モバP「終わりと始まり」
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13:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:36:12.53 ID:j0Rh5Gsc0
 シーズン終盤にも関わらず、席はそれほど埋まっていなかった。今年は優勝争いに絡むこともなかったし、毎年引退試合を組んでいるホーム最終戦はもう少し後だからだろうか。

「プロデューサー、こっちこっち!」
「ユッキ……おま、どこにそんな元気あんねん……」

以下略 AAS



14:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:36:47.96 ID:j0Rh5Gsc0
「かんぱーい!」
「乾杯!」

 喉を駆け抜けたアルコールが体に染み渡っていく感覚。酒豪でも酒好きでも無いが、確かにこの瞬間は好きだ。
 見渡すと、ぼちぼち埋まり始めたスタントが目に入った。グラウンドには守備練習をする、バファローズのロゴを背負った選手たち。時折聞こえる売り子の声。電光掲示板を流れるCM。遠目から見れば、20年前と何も変わっていない光景。それでもー
以下略 AAS



15:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:53:06.58 ID:uOlWpvdA0
 この日のスタンドは満員だった。普段は閉まっているバックスクリーンの真下の席まで開放するという大盤振る舞いをするほどだった。しかしー

「……ほんまに近鉄ファンやった人、何人おるんやろ」

 ーものの見事に一見ばかりだった。何しろ近くの席から「ブライアントは見られるかな」なんて声が聞こえてくる始末である。10年前に引退しとるわボケ。それだけ近鉄というチームに、誰も興味が無かったということなんだろう。
以下略 AAS



16:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:54:07.79 ID:uOlWpvdA0
「ここ、いいかな」
 
 ああすみませんいつもの癖で、なんて言い訳をして荷物をどけた。普段から大阪ドームに来ている身には、隣に人が来るなんてことの方が珍しい話だったのだ。
 荷物をどけていると、女の子が話しかけてきた。いつの間にか父親の方はいなくなっている。


17:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:54:37.39 ID:uOlWpvdA0
「おにいちゃん、なんでそがんとこに荷物ば置きよったと?邪魔やん」
「……君は近鉄の応援しに来たことあるん?」
「ううん、あたしキャッツファンやけん」
「キャッツみたいに人気あってファンも多くて球団消滅なんて目に遭うはずがないところのファンには分からんやろけどな、普段はこの球場誰もこーへんねん。荷物横に置けるぐらいガラガラなのがいつものことやったんや。せやから普段の癖で横においてたんや。気ぃ悪くしてごめんな」
「……」
以下略 AAS



18:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:55:15.12 ID:uOlWpvdA0
「きんてつ、無くなると?」
「そこからかいな……せやねん、近鉄は今年で無くなる。うちらは好きなチームが無くなるんや。今日は近鉄がホームでやる最後の試合やからこんなに人が来とるんやろ、大半は強かった時にしか来んかった薄情者ばっかやろけどな」
「別に無くなるのはよかばってん、何で無くなると?ファンおらんと?」
「何抜かしよるんじゃボケ!」

以下略 AAS



19:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:58:08.63 ID:uOlWpvdA0
 20年前のあの日。横のお兄さんにこっぴどく怒られたあたしは、お父さんに泣きついてーもっとこっぴどく怒られた。今にして思えば当たり前のことなんだけど、当時キャッツが全てだったあたしには本当にショックだった。
 なかば無理矢理に礒部公一のユニフォームを着せられたあたしだったけど、試合が始まるとびっくりした。
 ファンの熱気がすごい。赤く染まったスタンド全体が近鉄の選手に歓声を送り、メガホンや応援バットがこれでもかってぐらい叩かれる。近鉄の選手がヒットを打てば地鳴りみたいな歓声が湧いて、三振を取れば優勝したみたいな拍手。

「どうや?近鉄もええもんやろ?」
以下略 AAS



20:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:58:43.28 ID:uOlWpvdA0
 試合はあっという間に進んでいった。あたしはお兄さんと一緒に同点犠牲フライに叫んだり、ヒットにはしゃいだり、奪三振に喝采を送ったりした。ほんの短い時間だったけど、にわかだったけど、あの日のあたしは間違いなく近鉄ファンだった。
 11回の裏、近鉄がサヨナラ勝ちを収めたその後で、お兄さんが声をかけてきた。

「楽しかったか?」
「うん!」
以下略 AAS



21:名無しNIPPER
2024/09/25(水) 23:37:19.49 ID:accjczqR0
「あたしさ、あの後本当に近鉄が無くなったのが信じられなかったんだ。なのに野球ニュース見ても、初めから近鉄なんて無かったみたいな扱いでさ。あの時おにいちゃんが……プロデューサーが言った『好きなチームがなくなる』ってこういうことだったんだなって思った」

 懐かしそうに語る友紀。俺は黙ったままだった。


22:名無しNIPPER
2024/09/25(水) 23:37:50.16 ID:accjczqR0
「あたしはキャッツしか興味無かったんだけど、それから他のチームも応援したりするようになったんだ。アイドルじゃなくて野球ファンとしての今のあたしがあるのも、プロデューサーのおかげ。野球ファン姫川友紀の物語はね、あの日から始まったんだよ」
「始まり……か。終わりじゃなくて」

 友紀の言葉を反芻する。20年前に始まった物語の結果が今俺の目の前にあるのだと思うと、置き場の無かった想いがすとんと収まったような気がした。


23:名無しNIPPER
2024/09/25(水) 23:38:20.71 ID:accjczqR0
「友紀、ありがとうな」
「どうしたのさ改まっちゃって。ビール足りてないんじゃないのー?」
「俺まで飲んだら帰りに背負う人おらんくなるやろ、そういう話やなくて……」

 言葉を切る。これを言ってしまえば、俺が守り続けた……いや、囚われ続けた20年は意味がないものとして消えてしまうだろう。それでいいのだ。あらゆるものに始まりがある以上、いつかは必ず終わらなければならないのだから。死ぬ前に見せる光景として、今の友紀以上のものがあるだろうか?自らの死によって完成する、野球ファン姫川友紀という物語以上のものが。


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