【ゴッドイーター2】隊長「ヘアクリップ」

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84 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/01(火) 00:59:56.90 ID:RkvSB8Q60
ロミオ脱走5秒前まで
言う程隊長とロミオって絡みないよなと思って付け足したら余計にロミオが嫌な奴になってしまった…
85 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/03(木) 23:46:32.59 ID:gD1asC0l0


「いやー、楽勝、楽勝!もう"ブラッド"に敵なしって感じ!」

その日何度目かの任務を終え、私達"ブラッド"は"アナグラ"に帰投していた。
シエルはローテーション上非番のため、この場にはいない。
先日の口論で思う事があったのか、調子を多少取り戻したようだけど、ロミオの危うさは変わっていなかった。
今回も結果だけ見れば上出来な任務の成果を、彼は空元気で周囲に吹聴している。

「……ん?何この空気」

その過程を知る私達の中に、諸手を挙げて賛同する者はいなかった。

「……先輩、なんか最近おかしくない?」

見かねたナナが、おずおずと口を開く。

「いやぁ、別に?だってさ、あのジュリウスがいなくたって生還率100%なんだぜ?」
「これは明らかに"ブラッド"としての実力だよ!」

答えになっていない。
確かにチームとしての連携行動は"ブラッド"の課題だったけど、今は。
86 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/03(木) 23:48:49.36 ID:gD1asC0l0

「―――」

「……あぁ、もちろん副隊長の指示もいい感じだよ!」

私は、ロミオに何も言えなくなっていた。
感覚の正体を知った今でも、彼の空回りぶりを見る度に胸の内側がざわつく。
だけど、またあの過去を実感するのが、怖い。今の自分を剥ぎ取られるのが、恐ろしい。
結局、私の自衛手段は今まで通り、考えないようにすることだけ。
"ブラッド"の副隊長として、求められた事をこなすしかなかった。

――それは家を飛び出す前と、何が違うんだろう。

「おいロミオ……さっきの任務、なんなんだよ……全然なってねぇ」

気づけば、ギルが怒気を纏わせた口調でロミオに詰め寄っていた。
彼も今までは譲歩してロミオを諭していたはずだけど、明らかに腹を据えかねている。

「あんま固いこと言うなって……頼れる後輩もいることだし、もっとこう、余裕を持ってさー」

「余裕と油断は違うだろ」

しんと静まり返った場の空気に、一筋の亀裂が走る。
今のギルなら、地雷を踏み抜きかねない。

「ギ――」

「……後輩に抜かれまくってやる気がなくなったのか?」
「だったらいっそ、やめちまえよ」

私より先にナナが制止をかけようとしたけど、遅かった。
静寂が、再びこの場を包み込む。
87 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/03(木) 23:50:54.00 ID:gD1asC0l0

数秒の沈黙の後、口火を切ったのはロミオだった。

「――やる気が、ないだと?」
「取り消せよ……」

「何?」

拳を強く固めたロミオが、そのまま距離を詰めていたギルを殴り倒す。

「っ……何しやがる!」

「……お前になんか、わかるわけないんだよ!!後から来た奴に抜かれまくってることなんか、この俺が一番っ!!」
「それでも何か出来る事はないかって……俺は必死に探してるんだ!」
「俺にはお前やシエルのような経験はないし……ナナみたいに開き直れるほどの大物でもない……」
「ましてやコイツみたいに!さっさと"血の力"に目覚めて、怪物みたいなジュリウスに肩を並べるなんてことも……!」

一瞬、私を見てばつの悪そうな表情をするも、堰を切ったロミオの激情は止まらない。

「俺だって皆の役に立ちたいよ!胸を張って、皆の仲間だって……!」
「……俺は役立たずで、どこにも、居場所なんか……なくて……っ」

やり場のない怒りを湛えたまま、ロミオは私やナナにも構わず、その場を飛び出す。
それきり、彼は神機も持たないまま、"アナグラ"をも抜け出してしまっていた。
88 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/03(木) 23:52:33.34 ID:gD1asC0l0


 何時かと同じく、暗く沈んだ雰囲気のラウンジ。
窓から見える空には例の赤い積乱雲が広がっており、このイレギュラーの出現によって、ロミオの捜索は直前で打ち切られた。
ジュリウスにも既に連絡はしてあるけど、あちらもほとんど同じような状況だ。
とはいえ、ロミオの腕輪に搭載されたビーコンの反応は既に確認されていて、迎えに行くこと自体は容易になっている。
……彼が"赤い雨"に曝されるか、アラガミに襲われるなんてことがなければ、だけど。

結局、腫れ物に触るような扱いで接していても、彼にとっては逆効果だった。
今回はギルの言葉でロミオの不満が噴出する結果になったけど、あのまま状況が進んでいれば、ロミオが自滅する可能性すらあった。
だから多少強引にでも、それこそギルの時のように彼と向き合わなければいけなかったのに、
私の弱さのせいで、こうして危険に晒すことになってしまった。
これでは副隊長として、立つ瀬がない。

――ここでの私の存在意義が、揺らいでしまう。

89 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/03(木) 23:54:07.34 ID:gD1asC0l0

「……現在、ロミオの扱いは脱走兵、ということになるのでしょうか」

「脱走兵……!?」

「理由はどうあれ、許可もなく極東支部を抜け出していますから……最悪の場合、神機が剥奪される可能性があります」
「それに、ロミオの"偏食因子"の投与リミットも心配です」
「このまま戻ってこなければ、時間切れでアラガミ化ということも……」

「そんな……」

シエルの推論を聞き、ナナが項垂れる。
状況は違えど、嘗て自分が起こした行動と重ねている部分もあるのだろう。

神機使いは神機を制御するために、体内に"オラクル細胞"を注入されるけど、
それは自らの身体をアラガミ化させてしまう危険性をも孕んでいる。
退役か、重大な命令違反を起こせば神機は手放せるけど、
体内の"オラクル細胞"を安定させる"偏食因子"の投与は、生きている限り定期的に行わなければならない。
つまり、基本的に神機使いはフェンリルの設備がないと生きていけないわけで、
私達の腕輪を、主人に繋がれた鉄枷として見る人もいる。
フェンリル本部がもはや人類の盟主たりえる以上、それは神機使いに限った話ではないんだけど。
90 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/03(木) 23:55:24.81 ID:gD1asC0l0

そして、神機使いのアラガミ化という事柄に敏感な男が、ここに一人。

「……おい、少し付き合え」

「ギル!副隊長に八つ当たりしたってしょうがないよ!」

「……そんなつもりはねぇよ」

的外れなナナの抗議を尻目に、私はギルと共にラウンジを後にした。
91 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/03(木) 23:58:07.24 ID:gD1asC0l0


 
「――失礼しました」

ギルと共に、支部長室を退室する。
彼に連れられ、初めに向かったのはロミオの処遇に関する、榊博士への打診だった。
博士はあっさりと、ロミオの脱走を彼の休暇として処理してくれたけど
私達の諍い事に感慨深そうな反応を示したり、"赤い雨"の研究について何か言いかけてやめたりと、
無造作な白髪頭に狐目という、彼の特徴的な風貌に見合った捉えどころのなさを発揮していた。
善人には違いないんだけど、博士のふとした所作にはどぎまぎさせられる。

極東に来て間もなかった頃。
興味本位で"アナグラ"のデータベースの情報を漁っている中、博士に音もなく背後に忍び寄られ、

「本部の特殊部隊が配属早々、極東の情報収集とは……感心だねぇ」

と声をかけられた時は、心臓が止まるかと思った。
92 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 00:01:01.50 ID:KfQkdvPD0

それはともかく、役員区画の廊下に出た私は、改めてギルに用件を聞く。

「ま、大した用事じゃないんだがな……お前には何かと世話になってるし、まだ素直に話せると思ったんだ」
「……正直、アイツには言い過ぎたと思ってる。すまなかった」
「……そんな顔しなくてもわかってる。ロミオには改めて、ちゃんと謝るさ」

私の怪訝顔につられて、ギルが苦笑する。
尤も、今回はロミオの扱いに対して及び腰だった、私の方にも責任がある。

「お前、また……まぁ、今回は俺の言えた義理じゃないが」
「……初めて会った時は、いきなりグラスゴーでの事を詮索されたのもあってな、気に入らねぇガキだとしか思ってなかった」
「アイツ、年の割には落ち着きがないし、無暗に騒がしいし、見てられないだろ」

……まぁ、それは、うん。
何か否定しなきゃいけない気もするけど、とりあえずは同意しておく。

「それでも、こんだけ一緒にいりゃと認識も変わってくるもんでな……」
「特に、吹っ切れた後は……そうだな、アイツを弟分として見るようになった部分が、確かにある」
93 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 00:03:12.14 ID:KfQkdvPD0

弟。
自分の耳を疑ったけど、ギルが目深に帽子を被り直している辺り、その発言は真実のようだった。

「……家では一人、グラスゴー支部には先輩の神機使いばかり」
「兄弟の感覚なんてものは、精々俺がハルさん達に弟分として可愛がってもらった程度だった」
「だが、ある程度年を取って、少し落ち着いた後にロミオを見るとな……どうしようもない奴なんだが、ほっとくこともできない」
「その時になって、ハルさん達が俺を見ていた時の感覚がわかるような気がしたんだ」
「だから、アイツにはそれとなくアドバイスをしてきたつもりだったんだが……上手くいかないもんだな」

ギルが自嘲気味に笑う。
考えてみれば年もそんなに離れていないし、反抗期の弟を持った口下手な兄、という風に見れないこともないような。
その想像が可笑しくて、思わず表情に出てしまう。

「まぁ、お前相手だから話せたんだ……アイツらには、言うなよ?」

そう言って珍しく冗談めかすギルの瞳に、私の姿は映っていなかった。
こんな事を気にしてる場合じゃないんだけど、その時の私は少し弱っていて。
彼と笑い合いつつ、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
94 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 00:05:02.63 ID:KfQkdvPD0

「――大丈夫、大丈夫!今のでばっちり聞いちゃったから♪」

「……ギルも、しっかりロミオを想っていてくれたんですね」

だから、ナナとシエルの突然の登場は、私にとってはいたずらに余韻を引きずらなくて済んで、ある意味助かったかもしれない。

「お前ら……尾けてきやがったのか」

「さっきがさっきだったから、ちょっと不安でさ……副隊長、邪魔しちゃってゴメンね?」

何でそこでナナが私に謝るのか、皆目見当がつかない。いや全く。

「……先ほど、極東支部付近の、"赤い雨"の通過が観測されました」
「それとほぼ同時に、アラガミの出現も確認されています」

「皆あんまり喋んないから、どうにも暗くなっちゃうんだよねー……副隊長、早く迎えにいこ!」

「聞かれちまったもんは仕方ねぇか……行くぞ」

引け目や恐れ、コンプレックスの助長。
ロミオとの間には、色々と悔恨を残してしまったけど。
彼がそれらを受け入れてくれるかどうかは、とりあえず連れ戻してから考えることにしよう。
私はどうあれ、彼らのつながりを絶つことはしたくなかった。
95 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 00:06:28.76 ID:KfQkdvPD0


 アラガミの出現が確認された旧市街地にて、私達はロミオが脱走した時の顔ぶれのまま、1日ぶりに彼と再会した。

「……説教は後にする、まずは仕事だ」

「もう、ギルが一番そわそわしてたくせにー……ロミオ先輩、私はチキン5ピースで許してあげるから!」

先ほどまでのやりとりを考えると、どうにも締まらない感じだけど、彼らの表情には一様にして、安堵の色が浮かんでいた。

「……俺、後でちゃんと謝るから」
「皆、力貸してくれ!」

芯の通った声が、私達の間に響く。
ロミオは雨宿り以外にも何かを掴んできたようで、以前の悲愴さは見る影もなかった。
96 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 00:08:31.10 ID:KfQkdvPD0

 アラガミの討伐を終え、ロミオの元に私達が集まる。
今回の相手はガルム種と呼ばれる大型種別のアラガミで、嘗て私が対峙した"感応種"と系譜を同じくする、狼の姿を象ったアラガミだった。
他の系譜に連なる"感応種"とは何度か交戦したものの、件の狼型とは未だ再戦の機会がない。
類似した外見と、似通った戦法を用いる今回の大型種との戦いで、改めてそのことに対する不安がよぎったけど、
今は完全に復調した、ロミオの帰還を素直に喜ぶことにした。

そのロミオは今、自分を迎えに来た仲間たちに対し、言葉を詰まらせている。

「……皆……俺……」

彼の様子を見て、ギルがすかさず殴りかかる……ということはなく、目の前に差し出した握り拳で、ロミオの額を小突いてみせた。

「お前の休暇届は勝手に出しといた……これは貸しだ、もう二度とするなよ」
「……今日はいい動きだった、この調子で頼む」
97 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 00:10:42.85 ID:KfQkdvPD0

言うだけ言って、ギルがその場を立ち去っていく。
それを見やり、ナナが抑えめの声でロミオに呟いた。

「ギル、ずっとロミオ先輩のこと気にしてたんだよ……言い過ぎたって」
「……さ、帰ろ!ロミオ先輩がいないと、皆無口だからやりづらくてー」

ナナの暖かい言葉に、今にも泣きだしそうな顔のロミオが、今度は私の方に視線を向ける。
積もる話も色々あるけど、

「帰ってきて、いいんだよ」

今はこれだけ、伝えておいた。

「……そう、だな……よっし!元気よく帰ろう!」
98 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 00:11:34.32 ID:KfQkdvPD0

彼らは、再び、歩み出す。

「あ、そうだ!帰ったら例の約束、よろしくねー!」

「例の約束?なんだっけ?」

「えぇー、約束したじゃん!チキン8ピースだよー!」

「こっそり増やすなよ!5ピースだったろ!」

「やっぱり覚えてたんじゃーん!……まぁ、間を取ってー、7ピースってのはどう?」

「ナナだけに?」

「……先輩、それはちょっと」

「ごめん……」

「……何やってんだ、さっさと帰るぞ」

見上げた先には、抜けるような青空が広がっていた。
99 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 00:17:14.69 ID:KfQkdvPD0
ロミオ編終了と見せかけてもうちょっとだけ続くんじゃ

オリ掛け合いの割合が増えてきているのでその練り込みに投下時期が不安定になっております……少し前から既にですが
もはや誰も見てないだろうけど一応
100 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 22:56:08.54 ID:KfQkdvPD0


 ロミオが"アナグラ"に帰還してから、数日が経った。
彼に依然として"血の力"の目覚めは確認できないものの、ロミオはその事実を受け入れ、糧にするという精神的な成長を果たした。

それらの成果からか、彼の作戦行動の面においても、
味方への支援だけでなく、単独での戦闘術や、作戦指示などについての理解度が大幅に改善されている。
そうした模範的ともいえる任務態度に加え、彼が元々持つフランクな性格もあって、
ロミオは"アナグラ"内では若手ながら頼りがいのある神機使いとして、周囲に認知され始めているようだ。
また、以前までの懸念材料であったギルとの関係も、相変わらずしょっちゅう言い合いをする仲ではあるものの、
私達が笑って見ていられる程度には収まりがついていた。

そして私は、そのロミオと改めて話し合うことについて、中々踏ん切りがつかずにいた。
彼が脱走先でどんな経験をしてきたかわからないけど、今のロミオの姿に、私が無意識に過去の自分を重ねることはない。
ただ、一度喧嘩別れのような事態を起こしたまま、ここまで何の釈明もなく来てしまったがために、
互いにどこか引け目を感じながら接しているのが現状である。
流石に隊長代理として、"ブラッド"を総括する面で支障が出るほどじゃないけど、
それ以外の場面では、エリナの指導や他の神機使いとの共同任務を言い訳に、ロミオと話し合う機会を何となく避けてしまっていた。
101 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 22:57:15.68 ID:KfQkdvPD0

そんな中、フライアへのアラガミ素材搬送に出ていたジュリウスが、ラケル博士を伴い、数日ぶりの帰還を果たした。
副隊長として、私が先行して二人を迎えに行くと、再会の挨拶もそこそこに、ラケル博士がある案を提示する。

「ロミオが"血の力"に目覚めない事を気に病み、一度"ブラッド"を離れようとしたとか……」
「歩みは人それぞれ、急かすつもりはありません……ただ、もしその事でロミオが隊にいづらいのであれば」
「……"ブラッド"の任を解き、極東支部の部隊に組み込んでいただくよう、榊博士にお願いすることもできますよ」

少なくとも、それをロミオが望んでいないのはわかる。
ラケル博士なりの気遣いだという事は見て取れるけど、ここは私が――

「いえ、その必要はありません」
「ここにいる副隊長をはじめ、シエルもギルも、ナナも……そしてロミオも、全員がかけがえのない存在です」

――強い口調で、ジュリウスが機先を制する。

「数多のアラガミを斃し、数々の危険を乗り越えられたのは、ひとえに、"ブラッド"が完璧なチームだからです」
「"ブラッド"の中に至らない者がいれば、私が守るだけのこと」
「……誰も、脱落させはしません」

ジュリウスは、ロミオの脱走騒ぎについて、詳細まで知っているわけじゃない。
しかし、彼の言葉には、傲慢さや、その場限りの出任せを一片も感じさせない、高潔な意志の力が宿っていた。
102 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 22:58:29.05 ID:KfQkdvPD0

「そう……ジュリウスがそこまで言うのであれば、あなたの意見を尊重しましょう」

「ありがとうございます……では、俺はここで」

ラケル博士の案内を私に任せ、ジュリウスは"ブラッド"隊員が集うロビーへと向かって行った。
恐らく、彼が率先して発言したのには、そう動いた方がラケル博士の信頼を得やすい、という意図もあったんだろう。
"サテライト拠点"での一件といい、ジュリウスの意志決定力は尊敬にも値する程だけど、
その一方で、少し、妥協をしなさ過ぎているような気もする。
ただでさえ"ブラッド"全体が揺らぎかねない事件が連続している現状で、その頑なさにむしろ追い詰められないといいんだけど。

……うん?"ラケル博士の案内を私に任せ"?
気づけば、私は稼働中のエレベーターの中で、ラケル博士と二人きりになっていた。
展開が自然すぎて反応が遅れてしまったけど、この流しっぷりも彼の才なんだろうか……

「……そろそろ、よろしいかしら」

あ、はい。

「実はあなたにお願いしたい事があって来たの……一緒に、来ていただけますか?」
103 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 23:00:12.56 ID:KfQkdvPD0



「――急に呼びつけてごめんなさいね……早速、本題に入りましょう」

ラケル博士に依頼され、私は久々にフライアを訪れていた。
その外観、内装は、"黒蛛病"専用病院の整備に慌ただしくなっている以外、私達がいた頃と何ら変わりはない。

「榊博士の助言もあって、"赤い雨"の発生時期やその規模が、高い精度で予測できるようになりました」
「そこで、次は――」

ラケル博士から私に課せられた特殊任務、所謂"特務"は一つ。

「――おお、貴方ですか!?素材採取に協力してくれる"ブラッド"の方というのは!」

"神機兵"開発に必要な、特定のアラガミ素材を採取すること。
しかしそれは、彼女の姉でもあるレア博士が主導の有人制御の運用方式ではなく、

「初めまして、私は九条……あっ!その緑がかった金髪!!貴方は私の"神機兵"に無断で乗り込んだ……!?」
「……まぁ、ラケル博士に免じて水に流しましょう……私とラケル博士のこれからをよろしくお願いします!」

その反対派閥である、九条ソウヘイ博士の推し進める、無人制御式"神機兵"への開発協力だった。
市民の声や神機使い達からの批判もあり、
どうやらフライアの上にいる本部は、一見してリスクの少ない無人制御式"神機兵"の運用を優先する意向であるらしい。
どちらの方式であれ、人類の平和実現に貢献できるのであれば助力を惜しまない、というのがラケル博士の考えであるようだけど、
妹が自分の反対勢力に与していると知ったら、レア博士はどんな顔をするだろうか。

「あ、いや……これからの研究って意味ですよ?"神機兵"のね!はっはっは……」

その反対勢力のトップが、妹に何やらよからぬ想いを抱いている事も含めて。
104 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 23:09:28.66 ID:KfQkdvPD0


 "特務"の目標アラガミの数体目かを討伐し、九条博士に採取した素材を渡した後、私はフライアの高層庭園に腰を落ち着けた。
この庭園は、フライアの高層フロアに位置する憩いの場で、周辺には今日日見ない草花達が生い茂っている。

神機使いになってからこっち、独りでいるのは、この庭園でジュリウスと改めて出会って以来だった。
当然、"特務"に向かうのも私だけ。
ただ、討伐対象は最大でも中型アラガミが複数体という程度なので、私1人でもどうにかなっている。
また、素材採取のついでとして、今まであまり使ってこなかった神機パーツの使い勝手も試していた。

私達神機使いの、その中でも"新型"と呼ばれる第二世代以降が扱う神機は、
アラガミのそれと同質である神機のコアを中心に、刀身、銃身、装甲の3パーツで構成されている。
神機使いに接続された腕輪の役割は、ただ"オラクル細胞"の投与口というだけではない。
腕輪は神機と神機使いをつなぐ媒介としての役目も持っており、腕輪を通じて神機使いの脳波が神機に伝達、
神機を構成する"オラクル細胞"の移動による、刀身と銃身をそれぞれメインにした、遠近両方の形態変化を実現する他、
近接形態に限り、装甲パーツを展開してアラガミの攻撃から身を守ることも出来る。

更に、神機にはアラガミとしての性質を利用した、捕喰機能が備わっている。
これを用い、近接形態でアラガミを攻撃すれば、銃形態で扱うオラクルエネルギーを補填することが出来る。
また、これも近接形態に限った用途ではあるけど、完全に捕喰目的に割り振られた捕喰形態に神機を変形させ、アラガミを喰らえば、
神機と身体のオラクル細胞を一時的に活性化させるバースト状態になれる他、捕喰した細胞を、銃形態での弾丸として精製する事も出来るのだ。
105 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 23:11:26.95 ID:KfQkdvPD0

そうした神機を構成する3パーツにはそれぞれ種別があり、
私は主に一撃離脱重視の槍、オラクルを温存でき、ここ一番で大火力を叩き込める重火銃、バランスよく扱える大盾を用いている。
仲間内では同じく槍使いのギルや、アラガミの索敵範囲外からの攻撃を可能にする狙撃銃を備えたシエルなど、
特定の神機パーツの扱いを得意とする神機使いはいるけど、戦場での不備を考慮してか、パーツの換装を積極的に行う者は少ない。
ただ、それを臨機応変に使い分けられる域にまで達すれば、
アラガミの種別ごとへの対応も容易になるし、その都度味方への万全のサポートも行えるはず。
そうした思惑もあり、隊の枠組みを離れて独りでいる時期を見計らって、このような試行錯誤を行っているわけだ。

銃身パーツの換装は以前にも何度か試しているけど、立ち回りの根本が変わる近接パーツの扱いは中々に難しい。
特に槌型の近接パーツは破壊力と加速力を兼ね備えた強力さは持っているものの、
パーツに内蔵されたブースト機能の制御が困難で、訓練場にて何度も練習した後、初めて実戦に持って行った程だった。
ほぼ近接一本での偏った戦法とはいえ、この槌を自在に使いこなすナナの実力の高さを、改めて実感する。
106 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 23:13:01.49 ID:KfQkdvPD0

……仲間といる事に慣れたのは、いつからだろう。
学生時代、1人でいるのはむしろ好きな方だった。
父は押しつけるだけ押しつけて、それに対する私の努力には無関心だったし、母とは、彼女が死ぬまで顔を合わせた事がない。
周囲にいる学生達を見ても、それらと馴れ合って、上手く溶け込もうとは思えなかった。

それが神機使いになって、"喚起"の"血の力"に目覚めて。
最初は厄介な異能を掴まされたと思っていたけど、段々人付き合いも苦にならなくなっていって。
そんな甘くはないけど、心地のいい空間に居続けたせいで、こうやって独りであれこれ考える今の時間が、どうにも寂しい。
"アナグラ"に戻ったら、すぐにロミオに謝ろう。
このまま機会を逃し続けていれば、今見ている夢が――

「ふふ、やっぱりここにいたのね……皆が恋しいの?」

――反射的に顔を上げる。

「よかったら、ランチでも一緒にどう?」

視線の先には、何時かと同じ、美しい微笑みを浮かべるラケル博士がいた。
107 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 23:16:24.22 ID:KfQkdvPD0

 ラケル博士に招かれたダイニングルームのテーブルには、"アナグラ"では見たこともないような、
しかし私にとっては馴染みのあるような、そんな高級料理が並べられていた。
もちろん、高級であろうとなかろうと、食糧には貴賤なく工場生産のものが用いられているんだけど。
縦長のテーブルに私達2人、しかもラケル博士が向かい側に座っていることもあって、緊張で味はよくわからなかった。

「思えば、あなたとこうしてお話しするのは初めてですね……ジュリウスから近況は聞いているのだけど」
「……ジュリウスね、フライアに戻る度に、"ブラッド"の皆の事を楽しそうに話しているの」
「私が引き取った頃は無口で、あまり笑わない子だったから安心しているわ」

まぁ、そこは意外な話でもなかった。
ジュリウスが"ブラッド"を想っているのと、存外、立ち行った話に踏み込みにくそうにしているのは、彼の今までの言動でわかる。

「ジュリウスは手のかからない子ではあったのだけど、少し心配していたの」
「あの子はきっと……あなた達を本当の家族のように想っているのね」
「……あなたやギルに、"家族"という表現は少し違和感があるかしら」

珍しく、ラケル博士が眉尻を下げた、困ったような笑顔をこちらに向ける。
……家族、兄弟、姉妹。

「いえ……少なくとも、ギルはそう感じてないと思います」

以前の話を反芻しながら、後で彼が機嫌を損ねない範囲で話を合わせる。
ギルとロミオが兄弟なら、私やナナ、シエルはその妹といったところだろうか。
ジュリウスは……何だろう、お父さん?長男?
108 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 23:18:07.66 ID:KfQkdvPD0

「そう、ギルが……これは、嬉しい事を聞いたわ」
「……ジュリウスと過ごしてきて、私、思ったの」
「人間がともに同じ時を過ごし、共に語らい、共に泣き、共に笑い合う事さえ出来れば」
「……そこには、家族という絆があるのだと」

私の父や兄との間に、そんな時間はあっただろうかと思い返そうとして、やめた。
……今いる"ブラッド"の範囲で考えればいい。

それとは別に、少し引っかかる箇所もあった。
先ほどから家族や子供の話をする割には、自分の運営する"マグノリア=コンパス"について、触れようともしていない。
ジュリウスに焦点を当てた話だからなのかもしれないけど、一応聞いてみるぐらいは――

――不意に、テーブルに置いていた携帯端末から、着信音が鳴り響く。
109 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 23:20:34.84 ID:KfQkdvPD0

「……九条博士から?」

「はい、次の"特務"についてでした」

「……そう、少し名残惜しいけれど、仕方がないわね」

曇りがちに目を伏せるラケル博士を見て、
今回私が指名されたのは、こうした話をする事も目的にあったからなんじゃないかと、ふと思った。
再び顔を上げたラケル博士が、私に一通の、黒い手紙を差し出す。

「九条博士に会ったら、この手紙を渡してほしいのです……もちろん、中身は内緒でね」
「……こうしてまた、あなたを振り回す形になってしまって、ごめんなさいね」

「大丈夫です……まだ、色々考えちゃいますけど」
「……あなたにこうして連れ出してもらえて、今はよかったと思ってますから」

少し真意を測りかねるところはあるけど、これは事実だ。
目の前の女性のおかげで、私はもう少しだけ夢を見ていられる。

「……ありがとうございます」
「ジュリウスと……そして"ブラッド"の皆の事を……これからも、よろしくお願いしますね」
110 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/04(金) 23:22:30.52 ID:KfQkdvPD0
ラケル先生とのお食事会まで
ここら辺から拠点会話の記憶が消えててヤバい
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 00:50:26.79 ID:N8PWpx+AO


この辺りのラケル博士は可愛かったな
112 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 01:09:28.84 ID:CwQRhC1A0



「いやーありがとう!あなたのおかげで研究が捗りましてねぇ!!」
「自立制御装置の完成まであと一歩というところですよ!まぁ、その一歩というのが最大の難関なんですがねぇ――」

無人制御式"神機兵"の開発も残すは科学者側の調整を残すのみとなり、私の"特務"は終了した。
研究段階もいよいよ大詰めというところで、九条博士は熱に浮かされたように、無人制御の哲学を語っている。

「――いいですか、無人型の"神機兵"はパイロットが不要なのですよ!この意味がわかりますか!?」
「破壊されても誰も傷つかない!!……そりゃあ私の心は痛みますがねぇ――」

標的のみを撃滅し、誰一人として傷つけることのない、機械の人形。
思想の響きは魅力的だし、九条博士にも有り余る熱意はあるけど、以前の動作テストの印象からか、"神機兵"にはどうにも頼りない印象がある。
今回の"特務"の主眼として置かれていた装甲面はともかく、また不測の事態に動作しないなんて事があれば。
……まだ乗り込めるようにはなってるのかな、アレ。

「――おっと、言い忘れていましたが、私の"神機兵"にはもう搭乗できませんからねぇ!」
「よしんば強行したとしても、もう内部構造もレア博士の主導するそれとは全く異なっていますから!!」

……残念。
九条博士の熱もだいぶ収まったようなので、ラケル博士から預かっていた手紙を渡しておく。
113 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 01:13:02.68 ID:CwQRhC1A0
「えっ……ラケル博士から私に?……てっ、手紙ぃ!?」
「……あ、ああすみません!気が動転して!」
「……それにしてもラケル博士は素晴らしい方ですよ……科学者として優秀で、健気で、ホタルのように儚く――」

またマシンガントークが始まる前に、それとなく話を切り上げる。
健気さはともかく、あの人も割合頑固なところはありそうだけど、口には出さなかった。

九条博士への用件が終わり、先んじてラケル博士への挨拶も済ませてきたので、あとは"アナグラ"に戻るだけだ。
そういえばこっちに日誌のデータを置いたままだったし、自室に寄っておこうかな。
そんなことを考えながら研究室の扉をくぐると、意外な人物から声がかかった。

「よっ!びっくりしたか?」

声の主はロミオだった。
彼を含めた"ブラッド"は通常通り、"アナグラ"で動いているはずだけど、何故ここに。

「お前1人じゃ心細いと思ってさ」
「……なんてな、ジュリウスや榊博士に無理言って、こっちに来させてもらったんだ」
「で、これもいきなりなんだけど、帰るついでに任務行かないか?もう2人で組んじゃってるからさ」

矢継ぎ早に想定外の展開が飛び込んできて、心の整理がつかないけど、つまりはそういうことらしい。
114 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 01:28:44.88 ID:CwQRhC1A0



「くぅ……はぁー!今日もよく働いたなー」

任務を終え、ロミオが軽く背中を伸ばす。
以前の騒動以降、初めて彼と2人で任務に臨んだものの、やはりロミオの成長には目覚ましいものがある。
とはいえ、単独で行動するには危うい部分もあるので、そこはしっかりフォローさせてもらった。
私にも指導役としてエリナを見ている成果が出ているような、そうでもないような。

「――にしても、副隊長はやっぱ冴えてるよなー!」
「副隊長と組むと、すげぇ動きやすくってさ」

「そう、かな」

「そうそう!でなきゃ、あんなデコボコした奴らのまとめ役なんて出来ないって!……俺が言うのもなんだけどさ」

確かに、私が隊長代理として"ブラッド"を指揮する回数も、ここ最近では随分多かった。
しかしながら、私自身にしっかりしなければという気持ちはあっても、彼らをまとめられていた自覚はない。
今の"ブラッド"が強いのは、彼らが個々に成長し、それぞれを補い合える余裕と信頼を持てるようになったからだ。
115 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 01:30:06.60 ID:CwQRhC1A0

「ありがとう……それで、任務に私を誘ったのって、やっぱり――」

「あー、ちょっと待った!大体お前の予想通りだけど、俺から言わせてくれ」
「……この前はごめんな、あんな事言っちまって」

無理を押してフライアまで来た時点で、薄々感づいてはいたけど。
ロミオの目的は、例の騒動前に起こった、私との関係の拗れを清算する事だった。

「……こっちこそ、何も知らないくせに勝手な事言って、ごめんなさい」

「いや、それはこっちの台詞で……やめとくか、また喧嘩になっちまう」

「ふふっ……だね」

ロミオの軽口をきっかけに、私達は笑みを交わす。
少し前まであった緊張が、解きほぐされていくような気がした。

「それにさ、副隊長から色々言われたおかげで、思い出せたこともあったんだ」

「……?」

「ほら、俺って"マグノリア=コンパス"の出身だろ?今じゃほとんどが連絡取れなくなってるけど、そこにも友達が結構いてさ」
「その中に、リヴィっていう女の子がいたんだ」

"マグノリア=コンパス"。
"ブラッド"の多くがその出身として所属していた孤児院だけど、そこでの話を聞くのは珍しい気がする。
116 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 01:31:34.56 ID:CwQRhC1A0

「そいつ、色んな事情があって、エリートクラスから俺達のいるクラスに降りてきたんだけど、」
「来た時は何にもも喋らなくてさ……正直、クラスの中でも浮いてた」
「だからその子と仲良くなろう!って……単純だけど、そういうガキだったんだよ、俺」

「それは今も、じゃない?」

「いやいや、俺だって今じゃそれなりに考えて……うーん、あんま変わんないか……?」
「……と、とにかくだ!そんなわけで、結構しつこく喋りかけてみるんだけど、全然反応ナシ」
「それでも諦めたくなくて、毎日リヴィのとこに通い詰めてたんだけど、そうやってたら段々と、イライラしてきてさ」

「イライラ?」

「俺のいたとこって孤児院だから、特に色んな事情を抱えた奴らが集まってくるんだよ」
「で、皆そういう事に立ち向かいながら毎日を生きてた……リヴィにどんな事情があったか、俺は今も詳しくは知らない」
「だけど、そいつだけ被害者ぶって、他と関わらないようにしてたのに、昔の俺はイライラしてたんだ」

少し、いやかなり深くこちらに刺さる部分もあるけど、今はロミオの話を聞く事に集中する。
117 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 01:35:54.83 ID:CwQRhC1A0

「だから我慢ならなくて、リヴィに言ったんだよ。"自分だけが不幸だなんて思うなよな"って」
「……それに怒って、リヴィが初めてこっちに感情ぶつけてきてさ、俺はそれが内心嬉しくて、イライラなんて吹っ飛んだ」
「これで仲良くなれる、って……実際、それがきっかけになって、リヴィとも仲良くなることができた」

"自分だけが不幸だなんて思わないで"

あの口論の際、私の口を突いて出た言葉は、奇しくも、嘗てのロミオが発したそれと重なっていた。

「それからクラスが進んで、皆大きくなって、色んな奴に差をつけられ始めて……俺は、自信を無くしちまった」
「そしたら段々、自分の居場所を守る事に必死になって、俺の上にいる奴らが羨ましくてたまらなくなっていって、」
「自分が最初に何を思ってたかなんて、すっかり忘れちまってたんだ」

ロミオが焦燥に駆られていた時期、私はロミオに、過去の自分を重ねていた。
だけど、彼はやはり独自の過去を持っていて、それが歪んだ果てにああなったことを、ここで理解した。
その事実を知り、今の私は何故だか、酷く安心している。
ロミオが私のようになることはないという、確証が取れたからだろうか。

「それが"ブラッド"に入った後も続いてさ、皆といる間も、ずっと考えてたんだ」
「どうやったら皆みたいに上手く戦えるんだろうとか、役に立つにはどうすればいいんだろう、って」
「だから、仲間の戦法を真似たり、独りで突っ走ったり、色々試してみた……でもさ、そうじゃないんだよな」

それまで俯きがちに語っていたロミオが、そこで改めて顔を上げ直す。
118 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 01:42:15.36 ID:CwQRhC1A0

「俺は、俺に出来る事を一生懸命やろうって思ったんだ」
「……"ブラッド"にいることが辛くなって、逃げ出した後も、副隊長に言われた事がずっと引っかかってて……」
「匿ってもらった先の民家の、じいちゃんやばあちゃんに話を聞いてもらったら、その正体がわかった」
「昔思ってたことと一緒で、皆同じなんだ。で、その"同じ"の中に、皆それぞれ、誰かには真似できないものを持ってる」
「だからこそ、きっと俺にも、皆には真似できない事があるんじゃないかってさ」

「……そっか、それが急に元気になった訳なんだね」

「そういう事!……だからまぁ、副隊長のおかげ、ってことになるかな」

ロミオが照れくさげに、指で鼻を擦る。

「怪我の功名だけどね……ねぇロミオ、私にしか出来ない事って、何かな」

「え?そうだな……うん、それこそ、副隊長やってる事だな!」

「……私、結構真面目だったんだけど」

「俺だって真面目だよ?……ま、本気でわかんないなら、俺と一緒に探してみるか」

「ロミオと?」

「おう!仲間に気づいてもらうのもいいけどさ、やっぱこういうのって、自分で見つけ出すのが一番だと思うんだ」

自慢げにそう語りつつ、ロミオが私に手を差し出す。

「……答えが見つかるのが何時になるかわかんないけど、少しずつでも探して行こうぜ、後輩」

「……お手柔らかに頼みますね、先輩」

おどけてみせながらも、差し出された手を、しっかりと握る。
また一人、"ブラッド"の隊員が前を向いて、歩き出した。
119 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 01:58:00.60 ID:CwQRhC1A0

「よーし!てなわけで……こいつもやるよ」

握手ついでに、ロミオが懐から取り出した小物を私に手渡す。
黄色の缶バッジが一点に、同色のワッペンが一点。
もう一つ手に握らされた、花びら型のバッジが目を引く。

「ナナじゃないけど、仲直りの印に、ってやつだ!……礼はいらないぜ」

「う、うん……?」

「おい、何だよその反応!?」
「……副隊長さー、たまにはその制服以外も着てみようぜ」

ロミオに言われた通り、私は入隊以降、ずっと"ブラッド"の制服を着たままだった。
フライアに配属された当時、神機使いの激しい運動に耐えられる衣服がこれしかなかったというのもあるけど、
新たに特殊な繊維で編み込まれた衣服を、オーダーで作ってもらうのも何となく億劫で、そのまま何着かある制服を着回している。

この時代、服飾文化は嗜好品としての傾向が強く、特に人の枠を超えた身体能力を有する神機使い向けの衣服ともなれば、
製作に必要な資材は自前で用意しなければならない。
そして、その資材の入手先は当然、任務で得られる報酬となる。
120 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 02:05:23.93 ID:CwQRhC1A0

「自分探しも大事だけど、これからは服作りも目標に入れとく事!」
「こんな世界でも、女の子ならオシャレぐらいしとかなきゃさー」

人差し指を立て、ロミオがわざとらしい口調で説教してくる。

「だから、何かいいの作れたらさ、そいつらも使ってやってくれよ」

これも、ロミオなりの気遣いなのだろう。

「そういう事なら、ありがたく受け取っておくね」
「服かぁ……そういうの気にするの、久しぶりかも」

「しっかり決めてやれば、ギルも靡くかもよ?」

「な、何でそこでギルが出てくるの……」

「さぁ?何でだろうなー」

「もう――」



隊員同士の内面のつながりが強化されたことで、"ブラッド"は現在も成長を続けている。
そこに再び、隊長のジュリウスが加わった今なら、より盤石な戦力を得られる事だろう。
後はロミオの"血の力"が覚醒し、それを応用した戦術の確立が出来さえすれば。
……私の存在は"ブラッド"にとって、直に不要なものとなる――
121 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/06(日) 02:07:32.25 ID:CwQRhC1A0
ロミオ編終了、ついでに4章も終了
長い前振りだった……
RB編後のロミオはもっとリヴィに構ってあげるべきだと思う
122 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/08(火) 22:30:13.62 ID:FK+Mc0HM0

5

――アナグラの自室に入り、結んでいた後ろ髪を解く。
室内に備え付けられた、鏡に映る自分を見やると、随分と髪が伸びたように感じた。
新しい服も仕立ててもらったことだし、たまには違う髪型にでも挑戦してみようかな。
暫し目的を忘れ、新しいヘアスタイルを模索しようとしたところで、指先に何かが当たる。
前髪に留められた、シアンカラーのヘアクリップ。
目を細めながら、手に取った愛おしいそれを眺める。
まだまだ実用には耐えうるものの、表面に浮かんだ細かな傷の数々は、見るだけで嘗ての光景を思い起こさせるようだった。


……あの頃の私は、己の持つ、この力と地位だけが、自身に求められている価値だと信じ込んでいた。
もしくは、そう信じざるを得ないほどに、自分を知る事を恐れていた。
だから、私が"ブラッド"から必要とされなくなる時も、いずれは来てしまうのだろうと。
そんな妄信に縛られた私を、このヘアクリップに込められた想いが解き放ってくれた――
123 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/08(火) 22:35:44.04 ID:FK+Mc0HM0



「――あれ、ヘアゴム切れちゃった?」

極東、湾岸地区。
"アナグラ"に帰還し、極東支部での活動を再開した私は、エリナと共に、任務後の作戦地点で佇んでいた。
どうやらアラガミの攻撃を受けた拍子に、後ろ髪をまとめ上げていたヘアゴムが吹っ飛んだらしい。

「しょうがないなぁ……ほら、私の貸してあげる」

エリナが少し得意げに、腰元のポーチから取り出したヘアゴムを差し出してくる。
帰投してから予備のを括り直せばいい話だし、ここでわざわざ世話を焼いてくれなくても――

「うっ……いいの!人の好意は素直に受け取んなさいよね!」

――半ばむきになったエリナから強引にヘアゴムを押し付けられ、私は仕方なくその場で後ろ髪を括り直す。
支度を終え、エリナの方に向き直ると、彼女は何時かのような、しおらしい様子になっていた。
そういう態度を取るということは、また何か相談事だろうか。

「……最近、よく行くよね?あなたと、色んな任務にさ……」
「今更言うのもなんだけど、あなたは"ブラッド"とかただの神機使いとか、そういうの気にしないんだね」

エリナとの任務によく行くのは、彼女に折り入って頼まれたから、というのもあるけど。
言われてみれば確かに、コウタさんにハルさん、エミールといった、極東支部の神機使い達と任務に行く事もまた、少なくはない。
でも、その事に関して特に抵抗は感じないし、むしろこちらが教えを請う立場にあるのでは。
といったニュアンスの言葉で応えると、

「……そうそう、私の指導役を安請け合いしちゃう割には、そういう性格なんだよね」

若干の呆れ顔が帰ってきた。少し納得いかない。
124 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/08(火) 22:38:08.93 ID:FK+Mc0HM0

「……正直言うとさ」
「あなたが来たばかりの頃は、"ブラッド"なんて温室育ちのエリートで、肩書きだけのくせに……って決めつけてたの」
「だから、"ブラッド"なんかに負けるもんか!って思ってた」
「だって、ここを守るために血を流して戦ってきたのは私達極東支部の、普通の神機使い達だもん……!」

エリナの意見は、もっともだと思う。

以前、外部居住区市民とのつながりが深いコウタさんの計らいで、彼と共に外部居住区を見て回ったことがある。
現在の外部居住区は活気ある町並みになっているけど、3年前、コウタさんが第一部隊の隊員として活動していた頃には、
ここも人類の終わりなき抵抗に希望を見出せない人々の、絶望と諦観の渦巻く地帯になっていたという。
もちろん希望は捨てず、"アナグラ"の神機使い達を支持する人もいたけど、当時ではそれも一部の人達だけだった。
……私が父の付添で訪れた、本部の外部居住区と同じ。
125 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/08(火) 22:39:50.84 ID:FK+Mc0HM0

さらに極東では、人類の希望であった"エイジス計画"の頓挫という追い討ちが間近に起こった事もあり、
内外問わず、その深刻さは一層増してしまっていた。
しかし、サツキさんも言っていたように、そんな苦境を跳ね返し、3年で外部居住区の生活環境の改善のみならず、
"サテライト拠点"にまで着手し、市民達に未来への希望を見出させたのが極東支部であり、そこに所属する神機使い達だ。
そうした来歴を鑑みれば、リスクの少ない独立拠点で訓練を積み、予め整えられた環境に足を運んだかと思えば、
旧世代の神機使い達を統べると宣う"ブラッド"の存在は、温室育ちと取られても仕方のないことだろう。

それでも、余計な能書きを取っ払えば、やはり"ブラッド"も神機使いだ。
綺麗事のようだけど、その志は極東支部の神機使い達のそれと変わりないと思う。
……いずれ私がどうなろうと、神機使いとして、その意志は携えていきたい。

「そう……そうなんだよね……それでね……あのね……」

突然、エリナが口ごもりだす。
彼女の性格はある程度わかっているつもりだったので、そのまま待っていると、

「……もう意地張るの、やめた!私、先輩についていく!」

その場で、エリナの性格が変わった。
126 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/08(火) 22:42:02.35 ID:FK+Mc0HM0

「あ、そうそう、あなたのことは、極東の流儀に倣って、"先輩"って呼ぶからね!」

そんな流儀、今初めて聞いた。
いや、こっちにも先輩はいるけど。
もしかしてどこかで騙されてるんじゃないかと、少し心配に――

「……いいでしょ?」

……あ、はい。どうぞ。

「やったー!それじゃあ先輩、これからもどんどん任務に連れてってよ!」
「私は弱音なんか吐かないし、どこまででもついてくから!」

これまで以上にエリナに捲し立てられ、少し困惑する。
もし彼女に尾があるなら、興奮で千切れんばかりに、ぶんぶんと振られているんじゃないだろうかと思ってしまう程だ。

「そうだ、あとさ、買い物も行こうよ!」
「コウタ隊長の家の近くに、可愛い雑貨屋さんがあってね――」

今まで自分を抑え付けてきた分もあるのだろうか、エリナの勢いは止まらない。
純粋な好意をぶつけてきてくれることに悪い気はしないし、むしろ嬉しいんだけど、
今まで接してきた、素直になれない彼女の変貌ぶりを考えると、誇らしいような、少し寂しいような。
127 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/08(火) 22:44:18.60 ID:FK+Mc0HM0
エリナちゃんいいよね……編まで
エリナちゃんゴリ押すならやっぱりここは入れとかないとね、大分展開早めたけど
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/13(日) 02:12:32.55 ID:hj4U5bz00
うちの20子ちゃんはヌガーさんに靡いたりしないもん!
129 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/18(金) 00:17:28.71 ID:Wv5mRpTq0
うちの9子は割とちょろいからね仕方ないね
何か予想外に忙しくてまた中断状態になっててすまない…
全然ストックないけど保守も兼ねてちょっと投下します
130 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/18(金) 00:19:30.41 ID:Wv5mRpTq0


明くる日、ナナのアイテム開発……もとい、料理修行や、ギルがある神機パーツの整備に使うらしい素材集めに付き合っていると、
ジュリウスから、"ブラッド"に宛てたグループメールが届いた。

どうやら後日、来賓の歓待と"ブラッド"の慰労を兼ね、ユノとサツキさんを交えた昼食会がフライアで開かれるらしい。
この企画はユノの希望で立てられたもののようで、
おそらくは"サテライト拠点"への援助施策を立てたジュリウスと"ブラッド"への礼も含まれているのだろう。
こちらとしては、今までユノ達と落ち着いて話すことも少なかったし、いい機会かもしれない。
それに、何かと"ブラッド"から一歩引いた所にいがちなジュリウスを労い、彼との距離を縮めるきっかけにもなりそうだ。
ただ、ユノ絡みでまたロミオが変な気を起こさなけれないいけど、とギルと談笑しながらラウンジに入ると、
そのロミオとシエルが何やら楽しげに話し合っていた。

「珍しい組み合わせじゃねぇか、何かあったのか」

「お、よぉギル!実はさ……っ!?」

ギルの呼びかけに快く応じるロミオ。
少し前ならありえなかった光景だけど、それよりも不可解なのは、私の姿を認めた彼が、シエルと共にぴたりと動作を止めた事だった。
131 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/18(金) 00:22:00.44 ID:Wv5mRpTq0

「あ、あぁ、副隊長も来てたのか」

「……お、お疲れ様です」

隠す気がないのかと言いたくなる動揺ぶりに、むしろ私の方が追及を言い淀んでしまう。

「……お前ら、本当に何かあったみたいだな」

「い、いや何でもねぇよ!ただ今の話は副隊長には聞かせられないってだけで……あっ」

「ロミオ……!」

こちらから手を下すまでもなく、共犯者達はあっさりと自供した。
そういう事なら、甘んじて私への不満や批判を聞き入れて――

「違います!決して君をそんな風に見ていたわけでは……!」

――今までにない勢いでシエルに食って掛かられ、少し怯む。

「そうだよ!少なくとも悪い話はこれっぽっちもしてないから!……まぁ、まだ何の事かは言えないんだけど」
「とりあえず今言える事だけ言っとくとだ……副隊長、次の昼食会、楽しみに待っといてくれよな!」

そう言うなり、ロミオはシエルを連れて逃げて行ってしまった。
とりあえず悪い話ではないみたいだけど、結局何の話だったのかはわからず仕舞いだった。

「……なるほどな」

その一方で、隣のギルは納得したような表情をしていたけど、私には何も教えてくれない。
でも少しだけ、私は別の意味で安心していた。


……まだ、切り捨てられるには早いと思ったから。
少し長い間見ていた夢を終わらせる、そんな覚悟はとうにしていたはずなのに。
こんな事で一喜一憂してしまう程、私は"ブラッド"に未練を持ってしまっているらしい。
自分でも意識しないままに、"ブラッド"制服の袖を強く握りしめた。
132 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/18(金) 00:24:26.20 ID:Wv5mRpTq0


 あれからまた日を置き、特に問題もないまま、フライアでの昼食会が開始された。
結局ロミオの内緒話の全容は知れなかったばかりか、ナナやギル、それにジュリウスにまで秘密の共有は広がっていたようで、
私は若干の疎外感を覚えつつも、この日を迎えることとなった。
会場はフライアの庭園。
高層から青空や遠景が望める、開放的な全天ガラス張りの囲いに、嘗て世界に存在していた野原と見紛うような、
人工の自然に溢れた環境での食事は、ジュリウスが言うところの、ピクニックを彷彿とさせる。
"ブラッド"とユノ達とで改めて挨拶を交わしたところで、ユノが話を切り出す。

「改めて、サテライトへの支援の数々、ありがとうございます」
「"黒蛛病"患者の収容だけでなく、アラガミ装甲壁の改修まで……本当に、感謝してもし足りないぐらいです」

「いえ、私達は"ブラッド"として、すべき事をしているまでです……むしろ至らない事があれば、その時はどうかご叱咤ください」

「ユノさんもジュリウスも堅すぎだってー!親睦を深めるための昼食会なんだからさぁ」 

どうにも生真面目な2人の間を、ロミオがすかさず取り持つ。
こうした、相互のコミュニケーションを円滑にするための行動はロミオの得意分野だけど、
憧れのユノにも問題なく接していけている辺り、2人の様子を見て冷静になれた部分もあるんだろうか。
133 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/18(金) 00:32:44.02 ID:Wv5mRpTq0

「……まぁ、今回はジュリウスの行動に拠る所が大きいだろうな」

「そうですね……ジュリウスの迅速な決断がなければ、ここまで順調にはいかなかったでしょう」

ギルの評に、シエルも同意する。
現在、ジュリウスが推し進めている案件としては、フライアでの"黒蛛病"専用病院設立の目処が立ち、
近い内に"アナグラ"に収容された患者達がフライアに移送される予定となっている。
これが明確な解決手段になるかどうかは未知数だけど、物事がいい方向に進んでいるのは間違いないだろう。

「それだけじゃない……俺が行動を起こせたのは、お前達がいたからだ」
「俺が不在の間も、お前達は"ブラッド"として、遜色のない活躍をしてくれている」

「えへへ……そう言われると、なんか照れちゃうなー」

はにかむナナを見届け、今度は私の方にジュリウスが視線を向ける。

「そして、それを率いてきたお前も――」

そこまで言いかけたところで、ジュリウスの耳に装備された通信端末に連絡が入った。
オペレーターからの通信をしばらく聞いたところで、彼の表情が強張る。

「――すまん、ピクニックはお開きのようだな」
「……極東支部付近で、大型種を中心とした、アラガミの大群の接近が確認された」

それまでの和やかな空気が一変し、周囲に緊張が走る。
万が一の場合を考え、私達の装備もフライアに持ち込んではいたものの、図ったようなタイミングだ。

「マジかよ、こんな時に……!」

「昼食会はまた今度、ですね……皆さん、お願いします……!」

「ええ、是非……"ブラッド"、出撃するぞ!」

結局、何一つ目的が果たされないまま、昼食会は保留となってしまった。
でも、この時点で、それらに対する不安は僅かだった。
……それは私だけでなく、ここにいる誰もが、全員でいつかこの続きが出来ると信じて疑わなかったから。
134 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/18(金) 00:34:39.31 ID:Wv5mRpTq0
エクストラのイベントを無理やり捻じ込んでみた昼食会まで
次回、ロミオ死す!……までは流石にいってると思います、多分
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/21(月) 07:29:23.42 ID:rGkbVBFyO

136 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:11:32.37 ID:+IcfBHrRo
専ブラ入れてみたのでテスト
シルバーウィークなどお構いなしの遅筆投下でございます
137 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:13:43.17 ID:+IcfBHrRo


「――アラガミの侵攻規模を踏まえ、今回の作戦ではフライアから"神機兵"が実戦投入される」
「前回のように保護してやる必要はないが、留意しておいてくれ」

「了解!」

『了解――』


極東支部前、対アラガミ前線基地跡。
支部の多くの戦力が投入されるこの防衛任務の中、
"ブラッド"は2隊に分かれ、それぞれに割り当てられたアラガミ群の迎撃に向かっていた。
私にジュリウス、ロミオのα隊が対峙する群れのリーダーは虎型と戦車型の、2体の大型アラガミ。

「大型種が2体ともなれば、全員で各個撃破に向かうのが定石だが……今回は防衛戦だ」
「"神機兵"のサポートがあるとはいえ、あれはフライアの判断で動いているし、一箇所に戦力を偏らせるのは避けたい」
「そこで、俺とロミオが先にヴァジュラの討伐に向かい、副隊長には俺達が合流するまでの間、クアドリガの陽動に出てもらいたい」
「……ヤツは一筋縄ではいかない相手だが、やってくれるか」

ジュリウスの提案に、私は抵抗もなく頷いてみせる。
引きとめておくぐらいなら、私でも十分な余力は残しておけるはずだ。

「ま、あんま気負うなよ副隊長!ヴァジュラとその取り巻きなんてちゃっちゃとやっつけて、すぐ合流してやるからさ」
「帰ったら今度こそ楽しみにしてろよな!」

「フッ……頼もしいのも結構だが、油断はするなよ、ロミオ」
「……時間だ、いくぞ」
138 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:16:36.92 ID:+IcfBHrRo


 前線基地跡、第4ゲート付近。
まだ神機使いが対アラガミ戦力の中心となっていなかった頃、世界の各地には、連合軍によって建造された前線基地が稼働していた。
それも現在では悉く廃棄され、クレーターに建造物の倒壊、止まぬ火の手と、アラガミの傷痕が色濃く残された廃墟となっている。
しかしながら、当時の基準としては破格の、堅牢かつ複雑な基地の内部構造は現在も機能しており、
こうした支部の最終防衛ラインとして生き続けている。
その通路の一つを、我が物顔で闊歩する一団があった。

群れの中心に君臨するは、戦車型の重装アラガミ。
クアドリガ種と呼ばれるこのアラガミは、全身に無機的な装甲を纏い、側部には一対のボックス状の器官を背負った、
巨大な体躯の装甲馬だ。
その前脚は戦車のキャタピラを模したものでありながら、節ごとにぶつ切りにされ、四足歩行に用いられており、
本来の役割に全く即していないという事実から、あくまで単なる捕喰対象として喰らった、人間の近代兵器の面影にすぎない事が窺える。
本体正面には頭蓋骨から肋骨にかけた人体骨格を模した生体器官が位置しており、胸部には大きな盾のような装甲が配されている。

そして、その戦車型に付き従う、甲虫のような殻と角を持った、二本足の小型アラガミの集団。
ここから先の、鳥かごの中に詰まった餌を求め、奴らが歩を進める中、それらが発することのない、くぐもった破裂音が鳴り響いた。
破裂音は一つ、また一つと増えていき、それを聞き届けた小型アラガミが、次々に死骸として横たわっていく。
近代兵器を取り込んだアラガミらしく、索敵能力も発達している戦車型は、即座に音の発生源を見定めた。
アラガミから見て北東の方角、半ば崩壊した施設の頂。
そこにあるのは、狙撃銃身に換装した銃形態の神機を構えた、私の姿だった。
139 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:19:48.59 ID:+IcfBHrRo

自らもその身に狙撃を数発受け、戦車型が怒りの咆哮を上げる。
それと共に側部の器官を展開し、内蔵されていた複数のオラクル弾頭が放たれた。
私は自らに向けて降り注ぐ弾頭を飛び退いて回避し、そのまま下の地面に着地する。
立ち上がった拍子に神機を近接形態に変形させ、既に間合いを詰めに来ていた戦車型へと走り出した。

戦車型はその鈍重そうな外見に似合わぬ素早さを持ち、猛烈な勢いでこちらに突進を仕掛けてくる。
私はそれに対応する形で回避行動を取り、すれ違いざまにアラガミの前脚を斬りつけた。
脚の無限軌道もどきは一度刃を弾きかけるも、より強引に押し込むことでその一部が裂け、真っ赤な体液を噴出させる。
現在、私が神機の刀身に装備しているのは、長刀型のパーツだ。
重量、リーチ、機動力共に、取り回しのバランスが非常にいい刀身で、多種多様な姿を持つアラガミへの適応力も高い。
尤も、戦車型の脚元への近接攻撃は効率的とは言えないけど、一応の狙いはある。

獲物を通り過ぎた戦車型は追撃を仕掛けるため、僅かに傷ついた前脚をバネにし、バックステップの要領でこちらに飛び込んでくる。
それを横っ飛びで回避した先には、再度放たれたオラクル弾頭が待ち構えていた。
咄嗟に神機を構えるも、装甲パーツの展開が間に合わず、爆風で吹っ飛ばされてしまう。
後方に吹き飛び、危うく受け身を取った先には、先ほど何体か散らした、小型アラガミの残りが押し寄せてきていた。

これを好機と見定めたか、戦車型がその四肢を大地に踏みしめ、どことなく顔を思わせるようなディティールの胸部装甲を前面に張る。
アラガミが装甲の隙間から黒煙を吐き出すと共に、装甲が真っ二つに割れ、中から巨大なオラクル弾頭が姿を見せた。
吹っ飛んだ距離から考えても、発射から着弾までのラグは長くない。
一転して危機的な状況だけど、小型アラガミがわざわざこちらまで出向いてきてくれたのが、私にとっての幸運だった。
140 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:22:08.30 ID:+IcfBHrRo

戦車型が姿勢を変えたタイミングで、まずは一閃。
"ブラッドアーツ"で小型アラガミ達を薙ぎ払い、初手の狙撃で消費したオラクルエネルギーを幾らか補う。
次に、神機を捕喰形態に移行させ、"ブラッドアーツ"の余波で怯んだ残りの小型アラガミに狙いを定める。
神機のコアから伸びた"オラクル細胞"の咢は小型アラガミに深々と食い込み、その肉体を持ち上げた。
それを振りかぶり、既に発射準備を整えた戦車型めがけ、サイドスロー気味に小型アラガミを投げ込む。
発射された弾頭。飛んでくる小型アラガミ。
そのどちらも止まることはなく、戦車型の眼前で大きな爆発が起きた。

辺りが爆風に包まれ、私とアラガミ、双方の視界が一時遮られる。
防御用に構えていた装甲の展開を解き、煙が晴れた後の爆心地を見やると、そこには予期せぬ事態に痛手を負った、戦車型の姿があった。
装甲を開け放していた巨大弾頭の発射器官は焼け爛れ、頭部の排熱器官は大きく傷ついている。
皮肉にも、アラガミのその巨体によって、ヤツが背にした施設はさほど被害を受けていないようだった。

それを認めた私は、身体の内側から湧き上がる力を体感しながら、その昂揚感に任せて戦車型に突進していった。
小型アラガミを投げ込んだ際の捕喰による、"オラクル細胞"の活性化だ。
活性化によって漲った"オラクル細胞"は身体能力を跳ね上げ、一瞬にも思える体感時間で、私を相手の元まで誘っていく。
私の接近を察知した戦車型は後ろ脚で立ち上がり、軍馬の如く上体を大きく反らす。
その姿勢から繰り出される、全体重を前脚にかけた圧し掛かり。
それをまともに貰えば、いかに第3世代の神機使いといえど、無事では済まないだろう。
だから、そうならないように印をつけておいた。

勢いをつけた速度のままに地面を蹴り、私は戦車型の振り下ろした前脚に沿う形で飛び上がった。
無限軌道を模した前脚の、その隙間に滲む鮮血を瞬間的に認識し、長刀を閃かせる。
既に作られていた傷を入り口に、その比にならない剣圧を刻み込まれたアラガミの前脚は、
付け根から中程を残し、私の着地と共にあっさりと寸断された。
141 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:25:28.08 ID:+IcfBHrRo

悲鳴を上げながらバランスを崩し、そのままつんのめる形で倒れ込んだ戦車型の、前脚から胴体までを順に駆け上っていく。
動きを封じたとはいえ、広範囲に渡る爆撃を行えるオラクル弾頭の存在は厄介に変わりない。
このチャンスに、そうした手段も絶たなければ――

――突然、背中に大きな衝撃が走った。
困惑とひりつくような痛みに足を踏み外すも、何とか着地には成功する。
ふらつきながらも戦車型から距離を取り、攻撃のあった方向に視線を合わせると、そこには翼手を天に掲げた、鳥人の中型アラガミがいた。

迂闊だった。
"神機兵"か、他のエリアからの取りこぼしかはわからないけど、恐らく先の爆発の混乱に乗じてに紛れ込んでいたのだろう。
多くの戦力を動かす関係上、オペレーターも十分なサポートが行えないというのに、
私の相手は戦車型と小型アラガミの群れだと、油断してしまっていた。

私が背中に受けたのは、あの中型アラガミが繰り出すオラクルエネルギー弾による攻撃だろう。
活性化状態であった事から、危うく大事には至っていないようだけど、こちらの勢いを殺すには十分な痛手だ。
私の無事を確認した中型アラガミが、先ほどと同程度のエネルギー弾をこちらに向けて連射する。
体勢も整っていない今では、防御しか手段がない。
装甲パーツの展開を間に合わせ、背中の火傷に呻きながらも、攻撃を耐え凌ぐ。
当然立ち上がれないまでも、戦車型が立ち直るのは時間の問題だ。
また爆撃を仕掛けられる前に、こちらも策を講じなければ。

現在、私がすぐ使用できるのは、数個のスタングレネード。
強烈な閃光と特殊な超音波により、短時間、アラガミの視聴覚を遮断する事のできる代物だ。
特に戦闘中では、複数のアラガミとの乱戦になった際に用いられることが多い。
装甲への衝撃が止み、顔を出すと、中型アラガミがその翼手を用いた滑空攻撃でこちらに迫ってきていた。
考えている暇はない。
一先ず仕切り直しとして、このスタングレネードを――
142 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:28:57.42 ID:+IcfBHrRo

――その瞬間。
私が今まさに使おうとしていたものと、全く同形状の物体がこの場に投げ込まれた。
それを察知した私は、即座に視界を閉ざす。
何も知らぬアラガミ2体の視聴覚を刺激する、眩い光。
突然の出来事に体勢を崩した中型アラガミは、それと同時に飛来した弾丸に頭部を撃ち抜かれた。

「無事だな、副隊長」

「その様子じゃ、まだまだ余裕って感じ?」

救援に現われたのは、ジュリウスとロミオの2人だった。
ジュリウスは私に目配せすると、独り中型アラガミの処理へと向かう。
私はそれに応える形で完全に立ち直り、ロミオと共に目を眩ませた戦車型を仕留めに向かった。

戦車型が眼前に迫る中、ロミオがしたり顔でこちらへ銃口を向ける。

「受け取れ!」

銃口から放たれた光弾は私の身体に浸透し、再び力を漲らせた。
神機が捕喰した"オラクル細胞"は活性化と共に、神機の中で銃形態用のエネルギー弾として生成される。
そのエネルギーは"オラクル細胞"の活性化作用を持った、支援用の弾に転用する事も可能で、
それを味方に"受け渡す"ことで、対象に通常の捕喰活性化以上の効果を与えることが出来るのだ。
私も先ほど捕喰した小型アラガミの弾丸をロミオに受け渡し、相互に活性化が発動する。

極限まで高められた身体能力で私は跳躍し、その場から立ち上がろうともがく戦車型の背に飛び乗る。
そして、間髪入れずに斬撃を加えることによって、ボックス状の器官を片方ずつ切り落とされた。
苦痛に喘ぎながらも、ようやく視聴覚を回復させた戦車型は、最期の悪あがきとして、再び巨大弾頭を胸部に生成し始める。
しかし、アラガミの正面にいたロミオが、それを許すはずもなかった。

「どりゃああああっ!!」

雄叫びを上げ、ロミオが戦車型の胸部の、剥きだしになった発射器官に神機を突き刺す。
いや、彼が持つ大剣のサイズと鈍器のような先端を考えれば、"捻じ込む"と形容した方が適当だろうか。
生成途中の巨大弾頭もろとも、ロミオの神機はどんどん飲み込まれていく。
アラガミの悲鳴が途絶え、彼が神機を引き抜いた直後、戦車型の内部で弾頭が自爆した。
再び、自らの攻撃で痛手を被った戦車型は一瞬肉体を膨張させ、ロミオが空けた穴から黒煙を吐き出しながら、ついに事切れた。
143 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:32:17.66 ID:+IcfBHrRo

「……なぁ、あれってコア、大丈夫なのかな」

一旦戦いが終わり、戦車型のコアを捕喰する中、ロミオがぼやく。
斃したアラガミのコアは、支部に持ち帰れば、外壁の"アラガミ装甲壁"に用いられる。
アラガミは日々、その体質を変えていくので、その時毎の最新のアラガミ細胞を用いて、装甲壁をアップデートしていかなければならない。
そのため、装甲壁の主材料であるコア部分も、出来るだけ無傷で回収することが求められるのだ。

「無事ではないにせよ、特殊な例として、研究対象にはなるかもしれないな」

とはいえ、この状況では若干場違いな不安に駆られるロミオを、
既に中型アラガミのコア回収を終えていたジュリウスが、真剣なのかジョークなのか、判別の付き辛い調子でフォローする。
携帯端末に表示されたレーダーを確認すると、周辺エリアにはアラガミの反応がまだ幾つか残存していた。
144 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:37:11.54 ID:+IcfBHrRo


 アラガミの群れに苦戦する他の部隊や"神機兵"の援護に向かい、周辺エリアのアラガミを一掃した後、
私達はアラガミの侵攻の余波を受け、被災地となっていた"サテライト拠点"住民の避難誘導を行っていた。
神機使い達の尽力で被害は抑えられたけど、それも0というわけじゃない。
払った犠牲を胸に、神機使いや住民が表情に影を落とす中、それでもユノは気丈な姿勢を崩さなかった。

「生きてさえいれば、何度だってやり直せます……今までだって、そうしてきましたから」

失ったものを背負いながら、けして絶望には浸からない心。
ユノがアイドルとしてだけでなく、サテライト市民の代表としてもいられるのは、こうした芯の強さがあるからなのだろう。

その一方で私は、火の上がる民家を見て、またも胸の内側にざわつくものを感じていた。
今いる全ての人間を救い、この世に救うアラガミ共を討滅する。
そんな大それた考えを持っているわけじゃないけど、私は果たして、自分の手の届く範囲の人々でさえ、守ることが出来るのだろうか。
……いや、守らなければならない。
それが"ブラッド"副隊長以前の、神機使いとしての私の存在価値だ。
嘗て人のいた居場所を朽ちさせる炎は、そんな私の揺らぎを如実に表しているかのようだった。

多くの住民の無事が確認されたところで、フライアから赤い積乱雲の接近が報じられた。
ジュリウスは住民の中央シェルターへの避難を急がせ、他のエリアへのコンタクトも取っていく。
そのさ中、"サテライト拠点"の警護を担当していた"神機兵"が、突如動作を停止し始めた。
周辺エリアの確認できる住民を全てシェルターに収容し、侵攻してきたアラガミも粗方斃すか、追い払ったところではあるけど、
この状況下で唯一行動出来るはずの"神機兵"が、まるで糸を切られた人形のように動きを止めていくさまは、否が応にも周囲の不安を煽りたてた。
145 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:41:24.78 ID:+IcfBHrRo

「――ジュリウスごめん!俺ちょっと行ってくる!」

その不吉さに呼応するかのように、ロミオが突然"赤い雨"用の防護服を引ったくり、シェルターの外に駆け出していく。
思わず、そのままの格好で私が追いかけようとしたところを、ジュリウスの手に制止される。

「待て、俺が連れ戻しに行こう……お前はここで、進入してこようとするアラガミを食い止めてくれ」

そう言い放ち、ジュリウスも防護服を着て駆け出していく。
追いかけようにも、アラガミが出てこない確証がない以上、シェルター内の住民を捨て置くことはできない。
ジュリウスの懸念通り、しばらく後には複数アラガミが襲来し、私はそれを一体残らず撃破していく。

私がアラガミを相手取っている間も、2人は未だ帰ってこなかった。
あの防護服はあくまで"赤い雨"の中での行動を可能にする装備であって、戦闘での着用は想定されていない。
もしあの時、私の前を通り過ぎようとしたロミオを、私が咄嗟に抑え込むことが出来ていたら。
せめて、ジュリウスの代わりに私が出ていれば。
そんな後悔と不安を抱き始めたその時、大きな力場を感じ取った。
"ブラッド"のみが感知する、"血の力"の覚醒による偏食場パルスの反応だ。
ということは、向こうではやはり戦闘があり、その中でロミオが覚醒したのか。
けれど、その波動は一際強いようでいて、消えかかった蝋燭の最後の輝きでもあるようで。
そのような感覚に囚われた直後、対峙していたアラガミが突如向きを変え、すごすごと引き返していく。
後方で待ち構えていた他のアラガミも同様の行動を取り、一種の不可解さを残したまま、"サテライト拠点"に一時の平和が戻った。

喜べばいいのか、訝しめばいいのか、複雑な気分を抱いている内に、"赤い雨"が止む。
それと共に極東支部から伝えられたのは、今回の作戦の終了と、ロミオの死だった。
146 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/23(水) 01:43:31.86 ID:+IcfBHrRo
予告通りロミオ死亡まで
戦闘描写はノッキンオンヘブンズドアを大いに参考にさせていただいてます
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/23(水) 23:48:26.59 ID:6rC3aIrH0
乙乙
楽しみに読んでますぜ
つづき待ってるよ
148 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 00:36:43.08 ID:xjyru10jo
その言葉だけで一年は戦える
さすがにそこまで長引かないけど投下
149 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 00:38:00.04 ID:xjyru10jo


昨日発令された拠点防衛任務の、その終盤。
"赤い雨"が降りしきる中、極東支部北方の集落に、嘗て私が対峙した、狼型の"感応種"率いる、アラガミの群れが出現した。
人間は元より、"神機兵"も動かなくなった状況から、その報せをシェルター内で最初に聞いたジュリウスもすぐには動けない。
だけど、それを偶然傍で聞いていたロミオは違った。
北の集落には以前脱走したロミオを匿い、彼の意識を変えさせた老夫婦が住んでいたからだ。
斯くして、守るもののため、無謀とも言える戦いに赴いたロミオのおかげで、老夫婦を含めた集落の人々は生き残った。
その中には、汐が引くように去っていくアラガミ達の姿を目撃した人もいたという。
しかしながら、彼は戦いの中で、"感応種"の手による致命傷を負ってしまっていた。

……これが、ロミオと共に戦ったジュリウス本人から聞いた、ロミオの最期だった。

現在、フライアの庭園にはロミオの墓標が立てられ、"ブラッド"や極東支部の人間だけでなく、
ユノ達や、ロミオに救われた老夫婦も葬儀に参列していた。
その人柄の良さから親しまれ、特に最近では精神的に大きく成長したことで、頼りにもされていたロミオ。
極東支部でも既に無視できない存在となっていた彼の喪失を受け、葬儀の場は深い悲しみに包まれていた。
声を上げて嘆く者。顔にやり場のない感情を湛える者。死者への手向けとして、鎮魂歌を捧げる者。
さまざまな形で周囲がロミオの死を悼む中、私は無表情で立ち尽くしていた。
150 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 00:40:52.94 ID:xjyru10jo

悲しみはある。
大切な仲間を失った。
怒りはある。
アラガミに殺された。
礼賛はある。
彼の行動で、多くの命が救われた。
……でも、それらに浸る事を許さず、私の心を塗りつぶそうとしているのは、失意だ。

私は、自分に課された役割を果たすことが出来なかった。
手を伸ばせば届いたものを、見失ってしまった。
どんな事情があったにせよ、私はみすみす機会を手放して、ロミオを死なせてしまったんだ。

嘆きも歌も耳を通り抜け、私はその心の器に少しづつ、亀裂が入っていく音を聴いていた。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/29(火) 00:42:51.17 ID:VntU/VAAO
衝撃的
152 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 00:43:19.31 ID:xjyru10jo


 人の命が失われたところで、戦いも、時も止まる道理はない。
一時は沈静化していたアラガミが早期に行動を再開したことにより、私達には悲しみを癒す隙すら、与えられる事はなかった。
死にゆく者の遺志は受け継がれ、または上書きされることによって、私達は徐々に元の日常へと還っていく。
とはいえ、立ち直りの兆しはあるものの、"ブラッド"の面々は未だ、どこか浮かない顔つきだ。
その理由として大きな割合を占めているのは、隊長であるジュリウスがまたも極東支部を空けている事だった。
葬儀の後、彼はすぐに本部へと直行し、ラケル博士と共に新たな計画とやらの準備を進めているらしい。

今までならいざ知らず、この状況下での彼の不在は、残された"ブラッド"に少なからず疑念を抱かせていた。

「……あいつ、そろそろ独断が過ぎるんじゃないか」

「ロミオ先輩の葬儀の時から、全然話せてないし……さすがに心配かなー……」

「……"ブラッド"は本部直轄の部隊でもあります」
「彼の意志に関わらず、行動せざるを得ない場合もある、かと……」

不満を漏らすギルとナナに対し、ジュリウスのフォローに回るシエルの言葉も歯切れが悪く、空々しい。
彼女も本心では、彼に対する不信感を募らせているようだった。
153 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 00:46:55.74 ID:xjyru10jo

「皆、不安なのはわかるけど……ジュリウス1人が離れているなら、私達の方から信じないと」
「ジュリウスだって、こんな状況でも私達なら大丈夫だと踏んだから、行動に移してるんだと思う」

「……綺麗事はいい、お前はどう思ってるんだ」

「……正直、私もちょっと不安かな」
「でも、まずは信じてみなきゃ……こんな現場にいるなら、尚更ね」

「……そっか、そうだよね」

「……すまなかったな」
「こんなことで躓いてたら、それこそロミオに笑われちまうか」

だから、彼らとジュリウスをつないでおくのが、副隊長としての私の仕事だった。
姑息な手段でしかないけど、少なくともこの立場にいる間なら、彼らも私の言葉を聞き入れてくれるだろうから。

「……難しい話してたらお腹空いてきちゃった!ラウンジ行こー!」

「お前はいつもだろ……まぁ、付き合ってやるか」

「ごめん、私は部屋で報告書類まとめとかないと」

「……副隊長」

「うん?」

「……いえ、何でもありません。今回の任務も、お疲れ様でした」

「お疲れ様。ここのところ連戦続きだったから、しっかり休息を取っておくように!……なんてね」
154 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 00:51:35.11 ID:xjyru10jo

3人と別れ、自室に戻る。
……冗談めかしたつもりだったものの、私は笑顔を作れていただろうか。
尤も、不安げな表情を崩さなかったシエルの様子を見れば、答えは明白なんだけど。
ここ数日では、私も健常な精神でいるとは言い難かった。
現に、こうやって薄い笑顔すら維持できない有様だ。

"ブラッド"に限れば、"喚起"の"血の力"はもう必要ない。
だから私に出来る事は、張りぼての副隊長を演じるくらいだというのに、それも無理が生じ始めている現状では、どうしようもない。
かといって、今の仲間達に余計な悩みを増やすわけにはいかなかった。

"俺だって真面目だよ?……ま、本気でわかんないなら、俺と一緒に探してみるか"

――共にそれを探すと約束してくれた友人も、今はいない。

キリのない思考を一旦打ち切り、レポートを制作するために自室のターミナルを立ち上げると、私宛てのメールが一通着ていた。
155 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 00:53:24.51 ID:xjyru10jo
とりあえずこんだけ
気づけばアニメ最終回(9話)でGER体験版配信もすぐそこじゃないですかやだー!
156 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 10:02:13.34 ID:xjyru10jo
>>154に違和感あるのでちょっと修正
投下は今日の夜か明日に出来れば
157 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/09/29(火) 10:05:23.74 ID:xjyru10jo

3人と別れ、自室に戻る。
……冗談めかしたつもりだったものの、私は笑顔を作れていただろうか。
尤も、不安げな表情を崩さなかったシエルの様子を見れば、答えは明白なんだけど。
ここ数日では、私も健常な精神でいるとは言い難かった。
現に、こうやって薄く笑うことすら維持できない有様だ。

"ブラッド"に限れば、"喚起"の"血の力"はもう必要ない。
だから私に出来るのは、張りぼての副隊長を演じる事くらいだというのに、それも無理が生じ始めている。
どうすればいい。
何を為せば、私は認められるのか。
下手に今の仲間達に相談などして、余計な悩みを増やすわけにはいかなかった。

"俺だって真面目だよ?……ま、本気でわかんないなら、俺と一緒に探してみるか"

――共に答えを探すと約束してくれた友人も、今はもういない。

キリのない思考を一旦打ち切り、レポートを制作するために自室のターミナルを立ち上げると、私宛てのメールが一通着ていた。
158 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/02(金) 01:42:53.79 ID:NGMN6bPho



「――この事態に、勝手な行動を起こしてすまなかったな」

先日、私個人に宛てられたメールの送り主は、本部に向かっていたはずのジュリウスだった。
彼がフライアに帰還する旨は後になって"ブラッド"全員に知らされたけど、私だけはこうして任務に駆り出されていた。
既に目標アラガミの討伐は終わり、ジュリウスと改めて対面する時が来る。

「私はいいよ、皆を納得させられるだけの理由があるならね」

「……それは少し、難しいかもしれんな」
「なぁ副隊長、"ブラッド"に来た日のこと、覚えているか?」

「……どうしたの、急に」

話題を逸らすためなのか、それとも話の取っ掛かりを探しているのか、ジュリウスが突拍子もない事を切り出してきた。
こうした距離の測り方は、彼にしては少し珍しい気がする。

「いや、俺は"ブラッド"に長くいる方だが……お前とナナが入ってからは、特に多くの事があったと、柄にもなく考えてしまってな」
「ロミオやお前に、ナナ、ギル、そしてシエル……俺は初めて、かけがえのない仲間を得ることが出来た」
「……交わす言葉こそ少なかったが、俺はお前達のことを、家族のように思っている」
159 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/02(金) 01:46:15.86 ID:NGMN6bPho

ラケル博士との会食の時にも聞かされた、ジュリウスの"ブラッド"への想い。
幼くして両親を失った彼にとって、家族という存在は憧れに近いものになっているのだろう。
だから仲間の活動を妨げないために、隊長として私達を影から支えて、自らに課した規範を独りで背負い込もうとして……
だけど、そんなジュリウスの、"ブラッド"の日常は壊されてしまった。

「ごめんなさい……私が、私があの時――」

せめて目の前の者を守れる、強さを持っていれば。

「――自惚れるなよ」

それまで穏やかだったジュリウスが、私の言葉でその雰囲気を一変させる。

「お前がロミオを止められたところで、北の集落の人々はどうなる?お前が俺の代わりにアイツを追いかけたとして、あの戦局を覆せたのか!?」
「あれは起こるべくして起こった!ロミオは神機使いであるがために、人々を守るという本懐を遂げて、逝ってしまった……」
「お前は勿論、目の前にいた俺でさえ、どうしようもなかったんだ……!」

肩を震わせ、怒気を孕んだ表情で私に詰め寄る。

「……だからといって、納得がいかないというのであれば、それは俺も同じだ」
「俺がこうして激情に駆られているのは、犠牲になったのがロミオだったからというだけじゃない……」
「お前も、ナナも、ギルも、シエルも……"ブラッド"が一人でも欠けてしまえば、もう意味がないんだよ……!」

私の襟元を掴みかけていたジュリウスの左手が寸前で止まり、その場で強く握り込まれる。
私は初めて見る彼の必死の様相に、何も答えることが出来なかった。
160 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/02(金) 01:49:51.60 ID:NGMN6bPho

「……すまない、辛いのはお前も同じだったな」

鬼気迫る勢いだったジュリウスの表情が和らぎ、代わりに自嘲気味な笑みを形作る。

「……思い込みが強すぎる面はあるが、お前には仲間の危機を自分の責任のように捉えられる、優しさがある」
「その"血の力"も、お前の暖かい本質からくるものなんだろうな……」
「……そんなお前になら、"ブラッド"を任せられる」

「……それは、どういう――」

――彼の発した言葉が、呑み込めなかった。

「言葉の通りだ……俺は、"ブラッド"を抜ける」
「以降はフライアでラケル博士と共に、全力で"神機兵"の強化に取り掛かるつもりだ」
「無人制御の"神機兵"が戦場を支配するようになれば、もう神機使いが危険を冒す必要はなくなる」

理解を拒み、狼狽える私の様子を余所に、ジュリウスが何かを私に手渡す。
手に取ってみると、それはディスク状の情報記録媒体だった。

「後で皆と見てくれ」
「"神機兵"の調整には、もうしばらくかかる」
「だから、神機使いが戦い続けずに済む、その時まで……あいつらを、頼む」
161 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/02(金) 02:00:57.68 ID:NGMN6bPho

「ジュリウス」

思考の整理はつかないけど、何とか声を絞り出す。
彼は妥協を許さない。
私達の与り知れぬ所で、既に決断をしてしまったジュリウスに何を言っても、彼は耳を貸さないだろう。
だけど。

「……"ブラッド"として進む道はなかったの?」
「私達に、出来る事はないの?」

これだけは、聞いておきたかった。

「……お前達は生きてさえいれば、それでいいんだ」
「俺はこのまま、フライアに帰還する……"アナグラ"を拠点とすることは、もうないだろう」

私の縋るような目つきと言葉に応えることはなく、ジュリウスは背を向ける。
去っていく彼の背に、もはや迷いは見られなかった。

後日、ジュリウスの離脱は、フライアから正式な形で辞令が下された。
それと同時に命じられる、"ブラッド"の極東支部への移籍。
"ブラッド"は1日の内に、ジュリウスだけでなく、フライアからも完全に切り捨てられる形となった。

162 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/02(金) 02:02:29.71 ID:NGMN6bPho
予定は守れなかったけどジュリウス離脱まで
突然興奮するピクニック
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/10/02(金) 02:22:56.07 ID:ltneuUlaO
よっこらしょ。
    ∧_∧  ミ _ ドスッ
    (    )┌─┴┴─┐
    /    つ. 終  了 |
   :/o   /´ .└─┬┬─┘
  (_(_) ;;、`;。;`| |
  このスレは無事に終了しました
  ありがとうございました
  もう書き込まないでください
164 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/11(日) 00:25:26.27 ID:dTvavsmQo


 未だ不安の残る無人制御式"神機兵"の開発と、"黒蛛病"の治療に注力するというフライアの方針転換から、
"ブラッド"は極東支部の所属部隊として再編成されることとなった。
とはいえ、現存する隊員は全員配属時から極東を主戦場としているし、環境的に不慣れな部分は少ない。
変化のあった事柄といえば、辞任したジュリウスの後釜として、私が隊長に据えられたぐらいだ。
何の断りもなく袂を分かったジュリウスに、横柄とも取れるフライアの対応と、
得心がいかないまでも、ひとまずの着地点が見えたことで、"ブラッド"はいくらか落ち着きを取り戻しつつあった。

……本当に、私が隊長でいいんだろうか。
ジュリウスの離脱と共に下されたこの辞令に関しては、"ブラッド"の誰も疑問視していない。
今まで副隊長兼隊長代理を務めてきた経験からの抜擢、というのはわからないでもないけど。
そもそも副隊長であった頃から、私は何故自分がこんな地位にいられるのか、不思議で仕方なかった。
165 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/11(日) 00:26:48.20 ID:dTvavsmQo

戦術についての造詣の深さに、高い索敵と指揮能力を兼ね備えたシエル。
近接戦闘を重視した戦法故に咄嗟の判断力に優れ、組む相手を選ばない朗らかさを持っているナナ。
高い実力と経験からくる安定感に加え、仲間への的確な指示とフォローを行えるギル。
いずれも、私よりよほど隊長にふさわしい資質を持っている。

"血の力"による役割を終えた、いわば使い捨てが、何故こんな場所に居座っているのか。
どうして彼らが、それを甘んじて受け入れているのか。

疑問が私の口から出ることはない。
切り捨てられるだの、無価値だのと、散々内心で吹聴していた割に、それを直に見せつけられるのは怖いらしい。
それに、私が現状から置いていかれていると、彼らを失望させたくはなかった。

幸い、今は事実が先にある。
私はジュリウスに"ブラッド"を託された。
どれだけ悩もうが、何もない私に出来るのは、彼らを、目の前の人々を守る事だけだ。
166 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/11(日) 00:32:17.76 ID:dTvavsmQo
別にGERの体験版を3データ分やってたとかじゃないんだからね!
地味に忙しかったり書きたい展開が文章にならなくて死にそうになったりしてるだけなんだから!
読んでくれてるかもしれない方にはほんと申し訳ない
167 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/22(木) 02:09:36.65 ID:IxHqraCLo


 人気のない街並み。
アラガミに喰い散らかされ、不自然な風穴がぽっかりと空いたビル群。
崩れ落ちた民家。
区画全体に漂う頽廃的な雰囲気と、中心部にある、嘗ての街のシンボルだった教会に准えて、ここは"贖罪の

街"と呼ばれている。
極東支部から北東に位置するこの亡都が、再編された"ブラッド"にとって初の任務地となった。

討伐対象は大型が2体。
先の防衛任務でも確認された、虎の姿を模したアラガミだ。
硬化した皮膚に覆われた容貌の、その上半分は古代の兵士の戦兜や、王冠をも思わせる形状。
背中に配されたマント状の器官はあらゆる攻撃を弾き、それを満開の花びらのように展開させた際には、雷光にも似たオラクルエネルギーを帯びる。
大地を踏みしめる筋肉質な四肢は強靭で、常人を轢き潰す剛力と、軽やかに宙を舞うしなやかさとを併せ持つ。
このアラガミは大型種の中でも特に名の知れた種であり、これを若手神機使いにとっての登竜門と目する者もいる。
それ故に、この任務は新たな"ブラッド"の戦力的な指標にもなり得るだろう。

……名前だけの副隊長だった頃とは違う。
今の私には隊長として彼らの命を預かり、守らなければならない責任がある。
失敗は許されない。
逃げ場もない。
久しく感じていなかった緊張と重圧に、神機を持つ手が震える。

「――隊長?」

ふと我に返ると、ナナが俯く私の顔を覗き込んでいた。
168 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/22(木) 02:10:43.34 ID:IxHqraCLo

「……ナナ?」

「大丈夫?もうすぐ目標地点だよ」

「……ごめん、少しボーっとしちゃってた」

「何を考えようが勝手だが、そろそろ切り替えておけよ……いつも通りでいい」

前方の索敵に気を張り巡らせていたギルが、私の様子を見咎める。
シエルは発言こそしないものの、気がかりそうな表情でこちらを窺っていた。

「うん……わかってる」

彼らに気づかれないよう、神機を握り直す。
これを乗り越える事が出来れば、きっかけが見つかるかもしれない。
"喚起"でも、与えられた役職でもない、私にしか出来ない事の、その兆しが。
169 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/22(木) 02:16:03.06 ID:IxHqraCLo

「――私とギルが前衛、シエルは後方射撃、ナナはまず近接射撃で間合いを計って」
「初期位置からの移行タイミングは各自、臨機応変に……開幕はシエルに任せるよ」

「了解しました」

「了解だ」

「りょーかい!」

2体の虎型はそれぞれ、別々の地点で行動を始めている。
私達は各個撃破のセオリーに則り、出撃地点から近い箇所にいる、1体目のアラガミへと狙いを定めていた。
アラガミは狭まった街路の中に位置していて、こちらの動向にはまだ気づいていない。
場に一定の緊張感が漂う中、シエルの神機が銃声を発する。

「命中確認」

シエルの合図を皮切りに、"ブラッド"が一斉に駆け出す。
アラガミは即座に向き直り、自らに危害を加えたオラクルの軌跡を辿る事で、その発生源であるシエルへと敵意を向けた。
遠方から正確な狙撃を続けるシエルを庇うように、3人の神機使いがアラガミの前に立ちふさがる。

「喰らえ!」

「おりゃーっ!」

尚も歩みを止めようとしないアラガミに対し、ギルとナナが銃撃を仕掛ける。
これに気を取られた隙に、私はヤツの側面に回り込み、手にした短剣型の神機で後ろ足を斬りつけた。

虎型は前脚から顔面、背部のマントにかけた前面に硬質化した部位が集中しているものの、その分、胴体や後ろ足といった、残りの部位は比較的、肉質が軟らかい。
特に、短剣型や槍型といった、接触部位の集中した、貫通性の高い近接パーツや、それらに類似した属性のバレットには脆く、
それらの装備を担う場合は、まず虎型の側面か背面に陣取るのが基本戦術となる。
170 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/22(木) 02:19:09.99 ID:IxHqraCLo

一連の攻撃が煩わしいのか、虎型は苛立たしげに息を荒げ、全身に青白い雷を纏う。
私達は瞬時に飛び退き、直後に発生した、虎型の周囲を覆う電磁場から身を逃れた。
これを隙と見たアラガミは後方へ大きく飛びあがり、背部のマント状の器官を展開させる。
扇状に広がったマントと頭部の間には雷球が生成され、軽やかな宙返りと共に、それは放たれた。

「シエル!」

「はい!」

既に初期位置から移動し、拡散した雷球を防ぐギルとナナの背を飛び越えたシエルが宙を"蹴る"。
私もそれに追随する形で地を駆け、アラガミの着地後もなお放たれる、雷球の連射を共に掻い潜っていく。
業を煮やした虎型は質量攻撃に手段を切り替え、その巨体で私達を押しつぶさんと飛びかかってきた。
そのさ中、アラガミの眉間にバレットが撃ち込まれる。
バレットは目標に接触した直後、球形の吸着弾へと変質し、その場で爆発を起こした。

銃撃を行ったのはギルだった。
虎型の顔面は硬く、貫通属性の攻撃を通さないけど、爆発や打撃といった、衝撃を伴う破砕属性の攻撃には弱い。
彼の狙い通り、アラガミは悲鳴と共に体勢を崩し、再び地面に足を降ろした。
勢いを殺しきれず、滑るように着地したアラガミの胴体めがけ、私とシエルが両側面から短剣型神機による連撃を叩き込んでいく。
痛みに呻く虎型が爆炎に次いで目にしたのは、ブースト機動によって自らの目前にまで迫ってきていた、ナナの大槌だった。
先のダメージにより脆くなっていた顔面は完全に砕かれ、アラガミは視力を失う。
171 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/22(木) 02:22:40.46 ID:IxHqraCLo

この調子だ。
このままいけば、誰も傷つくことなく、任務を終える事ができる。
そんな私の慢心を即座に打ち砕くかのように、オペレーターからの報せが届く。

『もう1体のヴァジュラが進行方向を変え、こちらの方角に接近してきました!現在の地点からの移動を推奨します!』

予想していなかったわけじゃないけど、想定よりも接近速度が早い。
警告通り、この場から1体目を引き離さなければ。

「ナナ!"血の力"で――」

「避けろっ!!」

「えっ――」

ギルの叫びに反応し、身構えようとした時には、もう遅かった。
足元に小さな痺れが走ったかと思えば、体の中心から頭頂部まで、一気に衝撃が駆け昇る。

「――っ!!」

身体の一部を損壊させるほどの負傷があろうと、その活動が停止するまで、アラガミの闘志、あるいは本能が衰えることはない。
虎型は絶えず隙を窺い、焦った私を先ほどと同様の電磁場に巻き込むことに成功した。
小賢しい未熟者に一矢報いたアラガミは、身体を刺す周囲の攻撃には目もくれず、
自らの近辺に発せられた偏食場パルスを頼りに、一目散に駆け出して行く。

「隊長!」

「大丈夫……ごめん、油断しちゃった」

「説教は後だ、追うぞ!」

全身を焼くような痛みと、多少の痺れはあれど、戦闘面に支障はない。
シエルとナナが回避に成功していた事にはひとまず安堵しつつ、離脱したアラガミの追撃に向かう。
172 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/28(水) 01:18:26.45 ID:3YDezVExo



『……このままでは、アラガミの合流は避けられませんね』

私達はシエルの"直覚"と、オペレーターの指示を頼りに、逃亡したアラガミの追跡を続けていた。
入り組んだ市街地の中で、建造物を飛び越えられる虎型に対し、現状の私達に先回りできる手段は存在しない。
割り出されたアラガミの合流地点は、先ほどとは対照的に、障害物や遮蔽物の少ない、開けた場所が示されていた。

「片方は既に手負いとはいえ、ヴァジュラ2体の連携はバカにはできませんね……」

「目が見えないってことは、逆に言えば、簡単にもう一体と離れないって事だし……」

「さっきの狭路とは違い、今度は広場だ……そこら中を跳ね回られる可能性もある」
「スタングレネードと、ナナの"血の力"での分断を考えた方がいいな」

"――ジュリウスごめん!俺ちょっと行ってくる!"

「……」

「……どうした?」
173 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/28(水) 01:23:45.69 ID:3YDezVExo

ギルの言葉で、あの日の記憶が想起される。
私が手を伸ばさなかったばかりに、彼は手の届かない場所へ行ってしまった。
結果だけを見れば、仕方のない事だったのかもしれない。
どうしようもない事だったのかもしれない。
だけど――

"いくら恐怖に曝されようと、苦痛を与えられようと、それがお前だけの問題なら私は構わない"
"だが、それが他の人間に降りかかるのであれば話は別だ。自身に阻止できるだけの力があるなら、全力で解決に当たらなければならない"

――それを正当化していい理由には、ならない。
決して、繰り返していいことではない。
また、手が震えだす。

「……分断は、しないよ」

「何……?」

私自身に何もなくても、神機使いとしての力はあるはずだ。
あの時だって、防げたはずなんだ。

「1体は手負い、しかも視力を失った今なら、複雑な連携行動には対応出来ないはず」
「出方がある程度わかっているなら、わざわざ戦力を分散させることもないと思う」

「ですが、それも確証が持てません……それに、先ほどのペースから考えると、2人ずつでも十分――」

「……大丈夫だよ。私だって、何の考えもなしにこんな事言ってるわけじゃないから」

「……考え、ですか」

「それで、その作戦って?」

「追いついてから話すよ……今はちょっと、言えないかな」

私の手が届く限り、仲間を危険に晒させはしない。
……もう手放すつもりも、ない。
174 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/10/28(水) 01:28:50.30 ID:3YDezVExo

「……そろそろだな」

ギルに応じ、"ブラッド"は付近の建造物の、その壁沿いに寄り集まった。
この先に、討伐目標がいる。

「いたいた、ぴったりくっついちゃってぇ……」

物陰から顔を出し、ナナが肉眼でアラガミの姿を捉える。
彼女に続いて覗き込むと、2体の虎型が互いに寄り添い、追っ手を待ち構えるかのように、周囲を警戒していた。

「さて……その考えってのを聞かせてもらおうか」

仲間の側へ振り向いた私の元に、三つの視線が注がれた。
疑いのない眼。
期待を宿す瞳。
力量を推し量ろうとする目。
だけど、平静を保つ私の表情の裏にあるのは、会心の策なんかじゃない。

「……そうだね、まずは3人とも――」

体勢を整える。
不穏さを感じ取ったのか、ギルが僅かに眉を上げるのが見えた。

「――ここで待機していて」

言い終わるか言い終わらないかの内に、私はその場から飛び出した。
制止する声も、混乱や戸惑いの声も、今は耳に入れず、全速力でアラガミの元へと向かっていく。
警戒を続けていた無傷の虎型は私の姿を即座に認め、戦場に咆哮を轟かせた。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/28(水) 04:29:51.27 ID:Y0PJK7K10
隊長が心配になる…でも隊長かわいいよ隊長
176 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/11/22(日) 02:03:21.70 ID:+my5+5nCo

顔を失ったもう一体もそれに呼応し、展開したマントから雷球を生成する。
狙いもなく、単調に放たれるそれだけなら、まず当たることはないけど、相手は2体だ。
相手を定められる視覚を持った虎型が、その強靭な四肢を躍動させ、私に迫る。
右からは雷球、左からは質量攻撃。
置き去りにした仲間の援護を待てるはずもなく、私はまず雷球の方に向かう。
次いで大きく跳躍し、雷球を回避した後、真横に出した右足で宙を"蹴る"。
飛び込んだ私は神機を捕喰形態に移行させ、突っ込んだ勢いでその場を通り過ぎようとしていた、虎型の尾を噛み千切って着地した。
虎型は苦悶の声を上げ、"オラクル細胞"同士の結合を絶たれた尾は黒い霧となって霧散する。

私が現在、近接形態の神機に装備しているのは、数種ある刀身の中でも最も小型かつ軽量の、短剣型の刀身パーツだ。
そのため、基本的にはリーチが短く、一発の攻撃にも大した威力はない。
しかしながら、それらを補う特徴としてあるのが、機動力の高さだ。
短剣は軽量故に、短時間に多くの攻撃を重ねられ、咄嗟の回避行動にも優れる。
加えて、それらの補助として、神機には内在する"オラクル細胞"を制御する機構がある。
177 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/11/22(日) 02:05:23.75 ID:+my5+5nCo

これは他の刀身パーツにも対応している機構で、例としては槍型のオラクル気流や、槌型のブースト機動といったものがある。
しかし、短剣型にはその設計思想のために、そうした機構を搭載できるだけの余剰スペースがない。
なので、移動用に割り切ったものとして、短剣型は神機から発生する"オラクル細胞"を用い、大気中に小さな壁を生成する。
この壁は一つの行動に一回しか生成できない代わり、神機使いの脚力に一度は耐え、空中での移動を可能とする。
先ほどの戦いでシエルが活用したのもこの機構で、彼女も主な装備として短剣パーツを扱っていた。

そして現在、私は回避と攻撃を同時にこなし、背を向けた形の虎型と、後方の無貌の虎型との間に着地していた。
尾を喰い千切られたアラガミは怒号と共に全身の"オラクル細胞"を活性化させ、青白い雷を帯電させる。
依然としてその標的は私に定められているだろうけど、直に追いついてくるであろう"ブラッド"に目をつけないとも限らない。

それを未然に防ぐため、私は腕輪のアタッチメントを展開させ、懐から取り出したアンプルを腕輪に挿し込んだ。
投与されたアンプル内部の液体が腕輪を介して体内に循環し、全身から目に見えない物質が分泌される。
その直後、敵意を漲らせた尾無しの虎型は元より、視覚がないはずの無貌の虎型もまた、こちらを標的に据えていた。
178 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/11/22(日) 02:07:25.61 ID:+my5+5nCo

無数の"オラクル細胞"で構成されたアラガミを律する、捕喰行動という名の本能。
その、偏食傾向に拠らない上辺を刺激し、誘発させるのが、先ほど私に投与されたフェロモン物質だ。
ナナの"血の力"ほどの効力はなくとも、これで一定時間アラガミを引き付けることはできる。
私が細胞自体に刺激を与える囮となったことで、無貌の視覚のハンデを解消させてしまったのは痛いけど、
ヤツが狙いもないまま闇雲な攻撃を仕掛け、思わぬ被害が発生するなんて事がないだけ、ずっといい。

神機を構え直し、前後からにじり寄る虎型に備える。
シエルとギルによるものであろう、後方からの狙撃を受けてもなお、尾無しは私から視線を離さない。
もうすぐナナも追いついてくる頃だろう。
……時間は、かけられない。

意を決した私と、獲物目がけた虎型達の跳び上がるタイミングは、ほぼ同じだった。
私は活性化によって攻撃速度を早めた、尾無しの虎型に向けて宙を蹴り、
展開した装甲パーツでアラガミの繰り出した右前脚を受け流し、翻した身で、すれ違いざまに虎型の後ろ脚を斬りつける。
私も先ほどの捕喰で活性化しているとはいえ、やはり一撃では浅い。
通常ならこのまま着地して次の攻撃に備えるところだけど、私には"ブラッドアーツ"がある。
179 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/11/22(日) 02:12:39.96 ID:+my5+5nCo

"血の力"もしくは、それから派生した戦闘技術、"ブラッドアーツ"の発現には、"新型"神機使いの起こす"感応現象"が密接に関わっている。
以前も触れたけど、"感応現象"は体内の"オラクル細胞"が脳神経と結合し、"偏食場"と同種の脳波を発現させるという現象だ。
"偏食場"を発生させるということは、神機使いの体質がよりアラガミに近づくという事であり、
また、神機を制御する人工細胞の容れ物でしかなかった人間の肉体が、細胞を受容し、自発的にオラクルを伴った機能を発するまでに至ったという事でもある。
この神機使い側の、体内の"オラクル細胞"の増幅をより強化したのが"血の力"だ。

滞空時間の中、私は神機を握りしめ、刃先に念じるイメージで戦意を込めた。

P66偏食因子の作用により、私の感情を媒介に増幅された脳波が、腕輪の介入を必要とせずに神機まで伝達される。
伝達した"偏食場"は神機内で循環する"オラクル細胞"に影響を及ぼし、その流量を増加させる。
こうして瞬間的に強化された神機はその威力を高めるだけでなく、それに付随する機構をも発達させる。
つまり短剣型の場合、一つの行動の中でいくつも壁を作ることも可能になる。

斜め下から斜め上へ、右から左へ、上から下へ。
壁を蹴った先に壁を作り、オラクルの刃で強化された刀身を用いて、貫通攻撃の通る部位を切り刻む。
攻撃対象は尾無しだけに止まらない。
活性化で発達した脚力で壁を蹴り、無貌も射程に捉える。
だけど、ずっとやられていてくれるほど、アラガミも単純じゃない。
段々と私の動きに適応し始め、迎撃に前脚や雷球、電磁波を織り交ぜてくる。
元々回避も織り交ぜた空中機動とはいえ、今度は深追いした私の方が対応しきれず、無貌の体当たりをギリギリ避けたところで地に降ろされた。
その隙を狙い、尾無しが再度飛びかかってくる。
身をよじって回避しようとするも、虎型の雷爪は制服の肩口付近を切り裂き、私の肉体からも鮮血を噴出させた。
180 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/11/22(日) 02:17:13.00 ID:+my5+5nCo

「くっ……う……!」

鋭い痛みと、全身を襲う痺れに顔が歪む。
身体を動かせないこともないけど、しばらく回避行動は望めそうにない。
とはいえ、こちらも十分なほどの連撃をアラガミ側に叩き込んだ。
着地した尾無しの様子には疲労が見え、一戦目からのダメージが蓄積している無貌は、足元がふらついてきている。
後少し。
この局面さえ乗り越えれば、守り切れる。

麻痺に抗い、私がぎこちない動作で守りを固めるよりも早く、無貌が体勢を立て直した。
衰えてはいるものの、未だ威圧を感じさせる勢いでこちらに迫ってくる。
尾無しも同様に身を翻し、私に追い打ちをかけるために駆け出した。

そこで、ふと私は違和感を覚えた。
無貌の軌道が、段々私から逸れていっている。
今になってフェロモン剤の効果が切れたと仮定しても、不自然なほど右側へ――
無貌の方向に集中しかけてしまい、慌てて尾無しの方を見やるのとほぼ同じタイミングで、刺突音が耳朶に響く。

そこで私が見たのは、オラクル気流を展開した槍先に纏わせ、側面から尾無しの胴体に神機を突き立てているギルの姿だった。
傷ついた尾無しの肉体は容易く槍を受け入れ、たちまちのうちに呑みこんでいく。
たまらず動作を止めた尾無しは、私への追撃を諦め、その場から飛び退いた。
181 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/11/22(日) 02:20:17.76 ID:+my5+5nCo

「やっとこっち向いてくれた……それ使われると、こっちも調整難しいんだからねー!」

声のする方に振り返ると、ナナが装甲パーツを展開し、無貌の振り下ろした前脚から身を防いでいた。
言葉の内容から察するに、ギリギリ個体のみを引き寄せるように調整した"血の力"を用い、視覚のない無貌の狙いを逸らしたようだ。

『結合阻害弾です!止めを!』

間髪入れず、シエルからの無線と共に、遠距離から一発ずつ、それぞれの虎型に狙撃が行われた。

"結合阻害弾"はその名の通り、アラガミを構成する"オラクル細胞"同士の結合を阻害し、弱体化させる"ブラッドバレット"だ。
概要は近接銃の"徹甲弾"と似通っているけど、こちらは当てた部位を破壊する、高威力ながら限定的なもので、
対する"結合阻害弾"はアラガミの弱体化のみに止まる代わり、その効果を全身に及ぼす、サポート主体のものになっている。

「今度こそー……とどめぇっ!!」

無貌の攻撃の隙を突き、ナナが神機を振りかぶる。
振り下ろされた大槌は、先にナナが破壊していた顔面の跡に再び直撃した。
貌どころか、胴体部分にまで槌をめり込ませたアラガミの本能は潰え、呻き声さえ上げられずに倒れ伏す。
182 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/11/22(日) 02:33:52.98 ID:+my5+5nCo

私も呆けてはいられない。
痺れの取れた身体を動かし、神機を銃形態に移行させながらも、ギルと格闘を続けていた尾無しの方へと駆け出す。

私が銃身に装備している重火銃パーツには、狙撃銃や近接銃といった、他の銃身のような、際立った特徴がない。
しかしながら、その代わりとして、"オラクルリザーブ"と呼ばれる、有用な機能が備わっている。

"オラクルリザーブ"は、その名の通り、射撃用のオラクルエネルギーを貯蔵する機能で、他の銃身とは比べ物にならない容量を貯めておける。
一定の量までオラクルを貯めてしまえば、単純な威力だけなら"ブラッドアーツ"をも上回るような一撃をアラガミに与えることが出来るのだ。
その分時間はかかるけど、私の神機内には、現時点でかなりの量のオラクルエネルギーが充填されている。
無貌になる前の虎型との対峙から今まで、ほぼ近接形態のみで戦ってきたためだ。
短剣型は手数の多さから、オラクルの効率的な回収にも秀でているため、重火銃との相性がいい。

本来なら、短剣型の"ブラッドアーツ"とこの機能を併用して、2体まとめて決着を付ける狙いだったけど、そうはならなかった。
……独りで彼らを守り切る事も、私には出来なかった。

『リザーブ弾いくよ、下がって!』

尾無しの眼前で無線による指示を飛ばし、"ブラッド"の退避を確認した私は、銃口から高密度なオラクルの塊を吐き出す。
放出されたエネルギーは渦となって前方に拡散し、虎型の巨体を一瞬で包み込んだ。
渦中のアラガミが逃れようとするよりも早く、ダメージを蓄積させた肉体は朽ちていく。
時間経過で渦が大気中に霧散した後には、力尽きた雷獣の骸が横たわっていた。
183 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2015/11/22(日) 02:39:20.05 ID:+my5+5nCo
ヴァジュにゃんズ討伐まで
こんな程度の設定捏造でなぜこんなに時間がかかったかというとまぁその…なんだかんだで楽しいよねGER
ショートのブラッドアーツは一応ダンシングザッパーイメージのつもりだけど何か別物になってしまった

あと今度は別の用件でまた一月近く投下止まります……毎回本当にごめんなさい
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