1:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 22:49:20.98 ID:6NLLeJ5C0
「お任せ下さい、アリババ様。必ずお守りしますよ」
これは上手くいった。
「盗賊が付けた目印かもしれない。なんとか誤魔化しておこう」
これも及第だ。
だが、
≪私は幸せでございます≫。
その言葉は、喉も震わせられなかった。
言えばいいだけ、ただの演技だ、割り切ってしまえばいい――のだが、しかし。
――しかし、どの口でこんな事を?
≪幸せ≫だと? 誰が? ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
白雪千夜の名誉
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「『アリババと四十人の盗賊』?」
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2:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 22:54:18.06 ID:6NLLeJ5C0
オウム返しに聞いたのが、自分ながら、いかにも間の抜けているようで反吐が出た。といってもこれは比喩だから、実際のところ白雪千夜に出来た腹いせといえば――汚いものを吐きつけてやる代わりに――目の前に突っ立つビジネススーツを、足先から脳天まで睥睨し上げてやることぐらいのものだった。
しかしこの反抗は千夜の期待したような、例えば魔法使い≠ノ怖気を震わせるといったような効果を上げたりはせず、かえって、彼のネクタイが新しいらしい些事を千夜に気付かせ、自分自身を苛立たせるばかりだった――チェックなど今まで好まなかったと思うが、……だからなんだというんだ、白雪千夜!
「『アリババと四十人の盗賊』だよ」と、オウム返しをオウム返しに彼。「好きだろ?」
3:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 22:55:35.07 ID:6NLLeJ5C0
「どうしたというのです、それが」
「演ってもらうことにした。ウチの劇場で、千夜が主役」
そんなところだろう、と大して驚くでもなく、首肯で受け合った。正確には主役とまで言われるのは思い寄らなかったが、それも表情に出るような動揺を生んだり、少なくともその場では、強い重圧を感じさせたりする程の事でもなかった。不安に心を配るより午前十一時の陽光に思うのはむしろ、昼食の弁当を何処で広げるかという事だった――あったかいから、中庭でもいいかな。
4:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 22:57:01.80 ID:6NLLeJ5C0
その儚く蒼い瞳は、千夜を見ているのか、それより奥の何かに関心を寄せているのか、測りかねる具合に澄んでいた。語り口が訥々と、こちらの反応を伺うような調子なのでなかったら、千夜は自分がこの場に存在しているのかどうか、疑うばかりだっただろう。
聞こえていますよ、と首肯で伝えた。それを受けて、鷺沢文香は続けた。
「アリババ≠ニいうのは人名で、アラビア語の読み方で≪アリー・バーバー》、これがアリおじさん≠ニいった意味を持ちます。彼はそれなりの大人で、妻も息子も居るのですね。
5:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 22:57:48.97 ID:6NLLeJ5C0
ここで文香は息を吸って、
「これでは、ネコババ…… ですね……」
と言った。……
冗談が言われたのだと気付かず、ただ前をじっと見つめて続きを待っていたが、語り手が俯きがちのまま、黒い長髪を斜めに垂らし、徐にこちらへ目を上げた、その様子が妙だったので、ようやく千夜は言意を察した――そうか、アリババとネコババを。
6:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 22:58:18.64 ID:6NLLeJ5C0
「そうしてアリババは、裕福になりました。ところが、誰かが洞穴に侵入していた事に、盗賊の頭領が気付いてしまいます。盗賊たちは町へ来て、侵入者を探します。
この危急に、奴隷のモルジアナが、その叡智をもって、立ち上がりました。家に襲撃の目印が付けられた時には、それを看破し、他の家にも同じものを書き込んで撹乱します。
次には、油商人を装った盗賊の頭領が、アリババの家にやってきます。モルジアナは、三十数個の袋に盗賊が隠れていて、合図を待って一斉に出て来て、襲撃を行う腹積りである事に気付くと、上手く彼らを騙しておいて、それぞれの袋に、煮え立った油を、注ぎ込んでしまいます。
7:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 22:59:00.96 ID:6NLLeJ5C0
文香はそこまで言うと、物語の終わりを確かめるように、深く呼吸した。
「と、いうのが…… 粗筋です……」
カラカラカラ、とエアコンの駆動音が耳に入った。力を抜くと、背中が黒革のソファに沈んでいった。……
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