ソロモン・グランディに憧れて
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42:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:52:18.76 ID:JzIv0dpy0
 ふと、妹とのたくさんの思い出が記憶の片隅から湧き上がってきた。夏の縁日、妹が握っていた綿あめにかじりついて泣かれたことがあった。二人で家で留守番していた夕暮れ、仕込んだイカサマトランプで神経衰弱を挑んだにも関わらず妹に負けたことがあった。テレビゲームで、嘘の攻略方法を教えて、クリアできずに癇癪を起す妹を笑ったこともあった。


43:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:52:48.01 ID:JzIv0dpy0
 学校の帰り道に、こっそり僕の背中に大量にバカをつけて二人して母に怒られたのはつい数年前のことだ。僕たちは、二人一緒に育ってきた。もし妹が死ぬ直前に走馬灯を見たのだとすれば、その思い出には僕がいっぱい出てきただろう。僕の思い出が、そうであるように。


44:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:53:17.99 ID:JzIv0dpy0
 僕は、いつのまにか声をあげて泣いていた。僕の血に染まったシャツを見てか、慌てた看護師さんが代わりの布巾を持ってきた。それでも、僕の嗚咽と、妹の鼻血と、他愛のない思い出が止まることなく溢れ続けた。

 妹の葬式が終わった後、僕は妄想に耽るのをやめた。


45:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:53:47.93 ID:JzIv0dpy0
 非日常を求めれば、それに伴う悲しみが必ずついてくる。「大いなる力には、大いなる責任が伴う」、あるいは「等価交換」、「インガオホー」というやつだ。平凡な日常には平凡な幸せが満ちているということを思い知った時、僕の中でのヒーローが、漫画の登場人物たちからソロモン・グランディに変わった。


46:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:54:18.22 ID:JzIv0dpy0
 僕は、結婚という人生の幸せの極致にたどり着いた。これからは、病気になって死ぬだけの平凡な人生かもしれない。しかし、面白おかしく過ごすのに非日常なんて何一つ必要ない。要は、楽しく過ごす気さえあればどうとでも楽しくなるものなのだ。


47:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:54:47.86 ID:JzIv0dpy0
 妹の生きていたころの写真を見たせいだろうか、僕の胸中に改めて平凡な幸せをつかんで見せるという決意が燃え上がった。なるべく波風を立てずに、争いごとを避け、ごく普通に、物語のモブの一人として平凡で盛り上がりに欠ける人生を楽し気に歌い通してみせるのだ。


48:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:55:17.99 ID:JzIv0dpy0
■ 2025(令和7)年10月1日 水曜日 ■

 齢30歳。僕は、二度目の結婚をすることとなった。


49:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:55:49.87 ID:JzIv0dpy0
 言い訳のしようがない、ちょっとした意見のすれ違いが積み重なり前妻との結婚生活は僅か2年で破綻した。そして何やかんやがあったりなかったりして、友人の紹介から新しい妻と出会った。新しい妻は、美人とは言えないが愛嬌のある可愛らしい人であった。


50:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:56:20.92 ID:JzIv0dpy0
 常識的で、気は強いとも弱いとも言えない。しかし、自分の主張はしっかりとできる女性で、交際期間中に意見がぶつかることもあったが、お互い冷静に話し合い妥協点をすり合わせることもできた。初めての喧嘩を乗り越えた時、この人とならうまくやっていけると僕はそう確信した。


51:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:56:53.18 ID:JzIv0dpy0
 結婚式は、やはり行わなかった。彼女は、二度目の結婚である僕に気をつかったのかもしれない。その代わりに、僕は豪勢な新婚旅行を計画し彼女のご機嫌を取った。


52:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:57:23.24 ID:JzIv0dpy0
 さて、ソロモン・グランディにこそ二度目の結婚は無かったが、今時バツイチが再婚なんて平凡極まりない出来事のはずだ。僕は、まだ平凡を逸脱せずに人生を送れている。さあ、人生の水曜日は終えた。あとは、病気になって死ぬだけだ。平凡で盛り上がりに欠ける人生を、楽し気に歌い通して終えてみせる。

 今度こそ、木曜日を迎えてみせる。


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