【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】

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706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 17:01:20.11 ID:tttkVRpdO
五月雨
舞台 世紀末世界
707 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 19:02:01.85 ID:vtnBMafL0
>>702より朝潮が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。

[提督ステータス]
勇気:74(勇猛)
知性:22(魯鈍)
魅力:26(やや近寄りがたい)
仁徳:34(あるとは言えない)
幸運:11(不幸だわ…)

世紀末なディストピアで朝潮と時間遡行したりしなかったりするお話になるかもしれません(ならないかもしれません)。
大丈夫かこれ……? あんまり明るいお話にはならなさそうな予感がしますね。
でも提督ダメそうだしかえってそうでもないかもしれない。
また1〜2ヶ月ぐらいはかかると思いますので気長にお待ちいただけると幸いです。



////第一章小ネタ////
第一章(今回投下したやつ)では結構甘ったるい感じにしようと思いました。なったかどうかはわかりません。
ちょっと凝りすぎて懲りる羽目になりました。15レスって思いのほか短い(でも長い)ですね。
ウダウダと書いてたらかなりエピソードを省略することになってしまったので、もうちょっとあっさりしたものにすればよかったと反省。

特に5W1Hとか何にも指定がなかったのでなんとなく艦これっぽい感じで書きました。
お前の艦これ観はどうなってんじゃいと言われれば閉口してしまいますが……自分の中ではオーソドックスに書いたつもりです。
柱島を舞台にしてるので、Google マップ上でぐりぐり動かしてみたり、インターネットアーカイブから柱島小中学校のサイトを覗いてたりしてました。
(作中では廃校とされていますが、現在は生徒がいないため休校になっているだけみたいです。サイトはもうリンク切れになってましたが)
取材に行って書くのが本筋なんでしょうが……さすがに厳しいんで……。

キャラに関しては……瑞鳳も自分の中のベーシックな瑞鳳観に基づいて描いたつもりです。
瑞鳳に「食べりゅ?」って台詞を言わせてなかったり、格納庫弄ってなかったりするんで、読む人が読めば私のことをモグリ認定されるかもしれません(笑)
個人的には(脳内鎮守府では)瑞鳳は卵生ということになってるんですが、作中での瑞鳳はもちろん普通に普通ですのでご安心を。
たぶん玉子料理が好きなだけとかそんな理由だと思う。

提督はなんかこうチャラい奴書きたいな〜とか思ってあんな風にしました。
瑞鳳は比較的ガードが甘そうだったのでこういう奴をぶつけてみたら面白いのかなあと。最終的にはなんか普通に丸まっちゃいましたが。
あとは、モチーフとして艦これはやってたけど3-2とか5-3あたりで半引退してるみたいなイメージで描いてます。
イメージを汲んで描いたってだけで実像からは多分めちゃくちゃ離れてますし、作中の提督は艦隊指揮に関してズブの素人ですが。
たった半年でなんかそれっぽい感じに調教してしまう瑞鳳すごいねという感じですな……。
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 19:26:34.07 ID:aFynKRBiO
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/11(水) 17:47:58.89 ID:2pIEpYRwO
710 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/05/18(水) 22:08:08.31 ID:Cc/KSRA80
保守感謝です。残念ながらまだ全然書けていません……。
一応目安ということで6/4(土)あたりに投下すると予告いたします。
あんまり忙しいわけでもないんですが……わりと今までで一番苦戦しているかもしれません。
時間かけちゃってる分期待値を超えられるよう頑張りたいと思います。
そもそも期待してない? それならそれでプレッシャーがかからないので良し。
どうあれ書き進めて完成させないことには何も始まらないので、予告日までには投下できるように努めます。

//// また余計なことを書くコーナー ////
春イベはE5甲が終わってE6を攻略中です。終わったらE7甲に挑戦する前に丙堀りですかね〜。
大規模作戦ではありますが『歴代最高難易度を用意したので死ぬがよい』的コールが無かったので本丸はまた夏に来るんじゃないかなーとか勝手な予想。
WG42がもう2〜3個欲しくなりますね〜……。

まだ書き途中なのでべらべら喋ってしまうとまずいんですが、一ヶ月放置していたわけですし少しくらいはなんか書いておきます。
読んだところで大した内容ではないので、暇な人向けです。



いやー……主役が朝潮で時間遡行っていうとあれですかね。奇跡も魔法もあるような気がしてきましたね。
まあ見当違いの察しなのかもしれませんが、個人的にはああそういう感じなのかなーと解釈しました。
えと、先に書いておきますが魔法的概念は出てこないと思います。奇跡はあるかもしれません、いや無いかな。
朝潮が時間を巻き戻したり巻き戻さなかったりするお話になる予定です。たぶん。

ただわりと鬱いものを書く勇気はないので、例によってご都合主義で行きます。あくまでお気楽お気軽なインスタント娯楽作品ですしね。
とか言いつつ実はドス黒なやつも挑戦してみたいなという気持ちはちょっとあったりもしますが(どっちだよ)。
二次創作という性質上よそ様のキャラクターを借りて陰鬱なことやるのもなあ……という抵抗があり、ある程度自重するよう心がけています。
なので、そういうオーダーが来ない限りは基本的にハッピーエンドっぽい終わり方をするんじゃあないかなあ。
とか書いてしまうとネタバレになってしまうんでしょうか、興を削いでしまうんでしょうか。
じゃあ撤回しておきます。油断させといてめっちゃエグい感じで攻めるかもしれないとか書いておきます。
実際にテキストが投下されるまでは何も信じてはいけない(ぇ

んまぁー、時間遡行っていうと(遡行するキャラクターにとっては)かなりの長期戦ですからね。
ループに巻き込まれて抜け出せないタイプにせよ変えたい未来があって自発的に巻き戻し続けるタイプにせよ、
気が狂うほど長い時の中で戦い続けようとする意志は生半可なものではないはず。
そうまでしても貫きたい信念や回避したい現実があるわけでして、そうでなければどこかで妥協すると思います。
そんなわけで朝潮が時を巻き戻し続けるのにもそれ相応に何かしら理由があるよねー……ってな感じですねはい。
安価が安価なのでわりと不穏当な世界観になりそうですが、そんな中でも何某かの想いを突き通していく情熱的なお話になればなーとか企んでます。
企んでるだけなんでひょっとするとアテにはならないかもしれません。

前情報はここまで。現段階ではそんなに書けてないのでぼやかした話しかできませんし、あとは内緒ということで……。
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/18(水) 22:16:16.83 ID:kwwn1MpzO
了解
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga ]:2016/05/19(木) 13:10:31.27 ID:ft6LnLW4O
乙 ドラえもんみたいなギャグもあると思うの時間ネタだと
713 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/06/04(土) 22:15:58.32 ID:hDtwsDLI0
ごめんなさいまだ時間かかりそうです。正直いつ投下出来るか見通しが立たないかも……。
書き終えたタイミングで投稿しますが、一ヶ月間音沙汰がなければこのスレはこれにて終了ということで……。
なるべく早く書き終えて投下できるよう努めます。



////見苦しい言い訳が読みたい方だけどうぞ////
春イベお疲れ様です(取ってつけたような季節の挨拶)。

お待たせしている以上何かしら説明責任があるような気がするのですが、それが実は今回はなんと言い訳できる要素すらなくですね……。
なんでこんなに時間がかかっているのか自分でも分からない始末であります。お題がキツいとかそういうわけでもないんですが。
そんなにカオスなオーダーでもないですし、実際お題周りの設定が原因で筆が進んでないというわけではないんです。
執筆に割ける時間だって前回と比べたらわりとあるはずなんですが……まーったく進まないんすよね。
わりと長くスレを続けてきましたが今回はわりと初めて「エターナルかもしんねえ……」ぐらいの覚悟をしています。
いやそんな覚悟決めんなとっとと書けって話なんですけども。。。
これがスランプってやつなんでしょうかね……でもスランプって言葉言い訳めいててあんま好きじゃないんすよね。

まぁここまで書いといてアレですがわりと毎回締め切り超過してる気がするので、今回もいつも通りの延長線上なのかも。
勿論それじゃダメなんですけども。毎回ヘラヘラしながら謝罪してるようですがこれでも申し訳ないという反省の念や忍びなさはあるんすよ……。
あってこのザマなんだよなあ情けない! ハアアァァァン!! 自分自身を変えたい!(突然駄々っ子のようなことを言い始める)
いや〜……んー……ま〜、冗談はさておきリアルは比較的落ち着いてるので、スローペースでもなんとか進めてこうと思います。

楽しみにしてる方ほんと申し訳ないです。そんなに楽しみにしてない方も申し訳ないです。どんな非難や罵倒の言葉も受け止める所存です。
頑張ってなんとかするつもりなので、あと一ヶ月ぐらいは希望を捨てずにお待ちください。
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 01:31:42.07 ID:etzNKyzJO
了解
待ってる
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/22(水) 12:31:30.05 ID:wh3/tTiXO
 
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2016/07/01(金) 21:01:51.07 ID:sga4INwx0
age
717 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/07/07(木) 19:22:48.36 ID:efOKEk130
朝潮改二が実装されました。めでたい! そんなめでたさに便乗して投下しようと企てていたのですが間に合いませんでした。
っていうか危うくスレッドが消滅しているところでしたね……ホントすみません。毎度すみません。
いや今回は本当難産でしてね……でしてっていうか現時点でまだ書ききれてないですし(泣)。
まだ待たせんのかよって話ですが、さすがにもう待つのも限界ですよね? ってなわけで

次回の投下は
7/10(日)22:00を予定しています。

投下が終わり次第、次の安価もやってしまおうかなと思うので、推しのキャラとか考えておくといいかもしれません。

((心の声:10日時点で完成まで書ききれてない可能性も……ぶっちゃけあります。恐ろしいことに40%ぐらいあります……。
それでもどうにかお見せ出来るかなという所までは進んでいるので、どうあれ投下は行ってしまいます。
遅筆に磨きがかかっており、わりと心折れそうですが、未だに100レス完走するつもりではいるので一応次の安価も併せて行ってしまおうかなと思います))
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/07(木) 20:14:59.86 ID:E3w5ojNsO
了解
719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/07(木) 20:43:53.85 ID:w/Ti3xc0o
待ってる
720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/07/07(木) 21:44:58.10 ID:MRcnLJMVO
まってる
721 :【16/100】 ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/07/10(日) 22:05:09.40 ID:stR28eGh0
気を失っていた。ここがどこだか皆目検討がつかない。どうにも身体の様子がおかしい。
いいえ、おかしいのは体調ではない。体そのもの……? 信じられないことだけれど……身体が宙に浮いている!?
無重力空間だとでもいうの? 呼吸が出来るのは私が艦娘だからなのか、酸素自体は供給されているのか、どちらかは分からない。比喩ではなく、浮いている……。

手すりに掴まり、腕の力だけを使って前に進んでいく。プールの中にいるような感覚だ。
しかし、これなら地面を蹴って跳ねながら進んだ方が速いのでは……? 地面に着地、跳躍……ッ! おおっ……?
これはいい、かなり楽に前に進むことができる(そして、少し楽しい)。

・・・・

しばらく跳ねていると、窓のある大部屋に辿り着く。窓から見える景色は大宇宙であった。

宙に浮いている時点でなんとなくそうなのかもしれないとは思っていたものの……実際に目の当たりにすると圧巻だわ。
ふよふよと岩塊が漂っている。遠くで大小さまざまな星が煌きを放っている。

一体どうなっているのだろう。どうして私はこんな場所にいるのでしょうか。
ここに来た経緯を振り返ってみましょう。

・・・・

艤装の力で海の上を浮上することができる、これが私たち艦娘が持つ特長である。
しかしながら、司令官――芯玄 心紅(シンクロ シンク)は普通の人間だ。そのため彼の乗るボートごと綱で引き摺って海原を進んでいた。
私たちは“奇妙な噂”を聞いて、その真偽を確かめるべくある場所を目指していたのだった。

朝潮「司令官御自ら出張るほどのことではなかったのでは……? 報告通り敵の気配は全くないようですが」

梅雨明けの日照りから逃れる術はなく、司令官は暑さに耐えかねてボートの上でうつ伏せに倒れていた。呻き声に似た気だるそうな声。

提督「そうかもしれねえが……オレらのナワバリで妙なことが起こったってんなら見過ごすわけにはいかねえ。
深海棲艦にやられたわけでもねえってのは一安心だが……だとしたらなおさら謎だ。自然現象にしたっておかしいだろうが」

司令官と私は、私たちの拠点とするラバウル泊地の近くに突如現れたブルーホールの調査に訪れていた。
ブルーホールとは、陸地が海没して浅瀬に穴が空いたような地形のことである。
パプアニューギニアの首都ポートモレスビー近海に発生した深い藍色の窪みは、前々からあったものではない。
それまで無かったはずのものが先日発見されたのだ。司令官のご指摘通り、自然現象で起こったにしては不自然だろう。

ああでもないこうでもないとブルーホールの原因について二人と話し込んでいると、四隻の艦娘がこちらに近づいてくる。
陽炎・不知火・黒潮・親潮の四名だ、これから輸送任務遂行のため遠征に出向くのであろう。

提督「不知火か。ご苦労……遠征だな」

旗艦の不知火に声をかける司令官。不知火は無言で頷いた。

陽炎「そういう司令は休日デート中だったかしら〜? 邪魔しちゃってゴメンね」

司令官はこの日休暇を取っていた。春に発令された大規模作戦が一段落着いたため、一週間有給を取っていたのである。
結局休まることもなくこうして調査に出向いてしまっているのだけれど……。

提督「サービス出勤ってとこだ。例のブルーホールについて気になっててな。ほら、あそこにあるだろ?」

陽炎のからかいを軽く受け流し、少し遠くにある青黒い海面を指さす。

陽炎「? なあにブルーホールって」

提督「おいおいおいおい……昨日鎮守府中で噂になってただろが。海に穴が空いたみたいだってみんな騒いでたじゃないか。アレだよ、見えるだろう?」

その通りだ、昨日の話題はその話で持ちきりだったと私も記憶している。司令官の指の先には周囲の海面の色とは異なる紺碧が広がっている。

黒潮「しれぇ〜は〜ん、暑さで頭やられたん……?」

不知火「お言葉ですが、私の目には何も……。電探にも敵の反応はありません、特に問題ないでしょう」

陽炎「ま〜、お話したいのは山々なんだけど……私たち見ての通りあんまり暇じゃないのよね。その都市伝説は今度聞かせて頂戴ね、司令」

不知火たちが去った後、私と司令官は顔を見合わせて困惑していた。

提督「なあ朝潮……あいつらにはアレが見えてねえってことだよな。一体どういうことなんだ……?」

分からない。しかし、現に私たちの目にはきちんと映っているのだ。どうしてあの四人は口を揃えて見えないと言っていたのか……。
謎を明かすには近づいて調べてみるほかない。そうすることで何かが分かるかもしれない。

――残念ながらそれから先のことはよく思い出せない。
ブルーホールに足を踏み入れるやいなや、渦潮のような強い力に引き寄せられて気がつけば意識を失っていたからだ。

・・・・

それが一体、この宇宙空間となんの関係があるというのだろう。ワープ? テレポーテーション?
理屈は分からないけれど、現実として目の前にある光景が銀河の星々である以上そういったものを信じざるを得ないでしょう。
まずは私と一緒にここに来たであろう司令官を捜すのが先決か。元の世界に帰る方法はそれから考えましょう。

部屋の出口へ向かって進んでいると、突然部屋中に明かりが灯り、猛烈な重圧が押し寄せる。
宙に浮いていた私の身体は地面に叩きつけられ大きな音を立てる。

提督「迎えに来た……ぜ」
722 :【18/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:08:55.92 ID:stR28eGh0
部屋に入ってきたのは司令官だった。普段とどこか様子が違うように見えるのは、服装が違うからだろうか。
そういえばさっきまでアロハシャツを着ていたはずだが……泊地での礼服に近い黒い衣装をしている。着替えたのだろうか。
司令官のもとへ駆け寄ろうとするも、急な重力の変化に対応出来ないのかうまく立ち上がれない。
もたもたしている私の様子を見て、司令官は私の艤装と膝を抱えて運ぶ。そしてそのまま部屋を出た。状況が飲み込めない……。

・・・・

何度かエレベーターを経由して施設の最下層まで到達、ここは宇宙飛行機の出入り口らしい。
司令官と共に艦上戦闘機に似た形をした小型機のコクピットに乗り込む。
本来一人乗りの乗り物なようで、私は司令官の膝の上に座せられた。

提督「時間切れか? いいや……ここは強引にでも通らせてもらうぜ」

警報機が作動したのか施設内の電灯が赤く点滅しサイレン音が鳴り響く。
機体の前方にあるシャッターが閉ざされ始める。構わず操縦桿を握り前方に押し倒す。
司令官の心音が背中から伝わってくる(狭いコクピットの中で艤装は邪魔になるので、この時は背中から外していた)。

シャッターが降下するよりも速く、機体は前へ前へとすり抜けていく!
難なく全てのシャッターを掻い潜り、施設の外へと脱出した。

先程の施設から見ていた景色と異なり、機体から見える宇宙の景色は思いのほか暗かった。
どこまでも広がる無限の闇の中に光を放つ星々がまばらに配置されているようだった。

提督「フゥ! 続いてこうか。追手を潰して完全勝利だ」

旋回してこちらの機体を追尾していた石塊に向けてレーザーを撃ち放つ。

朝潮「あの……よく見たらあの石、こっちに攻撃してきていませんか……?」

石塊がこちら目掛けて球状の光弾を放っているように見える。
……よく見ると顔がついている? モアイだ。モアイが口から光の弾を撃ってきている。

提督「その通り。岩に擬態してるがイオン砲という兵器を搭載した哨戒機だ。ゲームじゃないからな、喰らっちまったらそれでゲームオーバーだ」

右手の親指を下に突き立てて首元に持っていき、掻っ切るようなハンドサインをする。

提督「ま、やられる前にやる……これがオレの流儀ってな」

機体は次々にモアイを爆散させていきながら先刻の施設(スペースコロニーのような場所なのだろう)から距離を離していく。

・・・・

戦闘を終えてしばらくすると、白と黄色が混ざったような色の雲に覆われた星に着いた。
幼い頃に図鑑で見た金星とそっくりだった。商業星アルジャンという場所らしい。
この世界における宇宙は、その全域が統一国家に管理されていて、星の一つ一つが都市として扱われているのだという。
宇宙の全てが一つの国に統治されている……深海棲艦との戦いで国を守ることさえ必死な私たちからすれば想像もつかない話である。
司令官も私に説明しながら「パラレルワールドの一言で片付いてしまうのかもしれないが、オレたちの世界の未来ではこうならんだろう」と不思議がっていた。

提督「さ、何はともあれメシだメシ」

パンパンと両手を鳴らして上機嫌な様子の司令官。
高さの異なる直方体の建物が等間隔で立ち並んでいる。建物の色は全て白く、遠くから見ると紙で出来た建築模型のようだった。
白い壁面にはそれぞれ光が照射されていて、近くで見るとそれらの光によって煉瓦や木などの色合い・模様を再現していることが分かった。
この世界で何と言うのかは分からないが、私たちの世界にあるプロジェクションマッピングという技術に近いのかもしれない。
私と司令官は街の外れにある定食屋を訪れた。

提督「来てやったぜ、違法音楽家」

乙川「相変わらず君は口が悪いな……僕は遵法意識に満ち溢れた市民の鑑さ、もっとも僕の楽器から出る音もそうだとは限らないがね。
おっとそっちは見慣れない子だね。僕の名は乙川。よろしく」

瑞鳳「私は瑞鳳。今日のお昼は何にする?」

提督「おまかせでいい。……そこの二人はこの世界で出来た友人だ。表向きは定食屋、されど本質はこの世界に反旗を翻すアナーキストだ。
この世界は徹底した管理世界……音楽や絵画などの芸術でさえもその例外に漏れない。規定に満たない音楽は演奏してはいけないそうだ」

乙川「風営法が厳しいんですヨ。まあそういうのは関係なく芸術分野全般にうるさいんだけれども。
我々市民は必要以上に物を知ってはならないのです。それがこの国の掟! だそうでね」

乙川「僕みたいに音大卒じゃないと楽器を演奏してはいけない、歌を歌ってはいけない。それどころか聴く音楽にだって制限をかけられているんだ。
こんなふざけたことがこの国では罷り通ってしまうのだよ……ま、僕なんかは色々抜け道を使って誤魔化しているけどね」

提督「ほう、それは初耳だな。そんなに酷かったのか」

乙川「そうさ。情報統制・教育の偏向・歴史の歪曲……そういうごまかしや嘘の上塗りが数百年単位で続くと、もう誰も本当のことなんて分からなくなる。
今やこんなルール何のため・誰のためにあるかさえ分からない。誰も得をしていない。それでもルールだけが残っている。そしてそのことに誰も疑問を持たない……」

司令官と乙川さんが話を続けていると、少し経って瑞鳳が私と司令官の席に天津飯を運んできた。
乙川という名の和服を着た男性の話も気になるが、それ以上に気になっていたのは、さっきの女性が『瑞鳳』と名乗っていたことだ。
聞き覚えがある。確かどこかの泊地か鎮守府に在籍していた艦娘だった。見たところ艤装はつけていないように見えるが……。

瑞鳳「どうかしました? 私の顔、なんかついてるかな」

提督「朝潮、お前の言いたいことは分かる。瑞鳳というのは艦娘の名だ。乙川ってのも柱島で最近名を上げている提督の名前だった。
だが、俺らとは違う。俺らのように“やってきた”わけじゃない。どうにも元からこの世界の住人なようだ。この世界の瑞鳳は艦娘でもない普通の人間だ」 ひそひそと耳打ちする
723 :【19/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:15:43.86 ID:stR28eGh0
司令官の蓮華を持つ手は止まらず、黙々と食べ続けている。私もこの天津飯は気に入った。おいしいと思う。
私と司令官が料理を食べている間、乙川さんはトロンボーンを演奏していた。
私には音楽の心得がないので詳しいことは分からないが、自由奔放という言葉がよく似合っているような気がした。
自由ではあるものの、無秩序ではない。軽快だがそれでいて洗練された深みのある響きだ。

瑞鳳「二人はどういう仲なの? 恋人同士とかかしら」

朝潮「こ、恋人ですか!?」

提督「おいおい、お前さんとこの亭主と一緒にしてくれるな。こいつはちょっとした因縁深いツレさ」

にこにこと笑みを浮かべながら私たちに話しかけてきた瑞鳳。
演奏の音が生み出すリズムに合わせて小刻みに体を揺らしている。なんだかとても幸せそうに見える。
しかし、私はいったい司令官にどういう認識で見られているのだろう……。

乙川「人をただのロリコンみたいに言うもんじゃないよ。これから大輪の花を咲かせようとしている蕾の価値に気づけない、そんな奴らに瑞鳳は譲れない。
そう、つまり僕は義賊なんですよ。誇り高い理想と崇高ないしゅ、意志のもと……あーごめんもう一回言わせて」

和服の男は演奏をやめると私たちの席に寄ってきた。

提督「思ってもないことを口に出すから噛むんだよ。お前さんの変態性をバカにするつもりはないさ。
奴隷商から生娘を買って、立派なおべべを着させて全うな教育を受けさせる……なかなかの数奇者じゃねーの?」

朝潮「え……そういう人なんですか……」

提督「って言うとさすがに悪く言いすぎか。要は身分違いの恋ってことさ。さっきの演奏を聴けばわかる通り相当な変態ではあるけどな」

乙川「艶やかとか色っぽいだとかもっとマシな褒め方があるだろう。さておき、奴隷という言い方は悪いが……分かりやすさを尊重するとそういう言葉になってしまうね。
この世に生を受けた時点で市民か奴隷か選別されているんだよ。僕は市民で、瑞鳳は奴隷の側だった。本来ならお互いの存在を知ることだってなかったんだろう」

瑞鳳「奴隷といってもこき使われたりするわけじゃないの。機械化出来ないような作業をするだけ。
市民としての権利を持っていない、労働の義務が課せられている立場といえば聞こえは悪いけど……」

朝潮(そういう意味では艦娘と似たようなものなのかしら。艦娘に生まれた時点で、艦娘としての生を全うする役目を担う。
私はそれを悪いことだとは考えていない。……私が艦娘に生まれたからそう思うだけなのかもしれないけれど)

瑞鳳「毎日決まった時間に決まった仕事をこなせばある程度の自由が許されているわ。私は自分の置かれている立場に何も疑問を覚えていなかった」

乙川「一方、市民というのは働く必要がない。何かを望めば、全て国が満たしてくれる。お金はよほど散財でもしない限り無くならない、無くなってもまた与えてくれる。
音楽を聴きたいと頼めば電子化された音楽ファイルを無尽蔵に寄越してくれる。孤独を埋めたいと願えばいくらでも同じ思いを抱えた人間を紹介してくれる」

乙川「全てが供給される。全ては満たされるように出来ているはずだった。だけど僕は何も満たされなかった。
人と会って話しても、誰もかれもみな同じに思えた。中身がないように思えた。刹那的な快楽に身を委ねても、虚しさには勝てないことが分かった。
他の人間はその空虚さを感じていないようだった。空虚であることに気づいてすらいないようだった、それはそれで幸せそうだった」

乙川「誰も彼もみんな陳腐で滑稽な存在に思えてね。少し病んでいたんだ。
そんな時期に偶然瑞鳳と知り合ってそこから勢いで……まあ、恋は盲目というやつだね」

気恥ずかしそうに頭をかく乙川さん。よく見ると乙川さんと瑞鳳の薬指には同じ指輪が嵌めてある。

提督「勢いだけで国を欺けるなら大したもんじゃねえか。飄々としててもやる時はやる男ってことさ、お前さんもな」

乙川「いやいや……危うく終身刑になるところだったからね。君のおかげで今もこうしていられるわけで」

瑞鳳「その節はお世話になりました」

司令官にぺこりと頭を下げる瑞鳳。背丈で言えば私よりも少し高いぐらいだろうか。
……私にもいつか、瑞鳳のように誰かとこういう関係になる日が来るのでしょうか。私が艦娘じゃなかったら、こういう未来もあったのでしょうか。

いいえ、仮定の話に意味はない。

・・・・

この国の情報統制は厳しく、乙川さんと瑞鳳との関係が国に知れた際に二人とも投獄されることになったらしい。
全ての国民の体のどこかに不可視のバーコードが刻まれているようで、政府はその情報をもとに国民を管理しているようだ。
社会保障や福祉はこのバーコードを介して行われる。そのため、一度指名手配されてしまうと逃げ延びることはかなり難しいらしい。

提督「電子化電子化で機械に頼りすぎるとオレのようなイレギュラー相手には対応出来なくなるということだ。
驚いたことにこの国では司法も立法も行政も治安維持もぜーんぶ人工知能が行っているらしい。まあそこいら辺の欠陥を突いてオレがうまく誤魔化したわけだな」

提督「二人を助けた代わりにしばらくあそこでヒモさせてもらって、朝潮が来るのを待っていたんだ」

朝潮(待っていた……? 私と司令官はほぼ同じタイミングでこの世界に来たはずじゃないのかしら……)

二人と別れた後に、私を迎えに来た時とは異なる、外装がルビーのように紅く輝いている機体に乗り込んだ。
ファム・ファタールと名づけた特注品だそうで、司令官はこの宇宙飛行機を愛機だと自慢していた。コクピットもきちんと二人乗りだ。

提督「さて、これで元の世界に戻るための算段は整った。この世界の“時の終点”に辿り着く。それがオレたちの目的だ……」

そういえば元の世界に戻る方法を何も聞いていなかった。そこに辿り着ければ元の世界へ帰れるというの?

朝潮「“時の終点”……?」

提督「そう、この世界の因果律を破壊するんだ。そうすることで時の終点に到達できる」
724 :【20/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:27:27.03 ID:stR28eGh0
進めば進むほどに目に見える星の光は減っていき、しばらくして窓には宇宙の暗闇以外に何も映らなくなった。レーダーを頼りに進んでいる。
司令官の話によると……この世界の中枢を担うオーロージュという星に、“時の歯車”なるアイテムがあるそうだ。
“時の歯車”には、任意の時間に巻き戻せる……つまり、時間を過去に戻す力があるらしい。

提督「時間を巻き戻して出来事や行動を変えたとしてもある程度は辻褄が合うように働くようだ、歴史の修正力とでも言うべきか。
だが、この世界に本来起こるはずだった重大な事象なんかを改変すると話は変わってくる」

提督「本来あるはずだった事象がなかったことになる。あるいは本来起こるはずのなかった異変がもたらされる。
過去改変によって歴史の根幹を揺るがすようなことをしでかすと、因果律の崩壊が起こって“時の終点”へと辿り着く」

朝潮「そ、そんなことをしてしまっていいのでしょうか……」

提督「さあな、良い悪いはオレには分からん。だがこの世界に留まるわけにもいかないだろ。さっきも言ったがここはパラレルワールドだ。
この世界がどうなろうと本来の世界へと戻ることが先決なんじゃあないのか? ……さっきのあいつらには悪いがな」

確かにそうだ、私たちは元の世界に戻らなくてはならない。私たちが居ない間も元の世界の時間は流れ続けていることだろう。

朝潮「分かりました……司令官のご判断に従います」

提督「……」

それから私たちは、しばらく無言のままでいた。司令官は私と二人きりの時に世間話をほとんどしない。
彼の秘書艦として泊地で働いている間も、作戦の話や任務の話ばかりだった。秘書艦とは、提督の補佐として雑務をこなす役である。
明確にそういう役職が定められているわけではないのだが、大抵の鎮守府や泊地には秘書役を担う艦娘がいるものだ。
顔を合わせる頻度で言えば、艦娘の中で私が一番多いはずなのだが……このように、無言の時間だけが積み重なっていく。

私は、司令官にこの場に居ない者として認識されているのではないか。そんな疎外感を覚えることが少なくなかった。今もそうだった。
自動操縦に切り替えていて、司令官は手持ち無沙汰らしかった。顎に手を当てて何やら考え事をしている様子だった。
ギラギラとした赤色の瞳は、じっと宇宙の闇を見据えていた。前方の景色には何も映っていないはずだが、司令官には何かが見えているようだった。

ふと、視線が合った。気恥ずかしさから目を逸らしたくなったが、私から逸らすのは失礼に当たるような気がして、そのまま成り行きに任せることにした。
見つめられている。司令官とこんなに長い時間目を合わせているのは初めてだ。彼はあまり人と目を合わせようとしない。珍しいことだ。
二度、三度瞬きをすると、私から視線を外して再び前を向いた。表情に変化はなく、特に何を思うことも無かったようである。

私の方を向くことはなく、独り言のようにぼそりと呟く。

提督「なぁ……朝潮には元の世界に戻りたい理由があるか?」

戻りたい明確な理由があるわけではないが、ここに残りたい理由など当然ない。そう思ったが私が口を開く前に司令官は言葉を続けた。

提督「オレは戻りたい。オレにはまだ果たせていない夢があるから。やり残したことがあるから」

声量こそ小さいが、熱の籠もった力強い意志のある声。

提督「……恐らくだが、ここから先は今までみたいになんでも予定通りという風にはいかねえ。朝潮にも辛い思いをさせることになる」

提督「だから聞いておきたかった。オレにはお前の力が必要だ。けど、今のお前にとってはそうでもない、かもしれねえ。
お前が元の世界に執着がねえってんなら、無理に付き合わすことになるような気がしててな。
オレの都合でお前だけが苦しむことになるのかもしれないと、そう思ったんだ」

朝潮「お心遣いには感謝しますが……心配はご無用です。この朝潮、必ずや司令官のお役に立ってみせます!」

提督「……そうだな、お前はそういうヤツだった」

え……? 肩透かしを食らったようだった。見透かしていたかのような呆気ない態度。
自分なりの意気込みを伝えたつもりだったのだが、どうにも上手く伝わらなかったらしい。言葉足らずだったのでしょうか……。

またも沈黙。モヤモヤとした言葉に出来ない感情が膨れ上がってもどかしい。ただ、言葉の意味を知りたかった。
ああ、そうだ。『元の世界に戻りたい理由』の回答を求められていたんだった。司令官からの質問に答えられなかったから、か。
元の世界に戻りたい理由……。挙げようと思えばいくらでもある。泊地に仲間がいる、そこでの生活もある。
深海棲艦から人々を守らなければならないという使命もある。何から言おうか、何から言うべきか悩んでいた。

朝潮「! ……? どう、しましたか……?」

身体をこちらに向けた司令官。彼の手が私の顎をくいと持ち上げる。そして私の顔を覗き込む。再び視線が合わさる。

提督「なあ朝潮。お前は、オレの役に立ちたいと、本心からそう言っているのか……? お前にとって、それは本当に大切なことなのか?
オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい」

言葉の意図が分からない。司令官は私に何を求めている? さっき視線が合った時とは違う、何かを物語り訴えかけるような鋭い眼光。

朝潮「私、は……」

言葉が出てこない。司令官は、私を威圧するつもりはないのだろう。しかし……。
この人が怖いと思ってしまった。どうして今そんなことを言うのだろうと、思った。こんな感情は初めてだ。心がざわつく。

提督「……悪い。脅すつもりは、なかった。……そういうつもりでは、なかった」

私の顎から手を離し、正面を向き、帽子を目元まで深く被り直す司令官。

こんな感情は初めてだった。理由も分からないまま泪が零れそうだった。司令官を、普段から恐れているわけではない。むしろ尊敬すらしている。
けれど……底知れない重みのある語気や振る舞い、今まで私に向けることのなかった感情の籠もった表情や言葉。今までとは違う……不安になる。
気づかぬ間に司令官の失望を買うようなことをしてしまったのだろうか……ひどく落ち着かない気分だ。

司令官の前で泣くところなど見せたくはない。そんな情けない真似はしたくなかった。私はじっとこらえていた。
725 :【21/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:40:18.65 ID:stR28eGh0
提督「フゥ……。ようやく……、着いたな……。悪いな、ちょっと休憩させてくれ」 座り込んでいる

……後になって気づいたことだが、あの時の司令官はかなり集中していて、精神状態も極限に近かったのだと思う。
だから、言動や様子が少し普段と違っていたとしてもそれは無理のないことなのだ。そんなことにも気づけなかった私が悪かったのだ。
動揺するほどのことではなかった。考えれば分かることだった。

たった単機で数百もの哨戒機と数隻の空母(否、宙母と言うべきか。宇宙に浮かぶ巨大な艦のことだ)を相手にすることが、どれだけ困難か。
それでも司令官は不安や恐れを態度に出すことはしなかった。呼吸も乱れていなかった。震えてもいなかった。
一言も言葉を発することはなく、瞬きをほとんどしていなかった。赤い瞳はギラギラと静かに燃えているかのようだった。
圧倒的な敵の数を前にしてもただ淡々と前へ進んでいった。進む先に何が待っていようと動じることなく光の束を撃ち続けた。
曲がることなく、揺らぐことなく、ただ自分のやり方を貫き通していく。この機体そのものが司令官のあり方を体現しているようだった。

オーロージュの地に降り立った。宇宙から見たこの星の外観は環に覆われていて土星のようだった。
ガスに覆われた星の内部を進み、今は星の中央にある小さなコロニーの内部に潜入している。

提督「星の外見とは裏腹に小さな星だ……ほとんどはガスで出来ていて中央にコロニーが建ってるのか。
しかし内装は殺風景だな。朝潮のいた収容所に似たようなものか。何もない」

この星そのものが一つの巨大な人工知能で出来ていて、他の星から送られてくる全ての情報を管理・統合しているとのことだった。

・・・・

無機質な鋼の壁。壁と同じ色の天井と床。延々続く廊下を歩き続けた。やがて広間に辿り着く。ここで行き止まりのようだ。
部屋の中央には筒型の装置が置かれている。装置の内部は黄緑色の液体で満たされていて、歯車の形をした青色の物体が浮かんでいた。

提督「ここが最深部のはずだが……正面から堂々と侵入しても警備ロボットが出てくる気配もない。かえって不安になるな……」

??「ここに警備は必要ないもの。ここに辿り着ける“人間”はもう、この世界には存在しないのよ」

一つ多い足音。私に似た声質だが、私のものではない。異常に気づく。艤装を展開して戦いに備え、振り返る。

??「見事ねイレギュラー。最初はバグ以外の可能性を疑わなかったわ。いえ……ある意味あなたたちの存在そのものがバグなのかもしれないわね」

司令官の背後に声の主は居た、もう遅かった。その場に倒れ込む司令官。首に注射針を突き刺されていた。
目の前に現れる私と全く同じ姿をした存在。深海棲艦ではないようだが、敵であることに変わりはない。

??「私の名前はグランギニョール・システム。GSと略されて呼ばれることの方が多かったかしら。この世界の管理者……神様のようなものね。
時の歯車は渡さないし、この世界も壊させないわ。ここで諦めてもらうことになるけれど……」

GS「一つ不可解なのはあなた……細胞の動きが人間のそれではない。電光刀でも光線銃でもあなたにダメージを与えることは出来ないみたいね。
この世界ではかつて存在を否定された理論上・仮説上の物質で肉体が構成されているとはね……世界線が変わるとこうも違うものなのかしら。
私の常識が通用しない存在としてあなたを認識したわ」

GS「あなたをシミュレートしてこの身体を生成してみたけれど、真似できるのは見た目だけのようね。不思議だわ」

私は女に飛びかかり、首を締め上げる。

朝潮「司令官に何をした!? 私たちの邪魔をするな……!」

GS「バカね……言ったでしょう。この身体は作り物、私の本体ではない。ゆえに傷つけたところで意味がない。
どちらの立場が上なのか理解した方がいいわ、大事な“司令官”様を人質に取られているのよ? あなたは」

首から手を離し、女を解放する。攻撃してくる気配は見られない。何が目的だ……?

GS「ひとつ、提案をしてあげましょう。あなたに時の歯車は渡せない。元の世界へ帰してやることもできない。
けれど……あなたの望みは叶えてあげられるわ。あなたが心に抱いていた、本当の望みを叶えてあげる」

・・・・

頭の中で声がする。

GS「あなたの肉体を真似ることは出来ずとも、あなたの脳内を見透かすことぐらいはできる。私があなたの本心を暴いてあげるわ」

忌々しい声、憎むべき敵の、声、の、はずなのだが……少しずつ怒りや苛立ちが収まっていく。意識がぼうっとする。

『太陽はなぜか透明であたたかく、退屈な午後は妙に私にやわらかい』……。そう、かつて、どこかであったような、そんな記憶。
ここはどこなのだろう、心地よい気だるさと眠気に襲われる。シロツメクサの咲く丘だった。

私を優しく撫でる、大きな手。私は寝転がっているのだろうか、後頭部に枕のような感触がある。
どうやら人の膝のようだ。目を開くと、見覚えのある顔。照れくさそうに微笑んでいる。

朝潮「しれー……かん?」

私の身体を起こしてぎゅっと胸元に抱き寄せてくれる。両腕から伝わる、確かな温もり。

提督「泣いているじゃないか。怖い夢でも見てたのか? 心配するなって」

私も両腕を司令官の腰に回して、抱きつく。
さっきこらえていたはずの、さっき収まったはずの涙が、堰を切ったようにぽろぽろと零れてくる。

提督「オレがずっと、一緒にいてやるから」

司令官の言葉が染み渡るように、私の心にある不安を消し去ってくれる。
幸せな気持ちがこみ上げてくる。愛しい気持ちが止め処なく溢れて、どうしようもなくなる。
726 :【22/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:53:14.75 ID:stR28eGh0
……ああ。分かっているはずなのに。気づかないフリを、していたはずなのに。
傍に居られるだけで、十分だった。尊敬していたからだ。
それ以上のことは望もうとはしていなかったはずだったのに。
それ以上のことは望んではいけなかったはずだったのに。

司令官に、こんなふうに愛されたかった……。これまでずっと抑えてきた感情が、目の端から流れていく。
強く、力強く、自らの意志で司令官を抱き寄せる。傍に居たかった、役に立ちたかった、それだけじゃなかった……!
本当は愛されたかった。愛したかった。恋人のように手を繋ぎあって、並んで歩きたかった。
娘のように甘えたかった、頭を撫でてもらいたかった。幸せになりたかった。司令官と、結ばれたかった。
ひとたび解き放たれた渇望は際限なく膨れ上がり、膨れ上がった分だけ目の前の司令官が、私の餓えを満たしてくれる。

・・・・

残酷なことに、これは虚構だ。こんな記憶など、ありはしない。
幸せな幻想だった、願わくば永遠に醒めないで欲しい夢だった。
しかし……これはしょせん絵空事なのだ。そう強く念じることで、現実へと意識を戻す。
目の前は無機質な鋼の壁。倒れたまま起き上がらない司令官。

こんな空想をしている場合ではない! グランギニョール・システムと自称する私と同じ姿の女を突き飛ばし、司令官に駆け寄る。
指で無理矢理閉じた瞼を開く。部屋の明かりに反応して瞳孔が収縮する。心音も聞こえる。呼吸もしている。
命の心配はないと判断していいのだろうが……私の呼びかけには答えようとしない、揺さぶっても起きる気配が見られない。

朝潮「司令官を元に戻しなさいッ! あなたの目的は何なの!?」

GS「ふふっ……この情動こそが『感情的』というものだったわね。随分久し振りに見せてもらったわ。彼は幸せな夢を見て眠っているだけだから安心して頂戴」

GS「私はこの宇宙で生きる人間の全ての記憶を保有している。といっても、短期的・日常的な表層の記憶じゃないわ。
子供の頃の幸せだった思い出。大切な人と交わした約束。そういう、人間の性質を決定づける重要な記憶……」

GS「知識を規制し、感情に上限を設け、意志を削いでしまえば……人は思い出をなぞらえるだけの影法師になる……。
クスクス……模造品なのよ。人工子宮で生まれた肉体に偽りの記憶を植えつけて、さも当然のように自分が自分であるかのように振舞う人形。
だから、そういう意味ではもうこの世界にはオリジナルの“人間”など存在していないの。滑稽でしょう?」

背筋に悪寒が走る。目の前の敵は、今まで対峙したどんな深海棲艦よりもおぞましい邪悪さを抱えていると感じた。

GS「全ては過去の歴史の繰り返し……あなたがさっき会っていた二人も、どこかであったラブロマンスの再放送なのでしょう」

朝潮「なんてことを……。まさか、司令官にも何か……!?」

GS「“まだ”何もしていないわ。けれど……あなたにとってはそっちの方が都合が良いんじゃないかしら」

朝潮(どういうこと? 自信ありげに何を言っている……?)

GS「さっき見せた光景は、あなたが自覚している通り、もちろん現実ではない……あなたの持つ願望を見せただけだもの。
そして未来に実現することもないでしょう。あなた自身で無意識のうちに諦め、捨て去ってしまった望みだもの」

GS「私ならあなたの悲願を叶えてあげられるわ。あなたの世界でなら実現し得ないかもしれない。
自分の心の中に封じ込めてしまわなければならないような、禁忌だったかもしれない。けれどこの世界ならそれも許される」

身振り手振りを交え、大袈裟な口ぶりで、感情を込めて私を説得しようとする。説得しようとする意図が露骨に透けて見えてかえって不気味だ。

GS「ふふ……そんなに怖い顔をしてはいけないわ。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃない。もう一度さっきの幻想を見て幸せになりなさいな。一度と言わず何度でも」

やめて、それだけは……! 声は届かず、また、あの景色に戻る。

・・・・

白昼夢の中では不思議と嫌なことを全て忘れる。しばらくして冷静になると、また現実に引き戻される。それを何度か繰り返す。
もう、自分の意志で現実に戻れているのか、幸せな気持ちになったところであいつに現実を戻されているのか、判断がつかない。
回を増すごとに多幸感や中毒性は高まっていき、意識が現実に戻った時の絶望感や喪失感も増していく。気が狂いそうになる。

朝潮「もう、やめて……やめてください……。これ以上は、やめて……」

精神の疲弊が凄まじく、もう自分の意志で立ち上がることすら出来そうにない。幸せという毒で蹂躙されて、私が私でなくなっていくのを強く感じる。
私と同じ姿の存在に、情けなくもしがみついて、やめてくれと懇願する。もはや意地も矜持もあったものではない。この場から逃れたかった。

GS「あの人の記憶を書き換えてしまえばいいのよ。人格を改変してしまえばいいの。そうすればあなたの見る幻想は、現実のものとなる……!」

悪魔の囁き。きっと、私の人生の中では二度と訪れることはない、千載一遇の機会。司令官と愛し合う、この上なく幸せな未来。
心が傾いている。欲望の充足を求めている。何を迷うことがある、何を躊躇うことがある。祈りはもう届いている。一歩踏み出せば、願いは実現する。

『オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい』

司令官の言葉が頭を過ぎり、逡巡する。私の言葉……私なりの言葉……。
そう、司令官を私の思い通りに、私の意のままの存在にしてしまうのは……あるべき形じゃない。
そんなことをしたら、私の想いを司令官に伝える機会は永遠に失われる。
たとえ届かなかったとしても、叶わなかったとしても……!

眠っている司令官の手を握る。微かな熱量。抱き締めてもらった時のあたたかさに比べたら、僅かな温もりだった。それでもいい。今はそれでいい。
はっきり言ってやるんだ。たとえ未来永劫、司令官に愛されることはなくとも……そうだったとしても。打ち砕いてやる!

朝潮(司令官……ほんの少しだけ、私に勇気をください!)

――違うッ!

私は声高に叫んだ。全霊の力を込めて、砲を撃ち放す!
727 :【23/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 23:16:18.81 ID:stR28eGh0
GS「莫迦な真似を……! おのれ……」

硝煙が部屋を覆い尽くす。破壊した装置から時の歯車を取り出そうとしたその時。

GS「ぐぐぐッ……ダメよ……。それを許すわけにはいかない! 私は、この世界を維持しなければならない! それが私に与えられた使命……」

艦娘の私が、力負けしている……? 猛烈な力で腕を掴まれている。振り払うことさえできない……ッ!

GS「なぜなの? あなたには寿命が存在しない。永遠に自分の意志で動くことができる、人間を超越した存在なのよ? 永遠の支配者になる資格がある。
そこの男だけじゃない……私はあなたにこの世界の全てを手に入れる力を与えてやると言っているの。全てを満たしてあげると言っているの!」

バキッと骨が軋む音。私の骨じゃない。女の指の骨だ。肉が裂けて骨が折れてもなお私を食い止めようとしている。鬼のような形相で私を睨みつける。

朝潮「そんなものに興味はない……私は私の正しいと信じたものにのみ従う。あなたは間違っている!」

GS「分かり合えないようね。なら仕方ない……彼には死んでもらう」

朝潮(無駄な足掻きを……時間を巻き戻せば司令官の死を無効化できる。このまま力で押し切って、時の歯車を手に入れさえすれば……!)

刹那、視界が暗転する。こいつ……血で目潰しを……! 理解した時には二手遅れていた。

GS「さようなら。そこの男はもう息を吹き返すことはないでしょう。本質的に人工知能である私にこの歯車の力を運用することは出来ない……」

女が部屋の外に時の歯車を投げると、投げた先にはもう一体の私と同じ姿をした女がいた。歯車を受け取って走り去る。

GS「ふふ……破壊もできない、利用もできない。けれど危険な力を持っている。そんなものは宇宙の果てに捨ててしまえばいい。
そうすればもう回収する術はないでしょう? 私の勝ちね……朝潮……」

女は口から血を吹き出してニヤリと笑みを浮かべ、前のめりに倒れた。肉体の力を使い果たしたのだろう。

朝潮「まずい、もう一体のあいつを追わなくては……!」

提督「その必要はないぜ……」

部屋の隅に倒れていたはずの司令官。しかし、どういうわけか部屋の入口に立っていた。手には時の歯車が握られていた。

朝潮「しれい、かん……?」

提督「迷惑かけちまったな。よくやってくれたよ……お前はな……」

ゆっくりと私に歩み寄る司令官。時の歯車を中心に、景色が変わっていく。無機質な白銀の景色が光に包まれていく。

・・・・

白い光の中に私と司令官は居た。天と地の境はなく、垂直に立っているはずなのにお互いの身体が浮いているように見える。
さっきの施設に居た時のような閉塞感や息苦しさは感じられない。幻想の世界で味わったような、心地よい感覚。
しかしこの時私の胸中は困惑と疑念でいっぱいだった。“また”無理矢理幸福感を味わうことになるのか、と内心恐怖していた。

提督「ようこそ、“時の終点”へ。朝潮の奮闘がなければ、ここまで辿り着けなかった……よく頑張ってくれたな」

提督「そして……オレがやってきたことも、間違いではなかったことが証明されたんだ……やっと」

状況がうまく掴めていないけれど、どうやら上手くいったのかしら……?
けれど、どうして時の歯車を司令官が持っていたのだろう。いつどうやって奪い取ったというの?
そもそも司令官は倒れていたはずだし、女は『もう息を吹き返すことはない』と言っていた……どういうこと?

提督「オレが生きてるのが不思議かって? 時の歯車は二つあった。これがトリックさ。二回の賭けに勝ったから生きている」

司令官が右手に持っている青色の“時の歯車”とは異なる、赤色の歯車をポケットから取り出す。

提督「さっきの世界の“青い”時の歯車は、過去への時間遡行ができる。一方この“赤い”歯車は時間を先送りすることができる」

提督「時間を加速させてさっきの世界を終焉へと向かわせ、この“時の終点”へ辿り着いたってことだ。
そして、時間の先送りってのは、ただ単に時間を加速させるだけじゃない。任意の事象をスキップして無かったことにもできる」

提督「二つの賭けの内容はこうだ。あの施設に入った時点で、オレたちの記憶がスキャンされようとしていることに気がついた。
スキャンそのものを防ぐのは無理そうだった。だからこの“赤い”歯車に関する記憶情報のスキャンの時だけをスキップした」

提督「次に、グランギニョール・システムによって眠らされていたオレは、朝潮の『違うッ!』の声で目が覚めた。
奴がオレの身体に埋め込んだマイクロチップで脳に死を命令しようとした、だから奴は勝ったつもりでいたというわけだ。けどそいつはカットさせてもらった。
そこから先は自分の身体の時間だけを加速させて青い歯車を奪い返し、世界全体の時を加速させて時の終点へ到達したという顛末さ」

朝潮「最初から全部司令官の掌の上だった……ということですか。なんにせよ、これで元の世界に戻れるようで安心です」

提督「いーや……そのことなんだが……このままではまだ問題がある。かなり朝潮に迷惑かけることになるが……先に謝っておくぜ」

私の背後に、赤い扉が現れる。バタンと音を立てて開き、中から無数の手が伸びる。私の身体を引きずって行く。

朝潮「司令官ッ!!」

提督「説明している時間はないか……これを受け取ってくれ。簡潔にだがそっちの世界の説明を書いておいた。
あとは頼んだぜ。……またここで会おう、約束だ」

青い歯車と一通の手紙の渡される。扉の向こうへと私を引きずる力が強まる。
ブルーホールの時と同じだ、強い力に引き寄せられている。やがて私の意識は途切れた。
728 :【24/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 23:37:12.72 ID:stR28eGh0
どうやら生きているらしい。気分は最悪だが。

ええと……あれだ。オレはある噂が気になって直接出向くことにしたんだ。そう、ブルーホールだ。
洞窟や鍾乳洞みたいな地形が海没すると、そこだけ周りの海の色よりも暗い色になるんだと。
だが、そんな自然現象がたった一日で起こるはずはねえ。そもそもブルーホールが確認された位置には元々陸地自体なかったし、浅瀬だったってわけでもない。
あの場所にかつて海蝕洞みたいなもんがあったなんて話も聞いたことがないしな。
だから秘書艦の朝潮にボートを曳航してもらって、それに乗って確認しに行ったんだ。

で、朝潮はそのブルーホールに呑まれて消えた。オレも巻き込まれて気がついたらここにいた。
体中砂まみれで、おまけにボートの下敷きになってた。なんだってこんなことになってる。

提督「ペェッ、オフェッフッ。ガハッ」

口の中の入り込んだ少量の砂を吐き捨て、立ち上がる。着ているアロハシャツについた砂を払いながら周りを見渡す。
倒壊したビル郡、ひび割れたアスファルト、打ち捨てられたガラクタの山。太陽はオレをあざ笑うかのようにギラギラと輝いている。
わけわかんねえことが起きてるってのは理解できた。つまり何も理解できてねぇ。せっかくの休みが台無しだ。

とりあえずツレの朝潮を探さねえと。

・・・・

この近くに朝潮も居ることだろうとは思ったが、ジッとしているのは性に合わねえ。
とりあえずその辺をうろついてみるが、ビーチサンダルで歩き回るのは結構しんどい。足元から地平線の果てまで砂と瓦礫とゴミで満ち満ちている。
ゴミ山をよく見ると生ゴミから金属片、果ては注射針に壊れた機銃……なんでもありのひどい有様だ。
もっとひどいのは、そのゴミ山の上をよじ登って何かを探してる子供が何人もいることだ。見覚えがある光景だ、こいつらは高く売れる貴金属を探してるんだろう。

提督「おいガキども。お前らぐらいの背丈の女を見なかったか? 黒くて長い髪をしてる女の子だ」

子供たちにギロリと睨まれる。餓鬼相手にガン飛ばされてもなんとも思わねーが、揃いも揃って餓えた目をしてんな。猿みてえだ。

提督「っと……」

背後に気配。咄嗟に身をかわして相手の腕を掴む。感触から察するにこれも子供の腕か。

提督「おいおい……そいつは玩具じゃねえんだ。没収するぜ」

か細い腕を捻って、手に掴んでいたナイフを奪い取る。薄汚れたタンクトップに半ズボン、みすぼらしい格好のガキだ。

少年の膝はガクガク震えていて、その場にへたり込む。俺を恐れているのか? だったら最初からこんなことをするなと言いたいが……。
顛末を見守っていたゴミ山の子供たちは、オレがナイフを奪い取った瞬間に目を離してまた自分の作業に向かうようになっていた。
こいつを助けようと加勢したりするつもりはないらしい。薄情だが貧困ってのはそういうもんだよな。
オレがこのガキに刺されて死んだら機会に乗じて遺品の剥ぎ取りでもしてやろうと企んでいたんだろう。

提督「取って食うわけじゃねえから安心しな。まあこれは返してやらんがな。質問1、オレがさっき言ってた女の子を見かけなかったか? 朝潮って名前だ」

少年1「いいや……見かけてねえ……」

提督「質問2、ここはどこだ? 言葉が通じるあたり日本であることは確かなようだが……。
オレは海の上にあったブルーホールに呑まれてここに来たんだ、何か分かるか?」

少年1「ブルーホール? わからない。ここは昔、渋谷っていう名前の街だった。けど、このザマだ……戦争の後はどこもこんなだ……」

提督(戦争、かあ……? 深海棲艦との戦いでどこの国もそんなことやれるほどの余裕は絶対ねえ。
それに、渋谷といえば都会の繁華街だろ? こんなに荒れ果ててるはずもない……パラレルワールドってやつなのか?)

どこの国といつ戦争したのかを尋ねようとしたのだが、突然少年が震え出したため質問を中断する。
濁った呻き声をあげてうずくまり、ぶるぶると震えている。少年の身体から汗が吹き出る。

提督「おい、大丈夫か?」

……とてもじゃないが大丈夫そうには見えねえ。

提督「なあお前たち! 誰か病院を知ってるか!? 教えてくれ!」

大声で叫ぶと、山の上の子供たちはこちらの方を振り向いたが、何かを教えてくれそうな気配は見せない。
一人だけ声を返す子供がいた。が、よく聞き取れない。しばらくすると山から降りてオレらの方に歩いてきた。

少年2「こんなところに病院なんてあるわけねえ。それぐらい分かるだろ……こいつはもうだめだ」

よれた半袖のTシャツを着て、傷ついて穴が空いているジーンズを履いている裸足の少年。
うずくまっているタンクトップの少年ほどではないが、彼もひどく痩せ細っている。

少年2「見覚えがあるんだ。こうなったやつはもう、そう長くは持たない。震えが止まらなくなって、最後には寝たきりになって死んじまうんだ」

提督「なら、日の光を避けられて、砂埃の入ってこなさそうな場所はないか? ここじゃ余計な体力を消耗しちまう。せめてもっとマシな場所に連れてってやりてえ」

少年2「おれの住処へ案内するよ。こいつはおれの古い友達だったんだ……こんな場所で死なせるのは忍びねえ」

・・・・

地面や壁面に描かれたペンキ跡から、ここはかつて地下駐車場だったのだろうと推測できる。天井はひび割れていて、ところどころ崩落してしまっている。
硬いアスファルトの床の上に砂まみれの布を敷き、タンクトップの少年を寝かせる。もう一人の少年は用事があると言ってすぐに去って行った。

タンクトップの少年が、ぼそぼそと口を動かしている。よく聞き取れない。
何かをオレに伝えようとしているのか? じっと耳を澄ます。
729 :【25/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 23:53:35.30 ID:stR28eGh0
少年1「ヒ……ハッ、ハハッ……戦争があったのは、八年前、ヒッ……。どこの国がやったのかは、分からない……。
そこら中でテロが起こって、国としての機能が果たせなくなった……テレビで見てた、関係ないと思ってた出来事だった」

少年1「あいつらは……何もかも滅茶苦茶にしていった。ハァーッ、ハァ……もっと早く、手を打っておく必要があったんだ……ィヒッ……」

提督「まさか、深海棲艦か!? しかし、テロだと……?」

返事することもできず、少年は力尽きて気を失ってしまった。

提督「身体の震え、もう一人の子供が言っていた“寝たきり”、そして異常な笑い……。オレの思い違いであって欲しいが……」

この奇妙な症状に一つだけ思い当たる節がある。ニューギニア島の風土病……クールー病だ。またの名をクロイツフェルト・ヤコブ病、その症状と一致している。
実際に目にするのは始めてだが……オレの前にラバウルに着任してた提督が書き残してた手記にあった。
ニューギニア東部高地のワネビンチ山、その北にある降雨林に住んでる少数民族であるフォレ族に伝播した病のことだ。

その原因は……食人。人が人の肉を喰らうことだ。フォレ族には、かつて死亡した者をばらばらにして食する習慣があった。
前の提督が着任した頃にその風習は既に廃れて行われなくなっていたそうだが……病の潜伏期間は五年から二十年。
さっきの子供は言っていた、戦争があったのは八年前だと。……その可能性はある。

・・・・

オレは鼓動を抑えながら、地下の建物内を歩き回っていた。Tシャツの少年がここを拠点にしていると言うのなら、どこかに食糧を保管しているはず。
ん……? 火が灯っているのか、妙に明るい個室を見つける。いや個室じゃない、エレベーターだ。扉は壊れていた。明かりが気になって覗いてみた。

天井が壊れていて、空からは太陽の光が差し込んでいる。そして、一つ下の階から煙が立ち上っていた。やはり火が灯っている。肉の焼ける臭いがする。
下の階には、Tシャツの少年。焼けた肉を食っている。オレは疑問を投げかけずにはいられなかった。

提督「おい……お前……それは、“何の肉”だ? そこに転がってる骨は、“何の動物の骨”だ……?」

少年2「……人の肉だよ。見るからに健康そうなアンタには分からないかもしれないが、これしか食うものがないんだ。
土壌は汚染されきって作物は育たない。動物も死に絶えてる。山奥や海沿いももう人で溢れかえってて何も食えやしない。
ここで廃品に紛れ込んだ貴金属を集めて、水や食べ物を買う。子供のおれたちにはそれしかできない。それすらまともにできないんだ」

少年は躊躇いなく答えた。倫理的な葛藤などとうに忘れた様子だった。そんなことを考えていては生きていけないのだろうが。

提督「…………」

言葉が出てこなかった。ここで綺麗ごとを言うのは簡単だ。人は何のために生きているのか、お前は他人の肉を食ってまで生き永らえたいのかと。
そうは思った、だが。オレが同じ立場になった時、自制できるだろうか。他に生き残る術がなかった時、どうするだろうか。
オレは、まだ死ぬわけにはいかない。誇りと自分の命を天秤にかけたら、恐らく後者を取る。
極限まで餓えに苦しんでいたら……同じことをするかもしれない。

提督「わかった。もう、それを食うのは……やめろ。オレが、お前に協力する。もう、そういうことはしなくていいように、オレが助けてやる。
一緒に生き延びる方法を考えよう。オレがどうにかする……」

少年2「アンタ、変わってるな……今までそんなこと言うやつに会った事がなかった。けど、無理だ……もう何も変わらない。
きっと、戦争が始まる前から……おれらが生まれる前からずっと手遅れだったんだ。おれらの親やその前の世代からずっと手遅れだったんだろう」

提督「何言ってんだ。お前、人の肉を食ってでも生き永らえてるじゃないか。それでも生きていたいんだろ、執着があるんだろ?
だったら、大丈夫だ。オレだってお前と同じだ。生き残るために、自分の望みを叶えるために生きてる。悲観的になるなよ、現状を変えたいんだろう。
その意志があるから死ねないでいるんだろ? 苦しくても諦めきれないんだろ? 違うか?」

真っ直ぐな瞳で、こちらを見上げる少年。

少年2「分かった。あんたを信じるよ……。これを片付けたら、そっちに行くよ。アンタの考えを聞かせて欲しい、先にあいつのところへ戻っていてくれ」

促されたとおりに、オレはタンクトップの少年のところへ戻った。

少年2「アンタみたいなやつにもっと早く会えてたら、おれの人生は変わっていたのかな……」

・・・・

戻ると朝潮が立っていた。悲しそうな顔つきでこちらを見ていた。

朝潮「司令官……気の毒ですが、この子はもう……」

タンクトップの少年は何も語らない。さっきまで苦しみ呻き声をあげていたとは思えないほど安らかな表情をしている。

朝潮「衰弱しきってしまって……自分の力ではもう呼吸することも、心臓を動かすこともできないようです。何か機材があれば、助かったのかもしれないのですが……」

提督「……。そうか……」

オレは、不思議と悲しみの念が湧いてくることはなかった。というよりも、見ず知らずのオレが勝手に悲しんだところで、こいつが救われるはずもない。
だから、出来事として受け入れるしかない。それ以上の感情を抱くことは、こいつの命に対して失礼なような気がしていた。

ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! 鈍い落下音が何度か聞こえる。地上から何かが落とされているらしい。さっきのエレベーターの方からの音だ。
落下音とともに悲鳴が聞こえた。Tシャツの少年の声だ。慌ててエレベーターへ駆け寄り、下の階を覗いた。上から落とされたゴミで満たされていて何も様子が分からない。
穴の開いた天井を見上げると、トラックが去っていく姿が一瞬見えた。叫んでもTシャツの少年の声が返ってくることはなかった。

・・・・

下の階に行って探したが、結局Tシャツの少年の姿は見つからないままだった。ゴミの下敷きになってしまった可能性が高い。
見つけたところで、これだけ時間が経過したらもう助からないだろう……。

提督「この世界は……オレたちの居る世界とは違うみたいだな。どうしてこんなことになってるんだ……? どうしたってこいつらがこんな目に遭わなきゃならねえ!」
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 00:05:27.79 ID:fXJC48ZzO
ヤコブ病か
似たような病気で牛も肉骨粉で共食いさせると狂牛病になるんだよな
厳密には共食い云々が原因というよりも何万分の1の確率で起こる異常プリオンってタンパク質が原因なんだが
本来ならそのタンパク質が生まれたところでその一頭が[ピーーー]ば伝染せずにそれでお終いだが共食いで他の異常のない動物が食らうと伝染してこの有様よ
つまり狂牛病の人間バージョンがヤコブ病って言われてるな
原因も両方とも異常プリオンだし
まあ共食いじゃなくて他の動物が食べても狂牛病が人間に感染るように普通に伝染するんだがな
731 :【26/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 00:10:24.68 ID:du8xjrVn0
朝潮「司令官……」

提督「悪い……朝潮の前で言っても仕方ないことだよな。声を荒げて驚かせちまった。元の世界へ帰る方法を考えなきゃあな……」

朝潮「司令官……この世界を、救いましょう。私の手を握ってください」

何を言ってるんだ……? 手をこちらに差し出す朝潮。わけもわからず、言われた通りに手を握る。

ブン! と風を切るような音がした。目の前の景色が一瞬灰色に歪んだ。すると、ゴミだらけだった廃墟の景色から一変、車が並ぶ駐車場に一瞬で移動した。

提督「一体お前、何をした……? ここが元の世界、なのか?」

朝潮「いいえ。“この世界の”時間を八年前に巻き戻しました。この世界でこれから起こる悲劇を食い止めることが出来れば、元の世界へ帰ることができるでしょう」

時間を戻した? 八年前に? これから起こる悲劇……ってのはタンクトップの少年が言ってた戦争ってやつか。しかし状況が飲み込めねえ。

提督「朝潮……お前、何か知っているな? 一体全体何がどうなってやがんだ、お前は何を知っているんだ?」

朝潮「順を追って説明しますね。私たちの居た世界を“基本世界”……つまり基準となる世界線としましょう。この世界はその基準となる世界線から外れた、異なる世界線。
ここでは“異世界A”と呼びます。ここ異世界Aから基本世界に戻るのが私たちの目的となります」

朝潮「基本世界に戻るためには、既存の因果律を破壊することによって発生する“時の終点”に到達する必要があります。
既存の因果律を破壊するということは即ち、過去を改変して歴史的な重大事件の顛末を変えるなど大規模な過去改変を行うこと……あるいは。
世界に流れる時間を極限まで加速して、この世界で起こるであろう全ての因子と結果を収束させてしまえば、“時の終点”へ辿り着くことが出来ます」

提督「時間を巻き戻して本来あるべき未来と矛盾を起こすか、時間をひたすら早送りすることで“時の終点”へ辿り着けるのか。そうすれば元の“基本世界”へ戻れる、と。
だがちょっと待て……オレたちはブルーホールに呑まれてここに来た、そうだよな? どうしてお前はそんなことを知っている? どうやって時間を巻き戻す能力を手に入れた?」

朝潮「ここが“異世界A”だったとして……ブルーホールに呑まれて私が最初に辿り着いた世界は“異世界B”でした。つまりこの世界線とも異なる世界。
異世界Bの中で私はこの青色の“時の歯車”を入手し、時間を巻き戻す能力を手に入れました。異世界Bから時の終点を経てこの異世界Aにやって来たのです」

青色の歯車を見せる朝潮。朝潮の掌でふよふよと浮いている。

提督「? えっと……朝潮は“異世界B”から“時の終点”へ辿り着いた。だったらどうして“基本世界”にそのまま帰らずに、わざわざこの“異世界A”に来たんだ……?
オレを捜すためか? そんなことをするなら基本世界に戻ってから時間を戻せばよかったんじゃないか? ブルーホールに足を踏み入れる前にな」

朝潮「私が“異世界B”からこの“異世界A”に来たように、司令官も私が居た“異世界B”へと行くことになるんです。未来の話ですが。
この“異世界A”での全ての顛末を経験した司令官と、基本世界からやってきた直後の私が邂逅したのです」

提督「? 未来のオレが最初のお前と会って、それからオレと会ってきたお前が今の何も知らないオレとこうして会っている。
これからオレは“時の終点”に辿り着いて何も知らない過去の朝潮と会う……。なんとなく、理屈の上では分かったがような気がするが……」

??「陛下!? やはり陛下は生きておられた!」

へいか……? 何のことだ? 駐車場に響き渡る女の大声。背の高い、黒いスーツを着た女がこちらへ駆け寄ってくる。

提督「あれは……大和じゃないか!? 大和型戦艦一番艦、大和! 艦隊決戦の切り札であり、オレらの世界における最重要戦力の艦娘。なんで奴がこんなところに……」

大和「大和をご存知ですか、光栄です。ですが今はそれどころではありません……一刻も早く陛下のご無事を報せなければ」

大和は慌てた様子でオレと朝潮を高級そうな車に乗せると、とんでもないスピードで車道を駆け抜けていく。隣に座る朝潮がオレに耳打ちをする。
朝潮曰く、この大和はオレらの知る戦艦大和という艦娘によく似た普通の人間らしい。どうにもこの世界には艦娘や深海棲艦というものが存在していないようだ。

・・・・

巨大なビルの最上階まで連れられた。ビルの中で会った人々はオレにひれ伏して頭を下げていた。アロハシャツ姿のオレを相手に。

提督「なんだってこんなに厚遇されてるんだオレは……? それに、陛下って……?」

朝潮「私も詳しいことは分かりません。ただ、この世界での司令官は、“やんごとない血筋の”人に似た見た目をしているそうですが……」

提督「オレたちの世界で言う菊の御紋の一族として扱われてるってことか……? しかし、この畏れられ方はどちらかと言えば“将軍様”だ。
第二次世界大戦の再現って具合か? なんだかよく分からねぇが……」

あれよあれよという間に勝手に話は進んでいき、オレは華美で派手な衣装を着せられた。大和は壁掛けのモニターの電源をつけ、映像を見せた。

大和「陛下……よくぞご無事で。国民もみな陛下の存命を心から喜んでおります」

モニターに移る映像は、渋谷のスクランブル交差点で熱狂する人々の姿だった。

提督(ワールドカップでもあったのかよ……)

しかし映像内の人々が食い入るように見つめているのは、オレの姿だった。建物に設置された巨大な液晶に映る今のオレの姿だった。どうやら放映されているらしい。

大和「陛下がおられる限り、この国が滅ぶことはありません! 我が国を襲う悪鬼を討ち払い、勝利を掴むのです!」

・・・・

迂闊に口を出せないなと思い、黙っていた。放映が終わり大和が部屋から出て行った後、オレは朝潮に相談しようとした。
しかし、いつの間にか姿を消していた。一緒に最上階までは来ていた、大和に退室を命じられた様子もなかった。
となると、自分の意思でどこかへ行ってしまったのだろうが……一体どこへ? 何かアテがあるというのか?

一人取り残されたオレは、部屋にあった本棚を片っ端から飛ばし読みすることにした。この世界はどういう経緯でこういう状態になったのかを調べようと考えていた。
朝潮の言っていることも大和の言っていることも分からねえ。だが、人間の肉を食わなきゃ子供が生き残れないような未来になるってんなら、食い止めるしかねえ。
事態はまるで把握できていないが、それでもオレなりに出来る最善を尽くそうと思った。
732 :【27/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 00:41:23.58 ID:du8xjrVn0
世界恐慌レベルの経済不況が起こり、戦争が起こった。これが第二次世界大戦。ここまではオレたちの生きていた世界の歴史と同じ。けどそこからが違う。
オレたちの世界では、それからしばらくして深海棲艦という人類に危機を及ぼす明確な敵となる存在が襲来してきた。
どうやって奴らが生まれたのかは分からない。けれど今も深海の底で増え続けていることは確かだ。
その深海棲艦の登場と同時期に現れた艦娘という人型兵器を運用することで奴らに対抗しているものの……戦況は芳しくない。国同士で戦っている余裕など当然ない。
今でこそ各地に鎮守府や泊地などの拠点が建っていてある程度の戦果も上がっているが、今日に至るまでの犠牲者の数は計り知れない。

一方で、この世界……“異世界A”は違っていた。深海棲艦など現れることはなかった。
平和が長い間続いていた。社会保障が充実し、国民一人一人の権利が守られている民主主義国家……だった。
しかしある時、先の大戦と同じ流れが起こった。それから戦争へと突入してしまった。恐ろしいことに、今回の戦争は敵国が存在しない。
引き鉄となる出来事は中南米で発達したマフィアが起こしたとも、自らの影響力の低下を恐れた石油財閥がけしかけたとも言われている。
いや、この際どこの誰がきっかけはどうでもいい。問題なのは、この戦争によって誰が得をしているかだ。

大和「残念なことに、この国にも反政府組織と内通している者が紛れ込んでいるようです。検閲を強化して、通信を傍受することにしました。
秘密警察も各地に配属しています。既に幾つかの大国では暴動やテロ、侵略が横行して国家としての機能が破綻しているとのこと……。
陛下が居なくなれば、我が国も同じ末路を辿ることになるでしょう。それだけ陛下はこの国にとって大切なお方なのです、必ずお守りします」

提督(まるで警察国家だな……民主主義が聞いて呆れる。しかし……)

こうなったのもまた民主主義のせいなのだ。政治家は己の腹を肥やすことしか考えない、声の大きい扇動家が不安だけを煽り、国民も国家への希望を失う。
不況とテロリズムの脅威がその恐怖感を後押しして、絶対的な権威者を擁立させようとする運動が盛んになった。結果として今のようにオレが祭り上げられている。
もっとも、オレは異世界から来た人間なのだが。全く無関係な人間が、容姿が似ているというだけこうなるとは奇妙な話だ。まあこれにはどうにも事情があるらしい。

大和「陛下がテロリストに刺殺されたと聞いた時は、この国の落日かと思いました。不謹慎ですが、影武者で良かったと安心しています」

恐らく、オレがこの世界にやって来ずとも、代わりの陛下ってやつが無理矢理擁立されていたのだろう。
どうあれオレはその陛下というやつに成り代わってこの状況を打開する必要があるが、疑問なのは……。

提督(一体オレに何が出来るというのだろう。不満を持った人間たちが各々暴動を起こしている。そしてその者たちの不満を全て解消してやることは不可能だ。
だから、警察国家のように監視網を敷いて力づくで従わせ、国家としての結束を保つ。……理には適っているが)

提督(これじゃまるで全体主義国家だ。ヒトラーの独裁政治、そしてその末路と同じことを辿るか? バカ言え……)

提督「不安や対立を煽っているやつがいるはずだ……と言っても、単に恐怖心で行動している連中じゃない。人々の恐怖を煽ることで利益を得ている奴らだ。
それを知りたい。たぶん……情報統制に意味はない。テロリズムという過激な形で発露されるもの以外の不満は放っておけ」

提督(未来の様子から、貨幣経済は一応残っていると考えられる。金のためにやる戦争なら、全世界でテロを起こす理由が分からない。
なんだってそんなことをする? どこかの国と国を競わせて代理戦争でもさせれば良いんじゃないのか?)

・・・・

三日が経った。未だに朝潮の姿は見つからない、艦娘だから人間が束になったところで傷つけられるようなものではないはずだが……一体どこへ行ったんだあいつは。
朝、反政府組織のアジトの殲滅に成功したと大和が報告してきた。テレビのニュースでも大々的に報道されていた。

提督「どこの報道局も、まるで巨悪を討ち滅ぼしたかのような口振りだ。こんなものは氷山の一角だというのに」

大和「ええ。母体となる組織が存在しているようです。調査を続けています」

提督(そんなことは分かりきっている……誰が得をしているんだ? 国家がわやくちゃになって、人々の暮らしが成り立たなくなる。
既得権益にしがみついてその勢力を伸ばすか、それを打ち破って新たな権益を得ようとするにしても、全世界を滅茶苦茶にしようって考えには至らねえはずだ……)

提督(テロってのが厄介だ……敵として倒そうにも実体がない。和解しようにも姿が見えない相手とどうやって協調すればいい。
永遠に後手後手の対応を迫られ続ける……。国家転覆を企むにしても、国家そのものが瓦解しちゃあ意味がない。そのぐらいのことは相手だって分かるはずだろう)

窓から地上を見遣ると、街宣車とそれに続いて行進する人々が見える。人々は単一の服の色を着ている。
『陛下万歳』……なるほど、マスゲームか。上空から見て文字に見えるように行進しているようだ。

提督「大和……あれ、近くで見れるか」

大和「いえ、陛下の身に何かあったら危険です。映像でよろしければ構いませんが……」

提督「(事実上の軟禁だなこれは……)だったらそれでいい、見せてくれ」

五分ほどして、壁掛けのモニターから映像が中継された。行進の様子を見に来た道路脇の人々は、陛下万歳! と口々に叫んでいる。
また、「テロリストを殺せ!」「異邦人を殺せ!」などと、聞きたくもないような幼稚な音声も紛れていた。

提督(狂信。盲従。排斥。こいつら揃いも揃って異常者だ……オレを唯一神かなんかだと思ってるに違いねえ)

提督「悪い……もういい、映像を止めてくれ。ハァー……」

大和「テロを恐れるあまり行き過ぎた差別主義に走る者も居るようでして……お気を悪くさせてしまいましたか。すみません」

慌てて映像を消し、気まずそうに頭を深く下げる大和。

提督「いや、オレから頼んだことだからお前が謝る必要はない。だが……」

提督(この世界に来てからというもの、日に日に嫌悪感が増していく。早く元の世界に戻らないと頭がおかしくなりそうだ)

提督「それでも……中途半端で逃げ出すわけにはいかねぇ。あんな未来は起こさせねえ……」

結局オレはここに座って、大和が伝える情報を受け取ってるだけだ。「調査するように」と指示してるだけで、何も成果を上げてねえ。
あのガキ共に……正しい未来ってもんを用意してやりてえ。こんな狂った世界でも、オレは絶対投げ出したりなんかしたくねえ。
733 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/07/11(月) 00:55:34.10 ID:du8xjrVn0
番組(?)の途中ですが、安価待機勢に連絡です。
ご覧の通り全部投下しきるまでにまだまだ時間がかかりそうなので、安価は本日の22:00からにします。
明日は月曜……というかもう今日が月曜なんで、早く寝なければという方も多いでしょう。安心してお休みくださいませ。というか私も一旦寝ます。ゴメンナサイ。
なんでこんなに投下が時間がかかるかって……? 行数&バイト数制限で引っかかりまくって削りながら投下してるからっす……。

あとヤコブ病のくだりは>>730さんが補足してくれた通りで、作中では触れてませんがプリオンってやつを経口摂取したりすると起こりますです。
必ずしも食人で起こる病気とは限らないのでクロイツフェルト・ヤコブ病の人を見てもカニバだー!とか思っちゃダメです。
身近にそういう人は滅多にいないと思いますが。
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 01:02:44.68 ID:dO6DcvSJO

せっかく長めの文章書いたのに削るなんて勿体無いのな
735 :【28/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 20:48:56.57 ID:du8xjrVn0
一ヶ月が経った。その間、オレはずっとビルから外へ出ることが出来なかった。抜け出そうとしても必ず誰かが護衛についている。
一人になれるのは自分の部屋だけだった。耳に入ってくるのは気分を悪くするようなニュースばかり。
状況を改善したいと心では思っていても、抜本的にどうにかする方法などまるで浮かんでこない。
タンクトップの少年の話が本当なら、今年中にこの国は焦土と化す。そうなってからじゃもう手遅れだ。焦りだけが募っていく。

ノックの音。誰も部屋に入れたい気分ではなかったが、拒む理由はない。招き入れる。

朝潮「司令官! お久しぶりです!」

ボロボロの格好で敬礼を向ける朝潮。中破状態といったところだろうか。服やスカートが破けてしまっている……。
鎮守府的にはよくある光景だが、この姿のままここに来たのだとしたら……ちょっとまずいんじゃないか。
あとで服は用意してやるとして……詳しい話を聞くべきだろう。この一ヶ月間、何をしていたのかを。

朝潮「申し訳ありません……本当はもっと早く突き止めるつもりだったのですが……。これを手に入れるのに、少々時間がかかってしまいました」

提督「錠前付き鉄製の小箱……? 中に何が入っているんだ?」

朝潮「“時の歯車”です。私が持っている、時間を過去に巻き戻す“青い”時の歯車とは異なり、時間を未来へと早送りする力を持つ“赤色の”時の歯車です。
ですが……このままでは使えません。この箱の鍵を開けないといけませんから」

提督「箱を手に入れた状態でそれより前に時間だけを巻き戻せばいいんじゃないのか? それは出来ないのか?」

朝潮「そうすると箱は私の手の中から消えて、元の場所へ戻ってしまいます。一ヶ月前に司令官とこの八年前の時代に来ましたよね。
手を繋いだ人間の意識や状態を引き継いだまま時間を戻すことは出来るのですが……物はその限りではないようで。意識の有無によって差があるようです」

提督「あまりよくわからんが……そうか。……ま、なにより、無事で良かった、安心したぜ。次離れる時はちゃんと伝えてくれ、心配するだろ」

・・・・

朝潮のために用意されている部屋はなかった(どころか、朝潮の存在自体オレの近侍またはメイドとして周囲に認識されているようだ)。
だから自分の部屋に朝潮を泊めることにした。とりあえず服は着せた。

提督「情勢は最悪だ……いや、最悪の度合いを日に日に更新していく。街じゃ魔女狩りならぬテロリスト狩りが流行ってる。
勝手な言いがかりで罪のない人を逆賊に仕立て上げて集団リンチを行う……。情報統制のためでなく、テロリスト狩り対策のために秘密警察を配備しなきゃならない始末だ」

提督「オレは、一ヶ月間ずっと何も出来ないでいる……ただ座して話を聞いているだけの盆暗だ」

うっかり漏れ出た弱音。聞き逃してくれれば良いのものを、朝潮にしっかり拾われてしまう。

朝潮「それは間違いです。『卒に将たるは易く、将に将たるは難し』……故事からの引用ですが。卒とは兵士のこと。
兵を束ねる将官は、人より突出した才覚を持つ者がなるべきです。ですが、諸将を束ねる将に求められる資質は、技術や才能ではありません」

朝潮「確かに今、司令官一人のお力でこの状況を覆すのは不可能でしょう。ですが、ご自分を責めるべきではありません。
司令官は将の将になればよいのです。才気や智謀はなくとも……司令官には、人を引き寄せる何かがあると私は思っています」

朝潮「少なくとも私は……朝潮は、司令官のお陰で成長することが出来ました」

晴れがましい笑顔で微笑みを向ける朝潮。今まで彼女がこんな風に微笑みかけたことがあっただろうか?

提督(オレは朝潮に何かしてやったことがあったか? 普段は仕事の話しかしていた覚えがないぞ……。それに、朝潮はこんなことを言うやつだったか?)

オレは、正直のところ……朝潮のことを自分にとって都合の良い存在だとしか思っていなかった。
嫌な顔一つ見せずオレの指示に従う。干渉もしてこない。まるで道具のように便利だった。しかし、そんなことはもちろん口には出来ない。

朝潮「朝潮は、司令官にとって道具のように便利だったでしょう。私もそうあり続けることを望んでいました」

背筋に寒気が走る。こいつは何を言ってるんだ。今考えていることを未来のオレが打ち明けでもしたのか? いやそんなことはするはずがない。
そんなことをする意味がない。朝潮は何を考えているんだ? 何をオレに伝えたい?

朝潮「でも……もう、司令官の道具ではいられません。私は、自らの意志で司令官に従うのです。司令官の意志と信念に共鳴して、お傍に居たいと思うのです」

澄み切った迷いのない眼差し。こいつは、こんなに綺麗な目をしていたのか……。
その目は口よりも力強く彼女の想念の大きさを物語る。オレの知る朝潮とは何かが違う。今までの朝潮とはどこかが違っている。

朝潮「司令官には、朝潮がついています。……どんな時でも、どこに居ても。心は司令官と共にあります」

朝潮の、絶対的な信頼。妄信しているわけでもないらしい。オレという存在を理解した上で、心から信頼している。
だがその信頼の発生源がオレには分からなくて……誰にも言うまいとしていたことを話し出してしまう。
自白剤でも打たれたかのように、打ち明けずにはいられない気持ちになった。

提督「オレの年齢は、今年で24歳になる。オレの両親が今のオレと同い年の頃に、オレは朝潮と同じぐらいの背丈をしていた。
今のオレに、朝潮と同じぐらいの子供が居るようなもんだぜ? 笑っちゃうだろ? ……」

提督「両親は祖父母や親戚から見放され、とにかく金がなかった。母親は毎日風俗で働いてた。父親は仕事のストレスから酒に溺れてアルコール中毒になった。
望まれずに生まれたオレは毎晩のように虐待を受けてた。ランドセルだって買ってもらえなかった。
手提げ袋で学校に通うオレは変わり者だって皆に笑われて、クラスメイトに石を投げられながら家に帰った」

提督「生まれてきたくて生まれてきたわけじゃない、こんな苦しいなら死んだ方がマシだと何度も呪った。けど、オレはまだ生きることを諦め切れなかった。
だから誓った。絶対に復讐してやるってな。誰よりも上に立ってやるって、底辺からでも這い上がれることを証明してやるって誓ったんだ」

歯を食いしばり、息を吐き出す。今でも恨みは忘れねえ。憎しみを抱えながらここまでずっと歩いてきた。

提督「海軍少将の地位まで上り詰めて、誰もオレを馬鹿にする奴は居なくなった。そして気づいたんだ……オレには才能がないってな。
結局、まともな教育も受けずロクな仲間も持てず、一人で突っ走ってきたオレには、自分が持ってる小さな脳味噌の中で物を考えることしか出来なかった」
736 :【29/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 21:10:22.18 ID:du8xjrVn0
ベッドの上に座っているオレの肩に寄り添うように身を寄せる朝潮。彼女なりの気遣いなのかもしれないが、余計に自分が情けなく思えてくる。

提督「だからここから上には昇れない。最近になって自分で気づいたのさ……一週間の休暇も、実は退役する相談をしに本土へ向かうつもりだった」

朝潮は何も言わず、ただオレを抱き締めた。オレは振りほどくこともなく、何を言うこともなく、そのままでいた。そしていつしか眠りに落ちていた。

・・・・

翌朝、朝潮が異変に気づく。

朝潮「司令官! 敵襲です! 東の空からやってきたあの武装ヘリ……十数機はありますね。撃ち落すことも可能ですが……」

朝潮「あのヘリの中に“時の歯車”が入っているこの箱の鍵を持っている人間が居ます。鍵の破壊は避けなければなりません……。
しかし、裏を返せば奴らも迂闊に地上を爆撃したりすることは出来ないということ。地上戦になるでしょう。敵は恐らくこのビルに向かってくるはずです」

提督「(まるでこうなることが分かっていたみたいだな……)大和に言って、他の者を退避させよう。朝潮一人で十分か?」

朝潮「戦車の砲弾でも中破で済んだので、問題ないかと!」

提督(その箱を手に入れるためにどんな戦いをしてきたんだ……?)

・・・・

最上階。朝潮によって気絶させられた屈強な男たちが次々と山のように積み上げられていく。
最後に入ってきた男は、それまでの男たちと比べると小柄な体格だった。そいつは、この国で“陛下”と呼ばれている人間と同じ顔をしていた。

謎の男「おぉ……オレの影武者か。道理でこの国がしぶとく続いてると思ったよ。一度壊れてくれた方が都合が良かったんだが」

提督「オレはオレだぜ。国を捨てた陛下様の影武者なんかじゃねえ。お前の方こそオレと同じ顔しやがって……気持ち悪ぃ」

オレと全く同じ体形・顔つきをした男。まさか、ドッペルゲンガー……? 大和たちが誤解するのも頷けるぐらいこいつとオレは似ている。いや、こいつにオレが似てるのか。

謎の男「一端の口を叩くんじゃねえ、偽者。お前、知ってるんだろ? “時の歯車”ってやつが入ってる箱の在り処を」

男はオレに銃をつきつけた。オレも銃をつきつける。

提督「まあそう慌てるなよ……自分が死んだらボカン! 鍵や箱も巻き添えなんて仕込みをしていたらお互い面倒だろ。勝った方が総取りのルールで行こう。
一旦銃をしまえ。3・2・1・0の合図でお互いの目当ての品を机に置く。次の3カウントで銃を引き抜いて撃つ。簡単なゲームだろ? お前は鍵を出せ」

男は頷き、銃をしまった。オレも銃をしまって、カウントをする。

提督「3・2・1……」

提督「ゼロ」

オレは机の上に箱を置いた。男も机の上に鍵を置いた。と、同時に銃声。しかし弾丸は放たれない。朝潮が時間を戻して細工しているのだ、当然そうなる。
机の上に飛び乗って男に飛び掛り、鍵を奪い取る。反撃しようと殴りかかってきたが、身をかわして跳び退る。
男は朝潮に拘束され身動きが取れないでいる。オレは鍵を開けて歯車を取り出した。

男「チッ……謀られたか……。歯車さえ手に入れればどうにでもなると思っていたが、考えが甘かった……」

提督「違ぇな。確かに“時の歯車”を手に入れれば、都合が悪い出来事の起こる時間だけを取り除けばいい。
だが、お前が自らここに来た理由はそうじゃねえ。お前は誰も信用できなかった。信用できる味方がいなかった。だから最後の最後で自分で決着をつけようとした」

男「何が言いたい? オレにはもう反撃する手段が残ってない。お前に敗れたんだ、そのピストルで心臓を撃ち抜いて殺せよ。
“時の歯車”を手に入れた今、お前はこの世界の全てを牛耳る力を手に入れたんだ。お前がオレに代わって支配するといい」

提督「どうせ死ぬって覚悟決めてんだったら……一つ教えてくれねえか。なんだってこんなふうに世界中でテロを起こしてる?」

男「オレ一人が黒幕ってのは勘違いだな。人口を減らそうって企んでるヤツらが居る。事実、このまま行けばこの星の資源はもう百年持たないと言われている。
だから自分たち以外は旧石器時代のおサルに戻しちまおうなんて考えてる奴らがいるのさ。これが第三次世界大戦の答え」

男「だが……その“時の歯車”があれば、時間と資源の消費という過程をすっ飛ばして成果物だけを手に入れることが出来る。それが無限に行える。
もはや永久機関だ、そいつがあれば全ての問題は解消する。オレはその歯車を手に入れて……新たな国を作ろうとしていた」

提督「悪いが……こいつは渡せない。お前がこいつを手に入れたところで、未来はお前の理想通りにはならないことをオレは知っているからだ。
けどな……オレはお前を殺さない。お前の今の話を聞いて、お前を信じたくなった。だから生かしておく。お前がこの国の本物の陛下ってヤツなんだろ?」

朝潮とオレの体が光に包まれていく。景色が変わっていく。これが“時の終点”……?

提督「だったら国は捨てんな。未来に生まれた子供が悲しまねえような世界にしてくれ……じゃあな」

・・・・

朝潮「司令官……ようこそ、“時の終点”へ。因果律の改変が起きたようです」

提督「あれで良かったのか……? オレは本当にちゃんとあの世界を救えたのか? 最初にあったガキ共が、惨めな思いをしてないと良いんだが……」

朝潮「きっと、あの世界は変わりました。……未来は変わったのでしょう。だからここに辿り着けた」

提督「あー……これからまだ、オレは……最初の朝潮がいた世界に行かなきゃなんねえんだよな? 大丈夫だったか、オレは。上手くやれてたか?」

朝潮「はい! 司令官の言葉のおかげで、私は自分なりの気持ちに向き合うことが出来ました。もう、迷いはありません……」

青色の扉が目の前に現れた。朝潮から赤い歯車と手紙を手渡される。二つを受け取ると扉が開き、開いた扉から伸びてきた無数の手がオレを中に引きずり込んでいった。
737 :【30/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 21:35:22.87 ID:du8xjrVn0
扉が消えるのを見送った二人は、すぐに再会することになった。

朝潮「終わったのですね……」

提督「そっちもな。お疲れさん」

提督「手紙……読んだか? 読んだよな、でなきゃ先に起こることが分からなかったはずだしな」

朝潮「司令官も……大変でしたよね……。読み取られてしまうと大変だから、断片的にしか書けなくて……」

提督「手紙では褒めてもらってたが、オレは戦闘機なんて操縦したことが無かったんでな。手紙読んだ後必死こいて練習したけど付け焼刃だなありゃあ。
朝潮の前ではカッコいいとこ見せるつもりで気張ってたけど、実はちょくちょく被弾したタイミングで時間を飛ばしてたんだぜ。だせぇよな」

朝潮「それを言うなら、私も一ヶ月連絡もなく司令官をすっぽかしたままにしてしまいました。心配かけてすみません……」

二人は笑い合って、向き合った。お互いに伝えたいことがあるようで、神妙な顔をしている。

提督「手紙……の話なんだけどな。最後の行……」

朝潮「読みました……」

提督「これは、命令じゃない。お前の気持ちに委ねたいと思ってるから、強制はしない。オレは、お前の言っていた通り、『将の将』を目指す。
……けど、そうなるためには朝潮の力が必要だと思ってる。だから……オレの傍に居てくれよ、オレと一緒に居るって約束してくれよ」

提督「大の男が、こんなところで震えてら……みっともねえ。けど、朝潮みたいに、オレを心から認めてくれる存在は初めてだったんだ。
だから……少しだけビビッてんだ。ハッハッハッ。オレ、やっぱよえーな。無頼気取ってるだけで、ホントはビビリなんだ」

提督「けど……やっぱりオレはまだ諦めきれねえ。未だに上を目指したいと思ってる。そのために、朝潮が必要なんだ」

朝潮「司令官は……強い人ですよ。憎しみや苦しみに苛まれながら、それでも上昇志向を貫き通してきたじゃないですか。
そして今……閉ざしていた心を開いて、人と向き合おうとしている。そんな立派な人のお願いを、断れるはずないじゃないですか」

朝潮「司令官のお傍に居ますよ。約束します」

提督「ありがとう。お前は最高の相棒だよ……いや、最高の相棒として頼るのはこれからだな。よろしく」

朝潮「あの、司令官……? それで、私の手紙の最後の行なんですが……」

提督「言ったよな? オレと朝潮は……その、見るからに外見年齢が釣り合ってないって」

朝潮「はい。それでも……私の本心です。伝わらなくても、及ばなかったとしてもいいんです。それでも、言葉にせずには居られなかったんです」

朝潮「司令官とケッコンしたいんです。あわよくば……法が許すなら、正式な婚姻関係も結びたいと思っています」

提督は、息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それからしゃがみ込んで朝潮と目線を合わせ、彼女の右手を両手で握る提督。

提督「分かった……覚悟は、した。いいぜ……オレも誓おう」

提督「しかしだな……朝潮、お前も案外考えなしなやつだな。オレと違って朝潮には将来ってもんがあるだろう。
艦娘だから艤装を解体でもしない限り老化したりするわけじゃねえ。かたやオレの時間は……」

提督から手を離してポケットから“青い”時の歯車を取り出し、それを真っ二つにする朝潮。

提督「は!? 何やってんだお前……。二つに割った歯車を、身体に……?」

朝潮は、青い歯車を提督の胸元に押し付けた。歯車は溶けていくかのように彼の身体に染み込んでいく。
朝潮もまた半分になった青い歯車の片方を自分の心臓部の上に押し当てた。

朝潮「一ヶ月間、時間を戻しては繰り返してを続けていて……こういう使い方も出来ると知ったんです。私と司令官の時間を共有しました」

朝潮「艦娘と人間とでは、轟沈する可能性を考慮しなければ寿命のある人間の方が短命でしょう。
だから健やかなる時も病める時も共に……というわけにはいきません。そこで……」

朝潮「私が生きている間中ずっと、司令官も老化しないという魔法をかけました。
身体に危機が及ぶと肉体の時間が巻き戻って再生するので、溶鉱炉に飛び込みでもしない限り死ぬこともないでしょう」

ニコニコ顔の朝潮を見て、頭を抱える提督。

提督「んぁ〜……それは嬉しいんだが……。予想以上にぶっ飛んだ愛情表現で、脳が混乱してるぜ。結婚指輪よりも断然強烈だなこれは……」

朝潮「ええ。これだけ強い想いを抱いてしまったのは司令官のせいなんですから、責任は取ってもらいます」

提督「やれやれ……これじゃ乙川のやつを笑えんな。しかし……どうやったら“基本世界”に戻れるんだ?」

提督が疑問を口にした瞬間に、彼の持っていた赤色だった歯車は七色に輝き始め、色とりどりの光を放つ。

・・・・

執務室のソファの上で提督と朝潮は目覚めた。ソファから立ち上がり、眠気覚ましにストレッチをする朝潮。
ソファに寝転がったまま拳を上に掲げ、無意味にグーとパーを繰り返している提督。

朝潮「結局あれは夢だったのでしょうか……。ようやく普段の泊地に戻ってきましたが……」

提督「赤い歯車は無くなった。オレたち二人を元の世界に戻すための動力となって消えたのか? けど青い歯車はオレたちの身体に残ったままだ」

陽炎「司令ったらこんなところで居眠りして! よりによってこんな大事な日に……ずいぶん図太い神経してるわね」
738 :【31/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 22:27:55.66 ID:du8xjrVn0
如月「むしろ、それだけ肝が据わっているから元帥に任命されたんじゃない? でも、ちょっと出てってもらうわね」

提督「元帥……?」

如月「ほらほら〜、花嫁の着替えが気になるのは分かるけど……我慢我慢」

朝潮「はな、よめ……?」

部屋に入ってきた陽炎と、その同期の艦娘である如月に部屋を追い出される提督。頭上に?マークが浮かんだまま廊下に立っていた。

・・・・

ラバウル泊地の中庭で、提督と朝潮の二人を多くの艦娘たちが囲んでいた。タキシードを着ている提督とウェディングドレスに身を包んだ朝潮。
二人の薬指にはきらりと光る銀色の指輪が嵌められていた。既に一渡りの儀礼は済ませた後だったため、くつろいでいた。
華燭灯る席に着く二人の前に艦娘の一人、五月雨がてけてけと駆け寄ってくる。

五月雨「二人とも素敵でしたよ〜! 緊張しなかったんですか? 随分堂々としてましたね」

提督「全くしなかったな。というか、いまいち現実感がなくってな……(指輪よりえげつないもん貰った後だしな……まさかカッコカリより先にこうなるとは思わなんだが)」

朝潮「そうですね……私にとってもまるで夢のようです(司令官に……キス、される日が来るなんて……)」

五月雨「さすがですね〜……。元帥を任される提督とその秘書艦ともなると、振る舞いもなんだか洗練されているように見えます!」

提督「いやァー、んなことねぇだろうよ……オレには荷が重過ぎるほどの大層な肩書きだ。この地位は実力で勝ち取ったもんじゃない、偶然みたいなもんさ。
オレ自身まだまだ至らないところだらけだ……だが、いつかはこの地位に真に相応しい提督になってみせる。だから、これからもよろしく頼むぜ、五月雨」

五月雨「うわぁ〜……やっぱり提督は立派ですね。憧れちゃいます。私も一生懸命頑張ります!」

五月雨が離れていくと、朝潮は机の下で不安そうに提督の手を握る。

朝潮「そうですよね……司令官はみんなに尊敬されて、慕われています。私は、本当にこんなことをしてしまっていいんでしょうか……。
大好きな司令官との正式な婚約を、艦隊の皆さんにも認めてもらって……この上なく幸せですが……。幸せすぎて、なんだか、少し怖いです……」

提督「幸せの“幸”って漢字、あるだろ? あれは象形文字なんだ、山や川みたいなもんだな。で、“幸”は手枷をかたどったものなんだ。
手枷って言えばどちらかといえばありがたくない物のはずだろう? なんで手枷で“幸せ”になるかっていうと、死刑ではないからなんだ」

提督「つまりな、“幸せ”ってやつの本質は、人と比べることにある。『死刑のあいつに比べたら、手枷のおれは運がいい』ってこと。
お前は確かに今、愛しているオレと結ばれて“幸せ”かもしれない。オレも“幸せ”だよ、こんなにオレのことを想ってくれるお前が隣にいるんだからな」

提督「けど、オレたちは幸せになるために結ばれたのか? 幸せになることが目的か? オレは違うと思う。
朝潮となら、どんな不幸も苦境も乗り越えて行けるような気がする。だからオレは朝潮と結婚してもいいって言ったんだ」

朝潮「しれぇ、かぁん……」

提督の胸元でぶわっと泣き出す朝潮。困惑しながらも朝潮の頭を撫でる提督。

・・・・

夜になって、提督と朝潮は泊地の屋上から星を見ていた。これまでのことを話し合っていた。

朝潮「昼は急に泣きついてすみませんでした……。けれど、ようやく私も“手枷”から解き放たれたような気がします。
司令官となら“幸せ”以上に価値のある何かを見つけられるような、そんな予感がしています」

提督「未来を恐れても仕方がないからな。前向きに行かないと……って。あの異世界で、心が折れかけてた時の夜に、朝潮に抱き締められて思ったのさ。
こんなにオレを想ってくれる人がいるなら、オレはまだ止まっちゃいられねえなって。オレも朝潮のお陰で成長してるみたいだ」

朝潮「なんだか、照れくさいですね……あっ」

朝潮の指差す方角は、ブルーホールがあった海の方だった。夜にも関わらず大きな虹がかかっている。

朝潮「そういえば……ブルーホールとは一体なんだったのでしょう。あの虹がかかっている場所にあったはずですが……。
こうして元の世界の泊地に戻ってきたのはいいけれど、私は司令官と結ばれて、そして司令官は今日から元帥になって……」

朝潮「結婚式が終わった後に司令官は元帥の就任式があったでしょう。その間にブルーホールのことを調べてみましたが……やはり記録にはありませんでした。
他の艦娘に聞いてもみな知らないそうで……でも、やっぱりこの世界は私たちの居た元の世界だって感覚があるんですよね……」

提督「これは、オカルトな妄想話だが……聞いてくれ。このパプアニューギニア一帯にはかつて、食人や魔女狩りといった風習が存在していた。
呪術によって人を支配する、なんてものもあったそうだ。そういう怨念や恐怖が、ああいう異世界へと繋がるブルーホールへとオレらを誘ったんじゃねえかな。
そして今、祝福の象徴として知られる虹が輝いている。祝福ってやつは、呪いと対になるものだが……。
オレたちが異世界の中で、悩み、苦しみ、葛藤し……そうして解決へと導いた。それは、この土地に渦巻いていた呪いに向き合うことだったのかもしれない」

提督「つまりあの異世界はほんとは異世界なんかじゃなくて、この世界の中で見た幻覚に近い何かだったんじゃないかなとか勝手に思ってる。
呪いを克服したから祝福へと転じ、オレにとっての願いであった“頂点へと上り詰めること”、朝潮にとっての願いであった“オレと結婚すること”が叶ったんじゃないか」

提督「まっ、全然辻褄合ってないけどな! けど、どうにもあのブルーホールは消滅しちまったようで多分もう調べようもない。オレはこんな感じの適当な解釈で片付けることにした」

朝潮「なんだか神話や伝承みたいですね……でも、ちょっとその説でいいかなって思いました。あの、ところで、司令官……」

虹を背に立つ朝潮、髪が煌いている。提督の目を見つめ、ぴょんと跳躍する。互いの唇が触れる。

朝潮「ふふふっ……」

提督「脈絡ねえな……けど、それでもいい。ムードや流れなんて気にするもんでもないな。お互いがお互いを愛しくなった時に、それを伝え合えるような関係がいい。こんな風に」

しゃがんで朝潮の唇を奪う提督。二人は抱き合い、夜を照らす虹の明かりに包まれていた。
739 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/07/11(月) 22:29:46.54 ID:du8xjrVn0
なんだかんだで30分遅刻してしまった……これでおしまいです。
後語り的なことはとりあえず置いといて、安価をば。

/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:>>669->>671

>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 22:31:45.48 ID:Y0rh3rKDo
青葉
741 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 22:32:16.17 ID:MAtC8jlaO
五十鈴
742 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 22:32:46.15 ID:/lJFVmKFo
利根
743 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 22:33:49.94 ID:ZxhaE6lAO
山城
744 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 22:33:51.24 ID:eh/cZv79O
秋月
745 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/07/11(月) 23:28:03.04 ID:du8xjrVn0
>>743より山城が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。

[提督ステータス]
勇気:48(人並み)
知性:17(低い)
魅力:15(低い)
仁徳:94(聖人)
幸運:24(やや不運)

おー……これはどういう話になるでしょうかね。まだ何も考えていませんが。
お題はないので自由にやらせてもらえると解釈しますが、それでも今回ほど暴走することはないかと。
あと今回みたいに投下まで2〜3ヶ月ぐらいかけるみたいなことはやらかさないように気をつけたいと思います。



////今回の章について 雑記////
なんかー……そのぉー……大迷走でしたね。投稿めっちゃ遅れてすみませんでした。
物書き始めてたぶん1年以上経ってるわけですが、いや〜これほど書けねえと思ったのは初めてですね。
苦し紛れの末今回のような形になりました。結果的に16レスでどこまでカオスな展開にできるかみたいなチキンレースになってしまいました。
もはや艦これのSSじゃないっすねこれ……。



えーと……遥か昔に時間遡行がテーマになるとか言ったくせにほとんど時間巻き戻してませんね。
これには浅い事情がありまして。いや〜、具体的な作品名出しちゃいますけど、シュタゲとかまどマギとかって時間遡行が出てくるじゃないですか。
あれパク……オマージュすればなんかそれっぽいもの出来るんじゃないかな〜とか思ってたんすよね。いや、そう簡単にプロが書いたものを真似れるわけないだろと。
小手先でそれっぽいものが出来たとしても、オマージュするってんならリスペクトに欠いたようなショボいものは書けないし……。そんなわけで挫折しました。

あと魔法、出てきましたね(比喩表現ですが)……というか、ご都合アイテムという意味では時の歯車とかいうのも広義的に魔法ですな。
時間戻したり加速したり吹っ飛ばしたりするのはあのなんというか……好きな漫画がバレるようなあれですが……。
普通にチートアイテムだったので結構扱いに困りました。



それから、時間遡行とは直接の関係はないんですが、結構過去作っぽいニュアンスを含んでたりしています。
まあ前の章の乙川提督と瑞鳳はスターシステム的な形で普通に登場してますしね。
いやでも、ディストピアで世紀末で時間遡行とかバカ正直に要素全部拾って書いた頭悪かったっすね。
お題に対してもうちょい賢い逃げ方あったよな〜とか反省。ただお題自体は面白かったです。期待に沿えるものが書けたかは別として。

視点が7レス(朝潮視点)→7レス(提督視点)→2レス(三人称視点)で変わってるのはちょっとした実験です。
ぶっちゃけ特に意味はないです。いや、世界線=舞台の違いを視点の違いによって表現してみたとか難しい言葉を使うとそんな感じですがしょせん実験です。
こういう妙な趣向を凝らしたせいで余計筆が遅れたのかもしれません。あれですね……あんま要らんとこに凝って時間かけてるようではダメですな。



キャラについて少し語ると……。
朝潮の魅力は、一言で言うとズバリ! 『忠犬かわいい』だと思います。あくまで私個人の感想ですが。
なので今回は敢えてその(個人的)定石から外して、忠犬の首輪を取ってみました。なかなか暴れていたため皆さんの考える朝潮像からは外れていたと思います。
まあ……その、「てるてる坊主生産任務に入りましょうか!?」とか言う子をヒロインにするってのはその……率直に言って犯罪と言いますか〜……。
そんなわけで朝潮の持つ幼い部分はちょいカットして(そこも魅力ではあるのですが)、ある程度ヒロインとしての補正をかけました。
ストーリー展開の激しさも相まって作品自体には馴染むキャラ付けになったかなーとか思ってます。

提督に関しては前回が軟派な男だったので今回はわりと荒っぽいテイストにしました。つってもまだ甘々ですが。
私の書く提督はみんな卑屈なやつばかりなので次回はもうちょいさっぱりした奴にしたいですね。ヒロインやストーリー全体との兼ね合いもありますが。



あんままとまってないですが大体こんな感じですかね。特筆するようなことはないかな……。
保守してくれてた方々、ホントありがとうございます。危うくスレが消滅するところでした。
このスレが今も続いているのは皆様のご協力あってこそです。毎度ありがとうございます。
746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 23:33:40.58 ID:9HiVMq/RO

面白かったよ朝潮も可愛かった
747 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/08/11(木) 21:34:18.36 ID:maCL1P3j0
セルフ保守。あと二週間ぐらいあれば投下出来そうな兆しです。たぶん……。
祝日を利用してガンガン書き進めたいところですが結構予定が入ってしまっているんで微妙ですね。
遅くとも次の夏イベが終了するまでには投下できるかなーと。前回よりは幾分か書きやすいんでね……。

それと、またいつもみたいにチラ裏的話は書いたのですが長くなりすぎたので次のレスへ分割。
748 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/08/11(木) 21:34:46.88 ID:maCL1P3j0
////小ネタ////
知っていても知らなくても良い程度の裏設定話ですが。
タロット占いというものがありまして……って、このスレをリアルタイムで追ってる層相手には説明不要ですかね。中二病患者なら大抵通る道ですし。
いやいやいやいや艦これのスレなのにタロット周りが前提知識扱いっておかしいでしょう(セルフツッコミ)。ちょっとだけ説明します。
タロットカードには22種類のカード(※1)がありまして。それぞれに0から21の番号と名前が割り振られています。
0は『愚者』、1なら『魔術師』、2の『女教皇』……と続いていって21の『世界』で一まとまり、という具合でございます。
それぞれのカードは意味を持っていて、たとえば『愚者』なら自由・無邪気・純粋などの意味合いになります(※2)。
タロット占いというのは、簡単に言うとこれらのカードの意味合いを読み取って吉凶を占う! というものであります。

※1
分かりやすさ重視で22枚と書きましたが、本当は全部で78枚1組となっています。
前述の22枚を大アルカナ、残りの56枚の方は小アルカナと呼びます。
小アルカナは、棒・剣・聖杯・硬貨の四組に分かれていて、それぞれ1〜10の数札と4枚の人物が描かれた札で構成されています。
トランプカードに近いものを想像していただければわかりやすいかもしれません。
小アルカナにもカードの1枚1枚に意味合いはありますが、大アルカナのように固有の名前はありません。

※2
これも分かりやすさ重視で正位置(カードが正しい向きで置かれた時の解釈)の話だけ書きましたが、実は逆位置というものがあります。
正位置に対してカードが上下逆さまに置かれた場合は逆位置と呼び、意味合いが変わります。
大抵は正位置と逆の意味合いで解釈されますが、カードの種類によってはそうでなかったりもします。
愚者の場合は
正位置:自由・無邪気・純粋・可能性
逆位置:軽率・我儘・無責任・落ちこぼれ
などの意味合いとなります。どっちにしても宙ぶらりんで未来があまり決まっていない、って感じですかね。
あと、ついでに書いておくと『愚者』のカードは番号無表示だったりすることもあります。

で、だからどうしたという話ですよね。
実はそれぞれの章のストーリーは多少タロットカードを意識して書いてました。
たとえば
1章(瑞鳳の話、>>681>>700)では13番のカード『死神』
2章(朝潮の話、>>721>>738)だったら6番のカード『恋人』
そして現在執筆中の3章は0番のカード『愚者』
みたいな意味合いをちょっとだけ加味して書いてたりします。加味といっても頭の片隅に留めて書いているかな、という程度ですが。

ちなみに死神のカードは
正位置:死・終焉・清算・転換
逆位置:再生・復活・中止・停滞
プラスがゼロになることは破滅であり挫折を意味しますが、マイナスがゼロになったらそれは再生への一歩となるわけで。
『死神』というおっかない名前のわりには案外ポジティブな意味を持つこともありますが、占いで出てきて手放しで喜べるカードって感じではなさそうですね。
1章振り返ってみてもあんま死神要素は薄いかなって感じですが。せいぜい「再スタート」を意識して書いたってとこぐらいですかねー。
出だしから失脚の話とか面白くないっていうか暗いじゃないですか。今回の部の導入に当たる章でもあるので、重い話にならないようにフワッとした感じで書きました。

恋人のカードは
正位置:恋愛・魅力・情熱・絆
逆位置:別離・嫉妬・誘惑・優柔不断
これはネットスラングでよく使われるリア充or非リアみたいな分かりやすい解釈を持つカードですね。
世間一般では会いたくて会いたくて震えることに共感を覚える人が多いようですが、恋愛というのもさまざまな種類があり、良し悪しありますからね。
恋をしていれば幸せか、愛されれば幸せか、というとそういうもんでもないでしょう。逆位置の場合はそういうニュアンスっぽいですね。
2章は……その、言わずもがなというか。最終的に運命の赤い糸どころか鎖でぐるぐる巻きみたいな関係になってしまいました。

で、1章なら『死神』、2章なら『恋人』、って何を基準に決めたのかって話になりますよね。
先に断っておきますが私が占いで決めたわけではありません。そもそも自分その手の道具持ってませんしね。
実はこっそり安価で決めていました。「安価レスでついたコンマ下2桁の合計値」を(タロットカードの枚数である)22で割った時の剰余の数で決定しています。

たとえば1章なら、それぞれ安価でついたコンマ値が25,41,61,38,46だったので、
25+41+61+38+46=211 → 211÷22=9あまり13
この剰余の値である13で決まりました。もっと簡単に書くと
(25+41+61+38+46)%22=13
って感じですね。この%記号は剰余演算子ってやつでその名の通り22で割った時の剰余の数だけを表すという記号です。
主にプログラミング言語とかで使われれるものなんで、実際は%じゃなく別の記号などが使われたりすることもあります。

で、2章なんですが……。
(74+22+26+34+11)%22=13
……。また『死神』じゃないですか。なんでこれが『恋人』になったのかと言いますと。
……………………その。あの、あれです。超恥ずかしいんですけど。コンマの値を打ち間違えたまま計算していました。
そして後になっても気づけず、大部分を書き終えた後になって間違いが発覚。
こういうこと思いつくわりにはしょうもないミスやらかしてるのがヒドイっすね。まぁ……運命の悪戯ってことで誤魔化させてください。

3章の場合は、
(48+17+15+94+24)%22=0
0番のカードと言えば『愚者』。なのでどういうお話になるのかというと……? というプチ予告です。
ちょっと予測を立てづらいカードかな? 手の内明かしたってことは、敢えて裏をかいたりするかもしれませんがね。ふっふっふっ……。

ここまで書いといてアレですが、せいぜい「裏」設定みたいなもんなんで、カードの暗示に沿って物語が進むかというとわりとそうでもないです。
1章みたいにスルーしたり、2章みたいに安価でついた設定が絡んできたりもするので、あくまで指針となる要素の一つってぐらいですね。
また、作中の設定に直接タロット的要素を組み込んだりすることも多分ないと思います(安価次第ではどうなるか分かりませんが)。
タロットカードの、それも大アルカナとか手垢つきまくりのネタじゃないですかー。1章あたり15〜16レスであることを考慮すると尺的にも厳しそうですし。
この裏設定はやっぱりあくまで「裏」の設定であり、知っていても知らなくてもいい程度の情報なため、あえて2章終わってから小ネタという形でお披露目しました。
749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/11(木) 22:41:37.32 ID:tSThMRgeo
三行でまとめてどうぞ
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/13(土) 07:36:56.71 ID:Bb6Vsx4bO
乙です
相当凝って出来てるのな
751 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/08/23(火) 04:27:19.32 ID:4Kcf7tOI0
前のレスですが「こんな感じの要素も若干ストーリーの決定材料として使ってます」という程度の小ネタなんであんま気にしなくて大丈夫です。
そんなん良いから早く次の章を書けって話ですね。次回の投下は8/28(日)を予定しています。
前回夜に投下開始したら日を跨ぐことになってしまったんで、(できれば)夕方頃に始めましょうか。



////近況とか////
イベの方はAquila掘りで燃料8万ぐらいぶっ飛んでしまって肝を冷やしましたがなんとかゲットしました。
E4は未着手なんでこれからって感じですね。あと伊26もまだ出てないや……。残り時間を考えると結構忙しいっすね。
イベントは完遂する、SSも完成させる。両方やらなきゃならないのがどうたら……って、どっちも計画性持って進めてたらこうなってなかったんやで。



全然SSとも艦これとも関係ない話ですが最近フリースタイルダンジョンという番組にハマっています。本当に関係ねえな。
音楽に合わせた即興ラップでお互いをdisり合って(罵倒し合って)勝敗を競うという大変教育上よろしくない番組です。
しかしただ単に相手の悪口を言うだけでなく、フロウ(歌い回し)やライミング(韻の踏み方)、
相手の言ったことに的確かつユーモラスに返すアンサー力など、様々なスキルや高度なコミュニケーション能力が要求されるようです。

私の作品ではボロカスに貶し合う描写とかないんでアレですが、わりと物書き的にも参考になる面があるな〜と感心させられます。
ボキャブラリーに満ちた罵倒語がわずか数分間でボンボコ出てくるのも凄いし、どんなことを言われても相手の言ったことに+αの毒舌で返すのも凄いなと。
あ、言及したからって次の話ではやたら切れ味の強いdisが飛んでくるとか妙に韻を踏んでる文章になってるとかそういうことは無いと思います。
752 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/08/28(日) 20:17:39.38 ID:RSN9vd2A0
私用により本日の投下が出来ない状況になってしまいました。個人的な理由で申し訳ありませんがご了承ください。
また、明日も投下のための時間が確保できないため、明後日8/30(火)20時から投下開始という形を取らせていただきます。大変申し訳ありません。
753 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/08/30(火) 20:20:17.95 ID:2q5puXyB0
いきます。えと、体力的に23時とかその辺で燃え尽きて全部投下しきれないと思うんで、本日は前半・明日に後半を投下するという形でやってきます。
明日の夜、投稿作業が全て完了したら次の安価を募集……と考えていたのですが、
それだと(安価を取るために)深夜までスレに貼り付いていないといけないという状況が生じてしまう可能性があるので、安価日は別途設けます。

次回の安価は9月1日(木)20時に行おうと思っているので、興味がある方はその辺の時間帯にスレ覗いていただければなと。
754 :【32/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 20:21:02.98 ID:2q5puXyB0
鈍く、暗く、重々しい鉛色の空。間もなく雨が降るのだろう、部屋中に漂う湿った空気が予感を確信へと変える。

??「こんな天気では、雨はおろか雲ごと地上に降ってきそうだね」

私が目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。白いシーツの敷かれたベッドの上。鎮守府にこんな部屋があったかしら。記憶にないわね……。
窓から見える建物や庭の意匠もなんだか見覚えがない。自分の知っている場所に似ているようで違う、という違和感を覚える。

??「キミがここに来てから急にクーラーが壊れてしまって……今日の天気が雨なのは不幸中の幸いだね。ジメジメはするけど」

中性的な声。おそらく男性……だと思うのだけれど、部屋のどこにも姿が見つからない。声の位置は近いから、すぐそばに居るはずなのだけれど。

??「初めまして。ボクの名前は窓位 聖人(マドイ アキヒト)。横須賀鎮守府へようこそ」

ベッドの脇からぴょんと顔を出したのは少年だった。背は駆逐艦と同じくらいだったから、足元の死角にいて見えなかったのだわ。
彼は……ここの提督の親族かしら。制帽を被って制服を着ているけど、さすがにこんな子供が提督なはずもないでしょうし……。

提督「こんなナリではありますが、一応提督なんですよ。ちょっと今は色々な事情が重なっちゃってどこの鎮守府にも所属してないんだけどね。
快復するまでキミの様子を見るように頼まれてるんで、今だけはキミの提督って形になるかな。よろしくねっ、山城」

気がかりなことが二点。なぜ私は横須賀鎮守府にいるのか。私は呉鎮守府に在籍していて、異動の命令も出ていないはずだった。
そして、この少年は何者なのか。年端のいかない人間の子供が国防の要である鎮守府に出入りできるはずはないし、まして提督になるなどあり得ない。

山城「ええっと……どうして私は横須賀の鎮守府にいるのかしら? 私はもともと呉の鎮守府にいたはずだわ」

提督「ボクもあんまり詳しい事情は知らないんだけどね。人間でいうところの風邪に近い症状を患っているみたい。力が衰えているんだよ。
呉の方は春ごろ大変だったんだろう? たしか……柱島泊地の近くに深海棲艦の拠点が出来たそうで。呉鎮守府は空襲も受けたんだってね」

山城「ええ……どうにか収束はしたけれど、復興に手間取っているわ。艦が沈んだり施設が倒壊したりする被害は受けなかったけど、資材の消費が甚大だったようね」

提督「度重なる戦闘とその後の復興作業、その矢先にラバウルから来た新元帥の着任でしょ? あそこも忙しい鎮守府だよねえ……」

少年はポケットから板状のガムを取り出し、三枚ほどまとめて口に入れる。時折風船のようにガムを膨らませている。

提督「艦娘というのは人間みたいに病気を患ったりしないし、戦闘にでも出なければ大概の怪我は一瞬で治る。
中破・大破時は例外として、肉体的な不調ってのは原則的に起こらないんだけど……裏を返せばひとえに精神的なコンディションに左右されるってわけ。
精神の疲労やストレスが溜まることによって身体能力が著しく低下するそうだよ。だから過労でぶっ倒れてた山城はここで療養することになったのさ」

山城(……姉様に負担をかけまいと働き詰めていたのが仇となったのかしら。まさか私が倒れるなんて)

山城「そうですか、打たれ強さだけには自信があったんですけどね。……生まれてこの方ロクな目に遭っていないもんで」

提督「無理は禁物さ。しばらくはここでまったり過ごすといい。ガム噛むかい?」

銀紙に包装されたガムを渡される。別に欲しくはないけれど……せっかくだからもらっておこうかしら。

山城「ありがとうございます。それより、提督……なんでしたよね? 失礼ながらどう見ても子供にしか見えないのですが……」

提督「あー……それか! 普通に答えてもいいんだけど、もう喋りすぎて飽き気味なんだよね。というわけでここでクイズです! デデン!
どうしてボクは子供の見た目をしているのに提督なんでしょーか?」

1.IQ200の天才児で、特例的に軍務を任されているから
2.犯罪組織に飲まされた毒薬によって若返ってしまったから
3.身体的に年をとらない病気を患っているから

提督「それではお手持ちのフリップに答えをお書きください!」

よく見るとベッド隣の棚の上にフリップとペン、そして赤色の押しボタンが。え、これ答えなきゃダメなやつなの? っていうかわざわざ用意してたの?

山城(形式にこだわるこの国の海軍が特例を許すことなんてなさそうよね……自分で天才児と自称するのもいけ好かないわ。2番目も漫画じゃあるまいし非現実的だわ)

ボタンを押すと、ピンポン! と軽快な電子音が鳴る。

提督「はい山城さん早かった」

山城「(クイズなの? 大喜利なの?)答えは……3番ね」

提督「そう思う理由は? あとちゃんとフリップひっくり返してね」

山城「たしか……若くして老化が著しく進行してしまう早老症という病気があったはず。だったらその逆だってあるはずじゃないかしら」

提督「ファイナルアンサー?」

山城「(くどいわね……)ファイナルアンサー」

提督「……ざんっねん!」

山城「嘘!? なら、どっちなの?」

提督「正解は、『外見を構成する皮膚の大部分が合成繊維で出来ていて、内臓や脳は歳を取るが外見上の成長は小学生相当のままで止まっている』でした!
『実はヒューマノイドだった』とかでも大目に見て正解にしようと考えてたんだけどね〜。いやぁ残念」

山城「はぁ? 何よそれ、インチキ問題じゃないの……。というかそれ、本当の話なの? にわかには信じられないわ」

提督「答えが三択の中にあるとは言ってないじゃない、常識に囚われちゃいけませんよ。フリップはヒントのつもりだったんだけどね〜」
755 :【33/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 20:47:12.39 ID:2q5puXyB0
提督「実際には人造人間なんかじゃないよ? 列記とした人間さ。脳ミソや心臓は全部自前なんだから。畸形嚢腫(きけいのうしゅ)って言うんだけども」

山城「何かしら? 聞きなれない言葉だけど」

提督「双生児の片方が奇形として生まれて、それがもう一方の体内に腫瘍として取り込まれてしまう症状をそう呼ぶんだ。
ボクの兄に出来た腫瘍の中に、ボクを形成するための脳や内臓が奇跡的に揃っていたんだ。
摘出されるまでボクは兄の体内で成長して、それから培養液の中で何年か過ごして今に至るってことさ」

山城「そんなことってあるのかしら……? 素直に驚きだわ」

提督「そうは言うけれど、ボクから言わせれば艦娘の存在だって相当ぶっ飛んでると思うよ。人が海の上を歩けるはずがないじゃないのさ。
……でも、普通の人間よりはボクもキミたちに近いのかもね。この体はキミたち艦娘のように定期的にメンテナンスしてやる必要があるんだ」

提督「たぶんボクが生まれるまでに、というより、こういう体を与えられるまでにすごく色々なことがあったと思うんだけど……。
両親がボクのことを人間として認めてくれなければ、ボクはこんな風にキミとおしゃべりすることも出来なかったわけで。
ボクが提督になったのは、両親、そしてボクが生まれるために尽くしてくれた人たちへの恩返しでもあるんだ。ボクはみんなを愛してる、みんなを守りたいんだ」

眩し過ぎる笑顔に思わず目を逸らす。私なら素面でそんなことは言えない。

山城(なんというか……育ちの違いを感じるわね。良い子、いや、良い人ではあるんだろうけど……なんだかこっちが後ろめたい気持ちになってくるわ)

気を紛らわそうと、口の中の風船ガムを膨らませる。そのまま破裂する。

山城「不幸だわ……」

提督「あははっ、おもしろ。手鏡とティッシュを持ってくるね」

私の顔や髪にガムがこびりついている様子を見て、キャッキャッと手を叩いて喜んでいる。少しは見直したけど、やっぱどこかガキっぽいわね……。

・・・・

体調が優れなかったので……いいえ、艦娘に体調不良はない。体調が優れない気分だったので、提督と会ってから二日ほどはベッドの上で寝込んでいた。
他の艦娘が働いているにも関わらず私だけ何もしないでいるのは言いようのない罪悪感があったが、提督と話している間だけは少し気が紛れた。
とはいえ、さすがに横になっているだけの生活にも飽きてきたので、提督に鎮守府内を案内してもらっていた。

提督「まみやーっ! かき氷二つお願い。宇治抹茶といちごミルクで!」

案内が終わると、甘味処に連れられた。店の外からでも聞こえるザアザア振りの雨。私がここに来てからずっと雨だ。風が窓を叩く。雷鳴も時折聞こえてくる。
窓の外を眺めていると、いつの間にか机の上には大きなかき氷が二つ置かれていた。

提督「ボクはいちごの方ね。山城は抹茶でいい?」

山城「えぇ……構いませんが」

一気に食べると頭痛を起こすので、少しずつ氷を口に運ぶ。……! 美味しい。
ただ単純に氷を削っただけでこの舌触りは再現できないはず。口の中で雪のように溶けていく。
シロップの味もスーパーで売っているような粗悪品と違って上品な味わいがする。
舌に嫌味ったらしい甘味が残らない、抹茶の香りや風味を活かした甘さだ。

山城「……おいしいわ」

提督「ふふっ、そうでしょ。ここに来てから初めて笑ったね。笑ってると気持ちもなんだか楽しくなってくるでしょ?」

ニコニコ顔でこちらを見つめてくる。やはり笑顔が眩しく、目を逸らしてしまう。
この人と居るとなんか調子狂うわ……自分のペースが乱れるっていうか……。

パシャリ。カメラのシャッター音。薄い紅紫色の髪をした女性が立っていた。

提督「やあ青葉。こんにちは。山城、彼女は重巡の青葉だ。ここ横須賀の艦隊新聞の編集長で、自らもこうして取材にあちこち駆け回っているんだよ」

青葉「ども〜、こんにちは。次の作戦に関する会議で呼ばれてましたよ。ヒトゴーマルマルからだそうです。ついでに取材いいですか!?
そちらは山城さんですよね! 確かお姉さんの方が前衛的と聞いていましたが、なるほどこちらも興味深い……」

山城(失礼ね……艤装の艦橋を物珍しがられるのは慣れっこだからいいけど。顔も知らない艦娘から『違法建築』だのバカにされる始末だし)

青葉と名乗る艦娘は、首に提げているデジタル一眼レフカメラのシャッターボタンを何度か押した後、うんうんと頷いて満足気な顔をしている。

提督「山城は呉の鎮守府から来ていて、ここで療養してるんだ。ボクは彼女の案内役ってところかな」

青葉「お〜、呉ですか! 青葉も昔あちらの鎮守府でお世話になっていたんですよ。前元帥がまだ大将だった頃でしたが。
最近勇退なされたんですよね〜……うー、艦娘と人間との時間の流れの違いを感じちゃいますよねぇ」

提督「曰く『寄る年波には勝てない』だそうだけど、せめて資材の復旧や艦娘たちの修理のような復興作業が済んでからでも良かったと思うんだけどね。
これじゃ次に就く元帥へのキラーパスだよな〜。それをどうにかするのも元帥に求められる資質なのかもしれないけどさ」

青葉「おや、事情通ですね。窓位さんも前元帥と面識があるんですか?」

提督「面識もなにも……母親だからねぇ。そりゃ大体のことは分かるよ。ま〜、立場的に軍の機密みたいなことはお互い話せないけども。
あれ? 青葉ったら驚いた顔してどしたの? 言ってなかったっけ。ボクの母親は呉の前元帥、窓位 聖(マドイ ヒジリ)だよ」

聞き覚えのある苗字だからひょっとしたらとは思っていたけれど……驚いたわ。
窓位聖――女性初の元帥になった人物で、数々の作戦で成功を収めた名将。春の大規模作戦でも柱島泊地と連携していち早く敵の動きに対応、これを掃討した。
作戦を完遂すると突然勇退を申し出て、後任はラバウルの提督であった芯玄 心紅(シンクロ シンク)に決めると言い出した。
ここ最近は彼や彼に着いて来た艦娘の受け入れ作業、および、呉からラバウルへ向かう艦娘たちの諸処理に追われてかなり忙しかったことをふと思い出した。
756 :【34/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 21:09:08.63 ID:2q5puXyB0
朝潮「司令官。こちら、横須賀鎮守府からの電文です。……」

芯玄「どうも。どうした朝潮? 何か気がかりか?」

朝潮「呉に着任してから課題は尽きません。忙しいのも分かりますが……特にここ数日、働き詰めではありませんか? 少しお休みになられてはどうでしょうか」

芯玄「そうは言ってもここが正念場だ。前元帥がどういう意図でオレを推薦したのかは分からん、常識的に考えれば別のやつをあてがうべきだろ?
オレ自身がそう思ってくるぐらいだからな、選ばれなかった他の連中からすりゃあ羨望や嫉妬を抱いても無理はない。引きずり降ろされないためにもやるしかねえ」

朝潮「……少なくとも朝潮は、司令官は元帥になっても立派に能力を発揮できると思っています。
ですから、着実に歩みを進めていけばよいのです。急いたところですぐに結果は出せません」

芯玄「そうか……じゃあ、三十分ほど休憩としようか(朝潮も休みたいんだろうな)」

・・・・

呉鎮守府領内の外れにある、古びて既に使われなくなった桟橋。二人は橋の上に座って潮騒の音を聞いていた。

芯玄「すまんな、オレに付き合わせて無理させてないか? 辛くはないか?」

朝潮「いいえ。あなたと居られるのなら辛くはありません。ですが……最近は二人っきりになれていないので。
こういう時間が欲しいなとは思っていました。少しだけ……甘えたいと思っていました」

芯玄提督に体の重みを預けてもたれかかる朝潮。気恥ずかしそうに頬を掻く提督。

芯玄「ま、執務室でイチャイチャするわけにもいかねえからな……」

朝潮「? 朝潮は執務室でもかまいませんが」

芯玄「オレがかまうんだっつの」

朝潮「冗談ですよ。ですが、こうも忙しいとどさくさに紛れて手を繋いだりしても案外気づかれないかもしれませんね。こうやって」 指を絡める朝潮

芯玄「去年の冬頃だったか? トラック泊地が強襲された時もこんな感じだったな。まだ指揮に不慣れだったオレと、練度の低い艦隊。防衛と援護で右往左往の日々……」

朝潮「あの頃から私はあなたのことを見ていましたよ。司令官として……ですが。覚悟を宿した瞳と、立派な背中。近寄りがたかったけれど、憧れていました。
今は憧れという感情からはだいぶ遠のいてしまいましたが……代わりに、こんなにあなたと近くに居られる。心と心で繋がっていられる」

芯玄(そうだよな。今は、朝潮がいる。……未熟だったあの頃よりも、もっと遠くに行けるはず、か)

・・・・

執務室(総司令室)に戻ると、机の上に艦娘の名簿と海図を置いて、凸型の駒を並べて思案する芯玄提督。

芯玄「望むと望まざるとに関わらず敵はやってくる……たとえこちらの迎え撃つ備えが不十分であってもだ」

朝潮「修理や療養で戦闘不能状態にある艦娘が多いのが厳しいところですね……。他の鎮守府からの援助は期待出来ないのでしょうか?」

芯玄「呉と佐世保でフル稼働、鹿屋や柱島を巻き添えにしてもまだ戦力不足という具合だな。舞鶴からは支援してもらえそうだが、他は望み薄だ。
横須賀や大湊はマレー沖での海戦の方に忙しく参加出来んそうだ。英・伊との共同作戦だそうで、向こうも海外から遠路遥々戦艦級の艦娘を遣わしてくるらしい」

芯玄「一方こちらは先の大戦では因縁の地、レイテ沖での海戦となる。敵艦隊の規模は当然最大級……恐らく、歴史の教科書に載る一戦になるだろうな。
しくじれば大戦犯として名を残すことになるかもしれない……そんな大役を担っていると思うと、なんだかおかしくて笑っちまうな。
先月までオレは海軍を辞めるつもりでいたってのに。ハッ」

朝潮「もちろん……負けるつもりはない、ですよね?」

芯玄「当然」

芯玄「幸いにして、呉や柱島の艦娘らはみな精強を誇る高い練度だ。本土への最終防衛ラインまで到達される可能性はかなり低い。
戦術レベルでのミスが一つも起こらなければ……艦娘が一隻も轟沈せずに済むかもしれない」

芯玄「もっとも……。鎮守府への直接の攻撃は免れる・艦娘の轟沈を避けられる望みはある、というだけだ。完全勝利はまず望めねぇ。
せめて敵の侵攻を足止めできる程度に被害を与えることが出来ればいいんだがな……」

朝潮「作戦が開始されるまでは再起に努める必要がありますね。前回作戦での資材消費が甚大なようです。
遠征隊に頑張ってもらってはいるものの、まだまだ不足しています……」

芯玄(完璧な戦略と完璧な戦術を用意出来た、そしてそれを完璧に遂行出来る力があったと仮定する。
それでも兵糧の多寡は覆らない。戦闘中に起こる幸不幸までは左右できない。……)

芯玄「勝つためには『完璧』のその先を用意する必要がある、か。もう一手、希望が持てる要素があると助かるんだがな……。
現状だと奮闘しても引き分けに持ち込むことしか狙えねえ。だがそれじゃまたここの鎮守府の連中に負担をかけることになる」

芯玄「朝潮の言っていた通り、焦っても仕方はねぇがな。今は備えるしかない」

朝潮「横須賀からの手紙に書いてあった人物はどうでしょうか? わざわざこちらへ向けてくるということは、何か策を持っているということなのでしょうか」

芯玄「詳しくはオレも分からないが、横須賀の元帥殿に“虎の子”と言わしめるぐらいだから役に立ってはくれるだろう。
とはいえ、人が一人来たところでこの状況を打破できる、というわけでもねぇ……」

朝潮(元帥という立場上、司令官が直接艦隊を指揮するというわけではないのが難しいところですね。
兵站や補給線を考慮してどれだけ高度な戦略を練れたとしても、戦略を成すための戦術を練るのは彼の配下の大将たちであって、司令官ではない。
そして戦術面での勝利を収めることが出来るかは、四人の大将それぞれが直轄する艦娘たちに委ねられる……)
757 :【35/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 21:23:26.16 ID:2q5puXyB0
山城「なんだかんだで二週間ぐらい過ぎてしまったかしら。姉様が心配だわ」

海を経由して呉へ向かえば燃料を消費してしまう。かといって、艤装を背負ったまま神奈川県から広島県まで移動するのはさすがに無理がある。
艤装だけ別途鎮守府へ送ってもらい、彼女自身は交通機関を利用して呉の鎮守府へ向かうこととなった。
横須賀鎮守府に背を向け歩いている山城の後ろをトテトテと足音が続く。

提督「待って、ボクもついてく」

体型に不釣り合いな大きいリュックサックを背負っている窓位提督。しかし中身はほとんど入っていないようで軽そうだ。

山城「え……あなたは横須賀の提督じゃないの。異動の指示でも出たの?」

提督「うん」

山城「うん、って……随分あっさりね。そんな話してなかったじゃない……」

やや呆れた様子で溜息をつく山城。

提督「最近決まったからね。折角の外出なわけだし、行きたい所あるんだ。付き合ってよ」

・・・・

山城「駄菓子屋じゃないのよ……」

横須賀市郊外、駅近くの駄菓子屋。提督にとっては見慣れたこの店も、艦娘である山城にとっては未知の場所だ。
きょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見回す山城。店内に飾られた玩具や色とりどりの駄菓子を見て訝しげな表情を浮かべている。

山城「店の雰囲気からしてなんだか胡散臭い感じだわ……というか、衛生面は大丈夫なのかしら……」

提督「とりあえずこれ全部で! あとはまだ選んでるから、その間に例のブツをお願い!」

籠の中に大量に入っているのは、カツを模した駄菓子。『ソースカツ』と書かれている。
提督の『例のブツ』という単語に反応して、番台にいた老爺は店の奥に引っ込んだ。

山城「なにこれ……ハムカツみたいな見た目をしているけど」

提督「あれ? ご存知ない? そうだね、味もハムカツに近いかな。魚のすり身にカツみたいな衣をつけた駄菓子さ。ボクの中では定番アイテム」

老爺が店の奥に引っ込んでいる間に、提督は両手いっぱいに『ミルクケーキ』という名前の白い板状の駄菓子を抱えて運び、籠に入れた。

山城「ミルク……ケーキ? これもケーキの味がするの?」

提督「いや……こっちはケーキの味はしない。加糖練乳にカルシウムを加えて板状にしたお菓子だよ。
山形県発祥の駄菓子なんだけど、最近はコンビニなんかでも流通してるそうだね。ボクはこれを『神の食べ物』と呼んでいる。
古代メキシコ人は、チョコレートの原料であるカカオをテオブロマと呼んでいた。これは日本語で神の食べ物を意味する、それだけ重宝していたというわけさ。
でもボクにとってのテオブロマはこれなんだ。最近ストックを切らしていて、絶対ここで補充してから呉に行くと決めていたんだ」

今までにないぐらい饒舌にミルクケーキについて語り始める提督。提督が籠に入れていく袋の量に呆然とする山城。

提督「まあボクはチョコも好きなんで買っておくんだけどね」

立ち尽くす山城を尻目にスイ、と籠に入れたのは『業務用 麦チョコ』と書かれた大きな袋。

しばらくすると老爺が戻ってきた。戻ってくる頃には籠の中身が駄菓子で山積みになっていた。
老爺が持ってきたのは、提督の足先から胸元ほどの高さがある、とても長い麩菓子が十数本入った箱だった。

山城「ちょっと……それも全部買うの? 正気?」

提督「モチロンさ! これは日本一長い麩菓子で、95cmほどあるそうだよ。本当は埼玉県川越市の菓子屋横丁っていう商店街でしか手に入らないレアモノなんだ。
この店では裏ルートを経由して入荷してるらしいけどね」

山城(駄菓子の裏ルートってなによ……)

老爺「あ〜〜〜〜……全部でざっと三万円ぐらいかのぉ。会計するのがめんどくせえなあ……」

提督「うーん、いつもと違って今日は時間がないんだよね。とりあえず五万円出しとくよ。お釣りは次会う時に返してくれればいいや!」

老爺「ほほー、とっちゃん坊やも最近は忙しいのかい?」

提督「しばらくこの街を離れることになってね。また来るから、その時まで元気でいてね!」

老爺「カッカッカッ、小僧に労われるほど年老いてはないわい。しかし、そうか。なるほどなるほど。
そこの別嬪さんは嫁さんかの? こんなナリだが中々気骨のある若者じゃ、大事にしてやってくれよ」

老爺「いや、大事にするのはお前さんの方か。しっかりやれよ小童! 儂のように愛想尽かされたらイカンぞ!」

・・・・

提督「今なら山城に勝てる気がする……!」

菓子の詰まったリュックサック。リュックからはみ出た麩菓子は彼の身体を中心に、後光のように半円状に広がっている。
その物々しさは艤装を展開した時の山城にどことなく似ていた。

山城「何をバカなことを」
758 :【36/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 21:40:46.06 ID:2q5puXyB0
新幹線の車内。ハムスターのように無心で麩菓子を貪り続ける提督。

山城「飽きないんですか……?」

提督「飽きるぐらいならこんなに買わないよね。さすがに麩菓子でお腹いっぱいだから今日は晩ご飯要らなそうだけど」

山城(麩菓子でお腹が膨れるのは、私だったら嫌だわ……)

山城「そういえば、なぜ提督は異動になったんですか? 艦娘の皆にも慕われていたでしょうに。
四大将の評価だって高かったんでしょう。厳密には横須賀に配属されている提督じゃないのに作戦会議に招かれるぐらいですもの」

横須賀や呉などの大規模な鎮守府では、第一艦隊から第四艦隊までが常設されていて、四人の大将がそれぞれの指揮を執る。
これを四大将と呼び、各艦隊の大将が陣形や戦法など戦術レベルでの策を練るのに対し、
元帥は資材状況や艦隊全体の戦力を加味して戦略レベルでの作戦計画を立てるのであった。

提督「うん、良くしてもらってたよ。元帥も自分で命令出しておいて『本当は行かせたくない』とか言ってたぐらいだからなぁ。
それだけ大事に思ってくれてるのは、本当に嬉しいよ。でも、次の作戦は結構ヤバめなようだからね……」

山城「(そういえば横須賀では休んでばかりでほとんど作戦の話を聞いていなかったわね)作戦、ですか?」

提督「レイテ沖にて四段階の大規模作戦を行うといえばキミでも分かるだろう。レイテと言えば深海棲艦ひしめく地獄だよ?
あんなとこの攻略作戦を命じられるなんて本当おっかないよねぇ……って、キミもこれから戦いに行くことになるわけか」

レイテ沖海戦……第二次世界大戦において、日本海軍が壊滅的な被害を受けた戦い。神風特別攻撃隊による攻撃が行われるようになった初めての戦いでもある。
艦娘である山城と、かつてレイテ沖に沈んだ戦艦山城……直接の因果関係は無い。だが、それでも山城の胸中はざわつきが拭えなかった。

山城「そうですか。姉様が心配ですね……」

提督「たまにお姉ちゃんの話するけどさ、どんな人なのかな? 確か、名前は扶桑だったよね」

山城「ええ、扶桑姉様……直接の血縁は無いけれど、私にとっては実の姉に等しいわ。
お淑やかで思慮深く、美しくて気高く、どんな時も前向きで、いつも私のことを気にかけてくれて……はぁ。私なんかとは大違いだわ」

提督「別に比べて落ち込むことはないじゃないか。立派なお姉さんで憧れてるなら、その憧れに自分も近づいて行けば良いんじゃないかな」

山城「無理よ……私は他人に優しくなんて出来ないし、優しくしたところで気味悪がられるもの。私が動けばいつだって不幸が起こるのよ」

提督「いや……少なくともボクはキミと一緒にいて不幸だなんて思ったことは一度もない。確かにキミはびっくりするほど不幸体質だ。
廊下を歩けば落ちているバナナの皮を踏みつけて転ぶ。窓から景色を眺めていれば野球のボールが飛んでくる。魚を食べれば小骨が喉に刺さる」

提督(その起こった不幸の一つ一つに対する山城のリアクションがボクからしたらめっちゃ面白いんだけど、これ言ったら拗ねるからやめとこ……)

提督「考え方を変えてみてはどうかな? 山城が動くと不幸が起きるんじゃなくて、山城が周囲の不幸を吸収しているのだと。
キミが不幸をおっかぶるおかけで皆は無病息災に暮らせる。つまり、守護神なんだよ。キミの存在が皆を守ってる、だから、そのことを誇ったらいいんじゃない?」

山城「それもそれで癪だわ……どうして私が他人の不幸まで背負って生きなきゃならないのよ。
ま……あなたの言う通りかもしれないわね。私は不幸の化身なんだわ、私が不幸になることで、姉様の不幸を肩代わりすることが出来るなら……」

提督「卑屈になれって言ってるんじゃないの! もう! これでも食らえ! えいっ」

山城の口の中にミルクケーキを無理矢理ねじ込む提督。

山城「あがっ……(歯茎に当たって痛いんですが)。バリッ、なんですか急に……ボリボリ……」

提督「噛むという行為にはストレス解消の効果があるんだ。不幸そのものを取り除くことは出来なくても、気分を変えることは出来るじゃないのさ」

山城「ポリ……ポリ……(確かに、噛んでいたら不幸とかなんかどうでも良くなってきたわ)」

提督「山城さ、趣味とかないの? 仕事の無い日にやってることとかさ」

山城「特に無いわね……。姉様とお喋りしているぐらいかしら」

提督「ふーむ、わかったぞ! キミが横須賀に運ばれてきた理由が。ストレスを溜め込みやすいんだ。
周りに上手に発露する術を知らず、自分を責めたり境遇を呪ったり……それじゃあ倒れもするわけだ。
何か興味のあることとか無いかな? 本とか音楽とか、スポーツとかさ」

山城「えー……まったく。私、寝てたりボーッとしてるの結構好きだし、今の生活が続いていればそれでいいかしら」

提督「さっき不幸だって嘆いていたじゃんかキミさぁ〜! しかしこれは手厳しいなあ。取りつく島もないぞ……」

山城「私のことなんて別にどうでもいいでしょう? 気にかけるほどの理由はないように思えますが……」

提督「いいや、あるとも。ボクは人の役に立つために生きてる。お節介だとしてもボクはそれを生き甲斐にしてる。ボクは紳士になりたいんだ。
マナーや着飾りみたいな見てくれの部分じゃなく、精神的な意味でね。教養深くて篤実な人になりたいと思ってる」

提督「誰にでも優しいのは、甘い人だと思われるかもしれない。軟派で芯のない人だと思われるかもしれない。
でもボクは逆だと思う! 他人に優しく出来る心を持ってるってことが一番カッコいいのさ! これがボクの信条!」

右手でVサインを作りはにかむ提督。彼にとってはこれが最大限恰好をつけたポーズなようだ。

山城(……姉様は、自分の考えをあまり口に出したりしない人だけれど。彼は少し姉様と似てるところがあるのかもしれないわね)

提督「よし! 決めた。ボクは山城のことを幸せにしてみせる。もう不幸だなんて言わせないようにしてやるぞ、覚悟しててねっ」

山城「? はぁ……(一体どういうつもりなのかしら……なんだか妙に息巻いているけれど)」
759 :【37/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 22:22:12.02 ID:2q5puXyB0
呉鎮守府に着いた提督は山城と別れ、鎮守府内の客室に案内されていた。

提督(扶桑と会った時の山城、今まで聞いたことがないぐらい明るい声をしていたな〜。……それに、あの屈託のない笑顔。あんな表情もするんだなあ)

芯玄「わざわざ横須賀からご苦労。……んん?」

提督「初めまして、芯玄元帥。窓位です、横須賀より参上しました。……えと、これでも戸籍の上では成人ですよ?」

芯玄「あぁ……横須賀の元帥からの電文でお前さんの出生に関する話は聞き及んでるが……。いやなんでもない、気にせんでくれ」

提督(なんだろう、どこかで会ったことがあるような……初対面のはずなんだけど)

・・・・

窓位提督が横須賀から呉に送られてきた理由は、呉に着任して間もない芯玄元帥を補佐するためだった。
芯玄元帥は窓位提督に作戦の草案を打ち明け、意見を求めた。

芯玄「困難だが……この作戦で引き分けにまでなら持ち込めると踏んでいる。だがそれではジリ貧だ、次の戦いがもっと厳しくなる。
勝つためにはもう一手必要だ。そのために、横須賀で元帥や四大将にも評価されているというお前の知恵を借りたい。考えを聞かせてくれないか」

提督「あー……いや、その、期待してもらってて申し訳ないんですが。ボク、すごく小規模な作戦での立案とかしかやったことないんですよ。
横須賀では正式な提督ではなかったので、艦隊を直接指揮する権限とかなくって。正直のところ今の元帥の策よりも優れた案は浮かびません」

提督「ボクの仕事は専ら内政担当でして。鎮守府内でのトラブルの調停役とか、装備管理とか、そういう業務をメインにやっていたんですよ。
あとは、鎮守府内の清掃に洗濯、食事当番などの雑用全般ですね。裏方のことばかりやってたせいで、あんまり作戦とか自信ないです……」

提督「あ。でも! でもでも! そういう部分でならバッチリお役に立ってみせますよ! サポートなら任せてください!」

芯玄(これは予想外だな。結局のところ、やはり作戦はオレが考えるしかないというわけか……しかし、折角来てもらったからにはそっち方面で働いてもらおう)

・・・・

窓位提督と別れた後、朝潮と廊下を歩いている芯玄元帥。

朝潮「どうでしたか? 窓位少佐……でしたっけ。だいぶ話が弾んでおられたようですが」

芯玄「横須賀では裏方に徹していたらしく、作戦指揮なんかはからっきしらしい。だが……やはり評価されているだけはある。
執務室に戻ったら詳しい説明をするが、装備流用システムや艦隊編成のプリセットなどの導入を提案してきた」

朝潮「装備流用……? プリセット……?」

芯玄「前者は……そうだな。たとえば朝潮が12.7cm連装砲を装備していたとする。これを別の艦娘に装備させることとなった。
従来ならまず朝潮から装備を外させ、また別の艦娘に装備させる。だがこれでは少々手間だ。
朝潮から装備を外したと同時に別の艦娘に装備させる、これが可能らしい」

芯玄「後者は……出撃の際に、港に隣接した基地から加速器に乗って出撃するだろ?
(あいつは『ロボットアニメみたいに台座に乗って飛び出すやつ』とかよく分からん表現をしてたが……)
あれは艦娘一人一人に合わせて調整が必要で、編成を変えるたび一回一回設定し直さなきゃならねえ。
けど、機械に編成情報を予め記録しておけば、記録済みの編成はすぐに出撃可能になる……だってよ」

朝潮「なるほど……しかし、実現可能なのですか?」

芯玄「装備の件は『誰々から誰々に装備を付け替える』と、妖精向きにマニュアルを用意してやれば意図を汲んでその通りにしてくれるらしい。
艦隊編成プリセットの件も設備のプログラムを書き換えればすぐに出来るそうだ(プリセット数には限りがあるそうだが……)。
どちらも直接作戦の役には立たないが、導入コストが低く有用性の高い案だったんで採用することにした」

朝潮「だから途中からあれだけ話が盛り上がっていたのですね。司令官の話に窓位さんがうんうんと頷いて、司令官もまた彼の話を吟味していて。
その……親子のような打ち解けた様子でしたので羨ましいなと」

芯玄「親子だとォ? あのなあ……見た目で言えばオレとお前だってそう見えるって話だろ?」

朝潮「いえ、私と司令官は夫婦でしょう。並んで歩くのと背中を追うのは違いますから……あっ。そういう意味では子弟と言った方が近かったですね」

芯玄(子弟っていうか……オレ的には先輩として後輩の話を聞いてた感覚なんだけどな。ま……朝潮から見てそういう風に感じられるのも仕方ないかもな。
うちの四大将はオレと距離置いてるかオレのこと嫌ってるかでほとんど打ち解けた態度で話出来ねえからな……)

芯玄(そういやあいつ確か前元帥の息子……だったか。横須賀がこっちに窓位少佐を寄越して来たのは、そこら辺の政治的な部分も汲んでくれたのかね。
四大将はオレに対しては疑念を向けてるが、前元帥に対しては尊敬してる様子だったしな……)

朝潮「でも……子供、ですか。良いですね。司令官もそう思いませんか?」

芯玄「え? なんだって? 悪いな、考え事しててよく聞こえなかったぜ」

朝潮「いえ、なんでもありません。ふふっ」

芯玄「そうか。さて……仕事するぜ、仕事!」

パンと両手で頬を強めに叩き、気合を入れる芯玄元帥。傍らで朝潮は微笑んでいた。

・・・・

元帥との会談の翌朝、窓位提督は自室周辺の清掃作業に取り掛かっていた。

提督(うーん……あんまり掃除が行き届いてないのかなあ。窓や床がちょっと汚れてるぞ。でも、それはそれで綺麗にしがいがあるかな!)
760 :【38/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 22:35:41.86 ID:2q5puXyB0
提督「てってけてってってってー♪ てけてけてけてってってー♪(♪母港のテーマ)」

??「ぴっぴぴぴっぴっぴっぴー♪ ぴぴピピピピぴっぴっぴー♪ ……ぴぴぴーぴぴぴーぴぴぴー♪」

提督「てれれーてれれーてれれー♪ のわっ」

廊下を雑巾がけしていた窓位提督は、彼に呼応して口笛を吹いていた和服の男性にぶつかる。

??「うわっ、びっくりした。おや……ずいぶんボーイッシュな艦娘もいるんだね」

男はしゃがみ込んで窓位提督に目線を合わせて、優しく語りかける。

提督「いや……ボク提督ですよ。階級は少佐で……これ身分証です。特注サイズではありますが、きちんと海軍の制服も着てますよ」

乙川「おっと……これは失礼した。僕は乙川 奏(オトカワ カナデ)。柱島泊地の提督さ。ここの元帥殿にお呼ばれして来てんだ」

提督「立場上提督ではあるものの、着任先が決まっていないので、今はこの鎮守府で補佐役をすることになってるんです」

乙川「窓位っていうと……ひょっとして聖さんのお子さんか。その体型にも合点がいった。君の話は聞いたことがある」

ポンと手を打ってひとりごつ乙川提督。

乙川「ふんふん……なるほどね。そうか、そいつはすまないね。本来は君が柱島に着任するはずの提督だったというわけか。恨めしかったらすまない」

提督「いえ……恨みなんてとんでもない。むしろ尊敬していますよ。新米のボクでは乙川少将……じゃない、昇進して中将になったんでしたっけ。
あなたのように深海棲艦を迎え撃つことは出来なかったでしょう。それに、おかげでボクも横須賀で色々な経験と研鑽が積めましたから」

乙川「ま〜、対深海棲艦の件は……聖前元帥におんぶに抱っこでようやく撃退できたって感じかな。もちろん柱島も頑張ったけどね。
でも、それは僕に付き従ってくれてる艦娘が力を尽くしてくれたってだけで、僕自身はそれほど大したことはしていない。
提督がサボっていても艦娘が優秀だから勝手にまとまってくれる、これが柱島スタイルさ」

提督「おぉーなんかスゴイ……! 勉強になります」

乙川「ふっふっふっ、殊勝な心がけだね。やれ統率力だリーダーシップだなんて言われるけどね。
リーダーなんて居なくても事が円滑に回る組織になってしまえばこっちのもんなのだよ」

瑞鳳「こら! 後輩に変なこと吹き込まないの! 提督は少しはここの大将や元帥を見習ったらどうですか! 放任主義が過ぎるんですよ!」

乙川中将の着物の帯を引っ張り無理矢理運んでいくのは、彼の秘書艦である瑞鳳。

瑞鳳「それに……これから芯玄元帥に会うのにまた制服脱いで!
呉の元帥と柱島の中将じゃ、本来なら話せる機会だって滅多にないんですからね! それだけ大事な作戦会議なのに……」

乙川「芯玄サンとは前回の会議の後友達になったから大丈夫だよ。なんか意気投合しちゃってさ。
『お前はオレのことを知らないかもしれないが、オレはお前のことを友達だと思って接してる』とか謎に気に入られてたし大丈夫じゃない?」

瑞鳳「ダーメーでーすー! 仮に元帥は許してくれたとしても、他の大将の人たちの目もあるんですから!」

乙川「ぐえぇー……ま、アレだ。自分のスタイルを貫きつつ、艦娘を活かせる方法を考えるといいよ。
無理して頑張ってもしょうがない。けど周りにエゴを押しつけちゃダメだ。そんな感じで……痛いってば、歩けるから引きずらないでー」

瑞鳳に引きずられて退場していく乙川中将。

・・・・

『作戦指揮の経験が少なくてどういう風に考えたらいいか分からない? ……そうだなあ、やっぱり実際の戦闘を見てみるのが一番じゃないかな。
今度柱島対呉で演習をやるんだ。“僕ならこういう風にやる”っていうのが見れると思うし、参考にしてみたら?』

乙川中将が会議を終えた後、彼のアドバイスを受けた窓位提督。数日後、彼はミルクケーキを齧りながら演習海域の映像を見ていた。

提督「呉の大将と乙川中将とだと、どっちを応援していいのか分からないな……って! スポーツ観戦じゃないんだからそんな視点で見てちゃダメだね。分析分析!」

提督「呉側の艦隊は六隻なのに対して柱島の艦隊は四隻……どういうことだろう。
呉の方は山城に巡洋艦の利根・筑摩・五十鈴といった重めの編成で固めているのに対し、あっちは駆逐艦だけ……?」

・・・・

山城(姉様と同じ艦隊に配属されなかったのは残念だけれど、久しぶりの戦闘……! 腕が鳴るわ!)

利根「げげ……久方ぶりの演習と聞いて昂ぶっておったのに、ま〜たあの柱島の連中か。あやつら、敵に回すとなかなか手厳しいからのう。厄介な相手じゃ」

五十鈴「あら、猪武者の利根にそうまで言わしめるなんて結構強敵みたいね。見たところ旗艦の秋月って駆逐艦以外は二軍みたいだけど」

利根「二軍かどうかはあまり関係ないのじゃ。柱島のらくら提督の配下の艦娘はみな警戒してかからなければならん。……山城? どうして笑っておるんじゃ」

山城「ふ……強敵そうで何よりじゃない。最近出撃の機会が無くってだいぶフラストレーションが溜まっていたの。ここで爆発させてもらおうと思ってね!」

五十鈴(普段は陰気なのに、戦闘の時だけ生き生きしてるわよね……。ま、戦闘の時に気合が入るのは私や利根も同じことだけど!)

山城「水上機を発艦させます! 爆撃機は敵駆逐艦を狙って!」

秋月「敵の爆撃機が接近しています。司令、作戦命令はありますか?」 無線越しに乙川中将と通信する秋月

乙川「えっと……あのいかめしい戦艦は夜戦まで放置しとこう、あれだけ見るからに殺気が違うからね。あとはお任せで」
761 :【39/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 22:54:46.41 ID:2q5puXyB0
秋月「対空射撃用意! 徹底的に撃ち落とします!」

山城(あれだけ放った爆撃機がほとんど迎撃されてしまうなんて……駆逐艦の集まりにしてはやるじゃない)

利根「提督からの指示通り、このまま砲撃戦に移行するぞ!」

五十鈴「いや、まだよ。敵艦隊に潜水艦がいるわ。位置は捉えた……そこよッ!」

五十鈴が爆雷を放り投げると、水柱が吹き上がる。浮上し、白旗を振っている潜水艦伊26。五十鈴の放った爆雷が大破の損害を与えたようだ。

五十鈴「フフン、どうかしら? 夜戦で撃ち合うだけが軽巡洋艦じゃないわ! 対空も対潜も五十鈴にお任せっ!」

・・・・

伊26「うぅ……何にも出来ずにやられたー! 秋月ちゃんごめ〜ん!」

秋月「いいえ、敵のこの攻撃も想定済みです。ニムさんは役に立ってくれました」

伊19(ニムちゃんの仇はイクが討つの! 倍返しなの〜!)

伊19の放った雷撃が猛然と五十鈴へ向かっていく。炸裂音とともに炎に包まれる五十鈴。

五十鈴「きゃああッ!? ッ……! 敵の潜水艦が二隻いるのは分かっていた、けど、もう一隻もこんな近くにいたなんて……不覚だわ」

五十鈴「……大破しました。戦線から離脱します……悔しいわ」

白旗を掲げて撤退していく五十鈴。

山城「調子こいてるからそうなるのよ」

利根「毒づいとる場合か! 対潜警戒じゃ! 敵潜水艦を野放しにしておくわけにはいかん」

伊19(えへへ、良い気味なのね。ざま〜みろなの〜♪)

山城「(チッ……せっかく気持ちよく蹂躙できる砲撃戦の機会なのに……)潜水艦の相手はあなたたちがやりなさい。私は水上艦を叩くわ」

利根「こらっ! 隊列を崩すでない! 旗艦は我輩じゃぞ!? ぐぬぬ……提督から出過ぎぬよう言われておるというのに……」

利根(小規模な水雷戦隊の前に戦艦が迫ってくる。敵からすれば脅威でしかない……普通の相手なら、相手がただの弱卒の群れなら恐らく山城の突出は正解じゃ。
じゃが……正攻法が通じるような相手ではない。提督からの次の指示を仰がねばな)

・・・・

棒状のこんにゃくゼリー(弾力に富むゲル状の駄菓子)をチュルチュルと吸いながら、食い入るように映像を見つめる窓位提督。

提督「山城が前進したのも含めて作戦なのかな? にしては他の艦娘と足並みが揃ってないように見えるけれど。
柱島艦隊の方は山城を避けるように後退しつつ二手に分かれている……か」

提督(柱島の艦隊の奇妙な点は、さっきから一度も提督である乙川中将と連絡を取っていないところだ。全部艦娘同士のアイコンタクトや身振りで動いてる。
提督からの指示が無くて戦えるのかな……? しかし、そうだとしても駆逐艦の集まりが戦艦を含む巡洋艦主体の艦隊をどうやって切り抜ける?)

・・・・

伊19「いたた……夜戦まで耐えられなかったのね……」

春雨「イクさん! ご苦労様です。あとは私たちが!」

秋月(こちらの被害は潜水艦二隻が大破して戦線離脱、駆逐艦が二隻中破。残る私と春雨は無傷。
敵は軽巡と駆逐艦が一隻ずつ撤退、残りが小破した駆逐艦が一隻、無傷の戦艦一隻に航巡二隻か……いける!)

筑摩「日没に乗じて敵駆逐隊が接近してきます。警戒しつつ迎撃します!
(駆逐艦といえど夜戦なら十分脅威足りえるわ。艦が四隻も残っているのならなおさら! 姉さんを守らなくては)」

利根(雷撃戦でこちらが二隻大破したのは痛いのう。この状態で夜戦になればこちらも敵も無事では済まん……だが、勝つのは我輩たちじゃ)

山城「この私が……砲撃戦で駆逐艦を二隻中破……。その程度の戦果しか上げられなかったというの……? 許せないわ……!」

初月「秋月……なんかあの戦艦、よく分からない理由で殺気立ってないか?」

・・・・

提督(山城、人格変わってない……? 戦いの時だけああいう風になるタイプなの?)

提督「さておき……柱島の艦娘たちが呉艦隊めがけてぐぐっと距離を詰めてきた。いよいよ夜戦だね!
砲撃戦の限りでは呉が押しているように見えたけど、雷撃戦で一気に柱島がイーブンの状況へ持ち込んだ! どうなる……?」

提督「……ん? なにやら音が聴こえてきたな……。戦場で音楽が流れている……?」

・・・・

窓位提督が呉鎮守府の通信室から演習の様子を眺めている同時刻、柱島泊地の執務室。

乙川「よし、準備オッケー。いつもの演ろうか。今日の一曲目は、かの有名な“ワルキューレの騎行”から行ってみようかなと。ワーグナー作曲のやつね」

瑞鳳「うーん。ワルキューレの騎行は夜戦っていうより航空戦って感じしないかなあ? 『全機爆装! 準備出来次第発艦!』って感じしない?」
762 :【40/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/30(火) 23:21:35.41 ID:2q5puXyB0
乙川「言われてみたらそんな気がしてきたけど……気分? 結構お気に入りの曲なんだよね。あと折角大鳳が頑張って練習してた曲だからね」

大鳳「うぇ!? 見られてたんですか……? 恥ずかしい……」

瑞鳳「たぶん鎮守府中の皆が知ってると思うけど……って、大鳳? 緊張してるの?」

大鳳「はい。人前で演奏するの慣れてなくて……。皆さんの足を引っ張ってしまわないか心配です……」

フルートを両手で握りながら、小刻みに震えている大鳳。ガチガチに緊張しているようだ。

乙川「ははは。大丈夫大丈夫、肩の力を抜いて。あれだけ練習してたじゃないの、基本はしっかり出来てるから心配要らないさ。それに!」

大鳳の頭をぽんぽんと優しく撫でる乙川中将。

乙川「音を楽しむと書いて音楽と読む。まずは自分が楽しむことさ、大鳳が楽しい気持ちで演奏することが大事なんだ。
もっと上達すれば、人のことを気遣えるようになる。でもそれは自分を殺して他人に合わせるんじゃない、他人と楽しさを分かち合えるってこと!」

乙川「大鳳の思うがままにやってごらん? ミスっても関係ない、ミスした恥ずかしさよりも楽しんでやればいいんだ。それが第一歩」

瑞鳳「……良いことを言ってることは分かる。大鳳のためを想って提督が言っているのも分かるわ。
で・も! お触りは禁止です! さりげなくボディタッチしようとするのもダメ!」

乙川中将の腕の根元をガッと掴んで大鳳の頭から離させる瑞鳳。

乙川「最近瑞鳳手厳しいなー! これぐらいは自然なやり取りでしょうに。嫉妬してるのかな?」

瑞鳳「もう! ふざけてばっかりいると伴奏弾いてあげませんよ!」

乙川「拗ねてるところも可愛いけど機嫌直して欲しいなー」 ぷにぷにと瑞鳳の頬をつつく

瑞鶴「あの……いつになったら始めるんですか?」

チェロを持った瑞鶴が呆れた様子で二人に投げかける。

乙川「よし! とりあえず始めよう! 行こうか!」

急いでピアノの前に座る瑞鳳。

瑞鳳「まだ許したわけじゃないんだけど!? もう……しょうがない!」

・・・・

秋月が艤装を展開すると、スピーカーから乙川中将たちが奏でる勇壮な音楽が流れ始める。

秋月「さあ……始めましょう! 夜戦開始です!」

山城「なんなのあれ? オーディオオタク?」

利根「山城、あれを侮ってはいかん……艦娘の強さは、精神に依るところがある。あやつらはあれで戦意を高揚させてこちらに向かって来るのじゃ!」

秋月「肉薄します! 演習と言えど容赦はしません……お覚悟をッ!」

筑摩「姉さんっ! 危ない……!」

利根を庇って負傷する筑摩。

筑摩「ッ……! 姉さん、あとは……ッ」 あばらを抑えて撤退していく

利根(こうなった時点で敵を全て倒すことは困難か……。残ったのは吾輩と山城、駆逐艦の満潮の三隻……心許ないのう)

利根「筑摩! 任しておけッ!」

春雨「やらせはしません! 秋月さん、ここは私がッ!」

利根の放つ雷撃から秋月を守る春雨。なおも中破で持ちこたえている。

利根「クッ……直撃させることが出来なかった! 耐えられたかッ!」

山城「ふっふっふっふっふっふっふっふっ……ハッ。ハッ……ええと、艦娘の強さは精神に依る、だったかしら?」

妖しい笑みを浮かべる山城。その不気味さに、敵も味方も思わず後ずさりをしてしまう。

山城「あなたたち、もう下がっていて良いわ。あとは私は一人で十分。今宵は悪夢を見せてあげる」

艤装の主砲を全方位に向け、次々に撃ち放ちつつ跳躍し身を捻じりながら敵の駆逐艦めがけ突進していく。

満潮「あぁ……せっかくの演習なのに……。ああなってしまってはもう作戦も何も意味を成さないわ。逃げるわよ!」

利根「逃げるじゃと!? 敵を眼前にして逃げろというのか?」

満潮「私、前に山城の居る隊に組まれたことあるんだけど。ああなったらもう敵味方の区別がつかないバーサーカーよ。流れ弾を食らう前に退くしかないわ」

旗艦の秋月に割って入る駆逐艦を殴り飛ばしながら突進していく山城。さすがの利根も血の気が引いた。

利根(吾輩、勇猛果敢を自負してこれまで戦ってきたが……ああいう本物の化け物にはなれんな。満潮の言う通り大人しく撤退するか……)
763 :【41/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/08/31(水) 00:00:57.20 ID:Z8oWbKG20
コンコン、と扉を叩く音。ノックの主は窓位提督だった。

提督「ボクだよ山城。開けて」

山城「姉様以外の声は今聞きたくない気分なの……帰ってくれるかしら」

提督「そういうわけにもいかない。ボクはまたキミ専属の提督になったんだ。上官の命令ならさすがに開けざるを得ないでしょ?」

・・・・

ひとしきり山城の口から零れる愚痴を聞き終えた窓位提督。部屋に招かれてから一時間。ようやく彼は相槌以外の言葉を発した。

提督「いやね、分かるよ。久しぶりの戦闘で張り切りすぎちゃったんだろう? 敵が強ければ強いほど燃えるタイプなのかもしれない、キミは。
実戦だったらあれでも結果的に勝ちは勝ちだろうし、許されるのかもしれない。でもさ……演習じゃないか。作戦とか連携とかさ……あるじゃん」

呉と柱島の演習の結果は、呉艦隊の勝利に終わった。だが、それは山城の暴走によってもたらされた勝利だった。
帰投後、山城は直轄の大将から大目玉を食らい謹慎処分を受けていた。その間、窓位提督が彼女の監視役を任されることとなった。

提督「命令を聞かなかったり、味方の負傷さえ厭わない戦い方をしたのはよくないよね。そのことは大将に怒られて反省していると思うからボクは言わない。
けど、もっとボクはキミに気づいて欲しいことがある。あんな戦い方をしていては、いつかキミは命を落とすことになる」

提督「キミはひょっとしたらそれでもいいと思って戦ってるかもしれない。けど、ボクはキミが轟沈したら涙を流す。きっと。
涙を流して帰ってくるはずもないキミを待ち続ける。そして恐らく……キミのお姉さんである扶桑はボクと同じか、それ以上に悲しむだろうね」

扶桑の名を出した瞬間に、不満と憤りに満ちていた山城の顔つきが悲愴を含んだ苦々しい表情に変わっていく。

山城「……私は最低だわ。武人としても人としても底辺のイモムシだわ……いや、イモムシにも失礼ね……」

提督「いやいやいやいや! 落ち込めって言ってるわけじゃないでしょ?」 慌ててフォローする

山城「そうは言われても……。でも、そうね……姉様に、申し訳が立たないわね。自分を省みない戦いをして謹慎処分だなんて、姉様に申し訳ないわ」

提督「ボクは? まあいいや。けど、ほんとにお姉ちゃんのこと好きなんだね。並々ならぬ情念を感じるというか……」

山城「……。姉様は……私以上に不幸な目に遭って生きてきた。けど、それでも気持ちが折れることなく前を向いている。
早々にこの世の全てを諦めた私とは違う。挫折を受け入れた私とは違う。そんな弱い、私みたいな腑抜け相手にも明るく接してくれている」

山城「姉様みたいな人が幸せに生きれない世の中なんて間違ってるわ。私が不幸な目に遭うのは構わない。
私は確かにいつだって後ろ向きで、ドジで、のろまで、性格だって悪いから、業を背負ったって仕方ない。……けど姉様は違うはずよ」

山城「姉様は…………ぐすっ」

鼻声になる山城。提督は、二人の間にある関係を知らなかった。だから、触れてしまった。彼女の持つ逆鱗に。触れてはならない心の琴線に。

提督「山城は……扶桑のことを心から愛しているんだね。それは、恋人同士がお互いを慕う気持ちであり、親子がお互いを想うような絆でもあり……。
いや、それ以上に深い気持ちを抱いているのかな。本当に大切に思っているんだね。なんだか妬けちゃうな……」

はにかむ提督の顔。その顔が彼女の視界に入った時、山城は提督の体を押し倒していた。

山城「やめなさい……私と姉様の領域に入ってこようとしないで……! あなたは人付き合いが得意で、他人の気持ちが人一倍分かるのかもしれない。
なればこそ! 私のことは放っておいて。これは警告よ……私は必ずあなたを不幸にする。これ以上私のことを詮索しようとするな……!」

山城の形相に、提督は生まれて初めての恐怖を感じた。それは演習で見た山城の姿よりも数段恐ろしいものだった。
今にも自分の心の臓を締め上げられんばかりの憎しみが、押し倒してきた彼女の手を通じて伝わってくる。
目の前の存在が放つ猛烈な敵意に、提督の脳は全身に向けて警鐘を鳴らす。

提督(『なんで?』とか『どうして?』とか、そういう感情すらすっ飛ばして、今すぐにこの場から逃げ出してしまいたい。そう思っている自分がいる。
事実、とてつもなく恐ろしい。彼女が殺気立つ理由さえもどうでもよくなるぐらいに、ボクは今恐怖を感じている)

山城「……分かったでしょう? 私が動けばいつだって不幸が起こる。身に染みたでしょう?」

蛇に睨まれた蛙が取るべき行動は二つに一つ。逃げるか、諦めるか。その二つ。提督の首筋に山城の両手が伸びる。
艦娘は、提督に危害を加えることができない。そういうふうに出来ているはずだった。
だが、窓位提督は山城の正式な提督ではない。山城もまた彼の直属の配下ではない。
しかし仮に……窓位提督が本当に彼女の提督だったとしても。そうだったとしても山城のこの行動は変わらなかったのかもしれない。

山城の手が、提督の首筋に触れる。迷いのない確かな意志が、首の皮膚から感じられる。
提督の皮膚は大部分が合成樹脂で出来ているため、触覚や痛覚などはほとんど感じられないはずだった。
それでもこの時ばかりは「山城に首を絞められているのだ」と、視覚ではなく体で感じ取っていた。

提督「最後に、意識のなくなる前に……一言。言わせて欲しいな……」

提督は、山城が首を捻り潰したところで微塵も痛みは感じない。呼吸ができない苦しみを味わうだけだ。
だが、痛みはなくとも、まだ脳に酸素が行き届いていて苦しみの少ない状態だったとしても、恐怖は感じる。背筋が凍るほどの恐怖は感じている。
それでも、勇気と吐息と振り絞って声を発する。目から不意に止まらなくなった涙をぽろぽろと零しながら、言葉を紡ぐ。

提督「ボクは……山城と、お姉さんとの間に、何があったのかは分からない……。出会った経緯も、山城が怒る理由も、分からない……けど」

提督「ボクは……。山城のことが、好きだよ。殺されても……いいよ……。殺しても……いいんだ……。
ボクは、それでも……不幸だとは、思わない……。後悔は、ない……」

彼が最後に選んだのは、諦めることだった。自分の運命を受け入れることにした。
恐怖に怯えていた表情は晴れて、無意識のうちに微笑みを浮かべていた。そして彼の瞳には何も映らなくなった。
764 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/08/31(水) 00:02:57.35 ID:Z8oWbKG20
どこで切ろうかわりと悩んだんですがいったんここで中断します。残りは明日投稿します。
え……って感じですが。
765 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/09/01(木) 19:59:30.61 ID:tre1gbsN0
本日20時より次の章の安価開始と予告していたので、予定通り行ってしまいます。

ん? まだ今回分の章が完結していない? はい。
そもそも昨日投下するはずじゃなかったのか? はい、ゴメンナサイ。
昨晩急用が入ってしまいまして……。風呂入ってる間に会社の上司から7件不在着信が来ていて……とても投稿作業をやれるような状況にありませんでした(泣)。

今日は大丈夫(だと思うので)、本日投下しきってしまうつもりですが先に安価を募集しようと思います。
現行章の完結前に次の章の安価を行うという、ちょっと変則的な形になってしまい申し訳ありませんが……。



/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:>>669->>671

>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
766 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/01(木) 20:23:05.64 ID:pcLzRdIWO
秋月
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/01(木) 20:24:36.27 ID:LDsHYK57O
阿武隈
768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/01(木) 20:25:41.14 ID:Iy/EL4b3O
吹雪
769 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/01(木) 20:26:19.39 ID:XyEXNlJ1O
舞風
770 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/01(木) 20:26:47.26 ID:w8aaq/ehO
五月雨
771 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/09/01(木) 21:59:39.29 ID:tre1gbsN0
>>766より秋月が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。

[提督ステータス]
勇気:64(度胸あり)
知性:27(やや低い)
魅力:14(低い)
仁徳:39(あるとは言えない)
幸運:26(やや不運)

……とりあえず何某かのコメントは今回の章の投下分が終わってからにします。
772 :【42/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/01(木) 22:48:24.59 ID:tre1gbsN0
淡い色彩の花束をそっと窓位提督が眠るベッドの隣に置いて医務室を去る山城。部屋を出ると扶桑が待っていた。

扶桑「今は眠っているけれど、もう意識を取り戻したそうよ」

山城「そうですか……良かった……」

扶桑「どうしてあんなことをしたの? 私は彼のことをほとんど知らないわ。けれど、山城と一緒に居たあの人はとても幸せそうだった。
山城だってそうだったはずよね。あなただって、こんなことはしたくなかったはずよね……?」

敬愛する姉から向けられる疑念。山城は扶桑の問いかけに答えられるはずもなかった。自分でもなぜあんなことをしたのか分からない。
扶桑の話をされて、自分が抱いている感情を見透かされたようでひどく動揺した。いてもたってもいられなくなって、気がついたらこうなっていた。
扶桑を納得させることの出来るような理由が山城には見つからなかった。それでも扶桑は彼女の無言を許さない。

扶桑「ここでは話しづらいでしょう。私の部屋に来てもらえるかしら」

・・・・

雑然と物が散らかった山城の部屋とは違い、扶桑の部屋は隅々まで入念に掃除されているようだった。畳のある和室で、い草の匂いがほのかに香る。

扶桑とこうして一対一で話すことは少なくなかった。だが、扶桑からこうして畏まった態度を取られるのは山城にとって初めてのことだった。
机を挟んで向き合う二人。山城は見るからに心に余裕がなく、憔悴しきった様子だった。泣き腫らした赤い目。

山城「決して彼が憎かったわけではないんです……。むしろ……私みたいなのを気にかけてくれていて、感謝しています……。
だから、自分でもどうしてあんなことをしたのか分からなくて。気が動転していて……姉様の話を出された時、自分の中で何かが抑えきれなくなって……」

途切れ途切れに不器用な言葉を吐いていく山城。山城からすれば自分なりの言葉を一つ一つ伝えているつもりだったが、扶桑にとっては容量を得ない返答に感じられた。

扶桑「……山城。私と最初に出会った時のことを覚えているかしら。あなたはつっけんどんの跳ねっかえり娘で、とてもささくれていたわよね。
人から向けられた好意を素直に受け入られないどころか、好意を向けられれば向けられるほど心を閉ざしてしまうような難儀な子だったわよね」

扶桑「でも、『私の妹になりたい』と申し出てからのあなたは……少なくとも私の前でのあなたは、優しくて心の温かい子。どうして私に接するように彼と向き合えないの?」

山城「ごめんなさい。分かりません……。けれど、彼と姉様は違います……うまく言えないけれど、違う。姉様に命を助けてもらったご恩で……今の私がいるんです。
身を呈して守ってもらっていなければ私は海の底に沈んでいた。あの姿を見て姉様みたいになりたいと、心からそう思った。けれど……なれなかった……」

山城「未だに心は弱いままで、身近にいる大切な人さえも傷つけてしまう。姉様に近づけば、姉様の妹になれば、自分の中で何かを変えられると信じていた。
少なくとも最初はそうだった。けれど……何も変えられなかった。深みにはまるように姉様に依存していくだけだった。……」

突っ伏して握り拳を机の上に小さく振り下ろす。歯ぎしりながら言葉を続ける。

山城「私は……ッ! 山城は。扶桑姉様のことをお慕いしておりました。そして今も……。私の世界は……気づけば姉様だけになっていたんです」

伏せていた顔を上げて扶桑を見つめる山城。その視界は涙で歪んでいて、目の前の扶桑でさえも遥か遠くの蜃気楼のように見えた。

山城「女が女に惚れるなど……道理に反しているのでしょう。気色悪いと思うでしょう。なおも……私は姉様への感情を殺しきれなかった……!」

山城は、兼ねてから同性愛に対する侮蔑を抱いていた。だがそれは、そう思うことで自分自身を抑圧して律するためだった。

山城「本当のことを言ったら、扶桑姉様に嫌われてしまうから! ……隠し通したかった。誰にも知られたくなかった」

扶桑(こうなったのは、私の責任でもあるのかもしれないわね。山城の心に抱えた孤独の深さに気づいてあげられなかったから……)

山城「彼は優しいから……つい気を許してしまったの。それで、姉様のことを話しすぎてしまったのだわ。
私が姉様を愛していたことも、私が持つ残虐な一面も、隠していたことは全て知られてしまった。彼には私の醜い本性など、知られたくはなかった」

山城「でも知られてしまった。軽蔑されると思った……きっと見放されると思ったから。……そうなる前に、無かったことにしたかった」

山城「提督も姉様も、人として出来すぎているから……私は、本当の自分を隠していないと傍にいることも出来なかった。
たとえそれが自分を偽った姿だったとしても幸せでいられた! でももう……おしまいだわ。提督とも……姉様とも……!」

扶桑「山城。たしかにあなたの告白には驚いたわ。今まで気づいてあげられなくてごめんなさい。辛かったわよね」

扶桑「私は同性を好きになったことがないから、あなたのことを恋愛的な意味で好きになるためには少し時間を要するかもしれないわ。

扶桑「けれど、山城が私を愛してくれるというのなら……私も愛情で返したいと思います」

山城「姉様……うそ……!?」

扶桑「よく聞いて山城……あなたは一つ勘違いしている。人が人を愛する、そのことに性別なんて関係ないの」

扶桑「窓位提督と話したことはわずかだけれど、彼だって、山城が私を好いていることを知ったぐらいで態度を変えるような人じゃないわ。
山城が自分のことを間違っていると思い込んでいるだけ。彼に嫌われてしまうと思い込んでいるだけだわ」

扶桑「あなたはもっと視野を広く持ちなさい。傷つくことが怖いのは私も一緒。恥をかくことが怖いのは私だって一緒。私も愚痴や不満を言いたくなることもあるわ。
でも、周りの人たちが支えてくれるから。落ち込んでいても仕方ないって、私なりに頑張ろうって思えるの」

山城「姉様……私は、どうすれば……。山城は……」

扶桑に自分の愛情が好意的に受け入れられた喜び、窓位提督を傷つけてしまった罪悪感、自分の惨めさへの自戒と自嘲。
様々な種類の心情が綯交ぜになり混乱し、山城は不意に涙を零していた。彼女に身を寄せて優しく抱きとめ、なだめる扶桑。

扶桑「あなたを支えてくれる人の存在に気づきなさい。身近にいる人の大切さに気づきなさい」

扶桑「今は気が済むまで泣いていいわ。でも……落ち着いたら。再び前を向こうという気持ちが戻ったら、彼に会って話をするのよ。出来るわよね?」
773 :【43/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/01(木) 23:17:19.41 ID:tre1gbsN0
呉鎮守府の医務室。大将や元帥らが見舞いに来てくれたようで、菓子類がベッド周りに積み上げられている。
窓位提督はその量からして三日ほど寝込んでいたのだろうと推測した。

戸が開く。のそ……と重い足取り。その最初の一歩で誰か分かった提督は、にこりと笑みを浮かべた。

山城「……ごめんなさい。謝って許されるようなことじゃないのは、分かっているけれど。償いきれないことだとは、分かっているけれど」

提督の横たえるベッド近くの窓から、低気圧が過ぎ去った後の晩夏の風が流れ込む。
白いカーテンが風にそよいでいる。窓から入る日差しの烈しさも少しずつ和らいできたようだった。

提督「許すよ。後悔ないって言ったでしょ。償いなんていらないさ。山城がいつも通りに笑っていてくれれば、それでいい」

山城「どうして……? あなたの命を絶とうとしたのよ? 許されるようなことじゃないわ」

提督「許すさ。謝られるほどのことじゃないんだよ。山城が触れられたくない痛みに、無神経にもボクは触れてしまった。だからキミから制裁を受けた。これでおあいこ」

山城「あなたに落ち度なんてないわ。……そう、私は、姉様のことを愛している。あなたの言う通りだった。けれど私は、同姓を好きになるなんて異常だって考えていたの。
男の人を好きにならなければいけないものだと思っていたから。それが当たり前だと信じて疑わなかった。自分の頭がおかしくなったんだと感じて気持ちを抑えてきた」

山城「でも……あなたに指摘された時。押し殺してきたはずの想いを目の前に突き付けられたように感じて、耐えられなくなった」

提督「お姉さんはなんて言ってた?」

山城「女同士で愛し合ったとしても、おかしなことじゃないって。互いに愛し合っているのなら、性別なんて関係ないと言っていました。
予想外でその時は驚きましたが……姉様が言っていること、今は正しいと思います。私の秘めていた想いも、受け止めてくれました」

提督「うん、そうだよ。性別も国籍も、生まれや育ちも、肌の色や体型だって関係ないはずなんだ」

提督「山城……少し真面目な話をさせて? ボクの自分語りだけど、キミに伝えたい。ボクの触れられたくない、心の痛みの話をする」

固唾を呑んで頷く山城。提督は真剣な面持ちで口を開いた。

提督「ボクは、見かけの上では大人になれない。そして人に体を触られて温もりを感じることができない。ここまでは山城も知ってるよね」

提督「子孫を残すことだけが生命の目的だと言うのなら、ボクはその使命を果たせない。ボクは……男でなければ女でもない。
ひょっとすると人間ですらないのかもしれない。昔子供の頃、作り物の人形や化け物と同じだって、そう言われたことがあるよ。今でも忘れない」

提督「ボクはずっと前に、女性として生きていたんだ。便宜上のね。長い髪を生やして、お洒落をして。
ボクは“人形のよう”だったから、可愛く着飾ればすぐに男の子が寄ってきたよ。女の子からもちやほやされた。悪い気はしなかった」

提督「だけど……忘れない。ボクを“人形のよう”に扱った人たちのことを。ボクを“人形のよう”に壊した人たちのことを。今でも、許せるか分からない。
ボクはそれからずっとずっと悩んでいたんだ。命を遺せないボクは、何もこの世界に生きた証を残すことができないボクは……本当に人形なんじゃないかって」

提督「両親や、当時のボクを支えたくれた人たちのおかげだ……再びボクが人を愛せるようになったのは」

提督「『人に優しくできる人間が一番カッコいい』。これはボクの信条であり……亡くなったボクの父から受け継いだ信念だ。ボクの父も提督だった。
戦いで命を落とした父に代わって、この呉鎮守府の元帥を母は以前務めていた。母も口にこそ出さないものの、父と同じ意志を持って戦ってきた人だ。
兄は提督ではないけれど、やはり優しくてカッコいい人だ。いつだって親身に相談に乗ってくれた。一時は恋慕を抱くこともあった」

提督「ボクは生きた証を残せない。愛を育んだところで、形にすることは出来ない。けど今は……ボクはそれすらも自分自身の運命として受け入れている。
たとえ仮に人形だったとしても……ボクは父や母の精神を受け継いで生きるんだ。これがボクの存在証明。これがボクの今を生きる理由」

提督「こうやって男性の姿をしているのも、ボクなりの覚悟の現れ。名前も一度変えている。父と母から一文字ずつ貰った名前。
『人に優しく生きる』、それを貫き通すために生きてるんだ。だから。キミから向けられた殺意すらもボクは温情で返すんだ。それに……」

提督「キミもきっと本当は優しい人だから。ボクのことを殺してしまう前に、どこかで踏み止まってくれると読んでいた。その通りになったよ」

提督「ボクとキミとは、合わせ鏡のような存在なのかもしれない。キミの痛みは、ボクにも分かるところがある。
ボクの痛みも、優しいキミならきっと分かってくれると思った。だから話した。……これはボクと山城だけの秘密にしてね」

山城「提督は……私よりもずっと辛い人生を生きてきたのですね。ただ周りに恵まれているだけの人だと思っていました。本当にごめんなさい……」

提督「不幸や苦しみの度合いなんて比べるものじゃないさ。ボクはボクなりに辛かった、けど今は克服した。キミもキミなりに辛いことがあった。
それでも今、キミは乗り越えようとしている。前を向いて歩き出そうとしている。罪の意識を感じたり気後れしたり……そんなのはしなくていいんだよ」

提督は、山城の両手を包み込むように握りしめる。

提督「怖くないから……もう、独りぼっちじゃないから。依存するんじゃなく、手を取り合って生きよう? 今のキミなら出来るはずだよ」

・・・・

山城への処遇は、艦娘への処罰の中では最も重い解体処分になることと相成った。もちろん、その決定を受け入れるわけにはいかない。
窓位提督と山城は、芯玄元帥や他の大将にひたすら頭を下げ、どうにか謹慎期間が三倍に延びるだけで事を済ませたのだった。
山城の処分の一件が収束し、彼女の部屋の前で顛末を報告する提督。胸を撫で下ろしている。

提督「作戦開始直前の忙しい時期なのに邪魔しちゃったのは元帥がたに申し訳なかったけど、頼んで回った甲斐があったよ! 山城が解体されないでよかった。
さすがに数ヶ月の謹慎ともなると暇でしょ? その間ずっと出撃も演習も出来ないからね……山城が退屈にならないように、ちょくちょく遊びに来るよ」

山城「あの……提督は毎日色んなお仕事をしていて、立派、ですよね。みんなの役に立っていて……掃除とか、洗濯とか……。
私も一緒にやっていいですか? 謹慎中はどうせ暇……ですし。邪魔にならなければで良いんですけど」

提督は二つ返事で快諾した。
774 :【44/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/01(木) 23:42:18.91 ID:tre1gbsN0
山城がボクの仕事を手伝ってくれるようになってから、すごく助かっている。
ボク一人じゃ踏み台や脚立を用意しなければいけないような作業も、長身の山城がいればあっという間に終わる。
艦娘だけあってボクにとっては重労働に思えるような、体力を使うハードな作業もなんのそのだ。
給料が支払われているわけでもないのに嫌な顔一つせずボクに付き合ってくれている。

提督「うーん、働き詰めだと時間が過ぎるのも早く感じるね。つかれたつかれた、とりあえず今日は一段落だ」

山城「提督。もしよかったら晩ご飯ご一緒しませんか? ちょっと食材を買いすぎちゃって……」

提督「いいね、お言葉に甘えようかな。さては扶桑が今日から出撃なのに普段と同じ量を買ってきちゃったんだな〜?」

山城「……バレましたか」

普段山城は扶桑と夕食を共にしている。二人の仲は順調なようで、時たま散歩という名目でデートしているのを見かける。
そういえば、最初に山城の部屋に入った時は物が結構散らかってたような……下着とかも落ちてた気がする。
さすがに最近は扶桑も出入りするせいか、かなり綺麗にしているみたいだけど。
あの時は謹慎を言い渡された直後で、掃除する気力も無かったのかもなあ。

・・・・

エプロン姿で台所に立っている山城。ボクも手伝おうとしたが、自分でやるからいいと止められてしまった。
窓から差し込む夕陽、その穏やかな薄紅色の明かりに照らされている山城の横顔。

……鍋からグツグツと小さな音が聞こえる。カレーの匂いだ。ボクは特にすることもなく頬杖をついていた。

提督「攻略作戦が始まって、やっぱり皆ピリピリしているね。艦娘たちも少し余裕がなさそうだ。
普段だったら掃除とか手伝ってくれるんだけど……今日はみんな忙しそうだったよ」

山城「レイテ沖攻略……ですか。姉様は大丈夫かしら……」

山城「いいえ、姉様はきっと無事に帰ってくるわ! 私が信じないでどうするんですか!」

不安げに呟いた後、打ち消すように小さくガッツポーズしている山城。

提督「山城……変わったね。前より明るくなったよ。それに、最近はボクや扶桑以外の艦娘たちともちゃんと話せてるよね。立派立派」

山城「あの……私が他人と会話する能力がないように言わないでもらえませんか? 私だって世間話ぐらいはできますよ」

提督「失敬! けど、前と違って親しみやすいっていうかさ。『近寄りがたい人だと思っていたけど、話してみると案外面白い人だった』って評判みたいだよ」

山城「何をもって面白いと思われてるのかは分からないけど……提督のお手伝いをするようになってから、他の子たちと喋る機会は増えましたね。
向こうから話しかけてくるものだから最初のうちは戸惑ったけど。でも、慣れてみると悪い人たちじゃないって思ったわ」

山城「って……提督と会う前からずっとここにいたはずなのに『慣れてみると』って言うのはヘンね。でも、なんだか新鮮な感じするの。
前は他人と話すことなんて時間の無駄だと思っていたから。提督や姉様のおかげかもしれないわ。少しだけ成長できました」

提督「成長といえば……。最近は『不幸だわ』も減ってきたよね。ツキが回ってきたんじゃない?」

山城「自分では気づかなかったけど、言われてみればそうかも……。いえ、相変わらず酷い目に遭うこともあるのだけれど。
でも……確かにそうね。結局あれも私の不注意や不用心のせいで引き起こされてた節もあったから」

山城「艦娘の強さは精神的なコンディションに依るのでしょう?
私が自分で自分を不幸だと思い込むことで、注意力や判断力も低下してしまったんじゃないかしら」

提督「そうかもしれないね。……」

ふと思ったことは、山城はもうボクが居なくても平気だろうということだ。ここまで過去の自分を客観的に分析できている。
自分で自分に課していた呪いを、最後には乗り越えることができた。そして、最愛の姉である扶桑とも結ばれた。

ボクもいつか、また誰かに恋心を抱いたりするのだろうか。特別な感情を抱いて、仲睦まじく手を繋いだりする時が来るのだろうか。
提督になることを決意した時から、『人に優しく生きるんだ』と決心した時から、忘れていたそわそわした感覚を思い出した。
……思い出したところで、どうにかなるわけでもないけど。

山城「提督? どうしました。眠いんですか?」

気が付くと目の前にはカレーの乗った皿が置かれていた。ああ、せめて配膳ぐらい手伝ってあげればよかったな。ボーッとしてた。

・・・・

ボクは珍しく一人になりたい気分になって、なんとなく鎮守府内を散歩していた。古びた桟橋が海に伸びている。
夜の帳に満月と星。海面を照らす大小の光。ちょうどいい、ここにしよう。ほっと一息ついて腰かけ、空を眺める。

提督「……あー」

キラリと星が流れていく。参ったな、願い事なんて考えてなかったよ。ザンネン。しょんぼりだ。

提督(でも、ま……いいか。満天の星空に美しい満月。それが見れただけでも幸運だ)

山城「提督……? どうしたんですかこんなところで」

提督「たそがれてるんだ。山城こそどうしたの?」

山城「姉様がいないからなんだか人恋しくて……提督に話し相手になってもらおうと探してたんです。迷惑でした?」

提督「いいや……むしろ光栄さ。暇だったからほっつき歩いてただけだからね」
775 :【45/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/02(金) 00:03:50.24 ID:FvHZuL/t0
本当は一人になりたかったけれど、だからと言って拒むほどでもない。それに、山城と話しているのは楽しいから、これはこれでいいんだ。

山城「提督は、何か山城にして欲しいことはありますか?」

提督「? 急にどうしたのさ。どういう風の吹き回し?」

山城「提督の夢はなんだろうって、ふと考えたんです。でも、想像つかなくて……。
今の提督がいるのが、かつて提督を支えてくれた人たちのお陰であるように。今の私がいるのも提督のお陰」

山城「だから……あなたの望みを叶えてあげられたら、って思ったの。山城が力になれることであれば……ですけど」

空を見上げれば金色の月が宵闇を照らし、水面は星々の光が揺らめいている。
美しくも幻想的な空間。その幻想の中で、唯一絶対的な存在としてボクの瞳に映るのは、目の前の山城だった。

山城の頬は、先刻の夕陽から少しだけ紅色を分けてもらったのか、仄かに赤らんでいる。
じっと背の低いボクのことを見つめている。ボクの言葉を待っている。

提督「ボクの望みは……。ボクが欲しいのは」

提督(山城の心、なのかもしれない)

提督「ボクが欲しいのは、生きた証。不確かなボクを、より確かにしてくれる根拠」

提督「それは知性であり、品性であり、紳士性……なのかな。言ったでしょ? ボクは『人に優しくする』、その信念を体現するために生きている」

山城「何かこう……具体化できるものはないかしら? 私にも理解できるようなスケールのもので」

提督「そうだなぁ……。歴史のページに名前を残すような人になれれば、生きた証を残せると言えるのかもしれないな。
あ……これも具体性ないなあ。う〜ん……保留でいい? なんか、パッと浮かばないや」

山城「そう、ですか……なら仕方ない」

・・・・

窓位提督と山城はレイテ沖の攻略作戦が佳境に差し掛かってもお構いなしで、地道かつ誠実に雑用を行い続けた。
清掃・衣類の洗濯・食事当番・水回りの掃除のみにその活動は留まらず、エアコン修理に大将らの書類整理、疲労した艦娘のマッサージ、果ては猫の世話まで。
二人の働きぶりは呉の鎮守府内でちょっとした評判となり、凸凹コンビならぬ凹凹(ボコボコ)コンビと呼ばれ親しまれている。
災難な目に遭うことが少なくなく、傍目からは厄介で面倒な仕事ばかりを引き受けているように見えるからである。
もっとも提督も山城も自発的に行っているのであり、それらの仕事や奉仕活動を災難だとは思っていない様子だった。むしろやりがいを感じているらしかった。

そんな折、窓位提督は芯玄元帥から相談を受けていた。

芯玄「朝早くから悪いな。お前が居てくれるお陰でオレも朝潮も楽が出来ている。
それから、大将連中との仲を取り持ってくれてありがとうな。助かってるぜ。
お陰で、最近は少しだけ認めてもらえてるらしい。もっとも、まだまだ結果は伴なっちゃいないがな」

提督「いやいや。元帥が頑張ってることを大将の方々に伝えてるだけですから、元帥のお力で信頼を勝ち取ったようなものですって」

芯玄「はは。世辞がうまいなお前は。いや……相談というのはな。これを見てくれ」

元帥に海域図を見せられる。図にはところどころペンで書き込んだ跡がある。

芯玄「佐世保や柱島と連携して、ようやく今ここまで来てるんだ。一見優勢に見えるが、そろそろ戦場にいる艦娘たちを撤退させなければ身が持たねえ。
そして勝つためには最後の一押しが足りない。ここで退いたら、恐らくまたやり直し。艦娘たちにも更に苦しい負担を強いることになっちまう」

芯玄「一回きり、使えるのは一回きりの荒業だが……試してみたいことがある」

・・・・

突然工廠へと呼び出された山城。わけもわからないまま艤装を弄られていた。

山城「ちょっ、ちょっと何かしら!? 説明してちょうだい!」

提督「行くよ山城。出撃だ!」

山城「ていと……えっ? 今なんて!? 私まだ謹慎期間中じゃない。無断出撃なんてやらかしたら今度こそ解体されちゃうわ」

提督「特例が出た、元帥直々のお達しさ。これはボクと山城しか遂行できない。行こう、ボクも一緒さ!」

いつの間にか山城の背中の艤装に、大きめの段ボール箱一つ分ぐらいの金庫に似た鉄塊が取りつけられている。
そのことに彼女が驚いている隙に鉄塊の蓋を開けて中に入る提督。

提督「計算上、山城の艤装とボクの体型でならぎりぎり実現可能らしい。目的地はもちろんレイテ沖……! いざ出撃だ!」

・・・・

芯玄元帥の話によると、戦場の艦娘を大破状態から全快まで回復させ、かつ、燃料や弾薬まで補給できるという切り札があるという。
“応急修理女神”と名づけられた、艦を救う妖精の存在だ。一度女神がその力を発揮すると、二度とその力は使えなくなってしまうため『一回きり』とのことである。

女神は基本的に艦娘に対して(なぜか)冷淡であり、装備品と一緒に括りつけて出撃でもしなければ力を発揮してくれない。
一方で人間には比較的素直に応じてくれるらしく、指示さえすれば無関係な艦娘の修理までついでにやってくれるらしい。
山城の補強増設内は窓位提督と彼の腕の中や服の中にひしめき合う女神たちですし詰め状態ではあったものの、彼女たちが不満げな様子を見せることはない。

窓位提督と山城に与えられた任務は、この女神をありったけ引き連れて主戦場まで向かうことだった。
776 :【46/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/09/02(金) 01:08:28.51 ID:FvHZuL/t0
スリガオ海峡 深海中枢泊地沖。硝煙が立ち込める。砲火の応酬がやまない。

瑞鳳(昼はなんとか被害を抑えたもの……やはり夜戦になると大破の艦は出てしまうわね)

利根「撤退命令! 撤退命令はまだか! このままでは轟沈の被害が出てもおかしくないぞ……!」

瑞鳳(一部の艦隊が撤退を始めているわね。うちはまだ大破の艦が出ていないからもう少し持ちこたえられるでしょうけど……)

秋月「この秋月、艦隊を守る盾となる覚悟です! 大破艦は航行可能な限り遠くへ!」

探照灯を敵戦艦の群れに照射して挑発する秋月。弾幕にかすりながらも直撃弾だけは見事に避けている。

扶桑「山城が……待っているもの……! ここで倒れるわけにはいかないわ……」

額から血を流しながら敵を睨み続ける扶桑。既に大破の状態であり、敵の砲か魚雷を一撃でも食らえば沈んでしまうだろう。
彼女の速力では戦場から逃げることもかなわない。敵の艦隊全てを討ち取るまで戦い続けるしかなかった。

提督「間に合ったか……!? みんなを助けてあげて。行ってきて!」

補強増設の中から次々に応急修理女神を開放していく提督。

山城「各艦は私を顧みず前進! 大破艦も転進して迎撃態勢へ。敵を撃滅してくださァーい!」

咆哮とともに、祝砲と言わんばかりに前方の敵艦隊めがけ砲撃を放つ山城。

五十鈴「これで戦える! 敵を掃討しますッ!」

朝雲「あ、噂のボコボコの二人ね。恩に着るわ!」

山城「ボコボコ……?」

提督「……ボクたち、凹凹コンビって呼ばれているらしいよ。なんでだろ」

山城「フッ……上等じゃないの。確かにその通りだわ。目の前の敵を“ボコボコ”に叩きのめすのが今日の私の仕事なのでしょう?」

提督(女神を戦場に届けたら帰って来いって元帥から言われてるんだけどナァ……)

・・・・

芯玄元帥の奇策が功を奏して、連合艦隊は破竹の勢いで猛進し敵を打ち破った。レイテ沖海戦は無事に終結した。
策に貢献した窓位提督には大将の地位が与えられ、舞鶴鎮守府に正式着任することになった。
山城もまた戦場での活躍が認められ、恩赦に近い形で謹慎を解かれ今では方々の戦場に引っ張りだこな様子だ。

窓位提督が呉を離れなければならない最後の日が訪れた。彼は山城の部屋を訪れていた。

提督「キミとは長い付き合いだったから、最後に会っておこうと思ってね。ボクが居なくても平気かい?」

山城「寂しくはなりますが……今は一人じゃありませんから。いいえ……今も、ですかね。気づけたのは提督のお陰ですが」

提督「そっか! ……良かった良かった。安心だよ」

山城「あの戦いまでは、私は敵に対して殺意を高めることで力を発揮していました。
ですが……提督と駆け抜けたあの戦い以降、守りたい人のことを強く想うことで殺意を凌ぐ力が出せるようになりました」

提督「物騒だなあ、目を輝かせて言うようなことかよぉ……。イキイキしてるようで何よりだけどさ」

提督(事実……あの作戦での山城は相変わらず荒々しかったけれど、前の演習みたいに形振り構わず敵を倒すという感じではなかった。
全力全開ではあるもののどこか冷静で、周囲を気遣っているような精神的余裕を感じた)

山城「深海棲艦を倒すのが艦娘の仕事ですから。あ。提督は艦娘と違って貧弱なんですから、お体に気をつけてくださいね。お菓子ばっかり食べてちゃダメですよ?」

提督「うん……そうだね、気をつける。(話すことなくなっちゃったな……それに、時計を見たところもうここまでかな。ははは)」

くるりと身を翻し、帽子を目深に被り、一歩踏み出す提督。

提督「短いけど、もう時間なんだ。……また会おう。またいつか」

窓から差し込む夕焼けの灯りが時を報せる。

提督(結局のところ、ボクは山城に気持ちを伝えられずじまいだった。……今更になって惚れてることを自覚するんだから遅いよね。
いや、自覚したところで変わりはないか。ボクは『優しい』男だからな。要らんことをして彼女の気を乱すような真似はしない、紳士だもの)

山城の返事もなかったので、提督は部屋の扉をそっと閉じようとした。しかしドアノブに手をかけ扉を開ける山城。
提督を部屋に引き寄せて再び扉を閉める。彼の小さな背丈を体全体で包み込むように抱き締める山城。提督には彼女の意図が読めなかった。

山城「最後まで……あなたは優しい人なのね」

提督「……?」

山城「また会いましょう。また、いつか。提督の傍にいられる日を、待ってますから」

山城はそう言って提督の頬に口づけし、すぐに身体を開放した。扉を開け、退室を促す。
提督は困ったような微笑みを山城に返し、急ぎ足で部屋を去っていった。
夕焼けに消えていく提督の姿を山城は見送った。窓から入り込む秋の風は、夏の終わりを静かに告げた。
777 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/09/02(金) 01:52:01.08 ID:FvHZuL/t0
3章はこれでおわりです。4章に関する情報は>>771を参照ください。

相変わらず投稿予告日からズレたりしてすみませんでした。結局「最悪でも夏イベ終わるまで〜」とか言ってたのに夏イベ終わってるじゃんという。
いちおう甲クリアして掘りも済みましたが、今夏はめっちゃ忙しくてあんま艦これやる時間取れなかったっすね。まるゆ掘りしたかった……。

今回の章の雑記いきます。
(例によって深夜のテンションで書いてるものなので色々ご容赦ください)



ストーリーなど:
まず、前の章でスターシステム的な扱いで前作主人公ズを出してましたね。パラレルだから許されるよってな感じでした。
ところがどっこい今回の章では繋げてしまいました。シェアワールドってやつですかね。
前の主人公とか出てくると途端に話がややこしくなるのですが、今回はお題レスもないしそういう縛りを敢えて加えてみてもいけるかなーとか考えてました。
認識甘かったです、やっぱりカオスになった。まあ実験に近いところもあるんで……。

前章前々章の提督の姿を通じて何かしら学ぶ描写とか書こうとしたけど尺不足でカットとか没とかになってます。
だったら最初から出さない方向で書いた方が良かったのかも。
次も(お題レスとの矛盾や不都合が生じなければ)繋がった世界線でやっていきますが、今回ほど密接な感じにはなりません。
前章以前のキャラが一人か二人出てくるかもなって感じです。基本はそういう感じでやってきたいです(めんどくさいから)。

次章以降のレス数を考慮して15レスで終わらせるか、普通に16レスで終わらせるか、わりと最後の方まで悩んだ挙句15レスで終わってます。
終盤詰まり過ぎたのは、1レス削る都合で構成変えなきゃだったりとか、単純に執筆時間がなかったとか、そんな感じの事情です。
「艦これの二次創作なのに戦闘描写やってないなー」「なんのために戦ってんだ」と思い、わりとしっかり書くつもりだったんですが、書けず。
尺がねー……。扱うテーマが重すぎたんだよ!! ……あくまで娯楽作品だしなあ。どうなんだろうとか書き終えてる今更になって思います。



提督について:
ちょっと設定を凝り過ぎましたね。ぶっちゃけあんなに要らないはず。オリキャラの設定過剰とか誰得なんじゃって話ですよ。
だいたい作中で語り尽くしちゃったようなキャラなので言うべきことはありません。
良い子ちゃんキャラってわりと扱いに困るんですが……まあ別にそんな良い子ってわけでもないか。

山城について:
「不幸」「シスコン」「プライド高い」の三本柱で出来てるキャラだと私は思います。
じゃあ絶対姉の話は避けられないだろうなーと思い、扶桑は登場させてます。
あと、オコトワリ勢なので、最後までくっつかないラストにしてやろうとは当初から企んでいました。
キャラ付けが過剰すぎたかなあ、みたいな反省がいくつかあります(提督の方もそうですが)。
ツンデレっぽい感じでやや甘酸っぱめ、みたいな塩梅でやるのが正解だったのかもしれんなあ……。

すぐ前の章で幸⇔不幸問題(?)みたいなのはやった後なんで、不幸についてどうのこうのはあんまり掘り下げて書いてません。
彼女特有の負けん気の強さとか、不幸だろうがなんだろうが立ち上がる芯の強さはみたいな要素はもうちょっと書きたかったかも。



次の章について:
なんにも考えてないです。また1〜2ヶ月お待ちください。
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/02(金) 20:20:13.25 ID:id4RBwrvO
779 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/10/03(月) 19:35:47.73 ID:A9cBv+QJ0
ども。ども……ええっと、どうも。セルフ保守です。
いやー、その、一ヶ月経ったんですけどね……なんにも書けてないんですよ。
前回の章を投稿した前後からありとあらゆる出来事が襲い掛かってきて執筆できる状況にありませんでした。
今は忙しさのピークも過ぎてちょっと落ち着いてきたので、一ヶ月後ぐらいには投稿したいです。願望ですが。



////いつものやつ////
作品外で作品のことをウダウダと書くのもどうなのかな、といつも悩むのですが。何度同じ話するんだっていう感じですがいつも悩んでます。
いちおーファンサービスというか次の投下までの繋ぎとして書いているという意図があります(ファンっていうと大袈裟ですけども)。
前回の章についてちょいと思うところがあったので少し書こうかなと思ったのと、次の章について触れようかなと。
まだ何も書けていない以上あまり大した話は出来ませんし、例によって読み飛ばしてもらっても構いません。



前の章はですね〜……投稿直後もなんか言い訳がましいことを書いてましたが、反省すべき点が多いですね。
あくまで作者目線でそう思うというだけですが。何もかもダメだったってわけじゃないんです。
全体の展開構成はさておき、自分なりに納得の行っているところもあるんで。

元々それぞれの章で独立していて他の章と関わることもなく完結するオムニバス形式でやろうと考えていたものを、
途中から無理矢理一つの世界設定に押し込めようとしたらそりゃ尺も足りなくなるし諸々の整合性も崩れるよねっていう。
でも、やるにしてももっとそれぞれのエピソードを上手くまとめられたなー、もっと執筆に時間をかけられれば良かったなー、とか悔やむところは多いです。
えー……そこいら辺は私の技量不足によるものなので、次は頑張ります。

で、ですよ。迂闊にもセルフクロスオーバー的なことをやってしまったわけですが。
これからどうすべきか色々と悩みましたが……(一つ前のレスではわりと弱気なこと書いてたりしますし)。
このままごった煮な感じで突っ走ろうかなと思います。えと、必要に応じて過去のキャラが出てくる感じでやっていこうかなと。
というのも、こうなった以上もう過去のキャラクターは存在ごと封殺して以降全く新しいお話……ってのは筋が通らないかなと。
前章は安易に過去キャラを引っ張り出しすぎたので、やりようはもっと考えたいと思ってますが。

さて、それぞれの世界が一つに繋がってしまうと、それはそれで問題が発生します。
あー……たとえば次に投下する章では秋月がメインになるわけですが。
この秋月も第一章以降に登場した秋月と同一固体にすべきか、全く別の秋月にすべきか、ってとこで悩みどころですよね。
これって多分正解はなくて、前者のこれまで登場していた秋月を期待している人もいれば、
それとは違う切り口の、ヒロインとしての役割を与えられた秋月を求めてる人もいると思うんですよ。
悩みはしましたが……前者の秋月で行こうと思っています。今回“は”登場済みの秋月でやろうかなと。
今後の安価で前章以前に登場したキャラの指名が入った場合は……またどうするか分かんないですけど。
出来るだけ安価の意向を汲みたいと思ってはいます。



前言ってたタロットのやつは、今回の章だと『塔』になります。
正位置では崩壊・転落・悲劇・破滅・喪失などを暗示し、
逆位置でも正位置ほど酷くはありませんが不幸・アクシデント・障害・中断、なんてマイナスな意味合いです。
(逆位置の場合、解釈によっては死神の逆位置に近い「再生・再建」みたいなニュアンスを含むこともあります。
正位置でも古い価値観の崩壊≒革命、なんて解釈もあるにはあります。まあ基本的には良い意味を持ちませんが……)
正位置逆位置にともに最も不幸に直結するカードでございます。
あー、それ引いちゃうか〜っていう感じですが。
こういう引きをした時こそ作者の腕の見せ所……だと思うんで、面白い話になるように頑張ります。



ゲームの方の話ですが、基地航空隊実装前に6-4突破しました(なぜそんな意味のないことを)。どんなイベント海域よりもキツかったですね。
イベントと違っていついつまでに攻略できなければアウトみたいなのはないんで気は楽でしたが、難易度はやばかったすね。誇張抜きに100回ぐらい出撃しました。
一応自分今まで甲勲章全部ゲットしてきてるんですが、あれがイベントで来たら丙にするって厳しさでした。それゆえにゲージ破壊時は達成感もありましたけどね。
780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/04(火) 13:39:52.35 ID:ngH0GzUzO
了解です
781 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/26(水) 21:58:50.00 ID:sCrjDYKwO
782 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/11/13(日) 00:36:12.46 ID:7OxarujE0
お待たせしてすみませんでした。わりとエターナりそうでした。
次回の投下は11/23(木)を予定しています。

////一言////
秋刀魚イベでしたね。任務報酬はWG42と最新鋭な旗を選びました。大型探照灯は既に作ってたんで……。
783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/13(日) 01:40:24.73 ID:wmvlifTNO
待ってる
784 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/11/23(水) 21:08:44.22 ID:pg4EdwmZ0
11/23って水曜日でしたね(予告のレス書いてる時先月のカレンダー見てました)。
では行きます……と言いたいところなんですがやんごとなき私情のため延期とさせていただきます。
11/26(土)昼頃までお待ちいただけないでしょうか。すみません……。
うぅ……お待たせして申し訳ない……。
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/23(水) 21:09:54.83 ID:gHX0ZusaO
了解
786 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/11/26(土) 14:44:26.66 ID:yuF9orGi0
前回の投稿から約三ヶ月が経とうとしています。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

浦波が実装されたり、秋刀魚を獲ったり、加賀さんがローソンで働いていたり、
秋イベが始まったり、劇場版が公開がされたりと艦これ的には色々動いているようです。
ポイ-ポンポン砲-ナンチャラ-ポイみたいなのが流行ったり、海の向こうでは大統領選挙があったり、
11月なのに初雪が降ってきたり(not 艦)と話題の大小に関わらず世の中的にもあれやこれや起きているようです。

時間が止まっているのはこのスレだけなのですが……。もうちょっと、もう少しだけ待って欲しいです……ごめんなさい……!
どうやっても執筆時間を捻出するのが困難なため、イベントも手付かずでSSを書くためだけに有給を使うなど、
わりとリアルをかなぐり捨てる生活スタイルを取りつつあるのですが、なおも筆半ばで止まっている状態です。
そう、まだ書き切れてすらいないのです……情けない話ではありますが。

なんとか気合で近いうちに、今週とか来週とか……確約は出来ませんがなる早で頑張ります。
ここでエターナルのは多分一生引きずるぐらい後悔すると思うので、
延期に次ぐ延期で恥の上塗りに上塗りを重ねている状態ですが、それでも次の投稿は必ず果たします。
えっと、気合はそのぐらい込めて書いてるつもりなので、もう少々、もう少しだけ……何卒。よろしくお願いします。
787 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/26(土) 23:30:23.87 ID:a06wrUgMo
了解でーす
期限に間に合わせる為にいい加減な内容になったら本末転倒だし嫌だから
エタらなければいつまで期限が伸びても構わないよ
クオリティ高いのを期待してる
788 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/26(土) 23:44:56.36 ID:aFN/M5CoO
了解
789 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/12/21(水) 22:58:13.82 ID:51r/hk3y0
お久し振りです、結局こんなに伸び伸びになってしまいました。ごめんなさい。
待った甲斐があるものを書けたかどうかは分かりませんが、頑張りました。

先週か来週の土日に投稿を行うつもりだったのですが、どうにもスケジュール的に詰みっぽかったので無理矢理今日投下してしまいます。
今回は文字数を削る作業もほぼほぼ終わっている状態からの投稿作業なので、うまくいけば日付を跨がないで済みそうです。
それでは行きます。
790 :【47/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 22:59:03.25 ID:51r/hk3y0
吐く息は煙のように浮かんでは消える。空に浮かぶ満月が水面を白く照らしている。

秋月「旧鎮守府と現鎮守府を繋ぐ架け橋……恐らくここのことですよね」

舞鶴鎮守府は巨大な人工島の上に建てられた軍事施設だ。そこから本土へ行き来するためには、三本の橋のいずれかを経由する必要がある。
かつて第二次世界大戦で利用されていた鎮守府は旧鎮守府と呼ばれ、施設の一部は現在も残り記念館などに転用されているようだ。
この人工島から旧鎮守府の方角に繋がる橋は一本しかない。秋月はこの橋の上を歩いていた。

秋月(ここから先は艦娘が許可なく立ち入ることのできない場所。この関門の前で待っていましょうか……)

??「……初めまして、になるか」

関所から鼠色のパーカーを着た男が現れる。男はフードを被っていて、その下に更に帽子を被っている。この姿から素顔を想像することは難しい。
服の上からでも分かるアスリートのように引き締まった筋肉質な体躯から、かなり鍛えていることが伺える。

秋月「(この帽子は軍帽ですよね……。軍の関係者ではあるようですが、口元しか見えないから誰だか分かりませんね……)
私を呼んだのはあなたですか? あの奇妙な映像の目的について聞きたいのですが」

??「そう、私だ。……あの映像が視える者を探していた」

・・・・

一週間前の深夜。この日秋月は眠れなかったため、暇つぶしにテレビをつけた。
しかしこの日・この時間帯はどこの放送局も番組放映を終了していて、テレビにはカラーバーが映っているだけだった。
(カラーバーとは深夜や早朝のテレビ放送終了後に表示される、テレビ受像機などの色調整を行なうために使われる色帯画像のことである)
時計を見ると、時刻は午前2時30分頃。道理で何も放送されていないはずだ、と思いリモコンに手をかけた秋月。

――NNN鎮守府放送です。

秋月「!」

電子音が止まり、突然カラーバーから別の映像に切り替わる。部屋の天窓から月明りが差し込む、暗い部屋の映像なようだ。
窓からスポットライトのように差し込む明かりの先に、執務室にあるような立派な椅子が置いてある。

秋月は硬直していた。心臓が爆発するかのように鼓動する。恐怖で鳥肌立つ。
リモコンの電源ボタン上に親指は乗っている。押すべきか、押さぬべきか……その二択で逡巡する。

――満月まではあと 七日 です。当日同刻、旧鎮守府と現鎮守府とを繋ぐ橋の上でお待ちしています。おやすみなさい。

音声合成ソフトで作られたような、人間のものではない無機質な声。アナウンスが終わると再びカラーバーの映像に戻った。

・・・・

わずか一分に満たない程度の短い映像だったが、秋月の記憶には強く印象づけられていた。

秋月「あの放送を最初に見た次の日も同じような内容のものが流れていて……でも、映像が見えていたのは私だけだったんです。
後日他の艦娘と一緒に見ても『何も見えない、カラーバーのままだ』って。色々な方に訊ねてみましたが、みな知らない様子でした」

??「…………」

男はポケットからB6サイズほどの小さなノートを取り出し、紙の上にさらさらと文字を書いて秋月に渡した。

秋月「『涼金 凛斗(スズガネ リント)』……あなたの名前ですか?(どこかで聞いたことのある名前だったような……)」

男はこくりと頷きながら、別の紙に次の文章を書いていた。

提督「例の映像は選別だ。あれが視える者が必要だった」

男の渡す二枚目の紙には、図が書かれていた。空母と思しき艦娘・艦載機・妖精の絵が描かれている。

秋月(ええっと……『空母の艦娘が艦載機を繰り出す際に、式神や弓を駆使して発艦させる』。
『発艦後の空戦にて、事前に想定していた作戦から逸脱するイレギュラーな状況が起こった時……』)

秋月「『戦闘による摩耗を抑えるべく艦載機に搭乗している妖精と空母たる艦娘との間で念が交わされる』……。
この念というは、テレパシーのようなものですか?」

提督「ああ。原理はそれの応用。映像自体にはあまり意味がない。……」

秋月(着任した後では映像を編集するための機材がなかった。そして、映像を作った段階ではどの鎮守府に着任するか分からなかった。
『満月の晩』の『旧鎮守府と現鎮守府の架け橋』という曖昧な指示も、その段階では日付や場所を確定出来なかったからだ、と。
タネが分かればなるほどと思えるけれど……。真夜中にあんな映像を流されて怖がるなという方が無理がありますよね……)

三枚目の紙にボールペンを走らせようとした時、秋月が制止する。一枚目と二枚目の紙を男に返却する。

秋月「あっ、そんなに紙を使ったら勿体ないですよ! 紙を裏返して使えばまだ書けます。はい」

秋月(というより……口で説明した方が早いような気がしますが……)

提督「…………」 無言でノートに文字を書き連ねる

秋月(あれだけ早く文字を書いているのに、かなり字が綺麗ですね。さっきの絵も結構上手だったし……。
硬派なようで案外繊細な人だったりするのかも?)

提督「紙での説明は、これでいい。……分からなかったら質問してもいいが答えるかどうかは別問題だ」
791 :【48/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:03:40.17 ID:51r/hk3y0
知っていると知っていないとで、物事の見え方が変わることがある。
+という記号の持つ意味を知らない幼稚園児に1+1の答えを聞いても2と返してはくれないだろう。
人間の一生は、知識の積み重ねだ。経験を通じて物事のありようを学び蓄積していく。

しかし……何事にも禁忌というものが存在する。
知ってはいけない、見てはいけない、聞いてはいけない、口にしてはいけない……。そういった存在、いや概念だ。
私は“あいつ”を認識してしまった。次に“あいつ”と接触すれば、私はこの世からいなくなるのだろう。
死ぬのではない。もっと恐ろしいことだ。

あの映像を視ることが出来た君には、“あいつ”を認識・知覚できる才能がある。
ということは私と同じ目に遭う危険があるということだが、何のことはない。知らなければいいだけのことだ。
知らないまま私の指示通りに動いてくれれば、“あいつ”に対抗できる。
知ってしまうとまずいが……全く察知できないのもまた問題があるのだ。だからこそ君でなければならない。
“あいつ”のことを知らないまま、“あいつ”から私を守って欲しい。その依頼がしたくて君をここに呼んだ。

秋月(一枚目の紙はここで終わっている……。“あいつ”とは一体……?)

“あいつ”に名前をつけるとしたら……いや、それはやめておこう。名前をつけるという行為自体が存在を認めるということと同義だ。
とにかく……“あいつ”は君にとっては存在しない。私にとっては存在する。そういうものだと思っておいてくれ。
君にとって、私は幻覚や妄想に囚われた病人に見えるかもしれない。
それでいい、決して私が見ているものは視ようとするな。知ろうとはするな。

君はこれから約三十日間、毎晩私を連れ出してなるべく遠くへ逃げる。それだけでいい。
君にとっては狂言めいた茶番に思えるかもしれないが、私にとってはかなり危急な事態なのだ。
次の満月が昇る頃に“あいつ”はいなくなる。それまでは付き合って欲しい。

秋月(一体彼は何に恐れているのか……? 気にはなるものの、その恐れの対象を知ってはいけないという。
敵を知らないままどうやって守れというのでしょうか。普通に考えれば荒唐無稽な話に思えますが……)

秋月「つまり……なにか、奇妙なものに追われていて、“それ”から貴方の身を守って欲しいということですね」

秋月(これだけ身体を鍛えている人が何かを恐怖するとすれば、恐らく相手は人間ではない。
“あいつ”という言葉から察するに、何らかの組織に追われているというわけでもないはず。
深海棲艦か、それとももっと別の何か、でしょうか……)

提督「……そうだ。引き受けてもらえるか? いいや、首を横に振られようと応じてもらう。
こちらも後には引けんのだ。全てが終わり次第、相応の報酬は与える。無事終わりさえすればな」

秋月「分かりました。いえ、ほとんど分かりませんが……大丈夫です。秋月がお守りします!」

秋月は、心のどこかで非日常を期待していたのかもしれない。この時の彼女の内心は、不安よりも好奇心が勝っていた。

・・・・

翌朝。舞鶴鎮守府第四執務室。軍服を着た白髪の男性は、この鎮守府を取り仕切る大将の一人である涼金凛斗であった。

提督(しくじったな……名を聞きそびれた。艦隊名簿の顔写真を見ればすぐに分かると思ったが……。
どこの艦隊にも所属していない艦娘だったとは。可能性として考えられるのは……)

提督「……吹雪。軍学校に所属している艦娘の顔と名前を確認したい」

吹雪「また突然ですね。『鍛錬不十分な在学中の艦娘を登用するつもりなどない』ってこの間他の司令官に言ってたじゃないですか」

わざとらしく涼金提督の低い声を真似する吹雪。吹雪は彼の秘書艦で、行動を共にすることが多かった。

提督「……とにかく。今はその情報が必要になったのだ。それ以上は詮索するな」

吹雪「出た! 司令官の秘匿主義! そうやってまた何かを隠そうとするー」

提督「……必要のないことを話したくないだけだ」

吹雪(うぅー、秘書艦なんだからもうちょっと頼ってくれてもいいのにぃ……)

軍学校所属の艦娘の名簿を提督に渡す吹雪。提督がめくったページの先を興味深そうに覗き込んでいる。

吹雪「ふむふむ……秋月型一番艦、秋月。あっ! この子知ってますよ! 軍学校で一番有名な子ですよ。
防空射撃演習では歴代一位の高成績。筆記試験でもトップ3常連だそうで」

提督「よく知ってるな。詳しいじゃないか」

吹雪「司令官が興味無さすぎるだけですよ。優秀そうな子は予め囲い込んでおかないと! 次のドラフトで他の提督に獲られちゃいますよ?」

軍学校を卒業した艦娘の配属は、涼金提督含む他提督とのドラフト会議によって決定される。
また、在学中の艦娘であっても(実戦登用に耐えうると提督に判断され)指名されれば次年度以降艦隊所属となれるのだった。

提督「いや、あくまで卒業まで秋月を指名する気はない。他の提督に獲られるならそれはそれでよい。彼女には別の要件がある」

吹雪「え、なんですかそれ。何か作戦でも……?」

提督「いや、軍務とは関係ないごく個人的な依頼だ。君が気にすることではない」

吹雪「そんなこと言われたら余計気になっちゃうじゃないですかー」

提督(一番地味で当たり障りのなさそうな者を秘書艦に選んだつもりだったのだが……案外要らん干渉をしてくるのよな。
良くいえば察しのいい、気が利くタイプなのだが……今回ばかりは首を突っ込まれると困る)
792 :【49/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:07:14.67 ID:51r/hk3y0
提督(学校側への手続きに手間取ってもうこんな時間だ。秋月か……成績は優秀らしいが、実戦経験がないのは少し不安だな。
とはいえ今更選り好みしてもいられない。前評判の良さに期待するとしよう)

秋月(……涼金凛斗、確かに聞いたことある名前だなとは思っていましたが……。まさかこの鎮守府の大将だったとは。
そう考えたらなんだか急にプレッシャーを感じてきました。秋月に務まるでしょうか……)

黄昏の空。橋から見える海の色は赤い絵の具を零したかのようだった。昨日と同じ橋の上で提督は待っていた。

秋月「お待たせしました。涼金司令!」

提督「行く前に一つ質問だ。あの海の色、何色に見える?」

秋月「え……? 赤色、ですよね。綺麗な夕焼けの海……」

提督「その感覚を忘れるな……心の動きを忘れるな」

秋月「は、はい(昨日もそうでしたが、話の流れが汲めませんね……)」

・・・・

鎮守府から離れ、舞鶴港近くの繁華街を歩く提督と秋月。

秋月「なんだかじろじろ見られているような……」

提督「それは……何にだ? 他人にか?」

秋月「ええ。なんだか私たち怪しまれてるのかなって」

提督は私服を着ているし、秋月もリュックの中に艤装を隠しているため軍の関係者だとは思われていないだろう。
しかし、総白髪のオールバック、首筋には古傷。薔薇柄の長袖を着た背の高い男。
その男の隣を(発育がいいとはいえ)せいぜい中学生程度の年端もいかない女子が歩いているのだ。
二人きりで夜の街を散策するには不自然すぎる組み合わせである。だが提督は他人の目を微塵も気にしていない様子だった。

提督「ああ、人の方か。なら問題ない。来い」

提督に促され、人気の少ない裏通りにある小さな店に入る秋月。

秋月「すし、わり……てい?」

提督「割烹(かっぽう)、だ。……鎮守府の中にいると見慣れない漢字かもな。和風料理を出す飲食店のことを一般にそう呼ぶ。寿司は食えるか?」

秋月「大丈夫です(お寿司、食べたことないんですよね。とはいえ将来直接の配下になるかもしれない司令の手前! 食わず嫌いをするわけにもいきません)」

提督「大将、鯖と秋刀魚。こっちには特上のサビ抜き」

秋月「あの方も大将なんですか?」

提督「……?」

・・・・

秋月「わぁ〜……! すごいです! 初めて見ました。なんだか壮観ですね! 美味しそう……どれから食べようか迷っちゃいます!」

寿司げた(寿司を置くための木製の食器のことである)の上に並べられたネタに、食べる前から興奮する秋月。

提督「味が淡白な白身魚を最初に食べ、次にマグロやトロといった赤身の魚を食べるのが定石と言われているが……。
かくいう私も光り物から注文しているしな、好きなものを食べるといい。どれも味は保証する」

おずおずと中トロに手を伸ばし、口に運ぶ秋月。

秋月「いただきま〜す……。……!! 美味しい! 旨みが口の中でとろけて……すごいです。これ、本当にすごい……」

舌を通じて脳に送られる快楽に、思わず身震いする。恍惚の表情を浮かべており、提督の依頼のことなどすっかり忘れて悦に入っている。

秋月「はぁぁ〜……幸せです」

・・・・

食事を終え店を後にした二人。食事中は語彙力を失いかけていた秋月であったが、退店後はさすがに普段通りの様子である。

秋月「ごちそうさまでした! あんなに美味しい料理を食べたのは初めてです! ありがとうございました!」

提督「礼には及ばない、前払いのようなものだ。それに……」

秋月「それに?」

提督「いや、なんでもない(……生きているうちに美味いものを食っておかなければな)」

秋月「そういえば司令、最初の二貫しか食べていませんでしたよね。あんなに美味しかったのに……お腹減ってなかったんですか?」

提督「(相当感激していたからこちらのことなど気づいていないと思ったが……)……そんなところだ」

秋月「それにしても……あの大将はどこの鎮守府の大将なんですかね!? 司令はご存知ですか?」

提督「……くくっ」 秋月と会ってから終始無表情だった提督が、この時初めて口元を少し歪ませる
793 :【50/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:13:27.66 ID:51r/hk3y0
舞鶴の港から離れた海の上。秋月の背に固着された艤装に負ぶさる提督。

秋月「結局こうして海に出るのなら、鎮守府から直接向かった方がよかったんじゃないですか?」

提督「……周囲に人や物のない環境が好ましい、その最適解が海というだけだ。
深海棲艦が出没するような遠くの海へ赴こうというわけではないのだが……鎮守府の哨戒範囲内や他の艦娘と出くわすような場所に居るのもまずい」

提督「そうなると陸路を経由してから海に出るのが最も都合がいい。さてそろそろ日付が変わる……」

提督はそう言うと、秋月の艤装を足場にしてしゃがみ込んだ。彼女から背を向けるようにして海面を見つめている。

提督「道すがら説明した通りだ。私は後ろを見る。だが、私の指示はあまり鵜呑みにはするな。あくまで自分の感覚を優先しろ」

秋月(今から日の出まで、“物”に囲まれなければ良いそうですが……一概に“物”と言われても……。それに囲まれるってどういうことでしょう)

・・・・

提督「……秋月」

提督「一瞬で良いが、空を見てくれ。渡り鳥が飛んでいないか?」

空を見上げる秋月。ほとんど曇り空で何も見えないが、どこにも鳥の姿は見つからない。

秋月「いえ、見えませんね。どこに居ますか?」

提督「いや……見えないならいい。気にするな」

秋月(司令には幻覚が見えているのだという。私に見えないおぞましい何かを察知しているそうです。
私にはそうした類のものを感じ取ることは出来ませんが……妙にぞわぞわする、嫌な感覚がありますね)

提督「秋月。トビウオが……いや、いい。これも違う。忘れてくれ」

秋月(日本にトビウオが回遊してくるのは、たしか春先から夏にかけて……この秋の終わりにやってくるはずはない、か)

提督「……念のため、確認して欲しい。七時の方向に難破船が見える。ライトを一瞬だけつけて、真偽を確認して欲しい」

秋月は振り返り、探照灯の明かりを向ける。

秋月「! 転覆した小型船があります……。引き上げようにも、あの壊れようだと手遅れでしょうね……深海棲艦に襲われた後、か……」

合掌して黙祷を捧げる秋月に対し、提督はさらに問いかける。

提督「見えているのはそれだけか? 他にも何か“視える”か?」

秋月「いいえ……船体が大きく破損した船以外には……」

提督「分かった。……あの船からは離れるぞ。逆の方向へ進んでくれ」

・・・・

提督のつけている腕時計の針は四時四十分頃を示していた。
しきりに秋月に対して「見えるか?」「聞こえるか?」の問答を投げかけていた提督であったが、もう一時間も言葉を発していない。
その態度の変わりようが、秋月にとってはかえって不安だった。実戦経験のない秋月にとって夜の海は未知の領域だったからだ。

秋月(少し心細くなってきました。海の上で迷子になってしまったような気分です……)

提督「……闇が深くなるのは夜明け前だ。日が昇るその直前が最も暗くなる」

秋月「……?」

提督「しんどくなるのはここからだ」

秋月(励ましてくれた、というわけでもないみたいですね……ん? あれ……)

秋月「前方の岩礁に、何か見えませんか? ほら」

探照灯を点灯し、海面から飛び出している岩へ向けて光を照射する。黒い、小人のような形をした何かが蠢いている。

秋月「黒色の人形……? みたいな」

提督「分かったもういい。明かりを消せ、ここからなるべく遠くへ離れろ。……あれらを決して見失うな、しかし見過ぎるな」

突然饒舌になる提督。いきなり無茶苦茶な指示を受けたため混乱しつつも、提督の言われた通り速力を上げて岩場から離れる秋月。

秋月「追ってきますね。深海棲艦でいうところの魚雷艇の小鬼群に似ていますが、あんな種類は見たことも聞いたことも……」

黒い人影の群れは両手を広げて海の上を飛翔し、秋月たちの方へ向かっていく。

秋月(距離が離れているから黒色に見えると思っていたけれど……どうやら違うみたいですね。
この夜の中でもはっきり“黒”だと認識できるぐらい黒い色をしている)

提督「深く考えるな、雑念を捨てろ。ただ言われた通りに対処しろ。余計なことを考えるな」

秋月の思考を遮るように、強い言い切りの口調で命令する提督。
794 :【51/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:17:04.51 ID:51r/hk3y0
提督「秋月、見失うなと言ったが……あれらの見張りは私がやる。秋月はただここから離れることだけを考えるようにしてくれ」

秋月「これ以上先へ進むと深海棲艦と接触する恐れがありますが……」

提督「構いやしない。あれにやられるぐらいなら、まだ深海棲艦に襲われて命を落とす方が幾らかマシだ。
あれは……そう、とにかく忌避すべきものだ。囲まれるな、触れるな、認識するな……」

・・・・

提督「五時五十分……日の出は間もなくだ。このまま振り切るぞ」

秋月「!! レーダーに敵艦隊四隻! 前方です! このままじゃまずい……まともな装備もないのに……。どうしよう、どうしよう……」

提督「たかが深海棲艦ごときでうろたえるな。このまま突き進むぞ」

秋月「司令!? 冷静にお考えください! 装備も不十分、練度もなく、おまけに燃料も消耗している駆逐艦一隻が敵の艦隊に突っ込めばどうなるか……」

これまで提督の無茶ぶりに付き従っていた秋月だったが、この時ばかりは反論する。

提督「分かっている、が……敵が砲撃をしてこないということは先に気づいたのはこちらの方。気づかれる前に通過してやり過ごす」

秋月「でも、通り過ぎた後に背後を追われる形になりますよ。そうなれば……」

提督「その点は問題ないだろう。奴らが私たちの変わりに“あいつ”の餌食になってくれさえすればな」

秋月「……っ。未だに不安は残りますが……策があるということですね。信じますよ、司令っ!」

ギュッと握り拳を固めて歯を食いしばり、最大出力で駆け抜ける秋月。

・・・・

秋月「……敵艦隊、反転して迫ってきます! こっちには機銃ぐらいしかありませんよ!? どうしましょう、司令!」

提督「沈んだ時は私を恨め。君の業まで背負ってやろう」

秋月「答えになってませんって! うわあ! 砲弾が飛んできました!」

秋月には、提督がこの緊急事態でなぜにやけ顔を浮かべているのか理解できなかった。

提督「戦場だからな。……この際いちいち動じていても仕方がないだろう。運命を受け入れろ。
やられたのならそれまでだったということ、私も君もな。死のうは一定。遅いか早いかの違いだ」

秋月(うぅ……やっぱりまともじゃないですこの人……)

一分ほどして、砲音が鳴り止んだ。なおも振り返ることなく突き進んでいた秋月だったが、提督の言葉を聞いて立ち止まる。

提督「もういい、ご苦労。後は帰るだけだ……日が昇りつつある」

うっすらと空の端が白んでいく。太陽の頂点が水平線から顔を出す。

秋月「夜が明けたんですね。綺麗……」

払暁を告げる強い煌めきを前に、思わず言葉を漏らす秋月。

秋月「ハッ! 敵艦隊は!? あの黒い追手は? ……いない!」

秋月が後方を振り返ると、深海棲艦の姿も黒い人影の姿も消えていた。

提督「……終わったのだ。鎮守府に帰るぞ」

・・・・

昼前の執務室。提督は相変わらず吹雪と他愛もない世間話をしていた。

吹雪「司令官……? なんか今日寝不足じゃないですか? いつもより目つきが悪いですよ」

提督「クマが出来ている、というのなら推論として成り立つが……。目つきの悪さは生まれつきだ」

吹雪「えへへ、すみません。けど、なんだかいつもよりオーラがありますよね。危険っていうか、アウトローっていうか……」

提督(勘づかれたか? 軍務が終わった後のことだぞ……? 私か秋月の後をつけていない限りは外出したことさえ把握できないはずだが)

吹雪「いつもよりカッコいいですよね……! なんかこう、『やってやる!』って気概を感じます!」

提督(なるほど杞憂だ……)

吹雪「……よし! 司令官の顔を見ていたら私も気合が入ってきました! 今日も一日頑張りましょう。手始めに……」

吹雪が退室した後、部屋の奥に設置されているロッカーに向かって声をかける提督。

提督「出てきていいぞ」

秋月(早速バレた……!? 完璧に身を隠せていると思ったのに……)

秋月は数時間の仮眠を取った後、提督と吹雪が部屋から離れた隙を狙って室内に潜入していたのだが、あえなく気づかれてしまう。
795 :【52/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:19:16.06 ID:51r/hk3y0
提督「そこに隠れて何がしたかったんだ? 軍学校への休学願なら受理されているだろうに。日中は夜に備えて寝ておくべきだと思うが」

秋月「うぅ……ごめんなさい。こそこそ隠れるような真似をしてすみませんでした。
司令の素行を調べようと思って……あっ、いえ! (お寿司の)ご恩があるので、悪い人だと疑っているわけではないんですが!」

提督(たかが一度夕飯を奢られたぐらいで疑念を払拭してしまうのは不用心すぎるのではないだろうか……)

秋月「司令についての謎が多すぎて……この先も昨日のように二人で夜を過明かすのなら、もっとお互いのことを知っておかないと思いまして。
そうすれば、昨日よりももっと司令の理想とする動きに近づけるのかなって……」

秋月(本当は忽然と消えた深海棲艦の行方や黒い人影の話も聞きたいですが、答えてくれるか分かりませんし……。
けれど、そういう部分を抜きに……私は司令から学ばなければいけない部分がある。司令は変わった人ではあるけれど……とにかく肝が据わっている。覚悟が違う)

提督「……お互いのこと、か。自分語りはあまり好きではないが、私と君の関係は少々特別なものだしな。構わんが……」

秋月(司令が昨日仰っていた通り、戦場に赴く度にあんなおっかなびっくりの立ち回りをしているようではいけません……。
実戦で活躍するためには、窮地に立たされても彼並みの度胸や冷静さが発揮できなければいけない……司令から学べる部分は吸収したい)

提督「時間を割くことが難しいな。夜、(鎮守府の敷地から)外で話すのは誰が聞いているか分からないから避けたい。
とはいえ執務中に休めるのは昼の休憩時間のみ……。これも先客がいるんでな、どうしたものか」

舞風「呼ばれて飛び出て……じゃじゃーん! 舞風参上でぇーす!」

扉を開けて入ってきたのは舞風であった。彼女も吹雪と同様、涼金提督の管轄する艦隊に所属する艦娘の一人である。

秋月(あっ、無表情だった司令が露骨に渋い顔をしている。『心底めんどうなやつが来た』って表情ですね……)

提督「君……盗み聞きしていただろう。先客というのは彼女のことだ。昼食を誘われているのだよ」

舞風「一人よりも二人! 二人よりもたくさん! 数は多ければ多い方がいい! これが戦の基本です。
そんなわけでっ。一緒にランチ、どうです? 提督だって一遍に相手した方が手間がなくて良くないですか? 良くなくなくなくなく……あれっ?」

ジェスチャー交じりに提案する舞風。ダメ押しと言わんばかりにビシッと指を突き出して、ニヤリと笑みを浮かべる。

舞風「それにぃ〜〜〜〜……『昨日のように二人で夜を明かすのなら、もっとお互いのことを知っておかないと』とか。
『私と君の関係は少々特別なものだしな』とかとか! こ・れ・は〜? 是非ともお話伺いたいですねぇ〜」

秋月からの引用を高い声で、提督からの引用をわざとらしい低い声で表現する舞風。舞風たちの艦隊では、涼金提督の声真似をするのがプチブームらしい。
アとウを足して二で割ってから濁音をつけたような苦悶の唸り声をあげた後、提督は承諾した。

・・・・

ピークの時間を過ぎていたのか、食堂はかなり空いていた。

秋月(鎮守府の食堂でご飯を食べるのは初めてですね……普段の給食と違ってちょっと量が多いかも)

舞風「あーあ、遅い時間に来ちゃったからCランチしか残ってなかったよ〜。また秋刀魚の塩焼きか……美味しいけどちょっと飽き気味だな〜」

提督「旬の時期に旬の物を食べる。それが食の最適解だ、この鎮守府にはその理を解する者が少ないようだな」

舞風「そうでしょうけどぉ。日替わりランチなのに毎日秋刀魚定食が出されるんですよ〜。
これじゃ日替わらずランチですってー! 今日の舞風の気分はカツレツなんです〜!」

提督(いくつかの漁場は、深海棲艦による深刻な被害を受けていると聞く。秋刀魚をこうやって日常的に頂けるのも、この先数年限りになるかもしれないな……)

提督「贅沢を言うんじゃない、目の前の命に感謝しろ。そうやって文句と唾を垂らしていると味が落ちるぞ」

舞風「ツバなんか垂らしてまーせーんー! 提督ったらデリカシーないんだからぁ」

秋月「お二人って、仲が良いんですか?」

提督「仲が良いというわけではないが……軽薄そうに見えて弁えるべきところは弁えてるからな。信用はしている」

舞風「そこは仲良しって言って欲しかったな……。司令はご飯のことになると結構喋るよ。そんなに量食べないくせに、やれ味がどうだ食感がどうだうるさいんだな〜」

提督「昔はよく食べてたんだよ。胃下垂でな……大食いしても痩せない体質だったもんだからなんでもバカ食いしてたんだが。
食い過ぎて病院の世話になったことがあってな……以降満腹まで食べることが少々トラウマになってしまった」

秋月(敵に背を向けた状態で笑みを浮かべていられるような人にもトラウマってあるんですね……)

舞風「おっ、意外なエピソード。そうそう、司令はガードが堅いように見えて喋り出すと案外ボロが出るタイプだからじゃんじゃん話しかけるといいよ」

秋月「なるほど……」

提督「なるほどではない(だからあまり人と話したくないのだ)」

舞風「けど、秋月も結構司令と似てるね。考えてから話すタイプでしょ? 司令みたいな人には何も考えずにその場で思いついた気持ちをぶつけるといいよ」

提督「考えなしに話しかけないでくれ」

舞風「こんな風にツッコミを入れてくれるからね! これが舞風流の提督攻略法です」

秋月「なるほど……」

提督「なるほどではない(この場を設けたことの失敗を痛感させられるな……)」
796 :【53/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:30:55.38 ID:51r/hk3y0
秋月「……あの。一つ気になってたことがあるんですけど。司令っておいくつですか? 髪は真っ白……ですけど、皺がほとんどないですよね」

提督「28だ。白髪は過去にあった出来事が原因だが……このことについては話すことが出来ない」

舞風「タブーの話ってやつですね。才能がない子には教えてくれないんだってさ、ちぇーっ。
秋月もそのことで夜な夜な呼ばれてるんでしょ? それとも……ホントのホントにお楽しみ的な……?」

秋月(やっぱり……司令が意味もなく誰かと昼食の約束をするとは思っていませんでした。舞風さんも司令と何らかの協力関係にあるようですね)

提督「舞風……秋月に探りをかけるな。それに、そう卑下をすることもない……君は君で私の役に立ってくれている」

提督「……才能というやつは、なまじ持ち合わせてしまうとかえってその力に苦しめられることになる。
己の才気を過信して身を滅ぼす者の方が、無能さゆえに身を滅ぼす者よりも多いのだ」

舞風「ううーん。って言われてもなあ〜。羨ましいよなぁ〜……才能人はさぁ〜……ラララ〜」

突然立ち上がると、歌いながら踊り始める舞風。くるんと体を回転させ、トレーを片手で運びつつ厨房へ向かう。
やるせない口調で歌詞を口ずさんでいるわりにはキレのいい動作をしている。

秋月(司令の言っていることも、舞風さんの気持ちも……どっちも分かる気がする。
私が司令に呼ばれた理由は、私が視える人だったからで。でも、そうであるがゆえに昨日、すごく怖い思いをして……)

秋月(同じ目に遭っていたはずなのに、司令は全然平気だった。私にはない勇敢さや大胆さがある。
……戦場で怯えたりパニックになるのは、私が弱いからだ。もっと精神的に強くならなくては)

昼食が終わると、舞風は二言三言提督に耳打ちしてどこかへ行ってしまった。秋月も夜に備えて再び床に就いた。

提督(そうか、かなりギリギリになるな……だがあれが無ければ勝負にもならない)

・・・・

秋月が涼金提督と出会ってから数十日。再び満月の夜が訪れる。二人はいつも通り夕食を済ませた後、海の上で日付が変わるのを待っていた。
秋月は直立で、提督は秋月の艤装の上に立て膝で座りながら、背中合わせに月を眺めている。
提督曰く、この日は地球から見た月の円盤が最も大きく見える夜だそうだ。

提督「今日で最後か。ふと思い出したんだが……何日か前に私に憧れていると言ったな。どうしてだ?」

秋月「はい。最初の夜、敵艦隊に遭遇したじゃないですか。……司令が居てくれたからあの時は動けましたが。
私一人だったら深海棲艦を前に竦んでしまって何も出来なかったな、って後から思うんです」

秋月「幸いにしてあれから深海棲艦との接触はありませんが……今もちょっと怖いです」

提督「深海棲艦がか? 確かにあの時も危なかったが……数日前の方が危険度で言えば高かっただろう。本当に間一髪だった」

提督「それに、私が居たから上手くいった……ではない。よしんば君が一人で深海棲艦と相対した時に手も足も出なかったとしよう。
しかし、単艦で敵の群れへと艦娘を送り出す提督がこの世のどこにいる? あの状況は私のせいで起こったのだ。本来の戦闘では起こりえない。
君は私に一方的に利用され、窮地に陥った。そして見事切り抜けた。むしろ誇るべきことなのだよ」

秋月「……。違うんです。違う……。私……なんて言ったらいいんだろう……」

提督「いつだったか舞風が言っていたな。私のようなやつには『何も考えずにその場で思いついた気持ちをぶつけるといい』と。
最終日だしな、わだかまりがあるなら全て受け止めるぞ? 恨み言でも呪詛でもいくらでも買い取ろう」

秋月「……司令が悪いんじゃないんです。ただ、司令と会ってから今日までずっと……思うようにいかなくて。
司令に、守ってくれって頼まれているのに……危険な目にばかり遭わせてしまっていて、申し訳ないんです」

提督「……? 私が一度でも君を叱責したことがあったか? 十二分に上手くやっていたと思うぞ。
確かに君は不測の事態に陥るとパニックになってしまう傾向はあったが……それを気にしているのか? 些細なことだろう」

提督「こうして二人でここにいるという結果が君の働きの全てを物語っている。……私は君が憧れるほど立派な人間ではないさ」

提督(無垢な君とは違う。私は罪業に汚れきっているのだからな)

秋月(司令は……秋月のことを、どう思っているのでしょうか……。秋月……司令と離れたくないんです。なんて無茶、言えないもんなぁ……)

この時、提督はこれまでの過去のことを、秋月はこの先の未来のことを思い描いていた。
同じ宵闇の空を見つめる二人の姿が、月明りに照らされた水面に揺れている。

秋月「司令……今日が終わったら、もうこうして会うことはないんですよね……」

提督「そうなるな。……今日を無事越せればの話だが」

提督(不安にさせるだろうから言わないでおくが……これまで“あいつ”に関わった人間は全員、その対処に失敗してきている。
二十年前のあの日……八歳だった私は――私以外の全てを犠牲にして生き残った。そうするしかなかった。だが……)

提督(先人や過去の私と同じ轍は踏まん。今日で因縁に決着をつける)

秋月(ここで私が怯えていたら、本当に司令と離れ離れになってしまう……)

秋月(……今日で決着をつけなきゃ、ダメですよね)

秋月「じゃあ……少しだけ聞いて欲しいんです。秋月の話」

提督「構わんさ、話してみるといい」
797 :【54/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:36:27.62 ID:51r/hk3y0
秋月「秋月は……軍学校ではみんなに持て囃されて、期待されていて……。
今まではそれに応え続けてきて。褒められるのが嬉しくてずっと頑張ってきたつもりでした……」

秋月「でも……最近はその期待に応えるのが辛くて……なんでもこなすのが当たり前になっていて。
失敗したら失望されてしまうんじゃないか、笑い者にされてしまうんじゃないかって不安だったんです」

秋月「だから、司令みたいに、強い人にならなきゃいけないって思ったんです。私も、敵を恐れない強い精神力が欲しい。
時折昼間に司令に会いに行ったりしたのも……勇気が欲しかったんです」

提督「……私が勇敢に見えるのか? 違う、破れかぶれになっているだけだ。憧れを抱くならもっと真っ当な奴にするんだな」

提督(“あいつ”に復讐する……それだけが私の人生の目的だ。それ以外にない)

提督「そういえば……軍学校の教師が、君のことをとても評価していた。成績ではなく人格をな。
人間関係でのトラブルもなく、自分の力量に驕ることもなく、ストイックに訓練を続けていると」

提督「勇気や知性は、後からでも手に入る。才能がなくとも、努力次第で人並みにはなれる。
だが心は……壊れてしまったらもう元には戻らない。戻せない……。君はその清い心を失うな、私のようにはなるな」

秋月「いいえ……勇気なんてどうだっていい。どうだってよくないけど、どうだっていいんです……建前で。
私に必要なのは……司令なんです。司令がいれば、どれだけ臆病な気持ちになっても、どれだけ怖くても、超えていけそうな気がするから」

秋月「ずっと、秋月の傍にいて欲しいんです。他の誰かじゃダメなんです……。
本当は臆病で、見栄っ張りで、弱い私を許してくれるのは……そんな秋月に勇気をくれるのは、司令だけだから」

提督「私はこれまで……口に出したことは曲げずに生きてきた。かつて君を含めた幾人かの艦娘の話題になったことがあってな……。
他提督の前で『鍛錬不十分な在学中の艦娘を登用するつもりなどない』と公言している。能力面もそうだが、何より精神的に未熟だからだ」

提督「君のその感情は……雛鳥が生まれて最初に見たものを親だと錯覚するようなものだ。
ガラス玉のように曇りのない美しい感情だが、そうであるがゆえに分別がついていない」

秋月「確かに秋月は司令の言う通りかもしれません。……だから、まだ出会って一ヶ月しか経っていないような相手に、自分の全てを曝け出してしまう。
自分の内側に閉じ込めておきたかった弱さも、認めたくない不完全さも……あなたの前ではいとも容易く口から零れてしまう」

秋月の口から漏れ出る言葉が、涙声で揺れる。それでも提督は聞き逃さないように耳を澄ませていた。

秋月「あなたのことを考えると……胸が張り裂けそうになるほど苦しくなってしまうんです。こんな感情になったのは、初めてなんです。
壊れた心が元に戻らないのなら……私は……。私は、あなたを喪った時に壊れてしまう」

提督「……生まれて初めて、ポリシーを曲げてもいいと思ったよ。軽薄な男だな、私は」

秋月「え……?」

提督「バカなやつだ、君は本当に。そして私も」

提督「……この夜が明けたら、君を傍に置いてやる。私の言う“あいつ”のことも、私の過去のことも、全て打ち明けてやろう。
……分別がついていないのは私の方だな。情に絆されるなど愚かしい……愚かしいことなのだがな」

提督が自嘲の意を込めた高笑いをすると、秋月もなんだかおかしくなってつられて笑い出してしまう。笑い声は重なって水の上の波紋に変わる。

提督「さあ。日付が変わる……これが最後の夜だ」

・・・・

黒い人影が遠く離れた陸地から無数に追いかけてくる。

秋月「最初の頃とは比べ物にならないほど多い……!」

提督「月が満ちれば満ちるほどに増えていく傾向があったが……今宵はさながら百鬼夜行だ」

歌が聞こえてくる。歌詞を口ずさむ幼子の声。提督にとっては聞き慣れた歌だった。秋月にとっては聞こえないはずの歌だった。

秋月「籠の中の鳥はー……」

提督「秋月……まさか、聴こえているのか? 視えてしまっているのか?」

秋月「やっと司令と同じところまで来ました。はっきりと聞き取れる。はっきりと視える……!」

提督「まずいことになった……あいつらの数の多さにも合点がいった。秋月。あれらに囲まれたのなら、私を海に放り出して逃げろ。
そうすれば君だけは助かるかもしれない。艤装の力で海を走れる君なら、まだ生き残れる可能性はある」

秋月「大丈夫です。司令……数日前に何度か実証済みです。攻略法を編み出してきましたから」

これまで提督が共に過ごしてきたような、どこか頼りない様子とは異なる自信に満ち溢れた返事。

秋月「的が小さいだけ……! 接近して撃ち落とせば退けられる。一昨日、あの黒い影と肉薄したのは仮説を試すため……!
司令の言葉がヒントになりました。私に知覚させないよう、ぼかすために言った『幻覚のようなもの』……つまり」

秋月「あれを“認識”してしまうといけないのなら……襲い来る全てを、私の“妄想”に置き換えてしまえばいい……。
視覚に入ってくるものは妄想上の幻覚であり、実体は機銃で撃ち落とせる蚊トンボに近い存在だと……そう思考を欺きました」

秋月「“認識”したものを追ってくるのなら……その“認識”自体を欺けば『視ている』が『見てはいない』状況が成り立つ。
『聴こえる』歌は全てが妄想……私の五感は今、一切この場に存在していない。秋月の世界には、司令しか存在していない……!」

提督(賭けに出たか。しかし……)
798 :【55/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:41:52.16 ID:51r/hk3y0
舞風は本当に良い仕事をしてくれた。欲を言えば、もう少し早くこの歯車を寄越してくれれば昨日以前の夜も楽に過ごせたんだがな。
それから……吹雪にはまた迷惑をかけてしまうな。きっとあいつにとっての面倒が起きるに違いない。

秋月は目を見開いたまま硬直している。……無我の境地に到達し、認識による浸食を防ぐか。私には不可能な芸当だな。
惜しむらくは攻撃手段を武器に設定してしまったことだろうか。念力の類ならば夜明けまで退けることが出来たかもしれないのだが……。
その場合は精神力が尽きた時に同じ結末を辿るか。結局のところ、もう対抗手段はない。弾は尽き、囲まれつつある。

秋月の“攻略法”は、夜を超え朝を迎えるには至らなかった。だが……私の復讐には大きく貢献してくれた。
これだけ多くの“バグ”を引き寄せることが出来たのだ。あの時の数倍以上の量……恐らく、ほぼ全てがここに集結しつつある。
よくぞここまで膨れ上がったものだ……私の攻略法がなければ、未来にこの国は地図から消えているかもしれないな。

さて……感傷に浸るのもこれまでだ。残るミッションは二つ。
艦娘の記憶を消す薬か……。恐ろしい代物だが、これも需要があるから生み出されたものなのだろう。
恐らくこれで君は生き延びるだろうが……救えなかったのならばすまない。さようなら、秋月。

さあ。最後だ。忍び草には何をしよぞ……、もはや出来ることなど残されてはいないが。
復讐に生きた私の末路には相応しい。時は再び刻み始める。

・・・・

秋月は、毎年ドラフトで指名され続けたものの「なんとなく卒業までは学校に残りたい」と拒否を続けた。
涼金提督と出会ってから五年後に軍学校を卒業し、ようやく舞鶴鎮守府に着任。
期待通りの活躍ぶりで名を轟かせていたものの、秋月はそうした評価にはほとんど関心を示さなかった。

地位や名誉といったものに執着が薄れたようである。
「自分にとって大切なものが他にあるはずだ」という彼女なりの心境の変化があったらしい。
代わりに、他者との交流を積極的に取るようになり、いくつかの趣味を持つようになった。

十年間舞鶴鎮守府に務めた後、柱島泊地に異動を言い渡される。
十年も過ごしただけあって別れを名残惜しむ者が多かったが、秋月はこの異動をポジティブに捉えていた。
この時の彼女には、どんな環境に移ろうとも上手くやっていけるという自信とそれを裏打ちするだけの能力があったからである。

事実、柱島泊地に着任してから一年が経過しているが、彼女に対し好感を抱いていないものなどいなかった。
公明正大にして冷静沈着。どんな危機にも動じない判断力や決断力を持つ、私人としても武人としても優秀な人材に成長していたのだった。

・・・・

任務を終え、施設内の戸締りをしていた秋月は瑞鳳に呼び止められる。

瑞鳳「あら秋月。ここに居たのね。これ、郵送で届いてたの。舞鶴鎮守府からだって。
……柱島泊地の秋月さんに〜、って書いてあるのは良いんだけれど、差出人の名前がないのよね」

秋月(舞鶴からの小包ですか……。ここに異動になる前はずっとあちらに在籍していたから、不自然というわけではないけれど……誰からでしょう)

小さなダンボール箱を秋月に手渡す瑞鳳。箱の中に何が入っているのかは分からなかったが、それなりに重みがあるように秋月は感じた。

瑞鳳「一応検査は通っているから危ない物ではないみたいだけど。説明書きも無いし、何かワケありな物が入っているのかしら……?」

秋月「うーん……私にも何か検討つかないですね。ここで開けて中身を確かめてみましょうか?」

箱を開けると、入っていたのはダイヤル式の黒電話だった。

瑞鳳「このご時世に黒電話……? こんなものを送りつけてきて何がしたいのかしら」

秋月「ダイヤル部分が壊れていて全然回りませんね……。なんでしょう、これは」

瑞鳳「イタズラ? 嫌がらせ? どっちにしてもなんだか不気味よね。壊れていて使えないみたいだし、要らなかったらこっちで処分しとくわよ?」

秋月「いえ……無意味にガラクタを送りつけてくるような知り合いはいないと思うので、少し自宅で調べてみます」

・・・・

弦月が浮かんでいる。夜霧が立ち込めていて、窓から見える星の光は滲んでいた。

秋月「結局……なんなんでしょうかこれは。ケーブルとその変換器があれば受信だけは出来るかもしれませんが……そんなものはありませんし」

瑞鳳から渡された例の黒電話は、分解して中身を確かめた結果内部に破損はなくダイヤル部分を直せばまだ電話として使えることが判明した。
……分かったことはそれだけで、意味深な紙切れが隠されていたり盗聴器が仕掛けられていたりということはなかった。

秋月「明日、乙川司令に言って差出人について調べてもらった方が良さそうですね。……」

秋月が床に就こうとした矢先、ジリリリ……と音が鳴り響く。秋月はすぐさま電気を点け、音がどこから鳴っているのか確認する。

秋月「……! これは、黒電話の呼び出しベルの音に違いありませんが……」

電力が供給されておらず、電話線も繋がっていない。
ベルは確かに内臓されていたが、ひとりでに音が鳴りだすような機構など当然なかった。

物理的に起こり得ない現象が生じている。このような心霊的な恐ろしさは彼女にとって未体験のことだった、はずなのだが……。

秋月(不思議……不思議なぐらい気持ちが落ち着いている……)

秋月(前にもこんなことがあったような……? いや、そんなはずはない……でも。
ずっとこういうことが起こるのを期待していたような……不思議な気持ちがします)

おそるおそる、受話器に手をかける秋月。
799 :【56/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:49:53.98 ID:51r/hk3y0
??「……初めまして、になるな」

朴訥さを感じさせる低めの男声。秋月にとって聞き覚えのないものだった。

秋月「あの……どちら様ですか? というより……どうやって話しかけてきているんですか?」

??「……電話に取り憑いた未練がましい悪霊さ。名前ももうない」

秋月「幽霊……ですか? 確かに、この現象はそうとしか説明がつかないけれど……」

秋月(悪霊と自称してるわりには、敵意や害意を全く感じませんね……。怖さを感じない、というより、むしろ話をしていて心が落ち着くような感覚が……)

??「一つだけ望みがある、協力願いたい。今や褒美を与えることさえ能わないゆえ、強制力を持たないただのお願いだが。
君にとって利のない依頼だ。嫌なら今すぐこの電話を海にでも投げ捨ててくれればいいが……」

秋月「良いですよ。お引き受けしましょう」

??「! まだ、内容も話もしていないのにな……。まあいい」

秋月(彼が本当に幽霊なのかどうか、真偽のほどはさておき……ポルターガイストじみた怪現象を起こしてでも叶えたいことがあるのでしょう?
見捨てるなんて出来るわけがない。わざわざ面識のない私に頼むのも、何か理由あってのことでしょう)

??「舞鶴湾のとある入り江に、私の遺体がある。君にそれを見つけて欲しい。舞鶴の鎮守府には窓位大将という提督がいる。見つけたなら彼に引き渡してくれ」

・・・・

翌朝の柱島泊地執務室。この泊地を統括している乙川提督とその秘書艦である瑞鳳は、秋月に関する話をしていた。

瑞鳳「提督。舞鎮から書状ですって。昨日秋月に届いてた荷物と関係があるのかしら……?」

乙川「ああ、昨日の夕飯で話してた壊れた黒電話ってやつか。どうだろう。ん〜、どれどれ……」

※乙川提督が作れる料理といえば、せいぜいカップラーメンかレトルトのカレーぐらいである。
 このため、彼は毎晩瑞鳳の家に通い自分の分の夕飯を作ってもらっている。
 また、最近は自分の家から瑞鳳の家に移動する手間さえ億劫になってきたためか同棲生活をしている。

乙川「うちの秘蔵っ子を舞鶴に貸して欲しいってさ〜……どうしましょうかねえ」

書面に目を通し、困り顔を浮かべる乙川提督。

瑞鳳「そんな嫌なことが書いてあったの? 秋月を舞鶴に引き抜きたい、みたいな話かしら?」

乙川「いや、悪い話ではないんだけどね……こんな感じ」

乙川提督が机の上に置いた書類を読む瑞鳳。

瑞鳳「なんだ、たった数日舞鶴に行かせるだけじゃない。依頼の内容も港に寄る漁船の護衛なんて簡単そうな内容だし……。
たったそれだけのことで貴重な改修用の資材なんかを提供してくれるって言うんだから、むしろ美味しい話じゃない?」

乙川「日付が宮ごもりと被っちゃうんだよ。せっかく秋月の分の浴衣まで用意したのにさ……経費で」

※乙川提督や瑞鳳たちが暮らす柱島は、ここ柱島泊地から6kmほど離れた位置に浮かぶ島である。
 柱島泊地在籍の海軍関係者からは本島と呼ばれるこの島では、毎年この時期に『宮ごもり』という名の秋祭りが行われている。
 かつて艦娘含む軍人と島民との間に交流は無く、祭りも限界集落で行われる町内会程度の規模であったが、
 乙川提督が着任して以来これを大々的に祝うようになった。

瑞鳳「けいひ……今なんて? 最後の方にボソッと呟いた言葉がちょっとよく聞こえなかったんだけど〜?」

乙川提督に笑顔で詰め寄る瑞鳳。こめかみには青筋を浮かべている。

・・・・

舞鶴湾は、氷河期後の海面上昇によって山や谷が海に沈み込んだ結果生じたリアス海岸である。
湾の四方が山に囲まれていることから強風や荒天を避けることができるため、港を設置するには最適な場所だ。

秋月(今日で遺体を見つけることが出来れば宮ごもりの前日には柱島に帰れるはず……日没までにサクッと終わらせたいところですが)

秋月「こんな港の近くにある遺体なんて、私が探すまでもなく引き上げられているはずでは……?
沖に流されたのならそれはそれで見つからなさそうですし……」

受話器片手に質問する秋月。

??「今も残ってるさ、必ず。……そして見つけられるのは蓋し君だけだ」

秋月「? それってどういう……あっ!? これが……」

白い髪をした男の遺体が浮かんでいる。右手は手の平を広げた状態で空へ向けていて、左手は銃を握ったまま半分ほど海に浸けている。
こめかみに穴が開いていることから察するに、自殺したのだろう。にも関わらずに遺体はにやけた笑みを浮かべている。

??「私には視覚がないから判別つかないが……恐らく君の見ているそれが生前の私だよ。……さあ、回収してくれ」

秋月(……? この遺体、まるで石膏像のように堅い。指の関節ですら全く折れ曲がらない……死後硬直にしてもこれはありえません。
気になることが多いですね……後で訊いてみましょうか。協力しているのだからそのぐらいの権利はあるはずでしょう)
800 :【57/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/21(水) 23:54:34.84 ID:51r/hk3y0
舞鶴鎮守府に着くと、秋月の知己である阿武隈という艦娘に案内され、第四執務室という部屋に招かれる。

阿武隈「窓位提督〜? この木炭みたいに黒い、人の形をした物体はなんですか? 推理モノの犯人みたいに黒づくめですけど……」

窓位「人間の遺体、らしいよ。ボクにもそうは見えないけどね」

阿武隈「ええっ!? なんてものを運ばせてきてるんですか!? 怖……」

秋月(私が今背負っているものは、どうにも他の人には遺体に見えていないらしい……。奇妙な話ですが)

窓位「おっと……そっちのけで話しちゃってごめんね。初めまして、窓位です。ここの鎮守府の提督の一人だよ」

背は秋月よりも少し低い、少年のような見た目をしている男性。彼が窓位大将らしい。

秋月「秋月です、初めまして。その……この遺体のどこが黒いんですか? 血色も失われていないし……死後間もないように見えますが」

窓位「なんだか変な黒電話が届いただろう? おかしなことばかり言うもんだから最初は悪戯か何かだと思ったんだけどね……。
彼の言うことが正しいとするならば、その遺体が遺体に視えるのは君だけのはずなんだよ。ボクらには人の形をした真っ黒な物体にしか見えないんだ」

秋月「なんですって……?」

窓位「十六年前に自殺した涼金凛斗という人間の遺体らしい。当時ここ舞鶴鎮守府の提督だったそうだから、調べてみたんだけど……。
何一つ手がかりがないんだ。ボクが着任する何年も前に資料室で小火騒ぎがあったようで、彼の名前が載っていたであろう書類だけが焼失」

窓位「ネット上のデータベースにアクセスして十六年前の情報を探っても、彼が指揮していた艦隊に関する情報は出てくるのに、肝心の彼の名前がない。
涼金提督に該当するであろう情報を調べようとすると全部エラー扱いだ。当時舞鶴の提督だった他の人に話を聞いても覚えがないとのことでね」

窓位「君以外にはその遺体をそもそも遺体だと認識することさえ出来ないようだし。これはやっぱり……」

秋月「……この世界から強制的に抹消された、というぐらいに不自然な消失の仕方ですよね」

窓位「直接そう説明されたわけじゃないから推測だけど、ボクもそういうことだと思う。
彼は十六年前に自殺し……何らかの強制力によってこの世界にいた痕跡ごと失われた。たぶん、人為的な力ではないと思う」

秋月「私が軍学校に在籍していた頃の話ですね……十六年前」

刹那、水面に揺れる満月の映像が秋月の脳裏を掠める。

秋月(私ともう一人……背中合わせで月を見上げている光景。私の後ろにいる人は誰? ……思い出せない。十六年前、何があった?)

窓位「彼の要望は、君の持ってきたその遺体を富士山頂に埋葬して欲しいんだって。理由を明かしてはくれなかったけど……。
すごく深刻そうな口ぶりだったから、そうしない限りは成仏出来ないんだろうね。……どうかした?」

秋月「あっ、いえ! 大丈夫です。十六年前に何があったかなって、記憶を想起しようとしていました」

窓位「君は彼と過去に面識があるんじゃないかな。ほら……お金や名誉はあの世に持って行けないだろう?
記憶もまた同じなんだ。お金と違って完全に引き継げないわけじゃないけど……よほどの思い入れがない限り薄れやすい」

窓位「十何年も現世に残っているって時点で相当な未練があるのは間違いないんだけど……。
ただの後悔や憎しみの感情だけなら、彼のように明確に記憶を保っていられるとも思えないんだよね」

阿武隈「窓位提督って……そんな霊能者みたいなこと言う人でしたっけ? よく死後の世界のことなんて知ってますね」

窓位「いやいや……死後の世界のことは分からないし、霊視もできないよ。ただ、大昔……この人工樹脂で出来た肉体に移し替えるための手術を受けた時にね。
その時にボクは女神と……神様と会ったんだ。臨死体験ってやつになるかな。……漠然とだけどその時された話を今も覚えてるんだ」

秋月(この方も結構ワケありみたいですね……)

窓位「あー……二人ともポカンとしてるね。この話はやめようか。なんていうかそうだなあ……彼は、とても孤独だと思うんだ。
ボクが電話に気づくまでは誰に知られることもなく、ずっと電話の中でこういう時が来るのを待ち続けていたみたいでさ……」

思案するように黙り込んだ後、決心したのか目をぱっちりと見開いて秋月に言葉を向ける窓位提督。

窓位「ボクは、彼に言われた通り遺体を山頂に埋めようと思う。どうして彼がそれを望むのか理由は分からないけど……。
もう亡くなってしまった彼のためにボクがしてあげられることはそれぐらいしかないだろうから……そうするつもりだ」

窓位「けど、君なら彼のことを救ってあげられるのかなって、不意にそんなことを思ったんだ。
一人ぼっちの暗闇の中で十年以上過ごしていても君の名前を忘れなかったってことは、君は彼にとってそれだけ大切な人なんだろうから」

・・・・

舞鶴鎮守府の寮内にある空き部屋。秋月はここで一晩過ごすことになった。柱島へ戻るための支度を終え、パジャマ姿で布団を敷く秋月。
窓位提督に遺体を渡して以降、秋月は涼金に何一つ話を聞くことが出来ないままであった。黒電話のベルが一度も鳴らなかったからである。

秋月「向こうから呼び出すことは出来ても、こっちから発信することは出来ないんですよね。この電話……」

秋月(でも……窓位司令に存在を気づかれるまで前もずっとこの電話の中に魂を宿し続けていたようだから……。
つまり、ベルが鳴っていない状態だろうと彼はこの電話に憑依しているってことですよね。きっと今も……)

秋月「あっ! 閃きました。こういうのはどうでしょうか」

毛布と布団の間に潜り込み、背を曲げて丸まる秋月。懐にギュッと黒電話を抱え、耳元に受話器を寄せる。

秋月「そちらに話をする気がないというのなら、実力行使しかありませんね。
私の体温がプラスチック越しに貴方へ届くまで、私の声が受話器の向こうの貴方に届くまでずっと話しかけ続けますから」
801 :【58/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:01:20.25 ID:OEF6BDPZ0
秋月「……秋月、十六年前のこと思い出そうとしているんです。軍学校時代のこと。きっと、その時秋月は貴方と一緒に居たんですよね」

秋月「波のない静かな海の上をクラゲのように漂って……私と貴方で、背中合わせに満ちた月を見上げている。
二人の影を、月明かりが照らしていたんです。そんな光景を……記憶にはないはずなのに、思い出してしまうんです」

秋月「……素敵な思い出のはずなのに。思い出そうとすると不思議と涙が出そうになるんです。
悲しいのか、切ないのか、自分でも分からないんですけど……どうしてなのかな……」

秋月が黙ると部屋は静寂に包まれる。普段の寝室よりもずっと広い、何もない部屋。

秋月「……なにかお話してくださいよ。さびしいじゃないですか……司令」

秋月(あれ……私、どうして『司令』って……? 十六年前はまだどこの艦隊にも所属していなかったはずなのに。
それなのに、すごく自然に言葉が出てくる……想いを伝えたいって気持ちが、とめどなく溢れてくる)

提督「……私のことなど忘れたままでいれば良かったのにな。もう私が君にしてやれることはないんだ。思い出したところで、何の意味もない」

秋月「それでも……私は嬉しいです。もう一度司令と話がしたかったから」

受話器越しに弾む声で喜びを伝える秋月。

秋月「残念ながら、未だに全部は思い出せないんです。でも、少しずつ思い出してきた。司令の声を聴いて、また一つ思い出しました。
私は、秋月は……司令のことをお慕いしていたんだってことを。そして今も……」

秋月「ずっと忘れていたのに、十六年も経って今更好きだなんて虫がよすぎますよね。ごめんなさい。でも、今の秋月の本心です」

秋月「司令と普通に出会って、普通に別れていたらこうはならなかったはずなんです。私の中から強制的に司令が失われたから……。
喪われたことにすら今まで気づけなかったから……悲しくて、やるせなくて……。でもこうしてまた会えたから、たまらなく嬉しくて、愛しくて」

提督「分かっていた。君が私のことを思い出して喜ぶことも、悲しむことも……だから隠していたかった。黙っていたかった」

秋月「司令が生きていたのなら……抱き締めて、ありったけの好きだって気持ちを伝えたかったのに……! どうして司令は……」

彼のかつての器であった肉体は既にその機能を停止していて、魂が再び宿ることは永遠にない。

・・・・

提督「あの後の経緯を話そうか。最後の夜、無数の黒い影のようなものに追われていただろう。覚えているか?」

提督「私は個人的にあれらを“バグ”と呼んでいる。先人は“認識の小人”なんて呼んでいたが……今回は便宜上バグと呼ぶ、その性質は五つ」

第一:バグは満月が最も地球に接近する日から約三十日前に出現・活性化する(おおよそ二十年に一度の周期)。
   活性化していない状態では無害であり、月の接近期間内でも日中は活性化しない。
第二:バグに能動的に触れた者をこの世に居た痕跡ごと消失させる。
第三:バグは他のバグを引き寄せる。バグは他のバグの集まる場所へと向かう。
第四:バグが疎らに存在している場合は、その存在を認知している生物を優先的に対象として狙いに来る。
第五:複数のバグが対象を取り囲んだ際、囲まれた範囲内に存在する全てのものを消失させる(生物・無生物問わず)。

提督「尤も、これらは先人と私で発見した法則のようなものだ。君が攻略法を編み出せたように、対策もあるのかもしれない」

秋月(黒い小人……? 覚えているような、覚えていないような)

提督「……最終日、私と君はバグに囲まれつつあった。もはやあの状況を切り抜けることが不可能だと当時の私は判断した。
そこで、“時の歯車”という道具を使った。簡単に言うと時間を停止させることができる道具だ」

秋月「時間を止める……? じゃあ、秋月は司令と一緒に海上にいたはずなのに、次に意識を取り戻した時鎮守府に居たのは……」

提督「そう、時間を止めて君を鎮守府まで引き戻した。そして私と過ごした約一ヶ月間の記憶を消す注射を打った」

秋月「そんなものがあったなら、司令もその場から逃げ出せば助かったのでは……?」

提督「……あの時のような大群に追われていては、海の上のどこに逃げようと振り切ることが出来ない。
まして陸地に逃げればその被害たるや計り知れない。それに……あの時は」

提督「あの時はもう、死んでしまっても良かったんだ。私はバグを無効化させることが出来ればそれで良かった。当時の私はな」

提督「止まった時間の中では自ら許可しない限りバグに触れようとも消失することはない。
一方で、自分の肉体と銃だけは通常通り動けるように許可すれば、止まった時間の中でも自殺は可能だ。
私が死んだ瞬間に時は再び動き出し、しかし私の遺体の時間だけは止まり続けるよう、時限設定をした」

提督「私の遺体は永遠にバグを集め続けるだろうが、時間が止まっているからバグが活性化しようと消失することはない。
その後肉体から抜け出した私の魂はこの黒電話を器として選んだ。これがあの夜の後のいきさつだ」

・・・・

秋月「司令はあの夜……ずっと一緒に居てくれると言ってませんでしたか? 秋月のことをずっと傍に置いてくれるって」

提督「約束、果たせなかったな。……すまなかった」

秋月「いいえ、お詫びの言葉なんていいんです。謝って欲しくなんかないんです。過ぎてしまった時間は取り戻せないから。
でも、この先の時間なら変えられるはず。……十六年の空白さえも埋め尽くしてしまうぐらい、二人で未来を彩っていけばいい」

秋月「だから……今度こそ。私と一緒に居てくれませんか? 私と一緒に未来を歩みませんか」

提督「突き放しても、記憶を消しても、君はどこまでも追いかけてくるんだな……」
802 :【59/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:04:06.91 ID:OEF6BDPZ0
秋月「当たり前じゃないですか。それだけ大切な人なんですもの」

提督「死人が生者を縛るようなことは言うべきではないんだろうが……君がそう言ってくれるのは、実のところ嬉しい」

秋月「良かった……司令も、秋月と同じ気持ちだったんですね」

秋月の背中が温もりでいっぱいなのは、毛布の暖かさだけではなかった。込み上げる感情が彼女の体温をゆっくりと高めていく。

提督「……もう、寝た方がいい。明日は柱島に帰るのだろう? ゆっくりとお休み」

秋月「はい。ふふ……また明日。明日も、いっぱいお話しましょうね。もっと司令のことを思い出させてください。おやすみなさい」

触れることも出来ず見つめることも出来ないからこそ、その声に、その言葉に、秋月はありったけの愛情を込める。
それが苦しいほど伝わってくるからこそ、提督は何も言えず押し黙っていた。

・・・・

ススキが風に揺れている。鈴虫の音が遠くから聞こえてくる。朝焼けの光が差して茜色に染まる原野。
煙のように白い髪の子供が岩の上に腰掛けていた。もの憂げな瞳は、焼け焦げた跡だけが残る何もない地面を映している。
秋月も彼の横に座り、同じ目線で同じ景色を眺める。空間ごと切り取られたかのように何もない、土が露出したまっさらな地面が広がっている。

提督「この姿は、八歳の頃の私だ。三十六年前の思い出さ。地図にも載っていないような山間の隠れ里で私は生まれ育った。
外界から隔離されていたこの場所にも、人の営みがあったんだ。私の家族もここで暮らしていた」

提督「この集落には、仏教や基督教のような宗教らしい信仰体系があったわけではないが……。
無生物の中にも精霊が宿っているという伝承を信じていたんだ。命を持たない物にも思念や意志が宿るのだと」

提督「だから……壊れてしまった道具や家具を弔う風習があったんだ。壊れた家財道具をわざわざ富士の山まで運んで、死者と同じように弔っていた。
あの山のなるべく高い場所に埋めることで、御霊が早く天へと昇れるようにと祈っていたんだ。今の時代に同じことをすれば不法投棄で捕まるのだろうが」

提督が遠方の景色を指し示す。藍色と茜色が混じり合う東雲の空に、いわし雲がたなびいている。
空の色にも雲の色にも染まらない、紅色の輝き。燃えるように赤く染まった富士の山が聳えていた。

提督「ここを離れる時、最後に見た景色だ」

秋月「綺麗な赤富士……こんな鮮やかな赤い色は初めて見ました。……」

提督「消失した故郷のことを覚えているのは、当時生き残った私しかいない。そしてその私も今やこの有様。だが……ここには命があった。
この先も続いていくはずのささやかな未来があった。これまで人が積み重ねてきた過去の証があった。あったはずなんだ」

提督「生まれ故郷があったことを、そのことをこの世に残したい。無かったことにしたくないんだ。これが私の今の願いだよ。
私の遺体をあの山に埋めれば弔いになる。今や私の肉体だけが故郷がこの世界にあったことの証明なのだから……」

秋月「司令がこうして夢に出てきたのは、秋月にさよならを言うためにですか? ……やはり、別れなければなりませんか」

提督「ああ。死んだ後まで君を巻き込んでしまってすまないな。十六年も経って昔のことを蒸し返す形になってしまった。
しかし……復讐を果たした後もなお成仏できないぐらいには想い入れがあるんだ。君のおかげで、ようやく私は役を終えることができる」

提督「本当は何も言わずに消えてしまうつもりだった。こうして感情を分かち合えば分かち合うほど別れの痛みは増すのだろうから。
だが、君のひたむきさに惹かれてしまったんだ。君の抱いてくれた想いを踏みにじりたくない……だからこうして直接別れを告げに来た」

隣に座る提督の右手を両手で握り、訴えかけるような上目づかいで彼を見つめる秋月。
秋月の方へ振り向いて、喜びとも悲しみともつかない複雑な表情をする提督。

秋月「どんな理由であれ……司令とまた会えて、心の底から良かったと思っています。たとえそれが夢の中であっても」

秋月「……もし。今まで、未練があって成仏出来なかったというのなら……それが理由でこの世界に留まり続けることが出来るというのなら。
これからは秋月がその理由になりませんか? 秋月は……司令にとっての未練にはなれませんか?」

提督「分かっているだろう。死んだ人間がいつまでもこの世界に干渉し続けてはいけない。死んだ人間のことを引きずり続けてはいけない。
私のように過去に囚われてはいけないんだ。私の時間はあの日から……この景色から止まったままなのだから」

秋月「秋月は過去に囚われてなどいません。ずっと司令との未来に臨んでいます、今だってそう。
あの赤富士も司令にとっては過去の心象風景でも、秋月にとっては初めて見る景色。司令はいつだって……秋月にないものを与えてくれる」

まばたきすることもなく、秋月の澄んだ墨色の瞳はただ目の前の提督だけを捉え続ける。

秋月「分かったんです。私が一人だけ司令の遺体を識別できた理由が。
確かに司令に関する記憶は失っていた……でも、司令はずっと秋月の心の中にいたんです」

秋月「仮に人間が太陽という天体の名前を忘れたところで、その光は変わらず天から地へと降り注ぐ。
司令の想いは、ずっと秋月に届いていたんです。秋月の司令への想いは、ずっと残っていたんです。記憶を失ってしまってもなお」

秋月「司令は……秋月にとっての太陽なんです。司令という光が秋月の道を照らしてくれる。だから、この先の未来も……!」

提督「君の望みは叶えられない。もう限界が来ているんだ。全ての命に終わりがあるのと同じ。
その霊魂にも現世に留まり続けていられるタイムリミットがある。私はもう時間を使い果たしつつある」

提督「私のような陰気な男に、太陽など似つかわしくないのだろうが。君がそう言ってくれるのなら……。
私にとって君は、夜の闇のように限りない孤独すらも優しく照らしてくれる、満ち足りた月なのだろう」

提督「この景色を見た時に、隣に君がいれば良かったと強く想う。君が傍に居たならこうはならなかったのだろうから。
それでも……最後に君に会えて良かった。私の中で止まっていた時計の針が、君のおかげで再び動き出したんだ。ありがとう」

提督が立ち上がると、陽光が彼の背中を包み込むように照りつける。富士山は穏やかな空色を取り戻していく。
803 :【60/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:19:19.58 ID:OEF6BDPZ0
朝、秋月が目を覚まして黒電話を確認すると、受話器と本体とを繋ぐケーブルが断線していた。
もう黒電話から提督の声がすることはない、その暗示なのだろうと秋月は解釈した。

秋月はそれから、予定通り柱島に帰ることにした。涼金提督の埋葬は数日後に行われるらしい。
深夜にヘリコプターで山頂上空を目指し、そこから複数名の艦娘が棺を持って飛び降り、秘密裡に地中へ埋めるのだそうだ。
十一月末の富士山といえば、豪雪荒れ狂う極めて危険な山である。常識で考えれば実現不可能な自殺行為に等しい。
……もっともそれは人間にとっての常識であり、艦娘にとっては深海棲艦との戦いに比べればお茶の子さいさいな様子だった。

秋月(乙川司令に頼めば、涼金司令の遺体を埋める作業に同行するのを許してくれるかもしれませんが……他の艦娘もいますし。
あの人も多分、秋月に別れを引きずって欲しくはないんでしょうから……涼金司令のご遺体の安息と、彼の冥福をここから祈りましょう)

秋月「秋月、ただいま戻りました」

執務室の扉を開け、乙川提督に舞鶴で果たした任務の報告を済ませる秋月。

乙川「ふむ。やはり秋月にとっては簡単な依頼だったようだね。これで明日の宮ごもりも誰一人欠けることなく祝える。良きかな良きかな。
……って秋月? ちょっと元気なさげだね。舞鶴で何かあったかい? 言いたくないようであればすごく回りくどい形で聞いていくけど」

瑞鳳「気遣うような口ぶりしておいて、結局何があったか聞こうとするのはやめないのね……。
ま、辛いことは一人で抱え込んじゃいけないわ。私たちいつも秋月に助けてもらってばかりだからね、たまには頼ってくれてもいいのよ?」

瑞鳳「いつも元気に前向きでいられたら良いけれど、そういうものでもないじゃない? 無理して明るく振舞ってもしょうがないしね。
それに、人って色んな一面を持って生きてるから。いつもと違う表情を見せたぐらいで秋月のことを嫌いになる私たちじゃないわ」

普段は痴話喧嘩にも似た漫談を繰り返している二人が、この時はいつになく頼もしく見えた。

秋月(私……やっぱり恵まれてるんだな。こうして気にかけてくれる人たちが居るんですもの)

秋月「あ……いえ、言いたくないわけじゃないんですけど……。昔を思い出す、懐かしいことがありまして。
ちょっぴり切ないんですけど、素敵な、大切な思い出なんです。私自身整理がついてないから、何をどう説明したらいいか……」

乙川「ん〜、そうだねえ。じゃ、前夜祭と洒落込もうか。瑞鳳の家に美味しいお酒がたくさんあるんだよ。
なんでかっていうとせっかく僕が通販で買ったお酒を全部瑞鳳が没収しちゃったからなんだけど……」

瑞鳳「お酒を飲みながら仕事しようとするのが悪いのよ、もう。でも……みんなで集まって飲む分には構わないわよ。
楽しく嗜むならお酒もいいじゃない? じゃあ……今日の仕事ももう終わりだし、宴会の準備をしなきゃね」

・・・・

乙川提督と瑞鳳、秋月のほか、たまたま場に居合わせた照月の四人が卓を囲んで話し合っている。

秋月にとって舞鶴であったことや十六年前の出来事をそのまま説明することは難しかったため、
「軍学校時代に好きだった人と再会して、投合したがやむを得ない理由でまた離れ離れになってしまった」と話した。

瑞鳳「なるほどね……初恋の人との十六年ぶりの再会かぁ〜。ロマンチックねえ」

照月「秋月姉ぇ、軍学校時代にそんな人が居たんだ……浮いた話とか全然聞かなかったからビックリしちゃった」

乙川「十六年も経ったらだいぶお互い変わってそうな気がするけどねえ。それでもやっぱり惹かれ合うものがあったんだね」

秋月(まあ……艦娘である私は老いることがありませんし、涼金司令も十六年前に亡くなった時のままですからね……)

秋月「ええ。もうこの先会えることはないだろうから、ちょっぴり寂しいですけど……でも。
お互い伝えたいことは伝えられたし、それでも別れざるを得ないなら仕方ないのかなって思うんです」

乙川「ふぅむ……相手方の事情はよく分からないけど、こんな一途で純情な子を悲しませるなんて紳士のやることじゃないな」

瑞鳳「自分のこと棚に上げて何言ってるんだか。提督だって大概じゃない」

乙川「いや、そんなことは……あるけども。ま、僕だって何のリスクも冒さずにここの提督になったわけじゃないんですよ」

乙川「正味な話……惚れた女の子を泣かせるぐらいなら、奇跡の一つや二つ起こしてでも傍に居てやるべきだって僕は思うけどね」

秋月(そういえば……乙川司令が柱島を離れた後、瑞鳳さんに再会するために『一生分の勤勉さを使い果たすぐらい頑張った』って言ってましたもんね。
瑞鳳さんには『偉い人相手にハッタリで誤魔化しおおせた』なんて話してるからバラさないで欲しいって言われましたが……)

秋月「奇跡、か……」

・・・・

翌朝になり他の面々は鎮守府へ向かったが、秋月はこの日非番だった。
自宅に帰って遅い朝飯を済ませた後、早く出しすぎたコタツに入って窓越しに空を眺めていた。
このところ冬の始まりを感じさせるような寒い日が続いていたが、今日は気温も暖かく秋晴れの空に太陽が輝いていた。

秋月(司令は……そっちから見てくれていますか? 秋月もいつか、そちらへ向かいます……その時まで待っていてくれますか?)

秋月「……なんて。やっぱり思えないんですよね!! 諦めきれませんもの、司令のことを」

秋月(乙川司令だって、本当は瑞鳳さんと離れ離れになるはずだったところを無理矢理手繰り寄せたんだもの。
太陽と月ぐらい離れていようと、此岸と彼岸で隔たれていようと……いつか必ず)

秋月「必ず、会えるはず……! だって、奇跡を起こしてでもまた会いたい人なんですもの」

無意識のうちに秋月はコタツを抜け出して家の外を歩いていた。
とにかく行動を起こしたいという気持ちが思考に先行して彼女の体を突き動かしていたのだった。
804 :【61/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:23:06.85 ID:OEF6BDPZ0
秋月(……試せることは全部試しておきたいんですよね)

秋月は全くの考えなしに家を飛び出したわけではなかった。
愛車に乗り込んでアクセルを踏みしめ、テンポの速い音楽をスピーカーから流す。向かった先は鎮守府だった。
駐車場に車を停めて鎮守府内の工廠に入ると、前掛けをかけて半田ごての電源を入れる。

秋月(壊れているなら、直せばいい。断線した部分は半田ごてで溶接して、あとはガワに付いたダイヤル部分を回るようにしてあげればいい。
そんなことをしたってまた司令と話せるかどうかは分からない、声が聞けたところで何を話したらいいかは分からないけど……)

・・・・

秋月「修理完了です! ……で、案の定何も起きませんね。でも、これで普通に電話としては使えるようにはなったみたいですし、自宅に置いてみましょうか。
電話線などを取り寄せる必要はありますが……ん、長10cm砲ちゃん。どうしたの? 今日の出撃はないですよ」

円柱状のボディに直方体の頭部、触覚のように伸びた二本の円筒。秋月の脛程度の体長。
この生き物ともロボットともつかない銀色の奇妙な物体は、秋月に『長10cm砲ちゃん』と呼ばれていた。
秋月の装備の一種でありながら彼女の動きをサポートするように自律稼働するという、変わった立ち位置の兵装である。
積載する必要のない武装であるから艦娘の負荷にはならないものの、コストが高いためごく一部の艦娘にしか与えられていない装備であった。

秋月(そういえば……長10cm砲ちゃんを私に与えてくれたのは涼金司令だったのかも……? 長10cm砲ちゃんと最初に会ったのも、たしか十六年前だった。
そう、突然何の説明もなく鎮守府からハイエンドな装備を渡されてビックリしたのを覚えてます)

秋月「長10cm砲ちゃん! 何か覚えていない!? 涼金司令のことっ」

秋月が長10cm砲ちゃんに問いかけると、頷いてウインクする。

秋月(長10cm砲ちゃんは装備の一つではあるけど、どちらかといえば扱いは艤装に近い。いうなれば自律意志を持った艤装……私の半身ともいえる。
私が涼金司令のことを思い出したのに呼応して、長10cm砲ちゃんも何かを思い出したというの……?)

ガション! ガション! ガション! 突然その場に飛び跳ねる長10cm砲ちゃん。

秋月「長10cm砲ちゃん!? 急にどうしたの? あんまり暴れないでぇ! 」

その身体から強い光を放ち、秋月の視界を眩ませる。再び瞼を開けると、秋月の眼の前に黄色い歯車がふよふよと浮遊していた。

秋月「これは、司令の言っていた時の歯車……? 時間を止めることが出来るそうですが……」

長10cm砲ちゃんは首を振った。どうやらこれは時間を操ることの出来る道具ではないらしい。

秋月「黒電話に使ってみて……ですか? 使うって、どうやって……」

歯車を黒電話に近づけると、物理法則を無視してそのままめり込んでいってしまう。
長10cm砲ちゃんの時と同じように光を放った後、歯車は電話から抜け出して秋月の手元へ戻ってくる。

秋月(物から物へと入り込むんですかね……? えっ、次は秋月の手に……何がどうなってるんでしょう)

今度は秋月の手の中に溶けていくように潜り込んでいく。秋月の脳内に、光が駆け巡っていくイメージが浮かび上がる。

秋月「……司令が、長10cm砲ちゃんにこれを持たせていた理由が分かりました。
この歯車は、空間――ひいてはその空間上に存在する物体や概念を再生させるための物」

秋月「ぼやけていた十六年前の記憶を……涼金司令との記憶を、今完全に思い出しました!
奇妙な映像のことも、一緒に見た夕焼け空が赤かったことも、美味しいお寿司を奢ってもらったことも……」

秋月(司令と昨日電話や夢の中で話していた時に思い出したのは、司令に対する思慕の感情と、その感情から連想された記憶だけだったんですね。
『愛していた』という想念そのものの記憶と、その感情から描き出された風景の記憶。……月が照らす美しい海原の思い出)

再び自分の前に浮かび上がった歯車を掴んでポケットにしまい、黒電話の受話器を手に取る。

秋月「司令! 秋月です。聴こえてますか? 全部思い出したんです。全部思い出せたんです! ……」

秋月(返事がない……当たり前といえば当たり前なのですが。でも、あの歯車は黒電話にも作用していたはずなのに、司令が居る“気配”を感じない。
司令の放つ気のようなものを感じない……ここに司令はいないというのでしょうか。……)

秋月「失った記憶は蘇ったとしても、遠くに離れてしまった魂は戻らない、か。……でも、腑に落ちないですね」

秋月が疑問に思ったのは、期間の短さである。涼金凛斗に別れを告げられたのは一昨日の晩だ。
そして彼の遺体は恐らくまだ舞鶴鎮守府に残っている。彼は目的を果たせていないのである。

秋月(十六年間もその時が来るのをじっと待ち続けたというのに、望みの顛末を確認出来ないまま成仏など出来るのでしょうか。
確かに現世に留まり続けていられるタイムリミットがあり、その限界が来ているとは言ってましたが……)

秋月(思い違いかもしれませんが……この歯車には死んだ人間すらも生き返らせてしまうほどの力があるような気がする。
司令の遺体に内臓されているのが“時の歯車”だとするのならば……これはまさしく“空間の歯車”)

秋月(時間を支配できる道具に比肩するほどの、物事の道理すらも捻じ曲げてしまうほどの強いエネルギーをその身で体感しました)

秋月「司令がこれを託していたこと……きっと意味があるはず。奇跡だって起こせるはず」

・・・・

工廠内で様々な調査を繰り返した結果、秋月の直感通り、この黄色の歯車には壊れたものや失ったものを再生する力があるようだ。
物質に限らず、コンピュータ上で削除したデータや破棄した紙に書かれていた情報までも復元できることが判明した。
(動物の蘇生まで出来るかどうかは分からないが、)完全に枯れてしまった植物に力を与えたところ再び活力を取り戻していった。
実験を繰り返しているうちにいつの間にか日が沈んでいたため、秋月は秋祭りに参加すべく鎮守府から本島へ帰ることにした。
805 :【62/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/12/22(木) 00:30:39.80 ID:OEF6BDPZ0
自宅に戻り、浴衣に着替えている秋月。

秋月(それにしても……とんでもないものを入手してしまった。艤装の損傷を修復材なしで完全回復できる。
消耗した燃料や弾薬をノーコストで補填できる。失われた情報媒体や消されたデータまで全て復元できる。
枯れた植物すらも蘇らせてしまう……こんなものの存在が世に知れ渡ったらとんでもないことになっちゃいますよね)

秋月(ただ、あくまで用途はその場にあったものの再生であって、一つのものを二つに増やすようなことは出来ないみたいですね。
壊れたり失われたりしていないもの相手には何の効力も発揮しない、この世のどこにあるものでも無尽蔵に直せるわけではない、と……)

秋月(にしたって危なすぎますよね……私利私欲で気安く使っていいような代物じゃない。けど……)

別室のコタツの上に置いていた、黒電話のベルの音が鳴り響く。着替え途中ではあったが、中断して躊躇うことなく秋月は受話器を手に取る。

??「……よく、……たな。これで……きと、……」

異常に音質が悪い。内容が全く聞き取れない。それでも秋月は再び声が聞けたことに興奮している。

秋月「司令! 司令? 聴こえていますか、秋月の声が。ん……?」

黒電話の本体をよく見ると、本来は電話線のケーブルを挿し込むための部分と思しき箇所から赤い毛糸が伸びている。
試しに糸を引き寄せてみると、隣の部屋のクローゼットから物音がする。ゴン、と何かがぶつかった音だ。

秋月「司令! ……十六年ぶりですね」

クローゼットの中に入っていたのは、夢で会った時と同じ、八歳の頃の姿をした涼金凛斗だった。
手に持った紙コップから赤い糸が伸びている。ニヤリと笑みを浮かべ、白い髪をかき上げる。

提督「一昨日ぶりだな。こうなったら良いと思っていたよ。こうなることを願っていた。……」

ひしと抱き締めて、その確かな体温を感じ取る秋月。されるがまま秋月を受け入れる涼金。

提督「分の悪すぎる賭けだった。仮説と希望的観測の積み重ね、期待もできないような薄い望み。
それでも……たとえ報われなかったとしても。救いがなかったとしても。私は秋月のことを諦めきれなかった」

提督「……情に絆されるのも、悪くはない。最後の最後、もう終わるかというところで……奇跡は起きた」

提督(なぜこの姿で蘇ったのかだけは分からないが……。ま、もう一度やり直してみろという天の思し召しなのかもしれないな)

・・・・

二人以外には誰もいない砂浜の上。浴衣の秋月に手を引かれて歩く涼金。
傍から見れば子供が仲睦まじくじゃれ合っているような光景。
しかし、その繋いだ手から伝わるお互いの温もりは、十六年間分の熱量を含んでいた。

秋月「ここ、すごく夜空が綺麗に見えるんです。ほら、手を伸ばせばお月様に届きそう」

防波堤に腰かけて夜空を見上げる二人。満月にはあと三日ほど足りないであろう、少し歪な形をした月が二つ。空と海原の上に浮かんでいる。

秋月「夜中に一人で砂浜を出歩く理由なんて無いから、普段は訪れないんですけど……ここから見た夜景はすごく好きなんです。
夢の世界でも時折ここの景色が出てくるんです。月が昇って、沈んで、日が昇って、沈んで、また月が出て……そんな繰り返しの夢」

秋月「でも……司令が隣に居るのは夢じゃないんだなあって。なんだか現実と夢がごっちゃになったみたいで不思議な気分です」

提督「ふ、私はもう提督じゃあないだろう。そうだな……凛斗と、名前で呼んでくれたら嬉しい。親からしかそう呼ばれたことはないから」

提督「私は昔、あの黄色い歯車で両親を蘇らせようとしたんだ。だが……この世から消失してしまった、存在していないものは再生させようがない。
秋月には私のように孤独に打ちひしがれて欲しくなかったから……あの黄色い歯車は、君がいつか愛した人を亡くした時に使って欲しいと思って託したんだ」

提督「……それがまさか、本当にこうなるとは願えども予想はしていなかった。私の本来の遺体は、今もまだ時間が止まったままのはずだ。
だからこうして私がここにいられる理由は分からない。あの黒電話に憑依していたからなのか、バグに侵されていようと一応遺体は存在しているからなのか、何なのか……」

提督「ま……理由なんて今はどうでもいいんだ。今度は背中合わせじゃない。向かい合わせでこうして隣にいる。ここに私と君がいる」

小さく笑みを浮かべて秋月の方へ振り返る涼金。秋月は彼の肩に体重を預けてもたれかかる。

秋月「凛斗さん……何度も言っていますが、改めて言わせてください。凛斗さんのことが大好きです。大好きで、大好きで……どうしようもないぐらい好きなんです。
秋月の未来を、あなたと。あなたの未来を、秋月と……そうやって二人で、この先の人生を分かち合いたいんです。ううん、もう首を横に振られたって添い遂げますから」

秋月「だから……末永くよろしくお願いします……ん」

甘えるようなうっとりとした声で誘い、鼻と鼻とがぶつかってしまいそうなぐらいに顔を近づけて、瞼を閉じる。

提督(一生添うとは男の習い、なんて諺があるが……これじゃあまるで立場が逆だ。秋月には敵わないな)

提督「君のおかげなんだ。私が人を信じられるようになったのは。未来を信じられるようになったのは。
君と出会えて良かった……私にも生きる理由が出来たんだ。ありがとう」

涼金が秋月の要望を満たしてやると、秋月は彼の背中に手を這わせて蕩けるように身を寄せる。

・・・・

その後二人は、秋祭りの縁日を楽しんだ。神社の前には屋台が立ち並んでいて活気があった。
居合わせた乙川提督と瑞鳳に、隣にいる男性との関係を尋ねられる秋月。
なんと答えていいか分からず赤面している様子から察して、彼らは二人を祝福するように微笑んで去ってしまった。
月が満ち欠けを繰り返すように、太陽が黎明と落日を続けるように、これからも涼金と秋月の未来は続いていくのだろう。
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