69:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:55:50.84 ID:I9OmqLYR0
一度だけ彼女からチケットをもらった事がある。
三年の夏の頃だったか「エスパーユッコ」の名義でチケットと手紙が届いていた。
その手紙には東京でも案外楽しくやれている事と信頼できる人に出会えた事
ソロライブを出来るぐらいにまでなった事。
それとあの時、応援してくれてありがとうと書かれたライブのチケットが入っていた。
70:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:56:29.32 ID:I9OmqLYR0
大学生になって初めて彼女が出来た。栗色の大きな瞳を持った彼女だった。
何気なく入った映像サークルで初めて出来た後輩だった。それなりの恋をした。
それなりの事をして、お互いに愛を確かめ合った。
でもその彼女は「先輩はきっと私じゃなくて、私を通した誰かを愛しているんです」
と言って俺のもとを去って行った。
71:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:57:59.01 ID:I9OmqLYR0
偶然テレビで彼女のライブ振り返りを見た事もある。
そこに映る彼女は記憶の中の彼女より少し大人びて見えて綺麗だった。それから彼女はファンに向かって感謝を述べた。
「ありがとうございます!」と。
その笑顔が俺の記憶の中のそれと全く同じものであることに気づいてから、また一人嘔吐いた。
72:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:58:48.17 ID:I9OmqLYR0
俺はときどき思う事がある。
あの日に、俺が告白していれば?
あの日に、俺がグーではなくチョキを出していれば?
あの日に、夕日に満たされた教室で俺が彼女に声をかけなければ?
73:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:59:24.82 ID:I9OmqLYR0
彼女は言っていた。
信じ続ければきっと素敵な出来事が待っているのだと。
ならば俺は彼女を信じよう。自分自身の事を見失って何も信じられなくても
彼女の事だけを信じ続けていよう。
彼女の行く末に幸あれと。
74:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:59:56.21 ID:I9OmqLYR0
75:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:00:58.81 ID:I9OmqLYR0
雨の降る六月だった。
朝過ぎから降り続けていた雨は午後になってその勢いを強め
喧噪に塗れたその街を洗い流すように降り続けていた。
彼が居る映画館からは多くの人が見える。
76:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:01:46.54 ID:I9OmqLYR0
観客は彼一人。映画が始まっても聞こえるのはモニターのカタカタと無機質な音。それだけだった。
何と言うかその映画は言葉を選ばずに言うなら、普遍的で掴みどころのない物語だった。
主人公の少年は廃校間際の野球部で爛れた日々を送っていたが
不治の病で入院した幼馴染の女の子のために甲子園優勝を目指す。そんなあらすじ。
77:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:02:54.38 ID:I9OmqLYR0
「見る映画を間違えたな」
一人呟いてみる。
その呟きは、この東京の街に降り注ぐ大雨にかき消されてどこへ行くわけでもなく消えて行った。
外はまだ大雨が降っている。当分の間は止みそうにない。
78:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:03:22.45 ID:I9OmqLYR0
雨はやはり止みそうにない。今ならまだ腹痛で倒れていた言い訳が効く時間だろう。
意を決してその大雨の中に飛び込む。空から斑に降る豪雨は痛いぐらいに体を撃っている。
長くこの雨に撃たれていると体を壊してしまう。そう思えて水溜を踏む足を急かした。
その足も久しく走っていなかったからか、彼にはとても重く感じた。
79:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:04:08.02 ID:I9OmqLYR0
そうして少し走ってから信号に差し掛かった。
即座にボタンを押して一秒、一瞬を感じる。
向こうの信号機には家族連れが見えた。休日がこんな大雨の日になって可哀想だな。
そんな事を思って青色になった信号を渡る。肌着が水を吸って重い。
そうして、彼らがすれ違ってから一瞬目があった。
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