350:名無しのパー速民[saga]
2019/09/13(金) 16:09:47.31 ID:0/Lw3R2v0
【街中――――川沿いの東屋】
【ごく静かな夕暮れだった、花嫁のヴェールよりも余程繊細な霧雨が降り頻る日。屋根の元より何人たりとも出しはせぬと誓った神様の降らしたみたいに、行き先を拒む雫たちは】
【けれど逆らったところで罰など下るはずもないのだから、見ようによっては邪魔ものの少ない散歩を楽しむに適した日であると思われた。――問題があるとしたら、雨に濡れる爪先ぐらいなのだろう】
――――――――あれ、こんにちは。
【――なれば雨とは言えごく明るい空の色、いくらか大らかな気持ちになれば傘がなくても困りはしない程度の雨脚、流れるにもごく静かに流れるばかりの川の水面を見下ろす高さの、屋根の下】
【誰か歩むならば人影を一つ見出すのだろうか。それとも或いは、錫の音のように澄んだ声を聴いて気づくのだろうか。――少女がひとり東屋の、ぼろちいベンチに腰かけているようだった】
【だけれど発せられた声は観測する"だれ"かに向けたという色をしていないのだから、――と目を凝らすに、直後、少女の坐るベンチと同じく古びたテーブルに、飛び乗る、しろいかたまり】
【やがて身体を屈め丸め毛づくろいを始めるに野良猫なのだと思われた。――彼女はその白猫に声をかけたらしかった。事実、向き直り時折にと話しかけている声は不明瞭でも、微かに聞こえ】
【腰まで届く黒髪をハーフアップに束ねていた、フリルとリボンをあしらったバレッタは重たげでも純に黒い毛束をきちんと抱き留めて、】
【真白い肌に瞬くのは黒く赤いまなざし。どうにも光の角度で黒と赤と移ろう気分屋であるらしいまなこは、今はすっかりと猫を見とめて、けれど誰か来るのならば向き直りもするのだろうか】
【胸元にリボンをあしらったブラウスにぷわり裾を広げたジャンパースカートを重ねて、手首の位置で絞った袖にも、ひらり揺れるスカートの裾にも、たくさんのフリルをあしらったなら】
【灰桜と薄墨とを基調にした曖昧な色味であっても沈んだ風には決して見えないのだろう。どうあれ投げ出すように伸ばす足先にはかかとの高い靴、頬杖ついた指先が猫へ伸びて、避けられ、苦笑一つ、】
――、雨宿りに来たの? ただのお散歩? 縄張りの確認かな、
【ねうとただの一度すら鳴きもしない猫を相手に独り言を重ねるのを見るに、どうにも動物の類は好きなものなのだと思われた、】
【――その傍らには開いた後に閉じたままの傘が立てかけられて、けれどもうとっくに乾いているのを見るに、なれば彼女もまた雨に困っているのではないと、その証明に等しければ】
【――――やはりどこへ行くでもなく、ただただぼんやりとした時間を過ごそうとしているのに違いない。だとして彼女はどこぞの給仕であるとか、悪い神であるとか、――そんな噂、ないでもないから】
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