結標「私は結標淡希。記憶喪失です」
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827: ◆ZS3MUpa49nlt[saga]
2022/01/22(土) 18:50:50.83 ID:7SptLiMdo


 我ながらいい加減な発言だな、と食蜂は笑う。『心』などと言う少年と大差ない。
 奇跡とは起きないから奇跡という。万が一どころか億が一の確率でも起きない事象なのだと食蜂は考えている。
 たった数百しかないサンプルでそうやって決めつけるなんて、奇跡なんてそこらに転がっていると言っているようなものだ。
 奇跡を馬鹿にしている。奇跡を軽く見ている。奇跡という言葉を安売りし過ぎている。
 しかし、自分が理解のできない現象を目の前にした食蜂は、おかしいと感じていてもそうじゃないかと思うしかなかった。

 この現象を『奇跡』と称するなら、それを引き起こしたのは一方通行という少年で間違いないだろう。
 一方通行は結標淡希の記憶が戻った場合、彼女が自分へ敵意を向けてくることはわかっていた。わかっていながら彼は進むことを止めなかった。
 彼は本気だった。真剣に結標淡希を救おうとしていた。自分の持ち得るモノを全て使い、どんな手段を用いようとも、ただただ一直線に。
 そんな彼だったから『奇跡』を勝ち取ることができたのだろう。


食蜂「…………」


 食蜂はそんな彼が羨ましかった。

 彼女はある『奇跡』が起きることを待ち望んでいた。
 とある想い人の少年のことだ。彼は絶対に『食蜂操祈』という存在を記憶することができない。
 例えば、目の前で恋愛ドラマのような大々的な告白をしても彼の視線が自分を離れれば、彼はそのあったことをまるごと忘れてしまうのだ。
 これは暗示にかかっているとか能力によって記憶を阻害されているとかではなく、脳の構造自体が変質してしまったことために起きる現象だ。
 精神系最高峰のチカラを持つ彼女でもどうしようもないことだった。

 だから、彼女は待つと決めた。いつか彼が自分のことを覚えていてくれるようになる時が来るのではないかと。
 そんな『奇跡』のような現象が、いつか自分の前に起きるのではないかと、淡い希望を抱いていた。

 食蜂が一方通行を陰ながら助けたのは、とある少年を巻き込んでまで助けたのは、彼に似たような境遇を感じたからだった。
 想い人に記憶すらしてもらえない食蜂と、いくら思い出を作っても記憶喪失が治ればそれが全て消え去ってしまう一方通行。
 結果的に見れば、それは食蜂が勝手に持っていた同族意識にしか過ぎなかった。
 彼からすればそんな事情は関係なかった。だから、足踏みすることなく動いた。そんな彼だから『奇跡』を起こせた。


食蜂「……なるほどねぇ、つまり、待っているだけじゃ『奇跡』なんて起きるわけがない、ってコトかしらぁ?」


 自分へ言い聞かせるように、食蜂は呟く。
 屋上を後にするために入り口へと向かって足を進める。
 少女の黄金色の瞳には、何かを決心したような光が見えた。


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