11:名無しNIPPER[sage saga]
2023/02/21(火) 20:45:10.40 ID:G7tB3fi30
「リョウ先輩……」
「っ……」
ひとりは思わずリョウの手を取る。
華奢で繊細な手。すべすべで、自分よりも少しだけ冷たい手。
その手を温めるように包み、緊張する心と向き合い、ぽつぽつと言葉を紡ぐように話した。
「――こ、この歌詞は……昨日言われたとおり、先輩のことを意識しながら書いたものです……」
リョウ先輩の雰囲気から浮かぶ言葉。
リョウ先輩に似合うような言葉。リョウ先輩が好きそうな言葉。
私がリョウ先輩に想っているいろんな気持ちを、一生懸命詰め込みました。
「でも、先輩に言われて……先輩のことを意識しすぎちゃって、聴く人のことを考えてなかったって気づかされて……本当にそうだと思って、反省しました」
帰りの電車の中で痛感し、すぐにでも家に帰って直さなきゃと思いました。
でも家に戻ってノートを広げて、いつもどおりに歌詞を考えてみても、全然いいものが思い浮かばないんです。
スマホの電源も切って、布団をかぶって何もかもを遮断して、自分だけの世界に入ってみても、だめなんです。
もう先輩のことは意識しちゃだめだ、って思いながら考えた言葉が……全然いいと思えないんです。
「先輩……今回の曲……」
「……」
「リョウ先輩のことを意識しながら書いた、っていうのは……そういうテーマを決めたわけでも、ふざけてやったわけでもないんです」
――私が、書きたいから書いたんです。
先輩が好きそうなものとか、先輩がいいと思ってくれそうなもの。
そういうのは全部、私にとってもいいものなんです。
先輩が気に入ってくれそうな言葉を考えるのは、すごく楽しいんです。
先輩に褒めてもらいたくて、先輩に気に入ってもらいたくて、先輩の笑顔を見られたらって思うと、私はどこまでも一生懸命になれたんです。
「聞いてくれるたくさんの人のことなんて……正直、どうでもよかったんです……」
リョウ先輩にさえ見せられれば、それでいい。
リョウ先輩にさえ刺されば、それだけでいい。
――これが今の私の、飾り気のない、本当の想いなんです。
「ごめんなさい……ごめんなさい、リョウ先輩……っ」
「……」
ひとりはリョウの腕をぎゅっとつかみ、ぽろぽろと涙をこぼしながら謝り続けた。
その小さな頭を抱き寄せ、リョウも肩を震わせる。
リョウには、ずっと信じられないことがあった。
ひとりがそこまで自分のことを想ってくれるなんて。
自分のために歌詞を書いてくれることがあるなんて、信じられなかった。
けれど、胸の中に飛び込んできてくれるひとりの温かさが、ぎゅっと握った手の温かさが、自分の勘違いをじわじわと壊していった。
「ひとりらしさ」が消えているなんてとんでもない。
今回の歌詞は、どこまでも「ひとりらしさ」を突き詰めて生み出したものだったのだ。
たった一人の人間にさえ刺さればいいと思いながら、極限まで想いを詰め込んだ歌詞。
確かにしっかりと心に刺さっていたのに。
目を背けてしまっていたのは、自分の方だった。
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