高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「『あいこカフェ』で」
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30:名無しNIPPER[sage saga]
2021/05/16(日) 14:47:07.37 ID:eE/KPeRw0
 ライブが始まる前は表情で背を押した、ファンのみんな。藍子が歌い終わった時には、拍手と、歓声で少女を迎えた。
 それは歌を通じて、この場のみんなと同じ想いを共有できたのだと知っているから。寝ていた人も、スマフォ相手に顔をしかめていた人も、話している内容がちょっとだけ愚痴になりつつあったママ友も。密かにアイドル推しが趣味で、内気で誰とも好きの気持ちを共有できずに1人で来た人だって、やんわりと包み込んであげるのは――藍子だけではなく、藍子の優しさを受け取ったファンによるものだった。
 伝播していった気持ちが最後には、より引き込む力の強い場所へ。
 アイドルの藍子へと戻っていって、少女の笑顔をきらめかせる。

 藍子がステージを降りると、スタッフさんは手早く機材を片付けていった。
 その間、注文や接客の手が少しだけ止まってしまう。
 そこへ立ち回るのは、今さっき主役だった藍子。何人もいる店員の1人に戻り、お客さんへ笑顔で接していく。

 ……やっぱり、もうちょっと。なんて私は思ってしまった。

 どこか物足りなさを感じてしまう。もっとアイドルらしく……さっきの光景を見ているとさすがにそれは言えないけど、なんていうんだろう。カリスマ、オーラ……ピッタリ来る言葉はない。自分にも定義できない何かを、だけどはっきりともう1つ欲しくなるのは、私がアイドルだからだよね。藍子の決意を知っているからだよね。
 Pさんでさえ見誤り、優しさを間違えることのある強い強い決意。普段は柔らかな言動と優しい性格の奥底に沈みきっている気持ちは、線香花火の日に開花し、トップアイドルになると宣言した。

 分かってるよ、それが藍子らしさっていうのは。

 他ならない、ゆるふわアイドル、高森藍子ちゃんの魅力だっていうのは分かってるつもり。

 だから自分なりのワガママをお腹の奥へと押し込めて、藍子の姿を目で追い続けた。
 ひと通り接客を続ける彼女――よく見れば僅かに、本当にほんの少しだけ、朝とは距離が違う。半歩分よりもずっと小さな距離だけ空けている。そうしてお客さんの望みをひと通り聞き終えたら、バックヤードへ。汗を拭いたり一休みを入れたり……あっ、だから小さな距離を取ってたんだ。そして藍子は私を見た。目を開いて、肩をちょっとだけ落として、苦笑い。

「次はもっと、アイドルらしく頑張ってみますね」

 ……見透かされてたんだ、私の身勝手な不満を。そしていま、藍子は次はって言った。次はまた、アイドルとして――

 ううん。たった一言で結論を出すのはやめよっか。
 言ったでしょ? 話す時間はたくさんある。歌い終えた高揚感と心地よい疲労と、ホッとした気持ちだけで、端っこが見えた本心だけで決めつけるのはやめておこう。変わりに、もっと言いたい素直な言葉を口にしよっか。

「ううん。藍子っ、今のすごかったよ。前に言った、私にとってのカフェは藍子のいる場所……っていうのは、間違ってなかったね」
「……ふふっ。いつのお話ですか。いまは、私にとっても加蓮ちゃんのいる場所です」
「それこそいまさらー」
「ですねっ」

 軽い言葉を弾ませる方が、今は楽しい。甘ったるい紅茶と健康食品を渡してあげると、藍子はたっぷりの時間をかけて補給し、最後の汗滴を拭き取ってからゆったりと微笑んだ。


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