2:名無しNIPPER[sage saga]
2023/02/21(火) 20:25:00.81 ID:G7tB3fi30
〜
(ま、またこんなお店……)
下北沢の主要な通りからはやや離れた地区にある、とあるカフェの前。
隠れ家的と言えば聞こえはいいが、入り口から妙に威圧感があって、STARRYとはまた違った入りにくさを感じさせる半地下の店内へと繋がるドアに手をかけ、ひとりは静かに勇気を振り絞っていた。
指定されたのは確かにこの店。
口コミサイトで何度も外観を確認したし、ここで間違いはないはず。
及び腰になりながらガチャリとドアを押して中に入り、数少ない自慢である視力の良さを活かして、店内を素早く見渡す。
レンガの内装に囲まれた一番奥の角の席。やや気だるげにスマホに目を落とす横顔を見つけ、ひとりはそそくさと近づいた。
「りょ、リョウ先輩っ」
「……ぼっち。おはよ」
(よかった、このお店で合ってた……)
「荷物、そこ置けるようになってるから」
「あ、はい」
新曲の歌詞を確認してもらいたいとロインでリョウにメッセージを送ると、店のURLと日時だけが返ってくる。
その日時にその店に行けば、リョウが先に待っていて、歌詞を見てくれる。
まだ片手で数えられる程度しか交わしていないが、そんなやりとりがここ最近、ひとりとリョウの間で定着しつつあった。
リョウが指定してくる店はどれも、ひとりが単独で入るには敷居が高いと感じるようなお洒落な場所ばかり。
「一人好き」であるリョウと自分との違いを痛感してしまうが、それでもリョウの姿を見つけると安心できる。ひとりは今日も歌詞を書いたノートを抱え、「リョウに会う」というファーストミッションが達成できたことをささやかに喜びながら、リョウの向かいの席に座った。
小さなメニュースタンドを無言でリョウに手渡され、ひとまず注文を決める。「これにしようかな……」と小さく指を刺すと、リョウは無言で手を挙げて店員を呼び、ひとりが選んだメニューを注文した。
「す、すみません……いつもありがとうございます」
「……歌詞、みせて」
「は、はいっ」
ひとりはいそいそとノートを取り出し、新曲の歌詞を書いたページを開いてからリョウにおずおずと差し出す。
リョウは「拝読いたす」と言って受け取り、上から順にゆっくりと眺めていった。
「……」
「……」
落ち着いた店内BGM、厨房から響いてくる食器の音、数名ほどいる他の客同士の話し声。
ひとりはそれを聴きながら、背中を丸めてひたすらうつむいていた。リョウは人差し指でノートの文字をつっとなぞりながら、静かに一文字一文字読み込んでいる。
新曲の歌詞作成という大役を任されるのは嬉しいが、ひとりはこの時間が少々苦手だった。
自分が考えた文章を読んでもらうというのは、自分をさらけだす行為だ。それも、自分が普段対外的には見せていない、「真の自分」とでもいうべき側面。
今回の新曲を通して訴えたいこと、表現したいことを思い浮かべ、何日もかけて言葉を選び、悩みに悩んで作り上げた、魂のこもった歌詞。聴く人に届く時には郁代の歌声に乗るため格好もつくが、作曲前のこのリョウに見せる段階では取り繕いようがない。ただの純粋なポエムだ。
まだ頼んだ飲み物も来ていないため、手のやり場も目のやり場もない。ひとりはぎゅっと目をつむってぷるぷると時間が過ぎるのを待つしかなかった。
「……」
しばらくすると、ノートに手をかけ、リョウがぺらぺらとページを戻した。「そそそ、そっちは下書きというか、失敗作ですよっ」と慌てて弁解すると、「変遷が見たいから」と短く言われ、またもや何もできない時間が訪れる。
こんなやりとりを通して、結束バンドのオリジナル曲はすでに数曲この世に生まれたが、ひとりはまだこの行為に慣れない。
リョウはひとりの書く歌詞を気に入ってくれているようだが、曲が出来上がるまではいつも厳しめの目で真剣にチェックしてくれている。
それはとてもありがたいことだった。しかし他人とのコミュニケーションが絶望的に苦手なひとりにとって、この至近距離で心の内を見つめられるような気恥ずかしさは、きっといつまで経っても慣れる日など来ないのだろう。
(……でも)
今回だけは、ちょっと違う。
なんてったって自信作だし、しかも今回は、いつもよりちょっと “特別” なのだ。
拳をきゅっと握り締め、小さく深呼吸して、ひとりは自分を落ち着かせた。
15Res/43.71 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20