ライラ「アイスクリームはスキですか」
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4:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 08:59:19.54 ID:FQVp12gN0
 
  * * * * *


「なかなかすごいファンもいたもんだな」
「ですねー。好きだからということですので、もちろん嬉しいのですが」
 事務所の休憩スペース。ようやく今日の予定をすべて終えたライラは、レッスン終わりの池袋晶葉と合流、ドリンク片手にのんびりタイムとなった。
 ライラは晶葉と特に縁が深い。今でこそ友達も増えたが、事務所のアイドルで最初に知り合ったのが晶葉だったし、歳も近くて気心の知れた存在だ。ここに来て間もない頃、デスクに部品を広げ、妙ちくりんなロボットを組み立てていた彼女に声を掛けたのが始まりだった。何を作っているのですかと問われた晶葉は声のする方に一度視線を向け、丁寧に説明するでも反応を拒否するでも、また自己紹介をするでもなく、「これはな、きっと凄いものができるぞ」とだけ答えた。冷静に言えばこの受け答えも不器用極まりないのだが、それに対するライラの返答は「それは素敵ですねー」だった。そう言って隣に腰を下ろすライラが、晶葉には妙に嬉しかった。ほどなくして二人はごく自然に会話をするようになった。これまでもずっと友達だったかのように。
 晶葉もまた、ライラをひときわ大切な友人と思っている。晶葉が事務所で機械をいじっているところにしばしば現れて、その姿を眺めながらいつも隣でニコニコしている。今日あったことを話したり、簡単な手伝いをしてくれたり。とにかく肩肘を張ることのない、気楽な関係なのだ。別段、何かがすごく分かり合えたとか意気投合したというわけではない。けれどお互いにとって居心地のいい、素敵な仲間といえる存在だ。

 ―― このキラキラとドキドキのすべてを、みなさんにお届けします!
 マグカップの水面に視線を落とすライラ。今日のライブや握手会の記憶をぼんやりと思い起こしていると、長富蓮実の明るいセリフがいくつも浮かぶ。まぶしくて、華やかで、かわいい笑顔。ともに駆け出しのアイドルとはいえ、もとよりアイドル文化に思い入れの強かった彼女には、やっぱりいろんな違いを見せられる。知識が豊富だったり、細かなこだわりがあったり、ファンとの意思疎通もバッチリだったり……。言葉や文化の歴差はもちろんあるんだけど、そういうことではなくて、彼女はもっと彼方を歩いているような気がした。うまく説明はできないけれど、アイドルらしく素敵、というのは彼女のようなタイプを言うのかも、などと思った。
 憧れの世界に自らの足で立つのはいっとう素敵なことだ。そうした夢を描いてやってくる人は少なくないとライラも聞いている。自分はそうではないけれど、そこに並んで、歌ったり踊ったりさせてもらえることは光栄だし、せめて、できることはしっかりこなしていきたい。ここ最近、ライラはそういうことをしばしば考えている。……と同時に、自分は何を憧れ、何を求めていくのだろう、いつまでそうしていられるのだろう、などとも思案してしまう。それは彼女にとって、少しだけ胸が締め付けられるような錯覚に陥ることでもあった。

 ―― 今はちょうど蓮実の季節、なんですよ! なーんて♪
 蓮実の軽やかな声が再び頭を巡ったところでふと思い出したライラ。そうだ、気になった言葉があったんだった、と。
「そういえばアキハさん、今はハスミさんのキセツ……らしいのですが、そういうのがあるんですか?」
「季節? んー……? ああ、あれかな。七十二候とかいうやつかな」
 少し離れた机のキーボードに無理やり手を伸ばし、素早く文字を打ち込む晶葉。椅子を寄せればいいだけなのにズボラなのか、伸びをする猫のような歪な格好で画面と向き合う形になっている。身体が引っ張られているせいで、ご自慢の白衣の下ではおへそがチラリと出てしまっているのだが、その辺りを気にする様子はまるでないのが晶葉らしい。「椅子の上で胡座をかくのは行儀よくないぞ」とプロデューサーに注意されたのもつい最近のことだが、直る見込みがあるかは疑わしい。せくしーですね、と眺めて笑うライラ。とりあえず飲みかけのコーヒーがこぼれないよう、そっと動かして反応を待った。
「これのことだな」
 晶葉がウェブページを開いて説明してくれた。テキストによれば、七十二候という中国由来の暦に「蓮始開」というのがあるとのこと。二十四節気では「小暑」の中頃、七月十二〜十六日に当たる。ちょうど今だ。
「私もこういう歳時記的なことには疎いからなぁ。今がそうなんだな」
「蓮のお花も咲く頃ということでございますかねー?」
 まぁ蓮の花は八月にさしかかる頃が本番かもしれないけどな、と晶葉が返す。時期というのは必ずしも合致はしない。今年も例年以上の猛暑になると言われているし、毎年変わるものだ。
「でもそうやって、ご縁のある言葉を大切にするのはイイことですねー」
「まぁ、そうだな」
 名前は自分が背負って生きていくものだ。それが似合っているかどうかではなく、そこに縁を感じて生きる。それは素敵なことだ。そう思いつつ、ライラは目の前の晶葉を見つめる。人工知能と同じ頭文字を持つ彼女が機械に明るいのもまた不思議な縁なのかもしれない。……では翻って、自分はどうだろう。千夜一夜、たくさんの物語を紡いでいける人であるだろうか、などと。
 ふぅ、と小さなため息をひとつ。ライラ、十六歳の夏。



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