56:名無しNIPPER
2021/11/27(土) 22:40:55.67 ID:u50g9+A20
「大丈夫、文香」
「なにがですか?」
「なにがじゃない。体調の方は問題ないよね」
「……もちろんです」
そんな言葉、信じろという方が難しかった。
顔色は化粧の上からでもよくないのが見て取れる。
その異変には、プロデューサーだって気づいていただろう。
それでも、今日はもう本番だった。
立ち止まることは許されていなかった。
「そうか……ともかく、本番までは、ゆっくりと体を休ませてくれよ。リラックスするのも大事だから」
「クラゲのように……ですね」
文香がこちらの方を見ながら、ほほ笑んだ。
「ええ、そうね」
「奏、文香に付き添ってやってくれるか」
「もちろん、構わないけど」
「大丈夫です」
私は呆気に取られてしまった。聞き間違いかと思ったが、文香は首を振った。
「大丈夫です。寄り添ってもらわなくても。私は自分だけでも、大丈夫ですから」
「文香?」
彼女の変化にプロデューサーも面食らっていた。
「それではまた……」
小さく頭を下げると、文香は小走りに走っていった。
残される形になった私たち。プロデューサーが私に尋ねてきた。
「奏、なにかあったのか?」
「さあ、どうかしら」
「さあって……」
そこで、プロデューサーはスタッフの一人に声をかけられた。「悪い」といったプロデューサーに分かっていると私は返した。
慌ただしい舞台袖の中で、私は一人取り残された。
間違ってオペラホールに紛れ込んでしまった、サーカスの道化の気分だった。
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