7: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2021/01/30(土) 07:37:47.43 ID:/1fb2KCg0
「あの……私まだとても踊れる状態では」
「ライブといっても小さなライブハウスで行われるものです。そして曲の方は現在作曲中ですが、高垣さんの歌唱力を前提としたバラード……静かな曲なので、踊ったりはせずに動きは軽い身振り手振り程度です」
「そ、そうなんですか。それでもまだ早くないですか?」
レッスンをまだ始めたばかりなのに。
「高垣さんの声は、とても綺麗です。美しく気品があります」
「……ッ」
突然の話に弱気になっていたら、てらいもなく恥ずかしいことを言い始めました!
「以前……これはスカウトする前の話ですが、偶然ロビーで高垣さんとすれ違ったことがあります。打ち合わせをしながら通り過ぎた貴方の何気ない声は、私の耳にずっと木霊《こだま》しました」
その日のことを思い出してか熱く語りだすプロデューサーの横で、私はうつむいて顔を隠します。体中が熱く、鑑を見なくても顔が真っ赤なことがわかってしまいました。
「その時から貴方が歌ったら誰もが聞き惚れるだろうと確信していました。しかし貴方がモデルであることを知り諦めかけていたのですが、歌手としてデビューするという話を聞き、波風を立てる覚悟で横やりを入れました」
ついには握り拳まで作り出したこの人はわかっているのだろうか。歳の近い女性に、こんなに熱く自分の想いを語ってしまって。ただでさえ貴方は私の生き方を変えてくれたんですよ。そんなに私に夢中だなんて話をされたら――ますます意識してしまう。
「私が思っていた通り、貴方の歌声は心に染みわたる素晴らしいモノでした。そしてそれはこれからの本格的なレッスンでさらに磨かれていくことでしょう。その磨かれていく過程も含めて、これから高垣さんのファンになる方に知ってもらいたい。今でも素晴らしい高垣さんと、これからさらに高みへ登る高垣さんの両方を」
「……ァ……ィ」
何か言おうとして、でも何を言おうとしたかわからずに、熱に浮かされたまま意味をなさない言葉が漏れる。
この人は、この人はもう!
「……わ、わかりました。ライブの件……がんばります」
「ありがとうございます」
「あの……でも、一つお願いが」
「なんでしょう?」
無味乾燥な日々を生きていた私に潤いを与えて、さらにこんなに胸をドキドキさせたんですから――
「責任……とってくださいね?」
恥ずかしくてハッキリとは伝えられない想いを乗せた曖昧な言葉に、プロデューサーは一瞬不思議そうな顔をします。
「ええ、当然です」
そしてすぐに返事をしてくれました!
「ライブには私も付き添います。アクシデントにも即座に対応して、高垣さんの初めてのライブが成功するように努力します」
「ふふ……フフフ」
そういう意味ではなかったけれど、伝わるわけがない言葉遊びにプロデューサーは誠意を込めて答えてくれた。それで私には十分。
絶対にライブを成功させよう。私の新しい人生と、それを与えてくれたプロデューサーのためにも――
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