【ぼざろSS】ふやけたページ
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4:名無しNIPPER[sage saga]
2023/02/21(火) 20:29:57.84 ID:G7tB3fi30
 ――今回の歌詞は、リョウのことを意識しながら書いたものだった。
 それが、いつもと違う、今回のものが “特別” な理由。
 
 ひとりがリョウに感じる雰囲気や、リョウが好きそうな言葉。そういったものを追い求めて、濃度を上げたり洗練させてみたりと試行錯誤を重ね、何日もかけてやっとのこと書き上げた一曲。
 本当は一発でリョウに合格をもらう自信があったし、歌詞を見てもらう今日という日が楽しみだった。それだけにショックは大きい。
 数分前まで感じていた自信や期待は、すべて大きな反動となって、ひとりのか細い身体を苛んでいた。

「……っ……」

 だめだ。こんなことじゃだめだ。
 この歌詞は自分のためだけに書いたものじゃない。この歌詞は結束バンドの新たな曲になるのだ。ショックを受けている場合じゃない。
 悪いところがあるなら素直に受け入れて、改善しなければいけない。そうでなければ、結束バンドは前に進めない。
 口をきゅっと結び、歯をくいしばって、ひとりはリョウの方を向き直した。

「リョウ先輩は……やっぱりこういうの嫌いでしたか……?」

 リョウと一瞬だけ目が合う。
 今だけはどんなことを言われても構わない。強くそう覚悟したひとりだったが、返ってきた言葉は意外なものだった。

「……いや、むしろ私はこういうの好きなほうだと思う」
「ほ、ほんとですか……!」
「でも、それが気に入らない」
「っ!」

 ……まるで綺麗なフェイントを決められたようだった。
 一瞬の期待があってから、ツンと突き放すように言われ、ひとりの心は決壊したかのようにみるみる萎れていった。
 好きなのに気に入らないとは、どういうことなのだろう。ひとりは途端にリョウのことがわからなくなってしまった。

「ぼっち、かっこつけてる」
「えっ……すすす、すみません……!」
「違う。かっこつけるのは別にいい」
「……?」
「聴いてくれる人に向けてかっこつけるのは、別にいい。それは表現のひとつだし、大切なこと」

「でもこの歌詞は、聴いてくれる人じゃなくて、私に対してかっこつけてる」
「!」

 諭すような言い方でリョウに核心を突かれ、心の中にひやりと風が吹いた気がした。
 ひとりはやっと、自分の「間違い」に気付いた。

「……今日こうやって私に見せるために、私が気に入るような表現とか、言葉遣いにしてるような気がする」
「そ……そうかもしれません……」
「そういうの、私は嬉しくない。私のためにそんなことしなくていい」
「……」

 そうかもしれないではなく、そうだった。
 “裏目に出る” とは、まさにこんな状態のことを言うのだろう。

「……私に対してかっこつけて、聴く人に届く “何か” が薄まるんだとしたら、そんなの意味ない。魅力を殺してるのと同じ」

 カップを包む両手が小さく震える。
 リョウの目を見ることができない。
 大事な点を見失っていたことに気づかされ、ひとりは小さく唇をかんだ。

 結束バンドに入って初めて歌詞を書き、リョウに見せた日のことが頭をよぎる。
 薄っぺらいとは思いながらも書いてみた応援ソング。リョウはそれを読み、自分が以前組んでいたというバンドの話をしてくれた。
 青くさいけどまっすぐな歌詞。それが好きだったのに、売れるために必死になって変わってしまったこと。
 それが嫌になってバンドを脱退し、バンドそのものが嫌になってしまった時期もあったこと。
 「ぼっちがいい」と思って任せているんだから、自分の好きなように書いてほしいと、そう言われたはずなのに。

「す……すみませんでした……」
「……ごめん、私もちょっと言い過ぎた」
「いえ……でも、すみません……」

 ひとりは申し訳なさでいっぱいで、顔を上げることができない。
 リョウが何よりもメンバーの個性を大事にしていることを、わかっていたはずだったのに。リョウのそんな部分を信じているからこそ、いつも最初に見てもらっているのに。ひとりは根本的な部分を忘れてしまっていた。
 リョウは決して怒っているわけではない。それは確かだった。むしろ目の前で露骨に落ち込んでいるひとりを見て、言い過ぎてしまったと反省してくれている。それだけにひとりは自分が許せなくなる。
 リョウに褒めてもらおうとして、リョウが一番望まないことをしてしまった。
 わざわざ休日に時間を作ってもらっているのに、自分は一体何をしているのだろう。ひとりは無性に泣きたくなった。

「たぶん……方向性は、悪くないと思うから」
「……」
「ぼっちが心から納得のいくように、もう一度直して、また今度見せて。飾り気のないぼっちの歌詞」
「……はい」

 ……終わってしまった。
 今日という日のメインイベントが、もう終わってしまった。
 リョウにすっと差し返されたノートを受け取るも、それをバッグに戻す気力もなく、ひとりは固まってしまう。
 悲しいのか、恥ずかしいのか、情けないのか、自分でも自分の気持ちがわからない。ただうつむいて前髪で顔を隠すことしかできない。


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