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【ゴッドイーター2】隊長「ヘアクリップ」
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284 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 02:17:47.05 ID:E9X6QFqSo
とりあえずここまで、すいません普通に間に合いませんでした
9子にこの格好はどうよとは思ったけど、GE2無印でお気に入りの組み合わせだったのでつい…
285 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:08:59.92 ID:+LYcw3sno
◇
見せたいものがある。
そう言って、ギルが私を連れて来たのは、神機の整備室だった。
神機使いが出撃しない間、神機はここで定期的なメンテナンスを受ける。
それは現時点で所有者のいない神機も同様で、
室内では可動式の整備台に寝かされた膨大な数の神機が、専用マニピュレーターによる整備を受けていた。
整備班の人間が作業にあたる中、その第一班班長である、楠リッカが私達に声をかける。
「やあ、やっと来たね」
「すまん、遅くなった」
「いいよ、今はそんなに忙しくないし。それに……」
頬の煤を厚手の作業手袋で拭い、リッカさんは右手のタブレット端末を操作する。
「待ってる間、気が済むまで調整させてもらったから」
すると、ちょうど私達の正面にあった整備台が、こちらに向けてその体を起こした。
286 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:10:50.39 ID:+LYcw3sno
「わぁ……!」
思わず、感嘆の声が漏れる。
台に固定されていたのは、鈍い輝きを放つ、青紫の槍型神機だった。
電灯に照らされる、黒く縁どられた刃の眩さに、私の目はたちまち惹きつけられる。
「ギル、これもしかして、"ブラッド"の……?」
「ああ、特注品だ」
この神機パーツの形状は、間違いなく第3世代型神機のそれだ。
"血の力"がまだ稀少な体質なのもあって、私達の神機のコアに適応する神機パーツの規格は、ごく限られている。
だから、私も神機の世代を見分けられたんだけど、目の前のそれは何というか、ただ彩色しただけのようにも見えなかった。
「もちろん、変わったのは色だけじゃないよ」
リッカさんが、私の疑問を言い当てる。
「基本性能の向上はもちろん、使用者の戦闘データに基づいたチューニングも施してある」
「"血の力"の伝達効率も上がってるはずだから、"ブラッドアーツ"の負担もある程度軽減されるんじゃないかな」
「へぇ……でも、何で色まで?」
「受容体の影響だろうな」
そこに割って入ってきたのは、ギルだった。
287 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:12:59.80 ID:+LYcw3sno
「受容体?」
「正確には"感応波受容体"だな。詳しい説明は省くが、神機をチューンするには、そいつが必要になる」
「その製作にも、ある程度アラガミの素材がいるんだ」
「いつもは君達が獲ってきたコアからでも十分賄えるんだけど、ギルの言う通り、この神機に使ったのは特別製だからね」
「ギルがこだわるから、時間かかっちゃった」
「……素人が迷惑かけて、悪かったな」
少し拗ねた様子のギルを、別に悪いとは言ってないって、と、リッカさんがからかい半分に宥める。
仇討ちを果たして以降のギルが、時たまリッカさんから整備の知識を学んでいることは知っていた。
少し置いて行かれている気もするけど、普段出ることはない、彼の一面を垣間見られたのは、幾らか得をした気分だ。
――一瞬、胸の奥を、何かが掠めたことを除けば。
288 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:16:23.04 ID:+LYcw3sno
「ふふっ……馴染んでるね、ギル」
「ん……まあ、色々と世話になったからな」
そんな私の生暖かい視線に気づくと、ギルは早々と態度を改める。
「それで、話の続きなんだが……この神機に使った受容体は、俺が作らせてもらった」
「お前にも何回か、手伝ってもらっちまったけどな」
「……あっ」
そういえば何度か、ギルの素材集めに付き合った記憶がある。
整備に使うことは知っていたけど、その詳細までは聞いていなかった。
「もちろん、受容体を作るのにも技術がいるんだけど……本当に凄いんだよ、ギルは」
「私の作業を1回横で見たら、すぐに自分で受容体を作っちゃうんだから」
「もっとも、出来は良くなかったんだけどな……そのリベンジも兼ねての特注品、ってわけだ」
「それでここまでの成果を出せるんだから、十分大したものだと思うけどね」
「やっぱりギルは、技術者としての才能があるよ……!」
「たまたまだよ……悪い気はしないがな」
289 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:18:29.18 ID:+LYcw3sno
新たな才能の発掘に燃えるリッカさんと、それに満更でもなさそうなギル。
また蚊帳の外になった私は、あえて口を挟まず、彼らの様子を見る。
会話が進み、専門用語がある程度増えてきた頃には、入り込む余地もなくなった。
お似合い、だと思う。
リッカさんなら、のめり込める事柄を見出したギルを、十全にサポートできる。
彼女自身もギルに興味を示しているし、面倒見のいい性格だから、彼の好奇心にも長く付き合えることだろう。
私より、ずっと彼にふさわしい。
――掠めた何かは、痛みだった。
けして大きくはない、けれど、胸の内でじわじわと蝕んでくるような、嫌な感覚。
……あれ。
何故、私は自分を引き合いに出したんだろう。
今までも、そしてこれからも、ギルは大切な仲間だ。
それ以上の関係だなんて、少し意識してしまうことはあっても、想像できない。
そもそも、こんな下世話な考え自体が、彼に失礼なんじゃないだろうか。
そうやって思考を渦巻かせているところで、リッカさんと目が合った。
彼女は一瞬目を見開いた後、すぐさま得意げな笑顔を返してくる。
嫌な予感がした。
290 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:20:54.96 ID:+LYcw3sno
「――あ、そうだ」
「どうした?」
「実は後もう少し、詰めたい箇所があるんだよね……」
話題の中心になっていた神機を指して、リッカさんは突拍子もないことを言い始める。
「ちょっと集中したいから、後は君達でケリつけといてくれない?」
「ここからの話は、私も必要ないだろうし」
「……アンタ、さっきは気が済むまで調整したって――」
「言葉のあや、だよ!さぁ、出てった出てった!」
「おい……!?」
「わっ……!?」
彼女に背中を押し出され、私達は強制的に整備室を後にする。
扉も閉め切られ、私達は通路に取り残されてしまった。
「……ったく、どうしたんだ急に」
「さ、さあ……?」
通路には、誰も通らなかった。
この空間にいるのは、私達だけ。
291 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:22:03.15 ID:+LYcw3sno
「……二人だけになっちまったな」
「……そう、だね」
それを意識してしまうと、駄目だった。
緊張で、たちまち思考が回らなくなる。
「……そういや、服、変えたんだな」
「う、うん……」
「……似合ってる、と思うぞ」
「へっ!?……あ、その……ありがとう」
顔に、ほんのりと熱が灯るのがわかる。
当り障りのない感想なのに、どうしてこんなに取り乱してしまうんだろう。
……何でこんなに、心が弾んでしまうんだろう。
292 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:23:09.15 ID:+LYcw3sno
「意外だったか?」
「……ちょっと、だけ」
「……そうか」
会話が、途切れる。
大体が自分の責任だという自覚はあるけど、もしかして、ギルも緊張しているんだろうか。
沈黙に窮し、傍らのギルの顔を見上げる。
拒絶の意志はないものの、引き結ばれた口元。
そこでふと、その真横に垂れる、彼の髪が目に入った。
緊張状態が極限に達していたのか。
褒められて、気が動転していたのか。
少し前の出来事がよほど印象深かったのか。
私は、それに右手を伸ばしていた。
293 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:24:09.02 ID:+LYcw3sno
ギルは、男性にしてはかなりの長髪だ。
そういう嗜好なのか、ただ無造作に伸ばしているだけなのか、それはわからないけど。
その髪質は、シエルのそれに勝るとも劣らないほど柔らかく、きめ細かいものだった。
私は素手のまま、彼の髪に触れる。
髪の束は抵抗なく指を通し、私に仄かな温かみを与える。
ほぼ無意識でありながら、その感触に楽しみを見出していると、右腕が浮いた。
持ち上げたのは、困惑が色濃く出た表情の、ギル。
そこで、ようやく意識の焦点が定まった。
294 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:26:57.85 ID:+LYcw3sno
顔から火が出るとは、こういう様のことを言うんだろう。
「ひゃあっ!?」
「うおっ」
悲鳴を上げ、彼から後ずさった私は、熱を冷ますために顔を背ける。
こんな時、自分の髪型が恨めしい。
後ろ髪を結い上げていたのでは、耳まで茹で上がった様子が丸見えだろうから。
「ごっ……ごめんなさい、いきなり変なことしちゃって!」
「えっと、その……さらさら?だったから、つい……」
何やってるんだろう私。
何言ってるんだろう私。
色んな意味で、ギルに顔向けできない。
「……ははっ」
数秒後に返ってきたのは、笑い声だった。
「こいつもハルさんには散々からかわれたし、ケイトさんも羨ましがってたっけな」
ほんの少しだけ、彼の方に視線を向ける。
「そういう訳で、弄られるのは慣れてるんだ……こっち向けよ」
「い、いや、今はそれだけの問題じゃなくなってる、というか……」
295 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:35:02.19 ID:+LYcw3sno
私の慌てぶりに却って冷静になったのか、ギルは緊張を解いていた。
私はというと、未だに自分の行動が信じられずにいる。
「よくわからんが、それならこのまま、話を続けさせてもらうか」
「……あの神機パーツな、実はお前に使ってもらおうと思ってる」
「……えっ?」
今度は、身体ごと彼の方に向き直る。
「その調整の目処が立ったと連絡が着たから、お前を連れて来た」
「……せっかくギルが苦労して作り出したのに、悪いよ」
あの神機は、ギルのものなのだと、すっかり思い込んでいた。
実際には、あれこそが私の神機の新たな姿だったのだ。
「勘違いするなよ……アレは元々、お前のために作ってたんだ」
「……約束、したからな」
ギルと二人でいる時間が増えてから、彼は私を支えてやりたいという旨を、度々口にしていた。
今なら、それが本心からの言葉であったことも、理解できるけど。
「……今のままでも、私は十分すぎるほど支えられてるよ」
「ついこの前だって、ギル達が後押ししてくれなかったら、あのまま……」
「今までがそうでも、これからがある……それにな、俺がやりたいから、やってるんだ」
「……お前に受け取ってもらわなきゃ、意味がない」
296 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:37:18.48 ID:+LYcw3sno
そう言って見せた自然な笑顔に、心が揺れる。
彼のこういった部分に、私は弱い。
素っ気ないのに、その実親身に接してくれて。
いつも仏頂面なのに、ふとした瞬間に見せる笑顔は、人一倍優しくて。
それを見せられると、あっさりと乱れてしまう。
……もう、素直になってしまおうか。
「……わかった、ありがとう」
「これからも、頼りにさせてもらうね」
彼への好感が変調したきっかけは、覚えていない。
それは募れば募るほど苦しくて、でも、忘れられない心地よさがあって。
これが恋だというのなら、私はギルを慕っていた。
297 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:42:21.98 ID:+LYcw3sno
……だけど、この想いは叶わない。
今だって彼の目は、私を捉えてはいないから。
その違和感の正体を知ったのは、ギルの記憶を垣間見た時。
彼はずっと、私の背後の、ケイトさんの影を追い続けている。
ギルが彼女に、恋愛感情を抱いていないのは、わかっている。
それでも、彼女が大切な女性であったことには違いない。
その苦しみを思い起こさせる私が傍にいては、彼は幸せになれない。
尤も、私自身は妹分ぐらいにしか思われていないだろうけど。
だから、彼にいい相手が見つかるまで。
私が、この未練を断ち切れるようになるまでは。
――痛みだって、呑み込める。
「おう……よろしく頼むぜ、相棒」
……想うだけなら、いいよね?
298 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:44:18.47 ID:+LYcw3sno
◇
「――作戦完了!お疲れ様でした!」
新たな神機パーツの性能を試す機会は、すぐにやってきた。
ちょうどあの後に、エリナとの任務が組まれていたからだ。
「お疲れ様……いい調子だったなぁ……」
陽光が、掲げた神機の表面を煌めかせる。
ギルとリッカさんから与えられた、私だけの神機。
先ほど出来上がったばかりだというのが嘘のように、手と身体に馴染んでくれている。
「ほんと、最近は調子いいね!誰のおかげなんだろう?……ねぇ、先輩?」
「うーん……やっぱり、エリナのおかげかな」
事実、エリナの訴えがなけれな、私は再起の入り口にすら辿り着けていなかった。
その事を考えれば、彼女には感謝してもし足りないぐらいだ。
「……本当に、ありがとう」
299 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:50:13.23 ID:+LYcw3sno
「なっ……」
対するエリナは、頬を紅潮させ、口をぱくぱくと動かす。
「どうしたの、大丈夫?」
「い、いきなり真剣にならないでよ……ふざけた私がバカみたいじゃん……」
得意満面の笑みから一転、目を泳がせ、照れくさそうに髪を弄ぶ彼女の姿は愛らしい。
「……私だって、また先輩についていけて嬉しいから、おあいこ」
「それでいいでしょ?こうなったら、嫌だって言っても喰らいついちゃうから!」
「そっか……じゃあ、早く追い抜いてもらわないとね」
「その時は、私が先輩の面倒を見てあげる!」
……それに、みんなのおかげ。
降り注ぐ陽光は、じゃれつくエリナを受け止めた私の、前髪に留められたヘアクリップにも反射する。
これに込められた想いがある限り、私は前を向ける。
自身と向き合って、想いを知って。
素直になれた私が今一度見上げたのは、何にも遮られず、どこまでも広がる青空だった。
300 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:56:32.60 ID:+LYcw3sno
ここまで
書いててわかりづらいと思ったので今更捕捉しとくと
時間経過や遮り以外でダッシュ記号が入ってる行は、隊長のネガティブな深層心理を表してます
本人でも気づかない本音というかそんな感じのアレ
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/27(土) 18:55:14.54 ID:xMymaPn40
おつです
302 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/01(火) 02:26:41.98 ID:t8DmWegLo
>>299
の修正版だけ投下
全然スムーズにいかないけど出来れば今日中には続きを…
303 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/01(火) 02:38:11.35 ID:t8DmWegLo
「なっ……」
対するエリナは、頬を紅潮させ、ぱくぱくと口を動かす。
「エリナ?」
「……っ」
ひとたび私と目が合えば、彼女はそれを背けてしまう。
……何となく、身に覚えがあるような。
「大丈夫……?」
「……そういう不意打ちやめてよ、もう……」
首を傾げていると、か細い呟きが返ってきた。
頬を手で押さえ、エリナは控えめにこちらを見やる。
「私だって、その……」
直前で、エリナが言い淀む。
こうした仕草の彼女を見るのは、何だか久しぶりな気がした。
「……先輩のおかげで、成長できたと思ってるから」
304 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/01(火) 02:49:01.68 ID:t8DmWegLo
それでも、彼女が最後に見せてくれたのは、恥じらいを多分に残した、穏やかな笑顔だった。
その様子が愛らしくて、私も笑みをこぼす。
「うん……これでおあいこ!」
「早く帰ろ、先輩!」
今度こそ赤面を振り切って、エリナが私の左手をつなぐ。
照れ隠しだろうか、足早に駆けるエリナに若干引きずられながら、私は何ということもなく、目線を上げた。
何にも遮られない、どこまでも広がる青空。
塞ぎ込んでいた頃、空は空でしかなかった。
エリナだけじゃない。
こうして今一度、空に意義を見出せるようになったのは、私が手を取り、それに握り返してくれた、みんなのおかげだ。
その想いがある限り、私は前を向ける。
自身と向き合って、想いを知って。
素直な心で、歩み続ける。
未だ落ちない陽は、前髪に留められた、ヘアクリップをも照らしていた。
305 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/02(水) 02:34:13.41 ID:o6xBxZEno
7
"ブラッド"が本格的に再始動してから、幾らかの時間が経った。
戦力低下に加え、緒戦での失態から不安視されていた私達も、今では一定の信用を得られるほど、順調に任務をこなせている。
その要因は、"ブラッド"の全員が信頼関係を築けたところにあるんだろうね、と榊博士は言う。
「"仲間を使い、自分を使え"……私の補佐も務めてくれている"クレイドル"の指揮官が、よく口にしていた言葉でね」
「それに喩えるなら、君も隊長になって、自然と自分の使い方を覚えるようになった、という所かな」
実際、私の挫折に端を発した隊員同士の結束の強化は、"ブラッド"というより、私を変えていた。
みんなを守らなくていい、と言えば語弊があるかもしれないけど、何もかも一人で背負い込む必要はないと気づけたからだ。
もちろん甘えすぎてもいけないし、隊を預かっている以上、最低限の責任は果たさなければならないんだけど。
それでも仲間を頼ることへの抵抗が以前よりも少なくなったのは、私にとっても、
あの一件以降、多少私に気を回しがちになってしまった彼らにとっても、大きな一歩だった。
……特にシエルは、"君にはそれぐらいがちょうどいいんです"、と言って聞かないし。
306 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/02(水) 02:37:29.11 ID:o6xBxZEno
ともかく、そうした心理面での問題はまず"ブラッド"内で話をつけるべきであって、
迷走した私にまずその方向性を提示してくれたのは、他ならぬ榊博士ではないだろうか。
その件について、改めて謝罪と感謝を贈るためにも、博士の研究室に出向いたこともあるけど、
「私はただ俯瞰した立場から、事象を観測しているだけさ。君達をどうにかするつもりはない」
「……もちろんここを預かる者として、その義務は果たさせてもらうけどね」
といった具合に、ひらりと躱されてしまった。
その一方で、フライアではついに"神機兵"が再度の調整を終え、実戦に配備されることとなった。
既に"神機兵"部隊単独でのアラガミ討伐にも幾度か駆り出されていて、その仕事ぶりはアナグラでも話題になっている。
307 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/03(木) 23:39:19.57 ID:8lN99J22o
ラウンジに設置されたテレビからは、フェンリル公共放送局によるプロパガンダCMがひっきりなしに流されていた。
初期は有人制御式"神機兵"の搭乗者募集が主な内容だったはずだったけど、運用の変化に伴い、広告内容も変わっているようだった。
CMに映っているのは、浮遊台に乗り、指先から流す電流で"神機兵"を指揮する、奇抜な格好の女性。
確か名前は……シプレ、だったっけ。
去年から登場したアイドルで、似た立場のユノとは人気を二分しているらしい。
その正体は文字通り電撃デビューを果たしたバーチャルアイドルで、CMの内容も要は編集された合成演出なんだとか。
歌や外見、キャッチコピー等に見られる独特なセンスが特徴で、そこがシプレファンを虜にしているようだ。
……と、ユノファンと二足の草鞋だった生前のロミオが、私に熱く語ってくれた。
こういったものにさほど興味は持てないけど、確かにCMの背景に流される彼女の歌声には、どこか引っかかるものがある。
流れた映像が目に止まり、改めてその正体についてぼんやりと考えていると、私に向けられた声がかかる。
「最近、シプレのCMもよく流れるようになったよな」
声の主は、コウタさんだった。
308 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/03(木) 23:44:05.06 ID:8lN99J22o
「コウタ隊長」
「だから呼び捨てでいいって。そんなに年も違わないし、エリナにエミールも、お前の世話になってる事だしさ」
「……それ、関係あります?」
「大アリだって、こっちも助かってるし……にしても、珍しいな、お前がそういうの見てるなんて」
「はっ!……まさかお前も、シプレの魅力に気づいたのか……!」
彼もまた、ロミオに負けず劣らずのシプレファンだ。
コウタさんと個人的な交流を深める機会は何度かあったけど、その一面を見せたのは二度目のことだった。
気もそぞろな彼を落ち着かせるためにも、私は急いで訂正する。
「いや、そういうわけじゃないんですけど……ただ、シプレの歌声ってどこか不思議だなぁ……と思って」
ついでに言えば、顔や声そのものにも何か覚えがあるんだけど、そこは考えない方がいい気がした。
何となく、本能的に。
309 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/03(木) 23:45:48.05 ID:8lN99J22o
「おお!それは――」
ただ、私の訂正もコウタさんには逆効果だったらしい。
何か用のあったらしいエリナが彼を連行するまで、私が聞かされた熱意を要約すると、
シプレの歌声は予め録音された肉声を応用し、予め入力された音程や歌詞に合成したものらしい。
それが彼女の独特で、どこか機械的な印象の残る歌声の正体だった。
そんな技術があることに感心しながら、再度流れたCMを見ていると、今度はシプレの電流に従わされる、"神機兵"の姿が目に止まる。
現在、戦場に出ている"神機兵"の全ては、ジュリウスによって統制されている。
一方的に関係を絶たれた側とはいえ、ジュリウスの安否は"ブラッド"にとっても気がかりだった。
彼は今、フライアでどう過ごしているんだろうか。
310 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/03(木) 23:51:11.68 ID:8lN99J22o
ここまで
311 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/06(日) 00:21:59.38 ID:g2l4oEKho
>>309
ちょっと修正して投下
毎度だらしない推敲で申し訳ない…
312 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/06(日) 00:24:48.01 ID:g2l4oEKho
「おお!それは――」
ただ、私の訂正もコウタさんには逆効果だった。
何か用のあったらしいエリナがコウタさんを連行するまで、私が彼に聞かされた熱意から必要な分だけを抽出すると、
シプレの歌声は予め録音された肉声を応用し、予め入力された音程や歌詞に合成、編集したもののようだ。
それが彼女の独特で、どこか機械的な印象の残る歌声の正体だった。
そんな技術があることに感心しながら、再度流れたCMを見ていると、今度はシプレの電流に従わされる、"神機兵"の姿が目に止まる。
現在、戦場に出ている"神機兵"の全ては、ジュリウスによって統率されている。
一方的に関係を絶たれた側とはいえ、ジュリウスの安否は"ブラッド"にとっても気がかりだった。
彼は今、フライアでどう過ごしているんだろうか。
313 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/06(日) 00:26:16.92 ID:g2l4oEKho
そして、現在。
ジュリウスの状況を知る機会は、意外な形で訪れた。
「――では、遠征作戦の概要を説明いたします」
「作戦名は、"朧月の咆哮"」
任務に向けたブリーフィングのため、支部長室に招集された"ブラッド"は、一様に目を丸くする。
シエルだけは一人淡々と、作戦概要を読み上げていた。
……そちらに集中する事で、戸惑いを誤魔化しているようにも見えるけど。
「――攻略の第一段階では、敵の後背部から別働隊が攻撃し、ブラッド隊が突入する機会を作ります」
「"ブラッド"の突入以降、別働隊は周囲のアラガミを撃破しつつ、包囲の輪を狭め――」
討伐対象は、ついにその動向が観測された、狼型の"感応種"。
"感応種"は山岳地帯に多数のアラガミを引き寄せ、天然の要塞を形作っている。
長期戦が予想される、この要害への突入作戦に助け舟を出したのは、あのフライアだった。
314 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/06(日) 00:30:46.76 ID:g2l4oEKho
「――別働隊は遠隔制御の"神機兵"によって構成され、指揮をとるのは……」
「……ジュリウス・ヴィスコンティ大尉です」
その代表として、ジュリウスが目の前にいる。
シエルの傍らで沈黙を守る彼に、かける言葉を探しあぐねていると、
「……今更、よく戻ってこれたな」
ギルが切り込んでいった。
彼ほどではないにしろ、ジュリウスの行動に関しては、シエルやナナも複雑な感情を抱いているはずだ。
こうして隊長を務めている私も、納得はしきれていない。
――"……お前達は、生きてさえいれば、それでいいんだ"
……たとえその真意が、私達を守るためのものだったとしても。
315 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/06(日) 00:36:41.35 ID:g2l4oEKho
「これは、ただの戦いじゃない……ロミオの、仇だ」
ジュリウスの言葉の通り、今回の討伐対象は少なくとも私達にとって、共通の敵となる存在。
彼から進んで"ブラッド"に手を貸すのも厭わないほど、確実に仕留めなければならない仇だった。
「そうだよ……!」
「絶対に、逃がしません……!」
そうなれば、ジュリウスと衝突している暇はない。
同調したナナとシエルの姿に心を落ち着かせ、私は振り返ってギルを見つめる。
「……ギルは、どう?」
「チッ……」
臨戦態勢を解き、ギルは帽子の鍔に指をかけた。
「……足は引っ張るなよ」
「……戦友の忠告として、受け取っておこう」
316 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/07(月) 22:54:32.50 ID:AUhW46e4o
◇
程なくして、遠征作戦は決行された。
シエルの戦略通り、私達は山麓部から突入し、"神機兵"のサポートを受けながらも、着実にアラガミの群れを減らしていく。
その中でも、ジュリウスの指揮する"神機兵"部隊は、完璧な統制ぶりを発揮していた。
「……以前とは、まるで別物だな」
難色を示していたギルが素直に感嘆するほど、その動きは見違えている。
フライアのスタッフと語らい、その連携をより密にしていくジュリウスの姿に、私は改めて、彼が道を違えた事を実感した。
結局、"感応種"を追い詰めることなく日は沈み、私達は要害の中間部に、簡易的な前進キャンプを組み立てる。
最低限の寝床と、一時的な神機の保管場所になる程度だけど、一泊するには十分な設備だった。
317 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/07(月) 22:58:07.87 ID:AUhW46e4o
携帯食料も食べ終え、ジュリウスを含めた全員がテーブルを囲む。
違った形とはいえ、一日中戦いを共にした影響なのか、悪い雰囲気ではなかった。
「このキャンプってさ……ちょっと不安じゃない?」
ナナが、第一声を上げる。
「そうですね……アラガミの縄張りの、真ん中ですから」
「"神機兵"を自律モードで配備してある……眠らない歩哨だ」
「こちらが反撃するまでの時間は、稼いでくれる」
「へー……ま、ジュリウスがそう言うなら、大丈夫かなー」
「ここまで来られたのだって、"神機兵"のサポートのおかげだし!」
元々の温和な気質もあり、ナナはジュリウスに対して、真っ先に距離を縮めようとしていた。
わだかまりはあっても、それを引きずらないのが彼女の優しさなのだろう。
その一方で、何も言わず腕を組んでいたのは、ギルだった。
318 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/07(月) 22:59:51.17 ID:AUhW46e4o
「……ギル、どうかした?」
「いや……実力は認めてやるべきだと思ってな」
「ジュリウス……"神機兵"は、あれで完成なのか?」
「フライアのおかげで、無線制御の機体としては、ほぼ完成している」
「今は俺の”血の力”を用いて、教導過程……戦いの学習をさせているところだ」
「なるほどな……まだ伸びるってわけか」
ギルの態度も、先ほどに比べれば軟化している。
少しだけ、嘗ての”ブラッド”に戻れたような感覚。
「当然だ……お前達を戦場から遠ざけるには、まだ時間が要る」
「……そうかよ」
だけど、肝心な部分で、"ブラッド"とジュリウスは相容れない。
319 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/07(月) 23:03:27.50 ID:AUhW46e4o
「ジュリウス、少しは話せるようだから言っておくがな……俺に、いや……俺達に、守られてやるつもりはない」
「戦いが全てとは言わない……だが、"神機兵"の後ろで腐っているだけなんざ、まっぴらごめんだ」
「……だろうな」
「お前達ならそう言うのがわかっていたから、俺は余計な干渉を受ける前に、”ブラッド”を抜けた」
「……別に、そういうのじゃなくてさ」
ナナが口を挟む。
「神機使いも、"神機兵"も、アラガミと戦えるんだから……一緒に戦う、じゃダメなの?」
「今回みたいに理由つけなくたって、居住区やサテライトの人達を守りたいのは変わらないし……」
「……"ブラッド"だけでも、"神機兵"の研究に協力できないでしょうか」
「ジュリウス一人の教導ではやはり偏る部分もあると思いますし、あなたの"血の力"が応用できるのなら、私達だって……」
「駄目だ」
シエルも加わった折衷案を、ジュリウスはにべも無く跳ね除けた。
320 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/07(月) 23:05:28.78 ID:AUhW46e4o
「……これは、俺の役目だ」
「俺一人でなければ、神機使いを守り導く事など、出来やしない」
場が、静まり返る。
妥協を許さない彼の性格は、変わらない。
「……今後の"神機兵"の学習効率について、今の仲間と打ち合わせたい事がある」
「すまないが、次に会うのは明朝の――」
「……やっぱり、わからないよ」
でも、ここで交わらないまま、終わらせたくない。
だから今まで横槍を入れずに、ジュリウスの様子を見てきた。
「本当に私達を突き放したいなら……手を出させたくないのなら……」
321 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/07(月) 23:08:07.26 ID:AUhW46e4o
「どうして、そんなに辛そうな顔をするの?」
「……何が言いたい」
ジュリウスが自分の意志で選び取った道を、捻じ曲げてしまおうとは思わない。
「私はただ……ジュリウスの気持ちを、知りたいだけ」
だからこそ、私を見捨てなかった、大切な仲間達のように。
不器用なサインを示す、本当の彼を信じたかった。
「同じ道じゃなくても、一緒にロミオの遺志は継いでいける」
「元通りになれなくても、前に進めるって……今は、そう信じられるから」
そう嘯く私と、頷く3人から、ジュリウスは尚も苦渋の顔で目を逸らす。
「……これ以上話したところで、平行線を辿るだけだ」
わかり合えるのが今じゃなくても、生きている内に、きっと。
私の目は、去って行く彼の左腕を捉えていた。
322 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/07(月) 23:10:27.89 ID:AUhW46e4o
ここまで
やっと原作に沿える展開に入ったから軽く流せると思ったら難産でこれは……
323 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 00:54:17.84 ID:0GQMf/Jmo
◇
眠れない。
明朝の決戦に備え、寝ずの番を”神機兵”に任せた仲間達は、静かに寝息を立てている。
私もその例に漏れず、休息を取らないといけないんだけど、どうにも落ち着けずにいた。
明くる日への緊張か、ある種の高揚感か。
それとも3日寝溜めした反動がここできたのかな、と下らないことを考えていると、足音が聞こえた。
まずアラガミのものではないとわかる、小さな音。
それも、段々とこちらから遠ざかっていく忍び足だった。
番兵がいるとはいえ、不用意な外出は危険だ。
巻きついたナナの腕をそっとほどき、暗闇の中で神機の入ったケースを探し当てた私は、
先立に倣い、抜き足差し足でキャンプを後にする。
324 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 00:55:59.32 ID:0GQMf/Jmo
「く……っ」
薄く雲がかかった、月の下。
音の主は、出入り口から少し離れた岩場にいた。
こちらの存在には気づかず、左腕を抑えながらも、苦悶の声を噛み殺す。
「……やっぱり、感染してたんだね」
私の声に振り返ったのは、ジュリウスだった。
途切れがちな月光が、うっすらと汗の滲んだ彼の顔を照らす。
「……起きていたのか」
「何だか寝られなくて」
袖の捲られたジュリウスの左腕に浮かんでいたのは、黒蜘蛛の文様。
「……いつから、気づいていた」
「確信を持てたのは、今の反応で」
「……あの場でロミオと一緒に戦ったのに、何ともないのはちょっと不思議に思ってたけどね」
325 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 00:56:58.22 ID:0GQMf/Jmo
明確な違和感を持ったのは、ジュリウスと別れた時だった。
彼が怒りの中で私に掴みかからなかったのも、直接私の手に触れずにディスクを渡したのも。
今考えれば、接触感染の可能性が極めて高い、”黒蛛病”の伝染を防ぐための手立てだったのだろう。
……そうであって欲しくは、なかったけど。
「フッ……そうか、とんだ一人相撲を演じていたようだな」
薄く笑うジュリウスの様子は、どこか心許ない。
「だが、これでわかったろう……俺は、前に進めない」
「……まだ、そうと決まったわけじゃないよ」
「今だって、フライアで研究は進んでるんでしょ?」
彼が”黒蛛病”に罹っている事を、ラケル博士が知らないはずはない。
治療に専念するという名目で私達を切り離したというのなら、何らかの手段を見出せていてもいいはずだ。
「そちらは任せきりでな……今のところは、何も聞けていない」
そんな当てつけにも似た願いが、叶うはずもなかった。
ジュリウスは首を振り、またも自嘲めいた笑みを作ってみせる。
326 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 00:58:20.39 ID:0GQMf/Jmo
「まあ、安静にしたところでどうにかなるものでもないし、好きにやらせてもらうさ」
「新たな世界の、その礎だけでも……築いておきたいからな」
「だから……お前達の元には、いられない」
言葉に反して、彼の語尾は弱々しかった。
「……それでも、私は……」
ジュリウスも、自分なりに私達を想って、”神機兵”の成果を遺そうとしている。
死期を悟った彼は、もはや妥協しないのではなく、出来ないところにまで足を踏み入れていた。
何を言っても、気休めにすらならないかもしれない。
どうしようもないのだからと、これ以上干渉せずに捨て置けば、格好はつくかもしれない。
……それでも、私は。
「……心だけでも、あなたと共にありたい」
この想いを変えられない。
私が得たつながりの中には、彼もいるから。
327 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 01:00:25.03 ID:0GQMf/Jmo
「……懲りないな、お前は」
少し間を置いて、ジュリウスが言葉を返す。
彼にしては珍しく、少し呆れ気味な調子だった。
「だが、その真っ直ぐさが……羨ましくもある」
「……えっ」
今度は私の方が、呆気に取られる
「あんまりな反応だが、俺も嫉妬ぐらいはする」
「え、あっ……ごめんなさい」
「いや、いい……ぐっ」
突然、ジュリウスが咳き込む。
病は、今も彼の身体を徐々に蝕んでいた。
「ジュリウス!?」
「っ……気にするな、こればかりはどうしようもない」
歪んだ顔を、ジュリウスは少しだけ和らげる。
近づいた私を手で制し、彼は改めて語り始めた。
328 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 01:08:14.35 ID:0GQMf/Jmo
「……お前は、俺が求める力を持っていた」
「心を通わせ、得たつながりを力に"喚起"する……家族を求めていた俺にとって、まさしくうってつけじゃないか」
「……実際、お前には頼ってばかりいたしな」
「……そんなことないよ、私も結構、勝手に動いちゃってたし」
確かに、最初はジュリウスの期待に動かされていた部分もあったけど。
それ以降は良くも悪くも、私自身の意志による行動だった。
「……そう、その物言いだ」
「"血の力"に目覚めて以降、"喚起"ありきのお前を見ていたが……それはすぐに間違いだと悟った」
「"ブラッド"のみならず、極東の神機使いまでも惹きつけていたのは、お前のそうした本質だったからだ」
彼が"ブラッド"を抜ける際にも、聞いた言葉。
事実、仲間が私自身を認めてくれていたから、私はここに立っている。
「シエルやロミオが、その最たる例だろうな……」
「俺では幼いシエルの友人になる事は出来なかったし、ロミオの心を溶かすどころか、一年間苦しめただけだった」
ジュリウスが左腕の文様を見やり、拳を固く握りしめた。
329 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 01:09:12.11 ID:0GQMf/Jmo
「……副隊長のお前が信頼関係を結んでいく横で、隊長の俺は何をしていた?」
「隊員を理解し、導くのが長である者の本分だというのに、俺は……」
「あいつらの抱えていたものを測れないどころか、己の都合を優先して逃げていただけじゃないか……!」
「ジュリウス――」
「――ぐっ……俺だって、帰れるのなら、お前達の元に帰りたい」
「だが、不甲斐なくロミオを失い、”ブラッド”を裏切った俺に、そんな資格は……!」
「ジュリウスっ!!」
ようやく、ジュリウスが我に返る。
彼は目を見開き、顔に自身への驚愕を表した。
「すまない……どうにも、弱気になってしまうな」
取り繕っても、その表情には影が落ちたままだ。
「……これが、お前の聞きたがっていた本音だ」
330 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 01:10:44.16 ID:0GQMf/Jmo
「……そうだね、ありがとう」
本当の彼は、自分を許せない。
家族を求めながら深く知り合えず、助けられなかった自身を悔いている。
守るべき命を救えず、過去に縋るしかなかった、以前の私に似ていた。
「確かにジュリウスとはみんなほど話せてないし、肝心な時は運悪くいなかったかもね」
「でも、それだけでジュリウスが許せないとは思わない」
だから、ジュリウスにも伝えなければならない。
「……何故、そう言える」
「だって、ジュリウスはずっと、"ブラッド"を支えてくれた」
「あなたが公の場で手を回してくれていたからこそ、無茶も出来たんだよ」
私がシエルを助けるために、命令違反を犯した時も。
ナナの”血の力”が暴走し、私達が気落ちしていた時も。
ジュリウスは私達の目に見えない所で、便宜を図ってくれていた。
フライアを内包した本部と通じている間、身動きは取り辛かっただろうに。
「……それに、個人的な話なんだけど」
「あなたが家の事を黙っていてくれなかったら、私もどこかで潰れてたかもしれないし」
331 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 01:16:50.73 ID:0GQMf/Jmo
私がフライアに所属した当初、その素性を知っていたのは、彼やラケル博士と、一部の人間のみ。
わざわざ言いふらしでもしなければ、秘匿するまでもない私の出自を、
ジュリウスは理由も聞かず、守り通してくれていた。
今でこそ、あまり思い出さなくなった程度には意識していない事柄だけど、
その露見が何よりの死活問題だった当時の私にとって、彼の対応はありがたかった。
「……お前が何らかの事情を抱えていたことぐらいは、俺にだってわかる」
「黙っているだけで、何が出来たというわけでもないがな」
「……ううん、ありがとう」
「……ジュリウスが私達に負担をかけないように動いてきたことは、みんなわかってるよ」
「だから、ナナ達も頼って欲しがってたし、ギルも怒ってたんだと思う」
「……お前も、人の事は言えないんじゃないか?」
「ちょっと前まではね……でも、お前が一人でやるには荷が重い、って怒られちゃった」
「そうか……」
私の言葉にジュリウスが苦笑し、夜空を見上げる。
332 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 01:18:02.94 ID:0GQMf/Jmo
「大事にしよう、守ろうと突っ張ってきて、求めた憧憬から最も遠ざかっていたのは、俺自身だったのかもしれないな……」
「……だが、もう後戻りも出来ない」
目を閉じ、息を吐いた彼は、再び私に向き直る。
「……一つだけ、聞かせてくれ……お前が俺なら、どうしていた?」
まだ苦しみを残したジュリウスから、突如投げかけられた問い。
見えない意図に少し悩みつつも、答えるまでに時間はかからなかった。
「私は……私を信じてくれた、みんなと一緒に人々を守りたい」
「だから何があっても、最期まで前に立って戦い抜く道を選ぶ」
「それがロミオと約束した、私なりの、自分にしか出来ない事だと思うから」
333 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 01:26:56.05 ID:0GQMf/Jmo
「……強いな、お前は……いや、強くなったと言うべきか」
「どちらにせよ、俺の目に狂いはなかったようだな」
ジュリウスの表情が、ふっと安らぐ。
「ならば、俺が継ぐべきロミオの遺志は……やはり、今の道を突き詰めることだ」
「だが、その上で……お前達の元に、必ず生きて帰ってみせる」
「……絶望に浸るのは、それからでも遅くないだろう」
再び左拳を握った彼の顔から、苦しみは取り払われていた。
「……まずは、目先の共同戦線だな。ここまで言わせたからには頼むぞ、隊長」
「大丈夫……私もシエル達も、守られる気はないから」
「……言うようにもなったな」
「そうなるように任せてくれたのは、そっちでしょ――」
……明日、一つの因縁に決着がつく。
朧月の下で交わされた、このやりとりが実を結ぶかどうかは、この一戦にかかっている。
334 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/11(金) 01:28:17.55 ID:0GQMf/Jmo
ここまで
335 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/16(水) 23:09:00.20 ID:KsfUajwQo
ジュリウスが抱えてきた葛藤と、私が心に縛りつけてきた妄信。
自然と解決しているかもしれなかった二つを引き裂き、歪ませた直接的な原因は、あのアラガミに集約されていた。
◇
大きな目玉と鬼の顔、虎に戦車に鰐、女神。
昨日に引き続き、相も変わらず押し寄せてくる色とりどりのアラガミ。
とはいえ、その場で斃す分には限りはある。
群れを斬り伏せれば、それは姿を現さざるを得なくなった。
首元から伸びて揺らめく、赤い触手。
発熱器官を内包した、岩のような質感の前腕。
敵対者を射竦めんとする、魔狼の隻眼。
336 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/16(水) 23:22:06.61 ID:KsfUajwQo
私にとって、アラガミは災害のようなものだった。
局所的に食い止める事は出来ても、根絶はまず不可能な、防いでやり過ごすしかない自然現象。
有り体に言えば、"そういうもの"、という印象だった。
だから、神機使いの誇りに燃え、時に理不尽な犠牲に怒り悲しむことはあっても。
それはアラガミそのものに対してであって、その時相手取る個体は、あくまで仕事の対象だった。
ギルの仇討ちに同行した時も、彼に寄り添いたい気持ちの方が強かった。
……だけど、アラガミの所業に逆上した私は、その記憶を垣間見た。
確かにそのアラガミは、統一された思考に縛られた、”そういうもの”だったけど。
そんな思考は一つの方向に先鋭化されていって、捕喰に感情を見出すようになった。
それから、認識は徐々に変わっていった。
何を今更、と思うだろうけど、アラガミは少なからず個の意思を持った、敵なんだ。
ただ人々を蹂躙するだけの力を持った、個人の感情を向けるに値する相手。
だから私は、その名を呼ぶ。
ガルム神属感応種、マルドゥーク。
たとえ、消し去ることが叶わなくとも。
またいつか、異なる姿と名を得て立ちはだかってきたとしても。
こいつはここで、私達が叩き潰す。
337 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/16(水) 23:23:32.72 ID:KsfUajwQo
とりあえずこれだけ
やっぱり戦闘になると筆が止まる……3月中に終わらない……
338 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/24(木) 01:23:13.38 ID:DnK4wTToo
要害の最深部。
アラガミと、それを喰らう者の両者が相まみえる緊張の中、崖上のマルドゥークが天を仰ぎ、咆哮を上げた。
その肉体から立ち昇る赤黒い渦に呼応し、どこに隠れていたのか、アラガミ側の戦力が周囲に展開される。
マルドゥークの原種となる、赤い体毛の狼型アラガミ群が仕掛けるのと、神機兵団が一斉に駆動音を響かせたのは、ほぼ同時だった。
『ガルムは俺が抑える……手筈通り、"ブラッド"は目標に集中しろ』
拠点の設備で"神機兵"を統括するジュリウスから、指示が飛ぶ。
彼自身は二重の意味で戦えない。
代わりに手足となり、アラガミにその身をぶつける"神機兵"を尻目に、私達はようやく同じ地に降り立った敵を見据える。
「……やっと、ここまで来たね」
「……交戦記録の少ないアラガミです。油断しないで」
「したくても出来ねえよ……こいつが相手じゃな」
マルドゥークもまた、迎え撃つべき相手を見定めていた。
静かに怒りを湛え、戦意に漲った3人は、私の言葉を待っている。
「……よし」
339 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/24(木) 01:25:28.09 ID:DnK4wTToo
嘗て同じ相手に脚が竦み、声も出なくなった頃から、どれほど経っただろうか。
私はこうして生き残り、短い間に多くの経験を得てきた。
少し癪だけど、その猶予を私に与えたのは紛れもなく父の言葉で、きっかけとなったのはマルドゥークとの邂逅だ。
「みんな、行こう!」
私の号令で、"ブラッド"は行動を開始する。
まずは銃撃による牽制を交えて敵を誘い込み、三方からの包囲を形成しつつあった私達に対し、
マルドゥークは正面の私を標的に捉え、その陣形を突き崩そうと身を乗り出した。
……眼前の仇は、ただ憎い。
だけど、そもそも私があの時仕留め損なわなければ、一連の事件は起こらなかったかもしれない。
その事件にしても、悔恨の情は未だに残っている。
神機使いとして割り切らなければならない問題だと理解はしていても、当事者である以上、因果関係を感じずにはいられなかった。
少なくとも、慣れてしまってはいけないと思う。
マルドゥークが前腕を覆うガントレット状の硬皮を上下に展開させ、勢いよく横に払う。
飛び上がって躱せば、展開によって露わになった灼熱色の発熱器官が、振り抜いた先で爆発を起こした。
その反動で速度を増した振り払いが、再び私に迫る。
340 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/24(木) 01:27:35.55 ID:DnK4wTToo
……ギルも、似た気持ちだったんだろうか。
というより、実際にその感情を体験してきた身ではあるんだけど。
それに、仇討ちを果たして全てが清算されるわけでもないのは、彼を見ればわかる。
時間は、かかるかもしれない。
けれど、心につなぎとめておくのも。最終的には折り合いをつけて、あっさりと開け放つ場合でも。
それらは時間をかけてしまうほどの価値のある、残された者達が行使できる手段なのだ。
だからこの戦いは、私にとって一種の整理をつけるための儀礼でもあるのだと、そう認識していた。
341 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/24(木) 01:29:21.50 ID:DnK4wTToo
咄嗟に盾で爪先を受け流すと、マルドゥークは3発目の動作に移った。
後ろ脚で立ち上がり、巨体ごと両腕を振り下ろす。
ただ、その標的は私じゃなかった。
「うわっ!?」
振り下ろされた両腕は、マルドゥークが突如側面に胴体を捩じった先の、ナナの元に着弾する。
風圧が直近の彼女をたじろがせるも、アラガミの攻撃はこれに止まらなかった。
抉れた地面から漏れた光が、もう一度爆発を引き起こす。
腕の硬皮に包まれた発熱器官は、ガルム種の武器の一つだ。
そこから瞬間的に発せられる高熱により、マルドゥークは地形と大気に対応した攻撃を可能にしている。
「チッ……!」
盾は展開していた。直撃を受けてはいないはず。
爆風で吹き飛ばされたナナのフォローに、すかさずギルが向かった事を横目で確認しつつ、私は煙の中へと切り込んでいく。
目算で振り下ろした大剣型の神機は閉じた硬皮に喰い込み、マルドゥークに私の接触を気づかせた。
その直後、ヤツの背後からシエルが頭を出し、神機の咢を胴体に噛みつかせる。
342 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/24(木) 01:31:15.22 ID:DnK4wTToo
前後から組みつかれたマルドゥークは短く唸ったかと思えば、即座に片腕を胴体側に引き、
それを軸とする事で、ぐるりとその場で一回転して見せた。
急加速にたまらず引き剥がされるも、私とシエルはそれぞれ反対の地点に危なげなく着地する。
「ナナ、大丈夫?」
『平気ー……ごめん、ちょっと用心します……』
『そっちの”様子”はどうだ』
『腕部への衝撃、胴体への貫通……事前の見立て通り、各部位の肉質はガルムと大きく変わらないようですね』
敵との睨み合いを維持し、私達は無線で情報を交わす。
最適とは一概に言えないまでも、先ほどの攻撃は確かに通っていた。
「乱戦に備え、隊員間の距離を保ちつつ、マルドゥークの包囲を再開します」
「私とナナで脚を封じる間、シエルとギルは、通りやすい胴体に攻撃を集中させて」
343 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/26(土) 01:19:23.90 ID:w5N2qoJOo
言い終わらない内に、マルドゥークが前腕を展開し、掌に接した地面を溶かす。
沸き立つマグマは片腕でかき上げられ、火球となって私の方へ打ち出された。
腰を捻り、踵を敵に向ける形で一歩踏み出した私は、背に掛けた盾でこれを受け止める。
火球が接触した瞬間、私の感応波に共振した神機のコアから、青白く夥しいオラクルの糸が姿を現した。
伸びた糸はまだ形を残していた火球を絡め取り、寄り集まって同色の球体へと形を変える。
「カウンターっ!」
機を見た私は、振り上げた刀身でそれをマルドゥークへと打ち返した。
オラクル光弾に転換された火球は敵の意表を突き、既に前進を始めた腕に直撃する。
それでも、マルドゥークは止まらない。
合流したシエルとギルの援護射撃を潜り抜けると、両手足を一際大きく沈ませ、弾むように肉体を浮かべた。
344 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/26(土) 01:21:40.58 ID:w5N2qoJOo
慣性のまま落ちてくるそれを迎え撃とうと、私達は三方で神機を構える。
しかしながら、ヤツもただで降りるつもりはなかった。
私との接触の直前、敵は空中で爆発を起こし、目の眩んだ私を通り越しつつも弧を描く。
背後を取ったマルドゥークは着地した後、一足飛びで私の元へ戻ってきていた。
発熱器官も脅威だけど、それと同等に恐ろしいのが、能力の応用に追従できるガルム種の身体機能だ。
ただでさえ厄介なその2つの武器を、マルドゥークはより引き上げられた力で振るっていた。
……だけどそれは、アラガミ側に限った話じゃない。
こちらだって、曲がりなりにも”ブラッド”なのだ。
振り向いた私と、繰り出された巨腕の貫手との間に、一つの影が割って入る。
確信を持って見ればそこには、大槌のみで敵の攻撃を受ける、ナナの姿があった。
「さっきはよくもぉ……」
爪と面が競り合った状態のまま、ナナは器用に面の方向を変えていく。
最終的に上を向いた槌の面は、彼女の地力と気迫によって、じりじりと爪を押し上げていった。
この怪力には、オラクル細胞の活性化により、底上げされた分も乗っている。
マルドゥークの意識が私に向いている間、ナナはシエルから捕喰弾を受け取っていた。
345 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/26(土) 01:24:39.32 ID:w5N2qoJOo
「やってくれた、なぁっ!!」
ブースト機能を点火させた槌にかち上げられ、腕を浮かせたマルドゥークが怯む。
その隙に神機を変形させ、ナナは銃口を上に向けた。
「どかぁーんっ!!」
至近距離で放たれた轟音は標的に吸い込まれ、強固に繋がれた、硬皮の細胞結合を断裂させる。
"徹甲弾"の"ブラッドバレット"。
近接銃を主に扱うナナのために、私やシエルが作成を手伝ったバレットの一つだった。
続くシエルとギルも、呻くマルドゥークの胴体へ銃撃を集中させる。
最後に踏み込んだ私は、先ほどカウンターを浴びせた箇所に見当をつけ、逆袈裟に大剣を叩き付けた。
シエルの分析通り、こいつの硬皮は衝撃に弱く、大剣型神機の性質も剣というよりかは、槌型のそれに近い。
属性の合致した一撃は響き、そこに”ブラッドアーツ”を乗せて閃かせたことで、硬皮は内包する器官ごと引き裂かれた。
346 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/26(土) 01:27:10.85 ID:w5N2qoJOo
両腕に裂傷を作ったマルドゥークが、私達から数歩分の距離を取る。
その足取りは先ほどまでに比べ、明らかに鈍くなっていた。
熱の操作にしても、少なくとも自由には行えないはずだ。
だけど、追撃に移ろうと構えたところで、私達は異変を感知する。
締め付けられるような圧迫感。
うねる空気。
目に見えないそれは、私達の歩みを止める。
『何……?』
拠点のジュリウスにも届いた感覚の性質は、ただ攻撃的で、刺々しい。
でも、根本的な部分が、似ていた。
「隊長、こいつは……!」
"ブラッド"のみが直に感じ得る、大きな力場。
『マルドゥークの偏食場パルス値、異常な増大を確認!これは――』
オペレーターがダメ押しとばかりに叩きつける、偏食場パルスの反応。
今一度、天を仰いで咆哮を上げる、赤触狼が発したのは。
「……血の、力……?」
347 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/26(土) 01:31:30.30 ID:w5N2qoJOo
ここまで
二重引用符の表記ミスはもうスルーしといてください…
348 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:21:30.07 ID:1CHoKoAWo
赤黒い渦が昇る。
『くっ……!?』
異変は、戦場にも形を現し始めた。
ガルムの群れが、ほぼ膠着状態にあった神機兵団を圧し始めたのだ。
『周囲のアラガミが一斉に活性化!?そんな……!』
『……発信源は、活性化したマルドゥークのようですね』
狼狽えるオペレーターに、努めて冷静に応えるシエルの表情は引き攣っていた。
彼女の“直覚”は、より正確に戦況を捉え、より明確に異状を察知している。
……アラガミからこの感覚を得るのは、初めての事だった。
"感応種"という括りで考えても、今まで活性化に至った相手は少なくない。
それが、何で今になって。
敵は考える暇を与えない。
怒る肩に押さえつけられたマルドゥークの両腕は、尚も灼熱を灯そうとしていた。
その光量が増すごとに、表面の裂け目は広がっていく。
もはや制御も出来ず、ただ負荷を蓄えるだけの暴挙を、マルドゥークはあえて断行していた。
むしろ、自身の決壊を待つかのように、足元のみならず、周囲の地表までも煮えたぎらせる。
349 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:24:09.46 ID:1CHoKoAWo
「なに、アレ……」
「野郎、自爆するつもりか……!」
もはや攻撃を加えたところで、大人しくなってくれるような規模ではない。
先ほどとはまた違った、異様な緊迫感に呑まれる"ブラッド"を前に、マルドゥークが両腕を振り上げた。
「防いでっ!」
再び地面に接した腕が輝き、最初にマルドゥークを包んだ。
行き場を失った光は地を削り、"ブラッド"や神機兵団、果てはガルムまでも飲み込もうとしていた。
地面に深々と刀身を突き立て、展開させた盾は赤熱化し、抑える手にも刺すような痛みを与える。
光と風が止み、目を開けば、周辺の山地は、すっかり平野に変えられてしまっていた。
煙に覆われ、奥はまだよく見えない。
『――皆さん、無事ですか!?』
「はい……何とか。みんなは?」
『……任務の続行には、支障ありません』
『熱いし痛いし周りもよく見えないけど、私も大丈夫!』
『問題ない』
350 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:25:58.75 ID:1CHoKoAWo
私達の距離も、随分離されてしまっていた。
神機兵団からの返事はまだないけど、マルドゥークがここにアラガミを呼び寄せている限り、拠点のジュリウスは無事だろう。
万が一の事態に備え、スタッフの護衛も兼ねた"神機兵"が配備されているはずだ。
「とりあえず、"ブラッド"だけでも合流しよう……シエル、位置分かる?」
『はい。"直覚"で皆さんの誘導を――!?』
『――ギル!後ろっ!』
『な――ぐうっ!?――』
通信が途切れ、代わりに鈍い音を後方で聴き取る。
振り返って煙を払い、凝らした私の目は、仰向けに倒れ込むギルの姿を捉えた。
さらに奥を見やれば、息も荒く、ガルムが彼に迫っている。
「ギルっ!!」
これがマルドゥークの狙いか。
叫び、駆け出した私にも影が下りた。
351 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:28:26.95 ID:1CHoKoAWo
「邪魔……しないで!」
それもガルムであると確認するまでもなく、叩きつけられた巨腕に飛び乗った私は、
怒りのまま、変形させた神機でアラガミの頭部を撃ち抜く。
再び向こうに視線をやると、ガルムはギルの間近にまで迫っていた。
ギルも不意打ちからようやく体を起こしかけているけど、間に合いそうにない。
咄嗟に向けた私の銃口も横合いから現われたガルムに遮られ、目を見開いた、その時。
鉄の腕が、ギルの前に立ち塞がった。
『……どこで油売ってやがった』
『……爆発の影響で、しばらく操作系統に障害が出ていた』
『遅れを取ったが、同じ轍は踏まん』
2体目のガルムを切り払った私の前にも、"神機兵"が加勢に現われる。
攻撃を防いだギル側の"神機兵"も、返す刀でアラガミを怯ませてみせた。
『……今は、お前達の手を取る事はできない』
『己の力で、立ち上がってみせろ』
『……へっ、言われるまでもねえ!』
煙が晴れる。
立ち上がったギルの無事を視認し、安堵した私の元には、"神機兵"を伴ったシエルとナナも駆けつけようとしていた。
352 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:29:56.54 ID:1CHoKoAWo
「隊長!」
「ギルは!?……はぁ、よかったぁー……」
大破したものを除いた残りの"神機兵"も合流した私達に対し、退いたガルムの残りもまた、一箇所に寄り集まる。
その中心にあったのは、欠けた両腕で巨躯を支える、マルドゥークの姿だった。
光を失った断面は黒ずみ、本体も自爆の影響で幾らか損傷を受けている。
『使役できるアラガミは、あれが最後のようだな……こちらにも反応はない』
「……あの状態では、逃げることも出来ないはずです」
「……ってことは、もうひと踏ん張りだねー」
「まずは露払いだ……やるぞ、隊長」
「うん……!」
マルドゥークが吼え、共鳴したガルムが一斉に襲い来る。
353 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:32:03.00 ID:1CHoKoAWo
ここまで来れば、長くはかからなかった。
互いにガルムから得た捕喰弾を受け渡しつつも、"ブラッド"と神機兵団は群れを物ともせずに撃破していく。
最後に残るマルドゥークも、こちらの攻撃の前に身動きも取れず、遂に地面に突っ伏した。
そのマルドゥークの真正面で、私は腰を落とし、振りかぶる形で大剣を構える。
昂ぶる戦意で神機の柄を握り込めば、刀身の根元から青白い光が迸った。
渦巻く奔流はやがて形を成し、巨大なオラクルの刃となる。
嘗て自身が負わせた傷を眼に刻み、憎々しげに貌を歪める仇を前にして、様々な感情が去来する。
それらを断ち切るように、渾身の力で振り下ろされた刃は、マルドゥークの巨体を真っ二つに斬り裂いた。
コアを残し、器官や肉を模していた細胞が空気中に霧散する。
一つの因縁は、ひとまずの決着を見た。
354 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:34:47.49 ID:1CHoKoAWo
◇
「――片がついたな」
仇討ちかつ、極東とフライアの共同作戦を終えた私達とジュリウスは、改めて顔を向き合わせる。
「お前の求めているもの、見せてもらった……今回ばかりは、"神機兵"に助けられたな」
「“ブラッド”だけじゃ、マルドゥークまでたどり着けなかったしね」
「だが、不備もあった……現時点では、サポートの立場に甘んじるほかない」
「……"ブラッド"も、俺がいた頃より巧みになったな」
「当然だ、上がいいからな」
「ううん、凄いのはみんなで……」
「おいおい、こういう時ぐらい自慢させろよ」
「フッ……」
ギルに茶化される私を見て、ジュリウスが軽く笑う。
周りも微笑みはするけど、その面持ちは、晴れやかとは言い難かった。
互いを認め合ってもどこか寂しいのは、この場にいる誰もが、嘗ての仲間との別れを想定しているからだ。
355 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:43:42.64 ID:1CHoKoAWo
「……あの、ジュリウス」
その核心を、シエルが突く。
「やはり私達では、力になれませんか……?」
以前の私と、同じ問い。
その想いを抱くのは、彼女だけには限らないだろうけど。
「シエル」
切り出したシエルの肩に手を置き、振り向く彼女の瞳を見据えた私は、頭を振った。
今の"ブラッド"の中で、配属以前からジュリウスと面識があったのはシエルだけだ。
実際の親交はどうあれ、こうして彼が離れてしまえば、特別気持ちも強くなるだろう。
けれど、ジュリウスは既に決断している。
何を斃すだとか、助けに行くだとか、そんな明確な問題でもなくて。
私達が動けるとしたら、それは彼が道を踏み外してしまった時だけだ。
――"……俺だって、帰れるのなら、お前達の元に帰りたい"
"だが、不甲斐なくロミオを失い、ブラッドを裏切った俺に、そんな資格は……!"――
ジュリウスを蝕む病、吐き出された彼の本心。
そこまで知ったからこそ、尚更同じ道に引き戻したくはない。
356 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:46:10.41 ID:1CHoKoAWo
「……先に、フライアに帰投させてもらう」
「マルドゥークの事もある……コアの解析は極東に預けるが、"血の力"の第一人者はこちらにいるのでな」
そこまで言うと、ジュリウスは私達に背を向ける。
だけど、彼はその場から動かなかった。
「……いつかまた、お前達と交わることもあるだろう」
「その時は、よろしく頼む」
今度こそ、ジュリウスが歩み出す。
心だけでも、共にありたい。
私の意志は、ジュリウスに届いただろうか。
出された問いに、満足のいく解は見出せただろうか。
昨夜の彼の言葉を信じるならば、私もまた、託された居場所を守らなければならない。
「ねぇ、今のって……」
「えぇ……私達も、"神機兵"に負けてはいられませんね」
「……"元通りになれなくても、前に進める"、ってな」
答えが出るのは、もっと先の話だ。
決意を新たにする友の傍らで、私は改めて隊長としての覚悟を固めようとしていた。
357 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/30(水) 00:48:35.63 ID:1CHoKoAWo
朧月の咆哮編終了
4月以降はこれ以上にゆっくりな更新になると思いますが、とりあえず完結はさせます
358 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/30(水) 16:40:11.46 ID:8mzWaPZd0
http://imgur.com/vNClUrs.png
http://imgur.com/Ld7y9YS.png
http://imgur.com/sUs4KnH.png
http://imgur.com/Cmzvki7.png
http://imgur.com/ahUYAOD.png
http://imgur.com/gQvFwK9.png
359 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/31(木) 17:36:36.17 ID:6E3/K4BeO
最近ゴッドイーターを始めた俺にタイムリーなスレ
頑張ってください
面白いので支援
360 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 12:30:34.49 ID:sXugDQCbo
>>359
ありがたい…
投下します
361 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 12:32:25.09 ID:sXugDQCbo
◇
「――ロミオ先輩。先輩の仇、取ってきたよ」
そう墓碑に語りかけるナナの後ろで、私達3人は各々の思いを馳せる。
遠征作戦の後日、一人のフライア職員が"アナグラ"を訪れた。
"区画を限定した上で、あなた方の入場を許可します"
という旨を事務的に語った彼は、私達をフライアへと誘う。
私達が見られる範囲でのフライアは、以前とほとんど変わらない。
ただ、妙に静かだった。
元々、ここは極東ほど騒がしい場所じゃない。
だけど、今のフライアにはどこか居心地の悪い、異質な静けさがあった。
目にする職員の硬い表情も、心なしか不信を押し殺しているかのように感じられる。
直感に過ぎない懐疑心を抱いたまま、"ブラッド"が通されたのは、今や鎮魂の場となった、高層庭園だった。
362 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 12:33:23.03 ID:sXugDQCbo
私達が行き来を許されたのは、ここと中継地のロビーのみ。
区画どころか、一室でしかない厳重ぶりだ。
けれど、その分、このような形にしてまで私達を通したがったのが誰なのか、察しはつく。
その誰かに報いるためにも、私達は少しの間、疑念を忘れることにした。
どのみち、"ブラッド"だけの立場ではどうにもならない領域の事柄なのだ。
今はただ、ここで眠る命を背負い直す。
「……あれ、この花――」
墓前には、一輪の花が添えられていた。
363 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 12:42:25.16 ID:sXugDQCbo
7
何もかも、都合よくは出来ていない。
特に明確な人類の敵を抱えた現代で、それは自然と身につく認識ではあると思うけど。
自分とその周囲は不思議と上手くいく、なんて思ってしまうのもまた、人間の悪い癖で。
予感はあれど、私も例に漏れず、知らない内に錯覚していた一人だ。
そう思い知る発端は、サツキさんの訪問にあった。
「すいませんね、こんな時間に」
その日の私は、任務を終え、エリナの買い物に付き合った後、ハルさんからの誘いを受けた帰りだった。
期せずして、互いに復讐者を身近に持つことになった気持ちの共有や、グラスゴー時代のハルさん達の話。
私は酒も飲めず、ほとんど聞き役に徹していたけど、
会話の中で改めてロミオへの整理がつけられた事も含め、有意義な時間だったように思う。
それだけに眠気も勝ってきた夜の道程、私の部屋の前で待ち構えていたのが、サツキさんだった。
364 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 12:55:04.26 ID:sXugDQCbo
「ま、こういうタイミングでもなきゃ都合もつかないのが神機使いって認識なんで、そこは大目に見てくださいねー」
そう開き直りつつ、サツキさんは通された部屋のベッドに遠慮なく腰掛ける。
正直言って、私は彼女が少し苦手だった。
別に、性格が嫌いなわけじゃない。
遠慮のない発言に関しても、自分の立場から考えさせられる事はある。
ただ、彼女のように、悪意も好意も明け透けな人物に対して、耐性がないのだ。
そのサツキさんが、一転して神妙な口調で仕切り直す。
「……うちのユノがね、アスナちゃん……あなたも、会ったことありますよね……その子に、フライアまで会いに行ったんですよ」
「えっ……でも、アスナちゃんにはメールしたって」
アスナちゃんは、サテライトの野戦病院にいた、"黒蛛病"患者の少女だ。
ユノが足繁くサテライトの慰問に通うようになって以来、彼女とは特別親しい間柄だったらしく、
私もアスナちゃんが"アナグラ"にいた頃には、何度か彼女の話し相手になっている。
"黒蛛病"患者達がフライアに収容されて以降、向こう側からの連絡もない現状は、ユノにとっても気がかりになっていた。
365 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 12:57:07.00 ID:sXugDQCbo
「そうなんですけど、結局代理の返信すらなくて。だったら直接会いに行けばいいんだって、ユノがはりきっちゃったんですよ」
「そしたら、ラケル博士、でしたっけ……あの人がどうしても会わせてくれなかったんですよねー」
「んで、慰問はおろか、メールの使用も禁止。要するに、外部からの接触が全くできないんです」
「感染予防って話ですけど、なんか色々おかしいなー、と思いましてね」
少し前に訪れた、フライアの不穏な空気を思い出す。
あの日、結局ジュリウスやラケル博士の姿を見ることはなかった。
病と使命のあるジュリウスはともかく、ラケル博士は"黒蛛病"患者の受け入れを境に、不自然なほど表に顔を見せなくなっている。
彼女への恩義を踏まえれば、疑うべきではないとは思うけど。
……未だに信用しきれていないのもまた、主観の範疇だった。
「……それで、どうして私に?」
「いやね、あなた達"ブラッド"だって元々はフライアの所属じゃないですか……たとえ、今は捨てられた身でもね」
「中でも人たらしのあなたなら、誰か信頼の置ける方を知ってるんじゃないかと思いまして」
366 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 12:59:34.91 ID:sXugDQCbo
「誑し込んだ覚えはありませんけど……」
「あらま、ここの言語に堪能なんですねー……まあ、褒め言葉ってことで」
「ちなみにジュリウスさんには真っ先に連絡したんですけど、向こうが出てくれなくって……他の人で、お願いします」
ジュリウスは、"黒蛛病"患者達の現状を知らない。
ラケル博士が彼に報告できるだけの進捗状況ではなかったのだろうと、あの時は解釈していた。
だけど、今の私の心理ではこれも、懐疑の燃料になってしまっている。
その上、この問題に関しては末端に位置するジュリウスにまで連絡がつかないとなると、不安はより強まっていた。
「あ、その人に迷惑をかけるつもりはないのでご心配なく!かるーく、取材させていただくだけですから」
恐らく、私を含めた極東支部の人間では、情報の開示どころか、接触もままならない。
こちら側でそれを打開できるのは、あくまで無関係の立場を装える、サツキさんだけだ。
「……ユノの、ためですか」
「はい?」
「あなたの立場でも……いや、市民なら尚更、リスクはあるはずです」
「とても自分のためだけじゃ、出来ない事だと思って」
367 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 13:06:05.04 ID:sXugDQCbo
「……こっちで先に手を打っとかないと、あの子はすぐ暴走しちゃいますからねー」
「それに、多少は危ない橋渡らないと、ジャーナリストとは言えませんよ」
何でもないように言い放つサツキさんの目は、笑っていなかった。
この疑惑の内実によっては、ユノの不安だけでなく、フライアに収容されているサテライト市民の命がかかった事態にもなりかねない。
その究明にかける彼女の覚悟は、私が問い質すまでもなく、決まり切っていた。
「……一人、心当たりがあります」
私も、真相を確かめたい一人だ。
己の想いも預ける形で、私はサツキさんに応える。
フラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュ。
特徴的なフルネームの彼女は、フライアに所属する16歳のオペレーターだ。
"ブラッド"がフライアにいた時期、フランの少ない経験ながらも優秀な手腕には、私達も世話になっていた。
無駄のない立ち振る舞いと切れ長な目つきから、一見して冷徹な印象を与えるフランではあるけど、
真摯に自分の仕事と向き合い、常に仲間を気遣える彼女の人柄は、十分信頼に足るものだと言える。
「――なるほどねー、突破口はそのフラン某さんですか……」
私からの情報を聞いたサツキさんは、少し考え込むような仕草で顎に手を添える。
368 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 13:09:06.35 ID:sXugDQCbo
「……よし!そうと決まれば今すぐ準備!」
かと思えば、彼女は勢いよく立ち上がった。
「情報感謝します、お邪魔でしたっ!」
挨拶もそこそこに、サツキさんは駆けていく。
「……あ、そうだ」
目まぐるしさに唖然としていると、彼女は開いた扉の先で急停止した。
「フェンリルもフライアもやり方が気に入りませんけど、ここの方々とあなた達は嫌いじゃないですよ」
「それだけ言っときたかったんです。じゃ!」
私が言いかける前に、サツキさんは見えなくなってしまう。
彼女なりに、以前の発言を気にしていたんだろうか。
意外な気遣いが心に沁みる一方で、少し複雑でもあった。
最もその言葉を伝えられるべき人物は、もう"アナグラ"にはいない。
369 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/10(日) 13:11:32.62 ID:sXugDQCbo
ここまで
ジュリウスが突然一人相撲とか言い出してたのはアレです、きっと彼も色々勉強してたんです
370 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/18(月) 00:53:08.35 ID:+KNnI7jio
◇
「――そういえばさー」
「うん」
「今の"ブラッド"って、女の子ばっかりだよね」
「確かに、比率は偏っていますね」
「それがどうしたんだ」
「色々大変なんじゃないかって。ギルが」
「……もう慣れたよ。別に、部屋まで共有してるわけでもないしな」
「そっかー……あ、誰か気になる子とかいないの?」
「何でそうなる」
「えーっと、何かこう……女の子っぽい話?みたいな」
「私達だけでいる時も、そういう話はあまりしませんけど……」
「外部居住区でこんな話を聞いたとか、アーカイブスでどんな番組を見たとか、そんな話ばっかりだよね」
「俺がいる時とそう変わらないな」
371 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/18(月) 01:05:17.59 ID:+KNnI7jio
「……ギル!女の子らしさって何!?」
「俺に聞くな……ん?隊長、上着の裾、解れてきてないか」
「え?あ……さっきの攻撃で巻き込まれちゃったのかな」
「貸せ。繊維素材のストックはあるから、縫っといてやる」
「いいよ、これぐらいは自分で……」
「どうせ忙しさにかまけて忘れちまうだろ、ほら」
「うっ……あ、ありがと」
「……ギルは女子っぽい、というか」
「お母さんみたい、ですね」
……取り留めのない会話も挟みつつ、サツキさんの訪問から少し経った、ある日。
彼女からの報告を待つ私と"ブラッド"に、遭難者の救援任務が発行された。
幸い、"赤い雨"は予報も出ていない。
私達はいち早く周辺のアラガミを退け、救難信号の発信元に向かう。
372 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/18(月) 01:08:15.39 ID:+KNnI7jio
遭難者は1人。
アラガミから逃げる過程で、あちこちに擦り傷を作ってはいるけど、容態に影響はないようだった。
通常なら、このまま彼女を伴って"アナグラ"まで帰投すれば、この任務は終了する。
だけど、それを私達に躊躇させたのは、彼女の存在だった。
「――どうしよう、とりあえずフライアに連絡した方が」
「いいえ、やめて頂戴」
困惑の中、ひとまず切り出されたナナの提案を、彼女は強い口調で制止する。
「極東支部の……支部長に会わせてください」
「フェンリル幹部職員としての処遇と、身柄の保護を求めます」
代わりに毅然とした態度で答えた女性は、本来フライアにいるはずの人間だ。
それも、前線で活躍を続ける"神機兵"を始め、フライアの開発部門を総括する立場にいた彼女が、なぜ。
「……話は戻ってからにした方がいいな、隊長」
予兆や前触れという言葉は既に、ふさわしい言葉ではなくなっている。
ここでのレア博士の登場は、フライアの異変を如実に表していた。
373 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/18(月) 01:10:42.60 ID:+KNnI7jio
短いけどここまで
出来るだけ週一、よくて週二ペースでいけるといいな…
374 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/22(金) 16:04:25.07 ID:cKrGBv0ko
がんばれ
375 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/24(日) 23:12:29.14 ID:ueelxhzRo
がんばる
376 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/24(日) 23:14:02.17 ID:ueelxhzRo
◇
整った赤い髪に、香水の甘ったるい匂い。
制服に白衣を羽織ったその肢体は、過度な露出もないまま色香を醸し出し、
挑発的とも取れる、余裕に満ちた瞳には、絶えず微笑を飾り付けている。
大人の女性。
それが語彙に乏しい私から見た、普段のレア博士の印象だった。
けれど、救助後に"アナグラ"の病室に収容された彼女の姿は、随分と様変わりしていた。
「――まさか貴方達に、頼る事になるなんてね」
乱れた髪に、落ち窪んだ目元が美貌を損なわせ、揺れる瞳は定まらない。
折れ曲がった背筋は、誰かに許しを請うかのようだった。
"ブラッド"がフライアから切り離されて以降、レア博士の姿を見たのは、これが初めてではない。
377 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/24(日) 23:16:31.31 ID:ueelxhzRo
先の大規模作戦で起きた、"神機兵"の機能停止騒ぎ。
その全責任を取らされる形で処分されたクジョウ博士に代わり、
レア博士は正式に、反目していた無人制御思想の指揮を執ることとなった。
"神機兵"研究の第一人者として、彼女は名誉回復の意味でも"朧月の咆哮"作戦に参加していて、私達もそこで顔を合わせている。
ここまでの経緯もあってか、当時の彼女の佇まいには気苦労も見られたものの、今のような消耗ぶりは見せていなかった。
病室への面会に私とシエルを通したヤエから言わせれば、レア博士の様子はこれでも落ち着いた方なのだという。
憔悴の理由は今から聞き出すところだけど、今のレア博士にとって、保護時のあの態度と言動は精一杯の虚勢だったのかもしれない。
「レア先生……」
「やめて、シエル」
「もう、"先生"なんて呼ばれる資格はない……こんなことになったのは、私のせい……」
彼女への面会を許されたのは、私とシエルだけだった。
隊長の私はともかく、シエルの同行は他ならぬレア博士が指定した条件だ。
マグノリア=コンパス時代からレア博士はシエルと近しい関係にあったようで、
シエルがフライアに配属されたばかりの頃も、レア博士は"ブラッド"に馴染めない彼女を気にかけていた。
378 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/04/24(日) 23:17:50.88 ID:ueelxhzRo
そのシエルを前にしてか、レア博士もいくらか調子を取り戻してはいるようだけど、その瞳は曇ったままだ。
「……ジュリウスと"神機兵"の活躍、聞いているでしょう?それを可能にしたラケル……」
「フライアはもう、彼らのものよ」
「私が逃げ出したところで、誰も追いかけてこなかった……ただ、アラガミに襲われただけでね……」
俯いた彼女はこちらを向くことすらなく、語り始める。
「先生の話では、ジュリウスとラケル先生がフライアを私物化しているような印象ですが」
「現に"神機兵"がアラガミを掃討している以上、悪いことではないわ……でも、私は……」
「"神機兵"にアクセスできず、研究棟にも入れない……パージされたの……研究者としても、姉としても……!」
「……それでは、フライアの内部については、レア博士もわからない……ということでしょうか」
「そういうことになるかしらね……ラケルが、全てを……」
「いえ!そうじゃないわ……いい子なの、ラケルは!……私達、仲が良かったし……!」
「悪いのは全て私で、あの子は何も――」
379 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/05/02(月) 01:10:11.37 ID:KF4YG9vao
両手で顔を覆い、レア博士が言葉を打ち切る。
……少し、気を急いてしまったらしい。
私の追及を引き金に取り乱し始めたレア博士は、間違いなくラケル博士にまつわる何かを握っている。
それが今の状況につながるかは別として、まずは彼女を落ち着かせなければならない。
「……少し、整理が必要ですね」
そう呟くシエルに頷いた私は、彼女にこの尋問の主導権を預けることにした。
レア博士から情報を引き出すにはシエルが適任だ、と判断したのもあるけど。
この時点で焦れてきている私では、余計に事態を混乱させてしまうのでは、という危惧もあった。
「あの、レア先生……私達に何か、お手伝いできることはないでしょうか……?」
「まだ、先生と呼んでくれるのね……全ての原因は、私なのに」
「原因……というのも、聞いてみないことにはわかりませんから」
「それに、幼い頃から教わってきた私にとって……先生はいつまでも先生なんです」
面を上げ、初めてこちら側にレア博士の顔が向く。
見開かれた目でしばらくシエルを見つめ、視線を戻した彼女は、少しの逡巡の後、耐えかねたかのように口を切った。
「……これは、昔話よ」
380 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/05/02(月) 01:11:47.68 ID:KF4YG9vao
キリよく区切れなかったのでとりあえずこれだけ
次回は水曜か木曜に投下します
381 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/02(月) 01:28:23.03 ID:Ci8gF9PDO
GE2RBのトコロン目指し今も頑張ってる俺
やっぱキャラは女だよな
382 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/05/06(金) 00:41:46.80 ID:q3Mx+MdFo
RBのトロコン…おしゃれ神喰い見つけた人は凄いと思う
GEは女主寄りだけど毎回男女一週ずつはやるようにしてます…新作はよ…
休日中にほとんど進まなかったのでやっぱり土日に投下します
予告破ってばっかで申し訳ない
383 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/06(金) 01:01:28.65 ID:RTWULlQNO
トロコン目指してたが挫折
なんだよ衣装400種とか…
384 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/05/09(月) 00:38:30.87 ID:xCZG2UL5o
>>383
み、店売り素材と上位素材の下位変換でなんとか…
385 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/05/09(月) 00:44:41.19 ID:xCZG2UL5o
◇
彼女が父に憧れ、科学者を志す少女だった頃、彼女は妹が嫌いだった。
滅多に喋らなくて、こちらが何を言っても手応えがなくて、そのくせ、身に覚えのないことで笑ってきて。
そんな妹の態度が不気味で、癇に障って、苛立ちをぶつけてしまうことも珍しくなかった。
あの日も、いつもの調子で。
黙って彼女の人形を持ち出して、怒っても素知らぬ顔で、終いには薄ら笑いまで浮かべてきたから。
我を忘れた彼女は、下り階段を背にした妹を突き飛ばしてしまった。
妹は半身不随の重傷を負いながらも、何とか一命を取り留めた。
その少し後、彼女が父から聞いた話によれば、妹の治療にはある特殊な措置が施されたのだという。
P73偏食因子。
人体の細胞を"オラクル細胞"に変質させ、驚異的な身体能力の向上と捕喰への抵抗性を与える、アラガミへの最古の対抗手段。
21年前、フェンリルのアラガミ総合研究所で開発されたそれは、現在用いられる"偏食因子"の実用化に大きく貢献した祖とも言える。
当時の開発段階では、ほぼアラガミの"オラクル細胞"そのものであったP73偏食因子は、人体への投与に適さなかった。
事実、"マーナガルム計画"の一環として行われた転写実験では"オラクル細胞"の暴発捕喰を引き起こし、
母体を介して、胎児段階で投与を施された被験者の子と、予め防衛手段を持っていたその父のみが生き残る結果となっている。
386 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/05/09(月) 00:47:31.71 ID:xCZG2UL5o
それだけのリスクが伴う上、前例のない後天的な投与でもあったにも関わらず、
彼女達姉妹の父は"オラクル細胞"の回復力に賭け、娘の治療を断行した。
結果として、妹の命は繋ぎ止められたものの、当時の彼女にとって、その過程はどうでもよかった。
一度失いかけた事で妹への感情が裏返って、犯した罪への償いで頭がいっぱいになって。
お人形も、大好きなお菓子も、自分自身までも。
彼女は全て、妹に捧げることを目の前で誓った。
事故を境に饒舌になった妹は快く彼女を赦して、姉妹の関係は変化した。
それからしばらくの間は、仲良くお喋りしたり、一緒に父への誕生日プレゼントを考えたり、幸せだった、と彼女は言う。
けれど、いつしか彼女は、妹の素顔を見ていない事に気づいた。
思えば事故の前から、妹が感情を露わにした場面を見たことがない。
その機会はあったかもしれないし、今でも実際、穏やかに微笑えんではいるけれど。
妹はどんな笑顔をしていただろうか。
どのように悲しんで、どう怒っていたのだろう。
以前よりずっと近くにいるはずなのに、靄がかかったように、何も思い出せない。
387 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/05/09(月) 00:55:44.43 ID:xCZG2UL5o
それでも、彼女は不安を口には出さなかった。
いや、出せなかった。
罪と誓いが枷になって、つながれた鎖の主は雲の上から、いつまでも彼女を見下ろし続けている。
その図式を打ち崩したところで、改めて喪失感に押し潰されるのは、妹の方ではない。
彼女が逆らえないことを意識するようになった頃、妹も次第に、躊躇なく彼女を利用するようになった。
姉妹が共に科学者となった後も、その関係は変わらない。
それどころか、妹は父の"神機兵"思想の実現とは別の思惑で、後ろ暗い研究に手を出すようになっていた。
孤児院の運営を隠れ蓑に、片端から子供達を引き取っては、不自然な速度で、どことも知れぬ里親の元へ送られていく。
妹が地下の一室で何を繰り返していたかなんて、知りようがなかったし、聞きたくもない。
当然、口封じには彼女が使われて、気がつけば妹はフェンリル本部と繋がりを持つようになった。
もう誰も、妹に口を挟む者はいない。
唯一、真っ向から妹を咎めた父も、アラガミに殺されたことになった。
彼女はただ、目を瞑るだけ。
388 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/05/09(月) 01:00:38.63 ID:xCZG2UL5o
ここまで
まずエロくはないけどほんの少しグロい気はするしどうなんでしょう
もし移転になったらあっちでまたよろしくお願いします
389 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/09(月) 01:16:44.46 ID:jUVgQYulO
乙
衣装作るのに同じような素材ばかり使う
しかも拾わなきゃいけないから面倒
下位チケットがすぐ尽きる
ちょっとー衣装トロフィーとか酷くないですか?バンナムさん…
390 :
◆6QfWz14LJM
[sage]:2016/05/30(月) 00:48:59.15 ID:aUbbOCYLo
リアルの色々とGE離れで滞ってるので報告だけ
出来れば来週には投下します
391 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/06/20(月) 00:55:16.14 ID:7u8uPzXLo
◇
少しずつ、レア博士が落ち着けるだけの時間を見計らって、私達は彼女の聞き役になった。
全ての原因。
彼女らの家庭を歪めたのは姉の過失であり、父の驕りであり、妹の身に起きた奇跡だった。
"神機の適合率が高いと、稀に人格に影響を及ぼすことがある、という噂を聞いたことがあるけど、そのためなのかもしれない。"
――レア博士が語った一切は、これまで公にされてこなかった事なのだろう。
28という彼女の年齢から考えれば、当時ひとまずの成功例となった"偏食因子"は、P72偏食因子のみのはずだ。
それも、"マーナガルム計画"からそれほど時間は経っていない。
本部が関与していないとも思えないけど、もし公表されている事柄なら、ラケル博士の立場は現在とは異なったものになっているはずだ。
……又聞き程度とはいえ、"マーナガルム計画"で産み落とされた赤子が何と揶揄されていたか、私は知っている。
392 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/06/20(月) 00:58:24.76 ID:7u8uPzXLo
人間の所業ではない。
姉妹の父がラケル博士に詰め寄った際、彼女の繰り返していた実験を指して言い放った言葉らしい。
"血の力を初めとした強力さもこれで納得がいかないわけでもないけど、
その理論をこうして再現するまでに、どれほどの試行錯誤が重ねられたのであろうか。"
――レア博士は言葉を濁していたけど、その内容も見当はつく。
記録にない犠牲の上に立っているのは、他でもない。
私達の身に宿った、都合のいい程に強大な力なのだ。
確かに、人間がやっていいことじゃない。
だけどそれは、娘を救おうとした父の行為も同様だった。
彼自らが動いた背景には、贖罪の意もあったのだろうか。
今となっては、知る由もない。
393 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/21(火) 09:43:23.02 ID:xzNS4ef60
乙
394 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/04(月) 00:52:14.40 ID:aKA3ejTTo
「――ずばり、フライアにおいて、患者の治療は行われていない……としか、思えない」
レア博士の言葉を待つ期間と並行して、"アナグラ"にはサツキさんも帰ってきていた。
"アナグラ"内の指定の場所に呼び出された私は、そこで彼女の取材結果を聞く。
「それは何故か?まず、医薬品の納入記録ね。病院開設から、頭痛薬ひとつ納入されてない」
「それから、医師および看護士の雇用状況だけど……なんと、全員が本部または支部に転属――」
……私も、全く気づいていなかったわけじゃない。
何も知らない学生だったからこそ、不自然な部分はすぐ目についた。
降って湧いたような異能に首を傾げた、あの一瞬。
だけど、何も言わなかった。
保身のため、現実逃避のための過失。
あるいは、"そういうもの"だという割り切りが意識の根底にあったのか。
395 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/04(月) 00:58:04.80 ID:aKA3ejTTo
「――ともかく、目的がわかんないんですよね……だっておかしいでしょ?どうして、わざわざ"黒蛛病"患者の受け入れなんか」
「政治的なパフォーマンス?……にしては、ちょっと大がかりですよねぇ――」
いずれにせよ、過ぎた事だと思っていた。
事の大小に関わらず、神機使いとなった時点で、その身に宿るのはけして潔白な代物ではない。
あの時脳裏をよぎった予感にしても、確かな根拠も持たない当時の私にとっては、いきすぎた妄想でしかなかった。
だからこそ、私は少しでも報いるために、この力を躊躇なく人のために振るう決心をしたし、
ラケル博士を伴ったジュリウスのサテライト支援策に賛同もした。
レア博士の暴露にしたって、彼女とラケル博士が犯した過ちを度外視すれば、結局は過去の出来事なのだ。
追及は行わなければならないけど、現在の問題にはつながらない。
396 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/04(月) 01:02:10.72 ID:aKA3ejTTo
「――これで報告はおしまい……くれぐれも、ユノには内緒でお願いしますね」
……正しくは、つながらないと思っていた。
ラケル博士の研究は、今も続いている。
しかもそれは、いいように扱ってきた姉の離脱と、こうした情報の漏洩を許すほどの段階に達していた。
「……あぁ!忘れてた!このスクープに大いに貢献してくれた、フランさん!」
「なんかフライアがキナ臭いし、本人の希望もあって、サカキ博士が極東支部に連れて来たみたいですよ?」
尤も、後者に関してはサツキさんがタイミングを見計らったのもあるだろうけど。
ともかく、ラケル博士はまだ患者達を手放してはいない。
前例を考えれば、既に手遅れになってしまっている可能性もある。
だけど、まだ私達で食い止められる範囲である可能性も残っている以上、確かめない手はなかった。
一連の報告は、既にサカキ博士に通してある。
アスナちゃんの件に関してジュリウスに送ったメールは、まだ返ってこない。
397 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/04(月) 01:02:55.32 ID:aKA3ejTTo
ここまで
次回は多分戦闘も挟むのでまた長引くかと…
398 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/05(火) 16:04:03.18 ID:RFrXHIkwo
おつおつ
399 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/19(火) 00:18:45.90 ID:BGzsMdD4o
◇
アラガミに食い荒らされ、緑と文明が絶えて久しい地表を、数台の輸送車両が駆ける。
サカキ博士の決断は迅速だった。
ほぼ極東支部の独断で発行された潜入作戦には、フライアに所属していた経験と、
レア博士がもたらした情報を円滑に汲めるという名目から選出された"ブラッド"を中心に、"黒蛛病"患者の搬出要員で構成された救出部隊が向かう。
無人制御式"神機兵"の本格的な実戦投入以降、フライアは物理的にも極東支部から距離を取っていた。
道中でアラガミに妨害される可能性も含め、事を確実に進めるためには、神機使いの存在が不可欠になる。
こちらもまだ可能性の段階ではあるけど、そう断じられる根拠はフライアの内部にもあった。
車両から降り立った私の視線が、無意識に上がる。
フライア、この場合、移動要塞としてのそれには、"独立機動支部"という呼称がある。
支部単位での活動を可能にするべく、駆動部の上に並び立てられた膨大な設備群は、
長じて莫大な質量を誇る移動要塞の外観を形成し、見る者に威容すら感じさせる。
400 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/19(火) 00:29:23.45 ID:BGzsMdD4o
潜入に備え、私も含めた部隊の構成メンバーは"黒蛛病"対策の防護スーツを着用していた。
接触感染を防ぐため、普段の衣服以上に幾重もの特殊繊維層が全身を覆っている。
しかしながら、私がまずここで果たすべき役割は、嘗ての拠点への突入ではない。
視線を戻し、私は目標に歩み寄る。
「あんまり、サツキさんを心配させない方がいいよ」
なるべく朗らかに務めた声に、フライアを見据えていた人影が振り返った。
ネープルスイエローの長髪を揺らし、安堵の表情を見せた彼女は、すぐに眉尻を下げ、以後の追及を逃れるように目を伏せる。
「……ごめんなさい……急に、サツキが行き先も言わずに取材に行く、なんて言うから気になって」
「……帰ってきたサツキが、君を連れて行くのを偶然見たから、それで……」
出撃前、既にサツキさんから報告は受けていた。
ユノは意図せずして、絶好の機会に彼女の車両を無断で使用し、私達よりも一足先にここに辿り着いていたのだ。
私の格好に後方の車両群を見て、私達がただ自分を連れ戻しに来たわけでもない事を察知したのだろうか、
ユノは顔を上げ、今度はむしろ私を逃がすまいと、瞳を合わせてくる。
401 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/19(火) 00:37:04.04 ID:BGzsMdD4o
「……お願い!私も連れて行って!」
「今のフライアは、ユノが来ていい場所じゃない」
「足手まといなのはわかってる……今だって、助けに行こうとしてくれてる皆まで引きとめて……」
「……だけど、知ったからには放っておけない。一民間人として、同じ境遇で生きてきたアスナちゃんを……みんなを助けたいの!」
それは私を、というより、彼女自身を逃がさないための手段なのかもしれない。
ユノの脚は微かに震えていた。
「――気持ちはわかるが、我儘を聞いてる暇はねえんだ」
後ろから割って入ってきたのは、ギルだった。
私では厳しく言い含められないという判断からだろうか、その語調は若干刺々しい。
「さっさと戻れ。アンタに何かあれば、サテライトの住民にも影響が出る」
「……帰るつもりはありません」
「認めてくれるまで、ここに居続けます……!」
恐らく、ユノの発言は誇張でも何でもない。
以前の防衛作戦然り、今まで接してきた経験から鑑みれば、この強かさが彼女を彼女たらしめている。
402 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/19(火) 00:42:27.09 ID:BGzsMdD4o
とはいえ、携帯しているであろう護身用のスタングレネードだけでは心許ない。
強引にユノを帰らせるにしても、救出対象の規模を考えると、今の部隊から人員を割くのは現実的じゃない。
そもそも、ここまでの行動を起こせる人物がこれ以上何をしでかすか、わかったものじゃない。
「……いい加減に――」
「いいよ」
ギルの前に立ち、故意に力を込めて、神機を地面に突き刺す。
存外大きな音が響いたけど、ユノは私から眼を逸らさなかった。
ギルが押し黙った隙に私はスーツのファスナー部に手をかけ、脱ぎ去った上着部分をユノに差し出す。
「加わる以上、指示は守ってね」
「おい……!」
「傍に置いておく方が安全でしょ?……大丈夫、責任は私が取るから――」
押さえつける方法は、他にいくらでもあるだろうけど。
結局行き着くところは、情に絆された自分への言い訳をしたかっただけなのかもしれない。
たけど、些事に取られるほどの時間がないのも事実だ。
そうやってまた、自分に言い聞かせておく。
403 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/19(火) 00:45:01.03 ID:BGzsMdD4o
フライア周りの設定どうなってんのとかユノはどうやって入り込んだのとか考えてたら戦闘にすら入らなかった…だと…
結局力技でゴリ押したので考えなくてもよかったかもしれない
404 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/19(火) 04:25:09.43 ID:Lc9LgGP9o
おつおつ
405 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/31(日) 03:41:42.76 ID:GwOmwNNvo
◇
レア博士のアクセス権限がまだ生きていたおかげで、フライアへの入場自体はあっさりと成功した。
彼女がここを離脱してから、情報を修正できるだけの時間は経っているはずだ。
こちらの侵入も察知しているだろうに、周辺の警備も少数というより、もはやないに等しい。
おかげでこうして楽に歩を進めてはいるものの、この奇妙なほどの無警戒ぶりは、対照的に部隊の緊張を高めていた。
フライアの下層部に到り、人間には不釣り合いなほど大きな扉をこじ開けた私達は、ついに目的地に到着する。
"黒蛛病"専用病院。
レア博士から聞き出した情報によれば、この施設に"黒蛛病"患者が収容されている事自体は間違いないそうだった。
だけど、今目の当たりにしている光景は、とても病院や病室のそれとは思えない。
室内側面に張り巡らされ、奥の扉の、さらに奥まで伸びた、"オラクル細胞"由来のものと思われる有機素材のチューブ。
それらに繋がれた、カプセル状の装置が夥しく並べ立てられているのみの空間。
「ひどい……」
ナナが見たままの感想を漏らす。
カプセルの透明なハッチカバー部から覗くのは、ひどく衰弱した"黒蛛病"患者の姿だった。
406 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/31(日) 03:47:08.69 ID:GwOmwNNvo
ここを病室とするなら、彼らはフライアに運び込まれてから今まで、少なくとも医療装置ではないそれに繋がれ続けていたことになる。
治療どころか、生活もない。
かろうじて生かされてはいるようだけど、ここから見渡せる範囲だけでも、みな無事とは言い難い状態だった。
憤然とした感情を抑え込み、カプセルの開閉装置と思われる箇所に指を伸ばした瞬間、
『待て。これ以上の勝手な行動は許さん』
平坦で、無機質な音声が制止をかける。
「……ジュリウスか」
「……この状況の説明を要求します」
『お前達に言う事はない』
それが人の、ジュリウスの声だと認識する間に、反応が遅れた。
彼はここまで、無感情に振る舞える人物だっただろうか。
407 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/31(日) 03:48:56.52 ID:GwOmwNNvo
「……フライアで患者の人達を治療しようって、ラケル博士に掛けあってくれたのはジュリウスだよね」
「ここにいるユノちゃんだって信じてたのに……どうしてこんなことになってるの!?」
「答えてよ!また何も言わずに離れて行っちゃうつもりなの!?」
『二度は言わんぞ』
気色ばむナナの訴えにも、ジュリウスは応えない。
そのたった二言に、私はやはり違和感を拭い去ることが出来なかった。
確かにそれは肉声だけれど、極めて精巧なようでいて、どこか歪だ。
それに、この調子はどこか覚えがある。
408 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/07/31(日) 03:53:10.43 ID:GwOmwNNvo
でも、こちらとしてもこれ以上、議論を差し挟む余地はなかった。
彼の説得は目的にない。
「……もう、準備はしてあるんじゃない?」
疑念を振り払い、部隊の先頭に歩み出る。
単純に考えればいい。
「やるなら、早く始めようよ」
少なくとも、今は。
『察しが早くて助かるな、"ブラッド"隊長』
私達が入ってきた場所とは反対側の、同形状の扉が開き始める。
隙間から漏れる光を遮るのは、一体の"神機兵"だった。
409 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/01(月) 22:19:29.65 ID:B4TSXM+70
久々にRB引っ張り出したくなった
410 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/08/08(月) 01:21:48.26 ID:e5rvTB2yo
「シエル、後はお願い」
「了解。……無理は禁物ですよ」
シエルとナナに、頷きを返す。
彼女らの表情から落胆の色は消えずにいるものの、優先すべき事柄に異議を唱えようとはしなかった。
傍に来たギルと視線を交わし、私達は二人、隊列から離れる。
神機使いとして部隊に組み込まれた、その役割を果たす時が来た。
扉が開き切らない内に駆け出した私は跳躍し、展開した神機の盾で呆けた"神機兵"の胸部を殴りつける。
よろめいた傀儡にギルが追撃を加えると同時に、私達はこれまた人が使うには広すぎる通路に押し入った。
411 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/08/08(月) 01:27:01.03 ID:e5rvTB2yo
その直後、頭上で光が弾けた。
続く閃光は天井に穴を開け、崩れた瓦礫が私達の退路を塞ぐ。
手筈通り、シエルが分断を実行してくれたおかげだ。
あちらも動き始めた頃合いだろう。
意識を正面に向ける。
体勢を立て直した一体の後方では、既に複数の"神機兵"が列を成し、その赤い眼で私達の識別を終えていた。
ここから伸びる通路を抜ければ、あるのは"神機兵"の保管庫だ。
フライアがレア博士の知る頃と同じ体制を取っているのなら、出撃を待つ"神機兵"の大半はそこで眠っている。
"黒蛛病"との関連性は見えないけど、フライアの戦力を足止めする最適解は、まずここを抑えることだ。
412 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/08/08(月) 01:29:48.32 ID:e5rvTB2yo
どのみち防護スーツ一式をユノに貸し与えている以上、私は救助側に参加できない。
不測の事態に備え、シエル達は護衛としてあちらに残してある。
つまり、当面の間はギルと二人きりだ。
銃形態に神機を変形させた彼を横目に、私も提げていた神機を構え直す。
普段なら、いちいち何気ないやりとりにどぎまぎしているところだけど。
「深追いは駄目だよ」
「わかってる」
生憎、ここには諦めと怒りしかない。
413 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/08/08(月) 01:30:28.24 ID:e5rvTB2yo
ここまで
あれ、もう1年経ってる…
414 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/08/29(月) 01:15:31.99 ID:/vQFvLZIo
そもそも、今は任務中だ。
"神機兵"が、その身の丈以上の大剣を振るう。
元々人間の搭乗も可能な設計だけあって、持ち主からして巨大な剣の横薙ぎに、私達を生かして捕らえようという意思は感じられない。
腰を落とし、上体を倒して地を蹴る。
剣を潜り抜け、相手の懐に飛び込む形になった私は、携えた長剣型神機のオラクル流量を増加させた。
オラクルエネルギー刃で射程を伸ばした"ブラッドアーツ"の切り上げが、頭上を渡る"神機兵"の右腕に直撃する。
肘から先を失った"神機兵"の頭部に飛び乗り、私はこの通路を見渡せる視界を確保した。
415 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/04(日) 23:21:44.45 ID:GCTcsMTAo
得物を携え、アラガミと対峙するという点で、神機使いと"神機兵"にさほど差はない。
後者には全身を覆う鉄装甲もあるけど、どちらにせよ、その大剣が戦力の大部分であることに変わりなかった。
"神機兵"の挙動がジュリウスを基にしているというのなら、尚更だ。
前方に跳躍し、次の標的に見当をつける。
刹那、傍らにいた別の"神機兵"が、先ほどまで私のいた足場を叩き潰した。
だから私達は、"神機兵"の行動パターンもそれに即したものだと仮定した。
いくら相手が高い実力を有していようと、それはアラガミに対してのものだ。
今のように、力をそのまま神機使いに向けるのであれば、まだやりようはある。
剣を引き抜く"神機兵"の右腕の関節部に、ギルの吸着弾が着弾する。
起爆を見届けることなく、私は数体の傀儡を飛び越え、壁面に足を貼りつけた。
次いで蹴り出し、その勢いのまま、反応の遅れた目標の得物を側面から叩き落とす。
416 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/04(日) 23:23:00.06 ID:GCTcsMTAo
……けれど、こうした無力化は、あくまで策の一つだった。
ジュリウスが統率する神機兵団相手では、こうも簡単には御せないだろう。
"神機兵"の体躯が動き回るには狭所となる、この空間の存在もあるけど、
それを差し引いても、先の戦いに比べ、明らかに立ち回りが単調だ。
むしろこちらが足止めされている線も考えたけど、搬出が続けられている以上、黙って通すわけにもいかない。
懸念を抱きつつ、しばらく二人で“神機兵”を攪乱し続けていると、私の携帯端末に連絡が入った。
417 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/04(日) 23:25:02.49 ID:GCTcsMTAo
とりあえずちょっとだけ
明日からちょっと忙しくなるので時間取れたらまたちょびちょびやっていきます
418 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/06(火) 00:17:55.24 ID:tiEeZ9uYo
おつ
419 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/12(月) 05:06:47.94 ID:4XvaLmvho
『こちらブラッドβ。搬送作業、残り数名で完了します』
「こちらブラッドα、了解。撤収のタイミングは――」
剣を躱す。
奥の"神機兵"が大剣を折り畳み、内部に仕込まれた銃身を引き出す様を視認する。
『――それは、もう少し先になりそうですね』
『3機の"神機兵"が外壁を破壊、ルート上に侵入しました。応戦します』
前方に飛び込み、銃撃を回避する。
前転の起き上がり際に反撃を加え、弾丸が相手の頭部を直撃する。
「了解。敵が少数なら、ひとまず非戦闘員の安全を――」
『――っ!?』
「今度は何?」
『……ナナから、ユノさんが隊を離れたと』
420 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/12(月) 05:08:28.26 ID:4XvaLmvho
突き出された剣先が、私の頬を掠める。
伸びきった腕の関節部を、背後から奇襲をかけたギルの槍が貫通する。
「……わかった、こっちに任せて」
どうやら、アスナちゃんはまだ運び出されてはいないらしい。
「ギル、聞いてた?」
『おう、さっさと行け』
「そうする」
敵に背を向け、来た道を駆け戻る。
流れ弾や、あるいは直接こちらを狙う攻撃をすり抜け、私は正面を塞ぐ、瓦礫の山に辿り着いた。
銃撃が人間一人は通り抜けられる穴を作ったところで、轟音と地響きを感じ取る。
一拍遅れた悲鳴をも聞き届け、再度"病院"に躍り出た私の眼前には、立ち尽くすユノと、彼女を見下ろす"神機兵"の姿があった。
421 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/19(月) 22:52:38.83 ID:ZdJOQ53Yo
ユノの背後には、カバーは開いているものの、いまだ装置に寝かされたままのアスナちゃんの姿が認められる。
"神機兵"は1体。
ユノの前方にあたる外壁は崩れ、空になった装置群の一部が破片の下敷きになっている。
"神機兵"が大剣を振り上げた。
ユノはまだ動けずにいる。
よしんば我に返ったとしても、彼女は真っ先にアスナちゃんを庇おうと動くだろう。
けれど、"神機兵"の狙いはあくまで侵入者のはずだ。
それでは、道連れと変わらない。
銃を使うには、ユノと敵の距離が近すぎる。
スタングレネードを使うにしても、"神機兵"が行動を中断するとは限らない。
剣が振り下ろされる。
ならば。
422 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/19(月) 22:54:46.59 ID:ZdJOQ53Yo
"神機兵"の動きが止まる。
その隙に、私はひとまずユノの元に辿り着く事には成功した。
両手に持つものは何もない。
私の神機は、硬直した"神機兵"の脇腹に投げ込まれていた。
「ユノ!」
「……あ、隊長、さ――」
――金属同士の不協和音が、頭上に響く。
咄嗟の判断だった。
見上げることもせず、アスナちゃんとユノを両脇に抱え、その場を脱する。
煙の上がった方を見据えつつ、ユノを下ろす。
行動を終えた傀儡は微動だにせず、今度こそその機能を停止させていた。
ユノの方に視線を戻し、私は腰を下ろす。
「大丈夫?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい。私……」
敵と直面した恐怖だろうか。
私はともかく、助けるはずのアスナちゃんまで巻き込んでしまった負い目だろうか。
弱り切ったユノの姿を見るのは、これが初めてだった。
423 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/19(月) 22:57:08.57 ID:ZdJOQ53Yo
声と共に、震える彼女の肩を抱く。
「……まだ終わってないよ。アスナちゃん達を、助けに来たんでしょ?」
「あ……」
顔を上げたユノに、抱き直したアスナちゃんを差し出す。
少し苦しげだけど、確かに息はあった。
「シエル達も、もうすぐ戻って来る」
「私にはもう少しやる事があるから……後は頼むね」
「……うん」
アスナちゃんが、私の手から離れる。
彼女をしっかりと抱き止めたユノの瞳には、元の気丈さが戻りつつあった。
私が神機を拾い直した頃には、"神機兵"を退けたシエル達も合流を果たしていた。
残りの患者達の搬出も完了し、私達は神機兵団の追撃を躱しながらも、フライアを後にする。
車両が外に出れば、敵もそれ以上の攻撃を仕掛けることはなかった。
424 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/19(月) 23:01:28.39 ID:ZdJOQ53Yo
ここまで
何か知らない間に隊長の故郷が壊滅してる件
425 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/19(月) 23:57:27.15 ID:5dGrR6JDo
おつ
426 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/23(金) 01:29:47.90 ID:sbL4yhKIo
◇
私達が"アナグラ"に戻って少しした頃には、フライアは次の行動に移っていた。
"神機兵"によるアラガミの根絶を題目とした、フェンリル各支部への"黒蛛病"患者の引き渡し要求。
これは救出した"黒蛛病"患者の再検査と、調査目的で一部を奪取した、彼らが収容されていた装置の解析で分かったことだけど、
"黒蛛病"患者からは、微量ながら偏食因子の反応が検出されている。
今まで医学的な見地から研究を進められてきた症例だけに、体よく発見を逃れてきたこの性質は、現行の"神機兵"にも利用されていた。
つまり、あの装置は収容した"黒蛛病"患者から偏食因子を抽出し、“神機兵”に投与するためのものだったのだ。
――"今は俺の血の力を用いて、教導過程……戦いの学習をさせているところだ"
"統制"の"血の力"による制御と教導には、偏食因子の投与が必須だった。
……それらをより効率的に運用するためには、母体のものと同種であることが望ましい、というところだろうか。
そうなれば、ジュリウスの病状を榊博士に伝えないわけにはいかなかった。
知らせなくても辿り着きそうな答えではあるし、発表されたフライアの声明を額面通りにも受け取れなかったからだ。
427 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/25(日) 12:54:17.14 ID:l4fp0pLUO
少なくてもこまめに更新あると嬉しい
乙です
428 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/26(月) 01:41:43.17 ID:Zi3/t7m8o
最近は大体週刊どころか隔週ヘアクリップだもんね……ごめんね……
それでも読んでくださる人がいてありがたい
またちょっとだけ投下
429 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/26(月) 01:43:42.16 ID:Zi3/t7m8o
それはともかくとして、報道上のフライアでの事件は、ジュリウスが独断で起こしたクーデターという体になっている。
実際、現状で表に出ているのが彼のみである以上、そう取るのも不思議ではない。
ジュリウスと"神機兵"スタッフを除いたグレム局長以下、フライアの構成員は人質と見なされ、現在はその一部が解放、保護されている。
当然と言えばいいのか、その中にラケル博士の名前はない。
私達が集まるラウンジのテレビ画面では、グレム局長が自らの身の潔白を証明しようと躍起になっていた。
彼もレア博士と同じく、何も知らされていなかった側の人間らしい。
「……なんだか、腑に落ちないですね」
430 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/26(月) 01:51:04.99 ID:Zi3/t7m8o
「シエルちゃん、何が?」
「同調するわけではありませんが、グレム局長が会見で言っていた通り……」
「“神機兵”の武力のみでアラガミを滅ぼすなんて、絵空事のようにしか思えなくて」
「現状、何か具体的な策を講じているわけもなさそうだしな」
「……となると、大仰に掲げてるのはブラフってことか」
「……確証はありませんが、レア先生の話もありますからね」
「……それが何でも、ジュリウスは間違ってるよ」
「ナナ」
「ジュリウスの病気の事、隊長が黙ってたのはショックだったけど……あの子も約束があったから、今まで秘密にしてたんだよ」
「そんな隊長や、心配してくれてるシエルちゃんの気持ちまで台無しにして……」
「こんな事やってるジュリウスを、私はやっぱり許せない……!」
「……そうだな、まずはあいつに目を覚ましてもらわないとな」
「……・殴る程度で、済めばいいが」
431 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/09/26(月) 01:54:30.89 ID:Zi3/t7m8o
ここまで
漫画版GE2はいいぞ
432 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/03(月) 02:50:07.00 ID:4jVrThuTo
離れの席で、彼女達の声を聞く。
フライアへの潜入以降、私は一人でいる事が増えた。
正確には、こちらから遠ざけているんだけど。
今だって、本来ならここにいるべきではない。
それでも居座っているのは、情報が欲しいからだ。
――部屋に引き籠もっていたって、ニュース程度は見られるはずだけど。
……話を、戻す。
私としても、フライアの暴走が戦力拡大に止まるとは思えない。
推測の通りなら、ジュリウスによる"神機兵"の運用は、彼の"黒蛛病"への感染が前提だったということになる。
その点だけ見るなら、あくまでジュリウスの容態を見越し、効率を重視するために用意した手段と言えなくもないけど、問題はそこじゃない。
ラケル博士は当初から、"黒蛛病"の性質を知っていたということだ。
433 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/11(火) 00:40:35.32 ID:HiGTCtqho
彼女か、あるいは本部の研究者か。
誰が解明したにせよ、どうしてそれを秘匿しておく必要があったのか。
私達の介入があったとはいえ、なぜ今になって明かそうと考えたのか。
それも、支部の乗っ取りという混乱を世界に与えた上でだ。
この状況そのものが、相手の狙いだとすれば。
クーデターを隠れ蓑に、次の段階へ駒を進めているとしたら。
どう頭を捻ったところで、単なる邪推に過ぎない。
現在、"アナグラ"では榊博士を筆頭に、新たな"黒蛛病"の研究が進められている。
こうしてフライアがヒントを提示してきた以上、畑違いの私が出来るのは彼らの成果を待つ事だけだ。
たとえフライアの真意に結びつくことがないとしても、治療には役立つ。
それに、本気でフライアが絵空事を信じている可能性だってある。
ジュリウスが本当に首謀者、だなんてことも。
そもそも私達がラケル博士を疑ってかかっているのだって、レア博士からの伝聞が根拠だ。
何とでも言える。
434 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/11(火) 00:42:02.47 ID:HiGTCtqho
……だけど、フライアが手段として患者達を利用し、ジュリウスがそれに加担している事実は覆らない。
フライア収容時に記された"黒蛛病"患者の名簿と、救出した患者の人数は合わなかった。
"アナグラ"にいた頃から、容態の悪化している患者もいる。
フライアが市民とサテライト住民の敵となるのに、時間はかからなかった。
もちろん、容易くフライアの暴挙を許した極東支部への批判がないわけでもない。
ただ、怒りの矛先は、その多くがジュリウスに向けられている。
サテライトへの支援をフライアに取り付けたのは彼だ。
患者達の現状だって、私達が直接会った頃のジュリウスは知らなかった。
その彼が、なぜ自分の意志さえも踏みにじる行動をとったのか。
任務中は考えまいとしていた事柄が、頭をもたげる。
435 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/11(火) 00:43:18.84 ID:HiGTCtqho
……私が、その原因だったとしたら。
朧月の夜。
無根拠に綺麗事を並べ立てて、中途半端に希望を持たせて。
フライアに戻ってみれば、治療なんてやってもいないことがわかって。
ジュリウスは、今度こそ諦めてしまったのかもしれない。
残された使命のために、手段を選ばなくなってしまったのかもしれない。
これも仮定だ。
だとしても、私はどうすればいい。
自身が歪めてしまった相手を、どうして止められる――
―――少し、眩暈がする。
思考が氾濫して、まともに頭が回らない。
436 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/11(火) 00:47:43.82 ID:HiGTCtqho
「――よう、お一人かい」
声のした方に、咄嗟に振り向いた。
思索の渦が一旦止み、少し滲んでいた視界が、徐々に晴れていく。
「隣、いいか?」
一つ、席を空ける。
「つれないね」
声の主は小さく苦笑を浮かべ、空けた席の隣に腰を下ろした。
「……今は、そういう気分なだけです……ハルさん、何か?」
「ちょっと相談事があってな……ちょうど、後輩達も行っちまったことだし」
ハルさんの言葉に視線を向ければ、シエル達は既にラウンジを退室していたようだった。
437 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/11(火) 00:49:44.59 ID:HiGTCtqho
ここまで
438 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/17(月) 01:24:17.43 ID:Ct73dGBso
「お節介焼くつもりはないんだが、ついて行かなくても――」
「――相談しに来たんじゃないんですか」
「おっと」
本心から突き放したいわけじゃない。
でも、距離を取らなければ彼や"ブラッド"にも危険が及ぶ。
必要があるから、やっている。
――本当に?
――必要なのは、みんなに全てを伝えることじゃないの?
……頬が、仄かに熱い。
少しだけ、気怠い感覚もある。
「まあ、ちょっと気になる事があってな」
「はい」
「お前さん、最近悩んでる事とかないか?」
「……はい?」
「だから、悩みだよ。ちょっとしたのでもいいから」
「あの、話が見えてこないんですけど」
「うん?あぁ、相談だよ、相談」
「潜入任務からこっち、ずっと浮かない顔してるもんだからさ」
一見して軽薄な笑みと、余裕を崩さないまま、ハルさんはそう言ってのける。
今の話題の方が、よほどお節介だと思うけど。
439 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/31(月) 02:07:53.29 ID:mMb+xbdCo
「別に、気を遣ってもらわなくたって」
「……あんまり距離が近いと、言えない事もあるんじゃないか?例えば……」
「向こうのお友達の事とか、さ」
私を取り巻く状況を顧みれば、選択肢自体は多くない。
ただ、それを踏まえても、彼の声音は確信に満ちていた。
「……聞く必要もなかったんじゃないですか」
「この手の話に覚えがないわけじゃあない、ってだけだよ」
あくまで冗談めかすハルさんの瞳は、常に私の姿を捉えている。
このまま帰すつもりはない、ということらしい。
440 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/31(月) 02:12:16.46 ID:mMb+xbdCo
短く、息を吐く。
彼の言う"悩み"だけなら、安易に言いふらしたくはないけど、意固地になって隠し通す必要もない。
それに、方向が定まりかけている"ブラッド"に、今更個人の迷いを持ち込みたくないのも事実だった。
どのみち、現状の私では整理しきれない課題だ。
だから私は、
「……もしかしたら、なんですけど」
ハルさんの相談に乗る事にした。
441 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/10/31(月) 02:19:44.38 ID:mMb+xbdCo
ここまでというかこれだけ
環境が安定しない…
442 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/11/21(月) 01:26:19.39 ID:7YpmgUI6o
「……あの人が間違いを起こしたのは、私のせいかもしれない」
「私の言葉が彼を追い詰めたんだって、一度そう考えたら……私が彼を止められるのか、わからなくなって――」
少しずつ、確かめるように、経緯を語った。
全ては話せないまでも、断片を誰かと共有する分、気を紛らす助けにはなる。
それだけでもよかった。
語る間も、懊悩は続く。
このまま結論を出さずに、先送りにしてしまいたい。
だけど、逃避できる絶対的な時間がないと理解しているから、私はこうして人を頼っている。
もはや"ブラッド"のみに止まらず、ましてや私だけで思い悩めるような段階はとうに過ぎていた。
……それは恐らく、私が抱えるもう一つの問題にも直結している。
443 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/12/05(月) 02:05:11.11 ID:u+Z2oVxzo
「――そうだな……」
相槌を打つわけでもなく、ただ私を見据えて黙するだけだったハルさんが、初めて言葉を返す。
「お前さんは、もうちょっとそいつを受け入れてやった方がいい」
口から出まかせを言った風でもなく、塾考の末、絞り出したというわけでもない。
言うなれば、予め備えた手札を切っているとさえ思えるような簡潔さで、彼は答えてみせた。
「……彼を拒絶しているつもりはありません」
それだけに、私はすぐさま、言葉に含まれた否定的な意味合いに目を光らせる。
「今ジュリウスのやっていることがわかっているから、その原因を作ってしまったかもしれない私が――」
「それだよ」
「――それ?」
444 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/12/05(月) 02:06:23.22 ID:u+Z2oVxzo
「その"私のせいで"ってやつなんだ、俺が引っかかってるのは」
確かに、まだそうと決まったわけじゃないですけど。
反射的に飛び出しかけた言の葉を、寸前で飲み込んだ。
わかりきった文句で噛みつくより、先を待った方が結果は早い。
それをわかっていながら焦れているのは、ただ据わりが悪いから、というだけだろうか。
……多分、違う。
否定された姿勢を最善と信じる心驕りが、きっと私の中にもあった、ということだろう。
「……別に、その考え方が丸ごと悪いってわけじゃない。すぐ誰かのせいにするのもよくないしな」
「ただ、お前みたいな真面目な奴は……まあ、少し意地の悪い言い方になるんだが」
「……何でも自分の責任にしちまうことで、楽をしようとする節がある」
445 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/12/05(月) 02:17:48.10 ID:u+Z2oVxzo
レス番が不吉になったところでここまで
年明けまでこの体たらくかもしれないし来年になってもこんなんかもしれない
あと去年の今頃の日付見直してたら投下量に眩暈がしました
446 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/12/31(土) 22:48:27.27 ID:ocVP7Ngho
あくまで持論だけどな、と付け加えると、ハルさんはこちらの返答を待つ事もなく、話に戻った。
「そりゃあ、誰にも負担をかけさせないって姿勢は立派だぜ」
「……だが、それも見方を変えれば、自分の事だけ考えてりゃいい状況を作っているとも言える」
「そうなると、自然と視野も狭くなる……そんな経験、お前にもあるんじゃないか?」
今度は、自分を抑える必要もなかった。
確かに心当たりはあったし、否定する気にもなれなかったからだ。
「……今も、そうだと?」
問いで返した私に、ハルさんは首を横に振る。
「迷っている内はまだ、かな。厄介なのは、それすらも捨てて、何も見えなくなった後だ」
「なまじ気兼ねをしなくていいもんだから……壊れるまで歯止めが効かなくなっちまう」
単なる気まぐれか、彼の言う"覚え"への追想なのか。
心なしか、ハルさんの声の調子が落ちたように感じた。
447 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/12/31(土) 22:50:21.97 ID:ocVP7Ngho
「……だから、まだ踏み止まれるうちに言っておく」
「自分におっ被せる前に、もう一度、そいつのやった事を受け止めてみろ」
「俺は"ブラッド"の元隊長と特別仲が良かったわけじゃないが……そいつは本当に、お前に何か言われただけで信念を曲げちまうような奴なのか?」
「……いいえ」
漸く、鈍っていた頭が回り始めた。
「私の知る彼は……それこそ、私達から離れてまで、自分の意志を貫こうとする人物でした」
その認識だけは、忘れてはならない。
だから私は、何故彼がこんな行動を取ったのか、不思議だった。
信じたくないから、受け入れたくないから、自分に責を求めて、無意識の内に押し込めようとしていた。
「……だったら、どうする?」
その在り方が、彼を遠ざけていると言うのなら。
受け止め、許容するために、今私がやれる事は一つしかない。
「まだ、正解はわかりません……けど、彼が道を踏み外している以上は」
「私が……"ブラッド"が、ジュリウスを止めます」
未だ引かない微熱と、泥の詰まったような意識が、私を弱気にさせていたらしい。
既に犠牲は出ている。
動機の是非を求めるのは、止めた後でだっていい。
私の言動が原因にあったとしても、尚更だ。
448 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/12/31(土) 22:51:46.65 ID:ocVP7Ngho
「吹っ切れたな」
ハルさんの口元が緩む。
その瞳に、私は思い当たるものがあった。
「はい……あの、ありがとうございます」
「いいさ、こっちも世話になってるからな」
「……それじゃ、俺もそろそろ――」
「ケイトさん、ですか?」
傍から見れば不明瞭に尽きる一言で、退席しようとしたハルさんの動きが止まる。
ギルだけじゃない。
彼もそんな目をするのだと感じた頃には、既に言葉が飛び出していた。
よく考えなくたって、当然の話だ。
距離で言えば、ハルさんが最も彼女に近い位置にいた。
だというのに訝しみもしなかったのは、彼が私を捉えていたからだ。
その彼の瞳の中から私の姿が消えたからこそ、私は聞いてみたくなってしまった。
「私が彼女に似ているから……あなたも、こんなに良くしてくれるんですか……?」
449 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/12/31(土) 22:53:44.67 ID:ocVP7Ngho
ここまで
年末のデスマーチには勝てなかったよ…
450 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/10(火) 12:34:25.99 ID:9J+4dKZgo
このSS誰に需用あるの
451 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/12(木) 00:45:41.70 ID:rZAVV3Sxo
誰にもないから自分で書いてるんだよ!
452 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/12(木) 00:47:19.86 ID:rZAVV3Sxo
私が安易に手を出していい問題じゃないから。
下手にかき乱して、今の関係を壊したくないから。
そう理解していながら、私はまだ未練を断ち切れずにいる。
「……どうして、そう思った?」
「私にも、覚えがあるんです」
「……そういう目で見られる事には、特に」
初めに違和感を持ったのは、父との仲が一方的に冷え込み始めた頃だった。
彼は確かに私を所有物として扱っていたけど、私を私として見たことはない。
見下ろす瞳は澱んでいて、常に私じゃない誰かを見つめている。
それはきっと、私と同じ髪の誰か、だと思う。
453 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/12(木) 00:48:29.91 ID:rZAVV3Sxo
父と暮らす上で私が身につけたのは、湧き立つ嫌悪を抑えつける術だった。
誰に重ねられようと、私は私でしかないのに。
その視線に晒されると、まさに内面まで父の妄執に侵されていくようで、落ち着かなくなる。
自分がどこからもいなくなるような疎外感に耐え続けていると、私はいつしか人の目元を窺うようになっていた。
期待、失望、喜び、嘲り。
中でもギルの瞳は、とりわけ父のそれに近い。
「……こりゃあ、後でお説教かな」
大袈裟に溜め息を吐いた後のハルさんの呟きは、私にはよく聞き取れなかった。
454 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/19(木) 22:47:18.99 ID:9gwLykoUo
「……その、一見怯えているようで、ただの一度も折れる気はないって顔……新人だった頃のあいつもよくしてたっけな」
立ち上がったハルさんが、私の方を見やる。
「確かにお前はケイトによく似てる。優しさも、頑固とも言える真っ直ぐさもな」
言葉を切った彼の眼は、未だ澱んでいた。
だけど、それもすぐ瞼に覆われて、清濁の判別がつかなくなる。
「……でも、結局は似ているだけ、なんだよなぁ」
再び現れた瞳には、侮蔑に染め上げられていた。
雰囲気の変化に戸惑う私の姿が、鏡のように映し出される。
「まず、見た目だな。あいつはそもそも金髪じゃないし、目の色も形も違う」
「えっ……いや、あの――」
「背丈も結構違うよな。後は……まあ、色々だ」
やや下方に伸びたハルさんの視線に対し、私も少しばかり、抗議の目で返す。
今の議題に、そういう外見的な部分は関係ないと思うんだけど。
そんな事は意に介さず、彼は尚も捲し立てる。
455 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/19(木) 22:49:24.96 ID:9gwLykoUo
「うん?今度はそりゃ当然だろうって顔だが、実際そうだろう?」
「内面の性格や仕草だって、横で見ている分にも細かい差はわんさか出てくる。それこそキリがないぐらいにな」
「正直、お前じゃあケイトの代わりにもならないよ」
ハルさんの真意はわからない。
けれど、こうまで嘲笑混じりに言われてしまっては、流石にいい気はしない。
「……そんな事言われたって、どうしようもないじゃないですか」
「こっちはケイトさんに会ったこともないのに、やれ似てる、やれここがダメだって……!」
「俺は印象で語っているだけさ、よくある事だろう?」
まんまと乗せられている、と思わないでもなかった。
それでも、面と向かってぶつけられたからには、吐き出さずにはいられない。
……積もり積もったものも、あることだし。
「だからって、個人の基準を一方的に押しつけないでください!」
「あなた達にとっては大事な人かもしれないけど、私は私――」
立ち上がり、声を荒げた後で、私の行動がラウンジの注目を集めていることに気づいた。
削がれた勢いのまま座り直し、視線と囁き声が収まるまで、俯き続ける。
そっと横を向けば、笑いを噛み殺しているハルさんの姿が視界に入った。
456 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/19(木) 22:51:37.01 ID:9gwLykoUo
「……笑わないで、ください」
「くく……いや、悪い悪い」
「……いいんじゃないか、"私は私"で」
「えっ……?」
気づけば彼の声色は穏やかで、毒気もすっかり顔から失せている。
この会話で何度驚かされたか知れない私の様子を察してか、ハルさんが口を開く。
「ごめんな、試すような真似して……当事者としては、そっちの本音も知りたくてさ」
「いえ、私の方こそ、自分勝手な事を……」
「でも、それが事実だ」
「似てると同じはイコールじゃない。どこまで行ってもケイトはケイトで、お前はお前のままなんだよ」
「……俺もそう割り切れているつもりだったんだが、本人から突っ込まれちゃあ、仕方ないよな」
自嘲気味な微笑みを向けた直後の彼は、今度こそ澱みのない瞳で、私の方を見据える。
「てなわけで、さっきの質問の答えとしては……まあ、お前自身を気に入ってる、ってことだ」
それじゃあな、と背を向けるハルさんの様子は、彼にしては珍しく、少し気恥ずかしげだった。
457 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/19(木) 22:54:45.87 ID:9gwLykoUo
ハルさんを見送る中で、私の胸奥に宿る思いは変化しようとしていた。
私は私。
その言葉を伝えたくて、真に認められたいのは、やっぱりハルさんじゃなくて。
私自身が諦められるように、ずっと秘めたままにしておこうと思っていた。
時間が解決してくれるのなら、とも。
だけど、私にはもう、それを見届ける猶予は許されていない。
ならばいっそ、今みたいに。
……ぼやけた視界を、無理矢理引き絞る。
優先すべき事柄を、履き違えるわけにもいかない。
ジュリウスを止める、その覚悟はできた。
後は意地を通すための、味方が要る。
458 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/24(火) 21:26:54.95 ID:cwapklYdO
◇
「――し、失礼します」
「いらっしゃい。お茶淹れるから、そこに掛けてて」
緊張で、少し上擦った声を迎え入れる。
L字型の6人掛けソファーとテーブルが常備され、一人用の個室としては少し広いこの空間は、"アナグラ"における私の部屋だ。
元々"ブラッド"の使用している区画一帯が、迎賓用のものを一部改装しただけあって、
特に隊長でもある私の部屋の場合は、軽いミーティングや会合といった集まりに用いられる機会も多い。
もちろん、こうして個人的な用事に使うことも珍しくはないんだけど。
「お待たせ……シエル、もうちょっと楽にしてもらってもいいんだよ?」
「ありがとうございます……ここも何度か使わせてもらっていますけど、君と二人きりだと思うと、その……」
カップに注いだ紅茶を、シエルに振る舞う。
任務に付き合った礼として、以前にエミールから貰った品だ。
私の淹れ方がよほど不味くなければ、味は保証できる。
「二人きりだと……?」
「い、いえ!何でもありません!」
459 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/24(火) 21:31:07.27 ID:cwapklYdO
尤も、相手にはまだ、味わう余裕もないようだけど。
私が部屋に誘うと、最初の数分のシエルは決まってこの調子だ。
私が彼女の部屋に行ってもこうなる辺り、どうやらシエルは私的な空間に踏み入れること、踏み込まれることを特別視しているらしい。
私の価値観に置き換えれば、学校で友達に会うのと、家に遊びに行ったり来てもらったりとの違い、というところだろうか。
そうした環境に身を置いていた頃の私に、気心の知れた友人はあまりいなかったけど、こうまで緊張していた気はしない。
今にしたって、シエルの部屋に行っても、最初こそ浮足立っていたものの、慣れるのはすぐだった。
ナナやエリナの場合でもそうだし、多分、ロミオやジュリウスでも。
ギルは……その、ええと。
……もしかして。
ソファーに腰を下ろした私は一抹の不安をもって、私から見て右向かいのシエルの方に首を回す。
緊張も少し解れたらしい彼女はこちらの視線に気づくと、何か言いたげな様子で眼を合わせてきた。
460 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/24(火) 21:34:27.41 ID:cwapklYdO
……いやいや、まさか。
いくらなんでも自意識過剰が過ぎると反省しつつ、私もシエルに微笑み返す。
「どうしたの?」
「……あの、疲れていませんか?」
「えっ?」
ただ、それもすぐに、彼女の指摘に崩されてしまった。
「お茶を淹れる時の腕の角度や、ここに来るまでの足取り、体幹……ほんの少しですが、いつもよりもブレが大きく見えたので」
「……勘違いでしたら、すいません」
「……やっぱり、流石だね」
シエルは緊張の中で、私の不調を見抜いていた。
これは"直覚"による状態の視覚化ではなく、彼女自身が培ってきた洞察力だ。
「お気持ちはわかりますが、少し休んだ方がいいのでは?」
「フライアへの再突入まで時間を要する以上、君のような立場の人間なら、尚更ここで……」
どんな形であれ、シエルはこの瞬間を大事に考えてくれていて、友人としての私を想ってくれている。
その気持ちが私には少し面映ゆくて、それ以上に喜ばしい。
461 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/24(火) 21:48:47.85 ID:cwapklYdO
「ううん、それは出来ないよ」
「ですが――」
だから、私は彼女を裏切らなければならない。
今は問題なくとも、このまま状態を継続させていく以上、シエルの追及は免れないだろう。
そうして彼女には適わないと確信していたからこそ、私は滲む決意を再び奮い立たせる。
「休みたくても、身体が休ませてくれないんだ」
首元のインナーに手をかけた。
元々は鎖骨辺りまで空いた形のものだったけど、フライアへの突入を機に新調している。
なるべく、全身が隠れるように。
「……こう、なっちゃったから」
微かに震えた指が、インナーをずり下げた。
形だけの笑顔を伴ったそれに、シエルが絶句する。
露わになった首には、今にも喉笛に喰らいつかんとする黒蛛が一匹。
私は、病に罹っていた。
462 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/01/24(火) 21:49:45.93 ID:cwapklYdO
ここまで
463 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/25(水) 14:08:48.16 ID:SjOn0Md9O
乙
464 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/06(月) 01:13:55.41 ID:bb/eYvHzO
「……え……なん、で」
「……あの時は、部隊の誰もいなかったからね――」
少し前から、気分が悪い。
不意に息苦しくなる瞬間があって、その度に不快感が増していく。
だけど、動揺の先走ったシエルをこれ以上悪化させないためにも、私はあくまで穏やかに応対する形で、彼女に経緯を説明し始めた。
原因としては単純で、倒れ込む"神機兵"からアスナちゃんを助け出した際の接触が全てだった。
"黒蛛病"の初期症状は、軽度の眩暈や微熱。
私もその例に漏れず、事態が明確になるまでは、任務外での接触の機会を出来るだけ遠ざけた。
当然ながら、部屋に引き籠もったままでも少なからず怪しまれる。
ぶつかる危険もない程度には空いている時間帯を狙ってラウンジに来ていたのは、私なりの回避策だった。
けれど、一人で取り繕えるのにも限りがある。
それを知らしめるかの如く、喉元に黒蛛の文様が浮かび上がったのは、今朝の事だった。
465 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/06(月) 01:18:11.83 ID:bb/eYvHzO
「――まあ、おかげで説明はしやすくなったかな」
「……これを」
「うん?」
「これを、知っているのは……?」
幾分か落ち着いたとはいえ、シエルの顔はまだ青褪めたままだ。
当然と言えば、当然だろう。
私達がフライアから帰ってきてからの時間は、既にそれなりのものになっている。
その間、通常任務をこなしながら、無治療のまま過ごしたともなれば、かかる負担も未知数だ。
「榊博士を通して、もう何人かには伝えてもらってる」
「……安心して、薬もいくつか貰ってあるから」
"黒蛛病"の発見以来、今なお未知のそれに対してフェンリルが進めてきたのは、対症療法としての治療法だった。
だけど、その結実をもってしても、確実と言えるほどの効果はない。
病の進行を遅らせることでさえ困難なのが、この時代の最先端医学の現状だった。
フライアが題目として掲げた根治の意味での"黒蛛病"への対処は、それだけ希望に満ちていて、懐疑的だったのだ。
466 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/06(月) 01:20:09.30 ID:bb/eYvHzO
「……それなら、何故君がここにいるんですか?」
「どうして、私達には何も知らされていないんですか……!」
「そうだな……まずは――」
そこまで言いかけて、声が途切れた。
唐突に喉を内側から絞られて、同時に何かがせり上がってくるかのような錯覚を受ける。
その何かを押し出そうと、私は衝動に促されるまま咳き込んだ。
「――っ」
鮮やかな赤が、口元を押さえていた掌を彩っていた。
それを血だと視認した途端に、口内に充満した鉄臭さに気づく。
「たいちょ――」
「来ないで!!」
張り上げた声が、立ち上がりかけたシエルの身を竦ませる。
「けほっ……大丈夫だよ、ちょっとむせただけだから」
「それに、こんな狭い所で急に動いたら危ないよ?」
誤魔化した声の掠れにも、彼女は気づいてしまうだろうか。
この喉と胸部の痛みは、叫んだだけで出来るものじゃない。
掌を隠すために包んだ指が、少し粘り気のある感触を伝えている。
そうなると、これは喀血ということになるのか。
467 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/06(月) 01:22:32.49 ID:bb/eYvHzO
「……落ち着いた?」
「じゃあ、続きを話すね」
……分析は後にしよう。
今は多少強引にでも、恐れと疑惑を強めたまま座り直したシエルに理解してもらう必要がある。
彼女も一旦は引き下がってくれたということは、まだそれに応じる気があるということだ。
「まず、一つ目の質問だけど……実は今、博士に協力していることがあるんだ」
「……協力?」
「うん……シエル、今の私とジュリウスの共通点って、何だと思う?」
「……隠し事が得意なところ、でしょうか」
「言い訳はしないけど、そこじゃないよ」
シエルの口から皮肉が出た事に内心たじろいだけど、表には出さなかった。
彼女も……いや、彼女達も、いい加減腹に据えかねていることは理解しているけれど、こちらもいちいち退いてはいられない。
468 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/06(月) 01:32:09.49 ID:bb/eYvHzO
「……えっと……"今"の君は、ジュリウスと同じ"黒蛛病"患者、です」
「そう……さらに言えば、"ブラッド"の偏食因子を保有した者同士でもある」
「置かれた条件の似た私の身体を調べれば、今のジュリウスの身に起こってる事も何かわかるかもしれない」
事実を再確認し、沈んだシエルの表情が見て取れる。
私はここから更に、彼女を傷つけなければならない。
胸を軋ませる、先ほどまでとは別種の痛みを振り切るように、私は言葉を紡ぐ。
「少し前にみんなにも話したけど、私は"黒蛛病"の性質が、ラケル博士の真意を知るヒントなんじゃないかと思ってる」
「だから私は、フライアから帰ってすぐ、博士に取引を持ちかけたんだ」
「この身体一つさえ差し出せば、ジュリウスか、彼を囲っているフライアの目的にもぐっと近づける可能性が出てくるわけだしね」
「そんな言い方……!」
「……それに、"黒蛛病"自体を治せる手だても、早く見つかるかもしれない」
「私だけじゃない、他の患者の人達だって助けられるんだ」
「流石に榊博士もいい顔はしなかったけど、最後は根負けしてくれたよ」
厳密には、彼が強く難色を示したのにも、別の理由があるんだけど。
「……それで?」
「取引という言葉を選んだからには、君も何か協力の見返りを求めたんですよね……?」
469 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/15(水) 01:19:59.37 ID:ymuPdvwEO
>>468
ちょっと訂正
シエルちゃんの受難は続く
470 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/15(水) 01:22:36.29 ID:ymuPdvwEO
「少し前にも話したけど、私は"黒蛛病"の性質が、ラケル博士の真意を知る鍵なんじゃないかと思ってる」
「だから私は、フライアから帰ってすぐ、博士に取引を持ちかけた」
「この身体一つさえ差し出せば、ジュリウスか、彼を囲っているフライアの目的にもぐっと近づける可能性が出てくるわけだしね」
少し、言い方が悪かったか。
黙ったままではあるものの、私を見るシエルの目つきが険しくなった。
「……それに、"黒蛛病"自体を治せる手だても、早く見つかるかもしれない」
「私だけじゃない、他の患者の人達だって助けられる」
「流石に榊博士もいい顔はしなかったけど、最後は根負けしてくれたよ」
厳密には、彼が強く難色を示したのにも、別の理由があるんだけど。
「……それで?」
「取引という言葉を選んだからには、君も何か、協力の見返りを求めたんですよね……?
471 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/15(水) 01:53:29.10 ID:ymuPdvwEO
待ちかねたようにシエルが口を挟むのも、無理はなかった。
ここまで語られてかつ、その問いをぶつけてきたということは、十中八九、彼女は答えに感づいている。
それにも関わらず、当の私は未だ核心を明かせずにいた。
「……実際には、その時は保留にしてもらってたんだけどね」
「本当にそれでいいのかなって、少し悩んでたから」
だからと言って、いつまでもそうしていていいはずはない。
とうに決断は下しただろう。
向き合わずに逃げることはしないと、誓ったばかりじゃないか。
「……多分、シエルの思ってる通りだよ」
「私がここにいるのは、このまま戦い続けることを選んだから」
472 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/15(水) 01:56:38.86 ID:ymuPdvwEO
「っ……そう、ですか」
シエルの落胆が、より色濃く容貌に映し出される。
彼女が予期していた最悪の答えは、僅かにすら変化を見せることはなかった、ということだ。
締め付けられるような身体の不快感と、胸奥の痛みが同期する。
「……理由は、二つあってね」
……話を、続けなきゃ。
今、俯いたシエルが抱いている思惑については、大体見当がつく。
それと向き合うためにも、こちらの意見を揃えておく必要があった。
473 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/15(水) 02:01:43.50 ID:ymuPdvwEO
「一つは、これもジュリウスに条件を近づけるため」
「彼も直接前線に出ていたわけじゃないけど、少なくとも以前までは、休みなく"神機兵"の指揮にあたってたみたいだからね」
投げかけた先の彼女は、俯いたまま動こうとしない。
仕方なく、私はそのまま次の話題に移る。
「二つ目……これはどちらかというと、かなり個人的なことなんだけど」
「……マルドゥークと決着をつけに行く前に、ジュリウスと話す機会があったんだ」
その時、シエルが僅かながら反応を見せた気がした。
「……そういえば、この時の話も詳しくは出来てなかったね」
「ともかく、そこで聞かれたんだ……もし私が彼と同じ立場だったら、どうしてたかって――」
474 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/02/27(月) 02:16:45.39 ID:t6wSokOEO
私の選んだ道は、仲間と共に戦い抜くことだった。
それが私の継ぐロミオの意志で、みんなに望みを叶えてもらったこの身にしか出来ない事だと思ったから。
少なくともその時点では、彼の選択を認めた上での答えだった。
「――だから私も……みんなと一緒に戦いたい」
「出来れば、私達の手でフライアと決着をつけたいんだよ……それが、理由」
返答は、少しの身じろぎだけ。
流石に気になって、
「シエル……?」
声をかけた時だった。
「……ふっ」
今度は、私の対処が追いつかなくなる。
「ふっ……ふふ、ふ……」
肩を震わせた笑い。
この挙動が場にそぐわないのは、当然の認識として。
それがシエルによって発せられたものということが、私には信じられなかった。
475 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/27(月) 22:15:17.23 ID:5Vc5Apm8O
豚切り&早漏ですまんが乙!
需要はここにあるぞ!
476 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/12(日) 08:50:44.39 ID:fQ6Rn10OO
半端なままどっか行ってるのはいつも通りだから気にすんな!
いつも通りな時点でよくないのはごめんなさい
477 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/12(日) 08:51:36.31 ID:fQ6Rn10OO
「ジュリウスに近づきたい、ジュリウスにそう応えたから……」
「……私達は、よほど信用がないんですね」
俯いたまま、ぽつりと言葉が落ちる。
その一言に射抜かれた実感は、確かにあったんだけど。
何となく、それは私にだけ向けられたものでもない気がした。
「……違う」
「いいえ……本当に信じているなら、そんな選択はしないはずです」
「研究への協力は別にしても、私達がフライアと決着をつけるまで、待つ事を選べたはず」
「こんなに報告が遅れることもなかったはずですよね?」
言葉は尚も、力なく零れ落ちていく。
声すら震わせて語るシエルは、一向にこちらを見ようとしない。
「そもそも……戦うだなんて考えが出てしまうこと自体、おかしいんですよ」
「前線に出ることだけが戦いじゃありません……それこそ、榊博士に協力を申し出るだけでも、十分な貢献じゃないですか」
言い聞かせるように、それが絶対だとでも言うように、シエルは語気を強めていく。
程なくして、私は先ほどの直感が正しい事を確信した。
「……副隊長の私が、頼りないからですか?」
シエルは己の身に、言葉を反響させている。
震えを笑いで誤魔化して。
決して口にしたくはないだろう恐れを吐露してまで、私を引き止めようとしてくれている。
478 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/12(日) 08:53:05.31 ID:fQ6Rn10OO
「未熟な私に任せられないから、君はいつも、こんな……っ」
押し潰されそうな彼女を、私は抱き寄せることも、手を握ることもできない。
届けられるのは、言葉だけだ。
「……違う。それだけは、絶対に認められない」
「私を信じられなくなるのは構わないけど、自分を疑っちゃ駄目」
それでも、シエルを見過ごせるだけの理由にはならない。
彼女達と改めて向き合うことも、残された時間の中で、私が果たす目的に含まれていた。
「ちょっとだけでいいから……顔、上げてほしいな」
口調を和らげ、リスクは承知の上で、シエルに身体を近づける。
警戒心を解かないまでも、要求通りに顔を上げた彼女は、すぐさま私から差し出された手に視線を向けた。
479 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/21(火) 01:21:13.75 ID:ysHzmTm8O
「……これ、色はシエルが選んでくれたの?」
掌を向けた私の手に乗せられているのは、シアンカラーのヘアクリップ。
空の解放感とどことない不安が同居したその色合いは、シエルの神機に配されたパーソナルカラーと共通している。
「……いえ。"隊長に一番似合いそうだから"と、ナナが……」
「そっか……ナナもよく見てるね」
「ほら……私、こんな頭してるから。緑が混じったもの同士、色も合ってて気に入ってるんだ」
「……そんな話、今更したって」
間の抜けた問いに毒づくシエルへ軽く笑いかけつつ、腕を引いた。
怪訝そうな表情はしているけど、先ほどの言葉にも効果はあったようだ。
「……私は、ずっとみんなに頼りっきりだよ」
「この髪留めだって、今も私が前を見るためには必要なものだから」
ヘアクリップを着け直した前髪に、ほんの少し重みを感じる。
480 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/21(火) 01:22:19.85 ID:ysHzmTm8O
「私のせいでみんなから信用を失うことはあっても……その逆はないよ」
言い切った私の見据える先には、苦々しく眉根を寄せるシエルがいた。
不快感というより、不安が強く出た表情。
「……私だって、君のことは信じていたいんです」
だから滅多な仮定を言うな、ということだろうか。
そう推察できる私も、結局は自身を疑っているのかもしれない。
「そうだよね……ごめん」
「……私も最初は、みんなに任せることも考えたよ」
「だけど、私にとっての戦いはやっぱりこっちなんだよ……私が応えた以上は、自分自身でジュリウスに示したい」
481 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/21(火) 01:26:41.95 ID:ysHzmTm8O
それでも、己の意志を変える気にはなれなかった。
ただ意固地になっているだけだったとしても、あくまで自身が主張する分は。
「……折れるつもりがないのなら、ひとまずは置いておきます」
「皆さんには、どう伝えるつもりなんですか?」
「その話なんだけどね……みんなには、いつも通りでいてほしいんだ」
「……黙っておけ、と?」
「言ってしまえば、どうしたって影響は出てしまうから」
「……今の、シエルみたいにね」
482 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/27(月) 02:33:09.44 ID:InYfLZS3O
実務上では理性的な判断に富むシエルも、人間関係、特に"ブラッド"に関する事ならば、こうも感情的になってしまう。
副隊長を任せられる実力はあるけど、彼女も隊の中では最年少なのだ。
こうして年相応な面も見せてくれるシエルだからこそ、私も出来れば伝えずにおきたかった。
「確実に成功させたいんだ。そのためには、みんなも万全の状態でいてもらう」
「……だから、こうしてシエルに打ち明けた」
だけど、彼女には早い段階で見抜かれてしまうという確信があった。
……私の意地を通すためには、シエルに辛い立場を押しつけるしか、ない。
「……今の私が、任務に支障をきたすほど動揺している事実は、否定できません」
「でも……それでも!今の君の行動を認めることも、私には……!」
到底彼女には納得されないであろうことも、わかっている。
483 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/27(月) 02:36:51.59 ID:InYfLZS3O
「……そうだね、私もシエルの言う通りだと思う」
「……え?」
「病気が病気だし……私一人のわがままで済むならともかく、"アナグラ"中に被害が出かねない」
「シエルに協力してもらったとしても、絶対に大丈夫とは言い切れないからね」
「!……な、なら――」
「だからこの先は、シエルが決めてほしい」
微かな期待に綻びかけたシエルの表情が、瞬時に強張った。
ここから先が、正念場だ。
「……な、何を……」
「私が今まで言ってきたのは、あくまで自身の希望……シエルが考えている通り、とても強制できるようなものじゃないってこと」
「そういうわけで、私の病状をみんなに伝えるか、このまま話に乗るかは……シエル次第だよ」
484 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/27(月) 02:44:55.81 ID:InYfLZS3O
あのまま協力させる体で話を続けたところで、彼女は首を縦に振らないだろう。
かといって、自分の状況を鑑みてか、否に傾き切っているわけでもない。
ならば、やり方を変える。
というより、元から無謀なものとして、賭けに出るしかなかった。
「……みんなに伝えるつもりなら、もちろん私も大人しく、病室に入るよ」
「だ……だからといって、私の一存で簡単に決められるものでは……!」
「簡単だよ。不安要素を排除してフライアに立ち向かうか、二人して辛い目に遭うか、それを決めるだけ」
「私はシエルに合意すると言っているんだから、この場で決定権を使えるのはあなただけだよ」
シエルの白い頬を、汗が伝う。
駆け引きをするつもりはない。
今はただ、彼女に預けるだけ。
「……君を相手に、こんな事を言いたくはありませんが」
「君は私を味方に付ける利があったからこそ、こうして話を持ちかけてきたはずです」
「それなのに、本気で……私に委ねるつもりなんですか?」
485 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/27(月) 02:45:42.81 ID:InYfLZS3O
ここまで
ノロノロしてたらついに漫画版に追い抜かされてしまった……
486 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/31(金) 01:27:14.56 ID:RMLcSQ8bO
「……シエルの洞察力と、"直覚"が大きな障害になるって考えたことは、否定しない」
「でも、あなたが優秀なだけじゃ、きっと打ち明けられなかった」
「私が今みたいに包み隠さず話せるのは……シエルが友達だから、だよ」
少し、卑怯な言い回しだとは思う。
だけど、言葉自体に偽りはない。
彼女が利害を超えて信頼できる友人でなければ、この一連の思惑は生まれなかっただろうから。
「……私、は」
狭められたシエルの瞳が、情に揺れる。
せめぎ合いだ。
明白な現状維持か、不確かな抵抗か。
生じた迷いを情動として切り捨てる事に対しての躊躇が、彼女を苦しめている。
「すぐに決められないなら、今じゃなくてもいい」
顔を伏せ、逡巡する段階のシエルに、私が手を出せる謂れはない。
そもそも彼女を追い詰めているのは、他ならない私自身だ。
彼女に一任すると決断した以上、己の意思では動かせない。
487 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/31(金) 01:29:39.59 ID:RMLcSQ8bO
「……一つ」
震えた唇が、決着を告げる。
……いや、まだ終わってはいないか。
「一つだけ、聞かせてください」
だからシエルは、その一押しを望んでいる。
「もし、ジュリウス以外の"ブラッド"が彼と同じ立場にいたとしたら」
「私が君と、敵対する事になったとしたら……君は、今と同じ行動を取れていましたか?」
それが理であれ、情であれ。
彼女が求めるなら、私は誠実さをもって応えるだけだ。
「たとえ相手がナナでも、ギルでも……あなたであっても、私の考えは変わらないよ」
488 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/31(金) 01:32:59.02 ID:RMLcSQ8bO
シエルは、すぐには応じなかった。
たった少しであろう間を何倍にも長く感じながら、私は彼女の答えを待つ。
「……ずるいです、本当に」
如何様にも感情を読み取れるような、そんな呟き。
目元を拭い、面を上げたシエルの顔つきは一見して、いつもの無表情でいた。
「……君が戦力に数えられる内は、私も普段通りでいます」
「ですが……そうでないと判断した時、次はありません」
「足手まといにならないように、踏ん張らないとね」
「……無理もさせませんから」
勝利を収めたのは、情だった。
だけど、素直に喜べるはずもない。
それには、彼女を共犯者に仕立てた、という点も当然あるんだけど。
489 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/31(金) 01:44:14.21 ID:RMLcSQ8bO
「……ありがとう」
「今日はこのまま部屋に籠るつもりだから、心配しないで」
「了解しました。では……」
普段通りというには少々過剰なほど淡白な反応を返して、シエルが立ち上がる。
たとえば私が、自身の行いを棚に上げ、この成果を嬉しがる図太さを持っていたとしてもだ。
一礼をし、踵を返した彼女の、その潤んだままの瞳を見てしまっては。
……そんな感情も、吹き飛んでしまうだろう。
「……ごめんね」
言葉を受けたシエルの背が、一瞬だけ緊張から解かれたような気がした。
「……失礼します」
490 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/31(金) 01:45:30.99 ID:RMLcSQ8bO
閉まる扉が姿を隠すまで、彼女を見送る。
少しして、その奥で何かが崩れてしまった、音を聞いた。
すすり泣く声を、聴き続けた。
もう、戻れない。
491 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/03/31(金) 01:46:20.40 ID:RMLcSQ8bO
ここまで
492 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/04/05(水) 01:43:45.61 ID:goWqUgHoO
◇
「――はい、依頼のブツ」
「手袋は薄くしたけど、基本的には私達整備班が使ってるのと同じ。性能は安心していいよ」
「服はまあ……お守り程度だね。長時間の接触はおすすめしない」
「……それにしても、"黒蛛病"患者に触れる装備……」
「それも通常の服装とほぼ変わらないデザインで……だなんて、ずいぶん無茶な頼みごとだね」
「……もしかして私、騙されてたりして」
「……なんてね。そんな怖い顔しないでよ」
「事情は博士から聞いてる。いつも隠し事される側だからさ、たまには意地悪しないとね」
「……経験上、君たち神機使いが止めても聞かないのも、よく知ってるつもり」
「君と同じぐらい、厄介な人を相手にしたこともあるからね」
「……だから、今回も死なない程度にはサポートさせてもらうよ」
493 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/04/05(水) 01:47:57.00 ID:goWqUgHoO
懸念が、3つあった。
一つは、私に巣食う病の経過について。
本来、首元の文様は、"黒蛛病"の最終段階として表れるはずのものだ。
身体機能の低下や喀血といった症状は、その前段階として認識されている。
私の場合は、それらが同時期に起こった。
しかも、感染からそれほど時間が経っていない状態で。
端的に言えば、病状の進行が異常なのだ。
一般人とは異なる神機使いの発症例も幾つかあるけど、ここまで極端な例はなかった。
その要因として有力なのは、やはりP66偏食因子の存在だろう。
既存と異なる部分として私に関わっているのは、それぐらいしか考えられない。
494 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/04/16(日) 07:18:49.96 ID:wAaxG1znO
「――"黒蛛病"、ひいては"赤い雨"に含まれるオラクル細胞の性質について、わかったことが二つある」
「このオラクル細胞は、あらゆる情報を記録し、蓄積させる。雨粒として触れたものなら、何をも問わずね」
「情報の獲得という意味では、アラガミの捕喰と何ら変わらないと思うかもしれない」
「だけど、この雨に偏向性はない。要は、最初に何を口にしようと好き嫌いが出ないんだ」
「さらに言えば、このオラクル細胞は捕喰すら必要とせず、ただ情報の取得に特化している」
「"赤い雨"が降った後、そこにある物体や地質に影響があったという話は聞いたことがないだろう?」
「もちろん、"黒蛛病"の例は除いてね」
「そしてもう一つ、その"黒蛛病"に感染した患者の体内に宿る偏食因子は、病の進行と共に成長する」
「言い換えれば、死に近づけば近づくほど、その力は強まるということなんだ」
「"黒蛛病"を、患者の肉体を自らの成長の糧とするため、オラクル細胞がその体組織を無理やり馴染ませる過程だと考えると……」
「一連の症状は、それに対する拒絶反応と見るのが自然だろうね」
495 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/04/16(日) 07:19:41.22 ID:wAaxG1znO
「……こうして成果を得られているのは、君から生じている"偏食場"を測定したおかげだよ」
「今までは観測も困難な程微弱だった反応数値を、君の身体は何倍にもして増幅させている」
「体内に入り込んだオラクル細胞が、急速に活性化しているんだ」
「それこそ既存の症例で言えば、とうに死に至っている程の領域にね」
「だけど、君はまだ生きている」
「重症化を促進させている要因と、君を生かす力が同じP66偏食因子であるのなら、まだ助かる見込みはあるはずだ」
「……情報の集積、無差別に与えられる偏食因子、そして……それらの"統制"」
「正直、当たって欲しくはない推測だけど……見えてきたものはある」
「……もう少しだけ、待っていてくれ」
特異な条件下にいるのは、私より以前に感染したジュリウスも同じだ。
気持ちだけ逸っても、仕方ないのはわかっている。
そのつもりであっても、芽生えた不安を完全に押し殺せる気概は持てなかった。
496 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/04/28(金) 01:45:21.12 ID:p2ihM7JsO
焦りに負けたとしても、立ち塞がってくるのが第二の懸念だ。
新種のアラガミと目されるそれは、主にフライアやサテライト居住区の近辺に出現し、人々を脅かし始めている。
ここ数日の主な相手となった奴らは、ただでさえ恒常的なアラガミ討伐に追われている極東の神機使い達にも、更なる負担を強いる存在となっていた。
その正体は、度重なる戦闘の結果,、方々の戦場に廃棄された"神機兵"のなれの果て。
黒鋼の装甲は赤く染まり、オラクル細胞の制御機構が積まれていたはずの背中からは、嘗てのマルドゥークを思わせるかのような触手が伸びている。
見た目以上に変化が顕著なのは、その挙動だ。
大剣を肩に掛け、背を折り曲げ、空いた片手を地に着けた姿勢は、どう見ても普段の"神機兵"のそれとかけ離れている。
あくまで模範的な神機使いに準じていた戦闘方式も、力任せに大剣を叩きつけたり、反動もろくに抑えずに銃弾を撃ち出したりするなど、
まるで抑えきれない力に振り回されるかの如く、極めて野蛮なものに変貌していた。
これらの変異を見せる"神機兵"は発生地点の関係から、サテライト住民にとっての新たな脅威となっている。
フライアへの物理的な介入を望む層にとってもそれは同様で、突如現れた赤い群れは、意図せずして防壁の役割をも果たしていた。
497 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/04/28(金) 01:50:31.10 ID:p2ihM7JsO
榊博士の見立てでは、これも"赤い雨"の影響による可能性が高いらしい。
既に何体か撃破された赤い"神機兵"の、まだアラガミ化を免れていた部品と偏食因子の形質を調査した結果、
それらは全て、ジュリウスが指揮を執った以降の世代のものであると断定されている。
つまりは、"黒蛛病"患者の偏食因子を注入された"神機兵"がその前身ということだ。
フライアの管理問題は置いておくとして。
"統制"によって何らかの影響を受けた"神機兵"の偏食因子が、制御を失った上で“赤い雨”と接触、活性化したと考えれば、
私の身に起こっている事も踏まえ、幾らか辻褄は合うかもしれない。
ただ、そう仮定すると気になるのは、"神機兵"が変異したタイミングだ。
原因が偏食因子の変化と"赤い雨"にあるなら、何故今になって同時多発的な変異が起こったんだろう。
ジュリウスが"神機兵"を率いてから、たったの一回も"赤い雨"が降らなかった、なんてことはもちろんない。
"神機兵"にしても、その時ごとの戦場に遺棄されている事実がある以上、全てがほぼ同じ時間に棄てられていた、と考えるにも無理がある。
残る線は、"神機兵"に変異の可能性を与えた"統制"の"血の力"だ。
498 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/05(金) 23:35:34.01 ID:xr42ErhWo
「――ジュリウスのことは、もちろん心配です」
「友達にはなれませんでしたけど、フライアに来る前から、私達なりの付き合いがありましたし……」
「少なくとも、彼がこんな行動に出るような人物でなかったことは、私も理解しているつもりです」
「それに、ラケル先生だって……」
「……こんな状況になってしまって、時々わからなくなることがあるんです」
「君に出会う前の私は、命令が絶対でした」
「両親のこともほとんど覚えていなくて、ただ言う事を聞いて認められるのが拠り所になっていって」
「いつの間にか私は、与えられた命令を第一に考えるようになっていました」
「拾われた恩はあります」
「ですが、当時の私から見たジュリウスやラケル先生の人物像が、果たして本当に正しいものだったのかどうか……」
「どうしても、自信が持てなくて」
「……そう、ですね」
「過去を思い悩んで立ち止まるよりかは、これから彼らを理解していこうと考えた方がいいのかもしれません」
「私を今のようにしてしまった君も、同じですよ」
「"これまで"だなんて、考えないでください」
「……そのために、私は自分の意志で君に協力しているんですから」
499 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/10(水) 22:10:47.22 ID:fzbACKzZO
そのジュリウス、というより、フライアの動向で気にかかっていたのが、現在の"神機兵"の運用だった。
フライアとのつながりが断たれた今、戦場にいる"神機兵"の姿は、報道映像等の断片的な情報で窺い知るのみだ。
だけど、フライアに直接乗り込んだ"ブラッド"は知っている。
少なくともその当時、私達と相対した"神機兵"の挙動は、明らかにジュリウスが指揮するそれとは質が異なっていた。
本来想定していない類の相手だったとしても、
アラガミの群れを退けられる実力を持ったはずの神機兵団が、たった4人の神機使いにああも容易く抑え込まれるものだろうか。
こちらとしても不意を突かれた場面はあったものの、"朧月の咆哮"と同一の指揮系統だとはとても思えない。
ジュリウスが手を抜いていた、という風には感じなかった。
フライアの所業を意図的に暴かせるのが目的なら、わざわざ一芝居打ってまで"黒蛛病"患者を逃がす必要はない。
善意があっての行動だとしても、神機使いですらないユノに刃を向けたという事実がある。
あの方式を採っている以上、ジュリウスの代わりに教導役を務められる人物も存在しないはずだ。
ここまで考えれば、何が彼の代わりに"神機兵"を動かしていたのか、自ずと答えは見えてくる。
"神機兵を自律モードで配備してある……眠らない歩哨だ"
"フライアのおかげで、無線制御の機体としては、ほぼ完成している"
"今は俺の血の力用いて、教導過程……戦いの学習をさせているところだ"
あの神機兵団は、完全に自律した制御の下にある。
500 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/10(水) 22:13:02.66 ID:fzbACKzZO
仮に、現在稼働している"神機兵"も同一の体制だとすると、なぜジュリウスは降りざるを得なかったのか。
"神機兵"が教導を必要としなくなること自体は、ジュリウスも望むところだっただろう。
それこそが無人制御式"神機兵"の到達点の一つであり、そのために彼も調整に心血を注いでいたのだから。
だけど実態は、理想からは程遠い代物だった。
動作自体はジュリウスを踏襲出来ていても、それを的確に使い分けられていたとは言い難い。
少なくとも、ジュリウス本人ならまず納得しない程度の習熟度だ。
それでもジュリウスが手を出せなくなった理由として考えられる要因は、やはり彼を蝕んでいる奇病だろう。
私と同じように重症化が進んでいるのだとすれば、教導さえままならなくなったとしてもおかしくはない。
一連の騒動の中、フライアとしての声明はあっても、ジュリウス自身は一切表に出てこないこの状況も、その裏付けのように思えた。
けれど、まだ不自然な点は残っている。
ジュリウスが動けない状況にあるのなら。
志半ばで、諦めなければならない程だというのなら。
"……察しが早くて助かる"
……あの声は、何?
501 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/10(水) 22:13:57.20 ID:fzbACKzZO
ここまで
過疎スレも折り返し
502 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/21(日) 23:27:49.63 ID:EIMMUKx9O
◇
今日何度目かわからない、大剣の横薙ぎを躱す。
風圧に戦ぎ、足元で擦れる雑草を尻目に、私は前方に踏み込んだ。
返す刀で放たれた突きとすれ違い、敵の股下を潜り抜けたところで、ブレーキ代わりに突き出した片脚が身体を跳躍させる。
捻った胴体から繰り出される、既に展開を終えていた槍型神機の穂先は、巨体が振り向く暇も与えず、その背部を貫いた。
『――反応の消失を確認。残り一体です』
広大な庭園を中心に形成された、都市の亡骸。
この付近に位置する"サテライト拠点"への侵入を防ぐため、私は暴走した"神機兵"の処理にあたっていた。
突き刺した神機を引き抜き、姿勢をぐらつかせた敵の背後に着地する。
圧し掛かる重圧に、立ち上がった後も身体が慣れない。
アラガミ化した"神機兵"の発生頻度は未だ小規模ながら、衰えを見せなかった。
そのために神機使いも連戦を強いられ、少しずつ疲労の色を見せ始めている。
ただでさえ万全な調子とは言えない私の身体は、早くも悲鳴を上げていた。
既に、接地の感覚も遠い。
それでも、まだ何とか平常を装える範囲だ。
「っ……」
不意に内臓を締め上げ、駆け登ってくるこれを除けば。
503 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/21(日) 23:30:24.97 ID:EIMMUKx9O
『先輩、そっち行ったよ!』
同行していたエリナから通信が入る。
視界の範囲にいる彼女の方へ視線をやれば、今回最後とされる標的が、猛然とこちらに迫ってきていた。
"神機兵"を追いかける形で、駆け寄ってくるエリナの姿も見える。
最悪だ。
気づけなかったことはともかく、こればかりは、誤魔化しようもない。
返答の言葉も出せないまま、私は敵の方へ駆け出した。
既に相手はこちらの射程に入っていたけど、あえて銃形態には移行しない。
逆に向こうの間合いにまで入り込んだ私は、神機の穂先を敵の脚部に叩きつけた。
掬われた足を素早く後ろに引き、地に張らせた"神機兵"は、黄色く濁った眼で私を睨み付ける。
その姿勢のまま、お返しとばかりに繰り出された強烈な斬り上げは、盾として構えられていた私の神機をいとも簡単に弾いてみせた。
もしくは、私がそう見せかけた。
上方に神機ごと放られた右腕はあえて引き戻さず、体勢を崩したまま、次の手を待ち構える。
直後の出来事を思うと、流石に気分も落ち込んだ。
504 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/21(日) 23:33:53.97 ID:EIMMUKx9O
隙を見逃さず、敵が前方に体重を乗せる。
自然と、眉間に皺が寄った。
こちらとしても、とうに我慢は難しくなっている。
だけど。
だけれど、これは、どうしたって。
「ぐぶ……ぅっ」
痛い。
飛び出た相手の爪先が、腹部に突き刺さる。
身体を一気に浮かせるほどの外圧に、私はあっさりと限界まで追い込まれた。
「うぐ、ぶぇっ……!」
たまらず振った神機が、空を切る。
爪先から離れ、少しの滞空時間を彷徨った私は、血を撒きながら地表に叩きつけられた。
『先輩!?このっ――』
一部始終を見たエリナの憤りが、不自然に止まる。
追撃のために一歩踏み出したはずの標的が、そこからぴたりと動かなくなった、その違和感からだろう。
背後に増えた痛みに呻きながら、薄目を開ける。
ちょうど、目の前の"神機兵"の身体と、首から上のズレが目に見えて大きくなってきたところだった。
どうせ打たれるならと、その直後に放った"ブラッドアーツ"のカウンターが上手く当たってくれたらしい。
505 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/21(日) 23:42:37.69 ID:EIMMUKx9O
完全な分離を果たし、双方倒れ伏した敵を追い越したエリナが、そのまま私の方へ駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「……うん、何とか」
軽く咳き込みながらも、彼女が触れる前に自力で立ち上がってみせる。
「かっこ悪いとこ見せちゃったね……今の内に回収も済ませちゃおうか」
「でも、傷……」
差し出すつもりだった手を泳がせながら、エリナは尚も気遣ってくれていた。
「これぐらいならすぐ治るよ」
実際、"黒蜘蛛病"が体内のオラクル細胞を活性化させている影響で、私の治癒能力は飛躍的に高まっている。
内部はともかく、あくまで外傷を誤魔化す分にはありがたかった。
「……本当に?」
「本当に」
「ふーん……」
それでも彼女に生まれた疑念からは、しばらく逃げられそうにないけど。
506 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/21(日) 23:43:05.78 ID:EIMMUKx9O
ここまで
507 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/25(木) 02:08:44.06 ID:QU6yr3HsO
>>505
"くろくもびょう"とはいったい…
ちょっとした訂正だけしときます
508 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/05/25(木) 02:41:07.86 ID:QU6yr3HsO
意志の持ちようでは、こうして凝固させたオラクルエネルギーを、神機から切り離して扱う戦法も可能ということだ。
咄嗟に狙いも付け難いし、基本的には中距離程度しか維持できない代物だけど。
既に斃れた敵を追い越したエリナが、そのまま私の方へ駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「……うん、何とか」
軽く咳き込みながらも、彼女が触れる事も見越して、事前に立ち上がっておく。
「かっこ悪いとこ見せちゃったね……今の内に回収も済ませちゃおうか」
「でも、傷……」
差し出すつもりだった手を泳がせながら、エリナは尚も気遣ってくれていた。
「これぐらいなら、すぐ治るよ」
笑みを見せつつ、コア回収に向かう体で彼女の側を通り過ぎる。
実際、"黒蛛病"が体内のオラクル細胞を活性化させている影響で、それに伴う治癒能力もまた、飛躍的に高められていた。
内の消耗はどうしようもないけど、あくまで外傷を誤魔化す分にはありがたい。
「……本当に?」
「本当に」
「ふーん……」
それでも彼女に生まれた疑念を振り払うには、しばらく時間がかかりそうだったけど。
509 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/06/04(日) 02:07:47.94 ID:jCDF+UIBO
◇
「――本当にびっくりしたんだからね、こっちも」
「いくら疲れてるからって、ちょっと油断しすぎなんじゃない?」
「ごめん……今日は随分と手厳しいね、エリナ」
任務に参加していた他のメンバーとも別れ、"アナグラ"のロビーに戻った後も、エリナの追及は続いていた。
彼女は私の立ち回りがよほど気に食わなかったようで、
「だってさっきの先輩、それぐらいおかしかったんだもん!」
「いつもなら間合いもちゃんと測ってるし、あのまま何も考えずに突っ込むなんて……」
「買い被り過ぎ。今回は本当に、焦って飛び込んじゃっただけだから」
「それが怪しいのよ!」
「怪しいも何も、これ以外に言いようがないんだけどな……」
この手の問いを投げかけては、私にはぐらかされ続けている。
「それに比べると……エリナ、最近は任務中の被弾もかなり減ってきたよね」
「……見栄張る前に守りを固めなさいって、先輩に教えられてきたから」
510 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/06/04(日) 02:09:47.05 ID:jCDF+UIBO
「そんなきつい言い方はしてないと思うんだけど……まあ、最初からそこまで経験に差があったわけじゃないし」
「今日でエリナにも追い越されちゃったかな」
「本当にそう思ってるならもっと悔しがってよね、まったく……」
それも漸く半眼で睨みつける程度に収まってくれて、何とか話題を逸らすことに成功した。
「というか、話逸らさないでよ」
というわけもなく。
「大体さ、血を吐くような怪我して無事で済んでるわけないじゃない!」
「ちゃんと後で診てもらうから」
「そういうこと言ってるんじゃなくて……はぁ」
「もうそれでいいわ……こっちが疲れてきちゃう」
結局、不貞腐れたエリナが折れる形で、ひとまずは逃げ切れた。
……元々大したこともしていないとはいえ、ますます私の立場が無くなってきているような。
511 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/06/15(木) 00:26:22.78 ID:VHdU/oubO
こうして尾を引くような悪手を取ったのは、今回が初めてではなかった。
前提として、人前で血を吐いても怪しまれない状況なんてそうそう無い、というのもある。
だからと言って、掴まれるまで尻尾を振り続けているわけにもいかない。
この板挟みもまた、私を徐々に消耗させる一因になっていた。
「……それで、さっきの話なんだけど」
「……ああ、ナナさんだっけ」
ただ、私も終始猿芝居に興じていたわけではない。
エリナの本格的な詰問が始まる直前、私が彼女にそれとなく尋ねたのは、ここ最近のナナの動向についてだ。
それを早々に受け流された経緯もあるので、エリナに覚えられているかどうか、少し不安だったけど。
「私も任務以外はあんまり見かけてない。最近はラウンジにも顔出さなくなっちゃったしね」
暴走した"神機兵"が観測されるようになってから、私達がそれぞれの部隊で活動する機会は一気に減った。
"神機兵"だけならまだしも、それに呼応するかのように、極東地域のアラガミが積極性を増しているからだ。
512 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/06/15(木) 00:30:16.21 ID:VHdU/oubO
単に運が悪いだけなのか、意図的に引き起こされたものなのか、はっきりとはしていない。
いずれにせよ急激な攻勢に対し、私達は特に規則性もないまま駆り出され続けている。
フライアの事もあり、"ブラッド"には何度かメール連絡はとっているものの、その際の反応がいまいち芳しくないのがナナだった。
普段ならいの一番に返ってくる近況報告は3人中最下位にまで落ち込み、
やや脱線した話題で飾り立てられがちだった文面も、最低限の返事が載るのみの素っ気ないものになっている。
この類の無頓着さはギルもいい勝負だけど、問題はそれを手掛けたのがナナであるという点だ。
あからさまな変化を見逃せるわけもなく、直に顔を合わせようと動き始めてはみたものの、彼女は中々捕まらない。
会いたいと連絡しても返事はないし、任務で同行した神機使い達への聞き込みも、現時点で得られる成果は乏しかった。
それどころか、普段のナナが愛用していたラウンジですら、目撃報告が殆どないという不安要素まで増えている。
「ここで誰にも見つからない場所って、それこそ自分の部屋ぐらいじゃない?」
「まさかまだ見に行ってない……なんてことはないよね、流石に」
「……寝床には使ってるだろうけど、基本は空けっぱなしかな」
「……うーん」
513 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/06/23(金) 00:37:43.05 ID:QNuQC3ofO
居住区の方に通っている可能性もあるけど、いつここに呼び出されるかもわからない現況では、それも少し考えにくい。
特に手がかりもないまま、傍らで小首を傾げ、唸るエリナに視線を向ける。
既に幾戦か終え、何もなければそこそこ休めるはずの私とは違い、先の任務から参加した彼女には次が待っていた。
「まあ、今の時間なら戻ってるかもしれないし……もう少し探してみるよ」
「……エリナ、時間は大丈夫?」
「え?あー……まだちょっとは余裕あるかな」
「じゃあ、私はここで。ごめんね、引き止めちゃって」
「あ、うん……じゃあ……」
喋り終わった今になって疲労が回ったのか、少し気の抜けた様子のエリナを背に、まずは“ブラッド”の区画へ――
「ひっ!?」
――向かう前に、私に迫る気配の方へと振り向く。
焦燥の中で捉えたのは、つい先ほど別れたはずの、エリナの姿だった。
514 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/06/23(金) 00:39:44.54 ID:QNuQC3ofO
「……さ、さっきぶりだね、先輩」
辛うじて答えてみせた彼女は、私以上に動揺を表出させている。
気取られない内に警戒を解き、私はエリナを手助けすることにした。
「……ちょうど、エリナがまだ話し足りないんじゃないかって思ってたところ」
「そ、そう……」
まだ疎らながら、往来のあるような場所で話し込むのは避けたい。
相手も暇ではないことだし、すぐ近くの壁が私の背になるよう、彼女を誘う。
「……あの、さ」
その間にエリナも落ち着いたのか、少しの逡巡を経て、漸く話を切り出した。
「先輩、やっぱり何か隠してない?」
彼女は、私への追及を諦めてはいなかった。
予想通り、と言えば聞こえはいいけど、その実、特に対策は考えついていない。
「気にし過ぎなだけかもしれないけど、どうしても引っかかっちゃって」
「……人を避けてるの、ナナさんだけじゃないよね」
自分の時間も捧げてでも引き止めたからには、既に確信めいたものが、エリナの中で渦巻いているのだろう。
私の真贋を見定めようと、見上げる瞳が入り込んでくる。
「気のせいなら、それでもいいから……何か、言って」
耳障りのいい嘘で丸め込もうと楽観的に思えるほど、彼女とは浅い関係でもない。
纏わりつく懇願と不安に押されて、私は口を開いた。
「……あるよ、隠し事」
515 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/07/19(水) 23:51:57.42 ID:gYu/n8WbO
結ばれたエリナの口元が、引きを強める。
両拳は胸の前で握りしめられ、やや前傾の姿勢から放たれる眼光は鈍らない。
「そんなに身構えなくてもいいんじゃない……?」
どんな大物でも受け止めてやる、とでも言いたげな彼女の気概が妙に大袈裟なものに思えて、真顔が少し崩れた。
僅かにでも気の休まる状況に身を置けたせいか、頭も緩んでしまっているらしい。
「いいから……!」
戒めの如く、こめかみの奥がきりりと締めつけられる。
新しい症状だろうか。
ともかく、仕切り直しだ。
傷んだ喉を咳払いで和らげ、より鋭く私を見据えるエリナの方へと向き直る。
「私が隠しておきたかったのは、もっと単純な事でね」
「……不安、なんだ」
少し下がる彼女の両手が、視界に入った。
516 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/07/19(水) 23:53:47.76 ID:gYu/n8WbO
「身内のクーデター、山積みの問題、具体的な解決法もわからない」
「人を避けてる……というか、余裕はなくなっちゃってるかもね」
嘘で騙す必要はない。
シエルでさえ、あの段階では私の容態を予想もしていなかった。
伝えなければならないのは、エリナが知る私の秘め事だ。
全てではなくとも、これも私の本音には違いない。
「……そう、なんだ」
対する彼女は、すっかり肩の力が抜けてしまっていた。
身近な悩みに、かえって呆気に取られているといった風情だ。
もっと取り返しのつかないような規模を覚悟されていたのか、叱りつけられた前科があるだけに、少し複雑な気分だけど。
その実、かなり近いところではある。
「まあ、それはそれで……先輩の口からは聞きたくなかったかも」
「……だから言えなかった、とか?」
すぐに気を取り直したエリナへ、首肯を返した。
フライアを相手取る以上、それに通じていた"ブラッド"にも、当然視線は集まる。
純粋な期待ではなく、停滞と閉塞の色濃い現状を打破する委任先として、私達は徐々に足場を狭められつつあった。
誰しもがそんな感情を持っているわけではないし、それを悪と断じるつもりもない。
けれど、おいそれと弱音を吐けない立場にあるのは確かだった。
517 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/08/18(金) 23:39:55.39 ID:/vmRGLB1O
「……だよね、ごめん」
「何か力になれるかも……って、余計なお世話だった」
無力そうに俯く彼女の内心を大きく占めているのは、折り合いをつけられない自身の感情への憂慮だろうか。
私が口にした不安は、何も己のみが抱えている問題というわけではない。
現況に置かれた者ならば、影響の大小に関わらず、気を揉んでいる事柄であるはずだった。
「そんなことないよ、エリナ」
とはいえ、これは私が蒔いた種だ。
伝播させたままにはしておけない。
少し腰を落として、エリナに笑いかける。
「……こっちこそ、不安にさせてごめんね」
下りた目線は、顔を上げた彼女のそれに、ぴたりと一致した。
「でも、こうやって話を聞いてもらって、少しは楽になれたし……エリナがしてくれたことは間違いじゃないよ」
「少なくとも、私にとってはね」
"ブラッド"の一挙手一投足が、"アナグラ"に注視されている。
見方によれば、それは私達の行動次第で、今後の士気にある程度の影響を与えられる、ということだ。
518 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/08/22(火) 00:29:51.96 ID:wa85cL3gO
「それにね、私……迷ってはいないから」
私を見つめる失意に、動きがあった。
「自分のしたいこと、やらなきゃいけないことはわかってるつもりだし、それを諦めるつもりもない」
折れなければいい。
私達が、私が、それを守ってさえいれば。
晴らすことは出来なくとも、エリナ達をつなぎ止めておくぐらいは可能なはずだ。
「……それでも不安な時は不安だし、また零しちゃうかもしれないけどね」
完璧に振る舞う必要はない。
と、私が決めていい事でもないかもしれないけど。
既に無理を決めた身一つで持ち切れるほど器用でないことも、学習はしているつもりだった。
現に、この後エリナがどう応えるか、少し怖がっている自分がいる。
「……うん……まだ、ちょっと整理できてない、けど」
私が言い終わるまでの間に、視線を外していた彼女が、声を上げた。
「先輩がそう言うなら、こっちからはもう聞かない」
「……というか、ダメだよね。あれだけ偉そうに特別扱いが嫌って言っといて、いざって時は"ブラッド"頼りなんてさ」
519 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/08/22(火) 00:33:10.88 ID:wa85cL3gO
「……ううん、――」
「いや、ダメね!先輩に言われるまでもなく!!」
威圧で帰ってきた視線に、なけなしの援助が吹き飛ばされる。
けれど、これはこれで慣れたものだった。
「だから、力になりたい、じゃなくて、なる!」
「私はもう、最っ高にかっこ悪い先輩も見ちゃってるんだから、何でも言ってきて!」
「エリナ……」
……痛い所を突いてくるのも、まあ、いつも通りだ。
「ありがとう……時間は?」
「うん……えっ?あっ……!」
挨拶をする間もなく、駆けて行った彼女を見送る。
あの調子なら、もう心配はいらないだろう。
さてと次はと一歩踏み出せば、先ほどまで後回しにしていた痛みと嫌悪感が滑り込んできた。
520 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/08/22(火) 00:34:14.97 ID:wa85cL3gO
まだ、腰を落ち着けるには早い。
引っ掻き回された身体と意識を引き戻し、周囲に気取られないよう、歩を進めていく。
雪崩れ込む一瞬に呑まれなければ、思考もままならなくなるということはほぼない。
徐々に思案を広げて、頭に巣食った悪感情を追いやっていく。
結局、ナナがどこにいるのかわからず仕舞いだった。
しかしながら、彼女が調子を崩している理由をある程度察することはできる。
突けるとすれば、そこからだ。
キーワードを紐付けて、今一度回顧する。
聞き込みで多少は絞り込めたものから、取り留めのない話まで、並び立てて順繰りに――
"ここで誰にも見つからない場所って、それこそ自分の部屋ぐらいじゃない?"
――一周しかかったところで、網にかかるものがあった。
つくづく私は、自慢の後輩に助けられている。
521 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/08/22(火) 00:35:09.82 ID:wa85cL3gO
少しキリのいいところで
もう2年なんですね…
522 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/01(金) 08:10:05.54 ID:mECjIJ7X0
おつおつ
毎回更新楽しみにしてるから頑張ってくれ
523 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/09/08(金) 00:55:47.48 ID:MKc7Tba+O
>>522
こんな死に体スレにありがたい…
もうこの投下ペースはどうしようもないけど、オチまでは決めてあるので気長に待っていただきたい
524 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/09/08(金) 00:57:14.80 ID:MKc7Tba+O
◇
薄暗闇に潜む、影があった。
それは私の部屋から、さほど時間もかからない場所にいて。
開いた扉から挿し込まれる光にも、僅かに身じろぎするのみだった。
「……探したよ」
発した声と共に明りを点ければ、振り向いた影が形を持つ。
「えーっと……それはどうも?」
困り笑いで私を迎えたナナは、室内のベッドに腰掛けていた。
ここは本来、彼女どころか、誰のための空間でもない。
嘗てはジュリウスが暮らしていた、ブラッド区画の空き部屋だった。
525 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/10/10(火) 07:17:27.93 ID:IpBGZWjRO
「……別に、隠れてたわけじゃないんだ」
ナナが視線を落とし、呟くように言葉を漏らす。
そもそもの配置からして、よほどの理由がなければここまで立ち入る者はいない。
この区画を主に使っている私にとっても、盲点だった。
「でも、ここに来れば、何かわかるかもって……」
何もないからだ。
ジュリウスが"アナグラ"を去る時点で、彼はその痕跡を消しにかかっていた。
現にこの部屋だって、ベッドに衣装棚といった、備え付けのものしか残されてない。
クーデターが起こった際も、名目上の捜索はあったようだけど、これといった成果は聞かなかった。
「……ジュリウスのこと、まだ怒ってる?」
それでもナナは、ここにいる。
その真意までは把握できなくとも、彼女がジュリウスに纏わる何かを求めて訪れたことに違いはないだろう。
私がそう推測し、助力を得た上でナナの居場所を導き出せたのは、彼の行為に痛憤する彼女の姿を見ていたから。
526 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/10/26(木) 07:17:46.30 ID:Wq6n4tJTO
そう、思っていたんだけど。
「……逆に聞きたいんだけど、怒ってないと思う?」
どこか呆けていたナナの言葉に、意志が宿る。
「思わない」
「……じゃあ、そんなこと聞かないでよ」
ナナにしては、随分と冷めた調子の言葉。
ただ、そんな彼女の様子を目にしたことで、少し考えが変わった。
なるほど、確認を取るまでもない事柄なのは確かではある。
「でも、それだけじゃないよね」
その感情が、怒りに限ったものなのであれば、だけど。
少し間を開けた後、同じ調子で言葉が返ってきた。
「……例えば?」
「さあ……実際何を考えてるかなんて、本人にしかわからないし」
「ただ、怒っているだけなら……ここには来てないかな、と思って」
思い違いをしていた、らしい。
もしナナが憤りを維持し続けていたとして、この場所を気にかける必要はあるだろうか。
何もないとわかりきった部屋で当たり散らすこともなく、私が彼女の捜索を決意する程度の時間を、静かに過ごしただけで済むものだろうか。
「そういうもの、なのかな」
「……私が思う分には」
「じゃあ、そういうものなんだろうね」
あえて赴くことで、怒りを保つ方法もあるにあるだろうけど。
他人事のように私の問いをいなすナナを見る限りでは、それも考え難いように感じた。
527 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2017/11/24(金) 00:22:25.23 ID:ad+Cylr0O
「……質問を変えるね」
「ナナはこの部屋に来て、何がわかると思ったの?」
ジュリウスに纏わる事柄。
それは何も、彼本人に対するものだけじゃない。
「……色々あったはずだけど、なんだろ」
「わかんない。……うん、わかんないや」
得心がいったのか、ナナの声音が一段上がる。
「ジュリウスがここから出て行っちゃって、またここに来た時はちょっと冷たくなってて」
「でも、やっぱり根っこはジュリウスなんだって安心して、ラケル先生も協力してくれてるんだって、嬉しくて……」
「……そしたら、レア先生がフライアから逃げてきた」
上ずった音調を保てなくなるのも、すぐだった。
「"黒蛛病"患者の人達をあんなとこに押し込めて、ジュリウスは何も言ってくれなかった」
「ラケル先生が協力してるのもそういうことかもしれなくて、じゃあ今まで私が見てきた2人は……」
不意に語尾が緩み、勢いも止む。
これが理由だとばかりに、彼女の腿に雫が落ち、伝っていく。
「わかんないよ……」
「二人のやってる事も、それに我慢できないぐらい怒ってる自分も怖くて、信じられなくて、頭ん中ぐちゃぐちゃで……」
「わかんないよぉ……!」
528 :
◆6QfWz14LJM
[sage]:2018/01/02(火) 01:49:09.05 ID:m52AqS8y0
わかんないまま年越しちゃった
すいません三が日中には何とか…
529 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2018/01/14(日) 22:36:33.10 ID:lzinQoP/O
ナナの抱える悩みは、シエルが打ち明けてくれたそれと似ていた。
けれども、彼女の戸惑いの多くは、制御しきれない自身の感情に割かれている。
アラガミのみにぶつけていた激情を、人に向ける経験もなければ、それを得る必要もなかったのだ。
初対面の頃より開放的になったといっても、無意識に抑え込んでしまっていた部分はあったかもしれない。
「頭では割り切らなきゃって……でも、みんなみたいにはなれないよ……!」
それも、限界だった。
嫌悪とも怒りとも取れる苦悶をその貌に象る彼女は、未発達な感情に振り回されている。
「……誰も、ジュリウスの事なんて気にしてないって?」
刺激しないように、ゆったりとした足取りでナナの真横に腰を下ろした。
一人の体重を新たに受けて変形したマットが、俯いた彼女の頭を揺らす。
「ナナは、本気でそう思ってるの?」
今度は意識的に、首が横に振られた。
私としても、彼女がそう考えているとは思わない。
ただ、今の段階で意思疎通が図れるか、確かめておきたかった。
「…シエルがね、ナナと同じような事言ってた」
「今の二人を見てたら、これまで自分が見てきたものにも自信が持てなくなったって」
何も言わず、鼻を啜ったナナが涙の痕を覗かせる。
「落ち着いてるように見えたかもしれないけど、ナナだけの悩みじゃないよ」
「だから――」
530 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2018/01/14(日) 22:44:30.74 ID:lzinQoP/O
――不意に、耳鳴りが広がった。
刺すように、押し込むように、染み渡るように。
瞬く間に言葉と意識を奪い取った音響は、ナナが異変を察知するのに十分な時間を与えてしまった。
「隊長……?」
視界に映った彼女の手が、私を現実に引き戻す。
反射的に身を引き、唖然としたナナを置き去りにしたところで、ようやく意識も覚醒した。
「っ……ごめん、ちょっと、疲れてて」
とはいえ、精神は十分にかき乱されている。
痛みではない。
そもそも、"黒蛛病"の症状なのかどうかも分からない。
疲弊した身体が隙を作っていることは疑いようもなかったけど、ただの耳鳴りとも思えない影響力が不可解だった。
「……ふぅん」
その一方で、ナナは丸まった目を細め、私の方に乗り出していた体を元の位置に戻す。
「そういうとこも、なんだよね」
「……何が?」
「そうやって色々隠そうとするところ。ジュリウスが"黒蛛病"だって聞かされてから、ずっとモヤモヤしてた」
531 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2018/01/14(日) 22:45:55.26 ID:lzinQoP/O
三が日とは何だったのか
言う事が大体覆ってる気もしますが、流石に年内には終わらせたいですね…
532 :
◆6QfWz14LJM
[sagesaga]:2018/03/19(月) 00:56:06.22 ID:RlXjclRlO
「あの時は隠すことが皆の、……私のためだって、そう思ってた」
「……それで?今度は私のために嘘をついてたの?」
彼女が知っているはずはない。
この場で私の不調が結びつくこともないはずだ。
そう押し込めたつもりでいても。
「……疲れてるなら、来るところが違うじゃん」
「そんなことされたって、嬉しくないよ」
確かな安堵を覚えた自分に、嫌悪が募る。
「……ごめん」
「自分の気持ちを整理できなくて、辛いことは溜め込んで……」
「私達、変わんないね」
533 :
◆6QfWz14LJM
[sagesaga]:2018/04/16(月) 01:00:02.80 ID:xihyqYjvO
それでも、その安堵に含まれていたのは保身だけじゃなかった。
「……そうかもしれないけど、そうじゃないかも」
追い詰められ、苛立って尚、ナナは自分本位ではいられない。
だからこそ、私は変わらない彼女を放ったまま引き下がれなかった。
「何が言いたいの?」
怪訝な様子を隠そうともせず、ナナは改めて私の顔面に視線を定める。
「……ナナ、今日は"血の力"、使った?」
募る苛立ちが彼女の眉根を寄せて、
「"神機兵"を引き寄せるのに何回か。それが……あ」
一気に引き戻した。
「確かに今の敵は多いけど、"アナグラ"に引き寄せられてるようには見えないかな」
「いきなり変われなくても、成長はしてるんじゃない?」
534 :
◆6QfWz14LJM
[sagesaga]:2018/07/05(木) 00:47:02.35 ID:zmXq3hRDO
もう片方はどうだか知らないけれど。
「……でも、結局自分の気持ちに振り回されっぱなしで」
「振り回されてるって自覚はあるんでしょ?自分の気持ちに向き合う余裕があるんだよ、今は」
「わかったように言うね」
「わかるよ……とは言わないけど」
態度の割に、何だかんだ言葉は返してくれる。
躓きこそしたけど、経過は悪くない。
そう思えば、少し賭けに出てもいい気になった。
「辛いことがあって、取り乱して……それでも受け止めてもらえて、”ブラッド”をもっと大事に思うようになった」
「……その気持ちは、ナナと一緒だと思ってる」
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