思わず言葉をかけそびれる。
亀姫「陛下でしたら、竜巻を作り上げて“巻き上げる”ことも、渦を用いて“落とし込む”ことも可能でしょうけれど…正直、その」
近衛「昇るよりも怖ろしそうですね」
亀姫「……怖ろしいというよりも。空に吹き上がるのではなく、地に叩き込まれるのですもの。……何名生きていられるかしら」
獣王「魔王サマ、どうすルつもりダ?」
獣王にうながされ、魔王はぼんやりと臣下たちの観察をやめた。
戦が終わったというのにどうにも後味が悪く、すっきりしない。
こんなふうにぼんやりとみているのがいい証拠だろう。
魔王は自分自身を軽くいさめると、皆に背を向けてから口を開いた。
408 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/08/12(金) 09:31:47.49 ID:0zkY4LHl0
魔王「…気付いていないのか。もう、降りはじめているのだが」
亀姫「え?」
魔王の言葉に、一同は周囲を見渡した。
景色は何も変わることはない。雲上ということもあり、空との距離すらもあいまいだ。
だが、風の流れの違和感などを観察していると、下降しているのを察する程度の事は出来た。
魔王「おそらく、この大地自体は植物と雲を神気によって固定化したものだ。神気はもともと浮力が強い。それをまとめておくことで、その上にある宮殿をも空中に滞留させていたのだろう」
亀姫「…この大地が落ち始めたのは、神が死んだからですのね」
近衛「土地の持つ神気の結束が弱っている…」
魔王「ああ。つまり、放っておいてもゆっくりと落下し、いつかは下に降りるだろう」
獣王「気の長イ話ダ…」
ため息を吐いた獣王に、魔王はククと笑いを零す。
軽く目を細めて怪訝にみあげてきた獣王の視線から逃れるようにして、魔王はくるりと背をむけた。
魔王「何、待ってやるつもりはないさ。魔素を打ち込んで神気の分解を促してやればいい」
近衛「分解を促す… と、いうのは」
魔王「クク。……神界のこの土地を、“物理的”に落としてやるのだよ」
近衛「それは一体――…
409 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/08/12(金) 09:34:30.15 ID:0zkY4LHl0
近衛の言葉を聞くよりも早く、魔王は片手をあげて魔力を収束させた。
無言のままで足元に連続で打ち込まれていく魔力弾。
吸い込まれるように地を抉り取るそばから、蒸気に似た白い煙が立ち上っていく。
メキメキと植物の裂ける音が足元で響き、獣たちが尾を立てて唸り始めた。
魔王「懸念の必要はない。余力のあるものは、俺に続いて打ち込め」
魔王の言葉に、最初に従ったのは亀姫だった。
小さな結界を作り、扇でそれを叩き付けるようにして地へと打ち込んだのだ。
――威力こそ小さいものだったが、亀姫がそれを無言で繰り返しはじめたのを見た他の魔族も、各々の方法で自らの持つ魔素を大地へと浴びせていく。
土地はメシメシと裂け、枝とも根ともわからぬ植物が断面から飛び出し、
しなやかに伸びてはブチブチと引き裂かれる。
それは、動物の持つ神経や血管にも酷似して見えた。
裂けて小さくなった大地は、落下を速めていた。
魔物たちの打ち込む魔力で、大地は数十に別れてはパラシュートのようにゆっくりと落ちていく。
魔王「……これくらいで十分だろう」
亀姫「あとは、着地を待つだけですわね。ふふ、戦の帰路が僅かに揺られる穏やかな時間だなんて、嘘みたいですの。まるで船旅のよう…」
魔王「……楽園を見つけられないままに、彷徨いおちる箱舟か?」クク
410 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/08/12(金) 09:37:10.94 ID:0zkY4LHl0
ふと魔王が上方をみやると、宮殿が浮いたまま残されていた。
魔王達のいる土地よりもずいぶんと高い場所
そこにいまだ大きい面積を残した大地があり、まるで何かあったことに気付いていないかのようにそびえたったまま残されていたのだ。
魔王「ほう。……あの城はよほど広く、根を張っていたらしいな。……ふむ」
亀姫「陛下、どうかなさいましたの?」
魔王「いや。天の… 神の在り方の根深さを、少し考えていた」
亀姫「…?」
魔王「根ばかり広げて…花を咲かせることを忘れては、惹き寄せられるものも惹き寄せられまい」
亀姫「花を……?」
魔王は掌にとりわけ大きな魔力をためると、上空の宮殿に向かって放った。
ボフ!!という、重さを感じる着弾音。
下から打ち上げられた土地が、胞子を吹きだす植物のように塊状の白煙を吹きだしてきのこ雲となり、爆ぜた。
亀姫「……確かに、花開くさまに見えなくはないですが…あれで何かを惹き寄せられるのですの?」
魔王「花開く前に枯れたのだ、もはやだれも寄り付かぬまい――」
亀姫「ではいったい、あれは…」
魔王「……意味などないさ」
霧散して消える花など、遠き日の隣人へのはなむけとは呼べないだろうから。
411 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/08/12(金) 09:38:46.79 ID:0zkY4LHl0
――――――――――――――
魔国――
魔王達が地に降りたつまで、二刻程もかかっただろうか。
ともあれ神界を無事に落とし切り、この戦を見事に乗り切ったのだ。
魔の土地を踏んだ魔物たちは、興奮冷めやらぬ様子でめいめいに騒ぎ始めている。
ようやく緊張がほどけたのだろう、魔王がいまだ傍にいるというのに 皆、落ち着きがない。
着地したのは魔王殿よりもやや離れた場所で、一同はそれぞれに歩を進めた。
魔族の中には、そのまま自らの領地へ戻るものもいる。
戦の終わりとは思えない散会の仕方に、近衛は苦笑しながら魔王の後ろを歩いた。
王殿の手前の庭にまでつくと、王の帰殿を待つ家臣の姿があった。
竜王「――お帰りを、お待ちもうしていた」
魔王「クク。お前はもう、俺の家臣ではないと言ったのだが」
竜王「知らぬようなら覚えてくだされ―― 主君に否定されたとて消えないものが、“真の忠義”というものじゃと」
魔王「―――クク。昔から、お前は説教くさくてたまらないな」
竜王「…………」
竜王の横を素通りする魔王の口許に、微笑。
頭を下げたままの竜王からは、安堵したかのような小さな溜息。
その様子を見ていた近衛と亀姫は、お互いに顔を見合わせて小さく笑った。
獣王は大きく伸びをしたかと思うと、ゴロリと転がって地に背をこすりつけていた。
魔王(………さて)
412 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/08/12(金) 09:39:37.39 ID:0zkY4LHl0
魔王は王殿にはいるなり、まず一番に自分の社殿へと向かった。
結界の中に閉じ込めてあるとはいえ、神が失せたとなればその影響は皆無ではないだろう。
魔王(…………)
しばしの間とはいえ、留守にしていた屋敷に 魔王は目もくれずに進んだ。
頭を垂れた使用人とすれ違ったような気もするが、よく覚えていない。
僅かでも歩を乱すことはなく、他に何を思うでもなく
気が付けばすでに大きな扉が目の前にあった。
焦っているような、落ち着き払っているような。
あるいは極度の緊張のあまり、心臓がとうに動きを止めてしまったような。
しかしそんな自分の状態にすら、意識を向ける時間は惜しい。
ゴゴギィと響く、重厚な開閉音。
暗い社殿の中に僅かな灯りが入り込む。
社殿の中にあった小さな蝋燭の灯のもとまで灯りが届くと、
魔王はそこでようやく、(ほぅ)と、気付かれぬ程度の安堵の息をついた。
天使「…………ぁ…」
天使が まだ、そこに居てくれた。
413 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/12(金) 12:24:03.35 ID:+Z6eg/cko
乙
414 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/12(金) 19:03:35.75 ID:eqOnn78Vo
乙
415 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/08/12(金) 23:49:01.18 ID:VD2ejsGho
乙ー
416 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/13(土) 18:43:30.28 ID:tL3WOkehO
おつ
417 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/16(火) 20:28:57.23 ID:JwSXkPgRo
∧_∧
( ´∀` ) ところでこのゴミ、どこに捨てたらいい?
/⌒ `ヽ
/ / ノ.\_M
( /ヽ |\___E)
\ / | / \
( _ノ | //⌒ヽ ヽ
| / / |( ^ω^)|
| / / ヽ( 神ノ
( ) )  ̄ ̄ ̄
| | /
| | |.
/ |\ \
∠/  ̄
418 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/17(水) 02:19:20.03 ID:EPIrDK/w0
追い付いた
気付いたらこんな時間だよ面白すぎるわ乙!
419 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/19(月) 14:28:22.16 ID:9Rt/3CdWO
乙
420 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/15(土) 15:58:12.20 ID:PVM404J4O
作者さん帰ってこないかな…
421 :
◆OkIOr5cb.o
[sage saga]:2016/10/16(日) 07:09:12.26 ID:74rVU4Wb0
居る。投下の度の乙とか本当に嬉しく思ってる
板汚しかもだけどエタらせずに最後まで書く
ごめん、ありがとう、がんばるくまー
422 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/16(日) 07:42:17.50 ID:x0CRrBgr0
気長に待ってるからゆっくり書いてくれ
423 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/10(木) 00:07:25.82 ID:P9iS0ru4O
保守
424 :
◆OkIOr5cb.o
[sage saga]:2016/11/29(火) 05:25:28.76 ID:5xuBUqSR0
天使「や……」
魔王はゆっくりと近づき、天使の様子を伺う。
久方ぶりの魔王の姿に怯える天使。
厭ましく思ってその姿ですら天使の無事を示している気がして、変わらずにいてくれたと喜ばしくすら思ってしまうほどだ。
魔王「……この影響ばかりは、わからなかったからな」
自嘲し目を逸らした魔王が、庭先の気配に気づいてゆるりと振り返る。
大きく開かれた門扉の向こうに、亀姫と近衛の姿が見えた。
二人は階からやや離れた場所まで来ると、僅かにジャリ、と砂石を踏みしめる音をさせながらその場に膝をつき、控えて動かない。
――動かないというよりは、動けないという風体の近衛の様子に、魔王が気付いた。
魔王「近衛。無事か」
近衛が息苦しそうに背中を上下させ、ぎゅっと胸元の石を握りしめている。
天使が魔王の言葉を聞き、
そこに近衛がいることを知って、バッと視線を門扉の奥へと向けた。
近衛の姿は、天使の位置からは見えない。
見えるのは魔王の背中と、階の踏板の一部、それから……
天使「あ……」
天から『雲が降っている』様子だ。
425 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/11/29(火) 05:31:08.02 ID:5xuBUqSR0
天使(あれは…神界……っ!?)
魔王「近衛。神界でも無事に動けたお前が…なぜ、魔国に戻ってから苦しむ?」
天使(近衛様が、苦しんでいらっしゃるの…っ?)
次から次へと天使に知らされる急事。
天使は恐れと不安にガタガタと翼を揺らすことしかできなかった。
一方、問いかけられた近衛も声を発しようとするも、まともに音が出ない。
門扉の奥にいるであろう天使に元気な声を聴かせたいのに…と振り絞ろうとするも、吸い込むので精一杯で吐き出せるものがない。
近衛「……っ、は、」
魔王「……」
目を細めて近衛を見つめる魔王に返答したのは、近衛の横に控える亀姫だった。
亀姫「僭越ながら、私から申し上げさせていただきとうございます」
魔王「亀姫。……わかるのか」
亀姫「はい。現在、近衛には結界をかけております…。そのせいではないか、と」
魔王「結界…?」
426 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/11/29(火) 05:32:10.47 ID:5xuBUqSR0
魔王「…神界から戻り魔国へと降りた際、浄気除けは外したのではなかったか」
亀姫「お忘れですか、陛下。近衛は…この者はニンゲンでございますのよ」
魔王「……」
亀姫「近衛の胸の御石。ニンゲンである近衛が、この魔の国で生きるための魔素の濾過装置と伺っておりますわ」
亀姫「この御石の弱点は、浄気…。神界においても、近衛にはこの御石のみに結界を張り守っておりました」
魔王「…それで?」
亀姫「…順序が狂いましたが、ここでご報告申し上げさせていただきますわ。現在、魔国全体の魔素の濃度が急激に下がっております」
魔王「……ああ。それはわかる」
亀姫「先ほど、私のところに医局から報告がございましたの。大気中の魔素の濃度の低下に伴って、国土中で頭痛や眩暈、呼吸困難などの訴えが上がっていると・・・」
魔王「では、近衛もそのせいで?」
亀姫「……近衛の場合、少し違います」
427 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/11/29(火) 05:35:22.18 ID:5xuBUqSR0
亀姫「今、この国で急速に濃度を増している浄気から御石を守るためにかけている結界。その結界自体が、御石の濾過効率を弱めて呼吸困難をひきおこしているのです」
魔王「…では、結界を解いてやったらどうだ」
亀姫「結界を解き浄気を吸って生きるには、近衛にとってまだ浄気も足りず、魔素も濃すぎるのですわ…」
魔王「……混合した大気では、どちらを選ぶにしても生きるに足りないのか」
亀姫「陛下のお傍…この魔王殿の近くでしたら、まだ魔素も多く残っております。御石に少しでも多くの魔素を触れさせていれば多少の回復も見込めると思い、差し出がましくも連れてまいりましたのですわ」
魔王「魔素に触れさせる…か」
魔王「いや、あるいは…」
亀姫「……あるいは…?」
魔王(……天使と同じように… 魔素から離し、浄気の中で…)
魔王(……………天使と…ともに…同じ場所で…)
言葉を止めてしまった魔王。
だがいかに気になろうと、これ以上に先を促すのは失礼にあたる。
亀姫は魔王の言葉の先を考えつつも、かけられる言葉を探し、進言した。
428 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/11/29(火) 05:37:46.25 ID:5xuBUqSR0
亀姫「……陛下。いかがなさいましょう。近衛の任を一時的に外していただければ、医局で近衛の身柄を預かることも可能かと」
魔王「………いや」
魔王「先ほどの話を聞くに、医局も房も手一杯だろう。『東の近衛』は王殿付きの者なのだからして、こちらで引き受ける」
亀姫「お気遣い痛み入ります。医局の者に陛下の御言葉を伝え聞かせれば、必ずや喜び、励みとなることでしょう」
魔王「……だがそれだけでは何の解決にもならぬ。――亀姫」
亀姫「……はい?」
魔王「亀姫。お前の守護結界は、どれほどの大きさのものまでを囲うことができる」
急な問いに、亀姫はやや首をひねりながらも返答する。
亀姫「……結界の使用時点で私自身が保持している魔素の量と、囲う物を囲いきるのに必要な結界の厚さによりますけれど……」
魔王「ふむ」
429 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/11/29(火) 05:38:34.67 ID:5xuBUqSR0
魔王「問い改めよう。神界から降る雲のうち、霧散せずある程度まとまった大きさのあるもの全てを囲いたい。…どれほど必要だ?」
亀姫「な…!?」
魔王「どれだけの魔素がいる」
亀姫「……っ」
抑揚のない魔王の声に、本気で問われていることを悟った亀姫は
青い顔で、表情を曇らせた。
それからほんの数秒の間をおいて、深々と頭を下げて返答する。
亀姫「お、畏れ多くも申し上げます…。あれらは浄気の塊でございますわ」
魔王「承知の上だ」
亀姫「わ…私の体内に溜めおける魔素量が充足していたとしても、あれらを十かそこら封じた頃には魔素が枯渇して…結界を『維持し続けること』が難しいと思われます…」
魔王「では魔素さえ供給されれば、封じること自体は可能なのだな?」
亀姫「…ええ、左様にございます。魔素を集める術もあるにはあります。ですが、現在、魔国の魔素濃度は低下の一途にありますので…。そんなことをすればこの魔国の民への影響は計り知れませんわ!」
魔王「俺の持つ魔素を、お前に譲り分けてやろう。さすれば可能か?」
亀姫「……っ!?」
430 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/11/29(火) 05:39:23.63 ID:5xuBUqSR0
魔王「神界で討った兵士共から、浄気が流れどこかへと吸い込まれていくのを見ていた。威力を持たぬただの気…。おそらくだが、地下にいたという神が吸収していたのであろう?」
亀姫「あ……陛下は、そのことをご存じで…?」
魔王「いや。神界の土地が吸収しているのだと思っていた。だが、地下に神がいたと聞いてから、そこに向かったのではと考えついただけだ」
亀姫「そうであらせられましたか…。ええ、神は浄気を地下の一か所に集め、それを放出する準備をしておりましたわ」
魔王「ふん…。まあいい」
魔王「あの浄気のように、魔力を乗せずに魔素のまま放出することができれば、おそらくお前もそれらを吸収することができるはずだ」
亀姫「ですが、そんなことをしては陛下自身のお力が!」
魔王「このまま浄気と魔素が混ざり合っては、相殺しあって“空”となった大気が充満するだけだ。そうなれば、最終的には俺とて無事では済まぬ」
亀姫「……」
431 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/11/29(火) 05:39:57.92 ID:5xuBUqSR0
魔王「大量の魔素の供給と放出、そして結界の維持という能力のコントロールを同時にこなさねばならぬだろう。出来るか」
亀姫「……それは…」
魔王「無理ならばそう答えろ」
亀姫「…っ」
亀姫「出来る出来ないではございませんわ! 陛下の御身と御国のため、この亀姫、我が名と一族の誇りにかけて操り切って見せますの!!」
魔王「ふ……」
亀姫「陛下! どうぞその御力、私めにお譲りくださいませ!!」
魔王「………くく」
魔王「命を下すのもしのびないほどの苦行のはず。下手をすれば『生きた術式』とも化してしまうだろうに。まさか、“頼む”ことをする前に、おのずから申し出られてしまうとはな」
亀姫「私の身は、もとより陛下に捧げるはずのもの…。陛下の御為のなることならば、何も惜しいことなどございませぬ!!」
432 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/11/29(火) 05:40:59.30 ID:5xuBUqSR0
亀姫の言葉を聞き遂げると、魔王はゆっくりと社殿の奥へと歩む。
背を向けたまま、低く、静かな声でゆっくりと言葉を紡ぎながら。
魔王「……ふむ。お前に言葉では敵わないと思っていたが……」
部屋の奥に立てられた一本の錫杖。
それを握り、高く持ち上げて引き出した。
魔王「今回ばかりは、お前の言葉にはひとつ間違いがあるようだ」
亀姫「……間違い…?」
魔王の歩くのに合わせ、厳かに鳴り響く金環。
その高らかな音色と、魔王の放ち続ける低い声音は
催眠術のように魔王の言葉を亀姫の心の奥深くに送り届けてくる。
366.46 KB
Speed:0.1
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報VIP
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
続きを読む
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!
(http://fsmから始まる
ひらめアップローダ
からの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)
スポンサードリンク
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)