ソロモン・グランディに憧れて
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106:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:45:24.59 ID:r4k1/UK80
 振る舞いの席は、大量に集まった親族によってちょっとしたお祭り騒ぎになっている。子供の騒ぐ声と、大人たちの馬鹿笑い、アルコールの臭いが部屋いっぱいに広がり皆が陽気に思い出話に花咲かせている。少しは湿っぽくやってもいいんじゃないかと眉をひそめたが、久々に集まった家族の笑顔を見ていると自然と留飲も下がってくる。まあ、大往生であったことを思えば、さもありなん。僕自身ですら、死んでしまった悲しみよりも良くぞここまで長生きしたと祝杯をあげたい気分なのだ。


107:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:46:28.48 ID:r4k1/UK80
 幸いにも一番奥の席には、僕に供えられた影膳が見える。僕は、身軽な体でヒョイヒョイと机や人ごみを飛び越え自分の席を目指した。その道中、物心もついていない幼い玄孫連中が僕の方に向けて指を指したりワアワアと喚いてきたりしてきた。母から受け継いだ茶目っ気で、渾身の変顔を披露してみせたら声を上げて泣き出したのはとても可笑しかった。どうやら彼らには、僕の姿が見えているらしい。


108:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:47:10.18 ID:r4k1/UK80
 僕の席にたどり着くと、その隣に老いた我が妻がチョコンと座っていた。妻は、馬鹿騒ぎに混ざることなく穏やかに家族たちのどんちゃん騒ぎを見守っている。よっこいしょっと腰を下ろすと、するはずもないドシンという音が鳴った気がした。すると、妻があらあらと僕のお気に入りだったお猪口に酒を注いでくれた。僕は少しだけ驚いたが、それを一口でグイっと飲み干した。酒が喉を通ると、文字通り冷え切った体に少しばかりの熱が宿ったような気持ちだ。まったく。妻は昔から、気の利く女であった。


109:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:47:43.72 ID:r4k1/UK80
 影膳に視線を落とすと、生前に楽しみにしていたあの羊羹が添えられている。間違いなく、妻の計らいであろう。まったく、この女の勘の良さと言ったら。僕は、彼女に「ありがとう」と耳打ちしてから羊羹をつまんだ。


110:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:48:21.35 ID:r4k1/UK80
 少しだけ頬を赤らめ微笑む妻と並んで、ゆっくりと会場を見回す。かなりの大人数がひしめき合っているがだが、誰一人として顔と名前が一致しない子はいない。ネクタイを緩めだらしなくシャツをはら毛出しているのは、僕の三男の末っ子。座敷の片隅で輪に混じることなく寿司を貪っているのは、次女の息子。先ほど泣かせてしまった玄孫は、四女の孫だ。僕の大事な家族たち。


111:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:48:56.42 ID:r4k1/UK80
 思えば僕の人生、妹を失い、両親を見送り、悲しみに打ちひしがれることもあった。しかし、それ以上に家族が増える幸せに満ち溢れていた。人の生き死にをそう表現するのは功利主義的であまり気持ちが良いものではないが、プラマイでいったら確実にプラスだろうさ。カントだって認めざるを得まい。


112:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:49:31.97 ID:r4k1/UK80
 僕は、かつて望んだ平凡な人生とは随分かけ離れた生き方をしてしまった。しかしそこには、非凡な人生でしか味わえない非凡な大きさの幸せがあった。その人生を楽しめたかと問われれば、僕は躊躇なく「YES」と答えられる。もはや、人生に悔いなどない。羊羹も既に腹の中だ。


113:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:50:02.99 ID:r4k1/UK80
 そんなことウトウト考えていると、とんでもない光景が目に入ってきた。

 その女は、通夜に似合わぬケンタのボックスを抱えていた。艶やかな髪に、少したれ気味の目、年老いてはいるが見間違えようがない僕の二番目の妻だ。彼女は、その年齢からは想像できない素早さで僕の空っぽの肉体へと近づくとケンタのボックスを素早く棺桶へと突っ込んだ。あまりに迅速に事を為したせいか、誰一人として彼女の奇行に気付いた者はいなかった。彼女の行為が、何を意味するかはわからない。だが、あの謎宗教がらみの所作であることは間違いなかろう。


114:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:50:46.51 ID:r4k1/UK80
 火葬後に起きるであろう惨劇、あるいはミステリーが、既に機能を止めたはずの僕の胃をキリキリと痛ませ始めた。死んでしまった僕には、もはやどうすることもできない。ただただ天に祈るしか術はなかった。

 「どうか、あのチキンが骨なしでありますように」


115: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:05:55.37 ID:0geUM6AN0
♪ 2095年8月1日 日曜日 ♪

 人間の骨の数は、200に及ぶと聞いたことがある。


116: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:06:26.09 ID:0geUM6AN0
 いくら僕の家族が多いと言っても、全員に骨拾いをさせてあげるには十分な数のはずだったが、残念なことに高温で遺体を焼きあげる火葬炉は、僕の小さく老いた骨の大部分を容易く灰にしてしまった。まあ、チキンの骨も残らず燃え尽きてしまったことを思えば「幸運にも」と言い換えても良さそうだ。


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