モバP「終わりと始まり」
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1:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:09:36.08 ID:j0Rh5Gsc0
プロデューサーが過去と決別する話。

※都合によりアイドルの年齢が変わってます。あと、割とシリアスです。



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2:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:12:44.75 ID:j0Rh5Gsc0
 最初にそれを教えたのはテレビだった。後頭部を殴られたような衝撃。まるでそこら辺の強盗事件と同レベルのニュースであるかのようにさらっと流して次のニュースに移るアナウンサー。「残念ねぇ」とだけ言い、何事もなかったかのように食事に戻った母。まだ中学生だった俺は、夕飯を食べるのも忘れてその全てに呆然としていた。


3:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:13:24.78 ID:j0Rh5Gsc0
 翌日、学校でその話題について話した。反応は芳しくなかった。「そんなことより」ぐらいは予想していたが、野球好きのクラスメートの思想は想像を越えていた。

「無くなったって誰も困らんやろ、そんなん」

 おとなしく真面目な生徒だった俺が他人を血が出るまで殴ったのは、その直後が初めてだった。当時の担任が同族でなければ退学になっていたかもしれないほどだった。ひとしきり怒った後に、「俺なら通信簿で成績を1にしたるわ」と憤慨した様子で呟いたのが印象的だった。


4:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:14:08.56 ID:j0Rh5Gsc0
 しばらくして、願ってもない話が舞い込んできた。

「署名活動、ですか?」
「せや、ほんの少しかも知れんがお前でも協力出来るで」

以下略 AAS



5:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:14:38.74 ID:j0Rh5Gsc0
 結局、俺の愛したチームは解散が決まってしまった。ストライキも署名活動も、さらなる合併を中止させる事までしか出来なかった。
 2004年9月24日。心模様じみた曇り空と多少の蒸し暑さの中、運良く手に入れたチケットを握りしめた俺は大急ぎで大阪ドームに向かっていた。俺が愛した大阪近鉄バファローズの最期の主催試合が始まるまで、あと1時間。


6:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:16:07.67 ID:j0Rh5Gsc0
「……デューサー。プロデューサー!」
「ん?ああ……」

 不快にならない程度に脳に響く声で、20年前から現実に引き戻された。机の上に積み上げられていたはずの書類は七割方消えており、目の前にはぷくーっと音を立てんばかりに頬を膨らませた女の子。酒好きの野球アイドルとして俺がプロデュースしている姫川友紀だ。

以下略 AAS



7:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:16:39.93 ID:j0Rh5Gsc0
「で、何の話やっけ」
「だーかーらー!仕事終わったら一緒に京セラドーム行こうって話じゃん!どんだけ仕事に集中してたのさ」
「京セラ?甲子園やなくて?」 
「うん!」
「時間はあるしええけど……」
以下略 AAS



8:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:17:07.90 ID:j0Rh5Gsc0
「こないだ宮崎に帰ったらこんな写真を見つけてさ」

 そう言って、友紀は1枚の写真を見せてきた。セピアに染まった随分と見覚えのあるスタンドをバックに、ピースを向ける父親と娘らしき2人。右下には「2004.9.24」と刻まれている。

「……大阪ドームでの近鉄の最終戦の日やな。ユッキも行ってたんか」
以下略 AAS



9:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:17:43.61 ID:j0Rh5Gsc0
 ペチャクチャと喋りながら、最後の書類にサインする。これで今日の仕事は終わりだ。
 俺はユッキが何をあの日に残してきたのか、全く知らない。でも、その中身をもし知れたのならと思った。パートナーの思い出や秘密を知りたいというのは、すべての男に共通する欲望なのだ。おそらくは女にも。だから。

「ユッキ、準備出来たか?」
「えっもう終わったの!?」
以下略 AAS



10:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 00:18:16.24 ID:j0Rh5Gsc0
続きは明日あたりに。


11:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:34:56.14 ID:j0Rh5Gsc0
 暑い夏の日だった。外遊びから帰ってきたあたしを見つけるなり、お父さんがおもむろに言った。

「友紀、9月に野球観に大阪行くぞ」
「大阪?阪神を倒しにいくの?」
「いいや、今年で無くなる近鉄の試合だ」
以下略 AAS



12:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:35:37.10 ID:j0Rh5Gsc0
 関西に向かう列車の中で、あたしはお父さんに尋ねた。

「なんで近鉄の試合なんかに行くの?パ・リーグなんだしどうでもいいじゃん!あたしキャッツ見たいのに!」

 お父さんは黙ったままだった。その表情を正確に覚えてはいないけど、どことなく悲しそうだったような気がする。その時の気持ちを理解するには、あたしはあまりにも幼稚だった。どんなチームにも熱狂的なファンがいて、「どうでもいい」チームなんてどこにもないことも、まだ知らなかった。


13:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:36:12.53 ID:j0Rh5Gsc0
 シーズン終盤にも関わらず、席はそれほど埋まっていなかった。今年は優勝争いに絡むこともなかったし、毎年引退試合を組んでいるホーム最終戦はもう少し後だからだろうか。

「プロデューサー、こっちこっち!」
「ユッキ……おま、どこにそんな元気あんねん……」

以下略 AAS



14:名無しNIPPER
2024/09/22(日) 23:36:47.96 ID:j0Rh5Gsc0
「かんぱーい!」
「乾杯!」

 喉を駆け抜けたアルコールが体に染み渡っていく感覚。酒豪でも酒好きでも無いが、確かにこの瞬間は好きだ。
 見渡すと、ぼちぼち埋まり始めたスタントが目に入った。グラウンドには守備練習をする、バファローズのロゴを背負った選手たち。時折聞こえる売り子の声。電光掲示板を流れるCM。遠目から見れば、20年前と何も変わっていない光景。それでもー
以下略 AAS



15:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:53:06.58 ID:uOlWpvdA0
 この日のスタンドは満員だった。普段は閉まっているバックスクリーンの真下の席まで開放するという大盤振る舞いをするほどだった。しかしー

「……ほんまに近鉄ファンやった人、何人おるんやろ」

 ーものの見事に一見ばかりだった。何しろ近くの席から「ブライアントは見られるかな」なんて声が聞こえてくる始末である。10年前に引退しとるわボケ。それだけ近鉄というチームに、誰も興味が無かったということなんだろう。
以下略 AAS



16:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:54:07.79 ID:uOlWpvdA0
「ここ、いいかな」
 
 ああすみませんいつもの癖で、なんて言い訳をして荷物をどけた。普段から大阪ドームに来ている身には、隣に人が来るなんてことの方が珍しい話だったのだ。
 荷物をどけていると、女の子が話しかけてきた。いつの間にか父親の方はいなくなっている。


17:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:54:37.39 ID:uOlWpvdA0
「おにいちゃん、なんでそがんとこに荷物ば置きよったと?邪魔やん」
「……君は近鉄の応援しに来たことあるん?」
「ううん、あたしキャッツファンやけん」
「キャッツみたいに人気あってファンも多くて球団消滅なんて目に遭うはずがないところのファンには分からんやろけどな、普段はこの球場誰もこーへんねん。荷物横に置けるぐらいガラガラなのがいつものことやったんや。せやから普段の癖で横においてたんや。気ぃ悪くしてごめんな」
「……」
以下略 AAS



18:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:55:15.12 ID:uOlWpvdA0
「きんてつ、無くなると?」
「そこからかいな……せやねん、近鉄は今年で無くなる。うちらは好きなチームが無くなるんや。今日は近鉄がホームでやる最後の試合やからこんなに人が来とるんやろ、大半は強かった時にしか来んかった薄情者ばっかやろけどな」
「別に無くなるのはよかばってん、何で無くなると?ファンおらんと?」
「何抜かしよるんじゃボケ!」

以下略 AAS



19:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:58:08.63 ID:uOlWpvdA0
 20年前のあの日。横のお兄さんにこっぴどく怒られたあたしは、お父さんに泣きついてーもっとこっぴどく怒られた。今にして思えば当たり前のことなんだけど、当時キャッツが全てだったあたしには本当にショックだった。
 なかば無理矢理に礒部公一のユニフォームを着せられたあたしだったけど、試合が始まるとびっくりした。
 ファンの熱気がすごい。赤く染まったスタンド全体が近鉄の選手に歓声を送り、メガホンや応援バットがこれでもかってぐらい叩かれる。近鉄の選手がヒットを打てば地鳴りみたいな歓声が湧いて、三振を取れば優勝したみたいな拍手。

「どうや?近鉄もええもんやろ?」
以下略 AAS



20:名無しNIPPER
2024/09/23(月) 23:58:43.28 ID:uOlWpvdA0
 試合はあっという間に進んでいった。あたしはお兄さんと一緒に同点犠牲フライに叫んだり、ヒットにはしゃいだり、奪三振に喝采を送ったりした。ほんの短い時間だったけど、にわかだったけど、あの日のあたしは間違いなく近鉄ファンだった。
 11回の裏、近鉄がサヨナラ勝ちを収めたその後で、お兄さんが声をかけてきた。

「楽しかったか?」
「うん!」
以下略 AAS



21:名無しNIPPER
2024/09/25(水) 23:37:19.49 ID:accjczqR0
「あたしさ、あの後本当に近鉄が無くなったのが信じられなかったんだ。なのに野球ニュース見ても、初めから近鉄なんて無かったみたいな扱いでさ。あの時おにいちゃんが……プロデューサーが言った『好きなチームがなくなる』ってこういうことだったんだなって思った」

 懐かしそうに語る友紀。俺は黙ったままだった。


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