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魔王「死ぬまで、お前を離さない」 天使「やめ、て」
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133 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/09(水) 11:30:20.50 ID:IewOJk0a0
魔王「あちらこちらを汚されてもかなわん。血だけは止めておいてやろう。それとも傷も治してやろうか?」
近衛「いえ、止血だけで充分でございます」
近衛「ありがとうございます、陛下」
魔王「良い。お前の血を殿内に巻き散らかされても困るだけだ」
近衛「は。それと、御前失礼させていただきたく。自分は着替えて治療に向かいます」
魔王「ああ、そうするがよい」クックック
手を庇いながら社殿に戻った近衛を見守る。
着替えようとしたらしいが、上半身の衣類を脱いだ所でもどかしそうにそのまま駆け出していった。
魔王「まったく馬鹿と鋏は使いようとは言うが…。さて、馬鹿の鋏はどうなることやら」
楽しげで、満足げな口調。
だけれど扇を広げて隠した口元と、細めた目はどこか物憂げにも見えた。
134 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/09(水) 20:28:07.11 ID:28cVgdKl0
これめっちゃ面白いな
135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/09(水) 21:27:55.72 ID:96wCq8HQo
乙乙
136 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:04:05.74 ID:IqECF18U0
―――――――――――――――――――――――
正殿・医局――
カラカラと軽い引き戸を開けると、独特の香りが鼻をつく。
噎せ返るような草の燻した匂いや、果実か花かの鼻を突くような刺激臭。
そこに湿った空気の匂いが交じり、近衛は思わず眉をしかめる。
近衛「失礼します―― 医官はいらっしゃいますか」
雑多な棚の向こうに人の気配を感じて声を掛けると、
背の低い、白頭巾の女が現れた。衣装からして薬師だろう。
薬師「これはこれは、近衛様。どうなされましたかぁ? 今、こちらには私のような薬師しかおりませんー」
近衛「そうですか、参ったな。指の股を斬ってしまったのです。合わせてほしいのですが…出来ますか」
薬師「はぁい、切り傷にも合う生薬がございますよー。して、傷はどちらで……」
137 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:04:34.42 ID:IqECF18U0
ニコニコと近づいてきた薬師は、
今にも取れてしまいそうな近衛の親指を見て目を真ん丸くした。
薬師「ひゃあぁ!?!?! 大傷じゃないですかぁ! 血はどうしたんですかっ!?」
近衛「陛下が止血をしてくださいました」
薬師「指一本を丸まる血を止めてたら、壊死してしまいますー!」
近衛「ええ、そうでしょうね。なので早いところ指を留めてしまいたいのです。医官は何処に?」
薬師「そ、それが。皆様、本日は王殿を出ていらっしゃいますー。どうしましょう、どうしましょう」
近衛「では、誰か傷合わせのできる医術者をご存じないでしょうか」
薬師「そんな高位の医術者が都合よく… あ! います、いますよ!! 確か房舎に亀姫様がいらっしゃいます!!」
近衛「亀姫殿が?」
薬師「ええ、そうです! 神界でお召しになる衣装合わせの為に、数人の女房をお求めにおいでで!」
138 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:07:11.47 ID:IqECF18U0
近衛「……そうか、亀姫殿も御参戦なさるのか」
戦地に女性が赴くという事実に、感覚的に抵抗がある。
ましてや亀姫のような美女は、戦地でどう戦うのだろうか。
近衛(まあ、あの竜王様も女性なのだから…ココではそんな事を気にするほうがおかしいのだろうな)
薬師「亀姫様ならば、医術にも長けていらっしゃいます! 伺いを立てましょう、きっと必ずや赴いてくださいますー! だって亀姫様ですから!」
どうやらこの薬師は亀姫に特別な思い入れでもあるらしい。
やや興奮した口ぶりで、いそいそと身の回りの品を見ては片付けを始めようとしている。
近衛「いや、亀姫様に足を運んでいただくのは申し訳ない。自分で赴き頼む事とします」
薬師「そ、そうですか? …で、では私が先追いに立ちますー! 女房舎に近衛様が突然には尋ねにくいですものね!」
近衛「それは、ありがたいですね」
139 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:07:43.38 ID:IqECF18U0
近衛は少し苦笑して、先追いの役を頼んだ。
この者がどれだけ走ろうと、自分が走ったほうが余程速いのは明白だったが
女房舎への出入りの礼儀もある。時々、そういった礼儀を忘れてしまう。
近衛(普段の事ならば随分慣れてきたものの、やはりこの国は勝手が違いすぎる)
バタバタと出て行った薬師を見送り、医局の中を眺め見る。
あのツボに入ったのは何の魔物の臓物だろうか。
近衛(…治癒魔術に、薬師。それに医官に医術者、か)
近衛(当然のように馴染んでも来たけれど……)
ぼんやりとしてしまったのは、少し血を流しすぎたせいだろうか。
ずっと昔のように感じる、そう遠くもない過去の自分を思い出す。
近衛(あの頃の自分ならば…“気色悪い化け物”と、侮蔑の言葉を投げただろうか)クス
140 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:08:28.89 ID:IqECF18U0
白頭巾を被った、一つ目の背の低い女。
自分の腰丈にも届かないであろう彼女は何の種族だろうか。
種族こそはっきり分からずとも、そこに思いを馳せるほどにはこの環境に慣れた自分。
近衛「……化け物、か」
そうしてしばらく懐かしい記憶に浸っていた近衛だったが、
医局の前を通り過ぎた下男の声でハっと我に返った。
そして良くない思考を振り払うように、駆け足で女房舎へと向かった。
・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
141 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:09:01.50 ID:IqECF18U0
:::::::::::::::::::
正殿・東の対
女房舎――
案内されたのは、几帳が6つも置かれた房だった。
広い部屋の一角、その隅に向けて人を憚るように段々にずらして置かれた几帳。
近衛「失礼いたします」
几帳を倒さぬように慎重に進むと、そこに亀姫が居た。
慎ましやかに頭を下げた彼女は、今日は長い髪をゆるりと白い布で巻いている。
その背には甲。広げた袂はヒレ。
袖から伸びた白い指先には扇が広げられており
ぬたりと顔を持ち上げるそばから、その顔を覆っていく。
覗き見上げてくる濡れた流し目が、ひどく淫靡で。
扇の房を弄る白く柔らかな指先の動きが、卑猥で。
142 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:09:38.45 ID:IqECF18U0
近衛「あ……亀姫殿で、あらせられますか…?」
声を駆けた途端に、パタリと落とされた扇
その向こうに見えた顔付きは、あまりに妖艶で。
紅く湿った唇が微かに動いて、甘ったるい声音が零れだす。
亀姫「本日は私を、お求めにいらっしゃいましたの…? ねぇ、近衛様…?」
近衛は思わずゴクリと生唾を飲んで、その場に立ち尽くしてしまった。
その様子を見ていた亀姫が、堪えきれずにコロコロと笑い出すまで、きっと余程に間抜けな顔でもしていたことだろう。
………………
…………
……
143 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:10:09.59 ID:IqECF18U0
近衛「はぁ…勘弁してください。自分はあまりそういったことに免疫がなくて」
亀姫「うふふ、御免あそばしませ。私も、女房にからかわれたのですわ」
近衛「からかわれた?」
亀姫は近衛の手を取り、両の手で包み支えるようにして
傷口の観察をしている。
亀姫「ええ、そうですのよ。我が領からこちらにお仕えにだした仔がおりまして…」
近衛「ああ、そういえばこちらには女房を求めに来たと伺っています。余程に信頼されている方なのでしょうね」
亀姫「ええ、私の…。 いえ、私の乳母の仔ですの」
近衛「へぇ……。乳母の」
亀姫「……」
近衛「? どうなさいました、亀姫殿」
亀姫「冗談の通じない殿方ですのね、近衛様は…」
近衛「え。………すみません、どこが冗談だったのか、自分にはさっぱり…」
144 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:10:44.61 ID:IqECF18U0
亀姫「ともあれ、その仔が“近衛様が亀姫様をお求めですよ”、なんて言付けたものですから…」
近衛「はは……。実際には間抜けに負った傷の治療を願い出るだけなんて。そういえば魔王陛下にも、先ほど色気ないと言われたばかりです」
亀姫「ふふふ、そうでもありませんわ。…今日は随分と珍しいご衣裳でいらっしゃいますし」
近衛「あ、これは…。やはり片手では着替えづらかったもので。整っておらず、失礼します」
亀姫「ふふ。着崩れた御衣装でこちらにいらしたのですもの、本当に“お求め”なのかと思ってしまいましたわ」
近衛「いえ、その、決して自分はその様なつもりは…!!!」
亀姫「あら…。私などでは、“決してその様なつもりにはならぬ”と仰いますの…?」
近衛「いえ、その。そうではなく……自分は手当てを頼みにきただけで…」
亀姫「ふふふ。ではお手当ては致しますゆえ、どうかお許しくださいませ、ね?」
近衛「そ、その、こちらこそ亀姫殿にこのような頼み事をしてしまい、申し訳なく…!」
145 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:11:20.31 ID:IqECF18U0
段々と顔を近づけてくる亀姫に、動揺を隠しきれない。
不思議な香に、酔わされるようで。ドギマギと脈打つ心臓からの圧に、傷口からいつ血を吹いてもおかしくない気がした。
亀姫「“真昼から随分と堂々とした殿方だこと”、なんて……感心しておりましたのよ」
近衛「そ、その、ですから」
亀姫「我が子の責で、はしたない所をお見せしてしまったけれど… だけれど私――
近衛「? 我が子? あれ、女房は乳母の仔ではなかったのですか?」
亀姫「…………空気も読めない坊やなのね」ボソ
近衛「?」
亀姫「あ……もしや。ねえ、近衛様」
亀姫は挑発的な瞳で近衛を流し見る。
その先にあるのは、近衞の衣装。明らかにこの国の文化ではない装束。
亀姫(魔王様の拾い仔。一体どこの混合種かと思ってましたけれど……きっと私を知らないのだわ。とんだ田舎者ですこと)
146 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:12:08.29 ID:IqECF18U0
これまでの文官装束では、服の中に隠れて見えなかった近衛の胸元。
今はそこに一本の鹿紐が掛けられており、その先には、朱色に鈍く輝く水晶型の石が付いているのが見える。
亀姫「近衛様…… その、胸元の御石はなんですの?」
近衛「ああ。こちらは魔王陛下の、血の結晶でございます」
これは近衛にとって帰属の証しでもあり
身につけておくことによって結界の効力をも果たしている。
近衛「魔王陛下の血。固形化された純粋な魔素。自分にとって大切な、お守りです」
亀姫「一体何故、そのようなものを身につけておりますの?」
近衛「……自分は、ニンゲンなのですよ」
亀姫「え……」
その石を指先に触れながら呟いた近衛の目は、それが真実であることを語っている。
亀姫は思わず身を引きそうになってしまったものの、どうにか思いとどまった。
亀姫(ニンゲン…まさか、魔の者ですらないなんて)
147 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:12:37.89 ID:IqECF18U0
近衛「亀姫殿は、ニンゲンはお嫌いですか?」
亀姫「どうかしら… でも、いいえ。きっと珍しいだけですの。今となっては、この世界にニンゲンなんて居ないのですもの」
亀姫が嫌悪を露にしないで居てくれる事に、
亀姫の懐の広さや、穏かな人物性を感じる。そして嬉しくも、ありがたくも思う。
亀姫「貴方は希少種で…。そうね、個人的に見れば、私にとっては坊やですわ」
近衛「希少種はともかく… 坊や、ですか」
近衛は思わず小さく笑った。
この世界でニンゲンはどういう存在なのか、そんなものはわかりきっている。
自分にとってこの世界の魔物が“化け物”であったのだから
この世界の魔物にとって、ニンゲンは“気持ち悪い生物”程度に過ぎないはずだ。
それを“坊や”と呼び、変わらずからかってくれる亀姫は、優しい。
なんとなくの気恥ずかしさから、笑みがこぼれてくる。
148 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:13:32.10 ID:IqECF18U0
亀姫「ニンゲンだから、この世界で生きるために、その御石をつけていらっしゃるのね?」
近衛「はい」
ニンゲンである近衞が
この魔素という毒だらけの世界で生きていくための、大気の濾過装置
また、濾過することによっていかようにも力を抽出することができる増幅器にもなっている。
近衛「自分はこの石のおかげで生きており、この石のおかげで強くなれるのです」
亀姫「では、それがなくなると どうなりますの?」
近衛「もちろん、死んでしまいますよ」
亀姫「まあ、大変な秘密を聞いてしまったわ。それに今なら簡単に盗ってしまえそう」
コロコロと笑う亀姫は、今は妖艶さよりも悪戯っぽい可愛さが目立つ。
149 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/10(木) 18:14:02.87 ID:IqECF18U0
慎重に傷口を合わせては、ひとつずつゆっくりと傷や神経を合わせていくその手当ても
どこをとっても自分の死を望んでいるようには見えなくて。
この異質な穏かさに、もし身を任せて委ねきって馴染んでしまえば、きっと――
近衛「きっと本当に、自分なんて簡単に死んでしまうんでしょうね」
亀姫「ふふ。坊やは魔王様に仕える近衛ですもの。その官位は恐れ多くて、私は手出しなどできませんわ」
近衛(そうだ。今の自分は、魔王陛下にお仕えするためだけに生きている……それしか、出来なかったから)
近衛(だけど、天使のことも本当にどうにも出来ないままなのだろうか。……いっそまた、この生と引き換えに――…)
亀姫「…………?」
近衛「………」
150 :
◆OkIOr5cb.o
[saga sage]:2015/12/10(木) 18:20:42.78 ID:IqECF18U0
>>134
嬉しい。ありがとう。 ///
隙みてボロボロ上げていきます。
一回の投下量とか、一日に何度かに分けて投げたりとか
投下の間隔にもかなりバラつき出るかと思います、すみません。
目標:「年内に完結させる」。
151 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/10(木) 22:49:52.73 ID:oKX5xZ72o
乙乙
152 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/10(木) 23:17:11.23 ID:vuJLOMLy0
なるほど年内に終わらせるか、良い目標だな。
で、次回作はいつ作る予定?
153 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:51:36.36 ID:/7QfDunq0
――――――――――――――――――――
口数少なく黙り込んだ近衛を不審がりながらも、亀姫は丁寧に手当てを続けた。
傷があったことなど忘れてしまうほどの見事な治癒。
細胞も血管も、皮膚も…そこにあった指紋や皺までも元のとおり。
ニンゲンの感覚でいえば、恐ろしいどころか薄気味悪いほどの、医療術。
しかし近衛は、今更そんなことに動揺しなかった。
仕組みの分からない高度な術にだけ感心して、感謝して。
深々と礼を言い、近衛は立ち去った。
戸口の近くまで出て見送っていた亀姫は
その背が見えなくなるのを確認して、ポツリと呟く。
亀姫「おかしな子。それに少し……怪しい子」
「あア、怪しいナ」
のたりと縁の下から身を出してきたのは、獣王だった。
154 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:52:02.86 ID:/7QfDunq0
亀姫「あら、獣王……あなたもいらしてらしたの。覗き見などとは趣味が悪いこと」
獣王「あの近衛とやらヲ、見張っていタ」
亀姫「あんな坊やを?」
巨体に似合わず、猫のようなしなやかな仕草で伸びをする獣王。
いくつか話を聞けた事で満足したのだろう。その様子からして、近衛の後を追う気はなさそうだった。
獣王「あいつは不穏デ、不吉な匂いがすル」
亀姫「ニンゲンの匂いではなくて? ですけれどあんな“坊や”が魔王陛下の近衛では、いつ足を取られるか不安にはなりますわね」
近衛の様子などを思い返すと、至って真面目そうな本人はどこか間抜けで。
くすくすと笑えてしまう。
獣王「……ニンゲンなのハ、知っていタ。不吉な匂いハ、日増しに強くなっていル」
亀姫「日増しに…。あの坊やに変化が起きている、という事ですの?」
獣王「わからなイ。だガ、油断は出来なイ…… 近衛ハ、強いかラ」
亀姫「強い…ですって? でもニンゲンなのでしょう?」
獣王「あア」
155 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:52:30.22 ID:/7QfDunq0
亀姫は扇で顔を覆いつつも、訝しげな表情を隠そうとはしていない。
首をかしげて眉をひそめ、何やら考えていたものの やはり納得がいかない。
亀姫「先の院のニンゲン一斉討伐…… 獣王は参戦なさって?」
獣王「否。あの戦に赴いたのハ、王殿内の者のみと聞いていル」
亀姫「先の院も、他種族の力を借りるまでもないと判断なさったのでしょうね。…相手はニンゲンですもの」
獣王「実際、討伐にむかって半日とせぬうちニ、ニンゲンの国は消えタ」
亀姫「向かったという報せも、完了したという報せも、私のところには2日後に同時に届きましたもの」
獣王「報せの必要はあるまイ。あくまで体裁のものダ」
亀姫「……それを言っては、報せの方があまりに可哀想でいらっしゃいますのよ」
亀姫は嘆息し、つまらなそうに裾を翻した。
それから獣王に背を向けて、強い口調で言い放つ。
亀姫「ニンゲンは強くなどありませんわ。ましてや近衛のような、自分の手を自分の刀で切るようなウツケモノ、警戒する気にもなれませんのよ」
156 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:52:57.40 ID:/7QfDunq0
シュルリと着物の裾を引き寄せて部屋の奥へと戻ろうとした亀姫の背に
獣王は低くうなるような声を掛けて引き止めた。
獣王「……近衛がこの王殿に来た頃ニ、手合わせをした事があル」
亀姫「獣王、貴方が負けましたの?」
獣王「いヤ。俺が勝っタ。あいつは魔王様はもちろん、他の誰一人にも勝てなかっタ」
亀姫「あたりまえですわ……ニンゲンですもの。獣王、私をからかっていらっしゃいますの?」
獣王「否。だガ先日、俺ガ魔王様と戦って気がついタ」
獣王「近衛が負けるのハ、非力さもあるガ、刀が振れぬほど近づいてくル技術力の無さ…」
亀姫「間合いも計れないだなんて」
獣王「近衛は魔王様にモ、そうして負けていタ」
亀姫「一体何を仰りたいのか、私には――」
157 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:53:24.13 ID:/7QfDunq0
獣王「戦いにならぬから、負けタ。”近づきすぎて”戦えぬだけで… いとも容易く近づけるほどニ、強いのダ」
亀姫「―――あ」
亀姫は思い出す。先日の謁見の集まりで、庭先を跳ねていた獣王の姿を。
竜王の巨大な尾も、いくら振り上げても魔王には届かぬままだった事を――
亀姫「……近衛は、戦闘でも“魔王陛下に触れることが出来る”…?」
獣王「あア。そして今となってハ、体も技術も鍛えられているはズ」
亀姫「そういえば、あの魔王陛下の血の御石。…力の増幅器のような役割もあると言っていらしたわね」
獣王「あア」
亀姫「……ですけれど、やはり杞憂ではありませんの? あの坊やが強いだなんて聞いた事もありませんわ」
亀姫「それに以前、“あの近衛には刀を振る才能が無い”と、魔王陛下が笑っているのを聞いた事が」
158 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:53:52.16 ID:/7QfDunq0
獣王「近衛の武器ハ、本来は刀ではなイとも言い換えられよウ。そしてこの戦争でハ、おそらく本来の自分の武器を持ツ」
亀姫「……あの坊やが、接近武器の使い手だと仰いますの?」
獣王「可能性はあろウ。そして接近武器の使い手と言えバ……」
亀姫「……まさか、“暗殺者”だと…?」
獣王「知らぬ。あの者が何故 どのようにして魔王サマのもとに来たのか、院と魔王サマを除いて知る者はいない」
亀姫「もし坊やが、降伏したニンゲンによって献上されたものであれば…」
獣王「下出に回り懐刀となることで、魔王サマへの報復の機を計っているのかも知れヌ」
亀姫「……この戦争に乗じて、本来の武器を持ったとしたら…」
獣王「あア。……絶好の機会に、違いなイ」
亀姫「―――あの坊やが……」
159 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:54:22.28 ID:/7QfDunq0
先ほどまで握っていた手を思い出す。
あの手で、魔王を討つのだろうか。あの瞳で、魔王への報復を狙っているのだろうか。
だけれど、“滅ぼされた種族”が“滅ぼした種族”に仕える理由が他に思い当たらない。
少なくとも充分な動機になるだろう。ならば、本当に――?
獣王「まだわからなイ。魔王サマへの忠誠ハ、あるようにも見えル」
亀姫「私にも…… そう、見えましたわ」
獣王「確かなことハ、魔王様に歯向かえる強さがあるという事ダ。あやつは不吉ダ。あの天使よりモ、何よりモ。俺の鼻がそう感じていル」
亀姫「……わかりました。貴方の嗅覚を信用して、私も警戒するといたしましょう」
亀姫(私の治癒したあの手で魔王陛下に歯向かうなど… 決して許せません事よ)
160 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:54:51.17 ID:/7QfDunq0
亀姫という理解者を得て、獣王は満足げにその場に寝そべった。
そうして一息ついた様子で、尻尾をパタと揺らしてみせる。
獣王「魔王様はいつもどこかラ、あのようにおかしなものばかり拾ってくるのカ」
亀姫「そして何故、そんなものばかりお傍におくのでしょうね…? ふふ」
獣王「まったくダ」
僅かに吹いた風を気持ちよさそうに鼻先に受ける獣王は
場所も人目も気にせずにそのまま眠ってしまった。
所詮は獣。
そのうちにヒトの気配でも感じ取れば、スと目を覚ましてどこかにいくだろう。
気にかけてやる必要もない。
亀姫はそのまま女房舎へと戻り、几帳の影へともぐりこんだ。
亀姫(魔王陛下……。愛しい愛しい、私の魔王陛下…)
161 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/11(金) 10:55:27.82 ID:/7QfDunq0
頭の中で名を呼べば、いともたやすく脳裏に現れてくれる愛しい主。
その姿と声に、たまらぬ愛しさがこみ上げてくる。
懸想するだけで、焦がれて火照る。
自分を落ち着かすため吐きだした呼気の熱さに、なおさらに目が眩む。
亀姫(天使も、近衛も、獣王ですらも、妬ましく思えてしまう……)
熱されすぎた想いが、ねばつきはじめる。
そうではない、妬んでも仕方がないのにと言い聞かせながらも
想いの熱さは鎮まることは無さそうだ。息苦しいほどに焦がれてしまい、堪らずに身を捩じらせる。
魔王。
彼は何故、あんな者ばかり側に置くのだろう。
そんなものよりずっと、自分のほうが有用だと言い切る自信があるのに。
亀姫(ですからどうぞ、私を貴方のお側に置いてくださいませ――)
162 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/11(金) 13:33:54.38 ID:SPF77mVxo
思惑が絡み合っていよいよ面白くなってきたな
163 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:19:21.74 ID:0t/Lxfak0
――――――――――――――――――――――――――
翌日・夜
本殿中央・奥殿(魔王の社殿)――
この夜が明ければ、戦争が始まる。
遠方の領地に住むものの多くは、今宵のうちにこの魔王殿に集結していた。
亀姫はこの二日、王殿に泊まり配下の者に仕度を代わらせている。
元より、亀姫は武器などを使う事はない。仕度といえば気を落ち着かせることくらいなのだ。
だけれどそう遠くない場所にいる主を思うと、気はやすまるどころか乱れるばかり。
今朝も、魔王に朝餉の誘いを出したが“天使をご鑑賞なさっておられる”という無慈悲な使いの報告に肩を落としたばかりだ。
気晴らしに昼は出かけたものの、さらに夕餉でも同じような報せのやりとりがあった。
戦争の前に、ほんの少しばかりの主との“面会”を期待していた亀姫は、落胆を隠せない。
亀姫(天使のための、時間。それが妬ましい)
亀姫(だけれど、天使のための戦争のおかげで… 今は、陛下と同じ王殿に居られるのですわ)
164 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:19:50.76 ID:0t/Lxfak0
今は少しでも、側にいたい。
だから愚かにも、“他の女への後押し”の役目までも請け負ってしまった。
亀姫(魔王陛下は… もう、天使の元からお戻りになられたかしら…?)
もしもまだ居なかったらと思うと、足はなかなか動かなかった。
そうして夜も更けたころ、ついに魔王の社殿へと足を向けた。
亀姫には大きすぎる観音開きの門が、目の前にふさがれている。
中の様子を窺い知る事はできぬし、本来ならば禁区の場所で呼びかけるのも躊躇われる。
会えばどれほど親しく言葉を交わせたとしても
その“会う”機会を作るのが何よりも難しい、尊き主。
嬉しさのあまり、いつも饒舌になりすぎて魔王には呆れられているだろう。
夜更けに訪れた私を、魔王が歓迎するとも思えない。
165 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:20:22.52 ID:0t/Lxfak0
亀姫は、それでもその門を見つめていた。
この扉の向こうにいる主を想うだけでも、癒される何かがありそうな気がして。
「亀姫」
亀姫「……え」
不意に、愛しい声が聞こえた気がした。
振り向いた先で、魔王が笑っていた。
亀姫「魔王…陛下……?」
魔王「ああ。あやうく亡霊と見間違えるところだった」
亀姫にとっては、魔王こそ恋心の見せた亡霊に見えた。
だからそうではないと気づいたその時に、腰を抜かしてしまったのも仕方がない事だろう。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・
166 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:20:50.46 ID:0t/Lxfak0
魔王の社殿前・階
魔王「くくく。天下の亀姫が、まさか腰を抜かすとは」
亀姫「その……ですが、まさか庭先に出ていらっしゃるとは夢にも想わなかったものですから…」
腰を抜かして地の上にへたりこんでしまった亀姫
その腰をいともたやすく抱き寄せて、魔王は広々とした社殿の縁に連れ運んだ。
それだけでも驚いたのに、魔王はその社殿のふちで片ひざを立てて座り、
そこに寄りかからせる姿勢で亀姫を抱き座り…支えてくれた。
どういった気の向きなのだろうか
近すぎる魔王との距離、予想外の接触、その全てが“魔王らしくない”。
気の迷いだとするならば、これはチャンスかトラップか。
真摯に礼を言うべきか、ほのかに色香でも匂わせるべきか――。
亀姫「魔王陛下――」
魔王「…………………」
そう思い悩みながら見上げた魔王は、ただ虚空を見つめているだけだった。
亀姫のことなど、気にもとめていないか―― 下手すれば忘れてさえいるのだろう。
167 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:21:19.46 ID:0t/Lxfak0
亀姫(……いえ、そうではなく…)
亀姫を支えて抱く腕は、時折思い出したかのように、緩んだり強張ったりしている。
抱いている事を、意識しているが故の反応。それなのに虚空を見つめて呆けているのは、つまり――
亀姫(……私ではない、誰かへの優しさ。それを私が代わりに受け取っておりますのね)
あれほどまでに昂ぶっていた想いが、急速に鎮まる。
気を抜けば自分の事を哀れんでしまいそうで、歯を食いしばる。
一族の長として、また今代亀姫の名を冠する者として、そんな愚かな真似は許されない。
凛、と鈴が鳴ったような気がした。
途端に体中から、緊張も動揺も消えうせる。
今あるのは馴染み深い、“正常を維持して凍りつかせたような、平静な体感覚”のみ。
魔王の膝からスルリと抜け出し、縁を下りる。
そして向かいに静かに立つと、頭を下げた。
魔王「……どうした」
亀姫「畏れながら申し上げますわ。昨日、私は大婆様を見舞いに参りました」
主への、恋心。
それを隠しきってこその“慎み”で、“貞節深さ”だろう。
失ってはいけない。それこそが「亀姫」なのだから。
168 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:21:55.29 ID:0t/Lxfak0
魔王「…大婆…。ああ、竜王か」
亀姫「少しばかり御憔悴の様子でしたが、身の回りの事はきちりとなされておりました」
魔王「ふん…。そんなことを俺に言ってどうなる?」
亀姫「うふふ。どうにも変わりませぬ。ただの答え合わせですわ。陛下のお考えと行動ですもの、大婆様のその後の様子くらい予想しておられたでしょう?」
魔王「そんな戯言のためだけに、わざわざ来たのか?」
亀姫「はい。ですが、ついでの用もございますのよ」
魔王「ついでの用?」
亀姫「伝える義理などもありませぬけれど、老いた竜の呟きごとを届けに参りましたの」
魔王「……」
169 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:22:25.16 ID:0t/Lxfak0
亀姫「『神族のいやらしさは、魔の者の比では無い。決して驕ることの無いようにせねばならぬ。奴等は”すくう”のが、お家芸なのじゃから』…」
魔王「”すくう”? まさか、俺を救うとでも? それともこの戦禍そのものを…と?」
亀姫「あるいは、足元を…。ふふ」
魔王「く、くくく」
亀姫「私は最大限に陛下をお守りできるよう、ささやかながらも尽力いたします」
魔王「期待しよう。亀姫…お前の”堅牢”の名高さに」
亀姫「うふふ…」
そう。私は、私のままに。
他の誰にも代わる事の出来ないもので、貴方様を惹き付けて見せますわ――
170 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:23:14.50 ID:0t/Lxfak0
――――――――――――――――――――
同晩・黎明の時刻
奥殿・最奥の間――
近衛「天使殿。いよいよこの夜明けだ」
天使「近衛様……。とうとう、はじまりますのね」
召集の時刻にはまだまだ早い。
だが既に夜を語るには遅い時間、近衛は天使を訪ねていた。
もう少し明るくなってしまえば、きっと魔王もここに訪ねてくる。
戦争に向かう前、二人で会える最後の機会…。
天使「何も良い言葉が出てこないのです。見送る事も、引き止めることも、うまく出来ない私ですが… 今はもう少し、お側に寄ってもよろしいですか」
近衛「天使殿……貴方を困らせることしか出来ない自分が不甲斐ない。ですがもし、近づく事で心休まるものがあるのなら、いくらでも」
天使「近衛様…」
171 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:23:54.89 ID:0t/Lxfak0
それぞれに御簾へと近づく二人。
薄い結界に触れる事はなく、だけれど近づけて合わせたその掌からは、熱が伝わるような気がした。
いつもと違う衣装に、胸元で揺れる魔王の血の結晶。
言葉をなくした二人は、その揺れる石を眺めていた。
近衛「―――」
近衛(天使を無理矢理に隠し連れて、神界へと返せたら)
何度も考えては打ち払った希望が、この期に及んで未だ湧き出る。
返せたら最良。だが、近衛にはそれが出来ないのだ。
近衛(この結界を無くして、天使に近づく事など出来ない)
この御石は、浄気に触れればそれだけ表面から劣化していくだろう。
純粋すぎる魔素の固まりと、純粋すぎる浄気は拮抗し、消耗を起こす。
そうなればこの御石は目詰まりしたフィルタさながら、この魔素だらけの大気を充分に濾過することができなくなる。
魔素の大気が取り込めなくなれば、力が振るえないだけではなく
純粋に呼吸困難に陥るのだ。
172 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:24:24.41 ID:0t/Lxfak0
だから、触れることはできない。
連れて行こうとすればその途端に自分は無力となり、そのまま息絶えてしまう。
あの日、天使に出会った日
近づいただけで意識を失ったあの時のように…。
近衛「触れることも出来ない…。ましてや連れ去る事など…」
天使「……気付いております。近衛様は魔の者ではない。ましてや、天の者でも…」
近衛「――自分はニンゲンです」
天使「…ニンゲン。それは魔のモノに消し去られた存在と、聞いています」
無くなってしまったものを悼むように、悲しげに眉をひそめて呟く天使。
天の者も、魔の者と同じで……ニンゲンとは違う。
近衛(どれほど愛しく感じられても――まったく違う生き物なのだ)
神族。
それはニンゲンであったころから知っている。聖として崇められる存在。
何があろうと、きっとそれだけは確かなのだろう。
173 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:25:09.81 ID:0t/Lxfak0
近衛「天使殿は天の使い。明白に不浄を謳う魔ではないとはいえ、ニンゲンである自分も大差は御座いません」
天使「止めて。言わないでください…」
近衛「天は聖だ。聖ではないもの以外は、結局 同じ。自分が貴殿を愛すれば……」
天使「近衛様!」
近衛「天使殿を、穢すことになる」
天使にしてみれば、きっと変わらない。
自分が天使を愛する事も、魔王に寵愛される事も… どちらも汚らわしい事だろう。
天使「だけれど… ヒトは聖ではないだけで、穢れではありません」
近衛「天使殿…?」
174 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:25:41.01 ID:0t/Lxfak0
天使「ですからどうか… 近衛様の想いが私を穢すだなどと、思わないでください」
近衛「天使、殿…」
天使「側近様…」
その言葉が嬉しかった。
想っても良いのだと、許された事は何よりもありがたかった。
近衛「ならば、ならばどうか。この想いだけは 貴方に届けたい」
天使「側近様……」
見つめると、見つめ返してくれる 美しい瞳。
近衛「自分は、天使殿を愛してい――
シュッ、ガタン!
近衛「!!」
175 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:26:27.04 ID:0t/Lxfak0
唐突に、格子窓が勢いよく開けられる。
柱に戸が打ち付けられ、跳ね返るほどの乱雑さ。
そこから鴨居をくぐり入ってきたのは――
魔王「邪魔をするぞ」
近衛「魔王陛下!!」
魔王「…ほう、近衛か。ここで何をしている?」
近衛「……」
天使「………」
近衛は立ち上がると、魔王を室内に迎え入れた。
蜀台の明かりを魔王の足元へ照らし、充分に尽くす。
そして魔王が部屋の中央に座るのを見届けると、御簾から離れて端へ寄り、頭を下げた。
それは弁明の方法を考えるための時間稼ぎだったのか
それとも魔王への純粋な忠誠だったのか
ともあれ、落ち着いたところで近衛はようやく言葉を口にする。
176 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:26:58.34 ID:0t/Lxfak0
近衛「これより長い戦争になります故… 城内の警備も手薄に、また気配も人少なになるかと。天使殿がそれに不安を感じられぬよう、ご説明などをしておりました」
魔王「……不安?」
近衛「天使殿はこちらより身動きの取れぬ身。急に城の者達の気配が薄れれば、何があったかと心細くなられる事もございましょう」
魔王「それを、わざわざお前が説明していたと?」
近衛「はい。ですが過ぎた事をしましたようで、申し訳ありません」
魔王「くく。――天使が、それほど心配か?」
近衛「……城内には、未だ天使殿を快く思わない者もおります。ましてや魔王陛下に付き従うものは全て神界へ出てしまいます」
近衛「無いとは思いますが、先日の謁見で離反者も多く出ました。謀反までは至らずとも、心無いものが嫌がらせのような真似事をしてきても、おかしくはないかと」
魔王「ほう…。なるほど」
近衛「ですので天使殿には、『この結界の中に手を出せる者は居ないのだから、どうかご安心を』と――…
魔王「忠義者の近衛。お前の為に、お前の不安を払ってやろう」クス
177 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:27:39.85 ID:0t/Lxfak0
近衛「…? 陛下…?」
魔王「この魔王殿でもっとも堅牢な、戸を開く事すら容易でもない部屋があろう? この戦の間は、そこで天使を匿っておいてやろう。安心だろう? 感謝しろよ…?」
近衛「!! それは、まさか−−」
魔王「俺の社殿へ。そこほど天使を守るに相応しき場所はあるまい? クク…」
近衛「あ… ですが、それは…!」
天使「〜〜〜〜〜〜っ」
魔王「近衛。天使はどうやら随分とお前に懐いているようじゃないか」
近衛「っ」
魔王「――少しでも、安心させたいのだったな。 では…」
魔王「お前が、運べ」
近衛「――――――――――――――――――……!!!」
178 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:28:08.23 ID:0t/Lxfak0
――――――――――――――――
本殿中央・奥殿(魔王の社殿)
あと数刻もしないうちに、神界へ赴く。
あの後、結界の張られた御簾車に 御簾の中の天使は素直に乗り込んでくれた。
近衛を、困らせないためなのだろうか。
小さく収束された結界が御簾車に収まるときは、水滴が吸い込まれるようで
トポン、と音さえ聞こえたような気がした。
そうして魔王の社殿に移された天使は、今また怯えている。
近衛を社殿から払ってから先、ずっと声を殺して泣くばかりだ。
本来は自分の居所である御簾の中には、小さな御車と天使が納められている。
それはまるで、水槽の中の魚のようだった。
あの御車はさながら、魚のために設えられた隠れ場所。
そんな天使を見ながら、魔王は拳を握り締める
179 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:28:37.85 ID:0t/Lxfak0
『自分は、天使殿を愛し――』
遮ってやった、自分の忠臣の言葉。
あの言葉を遮らないままで居たならば、この天使はなんと返事をしたのだろう。
天使を見ながらそんなことを考えていた。
部屋にあるのは静寂のみ。
声を殺して泣く天使の涙でさえ、結界に吸収されて音もなく床に落ちる。
魔王「……」
揺ら揺らとゆれる蜀台の炎
いつかの夜を思い出した。
近衛と天使の二つの影は、いまでも脳裏に焼きついている。
魔王(抱き合う、影――)
天使の背後には、あの時よりも黒々とはっきりした影が壁に映し出されている。
180 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:29:10.69 ID:0t/Lxfak0
魔王と、天使の影。
だが、その2つの影は遠い。
魔王が手を斜め横に伸ばすと、その影も伸びる。
自分の影で、天使の影に触れるようにしてみる。
影絵として映し出されたそれは、ほんの少しの手の伸ばす方向によって遠近が狂う。
大きな腕の影は、天使の影を握りつぶしてしまった。
拳から、生えた腕。握りつぶされてしまう小さな天使。
魔王「……」
天使「……?」
腕を引き戻して手を開いてみる。勿論、そこには何も無い。
握りつぶした天使の影を、自分の影は手に入れたのだろうか。
181 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/14(月) 10:29:37.86 ID:0t/Lxfak0
魔王「……くく」
天使「魔王……?」
近衛への天使の返答など、気にしても仕方がない。
自分では、影ですらも手には入らないのだ。
当たり前だ。当たり前の事が、こんなにも――…
こんなにも、苦しい。
だから
だから
魔王「さあ、行こう。天を滅ぼしに」
お前の帰る場所から。ひとつひとつ、手に入れていこう。
出来る事はそれしかないだろう?
182 :
◆OkIOr5cb.o
[sage saga]:2015/12/14(月) 10:32:01.93 ID:0t/Lxfak0
今日はここまでにします。
183 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/14(月) 17:48:48.13 ID:bP0W+jCwO
普通の人間だったらこうならないのに力持った奴らが三角関係作ると天界の魔界の戦争になるのか…
184 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:25:25.39 ID:KsRRdV6N0
――――――――――――――――――――――
集まった部下で庭は埋め尽くされている
その中心に立っているのは、魔王。
魔王「―――――」
一見すると、深呼吸をしているようだった。
だがすぐに違和感に気付く。穏やかに流れていた風が僅かづつ勢いを増して、魔王の元へ集まっていくのだ。
魔王の力は、“魔素を自在に操る力”と“魔力”の2つに分ける事が出来る。
大気の中に多量に混在する魔素を操る事は、事実上“大気を操る”ことに等しい。
結界はその応用で、大気中の魔素を固定化させることによって、その内外の物質の流入を阻止するものだ。
そして魔力は、物理的な影響力を持つ“力”そのものである。
その2種類の力をもって、魔王は天への道を無理矢理に作り出す。
故意に竜巻を起こし、それを魔力によって細長く圧縮し、天へと突き上げるのだ。
みなはその瞬間を、固唾を呑んで見守っている。
185 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:26:35.83 ID:KsRRdV6N0
魔王「渦巻くぞ。離れていろ」
次の瞬間、まさに堰を切られたかのような勢いで大気が魔王の眼前へと流れこんだ。
猛然と天へ突き上げる、紅い魔力に覆われた柱が現れる。
近衛「これに…入るのですか」
その立ち上る魔力に巻き込まれて昇るしか、天へと行く道はない。
弱き者、恐れをなした者の殆どは、渦に入る直前で、高圧の魔力に飲みつぶされてしまうだろう。
魔王「無理だと思うのなら、来なくていい。帰りに庭中に死体が散乱していては、憂鬱だからな」クク
そういって魔王が一歩を踏み出そうとすると、横についていた亀姫がそっと進み出た。
亀姫「ここらでは聞き慣れない習慣ではありますけれど、陛下はレディファーストという言葉をお知りあそばして?」
186 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:27:34.33 ID:KsRRdV6N0
魔王「……知っていたところで、そんなもの気遣ってやるつもりはないが」
亀姫「気遣い? いいえ。あれは本来、女の勤めでございますのよ」
魔王「勤めだと?」
亀姫「前を行くのも、先に座るのも、飲食をするのも…すべては愛しき主人の盾として、女が先に出るというものですわ」
魔王「供の女を盾に、か。よほどの臆病者か、よほどの傲慢か」
亀姫「うふふ…。良いではありませんか。『どれほど愛しているか確かめてやろう』と言われているようで、扇情的ですわ」
魔王「“おねだり”ならば、素直にそうするべきだと思うがな」
クスリと笑って、魔王は亀姫に扇を向けた。
パチンと閉じ鳴らすその音で、亀姫は嬉しそうに前に進み、先陣を切る。
亀姫「光栄ですわ」
亀姫は片手で打ち掛けの裾を引き、腰元で留めると
そのまま紅い柱に飲み込まれて上空へと消えていった。
魔王「鉄壁を誇りとする盾を前に行かせても、安全かどうかの保証にはならぬな」クク
呟くと、次いで魔王も渦に入り、立ち昇る。近衛もすぐにそれに倣う。
そして獣王が続き、次々と魔物が飲み込まれていった。
187 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:28:25.59 ID:KsRRdV6N0
――――――――――――――――――――――
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
紅い魔力の柱は、100kmに及ぶか及ばないかの長さがある。
その途中で消失したものの数など、誰も数えやしない。
たどり着いた其処には、雲とは違う異質の大地があった。
氷と水蒸気、それから植物の根を這わせて成型したような土地――神界だ。
亀姫「浄気が、これほどに満ちているとは。魔物達は動けないのではありませぬか?」
魔王「お前の護法術でどうにかできるか」
亀姫「御意に。……陛下にもお掛けいたします?」
魔王「俺に? 今日はきっと、相当暴れる事になるが?」クク
亀姫「うふふ。きっとすぐに破れてしまいますわね。ではせめて――」
跪き、魔王に掌を差し出す。
魔王はそこに、自分の掌を乗せた。
亀姫「我が主に、守護を」
指先を食むような、口付け。
触れた場所がぼんやりと薄紫に光って、ゆっくりと消えた。
188 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:29:09.74 ID:KsRRdV6N0
近衛「陛下、魔物達も次々に到着しています」
魔王「ああ。では亀姫、頼むぞ」
亀姫「畏まりお承りいたします…」
打ち上げられた噴水のように、雲上に無数の魔物達が打ち付けられては広がり散っている。
獣王がそれらに指揮を執りまとめていき、亀姫が護法を授けて浄気から守っていく。
近衛「……静かですね」
神界ではとっくに異常に気づいているだろうに、天の者達はその姿を見せてはいない。
それには魔物達も違和感を感じていたらしく、どこからか“怖けたか…?”などの声が聞こえてくる。
魔王「俺たちが来ただけで、天の者が怖気づくわけもあるまいに」
近衛「……そうですね。現れただけで怖けてくれたならば、相当に楽な戦いでしょう」
魔王「くくく……ああ、そうだな。相当に楽な戦だった」
近衛「…………」
魔王「どうせそのうちに掛かってくる。現れたなら、その都度 落とせ」
189 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:31:17.60 ID:KsRRdV6N0
少しの後、魔王は数歩奥へと進んだ場所に立って、振り返る。
波のような魔物の群れを前に、錫杖を高く掲げてリンとならした。
それだけ。
それだけで、魔物達の視線は集まり、緊張感が高まるのが分かる。
雲の上に打ち上げられ崩れた姿勢のままの者も、全てはそのままに。
一瞬で、空気が変わった。
近衛(……始まる)
錫杖。魔王が掲げるのは、僧侶の持つそれである。
元々は近衞の居た異国を統治していた宗教家の持ち物で、統治の象徴でもあった。
それを取り上げ、気に入ったからと残しておいたもの。今は魔王の手中にある“象徴”。
その金環の響きは、強奪されてなお美しく鳴り響く。
魔王「行くぞ」
なんの抑揚もなく、告げられた。
鼓舞のひとつもないその声に魔物達は一様に応を唱え、魔物の咆哮が天を震わせた。
190 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:32:18.37 ID:KsRRdV6N0
―――――――――――――――――――――――――――――
神界・低層――
近衛「やはり、あれですか」
魔王「さて。おそらくは、と」
それぞれに駆けて行くその向こう
雲のような丘の上に、宮殿がそびえたっているのが見える。
そこからスロープのような物が伸びているようだが、霧がかっており、トンネル状なのか階段になっているのかはわからない。
そのスロープの一番下を目指して駆けたところ、
そこに荘厳な門が立ちふさがっていた。
近衛「………」
スッと近衛が門に近づく。
様子を伺い、触れてみる。特に不審な様子は見られない
191 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:33:03.14 ID:KsRRdV6N0
近衛「正門、と言ったところでしょう。何者かの気配はないように思われますが…」
魔王「気配がないと判断したならば、開けるが良い。罠だと思うのならばそれなりに備えろ。指示がなくては動けぬなら、このまま置いていく」
近衛は少し悩み、続けざまにこういった。
近衛「正門であったとして、突然の襲来に大層な罠を仕掛ける暇はなかったはず」
魔王「ほう」
近衛「お下がりください、自分が開けます」
門は、魔王の社殿のものと同じような観音開き。大きさも重さも、ほぼ同等。
近衛はその中心に立って、両の腕で押し開けていく。やはり、反応はない。
魔王「……気をぬくな」
神界の門を腕の広さ分もあけた時だろうか、不意に声を掛けられる。
近衛「・・・っ!」ゾク
192 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:34:09.38 ID:KsRRdV6N0
『――気をぬくな』
言葉を聞くと同時、近衛は反射的に後方へと飛び下がっていた。
フラッシュバックのように突然に迫り来た刀の影を避けたのだ。
近衛の脳裏には、魔王の社殿を開けた瞬間に斬りつけてきたあの刀が見えていた。
――ッ!? ぅぁ…
ギィィグシャァァァァァァン!!!
手を離された門は、奇妙な音と共に勢いよく閉ざされた。
そして――
近衛「……これは」
一本のスピアが、カランコと音を立てて地に落ちた。
目の前の大きすぎる観音開きの戸の間から、奇妙な植物の枝が生えている。
筋を浮かせて歪に曲がった枝先は、強張ったまま僅かに痙攣し、しばらくの後に動きを止めた。
193 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:35:15.14 ID:KsRRdV6N0
獣王「術法だろうカ。矢の速度デ、遠距離から突っ込んできたようニ見えタ」
亀姫「私には、誰かいるようにも、誰か来たようにも見えませんでしたわ」
近衛「自分も、完全に無人と感じておりました…」
魔王「門を開けきったその瞬間の隙を狙ったか。門を開かせ、先陣をその場で討つ。その勢いで流れ込む強襲のつもりだったのやもしれんな」
亀姫「こちらの方も、まさか寸前で閉じられてしまうとは思わなかったのでしょう…届きもせず挟まれて。ふふ、おいたわしい事」
近衛「危うくまんまと討たれるところでした。お声がけ、ありがとうございます。魔王陛下
」
魔王「クク。逃げ足と反射神経だけではなく…勘と、物覚えも良いようだ。その賜物とでも思っておけ」
近衛「…いいえ、自分はただ臆病者なだけでございます。陛下の一撃の恐怖が忘れられなかったに過ぎません。ありがとうございます」
194 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:38:48.71 ID:KsRRdV6N0
魔王は少しのため息をつき、生真面目な忠臣を諭す。
魔王「俺とて気配に気付いていたわけではない。だが、何も無いにしろここは既に戦地。当たり前の警戒を怠るなといったまでだ」
近衛「今度こそ、よくよく肝に命じておきます」
魔王「そうだな…… では」
魔王「気をつけろ」
近衛「!」
シュタッ!!
シーン…………
近衛「…………え?」
魔王「く、くくくく」
亀姫「まあ、魔王陛下……ふふ、こんな皆の前でからかっては、流石に坊やがお可哀想」クスクス
近衛「……生真面目なのでございます、あまりからかわないで頂きたい」ハァ
魔王「なんといったか。餌の前に鈴を鳴らすと条件反射で動いてしまう…ああ、思い出せぬな。帰ったら調べるとしよう」クックック
近衛「おやめください、自分は犬ではありません……」
獣王「犬とて近衛ほどにマヌケではなイ。魔王サマモ、戦地と言って警戒を促しておきながラ、悪ふざけヲ…」ハァ
195 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/19(土) 17:40:04.88 ID:KsRRdV6N0
やりとりに笑いながら、魔王が刀で“門から生えた太枝”を斬り落とす。
一瞬だけ勢いよく噴き出した赤が、鮮やかに門を彩った。それ以外の反応は無い。
魔王「ふむ。既に向こう側は斬り落とされていると見える」
近衛「では、改めて開けなおさせていただきます。皆様、よろしいでしょうか」
「ああ、まて」と、魔王は“太枝”とスピアを蹴りどかした。
それがまるで本当に剪定された木屑のように見えて、近衛はそう見えてしまった自分に少しの嫌悪を感じた。
近衛(死体になってしまえば… 屑や瓦礫と、かわりない。敵も、味方も――自分も)
転がった“木屑”を見て、戦争の感覚を取り戻したのだと実感した。
近衛「………参ります!」ザッ…
ダンッ――
身を低く、肩を使って勢いよく扉を押し開く。
その瞬間に、数十の精鋭らしき天の者によって 魔王達は“歓迎”された。
196 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/28(月) 21:40:43.25 ID:O1DqIBLD0
wwkwwk
197 :
@tric_hunter
[saga]:2015/12/31(木) 21:54:05.49 ID:tVoFf72m0
―――――――――――――――――――――――――――
神界・正門奥 “空中庭園”
天の使いA「一斉掃射! 穢れを払え!!」
魔王「号令を出すその間が、命取りだ」
キュッ… ダムッ!!! ダムッ、ダムッ!!!
隊列を組んだ天の使い達に向けて、掌から魔力弾を放つ魔王。
爆炎が上がると同時、空中に羽や弓が舞い上がるのが見えた。
獣王「ガウルァァァ!!!」
獣王は大きく唸ると、粉塵と煙に向かって駆けだす。
煙の晴れる間もなく飛び出してきた残敵の喉笛に、次々と食らいついていく。
亀姫「獣王は、相変わらず乱暴ですこと」
198 :
◆fV/qBrFMHInw
[saga]:2015/12/31(木) 21:58:11.18 ID:tVoFf72m0
そう呟いた亀姫を一隊の隙と判断したのか、数名の天の者が脇から飛び掛ってきた。
天の使いH「覚悟!!」
亀姫「あら……大勢で横入りなんて。いけない子ね」
亀姫は横から襲い掛かってくる数名に
懐から取り出した小石のようなものを、一握り投げつける。
天の使いJ「目潰しのつもりなら、せめてきちんと顔に向け――ガッ!?」ビシッ、ガッ
亀姫「目潰し? いいえ、その石自体が小さな固形結界ですわ…そんなに勢いよくぶつかって行っては、痛いでしょうに」クス
天の使いG「こんな小細工ごとき……!」
近衛「その小細工で足を緩めたのはどこのどなたか」
天の使いG「っ!! しまっ……!」
小石程度の障害物に足並みを乱した愚か者を、近衛が一閃で斬りおとす。
足を止めるのはほんの数秒。流れ込む勢いを殺さぬように、駆けたままで乱雑に交わされる殺戮行為。
魔王「奥へ」
199 :
酉間違いすぎでしょ
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:00:23.83 ID:tVoFf72m0
先陣を切った四人は、こうして天の者の陣形を崩して乱し、数を削ぐ。
第二陣に続いている獣族達は、その鼻と足を活かして 隠れ潜む敵を炙り出しては自らの陣へと追い込む。
さらに続く第三陣が、取り損ねた単体を一騎づつ潰していく。
最後尾をゆたりと進む亀姫の従属の娘たちは、怪我をした仲間達を見つけては治癒しながら、「死に損ない」の後処理をしている。
天の使いL「ふっ、お前は大名行列でも気取っているつもりか…!? それとも百鬼夜行か!」
魔王「ほう、変わった例えだな。お前の目にはそう見えるのか」
天の使いL「ここは神界!! お前のような穢れが踏み荒らしていい地ではない!!」
魔王「ならば許可を貰いに行こう。お前、俺を神の元へ案内するか?」クク
天の使いL「貴様……!」
獣王「ガウルルルル!!!!」ダシッ!
天の使いL「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!!」ブシュッ!
獣王「……魔王サマに向かっテ、無礼な奴ダ」
魔王「くく。ご苦労だな、獣王」
獣王が咥えた首をブンと振り回すのが見えたが、気にも留めずに通り抜け
前方に見えた敵の影にひときわ大きな魔力弾を打ち込む。
いくらか口を交わした仲とて、わざわざ死を見届けてやる義理も無い。
200 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:00:53.73 ID:tVoFf72m0
亀姫「魔王陛下」
魔王「む」
亀姫に呼ばれ、魔王は錫杖で手招きのような仕草をした。
ふわりと亀姫の身体が引寄せられ、魔王の隣まで“飛んでくる”。
魔王「どうした。ついてこれぬのならば、後衛へ下がっていろ」
亀姫「うふふ。障害物レースに参加なさっている陛下についていく事くらいは出来ますわ。ですが、こうして寄せていただきました事に感謝申し上げます」
魔王「何用だ」
亀姫「僅かでも、陛下のご負担を減らすお手伝いをさせて頂きたく存じまする」
言うと、魔王の横に立った亀姫は後ろを振り向き、後ろ斜め上方に術を放った。
攻撃でも結界でもなく、単純な魔素の照射にすぎない。
そのところどころで、チリリと火を起こすものが見受けられた。
魔王「……なんのつもりだ?」
亀姫「ふふ」
201 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:01:27.51 ID:tVoFf72m0
亀姫(陛下は本当にとてもお優しい方。先頭で魔王陛下が御身の魔素を周囲に撒いてくださるおかげで、後を追うものはどれほど楽に進めている事でしょう)
亀姫(わざわざ魔力弾など打ち込み浪費せずとも、その刀があれば楽に斬り進む事も出来ますでしょうに……)
この一群の中、その心遣いに気付いているものがどれだけいるのか。
魔王はひたすら傲慢で無遠慮に打ち放しているだけに見える。
おそらく近衛や獣王ですら、そんな配慮には気付いていないだろう。
亀姫(ですけれど、そのお心を代弁して語るなど過ぎた事。私に出来るのは、ただ黙って慮っていただくばかり…)
しかし、「多少賢いふり」をしてみてもいいかもしれない。
亀姫「神族の浄気の札。時折、宙で消失しておりますわ。陛下はアレを消すために、わざわざ魔力攻撃をなさっていらっしゃるのでしょう?」
魔王「浄気の札? そんなものもあったのか……」
亀姫「うふふ。真実はともあれ、後方の陣に流れれば痛手となるのは必須でございます。魔素を周囲に振りまいて消してしまうのは賢案かと。よろしければ、是非私にお任せくださいませ」
魔王「……好きにしろ」
亀姫(これで、陛下は後陣を気にせずに戦えるはず。余分な力をお使いになることもなくなるでしょう)
亀姫(ああ、陛下。私は、私らしく… 陛下の全てを、お守りいたします・・・!!)
亀姫がもう一度、空に向けて術を放つ。
“浄気の札を払う為”の魔素は、祝福として後陣に降り注いだ。
202 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:02:51.00 ID:tVoFf72m0
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
駆けながらも、定期的に亀姫は魔素を放ち続けた。
後続もずいぶんと楽になっている事だろう。
魔王「……神界にあって、それだけの魔素を放てるとは。四神・玄武の血は伊達ではないな」
亀姫「お褒めに預かり光栄にございますわ」
近衛「!! 四神…!? 亀姫様は、神族の血をひいておられるのか」
亀姫「四神だなんて一族の名に残っているだけの古いお話ですけれど。だけれどその四神を討ったのも、かつての魔王陛下ではありませぬか」
近衛「なっ… 神と魔の戦は、過去にもあったのでございますか!?」
亀姫「精霊王の話を聞いていなかったの、坊や。今のこの世界の在り方は、その戦禍によって作りだされたものですわ」
魔王「神と魔が争うのだ。世界のひとつやふたつ、姿かたちを変えるのは仕方あるまい?」クク
203 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:03:19.76 ID:tVoFf72m0
皆、それぞれに神族を斬る手は緩めない。
だけれど、近衛は自分のしている事に畏れを抱かないわけではない。
目の前で、天の使い達が死んでいく。神と魔の戦争が進んでいく。
そうして、このまま進み続ければ、いずれは――
近衛(また、世界が変わる?)
亀姫「それにしても、神界の兵も結構な数がいらっしゃいますこと」
獣王「だがあまりに弱イ。兵ではなイのかもナ」
魔王「神界の連中は、元々が戦になど向いていない。文化風習として有り得ぬのだろう」
亀姫「あら、じゃあ彼らは一体? まさか寄せ集めたのかしら?」
魔王「くく、流石にそんなことはなかろう。“戦の為の兵”ではなく、“神の為の兵”といった所ではないかと」
獣王「……なるほド。大名行列を気取っていたのは神の方だったカ」
亀姫「大名行列とは、なんのお話ですの?」
魔王「俺達が現在戦っている、敵の名だ。やる気も失せるな」ククク
204 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:03:52.82 ID:tVoFf72m0
布陣は崩さぬまま“雑談交じりに”神の者を討っていく。
近衛はその中で、否が応にも実感していた。
世界を変えてしまう戦いを、すごろく遊びのように進めてしまえるのだ。
魔王にとって…いや、魔族にとって
あるいは神にとってもかもしれないが
『世界とは、その程度のものだった』。
それがなによりも、近衛はおそろしかった。
獣王「どうしタ、近衛。苦々しイ顔をしているゾ」
近衛「………いえ。なんでもございません」
205 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:04:26.26 ID:tVoFf72m0
亀姫「ねえ、坊や。先ほどの話ですけれど、獣王も四神を祖に持つ一族ですのよ」
近衛「獣王様も…?」
亀姫「竜王の大婆様も、そうですわ。ねえ、坊やは私達をどう思われますこと?」
近衛「……そうですね…。かつては神族だったといわれると、驚きを隠すことは難しいです」
獣王「勘違いするナ。当時に神と呼ばれたモノであっただけデ、今の神とは違う種ダ」
近衛「それでも、かつての神の末裔がこうして陛下の元にいらっしゃるとは……なかなかに信じがたいお話ではあります」
亀姫「うふふ、そうねぇ。私の一族ではありませんが、実際に過去には戦敵として陛下に歯向かった者もあったそうですわ」
近衛「そう、ですよね……。それなのにこうして配下に下り、忠臣となるまでには、一体何があったのでしょうね…」
亀姫「……さて。私の存じ上げるところではありませんわ」
獣王「ふン……」
獣王(自らガ、魔王に滅ぼされた一族そのもノのくせニ。時を経テ味方になるのが信じがたいなどト、ぼろを出したも当然ダ)
206 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:05:04.50 ID:tVoFf72m0
口数の減った3人に、魔王がつまらなさげに声をかける。
魔王「お前たち。過去を騙るのは構わぬが、そう乱してやるな。近衛に足を引っ張られては面倒だ」
近衛「騙る…?」
魔王「祖は四神を討ってなどいない。第一、子孫を残しておきながら“神を討った”とは言えぬだろう。子孫が次代の神を継承すればいい話」
近衛「あ」
魔王「実際は、暴食の祖が四神の一柱“朱雀”を喰らったがゆえに、世界は“崩れた”のだと聞いている。戦禍の正体はそんな程度のものさ」
近衛「喰ら…っ!?」
亀姫「うふふ。実質、四神もその在り方を崩されたのですから、討ったといっても過言ではありませんわ」
獣王「その通リ。騙ったつもりはなイ」
近衛「では…当時の魔王陛下は本当に神を食べたのですか」
魔王「さて、な。俺の預かり知る所ではない。真実をしりたければ精霊王にでも訊ねるが良い」クク
亀姫「あの精霊王が答えてくださるとは思えませんけれど」ウフフ
近衛(……神を喰らい、世界が変わった……“その程度”の戦争、か)
207 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:05:35.84 ID:tVoFf72m0
そんなことで、世界はなくなる。
その戦争に巻き込まれたものたちは、命を落とした者たちは
一体、何を思ったことだろうか。
獣王「っ……焼き鳥の話ヲ、している場合ではないゾ!」
一同「!」
それぞれに思考が逸れかけてしまっていたその瞬間、
前方からこれまでよりも一際大きな神族が飛び出してきた。
誰よりも早く気付いた獣王が、その巨体に喰らいかかった。
だが、ドカリと大きな鉈でその腹を打たれ、獣王の巨体は無情に跳ね返される。
亀姫「獣王!」
即時に亀姫が治癒の術法をかける。
魔王は数発の魔力弾でその鉈を無力化させ、その間を近衛が縫って分け入り…“小さなナイフ”の斬撃で、袈裟切りにした。
208 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:06:12.63 ID:tVoFf72m0
近衛「援護をありがとうございました、陛下、獣王様。…ご無事でいらっしゃいますか」
獣王「ガウル…当たり前ダ」
亀姫「治癒の途中ですわ。ただでさえ毛むくじゃらでやりにくいのですから、あまり動かないでくださいまし」
獣王「グルル……」
魔王「……ふむ。やけに大きいのが出たと思ったが、どうやらこいつで終わりだったようだな」
後方からはまだ戦らしい咆哮なども聞こえてくるが、前からの攻撃は止まった。
前方にあるのは、静寂と大宮殿のみだ。
近衛「ここが…」
魔王「ああ」
魔王「神の、巣だ」
209 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:06:48.99 ID:tVoFf72m0
―――――――――――――――――――――
神界・宮殿前
近衛「……あまりにも、簡単すぎる気がいたしますね」
魔王「ふむ?」
近衛「……魔王陛下。申し訳ございませんが、お傍を離れるご許可をいただきたく」
魔王「好きにしろ」
亀姫「お待ちくださいな、陛下。近衛、お前は何処へ?」
近衛「陛下とは逆周りに、この宮殿内を探索いたします。自己判断にはなりますが、適宜必要と思われる情報を集めたり討伐を進めたく思います」
獣王「……正門でいきなり見誤ったお前の自己判断を信じろと?」
近衛「それは…」
亀姫「獣王、およしなさって」
獣王「フン。ならば俺がついていこう」
亀姫「いいえ、近衛様には私がついて参りますわ」
近衛「……亀姫様が…?」
210 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:07:14.96 ID:tVoFf72m0
亀姫「獣王は、先ほど腹を打たれています。治癒したとはいえ、軽度のダメージではないはずでしてよ」
獣王「……チッ」
亀姫「近衛。供がつくことに、何か不都合がございまして?」
近衛「いえ。ですが…自分の荒いこの剣で、万が一にも女性を巻きこむわけにはならないと思うと、少しばかり重責ですね」
獣王「そう言っテ、誤まって切り殺してしまっタという布石にするつもりカ」
近衛「! いえ、決してそのような!」
獣王「フン」
亀姫「安心なさって。私は亀姫。この守護術、そう易々とは斬られませんわ」
獣王「…では、魔王陛下は自分が守ろう」
亀姫「ええ。どうか宜しくお願い申し上げますわ、獣王。いざとなれば…」
獣王「この身を盾ニ、いや 一族を盾にしてでもお守りしよウ。例え傷負いの身であれド、その時はお前のその鉄壁に遅れは取らぬつもりダ」
亀姫「ふふふ、頼もしいですわ」
近衛「では、魔王陛下。どうか自分と亀姫様に、探索許可を」
魔王「好きにしろ、と言っている。例え逃げ出そうと構わぬと」
近衛「では、それを許可に変えさせていただきます。ですが決して逃げは致しませぬ」
211 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:09:41.61 ID:tVoFf72m0
敵地の眼前で、膝をつく近衛。
隙だらけのその行動は、確かに紛れもなく忠誠のみを誓う姿にも見えたが、獣王にとってはそれはわざとらしくも見えて気に障る。
だが、魔王にとってはそうでもなかったのだろうか。
小さく笑った魔王は、臥した近衛に錫杖を突きつけた。
魔王「……相変わらずの、律義者だな。だがそれは魔王の近衛として、相応しくない」
近衛「ただの性分でございます。ですが、相応しくあるよう精進いたします」
魔王「では…」
魔王「悪を悪と思わず、善を善と思わず」
近衛「…?」
魔王「魔王の心得だ」
近衛「魔王、の…?」
212 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:10:47.55 ID:tVoFf72m0
魔王「…くく。わからぬようでは、お前にはやはり無理なのではないか? ……魔王に相応しくある、だなどとは」
近衛「か、かならずや理解して見せます」
魔王「ほう? ははははは! おもしろい」
近衛「魔王様…?」
魔王「近衛… いや――― “元・勇者”」
近衛「っ」
魔王の発した言葉に、亀姫も獣王も目を見合わせた。
勇者―― それは確かに、先の戦の“目標”だった人物の名なのだから。
魔王「愉快だよ。そして、残念だ」
近衛「残念…で、ございますか?」
魔王「ああ。もしもお前がそれを理解する事があれば、俺はお前を次期魔王としたくなるだろうからな」
近衛「次期、魔王…?」
213 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:11:14.47 ID:tVoFf72m0
魔王「だが、魔王は基本的に次代継承。お前にゆずってやれないのは残念だ。く、くっくっく」
近衛「そんな……滅相もございません! 畏れ多いことでございます!」
魔王「勇者が魔王の心得を理解する…ねぇ。くく、まったくもって愉快だよ 近衛」
近衛「………自分は…、自分は既に、勇者などではございません…」
魔王「……ふふ。その返答こそが、その証。その性格こそも、“勇者”とされる所以なのだろうな」
近衛「………」
魔王「行け」
近衛「……皆々様に、御武運のありますことを」
亀姫「陛下。行ってまいります」
走り去る二人を見て、魔王が嗤う。
魔王「…くくく。神を倒しに行くその前で、誰に運を祈ったというのか。冗談のつもりならば、なかなか面白いのだが」
獣王「グルル…」
魔王「獣王。敵の目を全てこちらに向けさせるぞ……一網打尽にしてやろうではないか」
獣王「魔王サマの、仰せのままニ」
214 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:11:49.97 ID:tVoFf72m0
―――――――――――――――――――――――――――
神殿
近衛・亀姫組――
ヒュッ…
足音も立てぬままに駆け、花台らしき石柱の影に潜り込む。
近衛「亀姫様、大丈夫ですか?」
亀姫「何がですの?」
自分のすぐ後ろに回り、低い位置に身を潜ませている亀姫
華奢そうに見える彼女だが、息の上がっている様子は見受けられない。
近衛「自分は脚には自信があったのですが…亀姫様も、相当に脚がお早いのですね」
亀姫「ああ、それでしたら…」
215 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:12:17.50 ID:tVoFf72m0
亀姫はおもむろに着物の袂に手をかけ、チラりとめくって見せるような仕草をした。
しなだれるように見上げてくる亀姫の瞳を見て、近衛は不意に気付く。
近衛(……上半身が…傾いている? 2足歩行の動物としては、ありえない体勢だ)
亀姫「……うふ。ナカをご覧になりたい?」
近衛「以前は、確かに二本の足があったように思いますが。ですが少なくとも、亀の脚……では、なさそうですね」
亀姫「確かめてみたくなれば、脱がしてくださいまし。中身に気付いてなお、そんな気になればですけれど」クス
ころころと笑顔を向ける亀姫に、近衛は苦笑する
後方へ広がった、裾を引きずるような衣装と、その“不自然な膨らみ”。
近衛(あの膨らみ、通常の足ではない。だがまさか人魚、ということもないだろう。おそらく――蛇)
下半身が蛇。
それは恐ろしいのか、あるいは気色悪いのか。そう思って想像してみる。
美しい白い肌を持つ亀姫が、蛇の尾を持つのなら
やはり、艶かしい白蛇のように美しいのかもしれない。
それとも、妖しげな色香の雰囲気そのままに
マムシや毒蛇の迫力を持つのだろうか。
216 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:12:46.55 ID:tVoFf72m0
亀姫「坊や?」
亀姫「っ、すみません。陛下に“気を抜くな”と忠言をもらったばかりなのに…つい考え込んでしまったようです」
亀姫「あら、うふふ。仕方のない坊や。安心なさって、陛下には黙っていてさしあげますわ。まさか正体を無くした女に気を取られるなんて、笑い者もいいところですものね」クスクス
近衛「そうですね…。ましてや、その正体が白蛇か毒蛇だったならばどれほど魅力的だろうと考えていたなんて…しばらく話の種にされてしまいそうですから」
亀姫「 」
近衛「? どうなさいました、亀姫様」
亀姫「私のほうが恥ずかしくて、とても陛下にお話なんて出来なくなりましたわ…」ハァ
近衛「……?」
亀姫「気になさらなくて結構ですわ。ともかく行きましょう。もっと奥に行けば、何か―― あら?」
話を逸らそうと、焦れて尾を左右に振った亀姫は違和感に気付いた
一瞬、床のどこかで微かに引っ掛かる箇所があったのだ
217 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:13:20.09 ID:tVoFf72m0
亀姫「坊や…床を調べてくださいませんこと。罠かもわかりませんわ。慎重に」
近衛「!! はい!」
近衛は動かずにその場に伏せた。指先を床に這わせ、よくよく目を凝らしながら見ると、床に四角く線が入っていると気付く。自分たちはちょうど、その枠の中にいるようだ。
近衛「……確かに不自然ですね。術法の気配はないので、落とし穴か、あるいは檻のような物理的な罠。その仕掛けの境界線かと」
亀姫「あら。どうりでわかりやすいところに、ちょうどいい物影があると思いましたわ。……でも嵌る様子がありませんわね、重量不足かしら」
近衛「それもありえますが……亀姫殿は、地雷の例をご存知ですか?」
亀姫「ジライ? なんですの、それは」
近衛「設置型の罠のようなものでして。それは踏んだときには反応せず、離れたときに爆発する仕掛けなのです」
亀姫「ならば、これもそうだと?」
近衛「可能性はございます」
亀姫「……ではこうしましょう。この花台をずらして、私たちの身代わりに重しになってもらいますわ」
近衛「かしこまりました」
218 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/12/31(木) 22:13:52.66 ID:tVoFf72m0
近衛とて亀姫とて、2重に罠が設置されている可能性を考えない訳ではなかった。
重量不足が故の不発なら、これで余計に起動するかもしれない。
だが、懸念に懸念を重ねても仕方が無い。
近衛は花台に手を掛け、手前に引寄せていく。
ズ、ズズズ・・・
亀姫「……あら」
近衛「これは――…」
花台の下にあったのは、小さな床下への扉だった。
219 :
以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします
[sage]:2016/01/01(金) 21:43:00.17 ID:m8VBk9Ii0
何故に敵意の天使が出てこないの?
220 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:22:43.31 ID:/1IMYSK40
―――――――――――――――――――――――――――
天空宮殿、謎の地下室
コツ……
短めの階段は、あっという間に終わった。
階段というよりも、丈夫にしつらえられた梯子と呼んだほうが適切かもしれない。
入ってきた場所から明かりが漏れ入り、この地下の空洞を照らしている。
亀姫「……罠、というわけではなさそうですわね。隠し部屋にしては浅すぎますわ」
近衛「もしかしたら、地下収納として作られた場所なのかもしれませんね。使用用途を変えたために、入り口だけをふさいだ可能性があります」
亀姫「地下収納……物置だと?」
近衛「ええ」
亀姫「はぁ…緊迫感の薄れますこと。私本当は、下に竹槍でも仕込まれているのかと思いましたわ」
近衛「それはそれで古典的で緊迫感は薄いですが…罠でなかったのは幸いです。少し調べて、ここから出ましょう」
亀姫「調べる、といってもねぇ…」
221 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:24:05.34 ID:/1IMYSK40
亀姫は壁に手を触れながら、しゅるると這うように部屋を舐め歩く。
部屋の中央には四角いテーブル。椅子はなく、作業台のようにも見える。
近衛「本と筆、か。書斎のような場所なのでしょうか…」
亀姫「坊や。これを」
亀姫に呼ばれて振り向いた先に、鎖のついた砲丸のようなものが見えた。
その近くには沢山の本の山が詰まれてたが、亀姫がこちらに開いて見せているものは“白紙”の本だった。
近衛「……つまり、拘束して誰かに本を書かせていた…? ここは監禁場所、ですか」
亀姫「あの花台は、扉を隠していたのではなく、出入り口をふさぐためのものだったのでしょう」
近衛「……雑ですね、何もかも」
亀姫「急ごしらえしてでも必要だったのかもしれませんわね。本来、神族は争いとは無縁なはず…誰に何をかかせていたのかしら」
視線に催促され、近衛は小さく頷いてから机の上の本を開く。
222 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:25:16.68 ID:/1IMYSK40
近衛「……これは…」
亀姫「何が書かれておりますの」
口元に手を当てたまま、近衛は数ページをめくり読みしはじめる。
そんな近衛に痺れを切らして、亀姫は横に回りこんで置かれていたもう一冊を手に取る。だが中表紙に書かれている文字は特殊で、亀姫には読めなかった。
亀姫「……見慣れない言葉ですわ。坊やはこれが読めていらっしゃるの?」
近衛「はい、これはニンゲンの言葉です。それも、自分のいた国の言葉でかかれていますね…」
亀姫「内容は?」
近衛「少なくとも題は、『悪魔の襲来と人間世界の終末について』とかかれています」
亀姫「……ニンゲン滅亡の記録、といったところかしら」
近衛「……“大僧正が悪魔に連れ去られた時、私は仏に祈ることしかできなかった。如来様の後ろに隠れ、目の前の悪夢を見ないように目を瞑り、念仏を唱え続けた”」
近衛「“悪魔はしばらくして、唐突に立ち去った。私は仏への祈りが通じたことに安堵した。だがそれもつかの間、今度は寺が燃え始めた”」
223 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:27:17.55 ID:/1IMYSK40
亀姫「ここにいたのは宗教家ですのね。読まなくても結構ですわ、要約なさって」
近衛「そうですね。……“仏への信心の厚い小坊主が窮地に立たされて、神様仏様と願ったら、神様に助けられて神界にきたので、神様大好きになりましたありがとう”、といったところでしょうか」
亀姫「まあ、大層な信心ですこと」
亀姫「……でもよかったですわね。近衛の他にも生きている人間がいたとわかったじゃありませんこと?」
近衛「ニンゲンは生きていますよ。……この彼は、殺されたかもしれませんけれど」
亀姫「え?」
近衛「この本の終わりの方…神への感謝を綴りながらも、だいぶ筆が乱れています。そして、このような終わり方を」
亀姫「……ページが、破り捨てられていますわね」
近衛「ええ。そしてそれ以降は書かれていない。ここに監禁した誰かにとって、不都合な事でも書いたのかもしれませんね」
亀姫「……用が済んだ後、そして役に立たなくなった後、彼はどうなったのかしらね」
224 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:27:54.16 ID:/1IMYSK40
亀姫はスと手のひらを合わせて、黙祷をささげた。暗い結末を感じたのだろう。
平然と神殺しを行う一面を持ちながら、見も知らぬ誰かの不幸な死を自然と悼む亀姫に、近衛は苦笑する。
それからもう一度本に目を落として、呟いた。
近衛「……神が、あの場にいたのですね」
亀姫「近衛?」
近衛「……ヒトを助けるわけでもなく、自分たちの正当性を立証するためだけに……。神はあの場に降りていたのですね」
亀姫「………神族は、ニンゲンを守りませんでしたの…?」
近衛「守る?」
亀姫「神族は、今は無き地表を見守り、育んでいたはずですわ。魔の者との対立こそありましたけれど、ニンゲンとは交友関係にあったと思っておりましたけれど」
近衛「……ご冗談を」
亀姫「冗談ではありませんわ。古来よりそうしてきたはずですもの」
近衛「ありえませんよ。だって自分たちニンゲンは、神に……」
近衛「神を守る武器となることを、強要されたんですから」
225 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:30:12.45 ID:/1IMYSK40
――――――――――――――――――――――
院--先代魔王は、在位中に 地表の国を侵略した。
その国は占術により、勇者の生まれ郷になるといわれた国だった。
占いは占い。
それ以上の根拠があるわけではなかった。
だが当時の院はそういったものに何よりも重きを置いており、長いこと国を見張っていた。そしてついに、勇者らしき者が現れたのである。
占いで告げられた”勇者による、魔族の廃頽”を防ぐため、
侵略戦争が決断された瞬間であった。
226 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:30:39.47 ID:/1IMYSK40
――あの日、自分の街に大挙して乗り込んできた魔物達。
当時の近衛には、魔物達が現れた理由が分かっていた。
天啓だ、啓示だと 皆が騒いだそのほとぼりもまだ冷めていなかったから。
あれは自警用のナイフを片手に護衛術を訓練中の事。
突然に天から虹が差し込むように降りかかり、近衛の身体を包んだ。
その場にいた皆が、不可思議な声を聞いた。
「勇者」とだけ呟かれた、姿のない者の言葉。
そして虹が消えると同時、近衛が握っていたナイフは「大剣」に姿を変えていたのだ。
それ以上のことはない。ただそれだけ。
ただ、その事件は国中に知れ渡るほどには騒がれた。
近衛自身も訳がわからぬまま、「勇者」として数日間をもてはやされていたのだ。
そして、突然の魔物の襲来の日。
魔物など知らなかった。
それが魔物であるのか怪物であるのか、悪魔なのか妖怪なのかも知る事のないまま…
近衛の暮らしていた国は、地表の世界は、みるみる炎に包まれた。
227 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:33:51.79 ID:/1IMYSK40
悪夢のような惨状の中を、助けを求めて、妹の手をひいて走った。
街の中を走れば、誰もが自分の顔を知っていた。
そうして誰しもが呪いの言葉を投げてきた。
「おまえのせいだ」
「おまえが原因なのだろう」
「おまえさえいなければ」
焼け焦げた赤子を抱いた女が、狂った目つきで「おまえさえ死ねば…」と包丁を刺してきた。
それを見ていた誰かも、「そうだ。おまえが死ねば終わるんじゃないか?」と、砕けたレンガで殴りつけてきた。
近衛は何も知らなかった。ほんの数日間、勇者としてもてはやされただけ。
たったそれだけのことの代償に、全世界から理不尽に恨まれた。
手をひいていた妹は、恐怖に満ちた瞳で自分を見て足を止めた。
命を狙われている自分の巻き添えにさせてはいけないと、唇を噛んで、妹の手を離して駆け出した。
その直後に、妹が狂気に満ちた誰かに殴り倒されるのを見た。
世界のすべてが敵になって、近衛に襲い掛かってきた。
228 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/01/20(水) 05:35:00.78 ID:/1IMYSK40
滅ぼされそうな世界
追い詰められた自分
刺された腹から滲む血
行く手に現れた、数匹のおかしなイキモノ
誰かから与えられた大きな剣はあったが、そんなものがあったって目の前の化け物は倒せない。
自分の習っていた“対人用の護衛術”が何の役に立つというのか。
振るえない。
握り締めたナイフの感触はそのままだけれど、その刃は何十倍もの大きさになっている。こんなものを扱ったことは無い。
この剣を授けたのが神ならば、神なんて信じない。
神になど祈れない。
だけど、求めたい。助けを−−
もっと、確実な。この世界と自分たちを救ってくれる、強い力を。
街の炎も、流れて衣服に染み込んだ血も、赤黒かった。
黒くて黒くて、目の前も真っ暗になっていくような気がしていた。
そんな時に、それよりも黒い影が現れて、こう言った。
「……探したぞ。世界一の、不幸者」
望んでいた大きな力と救いは、魔王によってもたらされた。
229 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/01/22(金) 21:04:35.47 ID:AMOwP5Ngo
何度も読んでしまった
230 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/20(土) 17:58:34.27 ID:jPi62GgKo
まだか
231 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/02/23(火) 05:27:09.21 ID:zUoOI/kM0
―――――――――――
亀姫「……え! 近衛!」
近衛「っ!」
亀姫「近衛、聞いていますの?!」
近衛「これは…申し訳ありません。衣装のせいでしょうか、どうも古い記憶ばかりに囚われてしまって……」
やや青白い顔をしたまま俯いた近衛に、亀姫は呆れたように声を掛ける。
だがその口調は責めるものではなく、僅かに気遣いを含んでいるようだった。
亀姫「貴方はそんなこと言ってばかりね…。まさか浄気に当てられたわけではないでしょう?」
近衛「ええ、大丈夫です。亀姫さまの守護術が浄気を弾いてくれていますし、この石もきちんと機能しているようです」
亀姫「なら、しゃんとあそばせ。いいこと? もう一度しか言わないから、今度こそよくお聞きなさい」
近衛「はい…。もう、大丈夫です」
232 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2016/02/23(火) 05:27:40.91 ID:zUoOI/kM0
まっすぐに目を見つめてくる近衛を確認して、
亀姫もまたしっかりと瞳を見つめて問いかける。
亀姫「先ほど、近衛の言っていた件。神族が人間の味方をせず、むしろ武器として利用しようとしたという話……確かでいらっしゃいますの?」
近衛「少なくとも自分に武器を与え、自分を勇者と称したのは事実です」
近衛「さらにここにあった本の内容が事実なら…人間の危機を知り、その場にいながらも、手を出してこなかったことも事実となるでしょう」
亀姫「……武器を与えてきのだから、武器として…武器の使い手として利用しようとした、と思ったのね」
近衛「そう…ですね。確かにそこは推測の域を出ません」
亀姫「もうひとつ確認させてもらいますわ。……勇者というのは…神よりその称号と武器を与えられて成るものなの?」
近衛「……わかりません。自分以外の例を知らないので、おそらく、としか」
亀姫「近衛の場合は、神からそれらを与えられたのは確かなのね?」
近衛「……間違いのないよう正確に答えるのなら、“魔王陛下がそう仰った”となりますね」
亀姫「陛下が仰ったことなの?」
近衛はコクリと頷いてから、腰に下げたナイフに手を掛ける。
丁寧に引き抜いたそれを、掌に載せて亀姫に見せた。
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