63:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:48:26.65 ID:6NLLeJ5C0
外典とされる、『孤児の物語』。その言葉が時間を止めてしまった、と思った。少なくとも電車は動いていなかった。遠くで事情を説明するアナウンスが流れている。線路内の安全がどうだとか……。
「アラブ出身かフランス出身かも曖昧というのでは…… ますます、ナンセンスなようですね。この物語の背景だの、モルジアナの気持ちを考えてみよう、などと」
「面白い試みだと、思います。それこそ、読むということ、というような」
「あの男こそ、何を考えているのだろうな」
独り言のように溢した。無理難題を押し付けられるのは、これが初めてではないけれど。むしろ、アイドルというやつを始めてから、無理でなかったことの方が珍しいのかもしれない。
文香は満面の笑みをもって迎えた。
「どうでしょう。分かりかねますが…… ですが、プロデューサーさんは、とても良いことをお考えなのだと思います」
「そうかな」
「こうして、千夜さんが思い悩んでいる事が、大切なのでは、と。千夜さんにとって重要でない事柄ならば、悩む必要もない筈ですから…… 元の台詞に納得出来なかったのは、千夜さんの中の、見出すべき何かが、何かの言葉が、翼を得ようと踠いている事が、分かったからなのでは、ないでしょうか…… そういう機会に巡り合えるよう、背中を押して下さったのですよ」
「ふうん。罠に嵌められたとばかり思っていたな」
「……ええと」顔を赤らめ、彼女は返す。「……そういう事も、なさいますけど。……時々、ですよ。でも、必ず、私たちの為になることをお考えです」
「そうなのですか」
何をされたのか、とは訊かないでおいた。千夜にも心当たりはある。
それよりは、目の前の問題にまったく掴みどころがないという実感に圧倒されつつあった。これはやはり、誰にも頼めないことなのだ。
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