8:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:01:49.28 ID:FRtckmfc0
〜
はじめて来る、郁代の家。
そんな感慨に浸る間もなく家に引っ張り込まれたひとりは、玄関で荷物を全部下ろすよう言われ、部屋に案内されるよりも先に脱衣所に放り込まれた。
「とにかくまずは身体を温めないと! お風呂も沸かしてあるし、シャンプーも好きに使っていいから。ゆっくり浸かってね♪」
「わ、わかりました……」
知らない家の、知らない浴室。追いつかない思考はそのままにそろそろと服を脱ぎ、ひとりはシャワーのバルブをひねった。
ほどなくして熱いお湯が出てくる。指先で温度を確かめながら、足元から徐々に身体を温めていく。寒さでツンとしていた四肢の先端が、徐々に感覚を取り戻していく。
「……ぅぅ……」
シャワーを頭に打ちつけながら、ひとりはまた泣きそうになっていた。ついさっきまで、本当に凍える夜を過ごすことになると恐れ慄いていた自分が、今はこうして温かいお湯に包まれている。
両手で器を作って湯をため、たまった涙ごと顔を洗う。郁代の存在が、本当に、心からありがたかった。
今日のことだけじゃない。郁代に出会えたこと、郁代と友達になれたこと。これまでのすべてに対する感謝の念が、胸いっぱいに湧き上がってきた。
(ぜったい、言わないと……っ)
ありがとう、なんて言葉だけでは片づけられないが、それでも必ず、まずは言わないといけない。
(三つ指ついて……いや、額を地面にこすりつけながら……!)
感覚の戻ってきた指先をぎゅっと握って拳を固め、強く決心する。そうと決まれば早く出なくては。
なにやらオシャレそうなシャンプー類を見てぎょっとなり、これを使わせてもらうのは気が引けると悩んでいると、突然浴室の扉がばたっと開き、ひとりは風呂椅子ごと飛び上がった。
「ひっ!?」
「あ……ごめんなさい、私も入ってもいい?」
(えっえっえっ!?)
「ちょっと雨に濡れちゃったから寒くて……はぁ、あったか〜い……」
突然入ってきたのは一糸まとわぬ郁代だった。ひとりの返事を待たずにそろそろと入って扉を閉め、指先でシャワーの温度を確かめている。
完全に硬直して風呂椅子から動けなくなってしまうひとりと、後ろからひとりの肩に手をついて、シャワーの温水を手で感じている郁代。同年代の誰かとこんな感じで一緒に風呂に入るなんて、ひとりの人生には一度もなかった。
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