32:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:46:18.55 ID:JzIv0dpy0
男の意地もあり、料理だけは良いものを準備した。加えて妻含め、両家の女性陣が台所に立つことも無いように準備から片づけまでも業者に依頼しておいた。その甲斐もあってか、幸いなことに両家共に酒が進み、和やかに親交を温めることができている。我が父に至っては、義父と与太話に花咲かせ馬鹿笑いをあげている。
33:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:46:50.48 ID:JzIv0dpy0
一方の母も、久方ぶりの宴席で酒に酔ったのか覚束ない足取りで本棚からラベルに僕の名前が書かれているアルバムを取り出してきて親戚に披露し始めた。後ろからそっと覗き込むと、母が開いたページは七五三の時のものだった。袴姿の僕が、右手に千歳飴を握って左手をピースの形にして突き出している。そして、その隣には幼い妹を抱えた母が寄り添っていた。
この宴席に妹は来ていない。
34:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:47:21.04 ID:JzIv0dpy0
14歳の春、僕は中学三年生にもなって未だ中二病を脱しきれずにいた。漫画の主人公にあこがれ、ビルの隙間を飛び回り、悪党相手に大立ち回りを演じるといった非現実的な妄想に耽っていた。それは、代わり映えしない日常に飽きていたからかもしれない。
35:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:47:52.14 ID:JzIv0dpy0
僕は、ヒーローに必要なのは特別な力や血統だけないことを知っていた。彼らは、その物語の中で強者ではあるものの、その強さが圧倒的、絶対的であるかと問われれば疑問符がつく。常に敗北と隣り合わせになりながら、数多の格上ヴィランと戦い抜いていく。どうして、そんなことができるのか。それは、彼らの根底に信念、すなわちオリジンがあるからだ。
36:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:48:22.51 ID:JzIv0dpy0
ピーターパーカーにおけるベンおじさんの教え、エルリック兄弟の人体錬成、フジキドケンジの家族との別離。彼らから特異な能力を削り取った果てに残るもの。悲しき出来事を経て得た、強い信念。それこそが彼らの原動力なのだ。だからこそ彼らは強く、僕達の目に魅力的に映る。
37:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:48:52.80 ID:JzIv0dpy0
中学生の僕は、僕自身のオリジンを欲していた。それは中二病というより、モラトリアムに起こるアイデンティティへの渇望に近かったのかもしれない。特別な力がなくとも、何かしらのきっかけさえあれば僕は何者かに成ってこの変わらぬ日常から一歩踏み出せる。そうすれば、この退屈な日常が色鮮やかで騒々しく華やか非日常へと置換されるはずだ。オリジンが、僕だけのオリジンさえあれば!
僕の浅はかな願いは、ほどなく叶った。
妹の死だ。
38:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:49:27.84 ID:JzIv0dpy0
中学校からの帰り道に、転んで車道に入ってしまった妹は車に轢かれ死んでしまった。中学生が交通事故死したなんてことは、全国で見れば数ある事件の一つかもしれない。しかし、僕にとって、僕たち家族にとってのそれは唯一無二の家族を失うという、とてもとても重く悲しい出来事だった。
39:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:50:48.03 ID:JzIv0dpy0
連絡を受けて病院に駆けつけた時には、もう妹に息は無かった。両親が病院の先生から説明を受けている間、僕と妹は二人きりだった。妹の瞼は閉じられ、一目にはとても死んでいるようには見えない。未だ現実が受け入れられず、妹の顔をほうっと眺めていると妹の鼻から血が流れ出てきた。僕が、あわてて看護師さんに声をかけると「拭ってあげてください」と布巾を渡された。
40:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:51:18.79 ID:JzIv0dpy0
血はゆっくりと流れ続け、もらった布巾はすぐに真っ赤に染まった。僕は、妹の顔を汚すまいと自分のシャツの袖で血を拭ってあげた。妹の血は、まだほんのりと温かく僕の真っ白なシャツに染み込んでいく。血がとまる気配はなかった。
41:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:51:48.79 ID:JzIv0dpy0
妹とは、特に仲が良かったわけでは無い。かといって仲が悪かったわけでもない。他の家庭のことは知らないけれど、よくいる普通の兄妹だったはずだ。妹が生まれた時は、僕も幼くよく覚えてはいない。でも、物心がついた頃にはもう妹はいた。旅行や誕生日パーティー、僕の思い出には必ず妹も一緒だった。
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