【ゴッドイーター2】隊長「ヘアクリップ」

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184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/22(日) 02:40:43.85 ID:Eze/xqUw0

毎回楽しみにしてんよー
自分のペースで完結してくれ
185 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/20(日) 23:59:07.66 ID:qpFgw9Jao
エタ寸前でやっと用事が一段落したのでちょっとだけ
しばらく余裕できるから出来るだけ投下スペース早めたい
でもクリスマスSSもちょっと書きたい(ボソッ
186 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/21(月) 00:01:10.88 ID:l2omP2Lio


 戦いを終え、私とナナはアラガミのコアの回収作業にあたる。
アラガミに死の概念はない。
損傷を受けて一時的に活動を停止させる事はあっても、コアがある限り、奴らは何度でも再生する。
コアの回収は、アラガミ装甲壁を更新する以外にも、そうしたアラガミの再生を防ぐ措置にもなっているのだ。

だけど、いくらコアを破棄したところで、霧散した"オラクル細胞"は今までの記憶を引き継ぎ、私達の与り知れぬ所で再集合することで、またコアごとアラガミを形作る。
その循環を断ち切らない限り、人類側は防戦一方でしかない。
勝てる見込みも、戦いの先も見えないこの世界で、私は何を残せるのか。
それはまだわからないけど、今の私にはやらねばならない事がある。
託されたからというだけじゃなく、私自身がそうしたいと感じたからこそ、私は"ブラッド"を守り抜かなければならない。

……でも、それだけじゃ、まだ何かが足りない。
その何かがわからないから、こうして身の丈に合わない事をしでかして――

「……隊長、先ほどの行動の真意を聞かせてください」

――仲間から歪みを見咎められる。
187 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/21(月) 00:02:22.02 ID:l2omP2Lio

「……下手に集団で動くより、相手に的を絞ってもらった方がリスクも少ないと考えただけだよ」
「シエルこそ、どうして待機命令を守れなかったの?」

「……待っていれば、君は次の指示を出してくれたんですか?」

私を見据える、疑念の目。
だけどそこには、そうであってほしいと信じようとする感情も混じっていて、それが私に二の句を継げなくさせる。

「どちらにせよ、それで自分が追い詰められてるんじゃ、世話はねぇな」

「やめなよ、ギル……」

沈黙する私達の間に、ギルと捕喰を終えたナナが割って入る。
言葉ではギルを宥めているけど、ナナ自身も私の行動に納得はしていないようだった。

「独りよがりな命令は聞けない……少なくとも、俺は置き物じゃないんでな」
「……お前が変に固執しなけりゃ、いくらでもやりようはあったはずだ」

「うーん……あんまり悪く言いたくないんだけど、私も今回はちょっと隊長らしくないと思うなー……」
188 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/21(月) 00:04:59.51 ID:l2omP2Lio

わからない。
ギルも、ナナも、シエルと同じ目をしている。
私に、期待できる事なんてないのに。
結局、この戦いで何も見つけられなかったのに。
彼らが私にどんな価値を見出しているのか、私自身にはまるでわからなくて。

「……私らしさって、何?」

「えっ……?」

つい、禁句が口を突いて出てきてしまっていた。

「それがわからないから、私はこうやって……!」

そこまで言いかけたところで、呆気に取られた仲間の様子を見た私は、ようやく我に返った。

「……ごめん、何でもない」

彼らは未だに言葉を失っているようだった。
当然だ。
私だって、自分で理解するまでは口外しないつもりだったのに。
任務中の判断ミスといい、以前にもまして、より自制が利かなくなってきている事を嫌でも自覚する。

「……いや、何でもないってことは――」

『緊急事態です!市街地エリアに、新たなアラガミの発生が観測されました!』

問い質そうとするナナを遮るように、オペレーターから無線が入った。
189 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/21(月) 00:07:21.14 ID:l2omP2Lio
とりあえずここまで
もっと曇らせなきゃ…
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/21(月) 00:15:51.18 ID:PX2z6BUx0

もっと曇らせるのか……隊長がかわいいので期待
191 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/23(水) 01:12:59.44 ID:dBzV5CS0o



「――了解しました、このままポイントに直行します」

オペレーターから詳細を聞き、私達は討伐対象アラガミの追加を承諾する。
アラガミはこの区画の廃屋内に発生していて、既にシエルも"直覚"でその位置を把握している。
現状で即時行動に移せるのは"ブラッド"だけだし、支部の近辺に位置する、この亡都での問題を見過ごすわけにもいかないだろう。

「そういうわけだから、まずはこっちを……」

だけど、タイミングが悪すぎた。

「……話はまだ終わっていません」

「さっきは私のミスで皆を心配させて、ごめんなさい……でも、これからはちゃんと――」

「そういう事を言ってるんじゃない」

直前のやりとりで確信を得てしまったのか、誰も私の話題逸らしに乗ろうとはしなかった。
実際、あの場で思わず口走ってしまったことが、私を悩ませているのは確かだけど。

「……大丈夫。私の問題だから、自分で解決できるよ」
192 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/23(水) 01:18:47.68 ID:dBzV5CS0o

「……今のお前じゃ、背中は預けられない」
「自分で解決できる程度の問題なら、話すぐらいはできるんじゃないのか?」

「……シエルと、ナナも?」

「……」

「え、えーっと……」

先ほどとは打って変わって、3人とも私から目を背けている。

「……信用できないなら、それでもいいよ」

やっぱり私は、話せなかった。
一時の信用だけでなく、誰から見向きもされなくなる気がして。
何もできない自分を知られて、期待を裏切ってしまうのが怖い。
この恐れが、嘗て"ブラッド"から離れようとまでした私の本性なんだろうか。
知られた方が都合がいいのに、自分を理解できるのに、たったそれだけのことが乗り越えられない。

「……先に行ってるから」

己に纏わりついた虚飾をこれ以上取り払われたくなくて、私はまた仲間から逃げ出そうとする。
それはこうした方がいいというような理屈じゃなくて、最早反射的な行動に近いものだった。

「待て!」

既に見当をつけていたのか、ギルが走り去ろうとする私の肩を、その寸前で掴む。
彼の手を振り払おうと、私が振り向きかけた瞬間――

――眉間に熱を帯びると共に、視界が真っ白な光に包まれた。
193 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/23(水) 01:22:02.88 ID:dBzV5CS0o



 "アナグラ"や、フライアとも違う、どこかの室内空間。
そこには、右腕に赤く大きな腕輪を着けた、3人の人物が佇んでいた。
紫の帽子を被った、気難しそうな顔の青年に、その向かい側で彼をからかっている、年長者とおぼしき、黒のライダース姿の男。
そして男の傍らで微笑む、赤縁眼鏡に、茶色のロングヘアの女性。
終いには帽子の青年も笑みを見せ、この空間は温かい雰囲気に包まれていた。

その場に私はいない。
意識は視覚と聴覚を得て、確かに彼らの様子を窺えているけど、肉体もなければ、彼らに存在を感知されてもいない。
更にいえば、彼らの内の青年のものと思わしき感情が、私の内にも流れ込んできている。
明らかに尋常ならざる事態だけど、そうとしか形容しようのない感覚と世界に、私の意識は引きずり込まれていた。

永久に続くと錯覚してしまいそうになる心地よさと、大事な存在である男と女性に何らかの本懐を遂げさせてやりたいという、使命感にも似た願い。
そうした青年の想いに何故か抵抗する気も起きず、感じ入ってしまっていると、突然空間が塗り替えられた。

靄を抜け、目の前に広がっていたのは、異国の戦場。
男はおらず、青年と女性が得物を手に、赤い鎧を纏った怪物と対峙している。
怪物の力は圧倒的で、2人の繰り出す攻撃をものともしない。
女性の決死の反撃により、怪物はその場から退散するも、彼女はある致命傷を負ってしまっていた。
194 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/23(水) 01:28:01.47 ID:dBzV5CS0o

――"人手の足りないグラスゴー支部の仲間のため、幾度の引退勧告を無視してでも神機使いを長年続けてきた彼女は、
件の赤いアラガミとの戦闘がきっかけで身体が活動限界を迎え、暴走したオラクル細胞の浸喰……アラガミ化が始まってしまう。"――

絶望的な状況に介入しようとしても、意識だけの存在ではそれもままならない。
悔しさと歯痒さを感じると同時に、私はこの状況に、自分の記憶とのつながりを感じていた。
この直感が正しければ、青年はこの後――

"葛藤の果て、彼は自ら手を下した――"

――恩人に手をかける罪、果たせなかった願い、男への懺悔、彼女の仇と、無力な自分への憎悪。
様々な負の感情が、重圧となって一挙に圧し掛かってくる。

……私が今垣間見ているのは、ギルの記憶だ。
そして、この一連の現象自体にも、学んだ知識の一つとして、覚えがあった。

新型神機使いの"感応現象"。
この現象がそう呼ばれる由縁は、"新型"の発する脳波が"偏食場"を有するだけでなく、
そうした"新型"同士の脳波が干渉し合い、結合することによって、強力な交感作用を発生させる点にある。
その内容は、端的に言ってしまえば、現在のように、感応した相手の記憶を覗き見ることだ。
この交感作用に限定した、"感応現象"の引き金は"新型"同士の直接的な接触と、当事者達の感情にあると言われているけど、
明確な発生条件は未だ明らかになっていない。
ましてや私達のような第3世代神機使い同士での発現は、今回が初めてのケースになるだろう。
195 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/23(水) 01:30:46.19 ID:dBzV5CS0o

またも空間が塗り替わる。
再度靄を抜け、私が目にしたのは、自身も幾度か足を運んだ、フライアの庭園だった。
そこにいるのは、入り口付近に設置された、休憩所の椅子に座り込むギルと、その眼前に立つ、緑がかった金髪の少女。

ギルは先ほどの出来事からいくらか落ち着いてはいるものの、その心は沈み、自責の念と復讐心に縛られ続けていた。
そんな事情は露ほども知らず、少女は恐る恐る彼に話しかけようとしている。

拙い調子に、怯えを見せる態度。
けれど彼女は、けして臆病者ではなかった。
他者のために調和を保とうとする彼女の言葉は、何故か己をもその気にさせてしまう。
ギルの心に、小さな火が灯された。

この少女はどこか似ている。
外見的な共通点はあまりないけど、嘗て自身が手を下したあの人に。
自分への説得が成功し、安堵の表情を浮かべる少女に、ケイトさんの笑顔が重なって――
196 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/23(水) 01:36:48.82 ID:dBzV5CS0o

――突如として空間が崩れ去り、現実世界の肉体に意識が戻る。
私は気が付くとすぐさまギルの手を振り払い、怯えた目で彼を睨みつけた。

私は"感応現象"を知識として知っていた。
それを目の当たりにして、理解した後は、何度もこの交感作用の中断を働きかけた。
"感応現象"は一方的なものじゃない。
私がギルの記憶を体感したということは、その逆もまた然りなのだ。

つまり、彼は私の記憶を覗いてしまった。
これまで隠し通してきた素性を。
今までの私を知ってしまった。
感情の昂ぶりと共に身体が震え、足元から崩れ落ちそうになるのを、必死に抑える。

「……今、のは……!?」

明らかに動揺しているギルはもとより、ナナやシエルも、状況が理解できずに固まっている。
傍らから見る分には、突然目の前の2人が静止したようにしか見えないからだ。
その隙を突く形になりつつも、私は今度こそ逃げ出した。
思考を放棄し、脇目も振らず、次の目標へ向かって一直線に。


197 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/23(水) 01:38:15.73 ID:dBzV5CS0o
感応現象パートが思ってたよりも長くなったので今回はここまで
あいつ設定の話になると早口になるの気持ち悪いよな…
198 : ◆6QfWz14LJM [saga saga]:2015/12/23(水) 09:21:10.56 ID:dBzV5CS0o
足元から崩れ落ちるのは何か違う気がするのでちょっと訂正
199 :saga saga って何だよ… ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/12/23(水) 09:25:33.88 ID:dBzV5CS0o

――突如として空間が崩れ去り、現実世界の肉体に意識が戻る。
私は気がつくとすぐさまギルの手を振り払い、怯えた目で彼を睨みつけた。

私は"感応現象"を知識として知っている。
それを目の当たりにして、理解した後は、何度もこの交感作用の中断を働きかけた。
……"感応現象"は一方的なものじゃない。
私がギルの記憶を体感したということは、その逆もまた然りだ。

つまり、彼は私の記憶を覗いてしまった。
これまで隠し通してきた素性を。
今までの私を知ってしまった。
感情の昂ぶりと共に身体が震え、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死に堪える。

「……今、のは……!?」

明らかな動揺を見せるギルはもとより、ナナやシエルも、状況が理解できずに固まっている。
"感応現象"を傍らから見る分には、突然目の前の2人が静止したようにしか見えないからだ。
その隙を突く形になりつつも、私は今度こそ逃げ出した。
思考を放棄し、脇目も振らず、次の目標へ向かって一直線に。
200 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:42:36.67 ID:sot8cAHCo
あけましておめでとうございました
今年もよろしくお願いします

またも停滞させてすみません…
このペースだとマジに1年ものになりそうな…
201 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:44:29.03 ID:sot8cAHCo


 駆ける。
自分を突き動かす、ある情動から解放されたくて。
でも、その方法を知らず、知ろうともせず、ただ無抵抗に呑まれるままで。
そんな矛盾を孕んだまま、私は独り、無人の街を駆けていた。

――"いくら恐怖に曝されようと、苦痛を与えられようと、それがお前だけの問題なら私は構わない"
"だが、それが他の人間に降りかかるのであれば話は別だ。自身に阻止できるだけの力があるなら、全力で解決に当たらなければならない"

"じゃあお父さんは、私を助けてくれないの?"

"お前が私の言う事を守っていれば、まずそんな目に遭うことはないからな"

――知られた。
よりにもよって、彼に。
閉じ込めてきた過去を。
向き合えずにいる自分を。

裏切った。
失望される。

――"お父さん!えっとね、今日はね、お兄ちゃんが――"

"……食事が済んだなら、早く自分の部屋に戻りなさい"

"あっ……そ、そうだ!学校のテストで――"

"何度も言わせるな"

"――っ!……はい……"

――ずっと、見てもらえなくなる。
202 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:47:00.63 ID:sot8cAHCo

ひとたび立ち止まれば、額に汗が滲み、息も乱れる。
頭を垂れ、膝を手についたその全身は、鉛の重さにも似た倦怠感に覆われていた。
自分だけでなく、神機にまで影響をもたらす"ブラッドアーツ"の発動は、肉体に少なからず負担を強いる。
短期決着に固執した、先の戦いでの"ブラッドアーツ"の連発により、私の身体には通常の戦闘以上の疲労が蓄積していた。

――"どうした、そんな所にうずくまって"

"……お父さんが一言だけ、お前のその髪が忌々しいって"

――それに、頭も痛い。
"感応現象"により、事物を強く意識した影響だろうか。
思い出したくもない記憶がフラッシュバックを起こし、私の脳内をかき乱してくる。
今の私は、精神、肉体共に、とても万全と言えるような状態ではなかった。
このまま膝を折ってしまいたいところだけど、そうもいかない。
息も絶え絶えに顔を上げれば、そこには目標地点である、廃屋の入り口があった。
203 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:48:37.39 ID:sot8cAHCo

――"……父さんには僕の方から言っておく……どうせ聞き入れてはもらえないだろうが"
"ただ……母さんのことは、恨まないでやってくれ"

"……大丈夫だよ、お兄ちゃん……嫌いになんて、ならない"
"だってこの髪は、私がお母さんの娘だっていう証なんだもの"

――仲間を失いたくないから、分断戦を拒否したはずなのに、今度は私の方からその仲間を突き放している。
……ジュリウスもギルも、人を見る目がない。
私は優しくもなければ、仲間を信じられるだけの度量もない、自己中心的な臆病者だ。

呼吸を整え、私は再び歩を進める。
この任務を通しても、やはり私に隊長としてふさわしい資質があるようには思えなかった。
ナナに言わせれば、今の私は"らしくない"ということだけど、それがどういったものなのかも見出せない。
だけど、せめて彼らが無傷のまま、この仕事だけは完遂させたいという未練が、私の原動力になっていた。

――"誰が従うなと言った。誰が抗えと言った。お前があの女のことを知る必要はない"
"……例え、あれが死んだとしてもだ"
204 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:50:22.01 ID:sot8cAHCo

――屋内に足を踏み入れた途端、異臭が鼻腔を突いた。
思いつく限りの有機物と鉄を煮詰めて腐らせたような、今すぐにでも蓋をしてしまいたい臭い。
嗅ぐだけで吐き気がこみ上げてくるほどだけど、この場では何とか持ち直す。
当然ながら、中に人の気配はない。
――少なくとも、人のそれは。

通路を少し進めば、そこには右奥の部屋から放り出されたと思われる、携帯食料とその容器が散乱していた。
それらは明らかに幾数年と放置されたものではなく、一日と経たない内に用意されたもののように思える。
――思えるどころではなく、そのものだ。
――封も切られていない、棒状の固形食糧の袋には、赤黒い液体がこびりついていた。

疲労とは別の要因からくる、一筋の汗が頬を伝う。
既に切ってあった無線は元より、息も足音も潜め、私は部屋の間近の通路伝いにその身を預けた。
奥の部屋ににじり寄った分だけ、悪臭は強まっていく。
臭いにせよ、眼前に散らばったものにせよ、けして良い予感はしなかった。

……だけど、この先にこそ、私の目的がある。
彼らを無事に帰還させるためにも、ここで合流を待つわけにはいかない。
うるさいぐらいに感じる心音をよそに、私はアラガミの潜む空間へ乗り込んだ。
205 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:52:36.48 ID:sot8cAHCo


最初に見たのは、右胸から生えた腕だった。
次に見たのは、半分ほどもない顔だった。
一面の血だまり。
散らばった布切れ。
もはや、人体だったとも判別し難い肉片。

片隅には、音を立てて咀嚼する物体と、それの啄む動きに連動して跳ねる、肉塊があった。


何らかの事情で、外での生活を余儀なくされた者達だろうか。
それとも別の地から、極東への移住を望んで旅をしてきた変わり者なんだろうか。
そんな事は、もはやどうでもよかった。
惨状に直面した驚愕が怒りに変わるのに、そう時間はかからなかったから。

神機を床に突き立て、金属音を響かせる。
物体が動きを止め、こちらにのそりと向き直った。

全身を赤い硬皮に覆われた、先の虎型を思わせる四足の巨体。
両肩は大きく張り出し、背中には砲塔のような器官が折り畳まれていた。
頭頂部から上顎にかけて覆われた半透明のカバー状の皮膚には、人々を蹂躙した証が飛沫状となって張りついている。

その面を見るだけで、私が激情に身を任せるには十分だった。
206 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:54:40.51 ID:sot8cAHCo

床を蹴り、血の上った頭でアラガミとの距離を詰める。
敵の存在を認めたアラガミは、真っ先に斬りかかるこちらの攻撃を、横っ飛びで軽々とかわしてみせた。
ヤツはその巨体にとって不利であろう狭所を物ともせず、むしろ跳んだ先の壁をバネにすることで、私に急襲を仕掛けてくる。
間一髪で攻撃をかわし、神機を振り下ろすも、既に着地を終えていたアラガミは再度その場から飛び退いた。

「はぁっ……はぁっ……!」

……身体が、重い。
アラガミの身軽さもあるけど、疲弊までは怒りで誤魔化せなかった。
健常なら捉えられた攻撃も、無理なく行えた回避も、全ての行動が後手に回ってしまう。
それなら、脚を封じるまでだ。

神機を構え直す。
現状でどこまで"ブラッドアーツ"に頼れるかはわからない。
けれど、この時の私にはそれを考える余裕も、判断力もなかった。

こちらの変化に素早く反応し、アラガミが飛びかかる。
ヤツの前脚の餌食になるより一瞬早く、私の神機は今度こそアラガミを捉えた。
前脚に喰い込んだ刃先を引き切ろうとした、その瞬間。


――視界が、真っ白になった。
それはまるで、つい先ほど生じた感覚のような――
207 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:56:20.08 ID:sot8cAHCo

――戦火に包まれ、混迷の様相を呈した街。
群衆は一様に何かを見上げ、怯えた顔で逃げ惑う。
その人々は無情にも、大小の手足に踏み潰されていく。

"それ"は、手足の中の一つだった。
高い知能こそ持っているものの、その行動の原則は他の手足と同じく、喰らう本能に基づいたものだ。
踏み潰したものも、引き裂いたものも、所詮は捕喰の過程で発生する消費物に過ぎなかった。

"それ"が発生して年月が経った後、"それ"は人間達に倒された。
だから"それ"を構成する細胞は、人間を消費物から本能の対象へと切り替えた。
場所を変え、形を変え、"それ"は人々を喰い続ける。
いつしか、当初は無感情で行っていた捕喰行動にも、"それ"はある執着を見せるようになった。
208 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 01:58:33.31 ID:sot8cAHCo

肉を轢き潰し、骨を砕いた時に生じる、この快感は何だ。
痛みと恐怖に怯え、引き攣った顔を眺め見た時の、この高揚感はどうだ。
……タノシイ。
そう、タノシイだ。
喰った先からこのような知識を得るのもまた、タノシイ。

だから、ここにいたヒトでも、随分と楽しませてもらった。
仕方なく共喰いで済ませて久しい所に、まったくもって絶好の餌が舞い込んできてくれる。
裂いて、割って、悲鳴をスパイスにして。
遠くの音も気にせずに食事を楽しんでいたら、やけに近くで音を鳴らす奴がいる。
振り向いてみれば、餌がまた一体。
もうしばらく、楽しめそうだ――
209 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 02:01:03.18 ID:sot8cAHCo

――視界が、ぐにゃりと歪む。
意識がここに引き戻された時、待っていたのはアラガミの反撃だった。
脇腹に直撃をもらい、後方に吹き飛ばされる。
私はまともに受け身も取れないまま、壁に背中を叩き付けた。

「うぶっ……!!」

一連の衝撃が止み、今まで身体にかかってきた負荷と、直前に流し込まれた映像と悪意が一度に戻ってくる。
絶えない悪臭も合わさって、私は堪え切れずに嘔吐してしまった。
折れた肋骨の痛みも構わず、血液混じりの吐瀉物を撒き散らす。

その隙を、アラガミが見逃すはずもなかった。
瞬く間に私との距離を詰め、接近に気づいた私の上体を、先ほど傷つけた方の前脚で壁にめり込ませる。
磔にされた左肩と腕は軋み、今にも踏み砕かれんとしていた。
210 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 02:03:25.10 ID:sot8cAHCo

「ぐ、う……あぁぁぁ……!!」

悶え苦しむ私を眺めるアラガミの口の端が、大きく吊り上がった、ように見えた。
ひと思いに潰してしまえばいいものを、徐々に力を強めてくる。

このアラガミは、捕喰を楽しんでいる。
人間から感情を学習し、自らの間近で人々がもがき苦しむさまを、心底悦んでいる。
直前に垣間見た記憶は、やはりヤツのものだった。
与えられ続ける恐怖と痛みで、私の顔がアラガミの望み通りに歪みかける。

せめてもの抵抗に顔を伏せると、足元に転がっていた、顔だったものと目が合った。
虚ろな瞳は、持ち主の無念を表すようでいて。

……私を見ようとしない、彼のそれに似ているような気がした。
辛うじて神機が置かれていただけの右手に、力が宿る。
例え消滅させることが出来ないにしても、このアラガミを野放しにするわけにはいかない。
彼らを無事に帰らせるまで、死ねない。
211 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 02:04:48.50 ID:sot8cAHCo

「……ぁあああああっ!!」

銃形態に移行させた神機をアラガミの顔面に押し当て、残留していたオラクルを全て吐き出す。
油断しきっていたアラガミは思わぬ反撃に戸惑い、煙を上げながら後ずさった。
その隙に、肩ごと痛めた左腕をぶら下げ、竦んだ足を奮い立たせる。
相対するアラガミは顔面を負傷し、カバーの下の青い体組織を覗かせていた。

立てはしたものの、もう限界だった。
今の姿勢を維持するだけで精いっぱいで、頭は痛みと蓄えた記憶が氾濫していて、意識は既に朧気になっている。
212 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 02:06:48.47 ID:sot8cAHCo

……私、何でこんなになるまで頑張ってたんだっけ。
初めは空を見られたら十分で、それさえ終えたら、適当な所で野垂れ死んでやろうと思っていた。
それでも少しだけ、勿体無くて。
未練がましく神機使いを続けている内に、"感応種"が現れた。
またとない機会で、そこで終わらせてもよかったのに。
私がまだ立っているのは、あの言葉を思い出したから――


――"いくら恐怖に曝されようと、苦痛を与えられようと、それがお前だけの問題なら私は構わない"
"だが、それが他の人間に降りかかるのであれば話は別だ。自身に阻止できるだけの力があるなら、全力で解決に当たらなければならない"――


……あぁ、そうか。
そんな、単純な事だったのか。
私は、父から逃げ出したつもりで、彼の言葉に縛られていた。
私の方から、彼の掌の上に居続けようとしていたんだ。
そして私は、二度も阻めなかった。
力を持とうが、何も出来なかった。
213 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 02:09:15.73 ID:sot8cAHCo

あっさりと、膝が折れる。
視界も霞がかってきた。
そのまま、血と吐瀉物の混ざり合った汚水に突っ伏そうとする私の身体を、何者かが抱きかかえる。
暖かい感触に、柔らかな心地。
横目で見やれば、もう二つの人影が、アラガミの前に立ち塞がっている。
それだけ確認すると、私は意識を失った―-
214 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/12(火) 02:12:08.98 ID:sot8cAHCo
隊長の株落とし編終了
2無印のラーヴァナだいきらい(主に地底の雷のせいで)
215 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/12(火) 02:17:44.36 ID:v4LIsVbj0
乙、毎回楽しみにしてます
ナナと二人でラーヴァナ三体は嫌な思い出
216 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/15(金) 02:18:48.77 ID:8XG5BsF8o



 沈んでいく。
音も光もない中を、ただひたすらに。
もがけば這い上がれるのかもしれないけど、そんな気は起きなかった。

私は、恵まれた環境の中で育った。
家や食事に、服も、教育も。
学校と付添以外はずっと閉じ込められていたけど、生活は不自由しなかった。

人々のために手を尽くそうとする父は、私の誇りだった。
緑がかった金髪は、顔も知らない母との大切なつながりだった。
だけど、いつからか、父は私の呼びかけに応えなくなっていて。

いくら学校で努力しようが、何を為そうが、彼は無感動だった。
それどころか、母とのつながりを疎まれた事さえあった。
父と母の間に、何があったかは知らない。
ともかく私は構ってもらえないのが、見てもらえないのが辛くて、必死に彼の要求に応えようとした時期もあった。

でも、無駄だった。
父は私に押しつけるだけ押しつけて、後は関与しようともしない。
かといって有用な成果を上げなければ、早々に切り捨てられるかもしれない。
私が訴えられる価値は、彼にとって出来て当然のことを為し続ける、ただそれだけだった。
217 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/15(金) 02:21:01.67 ID:8XG5BsF8o

……そう、ただ、それだけ。
今まで接してきた者達と比べるまでもなく、大した境遇じゃない。
でも、私にはそれだけの事が、とてつもなく大きくて。
過去の自分をいくら否定しても、生き方は変えられなかった。

父の支配下にいたくなかったから逃げ出した、そのはずなのに。
私は誰にも見向きされなくなるのが怖くて、神機使いになってからも無意識の内に、同じことを繰り返している。
それ以外のやり方を知らなくて、縋る対象を父から、不特定多数の誰かへと移し替えただけだった。

力じゃなく、私自身を見て欲しい。
どこにいても、この願いは変わらなくて。
大した行動も起こせないくせに、そんな都合のいい自分が、嫌いだった。

だから、見てみぬふりをした。
その代わりに、また父の言葉で規範を課して、自らを着飾って。
だけど、もう潮時だ。
課した規範も崩れ、矛盾を自覚してしまったから。

けれど、この身体は堕ち切らない。
綻びを見せた心の器が、砕け散ることもない。
自身を見失い、深く沈みゆく私を押し止めているのは、一体――
218 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/15(金) 02:25:26.05 ID:8XG5BsF8o


 ――目を覚ませば、そこはアナグラの病室だった。
周囲はカーテンに仕切られていて確認できないけど、以前にも見覚えがある。
起き上がり、着せ替えられた患者衣を肌蹴させてみれば、先の戦いでの傷や痣は痕すら残っていなかった。
負傷の度合いにもよるけど、自然治癒力が飛躍的に高まった神機使いの肉体でも、
ここまで回復するにはそれなりの時間を要するはずだ。
私は一体、どのくらい眠っていたんだろうか。

「失礼します……あ、お目覚めになられたんですね!よかったぁ……」

正面のカーテンが開けられ、現われた女性が安堵の声を上げる。
桐谷ヤエ。
普段は"黒蛛病"患者の看護にあたっている学生で、彼女とは何度か面識があった。
そのヤエによると、私は丸3日間も眠り続けてしまっていたらしい。

「――それと、榊博士から伝言です」
「"寝起きで悪いけど、至急、支部長室まで来るように"……と」
219 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:36:20.33 ID:Z5yxWWDco

「やあ、ちょうどいいところに。少し話がしたくてね」

支部長室に入ると、デスクにうず高く積まれた書類の山から、榊博士が顔を出した。

「状況が状況だし、君から聞きたい事もあるんじゃないかい?」

体調は問題ないし、頭痛もフラッシュバックも、今は治まっている。
ただ、この博士の現況について聞き出せるほどの心的余裕は、まだなかった。

「……あのアラガミは?」

「君が倒れた後、シエル君達3人が無事討伐したよ」
「手負いのアラガミより、君の容態の方が一大事だったようだけどね」

「その3人は?」

「全員、今は討伐任務に出てもらっている」

「……」

「……謝罪の言葉を考える前に、まず顔を見せてあげれば、彼らは安心するんじゃないかな」

……合わせる顔も、ないけど。
220 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:38:11.58 ID:Z5yxWWDco

「……死傷者の方たち、は」

ここまで作業を進めながら会話に応じていた榊博士が、その手を止める。
椅子から立ち上がり、私の正面まで来ると、重々しく口を開いた。

「……身元は特定できませんが、しばらくあの地区で滞在していたのは確かなようです」
「勝手ながら、残っていた部位の遺骨は支部内の霊園に埋葬させてもらいました」

「……そう、ですか」

「この件ばかりは……少なくとも君の責任ではない、と言わせてもらいます」

口調を改めたのは、責任者としての言葉、ということだろうか。
きっと、このようなやり取りも、今に始まった事じゃないのだろう。
それだけに、私情に駆られ、何も為し得なかった自分に苛立ちが募る。

……いや、得るものはあった。
それを伝えるためにも、私は榊博士を訪ねたんだ。

「……さて、君への報告はこんなところかな」

一通り言い終わると、博士はまたいつもの口調に戻っていた。

「ここからは私の話になるんだけど……任務中に、ギルバート君と"感応現象"を起こしたそうだね」

「……はい」

「もちろん、その内容について聞くつもりはないよ」
「……私が気になったのは、"再生中の映像が途切れたような感覚だった"という報告があった事でね」
「ギルバート君は流されるままだったと言うし……もしかして、君が打ち切ったのかい?」

「打ち切った、というか……止めるように、強く思ったのは確かです」

「そうか……おっとすまない、珍しい例だったものでね」

こちらに身を乗り出し気味になっていた博士が、体勢を改める。
どうやら、本当に科学者としての興味本位の話らしい。
221 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:39:55.84 ID:Z5yxWWDco

「"感応現象"を応用した"血の力"は、神機使いの意思や感情を鍵としている……」
「君の"喚起"の"血の力"は特にその傾向が強いから、従来の"感応現象"にも影響を与えやすいのかもしれないね」
「それで、その後、何か変化は?」

「一時的な頭痛と……アラガミとの間に、"感応現象"が発生しました」

「アラガミと、だって?」

目と鼻ほどの距離に、榊博士の顔が現れた。

「は、はい……」

対する私は、それに気圧されて上体を仰け反らせる。

「内容は?言える範囲でいいから」

また姿勢を正しつつも、博士は言葉を逸らせる。

「……人間を好んで捕喰するようになった、アラガミの記憶でした」
「無感情に人々を引き裂いて、踏み潰して、神機使いに倒されてからも、"オラクル細胞"が記憶を引き継いでいって」

胸中に、嫌悪感がこみ上げてくる。
222 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:41:13.68 ID:Z5yxWWDco

「人間を捕喰の対象にした後も、まるで作業みたいに……」
「……だけど、段々、喰われる人々の反応に、楽しさを見出すようになっていくんです」

自然と、顔が俯く。
声も、握り込んだ拳も、微かに震えていた。
状況に翻弄されていた当時より、ある程度頭の冷えた今の方が、より鮮明に、あのおぞましい感覚を思い出してしまう。

「……その感情が、私にも流れ込んで、きて」

説明するだけなら、と思っていた。
だけど、こうして口に出すことで、尚更あの惨状にいたという事実を実感させられてしまって。

「アラガミの思考を読み取るうちに、まるで私自身がそう思ってるみたいに、錯覚しそうに、なって」

口を噤んでしまいたい。
……でも、伝えなきゃ。
少しでも役に立たなきゃ、私は――

「それが、当然みたいに感じてしまうのが怖くて、私――」
223 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:43:21.69 ID:Z5yxWWDco
「隊長君」

肩を掴まれ、顔を上げる。
そこには、神妙な面持ちの榊博士の姿があった。

「もう十分だ……私の軽率な言動を許してくれ」
「そして……よく話してくれたね、ありがとう」

余韻はまだ残っているけど、震えは治まっていた。

博士は私から離れると、デスクの引き出しの中を物色し始める。
しばらくしてから取り出されたのは、旧型のものと思われる携帯端末だった。

「……恐らく、その精神感応も、"血の力"による影響だろうね」

「……どういうことですか」

「ここに携帯がある……少し古いけど、まだ使おうと思えば使える代物さ」

博士は私の前に、その携帯端末と、それから取り出した、外付けのデバイスを提示する。

「ただ厄介な事に、この携帯は特定のデバイスしか受け付けない。このカードが数少ない合致例だね」
「まあ、携帯側のプログラムを弄れば、他もある程度受け入れるようになるんだけど……」
「ともかく、この携帯を隊長君、カードを君の記憶情報とする」
224 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:46:15.20 ID:Z5yxWWDco

その後、博士が懐からもう一枚、全く同じ形状のカードを取り出したところで、何となく見当がついた。

「……携帯同士のカード交換が、神機使い同士の精神感応に相当する、と?」

「その通り。同じデバイスなら、そのまま情報の交換も行える」
「……でも、これならどうだろう」

次に博士が取り出したのは、先の2枚とは僅かに異なった形状のカードだった。

「このカードは別規格のデバイス。これをアラガミの記憶情報とする」
「当然、そのままじゃカードの中に入った情報は読み込めない……どうすればいいと思う?」

「えっと……さっき博士が言った通りに、携帯側のプログラムを変更すれば」

「そう、このカードを受け入れるには、携帯側の変化が必要になる」
「……これと同じ事が、君の身体に起こっていたとしたら?」

思い当ることは、一つ。

「……ギルとの精神感応の、中断」

「……"感応種"のような、物理的な干渉こそあれ、アラガミと精神感応まで起こした例は僅かでしかない」
「その僅かな例も、アラガミ側か人間側のどちらかが、極めて特殊な状態だったからに過ぎないんだ」
「だからこれは仮説になるけど、君は精神感応中に、何らかの要因で"血の力"を応用させ」
「強引に"感応現象"を中断させた結果……一時的にせよ、ナナ君のように"血の力"を暴走させてしまった」
225 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:47:40.87 ID:Z5yxWWDco
「それが原因で制限が外れて、読み取れるはずのなかった情報まで取得できるようになった……ということですね」

「2日前には傷を完治させていた君が目覚めなかったのも、突発的な変化による負荷が大きかったからだろう」
「……数値上は問題ないようだし、今の君なら大丈夫だと思うけど、なるべく気をつけてくれ」

「……はい」

「やはりP66偏食因子には謎が多すぎる……フライアもそれに関しては口が堅いし、もう少しこちらで研究を進めてみるよ」
「他に何か、言っておきたい事はあるかい?」

……ついに、その時が来た。
先ほどとはまた別の緊張が、唇を乾燥させる。

「……榊博士……いえ、支部長に頼みたい事があります」

「……」

もうそんな状況じゃないのは、わかっていた。
でも、"ブラッド"が身近にいない今じゃないと、決意を鈍らせてしまう。

「私を、"ブラッド"から除隊してください」
226 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:49:29.57 ID:Z5yxWWDco

「……理由を聞いても、いいかな」

「……私には、隊長にふさわしい資質がないんです」
「"喚起"の"血の力"にしても、3人が"血の力"に目覚めた今、役立てる余地はありません」
「その上、今回の任務では独断行動を繰り返し、隊を放棄するという失態まで犯しました」
「自分どころか、仲間の事まで信じられていないんです」

「……」

同意するでもなく、反論するでもなく、博士は無言で私の言葉を聞き続ける。

「それに、副隊長の頃から疑問でした……特に突出した能力もないのに、何で私がこの立場にいるんだろうって」
「……実力とリーダーシップが直結しないことぐらいは理解しています。でも、私は自分の長所すらわかっていない」
「……私は、もう"ブラッド"の戦力にはなれません」

半ば自棄になって、自分への不満点を並び立てる。
幼稚だろうが何だろうが、これでいい。
227 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:51:53.29 ID:Z5yxWWDco

「でも、まだ"血の力"で神機使いの皆さんに、"感応種"への対応策を与える事は出来ます」
「……そうだ、極東支部で役に立てなくなったら、他の支部に異動させてもらうのもいいですね」

仲間も、無用な期待をせずにすむ。
私自身も、みんなの役に立って、価値を維持できる。
悪いことなんて、何もない。

前から、決めていた事だ。
少し長引いた夢から、目が覚めるだけ。
無理なんて、してない。

「……相談は、したのかい」

「えっ……?」

遂に口を開いた、博士のたった一言で、私の勢いが殺される。

「事前に"ブラッド"で、話し合いはしたのかい」

「……それ、は」

言い出せるはずがなかった。
そんな事を打ち明けようものなら、お人好しの彼らのことだ、確実に私を引き止めようとしただろう。
228 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:52:48.35 ID:Z5yxWWDco

「なら、その話は聞けないな」
「私は君達ほど"ブラッド"の事を知らないし、問題にも思っていない」

「そんな……!でも――」

「それでも懲罰が欲しいというなら、考えなくもないよ」

眼前にかかっていた梯子が、いとも簡単に外されてしまった。
愕然とする私を見て、榊博士が一層怪しく笑みを浮かべる。

「それでは早速、刑を言い渡そう……寝たきりで体が鈍ってるだろうから、訓練場にでも行くといい」
229 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/19(火) 01:56:19.61 ID:Z5yxWWDco
とりあえずここまで
サカキとナナちゃんは喋らせにくいキャラ筆頭、でも敬語サカキはやってみたかった
極めて特殊な状態=黒ハンニとかアーサソールとかシオ残滓とか
230 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/23(土) 01:03:25.51 ID:N5ib+HkXo
敬語というより丁寧語の方が適当か、と今更ながら
ちょっとだけ投下
231 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/23(土) 01:07:04.71 ID:N5ib+HkXo



"アナグラ"に数多くある地下施設の一つの、訓練場設備。
ここで行われる、アラガミのホログラム映像を用いた仮想演習は、新人の訓練だけでなく、
戦術や基礎の確認、一時的に前線を離脱していた者のリハビリなどにも用いられている。
榊博士に言われるがまま、ここまで来た私が後者なら、

「あっ、本当に来た!もういいの?先輩」

偶然会った、とも言えないらしい彼女は前者だろうか。

「何とかね……エリナは、どうしてここに?」

「ちょっと確かめたい事があって!そしたら榊博士から連絡があったから、ここで先輩を待ってみたの」

「榊博士から?」

「うん、"君も彼女に会いたがっていたみたいだから、ちょうどいいんじゃないかな"……って」

少し似ている気がしないでもない口真似を披露した後、エリナは悪戯っぽい笑顔を作ってみせる。

「それじゃ、身体もちゃんと元の調子に戻ったのか、私が診てあげるね!」
232 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/23(土) 01:10:17.04 ID:N5ib+HkXo

有無を言わさず、私は彼女と共に演習を開始することとなった。
訓練場に投影された大小のホログラムと対峙し、攻撃に防御、回避の間合いなど、基本的な動作を身体に馴染ませていく。
3日も怠けていた割には、悪くない。

「流石……それじゃあ、私も!」

私を観察しつつ、ほぼ同様の演習を受けていたエリナが、自分の相手から大きく距離を取った。
腰を据え、水平に神機を構えた彼女は、その表情を険しくさせる。

「はぁぁぁ……!」

本物さながらの速度で猛然と迫る大型ホログラムに対し、エリナは微動だしない。
その距離が僅かになった一瞬、彼女の神機が赤く発光した。
私と、勝機を見出したエリナの目が見開かれる。

「やあーっ!!」

勢いよく突き出された神機の穂先は、小規模ながら、オラクルエネルギーによる波動を纏う。
エリナの得意とする槍型神機の射程ならば、そのまま相手を捉えるには容易い距離だ。
233 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/23(土) 01:12:22.16 ID:N5ib+HkXo

ただ、彼女はその一突きを放つ事のみに集中しすぎていたらしい。
既に跳躍の体勢を取っていたホログラムは、寸前で槍先を飛び越える。

「えっ……!?」

完全に虚を突かれたエリナの頭上に、仮想の牙が迫る。
だけど、それに彼女が反応したのも束の間、ホログラム自体が瞬く間に粒子状となって消えていった。
どうやら、ここまでが演習の制限時間だったようだ。
自分の試みが失敗に終わった事を察し、エリナがその場で溜め息をつく。

「やっぱり、実戦で使うにはまだまだかなぁ……」
234 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/23(土) 01:15:12.01 ID:N5ib+HkXo
とりあえずここまで
特に意図せず描いてたらエリナ、上だ!な状況に
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/23(土) 11:28:52.66 ID:32lQOM2hO
236 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:13:29.12 ID:mI3mcWABo



「――はい、お疲れ様」

「お疲れ様です!ありがと先輩!」

あの後も何度か演習を行い、訓練を一段落させた私達は、訓練場付近の休憩所に腰を下ろしていた。
エリナに頼まれた分も含め、先ほど自販機で買った缶ジュースに二人で口をつける。

「はぁ……先輩、身体の方もすっかり元通りだね」

「そう?」

「そう!ずっとついてきた私が言うんだから、間違いないわ!それに――」

……肉体は万全でも、心はどうだろうか。
仲間を見殺しにして。
目の前の人々も救えなくて。
今まで無意識の内に触れまいとしていた、自らの行動の矛盾にも気づいてしまった。

だからまた、浅ましくも逃げ出そうとして、退路を断たれて。
今更彼らの元に戻ったところで、信用はとうに失われているだろう。
私は、これから何を為せばいいのか、わからなくなっていた。
237 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:15:22.44 ID:mI3mcWABo

「――!」

不意に、無機質な冷たさが頬を伝う。
その方向に視線を向ければ、むくれ顔のエリナがいた。

「……先輩、話聞いてた?」

私に押し当てた缶ジュースを引き戻し、彼女は口を尖らせる。

「……ごめん、もう一回お願い」

「もう、せっかく礼までしたのにさ……"ブラッドアーツ"のアドバイス、ありがとうって言ったの」

演習の初回、エリナが見せたのは明らかに"ブラッドアーツ"に類するものだった。
彼女が言うには、以前第一部隊で出撃した任務の際、偶発的に発現したものらしい。

"だからこの演習で試してみようと思ったんだけど、凄く集中しないと出ないし、あの小ささじゃなぁ……"
"ねぇ先輩!何か、コツとかない?"

"えっと……参考にならないかもしれないけど、私が意識してるのは――"

"喚起"の"血の力"による、"ブラッドアーツ"の萌芽。
"血の力"の覚醒と同時に"ブラッドアーツ"を扱える"ブラッド"と違い、通常の神機使いはその発現に時間を要するようだ。

「神機が共鳴して振動したら、すぐ先端に意識を集中させる感じ……」
「前よりはずっとやりやすくなった気がするけど、難しいなぁ……」

私からの抽象的な助言を復唱し、缶を両手で掴んだエリナがむむむ、と唸る。

「今は私達がいるし、焦らなくてもいいよ」

「そういうわけにもいかないわ!今にもっと強くなって、"感応種"だって倒してみせるんだから!」

忙しなく右手を胸に当てたエリナは、尚も息巻いてみせた。
出会ってから今まで、紆余曲折あったけど、彼女のこの勝気さは変わらない。

「……そろそろ、私の指導も必要ないかな」
238 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:17:42.27 ID:mI3mcWABo

「えっ……?」

……精神的に弱った延長だろうか、思わず本音が漏れ出る。

彼女は強くなった。
同行した任務や演習での立ち回りにしてもそうだし、精神面も、周囲に気を回せる余裕が出てきている。
"ブラッドアーツ"さえ修得しかけている今、いつまでも私の元に縛りつけておく必要も――

「何言ってんの、先輩!」

――容赦なく、背中を叩かれる。
思わぬ衝撃に、私は図らずとも上体を軽く屈ませた。
私の発言を冗談だと認識したのか、意に介さないという意思表示なのか、エリナは笑顔で応えてくる。

「……」

だけど、その笑みも次第に崩れていった。
表情を消した彼女は、私の視線から避けるように、顔を俯かせる。

「……私、先輩が強いからってだけで、ついていこうと思ってるわけじゃないよ」
239 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:19:41.12 ID:mI3mcWABo

「……どうしたの、急に」

「……博士から連絡が着た、って言ったでしょ?その時、無理に聞いちゃったの」
「病み上がりなのに支部長室にいるなんて、絶対おかしいと思ったから」

「……幻滅、させちゃったかな」

「してないって言ったら、嘘になるかも」
「……逃げ出すような人には、見えなかったし」

私から、エリナの表情は見えない。

「だから、かな……思い詰めてるあなたの顔を見て、思い出しちゃった」
「昔見た、澱んだ目の女の子」

「……」

「まだ極東に来る前……お父様に連れて行ってもらった本部の会合で、その子を見つけた」
「きれいな髪なのに、何もかも諦めたような顔してて……それが記憶に残ってたの」
「……今の先輩、あの子とそっくり」

出会った頃の、彼女の言葉を思い出す。
顔は合わせなかったみたいだけど、やはり私は彼女と同じ場にいた。
同時に、これでエリナにも、私の素性が知れたことになる。

「……当たり前だよ、本人だもの」

でも、今更どうでもよかった。
どう繕ったところで、私が父の支配から逃れられなかった事実は変わらない。

「勝手な判断で動いて、守るべき人も救えずに敗けて、挙句の果てには責任から逃れようとして……情けないよね」
「……だから、エリナも早いうちに離れた方がいいよ」

笑顔を作れている、自信がない。
そもそも、こちらを一瞥もしないエリナにそれを向けても、意味はないかもしれないけど。
240 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:21:33.89 ID:mI3mcWABo

「……よくわかってるじゃない」

冷徹な声を発した彼女は、腰を上げ、私の方に向き直る。
天井の電灯が逆光となり、依然としてその喜怒哀楽は判然としない。

「ねぇ先輩……私が今日のこの時まで、あなたと一緒にいてもあの子を思い出さなかったのは、何でだと思う?」

それが無責任に答えられる問いでないことは、明らかだった。
己を見失っている私には、応えようもない。
それを見越していたのか、エリナはすぐに語りを継続させた。

「……初めて顔を合わせた時のあなたは、全然違う顔つきだったから」
「勝手に押しかけてきた私を受け入れて、問題に向き合ってくれて……!」

平静を保っていたエリナの声が一瞬、揺らぐ。

「私と一緒にいる時の先輩は、あんな顔しなかった」
「あなたの実力を目当てに近づいたのは確かよ……でも、立場に関係なく面倒を見てくれた先輩だから、この人についていこうって思えたの」
「……それが何?自分の事になると、たった一回の失敗で訳わかんない事言い出してさ……!」

膨れ上がった怒気に呼応するかのように、戦慄く拳。
それは、今にも溢れ出してしまいそうな、何かを抑えているようにも見えて。
241 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:26:35.77 ID:mI3mcWABo

「……でも、これは今回だけの問題じゃなくて――」

「うるさいっ!!」

彼女に気圧された、弱々しい反論は通じない。
もはや隠そうともせず、エリナは憤る。

「一回でも、何回でも、反省すればいいじゃない……これからが問題なら、直していけばいいじゃない!」
「だって先輩、生きてるんだよ!?犠牲になった人の分だけ、背負わなきゃいけないんだよ!?」
「そんな事で遠ざけられてちゃ、こっちが困るのよ!」

「……っ」

あの時、もしもジュリウスに加勢していれば、今度はシェルターの中にいた人々が無事では済まなかった。
オペレーターの連絡を受けてから急行したところで、アラガミの殺戮を阻止できなかったのも、心のどこかではわかっていた。
だけど、その事実に甘えたくなくて、私は無理やりにでも自分の責任として、背負い込もうとしていた。
結局それでは、彼らの理不尽な死を背負った事にはならない。
死に正当性を与えて、それを阻めなかった自分を貶めることに、酔っていただけ。

「……背負うだけなら、"ブラッド"にいなくたって出来るよ」

……そして私は、それを認められなかった。
242 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:28:11.40 ID:mI3mcWABo

「……これだけ私に言わせといて、まだわからないの?」

おもむろに、エリナが私の方へ手を伸ばす。

「じゃあ……教えてあげる!」

その手が制服の胸倉を掴んだのは、すぐだった。
激昂と共に、彼女の目線の高さまで立たされた私は、そこで初めてエリナの表情を見る。
まだあどけなさを残す顔立ちは、悲痛に彩られていた。

「……これでもね、先輩が倒れたって聞いた時、凄く心配だったんだよ」
「何にもできなくて、悔しくて、エミールやコウタ隊長にも当たりそうになって……」
「私でさえこうなのに、もっと長い間、あなたと過ごしてる"ブラッド"の人達がどんな気持ちだったか、わかる?」

掴まれた部分が、一層強く歪む。
243 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:30:43.58 ID:mI3mcWABo

「泣いてるシエルさんを……落ち込んでるナナさんやギルバートさんを見ても、まだ"ブラッド"にふさわしくないって言えるの!?」
「自重で潰れちゃう前に、少しはあなたを想ってくれてる人の事も考えてよ!」

「……私を、想って……?」

「当たり前でしょ……好きでもない人に、こんな事するわけ、ないじゃない……」
「……だから……だから……っ!!」

次第に、彼女は言葉を詰まらせていった。
一つ、二つと、エリナの手に熱が灯る。

「必要ないなんて、言わないでよ……いつもの先輩に、もどってよぉ……っ」

彼女を押し止める堰は、既に消耗しきってしまっていた。
嗚咽混じりの泣き顔を隠すように、エリナは私の胸元に顔をうずめる。
私はそれを引き剥がすことも、抱きしめることも出来ずに、ただ茫然と彼女を見下ろしていた。
244 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/01/29(金) 02:32:23.10 ID:mI3mcWABo
14歳に説教される17歳終了まで
隊長ははっきり言われないとわからないタイプ
245 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/02(火) 00:47:10.36 ID:3UBu+Mb9o



 私は、ただの学生だった。
成果を上げて、関知しているかもわからない父の機嫌を窺い続ける。
それは人間関係も同じことで、努力し、一定の結果を出してさえいれば、見咎められることはない。

飛び抜けて優秀だったわけでも、特別要領がよかったわけでもなかった。
ただ言われた事をこなして、頼まれ事に応えるだけ。
周囲からは都合のいい人物だと思われていたかもしれないけど、私は構わなかった。
だって、それが私にとっての、何の変哲もない日常だったから。
他の人間はいざ知らず、私は一方的に訴えかけるだけで、そこに相互関係なんて介在し得なかった。

神機使いになっても、同じだった。
仲間を手助けする事はあっても、彼らの輪に、私が入ることはない。
そう思っていた。
……だけど、違った。
それは単なる思い込みだった。

私は、他ならぬ自分自身の事で、エリナを泣かせてしまった。
少なくとも彼女の中には、私とのつながりがあったからだ。
それが理解できない、とはもう言えない。
エリナの表情に、偽りはないと感じたから。
246 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/02(火) 00:48:39.93 ID:3UBu+Mb9o

「――絶対に、離れてあげないからね」

私の胸でひとしきり泣いた後、落ち着いたエリナは、改めて私の隣に腰を下ろしていた。
その間にかける言葉も見つからず、ただ黙するだけだった私に、彼女は構わず呼びかけてくる。

「どこまでもついていくって、決めたばかりなんだから……ちょっとだけ、弱音吐いちゃったけど」
「だから、このまま変な先輩を見続けるのは嫌なの」

「……ついていくって言う割には、結構わがままだね」

自分の事を棚に上げて、声を絞り出す。
そうまでして軽口を叩いた理由は、私にもわからない。
ただ、先ほど動揺していた分、どんな形であれ、エリナの訴えに応えたかったのかもしれなかった。

「だってそれが、かわいい後輩の特権でしょ?」

私からの反応が嬉しかったのか、彼女も瞼を腫らした顔で笑いかけてくる。
247 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/02(火) 00:56:29.54 ID:3UBu+Mb9o

「……さてと!」

視線を一瞬床に移した後、エリナが勢いよく立ち上がった。

「それじゃ私、先戻るね」

「待って」

踵を返し、立ち去ろうとするエリナを、私は思わず呼び止めていた。
背を向けたまま、彼女が立ち止まる。

「……もう少しだけ、待ってて」
「絶対に、何とかしてみせるから」

根拠も、具体性もない言葉。
責任の重さと、抱き始めた疑問が解消されたわけでもない。
だけど、そう言わずにはいられなかった。

「……うん、待ってる」

去り際に片側だけ見せたエリナの目は、私に期待を寄せる、"ブラッド"のそれと似ていた。

変わらない気丈さと、それに隠された、純真な心。
そんなエリナの、成長の一端にでも私が影響しているというのなら、尚更それを妨げるわけにはいかない。
私はいつの間にか輪の中にいて、たった今、彼女との関係をつなぎ止めようとしている。
人とのつながりを自覚した私の心境は、確かな変化の兆しを見せていた。
248 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/02(火) 00:58:36.64 ID:3UBu+Mb9o
とりあえずこれだけ
マルドゥークにはもう少しだけ待っててほしい
249 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/09(火) 00:08:12.12 ID:KGKozhNHo



 エリナと別れた私は、改めて先ほどの出来事を反芻する。
私とのつながりを意識していたのは、エリナだけじゃなかった。
彼女があれほどの怒りを見せたのは、私が倒れた後の"ブラッド"の反応を見たからだ。

私らしさ。いつもの私。
彼らが見ていたのは、神機使いになる以前の私でも、今の捻れた私でもない。

……そもそも、私は父との関係を支配だと認識したから、フライアに来たんじゃないのか。
彼の気を引く事に腐心して、諦めて、惰性だけで続いていた日常に苛立って。
だから、ラケル博士の誘いに乗った。

私は周囲の評価が欲しくて、ギルとロミオの仲を執り成そうとしたのか。
打算があって、シエルと友人関係になったのか。
見返りがあったから、なりふり構わずに彼女を助けたのか。
強引にギルの手助けをして、彼に特別な感情を抱くようになったのも。
ナナを信じて、仲間と共に迎えに行ったのも。
何もかも、己の存在価値を証明したくて、行った事なのか。
父の言葉に縛られた、一種の強迫観念からの行動だったのか。
250 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/09(火) 00:11:16.25 ID:KGKozhNHo

違う。
私はただ純粋に彼らを助けたくて、信じたかっただけだった。
外に出て知り合った彼らは誰もが魅力的で、そんな人達が信頼関係を結んでいくのが嬉しくて。
人と関わることに慣れていなかった私自身も、徐々に変わっていった。

だから私は、彼らの邪魔をしたくなかったのかもしれない。
"ブラッド"の私は力を与えるだけの存在で、彼らはそれを目当てについて来ていると、そう思っていたから。
過去に押し流され、怯える私は、素直な想いをも歪めてしまった。
期待してくれる彼らの目に応えられなくなるのが怖くて、信じられなくなって。

……でも、彼らがエリナと同じだとしたら?
彼らの信頼が、私の力だけに向けられたものじゃないとしたら?

自惚れても、いいんだろうか。
正直、今になっても実感は湧かない。
もう一度、信じられるだろうか。
未だ、迷いは振り切れない。
251 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/09(火) 00:13:05.80 ID:KGKozhNHo

結局、一歩踏み出すのが怖いのだ。
ほんの少し前には、自然と出来ていた事なのに。
一たび自分が自分として彼らに近づくことを意識すると、足が動かなくなる。

……だけど、これが最後のチャンスなんだと思う。
私の神機使いとしての、"ブラッド"としての、ひいては自身の在り方を見定める、その機会。
後ずさって、殻に閉じこもろうとした私なら、いずれこの身体は堕ち切っていた。
心の器も亀裂を広げて、砕け散ってしまっていただろうから。

それを押し止めた、何かを確かめるために。
再起の入り口まで私を引っ張り出してくれた、健気な後輩に応えるためにも。
何回でも、立ち上がる。
今度こそ、見つけ出してみせる。
252 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/09(火) 00:17:29.06 ID:KGKozhNHo



 翌日。
"ブラッド"に向け、アラガミの討伐任務が発行された。
ブリーフィングルームに招集された私達は、先に資料を預かっていたシエルから、その概要を聞く。

4日ぶりに会った彼らとは軽い挨拶こそ交わしたものの、会話らしい会話はまだ行っていない。
3人とも、その様子は平時と変わらないように見えた。
まるで、最初からあんな事は起こらなかった、とでも言いたげなようで。

「……あの」

だからこそ、私から切り出さなければならなかった。
説明が終わり、彼らの視線が私に注がれる。
あるいは、こうして私に踏ん切りをつけさせるのが、彼らの狙いだったのかもしれない。

「……先日は、本当にごめんなさい」
「私、自分の事ばかりで……みんなの事、まるで考えられてなくて」
「……昨日も、サカキ博士に除隊してもらうよう、掛け合ってた」

3人の様相が、少し変わる。
私の過去はギルを経由して、既にある程度知られているだろうから。
この際、後ろめたい隠し事は出来るだけ無くしておきたかった。

253 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/09(火) 00:27:06.17 ID:KGKozhNHo

「でも、それもみんなから逃げてるだけだって気づけたから、私はここにいる」
「だから……今度こそ、あなた達を信じたい」
「どう扱ってくれても構わないから……ついていかせてください……!」

深々と、頭を下げる。
我ながら、勝手な物言いだ。
簡単には許されないであろうことも、わかっている。
だけど、ここで折れるつもりはない。
彼らに何を言われようとも喰らいつく覚悟は、昨日の内に決めてきていた。

数秒の沈黙の後、一つの足音が、私の方に近づいてくる。


「……顔を上げてください」

音の主は、シエルだった。
顔を上げれば、彼女のポーカーフェイスが姿を現し――

――一瞬、視界が暗転する。
次に光が戻ってきた時、私の顔は右を向いていた。
後から広がってきた痛みと、耳に記憶された残響から、私は頬を張られた事に気づく。

「これが、私達の解答です」

向き直ると、シエルは既に、私の前にはいなかった。

「……先に行っていますね、隊長」

その言葉に、私は思わず彼女の方へと振り向く。
声の調子こそ平坦だったけど、すれ違いざまに見えた口元は、少し緩んでいた気がした。
呆然とシエルの去った跡を眺めていると、今度は頭部が何やら固い感触を帯びる。
254 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/09(火) 00:28:55.36 ID:KGKozhNHo

「……よし、何ともないな」

振り向かずとも、それはギルの手だとわかった。
5年もの間神機を携えてきた、温かくて大きい、彼の掌。

「わっ……!?」

それだけに止まらず、ギルは無造作に私の頭を撫でまわす。
こんな状況なのに、張られた反対側の頬まで赤らめてしまう自分が、情けない。

「言われなくても、こっちから引っ張り出してやるつもりだったよ……これからは頼むぜ、隊長」

当のギルは気にも留めず、やるだけやって、早々に出て行ってしまった。
複雑な感情を抱く暇もなく、次は私の番だと言わんばかりに、ナナが私の方に回り込んでくる。

「アイテム出して!持ってきてるでしょ?」

「えっ……ああ、うん」

別の切り口から攻めてきた彼女に言われるがまま、私は任務用の携行品をまとめて提示した。
それらをしばらく吟味していたナナは、あるものに見当をつけ、目の色を変える。
255 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/09(火) 00:40:07.58 ID:KGKozhNHo

「没収!」

「あっ……」

私の手から、フェロモン剤が引っ手繰られる。
彼女は素早くそれを仕舞い込むと、屈託のない笑顔をこちらに向けた。

「わかってると思うけど、一応預かっとくね」
「それじゃ隊長、私達も行こっか!」

……シエルも、ギルも、ナナも。
まだ、私を隊長と呼ぶのか。

「どうしたの?」

「……みんな、これでいいのかな」

「どう扱ってもいいって言ったのは、そっちでしょー?」

「それは、そうなんだけど……」

「じゃあ、隊長は隊長でいいんじゃない?」

それきり駆けて行った彼女を、気後れした私は逃してしまった。
どうやら今度は、私が彼らに置いて行かれる番のようだ。
256 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:35:59.60 ID:FLcWsv7Mo


 ――砂塵舞う、無人の居住区。
私達はあの時と同じ地に立つ、一体のアラガミと相対していた。

全身を金色の甲冑で覆った、六本足の肢体。
その内の、両腕にあたる2本は特に発達していて、盾のように硬質化している。
対照的に、長く伸びた尾の先端には、槍の如く巨大な針が形作られていた。

アラガミに向けた、神機の焦点がぶれる。
やはり、ホログラムと実物とでは、訳が違った。
その、獲物を前にした細かな挙動が実感を生み、否が応でも、廃屋での惨状を想起してしまう。

……だけど、死に対する恐怖は、それ以前から常に感じていたものだ。

アラガミが咆哮を上げ、まずは牽制とばかりに、尾針の薙ぎ払いを仕掛ける。

私があの時恐れたのは、アラガミの記憶を見せつけらてなお、何もしようがなかった自分自身だった。
振るえる力があるのなら、それを持てない人々のために行使しなくては、意味がない。

跳んで尾をかわし、銃形態の神機を構えた頃には、照準は正確に標的を捉えていた。
257 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:38:00.59 ID:FLcWsv7Mo
撃ち出したオラクルはアラガミに命中するも、眼前で組まれた両腕の盾によって、直撃は阻まれていた。
それでも、こちらの狙いに沿えてはいる。
やや前方に着地した私は神機を変形させ、隙のできた前脚の関節部に、槍を突き立てた。

……その行動理念は、やはり父の言葉と似通ったものになっているかもしれない。
だけどこれは、外での経験に基づいた、私の信条だ。
何より私は、彼の忌避したものを力として行使している。
彼の言葉を借りただけの存在には、ならない。

私の攻撃に続き、同じく薙ぎ払いを潜り抜けてきたギルとナナも、それぞれ前脚と後ろ脚に衝撃を与える。
アラガミは低く唸り声を上げるも、怯み切ることはない。
両腕を掲げ、引き戻した尾針と共に、餌の調理にかかる。
振り下ろされた凶器を3人が受け止めたその時、アラガミは動作を止めた格好となった。

絶好の機会を、物陰で窺っていたシエルの銃が射抜く。
弾丸は半開きの口部付近に吸い込まれ、今度こそアラガミを怯ませた。
頭上からの圧力が緩んだ隙を突き、盾で弾いて抜け出た私は、その箇所に追撃を加える。
外殻ごと筋繊維が抉り取られ、アラガミの奇声と共に体液が噴き出す。
そのまま捕喰形態に移行した神機を喰らいつかせ、私は距離を取った。
同じく足元にいた2人もそれぞれ捕喰行動を取らせ、私に倣う。
258 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:39:22.62 ID:FLcWsv7Mo

その、一瞬だった。
私達が先ほどまでいた地点に、いくつもの落雷が発生する。
八つ当たりとも取れる尾針の乱打を抑え、未だ屈辱に逆巻くアラガミは、怒号と共にその身を屈めた。

「くるぞ!」

ギルの警告を受け、"ブラッド"は身構える。
アラガミの頭部に配置された幾つもの突起が切り離され、弾丸の雨となって私達の頭上に降り注いだ。
弾丸は射出される度に頭部で生え変わり、4体の敵を無差別に追い続ける。
こちらも銃撃を交えた回避で応じ、雨が止んだ頃には、私達は二組に分断されていた。

『――作戦エリアへの、"感応種"の接近を確認!侵入予測時間、3分です!』

そのさ中、オペレーターからの無線連絡を受け取る。
今回、"ブラッド"がこの作戦に割り当てられた理由は、ここにあった。
極東支部への接近が観測されていた"感応種"と、より近辺のエリアに出現した、大型アラガミの討伐。
確実に任務を済ませるには、目の前の大型アラガミを早期に撃破しておくことが肝要だったけど、予想外に"感応種"の接近が早まっていた。

……あの時と、状況が似ている。
神機使いとしての使命を見出せても、"ブラッド"としての私は、まだ迷いを振り切れないでいた。
どんな指示を彼らに送ればいいのか、自身がどう行動すればいいのか、頭では理解している。
でも――
259 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:40:42.53 ID:FLcWsv7Mo

――アラガミの奇声が、私の思考を一時的にかき消す。
私とナナから離れた、ギル達の組に標的を定めたアラガミは跳躍し、その質量で彼らを押しつぶそうとする。
当然彼らはそれを避け、そのままヤツとの近接戦闘に移行した。
飛んできた尾針の突きを受け止め、地に足跡をつけたギルの視線が、私の方へ向く。

『ちょうどいい……隊長、ナナと"感応種"の方に行け!こいつは俺達が相手をする!』

「……っ」

彼の判断は、尤もだ。
今の相手は、絶望的と言えるほどの戦力を備えているわけじゃない。
かといって、このまま"感応種"の合流を許し、混戦状態になってしまえば、戦況が不利に傾く可能性もあるだろう。
だから今の内にこちらの戦力を明確に振り分けておくのは、理に適っていた。
悩めるほどの、猶予も残されていない。

「でも……」

私は、躊躇していた。
もし、彼らまで失ってしまったら。
私の目が届かない場所で、手遅れになってしまったら。
その恐怖に、私はまた抗えないでいて――

『――見くびらないでっ!!』
260 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:42:02.12 ID:FLcWsv7Mo

叫びと共に、シエルの短剣がアラガミの槍を跳ね上げる。

『君の導いてきた、"ブラッド"が……』

彼女は斬り上げた神機を変形させ、銃口をそのまま、構えられたアラガミの盾に押し当てた。

『共に成長してきた私達が、この程度の相手に遅れを取ることはありません!』

ゼロ距離で破砕弾が炸裂し、盾は泣き所へと変貌する。
大仰に仰け反るアラガミの隙を、ギルが見逃す理由はなかった。

『……言葉だけなら、何とでも言える』

捕喰によって活性化した肉体は一足で彼とヤツとの距離を縮め、唸る穂先は傷ついた前脚に深々と喰い込む。

『行動で、示してみせろ』

一時的に体勢を崩したアラガミから神機を引き抜いたギルの手には、いつの間にやらスタングレネードが握られていた。

『……これだけ余裕があるんだ、安心しろよ』

辺り一面を、白い閃光が包み込む。
反射的に目を背けた私の手を、傍にいたナナが掴み取った。
半ば強制的な形で、私はその場を後にする。
261 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:43:39.51 ID:FLcWsv7Mo



 ナナが私の手を放したのは、アラガミの視界からある程度離れて、すぐの事だった。
彼女は立ち止まると、私にアンプルを差し出す。

「これ、返すね」

手渡されたのは出撃前に奪い取られた、私のフェロモン剤だった。
受け取りはしたものの、釈然としない。

「……どうして、これを?」

「えへへ……シエルちゃんとギル見てたら、なんか恥ずかしくなっちゃって」
「それをどう使うのかは……私が決める事じゃないんだよね」

対するナナは、頬を掻きながら、ばつの悪そうな笑顔を浮かべる。

「……よーし!私も仕事しなきゃ!……隊長は、どうするの?」

「……私、は」

奮起した彼女は既に、自分が何をするべきか決めていた。
その上で、私の決断を求めている。
ナナだけでなく、今戦っている、あの2人も。
言葉と行動に示すだけの、自己がある。
262 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:45:15.15 ID:FLcWsv7Mo

単純な話だ。
人を信じるというのなら、まずはそう想える程の自信を持たなければならない。
私には、それがない。
彼らを信じていられたのも、"喚起"と副隊長の地位があれば見てもらえるという、依存があったからだ。

だけど私は、自分にもつながりがある事を知った。
その信頼に応えるだけでなく、自身がそれを求めていた事も理解した。
彼らから受けた期待も、今なら。

「……私は、"感応種"を叩きに行く」
「急ごう、ナナ!」

「……了解!」

恐怖とはまた違った、胸を打つ鼓動。
ようやく自分と向き合い始めた私の輪郭は、少しづつ、その形を成そうとしていた。
263 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:48:12.84 ID:FLcWsv7Mo

目標地点に向かうと、そこには既に、私達を待ち構える影があった。

先の鳥人型に似通った形状ながら、張り出した乳房にハイヒール状の両足と、女性的な要素を強調したシルエット。
水色の体毛に覆われたその全身は、妖艶な雰囲気を醸し出していた。

私達の姿を認めた"感応種"は、女声を彷彿とさせるような、独特の鳴き声を発する。
それに呼応するかのように現われたのは、"感応種"の眷属である事を示す、同色の体毛に覆われた小型アラガミの集団だった。

鳥人型の"感応種"には、空気中のオラクルと感応して眷属を生成し、標的を共に付け狙う習性がある。
この習性を利用してかつ、距離さえ離れていれば、この一団を引き止めるのは容易だった。

"感応種"は私を標的に定め、眷属共を消しかける。
猛然と迫る牙を2つほど、横から殴り飛ばしたのはナナだった。

「"誘引"するまでもないかもだけど……雑魚は任せといて!」

全身から波動を発し、器用に小型の意思のみを引きつけた彼女は、私から距離を取る。
これで私は、"感応種"と一対一になった。
とはいえ、時間をかけるわけにはいかない。
数に限りはあるけど、ヤツを斃さない限り、眷属は無限に生成され続ける。
264 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:53:16.02 ID:FLcWsv7Mo

下僕を誑かされた怒りなのか、"感応種"は一際大きな声を上げ、新たな眷属を生み出す。
出現した2体を私に向かわせると、"感応種"自身は空高く駆け上った。
神機使いでも届かない上空から、2体を同時に串刺しにした私目がけ、体当たりを仕掛けてくる。

その突進を寸前で回避するも、眼前には新たな眷属が待ち構えていた。
向かい来るそれを処理し、敵の過ぎ去った方を向けば、"感応種"はまたも上空に飛び上がっていた。
今度こそ確実に標的を仕留めんと、"感応種"はこちらの出方を窺う。

けれどそれは、私も同じだった。
"感応種"が眷属を生成できるのは、あくまでその周囲の限られた範囲のみ。
恐らく、"感応種"が私に最接近し、改めて眷属を生み出すまで、アラガミは1体だ。
私は完全に足を止め、腰を落とした構えで、"感応種"を待つ。
それを好機と見たか、"感応種"は急速に降下し、勢いをつけ始めた。
265 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 02:57:14.70 ID:FLcWsv7Mo

未だ、鼓動は高鳴っている。
だけど、その心境は不思議なほど、落ち着いていた。
ずっと探し求めて、徐々に見えてきた、私の輪郭。

この力は、歪んだ価値観を助長させるためのものではなく。
誰かのためにそれを振るう、義務にも似た、使命だけのものでもなく。

槍型神機の、その刀身が中心を残し、左右に展開する。
そこから生成されたオラクル気流が渦巻くも、私はあくまで足を止めていた。

私が真に望むのは、彼らと共にある事。
守るだとか、距離を置くだとか、もう一線は引かない。
憧れて、信じられた彼らと同じ目線で、肩を並べて戦いたい。

それが過去で澱んだ奥底の、より深くで燻っていた心。
……やっと、見つけられた。

鼓動は熱となり、身体中を駆け巡った。
その熱は神機にも伝わり、強力な振動を引き起こす。
"感応種"の質量攻撃は、すぐそこまで迫ってきていた。
266 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:01:41.87 ID:FLcWsv7Mo

「避けてっ!!」

ナナの叫びが、契機となった。
神機から、より大きく、鋭く研ぎ澄まされた、真紅の槍が生成される。

人々を脅かす、無数の敵からも。
"ブラッド"からも、極東支部の仲間からも。
己が関わってきた、多くの事物から。
私はもう、逃げない。

「たぁぁぁっ!!」

全てを集約し、放たれた一撃は、アラガミの頭部を刺し穿った――
267 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:04:07.80 ID:FLcWsv7Mo



 ――宣言通り、何事もなく生還した2人と合流したのは、それからしばらくしての事だった。

彼らの姿を認めた私は、緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んでしまった。
そんな私の姿を見かねて、3人が駆け寄ってくる。

「おいおい、大丈夫かよ」

「ごめん、安心したら力抜けちゃって……」

差し出された手を抵抗なく握り、助け起こしてもらう。

「これで隊長も元通り……いや、もっと凄いことになってたんだった!」

ナナが手を叩き、周囲の視線を集める。

「ほんとにすっごかったんだよー、さっきの隊長の"ブラッドアーツ"!」
「神機がこう、ゴォーってなって、ドバーッと」

「……わかったよ、後で本人から聞いておく」

「えぇー!」
268 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:06:07.02 ID:FLcWsv7Mo

「……ふふ」

他愛もない、いつものやりとり。
だけど、その光景が、ひどく懐かしく感じられて。
この日常にまた戻ってこれたのが嬉しくて、シエルと共に、微笑を浮かべる。

緊張が緩まったところで、私は姿勢を改めた。

「……皆、信じてくれて、ありがとう」

「何の話だ?……ま、今日少しは喋り過ぎちまったかな」

「いつかの誰かの言葉を借りるなら、今回が隊長の向き合う番だった……ただ、それだけです」
「……隊長、その、頬は痛みませんか?流石に加減するわけにはいかなかったので、必要なら手当を……」

「大丈夫。むしろ、何もされない方が怖かっただろうから」

「そうそう、シエルちゃんがビンタしてくれたおかげで、私達も普通に話せたしね!」

シエルにかけた笑顔のまま、ナナが私の方を向く。

「前は言えなかったんだけどね、私、"ブラッド"や極東のみんなと一緒に頑張れるのが隊長らしさだと思ってるんだ」

「私、らしさ……」

「だから隊長がまた隊長らしくなってくれて、よかったよー!」
269 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:08:13.11 ID:FLcWsv7Mo

彼らが見ている私と、私の望み。
それは自覚していなかっただけで、同じものだったのかもしれない。
けれど、過去に揺れて、孤独に戻ろうとした弱さを、否定したくはなかった。
それもまた私の本質で、なかったことにはできない。
彼らに弱みを見せなかったのは、望みの裏返しでもあっただろうから。

「……みんな、改めて聞いておきたいんだけど」

だから私には、確認しなければならない事があった。

「本当に私が、隊長でいいの?」

私の違う一面を知ってなお、彼は私に信頼を見出しているのか。
自らつながりを絶とうとまでした私を、彼女は求めているのか。
一度は"ブラッド"を裏切った私が、彼女の上に立ってもいいのか。

怖くて、聞けなかった。
理解不足を、彼らの失意のきっかけにしたくなかった。
だけど彼らが、もう一度迎い入れてくれると言うのなら、私自身がそれに納得しなければならない。

私からの問いかけに呆れるでもなく、笑い飛ばすでもなく、ギルが口を開いた。
270 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:13:35.85 ID:FLcWsv7Mo

「……シエル、渡してやれ」

「ここで、ですか?」

「迎えが来るまで時間はある……それに、いつまでも腐らせとくもんじゃないしな」

「……わかりました」

いまいち了解を得ない会話を経て、シエルが私の方へ歩み寄る。

「隊長、これを」

彼女から受け取ったのは、シンプルな装飾で包装された小箱。
蓋を空けると、そこには、一組のヘアクリップが鎮座していた。

「これは……?」

「……君がフライアから帰ってきた後、ロミオから相談を受けたんです」
「ユノさん達との昼食会の際、サプライズとして、副隊長にプレゼントを贈りたいと」

"とりあえず今言える事だけ言っとくとだ……副隊長、次の昼食会、楽しみに待っといてくれよな!"

ラウンジでの、シエルやロミオとの不自然なやり取りが思い当たる。
今になるまで、その実態への興味は頭の隅に追いやられていた。
271 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:18:20.89 ID:FLcWsv7Mo

「ジュリウス以外は副隊長に助けてもらってるだろ、ってね……私は、みんなに助けてもらっちゃったけど」

「あいつは無茶な事しか言わないから、結局そんな小物に落ち着いちまったがな」
「それに……渡すまで、時間もかかっちまった」

ロミオは、焦りから私を傷つけたことを、その時も気にしていたのかもしれない。
もう、私は十分に受け取っていたのに。
物も、言葉も、約束も。
箱を持つ手に、力が籠る。

「……恩を返したかったのは、私達も同じです」
「孤立した私を、復讐に走るギルを、悩むナナを……進んで受け入れてくれたのは、君ですから」
「……そこまでやっておいて、私達を置いてしまうのというのも、無責任じゃないですか?」

「……それに、隊長といると、何か心地いいんだよねー」
「"ブラッド"はみんな大好きだけど、隊長が隊長でいてくれるともっといいというか……人柄ってやつ?」
「とりあえずみんな一緒の方が、私は嬉しいかな!」

「まあ、そんなわけで……後釜は一人しかいないってことだ」
「肩書きも過去も関係ない、弱音を吐いたっていい……お前だから、背中を預けられる分、支えてやることもできる」
「ジュリウスが自分の戦いを選び取った今、俺達を中心で結び付けているのは……お前だ」

向けられた、3つの視線。
その瞳は、私自身を見据えている。
私が抱き続けてきた願いは、とうに叶っていた。
272 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:20:20.38 ID:FLcWsv7Mo

「……そっか……私で、いいんだ」

得難い喜びと、もう一つの感情が相反する。
もっと早くに自分を知っていれば、ロミオとも、より話すことがあったかもしれない。
彼と目標を探し求める苦楽を、共有できたかもしれない。
なのに私は、自分と向き合うことを恐れていて。
今になって彼を失ったことを実感して、湧き上がってきたその感情は、悲しみだった。

気づけば、私はシエルを抱きしめていた。
背中を掴む腕は小刻みに震え、混ざり合った感情は私の目に溜まる。

抑える術を持てないまま、それはついに溢れ出した。
涙、それも人前でなんて、何年振りだろう。
そう考える余裕もなく、私は情動の昂ぶりのまま、泣き喚く。
273 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:22:46.47 ID:FLcWsv7Mo

ごめん、ロミオ。
結局、仲間に見つけてもらっちゃった。
私がやりたかったこと。
私にしか出来ない事。

……そして、ありがとう。
あなたの言葉と約束が心にあったから、私は踏みとどまれた。
ここまで、自分の意志で辿り着くことが出来た。

今度こそ、みんなと一緒に。
逃げずに、あなたの想いも背負ってみせるから。

震える私を、シエルは優しく抱き返してくれていた。
274 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/19(金) 03:28:06.57 ID:FLcWsv7Mo
隊長編、5章終了
何とかRB発売一周年の日にスレタイ回収まで漕ぎ着けました
今度は土曜あたりの夜に投下できればなと思っています
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/19(金) 22:45:29.67 ID:DEaUCoifO
お疲れさまです
276 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/22(月) 01:47:11.07 ID:E9X6QFqSo
6

 祈りを、捧げる。
悪意に曝された者達に。
不条理に見舞われた人々に。
たとえ魂という概念が、生きる者の都合でしかないとしても。
届く場所が、最初から存在しないとしても。
秘めた決意を鈍らせないために、私は祈り続ける。



私は、"アナグラ"の共同墓地にいた。
ここには、アラガミの犠牲となった、名も知れない人々の遺骸、もしくは、遺物が埋葬されている。

極東支部の尽力により、近年の人的被害や貧困は格段に改善された。
だけど、ああしてアラガミの脅威は依然としてあるばかりか、昨今では"赤い雨"の被害もある。
精度の高い降雨予測が実現した現在では、いたずらに被害が増加する事はなくなったけれど、
"黒蛛病"となった人々に対しては、既に全患者の収容を終えたフライアの処置を待つしかないのが現状だった。

"ブラッド"を切り離してからのフライアは、外界へ一切の情報を漏らさず、その容貌も謎に包まれている。
患者の少女と親しくしていたユノも、気遣わしげに彼女からの連絡を待ち続けているようだった。
ラケル博士がジュリウス主導の施策を無下にする事はないと思うけど、ここ最近のフライアの不透明さには、漠然とした不安が残る。
277 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/22(月) 01:54:11.41 ID:E9X6QFqSo

ともかく、今はジュリウスを信じるしかない。
気持ちを切り替え、ラウンジに向かうと、そこには入り口右手のソファに腰掛ける、シエルとナナの姿があった。

「おはよう、2人とも」

「おはようござい、ます……?」

「おはよー!……あれ?制服じゃないの?」

「うん、そろそろ予備の制服以外も着てみようかなって」

ナナの指摘通り、今日の私は"ブラッド"の制服を着てこなかった。
指先まで覆った合成繊維のインナーの上に、シャツと薄紫のウィンドブレーカーを羽織った上半身。
ボトムスには白黒の迷彩パンツを配し、前髪には当然、あのヘアクリップを着けてある。

http://i.imgur.com/3puNmmX.jpg
http://i.imgur.com/mFyihRR.jpg


……どちらかと言えば、少し派手な格好だとは思う。
一応、機能性の高い服装でもあるんだけど、選んでいる時は気が舞い上がっていて、何とも思わなかった。
こういう所は、上着の裾に着けたバッジやワッペンの持ち主に、少し影響されてしまったのかもしれない。
しばらくその余裕がなかったけど、こうしてある程度、自分の服飾に気を遣うのも、彼との約束だった。
278 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/22(月) 01:57:10.33 ID:E9X6QFqSo

「ちょっと意外なチョイスだけどー……似合ってるんじゃない、それ!」

「これはこれで……いいですね」

彼女達からは意外と好評だったようで、私は胸を撫で下ろす。

「ふふっ、ありがとう……ところで、今日の予定は?」

「私はしばらくしたら、ハルさん達と一緒に任務行ってくる!シエルちゃんは?」

「私は休暇日なので、ナナと別れたらじっくりと、バレットエディットの構成を考えてみようかと……」

今日は予定通りなら、部隊単位での大型任務や、メンバーを予め指定された作戦がない日だった。
基本的にこういった隙間を狙って、私達はフリーの任務を受注したり、休暇を組んだりする。
279 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/22(月) 01:59:35.76 ID:E9X6QFqSo

「私も、ナナと同じかな……そうだ、時間あるなら、一緒にバレットエディットしない?」
「誰かと作るのも久しぶりだし、2人のアイデア、聞いてみたいな」

「うーん……銃はあんまり得意じゃないんだけど、たまには頑張ってみようかなー」

「……私は、その……」

ナナはともかく、シエルが予想外の反応を見せる。
いつもなら、むしろあちらの方から誘ってくるぐらいの勢いなのに。

「あれ?どうしたの、シエルちゃん」

「……いえ、それも、とても有意義ではあるんですが……」

口ごもる彼女の頬に、微かな赤みが差す。
もどかしげに太腿を擦り合わせ、私の方を見つめたシエルは、おずおずとそれを打ち明けた。

「君に、やって欲しいことがあるんです――」
280 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/22(月) 02:01:34.65 ID:E9X6QFqSo

「――本当に、いいの?」

「……はい、これも、私の憧れでしたから……!」

「いや、友達の髪触るだけなんだから、そんな緊張しなくても……」

握られたヘアブラシが、両サイドのリボンを解いた、シエルの頭髪に迫る。
彼女の頼みとは、自分の髪型を私にアレンジしてもらうことだった。
"ブラッドバレット"を研究する際、肩を並べて勉強する事が憧れだったとシエルは語ってくれたけど、
こうしたスキンシップに関しても、それは同様だったらしい。

「小さい頃、鍛錬の合間にふと、施設の女の子たちがそんな交流をしているのを見て、羨ましかったんです」
「だから、友達が出来て、もっと仲良くなれたら、やってもらいたいな、と……」

カウンター席に座り、赤裸々に語る彼女の背後で、私は長髪を梳いていく。
両手を覆っているインナーは手首辺りから分割できるので、もう片方の素手は、柔らかな髪質と直に接触していた。
そういった経験は私もないけど、シエルからそれほどの関係だと思われているのは、正直嬉しい。

「……よし、出来た」
281 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/22(月) 02:09:16.01 ID:E9X6QFqSo
彼女に手鏡を渡し、出来映えを確認してもらう。

「……これは……!」

シエルの目が、大きく見開かれる。
鏡に映ったのは、私と同じく、後頭部の高い位置に後ろ髪がまとめられた、シエルの姿だった。
髪の長さと、結んだリボンから、彼女のポニーテール姿は、私とはまた異なった印象を与えている。

「えへへ……おそろい」

「……」

「……なん、て……」

鏡を見た姿勢のまま硬直したシエルを見て、私は青ざめる。
……しまった。
つい浮かれて、調子に乗ってしまった。

「あ……ごめんね、すぐ直すから――」

――伸ばした手が、力強く掴み取られる。
気づけば眼前には、一瞬でこちらに振り返った、シエルの顔があった。

「……こんなに、素晴らしいものなんですね……!」
「ありがとうございます!ずっと……大事にしますから……!!」

「い、いや……そこまでしてもらわなくても……」

どうやら彼女は、嬉しさのあまり固まっていたらしかった。
かといって、感極まった表情でそう言われても、それはそれで反応に困る。
282 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/22(月) 02:12:02.52 ID:E9X6QFqSo
熱視線を送るシエルからそれとなく眼を逸らすと、今度はその一連の光景に瞳を輝かせる、ナナの顔が視界に入った。

「いいなー、私もやってみたい!」

「……そういえば気になってたんだけど、ナナの髪型、どういう風に作ってるの?」

鏡を使い、様々な角度から自分の髪型を眺めるシエルは差し置いて、ナナの頭部を凝視する。
改めて、どういう髪型なのかは理解できるけど、その構造は見当もつかない。
ナナと初対面の頃から今まで、思っていても、何故だか言えなかったことだ。

「……気になる?」

「……うん」

「じゃあ、特別に教えてあげちゃう!」

事も無げに、許可が出た。
私に背を向け、留め具をすべて外した彼女は、その髪を垂らす。
既に何回か見ているけど、こうして髪を下ろした姿も、何となく新鮮に感じられる。
283 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/02/22(月) 02:13:36.54 ID:E9X6QFqSo

「まずはここからこうやって、こうして、次はここを……」

素の状態から、てきぱきと留め具が再装着され、組み上げられていく。

「……最後にピンと毛先を整えれば……かんせーい!」

後ろ髪が立ち上がり、ナナは元通りになった。
すごい。
手際が良すぎて、さっぱりわからない。

「えっと……じゃあ、今度は私にもお願いしていいかな」

「オッケー!」

「……盛り上がってるとこ、悪いんだが」

こうなったら体で覚えようと意気込む私の背後から、制止の声がかかる。
私達が振り返ると、少し気まずそうな様子で、帽子を目深にかぶるギルがいた。

「隊長、借りてくぞ」
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