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【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】
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677 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/21(日) 19:41:11.46 ID:2XNG5+1WO
春雨
678 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/02/21(日) 19:46:25.56 ID:jEB85UdX0
お、揃いましたね。ホッとしました。
特に設定周りの指定はないんで普通に艦これの設定準拠でいきます(と言っても
>>1
の主観というノイズが混ざるのでアテにはなりませんが)。
>>675
より瑞鳳が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:25(ヘタレ)
知性:41(中の下〜中)
魅力:61(やや魅力的)
仁徳:38(あまりない)
幸運:46(人並み)
まだ何も書いてないのであれですが、一ヶ月後ぐらいには16レス分投下されてると思います(願望)。
ではしばしお待ちくだされ・・・。
679 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/21(日) 19:49:59.76 ID:zQ49yMpAO
おお再開したか期待
ずほの提督あまり優秀ではないから内助の功的な感じかしらん
680 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/03/21(月) 19:41:50.24 ID:QNW/9c5G0
セルフ保守兼予告です
3/27(日)に投稿できたらと思っていますが、ダメだったらごめんなさい
(ダメでもダメなりに3/27に出来てる範囲まで投下しようかなと考えてます)
//// チラシの裏 ////
世間一般では卒業シーズンですが、自分の場合は年度末の諸々な案件に追われてましてね……いやまあそんな話しても面白くないのでそれはそれとして。
艦これやる時間もあまり取れず遠征しか回せてなくて資源がモリモリ貯まってます。鋼材以外の資源が10万超えたのひょっとして初めてかも。
今後の安価に影響しちゃうんであんまりこういうの書くのよくないかなと思いつつもちょっとだけ艦これに関する私見を書いてしまうと……。
バレンタインの追加ボイスといいホワイトデーといい初雪アツくないすか?
あれだけボイス追加されてる中でのバレンタインデーの初雪のいじらしさといい、それを踏まえてのホワイトデーもアツいですよね。
今一番艦これでキてるんじゃないかな、甲勲章5個持ってる私が言うんで間違いないかと(え
ごめんなさい余計なことを書きました。チラシの裏なので忘れてください
681 :
【1/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/03/27(日) 23:31:54.80 ID:Ogtl1Ak10
柱島は狭い。面積はおよそ3.12平方キロメートルで、一時間も歩けば島の外れまで辿り着いてしまう。
島の外れに島尻の浜という砂浜があり、そこで和服を着た見知らぬ男が一人。
すまし顔で夕陽を眺めながら金管楽器を吹いている。緑がかった黒髪の若い青年だ。
瑞鳳は草葉の陰から彼を観察していた。
瑞鳳「……? あの人、何者……?」
当然、艦娘瑞鳳はこの男のことが気になった。漁船すらほとんど近寄らないこの島に、客人が来ることなど考えにくい。
ここ柱島は今や海軍関係者しか立ち寄ることのない島であり、艦娘を含めても総人口は百人に満たない。
そんな柱島に、舞鶴の温泉宿からそのまま抜け出してきたような格好の男がいれば目立つのも無理はない。
ゆえに、彼を最初に見た瑞鳳から出た一言は『誰?』でなく『何者?』という言葉であった。
??「僻地と聞いていたが……海も清んでいるし、何より人が少ない。良いところだね」
瑞鳳の存在に気づいた男は演奏をやめ、防波堤の傍に置いていた荷物の方へ歩み寄る。
トロンボーンをケースへしまおうとしているようだ。
??「きみ、中学生かな? 僕に何か用かい」
楽器の手入れをしながら、瑞鳳に話しかける男。
瑞鳳「ちゅ、中学生!? 違います! 私は……ず」
艦娘である自分の名を、目の前の見ず知らずの男性に名乗っていいか躊躇い言葉に詰まる瑞鳳。
手入れを終え荷物をまとめると、男は握手しようと瑞鳳に手を差し出す。
??「僕は乙川 奏(オトカワ カナデ)。ちょっとワケあってこの島に世話になることになったんだ。よろしくね」
瑞鳳「はい、よろしく……って」
彼の手を取る瑞鳳、その名前を聞いて目を丸くする。
瑞鳳「!? じゃあ、あなたが新しく来たっていう提督……?」
提督「おや。艦娘だったのか、きみ。名前は?」
瑞鳳「瑞鳳です。って……輸送船が着港した昼からずっと探してたんですよ!? どこに居たんですか今まで!?」
提督「瑞鳳か。聞いたことあるなぁ……何年か前の観艦式で見かけたことがあるかもしれないな……」
彼女の名前を聞いた途端顎に手を当てて考える仕草をする提督。『瑞鳳です』から先は聞き流したようだった。
提督「まあいいや、艦娘なんだっけ。よろしくね。そろそろ散歩も飽きてきたし、案内頼むよ」
瑞鳳(マイペースな人だな……こんな人が提督で大丈夫かなあ)
・・・・
柱島泊地――柱島から続く海底トンネルを経由して車で十数分の位置にある、海上に建てられた小規模な日本海軍の拠点だ。
規模からして海軍要港部と呼んだ方が相応しい小さな施設だが、通俗的に鎮守府と呼ばれている。
瑞鳳に急かされて、柱島港に停めてあったワゴン車に半ば無理矢理乗せられる提督。
提督「鎮守府ってこの島の中にあるもんじゃないんだね。どおりでこじんまりしてるなと思ったよ。あ、僕運転できないから」
運転席に座りハンドルを握っておいてこの一言。呆れる瑞鳳。
瑞鳳「え、え〜……先に言ってくださいよ!」
提督「君が運転すればいいじゃないのさ」
瑞鳳「私も出来ないから困ってるんですよっ! あっ、もうこんな時間!」
ポケットから取り出した懐中時計を見やると、何やら慌て始める瑞鳳。
バタンと運転席の扉を開け、小さくジャンプして提督に抱きかかり、腰に手を回してそのまま持ち上げる。
提督「!?」
神輿のように担ぎ上げられる提督。体格差からしてかなり無理のある絵面なのだが、瑞鳳はまるで負担に感じていない様子だった。
提督を持ち上げる労力などよりも、時間が押していることを気にしているらしい。
瑞鳳「走って間に合うかなぁ……急がなきゃ!」
提督「急がなきゃ……じゃ、なく、て……アッ……」
担ぎ上げた状態で走り続けるのは難しいようで、じょじょに提督を固定する腕の位置が彼の首元と腹部に移動していく。
プロレスで使用される技の一つ、バックブリーカーに近い体勢で運搬される提督。
華奢な体格の提督がこの無自覚な暴力に耐えられるはずもなく、わずか数分で意識を飛ばしてしまう。
682 :
【2/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/03/27(日) 23:32:41.76 ID:Ogtl1Ak10
瑞鳳「軽空母! 瑞鳳! 戻りました!」
瑞鶴「お疲れー、随分遅かったわね。おっ、誰その男の人。彼氏でもできたんですか?」
瑞鳳「なわけないでしょ」
ソファに腰かけて足を組んでいる、ややだらしない彼女は瑞鶴。その隣で手を両膝の上に置いてちょこんと座っているのが秋月だ。
瑞鶴の呑気な問いかけを無視し、ぐったりしている提督を椅子の上に座らせる。
秋月「この人が乙川司令……?」
瑞鳳「そうそう、島の外れまで散歩してたんですって! せっかく色々教えてあげるつもりだったのに……今日はもう時間ないわね」
提督(うぅ……艦娘というのはおっかないな。いきなり殺されかけるとは……)
提督「ところで、やけに急いでいたけれど。これから何かあるのかい?」
瑞鳳「鍵閉めですよ。各施設の見回りをして、それぞれの部屋の戸締まりと点検をします」
提督「でも、ここって軍の施設だよね。閉鎖してるなんてことがあっていいのかい?」
瑞鳳「遠征部隊が長旅から帰ってくる時とか作戦発令時とかは夜に人が居ることもありますけど……普段は9時5時ですねー」
提督(17時になったら業務終了って随分と緩いんだな……)
秋月「24時間体制で警備し続けるための人員が足りてないんです」
瑞鶴「ま、そこまでする必要がないぐらい後衛だからお役所仕事でも問題ないってことだけどね」
提督「そう……あ、自己紹介。ぼくは乙川奏。ちょっとワケあって島流しの憂き目に遭ってしまってね。
半年間の刑期が終わるまではここで暮らさせてもらうよ。まあよろしく」
瑞鶴「刑期って……面白い冗談ね。私は瑞鶴、こっちは秋月です。よろしくね、提督さん」
秋月「よろしくお願いします!」
瑞鳳(この島に来たのって、左遷だったりするのかな……?)
・・・・
秋月が運転する車の後部座席で対話する提督と瑞鳳。
秋月の趣味か、車内のスピーカーからはテンポの速いユーロビートが流れている。
彼女たちの乗る車の先には瑞鶴の車が走っている。
提督「しかし……瑞鳳といい秋月といい、見た目だけなら義務教育さえ終えてなさそうなもんだけどねぇ……。
車が運転できるなんて大人の僕よりすごいじゃない、関心したよ」
瑞鳳(あれ……別の鎮守府で提督をやっていたならいちいちそんなことで驚いたりはしないはずよね。ってことは新人か)
秋月「艦娘は人間と違って肉体的な歳を取らないんですよ、艦ですからね。練度を上げて改造すれば見た目が変わることもありますけど……」
提督「練度ってのはつまり……レベルが上がると進化する、みたいな概念なのかな? ゲームみたいだね」
瑞鳳「演習や出撃で戦闘を経験すると、少しずつ艦娘は強くなっていくの。戦闘で傷ついた艦娘は入渠して回復するのよ」
提督「ふむふむ。そういえば意外と設備はしっかりしていたよねあの鎮守府。小さいとはいえ工廠や船渠なんかもあったし」
瑞鳳「鎮守府の中では一番新しく出来たところだから、規模が小さいだけで機材自体は最新鋭なのよ!」
やや自慢げに話す瑞鳳。
・・・・
柱島港の駐車場で秋月と別れる提督と瑞鳳。
先ほど乗ろうとしていたワゴン車から自分の荷物を取り出し、ガラガラとスーツケースを引く提督。
瑞鳳「提督のおうちまで案内しますね」
提督「うーん、よく知らないけど普通さ……寮とかあるもんじゃないの? 秋月や瑞鶴も自分の家があるって言ってたけど……」
瑞鳳「昔、深海棲艦の攻勢が今よりも激しかった頃に住民の半数は本島に避難したんですけど……幸いこの島は被害を受けなかったんです。
それからしばらくして柱島に拠点を作ろうって話が挙がって、その流れで島にあった空き家はほとんど軍が買い取ったんですよ」
瑞鳳「それを私たち艦娘や妖精たちがせっせとリフォームして今に至るってわけです」
提督「あ。それじゃあ、外食とかも当然無いってことだよね……? コンビニも?」
瑞鳳「個人経営の商店はあるけど、そのぐらいかなー。一通りの食材は売ってますよ」
提督「僕はどうやらこの島で飢え死する運命にあるらしいな……料理、できないんだよ」
瑞鳳「うーん……困りましたね。じゃあ今日は私の家に来ませんか? 晩ご飯、ご馳走しますよ?」
提督「ありがとう、頼むよ(今日に限らず出来れば毎日作ってもらいたいのだけど……)」
683 :
【3/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/03/27(日) 23:33:13.56 ID:Ogtl1Ak10
瑞鳳「いつも通りの献立で悪いんだけど……めしあがれっ」
卓上に並べられたのは玉子焼き、親子丼、玉子とじの味噌汁、温泉卵を混ぜたポテトサラダ。
提督「(妙に玉子を推すんだな……)いただきまーす」
玉子焼きに箸を伸ばし、口の中へ運ぶ提督。咀嚼し、舌で味わい、飲み込む。
笑みを浮かべ、瑞鳳の方を見やる。
提督「おいしい! すごくおいしいよ」
瑞鳳「本当!? 良かったです〜。個人的には玉子焼きは甘い方が好みなんですよね〜。提督のおうちでもそうだったんですか?」
提督「いや……なんと言ったらいいか。子供の頃から出来合いのものばかり食べていたから、家庭の味という感覚がないんだよね」
瑞鳳「(なんかあまり触れちゃいけない感じだったかな……?)あっ、そうだ。テレビでも見ましょう」
リモコンに手を伸ばす瑞鳳を見て何か言いたげな提督だったが、口を開くことはなかった。
30インチほどの、平均的な大きさの液晶テレビにバラエティ番組が映し出される。
瑞鳳は番組の合間合間にあははと小さな笑い声を上げていたが、提督は終始白けた表情をしていた。
・・・・
空になった食器を台所まで運ぶ提督。瑞鳳はまだ食事中で、テレビに夢中な様子だ。
瑞鳳の座る椅子の背もたれに肘かけて話しかける提督。
提督「ごちそうさま、美味しかったよ。本当に美味しかった」
瑞鳳「えへへ、そんなに何度も褒められたら照れますよ」
提督「それで、君からしたら迷惑な話なんだろうけど……明日から毎日、僕のために料理を作って欲しいんだ」
テレビから注目をこちらへ向けるように、瑞鳳の耳元で囁く提督。
数秒固まり、頭上に!マークを浮かべる瑞鳳。頬が赤らむ。
瑞鳳「ええ!? それってつまり……プロポーズ!?」
提督「? きみ……どうして今のでそう解釈できるんだい? よく知らないけど、テレビの中での“お約束”ってやつ?」
提督「僕、料理出来ないからさ。もし君が良かったらお願い出来ないかなって話。嫌だったかな?」
瑞鳳「え? え? いや、良いですよ……」
瑞鳳(なんだ、早とちりか……。でも、無防備だったから、少し、ドキドキしてるかも……)
提督「それからさ。食事中にテレビ見るの、やめにしない?
僕あんまりテレビ見ないから流行とかよく分かんないし、それに、たぶん君と話してる方が楽しいと思うんだ」
・・・・
提督と別れた後、瑞鳳は風呂に入ることにした。
脱衣所へ向かい、手早く服を脱ぎ、脱いだ服を畳んでシャワーを浴びる。
瑞鳳「はぁ〜、今日はなんだか疲れたなー」
瑞鳳(提督……変わった人だったけど、ちょっとカッコ良かったかも? ……私、ヘンな子に思われてないかなあ)
瑞鳳(でも、料理喜んでくれてたし、そんなに悪くは思われてないはずよね)
メレンゲのように泡立てたシャンプーで髪の地肌を優しく包んでいく。
シャボン玉がふわふわと宙を舞う。目の前に浮かび上がる泡にふうと息を吐きかけ、遠くへ飛ばす。
瑞鳳(テレビ見ないとか、子供の頃から一人でご飯を食べていたとか、だいぶ変わった人だよね。なんかワケありなのかな……)
・・・・
提督「おはよう。今日も一日よろしくね」
自宅に訪れた提督の応対をする瑞鳳。
正方形の木製テーブルの上に皿を並べていく瑞鳳と、彼女の姿を見よう見まねで箸や小皿の用意をする提督。
紅鮭の塩焼きに白米、それから落とし卵の味噌汁、炒り玉子を混ぜたほうれん草のおひたし、目玉焼き。
席に着いて、机上に並ぶ椀や皿を眺め満足げに頷く提督。
提督「美味しそうだね。いただきまーす」
瑞鳳「いただきまーす。……提督? その格好どうしたんですか。軍服はありませんでしたか?」
箸を進めながら、提督の衣装について訊ねる瑞鳳。彼は濃紫色の着物姿だった。
着物といっても瑞鳳が知るような晴れ着ではなく、羽織って胴体部分を帯で締めただけの簡単な着つけで、袖丈も裾も短めの動きやすそうな格好だ。
カジュアルだがこじゃれている、飄々とした彼に似つかわしい衣装だったが、その格好はどう見てもこれから鎮守府へ向かう衣装とは思えなかった。
提督「軍服? 家には無かったから普段着を着ているよ」
瑞鳳「あれれ……用意し忘れてましたか。鎮守府にはあるはずなので、着いたら着替えましょうね」
684 :
【4/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/03/27(日) 23:34:07.73 ID:Ogtl1Ak10
提督「わざわざ着替えなおすのは手間だなぁ……。このままじゃダメかい?」
瑞鳳「ダメダメ、そんなんじゃ部下に示しがつきませんよ」
提督「部下に示し、かぁ〜……。でも、僕がここにいるのは半年間だけだよ?
むしろ『あんなダメな奴が提督だった』ってなる方が次に来た提督にとって好条件じゃないかなー」
提督「事実、僕はこの鎮守府に来る際に提督としての一切の義務を果たさない良いって言われてるんだ。つまり任務も何もこなさなくてもいいってこと。
全ては僕の自由意志に任されているということで、そういう取り決めのもと僕はここに来た」
瑞鳳「それってどういうことですか……? 仕事しなくてもいいって……そんなことあるの?」
提督「さあてね。上のお偉いサンがどういう考えなのかは分からないけれど……。
そういうわけだから僕も余計なことはせず、平和な日常を享受させてもらおうかなと」
瑞鳳(どういうこと……? いきなり提督を任されるなんて、士官学校で首席だったとかなのかな?
でもあんまりやる気はなさそう……。ひょっとしてすごく偉い人のご子息だったりするのかな!?)
瑞鳳(で、でも、それとこれとは別よね。生まれが偉いからって仕事しなくていいなんて、そんなのおかしいわ)
考え込む瑞鳳を見て、一体何を思案しているのだろうと疑問に思う提督。突然身を乗り出してガシッと提督の両手を掴む瑞鳳。頭の中で結論が出たらしい。
瑞鳳(つまり! この人を一人前の提督に仕立て上げろというのが私たちに課せられたミッションなのね……!?)
瑞鳳「分かりました! 提督、一緒に頑張りましょ?」
提督「……?」
・・・・
瑞鶴の車で鎮守府に着いた二人。施設の開錠作業を終え、執務室で瑞鳳から手ほどきを受けている提督。
提督(色々説明されても正直よく分かんないなあ……ま、なんか張り切ってるみたいだし適当に話を合わせておこうか)
提督「それじゃあまず、どうすればいい? 言われた通りにすればいいんだろう」
何かを閃いたのか、部屋の端に置いてあるホワイトボードを取り出して、キュッキュッと絵を描き始める瑞鳳。
提督「これは、ドラム缶と延べ棒と……石……? よく知らないけど、これが噂の詫び石とかいう」
瑞鳳「違います! えっと、これが燃料で、これが弾薬、こっちが鋼材・ボーキサイトのつもりで描きました。
艦娘を運用するには、資材が必要です。戦闘や入渠の際にこれらを消費します!」
提督「えっーと、出撃で負ったダメージは入渠させることで回復できるって話だよね」
瑞鳳「そうです! まず、深海棲艦を倒すために、海を進む必要があります(当たり前ですけど)。ここで燃料を消費します。
で、深海棲艦との戦闘で弾薬を消費します。帰ってきて入渠するために、燃料と鋼材を消費します。再び出撃するために燃料と弾薬を補給します」
『出撃』→『戦闘』→『入渠』→『補給』→『出撃』→……というループを意味する円形の図を描く瑞鳳。
提督「深海棲艦と戦うために弾薬が必要、入渠で回復するために鋼材が必要、燃料はどの工程でも基本必要……って感じなんだねー」
瑞鳳「そう。で、このボーキサイトは……戦闘で消耗した艦載機の補充を行うために必要なの。艦載機っていうのは空母のメインウェポンです!
制空権を確保して戦闘を有利に運ぶためには、私たち空母が繰り出す艦載機が必須となるんです! 制空権というのは〜……。って……」
艦載機の絵を描いて説明を進める瑞鳳を尻目に、そっぽ向いて秋晴れの空に浮かぶいわし雲の流れを目で追っている提督。
提督「ええ? ああ、聞いてる聞いてる。なんだっけ? 前・下・斜め前にレバーを倒すやつみたいなのがあるんだってね。
えと……セイクーケン? それをマスターするととにかく良い感じとかそういう話だよね」
黙り込んでじとーっとした目で提督を見つめる瑞鳳。はにかみながら見つめ返す提督。
提督「ごめんごめん。少しボーッとしててね……すぐ完璧にこなせるようになれるほど優秀な人間じゃないけどさ。瑞鳳と一緒に一つ一つ勉強していきたいんだ」
瑞鳳(ちょ……そんなに真っ直ぐな眼で見られたら……)キュン
数秒硬直し、ブンブンと頭を振って我に返ろうとする瑞鳳。
瑞鳳「そ、そうかもね。あんまり一度に詰め込んでも大変か……。じゃあ、そうねえ……」
瑞鳳「さっきも言った通り、資材の管理は私たち艦娘を運用する提督にとって重要な仕事の一つと言えるの。
何度も艦娘を出撃させたり、無理な建造を行ったりしなければある程度は資材が補充されていくんだけど……」
瑞鳳「それだけじゃ艦隊を補強していったり、大規模な作戦に立ち向かうためには全然足りないの」
提督(どうして艦隊を強化したり大規模作戦に挑んだりする前提で話が進んでいるんだ……?)
瑞鳳「資材を得る方法は大きく分けて二つ! 艦娘を遠征に出すか、遠征や作戦などをこなして任務を消化するか、ね。
もっとも、出撃中に獲得できることもあるから、補給に必要な資材が少なくて済む潜水艦を酷使して資材を拾ってこさせるなんて裏技もあるけど……」
提督(サラッとえげつないこと言ってない……?)
瑞鳳「まずは任務を一つやってみましょうか。簡単な任務です」
ビシッと右手の人差し指を立てて提督を先導する瑞鳳。別室に案内するつもりのようだ。
685 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/03/27(日) 23:41:12.44 ID:Ogtl1Ak10
えと……今回は体験版ということでこの辺で区切らせていただけないでしょうか。
もちろんこの先も書けてはいるのですが、完結まではどうにもあと1〜2週間ほどかかりそうでして……。
大変申し訳ないのですがもう少々お待ちいただきたく……。
//// 第一章雑記 ////
残りは11レスなんで、今日投下した分は起承転結でいう起ってとこですかね。
なんか承が膨れ上がっててガッツリ削らないといけなかったり結が出来てなかったりと待たせておいて色々あれな有様なんですが……。
そもそも書く時間が……まあそれは言い訳にしかならないか。
チャラい主人公(?)とチョロいヒロインのやや甘めな感じになるかもしれないし、
そういう風に見せておきながらいきなり裏切ったりするかもしれませんが、まあ大体そんな感じです(どういうことだ)。
前の部とはテイストが違ってこういうのもなかなか書いてて楽しいですね……遅筆なのをなんとかしたいところですが。
686 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/28(月) 19:01:12.77 ID:Ah500GsfO
乙 新シリーズ開始か 期待して待ってる
687 :
◆XsVxKts4oQ
[sage saga]:2016/04/13(水) 12:44:44.44 ID:PmifM8ryO
お待たせしました。4/16(土)の夜頃投下予定です。
次のキャラを決める安価募集レスは今回分投下の直後ではなく4/17(日)12:00頃に書くつもりなので、
次の安価を狙ってる人はその辺の時間帯に待機しているとよいでしょう。
それまでに次に一押しのキャラとか読みたいネタとか考えておくのも戦略かもしれません。
////雑記////
二週間ぐらい待ってと言っておきながらさらにかかってしまってこのザマです。
いちおー、遅れた分も取り返せるぐらい面白い作品にすることで償おうと思ってますがー……(思ってるだけです)。
これでも頑張って書いてるつもりなんで……もう少々お待ちいただけると幸いです。
ほら、年度末とか新年度の始めとかは色々とね……(泣
いやー、それはそれとして前回の物量感覚でやってて尺配分完全に間違えたよね。15レスって長いようで短いよね。
あと今更ながら6-4ってめっちゃ難しいっすよね。いやスレに全然話関係ないですけど。
戦艦水鬼,戦艦棲姫,空母棲姫,ツ級elite*2みたいな編成で来られるのとどっちが難しいんだろうかとか一瞬考えてしまう程度にはヤバいっすね。
もちろん資源消費とか考慮するとそういう編成で来られるよりは6-4の方が数段易しいんでしょうけど。
ただ、体感的にはそのぐらいに今までにないヤバさを感じております。支援艦隊出せないですしねー。
まあ難しいとはいえ別に期間限定海域やEOというわけでもないので焦らずゆるゆる攻略していきます。
688 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/13(水) 22:17:18.97 ID:r6aDIS7T0
出先からの投稿だったんでトリップ間違えてますが本人です。
なにげに投稿時間がゾロ目ですね。だから何って話でもないですが
689 :
【5/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/16(土) 23:11:58.93 ID:IV8+CupH0
提督「任務……だよね。引越屋のバイトじゃなくて。ベルトコンベアとかないの?」
提督と瑞鳳は両腕に抱えた山積みのダンボール箱を運んでいる。
瑞鳳「横須賀とか呉とか大きい鎮守府ならベルトコンベアで楽々運べるんですけどね……。でもほら、職人の技ってあるじゃないですか」
提督「この運んでくる工程もまた職人の技か〜」 あえてつっこまない提督
物陰から薄緑色の髪をしたヘルメット帽の妖精がぴょこりと飛び出てくる。
その身に不釣合いな怪力を発揮して弾薬の束やボーキサイトの塊をダンボールごと溶鉱炉にぶん投げていく。
炉の中からてれれれ〜んと気の抜けた音が鳴ると、取り出し口からペンギンめいた生き物とリボンをつけたわたあめのような生き物が這い出てくる。
瑞鳳「失敗しちゃいましたね……」
提督「色々言いたいことはあるけども……なにこれ」
モゾモゾと蠢くわたあめ(?)とペンギンを空のダンボール箱の中に詰め込むと、妖精はどこかへ立ち去ってしまった。
瑞鳳「謎です」
提督「謎」
瑞鳳「今回は失敗しちゃいましたけど……これで任務『新装備「開発」指令』達成です! おめでとうございます!
これで燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトが各40単位支給されます」
提督「待てよ……さっき20/60/10/110消費して、得たのが各40だと弾薬やボーキサイトは赤字じゃないか……?」
瑞鳳「一回で得られる任務の報酬はこんなものですよ。もし消費する資材を浮かしたかったら10/10/10/10の最低値で回すのもアリかもね。
まあ、その分出てくる装備もしょぼいですけど……では気を取り直して、次は建造です!」
・・・・
建造を一回、開発を三回行った後、瑞鳳は用があると言って工廠を離れていった。
提督は瑞鳳が居なくなると安堵して休憩、これ幸いと楽器を取り出し、工廠で一人トロンボーンを吹いていた。
秋月「あ、あの……提督? 瑞鳳さんから頼まれて来ました。建造の任務に付き添うようにって」
提督が一曲演奏し終わったであろうタイミングで声をかける秋月。
提督「今の演奏……どうだった? ユーロビートとか聴いてるイマドキの子にはちょっとテンポが遅かったかな?」
秋月「(ユーロビートはイマドキというには古すぎるような……?)途中からしか聴けなかったんですけど、とても良かったです!
まるで嵐の中に居るかのように力強く荒々しく、でもそれが落ち着くと希望に満ちた明るい展開になって……素敵な演奏でした」
提督「おっ、良い感性してるね。さっきのはノアの方舟という曲名でね。ベルギーの作曲家ベルト・アッペルモントが1998年に作った曲なんだ。
君が聞いてたのは第三楽章の嵐、そして第四楽章の希望の歌という部分だね。つまり音だけ聴いて副題を言い当てたわけだ。これはすごいことだよ」
秋月「いえ、この曲そのものの出来や提督の演奏の腕前がそれを想起させたというだけで、私は別に……」
提督「またまたご謙遜を。じゃ、せっかく人がいるんだしちょいと趣向を変えてこういうのはどうかな? 知ってるかどうか分からないけど」
とある曲のイントロの一部分を吹いてみせる提督。
秋月「源氏の鎧盗むために結構リセットしましたね」
提督「むごい……ま、知ってるみたいならこれで行こうかな。さすがに最初のアルペジオ地帯は勘弁して欲しいけれども」
秋月「アルペジオ……?」
提督「ああ、和音……うーん、まあ、イイカンジの音をこうやってだね」
提督がトロンボーンを吹くと、奏でられるメロディが階段状に波打つように遷移していく。
提督「ふぅ……順番に鳴らしていく技法をアルペジオって言うんだよ。ユーロビートにもあるだろう? テレレレレ……みたいな」
秋月「ああ、あれですね。でも、勘弁して欲しいって言っておきながら出来てるじゃないですか」
提督「いやいやいやいや……速い音楽に慣れてる君はそう思うかもしれないけど、トロンボーンであの速さを吹くのは人間業じゃあないよ。
ちょっとテンポを落としてアレンジするんだよ。こんな風にね」
ゲーム音楽である原曲の要素を引き継ぎつつも、ジャズを彷彿とさせるリズムや響きに変えながら即興で演奏を始める提督。
彼の表情は、平時に見せる昼行灯からは想像もつかないほど生き生きしていて、天真爛漫な子供のようだと秋月は思った。
演奏に合わせて自然に身体が動いている様子の秋月を見て、一つ提案をする提督。
提督「ん、そうだ。ちょっとリズムを叩いてみない? カホンっていう楽器があるんだけどね。こんな風に跨って、叩いて音を鳴らすんだよ」
誰かが片付け忘れたのか、付近に都合良く置いてあった木箱を持ち出して秋月に座らせる。
秋月「こう……ですか? でも、私楽器なんかやったこと……」
提督「音楽でも人生でも、最も大事なことは楽しむことさ。君には音を楽しむセンスがある。
ジャズのリズムは慣れない人には難しいかもだから、最初のうちは手数で攻めるといい。
思うがままに叩きまくってればその内イロハが分かってくるさ」
結局二人は瑞鳳が戻ってくるまで任務のことを忘れて演奏にふけっていたのであった。
690 :
【6/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/16(土) 23:23:15.16 ID:IV8+CupH0
提督と会話していた時の緩んだ表情とは一転、凛とした顔つきの瑞鳳。
瑞鳳の視線の先には、その小柄な身に不釣合いな大弓を構える少女、大鳳であった。
ここは鎮守府内の射場である。瑞鳳はここで訓練を行うのが日課であったが、今日は自己鍛錬のために訪れたのではなかった。
長い長い深呼吸の後、十分に引かれた弦からするりと放たれていく矢。
シュッと空を切る音。三十三間離れた先の的の中央に突き刺さる。
また深く息を吸い込む大鳳。そして吐き出す。足を戻して構えを解き、一秒間沈黙する。
瑞鳳「見事な腕前ね。噂に違わぬ正確さと集中力。ひょっとしたら私の方が教わることは多いかもしれないわね……」
装甲空母である彼女の堅固さを体現したかのような、鋭く精密な一射を称賛する瑞鳳。
瑞鳳「安定して必殺の一撃が狙えることは大事なことだわ。窮地を切り抜けるのに必要な力だし、何より全ての基本よ」
大鳳「えへへ……褒めすぎですよ。今見ていただいた通り、私の一射には時間がかかり過ぎですもの」
正規空母や軽空母のほとんどは弓を武器としている。弓を使って艦載機を勢いよく射出するのだ。
弓を用いる艦娘の戦闘スタイルは二種類に大別される。一つは『質』に特化した精度重視の戦い方だ。
空戦戦力が拮抗している場合、つまり、量が同程度である場合に戦いの趨勢を決定付けるのは質だからである。
主に艦載機の搭載数が少ない艦娘が用いる戦法で、守勢に強いという特長を持っている。
大鳳「うーん、空母戦は先手必勝ですからね……。私はどうにも物量で押す戦い方が苦手なようで」
大鳳が実戦で求められている役割は、彼女が得意とする戦い方とは逆であった。それは、質ではなく『数』をもって敵を圧倒する戦法。
速射による手数で空を支配し、敵艦隊めがけて奇襲を仕掛けることができるのが特長だ。
大鳳は艦載機の搭載数が多いわりに攻めに転じた際の戦果が乏しく、そのことで悩んでいた。
瑞鳳「でも、だったら瑞鶴に稽古をつけて貰えば良いんじゃないの? わざわざ私に教えを乞うこともないような……」
瑞鶴は速射の達人であった。また、彼女が得意とするアウトレンジ戦法――敵の射程外から一方的に猛攻を仕掛ける戦い方とも相性が良かった。
もちろん、この手数を重視した戦い方は前者の戦い方よりも艦載機の損耗が激しく、また命中率や精度も下がるため、常に最良の戦術であるとは言えない。
しかし、物量によって制空権を確保し機先を制するという思想が多くの提督や艦娘が考える海戦の基本にあった。
大鳳「自分なりに色々思うところがありまして……。そう、空母の使命は艦載機の物量によって制空権を確保すること。
砲戦でも敵の攻撃を受けることなく味方艦隊を補助し、粛々と敵艦の掃討に当たるべき……でもそれは理想論」
大鳳「敵の艦載機の性能はこちらよりも勝っています。制空権を確保できるよう策を練るのが常道ですが、時には物量で負けることもありましょう。
まぁ……私は軍の中では希少な装甲空母なので、基本的に勝ち戦や作戦の後詰めでしか駆り出されないのですけれども。
それでも、万事が想定通りというようには行きません。不測の事態に備えた戦い方も意識しておくべきだと思うのです」
瑞鳳(うーん、大規模作戦の緒戦や敗戦処理にしかお呼ばれしない私からすると羨ましいもんだわね……)
大鳳「で。そういう話を瑞鶴さんにしたら、瑞鳳さんを紹介してもらいまして。
なんでも『自分が最も尊敬する艦娘の一人』『空母のうちでも最も攻守の均衡が取れている』だそうで……」
瑞鳳「うえぇ……あの子そんなこと言う子だったっけ……やたらハードル上げてくるわね……」
・・・・
大鳳「すごい……弓術と陰陽術を組み合わせた戦い方なんて……!」
鎮守府近海。海面をスキップするように小さくジャンプしながら演習用の的を次々打ち落としていく瑞鳳。
弓から放たれる精密射撃と、式神から具現化された艦載機による援護攻撃の組み合わせで的をあっという間に全滅させてしまう。
瑞鳳「陰陽術と言っても、エセだけどね。龍驤とか飛鷹とか、あの辺の本家の技には敵わないわ。ホントは巻物とか勾玉とか要るし……」
瑞鳳の言う龍驤・飛鷹とは、かつて彼女と戦場を共にした軽空母の名である。
軽空母の中では珍しく、両名とも弓術ではなく陰陽術によって艦載機を繰り出して戦う形態を取っている。
大鳳「でも……こんなに戦い方をする空母が居るなんて聞いたことがありませんでした。技巧もさることながら、こんなに軽快に動き回るなんて……」
瑞鳳「あなたと入れ替わりで舞鶴に行った私の姉妹艦、祥鳳も式神をサブウェポンとして戦うわ。まあ祥鳳は祥鳳で私とは得意不得意が違うけど……」
瑞鳳「軽空母の脆い装甲で、空の脅威から味方を守りつつ、敵を攻める……となるとこうならざるを得なかったってだけで。
まあ適応進化みたいなもんよねぇ……他の空母からはよく器用貧乏だなんて言われるけど」
大鳳「いえ、器用貧乏だなんてそんな! 『自分の身を守る』『敵艦載機を撃墜する』『敵艦を攻撃する』……瑞鶴さんが貴方を紹介した理由が分かりました。
これこそ私の理想とする戦い方です! 私もあんな風に身軽に立ち回れたらいいな……!」
瑞鳳「言っておくけど、これはどんな時でも通用する無敵の戦い方じゃないわ。本当に大事なのはその時その時に会った戦況に応じた戦法を取ること。
オールラウンダーにはオールラウンダー特有の欠点があるから、そこは理解しておいてね」
瑞鳳「定石や自分の得意な戦い方だけに頼っていてはいつか足元を掬われる。強みを伸ばして、弱点や苦手な部分を一つ一つ克服していきましょう」
・・・・
こらー! という瑞鳳の怒声が工廠内に響き渡る。演奏は中断され、提督は興醒めした様子でそそくさと楽器を片付け始める。
提督「むむ、帰ってくる前にやめようと思ったけど……バレてしまっては仕方ない」
瑞鳳「さっき式神を使ったついでに工廠の方に飛ばしておいたら……案の定ね。まさか秋月まで懐柔するなんて……」
瑞鳳が来るとばつが悪そうな様子の秋月。秋月とは対照的にけろりとしている提督。
提督「あははは。ごめんごめん、そうだね。今度からはちゃんとやるよ。秋月も付き合わせちゃってごめんね」
691 :
【7/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/16(土) 23:33:11.40 ID:IV8+CupH0
執務室で昼食を摂る提督・瑞鳳・秋月・大鳳の四名。一人分の机を部屋の中央で四つ繋げて、その上にテーブルクロスを敷く。
提督「なんだか給食みたいで微笑ましいな……はは、学生時代を思い出すよ」
秋月「そうですねぇ。照月や初月ともこうしてお昼食べてたなあ」
提督「あれ、二人とも反応悪くない? なんか嫌な思い出でもあったのかな」 瑞鳳と大鳳の方を見て
瑞鳳「艦娘といっても、その経歴は色々あるのよ。秋月は舞鶴の艦娘養成学校を出てるけどね」
大鳳「私はタウイタウイ泊地という場所で建造されてそのまま実戦登用。瑞鳳さんはサーモン海域で発見されたんでしたっけ」
提督「発見!? ……どういうこと?」
瑞鳳「深海棲艦を倒すと、時折艦娘の艤装が見つかることがあるの。で、艤装だけじゃなく艦娘そのものが発見されることも稀にあるそうだわ。
私はそのレアケース。発見されて横須賀の鎮守府に保護されるより前のことは自分でも分からないわ」
提督「怖い話だなー。実は深海棲艦は艦娘でしたみたいな? ン、逆か? いや、どうなんだ……?」 やや混乱気味の提督
瑞鳳「まあ、ふつう、艦娘のほとんどは建造によって生み出されるわ。
生まれた場所が舞鶴や横須賀みたいに教育施設のある大規模な鎮守府だと、人間でいう学校に該当する施設に通うことになるけど……。
私が生まれた頃にそういうのは無かったから、叩き上げで育てられたって感じね」
提督(この子ら、一体何歳なんだ……? 横須賀の艦娘用の学校が出来たのって確か40年ぐらい前じゃなかったか……?)
提督「うーん、艦娘っていうのは、結局なんなんだい? 人間ではないのかい?」
大鳳「人の見た目をしているというだけで、人ではないでしょうねえ……」
提督「さっき工廠で艤装を解体することも出来るって言ってたよね、瑞鳳。したら、『普通の少女に戻る』って。
でも、艦娘は生まれた時から艦娘なんだよね。つまり、人でないものから人になるっていうのは、どういうこと……?」
瑞鳳「えっと、艦娘が艦娘たる所以は、艤装によって力を得ているということ。艤装を解体すると艦娘としての力、そして記憶が失われる。
そうなってしまえばただの人と変わりないってこと。厳密に言えば、成長したり老いたりする“人に限りなく近い少女”になるってわけね」
提督(それって、提督の僕がその気になれば……ってことだよな。まあ、これ以上は触れないでおこう。なんだか楽しい話題じゃなさそうだ)
提督「あー、じゃあさ。瑞鳳は横須賀から来て、秋月は舞鶴、大鳳はタウイタウイ……みんなどうしてこの島に来たの?」
瑞鳳「私は柱島に鎮守府を建てる計画を実現するために配属されたの。で、ここに来る前の秋月と大鳳、瑞鶴は三人とも舞鶴鎮守府で働いてたのよね」
秋月「ええ。次の大規模作戦から異動になるみたいで……着任先が決まるまでの間はここで過ごすことになったんです。
だから、ここに来たのは司令と少ししか変わらないんですよ」
瑞鳳「というか、提督こそどういう経緯でここに来たんですか? ずっと気になってたんですけど」
提督「え? 僕? あーいや、そうか。説明してなかったっけ。元々僕は舞鶴の軍楽隊に在籍してたんだよ。
まあ……なんていうの? 四面四角のオーケストラは性に合わなくってね。いやオーケストラ音楽そのものは好きなんだけども」
提督「でね、今年から軍楽隊が再編されたんだ。その再編されたいくつかの楽団のうち、僕の名前はどこにも無かったの。
どこに配属されたのか聞いてみたらここだった。柱島楽団ソロオーケストラのトロンボーン担当乙川奏でござい、というワケさ」
大鳳「くすくす……なんだかお茶目な人ね」
瑞鳳「いや、お茶目というか……え、本当に提督なのよね?」
提督「一応、少佐の位をいただいてるわけだし名目上はそうなんじゃないかな。
もっとも、提督としての働きを期待されてないし、僕も秋月や大鳳と同じで次の配属先待ちだよ。
次があるかどうかさえ怪しいけれど。少佐の地位を手向けの花にハイサヨナラという話みたいだね」
瑞鳳「……軍楽隊を追い出されるなんて聞いたことないんだけど、本当なの?」
提督「そうだねー、『君のような演奏家はうちに必要ない』なんて言われた人はそうそういないんじゃないかな。
まあ嫌われちゃったものは仕方ないし、それはそれとして割り切っていくしかないさ」
秋月「そんな……あんなに楽しくて素敵な演奏をするのにもったいないですよ」
提督「そう言ってもらえると励みになるよ。まあ退職金で四〜五年は働かないで済むだろうし、その間にどっかで再就職かなあ」
瑞鳳(うーん……なんか、刹那的な生き方をしてるなぁ。結構ちゃらんぽらんな人なのね……)
大鳳「楽器が得意なら、音楽で食べていこうとは思わないんですか?」
提督「まあ、そういう才能があったら軍楽隊になんて所属してないよネーっていう。僕より上手な演奏する人はたくさん居るよ。
食うに困って、でもキツイ仕事はやりたくなくて……って現実逃避に金管吹いてたら声がかかったってだけさ」
提督「ただ、音楽は好きだよ。音を聞くのも、演奏するのもどっちも好きだ。これは本心。楽しいからやってるのさ。
演奏している時は全てを忘れられる。音の流れに身を任せて、感じるままに楽しむのさ」
提督「はは……軍楽隊でこういう話すると『また乙川の吟遊詩人が始まった』ってバカにされるんだけどね。
でも、酒に酔ってもすぐ醒めてしまうなら、自分に酔い痴れるしかないじゃない? 溺れない程度にね」
お酒に酔うのも好きだけど、と付け足してふふっと鼻息を鳴らす提督。
瑞鳳(お世辞にも明るい先行きとは言えないのに、どうしてこんなに無邪気に笑うんだろう……。不安とかないのかな)
692 :
【8/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/16(土) 23:55:06.34 ID:IV8+CupH0
提督が着任してから一月後。瑞鳳の予想に反して、提督は意外にも諸々の執務を支障なくスムーズにこなしていた。
もちろんそれは瑞鳳の監視の目が届く範囲での話であり、彼女が居なくなるとあの手この手で仕事を放棄しようとしていたが。
瑞鳳「では乙川くん、これらの艦載機はそれぞれどういう特徴を持っているでしょーか?」
ホワイトボードにカリカリと艦載機の絵を描いていく瑞鳳。
提督「緑色のやつが艦上戦闘機で、制空戦で最も力を発揮して敵艦載機を撃墜する役割を持つ。
青色のは艦上攻撃機、赤色は艦上爆撃機でいずれも航空戦と砲撃戦にて敵艦への被害を与える。
艦攻が攻撃重視、艦爆は命中重視の性能なんだよね」
提督「橙色の艦上偵察機は索敵性能に優れていて、また、触接率の向上によって艦攻や艦爆でのダメージ拡大に貢献することがある。
で艦上偵察機のうち、彩雲という艦載機を装備させておくと敵艦隊遭遇時のT字不利を回避することが出来る……大体こんな感じでしょ?」
瑞鳳「正解です! 細かい話をすると艦攻や艦爆でも制空戦で少し力を発揮するタイプの艦載機があったり、艦攻も触接に作用したりするんだけど……。
まさかこんなに飲み込みが早いとは思わなかったわ。提督、やる気がないだけで要領は良いんですね」
提督「これも瑞鳳の教育の賜物だよ」
瑞鳳(なんだかんだ言っても、私の言ったことはちゃんと聞いてくれてるのよね……)
提督「僕は勉強とかあんまり苦手なんだけどね。瑞鳳となら楽しいし、頑張れるよ」
相変わらず万事に消極的ではあるものの、着任した当初から比べると提督の知識や思考の深さは段違いになっていた。
彼のこの成長ぶりは、ひとえに瑞鳳の尽力が実を結んだものであったと言えよう。
・・・・
しばらく前に時を遡る。
夕陽が差し込む執務室には瑞鳳一人だけ。提督はいない。鎮守府のどこにもいない。
『僕は確かに名目上は提督だけれど、実質パソナルーム行き扱いの人間だからね。
え? パソナルームが何かって? まあそれはそれとして……ちょっと失望させちゃったかな?』
数日前の晩にした提督との会話を思い出していた。
乙川奏が将来有望な人材でも軍上層部の子息でもなく、ただの軍楽隊の隊員でしかないことを知った瑞鳳は悩んでいた。
『そうなんだ、勘違いさせちゃってたんだね。僕は偉くもないし、賢くもないんだ。だから、期待されていない人間なんだ。僕はね。
君が頑張ってあれこれ教えてくれるのは嬉しいけれど、結局は無駄になってしまうんだよね。騙したつもりはないんだけど……がっかりした? ごめんね』
瑞鳳(提督として立派に育てなきゃと思って色々教えてたけど……本当は彼にとって押し付けがましい、迷惑なことをしていたのかもしれない。
そう思って、あれこれ言うのはやめた。そしたら昨日から提督は鎮守府に来すらしなくなった。夜に顔を合わせて、私の家でご飯を食べるだけ)
『僕が行かなくたって何も変わりはしないだろう。君は自分の仕事や大鳳の稽古をしなきゃいけないわけで、だったら僕の世話で手間をかけさせるのも悪いよ』
屈託なく微笑むを向ける提督の表情を思い出し、余計に胸が苦しくなる。
自分が誰からも必要とされていない人間であることを自覚していながら、どうしてそんなに笑っていられるんだろう。瑞鳳は考えていた。
瑞鶴「おっ、今日はあの不良提督来てないんですね」
瑞鳳「不良? ……どちらかと言えばもやしっ子って感じするけど」
瑞鶴「いや、そう自称してたのよ。不良といってもヤンキーじゃなくて、社会不適合のごくつぶしだってね。
一昨日なんか昼間からお酒飲んでたわよ(……私も便乗して一杯頂いたけど)」
瑞鳳「う……呆れた。放っておくとロクなことないわねあの提督……」
瑞鶴「そう? 結構あの人は身の程を弁えてると思うわよ。酔っ払っても紳士的だったし、話も面白いし。
海軍の男の人って、いかにも軍人! ってタイプのお堅い人かゴロツキ上がりみたいなガラの悪い人ばっかりじゃない」
瑞鳳「(それは瑞鶴の居た鎮守府に限った話じゃないかしら……)秋月といいあなたといい、やけにあの提督を買ってるのね。
あんなに不真面目でだらしない人なのに……甘やかしたらもっとダメになりそうな気がするわ」
瑞鶴「甘やかしているというか……別にあの人、提督でありたいわけでもないし、提督としての義務を果たさなくてもいいんでしょ。
だったら無理に強制したりあーだこーだ言ったり必要ないんじゃない?」
瑞鳳「そうだけど……なんだか、やぶれかぶれって感じがするじゃない。半年後のこととか何も考えてなさそうだし……」
瑞鶴「なんとかなると思ってるから何も考えてないんじゃないかしら。あるいは、考えても仕方ないと思ってるか。
何もかも諦めた人って感じよね。過去に何があったのかは知らないけど……物事に執着がないんでしょ」
瑞鳳「うーん……放っておけないわ……」
瑞鶴「本当の意味であの提督に甘いのは瑞鳳の方なんじゃない? だって、放っておくことが出来ないぐらい心配ってことなんでしょ」
礼儀正しい秋月ですらノックすることなく入ってくる執務室の扉を律儀に叩くのは、この鎮守府には大鳳しかいない。瑞鳳に招かれて部屋に入る。
大鳳「ふー……大鳳、戻りました。瑞鳳さんいますか?」
瑞鶴「おっ、調子はどう大鳳? 私の言ってた通りでしょ」
大鳳「はい、瑞鳳さんからは学ばされることがたくさんあります……おかげで次の作戦までには新しい戦い方が確立できそうです。
敵の艦載機の物量にも負けず、かつ、敵艦めがけて大打撃を与えられるような戦法が。目に見えて強くなっていくのが分かってなんだか楽しいです」
693 :
【9/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/17(日) 00:13:27.53 ID:vtnBMafL0
大鳳「って……瑞鳳さん、なんだか悩ましげですね。どうしましたか?」
瑞鶴「いやー、乙川提督のことで悩んでるみたいなのよね。放っておけないんだって」
瑞鳳「なんだか、現実逃避してその場その場で気を紛らわしているようで……お節介かもしれないけど、私は提督のことが心配だわ」
瑞鶴「それ、本人に直接言ってやったら? 言葉で伝えたら何かあの人の中で変わるものもあるかもしれないし」
瑞鳳「そう、かな……? でも、ただ心配だって伝えられても提督の方だって困っちゃうわよね。どうしたらいいかな……」
瑞鶴「こーゆーのはウジウジ悩んでても仕方ないわよ。結局瑞鳳は提督に何を望んでるの?
戦いと同じで、ドカンと行ったらあとはなるようになるって。どうせ何言われても怒ったり傷ついたりするような人じゃないでしょ」
瑞鳳「そう、なのかなぁ……。んー……。提督に、頑張ってもらうにはどうしたらいいのかな。
(ううん、頑張らなくてもいいの……向き合って欲しいのよね。毎日つまらなさそうにふらふらしてる印象しかないもの)」
大鳳「何か理由を作ればいいんじゃないでしょうか。提督をその気にさせればいいのでしょう?」
瑞鳳「理由?」
大鳳「ええ。あの提督、あれで結構子供っぽいところがあるというか……。
昔の話とかはあんまり話したがらないみたいですけど、遊びの話とかは結構好きみたいですよ」
大鳳「私は詳しくないのであんまり分からないんですけど、秋月さんとよくゲームの話とかしてるのを見かけますね。
何か提督が楽しめるような工夫をしてあげればいいんじゃないかしら?」
瑞鳳(提督が楽しめるような工夫……そっか……!)
瑞鳳「なるほど。ちょっと閃いたかも……! 二人ともありがとねっ!」
パタパタと足音鳴らして部屋を出て行く瑞鳳。
大鳳「あー……私、用があったんですけど……」
・・・・
その晩。いつも通り卓上に料理を並べて、いつも通り二人でそれを囲む。今日の献立はオムハヤシだ。
瑞鳳「あのね、提督。今日はどうしてたの……?」
提督「ん? 今日はね〜、前々から気になってた廃校の方に行ってたんだ。閉鎖されていたけどすんなり入れたんでね」
柱島には小中学校が建っている。深海棲艦の侵攻が進む以前に利用されていた、島の学校だ。
鎮守府が建って軍の関係者が移住した後も取り壊されることなく、丘の上から集落を見守るように佇んでいる。
提督「人がいないから埃は溜まってたけど、掃除すればまたすぐ使えそうな良い施設だったよ。
島に立地する学校って台風で窓ガラスが割れちゃったりすることも多いみたいなんだけど、幸い今のところは目立った破損はなかったかな」
提督「でね! そこにあった本とかも興味本位にちょろっと読んでみたんだ。
そしたら、この島では旧暦の10月3日に宮ごもりっていう行事をやるみたいなんだよね。スマホで調べてみたらなんと今日でさ」
ニコニコと嬉しそうに話す提督。
瑞鳳「みやごもり?(っていうかこの人スマホとか持ってたんだ……あとで連絡先教えてもらおう)」
提督「港やこの辺の集落から南に神社があるのは知ってるでしょ? あそこで家内安全や豊作を祈るお祭りみたいなものさ。
もうこれは行くしかないと思ってね。フフ……お酒もいくつかいただいてきちゃった」
瑞鳳「そうなんだ……この島で暮らしてたけど、そんな行事があるなんて知らなかったわ」
提督「うん。かつての島民はほとんど本島に移住しちゃったみたいだけど、それでもおじいちゃんおばあちゃんが十人ぐらいは居たかなぁ。
色んな話も聞かせてもらって楽しかったよ。何から話そうかなぁ……あ、そうだ。この島の名前の由来って知ってる?」
提督「神社の社殿には大きな柱が使われるよね。で、柱島には賀茂神社をはじめに、いくつも神とその社(やしろ)が祀られているでしょ。
多くの社のある島、つまりたくさん柱がある島……だから『柱島』ってさ」
上機嫌な提督を前に、自分が切り出そうとしていた話をいつしたらいいものか躊躇している瑞鳳。そわそわしている。
提督「先祖とか神様とかに敬いの念があるみたいだね。だからこそ、こんな本島から離れた場所なのに学校を建てたり書籍を残したりするんだろうなあ。
そして新しい世代に何かを伝えていこうとする……良い文化だよ。人が居なくなればそれも絶たれてしまうけどね。このまま廃れてしまうのは残念なことだよなあ」
瑞鳳(私がいなくても、提督は楽しいのかな。やっぱり、迷惑かな……)
提督「おっと、夢中になってついつい僕ばかり話をしてしまったね。さ、次は瑞鳳の番だよ。話を聞かせて?」
瑞鳳「あの、ね……本気で嫌だったら、いいんだけど。やっぱり、鎮守府に戻る気はない?
めんどくさいかもしれないけど、お仕事だし、ね……? やらなきゃだめだよ……」
瑞鳳「えっと、それでね……。提督が分からないことで困らないように、こういうの作ってみたの。どう、かな……?」
提督へバインダーを手渡す瑞鳳。プラスチック製の外観のバインダーには、数十枚ものルーズリーフが挟まれている。
ページをめくる提督。蛍光ペンで線が引かれていたり所々にイラストが描いてあったりと、見飽きないような工夫がなされている。
ページ内の情報は簡潔にまとめられていて、軍事用語も分かりやすい平易な表現での言い換えが補足されている。
提督「これ……瑞鳳が作ったの? わざわざ……?」
694 :
【10/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/17(日) 00:39:05.59 ID:vtnBMafL0
提督「ふ、んふふふっ。あははっ、あはっ」
笑い出す提督。想定外の反応に当惑する瑞鳳。
瑞鳳「ちょっと!? どうして笑うのよ!?」
提督「いや、瑞鳳がかわいいなと思ったんだよ。健気で可愛いくて……良い子なんだなってね」
瑞鳳「かわ、いい……?(真面目な話をしてるのに……からかわないでくださいよ、も〜!)」
ほおずきのように顔を赤く染める瑞鳳。しかし照れに負けることなく、提督から目を逸らさない。
提督「これ作るの大変だったろう? 分かりやすそうだし、すごくよく出来てるけど」
瑞鳳「それ、元々は私が自分用に作ったものだったんです。着任した頃から勉強したことや気づいたことをずっとまとめてて……。
その中から提督にとって役に立ちそうなものだけを抜粋してみたんです」
瑞鳳「私も、はじめは提督みたいに何も分からなかったんです。だけど、少しずつ成長していったの。
提督は半年でこの島を離れちゃうけど……無駄になることなんて、きっと何もないと思うわ」
瑞鳳「……改めて、一緒に頑張りましょ? 提督が優秀じゃなくても、誰からも期待されてなくても、そんなの関係ないわ。
だってあなたは私の提督だもの。私もがんばるから……提督も一緒に、ね?」
提督「ありがとう、瑞鳳。そこまで言われたら断れないよ」
瑞鳳(良かった……) ホッと胸を撫で下ろす
提督「率直な話、意外だったよ。君にとって僕の世話は面倒だったろう? やる気がないし、根気もない。
賢いわけでも偉いわけでもない。将来性もない。だから愛想を尽かされたのだろうと思ってた」
提督「それでも瑞鳳は変わらず毎晩料理は作ってくれるわけだし、態度も変えずに話してくれるし、僕にとってはそれで十分だった。
けれど……瑞鳳がそうまで言うのなら、僕も応えたい。瑞鳳や鎮守府のみんなと居るのは、なんだかんだ楽しいしね」
・・・・
提督「ふふふ……こういうところが瑞鳳らしいよね」
瑞鳳「? どうかした?」
瑞鳳に葉書よりもやや大きいぐらいの、A6サイズの厚紙を渡す提督。
それを受け取りペタリと『大変よくできました』と書かれたシールを貼る瑞鳳。
縦横に罫線が引かれた紙の上には、一マスごとにハートやひよこなど色々なシールが貼られている。
提督「いや、ちょっと前のことを思い出しててね。これが瑞鳳なりに考えた僕を楽しませるための工夫なんでしょ?
考えに考えた結果、この夏休みのラジオ体操カードのようなものになったと……うんうん」
嬉しそうにニコニコしながらカードに貼られたシールを見つめる提督。
瑞鳳「子供っぽすぎたかなぁ……嫌だったらやめるね(自分では良いアイデアだと思ったんだけどな)」
提督「嫌だなんてそんな。僕は好きだよこういうの。飽きっぽい僕のためにあの手この手で支えようとしてくれてるんだろう?
もうそれだけで嬉しくなっちゃうよ。瑞鳳のおかげで最近は仕事も楽しく感じるんだ」
瑞鳳「本当!? 良かったぁ。……ね? 一生懸命お仕事をやるのは、大変だけど楽しいでしょ? やりがいあるでしょ?」
瑞鳳「毎日精一杯働いて、ほどよく休んで、また働く。これが人生を楽しく生きる秘訣だと瑞鳳は思います!
だから、私の考えを提督に押し付けちゃってるんだけど……でも、なんだか前の提督は悲しそうに見えたから」
提督「悲しい?」
瑞鳳「ううん。悲しいっていうのも私の主観かな。誰からも必要とされてないなんて、自分でそう思いながら生きるのは私だったら悲しいと感じると思う」
瑞鳳「提督は、楽しく生きていたいっていつも言ってるよね。でも、刹那的に楽しいことだけを追い求めていても、虚しいわ。
いつも何事も楽しそうに笑ってる提督は素敵だけど……本当は何も考えないようにしているんでしょ」
提督「どうしてそう思うのかな」 瑞鳳に向けていた微笑みが無表情に変わる
瑞鳳「分からない、直感。でも……一緒に過ごしていて、提督が実は問題児でも劣等生でもないように思えてきたの。
本当は優秀な人なんだけど、過去に何かあって……その過去を私は知ることは出来ないんだろうけど、何かあって。自分の心を隠すようになったんだと思う」
提督「それは瑞鳳の妄想だし、買いかぶりすぎだよ。過去なんてどうってことない、僕は生まれつき怠惰で不真面目な快楽主義者さ」
瑞鳳「ううん、違うと思う。確かに最初は、目を離した隙にサボろうとするし、不誠実なだけの人なんだと思った。
でも、仕事に対しては不真面目だけど、提督は瑞鳳にいつも優しくて、大切に思ってくれていて……他の皆に対してもそうなのかもしれないけど」
瑞鳳「他人のことをこんなに大切にできる人が、提督として無能なはずがないから……って、艦娘としての本能でそう思うのかな。
自信あるの。提督、なんだかんだ私が教えたことは全部覚えてるじゃない。それに、サボり癖はあるけど、私の前ではちゃんとやろうとするでしょ?」
瑞鳳「そういうところが良いなって。今の提督は……頑張ってるわ。たまにミスもするけど、そういうところも含めて、カッコいいですよ?
なんだか、提督が段々私の好みに近づいていってるような気がするんです。他人のために汗を流してる提督の姿が、素敵です」
提督「……」
提督はそれから口を開こうとせず、何かを考え込むように宙を見つめていた。
695 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/04/17(日) 00:46:35.21 ID:vtnBMafL0
一旦寝落ちさせてください。ごめんなさい。
何を手間取っているんだという話なんですが、6000バイトに抑える作業が思いのほか手間でして……。
起きたら続きを投下します。
696 :
【11/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 10:51:50.66 ID:vtnBMafL0
瑞鳳たちが暮らす集落から少し離れた高台にある、柱島の賀茂神社。
艦娘にも流石に正月は休むものという認識があるらしく、提督と瑞鳳はこの神社に初詣に訪れていた。
紅赤色の晴れ着姿に身を包んだ瑞鳳と、普段通りに簡素な和服をややだらしなく着ている提督。
草履をカラコロと鳴らしながら二人並んで石段を歩く。
提督「しかし似合ってるねぇ、和服。正月らしく吉祥文様というわけだね」
瑞鳳「きっしょーもんよー?」
提督「ほら、着物に松竹梅が描かれてるだろう? こういうのは縁起がいいとされていて、正月みたいなハレの日にはもってこいなのさ」
瑞鳳「えへへ……そうなんですね。可愛いからっていう理由で選んだだけなんですけど」
神社の前は島民総出で集まっているのか小さな列が出来ている。よく見ると列の先には大鳳や瑞鶴など艦娘の姿も混じっている。
秋月「あっ、乙川司令! 瑞鳳さん! 明けましておめでとうございます!」
提督「あけおめー。秋月もこれから参拝?」 提督に合わせて瑞鳳も挨拶する
秋月「いえ。私はもう済ませて、これから帰るところです。それにしても司令、島の人たちからずいぶん好かれてるんですね。
みんな感謝してましたよ? 艦隊指揮で忙しいだろうに、島の行事に参加して曲を演奏してくれたり、仕事を手伝ってくれたりって」
気恥ずかしそうに頭をかく提督。
提督「サボって島をうろついてるだけなんだけどなあ。……それはそうと、秋月はこの後どうするの?」
秋月「島の人たちから宴会に誘われたんですけど……私が出てしまっていいものかなぁと悩んでます」
瑞鳳「気まずいかしら?」
秋月「いえ、誘われたことは嬉しいんですけど……一応軍属である私たちがそういうのに出ても良いものなのかって思っちゃって……」
提督「秋月くん。人生の先輩として……いや、後輩かもしれないけどアドバイスだ。
物事は考え過ぎない方がいい。音楽と同じで、楽しいと思う方へ向かっていけばいいんだよ」
提督「ま、島の人たちはここで暮らしてるだけあって艦娘のことだってなんとなく分かってるでしょ。
その上で誘ってくれたんだから断る理由はないんじゃない? 僕らも後でその宴会に出るから、先に待っててよ」
秋月「……はい! 分かりました」
提督たちと別れて石段を降りていく秋月。
瑞鳳「なんだかますます提督らしくなっちゃいましたね(ふふ……カッコいいなあ)」
提督「どっ、どこかだい? 舞鶴軍楽隊の不良を押してる僕としてはあんまり真面目とか褒められると心外なんだけどな……」
瑞鳳「島の人たちにも艦娘にも頼りにされて、慕われてて。立派なことじゃないですか」
提督「君に褒められるとなんだか調子が狂うからいつもみたいに叱ってくれないかな」
瑞鳳「提督……マゾ?」
提督「そうじゃあない。……さておき、宴会に出るならトロンボーンを持ってくれば良かったなあ。初詣が終わったら一旦取りに帰ろう。
せっかくだから瑞鳳のピアノも引っ張ってきちゃおっか?」
提督と秋月が不定期的にセッションをしているのを見て羨ましがっていた瑞鳳。
彼女のために提督はクリスマスプレゼントとしてピアノを本島から取り寄せたのだった。
平然とグランドピアノを持ち出そうと提案できるのも艦娘相手だから出来る話である。
瑞鳳「え、え〜……まだ人前で披露できるほどじゃないし……」
提督「でも、ピアノ買う前にピアニカで練習してたじゃない。ドの位置にシール貼ってさ。ははは、小学生みたいで可愛かったな」
鎮守府でなぜか発見された未使用のピアニカ。持ち主が見つからなかったため瑞鳳が引き取ったのである。
瑞鳳「い、今は『ド』がどこにあるかぐらいは分かってますよ! もう!」
提督「なら心配いらないさ。お金をもらって演奏するわけじゃないんだから上手いか下手かは重要じゃない、楽しむことが一番大事さ。
僕は金をもらってても自分の楽しさを優先するけどね」
瑞鳳「そうですけどぉ……」
提督「じゃあ、瑞鳳にとっては簡単めな曲をやろう。ピアノの繰り返しのフレーズが多い曲とかさ。で、僕が起伏をつける。
あ、折角秋月がいるならついでにドラマーとして働いてもらおうかな。即席ジャズバンドとしてはなかなかいいじゃない。ギターもベースもいないけど」
提督と瑞鳳が話していると人の列も減っていき、ようやく二人の番になった。
賽銭を入れて二人で鈴緒を握り、揺する。シャカシャカと小気味のよい鈴の音。
二度深くお辞儀をして、パンパンと音を立てて二回拍手する。
拍手した後すぐに再びお辞儀を済ませ引き返そうとする提督。しかし隣の瑞鳳を見るとまだ手を合わせたままだった。
瑞鳳(鎮守府のみんなと私が毎日無事で暮らせますように。戦場で臆したり怯んだりすることがありませんように。
提督が本島に帰っても幸せになれますように。後輩の大鳳が次の作戦で活躍できますように)
瑞鳳(欲を張るのであれば……もし叶うのであれば、提督とずっと一緒に居られたらいいのにな……)
697 :
【12/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 11:26:33.93 ID:vtnBMafL0
神社からの帰路。宴会なり神社なり、皆どこかしらに集まっているようで道行く人は誰もいない。
提督「僕一人だけ先に終わっちゃってびっくりしたよ。ずいぶんたくさんお祈りごとがあったみたいだね」
苦笑いを浮かべる提督。
瑞鳳「うん、そうかもね。でも提督は何をお祈りしたの? すぐ終わらせちゃったけど」
提督「なにも。わざわざ神様にお祈りするようなことなんて無いからね。……」
何も期待してなどいないと言いたげな、アンニュイな表情を浮かべる提督。
瑞鳳「瑞鳳はね……」
瑞鳳「提督と、ずっと一緒に居たいなってお祈りしたの」
前を向いて歩いていた提督が、隣の瑞鳳に顔を向ける。
提督「そう。……そっか」
特に何を言うでもなく、再び前を向いて歩いていく。表情が変わることはない。
瑞鳳「……提督は、どう?」
提督「同意はするけど、もうしばらくすればここを離れることになる。無茶は言うもんじゃないよ」
普段瑞鳳に向けているトーンの高い優しい声色とは異なる、わずかに低い沈んだ声。
寂しそうな提督の声を聞いて、彼の左手をギュッと握り締める瑞鳳。雪の降らない柱島でも、冬は冷える。
熱を奪われたかのように冷たい手。そっと指を絡める瑞鳳の小さな右手。
氷さえも溶かしてしまいそうな暖かさで、提督の手から伝わる冷気さえも愛おしむ。
瑞鳳「瑞鳳は、ね。提督のこと……大好き。大好きです……えへへ、なんだか、恥ずかしいね」
瑞鳳「提督も……おんなじ気持ちだったら良いなあって。これはお祈りしたわけじゃないんだけどね」
瑞鳳の顔を見つめる提督。普段提督が瑞鳳に向けるのと同じように優しい笑みを送る瑞鳳。
提督は瑞鳳と目を合わせることが出来ず、なんと言ったらいいか分からない様子だった。
提督(僕も……瑞鳳に恋しているのだろう。見た目で言えば、中学生やそこらと大差ない。こんな子に惹かれるなんて、どうかしてる。
だが……。見た目のことなんか気にならなくなるぐらいに僕は……彼女という存在に心を奪われているようだ)
提督(そうであっても、だ。彼女は艦娘で、僕はしがない軍楽隊の隊員だ。
何の因果か一時的にこうして提督になっただけで、本来なら彼女の隣に居るべきは別の人間だ。ああ、くそ……!)
瑞鳳「ごめん、混乱させちゃったかな。でも、私は提督のこと好きだから、好きって気持ちが抑えられないから……」
着物と同じぐらい顔を赤くしてはにかむ。
提督「い、いや……。突然言われたもので、驚いちゃっただけ、かな……」 気まずそうに顔を逸らす
提督(舞鶴に居た頃だって、こういうことは何度もあった。女の人に言い寄られたことなんてさして珍しいわけでもない。だのに……)
提督(どうして、こんなにたじろいでしまうんだろう。どうして彼女の目を見て話が出来ないんだろう。
軽くあしらうことが出来ないんだろう。今までだってそうして来たじゃあないか。
孤独を埋めるために近づいて、一時的に繋がって、また飽きて離れる。そうだろう。何を動揺しているんだ、僕は……)
提督(瑞鳳を……彼女への気持ちを、認めてしまったら、それは彼女を不幸にすることになる。僕では釣り合わない、これは僕の役目ではない)
提督(なにが『物事は考え過ぎない方がいい。楽しいと思う方へ向かっていけばいい』だよ……秋月にそう言っておいて自分はこの体たらくか。
不安で仕方がない。考えずにはいられない。僕はこれからどうなるんだ? 瑞鳳と離れても、平気でいられるのか? いつかは忘れるのか?)
提督(今すぐに、抱き締めて唇を奪ってしまいたい。……だからこそ)
瑞鳳の手が絡みついた五本の指を開き、腕を引いて離してしまう。行き場をなくした瑞鳳の右手ががくん落ちる。
提督「瑞鳳、どうして僕のことが好きなんだい? 僕のどこが好きか言ってみせてよ」
瑞鳳「え? だって……提督は、いつも優しいから」
驚きながらも照れ混じりに答える瑞鳳。
その瑞鳳の照れを、浮ついた気持ちを、自分への好意を踏み躙るように、悪意を込めた冷笑を浮かべる提督。
提督「予想通りの答えをありがとう。僕に惚れた人はいつだってそう言うんだ。優しいものかよ、そんなはずあるわけないだろう」
提督「勘違いしてるみたいだから教えてあげる。僕は優しいフリをするのが得意なだけだ。いつだって自分が一番可愛いのさ。
前も言ったろう? 自分に酔ってるんだ、優しいフリが好きなだけ……それに騙される君のような女の子を見ているのが愉快なだけさ」
提督「けど……さすがに瑞鳳みたいなちんちくりんに好かれるとは思わなかったよ。僕はもっとスタイルの良い美人さんの方が好みなんだよね」
宝石のように薄紅色に輝いていた瑞鳳の瞳が暗く曇っていく。
瑞鳳「そ。……ちょっとショック、かな。……」
提督は自己嫌悪で、瑞鳳は落胆で。二人はどちらともなくお互いにそっぽを向き、俯いた。
それから言葉を交わすことはなく、とぼとぼと家路へ向かっていった。提督はその後秋月の参加する宴会に出席したが、瑞鳳の姿は見られなかった。
698 :
【13/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 11:38:04.09 ID:vtnBMafL0
自宅で荷物をまとめている提督。彼の手伝いをする瑞鳳。
提督(これでお別れか……呆気ないもんだな。今日で提督としての仕事はおしまい。明日には本島へ帰ることになる)
瑞鳳「ねえ提督。勲章はどこにやったの? 見つからないけど」
正月からあっという間に一ヶ月。提督はこの間、珍しく軍務に励んでいた。
瑞鳳に言われずとも進んで仕事をするようになり、その働きぶりから勲章を授与されることもあった。
だが彼はこれを取るに足らないものと思い、執務室の机にしまいっぱなしにしていた。
提督「あー。まああれのためだけに鎮守府に戻るのも面倒だし、いいよ、要らない」
瑞鳳「え、え〜……せっかく貰ったのに……。よその鎮守府でも、提督のこと評価してるって噂ですよ。遠征の子から聞きました」
正月のあの出来事の後、瑞鳳はしばらく落ち込んで塞ぎこんでしまうのだろう、と提督は考えていた。
しかし彼の予想に反して瑞鳳は気丈だった。提督の前でも他の艦娘の前でも特に変わらぬ様子を見せていた。
提督「どうだっていいさ。……褒められるためにやったわけじゃない」
瑞鳳「そうですか……」
瑞鳳「でも、じゃあどうして今月は頑張ってたんですか? 何か良いことでもあったんですか〜? らしくないですよ?」
瑞鳳の想いを台無しにしてしまったことに対する償い、とは口が裂けても言えず生返事をする提督。
提督「気まぐれさ」
瑞鳳「えへへ……なるほどなるほど。そうですか」
なんだか今日は瑞鳳の距離感が近い。いつにも増してニコニコしている。
そうまで明るくされると、かえってこちらがしょげてしまう。
意外と彼女は切り替えが早くて、自分のことなどもう気にしていないのかもしれない。
それはそれで虚しい気持ちになるが、悲しみに沈んでいるよりは何百倍もマシか。――そんなことを提督は考えていた。
要るものと要らないものとを仕分けして、スーツケースに荷物をしまう。
瑞鳳「あっ、軍服と軍帽が出てきましたね。そういえば結局一度も着ませんでしたね……。
っていうか、途中から存在を忘れちゃってましたよね皆。ここの提督は和服なんだみたいな認識になってませんでしたか?」
上機嫌な声で同意を求める瑞鳳に対して、複雑そうな表情を浮かべる提督。
提督「ま、僕は堅苦しい格好するのが好きじゃないからね。自堕落な人間だから服装にもルーズなのさ」
瑞鳳「けど、提督の服装って洒落てますよね。本当に自堕落な人だったら、そういう細かいところに美意識は持てないんじゃないかなあ」
瑞鳳「提督の演奏もそうよね。提督は楽しむことを一番大事にしてるって言ってるけど、ちゃんと聴く人のことを考えてる。
だから鎮守府や島のみんなの心に響く音が奏でられるんだと思うわ」
提督「やめてよ、照れるってば。前も言ったろう? 君に褒められすぎると調子が狂うんだよ」
自分の軽口に後悔する提督。“前”とはすなわち正月のことであり、提督が瑞鳳の告白を退けた日のことである。
瑞鳳が想いを打ち明け、それを提督は拒んでも、その日から二人の関係が大きく変わるということはなかった。
だが、提督にとっても瑞鳳にとってもこの日の出来事は暗黙のタブーと化していて、互いに言及しようとはしなかった。
瑞鳳「今もね……提督のことは好き。……大好き」
正座して提督の衣服を畳みながら感情の籠もった声でそう呟く瑞鳳。
提督「……」
予想だにしていなかった瑞鳳の言葉に絶句する提督。
提督「な、何を藪から棒に……」
瑞鳳「たしかに、ショックだった……今でも、悲しいけど。でも、気づいたの。提督は私のことを好きじゃないかもしれないけど……。
私はたぶん、これから先もずっと提督のことが好きなんだろうなって。提督が本島へ行ってしまっても、提督じゃなくなってしまっても、忘れられないんだろうって」
瑞鳳「ね。明日の朝で帰っちゃうんでしょ? だったら、わだかまったままサヨナラをするのは悲しすぎるわ。
てーとく、いつも言ってたじゃない。人生は楽しむことが大事だって! 明るい気持ちで、晴れがましい気持ちで別れましょう?」
提督「は、はは……そう、だね……。瑞鳳は、僕のことをよく分かってるなぁ……」
力なく笑う提督。この一ヶ月間、恐らく彼女は自分に出来うる最良の気遣いをしようとしていたことに感謝し、余計に辛い気持ちがこみ上げてくる。
ははと笑いながら、感情を悟られないように背を向ける提督。彼の肩が震えている後ろ姿を見て、畳んでいた服を投げ出して立ち上がり、後ろから抱き締める。
瑞鳳「泣かないでくださいよ……男の子なんですから……」
そう言いながら瑞鳳もつられて泣き出してしまう。提督の腰にぴたりと頭をくっつけて、縋るように強くすり寄せる。
瑞鳳「っ……提督が悲しそうにしてたら……私まで、悲しく、なっちゃいますから」
提督「あはは……ごめん、目にごみが入ってしまってね」
瑞鳳が泣き出すと、提督はすぐに泣き止んだ。振り向いてしゃがみ、瑞鳳の背丈の高さに目線を合わせる。彼女の目から零れる涙を手ぬぐいで拭き取ってやる提督。
拭いても拭いても瑞鳳の涙はぽろぽろと止まらない。この時、涙を流しながらもなぜ瑞鳳の口元が幸せそうに緩んでいるのか、提督には分からなかった。
699 :
【14/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 12:05:03.91 ID:vtnBMafL0
島の人々への挨拶も早々に、輸送船に向かおうとする提督。
荷物はもう船に乗せ終えているため、腰に下げた巾着袋以外は何も持ち合わせていない。
人気のない通りを歩いていたところを、瑞鳳に呼び止められる。
ここは正月の初詣から帰ってきた時と同じ道だった。
瑞鳳「昨日はなんだかごめんね……。それでね。これ、作ったの……受け取って」
ハートの形をした箱を差し出される提督。
提督「君は……僕がこれを返すことが出来ないと知ってるのに、それでも渡すのかい?」
2月14日は世間では愛する者にチョコレートを贈る日、バレンタインデーとして認知されていた。
瑞鳳「いいの。提督にとって私はただのちんちくりんに見えるのかもしれないけど……私にとっては、瑞鳳にとっては!
世界で一番、大切な人だから……。精一杯の気持ちを込めて、作りました。……」
箱を受け取り、両腕で包み込むように瑞鳳を抱く提督。
瑞鳳「えっ……?」
瑞鳳の顎に手を添えてそっと持ち上げる提督。
引き寄せ合うかのようにそのまま唇が重なる。
瑞鳳の心拍数が跳ね上がる。
とくん、と胸が高鳴っているのが自覚できるほどに。
唇を離して、見つめ合う。
提督の真剣な眼差しで、全てを察する瑞鳳。
瑞鳳「提督ぅ……。奏、提督……」
それを踏まえた上で、気持ちを確かめるように名前を呼ぶ。
目を閉じ、せがむように唇を向ける瑞鳳。
提督は、何度でも瑞鳳の要望に応えてやった。
・・・・
綻びに綻んだ顔つきの瑞鳳と、冬の空を照らす太陽を見つめる提督。
二人は桟橋の上に立っていた。船は提督の隣に浮かんでおり、彼が乗れば間もなく出航するだろう。
提督「しかし君は……これでお別れだというのに、どうしてそんなに嬉しそうにしてるんだい?
別れ際に悲しまれるのは僕としても辛いが、まさか喜ばれるとまでは思っていなかったよ」
皮肉気味に笑う提督。もちろん提督は瑞鳳は自分が離れるのを望んでいないことなど知っている。
瑞鳳「今日は、提督が私のことを想ってくれているって分かったから、幸せな日なんです。
離れ離れになるのは悲しいけれど……それが分かっただけで、瑞鳳は幸せです」
提督(どうせ別れるならと思って、彼女をわざと傷つけるようなことを言ってしまったのに……。
こんな顛末になるなら、最初から僕も瑞鳳を好きだと伝えていれば良かったんだろうなあ……不用意に彼女に辛い思いをさせてしまった)
提督「そう……」
視点を天上から水平線へゆっくりと降ろし、目の前の瑞鳳を見据える提督。
いつになく摯実な面持ちで、自分自身に言い聞かせて決意するかのように一言。
提督「……必ず、瑞鳳に会いに来るよ。またいつか」
瑞鳳「約束ですよ?」
提督「ああ。約束」
勇ましい表情はすぐに打ち解けて、また平生のように目を細めて小さく微笑む提督。
彼を乗せた船は柱島を発った。
・・・・
乙川奏という男が去ってから二ヶ月経っても、新たに提督が配属されることはなかった。
どうにも諸般の事情により着任が遅れているようだ。その諸般の事情が何であるか、瑞鳳の耳に届くことはなかったが。
本島の桜はとっくに咲き終えて散ってしまったらしい。スマートフォンを介して提督が伝えてくる情報は、大概ロクなものではない。
その日の天気や食事、散歩の記録に薀蓄ばかりで、重要なことは何一つ教えてくれない。
今何をしていて、どういう人に囲まれていているのか。提督はそういう話を自分からしたがらない。
かといって、訊いたところでのらりくらりとはぐらかされてしまう。
だが、相変わらず飄々と立ち回っているようで失職はしていないらしかった。
三月に瑞鶴や大鳳は別の鎮守府に離れてしまい、つい先日秋月にも異動の命が届いた。
もちろん鎮守府には他にも艦娘がいるが、他は遠征に出ていたり哨戒の任務で出ずっぱりで、鎮守府に常駐する艦娘は瑞鳳だけとなってしまった。
それでも瑞鳳は孤独を感じることが無かった。提督が来た時に入れ違いで本島に行ってしまったが、瑞鳳には姉妹艦である祥鳳がいる。
瑞鶴や大鳳だって大事な友人だ。離れていても想いが変わることはない。それに、提督は今でも自分のことを好いていてくれる。
それでも寂しさを感じてしまう時は、チャットで提督に構ってもらったり、電話をかけたりすればいい。
瑞鳳は一人でも変わりなく過ごしていた。
700 :
【15/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 12:45:53.14 ID:vtnBMafL0
対深海棲艦の戦線は常に進退を繰り返している。昨日まで平穏だった海が主戦場となることも少なくはなかった。
そしてその風雲急を告げる戦況の動きは、この柱島にも迫っていた。
瑞鳳「嘘でしょ……!? 近海に深海棲艦……! この島に向かっているなんて……」
哨戒任務に当たっていた駆逐艦、春雨から伝達。
敵艦隊には戦艦や正規空母も含まれているようで、瑞鶴や大鳳が居た時ならまだしも、今の柱島の戦力では到底勝ち目がない。
おまけにこの島には指揮官がいない。
このままでは統率が取れないまま艦娘を確固撃破されてしまい、朝日が昇る頃には鎮守府のみならず柱島も焦土と化すことだろう。
瑞鳳が代理で提督の真似事をすることも出来なくはない。
だが現状の柱島泊地では瑞鳳が最大戦力であり、彼女が戦場に出なければ全艦轟沈という事態だって起こり得る。
こうなることを覚悟していた。平和な柱島であっても、こういうことが起こる可能性はあった。
それがたまたま備えの足りない今日に起こったというだけのこと。瑞鳳は鉢巻を巻いて覚悟をする。
命を賭してこの難局を凌ごうという覚悟ではなく、生きて生きて生き抜いて、必ず提督との再会を果たそうという覚悟であった。
・・・・
ザアザアと雨が降っている。こんな天候だろうと、四の五の言っている場合ではない。
敵の艦載機は空を埋め尽くしているのだ。少しでも減らさなければならない。
力強く、それでいて繊細な一射一射。矢から飛び出て行く艦載機は粛々と敵機を撃ち落し、敵艦めがけて特攻していく。
しかし多勢に無勢。いかに善戦しようとも大局は覆らない。
依然として敵の砲火は止まず、こちらは反撃すらままならない。大破した艦娘から撤退するよう指示を出す瑞鳳。
しかしそうすれば一人当たりに集中する敵の攻撃密度を上がる一方だ。じりじりと追い詰められていく。
・・・・
他の駆逐艦は、どうやらみな撤退を果たしたらしい。大破状態でも、鎮守府まで逃げ延びれば入渠して回復することが出来る。
そうなれば一日分ぐらい延命にはなるだろう。それでもたった一日だ。それっぽっちしか守ることが出来なかった。
戦場に残ったのは自分一人。もう逃げ出す力も残っていない。
敵の手にかかるくらいなら、ここで終わりにしよう。
なんとなく、こうなる予感はしていた。
ちょうど提督と出会った頃あたりから、何かを直感していた。
いつかこうなるのだという風に思っていた。まさかここまで間近に迫っているとは思わなかったが。
瑞鳳(ついぞ提督には会えなかったわね……)
瑞鳳(でも、提督と両想いになれただけ、良かったかな……そこで運を使い果たしちゃったんだから、仕方ないよね)
最後の矢を放って、鉢巻を外す瑞鳳。もう後は次に来る一撃を待つのみである。
大鳳「瑞鳳さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
バチバチと艦載機が競り合う音。次々に敵の機体が海に叩き落されていく。
瑞鳳から離れた位置から探照灯の光が輝く。砲火は瑞鳳から光の方へと向けられる。
秋月「はぁ……はぁ……間に合ってよかった! 本当に良かった……! 退避しましょう。私が護衛しますッ!」
・・・・
執務室の隣にある仮眠室。ベッドの上に横たえている瑞鳳。
瑞鳳「生きて……るの……?」
目が覚めて最初に映ったのは、提督の姿だった。
瑞鳳「嘘……? 提督……! どうしてここに……」
提督「また会おうって約束したじゃないか。忘れたのかい?」
瑞鳳「嬉しい……! ね、提督……ぎゅってして?」
甘える瑞鳳をぎゅっと抱き締める提督。
提督「ちょっと色々あってね……これでも最短で来たつもりだったんだが。あと少し遅れていたらと思うとゾッとするよ」
提督「細かい経緯は後で説明するけど、柱島泊地に深海棲艦の新たな拠点が出現した。
次の大規模作戦ではここが守衛の要となる……で、僕はここの提督として正式に採用されたんだ」
提督「改めて、これからよろしくね。瑞鳳。……あー、それと」
薔薇の花束を渡して、小箱から指輪を取り出す提督。
提督「チョコレート、美味しかったよ。間に合わなかったけどお返し。
なんか、艦娘の中に眠る本来の力を超えた何かを引き出してくれる優れものらしいよ」
提督「というのは建前。これが僕の気持ち。受け取って」
提督から指輪を受け取って、瑞鳳はそれを自分の薬指に嵌める。
瑞鳳「……はい! これからも、末永く、よろしくお願いします!」
701 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 12:50:10.80 ID:vtnBMafL0
まずごめんなさい。
>次のキャラを決める安価募集レスは今回分投下の直後ではなく4/17(日)12:00頃に書くつもりなので、
>次の安価を狙ってる人はその辺の時間帯に待機しているとよいでしょう。
とか書いておきながらもう全然ダメやんけっていう。超すみません!
どんだけ1レス投下するのに苦戦してるねんっていう話ですよね本当申し訳ない……。
大幅に遅れてしまいましたが安価ですです。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
702 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 16:38:38.74 ID:gr61aVv7O
朝潮
時間遡行もの
703 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 16:42:20.22 ID:BtyzgP2MO
不知火
704 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 16:49:47.26 ID:mAToirdTO
如月
705 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 16:59:32.34 ID:E439WTLUO
大和 ディストピア
706 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 17:01:20.11 ID:tttkVRpdO
五月雨
舞台 世紀末世界
707 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/04/17(日) 19:02:01.85 ID:vtnBMafL0
>>702
より朝潮が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:74(勇猛)
知性:22(魯鈍)
魅力:26(やや近寄りがたい)
仁徳:34(あるとは言えない)
幸運:11(不幸だわ…)
世紀末なディストピアで朝潮と時間遡行したりしなかったりするお話になるかもしれません(ならないかもしれません)。
大丈夫かこれ……? あんまり明るいお話にはならなさそうな予感がしますね。
でも提督ダメそうだしかえってそうでもないかもしれない。
また1〜2ヶ月ぐらいはかかると思いますので気長にお待ちいただけると幸いです。
////第一章小ネタ////
第一章(今回投下したやつ)では結構甘ったるい感じにしようと思いました。なったかどうかはわかりません。
ちょっと凝りすぎて懲りる羽目になりました。15レスって思いのほか短い(でも長い)ですね。
ウダウダと書いてたらかなりエピソードを省略することになってしまったので、もうちょっとあっさりしたものにすればよかったと反省。
特に5W1Hとか何にも指定がなかったのでなんとなく艦これっぽい感じで書きました。
お前の艦これ観はどうなってんじゃいと言われれば閉口してしまいますが……自分の中ではオーソドックスに書いたつもりです。
柱島を舞台にしてるので、Google マップ上でぐりぐり動かしてみたり、インターネットアーカイブから柱島小中学校のサイトを覗いてたりしてました。
(作中では廃校とされていますが、現在は生徒がいないため休校になっているだけみたいです。サイトはもうリンク切れになってましたが)
取材に行って書くのが本筋なんでしょうが……さすがに厳しいんで……。
キャラに関しては……瑞鳳も自分の中のベーシックな瑞鳳観に基づいて描いたつもりです。
瑞鳳に「食べりゅ?」って台詞を言わせてなかったり、格納庫弄ってなかったりするんで、読む人が読めば私のことをモグリ認定されるかもしれません(笑)
個人的には(脳内鎮守府では)瑞鳳は卵生ということになってるんですが、作中での瑞鳳はもちろん普通に普通ですのでご安心を。
たぶん玉子料理が好きなだけとかそんな理由だと思う。
提督はなんかこうチャラい奴書きたいな〜とか思ってあんな風にしました。
瑞鳳は比較的ガードが甘そうだったのでこういう奴をぶつけてみたら面白いのかなあと。最終的にはなんか普通に丸まっちゃいましたが。
あとは、モチーフとして艦これはやってたけど3-2とか5-3あたりで半引退してるみたいなイメージで描いてます。
イメージを汲んで描いたってだけで実像からは多分めちゃくちゃ離れてますし、作中の提督は艦隊指揮に関してズブの素人ですが。
たった半年でなんかそれっぽい感じに調教してしまう瑞鳳すごいねという感じですな……。
708 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 19:26:34.07 ID:aFynKRBiO
乙
709 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/11(水) 17:47:58.89 ID:2pIEpYRwO
ほ
710 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/05/18(水) 22:08:08.31 ID:Cc/KSRA80
保守感謝です。残念ながらまだ全然書けていません……。
一応目安ということで6/4(土)あたりに投下すると予告いたします。
あんまり忙しいわけでもないんですが……わりと今までで一番苦戦しているかもしれません。
時間かけちゃってる分期待値を超えられるよう頑張りたいと思います。
そもそも期待してない? それならそれでプレッシャーがかからないので良し。
どうあれ書き進めて完成させないことには何も始まらないので、予告日までには投下できるように努めます。
//// また余計なことを書くコーナー ////
春イベはE5甲が終わってE6を攻略中です。終わったらE7甲に挑戦する前に丙堀りですかね〜。
大規模作戦ではありますが『歴代最高難易度を用意したので死ぬがよい』的コールが無かったので本丸はまた夏に来るんじゃないかなーとか勝手な予想。
WG42がもう2〜3個欲しくなりますね〜……。
まだ書き途中なのでべらべら喋ってしまうとまずいんですが、一ヶ月放置していたわけですし少しくらいはなんか書いておきます。
読んだところで大した内容ではないので、暇な人向けです。
いやー……主役が朝潮で時間遡行っていうとあれですかね。奇跡も魔法もあるような気がしてきましたね。
まあ見当違いの察しなのかもしれませんが、個人的にはああそういう感じなのかなーと解釈しました。
えと、先に書いておきますが魔法的概念は出てこないと思います。奇跡はあるかもしれません、いや無いかな。
朝潮が時間を巻き戻したり巻き戻さなかったりするお話になる予定です。たぶん。
ただわりと鬱いものを書く勇気はないので、例によってご都合主義で行きます。あくまでお気楽お気軽なインスタント娯楽作品ですしね。
とか言いつつ実はドス黒なやつも挑戦してみたいなという気持ちはちょっとあったりもしますが(どっちだよ)。
二次創作という性質上よそ様のキャラクターを借りて陰鬱なことやるのもなあ……という抵抗があり、ある程度自重するよう心がけています。
なので、そういうオーダーが来ない限りは基本的にハッピーエンドっぽい終わり方をするんじゃあないかなあ。
とか書いてしまうとネタバレになってしまうんでしょうか、興を削いでしまうんでしょうか。
じゃあ撤回しておきます。油断させといてめっちゃエグい感じで攻めるかもしれないとか書いておきます。
実際にテキストが投下されるまでは何も信じてはいけない(ぇ
んまぁー、時間遡行っていうと(遡行するキャラクターにとっては)かなりの長期戦ですからね。
ループに巻き込まれて抜け出せないタイプにせよ変えたい未来があって自発的に巻き戻し続けるタイプにせよ、
気が狂うほど長い時の中で戦い続けようとする意志は生半可なものではないはず。
そうまでしても貫きたい信念や回避したい現実があるわけでして、そうでなければどこかで妥協すると思います。
そんなわけで朝潮が時を巻き戻し続けるのにもそれ相応に何かしら理由があるよねー……ってな感じですねはい。
安価が安価なのでわりと不穏当な世界観になりそうですが、そんな中でも何某かの想いを突き通していく情熱的なお話になればなーとか企んでます。
企んでるだけなんでひょっとするとアテにはならないかもしれません。
前情報はここまで。現段階ではそんなに書けてないのでぼやかした話しかできませんし、あとは内緒ということで……。
711 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/18(水) 22:16:16.83 ID:kwwn1MpzO
了解
712 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga ]:2016/05/19(木) 13:10:31.27 ID:ft6LnLW4O
乙 ドラえもんみたいなギャグもあると思うの時間ネタだと
713 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/06/04(土) 22:15:58.32 ID:hDtwsDLI0
ごめんなさいまだ時間かかりそうです。正直いつ投下出来るか見通しが立たないかも……。
書き終えたタイミングで投稿しますが、一ヶ月間音沙汰がなければこのスレはこれにて終了ということで……。
なるべく早く書き終えて投下できるよう努めます。
////見苦しい言い訳が読みたい方だけどうぞ////
春イベお疲れ様です(取ってつけたような季節の挨拶)。
お待たせしている以上何かしら説明責任があるような気がするのですが、それが実は今回はなんと言い訳できる要素すらなくですね……。
なんでこんなに時間がかかっているのか自分でも分からない始末であります。お題がキツいとかそういうわけでもないんですが。
そんなにカオスなオーダーでもないですし、実際お題周りの設定が原因で筆が進んでないというわけではないんです。
執筆に割ける時間だって前回と比べたらわりとあるはずなんですが……まーったく進まないんすよね。
わりと長くスレを続けてきましたが今回はわりと初めて「エターナルかもしんねえ……」ぐらいの覚悟をしています。
いやそんな覚悟決めんなとっとと書けって話なんですけども。。。
これがスランプってやつなんでしょうかね……でもスランプって言葉言い訳めいててあんま好きじゃないんすよね。
まぁここまで書いといてアレですがわりと毎回締め切り超過してる気がするので、今回もいつも通りの延長線上なのかも。
勿論それじゃダメなんですけども。毎回ヘラヘラしながら謝罪してるようですがこれでも申し訳ないという反省の念や忍びなさはあるんすよ……。
あってこのザマなんだよなあ情けない! ハアアァァァン!! 自分自身を変えたい!(突然駄々っ子のようなことを言い始める)
いや〜……んー……ま〜、冗談はさておきリアルは比較的落ち着いてるので、スローペースでもなんとか進めてこうと思います。
楽しみにしてる方ほんと申し訳ないです。そんなに楽しみにしてない方も申し訳ないです。どんな非難や罵倒の言葉も受け止める所存です。
頑張ってなんとかするつもりなので、あと一ヶ月ぐらいは希望を捨てずにお待ちください。
714 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/05(日) 01:31:42.07 ID:etzNKyzJO
了解
待ってる
715 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/22(水) 12:31:30.05 ID:wh3/tTiXO
716 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[age]:2016/07/01(金) 21:01:51.07 ID:sga4INwx0
age
717 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/07/07(木) 19:22:48.36 ID:efOKEk130
朝潮改二が実装されました。めでたい! そんなめでたさに便乗して投下しようと企てていたのですが間に合いませんでした。
っていうか危うくスレッドが消滅しているところでしたね……ホントすみません。毎度すみません。
いや今回は本当難産でしてね……でしてっていうか現時点でまだ書ききれてないですし(泣)。
まだ待たせんのかよって話ですが、さすがにもう待つのも限界ですよね? ってなわけで
次回の投下は
7/10(日)22:00を予定しています。
投下が終わり次第、次の安価もやってしまおうかなと思うので、推しのキャラとか考えておくといいかもしれません。
((心の声:10日時点で完成まで書ききれてない可能性も……ぶっちゃけあります。恐ろしいことに40%ぐらいあります……。
それでもどうにかお見せ出来るかなという所までは進んでいるので、どうあれ投下は行ってしまいます。
遅筆に磨きがかかっており、わりと心折れそうですが、未だに100レス完走するつもりではいるので一応次の安価も併せて行ってしまおうかなと思います))
718 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/07(木) 20:14:59.86 ID:E3w5ojNsO
了解
719 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/07(木) 20:43:53.85 ID:w/Ti3xc0o
待ってる
720 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/07/07(木) 21:44:58.10 ID:MRcnLJMVO
まってる
721 :
【16/100】
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/07/10(日) 22:05:09.40 ID:stR28eGh0
気を失っていた。ここがどこだか皆目検討がつかない。どうにも身体の様子がおかしい。
いいえ、おかしいのは体調ではない。体そのもの……? 信じられないことだけれど……身体が宙に浮いている!?
無重力空間だとでもいうの? 呼吸が出来るのは私が艦娘だからなのか、酸素自体は供給されているのか、どちらかは分からない。比喩ではなく、浮いている……。
手すりに掴まり、腕の力だけを使って前に進んでいく。プールの中にいるような感覚だ。
しかし、これなら地面を蹴って跳ねながら進んだ方が速いのでは……? 地面に着地、跳躍……ッ! おおっ……?
これはいい、かなり楽に前に進むことができる(そして、少し楽しい)。
・・・・
しばらく跳ねていると、窓のある大部屋に辿り着く。窓から見える景色は大宇宙であった。
宙に浮いている時点でなんとなくそうなのかもしれないとは思っていたものの……実際に目の当たりにすると圧巻だわ。
ふよふよと岩塊が漂っている。遠くで大小さまざまな星が煌きを放っている。
一体どうなっているのだろう。どうして私はこんな場所にいるのでしょうか。
ここに来た経緯を振り返ってみましょう。
・・・・
艤装の力で海の上を浮上することができる、これが私たち艦娘が持つ特長である。
しかしながら、司令官――芯玄 心紅(シンクロ シンク)は普通の人間だ。そのため彼の乗るボートごと綱で引き摺って海原を進んでいた。
私たちは“奇妙な噂”を聞いて、その真偽を確かめるべくある場所を目指していたのだった。
朝潮「司令官御自ら出張るほどのことではなかったのでは……? 報告通り敵の気配は全くないようですが」
梅雨明けの日照りから逃れる術はなく、司令官は暑さに耐えかねてボートの上でうつ伏せに倒れていた。呻き声に似た気だるそうな声。
提督「そうかもしれねえが……オレらのナワバリで妙なことが起こったってんなら見過ごすわけにはいかねえ。
深海棲艦にやられたわけでもねえってのは一安心だが……だとしたらなおさら謎だ。自然現象にしたっておかしいだろうが」
司令官と私は、私たちの拠点とするラバウル泊地の近くに突如現れたブルーホールの調査に訪れていた。
ブルーホールとは、陸地が海没して浅瀬に穴が空いたような地形のことである。
パプアニューギニアの首都ポートモレスビー近海に発生した深い藍色の窪みは、前々からあったものではない。
それまで無かったはずのものが先日発見されたのだ。司令官のご指摘通り、自然現象で起こったにしては不自然だろう。
ああでもないこうでもないとブルーホールの原因について二人と話し込んでいると、四隻の艦娘がこちらに近づいてくる。
陽炎・不知火・黒潮・親潮の四名だ、これから輸送任務遂行のため遠征に出向くのであろう。
提督「不知火か。ご苦労……遠征だな」
旗艦の不知火に声をかける司令官。不知火は無言で頷いた。
陽炎「そういう司令は休日デート中だったかしら〜? 邪魔しちゃってゴメンね」
司令官はこの日休暇を取っていた。春に発令された大規模作戦が一段落着いたため、一週間有給を取っていたのである。
結局休まることもなくこうして調査に出向いてしまっているのだけれど……。
提督「サービス出勤ってとこだ。例のブルーホールについて気になっててな。ほら、あそこにあるだろ?」
陽炎のからかいを軽く受け流し、少し遠くにある青黒い海面を指さす。
陽炎「? なあにブルーホールって」
提督「おいおいおいおい……昨日鎮守府中で噂になってただろが。海に穴が空いたみたいだってみんな騒いでたじゃないか。アレだよ、見えるだろう?」
その通りだ、昨日の話題はその話で持ちきりだったと私も記憶している。司令官の指の先には周囲の海面の色とは異なる紺碧が広がっている。
黒潮「しれぇ〜は〜ん、暑さで頭やられたん……?」
不知火「お言葉ですが、私の目には何も……。電探にも敵の反応はありません、特に問題ないでしょう」
陽炎「ま〜、お話したいのは山々なんだけど……私たち見ての通りあんまり暇じゃないのよね。その都市伝説は今度聞かせて頂戴ね、司令」
不知火たちが去った後、私と司令官は顔を見合わせて困惑していた。
提督「なあ朝潮……あいつらにはアレが見えてねえってことだよな。一体どういうことなんだ……?」
分からない。しかし、現に私たちの目にはきちんと映っているのだ。どうしてあの四人は口を揃えて見えないと言っていたのか……。
謎を明かすには近づいて調べてみるほかない。そうすることで何かが分かるかもしれない。
――残念ながらそれから先のことはよく思い出せない。
ブルーホールに足を踏み入れるやいなや、渦潮のような強い力に引き寄せられて気がつけば意識を失っていたからだ。
・・・・
それが一体、この宇宙空間となんの関係があるというのだろう。ワープ? テレポーテーション?
理屈は分からないけれど、現実として目の前にある光景が銀河の星々である以上そういったものを信じざるを得ないでしょう。
まずは私と一緒にここに来たであろう司令官を捜すのが先決か。元の世界に帰る方法はそれから考えましょう。
部屋の出口へ向かって進んでいると、突然部屋中に明かりが灯り、猛烈な重圧が押し寄せる。
宙に浮いていた私の身体は地面に叩きつけられ大きな音を立てる。
提督「迎えに来た……ぜ」
722 :
【18/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:08:55.92 ID:stR28eGh0
部屋に入ってきたのは司令官だった。普段とどこか様子が違うように見えるのは、服装が違うからだろうか。
そういえばさっきまでアロハシャツを着ていたはずだが……泊地での礼服に近い黒い衣装をしている。着替えたのだろうか。
司令官のもとへ駆け寄ろうとするも、急な重力の変化に対応出来ないのかうまく立ち上がれない。
もたもたしている私の様子を見て、司令官は私の艤装と膝を抱えて運ぶ。そしてそのまま部屋を出た。状況が飲み込めない……。
・・・・
何度かエレベーターを経由して施設の最下層まで到達、ここは宇宙飛行機の出入り口らしい。
司令官と共に艦上戦闘機に似た形をした小型機のコクピットに乗り込む。
本来一人乗りの乗り物なようで、私は司令官の膝の上に座せられた。
提督「時間切れか? いいや……ここは強引にでも通らせてもらうぜ」
警報機が作動したのか施設内の電灯が赤く点滅しサイレン音が鳴り響く。
機体の前方にあるシャッターが閉ざされ始める。構わず操縦桿を握り前方に押し倒す。
司令官の心音が背中から伝わってくる(狭いコクピットの中で艤装は邪魔になるので、この時は背中から外していた)。
シャッターが降下するよりも速く、機体は前へ前へとすり抜けていく!
難なく全てのシャッターを掻い潜り、施設の外へと脱出した。
先程の施設から見ていた景色と異なり、機体から見える宇宙の景色は思いのほか暗かった。
どこまでも広がる無限の闇の中に光を放つ星々がまばらに配置されているようだった。
提督「フゥ! 続いてこうか。追手を潰して完全勝利だ」
旋回してこちらの機体を追尾していた石塊に向けてレーザーを撃ち放つ。
朝潮「あの……よく見たらあの石、こっちに攻撃してきていませんか……?」
石塊がこちら目掛けて球状の光弾を放っているように見える。
……よく見ると顔がついている? モアイだ。モアイが口から光の弾を撃ってきている。
提督「その通り。岩に擬態してるがイオン砲という兵器を搭載した哨戒機だ。ゲームじゃないからな、喰らっちまったらそれでゲームオーバーだ」
右手の親指を下に突き立てて首元に持っていき、掻っ切るようなハンドサインをする。
提督「ま、やられる前にやる……これがオレの流儀ってな」
機体は次々にモアイを爆散させていきながら先刻の施設(スペースコロニーのような場所なのだろう)から距離を離していく。
・・・・
戦闘を終えてしばらくすると、白と黄色が混ざったような色の雲に覆われた星に着いた。
幼い頃に図鑑で見た金星とそっくりだった。商業星アルジャンという場所らしい。
この世界における宇宙は、その全域が統一国家に管理されていて、星の一つ一つが都市として扱われているのだという。
宇宙の全てが一つの国に統治されている……深海棲艦との戦いで国を守ることさえ必死な私たちからすれば想像もつかない話である。
司令官も私に説明しながら「パラレルワールドの一言で片付いてしまうのかもしれないが、オレたちの世界の未来ではこうならんだろう」と不思議がっていた。
提督「さ、何はともあれメシだメシ」
パンパンと両手を鳴らして上機嫌な様子の司令官。
高さの異なる直方体の建物が等間隔で立ち並んでいる。建物の色は全て白く、遠くから見ると紙で出来た建築模型のようだった。
白い壁面にはそれぞれ光が照射されていて、近くで見るとそれらの光によって煉瓦や木などの色合い・模様を再現していることが分かった。
この世界で何と言うのかは分からないが、私たちの世界にあるプロジェクションマッピングという技術に近いのかもしれない。
私と司令官は街の外れにある定食屋を訪れた。
提督「来てやったぜ、違法音楽家」
乙川「相変わらず君は口が悪いな……僕は遵法意識に満ち溢れた市民の鑑さ、もっとも僕の楽器から出る音もそうだとは限らないがね。
おっとそっちは見慣れない子だね。僕の名は乙川。よろしく」
瑞鳳「私は瑞鳳。今日のお昼は何にする?」
提督「おまかせでいい。……そこの二人はこの世界で出来た友人だ。表向きは定食屋、されど本質はこの世界に反旗を翻すアナーキストだ。
この世界は徹底した管理世界……音楽や絵画などの芸術でさえもその例外に漏れない。規定に満たない音楽は演奏してはいけないそうだ」
乙川「風営法が厳しいんですヨ。まあそういうのは関係なく芸術分野全般にうるさいんだけれども。
我々市民は必要以上に物を知ってはならないのです。それがこの国の掟! だそうでね」
乙川「僕みたいに音大卒じゃないと楽器を演奏してはいけない、歌を歌ってはいけない。それどころか聴く音楽にだって制限をかけられているんだ。
こんなふざけたことがこの国では罷り通ってしまうのだよ……ま、僕なんかは色々抜け道を使って誤魔化しているけどね」
提督「ほう、それは初耳だな。そんなに酷かったのか」
乙川「そうさ。情報統制・教育の偏向・歴史の歪曲……そういうごまかしや嘘の上塗りが数百年単位で続くと、もう誰も本当のことなんて分からなくなる。
今やこんなルール何のため・誰のためにあるかさえ分からない。誰も得をしていない。それでもルールだけが残っている。そしてそのことに誰も疑問を持たない……」
司令官と乙川さんが話を続けていると、少し経って瑞鳳が私と司令官の席に天津飯を運んできた。
乙川という名の和服を着た男性の話も気になるが、それ以上に気になっていたのは、さっきの女性が『瑞鳳』と名乗っていたことだ。
聞き覚えがある。確かどこかの泊地か鎮守府に在籍していた艦娘だった。見たところ艤装はつけていないように見えるが……。
瑞鳳「どうかしました? 私の顔、なんかついてるかな」
提督「朝潮、お前の言いたいことは分かる。瑞鳳というのは艦娘の名だ。乙川ってのも柱島で最近名を上げている提督の名前だった。
だが、俺らとは違う。俺らのように“やってきた”わけじゃない。どうにも元からこの世界の住人なようだ。この世界の瑞鳳は艦娘でもない普通の人間だ」 ひそひそと耳打ちする
723 :
【19/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:15:43.86 ID:stR28eGh0
司令官の蓮華を持つ手は止まらず、黙々と食べ続けている。私もこの天津飯は気に入った。おいしいと思う。
私と司令官が料理を食べている間、乙川さんはトロンボーンを演奏していた。
私には音楽の心得がないので詳しいことは分からないが、自由奔放という言葉がよく似合っているような気がした。
自由ではあるものの、無秩序ではない。軽快だがそれでいて洗練された深みのある響きだ。
瑞鳳「二人はどういう仲なの? 恋人同士とかかしら」
朝潮「こ、恋人ですか!?」
提督「おいおい、お前さんとこの亭主と一緒にしてくれるな。こいつはちょっとした因縁深いツレさ」
にこにこと笑みを浮かべながら私たちに話しかけてきた瑞鳳。
演奏の音が生み出すリズムに合わせて小刻みに体を揺らしている。なんだかとても幸せそうに見える。
しかし、私はいったい司令官にどういう認識で見られているのだろう……。
乙川「人をただのロリコンみたいに言うもんじゃないよ。これから大輪の花を咲かせようとしている蕾の価値に気づけない、そんな奴らに瑞鳳は譲れない。
そう、つまり僕は義賊なんですよ。誇り高い理想と崇高ないしゅ、意志のもと……あーごめんもう一回言わせて」
和服の男は演奏をやめると私たちの席に寄ってきた。
提督「思ってもないことを口に出すから噛むんだよ。お前さんの変態性をバカにするつもりはないさ。
奴隷商から生娘を買って、立派なおべべを着させて全うな教育を受けさせる……なかなかの数奇者じゃねーの?」
朝潮「え……そういう人なんですか……」
提督「って言うとさすがに悪く言いすぎか。要は身分違いの恋ってことさ。さっきの演奏を聴けばわかる通り相当な変態ではあるけどな」
乙川「艶やかとか色っぽいだとかもっとマシな褒め方があるだろう。さておき、奴隷という言い方は悪いが……分かりやすさを尊重するとそういう言葉になってしまうね。
この世に生を受けた時点で市民か奴隷か選別されているんだよ。僕は市民で、瑞鳳は奴隷の側だった。本来ならお互いの存在を知ることだってなかったんだろう」
瑞鳳「奴隷といってもこき使われたりするわけじゃないの。機械化出来ないような作業をするだけ。
市民としての権利を持っていない、労働の義務が課せられている立場といえば聞こえは悪いけど……」
朝潮(そういう意味では艦娘と似たようなものなのかしら。艦娘に生まれた時点で、艦娘としての生を全うする役目を担う。
私はそれを悪いことだとは考えていない。……私が艦娘に生まれたからそう思うだけなのかもしれないけれど)
瑞鳳「毎日決まった時間に決まった仕事をこなせばある程度の自由が許されているわ。私は自分の置かれている立場に何も疑問を覚えていなかった」
乙川「一方、市民というのは働く必要がない。何かを望めば、全て国が満たしてくれる。お金はよほど散財でもしない限り無くならない、無くなってもまた与えてくれる。
音楽を聴きたいと頼めば電子化された音楽ファイルを無尽蔵に寄越してくれる。孤独を埋めたいと願えばいくらでも同じ思いを抱えた人間を紹介してくれる」
乙川「全てが供給される。全ては満たされるように出来ているはずだった。だけど僕は何も満たされなかった。
人と会って話しても、誰もかれもみな同じに思えた。中身がないように思えた。刹那的な快楽に身を委ねても、虚しさには勝てないことが分かった。
他の人間はその空虚さを感じていないようだった。空虚であることに気づいてすらいないようだった、それはそれで幸せそうだった」
乙川「誰も彼もみんな陳腐で滑稽な存在に思えてね。少し病んでいたんだ。
そんな時期に偶然瑞鳳と知り合ってそこから勢いで……まあ、恋は盲目というやつだね」
気恥ずかしそうに頭をかく乙川さん。よく見ると乙川さんと瑞鳳の薬指には同じ指輪が嵌めてある。
提督「勢いだけで国を欺けるなら大したもんじゃねえか。飄々としててもやる時はやる男ってことさ、お前さんもな」
乙川「いやいや……危うく終身刑になるところだったからね。君のおかげで今もこうしていられるわけで」
瑞鳳「その節はお世話になりました」
司令官にぺこりと頭を下げる瑞鳳。背丈で言えば私よりも少し高いぐらいだろうか。
……私にもいつか、瑞鳳のように誰かとこういう関係になる日が来るのでしょうか。私が艦娘じゃなかったら、こういう未来もあったのでしょうか。
いいえ、仮定の話に意味はない。
・・・・
この国の情報統制は厳しく、乙川さんと瑞鳳との関係が国に知れた際に二人とも投獄されることになったらしい。
全ての国民の体のどこかに不可視のバーコードが刻まれているようで、政府はその情報をもとに国民を管理しているようだ。
社会保障や福祉はこのバーコードを介して行われる。そのため、一度指名手配されてしまうと逃げ延びることはかなり難しいらしい。
提督「電子化電子化で機械に頼りすぎるとオレのようなイレギュラー相手には対応出来なくなるということだ。
驚いたことにこの国では司法も立法も行政も治安維持もぜーんぶ人工知能が行っているらしい。まあそこいら辺の欠陥を突いてオレがうまく誤魔化したわけだな」
提督「二人を助けた代わりにしばらくあそこでヒモさせてもらって、朝潮が来るのを待っていたんだ」
朝潮(待っていた……? 私と司令官はほぼ同じタイミングでこの世界に来たはずじゃないのかしら……)
二人と別れた後に、私を迎えに来た時とは異なる、外装がルビーのように紅く輝いている機体に乗り込んだ。
ファム・ファタールと名づけた特注品だそうで、司令官はこの宇宙飛行機を愛機だと自慢していた。コクピットもきちんと二人乗りだ。
提督「さて、これで元の世界に戻るための算段は整った。この世界の“時の終点”に辿り着く。それがオレたちの目的だ……」
そういえば元の世界に戻る方法を何も聞いていなかった。そこに辿り着ければ元の世界へ帰れるというの?
朝潮「“時の終点”……?」
提督「そう、この世界の因果律を破壊するんだ。そうすることで時の終点に到達できる」
724 :
【20/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:27:27.03 ID:stR28eGh0
進めば進むほどに目に見える星の光は減っていき、しばらくして窓には宇宙の暗闇以外に何も映らなくなった。レーダーを頼りに進んでいる。
司令官の話によると……この世界の中枢を担うオーロージュという星に、“時の歯車”なるアイテムがあるそうだ。
“時の歯車”には、任意の時間に巻き戻せる……つまり、時間を過去に戻す力があるらしい。
提督「時間を巻き戻して出来事や行動を変えたとしてもある程度は辻褄が合うように働くようだ、歴史の修正力とでも言うべきか。
だが、この世界に本来起こるはずだった重大な事象なんかを改変すると話は変わってくる」
提督「本来あるはずだった事象がなかったことになる。あるいは本来起こるはずのなかった異変がもたらされる。
過去改変によって歴史の根幹を揺るがすようなことをしでかすと、因果律の崩壊が起こって“時の終点”へと辿り着く」
朝潮「そ、そんなことをしてしまっていいのでしょうか……」
提督「さあな、良い悪いはオレには分からん。だがこの世界に留まるわけにもいかないだろ。さっきも言ったがここはパラレルワールドだ。
この世界がどうなろうと本来の世界へと戻ることが先決なんじゃあないのか? ……さっきのあいつらには悪いがな」
確かにそうだ、私たちは元の世界に戻らなくてはならない。私たちが居ない間も元の世界の時間は流れ続けていることだろう。
朝潮「分かりました……司令官のご判断に従います」
提督「……」
それから私たちは、しばらく無言のままでいた。司令官は私と二人きりの時に世間話をほとんどしない。
彼の秘書艦として泊地で働いている間も、作戦の話や任務の話ばかりだった。秘書艦とは、提督の補佐として雑務をこなす役である。
明確にそういう役職が定められているわけではないのだが、大抵の鎮守府や泊地には秘書役を担う艦娘がいるものだ。
顔を合わせる頻度で言えば、艦娘の中で私が一番多いはずなのだが……このように、無言の時間だけが積み重なっていく。
私は、司令官にこの場に居ない者として認識されているのではないか。そんな疎外感を覚えることが少なくなかった。今もそうだった。
自動操縦に切り替えていて、司令官は手持ち無沙汰らしかった。顎に手を当てて何やら考え事をしている様子だった。
ギラギラとした赤色の瞳は、じっと宇宙の闇を見据えていた。前方の景色には何も映っていないはずだが、司令官には何かが見えているようだった。
ふと、視線が合った。気恥ずかしさから目を逸らしたくなったが、私から逸らすのは失礼に当たるような気がして、そのまま成り行きに任せることにした。
見つめられている。司令官とこんなに長い時間目を合わせているのは初めてだ。彼はあまり人と目を合わせようとしない。珍しいことだ。
二度、三度瞬きをすると、私から視線を外して再び前を向いた。表情に変化はなく、特に何を思うことも無かったようである。
私の方を向くことはなく、独り言のようにぼそりと呟く。
提督「なぁ……朝潮には元の世界に戻りたい理由があるか?」
戻りたい明確な理由があるわけではないが、ここに残りたい理由など当然ない。そう思ったが私が口を開く前に司令官は言葉を続けた。
提督「オレは戻りたい。オレにはまだ果たせていない夢があるから。やり残したことがあるから」
声量こそ小さいが、熱の籠もった力強い意志のある声。
提督「……恐らくだが、ここから先は今までみたいになんでも予定通りという風にはいかねえ。朝潮にも辛い思いをさせることになる」
提督「だから聞いておきたかった。オレにはお前の力が必要だ。けど、今のお前にとってはそうでもない、かもしれねえ。
お前が元の世界に執着がねえってんなら、無理に付き合わすことになるような気がしててな。
オレの都合でお前だけが苦しむことになるのかもしれないと、そう思ったんだ」
朝潮「お心遣いには感謝しますが……心配はご無用です。この朝潮、必ずや司令官のお役に立ってみせます!」
提督「……そうだな、お前はそういうヤツだった」
え……? 肩透かしを食らったようだった。見透かしていたかのような呆気ない態度。
自分なりの意気込みを伝えたつもりだったのだが、どうにも上手く伝わらなかったらしい。言葉足らずだったのでしょうか……。
またも沈黙。モヤモヤとした言葉に出来ない感情が膨れ上がってもどかしい。ただ、言葉の意味を知りたかった。
ああ、そうだ。『元の世界に戻りたい理由』の回答を求められていたんだった。司令官からの質問に答えられなかったから、か。
元の世界に戻りたい理由……。挙げようと思えばいくらでもある。泊地に仲間がいる、そこでの生活もある。
深海棲艦から人々を守らなければならないという使命もある。何から言おうか、何から言うべきか悩んでいた。
朝潮「! ……? どう、しましたか……?」
身体をこちらに向けた司令官。彼の手が私の顎をくいと持ち上げる。そして私の顔を覗き込む。再び視線が合わさる。
提督「なあ朝潮。お前は、オレの役に立ちたいと、本心からそう言っているのか……? お前にとって、それは本当に大切なことなのか?
オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい」
言葉の意図が分からない。司令官は私に何を求めている? さっき視線が合った時とは違う、何かを物語り訴えかけるような鋭い眼光。
朝潮「私、は……」
言葉が出てこない。司令官は、私を威圧するつもりはないのだろう。しかし……。
この人が怖いと思ってしまった。どうして今そんなことを言うのだろうと、思った。こんな感情は初めてだ。心がざわつく。
提督「……悪い。脅すつもりは、なかった。……そういうつもりでは、なかった」
私の顎から手を離し、正面を向き、帽子を目元まで深く被り直す司令官。
こんな感情は初めてだった。理由も分からないまま泪が零れそうだった。司令官を、普段から恐れているわけではない。むしろ尊敬すらしている。
けれど……底知れない重みのある語気や振る舞い、今まで私に向けることのなかった感情の籠もった表情や言葉。今までとは違う……不安になる。
気づかぬ間に司令官の失望を買うようなことをしてしまったのだろうか……ひどく落ち着かない気分だ。
司令官の前で泣くところなど見せたくはない。そんな情けない真似はしたくなかった。私はじっとこらえていた。
725 :
【21/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:40:18.65 ID:stR28eGh0
提督「フゥ……。ようやく……、着いたな……。悪いな、ちょっと休憩させてくれ」 座り込んでいる
……後になって気づいたことだが、あの時の司令官はかなり集中していて、精神状態も極限に近かったのだと思う。
だから、言動や様子が少し普段と違っていたとしてもそれは無理のないことなのだ。そんなことにも気づけなかった私が悪かったのだ。
動揺するほどのことではなかった。考えれば分かることだった。
たった単機で数百もの哨戒機と数隻の空母(否、宙母と言うべきか。宇宙に浮かぶ巨大な艦のことだ)を相手にすることが、どれだけ困難か。
それでも司令官は不安や恐れを態度に出すことはしなかった。呼吸も乱れていなかった。震えてもいなかった。
一言も言葉を発することはなく、瞬きをほとんどしていなかった。赤い瞳はギラギラと静かに燃えているかのようだった。
圧倒的な敵の数を前にしてもただ淡々と前へ進んでいった。進む先に何が待っていようと動じることなく光の束を撃ち続けた。
曲がることなく、揺らぐことなく、ただ自分のやり方を貫き通していく。この機体そのものが司令官のあり方を体現しているようだった。
オーロージュの地に降り立った。宇宙から見たこの星の外観は環に覆われていて土星のようだった。
ガスに覆われた星の内部を進み、今は星の中央にある小さなコロニーの内部に潜入している。
提督「星の外見とは裏腹に小さな星だ……ほとんどはガスで出来ていて中央にコロニーが建ってるのか。
しかし内装は殺風景だな。朝潮のいた収容所に似たようなものか。何もない」
この星そのものが一つの巨大な人工知能で出来ていて、他の星から送られてくる全ての情報を管理・統合しているとのことだった。
・・・・
無機質な鋼の壁。壁と同じ色の天井と床。延々続く廊下を歩き続けた。やがて広間に辿り着く。ここで行き止まりのようだ。
部屋の中央には筒型の装置が置かれている。装置の内部は黄緑色の液体で満たされていて、歯車の形をした青色の物体が浮かんでいた。
提督「ここが最深部のはずだが……正面から堂々と侵入しても警備ロボットが出てくる気配もない。かえって不安になるな……」
??「ここに警備は必要ないもの。ここに辿り着ける“人間”はもう、この世界には存在しないのよ」
一つ多い足音。私に似た声質だが、私のものではない。異常に気づく。艤装を展開して戦いに備え、振り返る。
??「見事ねイレギュラー。最初はバグ以外の可能性を疑わなかったわ。いえ……ある意味あなたたちの存在そのものがバグなのかもしれないわね」
司令官の背後に声の主は居た、もう遅かった。その場に倒れ込む司令官。首に注射針を突き刺されていた。
目の前に現れる私と全く同じ姿をした存在。深海棲艦ではないようだが、敵であることに変わりはない。
??「私の名前はグランギニョール・システム。GSと略されて呼ばれることの方が多かったかしら。この世界の管理者……神様のようなものね。
時の歯車は渡さないし、この世界も壊させないわ。ここで諦めてもらうことになるけれど……」
GS「一つ不可解なのはあなた……細胞の動きが人間のそれではない。電光刀でも光線銃でもあなたにダメージを与えることは出来ないみたいね。
この世界ではかつて存在を否定された理論上・仮説上の物質で肉体が構成されているとはね……世界線が変わるとこうも違うものなのかしら。
私の常識が通用しない存在としてあなたを認識したわ」
GS「あなたをシミュレートしてこの身体を生成してみたけれど、真似できるのは見た目だけのようね。不思議だわ」
私は女に飛びかかり、首を締め上げる。
朝潮「司令官に何をした!? 私たちの邪魔をするな……!」
GS「バカね……言ったでしょう。この身体は作り物、私の本体ではない。ゆえに傷つけたところで意味がない。
どちらの立場が上なのか理解した方がいいわ、大事な“司令官”様を人質に取られているのよ? あなたは」
首から手を離し、女を解放する。攻撃してくる気配は見られない。何が目的だ……?
GS「ひとつ、提案をしてあげましょう。あなたに時の歯車は渡せない。元の世界へ帰してやることもできない。
けれど……あなたの望みは叶えてあげられるわ。あなたが心に抱いていた、本当の望みを叶えてあげる」
・・・・
頭の中で声がする。
GS「あなたの肉体を真似ることは出来ずとも、あなたの脳内を見透かすことぐらいはできる。私があなたの本心を暴いてあげるわ」
忌々しい声、憎むべき敵の、声、の、はずなのだが……少しずつ怒りや苛立ちが収まっていく。意識がぼうっとする。
『太陽はなぜか透明であたたかく、退屈な午後は妙に私にやわらかい』……。そう、かつて、どこかであったような、そんな記憶。
ここはどこなのだろう、心地よい気だるさと眠気に襲われる。シロツメクサの咲く丘だった。
私を優しく撫でる、大きな手。私は寝転がっているのだろうか、後頭部に枕のような感触がある。
どうやら人の膝のようだ。目を開くと、見覚えのある顔。照れくさそうに微笑んでいる。
朝潮「しれー……かん?」
私の身体を起こしてぎゅっと胸元に抱き寄せてくれる。両腕から伝わる、確かな温もり。
提督「泣いているじゃないか。怖い夢でも見てたのか? 心配するなって」
私も両腕を司令官の腰に回して、抱きつく。
さっきこらえていたはずの、さっき収まったはずの涙が、堰を切ったようにぽろぽろと零れてくる。
提督「オレがずっと、一緒にいてやるから」
司令官の言葉が染み渡るように、私の心にある不安を消し去ってくれる。
幸せな気持ちがこみ上げてくる。愛しい気持ちが止め処なく溢れて、どうしようもなくなる。
726 :
【22/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 22:53:14.75 ID:stR28eGh0
……ああ。分かっているはずなのに。気づかないフリを、していたはずなのに。
傍に居られるだけで、十分だった。尊敬していたからだ。
それ以上のことは望もうとはしていなかったはずだったのに。
それ以上のことは望んではいけなかったはずだったのに。
司令官に、こんなふうに愛されたかった……。これまでずっと抑えてきた感情が、目の端から流れていく。
強く、力強く、自らの意志で司令官を抱き寄せる。傍に居たかった、役に立ちたかった、それだけじゃなかった……!
本当は愛されたかった。愛したかった。恋人のように手を繋ぎあって、並んで歩きたかった。
娘のように甘えたかった、頭を撫でてもらいたかった。幸せになりたかった。司令官と、結ばれたかった。
ひとたび解き放たれた渇望は際限なく膨れ上がり、膨れ上がった分だけ目の前の司令官が、私の餓えを満たしてくれる。
・・・・
残酷なことに、これは虚構だ。こんな記憶など、ありはしない。
幸せな幻想だった、願わくば永遠に醒めないで欲しい夢だった。
しかし……これはしょせん絵空事なのだ。そう強く念じることで、現実へと意識を戻す。
目の前は無機質な鋼の壁。倒れたまま起き上がらない司令官。
こんな空想をしている場合ではない! グランギニョール・システムと自称する私と同じ姿の女を突き飛ばし、司令官に駆け寄る。
指で無理矢理閉じた瞼を開く。部屋の明かりに反応して瞳孔が収縮する。心音も聞こえる。呼吸もしている。
命の心配はないと判断していいのだろうが……私の呼びかけには答えようとしない、揺さぶっても起きる気配が見られない。
朝潮「司令官を元に戻しなさいッ! あなたの目的は何なの!?」
GS「ふふっ……この情動こそが『感情的』というものだったわね。随分久し振りに見せてもらったわ。彼は幸せな夢を見て眠っているだけだから安心して頂戴」
GS「私はこの宇宙で生きる人間の全ての記憶を保有している。といっても、短期的・日常的な表層の記憶じゃないわ。
子供の頃の幸せだった思い出。大切な人と交わした約束。そういう、人間の性質を決定づける重要な記憶……」
GS「知識を規制し、感情に上限を設け、意志を削いでしまえば……人は思い出をなぞらえるだけの影法師になる……。
クスクス……模造品なのよ。人工子宮で生まれた肉体に偽りの記憶を植えつけて、さも当然のように自分が自分であるかのように振舞う人形。
だから、そういう意味ではもうこの世界にはオリジナルの“人間”など存在していないの。滑稽でしょう?」
背筋に悪寒が走る。目の前の敵は、今まで対峙したどんな深海棲艦よりもおぞましい邪悪さを抱えていると感じた。
GS「全ては過去の歴史の繰り返し……あなたがさっき会っていた二人も、どこかであったラブロマンスの再放送なのでしょう」
朝潮「なんてことを……。まさか、司令官にも何か……!?」
GS「“まだ”何もしていないわ。けれど……あなたにとってはそっちの方が都合が良いんじゃないかしら」
朝潮(どういうこと? 自信ありげに何を言っている……?)
GS「さっき見せた光景は、あなたが自覚している通り、もちろん現実ではない……あなたの持つ願望を見せただけだもの。
そして未来に実現することもないでしょう。あなた自身で無意識のうちに諦め、捨て去ってしまった望みだもの」
GS「私ならあなたの悲願を叶えてあげられるわ。あなたの世界でなら実現し得ないかもしれない。
自分の心の中に封じ込めてしまわなければならないような、禁忌だったかもしれない。けれどこの世界ならそれも許される」
身振り手振りを交え、大袈裟な口ぶりで、感情を込めて私を説得しようとする。説得しようとする意図が露骨に透けて見えてかえって不気味だ。
GS「ふふ……そんなに怖い顔をしてはいけないわ。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃない。もう一度さっきの幻想を見て幸せになりなさいな。一度と言わず何度でも」
やめて、それだけは……! 声は届かず、また、あの景色に戻る。
・・・・
白昼夢の中では不思議と嫌なことを全て忘れる。しばらくして冷静になると、また現実に引き戻される。それを何度か繰り返す。
もう、自分の意志で現実に戻れているのか、幸せな気持ちになったところであいつに現実を戻されているのか、判断がつかない。
回を増すごとに多幸感や中毒性は高まっていき、意識が現実に戻った時の絶望感や喪失感も増していく。気が狂いそうになる。
朝潮「もう、やめて……やめてください……。これ以上は、やめて……」
精神の疲弊が凄まじく、もう自分の意志で立ち上がることすら出来そうにない。幸せという毒で蹂躙されて、私が私でなくなっていくのを強く感じる。
私と同じ姿の存在に、情けなくもしがみついて、やめてくれと懇願する。もはや意地も矜持もあったものではない。この場から逃れたかった。
GS「あの人の記憶を書き換えてしまえばいいのよ。人格を改変してしまえばいいの。そうすればあなたの見る幻想は、現実のものとなる……!」
悪魔の囁き。きっと、私の人生の中では二度と訪れることはない、千載一遇の機会。司令官と愛し合う、この上なく幸せな未来。
心が傾いている。欲望の充足を求めている。何を迷うことがある、何を躊躇うことがある。祈りはもう届いている。一歩踏み出せば、願いは実現する。
『オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい』
司令官の言葉が頭を過ぎり、逡巡する。私の言葉……私なりの言葉……。
そう、司令官を私の思い通りに、私の意のままの存在にしてしまうのは……あるべき形じゃない。
そんなことをしたら、私の想いを司令官に伝える機会は永遠に失われる。
たとえ届かなかったとしても、叶わなかったとしても……!
眠っている司令官の手を握る。微かな熱量。抱き締めてもらった時のあたたかさに比べたら、僅かな温もりだった。それでもいい。今はそれでいい。
はっきり言ってやるんだ。たとえ未来永劫、司令官に愛されることはなくとも……そうだったとしても。打ち砕いてやる!
朝潮(司令官……ほんの少しだけ、私に勇気をください!)
――違うッ!
私は声高に叫んだ。全霊の力を込めて、砲を撃ち放す!
727 :
【23/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:16:18.81 ID:stR28eGh0
GS「莫迦な真似を……! おのれ……」
硝煙が部屋を覆い尽くす。破壊した装置から時の歯車を取り出そうとしたその時。
GS「ぐぐぐッ……ダメよ……。それを許すわけにはいかない! 私は、この世界を維持しなければならない! それが私に与えられた使命……」
艦娘の私が、力負けしている……? 猛烈な力で腕を掴まれている。振り払うことさえできない……ッ!
GS「なぜなの? あなたには寿命が存在しない。永遠に自分の意志で動くことができる、人間を超越した存在なのよ? 永遠の支配者になる資格がある。
そこの男だけじゃない……私はあなたにこの世界の全てを手に入れる力を与えてやると言っているの。全てを満たしてあげると言っているの!」
バキッと骨が軋む音。私の骨じゃない。女の指の骨だ。肉が裂けて骨が折れてもなお私を食い止めようとしている。鬼のような形相で私を睨みつける。
朝潮「そんなものに興味はない……私は私の正しいと信じたものにのみ従う。あなたは間違っている!」
GS「分かり合えないようね。なら仕方ない……彼には死んでもらう」
朝潮(無駄な足掻きを……時間を巻き戻せば司令官の死を無効化できる。このまま力で押し切って、時の歯車を手に入れさえすれば……!)
刹那、視界が暗転する。こいつ……血で目潰しを……! 理解した時には二手遅れていた。
GS「さようなら。そこの男はもう息を吹き返すことはないでしょう。本質的に人工知能である私にこの歯車の力を運用することは出来ない……」
女が部屋の外に時の歯車を投げると、投げた先にはもう一体の私と同じ姿をした女がいた。歯車を受け取って走り去る。
GS「ふふ……破壊もできない、利用もできない。けれど危険な力を持っている。そんなものは宇宙の果てに捨ててしまえばいい。
そうすればもう回収する術はないでしょう? 私の勝ちね……朝潮……」
女は口から血を吹き出してニヤリと笑みを浮かべ、前のめりに倒れた。肉体の力を使い果たしたのだろう。
朝潮「まずい、もう一体のあいつを追わなくては……!」
提督「その必要はないぜ……」
部屋の隅に倒れていたはずの司令官。しかし、どういうわけか部屋の入口に立っていた。手には時の歯車が握られていた。
朝潮「しれい、かん……?」
提督「迷惑かけちまったな。よくやってくれたよ……お前はな……」
ゆっくりと私に歩み寄る司令官。時の歯車を中心に、景色が変わっていく。無機質な白銀の景色が光に包まれていく。
・・・・
白い光の中に私と司令官は居た。天と地の境はなく、垂直に立っているはずなのにお互いの身体が浮いているように見える。
さっきの施設に居た時のような閉塞感や息苦しさは感じられない。幻想の世界で味わったような、心地よい感覚。
しかしこの時私の胸中は困惑と疑念でいっぱいだった。“また”無理矢理幸福感を味わうことになるのか、と内心恐怖していた。
提督「ようこそ、“時の終点”へ。朝潮の奮闘がなければ、ここまで辿り着けなかった……よく頑張ってくれたな」
提督「そして……オレがやってきたことも、間違いではなかったことが証明されたんだ……やっと」
状況がうまく掴めていないけれど、どうやら上手くいったのかしら……?
けれど、どうして時の歯車を司令官が持っていたのだろう。いつどうやって奪い取ったというの?
そもそも司令官は倒れていたはずだし、女は『もう息を吹き返すことはない』と言っていた……どういうこと?
提督「オレが生きてるのが不思議かって? 時の歯車は二つあった。これがトリックさ。二回の賭けに勝ったから生きている」
司令官が右手に持っている青色の“時の歯車”とは異なる、赤色の歯車をポケットから取り出す。
提督「さっきの世界の“青い”時の歯車は、過去への時間遡行ができる。一方この“赤い”歯車は時間を先送りすることができる」
提督「時間を加速させてさっきの世界を終焉へと向かわせ、この“時の終点”へ辿り着いたってことだ。
そして、時間の先送りってのは、ただ単に時間を加速させるだけじゃない。任意の事象をスキップして無かったことにもできる」
提督「二つの賭けの内容はこうだ。あの施設に入った時点で、オレたちの記憶がスキャンされようとしていることに気がついた。
スキャンそのものを防ぐのは無理そうだった。だからこの“赤い”歯車に関する記憶情報のスキャンの時だけをスキップした」
提督「次に、グランギニョール・システムによって眠らされていたオレは、朝潮の『違うッ!』の声で目が覚めた。
奴がオレの身体に埋め込んだマイクロチップで脳に死を命令しようとした、だから奴は勝ったつもりでいたというわけだ。けどそいつはカットさせてもらった。
そこから先は自分の身体の時間だけを加速させて青い歯車を奪い返し、世界全体の時を加速させて時の終点へ到達したという顛末さ」
朝潮「最初から全部司令官の掌の上だった……ということですか。なんにせよ、これで元の世界に戻れるようで安心です」
提督「いーや……そのことなんだが……このままではまだ問題がある。かなり朝潮に迷惑かけることになるが……先に謝っておくぜ」
私の背後に、赤い扉が現れる。バタンと音を立てて開き、中から無数の手が伸びる。私の身体を引きずって行く。
朝潮「司令官ッ!!」
提督「説明している時間はないか……これを受け取ってくれ。簡潔にだがそっちの世界の説明を書いておいた。
あとは頼んだぜ。……またここで会おう、約束だ」
青い歯車と一通の手紙の渡される。扉の向こうへと私を引きずる力が強まる。
ブルーホールの時と同じだ、強い力に引き寄せられている。やがて私の意識は途切れた。
728 :
【24/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:37:12.72 ID:stR28eGh0
どうやら生きているらしい。気分は最悪だが。
ええと……あれだ。オレはある噂が気になって直接出向くことにしたんだ。そう、ブルーホールだ。
洞窟や鍾乳洞みたいな地形が海没すると、そこだけ周りの海の色よりも暗い色になるんだと。
だが、そんな自然現象がたった一日で起こるはずはねえ。そもそもブルーホールが確認された位置には元々陸地自体なかったし、浅瀬だったってわけでもない。
あの場所にかつて海蝕洞みたいなもんがあったなんて話も聞いたことがないしな。
だから秘書艦の朝潮にボートを曳航してもらって、それに乗って確認しに行ったんだ。
で、朝潮はそのブルーホールに呑まれて消えた。オレも巻き込まれて気がついたらここにいた。
体中砂まみれで、おまけにボートの下敷きになってた。なんだってこんなことになってる。
提督「ペェッ、オフェッフッ。ガハッ」
口の中の入り込んだ少量の砂を吐き捨て、立ち上がる。着ているアロハシャツについた砂を払いながら周りを見渡す。
倒壊したビル郡、ひび割れたアスファルト、打ち捨てられたガラクタの山。太陽はオレをあざ笑うかのようにギラギラと輝いている。
わけわかんねえことが起きてるってのは理解できた。つまり何も理解できてねぇ。せっかくの休みが台無しだ。
とりあえずツレの朝潮を探さねえと。
・・・・
この近くに朝潮も居ることだろうとは思ったが、ジッとしているのは性に合わねえ。
とりあえずその辺をうろついてみるが、ビーチサンダルで歩き回るのは結構しんどい。足元から地平線の果てまで砂と瓦礫とゴミで満ち満ちている。
ゴミ山をよく見ると生ゴミから金属片、果ては注射針に壊れた機銃……なんでもありのひどい有様だ。
もっとひどいのは、そのゴミ山の上をよじ登って何かを探してる子供が何人もいることだ。見覚えがある光景だ、こいつらは高く売れる貴金属を探してるんだろう。
提督「おいガキども。お前らぐらいの背丈の女を見なかったか? 黒くて長い髪をしてる女の子だ」
子供たちにギロリと睨まれる。餓鬼相手にガン飛ばされてもなんとも思わねーが、揃いも揃って餓えた目をしてんな。猿みてえだ。
提督「っと……」
背後に気配。咄嗟に身をかわして相手の腕を掴む。感触から察するにこれも子供の腕か。
提督「おいおい……そいつは玩具じゃねえんだ。没収するぜ」
か細い腕を捻って、手に掴んでいたナイフを奪い取る。薄汚れたタンクトップに半ズボン、みすぼらしい格好のガキだ。
少年の膝はガクガク震えていて、その場にへたり込む。俺を恐れているのか? だったら最初からこんなことをするなと言いたいが……。
顛末を見守っていたゴミ山の子供たちは、オレがナイフを奪い取った瞬間に目を離してまた自分の作業に向かうようになっていた。
こいつを助けようと加勢したりするつもりはないらしい。薄情だが貧困ってのはそういうもんだよな。
オレがこのガキに刺されて死んだら機会に乗じて遺品の剥ぎ取りでもしてやろうと企んでいたんだろう。
提督「取って食うわけじゃねえから安心しな。まあこれは返してやらんがな。質問1、オレがさっき言ってた女の子を見かけなかったか? 朝潮って名前だ」
少年1「いいや……見かけてねえ……」
提督「質問2、ここはどこだ? 言葉が通じるあたり日本であることは確かなようだが……。
オレは海の上にあったブルーホールに呑まれてここに来たんだ、何か分かるか?」
少年1「ブルーホール? わからない。ここは昔、渋谷っていう名前の街だった。けど、このザマだ……戦争の後はどこもこんなだ……」
提督(戦争、かあ……? 深海棲艦との戦いでどこの国もそんなことやれるほどの余裕は絶対ねえ。
それに、渋谷といえば都会の繁華街だろ? こんなに荒れ果ててるはずもない……パラレルワールドってやつなのか?)
どこの国といつ戦争したのかを尋ねようとしたのだが、突然少年が震え出したため質問を中断する。
濁った呻き声をあげてうずくまり、ぶるぶると震えている。少年の身体から汗が吹き出る。
提督「おい、大丈夫か?」
……とてもじゃないが大丈夫そうには見えねえ。
提督「なあお前たち! 誰か病院を知ってるか!? 教えてくれ!」
大声で叫ぶと、山の上の子供たちはこちらの方を振り向いたが、何かを教えてくれそうな気配は見せない。
一人だけ声を返す子供がいた。が、よく聞き取れない。しばらくすると山から降りてオレらの方に歩いてきた。
少年2「こんなところに病院なんてあるわけねえ。それぐらい分かるだろ……こいつはもうだめだ」
よれた半袖のTシャツを着て、傷ついて穴が空いているジーンズを履いている裸足の少年。
うずくまっているタンクトップの少年ほどではないが、彼もひどく痩せ細っている。
少年2「見覚えがあるんだ。こうなったやつはもう、そう長くは持たない。震えが止まらなくなって、最後には寝たきりになって死んじまうんだ」
提督「なら、日の光を避けられて、砂埃の入ってこなさそうな場所はないか? ここじゃ余計な体力を消耗しちまう。せめてもっとマシな場所に連れてってやりてえ」
少年2「おれの住処へ案内するよ。こいつはおれの古い友達だったんだ……こんな場所で死なせるのは忍びねえ」
・・・・
地面や壁面に描かれたペンキ跡から、ここはかつて地下駐車場だったのだろうと推測できる。天井はひび割れていて、ところどころ崩落してしまっている。
硬いアスファルトの床の上に砂まみれの布を敷き、タンクトップの少年を寝かせる。もう一人の少年は用事があると言ってすぐに去って行った。
タンクトップの少年が、ぼそぼそと口を動かしている。よく聞き取れない。
何かをオレに伝えようとしているのか? じっと耳を澄ます。
729 :
【25/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/10(日) 23:53:35.30 ID:stR28eGh0
少年1「ヒ……ハッ、ハハッ……戦争があったのは、八年前、ヒッ……。どこの国がやったのかは、分からない……。
そこら中でテロが起こって、国としての機能が果たせなくなった……テレビで見てた、関係ないと思ってた出来事だった」
少年1「あいつらは……何もかも滅茶苦茶にしていった。ハァーッ、ハァ……もっと早く、手を打っておく必要があったんだ……ィヒッ……」
提督「まさか、深海棲艦か!? しかし、テロだと……?」
返事することもできず、少年は力尽きて気を失ってしまった。
提督「身体の震え、もう一人の子供が言っていた“寝たきり”、そして異常な笑い……。オレの思い違いであって欲しいが……」
この奇妙な症状に一つだけ思い当たる節がある。ニューギニア島の風土病……クールー病だ。またの名をクロイツフェルト・ヤコブ病、その症状と一致している。
実際に目にするのは始めてだが……オレの前にラバウルに着任してた提督が書き残してた手記にあった。
ニューギニア東部高地のワネビンチ山、その北にある降雨林に住んでる少数民族であるフォレ族に伝播した病のことだ。
その原因は……食人。人が人の肉を喰らうことだ。フォレ族には、かつて死亡した者をばらばらにして食する習慣があった。
前の提督が着任した頃にその風習は既に廃れて行われなくなっていたそうだが……病の潜伏期間は五年から二十年。
さっきの子供は言っていた、戦争があったのは八年前だと。……その可能性はある。
・・・・
オレは鼓動を抑えながら、地下の建物内を歩き回っていた。Tシャツの少年がここを拠点にしていると言うのなら、どこかに食糧を保管しているはず。
ん……? 火が灯っているのか、妙に明るい個室を見つける。いや個室じゃない、エレベーターだ。扉は壊れていた。明かりが気になって覗いてみた。
天井が壊れていて、空からは太陽の光が差し込んでいる。そして、一つ下の階から煙が立ち上っていた。やはり火が灯っている。肉の焼ける臭いがする。
下の階には、Tシャツの少年。焼けた肉を食っている。オレは疑問を投げかけずにはいられなかった。
提督「おい……お前……それは、“何の肉”だ? そこに転がってる骨は、“何の動物の骨”だ……?」
少年2「……人の肉だよ。見るからに健康そうなアンタには分からないかもしれないが、これしか食うものがないんだ。
土壌は汚染されきって作物は育たない。動物も死に絶えてる。山奥や海沿いももう人で溢れかえってて何も食えやしない。
ここで廃品に紛れ込んだ貴金属を集めて、水や食べ物を買う。子供のおれたちにはそれしかできない。それすらまともにできないんだ」
少年は躊躇いなく答えた。倫理的な葛藤などとうに忘れた様子だった。そんなことを考えていては生きていけないのだろうが。
提督「…………」
言葉が出てこなかった。ここで綺麗ごとを言うのは簡単だ。人は何のために生きているのか、お前は他人の肉を食ってまで生き永らえたいのかと。
そうは思った、だが。オレが同じ立場になった時、自制できるだろうか。他に生き残る術がなかった時、どうするだろうか。
オレは、まだ死ぬわけにはいかない。誇りと自分の命を天秤にかけたら、恐らく後者を取る。
極限まで餓えに苦しんでいたら……同じことをするかもしれない。
提督「わかった。もう、それを食うのは……やめろ。オレが、お前に協力する。もう、そういうことはしなくていいように、オレが助けてやる。
一緒に生き延びる方法を考えよう。オレがどうにかする……」
少年2「アンタ、変わってるな……今までそんなこと言うやつに会った事がなかった。けど、無理だ……もう何も変わらない。
きっと、戦争が始まる前から……おれらが生まれる前からずっと手遅れだったんだ。おれらの親やその前の世代からずっと手遅れだったんだろう」
提督「何言ってんだ。お前、人の肉を食ってでも生き永らえてるじゃないか。それでも生きていたいんだろ、執着があるんだろ?
だったら、大丈夫だ。オレだってお前と同じだ。生き残るために、自分の望みを叶えるために生きてる。悲観的になるなよ、現状を変えたいんだろう。
その意志があるから死ねないでいるんだろ? 苦しくても諦めきれないんだろ? 違うか?」
真っ直ぐな瞳で、こちらを見上げる少年。
少年2「分かった。あんたを信じるよ……。これを片付けたら、そっちに行くよ。アンタの考えを聞かせて欲しい、先にあいつのところへ戻っていてくれ」
促されたとおりに、オレはタンクトップの少年のところへ戻った。
少年2「アンタみたいなやつにもっと早く会えてたら、おれの人生は変わっていたのかな……」
・・・・
戻ると朝潮が立っていた。悲しそうな顔つきでこちらを見ていた。
朝潮「司令官……気の毒ですが、この子はもう……」
タンクトップの少年は何も語らない。さっきまで苦しみ呻き声をあげていたとは思えないほど安らかな表情をしている。
朝潮「衰弱しきってしまって……自分の力ではもう呼吸することも、心臓を動かすこともできないようです。何か機材があれば、助かったのかもしれないのですが……」
提督「……。そうか……」
オレは、不思議と悲しみの念が湧いてくることはなかった。というよりも、見ず知らずのオレが勝手に悲しんだところで、こいつが救われるはずもない。
だから、出来事として受け入れるしかない。それ以上の感情を抱くことは、こいつの命に対して失礼なような気がしていた。
ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! 鈍い落下音が何度か聞こえる。地上から何かが落とされているらしい。さっきのエレベーターの方からの音だ。
落下音とともに悲鳴が聞こえた。Tシャツの少年の声だ。慌ててエレベーターへ駆け寄り、下の階を覗いた。上から落とされたゴミで満たされていて何も様子が分からない。
穴の開いた天井を見上げると、トラックが去っていく姿が一瞬見えた。叫んでもTシャツの少年の声が返ってくることはなかった。
・・・・
下の階に行って探したが、結局Tシャツの少年の姿は見つからないままだった。ゴミの下敷きになってしまった可能性が高い。
見つけたところで、これだけ時間が経過したらもう助からないだろう……。
提督「この世界は……オレたちの居る世界とは違うみたいだな。どうしてこんなことになってるんだ……? どうしたってこいつらがこんな目に遭わなきゃならねえ!」
730 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 00:05:27.79 ID:fXJC48ZzO
ヤコブ病か
似たような病気で牛も肉骨粉で共食いさせると狂牛病になるんだよな
厳密には共食い云々が原因というよりも何万分の1の確率で起こる異常プリオンってタンパク質が原因なんだが
本来ならそのタンパク質が生まれたところでその一頭が[
ピーーー
]ば伝染せずにそれでお終いだが共食いで他の異常のない動物が食らうと伝染してこの有様よ
つまり狂牛病の人間バージョンがヤコブ病って言われてるな
原因も両方とも異常プリオンだし
まあ共食いじゃなくて他の動物が食べても狂牛病が人間に感染るように普通に伝染するんだがな
731 :
【26/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 00:10:24.68 ID:du8xjrVn0
朝潮「司令官……」
提督「悪い……朝潮の前で言っても仕方ないことだよな。声を荒げて驚かせちまった。元の世界へ帰る方法を考えなきゃあな……」
朝潮「司令官……この世界を、救いましょう。私の手を握ってください」
何を言ってるんだ……? 手をこちらに差し出す朝潮。わけもわからず、言われた通りに手を握る。
ブン! と風を切るような音がした。目の前の景色が一瞬灰色に歪んだ。すると、ゴミだらけだった廃墟の景色から一変、車が並ぶ駐車場に一瞬で移動した。
提督「一体お前、何をした……? ここが元の世界、なのか?」
朝潮「いいえ。“この世界の”時間を八年前に巻き戻しました。この世界でこれから起こる悲劇を食い止めることが出来れば、元の世界へ帰ることができるでしょう」
時間を戻した? 八年前に? これから起こる悲劇……ってのはタンクトップの少年が言ってた戦争ってやつか。しかし状況が飲み込めねえ。
提督「朝潮……お前、何か知っているな? 一体全体何がどうなってやがんだ、お前は何を知っているんだ?」
朝潮「順を追って説明しますね。私たちの居た世界を“基本世界”……つまり基準となる世界線としましょう。この世界はその基準となる世界線から外れた、異なる世界線。
ここでは“異世界A”と呼びます。ここ異世界Aから基本世界に戻るのが私たちの目的となります」
朝潮「基本世界に戻るためには、既存の因果律を破壊することによって発生する“時の終点”に到達する必要があります。
既存の因果律を破壊するということは即ち、過去を改変して歴史的な重大事件の顛末を変えるなど大規模な過去改変を行うこと……あるいは。
世界に流れる時間を極限まで加速して、この世界で起こるであろう全ての因子と結果を収束させてしまえば、“時の終点”へ辿り着くことが出来ます」
提督「時間を巻き戻して本来あるべき未来と矛盾を起こすか、時間をひたすら早送りすることで“時の終点”へ辿り着けるのか。そうすれば元の“基本世界”へ戻れる、と。
だがちょっと待て……オレたちはブルーホールに呑まれてここに来た、そうだよな? どうしてお前はそんなことを知っている? どうやって時間を巻き戻す能力を手に入れた?」
朝潮「ここが“異世界A”だったとして……ブルーホールに呑まれて私が最初に辿り着いた世界は“異世界B”でした。つまりこの世界線とも異なる世界。
異世界Bの中で私はこの青色の“時の歯車”を入手し、時間を巻き戻す能力を手に入れました。異世界Bから時の終点を経てこの異世界Aにやって来たのです」
青色の歯車を見せる朝潮。朝潮の掌でふよふよと浮いている。
提督「? えっと……朝潮は“異世界B”から“時の終点”へ辿り着いた。だったらどうして“基本世界”にそのまま帰らずに、わざわざこの“異世界A”に来たんだ……?
オレを捜すためか? そんなことをするなら基本世界に戻ってから時間を戻せばよかったんじゃないか? ブルーホールに足を踏み入れる前にな」
朝潮「私が“異世界B”からこの“異世界A”に来たように、司令官も私が居た“異世界B”へと行くことになるんです。未来の話ですが。
この“異世界A”での全ての顛末を経験した司令官と、基本世界からやってきた直後の私が邂逅したのです」
提督「? 未来のオレが最初のお前と会って、それからオレと会ってきたお前が今の何も知らないオレとこうして会っている。
これからオレは“時の終点”に辿り着いて何も知らない過去の朝潮と会う……。なんとなく、理屈の上では分かったがような気がするが……」
??「陛下!? やはり陛下は生きておられた!」
へいか……? 何のことだ? 駐車場に響き渡る女の大声。背の高い、黒いスーツを着た女がこちらへ駆け寄ってくる。
提督「あれは……大和じゃないか!? 大和型戦艦一番艦、大和! 艦隊決戦の切り札であり、オレらの世界における最重要戦力の艦娘。なんで奴がこんなところに……」
大和「大和をご存知ですか、光栄です。ですが今はそれどころではありません……一刻も早く陛下のご無事を報せなければ」
大和は慌てた様子でオレと朝潮を高級そうな車に乗せると、とんでもないスピードで車道を駆け抜けていく。隣に座る朝潮がオレに耳打ちをする。
朝潮曰く、この大和はオレらの知る戦艦大和という艦娘によく似た普通の人間らしい。どうにもこの世界には艦娘や深海棲艦というものが存在していないようだ。
・・・・
巨大なビルの最上階まで連れられた。ビルの中で会った人々はオレにひれ伏して頭を下げていた。アロハシャツ姿のオレを相手に。
提督「なんだってこんなに厚遇されてるんだオレは……? それに、陛下って……?」
朝潮「私も詳しいことは分かりません。ただ、この世界での司令官は、“やんごとない血筋の”人に似た見た目をしているそうですが……」
提督「オレたちの世界で言う菊の御紋の一族として扱われてるってことか……? しかし、この畏れられ方はどちらかと言えば“将軍様”だ。
第二次世界大戦の再現って具合か? なんだかよく分からねぇが……」
あれよあれよという間に勝手に話は進んでいき、オレは華美で派手な衣装を着せられた。大和は壁掛けのモニターの電源をつけ、映像を見せた。
大和「陛下……よくぞご無事で。国民もみな陛下の存命を心から喜んでおります」
モニターに移る映像は、渋谷のスクランブル交差点で熱狂する人々の姿だった。
提督(ワールドカップでもあったのかよ……)
しかし映像内の人々が食い入るように見つめているのは、オレの姿だった。建物に設置された巨大な液晶に映る今のオレの姿だった。どうやら放映されているらしい。
大和「陛下がおられる限り、この国が滅ぶことはありません! 我が国を襲う悪鬼を討ち払い、勝利を掴むのです!」
・・・・
迂闊に口を出せないなと思い、黙っていた。放映が終わり大和が部屋から出て行った後、オレは朝潮に相談しようとした。
しかし、いつの間にか姿を消していた。一緒に最上階までは来ていた、大和に退室を命じられた様子もなかった。
となると、自分の意思でどこかへ行ってしまったのだろうが……一体どこへ? 何かアテがあるというのか?
一人取り残されたオレは、部屋にあった本棚を片っ端から飛ばし読みすることにした。この世界はどういう経緯でこういう状態になったのかを調べようと考えていた。
朝潮の言っていることも大和の言っていることも分からねえ。だが、人間の肉を食わなきゃ子供が生き残れないような未来になるってんなら、食い止めるしかねえ。
事態はまるで把握できていないが、それでもオレなりに出来る最善を尽くそうと思った。
732 :
【27/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 00:41:23.58 ID:du8xjrVn0
世界恐慌レベルの経済不況が起こり、戦争が起こった。これが第二次世界大戦。ここまではオレたちの生きていた世界の歴史と同じ。けどそこからが違う。
オレたちの世界では、それからしばらくして深海棲艦という人類に危機を及ぼす明確な敵となる存在が襲来してきた。
どうやって奴らが生まれたのかは分からない。けれど今も深海の底で増え続けていることは確かだ。
その深海棲艦の登場と同時期に現れた艦娘という人型兵器を運用することで奴らに対抗しているものの……戦況は芳しくない。国同士で戦っている余裕など当然ない。
今でこそ各地に鎮守府や泊地などの拠点が建っていてある程度の戦果も上がっているが、今日に至るまでの犠牲者の数は計り知れない。
一方で、この世界……“異世界A”は違っていた。深海棲艦など現れることはなかった。
平和が長い間続いていた。社会保障が充実し、国民一人一人の権利が守られている民主主義国家……だった。
しかしある時、先の大戦と同じ流れが起こった。それから戦争へと突入してしまった。恐ろしいことに、今回の戦争は敵国が存在しない。
引き鉄となる出来事は中南米で発達したマフィアが起こしたとも、自らの影響力の低下を恐れた石油財閥がけしかけたとも言われている。
いや、この際どこの誰がきっかけはどうでもいい。問題なのは、この戦争によって誰が得をしているかだ。
大和「残念なことに、この国にも反政府組織と内通している者が紛れ込んでいるようです。検閲を強化して、通信を傍受することにしました。
秘密警察も各地に配属しています。既に幾つかの大国では暴動やテロ、侵略が横行して国家としての機能が破綻しているとのこと……。
陛下が居なくなれば、我が国も同じ末路を辿ることになるでしょう。それだけ陛下はこの国にとって大切なお方なのです、必ずお守りします」
提督(まるで警察国家だな……民主主義が聞いて呆れる。しかし……)
こうなったのもまた民主主義のせいなのだ。政治家は己の腹を肥やすことしか考えない、声の大きい扇動家が不安だけを煽り、国民も国家への希望を失う。
不況とテロリズムの脅威がその恐怖感を後押しして、絶対的な権威者を擁立させようとする運動が盛んになった。結果として今のようにオレが祭り上げられている。
もっとも、オレは異世界から来た人間なのだが。全く無関係な人間が、容姿が似ているというだけこうなるとは奇妙な話だ。まあこれにはどうにも事情があるらしい。
大和「陛下がテロリストに刺殺されたと聞いた時は、この国の落日かと思いました。不謹慎ですが、影武者で良かったと安心しています」
恐らく、オレがこの世界にやって来ずとも、代わりの陛下ってやつが無理矢理擁立されていたのだろう。
どうあれオレはその陛下というやつに成り代わってこの状況を打開する必要があるが、疑問なのは……。
提督(一体オレに何が出来るというのだろう。不満を持った人間たちが各々暴動を起こしている。そしてその者たちの不満を全て解消してやることは不可能だ。
だから、警察国家のように監視網を敷いて力づくで従わせ、国家としての結束を保つ。……理には適っているが)
提督(これじゃまるで全体主義国家だ。ヒトラーの独裁政治、そしてその末路と同じことを辿るか? バカ言え……)
提督「不安や対立を煽っているやつがいるはずだ……と言っても、単に恐怖心で行動している連中じゃない。人々の恐怖を煽ることで利益を得ている奴らだ。
それを知りたい。たぶん……情報統制に意味はない。テロリズムという過激な形で発露されるもの以外の不満は放っておけ」
提督(未来の様子から、貨幣経済は一応残っていると考えられる。金のためにやる戦争なら、全世界でテロを起こす理由が分からない。
なんだってそんなことをする? どこかの国と国を競わせて代理戦争でもさせれば良いんじゃないのか?)
・・・・
三日が経った。未だに朝潮の姿は見つからない、艦娘だから人間が束になったところで傷つけられるようなものではないはずだが……一体どこへ行ったんだあいつは。
朝、反政府組織のアジトの殲滅に成功したと大和が報告してきた。テレビのニュースでも大々的に報道されていた。
提督「どこの報道局も、まるで巨悪を討ち滅ぼしたかのような口振りだ。こんなものは氷山の一角だというのに」
大和「ええ。母体となる組織が存在しているようです。調査を続けています」
提督(そんなことは分かりきっている……誰が得をしているんだ? 国家がわやくちゃになって、人々の暮らしが成り立たなくなる。
既得権益にしがみついてその勢力を伸ばすか、それを打ち破って新たな権益を得ようとするにしても、全世界を滅茶苦茶にしようって考えには至らねえはずだ……)
提督(テロってのが厄介だ……敵として倒そうにも実体がない。和解しようにも姿が見えない相手とどうやって協調すればいい。
永遠に後手後手の対応を迫られ続ける……。国家転覆を企むにしても、国家そのものが瓦解しちゃあ意味がない。そのぐらいのことは相手だって分かるはずだろう)
窓から地上を見遣ると、街宣車とそれに続いて行進する人々が見える。人々は単一の服の色を着ている。
『陛下万歳』……なるほど、マスゲームか。上空から見て文字に見えるように行進しているようだ。
提督「大和……あれ、近くで見れるか」
大和「いえ、陛下の身に何かあったら危険です。映像でよろしければ構いませんが……」
提督「(事実上の軟禁だなこれは……)だったらそれでいい、見せてくれ」
五分ほどして、壁掛けのモニターから映像が中継された。行進の様子を見に来た道路脇の人々は、陛下万歳! と口々に叫んでいる。
また、「テロリストを殺せ!」「異邦人を殺せ!」などと、聞きたくもないような幼稚な音声も紛れていた。
提督(狂信。盲従。排斥。こいつら揃いも揃って異常者だ……オレを唯一神かなんかだと思ってるに違いねえ)
提督「悪い……もういい、映像を止めてくれ。ハァー……」
大和「テロを恐れるあまり行き過ぎた差別主義に走る者も居るようでして……お気を悪くさせてしまいましたか。すみません」
慌てて映像を消し、気まずそうに頭を深く下げる大和。
提督「いや、オレから頼んだことだからお前が謝る必要はない。だが……」
提督(この世界に来てからというもの、日に日に嫌悪感が増していく。早く元の世界に戻らないと頭がおかしくなりそうだ)
提督「それでも……中途半端で逃げ出すわけにはいかねぇ。あんな未来は起こさせねえ……」
結局オレはここに座って、大和が伝える情報を受け取ってるだけだ。「調査するように」と指示してるだけで、何も成果を上げてねえ。
あのガキ共に……正しい未来ってもんを用意してやりてえ。こんな狂った世界でも、オレは絶対投げ出したりなんかしたくねえ。
733 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/07/11(月) 00:55:34.10 ID:du8xjrVn0
番組(?)の途中ですが、安価待機勢に連絡です。
ご覧の通り全部投下しきるまでにまだまだ時間がかかりそうなので、安価は本日の22:00からにします。
明日は月曜……というかもう今日が月曜なんで、早く寝なければという方も多いでしょう。安心してお休みくださいませ。というか私も一旦寝ます。ゴメンナサイ。
なんでこんなに投下が時間がかかるかって……? 行数&バイト数制限で引っかかりまくって削りながら投下してるからっす……。
あとヤコブ病のくだりは
>>730
さんが補足してくれた通りで、作中では触れてませんがプリオンってやつを経口摂取したりすると起こりますです。
必ずしも食人で起こる病気とは限らないのでクロイツフェルト・ヤコブ病の人を見てもカニバだー!とか思っちゃダメです。
身近にそういう人は滅多にいないと思いますが。
734 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 01:02:44.68 ID:dO6DcvSJO
乙
せっかく長めの文章書いたのに削るなんて勿体無いのな
735 :
【28/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 20:48:56.57 ID:du8xjrVn0
一ヶ月が経った。その間、オレはずっとビルから外へ出ることが出来なかった。抜け出そうとしても必ず誰かが護衛についている。
一人になれるのは自分の部屋だけだった。耳に入ってくるのは気分を悪くするようなニュースばかり。
状況を改善したいと心では思っていても、抜本的にどうにかする方法などまるで浮かんでこない。
タンクトップの少年の話が本当なら、今年中にこの国は焦土と化す。そうなってからじゃもう手遅れだ。焦りだけが募っていく。
ノックの音。誰も部屋に入れたい気分ではなかったが、拒む理由はない。招き入れる。
朝潮「司令官! お久しぶりです!」
ボロボロの格好で敬礼を向ける朝潮。中破状態といったところだろうか。服やスカートが破けてしまっている……。
鎮守府的にはよくある光景だが、この姿のままここに来たのだとしたら……ちょっとまずいんじゃないか。
あとで服は用意してやるとして……詳しい話を聞くべきだろう。この一ヶ月間、何をしていたのかを。
朝潮「申し訳ありません……本当はもっと早く突き止めるつもりだったのですが……。これを手に入れるのに、少々時間がかかってしまいました」
提督「錠前付き鉄製の小箱……? 中に何が入っているんだ?」
朝潮「“時の歯車”です。私が持っている、時間を過去に巻き戻す“青い”時の歯車とは異なり、時間を未来へと早送りする力を持つ“赤色の”時の歯車です。
ですが……このままでは使えません。この箱の鍵を開けないといけませんから」
提督「箱を手に入れた状態でそれより前に時間だけを巻き戻せばいいんじゃないのか? それは出来ないのか?」
朝潮「そうすると箱は私の手の中から消えて、元の場所へ戻ってしまいます。一ヶ月前に司令官とこの八年前の時代に来ましたよね。
手を繋いだ人間の意識や状態を引き継いだまま時間を戻すことは出来るのですが……物はその限りではないようで。意識の有無によって差があるようです」
提督「あまりよくわからんが……そうか。……ま、なにより、無事で良かった、安心したぜ。次離れる時はちゃんと伝えてくれ、心配するだろ」
・・・・
朝潮のために用意されている部屋はなかった(どころか、朝潮の存在自体オレの近侍またはメイドとして周囲に認識されているようだ)。
だから自分の部屋に朝潮を泊めることにした。とりあえず服は着せた。
提督「情勢は最悪だ……いや、最悪の度合いを日に日に更新していく。街じゃ魔女狩りならぬテロリスト狩りが流行ってる。
勝手な言いがかりで罪のない人を逆賊に仕立て上げて集団リンチを行う……。情報統制のためでなく、テロリスト狩り対策のために秘密警察を配備しなきゃならない始末だ」
提督「オレは、一ヶ月間ずっと何も出来ないでいる……ただ座して話を聞いているだけの盆暗だ」
うっかり漏れ出た弱音。聞き逃してくれれば良いのものを、朝潮にしっかり拾われてしまう。
朝潮「それは間違いです。『卒に将たるは易く、将に将たるは難し』……故事からの引用ですが。卒とは兵士のこと。
兵を束ねる将官は、人より突出した才覚を持つ者がなるべきです。ですが、諸将を束ねる将に求められる資質は、技術や才能ではありません」
朝潮「確かに今、司令官一人のお力でこの状況を覆すのは不可能でしょう。ですが、ご自分を責めるべきではありません。
司令官は将の将になればよいのです。才気や智謀はなくとも……司令官には、人を引き寄せる何かがあると私は思っています」
朝潮「少なくとも私は……朝潮は、司令官のお陰で成長することが出来ました」
晴れがましい笑顔で微笑みを向ける朝潮。今まで彼女がこんな風に微笑みかけたことがあっただろうか?
提督(オレは朝潮に何かしてやったことがあったか? 普段は仕事の話しかしていた覚えがないぞ……。それに、朝潮はこんなことを言うやつだったか?)
オレは、正直のところ……朝潮のことを自分にとって都合の良い存在だとしか思っていなかった。
嫌な顔一つ見せずオレの指示に従う。干渉もしてこない。まるで道具のように便利だった。しかし、そんなことはもちろん口には出来ない。
朝潮「朝潮は、司令官にとって道具のように便利だったでしょう。私もそうあり続けることを望んでいました」
背筋に寒気が走る。こいつは何を言ってるんだ。今考えていることを未来のオレが打ち明けでもしたのか? いやそんなことはするはずがない。
そんなことをする意味がない。朝潮は何を考えているんだ? 何をオレに伝えたい?
朝潮「でも……もう、司令官の道具ではいられません。私は、自らの意志で司令官に従うのです。司令官の意志と信念に共鳴して、お傍に居たいと思うのです」
澄み切った迷いのない眼差し。こいつは、こんなに綺麗な目をしていたのか……。
その目は口よりも力強く彼女の想念の大きさを物語る。オレの知る朝潮とは何かが違う。今までの朝潮とはどこかが違っている。
朝潮「司令官には、朝潮がついています。……どんな時でも、どこに居ても。心は司令官と共にあります」
朝潮の、絶対的な信頼。妄信しているわけでもないらしい。オレという存在を理解した上で、心から信頼している。
だがその信頼の発生源がオレには分からなくて……誰にも言うまいとしていたことを話し出してしまう。
自白剤でも打たれたかのように、打ち明けずにはいられない気持ちになった。
提督「オレの年齢は、今年で24歳になる。オレの両親が今のオレと同い年の頃に、オレは朝潮と同じぐらいの背丈をしていた。
今のオレに、朝潮と同じぐらいの子供が居るようなもんだぜ? 笑っちゃうだろ? ……」
提督「両親は祖父母や親戚から見放され、とにかく金がなかった。母親は毎日風俗で働いてた。父親は仕事のストレスから酒に溺れてアルコール中毒になった。
望まれずに生まれたオレは毎晩のように虐待を受けてた。ランドセルだって買ってもらえなかった。
手提げ袋で学校に通うオレは変わり者だって皆に笑われて、クラスメイトに石を投げられながら家に帰った」
提督「生まれてきたくて生まれてきたわけじゃない、こんな苦しいなら死んだ方がマシだと何度も呪った。けど、オレはまだ生きることを諦め切れなかった。
だから誓った。絶対に復讐してやるってな。誰よりも上に立ってやるって、底辺からでも這い上がれることを証明してやるって誓ったんだ」
歯を食いしばり、息を吐き出す。今でも恨みは忘れねえ。憎しみを抱えながらここまでずっと歩いてきた。
提督「海軍少将の地位まで上り詰めて、誰もオレを馬鹿にする奴は居なくなった。そして気づいたんだ……オレには才能がないってな。
結局、まともな教育も受けずロクな仲間も持てず、一人で突っ走ってきたオレには、自分が持ってる小さな脳味噌の中で物を考えることしか出来なかった」
736 :
【29/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 21:10:22.18 ID:du8xjrVn0
ベッドの上に座っているオレの肩に寄り添うように身を寄せる朝潮。彼女なりの気遣いなのかもしれないが、余計に自分が情けなく思えてくる。
提督「だからここから上には昇れない。最近になって自分で気づいたのさ……一週間の休暇も、実は退役する相談をしに本土へ向かうつもりだった」
朝潮は何も言わず、ただオレを抱き締めた。オレは振りほどくこともなく、何を言うこともなく、そのままでいた。そしていつしか眠りに落ちていた。
・・・・
翌朝、朝潮が異変に気づく。
朝潮「司令官! 敵襲です! 東の空からやってきたあの武装ヘリ……十数機はありますね。撃ち落すことも可能ですが……」
朝潮「あのヘリの中に“時の歯車”が入っているこの箱の鍵を持っている人間が居ます。鍵の破壊は避けなければなりません……。
しかし、裏を返せば奴らも迂闊に地上を爆撃したりすることは出来ないということ。地上戦になるでしょう。敵は恐らくこのビルに向かってくるはずです」
提督「(まるでこうなることが分かっていたみたいだな……)大和に言って、他の者を退避させよう。朝潮一人で十分か?」
朝潮「戦車の砲弾でも中破で済んだので、問題ないかと!」
提督(その箱を手に入れるためにどんな戦いをしてきたんだ……?)
・・・・
最上階。朝潮によって気絶させられた屈強な男たちが次々と山のように積み上げられていく。
最後に入ってきた男は、それまでの男たちと比べると小柄な体格だった。そいつは、この国で“陛下”と呼ばれている人間と同じ顔をしていた。
謎の男「おぉ……オレの影武者か。道理でこの国がしぶとく続いてると思ったよ。一度壊れてくれた方が都合が良かったんだが」
提督「オレはオレだぜ。国を捨てた陛下様の影武者なんかじゃねえ。お前の方こそオレと同じ顔しやがって……気持ち悪ぃ」
オレと全く同じ体形・顔つきをした男。まさか、ドッペルゲンガー……? 大和たちが誤解するのも頷けるぐらいこいつとオレは似ている。いや、こいつにオレが似てるのか。
謎の男「一端の口を叩くんじゃねえ、偽者。お前、知ってるんだろ? “時の歯車”ってやつが入ってる箱の在り処を」
男はオレに銃をつきつけた。オレも銃をつきつける。
提督「まあそう慌てるなよ……自分が死んだらボカン! 鍵や箱も巻き添えなんて仕込みをしていたらお互い面倒だろ。勝った方が総取りのルールで行こう。
一旦銃をしまえ。3・2・1・0の合図でお互いの目当ての品を机に置く。次の3カウントで銃を引き抜いて撃つ。簡単なゲームだろ? お前は鍵を出せ」
男は頷き、銃をしまった。オレも銃をしまって、カウントをする。
提督「3・2・1……」
提督「ゼロ」
オレは机の上に箱を置いた。男も机の上に鍵を置いた。と、同時に銃声。しかし弾丸は放たれない。朝潮が時間を戻して細工しているのだ、当然そうなる。
机の上に飛び乗って男に飛び掛り、鍵を奪い取る。反撃しようと殴りかかってきたが、身をかわして跳び退る。
男は朝潮に拘束され身動きが取れないでいる。オレは鍵を開けて歯車を取り出した。
男「チッ……謀られたか……。歯車さえ手に入れればどうにでもなると思っていたが、考えが甘かった……」
提督「違ぇな。確かに“時の歯車”を手に入れれば、都合が悪い出来事の起こる時間だけを取り除けばいい。
だが、お前が自らここに来た理由はそうじゃねえ。お前は誰も信用できなかった。信用できる味方がいなかった。だから最後の最後で自分で決着をつけようとした」
男「何が言いたい? オレにはもう反撃する手段が残ってない。お前に敗れたんだ、そのピストルで心臓を撃ち抜いて殺せよ。
“時の歯車”を手に入れた今、お前はこの世界の全てを牛耳る力を手に入れたんだ。お前がオレに代わって支配するといい」
提督「どうせ死ぬって覚悟決めてんだったら……一つ教えてくれねえか。なんだってこんなふうに世界中でテロを起こしてる?」
男「オレ一人が黒幕ってのは勘違いだな。人口を減らそうって企んでるヤツらが居る。事実、このまま行けばこの星の資源はもう百年持たないと言われている。
だから自分たち以外は旧石器時代のおサルに戻しちまおうなんて考えてる奴らがいるのさ。これが第三次世界大戦の答え」
男「だが……その“時の歯車”があれば、時間と資源の消費という過程をすっ飛ばして成果物だけを手に入れることが出来る。それが無限に行える。
もはや永久機関だ、そいつがあれば全ての問題は解消する。オレはその歯車を手に入れて……新たな国を作ろうとしていた」
提督「悪いが……こいつは渡せない。お前がこいつを手に入れたところで、未来はお前の理想通りにはならないことをオレは知っているからだ。
けどな……オレはお前を殺さない。お前の今の話を聞いて、お前を信じたくなった。だから生かしておく。お前がこの国の本物の陛下ってヤツなんだろ?」
朝潮とオレの体が光に包まれていく。景色が変わっていく。これが“時の終点”……?
提督「だったら国は捨てんな。未来に生まれた子供が悲しまねえような世界にしてくれ……じゃあな」
・・・・
朝潮「司令官……ようこそ、“時の終点”へ。因果律の改変が起きたようです」
提督「あれで良かったのか……? オレは本当にちゃんとあの世界を救えたのか? 最初にあったガキ共が、惨めな思いをしてないと良いんだが……」
朝潮「きっと、あの世界は変わりました。……未来は変わったのでしょう。だからここに辿り着けた」
提督「あー……これからまだ、オレは……最初の朝潮がいた世界に行かなきゃなんねえんだよな? 大丈夫だったか、オレは。上手くやれてたか?」
朝潮「はい! 司令官の言葉のおかげで、私は自分なりの気持ちに向き合うことが出来ました。もう、迷いはありません……」
青色の扉が目の前に現れた。朝潮から赤い歯車と手紙を手渡される。二つを受け取ると扉が開き、開いた扉から伸びてきた無数の手がオレを中に引きずり込んでいった。
737 :
【30/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 21:35:22.87 ID:du8xjrVn0
扉が消えるのを見送った二人は、すぐに再会することになった。
朝潮「終わったのですね……」
提督「そっちもな。お疲れさん」
提督「手紙……読んだか? 読んだよな、でなきゃ先に起こることが分からなかったはずだしな」
朝潮「司令官も……大変でしたよね……。読み取られてしまうと大変だから、断片的にしか書けなくて……」
提督「手紙では褒めてもらってたが、オレは戦闘機なんて操縦したことが無かったんでな。手紙読んだ後必死こいて練習したけど付け焼刃だなありゃあ。
朝潮の前ではカッコいいとこ見せるつもりで気張ってたけど、実はちょくちょく被弾したタイミングで時間を飛ばしてたんだぜ。だせぇよな」
朝潮「それを言うなら、私も一ヶ月連絡もなく司令官をすっぽかしたままにしてしまいました。心配かけてすみません……」
二人は笑い合って、向き合った。お互いに伝えたいことがあるようで、神妙な顔をしている。
提督「手紙……の話なんだけどな。最後の行……」
朝潮「読みました……」
提督「これは、命令じゃない。お前の気持ちに委ねたいと思ってるから、強制はしない。オレは、お前の言っていた通り、『将の将』を目指す。
……けど、そうなるためには朝潮の力が必要だと思ってる。だから……オレの傍に居てくれよ、オレと一緒に居るって約束してくれよ」
提督「大の男が、こんなところで震えてら……みっともねえ。けど、朝潮みたいに、オレを心から認めてくれる存在は初めてだったんだ。
だから……少しだけビビッてんだ。ハッハッハッ。オレ、やっぱよえーな。無頼気取ってるだけで、ホントはビビリなんだ」
提督「けど……やっぱりオレはまだ諦めきれねえ。未だに上を目指したいと思ってる。そのために、朝潮が必要なんだ」
朝潮「司令官は……強い人ですよ。憎しみや苦しみに苛まれながら、それでも上昇志向を貫き通してきたじゃないですか。
そして今……閉ざしていた心を開いて、人と向き合おうとしている。そんな立派な人のお願いを、断れるはずないじゃないですか」
朝潮「司令官のお傍に居ますよ。約束します」
提督「ありがとう。お前は最高の相棒だよ……いや、最高の相棒として頼るのはこれからだな。よろしく」
朝潮「あの、司令官……? それで、私の手紙の最後の行なんですが……」
提督「言ったよな? オレと朝潮は……その、見るからに外見年齢が釣り合ってないって」
朝潮「はい。それでも……私の本心です。伝わらなくても、及ばなかったとしてもいいんです。それでも、言葉にせずには居られなかったんです」
朝潮「司令官とケッコンしたいんです。あわよくば……法が許すなら、正式な婚姻関係も結びたいと思っています」
提督は、息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それからしゃがみ込んで朝潮と目線を合わせ、彼女の右手を両手で握る提督。
提督「分かった……覚悟は、した。いいぜ……オレも誓おう」
提督「しかしだな……朝潮、お前も案外考えなしなやつだな。オレと違って朝潮には将来ってもんがあるだろう。
艦娘だから艤装を解体でもしない限り老化したりするわけじゃねえ。かたやオレの時間は……」
提督から手を離してポケットから“青い”時の歯車を取り出し、それを真っ二つにする朝潮。
提督「は!? 何やってんだお前……。二つに割った歯車を、身体に……?」
朝潮は、青い歯車を提督の胸元に押し付けた。歯車は溶けていくかのように彼の身体に染み込んでいく。
朝潮もまた半分になった青い歯車の片方を自分の心臓部の上に押し当てた。
朝潮「一ヶ月間、時間を戻しては繰り返してを続けていて……こういう使い方も出来ると知ったんです。私と司令官の時間を共有しました」
朝潮「艦娘と人間とでは、轟沈する可能性を考慮しなければ寿命のある人間の方が短命でしょう。
だから健やかなる時も病める時も共に……というわけにはいきません。そこで……」
朝潮「私が生きている間中ずっと、司令官も老化しないという魔法をかけました。
身体に危機が及ぶと肉体の時間が巻き戻って再生するので、溶鉱炉に飛び込みでもしない限り死ぬこともないでしょう」
ニコニコ顔の朝潮を見て、頭を抱える提督。
提督「んぁ〜……それは嬉しいんだが……。予想以上にぶっ飛んだ愛情表現で、脳が混乱してるぜ。結婚指輪よりも断然強烈だなこれは……」
朝潮「ええ。これだけ強い想いを抱いてしまったのは司令官のせいなんですから、責任は取ってもらいます」
提督「やれやれ……これじゃ乙川のやつを笑えんな。しかし……どうやったら“基本世界”に戻れるんだ?」
提督が疑問を口にした瞬間に、彼の持っていた赤色だった歯車は七色に輝き始め、色とりどりの光を放つ。
・・・・
執務室のソファの上で提督と朝潮は目覚めた。ソファから立ち上がり、眠気覚ましにストレッチをする朝潮。
ソファに寝転がったまま拳を上に掲げ、無意味にグーとパーを繰り返している提督。
朝潮「結局あれは夢だったのでしょうか……。ようやく普段の泊地に戻ってきましたが……」
提督「赤い歯車は無くなった。オレたち二人を元の世界に戻すための動力となって消えたのか? けど青い歯車はオレたちの身体に残ったままだ」
陽炎「司令ったらこんなところで居眠りして! よりによってこんな大事な日に……ずいぶん図太い神経してるわね」
738 :
【31/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/07/11(月) 22:27:55.66 ID:du8xjrVn0
如月「むしろ、それだけ肝が据わっているから元帥に任命されたんじゃない? でも、ちょっと出てってもらうわね」
提督「元帥……?」
如月「ほらほら〜、花嫁の着替えが気になるのは分かるけど……我慢我慢」
朝潮「はな、よめ……?」
部屋に入ってきた陽炎と、その同期の艦娘である如月に部屋を追い出される提督。頭上に?マークが浮かんだまま廊下に立っていた。
・・・・
ラバウル泊地の中庭で、提督と朝潮の二人を多くの艦娘たちが囲んでいた。タキシードを着ている提督とウェディングドレスに身を包んだ朝潮。
二人の薬指にはきらりと光る銀色の指輪が嵌められていた。既に一渡りの儀礼は済ませた後だったため、くつろいでいた。
華燭灯る席に着く二人の前に艦娘の一人、五月雨がてけてけと駆け寄ってくる。
五月雨「二人とも素敵でしたよ〜! 緊張しなかったんですか? 随分堂々としてましたね」
提督「全くしなかったな。というか、いまいち現実感がなくってな……(指輪よりえげつないもん貰った後だしな……まさかカッコカリより先にこうなるとは思わなんだが)」
朝潮「そうですね……私にとってもまるで夢のようです(司令官に……キス、される日が来るなんて……)」
五月雨「さすがですね〜……。元帥を任される提督とその秘書艦ともなると、振る舞いもなんだか洗練されているように見えます!」
提督「いやァー、んなことねぇだろうよ……オレには荷が重過ぎるほどの大層な肩書きだ。この地位は実力で勝ち取ったもんじゃない、偶然みたいなもんさ。
オレ自身まだまだ至らないところだらけだ……だが、いつかはこの地位に真に相応しい提督になってみせる。だから、これからもよろしく頼むぜ、五月雨」
五月雨「うわぁ〜……やっぱり提督は立派ですね。憧れちゃいます。私も一生懸命頑張ります!」
五月雨が離れていくと、朝潮は机の下で不安そうに提督の手を握る。
朝潮「そうですよね……司令官はみんなに尊敬されて、慕われています。私は、本当にこんなことをしてしまっていいんでしょうか……。
大好きな司令官との正式な婚約を、艦隊の皆さんにも認めてもらって……この上なく幸せですが……。幸せすぎて、なんだか、少し怖いです……」
提督「幸せの“幸”って漢字、あるだろ? あれは象形文字なんだ、山や川みたいなもんだな。で、“幸”は手枷をかたどったものなんだ。
手枷って言えばどちらかといえばありがたくない物のはずだろう? なんで手枷で“幸せ”になるかっていうと、死刑ではないからなんだ」
提督「つまりな、“幸せ”ってやつの本質は、人と比べることにある。『死刑のあいつに比べたら、手枷のおれは運がいい』ってこと。
お前は確かに今、愛しているオレと結ばれて“幸せ”かもしれない。オレも“幸せ”だよ、こんなにオレのことを想ってくれるお前が隣にいるんだからな」
提督「けど、オレたちは幸せになるために結ばれたのか? 幸せになることが目的か? オレは違うと思う。
朝潮となら、どんな不幸も苦境も乗り越えて行けるような気がする。だからオレは朝潮と結婚してもいいって言ったんだ」
朝潮「しれぇ、かぁん……」
提督の胸元でぶわっと泣き出す朝潮。困惑しながらも朝潮の頭を撫でる提督。
・・・・
夜になって、提督と朝潮は泊地の屋上から星を見ていた。これまでのことを話し合っていた。
朝潮「昼は急に泣きついてすみませんでした……。けれど、ようやく私も“手枷”から解き放たれたような気がします。
司令官となら“幸せ”以上に価値のある何かを見つけられるような、そんな予感がしています」
提督「未来を恐れても仕方がないからな。前向きに行かないと……って。あの異世界で、心が折れかけてた時の夜に、朝潮に抱き締められて思ったのさ。
こんなにオレを想ってくれる人がいるなら、オレはまだ止まっちゃいられねえなって。オレも朝潮のお陰で成長してるみたいだ」
朝潮「なんだか、照れくさいですね……あっ」
朝潮の指差す方角は、ブルーホールがあった海の方だった。夜にも関わらず大きな虹がかかっている。
朝潮「そういえば……ブルーホールとは一体なんだったのでしょう。あの虹がかかっている場所にあったはずですが……。
こうして元の世界の泊地に戻ってきたのはいいけれど、私は司令官と結ばれて、そして司令官は今日から元帥になって……」
朝潮「結婚式が終わった後に司令官は元帥の就任式があったでしょう。その間にブルーホールのことを調べてみましたが……やはり記録にはありませんでした。
他の艦娘に聞いてもみな知らないそうで……でも、やっぱりこの世界は私たちの居た元の世界だって感覚があるんですよね……」
提督「これは、オカルトな妄想話だが……聞いてくれ。このパプアニューギニア一帯にはかつて、食人や魔女狩りといった風習が存在していた。
呪術によって人を支配する、なんてものもあったそうだ。そういう怨念や恐怖が、ああいう異世界へと繋がるブルーホールへとオレらを誘ったんじゃねえかな。
そして今、祝福の象徴として知られる虹が輝いている。祝福ってやつは、呪いと対になるものだが……。
オレたちが異世界の中で、悩み、苦しみ、葛藤し……そうして解決へと導いた。それは、この土地に渦巻いていた呪いに向き合うことだったのかもしれない」
提督「つまりあの異世界はほんとは異世界なんかじゃなくて、この世界の中で見た幻覚に近い何かだったんじゃないかなとか勝手に思ってる。
呪いを克服したから祝福へと転じ、オレにとっての願いであった“頂点へと上り詰めること”、朝潮にとっての願いであった“オレと結婚すること”が叶ったんじゃないか」
提督「まっ、全然辻褄合ってないけどな! けど、どうにもあのブルーホールは消滅しちまったようで多分もう調べようもない。オレはこんな感じの適当な解釈で片付けることにした」
朝潮「なんだか神話や伝承みたいですね……でも、ちょっとその説でいいかなって思いました。あの、ところで、司令官……」
虹を背に立つ朝潮、髪が煌いている。提督の目を見つめ、ぴょんと跳躍する。互いの唇が触れる。
朝潮「ふふふっ……」
提督「脈絡ねえな……けど、それでもいい。ムードや流れなんて気にするもんでもないな。お互いがお互いを愛しくなった時に、それを伝え合えるような関係がいい。こんな風に」
しゃがんで朝潮の唇を奪う提督。二人は抱き合い、夜を照らす虹の明かりに包まれていた。
739 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/07/11(月) 22:29:46.54 ID:du8xjrVn0
なんだかんだで30分遅刻してしまった……これでおしまいです。
後語り的なことはとりあえず置いといて、安価をば。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
740 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:31:45.48 ID:Y0rh3rKDo
青葉
741 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:32:16.17 ID:MAtC8jlaO
五十鈴
742 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:32:46.15 ID:/lJFVmKFo
利根
743 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:33:49.94 ID:ZxhaE6lAO
山城
744 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 22:33:51.24 ID:eh/cZv79O
秋月
745 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/07/11(月) 23:28:03.04 ID:du8xjrVn0
>>743
より山城が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:48(人並み)
知性:17(低い)
魅力:15(低い)
仁徳:94(聖人)
幸運:24(やや不運)
おー……これはどういう話になるでしょうかね。まだ何も考えていませんが。
お題はないので自由にやらせてもらえると解釈しますが、それでも今回ほど暴走することはないかと。
あと今回みたいに投下まで2〜3ヶ月ぐらいかけるみたいなことはやらかさないように気をつけたいと思います。
////今回の章について 雑記////
なんかー……そのぉー……大迷走でしたね。投稿めっちゃ遅れてすみませんでした。
物書き始めてたぶん1年以上経ってるわけですが、いや〜これほど書けねえと思ったのは初めてですね。
苦し紛れの末今回のような形になりました。結果的に16レスでどこまでカオスな展開にできるかみたいなチキンレースになってしまいました。
もはや艦これのSSじゃないっすねこれ……。
えーと……遥か昔に時間遡行がテーマになるとか言ったくせにほとんど時間巻き戻してませんね。
これには浅い事情がありまして。いや〜、具体的な作品名出しちゃいますけど、シュタゲとかまどマギとかって時間遡行が出てくるじゃないですか。
あれパク……オマージュすればなんかそれっぽいもの出来るんじゃないかな〜とか思ってたんすよね。いや、そう簡単にプロが書いたものを真似れるわけないだろと。
小手先でそれっぽいものが出来たとしても、オマージュするってんならリスペクトに欠いたようなショボいものは書けないし……。そんなわけで挫折しました。
あと魔法、出てきましたね(比喩表現ですが)……というか、ご都合アイテムという意味では時の歯車とかいうのも広義的に魔法ですな。
時間戻したり加速したり吹っ飛ばしたりするのはあのなんというか……好きな漫画がバレるようなあれですが……。
普通にチートアイテムだったので結構扱いに困りました。
それから、時間遡行とは直接の関係はないんですが、結構過去作っぽいニュアンスを含んでたりしています。
まあ前の章の乙川提督と瑞鳳はスターシステム的な形で普通に登場してますしね。
いやでも、ディストピアで世紀末で時間遡行とかバカ正直に要素全部拾って書いた頭悪かったっすね。
お題に対してもうちょい賢い逃げ方あったよな〜とか反省。ただお題自体は面白かったです。期待に沿えるものが書けたかは別として。
視点が7レス(朝潮視点)→7レス(提督視点)→2レス(三人称視点)で変わってるのはちょっとした実験です。
ぶっちゃけ特に意味はないです。いや、世界線=舞台の違いを視点の違いによって表現してみたとか難しい言葉を使うとそんな感じですがしょせん実験です。
こういう妙な趣向を凝らしたせいで余計筆が遅れたのかもしれません。あれですね……あんま要らんとこに凝って時間かけてるようではダメですな。
キャラについて少し語ると……。
朝潮の魅力は、一言で言うとズバリ! 『忠犬かわいい』だと思います。あくまで私個人の感想ですが。
なので今回は敢えてその(個人的)定石から外して、忠犬の首輪を取ってみました。なかなか暴れていたため皆さんの考える朝潮像からは外れていたと思います。
まあ……その、「てるてる坊主生産任務に入りましょうか!?」とか言う子をヒロインにするってのはその……率直に言って犯罪と言いますか〜……。
そんなわけで朝潮の持つ幼い部分はちょいカットして(そこも魅力ではあるのですが)、ある程度ヒロインとしての補正をかけました。
ストーリー展開の激しさも相まって作品自体には馴染むキャラ付けになったかなーとか思ってます。
提督に関しては前回が軟派な男だったので今回はわりと荒っぽいテイストにしました。つってもまだ甘々ですが。
私の書く提督はみんな卑屈なやつばかりなので次回はもうちょいさっぱりした奴にしたいですね。ヒロインやストーリー全体との兼ね合いもありますが。
あんままとまってないですが大体こんな感じですかね。特筆するようなことはないかな……。
保守してくれてた方々、ホントありがとうございます。危うくスレが消滅するところでした。
このスレが今も続いているのは皆様のご協力あってこそです。毎度ありがとうございます。
746 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/11(月) 23:33:40.58 ID:9HiVMq/RO
乙
面白かったよ朝潮も可愛かった
747 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/11(木) 21:34:18.36 ID:maCL1P3j0
セルフ保守。あと二週間ぐらいあれば投下出来そうな兆しです。たぶん……。
祝日を利用してガンガン書き進めたいところですが結構予定が入ってしまっているんで微妙ですね。
遅くとも次の夏イベが終了するまでには投下できるかなーと。前回よりは幾分か書きやすいんでね……。
それと、またいつもみたいにチラ裏的話は書いたのですが長くなりすぎたので次のレスへ分割。
748 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/11(木) 21:34:46.88 ID:maCL1P3j0
////小ネタ////
知っていても知らなくても良い程度の裏設定話ですが。
タロット占いというものがありまして……って、このスレをリアルタイムで追ってる層相手には説明不要ですかね。中二病患者なら大抵通る道ですし。
いやいやいやいや艦これのスレなのにタロット周りが前提知識扱いっておかしいでしょう(セルフツッコミ)。ちょっとだけ説明します。
タロットカードには22種類のカード(※1)がありまして。それぞれに0から21の番号と名前が割り振られています。
0は『愚者』、1なら『魔術師』、2の『女教皇』……と続いていって21の『世界』で一まとまり、という具合でございます。
それぞれのカードは意味を持っていて、たとえば『愚者』なら自由・無邪気・純粋などの意味合いになります(※2)。
タロット占いというのは、簡単に言うとこれらのカードの意味合いを読み取って吉凶を占う! というものであります。
※1
分かりやすさ重視で22枚と書きましたが、本当は全部で78枚1組となっています。
前述の22枚を大アルカナ、残りの56枚の方は小アルカナと呼びます。
小アルカナは、棒・剣・聖杯・硬貨の四組に分かれていて、それぞれ1〜10の数札と4枚の人物が描かれた札で構成されています。
トランプカードに近いものを想像していただければわかりやすいかもしれません。
小アルカナにもカードの1枚1枚に意味合いはありますが、大アルカナのように固有の名前はありません。
※2
これも分かりやすさ重視で正位置(カードが正しい向きで置かれた時の解釈)の話だけ書きましたが、実は逆位置というものがあります。
正位置に対してカードが上下逆さまに置かれた場合は逆位置と呼び、意味合いが変わります。
大抵は正位置と逆の意味合いで解釈されますが、カードの種類によってはそうでなかったりもします。
愚者の場合は
正位置:自由・無邪気・純粋・可能性
逆位置:軽率・我儘・無責任・落ちこぼれ
などの意味合いとなります。どっちにしても宙ぶらりんで未来があまり決まっていない、って感じですかね。
あと、ついでに書いておくと『愚者』のカードは番号無表示だったりすることもあります。
で、だからどうしたという話ですよね。
実はそれぞれの章のストーリーは多少タロットカードを意識して書いてました。
たとえば
1章(瑞鳳の話、
>>681
〜
>>700
)では13番のカード『死神』
2章(朝潮の話、
>>721
〜
>>738
)だったら6番のカード『恋人』
そして現在執筆中の3章は0番のカード『愚者』
みたいな意味合いをちょっとだけ加味して書いてたりします。加味といっても頭の片隅に留めて書いているかな、という程度ですが。
ちなみに死神のカードは
正位置:死・終焉・清算・転換
逆位置:再生・復活・中止・停滞
プラスがゼロになることは破滅であり挫折を意味しますが、マイナスがゼロになったらそれは再生への一歩となるわけで。
『死神』というおっかない名前のわりには案外ポジティブな意味を持つこともありますが、占いで出てきて手放しで喜べるカードって感じではなさそうですね。
1章振り返ってみてもあんま死神要素は薄いかなって感じですが。せいぜい「再スタート」を意識して書いたってとこぐらいですかねー。
出だしから失脚の話とか面白くないっていうか暗いじゃないですか。今回の部の導入に当たる章でもあるので、重い話にならないようにフワッとした感じで書きました。
恋人のカードは
正位置:恋愛・魅力・情熱・絆
逆位置:別離・嫉妬・誘惑・優柔不断
これはネットスラングでよく使われるリア充or非リアみたいな分かりやすい解釈を持つカードですね。
世間一般では会いたくて会いたくて震えることに共感を覚える人が多いようですが、恋愛というのもさまざまな種類があり、良し悪しありますからね。
恋をしていれば幸せか、愛されれば幸せか、というとそういうもんでもないでしょう。逆位置の場合はそういうニュアンスっぽいですね。
2章は……その、言わずもがなというか。最終的に運命の赤い糸どころか鎖でぐるぐる巻きみたいな関係になってしまいました。
で、1章なら『死神』、2章なら『恋人』、って何を基準に決めたのかって話になりますよね。
先に断っておきますが私が占いで決めたわけではありません。そもそも自分その手の道具持ってませんしね。
実はこっそり安価で決めていました。「安価レスでついたコンマ下2桁の合計値」を(タロットカードの枚数である)22で割った時の剰余の数で決定しています。
たとえば1章なら、それぞれ安価でついたコンマ値が25,41,61,38,46だったので、
25+41+61+38+46=211 → 211÷22=9あまり13
この剰余の値である13で決まりました。もっと簡単に書くと
(25+41+61+38+46)%22=13
って感じですね。この%記号は剰余演算子ってやつでその名の通り22で割った時の剰余の数だけを表すという記号です。
主にプログラミング言語とかで使われれるものなんで、実際は%じゃなく別の記号などが使われたりすることもあります。
で、2章なんですが……。
(74+22+26+34+11)%22=13
……。また『死神』じゃないですか。なんでこれが『恋人』になったのかと言いますと。
……………………その。あの、あれです。超恥ずかしいんですけど。コンマの値を打ち間違えたまま計算していました。
そして後になっても気づけず、大部分を書き終えた後になって間違いが発覚。
こういうこと思いつくわりにはしょうもないミスやらかしてるのがヒドイっすね。まぁ……運命の悪戯ってことで誤魔化させてください。
3章の場合は、
(48+17+15+94+24)%22=0
0番のカードと言えば『愚者』。なのでどういうお話になるのかというと……? というプチ予告です。
ちょっと予測を立てづらいカードかな? 手の内明かしたってことは、敢えて裏をかいたりするかもしれませんがね。ふっふっふっ……。
ここまで書いといてアレですが、せいぜい「裏」設定みたいなもんなんで、カードの暗示に沿って物語が進むかというとわりとそうでもないです。
1章みたいにスルーしたり、2章みたいに安価でついた設定が絡んできたりもするので、あくまで指針となる要素の一つってぐらいですね。
また、作中の設定に直接タロット的要素を組み込んだりすることも多分ないと思います(安価次第ではどうなるか分かりませんが)。
タロットカードの、それも大アルカナとか手垢つきまくりのネタじゃないですかー。1章あたり15〜16レスであることを考慮すると尺的にも厳しそうですし。
この裏設定はやっぱりあくまで「裏」の設定であり、知っていても知らなくてもいい程度の情報なため、あえて2章終わってから小ネタという形でお披露目しました。
749 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/11(木) 22:41:37.32 ID:tSThMRgeo
三行でまとめてどうぞ
750 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/13(土) 07:36:56.71 ID:Bb6Vsx4bO
乙です
相当凝って出来てるのな
751 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/23(火) 04:27:19.32 ID:4Kcf7tOI0
前のレスですが「こんな感じの要素も若干ストーリーの決定材料として使ってます」という程度の小ネタなんであんま気にしなくて大丈夫です。
そんなん良いから早く次の章を書けって話ですね。次回の投下は8/28(日)を予定しています。
前回夜に投下開始したら日を跨ぐことになってしまったんで、(できれば)夕方頃に始めましょうか。
////近況とか////
イベの方はAquila掘りで燃料8万ぐらいぶっ飛んでしまって肝を冷やしましたがなんとかゲットしました。
E4は未着手なんでこれからって感じですね。あと伊26もまだ出てないや……。残り時間を考えると結構忙しいっすね。
イベントは完遂する、SSも完成させる。両方やらなきゃならないのがどうたら……って、どっちも計画性持って進めてたらこうなってなかったんやで。
全然SSとも艦これとも関係ない話ですが最近フリースタイルダンジョンという番組にハマっています。本当に関係ねえな。
音楽に合わせた即興ラップでお互いをdisり合って(罵倒し合って)勝敗を競うという大変教育上よろしくない番組です。
しかしただ単に相手の悪口を言うだけでなく、フロウ(歌い回し)やライミング(韻の踏み方)、
相手の言ったことに的確かつユーモラスに返すアンサー力など、様々なスキルや高度なコミュニケーション能力が要求されるようです。
私の作品ではボロカスに貶し合う描写とかないんでアレですが、わりと物書き的にも参考になる面があるな〜と感心させられます。
ボキャブラリーに満ちた罵倒語がわずか数分間でボンボコ出てくるのも凄いし、どんなことを言われても相手の言ったことに+αの毒舌で返すのも凄いなと。
あ、言及したからって次の話ではやたら切れ味の強いdisが飛んでくるとか妙に韻を踏んでる文章になってるとかそういうことは無いと思います。
752 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/28(日) 20:17:39.38 ID:RSN9vd2A0
私用により本日の投下が出来ない状況になってしまいました。個人的な理由で申し訳ありませんがご了承ください。
また、明日も投下のための時間が確保できないため、明後日8/30(火)20時から投下開始という形を取らせていただきます。大変申し訳ありません。
753 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2016/08/30(火) 20:20:17.95 ID:2q5puXyB0
いきます。えと、体力的に23時とかその辺で燃え尽きて全部投下しきれないと思うんで、本日は前半・明日に後半を投下するという形でやってきます。
明日の夜、投稿作業が全て完了したら次の安価を募集……と考えていたのですが、
それだと(安価を取るために)深夜までスレに貼り付いていないといけないという状況が生じてしまう可能性があるので、安価日は別途設けます。
次回の安価は9月1日(木)20時に行おうと思っているので、興味がある方はその辺の時間帯にスレ覗いていただければなと。
754 :
【32/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 20:21:02.98 ID:2q5puXyB0
鈍く、暗く、重々しい鉛色の空。間もなく雨が降るのだろう、部屋中に漂う湿った空気が予感を確信へと変える。
??「こんな天気では、雨はおろか雲ごと地上に降ってきそうだね」
私が目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。白いシーツの敷かれたベッドの上。鎮守府にこんな部屋があったかしら。記憶にないわね……。
窓から見える建物や庭の意匠もなんだか見覚えがない。自分の知っている場所に似ているようで違う、という違和感を覚える。
??「キミがここに来てから急にクーラーが壊れてしまって……今日の天気が雨なのは不幸中の幸いだね。ジメジメはするけど」
中性的な声。おそらく男性……だと思うのだけれど、部屋のどこにも姿が見つからない。声の位置は近いから、すぐそばに居るはずなのだけれど。
??「初めまして。ボクの名前は窓位 聖人(マドイ アキヒト)。横須賀鎮守府へようこそ」
ベッドの脇からぴょんと顔を出したのは少年だった。背は駆逐艦と同じくらいだったから、足元の死角にいて見えなかったのだわ。
彼は……ここの提督の親族かしら。制帽を被って制服を着ているけど、さすがにこんな子供が提督なはずもないでしょうし……。
提督「こんなナリではありますが、一応提督なんですよ。ちょっと今は色々な事情が重なっちゃってどこの鎮守府にも所属してないんだけどね。
快復するまでキミの様子を見るように頼まれてるんで、今だけはキミの提督って形になるかな。よろしくねっ、山城」
気がかりなことが二点。なぜ私は横須賀鎮守府にいるのか。私は呉鎮守府に在籍していて、異動の命令も出ていないはずだった。
そして、この少年は何者なのか。年端のいかない人間の子供が国防の要である鎮守府に出入りできるはずはないし、まして提督になるなどあり得ない。
山城「ええっと……どうして私は横須賀の鎮守府にいるのかしら? 私はもともと呉の鎮守府にいたはずだわ」
提督「ボクもあんまり詳しい事情は知らないんだけどね。人間でいうところの風邪に近い症状を患っているみたい。力が衰えているんだよ。
呉の方は春ごろ大変だったんだろう? たしか……柱島泊地の近くに深海棲艦の拠点が出来たそうで。呉鎮守府は空襲も受けたんだってね」
山城「ええ……どうにか収束はしたけれど、復興に手間取っているわ。艦が沈んだり施設が倒壊したりする被害は受けなかったけど、資材の消費が甚大だったようね」
提督「度重なる戦闘とその後の復興作業、その矢先にラバウルから来た新元帥の着任でしょ? あそこも忙しい鎮守府だよねえ……」
少年はポケットから板状のガムを取り出し、三枚ほどまとめて口に入れる。時折風船のようにガムを膨らませている。
提督「艦娘というのは人間みたいに病気を患ったりしないし、戦闘にでも出なければ大概の怪我は一瞬で治る。
中破・大破時は例外として、肉体的な不調ってのは原則的に起こらないんだけど……裏を返せばひとえに精神的なコンディションに左右されるってわけ。
精神の疲労やストレスが溜まることによって身体能力が著しく低下するそうだよ。だから過労でぶっ倒れてた山城はここで療養することになったのさ」
山城(……姉様に負担をかけまいと働き詰めていたのが仇となったのかしら。まさか私が倒れるなんて)
山城「そうですか、打たれ強さだけには自信があったんですけどね。……生まれてこの方ロクな目に遭っていないもんで」
提督「無理は禁物さ。しばらくはここでまったり過ごすといい。ガム噛むかい?」
銀紙に包装されたガムを渡される。別に欲しくはないけれど……せっかくだからもらっておこうかしら。
山城「ありがとうございます。それより、提督……なんでしたよね? 失礼ながらどう見ても子供にしか見えないのですが……」
提督「あー……それか! 普通に答えてもいいんだけど、もう喋りすぎて飽き気味なんだよね。というわけでここでクイズです! デデン!
どうしてボクは子供の見た目をしているのに提督なんでしょーか?」
1.IQ200の天才児で、特例的に軍務を任されているから
2.犯罪組織に飲まされた毒薬によって若返ってしまったから
3.身体的に年をとらない病気を患っているから
提督「それではお手持ちのフリップに答えをお書きください!」
よく見るとベッド隣の棚の上にフリップとペン、そして赤色の押しボタンが。え、これ答えなきゃダメなやつなの? っていうかわざわざ用意してたの?
山城(形式にこだわるこの国の海軍が特例を許すことなんてなさそうよね……自分で天才児と自称するのもいけ好かないわ。2番目も漫画じゃあるまいし非現実的だわ)
ボタンを押すと、ピンポン! と軽快な電子音が鳴る。
提督「はい山城さん早かった」
山城「(クイズなの? 大喜利なの?)答えは……3番ね」
提督「そう思う理由は? あとちゃんとフリップひっくり返してね」
山城「たしか……若くして老化が著しく進行してしまう早老症という病気があったはず。だったらその逆だってあるはずじゃないかしら」
提督「ファイナルアンサー?」
山城「(くどいわね……)ファイナルアンサー」
提督「……ざんっねん!」
山城「嘘!? なら、どっちなの?」
提督「正解は、『外見を構成する皮膚の大部分が合成繊維で出来ていて、内臓や脳は歳を取るが外見上の成長は小学生相当のままで止まっている』でした!
『実はヒューマノイドだった』とかでも大目に見て正解にしようと考えてたんだけどね〜。いやぁ残念」
山城「はぁ? 何よそれ、インチキ問題じゃないの……。というかそれ、本当の話なの? にわかには信じられないわ」
提督「答えが三択の中にあるとは言ってないじゃない、常識に囚われちゃいけませんよ。フリップはヒントのつもりだったんだけどね〜」
755 :
【33/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 20:47:12.39 ID:2q5puXyB0
提督「実際には人造人間なんかじゃないよ? 列記とした人間さ。脳ミソや心臓は全部自前なんだから。畸形嚢腫(きけいのうしゅ)って言うんだけども」
山城「何かしら? 聞きなれない言葉だけど」
提督「双生児の片方が奇形として生まれて、それがもう一方の体内に腫瘍として取り込まれてしまう症状をそう呼ぶんだ。
ボクの兄に出来た腫瘍の中に、ボクを形成するための脳や内臓が奇跡的に揃っていたんだ。
摘出されるまでボクは兄の体内で成長して、それから培養液の中で何年か過ごして今に至るってことさ」
山城「そんなことってあるのかしら……? 素直に驚きだわ」
提督「そうは言うけれど、ボクから言わせれば艦娘の存在だって相当ぶっ飛んでると思うよ。人が海の上を歩けるはずがないじゃないのさ。
……でも、普通の人間よりはボクもキミたちに近いのかもね。この体はキミたち艦娘のように定期的にメンテナンスしてやる必要があるんだ」
提督「たぶんボクが生まれるまでに、というより、こういう体を与えられるまでにすごく色々なことがあったと思うんだけど……。
両親がボクのことを人間として認めてくれなければ、ボクはこんな風にキミとおしゃべりすることも出来なかったわけで。
ボクが提督になったのは、両親、そしてボクが生まれるために尽くしてくれた人たちへの恩返しでもあるんだ。ボクはみんなを愛してる、みんなを守りたいんだ」
眩し過ぎる笑顔に思わず目を逸らす。私なら素面でそんなことは言えない。
山城(なんというか……育ちの違いを感じるわね。良い子、いや、良い人ではあるんだろうけど……なんだかこっちが後ろめたい気持ちになってくるわ)
気を紛らわそうと、口の中の風船ガムを膨らませる。そのまま破裂する。
山城「不幸だわ……」
提督「あははっ、おもしろ。手鏡とティッシュを持ってくるね」
私の顔や髪にガムがこびりついている様子を見て、キャッキャッと手を叩いて喜んでいる。少しは見直したけど、やっぱどこかガキっぽいわね……。
・・・・
体調が優れなかったので……いいえ、艦娘に体調不良はない。体調が優れない気分だったので、提督と会ってから二日ほどはベッドの上で寝込んでいた。
他の艦娘が働いているにも関わらず私だけ何もしないでいるのは言いようのない罪悪感があったが、提督と話している間だけは少し気が紛れた。
とはいえ、さすがに横になっているだけの生活にも飽きてきたので、提督に鎮守府内を案内してもらっていた。
提督「まみやーっ! かき氷二つお願い。宇治抹茶といちごミルクで!」
案内が終わると、甘味処に連れられた。店の外からでも聞こえるザアザア振りの雨。私がここに来てからずっと雨だ。風が窓を叩く。雷鳴も時折聞こえてくる。
窓の外を眺めていると、いつの間にか机の上には大きなかき氷が二つ置かれていた。
提督「ボクはいちごの方ね。山城は抹茶でいい?」
山城「えぇ……構いませんが」
一気に食べると頭痛を起こすので、少しずつ氷を口に運ぶ。……! 美味しい。
ただ単純に氷を削っただけでこの舌触りは再現できないはず。口の中で雪のように溶けていく。
シロップの味もスーパーで売っているような粗悪品と違って上品な味わいがする。
舌に嫌味ったらしい甘味が残らない、抹茶の香りや風味を活かした甘さだ。
山城「……おいしいわ」
提督「ふふっ、そうでしょ。ここに来てから初めて笑ったね。笑ってると気持ちもなんだか楽しくなってくるでしょ?」
ニコニコ顔でこちらを見つめてくる。やはり笑顔が眩しく、目を逸らしてしまう。
この人と居るとなんか調子狂うわ……自分のペースが乱れるっていうか……。
パシャリ。カメラのシャッター音。薄い紅紫色の髪をした女性が立っていた。
提督「やあ青葉。こんにちは。山城、彼女は重巡の青葉だ。ここ横須賀の艦隊新聞の編集長で、自らもこうして取材にあちこち駆け回っているんだよ」
青葉「ども〜、こんにちは。次の作戦に関する会議で呼ばれてましたよ。ヒトゴーマルマルからだそうです。ついでに取材いいですか!?
そちらは山城さんですよね! 確かお姉さんの方が前衛的と聞いていましたが、なるほどこちらも興味深い……」
山城(失礼ね……艤装の艦橋を物珍しがられるのは慣れっこだからいいけど。顔も知らない艦娘から『違法建築』だのバカにされる始末だし)
青葉と名乗る艦娘は、首に提げているデジタル一眼レフカメラのシャッターボタンを何度か押した後、うんうんと頷いて満足気な顔をしている。
提督「山城は呉の鎮守府から来ていて、ここで療養してるんだ。ボクは彼女の案内役ってところかな」
青葉「お〜、呉ですか! 青葉も昔あちらの鎮守府でお世話になっていたんですよ。前元帥がまだ大将だった頃でしたが。
最近勇退なされたんですよね〜……うー、艦娘と人間との時間の流れの違いを感じちゃいますよねぇ」
提督「曰く『寄る年波には勝てない』だそうだけど、せめて資材の復旧や艦娘たちの修理のような復興作業が済んでからでも良かったと思うんだけどね。
これじゃ次に就く元帥へのキラーパスだよな〜。それをどうにかするのも元帥に求められる資質なのかもしれないけどさ」
青葉「おや、事情通ですね。窓位さんも前元帥と面識があるんですか?」
提督「面識もなにも……母親だからねぇ。そりゃ大体のことは分かるよ。ま〜、立場的に軍の機密みたいなことはお互い話せないけども。
あれ? 青葉ったら驚いた顔してどしたの? 言ってなかったっけ。ボクの母親は呉の前元帥、窓位 聖(マドイ ヒジリ)だよ」
聞き覚えのある苗字だからひょっとしたらとは思っていたけれど……驚いたわ。
窓位聖――女性初の元帥になった人物で、数々の作戦で成功を収めた名将。春の大規模作戦でも柱島泊地と連携していち早く敵の動きに対応、これを掃討した。
作戦を完遂すると突然勇退を申し出て、後任はラバウルの提督であった芯玄 心紅(シンクロ シンク)に決めると言い出した。
ここ最近は彼や彼に着いて来た艦娘の受け入れ作業、および、呉からラバウルへ向かう艦娘たちの諸処理に追われてかなり忙しかったことをふと思い出した。
756 :
【34/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:09:08.63 ID:2q5puXyB0
朝潮「司令官。こちら、横須賀鎮守府からの電文です。……」
芯玄「どうも。どうした朝潮? 何か気がかりか?」
朝潮「呉に着任してから課題は尽きません。忙しいのも分かりますが……特にここ数日、働き詰めではありませんか? 少しお休みになられてはどうでしょうか」
芯玄「そうは言ってもここが正念場だ。前元帥がどういう意図でオレを推薦したのかは分からん、常識的に考えれば別のやつをあてがうべきだろ?
オレ自身がそう思ってくるぐらいだからな、選ばれなかった他の連中からすりゃあ羨望や嫉妬を抱いても無理はない。引きずり降ろされないためにもやるしかねえ」
朝潮「……少なくとも朝潮は、司令官は元帥になっても立派に能力を発揮できると思っています。
ですから、着実に歩みを進めていけばよいのです。急いたところですぐに結果は出せません」
芯玄「そうか……じゃあ、三十分ほど休憩としようか(朝潮も休みたいんだろうな)」
・・・・
呉鎮守府領内の外れにある、古びて既に使われなくなった桟橋。二人は橋の上に座って潮騒の音を聞いていた。
芯玄「すまんな、オレに付き合わせて無理させてないか? 辛くはないか?」
朝潮「いいえ。あなたと居られるのなら辛くはありません。ですが……最近は二人っきりになれていないので。
こういう時間が欲しいなとは思っていました。少しだけ……甘えたいと思っていました」
芯玄提督に体の重みを預けてもたれかかる朝潮。気恥ずかしそうに頬を掻く提督。
芯玄「ま、執務室でイチャイチャするわけにもいかねえからな……」
朝潮「? 朝潮は執務室でもかまいませんが」
芯玄「オレがかまうんだっつの」
朝潮「冗談ですよ。ですが、こうも忙しいとどさくさに紛れて手を繋いだりしても案外気づかれないかもしれませんね。こうやって」 指を絡める朝潮
芯玄「去年の冬頃だったか? トラック泊地が強襲された時もこんな感じだったな。まだ指揮に不慣れだったオレと、練度の低い艦隊。防衛と援護で右往左往の日々……」
朝潮「あの頃から私はあなたのことを見ていましたよ。司令官として……ですが。覚悟を宿した瞳と、立派な背中。近寄りがたかったけれど、憧れていました。
今は憧れという感情からはだいぶ遠のいてしまいましたが……代わりに、こんなにあなたと近くに居られる。心と心で繋がっていられる」
芯玄(そうだよな。今は、朝潮がいる。……未熟だったあの頃よりも、もっと遠くに行けるはず、か)
・・・・
執務室(総司令室)に戻ると、机の上に艦娘の名簿と海図を置いて、凸型の駒を並べて思案する芯玄提督。
芯玄「望むと望まざるとに関わらず敵はやってくる……たとえこちらの迎え撃つ備えが不十分であってもだ」
朝潮「修理や療養で戦闘不能状態にある艦娘が多いのが厳しいところですね……。他の鎮守府からの援助は期待出来ないのでしょうか?」
芯玄「呉と佐世保でフル稼働、鹿屋や柱島を巻き添えにしてもまだ戦力不足という具合だな。舞鶴からは支援してもらえそうだが、他は望み薄だ。
横須賀や大湊はマレー沖での海戦の方に忙しく参加出来んそうだ。英・伊との共同作戦だそうで、向こうも海外から遠路遥々戦艦級の艦娘を遣わしてくるらしい」
芯玄「一方こちらは先の大戦では因縁の地、レイテ沖での海戦となる。敵艦隊の規模は当然最大級……恐らく、歴史の教科書に載る一戦になるだろうな。
しくじれば大戦犯として名を残すことになるかもしれない……そんな大役を担っていると思うと、なんだかおかしくて笑っちまうな。
先月までオレは海軍を辞めるつもりでいたってのに。ハッ」
朝潮「もちろん……負けるつもりはない、ですよね?」
芯玄「当然」
芯玄「幸いにして、呉や柱島の艦娘らはみな精強を誇る高い練度だ。本土への最終防衛ラインまで到達される可能性はかなり低い。
戦術レベルでのミスが一つも起こらなければ……艦娘が一隻も轟沈せずに済むかもしれない」
芯玄「もっとも……。鎮守府への直接の攻撃は免れる・艦娘の轟沈を避けられる望みはある、というだけだ。完全勝利はまず望めねぇ。
せめて敵の侵攻を足止めできる程度に被害を与えることが出来ればいいんだがな……」
朝潮「作戦が開始されるまでは再起に努める必要がありますね。前回作戦での資材消費が甚大なようです。
遠征隊に頑張ってもらってはいるものの、まだまだ不足しています……」
芯玄(完璧な戦略と完璧な戦術を用意出来た、そしてそれを完璧に遂行出来る力があったと仮定する。
それでも兵糧の多寡は覆らない。戦闘中に起こる幸不幸までは左右できない。……)
芯玄「勝つためには『完璧』のその先を用意する必要がある、か。もう一手、希望が持てる要素があると助かるんだがな……。
現状だと奮闘しても引き分けに持ち込むことしか狙えねえ。だがそれじゃまたここの鎮守府の連中に負担をかけることになる」
芯玄「朝潮の言っていた通り、焦っても仕方はねぇがな。今は備えるしかない」
朝潮「横須賀からの手紙に書いてあった人物はどうでしょうか? わざわざこちらへ向けてくるということは、何か策を持っているということなのでしょうか」
芯玄「詳しくはオレも分からないが、横須賀の元帥殿に“虎の子”と言わしめるぐらいだから役に立ってはくれるだろう。
とはいえ、人が一人来たところでこの状況を打破できる、というわけでもねぇ……」
朝潮(元帥という立場上、司令官が直接艦隊を指揮するというわけではないのが難しいところですね。
兵站や補給線を考慮してどれだけ高度な戦略を練れたとしても、戦略を成すための戦術を練るのは彼の配下の大将たちであって、司令官ではない。
そして戦術面での勝利を収めることが出来るかは、四人の大将それぞれが直轄する艦娘たちに委ねられる……)
757 :
【35/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:23:26.16 ID:2q5puXyB0
山城「なんだかんだで二週間ぐらい過ぎてしまったかしら。姉様が心配だわ」
海を経由して呉へ向かえば燃料を消費してしまう。かといって、艤装を背負ったまま神奈川県から広島県まで移動するのはさすがに無理がある。
艤装だけ別途鎮守府へ送ってもらい、彼女自身は交通機関を利用して呉の鎮守府へ向かうこととなった。
横須賀鎮守府に背を向け歩いている山城の後ろをトテトテと足音が続く。
提督「待って、ボクもついてく」
体型に不釣り合いな大きいリュックサックを背負っている窓位提督。しかし中身はほとんど入っていないようで軽そうだ。
山城「え……あなたは横須賀の提督じゃないの。異動の指示でも出たの?」
提督「うん」
山城「うん、って……随分あっさりね。そんな話してなかったじゃない……」
やや呆れた様子で溜息をつく山城。
提督「最近決まったからね。折角の外出なわけだし、行きたい所あるんだ。付き合ってよ」
・・・・
山城「駄菓子屋じゃないのよ……」
横須賀市郊外、駅近くの駄菓子屋。提督にとっては見慣れたこの店も、艦娘である山城にとっては未知の場所だ。
きょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見回す山城。店内に飾られた玩具や色とりどりの駄菓子を見て訝しげな表情を浮かべている。
山城「店の雰囲気からしてなんだか胡散臭い感じだわ……というか、衛生面は大丈夫なのかしら……」
提督「とりあえずこれ全部で! あとはまだ選んでるから、その間に例のブツをお願い!」
籠の中に大量に入っているのは、カツを模した駄菓子。『ソースカツ』と書かれている。
提督の『例のブツ』という単語に反応して、番台にいた老爺は店の奥に引っ込んだ。
山城「なにこれ……ハムカツみたいな見た目をしているけど」
提督「あれ? ご存知ない? そうだね、味もハムカツに近いかな。魚のすり身にカツみたいな衣をつけた駄菓子さ。ボクの中では定番アイテム」
老爺が店の奥に引っ込んでいる間に、提督は両手いっぱいに『ミルクケーキ』という名前の白い板状の駄菓子を抱えて運び、籠に入れた。
山城「ミルク……ケーキ? これもケーキの味がするの?」
提督「いや……こっちはケーキの味はしない。加糖練乳にカルシウムを加えて板状にしたお菓子だよ。
山形県発祥の駄菓子なんだけど、最近はコンビニなんかでも流通してるそうだね。ボクはこれを『神の食べ物』と呼んでいる。
古代メキシコ人は、チョコレートの原料であるカカオをテオブロマと呼んでいた。これは日本語で神の食べ物を意味する、それだけ重宝していたというわけさ。
でもボクにとってのテオブロマはこれなんだ。最近ストックを切らしていて、絶対ここで補充してから呉に行くと決めていたんだ」
今までにないぐらい饒舌にミルクケーキについて語り始める提督。提督が籠に入れていく袋の量に呆然とする山城。
提督「まあボクはチョコも好きなんで買っておくんだけどね」
立ち尽くす山城を尻目にスイ、と籠に入れたのは『業務用 麦チョコ』と書かれた大きな袋。
しばらくすると老爺が戻ってきた。戻ってくる頃には籠の中身が駄菓子で山積みになっていた。
老爺が持ってきたのは、提督の足先から胸元ほどの高さがある、とても長い麩菓子が十数本入った箱だった。
山城「ちょっと……それも全部買うの? 正気?」
提督「モチロンさ! これは日本一長い麩菓子で、95cmほどあるそうだよ。本当は埼玉県川越市の菓子屋横丁っていう商店街でしか手に入らないレアモノなんだ。
この店では裏ルートを経由して入荷してるらしいけどね」
山城(駄菓子の裏ルートってなによ……)
老爺「あ〜〜〜〜……全部でざっと三万円ぐらいかのぉ。会計するのがめんどくせえなあ……」
提督「うーん、いつもと違って今日は時間がないんだよね。とりあえず五万円出しとくよ。お釣りは次会う時に返してくれればいいや!」
老爺「ほほー、とっちゃん坊やも最近は忙しいのかい?」
提督「しばらくこの街を離れることになってね。また来るから、その時まで元気でいてね!」
老爺「カッカッカッ、小僧に労われるほど年老いてはないわい。しかし、そうか。なるほどなるほど。
そこの別嬪さんは嫁さんかの? こんなナリだが中々気骨のある若者じゃ、大事にしてやってくれよ」
老爺「いや、大事にするのはお前さんの方か。しっかりやれよ小童! 儂のように愛想尽かされたらイカンぞ!」
・・・・
提督「今なら山城に勝てる気がする……!」
菓子の詰まったリュックサック。リュックからはみ出た麩菓子は彼の身体を中心に、後光のように半円状に広がっている。
その物々しさは艤装を展開した時の山城にどことなく似ていた。
山城「何をバカなことを」
758 :
【36/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 21:40:46.06 ID:2q5puXyB0
新幹線の車内。ハムスターのように無心で麩菓子を貪り続ける提督。
山城「飽きないんですか……?」
提督「飽きるぐらいならこんなに買わないよね。さすがに麩菓子でお腹いっぱいだから今日は晩ご飯要らなそうだけど」
山城(麩菓子でお腹が膨れるのは、私だったら嫌だわ……)
山城「そういえば、なぜ提督は異動になったんですか? 艦娘の皆にも慕われていたでしょうに。
四大将の評価だって高かったんでしょう。厳密には横須賀に配属されている提督じゃないのに作戦会議に招かれるぐらいですもの」
横須賀や呉などの大規模な鎮守府では、第一艦隊から第四艦隊までが常設されていて、四人の大将がそれぞれの指揮を執る。
これを四大将と呼び、各艦隊の大将が陣形や戦法など戦術レベルでの策を練るのに対し、
元帥は資材状況や艦隊全体の戦力を加味して戦略レベルでの作戦計画を立てるのであった。
提督「うん、良くしてもらってたよ。元帥も自分で命令出しておいて『本当は行かせたくない』とか言ってたぐらいだからなぁ。
それだけ大事に思ってくれてるのは、本当に嬉しいよ。でも、次の作戦は結構ヤバめなようだからね……」
山城「(そういえば横須賀では休んでばかりでほとんど作戦の話を聞いていなかったわね)作戦、ですか?」
提督「レイテ沖にて四段階の大規模作戦を行うといえばキミでも分かるだろう。レイテと言えば深海棲艦ひしめく地獄だよ?
あんなとこの攻略作戦を命じられるなんて本当おっかないよねぇ……って、キミもこれから戦いに行くことになるわけか」
レイテ沖海戦……第二次世界大戦において、日本海軍が壊滅的な被害を受けた戦い。神風特別攻撃隊による攻撃が行われるようになった初めての戦いでもある。
艦娘である山城と、かつてレイテ沖に沈んだ戦艦山城……直接の因果関係は無い。だが、それでも山城の胸中はざわつきが拭えなかった。
山城「そうですか。姉様が心配ですね……」
提督「たまにお姉ちゃんの話するけどさ、どんな人なのかな? 確か、名前は扶桑だったよね」
山城「ええ、扶桑姉様……直接の血縁は無いけれど、私にとっては実の姉に等しいわ。
お淑やかで思慮深く、美しくて気高く、どんな時も前向きで、いつも私のことを気にかけてくれて……はぁ。私なんかとは大違いだわ」
提督「別に比べて落ち込むことはないじゃないか。立派なお姉さんで憧れてるなら、その憧れに自分も近づいて行けば良いんじゃないかな」
山城「無理よ……私は他人に優しくなんて出来ないし、優しくしたところで気味悪がられるもの。私が動けばいつだって不幸が起こるのよ」
提督「いや……少なくともボクはキミと一緒にいて不幸だなんて思ったことは一度もない。確かにキミはびっくりするほど不幸体質だ。
廊下を歩けば落ちているバナナの皮を踏みつけて転ぶ。窓から景色を眺めていれば野球のボールが飛んでくる。魚を食べれば小骨が喉に刺さる」
提督(その起こった不幸の一つ一つに対する山城のリアクションがボクからしたらめっちゃ面白いんだけど、これ言ったら拗ねるからやめとこ……)
提督「考え方を変えてみてはどうかな? 山城が動くと不幸が起きるんじゃなくて、山城が周囲の不幸を吸収しているのだと。
キミが不幸をおっかぶるおかけで皆は無病息災に暮らせる。つまり、守護神なんだよ。キミの存在が皆を守ってる、だから、そのことを誇ったらいいんじゃない?」
山城「それもそれで癪だわ……どうして私が他人の不幸まで背負って生きなきゃならないのよ。
ま……あなたの言う通りかもしれないわね。私は不幸の化身なんだわ、私が不幸になることで、姉様の不幸を肩代わりすることが出来るなら……」
提督「卑屈になれって言ってるんじゃないの! もう! これでも食らえ! えいっ」
山城の口の中にミルクケーキを無理矢理ねじ込む提督。
山城「あがっ……(歯茎に当たって痛いんですが)。バリッ、なんですか急に……ボリボリ……」
提督「噛むという行為にはストレス解消の効果があるんだ。不幸そのものを取り除くことは出来なくても、気分を変えることは出来るじゃないのさ」
山城「ポリ……ポリ……(確かに、噛んでいたら不幸とかなんかどうでも良くなってきたわ)」
提督「山城さ、趣味とかないの? 仕事の無い日にやってることとかさ」
山城「特に無いわね……。姉様とお喋りしているぐらいかしら」
提督「ふーむ、わかったぞ! キミが横須賀に運ばれてきた理由が。ストレスを溜め込みやすいんだ。
周りに上手に発露する術を知らず、自分を責めたり境遇を呪ったり……それじゃあ倒れもするわけだ。
何か興味のあることとか無いかな? 本とか音楽とか、スポーツとかさ」
山城「えー……まったく。私、寝てたりボーッとしてるの結構好きだし、今の生活が続いていればそれでいいかしら」
提督「さっき不幸だって嘆いていたじゃんかキミさぁ〜! しかしこれは手厳しいなあ。取りつく島もないぞ……」
山城「私のことなんて別にどうでもいいでしょう? 気にかけるほどの理由はないように思えますが……」
提督「いいや、あるとも。ボクは人の役に立つために生きてる。お節介だとしてもボクはそれを生き甲斐にしてる。ボクは紳士になりたいんだ。
マナーや着飾りみたいな見てくれの部分じゃなく、精神的な意味でね。教養深くて篤実な人になりたいと思ってる」
提督「誰にでも優しいのは、甘い人だと思われるかもしれない。軟派で芯のない人だと思われるかもしれない。
でもボクは逆だと思う! 他人に優しく出来る心を持ってるってことが一番カッコいいのさ! これがボクの信条!」
右手でVサインを作りはにかむ提督。彼にとってはこれが最大限恰好をつけたポーズなようだ。
山城(……姉様は、自分の考えをあまり口に出したりしない人だけれど。彼は少し姉様と似てるところがあるのかもしれないわね)
提督「よし! 決めた。ボクは山城のことを幸せにしてみせる。もう不幸だなんて言わせないようにしてやるぞ、覚悟しててねっ」
山城「? はぁ……(一体どういうつもりなのかしら……なんだか妙に息巻いているけれど)」
759 :
【37/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:22:12.02 ID:2q5puXyB0
呉鎮守府に着いた提督は山城と別れ、鎮守府内の客室に案内されていた。
提督(扶桑と会った時の山城、今まで聞いたことがないぐらい明るい声をしていたな〜。……それに、あの屈託のない笑顔。あんな表情もするんだなあ)
芯玄「わざわざ横須賀からご苦労。……んん?」
提督「初めまして、芯玄元帥。窓位です、横須賀より参上しました。……えと、これでも戸籍の上では成人ですよ?」
芯玄「あぁ……横須賀の元帥からの電文でお前さんの出生に関する話は聞き及んでるが……。いやなんでもない、気にせんでくれ」
提督(なんだろう、どこかで会ったことがあるような……初対面のはずなんだけど)
・・・・
窓位提督が横須賀から呉に送られてきた理由は、呉に着任して間もない芯玄元帥を補佐するためだった。
芯玄元帥は窓位提督に作戦の草案を打ち明け、意見を求めた。
芯玄「困難だが……この作戦で引き分けにまでなら持ち込めると踏んでいる。だがそれではジリ貧だ、次の戦いがもっと厳しくなる。
勝つためにはもう一手必要だ。そのために、横須賀で元帥や四大将にも評価されているというお前の知恵を借りたい。考えを聞かせてくれないか」
提督「あー……いや、その、期待してもらってて申し訳ないんですが。ボク、すごく小規模な作戦での立案とかしかやったことないんですよ。
横須賀では正式な提督ではなかったので、艦隊を直接指揮する権限とかなくって。正直のところ今の元帥の策よりも優れた案は浮かびません」
提督「ボクの仕事は専ら内政担当でして。鎮守府内でのトラブルの調停役とか、装備管理とか、そういう業務をメインにやっていたんですよ。
あとは、鎮守府内の清掃に洗濯、食事当番などの雑用全般ですね。裏方のことばかりやってたせいで、あんまり作戦とか自信ないです……」
提督「あ。でも! でもでも! そういう部分でならバッチリお役に立ってみせますよ! サポートなら任せてください!」
芯玄(これは予想外だな。結局のところ、やはり作戦はオレが考えるしかないというわけか……しかし、折角来てもらったからにはそっち方面で働いてもらおう)
・・・・
窓位提督と別れた後、朝潮と廊下を歩いている芯玄元帥。
朝潮「どうでしたか? 窓位少佐……でしたっけ。だいぶ話が弾んでおられたようですが」
芯玄「横須賀では裏方に徹していたらしく、作戦指揮なんかはからっきしらしい。だが……やはり評価されているだけはある。
執務室に戻ったら詳しい説明をするが、装備流用システムや艦隊編成のプリセットなどの導入を提案してきた」
朝潮「装備流用……? プリセット……?」
芯玄「前者は……そうだな。たとえば朝潮が12.7cm連装砲を装備していたとする。これを別の艦娘に装備させることとなった。
従来ならまず朝潮から装備を外させ、また別の艦娘に装備させる。だがこれでは少々手間だ。
朝潮から装備を外したと同時に別の艦娘に装備させる、これが可能らしい」
芯玄「後者は……出撃の際に、港に隣接した基地から加速器に乗って出撃するだろ?
(あいつは『ロボットアニメみたいに台座に乗って飛び出すやつ』とかよく分からん表現をしてたが……)
あれは艦娘一人一人に合わせて調整が必要で、編成を変えるたび一回一回設定し直さなきゃならねえ。
けど、機械に編成情報を予め記録しておけば、記録済みの編成はすぐに出撃可能になる……だってよ」
朝潮「なるほど……しかし、実現可能なのですか?」
芯玄「装備の件は『誰々から誰々に装備を付け替える』と、妖精向きにマニュアルを用意してやれば意図を汲んでその通りにしてくれるらしい。
艦隊編成プリセットの件も設備のプログラムを書き換えればすぐに出来るそうだ(プリセット数には限りがあるそうだが……)。
どちらも直接作戦の役には立たないが、導入コストが低く有用性の高い案だったんで採用することにした」
朝潮「だから途中からあれだけ話が盛り上がっていたのですね。司令官の話に窓位さんがうんうんと頷いて、司令官もまた彼の話を吟味していて。
その……親子のような打ち解けた様子でしたので羨ましいなと」
芯玄「親子だとォ? あのなあ……見た目で言えばオレとお前だってそう見えるって話だろ?」
朝潮「いえ、私と司令官は夫婦でしょう。並んで歩くのと背中を追うのは違いますから……あっ。そういう意味では子弟と言った方が近かったですね」
芯玄(子弟っていうか……オレ的には先輩として後輩の話を聞いてた感覚なんだけどな。ま……朝潮から見てそういう風に感じられるのも仕方ないかもな。
うちの四大将はオレと距離置いてるかオレのこと嫌ってるかでほとんど打ち解けた態度で話出来ねえからな……)
芯玄(そういやあいつ確か前元帥の息子……だったか。横須賀がこっちに窓位少佐を寄越して来たのは、そこら辺の政治的な部分も汲んでくれたのかね。
四大将はオレに対しては疑念を向けてるが、前元帥に対しては尊敬してる様子だったしな……)
朝潮「でも……子供、ですか。良いですね。司令官もそう思いませんか?」
芯玄「え? なんだって? 悪いな、考え事しててよく聞こえなかったぜ」
朝潮「いえ、なんでもありません。ふふっ」
芯玄「そうか。さて……仕事するぜ、仕事!」
パンと両手で頬を強めに叩き、気合を入れる芯玄元帥。傍らで朝潮は微笑んでいた。
・・・・
元帥との会談の翌朝、窓位提督は自室周辺の清掃作業に取り掛かっていた。
提督(うーん……あんまり掃除が行き届いてないのかなあ。窓や床がちょっと汚れてるぞ。でも、それはそれで綺麗にしがいがあるかな!)
760 :
【38/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:35:41.86 ID:2q5puXyB0
提督「てってけてってってってー♪ てけてけてけてってってー♪(♪母港のテーマ)」
??「ぴっぴぴぴっぴっぴっぴー♪ ぴぴピピピピぴっぴっぴー♪ ……ぴぴぴーぴぴぴーぴぴぴー♪」
提督「てれれーてれれーてれれー♪ のわっ」
廊下を雑巾がけしていた窓位提督は、彼に呼応して口笛を吹いていた和服の男性にぶつかる。
??「うわっ、びっくりした。おや……ずいぶんボーイッシュな艦娘もいるんだね」
男はしゃがみ込んで窓位提督に目線を合わせて、優しく語りかける。
提督「いや……ボク提督ですよ。階級は少佐で……これ身分証です。特注サイズではありますが、きちんと海軍の制服も着てますよ」
乙川「おっと……これは失礼した。僕は乙川 奏(オトカワ カナデ)。柱島泊地の提督さ。ここの元帥殿にお呼ばれして来てんだ」
提督「立場上提督ではあるものの、着任先が決まっていないので、今はこの鎮守府で補佐役をすることになってるんです」
乙川「窓位っていうと……ひょっとして聖さんのお子さんか。その体型にも合点がいった。君の話は聞いたことがある」
ポンと手を打ってひとりごつ乙川提督。
乙川「ふんふん……なるほどね。そうか、そいつはすまないね。本来は君が柱島に着任するはずの提督だったというわけか。恨めしかったらすまない」
提督「いえ……恨みなんてとんでもない。むしろ尊敬していますよ。新米のボクでは乙川少将……じゃない、昇進して中将になったんでしたっけ。
あなたのように深海棲艦を迎え撃つことは出来なかったでしょう。それに、おかげでボクも横須賀で色々な経験と研鑽が積めましたから」
乙川「ま〜、対深海棲艦の件は……聖前元帥におんぶに抱っこでようやく撃退できたって感じかな。もちろん柱島も頑張ったけどね。
でも、それは僕に付き従ってくれてる艦娘が力を尽くしてくれたってだけで、僕自身はそれほど大したことはしていない。
提督がサボっていても艦娘が優秀だから勝手にまとまってくれる、これが柱島スタイルさ」
提督「おぉーなんかスゴイ……! 勉強になります」
乙川「ふっふっふっ、殊勝な心がけだね。やれ統率力だリーダーシップだなんて言われるけどね。
リーダーなんて居なくても事が円滑に回る組織になってしまえばこっちのもんなのだよ」
瑞鳳「こら! 後輩に変なこと吹き込まないの! 提督は少しはここの大将や元帥を見習ったらどうですか! 放任主義が過ぎるんですよ!」
乙川中将の着物の帯を引っ張り無理矢理運んでいくのは、彼の秘書艦である瑞鳳。
瑞鳳「それに……これから芯玄元帥に会うのにまた制服脱いで!
呉の元帥と柱島の中将じゃ、本来なら話せる機会だって滅多にないんですからね! それだけ大事な作戦会議なのに……」
乙川「芯玄サンとは前回の会議の後友達になったから大丈夫だよ。なんか意気投合しちゃってさ。
『お前はオレのことを知らないかもしれないが、オレはお前のことを友達だと思って接してる』とか謎に気に入られてたし大丈夫じゃない?」
瑞鳳「ダーメーでーすー! 仮に元帥は許してくれたとしても、他の大将の人たちの目もあるんですから!」
乙川「ぐえぇー……ま、アレだ。自分のスタイルを貫きつつ、艦娘を活かせる方法を考えるといいよ。
無理して頑張ってもしょうがない。けど周りにエゴを押しつけちゃダメだ。そんな感じで……痛いってば、歩けるから引きずらないでー」
瑞鳳に引きずられて退場していく乙川中将。
・・・・
『作戦指揮の経験が少なくてどういう風に考えたらいいか分からない? ……そうだなあ、やっぱり実際の戦闘を見てみるのが一番じゃないかな。
今度柱島対呉で演習をやるんだ。“僕ならこういう風にやる”っていうのが見れると思うし、参考にしてみたら?』
乙川中将が会議を終えた後、彼のアドバイスを受けた窓位提督。数日後、彼はミルクケーキを齧りながら演習海域の映像を見ていた。
提督「呉の大将と乙川中将とだと、どっちを応援していいのか分からないな……って! スポーツ観戦じゃないんだからそんな視点で見てちゃダメだね。分析分析!」
提督「呉側の艦隊は六隻なのに対して柱島の艦隊は四隻……どういうことだろう。
呉の方は山城に巡洋艦の利根・筑摩・五十鈴といった重めの編成で固めているのに対し、あっちは駆逐艦だけ……?」
・・・・
山城(姉様と同じ艦隊に配属されなかったのは残念だけれど、久しぶりの戦闘……! 腕が鳴るわ!)
利根「げげ……久方ぶりの演習と聞いて昂ぶっておったのに、ま〜たあの柱島の連中か。あやつら、敵に回すとなかなか手厳しいからのう。厄介な相手じゃ」
五十鈴「あら、猪武者の利根にそうまで言わしめるなんて結構強敵みたいね。見たところ旗艦の秋月って駆逐艦以外は二軍みたいだけど」
利根「二軍かどうかはあまり関係ないのじゃ。柱島のらくら提督の配下の艦娘はみな警戒してかからなければならん。……山城? どうして笑っておるんじゃ」
山城「ふ……強敵そうで何よりじゃない。最近出撃の機会が無くってだいぶフラストレーションが溜まっていたの。ここで爆発させてもらおうと思ってね!」
五十鈴(普段は陰気なのに、戦闘の時だけ生き生きしてるわよね……。ま、戦闘の時に気合が入るのは私や利根も同じことだけど!)
山城「水上機を発艦させます! 爆撃機は敵駆逐艦を狙って!」
秋月「敵の爆撃機が接近しています。司令、作戦命令はありますか?」 無線越しに乙川中将と通信する秋月
乙川「えっと……あのいかめしい戦艦は夜戦まで放置しとこう、あれだけ見るからに殺気が違うからね。あとはお任せで」
761 :
【39/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 22:54:46.41 ID:2q5puXyB0
秋月「対空射撃用意! 徹底的に撃ち落とします!」
山城(あれだけ放った爆撃機がほとんど迎撃されてしまうなんて……駆逐艦の集まりにしてはやるじゃない)
利根「提督からの指示通り、このまま砲撃戦に移行するぞ!」
五十鈴「いや、まだよ。敵艦隊に潜水艦がいるわ。位置は捉えた……そこよッ!」
五十鈴が爆雷を放り投げると、水柱が吹き上がる。浮上し、白旗を振っている潜水艦伊26。五十鈴の放った爆雷が大破の損害を与えたようだ。
五十鈴「フフン、どうかしら? 夜戦で撃ち合うだけが軽巡洋艦じゃないわ! 対空も対潜も五十鈴にお任せっ!」
・・・・
伊26「うぅ……何にも出来ずにやられたー! 秋月ちゃんごめ〜ん!」
秋月「いいえ、敵のこの攻撃も想定済みです。ニムさんは役に立ってくれました」
伊19(ニムちゃんの仇はイクが討つの! 倍返しなの〜!)
伊19の放った雷撃が猛然と五十鈴へ向かっていく。炸裂音とともに炎に包まれる五十鈴。
五十鈴「きゃああッ!? ッ……! 敵の潜水艦が二隻いるのは分かっていた、けど、もう一隻もこんな近くにいたなんて……不覚だわ」
五十鈴「……大破しました。戦線から離脱します……悔しいわ」
白旗を掲げて撤退していく五十鈴。
山城「調子こいてるからそうなるのよ」
利根「毒づいとる場合か! 対潜警戒じゃ! 敵潜水艦を野放しにしておくわけにはいかん」
伊19(えへへ、良い気味なのね。ざま〜みろなの〜♪)
山城「(チッ……せっかく気持ちよく蹂躙できる砲撃戦の機会なのに……)潜水艦の相手はあなたたちがやりなさい。私は水上艦を叩くわ」
利根「こらっ! 隊列を崩すでない! 旗艦は我輩じゃぞ!? ぐぬぬ……提督から出過ぎぬよう言われておるというのに……」
利根(小規模な水雷戦隊の前に戦艦が迫ってくる。敵からすれば脅威でしかない……普通の相手なら、相手がただの弱卒の群れなら恐らく山城の突出は正解じゃ。
じゃが……正攻法が通じるような相手ではない。提督からの次の指示を仰がねばな)
・・・・
棒状のこんにゃくゼリー(弾力に富むゲル状の駄菓子)をチュルチュルと吸いながら、食い入るように映像を見つめる窓位提督。
提督「山城が前進したのも含めて作戦なのかな? にしては他の艦娘と足並みが揃ってないように見えるけれど。
柱島艦隊の方は山城を避けるように後退しつつ二手に分かれている……か」
提督(柱島の艦隊の奇妙な点は、さっきから一度も提督である乙川中将と連絡を取っていないところだ。全部艦娘同士のアイコンタクトや身振りで動いてる。
提督からの指示が無くて戦えるのかな……? しかし、そうだとしても駆逐艦の集まりが戦艦を含む巡洋艦主体の艦隊をどうやって切り抜ける?)
・・・・
伊19「いたた……夜戦まで耐えられなかったのね……」
春雨「イクさん! ご苦労様です。あとは私たちが!」
秋月(こちらの被害は潜水艦二隻が大破して戦線離脱、駆逐艦が二隻中破。残る私と春雨は無傷。
敵は軽巡と駆逐艦が一隻ずつ撤退、残りが小破した駆逐艦が一隻、無傷の戦艦一隻に航巡二隻か……いける!)
筑摩「日没に乗じて敵駆逐隊が接近してきます。警戒しつつ迎撃します!
(駆逐艦といえど夜戦なら十分脅威足りえるわ。艦が四隻も残っているのならなおさら! 姉さんを守らなくては)」
利根(雷撃戦でこちらが二隻大破したのは痛いのう。この状態で夜戦になればこちらも敵も無事では済まん……だが、勝つのは我輩たちじゃ)
山城「この私が……砲撃戦で駆逐艦を二隻中破……。その程度の戦果しか上げられなかったというの……? 許せないわ……!」
初月「秋月……なんかあの戦艦、よく分からない理由で殺気立ってないか?」
・・・・
提督(山城、人格変わってない……? 戦いの時だけああいう風になるタイプなの?)
提督「さておき……柱島の艦娘たちが呉艦隊めがけてぐぐっと距離を詰めてきた。いよいよ夜戦だね!
砲撃戦の限りでは呉が押しているように見えたけど、雷撃戦で一気に柱島がイーブンの状況へ持ち込んだ! どうなる……?」
提督「……ん? なにやら音が聴こえてきたな……。戦場で音楽が流れている……?」
・・・・
窓位提督が呉鎮守府の通信室から演習の様子を眺めている同時刻、柱島泊地の執務室。
乙川「よし、準備オッケー。いつもの演ろうか。今日の一曲目は、かの有名な“ワルキューレの騎行”から行ってみようかなと。ワーグナー作曲のやつね」
瑞鳳「うーん。ワルキューレの騎行は夜戦っていうより航空戦って感じしないかなあ? 『全機爆装! 準備出来次第発艦!』って感じしない?」
762 :
【40/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/30(火) 23:21:35.41 ID:2q5puXyB0
乙川「言われてみたらそんな気がしてきたけど……気分? 結構お気に入りの曲なんだよね。あと折角大鳳が頑張って練習してた曲だからね」
大鳳「うぇ!? 見られてたんですか……? 恥ずかしい……」
瑞鳳「たぶん鎮守府中の皆が知ってると思うけど……って、大鳳? 緊張してるの?」
大鳳「はい。人前で演奏するの慣れてなくて……。皆さんの足を引っ張ってしまわないか心配です……」
フルートを両手で握りながら、小刻みに震えている大鳳。ガチガチに緊張しているようだ。
乙川「ははは。大丈夫大丈夫、肩の力を抜いて。あれだけ練習してたじゃないの、基本はしっかり出来てるから心配要らないさ。それに!」
大鳳の頭をぽんぽんと優しく撫でる乙川中将。
乙川「音を楽しむと書いて音楽と読む。まずは自分が楽しむことさ、大鳳が楽しい気持ちで演奏することが大事なんだ。
もっと上達すれば、人のことを気遣えるようになる。でもそれは自分を殺して他人に合わせるんじゃない、他人と楽しさを分かち合えるってこと!」
乙川「大鳳の思うがままにやってごらん? ミスっても関係ない、ミスした恥ずかしさよりも楽しんでやればいいんだ。それが第一歩」
瑞鳳「……良いことを言ってることは分かる。大鳳のためを想って提督が言っているのも分かるわ。
で・も! お触りは禁止です! さりげなくボディタッチしようとするのもダメ!」
乙川中将の腕の根元をガッと掴んで大鳳の頭から離させる瑞鳳。
乙川「最近瑞鳳手厳しいなー! これぐらいは自然なやり取りでしょうに。嫉妬してるのかな?」
瑞鳳「もう! ふざけてばっかりいると伴奏弾いてあげませんよ!」
乙川「拗ねてるところも可愛いけど機嫌直して欲しいなー」 ぷにぷにと瑞鳳の頬をつつく
瑞鶴「あの……いつになったら始めるんですか?」
チェロを持った瑞鶴が呆れた様子で二人に投げかける。
乙川「よし! とりあえず始めよう! 行こうか!」
急いでピアノの前に座る瑞鳳。
瑞鳳「まだ許したわけじゃないんだけど!? もう……しょうがない!」
・・・・
秋月が艤装を展開すると、スピーカーから乙川中将たちが奏でる勇壮な音楽が流れ始める。
秋月「さあ……始めましょう! 夜戦開始です!」
山城「なんなのあれ? オーディオオタク?」
利根「山城、あれを侮ってはいかん……艦娘の強さは、精神に依るところがある。あやつらはあれで戦意を高揚させてこちらに向かって来るのじゃ!」
秋月「肉薄します! 演習と言えど容赦はしません……お覚悟をッ!」
筑摩「姉さんっ! 危ない……!」
利根を庇って負傷する筑摩。
筑摩「ッ……! 姉さん、あとは……ッ」 あばらを抑えて撤退していく
利根(こうなった時点で敵を全て倒すことは困難か……。残ったのは吾輩と山城、駆逐艦の満潮の三隻……心許ないのう)
利根「筑摩! 任しておけッ!」
春雨「やらせはしません! 秋月さん、ここは私がッ!」
利根の放つ雷撃から秋月を守る春雨。なおも中破で持ちこたえている。
利根「クッ……直撃させることが出来なかった! 耐えられたかッ!」
山城「ふっふっふっふっふっふっふっふっ……ハッ。ハッ……ええと、艦娘の強さは精神に依る、だったかしら?」
妖しい笑みを浮かべる山城。その不気味さに、敵も味方も思わず後ずさりをしてしまう。
山城「あなたたち、もう下がっていて良いわ。あとは私は一人で十分。今宵は悪夢を見せてあげる」
艤装の主砲を全方位に向け、次々に撃ち放ちつつ跳躍し身を捻じりながら敵の駆逐艦めがけ突進していく。
満潮「あぁ……せっかくの演習なのに……。ああなってしまってはもう作戦も何も意味を成さないわ。逃げるわよ!」
利根「逃げるじゃと!? 敵を眼前にして逃げろというのか?」
満潮「私、前に山城の居る隊に組まれたことあるんだけど。ああなったらもう敵味方の区別がつかないバーサーカーよ。流れ弾を食らう前に退くしかないわ」
旗艦の秋月に割って入る駆逐艦を殴り飛ばしながら突進していく山城。さすがの利根も血の気が引いた。
利根(吾輩、勇猛果敢を自負してこれまで戦ってきたが……ああいう本物の化け物にはなれんな。満潮の言う通り大人しく撤退するか……)
763 :
【41/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/08/31(水) 00:00:57.20 ID:Z8oWbKG20
コンコン、と扉を叩く音。ノックの主は窓位提督だった。
提督「ボクだよ山城。開けて」
山城「姉様以外の声は今聞きたくない気分なの……帰ってくれるかしら」
提督「そういうわけにもいかない。ボクはまたキミ専属の提督になったんだ。上官の命令ならさすがに開けざるを得ないでしょ?」
・・・・
ひとしきり山城の口から零れる愚痴を聞き終えた窓位提督。部屋に招かれてから一時間。ようやく彼は相槌以外の言葉を発した。
提督「いやね、分かるよ。久しぶりの戦闘で張り切りすぎちゃったんだろう? 敵が強ければ強いほど燃えるタイプなのかもしれない、キミは。
実戦だったらあれでも結果的に勝ちは勝ちだろうし、許されるのかもしれない。でもさ……演習じゃないか。作戦とか連携とかさ……あるじゃん」
呉と柱島の演習の結果は、呉艦隊の勝利に終わった。だが、それは山城の暴走によってもたらされた勝利だった。
帰投後、山城は直轄の大将から大目玉を食らい謹慎処分を受けていた。その間、窓位提督が彼女の監視役を任されることとなった。
提督「命令を聞かなかったり、味方の負傷さえ厭わない戦い方をしたのはよくないよね。そのことは大将に怒られて反省していると思うからボクは言わない。
けど、もっとボクはキミに気づいて欲しいことがある。あんな戦い方をしていては、いつかキミは命を落とすことになる」
提督「キミはひょっとしたらそれでもいいと思って戦ってるかもしれない。けど、ボクはキミが轟沈したら涙を流す。きっと。
涙を流して帰ってくるはずもないキミを待ち続ける。そして恐らく……キミのお姉さんである扶桑はボクと同じか、それ以上に悲しむだろうね」
扶桑の名を出した瞬間に、不満と憤りに満ちていた山城の顔つきが悲愴を含んだ苦々しい表情に変わっていく。
山城「……私は最低だわ。武人としても人としても底辺のイモムシだわ……いや、イモムシにも失礼ね……」
提督「いやいやいやいや! 落ち込めって言ってるわけじゃないでしょ?」 慌ててフォローする
山城「そうは言われても……。でも、そうね……姉様に、申し訳が立たないわね。自分を省みない戦いをして謹慎処分だなんて、姉様に申し訳ないわ」
提督「ボクは? まあいいや。けど、ほんとにお姉ちゃんのこと好きなんだね。並々ならぬ情念を感じるというか……」
山城「……。姉様は……私以上に不幸な目に遭って生きてきた。けど、それでも気持ちが折れることなく前を向いている。
早々にこの世の全てを諦めた私とは違う。挫折を受け入れた私とは違う。そんな弱い、私みたいな腑抜け相手にも明るく接してくれている」
山城「姉様みたいな人が幸せに生きれない世の中なんて間違ってるわ。私が不幸な目に遭うのは構わない。
私は確かにいつだって後ろ向きで、ドジで、のろまで、性格だって悪いから、業を背負ったって仕方ない。……けど姉様は違うはずよ」
山城「姉様は…………ぐすっ」
鼻声になる山城。提督は、二人の間にある関係を知らなかった。だから、触れてしまった。彼女の持つ逆鱗に。触れてはならない心の琴線に。
提督「山城は……扶桑のことを心から愛しているんだね。それは、恋人同士がお互いを慕う気持ちであり、親子がお互いを想うような絆でもあり……。
いや、それ以上に深い気持ちを抱いているのかな。本当に大切に思っているんだね。なんだか妬けちゃうな……」
はにかむ提督の顔。その顔が彼女の視界に入った時、山城は提督の体を押し倒していた。
山城「やめなさい……私と姉様の領域に入ってこようとしないで……! あなたは人付き合いが得意で、他人の気持ちが人一倍分かるのかもしれない。
なればこそ! 私のことは放っておいて。これは警告よ……私は必ずあなたを不幸にする。これ以上私のことを詮索しようとするな……!」
山城の形相に、提督は生まれて初めての恐怖を感じた。それは演習で見た山城の姿よりも数段恐ろしいものだった。
今にも自分の心の臓を締め上げられんばかりの憎しみが、押し倒してきた彼女の手を通じて伝わってくる。
目の前の存在が放つ猛烈な敵意に、提督の脳は全身に向けて警鐘を鳴らす。
提督(『なんで?』とか『どうして?』とか、そういう感情すらすっ飛ばして、今すぐにこの場から逃げ出してしまいたい。そう思っている自分がいる。
事実、とてつもなく恐ろしい。彼女が殺気立つ理由さえもどうでもよくなるぐらいに、ボクは今恐怖を感じている)
山城「……分かったでしょう? 私が動けばいつだって不幸が起こる。身に染みたでしょう?」
蛇に睨まれた蛙が取るべき行動は二つに一つ。逃げるか、諦めるか。その二つ。提督の首筋に山城の両手が伸びる。
艦娘は、提督に危害を加えることができない。そういうふうに出来ているはずだった。
だが、窓位提督は山城の正式な提督ではない。山城もまた彼の直属の配下ではない。
しかし仮に……窓位提督が本当に彼女の提督だったとしても。そうだったとしても山城のこの行動は変わらなかったのかもしれない。
山城の手が、提督の首筋に触れる。迷いのない確かな意志が、首の皮膚から感じられる。
提督の皮膚は大部分が合成樹脂で出来ているため、触覚や痛覚などはほとんど感じられないはずだった。
それでもこの時ばかりは「山城に首を絞められているのだ」と、視覚ではなく体で感じ取っていた。
提督「最後に、意識のなくなる前に……一言。言わせて欲しいな……」
提督は、山城が首を捻り潰したところで微塵も痛みは感じない。呼吸ができない苦しみを味わうだけだ。
だが、痛みはなくとも、まだ脳に酸素が行き届いていて苦しみの少ない状態だったとしても、恐怖は感じる。背筋が凍るほどの恐怖は感じている。
それでも、勇気と吐息と振り絞って声を発する。目から不意に止まらなくなった涙をぽろぽろと零しながら、言葉を紡ぐ。
提督「ボクは……山城と、お姉さんとの間に、何があったのかは分からない……。出会った経緯も、山城が怒る理由も、分からない……けど」
提督「ボクは……。山城のことが、好きだよ。殺されても……いいよ……。殺しても……いいんだ……。
ボクは、それでも……不幸だとは、思わない……。後悔は、ない……」
彼が最後に選んだのは、諦めることだった。自分の運命を受け入れることにした。
恐怖に怯えていた表情は晴れて、無意識のうちに微笑みを浮かべていた。そして彼の瞳には何も映らなくなった。
764 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/08/31(水) 00:02:57.35 ID:Z8oWbKG20
どこで切ろうかわりと悩んだんですがいったんここで中断します。残りは明日投稿します。
え……って感じですが。
765 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/09/01(木) 19:59:30.61 ID:tre1gbsN0
本日20時より次の章の安価開始と予告していたので、予定通り行ってしまいます。
ん? まだ今回分の章が完結していない? はい。
そもそも昨日投下するはずじゃなかったのか? はい、ゴメンナサイ。
昨晩急用が入ってしまいまして……。風呂入ってる間に会社の上司から7件不在着信が来ていて……とても投稿作業をやれるような状況にありませんでした(泣)。
今日は大丈夫(だと思うので)、本日投下しきってしまうつもりですが先に安価を募集しようと思います。
現行章の完結前に次の章の安価を行うという、ちょっと変則的な形になってしまい申し訳ありませんが……。
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:
>>669
-
>>671
)
>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
766 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:23:05.64 ID:pcLzRdIWO
秋月
767 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:24:36.27 ID:LDsHYK57O
阿武隈
768 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:25:41.14 ID:Iy/EL4b3O
吹雪
769 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:26:19.39 ID:XyEXNlJ1O
舞風
770 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 20:26:47.26 ID:w8aaq/ehO
五月雨
771 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2016/09/01(木) 21:59:39.29 ID:tre1gbsN0
>>766
より秋月が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。
[提督ステータス]
勇気:64(度胸あり)
知性:27(やや低い)
魅力:14(低い)
仁徳:39(あるとは言えない)
幸運:26(やや不運)
……とりあえず何某かのコメントは今回の章の投下分が終わってからにします。
772 :
【42/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 22:48:24.59 ID:tre1gbsN0
淡い色彩の花束をそっと窓位提督が眠るベッドの隣に置いて医務室を去る山城。部屋を出ると扶桑が待っていた。
扶桑「今は眠っているけれど、もう意識を取り戻したそうよ」
山城「そうですか……良かった……」
扶桑「どうしてあんなことをしたの? 私は彼のことをほとんど知らないわ。けれど、山城と一緒に居たあの人はとても幸せそうだった。
山城だってそうだったはずよね。あなただって、こんなことはしたくなかったはずよね……?」
敬愛する姉から向けられる疑念。山城は扶桑の問いかけに答えられるはずもなかった。自分でもなぜあんなことをしたのか分からない。
扶桑の話をされて、自分が抱いている感情を見透かされたようでひどく動揺した。いてもたってもいられなくなって、気がついたらこうなっていた。
扶桑を納得させることの出来るような理由が山城には見つからなかった。それでも扶桑は彼女の無言を許さない。
扶桑「ここでは話しづらいでしょう。私の部屋に来てもらえるかしら」
・・・・
雑然と物が散らかった山城の部屋とは違い、扶桑の部屋は隅々まで入念に掃除されているようだった。畳のある和室で、い草の匂いがほのかに香る。
扶桑とこうして一対一で話すことは少なくなかった。だが、扶桑からこうして畏まった態度を取られるのは山城にとって初めてのことだった。
机を挟んで向き合う二人。山城は見るからに心に余裕がなく、憔悴しきった様子だった。泣き腫らした赤い目。
山城「決して彼が憎かったわけではないんです……。むしろ……私みたいなのを気にかけてくれていて、感謝しています……。
だから、自分でもどうしてあんなことをしたのか分からなくて。気が動転していて……姉様の話を出された時、自分の中で何かが抑えきれなくなって……」
途切れ途切れに不器用な言葉を吐いていく山城。山城からすれば自分なりの言葉を一つ一つ伝えているつもりだったが、扶桑にとっては容量を得ない返答に感じられた。
扶桑「……山城。私と最初に出会った時のことを覚えているかしら。あなたはつっけんどんの跳ねっかえり娘で、とてもささくれていたわよね。
人から向けられた好意を素直に受け入られないどころか、好意を向けられれば向けられるほど心を閉ざしてしまうような難儀な子だったわよね」
扶桑「でも、『私の妹になりたい』と申し出てからのあなたは……少なくとも私の前でのあなたは、優しくて心の温かい子。どうして私に接するように彼と向き合えないの?」
山城「ごめんなさい。分かりません……。けれど、彼と姉様は違います……うまく言えないけれど、違う。姉様に命を助けてもらったご恩で……今の私がいるんです。
身を呈して守ってもらっていなければ私は海の底に沈んでいた。あの姿を見て姉様みたいになりたいと、心からそう思った。けれど……なれなかった……」
山城「未だに心は弱いままで、身近にいる大切な人さえも傷つけてしまう。姉様に近づけば、姉様の妹になれば、自分の中で何かを変えられると信じていた。
少なくとも最初はそうだった。けれど……何も変えられなかった。深みにはまるように姉様に依存していくだけだった。……」
突っ伏して握り拳を机の上に小さく振り下ろす。歯ぎしりながら言葉を続ける。
山城「私は……ッ! 山城は。扶桑姉様のことをお慕いしておりました。そして今も……。私の世界は……気づけば姉様だけになっていたんです」
伏せていた顔を上げて扶桑を見つめる山城。その視界は涙で歪んでいて、目の前の扶桑でさえも遥か遠くの蜃気楼のように見えた。
山城「女が女に惚れるなど……道理に反しているのでしょう。気色悪いと思うでしょう。なおも……私は姉様への感情を殺しきれなかった……!」
山城は、兼ねてから同性愛に対する侮蔑を抱いていた。だがそれは、そう思うことで自分自身を抑圧して律するためだった。
山城「本当のことを言ったら、扶桑姉様に嫌われてしまうから! ……隠し通したかった。誰にも知られたくなかった」
扶桑(こうなったのは、私の責任でもあるのかもしれないわね。山城の心に抱えた孤独の深さに気づいてあげられなかったから……)
山城「彼は優しいから……つい気を許してしまったの。それで、姉様のことを話しすぎてしまったのだわ。
私が姉様を愛していたことも、私が持つ残虐な一面も、隠していたことは全て知られてしまった。彼には私の醜い本性など、知られたくはなかった」
山城「でも知られてしまった。軽蔑されると思った……きっと見放されると思ったから。……そうなる前に、無かったことにしたかった」
山城「提督も姉様も、人として出来すぎているから……私は、本当の自分を隠していないと傍にいることも出来なかった。
たとえそれが自分を偽った姿だったとしても幸せでいられた! でももう……おしまいだわ。提督とも……姉様とも……!」
扶桑「山城。たしかにあなたの告白には驚いたわ。今まで気づいてあげられなくてごめんなさい。辛かったわよね」
扶桑「私は同性を好きになったことがないから、あなたのことを恋愛的な意味で好きになるためには少し時間を要するかもしれないわ。
扶桑「けれど、山城が私を愛してくれるというのなら……私も愛情で返したいと思います」
山城「姉様……うそ……!?」
扶桑「よく聞いて山城……あなたは一つ勘違いしている。人が人を愛する、そのことに性別なんて関係ないの」
扶桑「窓位提督と話したことはわずかだけれど、彼だって、山城が私を好いていることを知ったぐらいで態度を変えるような人じゃないわ。
山城が自分のことを間違っていると思い込んでいるだけ。彼に嫌われてしまうと思い込んでいるだけだわ」
扶桑「あなたはもっと視野を広く持ちなさい。傷つくことが怖いのは私も一緒。恥をかくことが怖いのは私だって一緒。私も愚痴や不満を言いたくなることもあるわ。
でも、周りの人たちが支えてくれるから。落ち込んでいても仕方ないって、私なりに頑張ろうって思えるの」
山城「姉様……私は、どうすれば……。山城は……」
扶桑に自分の愛情が好意的に受け入れられた喜び、窓位提督を傷つけてしまった罪悪感、自分の惨めさへの自戒と自嘲。
様々な種類の心情が綯交ぜになり混乱し、山城は不意に涙を零していた。彼女に身を寄せて優しく抱きとめ、なだめる扶桑。
扶桑「あなたを支えてくれる人の存在に気づきなさい。身近にいる人の大切さに気づきなさい」
扶桑「今は気が済むまで泣いていいわ。でも……落ち着いたら。再び前を向こうという気持ちが戻ったら、彼に会って話をするのよ。出来るわよね?」
773 :
【43/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 23:17:19.41 ID:tre1gbsN0
呉鎮守府の医務室。大将や元帥らが見舞いに来てくれたようで、菓子類がベッド周りに積み上げられている。
窓位提督はその量からして三日ほど寝込んでいたのだろうと推測した。
戸が開く。のそ……と重い足取り。その最初の一歩で誰か分かった提督は、にこりと笑みを浮かべた。
山城「……ごめんなさい。謝って許されるようなことじゃないのは、分かっているけれど。償いきれないことだとは、分かっているけれど」
提督の横たえるベッド近くの窓から、低気圧が過ぎ去った後の晩夏の風が流れ込む。
白いカーテンが風にそよいでいる。窓から入る日差しの烈しさも少しずつ和らいできたようだった。
提督「許すよ。後悔ないって言ったでしょ。償いなんていらないさ。山城がいつも通りに笑っていてくれれば、それでいい」
山城「どうして……? あなたの命を絶とうとしたのよ? 許されるようなことじゃないわ」
提督「許すさ。謝られるほどのことじゃないんだよ。山城が触れられたくない痛みに、無神経にもボクは触れてしまった。だからキミから制裁を受けた。これでおあいこ」
山城「あなたに落ち度なんてないわ。……そう、私は、姉様のことを愛している。あなたの言う通りだった。けれど私は、同姓を好きになるなんて異常だって考えていたの。
男の人を好きにならなければいけないものだと思っていたから。それが当たり前だと信じて疑わなかった。自分の頭がおかしくなったんだと感じて気持ちを抑えてきた」
山城「でも……あなたに指摘された時。押し殺してきたはずの想いを目の前に突き付けられたように感じて、耐えられなくなった」
提督「お姉さんはなんて言ってた?」
山城「女同士で愛し合ったとしても、おかしなことじゃないって。互いに愛し合っているのなら、性別なんて関係ないと言っていました。
予想外でその時は驚きましたが……姉様が言っていること、今は正しいと思います。私の秘めていた想いも、受け止めてくれました」
提督「うん、そうだよ。性別も国籍も、生まれや育ちも、肌の色や体型だって関係ないはずなんだ」
提督「山城……少し真面目な話をさせて? ボクの自分語りだけど、キミに伝えたい。ボクの触れられたくない、心の痛みの話をする」
固唾を呑んで頷く山城。提督は真剣な面持ちで口を開いた。
提督「ボクは、見かけの上では大人になれない。そして人に体を触られて温もりを感じることができない。ここまでは山城も知ってるよね」
提督「子孫を残すことだけが生命の目的だと言うのなら、ボクはその使命を果たせない。ボクは……男でなければ女でもない。
ひょっとすると人間ですらないのかもしれない。昔子供の頃、作り物の人形や化け物と同じだって、そう言われたことがあるよ。今でも忘れない」
提督「ボクはずっと前に、女性として生きていたんだ。便宜上のね。長い髪を生やして、お洒落をして。
ボクは“人形のよう”だったから、可愛く着飾ればすぐに男の子が寄ってきたよ。女の子からもちやほやされた。悪い気はしなかった」
提督「だけど……忘れない。ボクを“人形のよう”に扱った人たちのことを。ボクを“人形のよう”に壊した人たちのことを。今でも、許せるか分からない。
ボクはそれからずっとずっと悩んでいたんだ。命を遺せないボクは、何もこの世界に生きた証を残すことができないボクは……本当に人形なんじゃないかって」
提督「両親や、当時のボクを支えたくれた人たちのおかげだ……再びボクが人を愛せるようになったのは」
提督「『人に優しくできる人間が一番カッコいい』。これはボクの信条であり……亡くなったボクの父から受け継いだ信念だ。ボクの父も提督だった。
戦いで命を落とした父に代わって、この呉鎮守府の元帥を母は以前務めていた。母も口にこそ出さないものの、父と同じ意志を持って戦ってきた人だ。
兄は提督ではないけれど、やはり優しくてカッコいい人だ。いつだって親身に相談に乗ってくれた。一時は恋慕を抱くこともあった」
提督「ボクは生きた証を残せない。愛を育んだところで、形にすることは出来ない。けど今は……ボクはそれすらも自分自身の運命として受け入れている。
たとえ仮に人形だったとしても……ボクは父や母の精神を受け継いで生きるんだ。これがボクの存在証明。これがボクの今を生きる理由」
提督「こうやって男性の姿をしているのも、ボクなりの覚悟の現れ。名前も一度変えている。父と母から一文字ずつ貰った名前。
『人に優しく生きる』、それを貫き通すために生きてるんだ。だから。キミから向けられた殺意すらもボクは温情で返すんだ。それに……」
提督「キミもきっと本当は優しい人だから。ボクのことを殺してしまう前に、どこかで踏み止まってくれると読んでいた。その通りになったよ」
提督「ボクとキミとは、合わせ鏡のような存在なのかもしれない。キミの痛みは、ボクにも分かるところがある。
ボクの痛みも、優しいキミならきっと分かってくれると思った。だから話した。……これはボクと山城だけの秘密にしてね」
山城「提督は……私よりもずっと辛い人生を生きてきたのですね。ただ周りに恵まれているだけの人だと思っていました。本当にごめんなさい……」
提督「不幸や苦しみの度合いなんて比べるものじゃないさ。ボクはボクなりに辛かった、けど今は克服した。キミもキミなりに辛いことがあった。
それでも今、キミは乗り越えようとしている。前を向いて歩き出そうとしている。罪の意識を感じたり気後れしたり……そんなのはしなくていいんだよ」
提督は、山城の両手を包み込むように握りしめる。
提督「怖くないから……もう、独りぼっちじゃないから。依存するんじゃなく、手を取り合って生きよう? 今のキミなら出来るはずだよ」
・・・・
山城への処遇は、艦娘への処罰の中では最も重い解体処分になることと相成った。もちろん、その決定を受け入れるわけにはいかない。
窓位提督と山城は、芯玄元帥や他の大将にひたすら頭を下げ、どうにか謹慎期間が三倍に延びるだけで事を済ませたのだった。
山城の処分の一件が収束し、彼女の部屋の前で顛末を報告する提督。胸を撫で下ろしている。
提督「作戦開始直前の忙しい時期なのに邪魔しちゃったのは元帥がたに申し訳なかったけど、頼んで回った甲斐があったよ! 山城が解体されないでよかった。
さすがに数ヶ月の謹慎ともなると暇でしょ? その間ずっと出撃も演習も出来ないからね……山城が退屈にならないように、ちょくちょく遊びに来るよ」
山城「あの……提督は毎日色んなお仕事をしていて、立派、ですよね。みんなの役に立っていて……掃除とか、洗濯とか……。
私も一緒にやっていいですか? 謹慎中はどうせ暇……ですし。邪魔にならなければで良いんですけど」
提督は二つ返事で快諾した。
774 :
【44/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/01(木) 23:42:18.91 ID:tre1gbsN0
山城がボクの仕事を手伝ってくれるようになってから、すごく助かっている。
ボク一人じゃ踏み台や脚立を用意しなければいけないような作業も、長身の山城がいればあっという間に終わる。
艦娘だけあってボクにとっては重労働に思えるような、体力を使うハードな作業もなんのそのだ。
給料が支払われているわけでもないのに嫌な顔一つせずボクに付き合ってくれている。
提督「うーん、働き詰めだと時間が過ぎるのも早く感じるね。つかれたつかれた、とりあえず今日は一段落だ」
山城「提督。もしよかったら晩ご飯ご一緒しませんか? ちょっと食材を買いすぎちゃって……」
提督「いいね、お言葉に甘えようかな。さては扶桑が今日から出撃なのに普段と同じ量を買ってきちゃったんだな〜?」
山城「……バレましたか」
普段山城は扶桑と夕食を共にしている。二人の仲は順調なようで、時たま散歩という名目でデートしているのを見かける。
そういえば、最初に山城の部屋に入った時は物が結構散らかってたような……下着とかも落ちてた気がする。
さすがに最近は扶桑も出入りするせいか、かなり綺麗にしているみたいだけど。
あの時は謹慎を言い渡された直後で、掃除する気力も無かったのかもなあ。
・・・・
エプロン姿で台所に立っている山城。ボクも手伝おうとしたが、自分でやるからいいと止められてしまった。
窓から差し込む夕陽、その穏やかな薄紅色の明かりに照らされている山城の横顔。
……鍋からグツグツと小さな音が聞こえる。カレーの匂いだ。ボクは特にすることもなく頬杖をついていた。
提督「攻略作戦が始まって、やっぱり皆ピリピリしているね。艦娘たちも少し余裕がなさそうだ。
普段だったら掃除とか手伝ってくれるんだけど……今日はみんな忙しそうだったよ」
山城「レイテ沖攻略……ですか。姉様は大丈夫かしら……」
山城「いいえ、姉様はきっと無事に帰ってくるわ! 私が信じないでどうするんですか!」
不安げに呟いた後、打ち消すように小さくガッツポーズしている山城。
提督「山城……変わったね。前より明るくなったよ。それに、最近はボクや扶桑以外の艦娘たちともちゃんと話せてるよね。立派立派」
山城「あの……私が他人と会話する能力がないように言わないでもらえませんか? 私だって世間話ぐらいはできますよ」
提督「失敬! けど、前と違って親しみやすいっていうかさ。『近寄りがたい人だと思っていたけど、話してみると案外面白い人だった』って評判みたいだよ」
山城「何をもって面白いと思われてるのかは分からないけど……提督のお手伝いをするようになってから、他の子たちと喋る機会は増えましたね。
向こうから話しかけてくるものだから最初のうちは戸惑ったけど。でも、慣れてみると悪い人たちじゃないって思ったわ」
山城「って……提督と会う前からずっとここにいたはずなのに『慣れてみると』って言うのはヘンね。でも、なんだか新鮮な感じするの。
前は他人と話すことなんて時間の無駄だと思っていたから。提督や姉様のおかげかもしれないわ。少しだけ成長できました」
提督「成長といえば……。最近は『不幸だわ』も減ってきたよね。ツキが回ってきたんじゃない?」
山城「自分では気づかなかったけど、言われてみればそうかも……。いえ、相変わらず酷い目に遭うこともあるのだけれど。
でも……確かにそうね。結局あれも私の不注意や不用心のせいで引き起こされてた節もあったから」
山城「艦娘の強さは精神的なコンディションに依るのでしょう?
私が自分で自分を不幸だと思い込むことで、注意力や判断力も低下してしまったんじゃないかしら」
提督「そうかもしれないね。……」
ふと思ったことは、山城はもうボクが居なくても平気だろうということだ。ここまで過去の自分を客観的に分析できている。
自分で自分に課していた呪いを、最後には乗り越えることができた。そして、最愛の姉である扶桑とも結ばれた。
ボクもいつか、また誰かに恋心を抱いたりするのだろうか。特別な感情を抱いて、仲睦まじく手を繋いだりする時が来るのだろうか。
提督になることを決意した時から、『人に優しく生きるんだ』と決心した時から、忘れていたそわそわした感覚を思い出した。
……思い出したところで、どうにかなるわけでもないけど。
山城「提督? どうしました。眠いんですか?」
気が付くと目の前にはカレーの乗った皿が置かれていた。ああ、せめて配膳ぐらい手伝ってあげればよかったな。ボーッとしてた。
・・・・
ボクは珍しく一人になりたい気分になって、なんとなく鎮守府内を散歩していた。古びた桟橋が海に伸びている。
夜の帳に満月と星。海面を照らす大小の光。ちょうどいい、ここにしよう。ほっと一息ついて腰かけ、空を眺める。
提督「……あー」
キラリと星が流れていく。参ったな、願い事なんて考えてなかったよ。ザンネン。しょんぼりだ。
提督(でも、ま……いいか。満天の星空に美しい満月。それが見れただけでも幸運だ)
山城「提督……? どうしたんですかこんなところで」
提督「たそがれてるんだ。山城こそどうしたの?」
山城「姉様がいないからなんだか人恋しくて……提督に話し相手になってもらおうと探してたんです。迷惑でした?」
提督「いいや……むしろ光栄さ。暇だったからほっつき歩いてただけだからね」
775 :
【45/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/02(金) 00:03:50.24 ID:FvHZuL/t0
本当は一人になりたかったけれど、だからと言って拒むほどでもない。それに、山城と話しているのは楽しいから、これはこれでいいんだ。
山城「提督は、何か山城にして欲しいことはありますか?」
提督「? 急にどうしたのさ。どういう風の吹き回し?」
山城「提督の夢はなんだろうって、ふと考えたんです。でも、想像つかなくて……。
今の提督がいるのが、かつて提督を支えてくれた人たちのお陰であるように。今の私がいるのも提督のお陰」
山城「だから……あなたの望みを叶えてあげられたら、って思ったの。山城が力になれることであれば……ですけど」
空を見上げれば金色の月が宵闇を照らし、水面は星々の光が揺らめいている。
美しくも幻想的な空間。その幻想の中で、唯一絶対的な存在としてボクの瞳に映るのは、目の前の山城だった。
山城の頬は、先刻の夕陽から少しだけ紅色を分けてもらったのか、仄かに赤らんでいる。
じっと背の低いボクのことを見つめている。ボクの言葉を待っている。
提督「ボクの望みは……。ボクが欲しいのは」
提督(山城の心、なのかもしれない)
提督「ボクが欲しいのは、生きた証。不確かなボクを、より確かにしてくれる根拠」
提督「それは知性であり、品性であり、紳士性……なのかな。言ったでしょ? ボクは『人に優しくする』、その信念を体現するために生きている」
山城「何かこう……具体化できるものはないかしら? 私にも理解できるようなスケールのもので」
提督「そうだなぁ……。歴史のページに名前を残すような人になれれば、生きた証を残せると言えるのかもしれないな。
あ……これも具体性ないなあ。う〜ん……保留でいい? なんか、パッと浮かばないや」
山城「そう、ですか……なら仕方ない」
・・・・
窓位提督と山城はレイテ沖の攻略作戦が佳境に差し掛かってもお構いなしで、地道かつ誠実に雑用を行い続けた。
清掃・衣類の洗濯・食事当番・水回りの掃除のみにその活動は留まらず、エアコン修理に大将らの書類整理、疲労した艦娘のマッサージ、果ては猫の世話まで。
二人の働きぶりは呉の鎮守府内でちょっとした評判となり、凸凹コンビならぬ凹凹(ボコボコ)コンビと呼ばれ親しまれている。
災難な目に遭うことが少なくなく、傍目からは厄介で面倒な仕事ばかりを引き受けているように見えるからである。
もっとも提督も山城も自発的に行っているのであり、それらの仕事や奉仕活動を災難だとは思っていない様子だった。むしろやりがいを感じているらしかった。
そんな折、窓位提督は芯玄元帥から相談を受けていた。
芯玄「朝早くから悪いな。お前が居てくれるお陰でオレも朝潮も楽が出来ている。
それから、大将連中との仲を取り持ってくれてありがとうな。助かってるぜ。
お陰で、最近は少しだけ認めてもらえてるらしい。もっとも、まだまだ結果は伴なっちゃいないがな」
提督「いやいや。元帥が頑張ってることを大将の方々に伝えてるだけですから、元帥のお力で信頼を勝ち取ったようなものですって」
芯玄「はは。世辞がうまいなお前は。いや……相談というのはな。これを見てくれ」
元帥に海域図を見せられる。図にはところどころペンで書き込んだ跡がある。
芯玄「佐世保や柱島と連携して、ようやく今ここまで来てるんだ。一見優勢に見えるが、そろそろ戦場にいる艦娘たちを撤退させなければ身が持たねえ。
そして勝つためには最後の一押しが足りない。ここで退いたら、恐らくまたやり直し。艦娘たちにも更に苦しい負担を強いることになっちまう」
芯玄「一回きり、使えるのは一回きりの荒業だが……試してみたいことがある」
・・・・
突然工廠へと呼び出された山城。わけもわからないまま艤装を弄られていた。
山城「ちょっ、ちょっと何かしら!? 説明してちょうだい!」
提督「行くよ山城。出撃だ!」
山城「ていと……えっ? 今なんて!? 私まだ謹慎期間中じゃない。無断出撃なんてやらかしたら今度こそ解体されちゃうわ」
提督「特例が出た、元帥直々のお達しさ。これはボクと山城しか遂行できない。行こう、ボクも一緒さ!」
いつの間にか山城の背中の艤装に、大きめの段ボール箱一つ分ぐらいの金庫に似た鉄塊が取りつけられている。
そのことに彼女が驚いている隙に鉄塊の蓋を開けて中に入る提督。
提督「計算上、山城の艤装とボクの体型でならぎりぎり実現可能らしい。目的地はもちろんレイテ沖……! いざ出撃だ!」
・・・・
芯玄元帥の話によると、戦場の艦娘を大破状態から全快まで回復させ、かつ、燃料や弾薬まで補給できるという切り札があるという。
“応急修理女神”と名づけられた、艦を救う妖精の存在だ。一度女神がその力を発揮すると、二度とその力は使えなくなってしまうため『一回きり』とのことである。
女神は基本的に艦娘に対して(なぜか)冷淡であり、装備品と一緒に括りつけて出撃でもしなければ力を発揮してくれない。
一方で人間には比較的素直に応じてくれるらしく、指示さえすれば無関係な艦娘の修理までついでにやってくれるらしい。
山城の補強増設内は窓位提督と彼の腕の中や服の中にひしめき合う女神たちですし詰め状態ではあったものの、彼女たちが不満げな様子を見せることはない。
窓位提督と山城に与えられた任務は、この女神をありったけ引き連れて主戦場まで向かうことだった。
776 :
【46/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2016/09/02(金) 01:08:28.51 ID:FvHZuL/t0
スリガオ海峡 深海中枢泊地沖。硝煙が立ち込める。砲火の応酬がやまない。
瑞鳳(昼はなんとか被害を抑えたもの……やはり夜戦になると大破の艦は出てしまうわね)
利根「撤退命令! 撤退命令はまだか! このままでは轟沈の被害が出てもおかしくないぞ……!」
瑞鳳(一部の艦隊が撤退を始めているわね。うちはまだ大破の艦が出ていないからもう少し持ちこたえられるでしょうけど……)
秋月「この秋月、艦隊を守る盾となる覚悟です! 大破艦は航行可能な限り遠くへ!」
探照灯を敵戦艦の群れに照射して挑発する秋月。弾幕にかすりながらも直撃弾だけは見事に避けている。
扶桑「山城が……待っているもの……! ここで倒れるわけにはいかないわ……」
額から血を流しながら敵を睨み続ける扶桑。既に大破の状態であり、敵の砲か魚雷を一撃でも食らえば沈んでしまうだろう。
彼女の速力では戦場から逃げることもかなわない。敵の艦隊全てを討ち取るまで戦い続けるしかなかった。
提督「間に合ったか……!? みんなを助けてあげて。行ってきて!」
補強増設の中から次々に応急修理女神を開放していく提督。
山城「各艦は私を顧みず前進! 大破艦も転進して迎撃態勢へ。敵を撃滅してくださァーい!」
咆哮とともに、祝砲と言わんばかりに前方の敵艦隊めがけ砲撃を放つ山城。
五十鈴「これで戦える! 敵を掃討しますッ!」
朝雲「あ、噂のボコボコの二人ね。恩に着るわ!」
山城「ボコボコ……?」
提督「……ボクたち、凹凹コンビって呼ばれているらしいよ。なんでだろ」
山城「フッ……上等じゃないの。確かにその通りだわ。目の前の敵を“ボコボコ”に叩きのめすのが今日の私の仕事なのでしょう?」
提督(女神を戦場に届けたら帰って来いって元帥から言われてるんだけどナァ……)
・・・・
芯玄元帥の奇策が功を奏して、連合艦隊は破竹の勢いで猛進し敵を打ち破った。レイテ沖海戦は無事に終結した。
策に貢献した窓位提督には大将の地位が与えられ、舞鶴鎮守府に正式着任することになった。
山城もまた戦場での活躍が認められ、恩赦に近い形で謹慎を解かれ今では方々の戦場に引っ張りだこな様子だ。
窓位提督が呉を離れなければならない最後の日が訪れた。彼は山城の部屋を訪れていた。
提督「キミとは長い付き合いだったから、最後に会っておこうと思ってね。ボクが居なくても平気かい?」
山城「寂しくはなりますが……今は一人じゃありませんから。いいえ……今も、ですかね。気づけたのは提督のお陰ですが」
提督「そっか! ……良かった良かった。安心だよ」
山城「あの戦いまでは、私は敵に対して殺意を高めることで力を発揮していました。
ですが……提督と駆け抜けたあの戦い以降、守りたい人のことを強く想うことで殺意を凌ぐ力が出せるようになりました」
提督「物騒だなあ、目を輝かせて言うようなことかよぉ……。イキイキしてるようで何よりだけどさ」
提督(事実……あの作戦での山城は相変わらず荒々しかったけれど、前の演習みたいに形振り構わず敵を倒すという感じではなかった。
全力全開ではあるもののどこか冷静で、周囲を気遣っているような精神的余裕を感じた)
山城「深海棲艦を倒すのが艦娘の仕事ですから。あ。提督は艦娘と違って貧弱なんですから、お体に気をつけてくださいね。お菓子ばっかり食べてちゃダメですよ?」
提督「うん……そうだね、気をつける。(話すことなくなっちゃったな……それに、時計を見たところもうここまでかな。ははは)」
くるりと身を翻し、帽子を目深に被り、一歩踏み出す提督。
提督「短いけど、もう時間なんだ。……また会おう。またいつか」
窓から差し込む夕焼けの灯りが時を報せる。
提督(結局のところ、ボクは山城に気持ちを伝えられずじまいだった。……今更になって惚れてることを自覚するんだから遅いよね。
いや、自覚したところで変わりはないか。ボクは『優しい』男だからな。要らんことをして彼女の気を乱すような真似はしない、紳士だもの)
山城の返事もなかったので、提督は部屋の扉をそっと閉じようとした。しかしドアノブに手をかけ扉を開ける山城。
提督を部屋に引き寄せて再び扉を閉める。彼の小さな背丈を体全体で包み込むように抱き締める山城。提督には彼女の意図が読めなかった。
山城「最後まで……あなたは優しい人なのね」
提督「……?」
山城「また会いましょう。また、いつか。提督の傍にいられる日を、待ってますから」
山城はそう言って提督の頬に口づけし、すぐに身体を開放した。扉を開け、退室を促す。
提督は困ったような微笑みを山城に返し、急ぎ足で部屋を去っていった。
夕焼けに消えていく提督の姿を山城は見送った。窓から入り込む秋の風は、夏の終わりを静かに告げた。
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