7:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:16:39.93 ID:j0Rh5Gsc0
「で、何の話やっけ」
「だーかーらー!仕事終わったら一緒に京セラドーム行こうって話じゃん!どんだけ仕事に集中してたのさ」
「京セラ?甲子園やなくて?」
「うん!」
「時間はあるしええけど……」
8:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:17:07.90 ID:j0Rh5Gsc0
「こないだ宮崎に帰ったらこんな写真を見つけてさ」
そう言って、友紀は1枚の写真を見せてきた。セピアに染まった随分と見覚えのあるスタンドをバックに、ピースを向ける父親と娘らしき2人。右下には「2004.9.24」と刻まれている。
「……大阪ドームでの近鉄の最終戦の日やな。ユッキも行ってたんか」
9:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:17:43.61 ID:j0Rh5Gsc0
ペチャクチャと喋りながら、最後の書類にサインする。これで今日の仕事は終わりだ。
俺はユッキが何をあの日に残してきたのか、全く知らない。でも、その中身をもし知れたのならと思った。パートナーの思い出や秘密を知りたいというのは、すべての男に共通する欲望なのだ。おそらくは女にも。だから。
「ユッキ、準備出来たか?」
「えっもう終わったの!?」
10:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:18:16.24 ID:j0Rh5Gsc0
続きは明日あたりに。
11:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:34:56.14 ID:j0Rh5Gsc0
暑い夏の日だった。外遊びから帰ってきたあたしを見つけるなり、お父さんがおもむろに言った。
「友紀、9月に野球観に大阪行くぞ」
「大阪?阪神を倒しにいくの?」
「いいや、今年で無くなる近鉄の試合だ」
12:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:35:37.10 ID:j0Rh5Gsc0
関西に向かう列車の中で、あたしはお父さんに尋ねた。
「なんで近鉄の試合なんかに行くの?パ・リーグなんだしどうでもいいじゃん!あたしキャッツ見たいのに!」
お父さんは黙ったままだった。その表情を正確に覚えてはいないけど、どことなく悲しそうだったような気がする。その時の気持ちを理解するには、あたしはあまりにも幼稚だった。どんなチームにも熱狂的なファンがいて、「どうでもいい」チームなんてどこにもないことも、まだ知らなかった。
13:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:36:12.53 ID:j0Rh5Gsc0
シーズン終盤にも関わらず、席はそれほど埋まっていなかった。今年は優勝争いに絡むこともなかったし、毎年引退試合を組んでいるホーム最終戦はもう少し後だからだろうか。
「プロデューサー、こっちこっち!」
「ユッキ……おま、どこにそんな元気あんねん……」
14:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:36:47.96 ID:j0Rh5Gsc0
「かんぱーい!」
「乾杯!」
喉を駆け抜けたアルコールが体に染み渡っていく感覚。酒豪でも酒好きでも無いが、確かにこの瞬間は好きだ。
見渡すと、ぼちぼち埋まり始めたスタントが目に入った。グラウンドには守備練習をする、バファローズのロゴを背負った選手たち。時折聞こえる売り子の声。電光掲示板を流れるCM。遠目から見れば、20年前と何も変わっていない光景。それでもー
15:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:53:06.58 ID:uOlWpvdA0
この日のスタンドは満員だった。普段は閉まっているバックスクリーンの真下の席まで開放するという大盤振る舞いをするほどだった。しかしー
「……ほんまに近鉄ファンやった人、何人おるんやろ」
ーものの見事に一見ばかりだった。何しろ近くの席から「ブライアントは見られるかな」なんて声が聞こえてくる始末である。10年前に引退しとるわボケ。それだけ近鉄というチームに、誰も興味が無かったということなんだろう。
16:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:54:07.79 ID:uOlWpvdA0
「ここ、いいかな」
ああすみませんいつもの癖で、なんて言い訳をして荷物をどけた。普段から大阪ドームに来ている身には、隣に人が来るなんてことの方が珍しい話だったのだ。
荷物をどけていると、女の子が話しかけてきた。いつの間にか父親の方はいなくなっている。
17:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:54:37.39 ID:uOlWpvdA0
「おにいちゃん、なんでそがんとこに荷物ば置きよったと?邪魔やん」
「……君は近鉄の応援しに来たことあるん?」
「ううん、あたしキャッツファンやけん」
「キャッツみたいに人気あってファンも多くて球団消滅なんて目に遭うはずがないところのファンには分からんやろけどな、普段はこの球場誰もこーへんねん。荷物横に置けるぐらいガラガラなのがいつものことやったんや。せやから普段の癖で横においてたんや。気ぃ悪くしてごめんな」
「……」
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