ライラ「アイスクリームはスキですか」
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3:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 08:56:37.21 ID:FQVp12gN0

 T セイハロー・フロム・ホームタウン


「明日世界が終わるなら」なんて例えを出さずとも、今日を全力で生きる意味はある。
 (黒川千秋/アイドル)


「ありがとうございますですよー。これからもよろしくお願いします♪」
 いっぱいの笑顔と握手でお応え。もうそろそろ人の流れも終盤に入った頃だが、会場の熱気はまだ冷めやらぬまま。そんな中、ひとりひとりに精一杯の感謝を伝えようと奮闘するライラ。額に光る大粒の汗が彼女の頑張りをよく物語っている。もっともそれは、この握手会の前にわずか数曲とはいえ、歌って踊って今に至るからでもあるのだけど。
 音楽ショップでのミニライブ、そしてその後に行われる握手会。今回はライラの他にも事務所の子が数名、同じタイミングで新曲を発表したということで合同のイベントとなった。それぞれのファンが相伴ったこともあり、決して広いとは言い難いショップ内のステージ周辺は既に開幕前から満員御礼状態。連日のように四十度にも迫ろうかという酷暑が続くここ最近、それを一時でも忘れさせてくれるくらい空調の効いた建物内ではあったのだけど、ステージの熱気はそれを上回るほどだった。盛り上がったのは喜ばしいとはいえ、そうなると来場者たちの安全管理にも平時以上に気をつけなくてはいけないところ。事前準備含め、スタッフやプロデューサーも後ろであれやこれやといつも以上に忙しく動き回る一日となった。とはいえそれはそれ、「ライラは全力で笑顔とキラメキを振りまいておいで。周囲の心配ごとはこちらがきちんと準備も対応もするから」と言葉をもらい、ライラはステージに、そして握手会の現場に立っている。役割というものはそれぞれにあって、支え合いや助け合いの上で今の自分がいる。それを最近感じることが多い彼女にとって、プロデューサーは頼もしく、嬉しい存在だった。
 ライブ最高でした、笑顔がかわいいですね、まちあるきの番組観ました……などなど、握手の際にファンからもらう言葉も様々で、そしてとっても暖かい。そんな中で、少し珍しい報告をするファンが現れた。
「ライラさん、僕このあいだドバイ行ったんですよ! とっても素敵でした!」
「おー、ライラさんの故郷ですね。お仕事ですか? それとも旅行でしょうか」
 予想していなかったタイミングで故郷の名を聞いて自然と目がきらめいたライラ。
「いやぁ、なんというか……ライラさん好き! ライラさんをもっと知りたい! って気持ちが高じてドバイに行っちゃったというか……とにかく、今日会えてよかったです!」
「……? 素敵だったのでしたら嬉しいですねー。そして今日来てくださったことも、ありがとうございますですね♪」
 がっちりと握手を交わす。ライラの質問に対して的を射ない返答の彼ではあったが、ともかく熱心なファンであること、ドバイが素敵だと言ってもらえたことは彼女の記憶に残った。やっぱり受け答えって難しいな、これまでの人とも話はできていたつもりだったけど……ちゃんとできていたのかな? と戸惑うライラの姿がそこにはあった。

「そうなんですよ、輝く青春のジュブナイルってところがすごく大事で!」
 隣では同じ事務所の長富蓮実がファンとの応対中。蓮実の言葉はライラにとってまだまだ難しかったりする。誰かの有名な言葉だったり、流行っている言葉だったり……らしいのだけど、それは事務所に置いてあるアイドル情報誌や雑誌にはあまり載っていないもので。でも彼女の前に並ぶ人々は、ちゃんと彼女と合言葉を付き合わせるように笑顔でそういう話をしている。ファンだからこそわかる世界なのかもしれない。アイドルは奥が深い、と思いながらその様子を眺めていた。

「そのくらい、好きって言いたいんだよ」
 イベント終了後、控え室。着替え終わって片付けに入ったところで、今日の握手会でのドバイの一幕についてプロデューサーに話すライラ。熱心なファンがいたんだね、とプロデューサーは言ってくれた。
「お気持ちはとても嬉しいですねー。でもライラさんのためにドバイへ、というのは少しわからないというか……。ライラさんとはこうして東京でお会いしているわけで、ドバイに行ったところで会えませんでので……ちょっと不思議ですねー」
 首を傾げ様子を伺うライラを微笑ましく見るプロデューサー。ライラは少しだけ傾くポーズをするクセがある。きょとんとした表情と相まって、かわいらしい。
「プロデューサー殿も、好きな人のために、その故郷へ行ったりしますですか?」
「うーん、その人と会えるなら行くけど、『場所』へは行かないかもしれないね」
 ライラの問いかけに丁寧に答えるプロデューサー。あくまで僕の場合だけどね、と補足しつつ。
「でも好きの形はいろいろだから。表現の仕方も、在り方も様々」
 信仰における追体験みたいなものかもね、というプロデューサーの説明でライラも少し納得の様子を見せた。追体験。vicarious experience. むかし読んだ本に書かれていた気がする、と記憶を辿りながら。
 言葉を反芻しつつライラは思う。確かにそう考えるとファンのお兄さんなりの、情熱ゆえの、ひとつの形なのかもしれない。もっとも、それほどの想いに自分が応えるためには、もっともっとレベルアップしなければいけないのだろうけど。
「……好き、ですか」
 再び言葉を噛みしめるライラ。何気ない一言だけど、それはとっても奥深い。
「まぁ何はともあれ」
 プロデューサーの手がライラの髪にそっと触れた。
「歌もダンスもバッチリだったんだから、今日はまずそのことを素直に喜ぶべきだし、自分を褒めてあげようね。少しずつ成長しているし、ライラらしい輝きもいっぱいあったよ。それを大切にしようね」
 頭を撫でてくれるプロデューサーの優しい手が、ライラは大好きだった。えへへ、とはにかんでみせた。



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