柔沢ジュウ「雨か」 堕花雨「お呼びですか?」

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172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 22:24:30.10 ID:JLYDn0obO
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/25(金) 00:34:09.30 ID:Y4ZFa12LO
ほっほ
174 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/09/25(金) 17:26:30.06 ID:QEIG95+wO
ごめん
ここんとこ週末忙しい
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/25(金) 19:47:43.86 ID:0awGUzHHO
待つけど、ちょいとづつでいいから投下してもらえないだろうか。
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/25(金) 21:00:50.65 ID:BkECYslQO
そう…
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/11(日) 13:20:41.39 ID:F13Bx6bAo
ほし
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/26(月) 23:29:02.81 ID:lZwz0zwPO
大規模更新が来ると信じてる
179 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/10/27(火) 09:00:50.54 ID:k112IgJKO
明日投下します
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/27(火) 09:51:01.81 ID:xs2DJh3rO
ほんとかなー?
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/27(火) 11:53:18.34 ID:yomBoeiBo
期待
182 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 20:45:13.26 ID:DQnmIat7O
=====

日曜日の駅前。
ジュウが腕時計を確認すると、正午までちょうどあと5分のところだった。
こんな時間にもなれば、制服でうろつく高校生などほとんど見かけることはない。
そんな中、学校指定の制服でもないセーラー服をまとった少女が一人。

「ねー、柔沢くんってばー、なんでー、無視するのー」

「………‥」

「そんな頑な態度とるならー、抱き着いたりしちゃおっかなー」

「なんでここにいる、雪姫」

「即答はさすがに傷つく……」

ジュウは諦めて、先ほどから自分の周りをしつこく徘徊する少女に言葉を投げかける。
少女の名前は斬島雪姫。
183 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 20:46:57.19 ID:DQnmIat7O
今のこの格好もどうせ何かマンガかアニメのコスプレだろう。
いつも通りのポニーテールと白いリボンを揺らしながら、雪姫は答える。

「柔沢くんあるところに私あり、だよ!」

「あっそ、じゃあな」

「ちょ、マジで傷つくからそういう反応やめてー!」

ジュウが適当に追い払うように手を振ってやると、それにしがみつくようにする雪姫。
さっきからこんな調子でジュウから離れようとしないので、ジュウもいい加減辟易していた。

「いい加減にしてくれ」

「柔沢くんがなんでこんなところに突っ立てるのか教えてくれたらね」

何が面白いのか、うぇっへっへ、とわざとらしい笑みを浮かべる雪姫。
ジュウはといえば、頭を抱えていた。
184 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 20:47:59.93 ID:DQnmIat7O
今日この時間にこの駅前にいるのは、説明しようと思えば簡単だ。
単に、光との約束を果たすためである。
強引、というより一方的に取り付けられてしまった約束だが、連絡手段がないので断ることもできないし、できれば助けてやりたいという気持ちは本物だった。
だからわざわざ髪もスプレーで黒く染めてきたのだ。
しかしそれを言えば、雪姫の追求は免れないだろう。
最悪、偽デートとはいえ雨に伝わる可能性も―――

「(待て、なんであいつが出て来る……?)」

なぜ自分は雨にこのことが伝わることを恐れているのだろうか。
数秒の思考の後、光がそれを嫌がっていたから、とということを漸く思い出し、ジュウはほっと胸を撫で下ろす。
ジュウは既に思考を打ち切っているため気づいていないが、なにに安心したのかすらジュウ自身わかっていない。

「柔沢くん、雨のこと考えてるでしょ」

「え?」

雪姫の言葉に思わず反応してしまってから、ジュウは自分のミスに気が付いた。
こんなあからさまな反応をすれば、誰にだってそうだとわかる。
185 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 20:48:43.52 ID:DQnmIat7O
特に、女という生き物はそういうことに長けている。
案の定、雪姫は厭らしい笑顔をジュウに向けていた。

「いけないんだー、女の子と一緒にいるときに他の女のコト考えたりして」

うりうり、とジュウの肩を指でつつく雪姫。

今日何度目になるのかわからない溜息をつきながら、ジュウは雪姫の手を振り払う。

「お前の勘違いだ」

取り繕うのも今更だが、ジュウにもプライドというものがある。
しかしそんなジュウの言葉には全く耳を貸さない雪姫。

「ふーん、今日待ち合わせしてるのは雨かー」

「違う、あいつじゃない」

「ふうん?」

再び、ニヤニヤとした笑みを浮かべる雪姫。
186 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 20:55:34.45 ID:DQnmIat7O

何がそんなに可笑しいのか、とジュウはイラつくが、口を開く前に自分の短絡さを呪った。

「雨、では、ないのね?」

動揺したせいで返答にまで気が回らなかった。
最早待ち合わせということは自白したようなものだが、ここまで来れば意地だ、とばかりにジュウは食い下がる。

「誰でもない。待ち合わせなんかしていない」

「光ちゃんかな」

ジュウの言葉に被せるようにして図星を付いてくる雪姫。
ジュウは動揺を表に出さないように極力堪えたが、どうやら無駄な努力であるらしい。
雪姫はジュウの周りを、ふーん、とか、ほーん、とか言いながら回り始める。
そして、何周かしたところでジュウの正面で立ち止まると、人差し指と親指をまるで推理でもしている最中かのように顎に当てた。

「ふむ、姉妹丼かあ。柔沢くん、なかなかメニアックだね!」

「その言葉がどういう意味かは知らないが俺は断言できる。違う」
187 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 20:56:15.57 ID:DQnmIat7O
えー、と抗議の声を発する雪姫を適当にあしらいつつ、ジュウはそろそろ雪姫から逃げ出したくなってきていた。
そもそも光とは偽デートの名目でここに待ち合わせているのであって、その目的は諦めの悪い同級生にそれを見せつけることにある。
もしもそいつがここに来ていて、今までの雪姫とのやり取りを見られていたとすれば、そいつからすればジュウは二股最低野郎に見えなくもない。
そうなってしまえば光の計画は完全に逆効果なわけで、そろそろ待ち合わせの時間でもあるし、雪姫には帰ってもらわなければならない。

「雪姫、お前もう本当に帰れ」

「えー、女の子になんてこと言うの」

「だからなあ」

雪姫に対して呆れ果てたジュウは、雪姫を追い払うために何か適当な理由はないものか、と視線を逸らす。
そして見た。
ジュウを全力で睨み付けながら拳を握る、少女の姿を。
ジュウは本格的に、自分の女難について考える必要があるかもしれない、と思った。


〜〜〜〜〜
188 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 21:04:27.05 ID:DQnmIat7O
番外【斬島雪姫01】

日曜日、雨も円も急用ができたとかで暇になった。
ので、駅前を適当にぶらついていると、自販機の陰に隠れている光ちゃんを発見。
何してんだろあの娘、なんかいつもより可愛い格好してるし。
……ティンと来た! これはラブコメの匂い!
光ちゃんの視線の先を追ってみる。
ぐふふ、どんな男が……って、あれー?
雨の用事って、柔沢くんじゃなかったの?
てっきりそうだと思ってたのに。
…………。
まあいいや。
暇な日曜に柔沢くんに遭遇できた、これはもう運命だね。
光ちゃんをからかうついでに、柔沢くんで遊んじゃおう。
さっさと出てこないと、お姉さんが連れてっちゃうぞー。
189 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 21:05:35.99 ID:DQnmIat7O
少ないですが今日はここまで
PCの方が捗ることに気づいたので、今後は
190 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/10/28(水) 21:07:31.64 ID:DQnmIat7O
↑ミス
長らくお待たせして&少なくて申し訳ないですが今日はここまで。
PCの方が捗ることに気づいたので、今後はPCで投下することが多くなるかもしれません。

191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/28(水) 21:14:51.76 ID:6MrY4SIZO
乙、待ってたよ…!

このままエターならずに書き綴ってほしいぜ!
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/28(水) 21:27:31.79 ID:h+OMFJcvo
おつおつ
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/28(水) 22:15:14.81 ID:jbHg8LmhO
乙です
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/28(水) 23:47:36.53 ID:Nztd29bXo
おつ!
エタらないで頑張ってください!
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/29(木) 00:20:22.92 ID:j7tt+wqbO
乙!!!
待ってたよ!!!!
次はいつだい?
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/29(木) 20:33:13.50 ID:vEfpu0KLo
熱い片山リスペクト
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/08(日) 13:13:07.75 ID:JtocSvOKO
今日は雨だ。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2015/11/26(木) 02:41:11.32 ID:tSQpEdUJO
続きマダー?
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/04(金) 00:47:28.39 ID:lSrMI5cZO
最近寒いね
雨が雪になるよ
待ってる
200 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/12/17(木) 09:13:06.95 ID:roSdsxB7O
週末投下予定
お待たせして申し訳ナス
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/17(木) 16:17:57.23 ID:Pfb4tVYTo
待ってた!
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/17(木) 23:40:46.25 ID:gIBKDW8rO
期待!
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 09:32:57.38 ID:vpJ3oVaKo
待ってる
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 23:00:30.63 ID:vpJ3oVaKo
週末…
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2015/12/21(月) 07:26:26.90 ID:HNlII0FUO
予定は未定?
エタら無いならそれで良いと思うワケで…
電波的を読み返しつつwktkしながら待ってます
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/21(月) 07:27:17.52 ID:HNlII0FUO
済まないsage忘れた
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/21(月) 08:02:44.90 ID:RTolE9V/O
今日は雨だ……
208 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:15:50.18 ID:Hg+7sYzLO
げ、月曜日は週末だから……(震え声)
遅れてごめんなさい、今から投下します
209 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:17:05.02 ID:Hg+7sYzLO
=====

下校中の小学生の波を眺めながら、たまに自分に向けられる挨拶に笑顔を返す。
真九郎はこの数年で保護者として既に認知されており、懐疑の視線を向けてくる者はほとんどいない。
聞いたところによると、紫の生徒名簿の緊急連絡先には真九郎の名前と電話番号が登録されているほどであり、学校側からも公認されているらしい。
紫が自慢気に語っていたので、少なくとも嘘ではない。
学校側としても、世界有数の大財閥である九鳳院家に電話をかけるより、職業不詳であろうと九鳳院家に認められている青年に連絡するほうが気が楽というのもあるのだろう。
九鳳院、麒麟塚、皇牙宮。
表御三家と言われるこの三つの家系は、日本を古くから支え、支配してきた。
その名は一般人でも知らない者はおらず、児童である紫にさえ尻込みしてしまう教師も少なくない。

「家の名は私の出自を保証するものだが、私自身ではない。しかし、不本意だが私個人よりも《九鳳院》という家の方が目立つのは仕方のないことだ」

とは、紫本人の言。
それは諦念というよりは、ありのままの事実を受け入れるという、良い意味で年齢不相応の器の大きさを表していた。
思えば、出会った頃から大人びた言動をする少女だった。
当時まだ高校生だった真九郎は、それに救われたのだ。
その生き方は、純粋にして高貴。
師であり命の恩人でもある柔沢紅香とは別の意味で、女傑と呼ばれる人間に育つだろう。
そんな遠くない未来を夢想し、遠くからその姿を見ることができればいい、と真九郎は思う。
高校も既に卒業している今、自分は完全に裏世界の住人であり、晴れて表の世界に立つことができた紫とは違う場所にいるべきだ。
210 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:17:35.15 ID:Hg+7sYzLO
彼女がそれを望めば、真九郎はいつでも紫の前から消える準備をしてある。
しかし今のところ、紫がそんなことを望むは様子はない。
その事実に喜びを感じるとともに、自嘲の笑みすら零れる。

「真九郎!」

軽い足音とともに、真九郎の胸のあたりに小さな衝撃。
視線を下げると、長い黒髪が真九郎の視線の先に揺れていた。

「少し遅れた! 待ったか?」

ぱっと顔を上げた紫と目が合う。
その表情は嬉しさが満面に広がっており、もともとの目鼻立ちの良さが更に可愛らしく見える。
真九郎はそんな紫の頭に手を乗せて、わしゃわしゃと撫でてやる。
紫はされるがままになっており、嬉しそうに小さく笑い声さえ漏らしている。
尻尾がついていれば、それは大きく左右に振れているであろう。
しばらくそうしてから、真九郎は紫の頭に手を置いたまま話を続ける。

「俺もさっき来たぐらいだから、10分ぐらいかな。なんかあったのか?」

「うん。明日は国語のテストがあるのでな、友達に質問攻めにあって大変だった」
211 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:18:11.59 ID:Hg+7sYzLO

真九郎の手を取り、歩きながら楽しそうに語り始める紫。
紫の学校生活は順調で、紫のおかげなのかそうでないのか、学校には表面的ないじめは存在しないらしい。
紫が直接注意をしていじめの標的になったり、逆にいじめっ子を改心させたりなどもあったらしいが、紫が直接関与しないものも含めて、徐々に無くなっていったようだ。
紫の裏表のない純粋な心が、子供達を変えていったということだろうか。
ちなみに、情報源はどこぞの忍者なので、確実だろう。
テロ対策も含めて、定期的に学校の内部をチェックしているらしい。

「(なんだかんだ、あの人も子供好きだよな……)」

犬塚弥生。
柔沢紅香の付き人で、忍者。
決して自称が付くような痛い人間ではなく、その働きぶりはまさに忍者そのもの。
何もない場所から突然現れたり、壁を走ったりもする。
真九郎は最近になって漸く気配が掴めるようになったが、そういうときは大概、弥生から真九郎に用事があるときなのでわざとかも知れない。

「真九郎!」

自分の未熟さに思索を巡らせていると、右下から抗議の声。
見てみると、紫が頬を膨らませて真九郎を睨んでいた。
212 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:18:41.79 ID:Hg+7sYzLO

「あ、ごめんごめん。なに?」

「……今、違う女のことを考えていただろう」

紫の指摘に、ギクリ、と顔が引き攣る真九郎。
紫は昔から勘の良いところがあったが、年々その能力は向上しているような気がする。
夕乃もそうだが、どうしてこう女性というのは勘が鋭いのだろうか。
なんにせよ、紫には隠し事や嘘は無意味。
真九郎は素直に認めることにした。

「ごめん、ちょっと弥生さんとの実力差について考えてた」

「夕乃のこともな」

「……はい」

この子は本当に他人の頭の中が見えるのかもしれない。
そんなことがあるはずはないが、しかし、そう考えてしまうのも無理のないことだ。
真九郎は背中に冷や汗が流れるのを感じながら、話題転換を図る。

「今日はこの後、どうするんだ? 騎馬さんからは何も聞いてないけど」

「うむ、本当は予定が入っていたのだがな。相手側の都合でキャンセルになったのだ」

真九郎と繋いでいた手をパッと離し、今度は腕に抱きつくようにする紫。
その二の腕に頬ずりをしながら嬉しそうに笑う。

「だから、今日は真九郎だけの私だ!」
213 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:19:35.58 ID:Hg+7sYzLO
嬉しそうに笑うその表情は、出会った頃と変わらずとても愛らしい。
成長期らしくこの数年で大きく伸びた身長は、既に真九郎の肩に迫る勢いだ。
本人曰く、胸の成長が芳しくないのが不満らしいが。
ともかく、そんな聞く人間が聞けば狂喜しそうな、紫の殺し文句を微笑ましく感じつつ、真九郎は一つの提案をする。

「それなら、久々に五月雨荘に来るか? 環さんも会いたがってたし」

「それも良いな! 真九郎の手料理も久しぶりに食べたいし」

真九郎の腕にぶら下がったまま、ゆらゆらと揺れる紫。
こういった仕草は、歳相応の実に可愛らしいものだ。

「真九郎、にやにやしてる」

「楽しいからな」

「ふふ! 私もだ!」

寄り添いながら、二人は五月雨荘に足を向けた。


〜〜


真九郎は五月雨荘の自分の部屋に入ると同時に、ここに来たのは間違いだったのだと悟った。
何故なら、昼から飲んだくれている大人が二人、真九郎の部屋で管を巻いていたからだ。
部屋には空になったビールの缶やつまみの袋が散乱し、鍵をかけていたはずのドアノブは破壊されて廊下に転がっていた。

「あー? しんくおうくん、あたしの酒が飲めないってぇのー?」

214 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:20:21.98 ID:Hg+7sYzLO
ゴミを片付けている真九郎の腰にしがみついて絡んでいる女性は武藤環。
どこぞの空手道場の師範代で、大学を卒業して以来ますます酒癖が悪くなった。
そして、環とは別次元の大酒飲みがもう一人。

「ぎゃはは! 紅くん、ほれほれ、アルコールぶしゃー!」

消毒用アルコールを片手に卓袱台の上に胡座をかいている人物の名前は、星噛絶奈。
裏十三家の一角、《星噛》家の現当主。
かつては真九郎と敵対し、一騎打ちまでした絶奈だったが、紆余曲折あって現在は宿無しのホームレスであり、仕方なく真九郎が環の部屋に放り込んだ。
環と絶奈はあっという間に意気投合。
以来、真九郎の悩みの種が一つ増えるどころか相乗効果で何倍にも増え、もはやノイローゼ気味ですらある。
夕乃や銀子がいるときは比較的静かにしている(以前真九郎のいないところでヤキを入れられたらしい。因果応報だ)が、それ以外ではこの惨状である。

「……真九郎」

「ごめんな紫、片付けたらさっさと追い出すから――」

「これが、ダメな大人というものなのだな……」

「…………」

久々に見る身近な大人の醜態を見てそんなことを呟く紫の瞳は、どこか遠くの景色を映していた。


〜〜


部屋の片付けを終えて二人を環の部屋に押し込むと、真九郎は漸く夕食の準備に取り掛かった。
今から買い物に行ったのでは夜も更けてしまうので、適当に余り物で作ることになった。
ちょうど挽肉とトマトが余っていたので、スパゲティだ。
真九郎としては外食でも良かったのだが、紫が「真九郎と二人きりの方が良い!」と言うので、真九郎は快く従った。
215 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:21:04.33 ID:Hg+7sYzLO

「真九郎! 次は何をすればいい?」

「じゃあ、麺が茹で上がったか確認してみてくれるか?」

「わかった!」

元気に返事をして、鍋の中に菜箸を差し込む紫。
年々、九鳳院としての仕事が多くなる紫だったが、時間が空いた時には料理の勉強をしているらしい。
曰く、花嫁修業だとか。
以前は踏み台がなければ届かなかったキッチンも、今では自由に移動して楽しそうに調理に参加している。

「うーん、もう少しかも」

「じゃあ、そろそろサラダを作るか。冷蔵庫にプチトマトがあるから、それ出して半分に切っておいて」

半年前に新調したばかりの冷蔵庫。
扉も開閉もしやすく、前の物とスペースは変わらないのに大量に収納できる優れもの。
真九郎の収入もこの数年で少しは見れるようになっており、事務所を構えたり、こうして家電を買い換えることもできた。
貯金には若干不安もあるが、銀子に報酬を支払うことすら困難だった頃に比べれば、かなり改善されたと言えるだろう。
216 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:21:32.31 ID:Hg+7sYzLO
「紫ちゃんの伝手で仕事を回してもらっているおかげでしょ。どっちが世話されているんだか」などと銀子は不機嫌に言うが、要人が集まるパーティーの警護などの場面で、真九郎の名を知っている者も少なくはない。
おかげで、固定客とまでは言わないが、リピーターも徐々に増えている。
これも、紫と出会わなければありえなかったことだ。
いつだったか真九郎は紫のことを守護天使などと表現したが、あながち間違いではないのかもしれなかった。
そんなことを考えているうちに夕食も出来上がり、二人はテーブルに就いた。
二人揃って手を合わせ、和やかに食事が進む。
ここまでの道中では語り尽くせなかったのか、楽しそうに学校で起きたことを話す紫。
自分の小学生時代は絶望と修行の日々であった真九郎にとって、とても眩しい日々。
それを語る紫の笑顔は、出会った頃からは想像もつかないほどに、歳相応の女の子のものだ。

「それでな、私のファーストキスは真九郎に捧げた、と言ったら、その男子が急に泣き始めて……」

「やめてやれ……」

真九郎は心の中で相手の男の子に合掌しつつ、どうか呪われませんように、とだけ願っておいた。


〜〜〜〜〜
217 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:22:27.43 ID:Hg+7sYzLO
今回は以上です。
そろそろ日常から動き出す予定です。
もうしばらくお付き合いくださいませ。
218 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2015/12/21(月) 22:25:44.75 ID:Hg+7sYzLO
それと>>140で言っていた「1年前」のことですが、別のスレでやります。
スレタイが電波なので、あくまで電波メインにしようかと。
それをやるときは紅オンリーになると思うので、よろしくです。
まあ、いつになるかはわからんけども……
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/21(月) 22:30:59.21 ID:5XXpue3lO
乙です
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/21(月) 22:46:05.41 ID:HNlII0FUO
乙ですね!
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/21(月) 22:49:31.14 ID:tyJVyY8w0
乙です
キャラの口調に違和感も無いし筆者が原作好きなのわかる文章ですわー
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/21(月) 23:11:09.11 ID:6edvanB4o
乙!
ずっと待ってた!嬉しい!
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/22(火) 17:23:23.30 ID:I8n1t2hnO
待つぞ。

片山憲太郎先生のファンは待つのが得意だからな。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/22(火) 20:10:34.22 ID:IlSOELnWO
乙!
素晴らしい。
新スレはこのスレで告知してもらえるのかな?
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/25(金) 08:25:21.60 ID:qEI2Z9770
あ、まだ紫はJSなのか
226 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/01(金) 21:42:49.29 ID:QGkobURuO
あけおめ!
227 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/07(木) 14:12:59.84 ID:IOYjVgbDO
待つのも楽しみの内
228 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/18(月) 01:02:54.28 ID:EUKflD45O
続きを書いてくれると信じている。
229 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2016/01/23(土) 17:25:00.71 ID:MbM1x/hHO
すまぬ・・・・・・すまぬ・・・・・・
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/23(土) 20:26:25.83 ID:KJrZQ83VO
待つよ。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/23(土) 23:19:37.46 ID:LDrRj9/oO
待つさ。
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 08:46:02.90 ID:8MAE4d/To
待ってます
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 23:14:47.71 ID:hjDiscBOo
待つ
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/02(火) 23:04:13.40 ID:twK4Vuji0
ここはあみんの多いスレッドですね(自分も待ちながら)
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/02(火) 23:25:42.18 ID:2i9u/0SQO
ぺろぺろしながら待ってる
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/15(月) 07:36:04.90 ID:2KaRUYvMO
>>1さんや、続きはまだかい?
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/01(火) 12:17:01.32 ID:aL1i6/XIO
私は待つ>>1の帰還を
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/05(土) 01:39:45.93 ID:zXnfBpQ60
まだかい!?!!
239 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2016/03/10(木) 03:03:21.37 ID:1/9EGDqUO
すまん
FGOに忙しかった
今月は必ず更新します
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/10(木) 08:11:19.18 ID:ebBhLWN2O
マジかよ待ってたぜ
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/14(月) 18:20:50.19 ID:g0HOHhoOO
まつ
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/24(木) 21:42:14.03 ID:dDg8oSO0O
マダー?
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/26(土) 23:18:38.32 ID:sGeDgVaIO
今月は必ず更新する??
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/02(土) 08:15:51.70 ID:AH7WRMa4O
>>1さん生きてる?まだエタるには早いんじゃ無いか?
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/03(日) 07:21:39.38 ID:MjTD96v/0
もういいやお疲れ
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/10(日) 08:19:10.49 ID:leCTlBvj0
0510
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/13(水) 16:01:56.47 ID:frcsSg/iO
最初から読み直した。
やはり素晴らしい。
投下のテンポのせいで損してるな。
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/04/22(金) 18:07:31.51 ID:z4nsFNghO
生きてる?
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/28(木) 12:50:45.21 ID:W2h8UFUbo
まだまだ待てる
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/02(月) 07:36:51.32 ID:mV+VlIqVO
生存報告プリーズ
251 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2016/05/05(木) 04:09:32.27 ID:6pjKea2UO
生きてます
もうしばらくお待ちを
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/05(木) 07:48:37.54 ID:Myq1dZCeO
超待ってるよ
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/05/05(木) 10:10:54.30 ID:Z0/lBtDYo
生きてるだけ?
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 09:05:50.04 ID:NqRqUEC70
おつ
255 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:14:38.26 ID:FMHwTD6FO
=====


「いやー、なんか悪いねー」

まるで悪びれもせずにそんな台詞を吐く雪姫。
彼女の目の前にはケーキと紅茶が並べられており、彼女はそれらを実に幸せそうに口へと運ぶ。
対面に座るジュウは、そんな雪姫の様子を呆れ顔で眺めていた。

「それ食ったらさっさと帰れよ」

「ん〜、これも美味しい! ね、光ちゃんも食べなよ」

ジュウを無視して、光は自分の隣に座る光にフォークを差し出す。
光はフォークに乗ったケーキのスポンジを一瞥し、更に何故かジュウを睨みつけてからそれを頬張った。
咀嚼している最中も、ずっとジュウを睨みつけている。
雪姫はそんな光の様子を見て、何が楽しいのか厭らしい笑みを浮かべている。
公衆の面前で光に殴り飛ばされるようなことはなかったが、雪姫に絡まれるジュウと合流した直後、

「女ったらし」

と一言発しただけで、それきり光は一度も口を開かない。
ただひたすら、ジュウを睨みつけるばかりである。
ジュウは説得を試みたものの、光は聞く耳持たずと言った風で膠もない。
そんな中、雪姫が唐突に近くの喫茶店に入ることを提案。
昼下がりの駅前で人の目があったというのと、限定スイーツを食べさせてくれたら潔く帰ると雪姫が進言したため、ジュウは渋々承諾した。
256 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:15:17.82 ID:FMHwTD6FO
入店の際に「3Pカップル一組」などと世迷い言を抜かす雪姫にジュウは逃げ出したくなったが、雪姫はジュウと光の手を掴んで離さず、そのままゴリ押しで入店し、カップル限定ケーキを頬張っている最中である。

「柔沢くんも食べる? はい、あーん」

「いらん」

「ちぇー、間接キスのチャンスなのになー」

マイペースな雪姫の様子に、思わず溜息が出る。
これでは光の目的が達成できないし、光の怒りも収まらない。
この女をどうしてくれようか、などとジュウが不穏なことを考え始めた頃、光が漸く口を開いた。

「……雪姫さん、今日はお姉ちゃん達と約束があったんじゃないんですか」

「あれ、知ってるの? 光ちゃんってば用意周到ー」

「…………」

「あはは、怖い怖い。なんかね、二人とも急用なんだってさ。何かは知らないけど。暇だから駅前で適当に服でも見てよっかなーと思ったら、柔沢くんがいたからちょっと絡んでみただけ」

発想がそこらのチンピラのそれである。
チンピラに絡まれれば拳で黙らせることもできるが、相手が女な上、雨の友人というのがジュウにとっては痛い。
そもそも女を殴るのは趣味ではないし、雪姫は普段はおちゃらけているものの、刃物を持てばおそらくジュウよりも強い。
雪姫は自称刃物愛好家であり、例えガラス片であろうとそれがモノを切れる物であれば、まるで二重人格者のように雰囲気が一変する。
257 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:16:03.49 ID:FMHwTD6FO
その辺にいるチンピラや不良どもとは別の意味で相手にしたくない人間だ。

「光ちゃんと柔沢くんはデート?」

「違います」

「でも二人で待ち合わせしてたでしょ」

「たまたまです」

「柔沢くんはデートって言ってたよ」

ものすごい勢いでジュウを振り向いた光の目は飛び出るんじゃないかと心配になるほどに見開かれており、そこから非難を感じ取ったジュウは、テーブルを軽く叩く。

「雪姫、いいかげんにしろ」

雪姫は最初はヘラヘラしていたが、ジュウが眼光を強めると流石に萎縮したのか、拗ねるように唇を尖らせる。
その隣りに座る光も何故か驚きの表情でジュウを見つめていた。
ジュウは一度光に目配せすると、今回の件について雪姫に説明しはじめた。
光がしつこい同級生に好意を向けられて困っていること、安直に実際にはいない彼氏がいると言ってしまったこと、それを証明するために彼氏役が必要でそれを見せつけなければならないこと。
自身の口から説明してみるとなんとも阿呆らしい経緯ではあるが、雪姫は真面目な顔で黙って聞いていた。
説明を終えても、雪姫はジュウの目を真っ直ぐに見つめてくる。
今の話を疑っているのだろうか?
しかし、ジュウは一つも嘘をついていない。
暫く睨み返してやると、今度は光の方に向き直る雪姫。
258 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:16:31.75 ID:FMHwTD6FO
光は雪姫の視線を真正面から受け止め、見つめ返している。
また暫くそうして、やがて雪姫は、ふうん、と言ってフォークを残っていたケーキに突き刺し、一口で平らげた。

「わかったわかった。そういうことならしょうがないよね。今日は帰りますよ」

ケーキを嚥下し、紅茶を一息に飲み干すと、雪姫は漸く納得したようだった。
光とジュウは、心の中で胸を撫で下ろす。

「じゃあ、ここは柔沢くんの奢りね」

「おい待て、なんでそうなる」

「奢ってくんなきゃ帰らない」

ジュウは再び言い返そうとしたが、目的を優先するために折れることにした。
レシートを持って支払いを済ませ、店外に出る。
先に出ていたらしい雪姫が、光に何か耳打ちをしている。
何を言われたのか、光は身体をビクつかせ、一歩離れた雪姫と目が合うと、途端に耳まで赤く染め上げた。

「おい、またなんか余計な嘘を教えてるんじゃないだろうな」

「私はね、この世のシンリってやつを教えてあげてたのだよ」

「もういい加減満足しただろ。とっとと帰れ」

ジュウがしっしと手を振って追い払うと、何が楽しいのか雪姫は大げさに手を振りながら帰っていく。
259 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:16:59.95 ID:FMHwTD6FO
雪姫が駅の中に消えていくのを確認すると、ジュウは光を振り返る。
光は何故かジュウに背を向けて俯いていた。

「おい、大丈夫か?」

「…………ダイジョウブ」

ロボットのようにカタコトな返事をする光。
ジュウは不思議に思ったが、せっかく返事をしてくれるまで機嫌を直した光に下手なことを言ってまた怒らせては堪らない、と追求するのをやめた。
自分に背中を向けたままの光に問いかける。

「随分時間を喰われちまったが、今日はどこに行くんだ?」

光はハッとしたように顔を上げると、ちょっと待って、と言ってポケットから紙切れを取り出す。
背中越しなので詳細は見えないが、どうやら何かのメモのようだ。

「え、えっと、まずはその……服を見に、行きたいん、だけど……」

「わかった。そこの駅ビルとかか?」

「う、うん」

光は緊張した面持ちでジュウを振り返り、目的地に向かって歩き出した。
ジュウも少し離れてその横を歩く。
歩きながら光の様子を観察すると、今日は普段よりも可愛らしい格好をしていることに気がついた。
初めて遭遇したときはジャージにタンクトップという少年のような出で立ちだったのが、タイツの上にキュロットスカート、足にはショートブーツ、明るい色のダッフルコートを羽織っており、見違えるようだった。
260 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:17:25.82 ID:FMHwTD6FO
そういえば、今まで光と会うときは制服姿ばかりであり、私服をまともに見るのは初めてかもしれない。
もともとこういう服も着るのだろうか、いや、これから行くのも服屋だというし、もしかしたら最近目覚めたのかもしれない。
ジロジロと見過ぎたのか、光が訝しげな視線を送ってくる。

「……なにジロジロ見てんのよ」

「いや、別に」

思ったよりも可愛い服を着るんだな、と言おうとしたが、また何かしらの罵声が飛んできそうでジュウは言葉を飲み込んだ。
光は女子中学生の平均身長どころか成人女性の平均身長を悠に超え、かなりの長身だ。
そのせいで雨と並ぶと光のほうが姉に間違われることもしばしばあるらしい。
そんな光が見た目相応の大人びた服ではなく、年齢相応の可愛らしい服を着ていることに、ジュウはなんとなく微笑ましさのようなものを感じていた。

「…………あっそ」

ジュウの返事に対して小さく呟くと、光は歩調を速めた。
自分の返答が気に食わなかったのか、とジュウは思案したが、他人の気持ちなどわかりようがない、といういつもの答えに辿り着き、考えるのをやめた。
そこからは二人とも無言で駅ビルに入り、そして光が適当に店に入っては服を物色するのを後ろからジュウが眺める、という状況が続いた。
ジュウとしては女性物の服と女性客に囲まれ続けるのはなんとも居心地が悪かったが、本物のデートもこんなものなのだろうか、と適当なことを思った。
ジュウはふと、以前、雪姫と二人で出かけた時のことを思い出す。
あの時には雪姫のマシンガントークが途切れることはなかったし、今の光のように仏頂面で黙っていることなどなかった。
今日も然り、雪姫には初めて会った時から振り回されてばかりだ。
いや、それは光も同じことか。

「……変態」

261 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:17:51.46 ID:FMHwTD6FO
光の方を見ると、姿見越しに目が合った。
謂われのない罵倒なうえ、場所が場所なのでジュウは反論せざるを得ない。

「何がだ。というか、こういう場所でそういうことを言うのはやめろ」

「どうせ、雪姫さんのこと考えてたんでしょ」

どうしてこう、女というのは勘が鋭いのか。
ジュウが一瞬息を詰めたのを見逃さず、光は言葉を重ねる。

「お姉ちゃんや雪姫さんだけじゃなく、いろんな女の子を引っ掛けて歩いてるんでしょ、どうせ」

「言いがかりだ」

「どうだか」

ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう光。
女というのは本当に厄介だ。
やたらと勘が鋭い上に、突然怒るし、その理由もわからない。
ただ謝っただけでは許してはくれないし、かと思えばいつの間にか機嫌が直っていたりする。
こんな生き物と人生の苦楽を伴にするなど、考えるだけで辟易しそうだ。
そもそも、そんな不機嫌になるほどに嫌いな相手である自分をなぜ彼氏役などに指名するのか。
そこまで考えて、ジュウはふとあたりを見回した。
視界に入るのは女性ばかりで、たまに男もいるが、大抵は女連れ。
一人でいる男もいるにはいるが、どれも中学生には見えない風貌をしている。

262 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:18:17.75 ID:FMHwTD6FO
「光、例の奴は来てるか?」

「え?」

「だから、お前に付き纏ってる同級生のことだよ。見る限りではいないみたいだけど」

ジュウの問いに光は暫く呆然とした後、あ、と小さく音を漏らした。

「……まさか、目的を忘れてたのか?」

「そ、そんなわけないでしょ! えーと、その、あれよ。ここに入る前まではいたわよ……たぶん」

「ふうん」

もう一度あたりを見回してみるが、それらしき人影は見えない。
ジュウと光の様子を見て諦めたのか、それとも、どこかこちらからは見えない位置に隠れているのかもしれない。

「ちょっとこの階を一周りしてくる。お前はこの辺にいてくれ」

用心に越したことはない。
そんなに大きな建物でもないし、一周してそれらしき人物がいなければ、おそらく諦めたと見ていいだろう。
後ろから光の呼び止める声が聞こえるが、すぐに戻る、と言い残して歩き始めるジュウ。
歩調は一定にせず、物陰や人の隙間、店の中なども注意深く観察する。
ジュウと光が現在いるフロアは女性物のみせしかないらしく、たまに店員から訝しげな視線を向けられるが無視。
ランジェリーショップなどもあるが、ここは流石にスルーした。
ジュウは、相手が男一人でこんな店に入れるような度胸の持ち主ではないこと祈った。
263 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:19:32.26 ID:FMHwTD6FO
一周してジュウが元の店に戻ってくると、光の姿が見えなくなっていた。。
他の店に移ったかと近くの2、3店舗を見てみるが、そこにもいない。
それほど時間は経っていないはずだが、どこに行ったのだろうか。
電話を掛けてみようかとも思ったが、そもそも連絡先を知らない。
どうしようかと思案していると、店員がジュウに近寄ってきた。

「お客様、お連れ様ならこちらですよー」

お連れ様、と言うのは光のことだろうか。
この店にそれほど長居したわけではなかったが、どうやら顔を覚えられていたらしい。
他に手がかりもないので、店員に促されるままに店内を歩いて行く。
こちらです、と店員に案内されたのは、試着室の前。
カーテンによって仕切られている空間の足元には、光の履いていたショートブーツが揃えられていた。
なるほど、姿が見えなかったのはこのカーテンの向こうにいるかららしい。

「光、戻ったぞ」

「あっ!? ああああああんたもう戻ってきたの!?」

よほど驚いたのか、カーテンが光の動きによって大きく揺れる。
その拍子に中が見えるようなことはなかったが、ジュウは念の為に視線を逸らした。

「試着してんのか? 待っててやるから、早めに済ませろよ」

件の同級生がいないとわかった以上、こんな居心地の悪い空間に長居するのはごめんだ。
目的を達したのなら、ジュウは晴れて御役御免となる。
264 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:19:59.30 ID:FMHwTD6FO
この駅ビルは若い女性にも人気の場所であり、それだけに誰に遭遇するかわからない。
自分は女の知り合いなど限られているが、光は友達も多いだろうし、学校でまたぞろ変な噂が立っては面倒だ。
しかし光はそんなジュウの心中を知ってか知らずか、カーテンの向こうからなかなか出てこない。

「ま、待ってるって……! あああんた、本気で言ってんの!?」

「本気も何も、俺一人で帰るわけには行かないだろうが」

なにかおかしなことを言っただろうか?
さっさと試着を済ませて、早く帰りたい旨を伝えただけなのだが。
何故かさっきの店員が少し離れたところから微笑ましいものを見るような表情をしているし、かなり居心地が悪くなってきた。

「おい、まだか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! すー……はー……。……あ、開ける、わよ」

カーテン越しに急かすと、光は一度大きく深呼吸をして、カーテンを勢いよく引いた。
そこには、柔らかそうな生地のフレアスカートに、厚手のタートルネックを着て佇む光がいた。
両手を胸の前で握りしめ、顔を真っ赤にして俯いている。
265 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:20:47.12 ID:FMHwTD6FO

「…………」

「…………」

「…………な、なんか言いなさいよ」

「……なんで試着したままなんだ?」

そう、光は何故か、試着をしたままの姿で出てきたのだ。
これから帰るというのに、試着したままでは帰ることなどできない。
それとも着たまま会計を済ませて、そのまま帰るのだろうか。
ジュウが率直な疑問を口にすると、光は呆けたように口を開け、そして、真っ赤に染まった顔を更に赤くして拳を振りかぶった。

「ばかっ!!」


〜〜〜〜〜
266 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2016/05/10(火) 20:22:08.35 ID:FMHwTD6FO
大変遅くなってまことに申し訳無い。
今回はここまでです。
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/10(火) 20:38:09.10 ID:JTx11mw3o
乙です
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/10(火) 22:09:39.16 ID:PSth5lBdO
乙!キュンキュン来るぜ
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/11(水) 00:23:22.69 ID:PJLDLpY0O
くそ
ジュウ替われ
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/17(火) 20:08:45.91 ID:IInPq3rbO
次はいつかなー?
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/23(月) 23:38:07.89 ID:R46Uy6XpO
超待ってる
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