ライラ「アイスクリームはスキですか」
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5:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:00:04.65 ID:FQVp12gN0

「ライラ、このあと時間あるかな? ちょっと打ち合わせができたらと思うんだけど」
「はいです、大丈夫ですよー」
 別日。予定を終えて休憩スペースへ戻ったライラは、プロデューサーに声を掛けられた。そばにはトレーナーの青木明も一緒で、何やら話し込んでいた様子。特訓でも始まるのだろうか、と資料を覗き込むように二人の間に入るライラ。
「いま明さんと話してて、次回からのレッスンで新しいプログラムを覚えていこうってことになってね」
「おお、そうなのですね」
「はい。少しずつですけど、レベルアップを図る頃だと思って」
 トレーナーが補足する。快活でかわいらしい雰囲気をメインとしたダンスを一部変更して、しなやかさや美しさといった表現力を学ぶ時間を増やしていくという。
「おー、まさしく新しいことですねー」
 挑戦させてもらえることは嬉しい。頑張らねばという気持ちとともに、笑顔で二人を見つめるライラ。
「レベルアップでもあるんですけど、ライラさんの強みを見つけていきたい意図もあるんですよ」
 心なしかライラの顔がこわばる。
「気負わなくていいですよ。やることは今までと同じで、少しずつ新しい動きを覚えていくだけですから。でもライラさん、この先どういうパフォーマンスを得意としていきたいか、というのを一緒に考えてみましょう」
「どういう……?」
「はい」
 明は続ける。
「しなやかで品のある動きも、激しく盛り上がる動きも大事です。だけど魅力の本質はらしさにあります。その人に期待できるモノ。それを見つけていきたいんです。それは今はまだわかっていなくても大丈夫。でも長所は売り出す上でのポイントにもなるし、モチベーションの源にもなります。活動していく中で変わっていったって構わないですが、まずは何かを意識すること。だからこそ今、いろんなレッスンをこなしてほしいと思います」
「おお……」
 投げかけられた言葉をゆっくり噛み締めるライラ。うまい返答が見当たらずただただ曖昧な反応になってしまった。そんな様子の彼女をそっと撫でるプロデューサー。
「大丈夫、基礎レッスンはこれからも繰り返していくし、ライラは素直で素敵な子だから心配はしていないよ。ポジティブに、アイドルらしくて自分らしい姿を見つけていこう」
 優しい言葉をくれるプロデューサーと目を合わせ、ライラの表情に小さく笑みがこぼれる。だけどすぐに照れくさくなって、また視線を逸らした。
「……ふふっ、ずいぶんプロデューサーさんに懐くようになりましたね♪」
 明の茶化すような言葉が聞こえて、えへへ、と笑って返すライラ。そうですよーと言いたかったのだけど、なぜかそれには少し抵抗があった。あまりからかわないでくださいよ、とプロデューサーが遮る。
 プロデューサーを慕うライラの姿は、最近の彼女をよく知る人にとっては自然なことだ。だが果たしてそのお慕いには、どのくらいの意味があるのか。今後も変わらないものなのか。それが判然としないのは案外、彼女自身だったりする。

 簡単な確認事項を済ませ、あとはまた後日に、と言ってトレーナーはその場を退席となった。プロデューサーが改めて話を続ける。
「たとえばライラなら、故郷の民族舞踊や古典音楽に通じるようなテイストをこなせるようになってもいいと思う。コンテンポラリーなものでもいい。それはアラブの出身というライラのパーソナルな一面を広げたものだ。ふだんのアイドルソングやポップスと合わせて持ち幅を作っていくのは一つだから」
「なるほど……」
「逆に、日本らしい和のスタイルや、日本の音楽シーンについてもっともっと理解を深めていくことだってありだと思う。歴のまだ浅いライラが一つずつ学び進めていくことは、それはまた独自の魅力として映えるだろうから」
 プロデューサーが例を示しながら丁寧に説明してくれる。どれが正解という話ではないし、可能な限りライラの嗜好を聞いて、好きなものを軸にしていくよう助力したいと。
「好きなことを推していくって大事なんだよ。トレーナーさんも言っていたけど、続けていけるモチベーションになるからね」
 ふむふむと頷くライラだったが、自分の好きなこととなると少し困ってしまう。触れるものはどれも素敵だし、同時に執着するようなことがすぐには浮かばない。
「……プロデューサー殿は、どんなライラさんがいいと思いますですか?」
「どうだろうね。可能性はいろいろあると思うから」
 明確には答えないプロデューサー。意見を出すこともできるけど、まずは自身でイメージすべき。そう言っているようだった。そんな空気を少しだけ、ライラも察した。
「わかりました。考えておきますー」
 急がずゆっくり考えようね、とプロデューサーは話した。新しいことは楽しみで、プロデューサーも優しくて、……だけどもしオススメがあるなら聞いてみたかったなともライラは思った。自分で考えることは大事だけど、それはわかるけど。どう見られているか、どうしていくべきかなどの彼の言葉はいつだって信頼の最上級だし、信じてここまで活動してきているのだから。


   * * * * *


 仕事終わり、今日は商店街を通って帰るライラ。道中あちこちで声を掛けられる。今帰りかい? お仕事頑張ってる? 今日は魚が安いよ! サービスつけるけどどうだい? エトセトラ、エトセトラ。
 アパートからほど近く、下町情緒いっぱいのこの雰囲気がライラは好きだった。
 ひとりひとりにきちんと挨拶を返す。ペコリペコリと丁寧にお辞儀をし、言葉を交わしつつ街を歩く彼女の様子は、商店街に訪れるひとときの癒しでもあった。ここで買い物をしたり、挨拶だけして通り抜けたり。人とのコミュニケーションが好きなライラにとって、ここは楽しい場所でもあった。
 暖かくて柔らかな空気が満ちている。事務所も、学校も、近くの公園も、そしてこの商店街も。キラキラすることも、笑ってしまうようなことも日々に溢れていた。時にはうまくいかないことだって、少ししょんぼりすることだってあるけれど、それでも世知辛いことばかりではない。紆余曲折どうあれ、ライラは今の毎日を楽しいと心から感じていた。
「ライラさんにとって、日本は第二の故郷ですねー」
 ぼんやりと思いを馳せるライラ。もっともっとたくさんの言葉を理解して、話せるようになって。そうして日本ともっと通じていきたいな、と。そこでふと、先のトレーナーからの言葉が蘇ってきた。つながったかもしれない。ようやく一つ見つけられたような気がして嬉しくなる。アパートの階段を少しだけ、小気味よく駆け上がる。明日プロデューサー殿に相談してみよう、などと考えながら。
 暖かな空気に頬を緩ませながら、そのまま彼女は家に到着した。

 ポストに一通の手紙が入っていたことに気づいたのはその時だった。



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